後編になります。これでこの作品は終了です。現時点での本編は相変わらず不穏な空気が流れていますが、早くこんな空気に戻ってくれることを祈念しての投稿です。楽しんでいただければと思います。
引き続き、本編で判明していない設定はすべてこの二次創作内での架空の設定ですので、そちらはご了承ください。
では、どうぞ。
「ふー…」
椅子に座った新菜が大きく息を吐いて水を飲む。作ろうとしているメニューの中でも、手間と時間の必要なものの仕込みを終え、丁度一息ついているところだった。
(後は、いい頃合いになったら調理にかかればいいから、それまでは少し休ませてもらおう)
仕込みを終えたメニューたちを見ながら新菜がそんなことを考える。そこに、
「あれ?」
誰かの声が聞こえてきた。思わず新菜が振り返ると、そこには加恋の姿があった。
「もう終わったの?」
「新田さん」
加恋の姿に新菜がぺこりと頭を下げた。そして、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
「ええ、仕込みだけですけど。後はいい頃合いになったら調理を始めるだけです」
「ふーん」
新菜の説明を聞いた加恋が頷いた。そこに、瑠音と大空が合流する。
「あれ~、加恋~?」
「何してるの?」
ここで加恋に会うと思っていなかった二人が加恋に尋ねた。
「トイレに行くんじゃなかったの~?」
「そうそう」
「二人とも、おつ」
加恋が瑠音と大空に軽く手を上げ、新菜は瑠音と大空に軽く頭を下げた。
「もう行ったよ。で、帰りに五条君が休んでるのが見えたから状況確認してたところ」
「そ~なんだ~」
「あたしらは、追加でドリンク取りに来たところ」
「そうなんだ。じゃ、あたしも一緒に持つよ」
「ありがと~」
「助かるわ」
瑠音と大空が嬉しそうに頷く。そして二人は新菜に顔を向けた。
「五条君は~、調理終わったの~?」
「いえ、調理自体はいい頃合いになってから始めます。今終わったのはあらかじめ下ごしらえに時間の必要なメニューの仕込みですね。でもこれで、後は調理すればいいだけの状態なので」
「そっか。…ん? ということは、今は暇?」
大空が尋ねる。
「ハイ。ですので申し訳ないんですが、それまではここで休ませてもらおうかと」
「ここ…って、キッチンで?」
「ハイ」
頷いた新菜に、加恋が驚いた顔をした。が、それは何も加恋だけではなく、瑠音と大空も同じである。
(? どうしたんだろう?)
さすがに休まず働け、などと言うことはないだろうと思っていたが、じゃあ何故目の前の三人はこんなに驚いているのわからず、新菜は内心で首を捻っていた。と、
「え、それはちょっとどうなの?」
三人の中で大空が真っ先に怪訝な表情になった。
「え…」
その言葉の意味が分からず、新菜は少々顔を曇らせてから戸惑いの声を上げる。
「何かまずかったでしょうか」
「いや、まずくはないんだよ」
返ってきたその返答に新菜が内心でホッと胸を撫で下ろした。が、だとすると余計に今の言葉の意味がわからない。
「えっ…と…」
戸惑う新菜に、
「調理の時間までは暇ってことでしょ?」
大空が重ねて確認する。
「ええ、ハイ」
「ならさ、ここにいないであたしらに合流してよ」
「え」
予想していなかった申し出に新菜が思わず固まってしまった。そこに、
「そ~だよね~」
瑠音も追随する。
「今はやることないんでしょ~? だったらウチらと一緒に遊ぼ~?」
「そーそー」
加恋も瑠音と同意見らしく、こちらもまた追随した。
「んで、一緒に成蘭の誕生日祝ってやってよ」
「いや、でも…」
そうは言われたものの新菜は気後れ気味だ。海夢は付き合いが長いので普通にやり取りできるが、それ以外の五人は言ってみれば友達の友達のようなものでさほど交流のある相手ではない。
そんな中に自分なんかが入ってもいいのだろうか、気を遣わせたり盛り下がったりしないだろうかという、もうある程度は克服したものの幼少期に来るトラウマからの戸惑いが新菜の動きを鈍らせる。が、
「ホラホラ~」
そんな新菜の葛藤などどこ吹く風とばかりに瑠音が新菜の背後にトトトトと近づくと、その背中をグイグイと押し始める。
「ちょ、風間さん」
「私たちと一緒に遊ぼ~」
「ま、そういうこと」
