昭和にウマれたウマ娘!   作:調味のみりん

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Ep.6 つくものかえる場所

 

 

【現代 トレセン学園】

 

 老齢の男が敷地内の噴水前を竹箒で掃いていた。

 時折り、元気なウマ娘の生徒が通り過ぎては挨拶をしてくる。

 

 太陽は天頂を過ぎて、眩しく目を細める。

 

「あぁ、いい天気だなぁ」

 

 今日も学園は回ってる。

 あの日から続くように、信じられないほど穏やかに。

 

 耳を澄ませば、鳥の鳴き声と、少女たちの笑い声にまじって、あの蹄鉄の音が聞こえてくる。

 がちゃん、がちゃん、と今では考えられないくらい重たい蹄鉄を履いたあの人の足音が。

 

「こんにちはー!」

 

「はい、こんにちは」

 

 薄い追憶も、目の前の元気な挨拶に途切れる。

 老齢の男はまた掃き掃除を再開して、軽く汗を拭った。

 

 ◆

 

 

 

【19××年 東京】

 

「うぬぅ……どうやったらこんなすり減るんだよ」

 

 土汚れのついた片方のシューズをつまみ上げ、春木は唸った。

 それなりに重量のあるこのシューズ。底に蹄鉄が装着されたウマ娘用、それも競技者のためにある程度軽量化されたものだった。

 

「ほっとんど残ってネェじゃねぇーかヨ」

 

 つまんだ指先をくるりと器用に返せば、せんべいよりも薄くなった蹄鉄。たった数回走っただけで、新品からこの状態にしたウマ娘がいると言えばどれだけの人が信じるだろうか。踏み込みが深すぎるだろう。

 少なくとも春木は信じなかった。

 

「あっ、春木さーん! 来ていたんですね!」

 

「オッ、つむぎちゃん、元気いいねぇ」

 

 たたきに足を置き、式台に腰を下ろしていた春木は奥の暖簾から出てきたおかっぱの少女に対して、ひらひらと手を振った。

 少女は空色の着物を着て、年頃は尋常(小学校)ぐらいだった。

 

「待ってて下さいね! いまお父さんが……」

 

「おい、つむぎ。この詐欺師とは話すんじゃねぇよ」

 

 腹の底から響くような声に、大木のような腕が暖簾をかき分けて出て来る。右目に傷がある男の名前は鉄床辰雄(てっしょうたつお)。周囲の人間からはカナトコさんと呼ばれ、そのあだ名の通り金属加工を主としていた。

 

 もっともその強面と、客を入れる気のない店構えからよく閑古鳥がぴよぴよとしていたが。

 

「もうっ! お父さん、せっかくのお客さんをそんな悪く言っちゃメ、ですよ」

 

「だが……おい、春木。お前が他の誰かのために()()使()()だなんてどういう風の吹き回しだ? 明日はカナヅチでも降るのか?」

 

 娘からの抗議の声に辰雄は眉間に皺を寄せながら春木に問うた。

 その張本人はにへらと笑い手に持った土汚れのあるシューズをたたきの上に置いて、手招きのような仕草をした。

 その様は胡散臭い招き猫に見えた。

 

「やだやぁ、掛けた金額以上に回収出来る見込みがなけりゃ、()()()()しませんって」

 

「おい」

 

 春木は基本、金のためにしか動かない。親しい人間か、昔からの付き合いの人間には常識の事だった。

 だからこそ銭ゲバやクズなどと言われるのだが。本人はそれを飄々と受け止めていた。なぜならお金稼ぎには関係ないから。

 

「その……春木さん。アカリちゃん? の前ではちゃんと取り繕ってね」

 

 つむぎと呼ばれた少女は困惑したような眉を作って春木に言った。春木は真顔のまま中空をぼんやり見つめ、へっと鼻を鳴らした。

 

「もうバレた」

 

「えぇ……」

 

 

 ◆

 

 

「で、何だったんたよ、あの依頼はよ」

 

「その口ぶりなら、もう出来上がってますか」

 

「まぁ、出来てはいるが……」

 

 そう言って辰雄は渋々と暖簾の奥に消えていった。奥は工房になっていて、時折トンカチの音が聞こえてくるのだが、今は火が消えている。

 やがて数分もしないうちにガラガラという音が聞こえてくる。

 

「ほら、これだよ」

 

