ほえるが屋敷へ戻ると、念入りな除菌作業に次いで、採血をはじめとした各種検査が続いた。
なんとか検査を終わらせたものの、休みはないと言わんばかりにほえるは光貴の執務室へ案内された。
「失礼しま~す」
軽快に挨拶するほえるに光貴が銃をつきつけながら椅子に座るよう誘導する。
「鉄砲向けてお話するのは…変わらないんですね」
苦笑いするほえるを見て、光貴は銃を置く。
「やはり…やめておくか。貴様は私の指示に従い、ここまで無意味といえるような部分にまで人類に気を遣っている。それに───」
光貴が部屋に設置されたメディックシグナルに目を配ると、深く息をついた。
「貴様は対話可能な個体であると認めよう」
「それじゃあ……話をはじめましょう」
ほえるも同様に不自然に置かれたメディックシグナルをながめる。
「それで、貴様はなぜマリスセルに反して人を守るためにと戦っているんだ? それが一番不可解だ」
「───自己学習できる個体だった私は、大神ほえるに感染して、彼女の人格や
「それは貴様自身がそう考えているのか? それとも、大神の考えに触発されているのか?」
「大神ほえるの考えに触発されてます。この子かなりヒトが好きみたいでだいぶ影響されてますよ、あとしゃべり方も」
「大神の中で人類を学んだ結果、人類が大事になったと」
「はい」
ほえるが淡々と返すと、光貴がふむ、とうなる。
「貴様はそれでいいのか、仲間である種と敵対しているが」
「マリスセルっていうグループから切り離されて、自己学習しろっていわれた私にとっては、別に関係のないことなのです。それ以上に学んだ結果がだいじで、敵味方の区別はそれだけで決めてます」
「奇跡的にも、人は大神の優しさに救われたといえるな」
「私が味方であることが良いことっていうなら、そうかもしれませんね」
ほほえむほえるに光貴は複雑な表情を向ける。
「ところで貴様に学習を命令したのは誰だ」
「うーん、上司? 先輩? そんな感じの方です」
「マリスセルにも上下関係が存在するのか」
「それはもう知ってるんじゃないですか?」
思わせぶりな言葉と共に、ほえるがメディックシグナルの方へ視線を移す。
「……やはり気付いているか」
「仲間は匂いでわかるんですよ」
鼻をつついて笑うほえるだが、光貴は渋い表情を崩さない。
「まぁいい、貴様がMRPを邪魔しないのならな」
「まさか、私は大賛成ですよ! マリスセルはヒトを襲って弱らせる相手です、今の私にとっては敵です、超敵です。だから光貴さんがやろうとしてることに協力したいんです」
「だから仮面ライダーになって進んで戦っていたと」
ぶんぶんと首を縦に振ってうなづくほえる。光貴はこの
「貴様と話していると気が抜ける。またの機会にさらなる説明を期待する、さっさと戻れ」
「戻れって…北斗ちゃんとこに行っていいんですか!?」
「マリスセルとしての力を抑えればな。いつも通りにだ」
「ぃやったぁ! ッシャス!!」
過剰なほどに喜びながらほえるが執務室をあとにする。
その場に残された光貴はメディックシグナルを見つめると、ため息をつく。
「あれが
《はい、もとより我々は友好的な生命体。ああした個体が誕生することも想定していました》
「ですが、なぜマリスセルは人を襲うように?」
《それは貴方がたも知る通りかと、他を食らって、
「……」
《そういえば、“オメガ”のおかげで狩屋さまから必要なデータは回収できました。彼女を解放なさってください》
「かしこまりました、彼女は厄介な相手ですが、貴方のお言葉なら、すぐに」
《たとえ他者を傷付けるようなお方でも、ヒトですから》
「…人とは、そんな単一的なものでは、ありませんよ。悪い奴も良い奴も、いるのです。貴方がたと同様に」
そうつぶやくと、光貴は椅子から腰を上げ、実験室へと向かう。
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一方その頃、広間に集まったMRP参加者の面々は、夕食を取りながらほえるのことについて考えていた。
「北斗は全然気付かなかったのよね」
「はい、まったく…ほえるが、マリスセルだったなんて」
