過ぎし歳月の物語   作:バーベナ/Verbena

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断章

 

 

──藤丸とアレクセイがキエフに到着する、少し前。とある地方にて

 

 「うぅ…」

 マシュ・キリエライトは、凍えるような寒さの中で目を覚ました。

 「ここは…」

辺りを見渡すと、視界一面、雪の降り積もった針葉樹だった。

 彼女は判然としない思考をなんとか起き上がらせて、現在の自分が置かれている状況を把握しようとした。マスターである藤丸との会話、ブリーフィング、レイシフト時の感覚──ここに来るまでの過去の記憶の断片が、彼女の頭の中を流れていった。

 彼女の中で引っかかったのは、レイシフト時の記憶だった。コフィン内部での感覚は、通常のレイシフトのそれとはまるで異なっていた。非常に乱れたもので、彼女はその時の感覚を思い出して、不快感を覚えずにはいられなかった。

 また、彼女は藤丸と同じように、大気中の魔力の濃さにも驚いた。あまりに現代のマナとかけ離れた魔力量に眩暈がしそうだった。

 ─ 一体、私は何日眠っていたのでしょうか…

 彼女はふとそう考えた。彼女はある程度思考を落ち着かせた後、マスターである藤丸が自分のそばにいないことに気がついて、取り乱しかけた。

 今回のレイシフトのメンバーは、彼女と藤丸だけで、他のサーヴァントたちは同行していない。それほど危惧すべきような特異点とは考えられていなかったし、いつものようにカルデアと通信をとり、その都度判断すれば良いと、シオンたちが考えたからだった。彼女の心配は尽きなかった。

 ─すぐにマスターを探さなければ…

 唯一の希望は、藤丸とパスで繋がっているため、彼が生きているのがわかることだった。しかし、彼がどれほどの距離にいるのかはまるで判然としなかった。おそらく、相当遠く離れた場所にいるのだろう──カルデアとの通信も繋がらない。

 ─どうすれば…

 彼女はそう心の中でつぶやいた。するとその時、背後から彼女を呼びかける声が聞こえた。

 「そこの君、大丈夫かい?怪我なんかはしていないかい?」

 咄嗟に彼女は振り返った。振り向いた先には、線の細い、人の形をしたものが立っていた。姿形は人間そのものであるが、どこか違う、とマシュは直感的に感じた。

 目の前の人物からは、強烈な魔力の気配は感じられなかった。明確な敵意も感じられず、サーヴァントでもなさそうだった。彼女は少しだけ身構えた姿勢を和らげた。

 「はい。私は無事です。その、あなたは一体…」

 「君はどうしてこんなところにいるんだい?みたところ、この辺りの地方の人間ではなさそうだけれど」

 彼はやや首をかしげてそういった。

 「僕はヤロヴィートといってね。キエフの兵隊に属している。普段この崩落地帯に来ることはないんだけれど、用事があってね。少し聞きたいんだけどいいかな?君はカルデアというものをご存知かい?」

 その言葉を聞いて、マシュはあっと驚いた。

 「カルデアをご存知なのですか?その、私がそのカルデアという組織に属するものですが…」

 「なるほど、カルデアは組織の名前なのか」と彼は謎が解けたのか、納得した様子でそう言った。「よければそのカルデアのことや、君がここに辿り着いた経緯なども知りたいんだけれど、問題ないかな?」

 

 

 「特異点…人理漂白…それにしても随分と波乱に満ちた旅をしてきたんだね」

 話を聞いている間、彼は終始難しい顔をしていた。

 「そうですね、ヤロヴィートさんが困惑されるのもわかります…」

 「未来から来るなんて、そんなことキエフの神話でも聞いたことがないな」と彼は苦笑した。「世界ってのは、つくづく広くて不思議なもんだよ」

 「それで、こちらもお伺いしたいのですが、この特異点はいったいどのような状態なのでしょうか?」とマシュは彼に尋ねた。「魔力の濃さからして、あきらかに、私たちの知るユーラシア大陸西側ではないのですが…」

 「あぁ、そうか。君はこの国の知識が皆無なのか。君のいう西暦…というのはよくわからないが…どこから話せばいいのやら…ウラジーミル大帝が即位したころの話からか?」

 彼はまた難しい顔をして、そのあとに苦笑した。

 「困ったね、どこから話せばいいのやら…とりあえず、詳しい話は後にしよう。あまりここに長居するのは危険だ。ここは人間の信仰失い、己の存在を見失った…」

 ヤロヴィートがそういった矢先、突然彼の背後からなにか黒い存在がとびかかってきた。彼は即座に振り向いて、長い剣のようなものを召喚し、素早く薙ぎ払った。黒い存在は霧のように消えていった。

 「噂をすれば、だね。君は戦えるかい?無理なようなら私一人で問題ないが」

 「いえ、私も戦わせてください」

 マシュはそういって楯を召喚した。ヤロヴィートは彼女の楯を一瞥すると、少し目の色を変えた。

 「へえ…それじゃあ行こう。何度も言うけれど、無理は禁物だよ」

 彼らは森のいたるところから発生してきた、何か得体のしれない、精霊のような存在に向かっていった。

 

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