 そして、台車に乗って運ばれてきたブツを春木はしげしげと眺め、笑った。

 後ろに引っ込んでいたつむぎもひょっこり顔を出して父親の作品を見て、顔を引き攣らせる。

 

 

「うわぁ……お父さんこれ、作ってる時から思ってたけど履ける子いるの?」

 

「知らねぇよ、俺は言われた通りに打っただけだ」

 

 

 その会話を聞きながら春木はよれた革の鞄から財布を取り出し、後払いの金額を台車の上に置いた。

 辰雄は枚数を数えることもなく、顎で出口を差し示した。その意図を理解した春木は苦笑いしながら台車の上のブツを持って出口に足を向けた。

 

「よっこら……」

 

 ゴトン! と、重い金属が床を打つ音が響く。

 呆然とした顔つきで春木は辰雄を振り返った。

 

 

「あのォ、俺は一体どうやってこれを運べば?」

 

「腕がもげるまで抱えていけ」

 

 返ってきたのはにべもない返事。

 それに慌てた娘が台車の取手を掴んで春木に引き渡してきた。

 

「だ、台車をお貸ししますからっ!」

 

「ありがとネ、つむぎちゃん……」

 

 

 ◆

 

 

 

「ヒヒヒ、金が見える見える……」

 

 

 そう言いながら店内を出る春木の背中を、辰雄は眉を顰めて、つむぎはちょっと困ったように見送った。

 

「春木さん、いつもと違うような……」

 

「はっ、少し前まで死んだような顔してた癖によ」

 

「良いことだと、つむぎは思うけどなぁ」

 

 辰雄は不機嫌そうに腕を組んだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 早朝の空気は張り詰めている。

 

 木製の窓枠に手を掛けると、夜の冷たさに冷えた木がヒヤリとした感触を手のひらに伝えてくる。

 

 同部屋が起きてこないように、取手をそっと引けば、僅かな音を立てて外の世界と部屋の中が繋がった。

 

 靴を左手に持って、右足を窓枠にかけ、静かに出ようとした瞬間。

 

「ア・カ・リさぁーん?」

 

「ひぇ!?」

 

 右足首に手が回る感触。

 反射的に振り返って見れば、寝巻き姿のまま、すわった目をしたコウマサ(同部屋)がいた。

 

「どうしてこんな朝早くから起きているんですか?」

 

 彼女はにっこりと笑いながら問いかける。

 それが祭りの縁日で売ってるようなお面に見えて、ハナノアカリは喉を鳴らした。

 

「朝練のために……」

 

「なるほど。なるほど。じゃあどうして2()()()()から出ようとしているんですか?」

 

 ぎゅっと足首を掴む力が強くなった。

 朝はまだ冷えているのに汗が出てきた。

 

「こ、こっちの方が階段使うより早いナァー……って」

 

 そう言っても返ってくるのは無言。

 笑顔のまま固まったコウマサにハナノアカリはだらだらと汗を流す。

 

 ちちち、と鳥が鳴いて、ハナノアカリが足首をそっと外そうとした瞬間、コウマサが真顔になった。そしてグッと手を引いて中途半端に窓から身を乗り出していたハナノアカリを室内に戻した。

 

 すかさず頭にチョップ。

 同時にすぅ、と息を吸い込み

 

 

 

 

「あぶないでしょう!!」

 

 

 

 と分からずやなウマ娘に雷を落とした。

 

 

 

 

「窓は出入り口じゃありません! 危ない! それにはしたないです! 一端の淑女がそんなマネしちゃいけません!」

 

 ガーっとマシンガンのように浴びせられる言葉にハナノアカリは耳を前にぺたんと倒してやり過ごす。

 

「それに! 昨日の夜の裁縫の練習も投げ出して走りに行きましたね!? 約束したのに!」

 

「だ、だって! 裁縫なんてワタシが出来たところで……!」

 

「その位出来ずにお嫁に行くなんて出来ません!」

 

「行かないよ!?」

 

「いつか必要になりますから!」

 

 絶え間なく繰り出される口撃の応酬に、ハナノアカリは堪らんとお古のバッグを掴んで、今度はしっかりとドアから出て行こうとした。

 そして出ていく直前、顔だけを振り返ってコウマサの目を見て言った。

 

 

「裁縫なんて、誰かに任せるよ! マサちゃんは価値観が古いんだ! 頑固だ! 干物!」

 

 

「なんですって……?」

 

 そして寮の廊下を駆け出す。

 最高速度は誰にも負けない気がした。

 捕まったらジ・エンドだから。

 いまだったら、どこまでだって行ける気がした。

 

