恋姫奇譚:北宋編   作:乾燥海藻類

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第01話 湖畔にて

「……い。おーい、こんなとこで寝てるとあぶないよ」

 

ほほをペチペチと叩かれている。

ゆっくりと(まぶた)を押し上げると、淡い光が差し込んできた。

目の前には俺を覗き込むようにしている赤い髪の少女がいた。

 

「……鈴々……? いや……」

「んん? 誰かと勘違いしているみたいだね。ボクの名前は宋江(そうこう)っていうんだ」

 

そういえば鈴々はピンクに近い赤だったな。それによく見ると光の加減で赤っぽく見えたが、赤みがかった金髪だ。見間違えたのは、顔立ちが似ていたせいだな。

曹洪(そうこう)……たしか曹操の従姉妹(いとこ)が、そんな名前だったか。

いや、待てよ。なんで曹洪がこんなに若いんだ? 曹操とそんなに歳は変わらなかったはずだ。

そもそもなんで曹洪がここにいるんだ?

 

「とりあえず、これを着てくれないかな」

 

訝しむように曹洪を見つめていると、彼女は少し目を逸らしながら、布のようなものを手渡してきた。

 

「うぉっ!?」

 

思わず声が漏れた。俺、素っ裸じゃねぇか! いや、驚くところはそこじゃない。これ、本当に俺の身体か? 少なくとも、老人の身体ではない。顔を触ってみるが、こちらにもしわはない。

もしかして、若返ってる? いや、曹洪も若いということは、若返ったんじゃなくて、戻ったのか?

なにが起こっている? 夢ということは、なさそうだが。

 

ふむ。まずは、落ち着こう。手渡された布は服のようで、それに袖を通しながら、呼吸を落ち着ける。

……よし。しかしなんというか、記憶がどうもおかしい。

若い頃の記憶は割とハッキリしているのだが、晩年の記憶が曖昧だ。

愛紗に看取られて逝ったような気もするし、逆に愛紗を看取ったような気もする。

というか、俺は本当に死んだのだろうか。そのあたりもぼんやりとしている。まあ死んだ記憶があるってのも妙な話だが。

 

それに戻ったというのも、なんか違う気がする。俺は、曹洪とは会ったことがないのだ。

戻ったのではなく、別の三国志っぽい世界に飛ばされたのか? だとすれば、ここは陳留?

またあのメガネのカミサマの仕業だろうか。さすがに勘弁してほしい。せめて事前説明くらいはしてほしい。

 

「考え込んでるところ悪いんだけどさ。お兄さんがここにいる理由を教えてくれないかな? というかどうやって入り込んだのかな? 事情によっては、対応を考えなきゃならないからね」

 

と、曹洪が優しく微笑みかけてきた。しかし声ほど雰囲気は優しくなさそうだ。警戒の姿勢は崩していない。しかし、そんな質問が出るということは、ここは俺の家じゃないみたいだな。ていうか、普通に外だし。

 

「たぶん、拉致されたんだろう。気がついたらここにいたんだ」

 

別の世界から来たと言っても信じられないだろうし、あのカミサマに拉致されたようなモンだからな。つーか、そうとしか思えん。

 

「拉致、ねぇ。そう簡単に入り込めるとこじゃないんだけどな。もしかして、役人だったり……いや、役人がひとりで、しかも裸で来るはずは、ないか」

「俺はただの……書生だ。どこにも仕えてはいない」

「ふ~ん、まあいいや。申し訳ないけど、このまま帰すわけにはいかないんだ。うちの首領と少し話をしてもらうよ」

 

第一発見者が曹洪ということで予想はしていたが、今度は曹操ルートにでも進ませたいのかね。別にあいつは嫌いじゃあないが、仕えるとなると面倒そうだ。

それに愛紗や鈴々と戦うのも嫌だな。朱里や雛里の策は今なら読めそうな気はするが。嫁だけに。

なんて、くだらないダジャレで現実逃避している場合じゃないな。

 

「ああ、かまわないよ」

 

まあ会うだけ会ってみるか。ここで逃げることもできるが、状況把握はしておきたい。それにいま無一文だから路銀も稼いでおきたいしな。

賊や悪徳商人をシバいてもいいんだが、そうそう運よく出会えるともかぎらないし。

 

