昭和にウマれたウマ娘!   作:調味のみりん

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タチバナ新聞 号外

 


 

外号

 

ス突激雄両

 

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当資料は194×年に東府中駅や上野駅周辺で配られたタチバナ新聞(現××新聞)の号外である。

 

内容は十数日後に控えた東京優駿大競走(現在の日本ダービー)を伝える文章だった。

当時の情勢の悪化に伴い、数あるレースの歴史の中で唯一、ウイニングライブも観客の入場も出来なかったレースであり最も静かなダービーになった。(2020年改訂]

 

当初、この“号外”は通常の夕刊に挿入されるスポーツ欄の筈であったが、あまりに娯楽色が強いと判断された為に直前で出版停止となった。

 

これにはレースの記事を待っていた大衆がこぞって抗議をし、かつ出版社内に記事の頒布を希望する声が強かったため、利益度外視かつ特例の処置として“号外”とされ、大衆の元へ配られた。

 

停止処分を下した機関に対しては、利益を得ていない事業ならば停止処分に抵触しないとのグレーゾーンを突いた弁明をし、それでも配布場所には人が押し寄せたため憲兵が出動する騒ぎになったという。※資料一参照

 

憲兵による立ち入りも行われたが、その最中であっても出版社は“ここが最後の文化の灯火だ”と言って号外を刷り続け、頒布を続けた。事前に用意していた五〇〇部はすぐに無くなり、複数の印刷所と出版社を巻き込んでこの号外は刷り続けられた。

 

 

「消しちゃあ、ならんのですよ。娯楽の光は。

砂塵に塗れても忘れちゃ、ダメでしょう。あの、レースのきらめきを。

誰もがゴールを見つめて、願うあの場所を。それが何もなくなって一人俯いてるときに、上を見る原動力になるから。

そう信じて、命をかけて行った男もいるんですから。

 

だから、消しちゃならんのです、レースは。

 

──だから、ああ、ちくしょう。

あの子のレースがもっと、見たかった」

 

 

これはレースが停止される前、最後の騒ぎとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「号外だよっ、号外だ!」

 

 配給品を受け取りに、上野駅に行く途中でそんな声が聞こえたもんで、よくよく注視してみると、ハンチング帽に前掛けをした若い男が声を張り上げていた。

 

 鉄の塊のせいで負傷して病院を経由して後ろに送られたおれは着るものも、物資も足りないから配給に行くのに、つい足を止めてみてしまう。昔から気になったことには首を突っ込まずには居られないのだ。

 

 手には藁紙みたいな色合いの束をもっていて、道ゆく連中はそれをこぞって手に取ろうとしていた。

 

「なぁ、おやっさん。これ、何だ?」

 

 少しの間、距離を開けて眺めていても分からなかったので、近くにいた無精髭の男に尋ねてみた。

 

「あん? おお、あんちゃん、後送されてきたんか。ご苦労さん」

 

「いやいや、情けない限りで」

 

「命あってのもんだろ。片手は残って良かったな。んで、あれか。ありゃ今度の東京優駿大競争のヤツだな」

 

 とうきょう……レースのことか、と納得したが、別に詳しくないし興味もないので生返事をした。無精髭の男はいつのまにか居なくなっていた。

 

「こっちにも一部くれ!」「押すな、おすなよ」「ようしっ!」

 

 そんなお祭り騒ぎを相変わらず一歩引いた位置で見つめていると、何故だか急に体が重たくなったような気がした。おれのしらない物を、みんな当然のように受け入れて、おれだけが静かにここにいる。おれだけが置いてかれて、日常は進んでやがる。

 

「…………?」

 

 ふと、気配がしたもので、隣に目を向けると、自分の胸くらいの背丈のウマ娘の子が立っていた。その子は動きやすい格好で少し汗もかいている。短めの眉の、撫子や菖蒲のような髪色の可愛らしい子だった。

 

(ひょっとしたら、レースに出てる子なのかな)

 

 あんなに人が騒いでいるのだ。きっと、それは大きなレースに違いない。だから、立ってぼんやりと眺めずには居られなかったのだろう。いや、ぜんぶ推測だが。そこまで考えたので、せっかくだ、と聞いてみることにした。

 

「君も、気になるかい? 大きなレースのようだけど」

 

「えっ? まぁ、結果は気になるよ。どうなるかなって」

 

「そりゃ、そうか。君は何かレースを走るウマ娘か?」

 

 どこか頓珍漢な問いのように響いたけれど、レースを走らないウマ娘だって多い。汗をかいているのも荷運びの仕事終わりなのかもしれないとここに来て思い至っての問いだった。

 

「うん、すこし負けちゃってたんだけどね」

 

