過ぎし歳月の物語   作:バーベナ/Verbena

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第六話 動揺

 

 「さあさ、見てってくれ!こいつはポーランドで作られた鉄製武具だよ!交易が絶えてからなかなか見かけないシロモロだろう?だれか手に取ってくれるやつはいないかい?」

 商人と思わしき者の掛け声が、キエフの城壁の周辺に響いている。

 「…こんなに賑わってるものなんだね。」

 わたしはアレクセイに向かってそう言った。わたしと彼は、大都市のキエフを前に呆然としていた。天候は良好で、青空を背景に太陽が良く見えていた

 「うん。僕も驚いた。噂には聞いていたけれど、こんなにも僕の村と何から何まで違うなんて…」

 わたしたちの目の前には大きな城壁が聳え立っている。周りには丸太組の小屋や商人の住まいがあり、人だかりや神格の姿が数多く見られる。おそらく城の中にはスヴァローグやスヴャトポルクの宮殿があるのだろう。城壁は大きな門で閉ざされており、容易には入れなそうだった。

 「とりあえず、僕たちの目的はマシュと聖杯についての情報を得ることだ。手当たり次第、城壁の外の街の人々に聞いてまわろう。」

 アレクセイはそういった。わたしは頷いて、キエフの街の中を進んで行った。

 

 

 「マシュ?聞いたことないね。そっちの小神格に聞いたらどうだい?なにか知ってるんじゃないかなぁ?」

 

 「知らないな、そんな小娘。俺は伝聞の小神格だけれど、神秘の減退によって、記憶力も日に日に衰えていくばかりなんだ…一体、いつになったらスヴァローグのやつは、キエフのマナを神代の頃のように戻してくれるんだ?」

 

 「いや、全く知らないな。その聖杯とやらも。ところでおまえさん、ここの飯を食ったことはあるか?ないって?そもそもキエフに来るのも初めて?そりゃ勿体無いよ。どうだ、一杯食べていくか?」

 

 

 「全く何も分からずに日が暮れてしまった…」

 わたしたちは疲れ果てて、近くの酒場でぐったりとしていた。

 「丸一日かけたというのにね」とアレクセイ。「まだリューボフさんにもらった路銀はあるから、食べるものとかには困らないけれど、どうも埒が明かない気がするなぁ…」

 「おや、その首飾り、どこで手に入れたんだい?」

 突然、側を通りかかった人物に声をかけられ、アレクセイとわたしはそちらに視線を向ける。その人物は薄汚れたフードを被っていて、性別どころか、ヒトなのか、神格なのかさえわからなかった。

 「え?あぁ、これはここに来る前に、村にいたヴォールフフからいただいたものです」とアレクセイはいった。「旅の先行きがよくなるように、と。ちょっと僕にはあまり馴染みのないものでよくわかりませんが…」

 彼が身につけているその首飾りは木彫りのもので、偶像のような顔が彫ってあり、その端に紐が結びついている。

 「ああ、馴染みのないのは当然だろう。今はもう忘れ去られてしまった古き神格のものだからね。よければそれを私にくれないかい?代わりにこのペンダントを渡したいんだけれど」

 その人物はアレクセイに向けて、丁重にペンダントを見せた。透き通った赤色の宝石が付いていて、見ていると吸い込まれそうだった。

 「え、いいんですかこんなもの!」とアレクセイは言った。「とても高価そうですけれど…」

 「もちろん。私にとっては、君のその首飾りのほうが貴重だよ。私が持っているべきものかもしれない。それにこのペンダントは…君たちが持っているべきだ。」

 「え?」とアレクセイは言った。

 「いや、なんでもないよ。それじゃあ、交換だ。」

 アレクセイは首飾りを外し、その人物に渡した。そうしてペンダントを受け取った。

 「ありがとう。君たちの旅先に、幸運を願っているよ。」

 そういって、フードの人物は去っていった。

 「不思議な人だったね。」とわたしはいった。「まるで影が薄くて、通り過ぎるまで全然気が付かなかった。」

 「うん。」とアレクセイは言った。彼はペンダントの宝石をずっと眺めていた。

 

