恋姫奇譚:北宋編   作:乾燥海藻類

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第09話 梁山泊の風

「首領、みんなが待っています。出陣前の一言をお願いします」

 

杜遷(とせん)、この馬鹿女郎! そういうことは事前に言ってくれ。

壮行式は昨日やっただろ。言うべきことも大体言った。今日は出発するだけの予定だったじゃないか。一言といったって、実際に一言で終わらせるわけにはいかないやつだろ、それ。これ以上なにを言えってんだ?

 

「こちらです」

 

知ってるよ。何年この館に住んでると思ってんだ。と言っても仕方ないので、とりあえず彼女についていきながら、演説の内容を考える。

……もうついてしまった。兵たちが整然と並んでいる。

 

杜遷が立ち止まり、進むように促す。ここから先はひとりで行けということだろう。

うん? 三人の兵が馬鹿でかい鉄板を持ってきた。なんだこれは? いざとなれば、この鉄板の上で焼き土下座でもすればいいんですか?

視線を杜遷に向ける。

 

「首領の剣です」

 

頼んでないが? なんでみんな頼んでないことをやりたがるのか。前の世界でもそうだった。俺はサプライズとか嫌いなんだよ。スケジュール通りに物事が進むことに快感を覚えるタイプなんだ。

いや待て。剣と言ったか? デカすぎんだろ。ドラゴンでも殺すつもりですか? 斬馬刀の倍くらいあるぞ。こんなの振り回せるのはダークファンタジーの主人公くらいだろ。

 

しかし好意を無下にするわけにもいかないので、笑みを浮かべて受け取る。メッチャ重い。だが持てないことはないな。振り回すのは難儀しそうだが。というか、俺の一番の売りであるスピードが完全に殺されるな。飾りと的にしかならんぞ、こんなモン。

 

どうせ造るなら、もっと使いやすい剣にしてくれりゃいいのに。これは象徴として大広間に飾っておこう。肩に担いて前に進む。

中央に立ち、睥睨する。兵たちは数秒と経たずに静まり返った。訓練が行き届いているな。もう少しざわついてくれれば、考えをまとめる時間になったのに。

 

「王倫という女性を覚えているだろうか? 先代の首領だ。彼女に()かれて集まった者もいるだろう」

 

とりあえず昔話から始める。俺が首領になってからここに来た者も多い。もうそういったやつらの方が多くなった。王倫のことを知らないという人間は多い。

 

「彼女は聡明で、理想論者だった。力で世を変えようとは、思っていなかったのかもしれない。太平の世なら、良い為政者になれただろう。だが乱世を生き抜くには、優しすぎた」

 

後漢末期は群雄が力を持つ乱世だったが、宋代末期は賊が横行する乱世だ。似ているようで少し違う。役人が腐っているという点では同じだが。

 

「彼女の想いの全てを、理解しているわけではない。話し合う前に、彼女は黄泉路(よみじ)へ旅立ってしまった。俺はその志を託されたのだ。理不尽と不条理に苦しめられている者たちを救いたいという、尊い願いだ」

 

付き合いは一月(ひとつき)にも満たない程度だったし、ぶっちゃけ王倫の想いなんてさっぱりわからん。善人であることはたしかだが、力による解決を望んでいたのかは、今でもちょっと疑問だ。

 

「役人が腐っている」

 

眠らない街、開封。経済の中心は間違いなく首都・開封で、役人にとっては地方に飛ばされること自体が不満なのだ。だからたやすく転ぶ、流れる。(やす)きに流れるのが人間で、朱に交われば赤くなるのも人間だ。

道理が捻じ曲げられ、筋を通そうとした役人は嫌われ、弾かれる。

 

「戦う時が来たのだ。だが勘違いしてはならない。我らは反逆の徒ではない。革命の士だ。国と戦うのではない。この世の不条理と、戦うのだ。我欲のために戦うのではない。民のために戦うのだ。それを、忘れてはならない。それを忘れた時、我らは賊徒以下の、暴虐の獣になり下がる」