「じゃあついてきて。そういえばお兄さん、名前はなんていうの?」

「ああ、俺の名は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曹洪に案内されて、館の中に入る。歩いてきた風景を見て、俺はなにかおかしいと感じていた。そして、その予感は的中した。

俺は曹操と面会すると思っていたが、紹介されたのは王倫(おうりん)という女性だった。

長椅子にだらしなく腰かけている彼女は、首領という割には威厳や覇気というものが感じられなかった。

 

「ふむふむ。まあ悪人ではなさそうだね」

 

俺が自己紹介した後、彼女はあっさりとそう判断した。それに対して曹洪からのツッコミもない。てかこの()、たぶん曹洪じゃなくて宋江だわ。

クソッ! トンデモ三国志の次はトンデモ水滸伝かよ。

 

宋江は梁山泊の首領として有名だが、実は三代目なのだ。二代目が晁蓋(ちょうがい)で、初代が王倫である。そしてこの王倫だが、あまり良い描かれ方をされていない。

好漢の集団となる前の旧梁山泊の首領で、その地位に固執するあまり、優秀な人物の入山を極端に嫌った。そしてなんやかんやあって林冲(りんちゅう)という好漢に殺された。

描かれ方は、一言で言えば小物だ。しかし梁山泊という天然の要害に目を付け、そこに無頼漢の根城を築いたという功績は大きく、その点では物語上重要な人物である。

 

これが俺の知る王倫なのだが、言うまでもなく男だ。しかし目の前の人物は小柄な女性。水色の髪に同色の瞳。厚い二重のたれ目で、物憂げというか気怠い雰囲気を漂わせている。

思わず気が削がれるような雰囲気だ。だがこんな空気は、嫌いじゃない。

 

「いいよ。君の入山を認めよう」

 

……おかしいな。入山したいなんて、言った覚えはないんだが。

 

「めずらしいね。王倫が試験もなしに合格だなんて」

「そうかい? まあ言われてみれば、他のみんなが納得しないかもね。じゃあ林冲と手合わせでもしてもらおうかな」

「いや、彼は書生なんだけど」

「うん? 彼が書生? ははっ、面白い冗談だね」

 

そう言って王倫はクスクスと笑った。へぇ、伊達に首領をやっているわけじゃなさそうだな。俺の容姿は、基本的に初見ではナメられる。

気を抑えていることに加えて、どうも武人らしくない顔つきらしい。一目で見抜いたのは、ほんの数人しかいない。

 

まあそもそも、俺は自分を武人とは思っていないのだが。

笑われた宋江は、ムスッとした表情で俺を睨みつけている。いや、俺は悪くないよね。

そんなわけで俺は、林冲と手合わせすることになったのだ。

 

「いきなり呼び出されたかと思えば、入山試験か」

 

林冲とは梁山泊の序列第六位で豹子頭(ひょうしとう)というあだ名を持つ豪傑だ。これは豹のような顔という意味で、三国志演義の張飛と同様の描写である。目の前の女性(・・)は、確かに雌豹という言葉がピッタリのような容姿をしている。スラリとした細い肉体。しかしやせ細っているわけではなく、武人として鍛え上げられた身体だ。

 

「で、どの程度見ればいい?」

 

林冲にそう問われた王倫は、にんまりと笑ってこちらを向いた。

 

「林冲に一撃入れられれば合格だよ」

「……ほう。それほどの逸材か」

 

林冲の双眸が妖しく光る。言うまでもなく、林冲は梁山泊の好漢の中でも上位の強者だ。この世界でも、それは変わらないようで、場の空気がピリッと張り詰めた。俺たちの試合を見に来た者たちがざわつき始める。

 

「では双方構えて」

 

林冲が(こん)を構える。対して俺は半身に構えた。ちなみに俺は素手だ。しかし林冲に侮りはない。聞けば林冲よりも強い晁蓋が拳法家だかららしい。

 

「はじめ」

 

王倫の合図で試合は始まった。

突然だが、剣道三倍段という言葉がある。これは剣道初段の人は柔道や空手三段の人と同等の実力であるといった意味だ。

この言葉の元となったのが、剣術三倍段という言葉で、これは剣術が槍術と相対するには三倍の技量が必要であるという意味なのだが、どちらも意味合いとしては同じで、間合いの重要性を説いている。

