屋敷の脱衣所にて、北斗は支給された着替えのTシャツを見つめていた。
(MRPってプリントされてる…絶妙にダサい)
「お風呂気持ち良かったねー!」
同じく東京市から支給されたTシャツを着たほえるが笑う。どうやら彼女は気にしていないらしい。
「このデザイン、なんとかならなかったのかな」
「そ? 可愛くない?」
「……そうかな? …まぁみんなコレ着てるみたいだしいい、か…」
ほえるの独特な価値観に北斗は顔をしかめながら自室に戻る。
「とにかく早く寝よう、今日は疲れた」
「私も今日はぐっすり寝られそー!」
そう言いつつ元気を有り余らせているようなほえるに、北斗は安堵と共に不安も覚える。
「本当に、体なんともないの? 去年までマリスセルで入院してたのに」
「うん! 多分みんな持ってるっていう抗体があるからだと思う。とにかく、私の経験がヒトを守る力になるなら、なんだか気持ち良くって」
「ほえるは強いね。私もほえるみたいに誰かの力になりたい」
「北斗ちゃん…!」
ほえるの喜ぶ姿を見てほえるも心が温かくなる。
笑えない自分の代わりにほえるが笑ってくれるようで嬉しかった。
「それじゃおやすみ、ほえる」
「おやすみなさーい!」
なんにせよ、ほえると言葉を交わせることができるならば、北斗はそれだけで充分であった。
──────────────────
2日目、朝。
参加者はそれぞれ鮮烈な経験と眠りを経て、自分の置かれている環境が夢ではないことを改めて実感していた。
だが、
「…最悪」
彼女は以前より、同級生からいじめを受けていた。
読書が好きで人見知りな彼女は学校で浮いてしまい、クラスを仕切るいわゆる上位カーストの生徒に目を付けられてしまったのだ。
持ち物は捨てられ、面倒な作業を押し付けられ、一言発せば一言冷やかされ、何も言わなければそれも馬鹿にされる。彼女と関わる人間さえも標的にされたことで碧と親しくなろうとする生徒はいなくなり、とにかく自分が不利になることをされた。
学校内で問題にしたくない教師陣は当てにならず、学校での居場所は消えていった。
なぜ自分がこんな目に合わなければいけないのか。なぜ誰も自分を助けてくれないのか。
ただ理不尽な悪意が、彼女の毎日を蝕んでいた。
マリスセルなんてどうでも良かった。もしそれに感染して死ぬのなら、それでも良かった。
だが、今自分はマリスセルへの抗体があるとして謎の場所での生活を余儀なくされ、自分をいじめていた同級生、猿堂朱李と共に過ごさなくてはならなくなったのだ。
「最悪」
思わず二度目の悪態が漏れる。
おかしな境遇に立たされてもなお、朱李と顔を合わせなければならない現状に碧は嘆くばかりだった。
腹が鳴る。
どうやら昨晩何も食べていなかったのが良くなかったらしい。
時間的に朝食が用意されている時間だったので広間へと向かう。
広間には何人か先客がおり、朱李の姿が無いのを見てほっとした。
だが、昨日助けた参加者がおらず、辺りを見回す。
「おはようございます! どしましたー?」
「うぅおぅわ!」
急に話しかけられて碧が腰を抜かす。
食事を済ませたほえるが困っていそうな碧を見かねて声をかけたのだ。
思いきりぶつけた尻をさする碧に、ほえると一緒にいた北斗が手を貸す。
「すみません、驚かせてしまって。この子困ってそうな人見たらすぐコレだから」
「何か探し物ですかー?」
「あ…いえ…えっと……長い黒髪の人、見ませんでしたか?」
「それなら陽廉さんかも、そういえば今朝は見てませんね。私達その人と面識があるので部屋に伺いましょうか」
親切に話に乗ってくれた北斗に碧は何度もうなづいた。
──────────────────
「そういえばお名前を聞きそびれていました。私は熊谷北斗、こっちは大神ほえるです」
「ほえるでーす!」
「私は、飯沼碧です。みなさんと協力できたら嬉しいです」
目を泳がせながら自己紹介をする碧にほえるが微笑みかける。
「碧さんはどうして陽廉さんに会いたいんですか?」
「その…昨日その人を助けて…協力できそうだからお話したくて」
「なるほど…陽廉さんなら協力関係は築きやすそうです。だけど変身はまだできないそうなので協力しての戦闘は難しいかもしれません」
「えっと、戦うんじゃなくて───」
「ここ陽廉さんのお部屋じゃない?」
ほえるが指さした扉には、たしかに陽廉の名前が書かれていた。
それを確認しノックを試みる北斗だったが、陽廉が出てこない上に声までしない。
「陽廉さん、どうやらまだ寝てるみたいですね」
「朝に弱いのかも知れません…私もそんな感じですしいつも……」
ネガティブな語気の碧に北斗は言葉を返せなかった。
と、彼女が目を話した隙にほえるが陽廉の部屋へと入ってしまった。
「!?」
「ほえるっ」
「陽廉さーん! おはようございまーす!」
「えッ、え! ふぇえ? ふぁい!?」
勝手に自室に入ってきたほえるに陽廉が飛び起き、ベッドから転げ落ちる。
「ほぃい? ほえるさん!?」
「おはようございます、陽廉さん!」
人見知りの陽廉にとっては、自分の部屋と思っていた空間に人が入ることは、聖域を侵されるに等しい悪夢だった。
全身から汗を吹き出し気絶しかかる陽廉に、ほえるは肩をさする。
「陽廉さん? 二度寝はよくないですよ?」
「ほえる…もうやめてあげて」
