恋姫奇譚:北宋編   作:乾燥海藻類

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第02話 託された願い

俺が梁山泊の一員だと認められて二十日ほどが経った。そのほとんどの時間を、俺は書庫で過ごしていた。その結果、色々なことがわかった。

まず、以前の世界とこの世界は繋がっていないこと。

俺が興した国が無く、あの世界では興らなかった魏呉蜀といった国が興り、三国志が生まれている。この点から、この世界はあの世界の未来ではなく、別の世界であるのは確定だ。

 

続いて気の認識だ。前の世界では、気というものは一般的な知識ではなかった。しかしこの世界では、ほとんどの人間が気の存在を認識しているらしい。

だが知ってはいるものの、使えるというわけではなさそうだ。

 

そして、その気も俺の知っているものとは若干異なる。気には属性というものがあるらしい。晁蓋の気に熱が込められていたのは、晁蓋の属性が火だったからだ。

中華には古来より五行という思想がある。万物は火・水・木・金・土の五種類の元素からなるという説である。そして五行の関係には、相生・相剋・比和・相乗・相侮という性質が付与される。

すべてを説明するのは面倒なので、相生・相剋を説明しよう。

 

相生とは良相性の関係で、木生火(もくしょうか)(木は燃えて火を生む)や火生土(かしょうど)(物が燃えればあとには灰が残り、灰は土に還る)などがある。

相剋とは悪相性の関係で、火剋金(かこくきん)(火は金属を熔かす)や水剋火(すいこくか)(水は火を消し止める)などがある。

 

ただこの相性は絶対的なものではなく、実力が伯仲した者同士だと、多少影響が出る程度のものらしい。突き詰めて言えば、相剋の中にも相生があり、相生の中にも相剋がある。森羅万象の象徴である五気の間には、相生・相剋のふたつの面があって初めて穏当な循環が得られ、五行の循環によって宇宙の永遠性が保証される、とのことらしい。

う~ん、頭痛くなってきた。

 

また五行とは別に、陰・陽の気もある。どちらも五属性とは別枠として扱われ、生まれつき陰陽の気を持つ者もいれば、なんらかの理由で後天的に変化する者もいる。変化するのは陰陽だけで、例えば火の気質を持って生まれた者が陰か陽に変わることはあっても、水・木・金・土に変わることはないようだ。

よくわからん理屈だが、要するに陰陽は五行から外れた特別なものなのだろう。

以上の七属性が気の質だということがわかった。

 

なんかメンドくせぇなぁ。大体相性が悪いから戦わないって選択できる場面は少ない気がする。

晁蓋の言うように、気にしない方がいいのかもな。まあ彼女くらいの実力者になると、多少の相性差なんて覆してしまうのだろうけど。

水が火を消すんじゃねぇ、火が水を蒸発させるんだ、みたいな。

 

まあ長々と語っといてなんだが、王倫曰く、俺の気質は陽らしい。つまり相手がどの気質であろうと、ほとんど関係ないわけだ。

有利はないが、不利もない。ちなみに、陽の気質を持つ者はたまにいるが、陰の気質を持つ者はかなり稀らしい。少なくとも、王倫は出会ったことがないとのことだ。

 

とにかく、だ。好漢が女って時点で過去の中国じゃない。それに日本語で会話しているってことは、メガネのカミサマ曰く、人の想念が作り出した異世界ってことだろう。なんか、そういう世界は無数にある、みたいなことを言ってた気がするし。

ただ、水滸伝って三国志演義とは比べ物にならないくらいファンタジー色の強い作品なんだよな。まあ、気なんてものがある時点で、中華ファンタジーだと思っておいた方がよさそうだが。

 

梁山泊といえば好漢が有名だが、ここには普通に村も存在し、そこでは村人たちが暮らしている。梁山泊には鉄の掟なるものがあるが、要するに法律だ。個人間での借金はしてはいけないだとか、私闘禁止だとか、変わったところだと、過度な過去の詮索はご法度だということか。