 

 「大変だ、みんな、ヤロヴィート隊からの報告だ!」

 近くから突然大声が聞こえ、思わずそちらに目を向けた。声の主は黒い髭を生やしている、中年ぐらいの男だった。それまでバラバラだった民衆たちは彼のところにぞろぞろと集まっていった。酒場に座っていたわたしたちもなんだか気になって、人だかりの方に向かっていった。

 「なんだ、いつにも増してやかましいじゃないか」と神格の一人は言った。「またいつもの予言の話かい?もう聞き飽きたよ、あんな与太話。」

 「それがな、聞くところによるとなんだがな」と髭の男は言った。「ついこないだ、空間に揺らぎがみられた地方に、ヤロヴィート率いる兵団が向かっていったってのは知っているだろ?さっき聞いた話によると、そこに人間の女がいたってよ」

 群衆が一斉にざわめく。

 「それは本当なのか!?なら、本当に予言の通りじゃないか!」と民衆の一人が声高にそう叫んだ。

 「その女の髪は薄紫色みたいで、大きな盾を持っていたらしい。」と髭の男は続けた。「ヤロヴィートの兵隊はすでに城に戻っていて、たった今この話を聞いたんだ。」

 「まって、それって──」

 マシュのこと?と、自分は思った。アレクセイも何かを察したようで、黙って髭の男の話に耳を傾けていた。

 「それで、もう一つのほうの予言はどうなんだ?」ともう一人の神格が尋ねた。「あっちは当たっていたのか?」

 「あぁ、もう一人別の、異邦の人間が現れるってやつな。ペレヤスラブリ地方の村で」と髭の男は続けた。「ついこのあいだ、ルキエヴィート隊長率いる兵隊たちが、その地方にある小さな集落に向かっていったそうだ。ドゥモボーイが村長のところ。今はまだ帰還していないから、予言が本当だったのかはよくわかっていないな。」

 「僕の住んでいる村のこと…?」アレクセイは動揺を隠さずにそう呟いた。こころなしか彼は身震いしているようだった。わたしはアレクセイの言った言葉をうまく飲み込めずにいたが、徐々にその意味を理解していった。

 「一体なんなんですか、その予言って」とアレクセイは群がる民衆を押しのけて、髭の男にそう問いかけた。

 「予言について知らないのか?ヴァンニク族が残していったっていう予言を。」

 「まって」とわたしも髭の男に近づいて言った。「その異邦の存在って、どんな特徴があるとかわかるの?人間なのかとか、特殊な能力があるかとか」

 「そうだな…たしかそいつも人間の女で…肌に刻印が刻まれていて、使い魔を呼び出すとかなんとか…」

  ──そんな…それって私のことじゃ…

 身体中に緊張が走る。私は咄嗟に右手の令呪を隠した。

 「…ん?よく見たらあんた、あまり見ない顔立ちだが…」

 群衆の注目が一斉にわたしのほうに向いた。物珍しいものでも見るかのように、まじまじと私は見つめられる。

 「…いえ、なんでもありません。ありがとうございました」

 わたしはアレクセイの手を握りしめ、群衆を掻き分けて外に出た。

 「ちょっと、リツカ!?」とアレクセイは言った。「どういうことわからないよ。今の予言の人間って…多分、リツカのことだよね」

 「…うん。わたしに違いない。それに盾の女のことも、マシュだ。…ここにいたら危ない。わたしがその異邦の存在だということが周囲に認知されたら、どうなるのか…とりあえずここから離れよう。容易にここをうろつくわけにもいかない。」

 「でも、どこへ?まさか村に戻るの?」とアレクセイは言った。

 「村に戻るわけにはいかない。戻ったら、兵隊と鉢合わせになって、マシュのように連れ去られるだろうから。どこか宿をとってそこに泊まろう。ここじゃない、どこか離れた場所の…」

 わたしはアレクセイにそう言った。辺りはすでに夜の闇に覆われていた。

 

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