──────────────────
広間に移り、陽廉は碧の紹介を受けつつ、彼女の相談を一通り聞いた。
「…なるほど、飯沼さんは私に協力、してほしいと……」
「はい、みんなで頑張って追い出さないといけないんです、猿堂さんは」
はぁ、と陽廉が気の抜けた返事をする。
「その猿堂さんっていう参加者が飯沼さんをいじめていたことは分かりました。あなたを守ることなら私達も協力できるはず」
北斗の提案に碧は安堵の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます…」
「でも、猿堂さんを追い出すっていうのはどこまでできるか分かりません。作戦を仕切ってる鳳さんは多分私達の安全以上にマリスセルと戦うことを重視してるから、参加者を追い出すことなんてしないと思うんです」
「そう言われれば…確かに……」
表情を曇らせる碧に一同も口をつぐむ。
だが、ほえるが元気を出さんと鼻息を荒くした。
「安心して碧ちゃん! 3週間みんなでいじめられないように一緒にいてあげる!」
「本当ですか!?」
簡単に言ってみせるほえるに北斗は視線を送る。
だが、碧の安全を守るにはそれしかないと考え、何も言えなかった。
「そしたら陽廉さんも一緒に───」
「ほえる、人をいじめようとする相手に
北斗の言葉にほえるがうつむく。
「陽廉さんは、どうしたいですか」
「えっ、私ですか…私は……私は……」
言葉に詰まり、汗を流す陽廉に北斗はしまった、と心の中でつぶやく。
「すみません、責めている気はなかったんですが…」
「こっちこそごめんなさい…まだ、私には分からなくて…でも、でも…誰かと戦うことは、したくないです」
陽廉の一言に北斗がそうですよね、と返すと碧の方を一瞬だけ向いて、陽廉へと目を合わせる。
「陽廉さんは飯沼さんと一緒にいてあげてください。もし猿堂さんと出くわしたら私たちに任せてください」
「はい…すみません」
「謝らなくていいですよ!?」
4人が談笑していると、そこに朱李がやってきた。どうやら食事を摂りに来たらしい。
「───」
碧が硬直する。
根源的な恐怖感と怒りが彼女の思考を止めているのだ。
「…あなたが猿堂さんですね」
最初に話しかけたのは北斗だった。
怒気の混ざる声色に朱李は眉を吊り上げる。
「そうだけど、何か?」
「飯沼さんから話は聞いてます、非道徳で陰湿な行為はやめてください」
「そうだそうだ!」
詰め寄る北斗とほえるに朱李はため息をついた。
「はぁ、あれを本気にしているんですか。飯沼さんに何を聞かされたかは知りませんが、きっとクラスに馴染もうとしない飯沼さんに私が指摘したことを過剰に捉えているんですよ」
「確かに私は、飯沼さんに強い言い方をしてしまったかも知れません…もっと努力してほしいって思っていたから。でもそれをいじめだと言われるのなら、まるでこちらが加害者じゃないですか。私はただ飯沼さんにはみんなで協調する姿勢を持ってほしい、自分ができないことを他人のせいにしないでと言ったんですよ。彼女は人からの叱責を攻撃だと誇張しているんです」
朱李の主張に北斗は絶句する。
困惑するほえるは碧に本当? と問うが、彼女は完全に否定するように強く首を横に振った。
「そうやって自分を正当化して自分のやってきたことから目を背けてきたんですか」
「だから、私は加害者じゃないの! 飯沼さんがそうやって被害者ヅラして私を
「…話になりませんね」
「ま…待って、ください」
声を上げたのは陽廉だった。
「私…変身できなかったとき、猿堂さん…助けてくれなかったんです……死ねって、そう言って……その場にほっとかれて───」
「デタラメ言わないでよ! アンタが怖がって何もできなかったのを他人のせいにしないでよ! そんなに見殺しにされたくなきゃ自分で戦えばいいじゃない!」
「見殺しにしたんですか?」
ほえるのピンポイントな問いに朱李が言葉を濁らせる。
「猿堂さん、あなたの卑劣な行動で人を傷付けるのは見過ごせません。今後は飯沼さんに近付かないでください」
「くっ…! ……ッ!!」
朱李が走ってその場から立ち去る。
「これで猿堂さんが関わってこなくなればいいんですけど」
「あの人、執念深いところあるのでこんなんじゃ終わらない気がします…」
そう言って碧は朱李の走り去った先を睨み続ける。
「ふ、ふぇぇ…」
「そういえば陽廉さん、本当に猿堂さんに見殺しにされたんですよね」
「あっはい……一応、されました」
「あの人、本当に危険じゃないですか」
そう! と強く碧が返す。
「だから私は…あの人を許せないんです」
「飯沼さん……」
「でもでも飯沼さん、私たちができるのはヒトを守ること。猿堂さんがヤな人でも傷付けることはできないからね?」
ほえるが釘を刺すと、碧も理解しうなづく。
「それじゃあ、何かあったらすぐに相談してください、飯沼さん」
「ありがとうございます、みなさん」
──────────────────
消灯後、碧はようやく安心して眠りにつけた。
自分を守ってくれる人がいることは、彼女にとって最上の癒しとなった。
だが、その安らぎは長くは続かなかった。
早朝、部屋をノックする音で目が覚めた。
まぶたをこすりながらドアを開けると、そこには朱李が立っていた。
「ね、仲直りしない?」
「……は?」