いつから『仲間』が『同志』と変わったのか。これははっきりと言える。王倫の死からだ。
王倫の時代は、言ってみれば寄り合い所帯のようなものだった。逃れ者や追われ者が集まり、安住の地を作っていた。決して、反乱など考えていたわけではなかった。
王倫も、首領というよりは、集団のまとめ役という立ち位置だった気がする。明確な序列もなかった。林冲や宋江も、王倫のことは呼び捨てにしてたし。
王倫殿と呼ぶ者はいたが、王倫様と呼ぶ者はいなかった。それはもしかしたら、王倫のこだわりだったのかもしれない。今となってはわからないが。
王倫が死んで、俺が新たな首領となり、不用意に国などと口にしたことで、幹部たちの認識が変わった。
呉用の口調も変わったし、宋江も最初はフレンドリーな感じだったけど、いつ頃からか畏まった喋り方になった。
林冲なんかは特に変わった。意識が変わったというか、調練に精を出すようになった。
山賊たちを傘下に収め、住人が増え、百姓になる者もいれば、職人になった者もいる。当然、兵になった者もいる。
危険な兵に志願したのは、やはり役人を憎んでいる者や、血気盛んな若者が多かった。
俺が名前を知っている好漢も来たが、来なかった好漢もいる。来なかったのは、ほとんどが官職についていた者だ。将軍とか。考えてみれば当然だな。特に勧誘とかもしてないし。まあ時期が来ていないというだけかもしれんが。
いや、あまり原典を当てにしないほうがいいんだがな。前の世界で学んだはずなんだが、やはり考えてしまう。
梁山泊の発展自体は、順調に行っている。なんといっても二回目だからな。九百年後でも、やることはあまり変わらなかった。
今のところ目立った活動はしていない。役人にも鼻薬をかがせて見逃してもらっている。今の世の中、賄賂を渡しておけば大抵のことは通る。
役人は働きたくないのだ。罪人を作ることすら面倒だと思っている。捕えたら牢に入れ、世話をしなければならないからだ。
だから賄賂で見逃す。たまに適当な小悪党を叩いて軍功とする。その程度の意識しかない。
とりあえず、方針を決めた。今のままだと、建国して宋をぶっ潰すという意見が浸透しそうだからだ。そうではなく、今の国のまま改革をするということにした。
その決定に不満を持つ者もいた。不満というよりは、不安だろう。だが国を興して戦うというのは、
この国は、腐敗してはいるが、豊かでもある。明確な敵が出現すれば、まとまりのない状態がまとまってしまう。なにせ、軍人の数だけは多いからな。
そうなると、あっという間に踏みつぶされる。
重要なのはタイミングだ。すべてがそこにかかっている。
凌振曰く、火薬は禁軍によって厳重に管理されているようで、地方には全く出回っていないそうだ。
彼女を引き入れることができたのは
これで、気球を作って空から爆撃するという作戦もとれる。宮城は大混乱になるだろうな。
だが開封を力攻めするのは、犠牲が大きい。やはり、心を折る方向で進めるか。
遼は順調に女真族のヘイトを集めているようだ。遠からず金国が誕生するだろう。
そうなれば、事態が動き始める。
かつての遼は、中原の覇者を狙えるほどの軍事力を有した強国だった。宋とは
国境の現状維持、不戦、宋が遼を弟とすること、宋から遼に対して年間絹二十万
要するに、宋は金で平和を買ったのだ。これで宋は、いざとなれば、金で平和は買えると思い込んでしまった。
話を遼に戻そう。宋から歳幣を受け取り、遼は経済的に豊かになった。そして遼の支配地域の外側にいた女真族とも、交易を行っていた。だが次第に傲慢になっていった遼は、女真族から交易品を買い叩くようになった。当然、女真族は不満を抱く。しかし遼は改める態度は見せなかった。
その態度にキレた女真族は遼に対して兵を挙げたのだ。女真族の勢いはすさまじく、贅沢によって弱体化した遼はどんどん追いやられていった。
そうなれば、海上の盟が結ばれるだろう。一応、そのための工作も考えてある。
その時が動く時だ。公孫勝は、うまく方臘を抑えているようだ。静かに水面下でことを進め、蜂起からはスピード勝負だな。
今は嵐の前の静けさ、といったところか。
そんなことを考えていると、ドアがノックされた。
「入れ」
入ってきたのは宋万だった。沈鬱な表情を浮かべている。
「おまえは、わかりやすいな。なにかあったか?」
「北方を探っていた王英が帰ってきました。魯智深が遼に捕縛された、と」
「ふむ。深入りするなと言ってあったんだがな」
「使命感の強い人ですから。どうも、女真の間者と疑われたようです」
女真族も一枚岩ではない。簡単に言うと、強硬派と穏健派がいるのだ。阿骨打が属しているのはもちろん強硬派の
対して、遼に服属して穏やかに生きようと思っているのが、
まあ、詳しく聞いてみないことにはわからないが。
「ならば、情報を吐かせるはずだ。まだ生きている。魯智深ほどの手練れが捕まったとなると、敵も相当だろう。俺が行く」
「いえ、それが……。報告を受けた時に晁蓋も一緒にいまして、飛び出していきました。首領は、本拠地を離れるべきではない、と」
「……またそれか」
相変わらず俺は、この梁山泊から出させてもらえない。みんなして俺を外に出そうとしないのだ。このままだと、決戦の時まで押し込められたままだな。
言っていることはわかる。前回も言われたことだし。大将というのは、どっしり構えて動かないものだ、と。大将が動きすぎると、従う者が落ち着かない。それでも動くのは、自分の力を過信しているか、部下を信用していないか、どちらかだと。
それも、今では懐かしく思う。
「まあ、晁蓋なら大丈夫だろう」
個人の武は言うまでもなく高い。だが晁蓋は大隊を率いる才はあまりなかった。それは林冲の方が高い。二千の騎馬隊を、手足のように操る。おそらくはもっと増えても大丈夫だろう。
そして
「無事のようだな、魯智深」
「はい。晁蓋殿のおかげで、たいした傷もありません。もう少し遅ければ、指の二、三本も、持っていかれていたところですな」
魯智深は両手を開閉しながら、笑った。その指には白い包帯が巻かれている。おそらくは、爪を剝がされたのだろう。拷問では、よくある手法だ。
「しばらくは養生しろ。女真の地へは、ほかの者を遣わせる」
「いえ、その必要はないでしょう。
「そうか」
ついに金国ができるか。そろそろクライマックスだな。
「こちらでも、大きな戦があったと聞きましたが」
「ああ。呼延灼が、こちらに付いた」
「……あの呼延灼将軍が、ですか?」
「約したわけではないがな。俺の勘だ」
「……首領。ひとつ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
魯智深が神妙な顔で訊いてくる。
「首領はいつから、阿骨打に目を付けていたのですか?」
いつから、ねぇ。そりゃまぁ。
「最初からだな」
カンニングっぽいが、そうとしか言えん。魯智深は驚愕したような表情を浮かべていた。
それからは、穏やかな時間が続いた。阿骨打率いる女真軍は、快進撃を続けているようだ。
カウントダウンが始まった。盤面は最終フェイズへと移行しつつある。