 

人間が最も残酷になるのは、悪に染まった時ではない。正義に酔った時なのだ。正義の名の下なら、何をやっても許されると思ってしまう。そこは、引き締めなければならない。

 

「大きな戦いとなる。多くの者が、命を落とすだろう。だが肉体は滅しても、魂は死なない。志は受け継がれていく。我らは孤独(ひとり)ではない。どれだけ離れ、顔が見えなくても、互いに忘れないのは、必要とし、必要とされているからだ」

 

というか、なんで盧俊義(ろしゅんぎ)はあんなにやる気なんだ。大商人だから生活には不自由していないはずなんだが。

いや、大商人だからこそ、役人の不正や腐敗を目の当たりにしてきたのかもしれない。

 

柴進(さいしん)も援助は惜しまないと、頼んでもいないのに次々と物資を送ってくる。

柴進は盧俊義以上に生活には不自由していないはずなんだが、義侠心からの行動だろうか。決起の時は、こちらも連動すると言っている。

 

やらなきゃいけないってのは、わかってるんだ。このままだと方臘の乱が勃発して、その流れで宋は滅亡する。バッドエンドだ。開封はズタボロにされ、多くの財と人民が奪われる。その余波が梁山泊までくるとは限らないが、自分たちさえ良ければいいと考えるほど、俺は図太い神経をしていない。

 

「人を人として扱わぬ社会は、やはり間違っている。間違いは、正さなければならない。佞臣どもを誅殺する。夜明け前が一番暗い。その暗闇を滅し、この国に朝陽をもたらすのだ。これは救国の戦いである。我らは痛みを知っている。その痛みの元を、断ち切るのだ。昨日は変えられない。だが明日を変えることはできる」

 

なんか熱くなってきたな。熱気がすごくすごいことになっている。気の力か? 火の気質は体温を上げるというからな。四十度とか超えたら体調不良を起こしそうなものだが、深部体温じゃないからいいのか?

まあ気とかいうオカルトを真面目に考えるのも変な話ではあるが。

 

「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んできた。雌伏の時は、今ここに終わりを告げる。待ちに待った時が来たのだ。多くの同志たちが、無駄死にではなかったことの証のために。今こそ我々は一丸となって、腐敗した政府と戦わねばならない。哀しみを怒りに変えて。祝願成就のために、同志たちよ、立つべき時が来たのだ!」

 

兵たちが腕を突き上げる。盛り上がりは最高潮だ。最後にユーモアをひとつまみ入れて終わりにしよう。

 

「この戦いが終わったら、この場にいる全員で、酒を飲もう。祝杯を上げよう。もちろん、俺の奢りだ。好きなだけ飲め。おかわりもいいぞ」

 

兵たちから少しだけ、笑顔がこぼれた。

さぁ、出陣だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梁山泊には兵の三分の一を置いてきた。さすがに空っぽにするわけにもいかないからな。居残り組の指揮は最古参の三人組に任せた。宋万、杜遷、朱貴の三人だ。三人寄れば文殊の知恵というからな。

全軍で出撃すべき、という声もあった。開封を囲むのだから、兵は多い方がいいと。いや、兵の気持ちを考えろよ。実家を空っぽにするようなモンだぞ。安心して戦えんだろうが。

今さら襲ってくるやつもいないと思うけど、なんか勘違いした賊とか、(あせ)った地方軍とかがやってくる可能性もあるからな。方臘軍も来てるんだから、十分な兵力だよ。

 

方臘の軍(信徒)は、四十万らしい。しかし、それは真実ではなかろう。方臘は、おそらく梁山泊と一戦交えることも想定している。公孫勝に伝えた数字は、かなり低く見積もっていると思う。

倍の八十万がいても、おかしくはない。

方臘と戦いたくはないが、一応の策は用意してある。まあその前に、官軍だな。

 