これはまあ、元賊だったり、役人に追われる者がいるためだろう。王倫はそういう者も受け入れ、梁山泊のルールをちゃんと守るのならばよしとしている。

 

俺の梁山泊での立ち位置は、何でも屋みたいな感じだ。農作業をやったり、農具の制作をしたり、料理を作ったり、(りょう)をしたりと、まあ色々だ。

なんか前回の、最初の頃と同じようなことをやっている気がする。

 

晩年の記憶は、相変わらずはっきりしない。記憶自体がぼんやりしている上に、自分のことなのに自分のことじゃないような感覚すらある。

例えるなら、子どもの頃に読んだ偉人伝の内容を、断片的に覚えているような感覚だ。

 

まあ、切り替えていくしかないだろう。わからないことを、いつまでも考えたって仕方がない。やっぱりあのカミサマがなんかしたのだろう。投げっぱなしってことはないと思うから、そのうち現れて説明してくれるんじゃないかな、と思っている。

とりあえず、今できることをやろう。いつだって俺は、そうやって生きてきたんだから。

 

「ああ、やっぱりここにいたのね」

 

感慨にふけっていると、唐突に扉が開かれた。入ってきたのは呉用という少女だ。いや、少女に見えるだけで、ちゃんと成人しているらしいが。

この書庫を管理しているのも彼女で、言ってみれば彼女の親切で俺は知識を漁っていられるというわけだ。

 

「ずいぶんと慌てているようだが、なにか問題でも?」

「ええ、とびきりやっかいなことがね」

 

口をへの字に曲げて、彼女は呟いた。

どうやら平穏な時間は終わりのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この梁山泊という場所は、俺の作った"里"と似たような感じだった。ある地域を不法占拠して、税も払っていない。だから知県や知州といった為政者から軍勢を差し向けられてもおかしくはないのだが、軍を動かすには金がかかる。

だが沽券にも関わるということで、最初は百人ほどの小隊が差し向けられたらしいが、晁蓋ひとりで撃退してしまったようなのだ。

 

まあ、あの強さなら不思議ではない。百人とはいっても、一度に襲い掛かれる人数は四~五人が限界だ。それに、あの強さを目の当たりにして戦意が挫けないのは、よほど訓練された軍人でないと無理だろう。

実際、三十人ほどを倒した時点で、兵は逃走したと聞いた。

その後、軍が来ることはなかったようだ。梁山泊から得られる税金と、軍を動かす金を天秤にかけ、役人は知らんぷりすることに決めたらしい。

だがそれも限界に来たようだ。

 

「敵は三千といったところかな。どうやら本気らしい。生辰綱を強奪したことがよほど許せなかったのかな」

 

と、王倫は集まったみんなの前で告げた。

生辰綱とは誕生祝いの品という意味で、水滸伝では序盤の事件である。俺が来たのはその後だったようだ。

 

「ということは、相手は宰相の蔡京(さいけい)?」

 

という阮小七(げんしょうしち)の疑問に、王倫はふるふると首を横に振った。

 

「代わりの品くらいは届けているだろう。怒っているのは贈った方じゃないかな」

「では大名府(だいめいふ)の梁中書か。遠路はるばるご苦労なことだ」

 

林冲がため息をこぼす。

 

「あるいは指示だけ出したのかもね。だとすれば知州はいい迷惑だ」

 

王倫は慌てた様子もなくクツクツと笑った。たいしたものだな。大将が慌てふためいていれば、部下も不安に思う。こうして落ち着いていることが重要なのだ。

 

「晁蓋の留守を狙ったということは、本気でここを制圧するつもりだろう。さて、私たちにはふたつの道がある。戦うか、降伏するか。財貨を置いていけば、君たちが逃げても追手はかかるまい。さすがに私の首は必要だろうがね」

 

王倫は自分の首をトントンと叩いた。

 

