高慢ぼうやはゴシック・ドールに呪われる   作:澱粉麺

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3.プレイ・ドールは柄じゃない

 

 

 

 

「…これで、今日はおしまい。そしてひと段落。明日からほんの少しだけお休みを入れましょう。お疲れ様、エド」

 

「…本当にか?」

 

「ええ、ほんとよ」

 

「……はぁーーっ!ようやく、終わった!ほんっと毎日毎日、嫌だった!」

 

「終わったわけじゃないのよ?

でも…ふふ、それでも逃げてないじゃない。

そこはちゃんと、偉いと思うわ」

 

「逃げたら逃げたで、お前どこまでも追ってきて鬼のように倍でやらせてくるだろ」

 

「あら失礼ね。追試でレディへの口の利き方もレッスンに入れようかしら」

 

 

…忙しい時とは、過ぎるのが早いもので。歪な主従関係となり、動く人形と親の無い少年の共生が始まってから、早、数ヶ月。

 

どうにも、人とはどんなことにも慣れるものであり。ほぼ毎日同じ、スパルタで行われていた様々なマナーレッスンと、最低限の教養を培う為の勉強も、初めは泣きべそをかいていたエドも今はそうして受け入れて、また、ロザリィの手にも小さな鞭はもう握られていない。

 

そうしてある日の今日、ひとまずはマナーレッスンを終えた。無論最低限のものを学んだだけであり、これから先継続的に必要といえど、数ヶ月で及第点と言えるほどまでできたのはつまり教える側も、られる側も、卓越したものが無ければ成りえないものだろう。

 

 

「そしたら今日はもう自由にしていいわよ、エド。何か遊んだりする?」

 

「言われなくてもそうするさ!久しぶりの自由だ…まずは、外で遊ぼう!」

 

がば、と立ち上がるエドを微笑ましげに眺めていた人形は、しかしかくりと、少年に勢いよく腕を掴まれて引っ張られ、あわやと転びそうになる。

 

「きゃっ…ちょっと!」

 

「いいから!お前もこいよ、ロザリィ!

とっておきの場所があるんだ!」

 

 

女性の腕をそう引っ張るのはよくないと言おうとして。また、食事の準備をしたいとも言おうとして。だけどその無邪気な笑顔を見て、くすりと笑って。彼女はかたりと口の関節を動かし、それはどこにあるの?とだけ聞いた。

 

初めて会った頃に比べ、笑うようになってくれた。それだけが、人形には嬉しかった。暫く走って走って、館から出てもう少し雑木林を走って抜け出してら荒廃した畑の先からもう少しだけ行きつきて、その辿り着いた所は、少し大きな丘。

 

そしてそこには大きな樹木と色とりどりの花があった。手入れなどはされていないだろうに、ただ咲き誇る。それはまるで、人の手により美しさを創られたロザリィとは真逆の空間を恣意的に作ったかのようだった。

 

 

「凄いわ。立派な樹ね」

 

「な、凄いだろ。父さまが遺してくれたんだ。これだけか、というやつもいたけれど…それでも、これを、ボクはすごいと思う」

 

 

そう言ってから、誤魔化すように、走り出す。一人で向かう先は木の麓であり、そしてその近くにあった草。それをむしり取り、草笛にして鳴らす。その度に風が吹いたようで、どこか不思議な気持ちになる。

 

正味、下手な音ではあった。だけれど、ロザリィはそれをずっと聞いていた。

そんな光景に惹かれたのか、またその音を仲間の声だと勘違いしたのか、ある鳥がこちらに来る。白くて、ぬいぐるみじみて可愛らしい見た目の鳥だった。

 

 

「!わあ!見て見て、この鳥!始めて見た!なんて名前なんだろう?ボク見た事ないよ。まさか新種とかだったりしないよなあ!」

 

だから、その姿に驚いたのはロザリィのみ。

成程確かに、この数ヶ月で、この二人は主従として、おかしな関係として、先生、生徒としてり様々な形で仲を深めていって、さまざまな顔を見ることになった。

 

だけど、このような、子どもらしさを前面に出した様子はまた初めて見るもので。プライドの高く、そして刺々しい。防衛機制に近しい、その態度の強さからは考えられないような、輝いた眼だった。

 

は、と、一瞬で正気づいて。

 

顔を歪め、赤らめてから顔をロザリィの方から逸らす。それはやはりどちらかというとただの照れ、というよりは。

 

 

「………何、じっと見ているんだ」

 

「いいえ。

でも、以前から思っていたことだったから」

 

