高慢ぼうやはゴシック・ドールに呪われる   作:澱粉麺

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1.レディ・ロザリィを教えて

 

 

 

 

 

……

 

 

古びた埃の匂いを嗅ぐと、寂しくなるのは何故だろう。もう今にはない情景を、居場所を、探してしまうからだろうか。あの蔵を。きみを。

 

 

 

……

 

 

 

 

「けほっ、えほっ、くしゅん!」

 

暗い暗い、ふるい蔵の中。少年が埃に咽せくしゃみをしながら物をひっぱり出していく。高価な家財道具に、隠し財産。そうしたものを期待したけれど、しかし本当にあるものはがらくたまみれ。何か高値になりそうなものなど到底ない。

 

結局の所、没落した叔父の家などそんなものだ。そう思う。初めから期待はさしてしていなかったが、それでも、だからこそこのくたびれ損だけは、全くもって腹ただしいことだった。

 

 

「…ふん。所詮、こんなものか…ん?」

 

 

そう、憤っていた時。

一つのアンティーク調の、綺麗な箱が目についた。その奥に仕舞い込まれ、忘却の埃が積もっていたそこの下に、豪奢で繊細な細工をされた箱が確かに、あったのだ。

 

それを手に取ろうとしたのはその実、売れそうな物を見つけた、ということではなく。ただその美しさに無意識に手が伸びていたから。ただ烏が腹を満たすこともできないのに光るものを集めるような、そんな本能的な、獣的な動作。

ただそれ故に。強い衝動となって。

少年はDon't touch.という古びた記述をされた紙を目端にも捉えず、ただ眼を輝かせて手を伸ばす。

 

 

瞬間。

 

がこん、と蓋が落ちて。がらん、がらん。大仰な音と共に蓋が地面を舐めて跳ねる。その大きな音は少年を驚かせたが、それより、その驚きよりも大きな感情が彼を占めた。

その、中身への関心。それらの感情。

 

そこにあったものは黒いゴシック基調の服を着たドールだった。ひらひらと、蝶じみた意匠の。はらはらと、触れれば崩れそうに儚く。そして、それではきっとびくともしないと確信させるほど、しっかりとした作り。その金糸のさらつく髪の人形は、人が作って、人ではないものだとただ一目でわかるものだった。

 

それはつまり不出来故じゃなく、あまりにも生き物から乖離した美しさだからこそ、人などではありえない、人に造られたものでなければならない、ということだ。

 

 

「……」

 

眺めて、いた。

触ることもなく、ただじっと。それをせしめた感情は彼自身何かはわからない。ただ、ほうとため息をついたのは間違いない。ただただずっと、観察をしていた。

 

 

ぴく。

 

瞼がヒトのように動くまで、その観察は続いた。そうしてじっと見続けていたからこそ、少年は動くはずのない瞳と皮膚に、ひどく、狼狽する。腰が抜けてへたり込み、ただ腕も震えて這うのもままならない。

 

 

「うわああああ!?」

 

カタカタカタ、と動き出した白い手脚と球体の関節が自然に、人間のように立ち上がる。だからこそ人形としては不自然に、動き出す。ふわりと、ミルクの香りがした。優しい香りは呪いそのものと言える光景と不釣り合いに印象付ける。

 

かたかた。動きが続く。

 

そうして目を開いて、一歩、二歩。コンコン、と木靴の音がした。歩き出して。すっかりとへたり込んだ少年に少しずつ近づいていく。その歩の音が鳴るごとにまた更に子を脅かした。

 

 

「こ、ここ、殺すのか!?

僕を、殺すんだろう!?やだ、いやだ!

