あの後。落ち着いた少年を連れて道を引き戻し、勝手に居なくなったあたし達を待ってフードコートに留まってくれていた供花と『ごめんね』と『良いよ』を交わし合った。コミカルにしょげて、怒ったふりをして、最後には笑ってみせる彼女の姿に救われもしたが、少年への疑いに関して微塵も表に出さないその姿が少し、気にかかりはした。
とはいえ、まさかあんな話をした直後に少年の目の前で確認を取るわけにもいかず、ひとまず少年を連れたバス停探索を方針として合意した、のだが……。
「おおっ、あれはまさか
「待て待て待て待てあんた正気っ!? 被呪耐性が低いのに突っ込んでいくな!」
遠目から見える、家々の屋根にも届かんとする長躯の人型に腕捲りをする供花をなんとか押し留める。ぱっと見、骸骨にすら見間違いかねない細身のその界異の恐ろしさはその実その体躯にはない。半径100m以内にも及ぶ範囲に振りまく、希死念慮の精神汚染だ。それに影響された人間は、何を差し置いてでも自殺を行おうと試みる。
間違っても、呪いや穢れに耐性の低い人間が突っ込んで良い相手ではない。
「へーきへーき、神ふぶきはないけど怖気消しくらいならどーせ八尋ちゃんが持ってるでしょ?」
「持ってるかそんなゲームアイテムッ! あんたねえ、あたし達が居ることも忘れないで────」
食ってかかる口に人差し指が添えられ、供花の視線があたし達の背後にズレた。反射的に押し黙り、ベルトに引っ掛けた箱型の機器を瞬間的に起動する。
直後、全身から黒い瘴気を立ち昇らせた鎧武者があたし達のすぐ傍を通り抜け、猛然と手巻首巻縊巻へと突撃していく。
箱型の機器がぶつんと音を立てて役目を終え、機能を停止した。
「あちゃーっ、こりゃ先を越されちゃったね。興醒めってヤツ?」
「アホ言ってんじゃないの、まったく。もしかしてアイツが手当たり次第喧嘩売るせいで蠱毒にでもなってるのかな」
「うわーっ、それは考えたくない事態! まったく、男子ってみんなそうなのかしら!」
「世の男子だって界異と同じにして欲しくないと思うよ?」
からからと笑う供花に、これだからやりにくいとため息をつく。この女、考えてないようで考えている時もあれば、考えているようで考えていない時もあるので判別が本当につかないのだ。今回は、雰囲気が重くなるのを嫌って明るく振る舞っているというところなのだろうか?
「にしても、とうとう三号級まで出てきちゃったか」
「時間経過で状況が悪化するってのは当たってたぽいね。困るよね、フィールドエネミーのレベルを上げるんならプレイヤーのレベルアップも待って貰わなきゃ!」
「いくら強くなっても強敵に囲まれてばっかってそれはそれで嫌じゃない?」
「え、そお?」
そこできょとんとするな、戦闘狂予備軍。本当に戦いに狂ってると言うよりはチャレンジ精神が旺盛すぎるだけな気はしているが、実際の所はどうなのやら。
「あの、あの。三号級、って、なあに?」
くいくいと袖を引いてくる少年に振り返って、ああまた置いてけぼりにしてしまったなと反省する。供花との会話は打てば響くと言うか、ぽんぽんレスポンスが返ってくるからついそちらに意識を割きがちになってしまう。
「界異にはね、その強さとか、厄介さとかで分けて一から五までの数字が割り振られるんです。あのおっきなお化けは三号級……全体で見ると中間くらいですけど、それでも人が居るところに現れたら大惨事になるのでナメちゃだめですよ?」
「はーい」
「少年は素直だねー。えらいから私がよしよししちゃうぞーっ」
少年の頭を捕まえてよぉしよしよしよしとやけに激しく撫でている供花に対し、少年は未だ不安そうな目は向けるものの受け入れ始めたようだった。あの一件を通して、少しは心を開いたのだろうか。
「ほら、じゃれてないでさっさと先に進むですよ二人とも。時間がないのは本当なんですから」
ショッピングモールから失敬してきた傘を揺らして先を促す。はーい、と呑気な声をあげる供花の横で、髪がボサボサに乱れた少年も真似して呑気な声色の返事をあげた。
始まりのバス停、なんて言うといかにもドラマが展開されそうなロケーションになるが、実際のところは屋根とベンチが設られただけの簡素な場所だ。来てみたは良いものの、何から調べるべきだろうか。
「やー、こーいうのって再探索に来たら目に見えた変化ありそうなもんなんだけどねっ」
「現実って奴は不親切な仕様してるからね。インディーズゲームでも今日日親切なチュートリアルを用意してるっていうのに」
「言うてピンキリじゃない? キリの方に比べればまだまだマシだと思うなー?」
「キリの方に比べられる時点で悲しいですよ、あたしは」
軽口を叩きながら自然と役割を分担する。身軽にあちこちを覗ける供花が物理的にバス停を探索し、あたしは霊視を用いて何か霊的な手がかりがないかを探る。
「うーん……なんにもなーい! ベンチの裏からバス停標識の裏まで、なんなら標識引っこ抜けないかまで試したのに!」
「何してるんですかあんた!? いや脱出ゲームとかならなんかありそうなのはわかりますけど!」
「お、大分こっち側に染まってきたねー八尋ちゃん。ゆくゆくはバ美肉デビュー、めくるめくコラボ企画……!」
「あんたそんなこと企んでたの!?」
爆弾発言に思わず振り向くとじょーだんじょーだん、と手をひらひらと振られる。ほんとか? ほんとにか? やけにあたしに漫画とかゲームとか勧めてきたのはその布石じゃないよね?
「……その話は後々じーっくり聞くとして。困ったな、霊視の方でも何にも痕跡なし。というか黒い雨のせいであちこち穢れが撒かれてるせいで何があっても気付かないかも」
「んー、手詰まりって感じ?」
「ぶっちゃけそう。少年は、何か見つけてたりしません?」
縋るような思いで、ぼんやりとベンチに腰掛ける少年へと水を向ける。このバス停についてからと言うものの、どこか注意散漫というか、どうにも集中力が切れているような様子だった。そろそろ疲れてしまったのだろうか。
「見つけるって、お姉ちゃん達はなにを探してるの?」
「あーっ、なんていうか、こう、不思議なものとか、あやしいもの、ですかね。とにかく何かおかしなものがあれば手がかりにできないかなって探してるんですよ、お姉ちゃんたち」
「そーそー、それこそ脱出ゲームのアイテム集めのごとくね!」
「いっそこの状況の第一容疑者、アメコジキ本体でも見つけられれば何かわかるかもしれないんですけどね……」
「なんだ。お姉ちゃん、アメコジキに会いたかったの?」
え、と声にならない声が漏れる。予想外の言葉に瞬間的に空白になった思考に、続く少年の言葉が叩きつけられる。
「ぼく、もうわかっちゃったよ。ほら────」
つい、と少年が指したその先で。
「────
鵠別供花が、裂けたような笑みを浮かべた。