銀騎士と……   作:ダルジャン

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銀騎士と彼

 

 

紅魔館の客室。館の主レミリアは、目の前の二人を見ていた。

一人は金の髪をした吸血鬼DIO。

もう一人は銀の髪をしたメイド十六夜咲夜。

「何だか、機嫌が悪そうねDIO」

「……ふん。このDIOが地獄などという場所に戻らねばならぬのだからな。

 機嫌も悪くなる、というものだ」

ぎろり、とDIOはレミリアを睨みつけるが、それで臆する彼女ではない。

「大体、貴様は運命を操作できるのではなかったのか」

口を尖らせたまま問いかけた。

「物事には何事も限度がありますわ。お嬢様のせいではありません」

空になったカップに紅茶を注ぎながら咲夜は告げる。

「そのヘーコラする態度、気に入らないな」

「口を謹んでください。お嬢様の前ですよ」

二人の間に、今にもバチバチと火花が散りそうな勢いでにらみ合う。

「はいはい、二人ともそこまで。……咲夜、お願いがあるのだけれど」

「えー……、はい、なんですか」

やや不満そうに、咲夜はレミリアの方へ向き直った。

「普段入らないで、と言ってる部屋があるでしょう?」

ちゃり、とポケットから一つの鍵を取り出す

「その部屋の机の一番上の引き出しの中身を持ってきてちょうだい」

「はい、分かりました」

「なるべくゆっくりしてきてね」

鍵を渡しながらの主の言葉に、咲夜は考えた。

これはおそらく、DIOと話があるから二人きりにしろ、ということに違いない。

「失礼します」

一礼すると、すっと部屋を出ていった。

「さて……ごめんなさいね、あの子が無礼で。元ヴァンパイアハンターだからかしら、

 あの子、私とフラン以外の吸血鬼にはちょっと手厳しいのよ」

DIOへ向けて、牙を見せながら笑った。

「ヴァンパイアハンター? あの女がか」

「ええそうよ。あら、言ってなかったかしら」

笑うレミリアを見て、DIOは眉をひそめる。

一体、この女は何が言いたいのだろうか、と。

「彼女ね、元の世界では吸血鬼退治をやっていたのよ。

 ……母親を、吸血鬼に殺されたから」

「ほお。それが今では、吸血鬼の犬か」

バカにしたように笑うDIO。レミリアはそれを気にせず話し続ける。

「私を殺そうとわざわざやってきたのよ。返り討ちにしてやったけど。

 それで色々聞いたわ。……具体的には、過去をね」

遠い目をしながら、どこか悲しげに微笑む。

「物心ついたころには、彼女には両親がいなかった。

 父親は不明。母親も彼女を生んですぐ行方不明になっていた。

 ……ある日、彼女の下を一人の男性が尋ねてきたそうよ」

 