 

 

 ◆

 

 

「何か言うことは?」

「……ゴメンナサイ」

 

 3分で捕縛されたハナノアカリは、寮の自室のベッドの上で正座をさせれられていた。正面には鬼の角を生やしたコウマサがいる。

 

 

「まったく。夜に休まず、いつ休むんですか。外も暗いし、無理しちゃ身体を壊すだけですよ」

 

「う」

 

 正論で放たれる言葉に、ハナノアカリは身を固くする。

 反論しようにも、出来ない。論理の通ってない原理で動いていたのだから、“正しさ”と相対した時には勝てないのだ。

 そんな風に苦々しく思っていると、ふと上から柔らかくなった声が降ってきた。

 

「何をそんなに焦っているんですか?」

 

「……わかんない」

 

 それだけ言うと、まるで小さな子供のように黙りこくった。

 コウマサは、“仕方がないな”と優しいため息をこぼした。何度目かに及ぶ、2人のやり取りのお決まりの終わり方だった。

 

 

 ◆

 

「次っ! 500(メートル)、思い切り!」

 

 ピッという笛の甲高い音と共に、何人ものウマ娘たちがコースを走っていく。

 そしてゴールと定められたラインを超えて各々がペースを落とし、また最初のラインまで並んでいく。

 

「君は、最初の10米がぎこちないな。それ以降は綺麗な動きだ」

 

 

 その間に中年の指導員が何人かのウマ娘に声をかけていく。

 これは東京レース倶楽部、全体の練習であり、専属の指導員が付いていないウマ娘が練習を重ねる場であった。

 

 もちろん、専属の指導員が付けばそのウマ娘に合ったメニューや、細かな体調管理、シューズの選定、次のレースの決定まで行ってくれるのだが指導員の数には限りがある。

 

 また、実家との繋がりも指導員が付くかの要素になっていて、それにあぶれるウマ娘も当然ながらいた。そんなウマ娘が利用するのがこの“全体練習”であり、個々人用にカスタマイズされた種々の恩恵は受けられないものの、どんなウマ娘でも練習を見てもられるというメリットがあった。

 

 

「よしっ」

 

 そんな中にハナノアカリの姿もあった。春木ミノルはあくまで指導員ではないので、彼女は現在、専属の指導員なしで練習に励んでいる。

 

 ピッと鳴ったホイッスルと同時に走りだす。

 

 そしてすぐに顔を顰めた。

 

 ぐらぐらする。

 走りずらい。

 

 レースで使うコースも大差ないが、多くのウマ娘が走った後のこのコースは余計に凸凹があった。

 

「ふぅっ……ふうっ……」

 

 ゴールした後、軽く息を整えながらスタートラインを見ていると、“きみ”と声をかけられた。振り向くと、手元の木の板に挟んだ書類に何かを書き付けながら、初老の指導員がハナノアカリを呼んでいた。

 

「はいっ!」

 

 大きく返事をすれば、初老の指導員はちらりとだけハナノアカリを見やり、すぐに手元の作業に戻る。そして書きつける鉛筆に意識を向けながらこう言った。

 

 

「キミ、駄目だな。走り方を変えなさい。合っていないよ」

 

 

「えっ」

 

 

 反射的に疑問の声を漏らすが、男の意識はすでに別の方へと向いている。だが、ここで引いては自分の走りにあまりに無責任だと声を大きくして尋ねた。

 

「合って、ないですか?」

 

「ん? あぁ……。その走りでは、踏み込みが深すぎて中途半端に足を取られてるだろ」

 

 だから変えなさい。とどこか投げやりに初老の男は返した。その間一度もハナノアカリの方は向かなかった。

 

「……」

 

 結局、もう一本は走らなかった。

 気がつけば、太陽は地平線に近く低く、すべての設備や施設が燃えるような茜色に染まっていた。

 

 ダウンを済ませたハナノアカリは、コースの出口に足を向けて、レース場を出て帰路につこうとしていた。

 

 

「走り方を変える……」

 

 

 言ってしまえば簡単で、真っ先に思いつく手立てで、だけど目を背けていた手段だった。

 

 

 それは、走り方こそ数少ない()()()()()財産だったから。そんなふうに思っていたからこそ、やすやすと手放すことは、すこし難しかった。ほとんど残っていないアイデンティティを手放すようで。未来とのつながりを捨ててしまうようで。

 

 

 