未だ衝撃を覚えている北斗に一同は顔を落とす。
幼馴染がマリスセルであったという事態に、かける言葉が見つからなかった。
「私はほえるさんのこと信じてます。戦ってるときだって何も変わらず、私たちのためにいてくれた……私に優しくしてくれたほえるさんのままだったじゃないですか」
碧の意見に北斗がうなづく。
「そうですよね……私、またほえると話したい。話して、事情を知りたい」
「そうこなくっちゃねぇ、大事な大事なお友達、離れるにはまだ早いとお姉さんも思うわよん」
北斗の心が決まり、食事を終えて執務室へと向かう。
と、広間を出た先でほえるとぶつかってしまった。
「あいたぁ!」
「いたた、って…ほえる」
「北斗ちゃん!」
思わず抱きつこうとするほえるだったが、一瞬止まって、腕をおろす。
「あ、ごめん…私に触られるの嫌だよね……やっぱり、ごめん!!」
「ほえる!」
その場から逃げようとするほえるの手を北斗がつかむ。
「ほえるがほえるじゃないのは分かった…でも、仮面ライダーとしてみんなを助けてたのは本当なんでしょ?」
「……」
「私はあなたをマリスセルとは思ってない、味方だって思ってる」
「でも、私は今まで大神ほえるのフリをしてきたんだよ…それが自然だって思ったし、何より北斗ちゃんに気付かれたくなかったの」
ほえるの瞳から涙がこぼれる。
「本当は大神ほえるじゃないのに、騙してきたんだよ」
「……」
北斗の脳裏に今まで過ごしてきたほえるとの思い出が浮かぶ。
共に学校へ行き、遊び、笑ったときのこと。
目の前にいる彼女が大神ほえるではないという言葉にだんだんと北斗の胸が締め付けられる。
「……ほえるは、今…どうしてるの」
「! 伝え忘れてたね、ほえるちゃんなら……」
ほえるが涙をぬぐうと、自身の胸に手を当て、顔を上げる。
「私の中で生きてる。マリスセルと戦うためにマリスセルを私に預けて、今でも北斗ちゃんを見ているよ」
「ほえるは…無事なんだね」
「うん、じゃなきゃ私は…きっと罪悪感でいっぱいになっちゃうから」
そういうとほえるは胸の内に向けるように微笑む。
「マリスセルとの決着がついたら…それか私がいらなくなったらほえるちゃんの中から消えるよ」
「えっ」
北斗から声がもれる。
「今のほえるは消えちゃうの」
「だから私はほえるちゃんじゃ……ややこしいなもう」
「ほえるでいいよ、私にとってはあなたもほえるの一部だと思うから」
だから、と北斗が続ける。
「消えないで、ほえる。みんなを助けてくれたほえるを失いたくない…たとえ元がマリスセルでも、今一緒にいるんだから、大丈夫だよ」
「気にしないで北斗ちゃん、ほえるちゃんは記憶も受け継いでるから、一緒に戦ったことはなくなったりしない、私がいなくてもほえるちゃんはほえるちゃんのままで帰ってこられるんだよ」
そうじゃない、と北斗が口を挟む。
「あなたももう私の大切なひとだから…うまく言えないけど、あなたも一緒にいられることがベストだって思うの。だって、変身できなかった私を助けてくれたのは今目の前にいるあなたじゃない」
放たれる言葉にほえるは立ち尽くす。
「───どうして……」
「ほえる?」
「どうしてそんなに優しいのかな……!」
ほえるが複雑な心境を抱えながら笑みを浮かべると、北斗に両手を差し出す。
「私…北斗ちゃんと仲良くしたい…みんなと一緒にいたい……いいのかな」
「うん、いいよ」
北斗がほえるの手を引っ張り、広間へと連れていく。
「あ…北斗さん、それにほえるさん」
陽廉が2人に気付き、声をかける。
それに続いて他の面々も彼女らを見て目を丸くする。
「ほえるちゃんじゃない! えっと…うーん、かける言葉が見つからないわね」
「そんなもんですよ。もうみなさん分かっている通り私はヒトじゃありません。だから…」
「ほえるはマリスセルだけど、みんなを助けてくれた。戦えない人のために戦ってくれたのも、戦う勇気をくれたのも、ピンチのときに助けてくれたのも、今のほえるだから」
堂々と説明する北斗に、一同はたしかに、と納得する。
だが、楽歌はまだ信用できないのか腕を組みながらほえるを見つめていた。
「元のほえるはどうしたのよ? まさか乗っ取ってるんじゃないでしょうね」