そうだ。彼が勉学のテストをいくつか受けていた時。確かに一つだけ、生物や生態に関しての知識についてだけずば抜けて成績が良かった。また、書斎の整理をしている時、そうした本も、すり減っていた。ここまで、とは思わなかったが。

 

 

「エドは生き物が好きなのね。

とっても、いいと思うわ」

 

「………嫌いだ」

 

「だめ。他の人に嘘をつくことはあっても、自分の心に嘘をつくのだけはやめなさい。いつかそれが、本当になってしまうから。それはとても悲しいことよ」

 

「……うるさいな。そうだよ、たしかにボクは生き物が好きなんだ。笑えよ。馬鹿みたいだって」

 

「?笑わないわよ。

どこに笑うところがあるの?」

 

「………」

 

 

怒鳴り散らす、力も無いまま、エドは静かに伏せる。その動作に驚いて、鳥は飛び去っていってしまった。

 

ロザリィはただ、彼に寄り添う。

何も変わらないまま。

 

 

「…申し訳ありません、ご主人様。

私にはまだあなたが、何を悩んで苦しんでいるかよくわからない。あなたがどれだけ苦しくつらいかも、まだわからない」

 

「だけれどね。そんなに、抱えたらだめよ。ヒトはそうできるようにはなってないの」

 

 

横に座った彼女を、そっと突き放すように両手を差し出す少年。だがそれをすら包むように、からからとロザリィの指が揺れる。マリオネットの硬い指先がその腕と、少年の頬を包む。

 

 

「あなたはまだ、子どもなのだから」

 

それは、見下しでもなければレッテル貼りではなく、事実。また、少しの間寄り添うことでこそ思った、心の底からの想いだった。だからこそエドはその言葉に反発はできなかったのだろう。

 

胸元に抱き寄せながら、そうしてなだめる。人肌よりも硬く、そして無機質な冷たい肌は、胸の先にのみシリコンのような柔らかい素材が入れられており、常よりも柔らかく、フェティッシュだった。

 

「子どもであることを、恥じることはない。むしろそれは誇らしいこと。いつだって子どもであることこそ、情熱も忘れず、そして純真なままであるということだから」

 

「それに、そうあってくれた方が、私は嬉しい」

 

とさり。

少年が、力無く横になる。

肩の力を張り続けるのが、疲れたというように。言葉は特に発しはしなかったが、それ故に、最後の言葉への質問が際立った。

 

 

「どうして、嬉しいんだ?」

 

「だって、子どものままでいてくれないと。お人形遊びなんて柄じゃないと、私はまた捨てられてしまうでしょう?」

 

 

 

さあ。緑色の木陰が風が吹くたびにざわめく。黒色のゴシック服もまた、はためく。青草の匂いを嗅ぐとどうにも寂しくなって、互いが目を細めた。目元を動かすことにきり、と音の鳴る人形には、細める意味などないのだけれど。

 

 

「……ボクも」

 

「ボクも、子どものままでいたら、お前がいてくれるなら。しばらくはそうのままでいたいよ」

 

 

樹の麓。

一人と一つの影がどちらも寄り添った。

 

 

 

「…ロザリィ」

 

「ええ。どうぞ」

 

 

いつしか彼らは、初めて会った日のように、その硬い膝の上に頭を乗せての膝枕をしていた。何をするでもなく、ただ横になっていた。

 

少年はごろりと寝返りをして、ロザリィのその硬い膝枕の、その太ももと太ももの間に顔を伏せるような、そんな形になった。

ただ、そこに邪心やそういったものはなく、ただ、そこがよかっただけだ。ただ、目の前にいる侍従に、その目から落ちる雫を見られないということに。

 

 

「う、…」

 

「う、うう…」

 

 

その涙に定まった理由というものはない。だから故にそうして泣いてしまう自分がどうしようもなく恥ずかしく、そして見られたくないのだ。自分以外の人に。自らを見てくれている人に。

それは、真実ヒトでないとわかっていても、同様だった。

 

 

「くす。…大丈夫、大丈夫よ。これは、ただのおままごと。あなたは子供らしくお人形で遊んでいるだけ。だから恥ずかしがることもない。だから、そんな風に押し殺さなくても、大丈夫」

 

「プレイ・ドールが男の子にとって柄じゃなくても。こうして、ままごとが出来るなら、それは人形の、私の本懐だもの。ね?」

 

 

 

……ドールの固い膝の上で、少年はずっと泣き続けた。心細さを、消費するように。その頭を、人形は日が暮れるまでずっと撫で続けた。

 

人工的な青い眼は、ただ、慈愛に満ちていた。

 

 

 






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