「エッ、何だよ、走り方変えちまうのかよ」

 

 

 

「うえっ!?」

 

 

 そして唐突に横からかけられた声に飛び上がって驚きを露わにする。シッポはピンと立って、耳は逆立っていた。

 

「そんなにビビるなって、傷つくだろーが」

 

「いきなり声掛けてこないでよ!」

 

 けけけ、と笑って立っていたのは、ヨレヨレのコンチネンタルスーツのようなものを着て、上着を肩に掛けていた春木であった。

 どうやらレース場の外でハナノアカリを待っていたらしく、待ちくたびれたとばかりに肩をぐるりと回した。

 

「デ? お前さん、走りのやり方変えんのか?」

 

「うん、その方が良いって」

 

 春木の立ち位置はちょうど夕陽と被っていて、ハナノアカリは目を細めながら彼を見ていた。眩しかったが、それでよかった。いまはこの目の前にいる男を真っ直ぐに見られない気がしたから。

 

「かーっ、無駄金かぁ? いや、いや! お前はその走り捨てねぇ方が良いだろ!」

 

 その発言に流石にウマ娘の少女もムッとするが、続く春木の言葉に遮られるようにして口をつぐんだ。

 

「俺が見た走りは、お前の走りナンだよ! 変えちまうなんて……とんだソンじゃねぇか」

 

 そこで自身の損得を躊躇いもなく出してしまうのが春木という男の評価につながるのだが。

 

「うん、うん……で? アカリ、お前は納得してんのか? なんか不貞腐れた面してるけどよ」

 

「納得なんて! ……しては、あんまりないけどさ」

 

 仕方ないじゃん、と弱気な心を吐き出そうとした瞬間、春木はニコッと笑い、ズイと身体を近づけてきた。そして少し大きくなった声で言った。

 

「よし、よし! ソォだ! 取り敢えず、明日はそのまんまでいい。明日一日はお前の走りで行け」

 

 なんて無責任な。

 その瞳に写る自身の姿を見て、最初に出会った時のことを思い出す。

 最初に走ったのは、この無責任な男が自分本位にも信じてくれたからだったなぁ、と。

 

「ヨシ、そうだな、走れ! お前は走って、有名になって、早いとこ東京優駿競走を勝つんだ!」

 

 相変わらず、こちらの事をお金という尺度でしか見ていない、世間一般で言うところの“最低男”にハナノアカリは苦笑いした。

 夕日は建物に隠れて、少し遠くでガス灯がポッと灯った。

 

「わかった、わかった。ワタシは走るよ。ミノルが信じてくれた走りでね。でも、どうやって?」

 

 このまま同じことをやっても勝てない。

 現代の走りは高性能だが、周りの環境が要求するスペックに耐えていない。その疑問に春木はニヤリと笑い、後ろにあった台車を親指で差し示した。そこには襤褸の布と、二つの膨らみがあった。

 

 

「走るんだよ、これを履いて、な」

 

 

 その中身は、通常の蹄鉄よりもはるかに分厚い蹄鉄の着いたシューズ。

 コンセプトは、“押してダメなら、押しつぶす”。

 深い踏み込みの走り方をするばかりに、コースの凸凹に脚を取られがちなハナノアカリの欠点を補うものだった。

 

 足を取られる凸凹を、さらに踏み込む事で地面を凹まし、強制的に平らにする。そんなバ鹿げた考えのもと生まれた世界に一つだけのハナノアカリ専用のシューズ。

 

 

 

「最初の目標、忘れちゃいないよな? 勝つんだろ、日本一の大レース」

 

 

 

 春木は、けけけ、と笑う。

 それは次のレース3日前の事で、一番星が早く出た日のことだった。

 これが、ハナノアカリが生涯愛した靴との出会い。

 彼女の快進撃のはじまり、はじまり。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

【競技用シューズ】19××年

 持ち主不明

 

ウマ娘のレース競技用のシューズ。

このシューズのみ、特別で通常の蹄鉄の1.7倍近い厚さがあった。(摩耗からの測定結果)

靴自体の重さも現代のものとは違い、大変重たかったようだ。

この時代には珍しく、内側の革に何度も改修を重ねた縫い目とつぎはぎ(矢印1)があるためにオーダーメイドであったのではないかと推測される。

 

『国立レース競技史料館』過去の道具展示 より

 

 

 

 

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コメント 一件▼

 

名無し:

    なんでこんなトコに!?

 

 

 

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