くるな、やめろ!やめて!」

 

 

くす、くすくすくす。

けたけたけた。

高い、高い笑い声。蔵に響く鈴のような声。

少女のような、妙齢のようにも聞こえる音。

 

 

「初めまして、私のご主人様。

…うふふ。随分と可愛らしい主さまだこと」

 

どこからの声か。

それを認識するのにすら時間がかかった。

認知や常識の外からの、声だったから。

 

 

「何にせよ、私を開けたのは貴方。

なら、相応しい礼を尽くさないと」

 

だけれど間違いなくその声は、音は。

目の前の人形の口から放たれていた。

口を開けたままの少年に関せず、それは動く。

 

「それでは、改めて」

 

動きを始めたそのドールは、つまりきっと、人よりもよほど瀟洒に笑みを浮かべていて。

優美で完璧に、カーテシーをした。

 

 

「さあ。なんなりとご命令を。ご主人様」

 

 

少年はただ、その全てにキャパシティが保たず。正気を失う感覚にただ耐えきれるはずも、ないまま。

ただ、きゅう、と。卒倒した。

 

 

 

 

……

 

 

 

包まれるような、ミルクの香り。

まどろみにまず感じたものはそれだった。

 

眼を開ければ、固い感覚が後頭部にあり、そして目の前に、あの驚かせた動いた瞼が、その可憐な顔付きが。明らかに、ヒトでないそれがあった。

故に、なんだ、さっきのは夢だったのかと云うテンプレート的な現実逃避は出来ない。

 

 

「あら…お目覚めかしら、ご主人様?女の子の顔を見て倒れるなんてとても失礼ね。でも、特別に許してあげる」

 

優しげな声。人工的な、美しい音。

どく、どく。

その声に、恐怖や驚愕さめやらぬまま、心臓が激しく動く。だがそれを必死に隠して少年はがばりと立ち上がり、その人形を突き飛ばした。

 

 

「…っ、離れろ!」

 

ううん、と小さな不満をこぼすのみで。

人形はそのまま膝立ちで、顔を上げる。

この状況を、まだ飲み込めたわけではない。

だがまた卒倒するでなく、目の前に立つことを選んだのは、少年なりの唯一残るプライドだったのだろう。またこちらに危害を加えないとわかった故の油断だったかもしれない。ともかくと、して。

 

 

「…おほん。うるさいぞ。ボクを、主人と呼んでいたな。なら主人のやることに口を挟むんじゃない」

 

「ふうん?それは狭量ね。真に想う侍従は進言をするものだし、主人とはそれを受け止めるものよ」

 

「う、うるさい!くちごたえするなよ!」

 

 

ぐ、と少年の、神経質な顔が歪む。目の前にいるものは、人形だ。子供故の柔軟さか、それを受け入れることはもうできていたが、しかし故に、口答えをされそれに言い返せないことは屈辱的なことだった。

 

 

「しかし随分とまた…

貧相な館に住んでいるのね」

 

反応には我関せず、と云うふうに周囲を見渡してそう呆れる人形。彼女が見る景色は、手入れの行き届かないそれぞれの部屋に、汚れ切った食器、そして少年以外は誰も中にいない、無駄な広さの館だった。一見豪勢に見えるそれは、最早見せかけの虚勢にすぎないようで。

 

 

「…はあ、私もここまで落ちぶれるとはねえ。なんだかとても悲しいものがあるわ。ま、いいのだけれど」

 

「…どうせ、ここに捨てられた者同士さ。

ボクも、お前も。ロクなものじゃないんだ」

 

 

ふん、と諦観したように鼻を鳴らす。そうしていた少年を見て、人形は一度首を傾げた。

そしてまた、口を開く。

 

 

「ご主人様」

 

「ボクはご主人、なんて名前じゃない。

それにそう呼ばれる筋合いもない。

……エドだ。そう呼べ」

 

「わかったわ、エド。

一つ聞きたいのだけれど…」

 

 

「いいか!わかってるんだからな!