男は、彼女に一つの懐中時計と一本の銀のナイフを手渡した。

それは彼女の両親の形見だ、と言われて幼かった彼女は言葉を失った。

彼女の母親は吸血鬼のエサとなったのだと男は告げた。

かつて、吸血鬼の部下であった男は、その罪滅ぼしのために、

エサとなった女性の家族に形見を返して回っているのだと言った。

彼女は、懐中時計を開いた。そこには一枚の写真があった。

父親の写真で、彼ももう既にこの世に亡いらしい。

それでも、彼女は嬉しかった。存在しないと思っていた両親を手に出来た、と。

男が尋ねて来ていた頃、彼女は親族に虐待されていた。

その身に発現した、時間を操る能力を気味悪がられたのだ。

化け物、と蔑まれていた彼女にとっては、生きた人間よりも

死んだ人間の方がよっぽど救いになったのだ。

どんなに罵倒されても、懐中時計の写真と銀のナイフが、心の支えになった。

やがて彼女は家を出た。母を殺した吸血鬼という種族が許せなかったから。

世界に密かに暮らしていた吸血鬼達を、片っ端から退治して回った。

そしてある日レミリアの下に辿り着いたが、こてんぱんに負けた。

だが、レミリアはその能力が気に入った。

そのため、部下にしようと運命を操作しようとした。

「……驚いたわよ。運命操作があんなに梃子摺ったのは初めてだったわ」

ここまで話し、レミリアは紅茶を口にする。

「梃子摺った、とは?」

興味が出てきたのか、DIOが問う。

「あの子に課せられた運命の力が、ひどく、強かったの」

ふう、とため息をついた。

「朔の夜、即ち、新月の夜にある男を押し上げるために集うべき、運命。

 私に出来たのは、それを猶予(いざよ)わせることだけ。

 朔の夜に出でるまでの猶予いの運命。故に、ここでのあの子の名前は、

 『イザヨイ サクヤ』」

「新月の、夜?」

わけのわからないことを言う、とDIOは眉をひそめた。

「……詳しくは、あなたも交えて話すわ。入ってらっしゃい」

レミリアが呼びかける。キィ、ときしみながら扉が開いた。

そこに、咲夜が困惑したように立ちすくんでいた。

「咲夜、頼んだものは持ってきてくれたかしら」

「は、はい」

咲夜は駆け寄ると、手に持っていた小さな箱を渡した。

「お嬢様、先ほどの話ですが……私に、覚えがありません」

眉をしかめながら、咲夜は疑問を口にする。

「運命を操って、忘れさせたから、よ。猶予わせるために、必要だったから」

箱の中身を取り出し、DIOに投げ渡す。

「その写真の男が、咲夜の父親よ」

受け取ったそこには、話の通り写真が貼られていた。

 

それは、外の世界でとあるギャング組織の若きボスが、

パスケースに入れているものと同じ写真。

即ち、DIO自身の写真であった。

「何……!」

思わず駆け寄った咲夜も、その写真を見て愕然とする。

「あらあら、感動の親子の対面に、言葉も出ないのかしら?」

くすくす笑うレミリアが、ぱさり、と羽ばたいて浮かびあがる。

「お嬢様、これは……」

呆然としている咲夜の左肩に、手を当てた。

「証拠なら、こっちの方が分かりやすいかもねえ。

 あなたと同じアザが、本当はこの子にもあるのよ?」

からかうように、咲夜の服をちぎり、そこを露にする。

「きゃあ! な、何をするんですかぁ!」

DIOはまた言葉を失った。そこにあったのは、星のアザ。

瞬間、DIOは咲夜が首から下げていた懐中時計を手元に引き寄せた。

「この、時計は」

カチ、カチ、と時計は音を刻んでいた。百年以上前から、変わらずに。

その主が、DIOではなく、JOJOだった頃と、同じように。

「私が、DIOの、娘?」

「咲夜が、このDIOの、子供、だと?」

絶句したまま、二人は見つめあう。

「……悪いんだが、時間切れだ」

そこへ声がした。黒ずくめの男が一人、佇んでいた。

「あら、無粋な死神さんね」

レミリアが不満げに口を尖らせる。

「一週間猶予を与えただけでも御の字だと思ってくれ」

その手に身の丈ほどもある鎌を具現させる。

「あるべき場所へ帰るだけ、全ては元に戻るだけだ。

 ディオ・ブランドー。お前には地獄に帰ってもらわねばならぬ」

「ふん、やるなら、とっととしろ」

怯えもわめきもせず、諦め切ったようにDIOは座っていた。

「いい心構えだ」

ぶん、と鎌が振り上げられる。

「あ」

咲夜が、震えた声を発した直後。

鎌が彼の体に触れて、一瞬で彼の姿はかき消えた。

「君の父親だったのか」

鎌を消しながら黒ずくめの男、リゾットが尋ねた

「さっき、知りましたけどね。……仇、とれなかったなあ。

 多分、あいつが母さんを殺したのに」

咲夜の表情は分からない。

「復讐なんて、止めた方がいい」

「そうよねえ、私もあの時、同じことを言ったのよ。

 だから……また、忘れてしまいなさいな」

トン、とレミリアが咲夜の額を突く。

途端に意識を失った彼女を、レミリアは抱きとめた。

「……忘れさせるなら、何故真実を教えたんだ?」

「ちょっとした気まぐれ。それ以上でもそれ以下でもないわ」

紅魔館の主、永遠に紅い幼き月は、そう言って笑った。

 

