恋姫奇譚:北宋編   作:乾燥海藻類

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第10話 黒い巨人

俺たちが皇帝に要求したのは、以下のふたつだ。

 

ひとつ、徽宗皇帝の退位。

ふたつ、軍事権の譲渡。

 

徽宗の命は保証するし、次の皇帝も徽宗の長子である欽宗(きんそう)の即位を認める。官僚についても、今はいい。下手なことを書くと、彼らは徹底抗戦を唱えるだろう。文治主義だからな。軍事を掌握されても、なんとかできると考えるはずだ。

危機感が足りない、とか言ってはいけない。今はそれが当たり前の政治形態なんだから。

 

粛清は、次の皇帝にやってもらえばいい。

三日以内に返答がない場合、武力でもって王朝を奪い取るといった。つまり、皇族や官僚は皆殺しというわけだ。

期限は三日だが、おそらく期限いっぱいまで使うだろう。

 

「受け入れますかね」

「さて、どうかな」

 

呉用は落ち着かないようだ。

開封は強固な外城と深い城濠があり、力攻めは難しい。だから、心を折る方策を進めている。今も気球を浮かべて、開封を見下ろすような形をとっている。これで敵情は丸見えだ。その光景は、皇帝からも見えているだろう。敵は、空を飛ぶ未知の兵器を有していると思っているはずだ。

 

人間は、自分の知識の範囲内でしかアイデアを出せない。これは本人の知的レベルにも大きく影響される。住民たちは、なにか変なものが浮かんでるな、くらいにしか思っていないだろう。

だが廷臣や将官は、火器の存在を知っている。凌振が捕縛されたのも知っているから、火薬の製造法が流れたとも思っている。空から爆撃されるかもしれないというのは予想できる。城壁というものは、空からの攻撃は想定されていないのだ。つまり、一方的に攻撃を受けるはめになる。

この短時間で打開策を思いつくか。まあ無理だろう。

 

戦争の決着とは、完全敗北()完全勝利()かの二択ではない。どこかで落としどころを探る。逃げ道を用意してやるのだ。逃げ道があれば、助かる道があれば、人はそれにすがろうとする。

孫子も言っている。戦わずに勝つことこそ最善だと。

 

だが、決戦を選んだらどうしようか。まずは大砲を打ち込んで、気球で空から宮城を爆撃する。そうすれば、戦だという実感が、皇帝にも湧いてくるだろう。それで皇帝の心も折れるかもしれない。本格的な戦闘は、それからでいい。

 

そして運命の日、三日目。

昼頃に、門が開いた。

出てきたのは、男がひとり。馬には乗っていない。徒歩(かち)だ。

異様な気配を感じる。黒い瘴気のようなものが見えるのは、気のせいではあるまい。

 

「戦闘準備!」

 

叫んでいた。背筋がぞわりとする。

気配が膨れ上がった。男が大きくなる。近づいているからではない。物理的に巨大化しているのだ。

いかん。兵が動揺している。逃げ出さないのは、訓練の賜物か、志の高さゆえか。

しかし、いつまでも踏ん張れる保証はない。活を入れる必要があるな。

 

「うろたえるな! 想定外など想定内! 敵が妖魔であろうと魔物であろうと、立ちふさがるものは全て打ち払う!」

 

喚声が上がった。さて、士気を取り戻したのはいいが、どうするべきか。

 

『首領! 出撃の許可を!』

 

考えていると、史進と林冲がステレオで出陣の許可を求めてきた。

 

「左右に展開して、挟撃しろ!」

『ハッ!!』

 

ふたりが別々の方向に走り出す。

 

「凌振にも準備を急ぐように伝えろ! 花栄、準備はどうか?」

「いつでも撃てます!」

「射程に入ったら一斉射撃だ。号令は任せる」

「ハッ!!」

 

黒い巨人だ。たぶん二十メートルくらいある。たしかに水滸伝は妖術とか仙術が登場するが、今までそれらしいのなかったじゃないか。精々が幻術とか風を呼ぶってくらいだろ。

これも幻術かと思ったが、この圧倒的な存在感が(まぼろし)とは思えない。そもそも、幻術は相手と目を合わせる必要がある、と公孫勝は言っていた。

幸い速度はそれほどじゃない。だが一歩ごとに大地が震えている。重量級のパワータイプか。

 

「撃てぇっ!!」

 

射程距離に入ったのだろう。花栄の号令一下、無数の矢が放たれた。それは巨人に突き刺さり、沼に沈むように消えていった。

 

「もう一度だ! 射撃用意! 撃てぇっ!!」

 