(せき)は無理やり通った。というか、こんな軍勢が正規の手段で通れるわけがない。抵抗はなかった。怯えたように守備兵は去って行った。腐ってるな。任務をなんだと思ってるんだ。時間稼ぎくらいしようとは思わないのか。

 

「これが軍の実態です。地方軍はまだマシですが」

 

林冲が呆れたように言った。禁軍は上から下まで腐っているとも。精兵は童貫と共に遼征伐に駆り出されている。この時のために、反乱の気配を極限まで抑えてきたのだ。

このまま開封まで行ければ楽だろうが、そうもいかないだろう。禁軍が出動するはずだ。禁軍は帝と開封を守るのが仕事だからな。どこかでぶつかるはずだ。

 

そしてついに、その時が訪れた。

平原に軍が展開している。赤字に白の宋の字。禁軍の旗だ。こちらを威圧しているつもりだろうか、悠然と構えたまま動かない。

 

「どう見る? 呉用」

「こちらを侮っているのでしょう。多勢ですからね。下手に動くよりも、こちらが攻めるのを呑み込んで、包囲して殲滅する、というところでしょうか」

 

呉用は笑っている。多少ぎこちないが、それでいい。不安な顔を見せれば、兵に伝わる。晁蓋も笑っている。あれは心から笑っているな。あいつはあれでいい。怯えている姿など想像もできん。

最善手は、やはり呉用の立てた策だろう。最初は(わざ)と敗けて、追撃を促す。そして戦線が伸びたところで反転し、急襲する。勝利だと思い込んでいた敵兵はパニックになる。混乱した軍は脆いものだ。

 

「だろうな。だからこそ、()くのだ」

 

たしかに呉用の立てた策の方が、犠牲は少ないだろう。しかし後の開封攻略を考えた場合、力を見せつける必要があるのだ。

策を弄して勝ったのではなく、正面から打ち勝つことで、禁軍に圧力を与える。開封へ着く頃には、方臘の軍も合流する。

童貫の軍が引き返してくるよりも早く、開封は落とせる。だが力攻めの場合、多くの犠牲を払うことになるだろう。

だから心を攻め、降伏させる。そのために、ここだけは鬼になる。

 

「捕虜はいらない。皆殺しにしろ」

 

ざわめきが大きくなった。まあ当然だろう。俺はどちらかというと温和な性格だと思われているからな。たしかに殺しは好きじゃないが、必要とあらば殺す。そうしないとナメられる。乱世ではそれが致命傷になりかねない。

()る時は()る。悲しいけどこれ、戦争なのよね。

 

「おまえたちだけに、やらせるつもりはない。俺は後方で椅子を温めているだけの男ではない。それをみなにも知ってもらう」

 

晁蓋から長剣を受け取る。あの馬鹿でかい剣はなしだ。馬が潰れる。

先陣を切ることは、幹部連中には伝えてある。

反対はされたが、初戦に勢いをつけるためには必要だと押し切った。

 

「首領! 準備万端整いました!」

 

駆けてきた凌振が、勢いそのままに膝をついた。

 

「一斉射だ。敵軍に向けて、一回だけ。おまえの号砲が、開戦の合図となる」

「ハッ!」

「では、行け」

「ハッ!!」

 

(きびす)を返して、凌振が駆けだした。好きなことをしている時は、本当にイキイキとしている。

しばらくして、轟音が鳴り、敵軍に砂塵が舞った。

さて、上げていくか。無理矢理にでもテンション上げなきゃな。正気で戦争ができるか。

 

「これより我ら、修羅に入る! 仏と会えば仏を斬り、鬼と会えば鬼を斬る! 一切の情けを捨てろ! 全軍、我に続け!」

 

鬨の声が上がった。敵は混乱の渦中にある。

さあ、始めよう。地獄へようこそ。

いらっしゃいませーっ!!

 

 

 

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