所変わって外の世界のイタリア。時刻は真夜中。

ココ・ジャンボと呼ばれる亀の背中には、豪奢な鍵がはめられている。

この鍵は、亀のスタンドを発動させる文字通りの鍵である。

その能力とは、亀の背中に部屋を作り出す能力。

今、この部屋の中には二つの人影があった。

もっとも、どちらも人間ではないのだが。

銀髪の男はジャン=ピエール・ポルナレフ。この部屋に住む魂である。

「……マドモワゼル・オノヅカ、あなたが今まで言ったことは本当なのか?」

赤い髪を二つ結びにした女性をまじまじと見つめながら問う。

「ああ、本当さ」

そう答えられて、ポルナレフは考えこむ。

ありのまま、今彼に起こったことを話すならば、

異世界から死神がやってきて、自分もその異世界へ行くように告げられたということ。

その理由は、既にそちらの世界に居る自らの半身のため。

半身は、『守る』ことに固執し過ぎてしまっている。

だからもう半身である彼がいないと、非常に不安定になってしまうらしい。

今はおとなしくしているが、ついこの先日も『暴走』したのだ。

事態を重く見た異世界の閻魔が、死神を遣わして彼を迎えに来た、

というのが、彼女が彼に説明した全てである。

「あと、あたしのことは小町って呼んでくれたらいいから。

 マドモワゼル、なんて柄じゃあないよ」

照れたように笑う年若い彼女が、死神だとはその鎌を見なければ信じられないだろう。

「で、どうするんだい?」

小町の言葉にしばし考え込む。

「……分かった。ご一緒させていただこう。拒否権は無いだろうしな」

「別れは告げなくていいのかい?」

「いや、いい。皆寝てるだろう」

ふるふると首を横に振って答えた。

「俺がいなくなっても、あいつらは立派にやっていくだろうよ。

 あの矢を、託しても大丈夫だと思えるし、心残りはそんなにない」

部屋の片隅にある矢に、ちらりと視線を送った。

心残りが無いわけではないが、半身を放ってはおけなかった。

孤独に過ごしてきた間も、自身を支えてくれた半身の元に行きたいと思った。

「それじゃあ、行こうか、ジャン=ピエール・ポルナレフ!」

差し出された小町の手を、ポルナレフは笑顔でとった。

「こんな別嬪さんの死神と一緒だなんてなあ、

 天国に行くんだか地獄に行くんだかわかんねえが、ラッキーだぜ俺は!」

「もー、何言うんだいあんたは!」

クスクスと笑い合いながら、二人の姿は風のようにかき消えた。

 