この件の発端となった大空が本来の目的である追加のドリンクのペットボトルを両手に持つ。加恋もまた、同じようにペットボトルを両手に持った。そして、
「はい」
と、大空が新菜にそのペットボトルを渡す。流れで受け取ってしまった新菜の両手がふさがり、その代わり大空の両手が開いた。大空はそのまま新菜の背後に回ると、瑠音と協力して新菜の背中を押し始めた。
「ゆ、弓木さん」
「いい加減観念しようよ、五条君。大人しくあたしらと合流しな」
「そ~だよ、海夢も待ってるからね~。ちょいちょい、キッチンの方に視線を向けてたしさ~」
「五条君が大丈夫だって言ったから控えてたけど、そうじゃなかったら真っ先に海夢が手伝いに行ってただろうからね」
「あ…と」
海夢がそんな状態だったとはつゆ知らず、新菜は申し訳ない気持ちになった。その気持ちのブレが頑なだった新菜の足を動かす。
そして、一度動き始めた以上はもう止まることはなかった。
「さ~さ~」
「早く早く」
「わ、わかりました」
二人に追い立てられるようにリビングへと連行される新菜の姿にクスッと微笑み、加恋もその後をついていったのだった。
「とゆ~わけで~」
「五条君を連行してきましたー」
リビングに場所を移し、瑠音と大空が状況を説明して新菜をここに連れてきた理由を説明した。そうしながら、加恋が追加のペットボトルをテーブルの上に置く。
「瑠音、大空、ナイス!」
説明を受けて一番最初に反応を返したのは当然のように海夢である。そのまま新菜に振り返ると、
「もー、ごじょー君、終わってたんなら早く言ってよ!」
と、少しお冠だ。
「す、すみません」
慌てて新菜が謝罪する。もっとも、新菜本人としては最初から黒子に徹するつもりで海夢たちに合流する気持ちはなかったので、この展開は予想外だっただけなのだが。
「まー、いーじゃん」
そんな新菜に助け舟を出したのは本日の主役である成蘭だった。成蘭はニコニコしながら少し場所を開け、
「ほら五条君、ここに座ってー」
と、着席を促す。
「え…と…」
戸惑ったものの、未だに新菜の後ろにいる瑠音と大空に今度は両肩をグイグイと押されて、無理やり着席させられた。両隣は本日の主役である成蘭と長い付き合いになる海夢である。乃羽以外の、戻ってきた三人もそれぞれ少しずつズレながら着席した。
「いい頃合いになったら調理を始めるって言ってたけど、暫くは遊べるんでしょー?」
「ええ、それはまあ」
成蘭の質問に新菜が答えた。その返答に、成蘭がニッコリと笑う。
「それじゃー、あたしたちと一緒に遊んでよー」
「わかりました」
こうなってしまった以上はもうどうしようもないと思い至ったのか、新菜が息を吐くと頷く。
「ただすみません、今まで何をやって遊んでいたのかはわからないですけど、俺がわかるかどうか…」
「ああ、その点は心配しなくていいよ、ごじょー君。あたしらはまったりダベりながらゲームしてたから」
「ああ、ゲームですか」
海夢のその言葉に、新菜がホッとした。海夢の付き合い程度とは言え、ゲームはやったことがないわけではないのでそれなりにではあるが勝手がわかるからだ。何もわからないことを一緒にやろうと言われずに済んでホッとしているのが正直な感想だった。
「ん? もしかして、ゲーム嫌い?」
新菜の呟きに加恋が尋ねる。
「いえ、違います。ゲームなら少しは経験あるので、大丈夫かなと思っただけです」
「そうなんだ。じゃあ、大丈夫だね」
「ハイ。あ、でも、上手い下手でいえば、決して上手くはないと思いますけど」
「あー、大丈夫大丈夫。そーゆーの関係ないゲームやろうとしてたから」
「?」
海夢にそう説明されたものの新菜が首を捻る。上手い下手が関係ないゲームというものに対してピンとこなかったからだ。
そんな新菜に対して海夢が成蘭の許可を得てゲームを変える。暫くして画面に表示されたのは桃〇だった。
「これは?」
「まー簡単に言えばすごろくみたいなもの。サイコロ振って目的地に向かうゲームだよ」
「へえ、それなら俺にもわかるかもしれません」
「んじゃ、あたしごじょー君のアドバイザーになるわ」
「そんじゃ、あたしと乃羽と瑠音でチームになる」
「わかったし」
「よろしくね~、乃羽、大空」
「んじゃ成蘭、あたしたちもチーム組もっか」