「その前に、策くらいは聞いてもいいか? 当然用意しているんだろう」

 

阮小二(げんしょうじ)が呉用に視線を向ける。ちなみに、この場にはもうひとり阮小五(げんしょうご)という()もいて、先の阮小七と合わせて三姉妹である。

 

「この梁山泊は天然の要害。そう易々と攻め込めはしないわ。でも敵の数は多い。だから先手を取る」

 

呉用は一枚の地図を広げ、一点を指で押さえた。

 

「敵はこのあたりで野営をするはずよ。そこに夜襲をかける」

「こちらの構成は?」

「林冲を隊長に阮三姉妹、そして……」

 

そこで言葉を止め、呉用は王倫に視線を向けた。

 

「君にも頼みたい。かまわないかな?」

「了解」

 

俺が即答したことに、呉用は少し驚いたようだ。そういえば、あの試験の場に呉用はいなかったな。本当に俺をただの書生だと思っていたらしい。

それはともかく、決行メンバーは決まった。それから打ち合わせを行い、俺たちは出発した。

そして深更、数十メートル先に野営の地を視界に捉えた。

 

「最後の確認だが、本当にいいのか?」

 

林冲がこちらを心配気に覗き込んでくる。

 

「ええ。俺が派手に暴れて注意を引き付けるので、皆さんは手筈通りにお願いします」

 

そう言って、四人を見渡す。みんな神妙な顔つきでコクリとうなずいた。作戦は簡単なものだ。敵兵が俺に注目している間に、三姉妹が食糧に火をつけ、林冲は指揮官を仕留める。

指揮官を仕留められれば上出来だが、そこまでいけなくとも、食糧を焼かれれば、普通の指揮官は撤退を考える。

 

「では始めましょう。三百数えたら突入します」

『了解』

 

林冲と三姉妹が左右に散る。

それから五分後、俺はゆっくりと歩き出した。

足音に気づいたのか、見張りの兵ふたりがこちらを向く。

 

「近隣の者か?」

「物売りか? いや何も持ってないな」

 

ずいぶんと腑抜けてるな。まあこの時代の軍人、役人なんてこんなものか。もしかしたら、徴発された百姓かもしれないが。まあ、どちらにしても殺すつもりはない。

 

「敵だよ」

 

縮地で間合いを詰め、敵兵のひとりに拳を打ち込む。壮年の男はうめき声すら上げずに崩れ落ちた。

その様子を、もうひとりの兵はぽかんと眺めている。おいおい、味方がやられたんだ。やることがあるだろ?

ゆっくりと兵に近づく。そこでようやく、男は行動を起こした。

笛の音が鳴り響く。陣内がやにわに騒がしくなった。

 

「敵襲だと!?」

「何人だ!?」

「おい! 俺の武器はどこだ!?」

 

ぞろぞろと敵が集まってくる。そろそろ動くか。

敵の中に突っ込む。こうすれば弓矢で狙うのは難しくなる。

 

「なんだ!?」

「け、獣か!?」

「もっと明かりをつけろ!」

 

敵を打倒しながら、円を描くように移動する。

あまり奥に行くわけにはいかないからな。この場に兵を釘付けにする。

混乱は続く。十分ほどして、西側が明るくなった。

 

「隊長! あの場所には食糧が!」

「なんだとぉ! こいつは陽動か! くそっ、消火を急げ!!」

 

あいつが隊長か。随分と奥の方にいたな。まあ小隊長なんてどうでもいいが。

それよりも火勢だ。風もあるが、たぶん油も使ってるな。これなら十分(じゅうぶん)だろう。

これ以上、留まる必要はないな。脱出しよう。

 

「――ハッ!」

 

全方位に気を放出して敵兵を吹き飛ばす。その隙をついて、俺は敵陣から脱出した。

合流地点にたどり着くと、すでに林冲の姿があった。

 