「今は私に体を貸してくれています、無事です」
「マジか、あと気になるんだけどアンタがマリスセルってことは私たちが感染するリスクがあるんじゃないの?」
「抗体を持つみなさんなら全く問題にならないと思います、今までだってそうだったワケですし」
「たしかに…」
「私の正体を知って不安になるのは分かります、私だって、本当にみんなといていいのか、まだ…不安です。でも…北斗ちゃんがいてもいいって言ってくれたのが嬉しかったから……どうか…みんなといたいなって」
「私とお友達になってくれたほえるさんなら…歓迎します」
陽廉が笑うと、ほえるの手を握る。
「私、ほえるさんに感謝してるんです。だから信じてます、マリスセルでもいい人なんだって。まだ混乱はしてますけど……」
「そうですよ、ほえるさんが人間じゃなかったとしても…今までの行動は変わりないですもん」
碧がほえるに歩み寄る。
「あなたって北斗ちゃんの元々のお友達のほえるちゃんとは別人なのよね?」
「は、はい」
「それってすごい心配じゃないの、北斗ちゃん的には」
「でも───」
「一旦本物のほえるちゃんとお話できる?」
いぶの提案にほえるが
「そういえばそっか! そうすればほえるちゃんがどう思ってるか分かるじゃないですか!! いぶさん天才ですかっ!?」
「あらそうだけど? 私天才だけど?」
胸を張るいぶ。彼女の提案を受け入れ、ほえるが意識の交代を試してみる。
「ありがとう、一旦体をお返しするね、ほえるちゃん」
ほえるが目を閉じると、
そこに何かが変わったような雰囲気は一切なかった。
「え、えーっと…これで交代できたんですけど、分かりますか?」
「全然分からない!!」
全員から抗議され、ほえるが眉を八の字に曲げる。
「ですよね~…記憶も共有してたからみなさんと初めましてな感じないし、口調もだいたい同じだからなんか分かりづらいですよね」
「でも、ほえるなんだよね……久しぶり」
北斗がそういってほえるを抱きしめる。
と、記憶でしか北斗の温もりを受けていなかったほえるは、その久方ぶりの温かさに、大粒の涙を流す。
「ほ、ほくとちゃ…あぁ~~ん!!」
「やっぱりほえる、なんだね」
「会いたかったずっと会いたかった! 北斗ちゃんにまた会えるなんて思わなかったよ~! 北斗ちゃんあったかい人ってやっぱあったかい! 北斗ちゃん好き好き好き大好きちょっとずっとぎゅってしてて北斗ちゃ~~~ん!!」
力強く北斗を抱きしめるほえるに、一同は先ほどの彼女とは違う、本物のほえるなのだと確信するほかなかった。
「これ…証拠になりますか───ほえる痛い! 痛いってば!」
「北斗ちゃぁぁぁあん!!」
「あーハイハイ証拠になるわよ、雰囲気はそのままだけど、なんか愛が重いっぽいから本物」
苦笑いする楽歌に、一同も笑ってしまう。
と、急にほえるがその場に倒れる。
「ほえるっ!?」
「あ、そうそう……私、マリスセルに感染して、そのままだから……ずっといると、体の調子悪くなってくるの……だから、体をあっちの…子に任せて、耐えてるの…あのー、あれ、マリスセルに生かされてる感じ」
「マリスセルに…生かされてる?」
釈然としない北斗に、ほえるは笑いかける。
「感覚だけどね…? マリスセルって悪いだけじゃないっぽいから、助けられてるのかな…あの子も、私の体が治るまで頑張ってくれるって言ってたから…いい子なんだよ? だから……そう、名前、つけてあげて」
そこまで言って、ほえるが意識を失う。と、目を開いてゆっくりと起き上がる。
「ほえる…?」
「ども、違う方です」
北斗が不安そうにほえるを見つめる。
「ほえる…私の昔からの親友は、大丈夫?」
「うん、私が表に出てる間は体調が整うから平気だよ」
「なんだかややこしい状態ね」
「それでも、私たちの知ってるほえるさんを信じられる裏付けには、なった気がします」
陽廉の言葉に一同がうなづく。
「…みんなにお願いしたいことがあります」
北斗がつぶやくと、それぞれが彼女へ視線を向ける。
「この子の、ほえるを助けてくれているマリスセルの名前を考えましょう」
それを聞いて全員がうなづく。