「いーよーん。よろしく、加恋」
「よっしゃ、それじゃあ始めよー!」
海夢の号令におー! というノリの良さを見せた女性陣に苦笑しながら新菜は海夢を相棒に桃〇を始めたのだった。
遊び始めてから約三時間ぐらい経ち、時間は四時半を回った。
(そろそろかな)
「喜多川さん」
それに気づいた新菜がコントローラーを海夢に渡す。
「どしたのごじょー君。トイレ?」
「いえ、違います」
ズレた返答を返す海夢に新菜が苦笑した。
「いい時間帯になったので、調理を始めようかと。皆さんもお菓子やジュースをつまんでましたけど、そろそろ本格的にお腹が減る頃かと思ったので」
「あれ、もうそんな時間?」
加恋が時計に目をやって現在時刻を確認した。
「あ、ホントだ」
「結構夢中になってたから、わかんなかったわ」
「私たち、何かお手伝いする~?」
「え…と、それなら、出来たら呼ぶんで持って行ってもらえますか?」
「オッケー」
「あと、出し方としては全部作ってからいっぺんに出した方がいいでしょうか。それとも、出来たものから都度出した方がいいでしょうか」
「んー、どっちでもいいと思うけど…」
「五条君的には、どっちの方がいいと思ってんのー?」
「そうですね。品数的には寂しいとは思いますけど、都度持っていっていただいた方がいいかと思います。いっぺんに出すとなるとどうしても完成する時間にズレは生じますので、冷める料理とかも出てきますし」
「りょーかーい」
「五条君の料理、楽しみ~」
「海夢が絶賛してるその腕、期待してるからさ」
「あまりハードル上げないでください」
苦笑しながら新菜が立ち上がるとキッチンに向かった。その後ろ姿を、女性陣はニコニコしながら見送ったのだった。
「さて、やるか」
キッチンに戻った新菜がエプロンを再び締めると頭にタオルを巻く。そして、炊飯器のスイッチを押し、水と油の入った鍋に火を入れた。そして調理に取り掛かる。
作るのはいつも作っている和食がメインだが、それだけでは誕生日にはふさわしくないのであまり作らない洋食や中華のメニューも少しだが作る予定だ。
(地味というか、見栄えしないなぁ…)
頭の中に浮かんでいるメニューは誕生日を彩るとしてはあまりにも見栄えしないメニュー群になってしまうので申し訳なく思うのだが、それでもいいと言ってくれたので新菜はその考えを頭から追い払って割り切ることにした。
(俺は、いつも通りに料理するだけだ)
そう思い直し、新菜は料理を開始したのだった。
「どうでしたか?」
調理を終え、新菜がキッチンからリビングに戻った。そして、女性陣に感想を求める。
「もっ、最高だった!」
真っ先に感想を言ったのは海夢だ。小林さんの誕生日なんだけどな…と思わないでもなかったのだが、海夢らしいといえば海夢らしい反応なので新菜も特に突っ込まない。
「すっごく美味しかったよー」
そしてその主役である成蘭が、ニコニコしながらすぐに感想を言ってくれたので新菜はホッと胸を撫で下ろす。
「そうですか、よかったです」
口から出たその言葉は、掛け値ない本心だ。
「でも海夢、これを結構な頻度で五条君のうちでご馳走になってるんでしょ?」
「そ」
「いいなー」
思わず加恋が呟いていた。
「ね~。ちょっとズルいよね~」
「見事に餌付けされてんじゃん、海夢」
「ちょっと大空、あたしがそれしか考えてないみたいに言うなし」
海夢は少しお冠のようだが、普段の五条家での食卓を囲んでいる様子を知っている新菜には苦笑することしかできない。
(当たらずとも遠からずなのは、やっぱり友達だからかなぁ…。喜多川さんのこと、よくわかってる)
「でも、間違ってないっしょ?」
「乃羽ぁ…」
フォローどころか乃羽にさらに突っ込まれ、海夢は撃沈した。
「いいじゃんかー。うちはお父さん単身赴任中で絶賛一人暮らしなんだよー。親が揃ってて普通のご飯が出てくるあんたたちとは違うのー」
「まー、そー言われると?」
「仕方ないかな~、とは思うけど~」
「でもまぁ、海夢が絶賛するだけのことはあったわ」
「ね。マジで美味しかった」
「ありがとね、五条君」
「いえ、お粗末様でした」
女性陣からの誉め言葉と礼に、新菜が頭に巻いたタオルを外しながら少し顔を赤くしてペコリとお辞儀をした。
「それはそうと五条君さー」
「ハイ」