 

戦いとは基本的に間合いの取り合い潰し合いである。槍は中距離、剣は近距離、そして拳は超近距離が間合いとなる。つまり今の状況、棍と拳では間合いにして三歩ほどの差がある。ここを詰められるかどうかか勝負の分かれ目となる。

そしてそれは林冲も理解しているだろう。棍の先を揺らしながら、油断なくこちらをけん制している。

 

気の乱れがほとんどない。これは強敵だな。手の内を見切られる前に、決めるか。

呼吸を整え、一歩踏み込む。林冲の棍が動いた。狙いは水月。俺は即座に斜め後方へ跳んだ。林冲は体勢が崩れるのを嫌ってか棍を引いた。着地後、間を置かずに前方へ加速。

 

「――ッ!?」

 

驚愕は一瞬だった。フェイントにも惑わされず、林冲の棍が俺の胸めがけて突かれた。その一撃を、腰を捻って回避する。最小限の動きでさらに一歩間合いを詰める。林冲は慌てずに棍を横に薙いだ。それよりも速く、俺はさらに一歩踏み込む。

そこで初めて林冲は回避行動に移った。後方へと跳躍。だがその瞬間に動きが止まった。俺が棍を掴んだのだ。

 

「――ハァ!」

 

棍を抑えられたと悟った林冲の対応は早かった。膝蹴りで反撃に転じたのだ。だが俺の拳の方が速い。二本の指が、林冲の鼻をギュッと掴んだ。鼻筋が綺麗に通っているから掴みやすかったぜ。

 

「それまで」

 

王倫の合図で林冲の膝蹴りが止まった。

 

「うそ……ホントに林冲に一撃入れちゃった。ってあれは一撃でいいんだよね?」

「もちろん。鼻を掴まれたということは、彼が本気なら目を潰されていたということさ。そうだろ? 林冲」

「ああ、私の負けだ。まったく、晁蓋に続いて二度目の土か」

「いえ、あくまで試合でしたからね。命の取り合いとなれば、わかりませんよ」

 

稽古で勝ったからといって、実戦で勝てるというわけではない。そんなに簡単なものではないのだ。

試合は所詮、試し合いでしかない。

 

「ふっ、まあそういうことにしておこう。しかしキミは、晁蓋とはまた違った強さだな。動きや技が洗練されている。その若さでたいしたものだ」

「それはどうも」

 

うぅむ。素直に喜べんな。こんななり(・・)だが、五十年以上の研鑽を積んでいるからな。詐欺みたいなモンだ。

ただ、やはり違和感はあるな。老いてからは体力の消耗を抑えた戦い方に変えたが、この身体は力があり余っている感じがする。戦い方を戻した方がいいのかもしれん。

まあそれは徐々に、身体を慣らしていくか。

 

「晁蓋が吹き荒れる暴風だとすれば、さながらキミは、駆け抜ける烈風といったところか」

 

いや、そんな詩的に例えなくていい……むっ、なんだこの攻撃的な気はっ!?

反射的に背後を振り返った。そこには、獰猛な笑みを浮かべた大女がいた。身長は目算で百九十センチ前後。練り上げられた気は圧さえ発している。その女は、いかにも武人といった雰囲気を漂わせていた。

 

「噂をすれば、か」

「なあ晁蓋。ふらりといなくなるのは、もう諦めてるけどさ。せめて一言くらいは欲しいね。一応私は、首領だからさ」

「カカッ、オレがいなくても林冲がいれば大丈夫だろ。賊や役人程度、相手にもならねぇよ」

「信頼が厚いことを喜ぶべきなのかな」

 

林冲は嘆息しながら眉間を押さえた。しかしこの女が晁蓋か。林冲が暴風と例えたのも納得だな。

 

「さぁて、今度はオレと遊ぼうぜ」

 

二連戦ですか? 王倫へと視線を送ると、彼女は薄く笑みを浮かべた。

 

「先に一撃入れた方が勝ちね。双方、熱くならないように」

 

やっぱりか。仕方ないな。

諦めて晁蓋の前に歩を進める。いやぁ、ホントに圧がすごい。虎や熊でも逃げ出すんじゃないか?

