銀騎士と……   作:ダルジャン

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銀騎士と三月精

突然だが、日本の夏は高温多湿で、暑い。

それは常識と非常識の結界の向こう側である幻想郷も同じことである。

魔法の森も例外ではなく、照りつける日差しと、

騒がしいセミの鳴き声がその暑さを増長させている。

「「「あーつーいー……」」」

魔法の森にある大木の棲家の中で、三匹の妖精が声を上げた。

「いくら私が日の光で元気になるからって、こんなかんかんでりじゃあ……」

そう言って机の上に突っ伏しているのは、日の光の妖精サニーミルク。

「最近は夜になっても涼しくならないのよねえ」

巻き髪で覆われた首筋にパタパタと団扇で風を送るのは、月の光の妖精ルナチャイルド。

「これは、そろそろかしらねえ……」

黒髪のためか、一番暑がってそうに見えるのが、星の光の妖精サファイア。

「は! そうだわ、今年は考えてることがあったの!」

がたんっ、と勢いよくサニーミルクが立ち上がった。

二つ結びにした陽光色の髪がふわり、と跳ねる。

「そろそろって、幽霊狩りのことよね? でもこの暑さじゃなあ」

ルナチャイルドはかなりの高温であろう窓の外を見つめ、うへぇ、となる。

「あら、でもいつものあの廃屋だったら涼しいじゃない」

「ちっちっちっ。今年は、別の所へ行くの。

 それから、今度は秘密兵器もあるんだ。じゃーん!」

何か思わせぶりな表情で指を振るサニーミルク。

その腕には、いつの間にか瓶が抱えられている。

「その瓶なによ」

「博麗の巫女のとこからこっそり盗んできたの。

 あの巫女、去年はこの瓶に幽霊を捕まえてたんですって」

「卒塔婆より、ずっと見た目は可愛いわね。去年は結局飼いならせなくって、

 二、三日したら逃げていっちゃったし……」

何だかよく分からない文字が書かれた札が貼られた瓶を、三匹は眺める。

「それで、今年は何処へ捕まえにいくの?」

「へへ、それはね……!」

こしょこしょと二匹の耳元で耳打ちする。

「なるほど! 今年は行きやすくなってるものね!」

「あそこなら、きっと夏の今でも涼しいわ!」

「よーし、そうと決めたら早速、しゅっぱーつ!」

お気に入りの帽子を被って、三匹は勢いよく飛び出していった。

 

「……?」

ふと、何かの気配を感じ、『彼』は首を傾げた。

「どうしたんですか、『シルバーチャリオッツ』」

白玉楼の庭師、魂魄妖夢はそんな彼に声をかける。

彼は、ふるふると小さく首を横に振った。

何でもない、気のせいだ、とでも言いたいのかな、と妖夢は思った。

彼は言葉を発することができない。そのため、意志疎通は

身振り手振りと気配から推測するしかないのだ。

「何でもないんならいいんですよ。さ、じゃあいつものお願いします」

その言葉に、こくりと頷き、剣を構える。

銀の光が輝き、目の前のソレを切り刻んでいく。

一瞬の後に、そこにはウサギの形に切り込まれた木が残っていた。

「相変わらず見事な腕前ですね、チャリオッツ」

唯一光を捉えられる右目を覗きこむと、何処と無く嬉しげだ。

本来なら、彼の目は見えないのだ、と説明を受けていたのを思い出す。

彼の本体――魂の片割れ――が、無くしてしまった右目の視力。

それが今、彼の右目には宿っているのだという。とても綺麗な、青い色の瞳だった。

 