突然声をかけてきた乃羽に新菜が振り返る。
「ホントにウチらと一緒に食わんでよかったの? ずっと作ってただけじゃん」
「あ、それあたしも思った」
大空も乃羽の意見に追随する。
「一緒に食べようって誘ったのにさ」
「そーだよごじょー君! 何で!?」
海夢もそのことを思いだして納得いかないのか詰め寄る。
「すみません」
それに対して新菜は開口一番で謝った。
「でも、理由はさっき言った通りなので…」
「キッチン離れて一々合流していたら他の進行に影響するから…だよね~」
「ハイ」
瑠音の指摘に新菜が首肯する。今言ったように、一品出すごとに都度合流して一緒に食べていたら、その間調理が止まることになる。時間のことや回転率を考えてもそれをできる余裕はなかった。
(…決して俺が皆さんに囲まれて緊張するから、っていう理由だけではない)
そう正当化し、
「それに、味見と称してそこそこつまんでましたから。飲まず食わずで料理だけしていたわけじゃないので」
と、強引な理由付けを付け加えたのだった。
「むー…でもぉ…」
理由を説明したものの、海夢は膨れっ面だ。食べている間は美味しい料理を振る舞われているからさほど気にも留めなかったが、終わってしまえば新菜と一緒にご飯食べられなかったのはやはり残念なのだろう。とは言え、終わってしまったものは仕方ない。
「真面目だねぇ」
加恋が苦笑する。その言葉に、新菜は顔を赤らめながら再びすみません、と謝るしかなかった。
「まーまー」
そこを、今回の主役である成蘭が割って入って強引だが取りなす。そして、成蘭は新菜に顔を向けた。
「五条君、もう作り終わったってことでいいんでしょー?」
「あ…いえ実はまだ一品…」
「そーなの?」
成蘭の問いかけに新菜が頷く。
「そっかー。どーしよっかなー」
「? どうかしましたか?」
成蘭が何に頭を捻らせているのかわからず、新菜が尋ねた。
「んー? いやー、メインのご飯は堪能したんでー、最後のデザートに皆でケーキ食べようと思ってたんだけどー、ご飯作り終えたなら五条君も一緒にって思ってたんだー。けど、まだ作るものが残ってるとは思わなかったんでー」
(ああ…)
得心のいった新菜が頷いた。同時に、
(そうか。ケーキか…)
とも思っていた。自分も全くしたことがないわけではないが、両親が亡くなってからこれまでは祖父である薫との二人暮らしだったので、誕生日といえどここ最近はケーキを買って食べることはなかったからだ。だが、普通に考えれば誕生日とケーキはセットというか切っても切れないものである。
(どうしよう…)
そして、その言葉を聞いた新菜が顎に手を置いて考え始めた。というのも、残っているもう一品に関して、今成蘭が言ったケーキというのに密接に関わってくるからだ。
「ごじょー君、どうかした?」
新菜の表情の変化にいち早く気付いた海夢が新菜に尋ねる。
「いえ…実は、残っているもう一品っていうのがデザートでして」
「え?」
「ホント~?」
「ハイ」
瑠音の問いかけに新菜が頷いた。
「ただ、俺としてはケーキのことを失念していたので、甘いものが重なることになるんでどうしたものかと思って…」
「いや、何も問題ないけど?」
「へ?」
顔を上げると、大空がねっ? と海夢たちに確認し、全員が全員当然とばかりに頷いていた。
(大丈夫なのかな…)
その反応に、新菜は正直なところそう思っていた。甘いものは別腹とはよく言うが、それでも過剰摂取による胸やけや気持ち悪さを感じることはないのだろうかと言うのが正直なところである。が、
「一応聞くけど、残ってるそのもう一品って実はケーキだったりする?」
「いえ、俺は洋菓子は作れませんから。和菓子です」
「そうなんだ。んじゃ、なおさら問題ないよ」
あっけらかんとそう答える加恋に新菜の方が毒気を抜かれる。が、次の瞬間には六人の女子全員が今まで以上にキラキラと目を輝かせて自分を見始めたので、思わずギョッとしてしまった。
「デザート…ごじょー君のデザート…」
「これは期待しても問題ないっしょ」
「ね~。楽しみ~」
「やー、成蘭の誕生日だけど、こんないい思いできるとは思わなかったわ」
「でしょー? 感謝してよー?」
「いや、もうホントだよね」
そこで女性陣は楽しそうに笑った。どうやら本当に問題ないようだ。