 そう言って少し口に針が刺さったような顔をするもんだから、ついつい聞いてしまう。気になったことには首を突っ込んでしまうたちなのだ。面倒なことに。

 

「はぁ、それじゃ、なんで走るんだ。生活のためか?」

 

「──約束したんだ。勝つって。約束の相手は世間的には立派な人じゃなかったから、ほら、ワタシが頑張って走らないと、みんなきっと忘れちゃうからさ」

 

 だから約束を守ってあげるんだ、とその子は両手を腰に当ててフンスと得意げな顔をした。年下にお姉さんぶる近所の姉ぇを思い出す格好だった。姉ぇは10でどっかに行って以来見ていない。だからすこしその子の動きが懐かしかった。

 

 だが、どうだろう。その子はすぐに眉を下げて、悲しげな、形容するなら迷子の子供のような表情になってしまった。シッポが一緒に動いていたからたぶん無意識だ。姉ぇが言っていた。

 

 ふと、昔を思いだしたからか、すこしおせっかいをしたくなった。

 

「君もレースに関わるウマ娘なら気になるだろ。そら、取ってきてやるよ」

 

 その小柄な身体ではあの人混みの中には入っていけまいと思ってそう言った。

 返事も聞かずに歩き出すと、後ろからは困惑したような“えっ、いいよ、いいよ”という声が聞こえたが、とにかく号外を配る男の下へ入っていって手を伸ばした。いくつか紙があたる感触がして、するりと手に一部が収まった。

 

「ふぅん、メジロハルカにハナノアカリ、ねぇ」

 

 ウマ娘の子の所に戻りがてら、片手で紙面を確認していく。主に取り上げられているのは2人のウマ娘のようだった。知らないな。誰だろう。

 

「ほら、どうぞ」

 

「あ、ありがとう……」

 

 新聞を差し出せば、反射的に受け取る手があって、ウマ娘の子は思わずといった体で文字を追い始めた。ついでだから一緒に見させてもらおう。身長差があったので後ろから覗き込むようにひょいと簡単に見ることが出来た。

 

「ハナノアカリ……」

 

 ぽつりと名前を読み上げれば、その子は肩をピクと動かした。やけに反応がいいな。もしかしたらこの子の憧れのウマ娘なのかもしれない。このレースは大きなものらしいし、それを走るウマ娘も相当なものだろう。どれ、ひとつ持ち上げてこの子の気分を明るくさせてやるかといった心持ちで、極めてなんとなくを装って口を開いた。

 

 

「このハナノアカリって方は好きだなあ。どうやら雪辱を果たすレースらしい。これはすごい、なかなか出来るもんじゃない。一回負けた相手に、それでも、って立ち上がるのは簡単じゃないからな」

 

 

 ふんふん、と学者が講義をするようにしたり顔で口を回すと、どうだろう。淡い桜みたいな髪色の子は小刻みに震え始めたではないか。これは相当喜んでいるなと調子づいてきた。

 どれ、もっと言ってやろう。元気を出せ。

 

「どんなウマ娘なのかねぇ。そうとう上の位で走ってる子だろう?

きっと力強い目にすごい雰囲気をした子だろうな。それにレースを走ってる子は大抵、良いとこのお嬢さんって話じゃねぇか。瀟洒でお淑やかな子なのかね。おれぁ、関わったことのない人種だなぁ。ぜひとも、一度でいいからみてみてぇなぁ。天女みたいに綺麗な子かもしれねぇな。ともかく、コイツは偉い! よく立ち上がってるよ、うん」

 

 そこまで滑らかに言い切って、人生最高の言い回しだと自画自賛しながら少女の顔を覗き込むと、顔を林檎みたいに真っ赤にして、拳をぎゅうと握り、目の端に涙をためていた。おや、どうした。何か変だと思いながら首を傾げると、横のウマ娘はちょいちょいと袖を控えめに引っ張り、少し恥ずかしそうに自分を指差した。

 

「……?」

 

 その意図がわからず、もう十度ほど首を傾げると、少女は震える指で、紙面の“ハナノアカリ”という活字と自分を交互に指差し、俯いてしまった。

 

「……えっ? うえっ!?」

 

 それに気がついた時の衝撃といったら!

 じゃアなんで、あの号外をそんな他人事みたいに眺めてたんだよ、と言いたくなったが、それなりに深い理由があるのだろう。本人も気づいてない理由が。

 

 ともかく分かったことは──

 

「わ、悪かったって。レースにはそんなに詳しくなくてサ」

 

 この子は最初の印象の割に、ずいぶんとウブで恥ずかしがり屋だということだ。

 

 

 というか有名ウマ娘ならもっと自慢しやがれっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

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