過ぎし歳月の物語   作:バーベナ/Verbena

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第五話 出発

 それから数日後──

 

 「持ち物は大丈夫かい?」

 リューボフさんはアレクセイに優しく語りかけた。まだ夜が明けたばかりで、薄明がわずかに辺りを照らしている。

 「はい。これで問題ないはずです。」とアレクセイ。

 「では、あらためて」とダヴィンチちゃんは言った。「これから君たちにはキエフに向かってもらう。目的はマシュの行方の捜索だ。それとついでに聖杯についての情報も調べて来て欲しい。リツカちゃんがサーヴァント召喚をできない都合上、長期滞在は厳しい。わたしとしては、リツカちゃんたちを戦力なしで送り出すのは気が進まないけれど・・・」

 「大丈夫。ダヴィンチちゃん」とわたしは言った。「わたしたちにまかせて。」

 「・・・うん、そうだったね。今までの旅を乗り越えてきた君になら、任せられる。それじゃあ出発だね。こないだも言った通り、この村を離れたら通信が繋がらなくなるから、これで一旦私たちはお別れかな。では、無事を祈るよ二人と──」

 「待って、ちょっと、待ってください!!」

 突然、遠くの方から声が聞こえた。わたしたちは驚きを隠せずに、咄嗟にそちらの方を振り向いた。

 「アザーリャ!?どうして・・・」

 アレクセイは、息を切らしているアザーリャに向かってそう言った。彼女の髪は乱れていて、衣服も寝巻きのままだった。

 「アリョーシャ・・・今の話、本当・・・?」 

 わたしたちが出発することは彼女には内緒だった。伝えれば必ず彼女は引き留めにくるだろうから、というアレクセイの懸念が理由だ。

 アザーリャは心配そうな面持ちで、アレクセイの手をしっかりと握りしめた。

 「大丈夫だって。すぐ戻ってくるよ。祭事までには帰れるって。」とアレクセイは言った。

 「そうじゃなくて、あなた、こないだ怪我をしたばかりじゃない。そんな調子で旅に行くなんて・・・」

 そう言われると、アレクセイはそっと彼女から目を逸らした。

 「え、そうなの!?」とわたしは驚いてそう言った。

 「ちょっと、それは・・・」

 アレクセイはきまりの悪い様子でそうこぼした。

 「・・・えぇ、そうです。リツカさん、ちょっとこちらに。」

 そういうとアザーリャは私の手を握りしめて、近くの家屋の裏側に引っ張っていった。わたしは困惑しながら、彼女の後ろ髪をただ見つめていた。

 

 

 「ごめんなさいね、私、少し粗暴なところがあって・・・でも、どうしても伝えたくて・・・その、アレクセイのことなんですが・・・」

 アザーリャの美しい瞳にはどこか寂しさのようなものが感じられた。彼女のあまりの美しさに、同性のわたしですらドキドキしてしまう。

 「アリョーシャはリツカさんに話していないでしょうけれど、彼、こないだあなたを助けた時に、怪我をしてしまったの。その時、かなり体調を崩していたから、ずっと心配で・・・やっぱり、今朝も顔色が少し悪かったわ。」

 「・・・そうだったんだね。」

 「ええ。ただ、今更彼を止めようとしても無駄でしょうし・・・リツカさん、アリョーシャが無理をしないように見守ってくださらないかしら。彼もあなたのことを精一杯守ってくれるはずだから。」

 「…わかった。ありがとう、アザーリャ。あなたがアレクセイを思う気持ち、とても伝わってきたよ。」

 アザーリャはこくりとうなずいた。

 「あと、このことはアリョーシャには内緒に」と彼女は言った「彼、ああ見えて見栄っ張りなところがありますから。本人が知ると気にするでしょうし・・・」

 「うん。言わないよ。わたしたちだけの秘密。」とわたしは言った。そうして彼女は微笑んだ。

 

 

 「祭事までには帰ってくるんだぞ。」

 リューボフさんはそういって、村から出ていくアレクセイと立夏を見送った。祭事の準備に熱中していたヴォールフフたちも、この時ばかりは二人のことを見送ってくれていた。アザーリャはいつまでも、二人のことを見送りつづけていた。

 

 

 「あまり急がないほうがいい。ここ一体は足場がおぼつかなくて、怪我につながるからね。」

 雪の降り積もった地面を慎重に歩きながら、アレクセイはそう言った。

 「そういえば、アレクセイっていつからあの村にいるの?」とわたし。

 「十年くらい前からかな。森の中で拾われたんだ。」

 「え、どういうこと?」

 「僕もよくわからないよ。」と言ってアレクセイは笑った。「リューボフさんいわく、僕はあの村の近辺で、雪に覆われて倒れていたんだって。」

 「そうなんだ・・・それ以前の記憶はあるの?」

 「まったく。それまで一体何をしていたんだろうって、今でもたまに考え込むね。まあ、きっとどこかの村落で、普通に暮らしていたんじゃないかな。」

 

 

 日が暮れ始めると、私たちは野営の準備に取り掛かった。

 やがてあたりは真っ暗になり、私たちの用意した焚き火を除けば灯りひとつない。この辺りに村や集落はないのだろう。

 「魔術は便利だね」とアレクセイは焚き火を前にしてそう言った。「火も簡単につけられるし、魔獣避けにも使えるなんて。僕は少し魔術を習ってみたけれど、てんでダメだったんだ。」

 「そうだったんだね。でも、これくらいならアレクセイにもできると思うよ。わたしも魔術は苦手だけれど、こんなふうにできてるんだし。もしよかったら、アレクセイに簡単な魔術を教えてあげようか?」

「え、いいの!」とアレクセイは目を輝かせてそう言った。「どんどん教えて欲しいな。あと、明日の予定だけれど、早朝にヴォルガ川の船に乗って、キエフに向かう。船に乗り遅れないように注意しなきゃね。それと──」

 そういうと彼はくしゃみをした。

 「・・・春先のキエフは冷えるね」

 アレクセイとわたしは笑った。焚き火が私たちだけをほんのりと照らし続けていた。

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