(甘いものの重ね掛けは俺はさすがにちょっと無理だけど、女の人は大丈夫なんだな…)
その光景にそんな、ちょっと外れたことを考えていた新菜だったが気を取り直す。
「それでは、それを作りますんで、もう少し待っていただけますか」
「おっけー」
「時間かかる?」
「いえ、今回は大部分を市販品で賄うので、それほどでも」
「んじゃ、先にケーキを切り分けておくよー。んで待ってるんでー、作り終えたら声かけてー。今回は五条君にも参加してもらいたいんでー」
「わかりました」
新菜は頭を下げると、再びキッチンに向かったのだった。
「お待たせしました」
ケーキを堪能してリビングで締めの時間をまったりとしている女性陣に新菜がそう声をかけ、本日最後のメニューを各自の前に置いた。
「わ♪」
海夢がそのメニューを見て歓喜の声を上げる。他の面々も声さえ上げないものの、表情を輝かせた。
「これって…」
「あんみつ?」
「ハイ」
新菜が頷く。
「餡子や寒天などはほぼ市販品を使ったから盛り付けるだけで、あまり特別感はありませんけど」
「全然いいよー。それじゃー、いただきまーす」
本日の主役である成蘭が真っ先にスプーンですくって口に運んだ。そして、至福に溶けた表情を浮かべる。
「はー、美味し…」
「ほうほう。それじゃ私らも」
成蘭が口をつけたのを皮切りに、他の面子も次々に掬って口へ運ぶ。そして、同じように満足げな表情を浮かべた。
(女の人って、本当に甘いものが好きなんだなぁ…)
その姿に、思わず新菜がそんなことを思ってしまった。先程も思ったが、自分ももちろん甘いものは好きだが、いくら別腹と言ってもさすがに重ね掛けは無理である。だが目の前の彼女たちは、そんな様子など微塵も見せずに楽しくおしゃべりしながらあんみつを堪能している。
穏やかな気持ちでそんな彼女たちを見ていると、
「でも五条君、ホントに良かったのー?」
と、不意に成蘭が振り返って聞いてきた。
「何がですか?」
何のことを言っているのかわからず、新菜が尋ね返す。と、
「こ・れ」
と、スプーンでほぼなくなっている自分のあんみつをちょいちょいと指した。
「自分は作るだけで食べないこと」
「そうだった。ホントにいいわけ?」
「ああ。ハイ」
加恋にも重ねて尋ねられた新菜が頷いて返す。
「甘いものは嫌いじゃないですけど、二つ続けてはさすがに俺は無理なんで。どっちにするかとなれば、普段はあまり食べないケーキにするのは当然ですから。それに小林さんのお祝いですし、そこに顔を出さないのはさすがになんか違うと思ったので」
「真面目か!」
以前も受けた乃羽からのツッコミに全員が笑った。そうしてる間にも女性陣のスプーンは止まることなく、ほどなく全員食べ切ったのだった。
「ふー、満足…」
新菜の最後の一品であるあんみつを食べ終え、堪能したとばかりに海夢がお腹を擦る。
「海夢、おっさん臭いよ」
「は? 乃羽、喧嘩売ってる?」
「ちょっと二人とも、やめなよ~」
「そーそー。せっかくのお祝いの日なんだからさぁ」
ケラケラ笑いながらやんわりと止める瑠音と大空。新菜は先ほどまでと同様彼女たちから一歩引いたところで微笑みながらそれを見ていたが、不意にリビングにかけてある時計に目が行った。
「あっ…と」
「ん? 五条君、どうかした?」
そして、そこに刻まれた時刻に声が出てしまい、それに気づいた加恋が尋ねた。
「すみません、そろそろお暇しようかと…」
「えー!? 何でよ、ごじょーくん!」
真っ先に不満の声を上げたのは海夢だった。当然ではあるし、新菜も申し訳ないという気持ちはある。だが、ちゃんとした理由があるのだ。
「すみません。家に帰って家の晩飯の支度をしないと…」
「あ…」
その一言で、新菜の家庭事情をよく知っている海夢には効果覿面だったらしく、不満顔はすぐに引っ込んでしまった。それでも残念なのか、未練がましいのは仕方のないことであるが。
「そーなの?」
変わって尋ねてきたのは今回の主役である成蘭である。
「ハイ」
「どーしても?」
「すみません」
「そっかー」
海夢程ではないにしろ、成蘭も残念そうだ。だがそれは成蘭に限らずに他の面子も同様のようだった。
「結局ほぼ料理人になってもらっただけだったねー。ゴメンねー、お構いできなくってー」