二度目の射撃も同じだった。矢は巨人に吸い込まれていく。続けて史進と林冲の騎馬隊が左右から突撃した。

槍で脚を斬りつけるが、やはり効いている様子はなかった。うめき声すらあげない。そもそも、発声器官があるかどうかも疑問だ。

見た目はのっぺらぼうなのだ。目も、耳も、鼻も、口もない。人の形をした黒いナニカにしか見えない。

ピィーと笛の音が響いた。凌振の準備が整ったようだ。騎馬隊が散開していく。

轟音とともに大砲が発射された。しかし鉄の玉は、弓矢と同じように巨人の中へと吸収された。どんな原理だ、アレは!?

 

「首領!」

 

公孫勝だった。戴宗に背負われている。馬より速いからな、あいつ。

 

「あれは陰の気じゃ。囚われておる。いや、暴走しておる。陽の気でしか痛撃を与えることはできませんぞ!」

 

気質か。すっかり忘れてたわ。完全に死に設定だと思ってたわ。たしかに陰の気は使い手が少なく、未知の部分が多いとは聞いていたが、さすがにこんなのは想定してなかったぞ。

 

「首領!」

 

今度は呉用か。後ろから三人の兵がどでかい剣を運んできている。おまえ、持ってきていたのか!?

大広間に飾ってあったはずなのに。

しかしまあ、この場では役に立つか。

 

「ほかに陽の気を持つやつはいたかな?」

「すでに召集をかけております。まもなく駆けつけるでしょう」

 

答えたのは公孫勝だった。

 

「で、あるか」

 

史進と林冲は、足止め程度にしかなっていない。いや、足を止めているだけマシと思うべきか。多くの騎兵が巨人に取り込まれている(・・・・・・・・)

本当になんなんだ、あいつは!?

 

「まだ来ないのか!? ええぃ、先に出るぞ!」

「お待ちを首領! いましばらく! いましばらく!」

 

呉用に袖を引っ張られる。すごい力だな。袖が引きちぎれそうだ。しかしこのままではジリ貧だぞ。そう思った時――

 

「首領、来ましたぞ!」

 

公孫勝の声に振り返る。武松と劉唐がいた。ふたりだけか。いや、気功士自体が少なく、さらに陽の気質も少ないと考えれば、ふたりもいたことを喜ぶべきだろう。

 

「行けるか?」

「いつでも」

「どこでも」

 

良い面構えだった。

 

「史進と林冲を退がらせろ! 退却の銅鑼を鳴らせ! 武松、劉唐、ついてこい!」

『ハッ!!』

 

馬の腹を蹴る。だが速度はそこまで出ない。やっぱ重いんだな。まあ近づくまでの足になれば上出来だ。

 

「散開ッ!!」

『応ッ!!』

 

武松、劉唐が左右に別れる。

巨人は一瞬首を左右に振ったが、こちらを標的に定めたようだ。拳を振り下ろしてくる。

馬首を返して回避。大地に窪みができた。暴れだす馬の上に立ち上がり、跳躍する。

大上段からの斬り下ろし。巨人の手首が切断された。

 

「これでどうだっ!!」

 

切り離された拳は、霧のように消失した。しかし、手首からまた、新たな拳が生えてきた。

 

「再生持ちか!」

 

トカゲみたいなやつだな。いや、トカゲでもあの再生スピードはないだろ。

武松の拳も、劉唐の朴刀も、大してダメージを与えていないように見える。反応がないから効いているのかわかりにくい。

 

勝機があるとすれば、頭はあんまりよくなさそうってところか。他の兵と連携されると厄介だったが、単独で出てきたところを見ると、公孫勝の言ったように、敵味方の判別もつかない暴走状態なのかもしれない。

再び拳が振り下ろされる。それを回避し、今度は腕を駆けあがった。

脚に気を巡らせておけば、沈むことはなさそうだ。駆け上がり、(うなじ)から首斬りを狙う。

 

「――ッ!?」

 

硬い。異様な硬さだ。肉とも、鎧とも違う。なにか異質な……邪気のようなものすら感じる、明らかに手首を斬った時の感触とは違う。ならばここが弱点か?

