恋姫奇譚:北宋編   作:乾燥海藻類

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第08話 嵐の前の静けさ

いつから『仲間』が『同志』と変わったのか。これははっきりと言える。王倫の死からだ。

王倫の時代は、言ってみれば寄り合い所帯のようなものだった。逃れ者や追われ者が集まり、安住の地を作っていた。決して、反乱など考えていたわけではなかった。

 

王倫も、首領というよりは、集団のまとめ役という立ち位置だった気がする。明確な序列もなかった。林冲や宋江も、王倫のことは呼び捨てにしてたし。

王倫殿と呼ぶ者はいたが、王倫様と呼ぶ者はいなかった。それはもしかしたら、王倫のこだわりだったのかもしれない。今となってはわからないが。

 

王倫が死んで、俺が新たな首領となり、不用意に国などと口にしたことで、幹部たちの認識が変わった。

呉用の口調も変わったし、宋江も最初はフレンドリーな感じだったけど、いつ頃からか畏まった喋り方になった。

林冲なんかは特に変わった。意識が変わったというか、調練に精を出すようになった。

 

山賊たちを傘下に収め、住人が増え、百姓になる者もいれば、職人になった者もいる。当然、兵になった者もいる。

危険な兵に志願したのは、やはり役人を憎んでいる者や、血気盛んな若者が多かった。

 

俺が名前を知っている好漢も来たが、来なかった好漢もいる。来なかったのは、ほとんどが官職についていた者だ。将軍とか。考えてみれば当然だな。特に勧誘とかもしてないし。まあ時期が来ていないというだけかもしれんが。

いや、あまり原典を当てにしないほうがいいんだがな。前の世界で学んだはずなんだが、やはり考えてしまう。

 

梁山泊の発展自体は、順調に行っている。なんといっても二回目だからな。九百年後でも、やることはあまり変わらなかった。

今のところ目立った活動はしていない。役人にも鼻薬をかがせて見逃してもらっている。今の世の中、賄賂を渡しておけば大抵のことは通る。

 

役人は働きたくないのだ。罪人を作ることすら面倒だと思っている。捕えたら牢に入れ、世話をしなければならないからだ。

だから賄賂で見逃す。たまに適当な小悪党を叩いて軍功とする。その程度の意識しかない。

 

とりあえず、方針を決めた。今のままだと、建国して宋をぶっ潰すという意見が浸透しそうだからだ。そうではなく、今の国のまま改革をするということにした。

その決定に不満を持つ者もいた。不満というよりは、不安だろう。だが国を興して戦うというのは、方臘(ほうろう)がやって失敗している。

 

この国は、腐敗してはいるが、豊かでもある。明確な敵が出現すれば、まとまりのない状態がまとまってしまう。なにせ、軍人の数だけは多いからな。

そうなると、あっという間に踏みつぶされる。

重要なのはタイミングだ。すべてがそこにかかっている。

 

凌振曰く、火薬は禁軍によって厳重に管理されているようで、地方には全く出回っていないそうだ。

彼女を引き入れることができたのは僥倖(ぎょうこう)だった。大砲だけではなく、万人敵(爆弾)の作成も始めた。

これで、気球を作って空から爆撃するという作戦もとれる。宮城は大混乱になるだろうな。

だが開封を力攻めするのは、犠牲が大きい。やはり、心を折る方向で進めるか。

 

遼は順調に女真族のヘイトを集めているようだ。遠からず金国が誕生するだろう。

そうなれば、事態が動き始める。

かつての遼は、中原の覇者を狙えるほどの軍事力を有した強国だった。宋とは澶淵(せんえん)の盟を結び、和平関係を確立した。

 

国境の現状維持、不戦、宋が遼を弟とすること、宋から遼に対して年間絹二十万(ひき)・銀十万両を歳幣として送ることなどが決められた。

要するに、宋は金で平和を買ったのだ。これで宋は、いざとなれば、金で平和は買えると思い込んでしまった。

 

話を遼に戻そう。宋から歳幣を受け取り、遼は経済的に豊かになった。そして遼の支配地域の外側にいた女真族とも、交易を行っていた。だが次第に傲慢になっていった遼は、女真族から交易品を買い叩くようになった。当然、女真族は不満を抱く。しかし遼は改める態度は見せなかった。