「いえ、全然。むしろ、俺なんかの料理でよかったのかって…」
「全然オッケーだよー! さっきも言ったけど、どれもすごく美味しかったしー!」
ね? と同意を求めた成蘭に、海夢を始めとする面々がコクコクと頷いた。
「洗い物は残ってんの?」
「少し。でも調理と同時進行で、使わなくなったものについては洗って片づけているのでそこまでは残ってないです」
「そっか~。それじゃ~、それは私たちがやるからいいよ~」
「え、でも…」
さすがにそれは申し訳ないと思ったのか、新菜が一瞬顔を曇らせた。が、
「いいって、いいって」
大空がヒラヒラと手を左右に振る。
「それぐらいはあたしらで片づけるよ。それにこれからお夕飯の用意しなくちゃいけないんだったら、早く帰んないと。でしょ?」
「……」
大空の指摘に新菜が黙り込む。確かにその指摘はもっともなのだが、自分の汚した後始末を任せるのはいかがなものだろうかという思いもまた拭えないからだ。が、
「何でもかんでも五条君に預けっぱなしっていうのも違うと思うしね。用がないんだったらもう少し付き合ってほしかったけど、用があるんならしょうがないじゃない?」
「そーだよねー」
加恋の言葉に成蘭も頷いた。その言葉通り、心底残念そうにしているその様子から、さっさと追い出そうとしている様子は見られないため、新菜はその点はホッとしていた。そしてここまで言ってくれる以上、厚意を受けない方が失礼になるとも思った。
「わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」
「うん」
新菜はいそいそと帰り支度を始めた。そんな新菜を見送るためだろうか、誰からともなく立ち上がると、女性陣はゾロゾロと玄関へと移動していく。ほどなく帰り支度を終えた新菜が雪駄を履くと振り返る。
「今日はありがとうございました」
「何でお礼を言うのさ」
「そ~だよ~」
「お世話になったのはこっちの方じゃん?」
「そうそう」
お礼を言った新菜に乃羽、瑠音、大空、加恋が苦笑する。そして、
「ありがとねー、五条君」
今回の主役である成蘭が後を継いだ。
「お口に合いましたでしょうか」
「さっきも言ったけど、さいこーだったよー。海夢が自慢気にしてただけのことはあったわー」
手放しの賞賛に新菜はむず痒くなり、後頭部に手を置いてハハハと乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「それでは、俺はこれで」
「サンキュー、ごじょーくん! また学校でね!」
「ハイ!」
海夢の言葉に軽く頭を下げると、新菜は成蘭の家を後にした。
(本当に不思議だな…)
帰路、新菜は先ほどまでのことを思い出していた。クラスでも特に交流があったわけじゃない女子の家に出向いて料理を振る舞い、遊んで祝っての一日。
(数か月前には、こんなことになるとは思ってもいなかった)
本当にそう思う。あの頃を考えれば、今のこの状態は予想外なんてものではない。そして、その切欠になったのはまぎれもなく海夢だった。
(喜多川さんには、本当に感謝してもしきれないな)
心底そう思う。祖父であり、師匠でもある薫からは雛人形頭師の自分の腕前が前より良くなったとの指摘も受けた。そしてそれは海夢の衣装づくりの影響なのではないかということと、加えて色んなものを見ておけということだった。それは逆に言えば、今までと変わらず修行漬けだったらこんな評価にはならなかったという意味でもある。
それを考えれば、切欠は偶然で多少は強引な面はあったものの新しい世界を開いてくれた海夢には感謝しかない。その一つが、今日のようなイベントである。
(早く帰ろう。今なら、普段よりいい面相書きができるような気がする)
理由はない。ただの直感だ。だが、その直感は決して間違っていないだろうという確信を持ち、新菜は足早に帰路に着いたのだった。
そんな風に新菜がシリアスになっている同時刻、女性陣は成蘭の家のキッチンで後片付けをしながらコイバナに花を咲かせていた。そしてその大部分が、海夢と新菜の関係について他の五人からツッコまれ、赤面しながらもまんざらでもない様子で海夢が答えていたということを新菜が知る日は来るのか…。
それはまた、別の話。