「無事だったか!」

「そちらはどうでしたか」

「ああ、きっちり仕留めた」

「それは重畳」

「あとはあの三人だが……」

 

とその時、暗闇から足音が聞こえてきた。三人分だ。間違いないだろう。

 

「ごめーん、勢い強すぎたかも」

 

開口一番に謝ったのは末妹の小七だった。

 

「いや、結果的にはよかった。あの混乱で、指揮官の判別が容易になった」

「そりゃよかった」

 

林冲の言葉に、小七はニシシッと笑った。

とりあえず任務は完了だ。俺たちは帰路についた。

船着き場で俺たちを迎えてくれたのは、神妙な顔をした宋江だった。

 

「みんな、ついてきて」

 

どうした、と問う間もなく、宋江はスタスタと歩き出した。

林冲に視線を向けるが、彼女も肩をすくめて宋江の背を追った。

宋江、林冲に続いて、部屋に入る。そこには幹部たちが集まっており、その中心には王倫がいた。

 

「お、王倫……?」

 

林冲が動揺したように言葉を漏らす。王倫の返答はなく、わずかに視線をこちらに向けるだけだった。

三姉妹が絶句する中で、俺も言葉を失っていた。

腹部に充てられた布は真っ赤に染まっている。布で隠れているためにわかりにくいが、横っ腹がごっそりとなくなっているようにも見えた。だとすれば助かるまい。

林冲は震える足で彼女に近づこうとするが、それを制止したのは宋江だった。

 

「彼と話しをさせてあげて」

 

そう言って、俺の手を引っ張る。

促されるように、俺は王倫の横に膝をついた。

 

「ヘマを……した」

「喋らない方がいい、と言いたいですが、俺に何か伝えたいことでも?」

「次の首領を……君に……」

 

水を浴びせられたようだった。

思わず周囲を見渡す。事前に聞いていたのか、誰も反対意見を口にする様子はなかった。

 

「……頼む」

 

最後の力を振り絞り、王倫は手を伸ばしてきた。その震える手を払いのける気にはならなかった。俺はその手をギュッと握った。

 

「はい」

 

何か言うべきだろうか。気の利いたことを。そう考えているうちに、王倫の瞳から光が失われた。彼女は、満足したようだった。いや、それは俺の思い込みかもしれないが。

そっと彼女の瞼を閉じる。そして林冲に向き直った。

 

「彼女のためにああ言いましたが、やはり次の首領はあなたか晁蓋殿の方が……」

「キミは王倫の遺命を違えるつもりか?」

 

俺の言葉を遮って、林冲は言った。その言葉は、怒気をはらんでいるようにも聞こえた。

 

「みなもそれで良いな」

 

林冲が周囲を見渡す。口を開いたのは宋江だった。

 

「王倫の、人を見る目は確かだよ。ボクにはわからないけれど、王倫にはわかったんだろう」

 

王倫のほほに手を添えながら、宋江が呟く。あたりからすすり泣く声が聞こえてきた。

 

「……わかりました。ですが、ひとつだけお願いがあります」

「聞こう」

 

林冲が真摯な目を向けてくる。俺はその視線を正面から受け止めた。

 

「"王倫"を、死なせるつもりはありません。王倫には、このまま生き続けてもらいます」

「……己の名を捨てるつもりか? その覚悟は買うが、父母に申し訳ないと思わないのか?」

 

この時代にも「孝」という考え方は根強く残っている。父母を敬い、祖先を敬い、家を敬う。名を捨てるということは、己の存在を捨てるということ。家を捨てるということなのだ。

 

「元より天涯孤独の身。執着などありません」

「……いいだろう。今この時よりキミが……いえ、貴方が王倫、貴方が首領です」

 

林冲は右手を握り、左手を掌にして胸の前で合わせた。拱手ではない。抱拳礼だ。相手に対する恭順と敬意を表現している。

他のみんなも、林冲に倣った。

 

 

 

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