 

「劉唐、正面でやつを引き付けろ。武松は俺と来い」

「了解です。こっちだ、でかぶつ!」

 

劉唐が脚を削ぎながら巨人の注意を引く。俺と武松は背後に回り込んだ。目がないから視覚があるかどうかもわからんが。

 

「どうするんです?」

「やつの首を斬り飛ばす。武松、俺を飛ばせるか?」

「……やってみます」

 

武松は手甲をガチンと打ち鳴らした。両手を組み、腰だめに構える。

 

「いつでもどうぞ!」

「よし、いくぞ!」

 

その場で軽く跳躍。武松は回転を始めた。足の裏に手甲が当たる。

 

「おおおぉぉりゃぁぁぁっ!!」

 

武松が渾身の力で俺を弾き飛ばす。高度はぐんぐん上昇し、巨人の頭を追い越した。

 

「イヤーーッ!!」

 

下降しながら項に大剣を滑り込ませる。しかし、その衝撃は身体全体を揺らしたものの、切断には至らなかった。やはりこの硬さは異様だ。これは、単純な斬撃では無理かもしれない。

だが、元々は人間のはずだ。生き物ならば、殺す方法はある。生きているなら、神様だって殺せる。それが道理であるはずだ。

……油を撒いて、焼くか? 中身が人間なら酸素は必要だろうし、有効のような気もするが……。

 

「首領!」

 

公孫勝だ。戴宗に背負われている。戴宗はおまえの馬じゃないんだぞ。

 

「陽の気を直接叩き込むしかありません」

「やはりそうか」

 

そういうことは先に言ってくれ。この大剣、必要なかったじゃねぇか。いや、途中で気づいたのかもしれない。

 

「わしが劉唐と交代して、やつの気を引きます。その間に、劉唐と武松から気を受け取ってくだされ。ゆくぞ、戴宗!」

「あーもう、わかりましたよ」

 

戴宗は不承不承了承して、劉唐の方へ駆けて行った。戴宗とすれ違いに、劉唐がこちらに駆けてくる。

 

「首領、私の命、お預けします」

「あたしは最初から預けてるけどな」

 

武松が劉唐の揚げ足を取るように、ふふんと笑った。

 

「言葉のあやだ。私だって、最初から首領に命を預けている」

 

いいから、そういうの。

 

「時に劉唐。あいつの色は、何色だ?」

「黒ですね。真っ黒です。あんなにも深く、(くら)い色を見たのは、初めてです。取り込まれた兵の色も見えません。おそらくは……」

「そうか」

 

倒したら解放される、なんて都合の良い展開はなかったか。

 

「勇者たちの死を無駄にしないためにも、やつを倒すぞ。ありったけの気をよこせ」

 

右手を武松、左手を劉唐に預ける。ふたりから熱い気が流れてきた。

気が充溢していく。自分の中に、自分以外の気があるというのは、妙な感覚だな。だが悪くない。

ふたりの手が離れた。これならいけるかもしれない。

 

「行ってくる」

 

身体が軽い。誰が相手だろうと、負ける気がしない!

一気に間合いを詰め、巨人の脚を蹴る。

 

「シャーオラッ!!」

 

気が突き抜け、脚が吹き飛ぶ。巨体がぐらりと揺れたが、すぐに脚が再生し、倒れはしなかった。斜めになった身体を駆け上がり、眉間に狙いを定める。

だが直観した。これでは足りない。もっと気を高めなければ。

 

「もっとだっ! もっと……もっと輝けぇぇっ!!」

 

拳に気を込める。キィーンと甲高い音が響いたような気がした。

拳が光っている。どんな原理かわからんが、今はどうでもいい。

 

「チィィィエエエエエエストォォォォォオオオオッッ!!!」

 

渾身の力を振り絞って眉間を殴りつける。

目を焼くような光があふれた。

 

「やったかっ!?」

 

誰だ今の!? そのセリフは完全にフラグだぞ。たぶんこの後、第二形態になる。もしかしたら第三、第四もあるかもしれない。

巨人がボロボロと崩れだし、人の形を保っていられなくなる。

外殻が剥がれるように黒い塊が落ちていく。残ったのは黒い、小柄な老人だった。

 

「へへっ、ずいぶんと小さくなっちまったなぁ」

 

武松、おまえそういうのやめろよ。最終形態がシンプルなのは王道だろ。慎重に気を探ってみろ。強大で、邪悪で……いや、これはっ!?

 

「全員伏せろっ!!」

 

人型の黒い塊が、爆発した。粉塵が舞い、空気がビリビリと震える。爆心地には、小さなクレーターが出来ていた。

最後っ屁にしては、なかなかデカかったが、ようやく終わった、か。

 

「首領が巨人を討ち果たしたぞ! 私たちの勝利だ! 勝ち鬨を上げろ!」

 

劉唐の声に応えて、周囲から勝利の歓声が沸き上がった。

 

 

 

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