 

「はじめ」

「オラァ!!」

 

開始の合図と同時に、晁蓋は猛然と突っ込んできた。それを横にかわすが、晁蓋は即座に体当たり(タックル)から首狩り(ラリアット)に切り替える。

対応が早いな。いや、この程度は読んでいたのかもしれない。俺は上体逸らしでそれを回避すると、そのまま円を描くように彼女の背後に回った。

 

「甘ぇんだよ!」

 

しかし晁蓋の反応も早い。巨体の割によく動く。ちなみに、スピードはパワーと密接な関係にあり、筋力が増えたからといってスピードが落ちるわけではない。しかし筋肉をつけすぎると、可動域に影響が出るのだ。

これは相打ちになるか? いや、俺の拳の方がわずかに速い。

 

そう思った瞬間、全身が総毛だった。

このまま打ち込めばヤバイッ!

晁蓋の拳から熱波が生まれた。その衝撃で、俺の身体は後方に吹き飛ばされた。

 

「ちょっ! やりすぎだよ晁蓋!」

「慌てんなよ宋江。あいつは自分で跳んだのさ。たいして効いちゃいねぇ」

 

打たれた部分の服が焦げている。気に熱を与えたのか? それとも気を熱にまで昇華したのか。どちらにしても、直撃していたら火傷ではすまなかっただろうな。

 

「それまで」

 

王倫が終了の合図を口にする。晁蓋はあからさまに表情を歪めた。

 

「オイ王倫。言っただろ? たいして効いちゃいねぇよ。一撃入れたワケじゃねぇ」

「言ったよね、熱くなるなって。これ以上は試合じゃすまないよ。彼は先ほど試験に合格したんだ。つまりもう私たちの仲間だよ。掟を忘れたわけじゃないよね?」

「私闘じゃねぇ。ただの腕試しだろ」

「腕試しじゃあ、すまなさそうだから止めてるのさ。これは首領としての命令だよ。断るなら、キミに首領をやってもらおうかな?」

「……チッ、わかったよ」

 

舌打ちしながらも、引いたのは晁蓋だった。意外だな、首領やりたくないのか。まあ気持ちは分かる。人の上に立つのって面倒だからな。暴君になれば別かもしれないけど、その場合は反逆に怯えなければならないし。命令されている方が、楽っちゃあ楽なんだよ。

そういえば原典でも、林冲に頼み込まれて首領を引き受けたって感じだったような気がする。実は三国志ほど詳しくないんだよなぁ、水滸伝。

それにしてもあの技、少し惜しいな。

 

「回転を加えるといいかもしれません」

「……あぁ?」

 

自分に言われたとは思わなかったのか、晁蓋は首を傾げた。

 

「気に回転を加えるんです。拳が当たる瞬間に肩、肘、手首を連動させて内側に捻り込む。そうすれば自然と回転がかかります。こんな風に」

 

そう言って、打ち込みを実演して見せた。簡単に説明すれば、コークスクリューブローみたいな打ち方だ。晁蓋だけではなく、王倫や林冲、宋江や周囲のみんなも興味深そうに見ていた。

 

「……」

 

晁蓋は無言で大木の前に立つと、俺が見せたような所作で拳を打ち込んだ。その打ち込みで大木が揺れる。晁蓋が拳を放すと、大木には穴が開いていた。ブスブスと焦げ臭い匂いも漂ってきている。

 

「……なるほどな。火力は落ちるが、貫徹力が増すワケか。悪くねぇな」

 

晁蓋がにんまりと笑みを浮かべた。それを見た宋江は、うわぁといった感じで顔をしかめている。

 

「よっしゃ! 新しい仲間の誕生を祝うぞ! 宴だ! いいよな王倫!」

「もちろんさ。じゃあ倉から酒を持ってきてくれ、晁蓋」

「応よ! おめぇらついてきな!」

『ウッス! 姐御(あねご)!』

 

手下たちを引き連れて、晁蓋は呵々(かか)と笑いながら倉へと向かって行った。

 

 

 




本作は基本的に主人公視点でストーリーが進むため、スポットが当たりにくい好漢もいます。その点はご了承ください。また好漢108人全員は登場しません。
ご都合主義多め、サクサク展開です。
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