僕には、兄がおりました。兄とは言っても年の違うわけではなく、ええ、双子という奴です。双子と申しましても性格や好みは意外と異なるものでして、どちらかといえば兄は室内で本を読むのを好み、僕は外で遊びまわることを好みました。
とはいえ、兄がそうした嗜好になるのはある種、必然のようなものであったと思うのです。兄には、他人には見えないものが見えていた節がありましたから。
いえ、今でこそ世に知られている境界異常────界異だとか、兄に見えていたのはそういうものだけではなかったように思います。兄はなんというか、とにかく人の機微に聡いというか、相手の感情を見透かしていたような振る舞いをしておりました。どれだけ隠していても秘密ごとはすぐにバレましたし、おかげでサプライズなんか成功した試しがなくて、兄自身困ったように笑っていたのを覚えています。そんな兄はなんとなく気味悪がられるというか、煙たく思われて遠巻きにされがちな所がありましたから、兄は自然と人と話すよりも本と対話をするような生活になっていきました。
僕自身はと言えば、良く言えば裏表がなく、実際のところはひどく単純な性格をしていましたから、兄弟の仲は良好だったと思います。それぞれの交友関係は層が違いましたからあまり一緒に遊ぶことはありませんでしたが、それでも二人とも家にいる休日なんかは一緒にゲームをしたり、漫画を貸し借りしあったりして上手く付き合うことができていました。
事は、僕達が小学生四年生、十つを迎えたその年に起きました。うちは両親が共働きで、互いの忙しい時期が重なると子供の面倒を見ている時間がなくなって、長期休暇を迎える度によく祖母の家に預けられていたのです。その年の夏休みもまた、そうでした。
僕達は祖母の住む町に向かうバスを二人で待っていました。茹だるような暑さという表現がピッタリの炎天下で、セミの声がやかましくがなり立てて来ていたのを覚えています。あまりにも暑いものだからコンビニで買ったアイスを齧りながら祖母の家に着いたら何をするか計画を話し合っていました。
ふと、兄が僕の後ろを見て目を見開きました。僕も、つられて振り返ると、見知らぬ男が僕達を睨むように見下ろしていました。
兄が、逃げろと叫びました。僕に向かって伸ばされた男の手に飛びかかって、激昂した男にしたたかに殴りつけられながら絞り出した言葉でした。僕は怖くて、恐ろしくて、逃げ出して、大人を呼んで戻ってきた時にはもう、手遅れでした。
あまりにも唐突で、現実味がなくて、結局男がどんな動機でそんなことをやらかしたのかは覚えていません。ただ、『俺の頭を覗きやがって』というようなことを言っていた気がします。
それきり、僕は全てが恐ろしくなりました。兄を襲ったような理不尽がこの世にはあると理解してしまったのは当然あります。ただ、それ以上に、僕の命が、僕だけのものではなくなってしまったように感じたのです。
そう、僕は、あの時から『兄に生かしてもらった命』になったのです。少なくとも僕の周りの人達にとってはそうであったし、何より僕自身、そう感じていました。
何かにつけて、僕自身の行動には『兄』がついて回るようになりました。それが嫌になって不良をやっていた時もあります。でも、非道徳的な態度を取るにつれ、『生かしてもらった結果がこれか』と責め立てられているような気がしてならないのです。直接的に口にする人ばかりではありませんでしたが、無形の圧のようなものを常に感じていました。
それから、紆余曲折ありながらもどうにか更生して無事に社会人になりました。でも、僕の心の裡には未だにべったりと、どす黒い罪悪感のようなものが塗りたくられているのです。それがどんな喜びも憤りも染めて別物へと変えていってしまうのです。
もしも、生き残っていたのが兄だったら、兄はどうしていたのでしょう。僕なんかよりもよほど器用に、他人に折り合いをつけて生きていたのでしょうか。
このような考え方が、アメコジキに寄生されて他人様に多大なご迷惑をかけている原因なのでしょうね。
でも、それでもなお、僕は恐ろしいのです。
僕は、本当はあの時死んでおくべきだったのではないでしょうか。兄の方が生き残るのが正しい道筋だったのではないでしょうか。
ねえ、祓魔師さん。
兄の選択は、間違いだったのでしょうか?