その態度にキレた女真族は遼に対して兵を挙げたのだ。女真族の勢いはすさまじく、贅沢によって弱体化した遼はどんどん追いやられていった。

 

そうなれば、海上の盟が結ばれるだろう。一応、そのための工作も考えてある。

その時が動く時だ。公孫勝は、うまく方臘を抑えているようだ。静かに水面下でことを進め、蜂起からはスピード勝負だな。

今は嵐の前の静けさ、といったところか。

そんなことを考えていると、ドアがノックされた。

 

「入れ」

 

入ってきたのは宋万だった。沈鬱な表情を浮かべている。

 

「おまえは、わかりやすいな。なにかあったか?」

「北方を探っていた王英が帰ってきました。魯智深が遼に捕縛された、と」

「ふむ。深入りするなと言ってあったんだがな」

「使命感の強い人ですから。どうも、女真の間者と疑われたようです」

 

女真族も一枚岩ではない。簡単に言うと、強硬派と穏健派がいるのだ。阿骨打が属しているのはもちろん強硬派の生女真(せいじょしん)族で、現状を良く思わない者が多い。

対して、遼に服属して穏やかに生きようと思っているのが、熟女真(じゅくじょしん)族だ。彼らから見れば、魯智深が阿骨打を煽っているように見えたのかもしれない。

まあ、詳しく聞いてみないことにはわからないが。

 

「ならば、情報を吐かせるはずだ。まだ生きている。魯智深ほどの手練れが捕まったとなると、敵も相当だろう。俺が行く」

「いえ、それが……。報告を受けた時に晁蓋も一緒にいまして、飛び出していきました。首領は、本拠地を離れるべきではない、と」

「……またそれか」

 

相変わらず俺は、この梁山泊から出させてもらえない。みんなして俺を外に出そうとしないのだ。このままだと、決戦の時まで押し込められたままだな。

言っていることはわかる。前回も言われたことだし。大将というのは、どっしり構えて動かないものだ、と。大将が動きすぎると、従う者が落ち着かない。それでも動くのは、自分の力を過信しているか、部下を信用していないか、どちらかだと。

それも、今では懐かしく思う。

 

「まあ、晁蓋なら大丈夫だろう」

 

個人の武は言うまでもなく高い。だが晁蓋は大隊を率いる才はあまりなかった。それは林冲の方が高い。二千の騎馬隊を、手足のように操る。おそらくはもっと増えても大丈夫だろう。

そして二月(ふたつき)ほど経った頃、魯智深を連れてひょっこり帰ってきた。

 

「無事のようだな、魯智深」

「はい。晁蓋殿のおかげで、たいした傷もありません。もう少し遅ければ、指の二、三本も、持っていかれていたところですな」

 

魯智深は両手を開閉しながら、笑った。その指には白い包帯が巻かれている。おそらくは、爪を剝がされたのだろう。拷問では、よくある手法だ。

 

「しばらくは養生しろ。女真の地へは、ほかの者を遣わせる」

「いえ、その必要はないでしょう。阿骨打(あくだ)は国を建てることを決意しました。近く、遼へと攻め込むでしょう。繋ぎを保つ程度で、よろしいかと」

「そうか」

 

ついに金国ができるか。そろそろクライマックスだな。

 

「こちらでも、大きな戦があったと聞きましたが」

「ああ。呼延灼が、こちらに付いた」

「……あの呼延灼将軍が、ですか?」

「約したわけではないがな。俺の勘だ」

「……首領。ひとつ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

 

魯智深が神妙な顔で訊いてくる。

 

「首領はいつから、阿骨打に目を付けていたのですか?」

 

いつから、ねぇ。そりゃまぁ。

 

「最初からだな」

 

カンニングっぽいが、そうとしか言えん。魯智深は驚愕したような表情を浮かべていた。

それからは、穏やかな時間が続いた。阿骨打率いる女真軍は、快進撃を続けているようだ。

カウントダウンが始まった。盤面は最終フェイズへと移行しつつある。

 

 

 

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