お前もボクをバカにしてるんだろッ!」

 

 

急な、一言。

脈絡もなくそう言われ、質問が止まる。きっ、と指を突き付け、顔を歪めヒステリックに叫んだ少年、エド。

人形の彼女はただそれを見つめた。そしてその白い顔を駆動させて、咲う。上品に、くすくすと。

かたかたと、球体を揺らしながら。

 

 

「くす。くすくす。そうね、してるかも」

 

「っ!おまえ…ッ!」

 

「だって、私の顔を見てズボンを濡らしてしまうくらいだもの。臆病でこわがりさんだって、思っちゃうのは仕方ないじゃない?」

 

 

はっ、と下半身を触る。

そうして少年は今、臍から下の状態が、布の有無が、一枚のタオルを巻いただけであることにようやく気付く。それが意味することは、つまり。

 

「だけれど、そうしていなさい。

その姿はとても可愛らしいわよ、エド?」

 

 

かあ、と顔が赤くなり。そうしてひらひらと頼りないタオルを手で抑える。それがもう如何に意味のないことであるかはわかっていたけれど、それでも。

そうした、恥ずかしさ、恥辱、怒りに困惑と思い通りに行かない苛立ち。それらをまとめあげて、エドは叫ぶ。

 

 

「お前…お前は、お前はなんなんだっ!」

 

「見て、わからない?

私は人形。あなたの、人形よ」

 

 

それは、わかっている。

否、わからざるを得ない。

ドールが動いているのだけはただ確か。そしてそれが、少年を主人と呼び、そして口うるさく、いじめるようにして対応しているということだけが、現実だ。

 

 

「何にせよ、私は今日から貴方の人形。貴方が開けて、私を目覚めさせたのだから。それならば乙女を目覚めさせた責任を取らなければ、いけないでしょう?」

 

 

「なっ…!?勝手にお前が目覚めただけじゃないか!」

 

 

「あら、エド。淑女を知りなさい。男の子には、レディの無茶を受け止めるくらいの気概が必要なのよ?」

 

 

そうして、ようやく立ち上がる。

直立に立った彼女は、少年の主人と同じか、それよりもほんの少しだけ小さいか、という大きさ。

ゴシック・ドールはそうして笑う。

文字通りのマリオネット・ラインも隠さずに。

 

 

「だから、末永く宜しくね?エド」

 

 

そうして、一人と一つの関係は始まった。

高慢なだけで、何もできない少年。

動き歩く、呪いのドール。

彼らはそうして、所有者と所有物となった。

そうして呪われて、いったのだ。

 

 

 

……

 

 

 

「……おい、お前。

おまえ、じゃ呼びづらい。

名前はなんなのか、おしえろ」

 

 

「私?今の私には名前なんて…」

 

「…いいや、あるわ。

エド、あなたが付けてくれればね」

 

 

「えっ…ぼ、ボクが!?

待ってくれ、そんな急に…!」

 

「さあ、早く名付けて頂戴。

なんにも、思い浮かばないならいいけど」

 

「…ええい、つけるさ、つけてやるとも!」

 

 

挑発的に言われて、かっと言い返したは、いいものの。少年はネーミングをするという経験は初めてであり、またその名前が重要なものであるということも心の何処かでわかっていた。だから、どうしようかとあたふたと、刺々しい言葉とは別に、困っていた。

 

金色の髪だからそれの名前?安直すぎる。ゴシック調の服を着ているから?だめだ、何より呼びづらい。何も思いつかない、どうしよう、と。せめてヒントに更に彼女の特徴を見ようとして。

 

胸元に、小さな黒薔薇を模ったペンダントを見つけた。

 

 

「……ロザリィ。

ロザリィって名前は、どう、かな」

 

 

へえ。と、人形は口を開けた。

その反応はつまり、心からの感心。

 

 

「ふうん。

あなたらしくもない、素敵な名前!」

 

「〜〜〜ッ!やっぱり馬鹿にしてるな、お前!」

 

「あら、お前なんて言わないの。

私には今、素敵な名前がついたのだから」

 

「さ、呼んでみて?ロザリィ、って」

 

 

 

「…うん。いい響き。気に入ったわ。

今日から私は、レディ・ロザリィ。改めて宜しくお願いしますね、ご主人様?」

 

 




短編予定です
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