「トゥートゥートゥマシェリーマーシェーリー」

「トゥートゥートゥマシェリーマーシェーリー」

「トゥートゥートゥマシェリーマーシェーリー」

「「「トゥートゥートゥマシェリーマーシェーリー」」」

三匹の妖精は歌いながら冥界をふわふわ飛んでいる。

「ねー、これ歌う意味あるの?」

ルナチャイルドが歌うのに飽きたのか、ふと口にした。

「幽霊が多いと、精神をやられてしまうことがあるからね。

 それ対策として陽気な歌を歌ってるんだよ!」

えっへん、とサニーミルクは胸を張った。

「まあ……陽気な幽霊もいるから効果は分からないけどね。

 というかさっきからずっと同じとこばっか歌ってるわよ」

「実際、ここ以外の歌詞ってわかんないしねえ」

あっはっはと声を上げて笑う彼女に、二匹は嘆息した。

「……それより、結構幽霊の数が増えてきたわねえ」

スターサファイアが、辺りをきょろきょろと見回した。

見れば、あちこちには白い人魂が幾つも幾つも浮いている。

「うーん、涼しいと思ったらさすが冥界。幽霊だらけだ」

「どれを捕まえていこっかなー」

きゃっきゃと騒ぎながら、三匹は幽霊を見繕い始めた。

「まとまってるよりも、一匹でいる奴の方が捕まえやすいよね。

 スターサファイアー、一匹しかいない奴っているー?」

「えーっと……ちょっと待ってね」

スターサファイアは、意識を集中する。

彼女の能力は、『動くものを捕捉する程度の能力』で、要はレーダーだ。

「うーんと、あ、居た! あっちの木の下!」

「本当だ、よーし、こっそり近づくわよ」

サニーミルクの『光の屈折を操る程度の能力』で姿を消し、

ルナチャイルドの『音を消す程度の能力』で音を消す。

そうして、三匹はそろそろと一体だけの幽霊に近づいていった。

「(そーっと、そーっと、気づかれないように……)」

瓶の蓋を空け、幽霊の後ろから大きく振りかぶった。

「(今だ、えいっ!)」

「!!」

かぽり、と幽霊を捕まえると、瓶と同じように札が貼られた布で口を閉じる。

「(やったやった、捕まえたっ!)」

「(これで、今年の夏も快適に過ごせるわねっ!)」

「(さ、早く冥界の番人に見つからない内に戻らなくっちゃ!)」

三匹はひそひそこそこそと、しかし意気揚々と元来た道を戻っていく。

……瓶の中の幽霊が、人にも妖怪にも妖精にも聞こえず、

本来なら届くことのない悲鳴を上げていることに、気がつくこともなく。

 

「!!」

シルバーチャリオッツは、己の体が震えるのが分かった。

声が、聞こえた。助けを呼ぶ、悲鳴が、聞こえた。

「え、あ、どうしたんですかチャリオッツ!」

妖夢の声も聞かずに、彼は速度を上げて飛び出す。

声が呼ぶ方へ、心が震えるままに。

ちりり、と何処かが痛む。あの声を知っている。

「ま、待ってください! ああもう困ったなあ、今日はこれから、

 冥界の見回りをしようと思ってたのに……」

シルバーチャリオッツの行動の意味が理解できず、妖夢は眉をしかめた。

ここに多少は馴染んでいるはずの彼だが、未だにわからない部分が多い。

「……私、チャリオッツのこと、何も知らないんですね」

何だか情けなくなって、妖夢は一人ため息をついた。

「妖夢。今すぐチャリオッツを追いかけなさい」

声をかけられて妖夢は振り向く。

「幽々子様? 一体、どういうことですか?」

「あの子、いたずら妖精をこらしめにいったみたいよ。

 でも、あの子は加減が分からないからね……危なくなったら、止めなさい」

「は、はい……!」

主に命じられては仕方ない。妖夢は慌ててチャリオッツを追いかけていった。

「……Tout,tout pour ma cheri ma cheri」

一人と一体のいなくなった庭で、幽々子は歌を口ずさむ。

それは、外でかつて流行った歌の一節。

「『全て、全てあげる、愛しい人、愛しい人』って訳するんだったかしら」

扇で隠した口元に浮かぶのは、皮肉げな笑み。

「……『cheri(愛しい人)』ねえ」

もう見えなくなってしまった、銀の光を探すように、そっと目を細めた。

 