桜の舞う庭で、シルバーチャリオッツと妖夢は花びらを掃いている。

「ふう……キリがありませんねえ」

ひらひらと舞い落ちてくる桜を見ながら、妖夢はため息をこぼす。

桜の花は綺麗だが、こうも際限がないとちょっとだけ嫌になる。

「あなたもそう思いませんか、チャリオッツ?」

呼びかけて振り向くと、シルバーチャリオッツは桜を見上げている。

「……あなたはそう思ってないみたいですね」

何処か楽しげに桜を見る彼を見て、妖夢も笑みを溢した。

そこへ、誰かが来た気配がした。

「誰ですか!」

妖夢はとっさに手元の箒を構える。

「え……」

そして、言葉を失った。

銀色の髪。青い瞳。右目は無くしたのか、眼帯をはめている。

妖夢は、その男を知っていた。

「あなた、は」

男はきょとん、としたが隣に立つ彼を見て笑みを見せる。

「さすがだなあ、シルバーチャリオッツ。そんなカワイー子と一緒なんて」

呼びかけられ、シルバーチャリオッツは箒を取り落とす。

かしゃん、と金属音を立てて、彼の元へ向かう。

「……待たせたな」

笑みと共に伸ばされた手に、チャリオッツは己の手を重ねる。

男が目を閉じる。チャリオッツと男の姿は重なり、そしてチャリオッツの姿が消えた。

しばらくつぶっていた目を、男は開く。

「色々迷惑かけちまったみてえだな」

男は歩み寄ると、妖夢に向かって照れたように微笑みかけた。

「え、っと、あの……」

何を言えばいいのか分からず、彼女は困りきってしまう。

そんな彼女の横を通り過ぎて、一体の幽霊が彼に擦り寄った。

「……ああ、そうか」

その幽霊を見て、愛しそうに懐かしそうに、彼は目を細める。

「お前も、ここにいたんだったな、シェリー」

「覚えて、るんですか?」

恐る恐る問いかける。

「シルバーチャリオッツは、俺の魂の半身だ。

 あいつが戻ったから、あいつの記憶も全部、俺の中に入った」

とん、と自分の胸を小突く。

「チャリオッツは、消えちゃったんですか?」

「そうじゃあない。……芽生えた自我は消えてないみたいだ」

彼の隣に、再びシルバーチャリオッツが具現する。

「そう、よかった……」

妖夢は安堵の息を吐く。だが、はっとした。

「あの、あなたがここに来たってことは」

その質問の意図を察して、彼も頷く。

「ああ。これから俺は、閻魔様の審判を受けてくる」

「そう、ですよね」

それは、シルバーチャリオッツと二度と会えなくなるかもしれないということ。

その事実に気づき、妖夢は俯いた。

「……心配しねえでくれよ」

くしゃくしゃと頭を撫でながら、ニカッと笑う。

「俺はまあ、その、人は殺したがよ、間違ったことをやったとは思わない。

 俺はいつだって、正しいことの白の中にいた。だから、地獄には落ちねえ」

きっぱりと言い放ち、さらに言葉を続けた。

「そんでもって、天国も満員らしいから多分輪廻待ちって奴だろ?

 そしたらまた、ここに戻ってこられるじゃあねえか」

「でも……」

まだ不安げな彼女に、ちょっとからかうような笑みで彼は言った。

「それによお、シルバーチャリオッツの帰る場所は、『ココ』なんだろ?」

弾かれるように顔を上げて、妖夢は少し涙を滲ませながら笑った。

「はい! ……私、待ってます。あなたと、チャリオッツが戻って来るのを」

「うっし、じゃあとっとと言ってくるぜ、妖夢ちゃん」

「よ、妖夢ちゃん?!」

慣れぬ呼び方をされて、妖夢はさっと頬を朱に染めた。

 

それからしばらく後。白玉楼に新しい住人が増えた。

異国めいた顔立ちをした彼は、白玉楼の庭師、魂魄妖夢と仲が良く、

人里の人々ともその気さくさからすぐに親しくなった

二人の仲の良さは、まるで本当兄妹のようだと、人々は言い交わした。

またその居候は腕利きの剣士であり、冥界で害を為そうとしたものは、

二人だか三人だかによって切り伏せられるともっぱらのウワサであった。

まあもっとも、害を為そうとしたものが醜い妖怪などの場合に限って、である。

「ポルナレフ!! あなたまた、巫女や魔女と宴会してましたね?!」

白玉楼の庭に、妖夢の声が響き渡る。

「おいおい、綺麗な花にカワイコちゃんに美味い酒だぜ?

 誘いを断ったら、フランス人としての名が廃るってもんだ」

「そんな名など叩き斬る!!」

ぶんぶんと刀を振り回す妖夢と、それから逃げ惑うポルナレフ。

半ば恒例となったその騒ぎを、笑みを浮かべ眺める幽々子。

冥界は、今日も平和だった。

 

 

 





咲夜さんに関しては、うん、ちょっと思いついただけなんだ、すまない。
裏設定としては咲夜さんの中の吸血鬼の血を消すために、
母親の形見である銀のナイフの成分をパチュリーの協力で彼女の中に宿して、
髪の毛の色が変わった、というのがありましたが書けませんでした。
多分古いものとか珍しいもの集めたがるのもジョースター家の
研究者肌な部分の血が発現したからかもね、と適当こいてみる。

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