「うわああああん、何なのあいつうううう!」

「音も姿も消してるはずなのに、何で追っかけてくるのーっ!」

「ひゃああん、何かザクザク切ってるー!」

冥界の道を、三匹は幽霊の入った瓶を抱えたまま、全速力で飛んでいる。

だが、シルバーチャリオッツもそれに追いつかんと速度を上げているため、

その差は開くことはない。それどころか、徐々に縮まりつつある。

「ねえ、も、もう一回弾幕撃ってみない?!」

ぜえぜえと息を荒げながらのルナチャイルドの提案に、残る二人は首を横に振った。

「ダメだよ、さっき切られちゃったじゃない!」

先程、見えも聞こえもしないはずの自分達を追ってくる存在に気づいた彼女たちは、

スペルカードルールに則り、弾幕を放ったのだ。

しかし、銀の剣が一閃したとほど同時に、弾幕はいとも容易く斬り捨てられて霧消した。

故に、どうやら彼はスペルカードルールを守る意志はないらしい、と察し、

今の彼女達はただひたすら逃げの一手をとっている。

「も、もうだめ、やっぱり瓶が重いわ!」

「うう、仕方ない、幽霊はいつものとこで集めましょ!」

「あーん、せっかく遠出したのにーっ!」

三匹は、抱えていた瓶から腕を放すと、一目散に逃げ帰っていく。

空中に放り出された瓶の中では、幽霊がばたばたともがいている。

「シルバーチャリオッツ、ちょっと、待って……ああっ!」

その光景を見て、妖夢は思わず悲鳴をあげた。

あのままでは、瓶が割れて中の幽霊にも何らかの影響が出るかもしれない。

「!!!!」

シルバーチャリオッツは、今までよりさらに速く飛んだ。

そして地面に落ちる寸前、瓶を両腕でとらえ、抱きかかえた。。

どさり、と音がする。勢いあまって地面に墜落したのだ。

「だ、大丈夫ですかシルバーチャリオッツ!」

背中から落ちた彼に向かって、妖夢は慌てて声をかける。

片腕にしっかと瓶を抱え、もう片方を地面についてチャリオッツは身を起こす。

銀色の甲冑の表面は土に汚れ、小石などで小さな擦り傷を負っていた。

だが、自身のことなどかまうことはなく、じっと瓶の中身を見つめている。

「よかった、中身の幽霊は無事みたいですね」

ほっと妖夢は息をつく。彼は剣を振るうと、蓋になっていた布を切り裂く。

「……」

ようやく自由になれた幽霊は、ふわふわと瓶の中から浮かび上がってきた。

それを見て、安堵したようにシルバーチャリオッツも立ち上がる。

「この幽霊を、助けに来たんですか?」

妖夢の問いに、こくり、と頷く。

幽霊は戸惑うようにして彼の周りをぐるぐる回っていた。

シルバーチャリオッツは、ただじっと、その幽霊を見つめている。

「……? ……!」

その青い瞳に気づくと、幽霊は、はっとしたかのように震えた。

それから、その頬にそっと擦り寄っていく。

シルバーチャリオッツも、心底嬉しそうに、その幽霊に頬ずりをし返す。

知り合いだったのかな、と思いながらも妖夢は首を傾げた。

生前から彼の種族――幽波紋(スタンド)――が見えていたような魂は、

今の所、冥界には来ていないはずである。

「……あなたの言葉が分かったらいいのに」

何だか仲睦まじそうなシルバーチャリオッツと幽霊を見ながら、

妖夢は小さく口を尖らせた。

「あ、あれ?」

じっと見つめる内に、何だかおかしなものが見えて、妖夢は目をこする。

真っ白な火の玉の姿をしているはずの幽霊が、人の姿をとったように見えたのだ。

黒い髪と白い肌をした愛らしい少女。年の頃は十代後半だろうか。

「……みょんなものが見えました。とにかく、帰りましょう、チャリオッツ」

いつか、もっと彼のことを知りたい、と考えながら、

彼女はチャリオッツと幽霊を連れて、帰っていった。

……彼女は、いつか知る日が来るのだろうか。

彼と、彼の本体が命も青春も何もかも捧げて邪悪に立ち向かったことを。

きっかけが、彼の国の言葉で愛しい人を示す少女――cheri(シェリー)――を、

彼の妹を失ったことであることを。


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