恋姫奇譚:北宋編   作:乾燥海藻類

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第12話 果て無き道の向こうへ

改革は想定よりもスムーズにいった。やはり初戦の皆殺しが効いたようだ。役人たちからは畏怖の念が感じられた。

高俅は事実を隠蔽しようとしていたようだが、人の口には戸が立てられない。むしろ隠そうとしたせいで、尾ひれがついて広まっていた。

 

街の人々はおおむね好意的だった。軍人がおとなしくなったと喜んでいる。役人の賄賂も禁止した。受け取った者は処分すると布告したが、受け取る者はいた。

そいつらは、首を打った。警告した上でやったのだから仕方ない。というか、この状況でよくやったなと感心すらした。

 

給料は上げてやったはずなんだがなぁ。役人が賄賂を受け取る理由のひとつに、給料が安いというのがある。必死で勉強して、科挙を通った甲斐がないと思っている役人も多いだろう。

次の皇帝である欽宗も改革には乗り気だった。また、粛清にも乗り気だった。ちょっと過激すぎないかとも思ったが、うちのやつらも乗り気だったから断行した。

 

軍人の数も減らした。いや、実数を減らしたわけではない。戦に適さない兵や、訓練についてこれない兵を、別のところに回したのだ。

鉱山の採掘、物資の運搬、荒地の開墾。やるべきことはいくらでもある。

 

禁軍は質よりも数を重視していた。開封という守りに向かない都市を守るために、三重の壁を造り、八十万という兵士を用意した。

だが実際には八十万などいなかった。遠征している童貫の麾下四万と、初戦で散った五万を加えても、三十万にも届かない。それが禁軍の実情だった。

 

「首領の役職が、まだ決まっておりませんが?」

 

呉用は宰相になり、辣腕を振るっている。ほかのやつらも、役職は決まっていた。

方臘は、拍子抜けするほどおとなしくなった。地元に帰り、元の木樵(きこり)に戻るそうだ。

決まっていないのは、俺だけだった。

 

「陛下は「天策上将」なる官位を用意するとのことですが……」

 

ずいぶんと大仰(おおぎょう)な官職名だな。宇宙大将軍よりはマシだが……いや、なんか聞いたことあるぞ、それ。

思い……出した! 李世民じゃねぇか! 骨肉の争いにはならんが、皇帝にとっては縁起悪いだろ。なに考えてんだ。

もしかして釘を刺されてんのかな。警戒は、されてるだろうなぁ。やっぱりこのまま留まるのはマズいか。

呉用の目をじっと見つめて、俺は言った。

 

「敗者になりたい」

「い、今なんと?」

 

呉用は、わけがわからないよ、という表情を浮かべた。まあ、気持ちはわかる。俺もわけがわからなかったし、今でもちょっとなに言ってるのかわからないってところはある。

なんとなく、何度踏まれても立ち上がる雑草のように生きたい、みたいなことなんじゃないかなと思っている。

 

「天策上将にはならない。宰相にも大将にもならない。軍人や役人にもならない。敗者として、ただひとりの民として、俺は生きたい。権力はいらない。大金もいらない。土に根を下ろし、風と共に生きよう。種と共に冬を越え、鳥と共に春を(うた)おう」

「し、しかしそれではっ! 首領はこの戦いの、大一功なのですよ! それが……」

 

呉用の言葉を静かに手で制す。前回は勝ちすぎてしまった。勝ち続けたことで、辞められなくなってしまった。前回は王だったから反発はなかったが、今回は皇帝という存在がいる。

今は大丈夫だが、いずれ皇帝は俺を(うと)ましく思うようになるだろう。俺が辞職すればいいという簡単な話ではない。たぶん元梁山泊組は猛反対するだろうから、最悪また内乱になる。

 

「俺は政治の中枢にいない方がいいのだ。梁山泊の首領が、この国のどこかにいる。この国のどこかにいて、腐敗と不正を見張っている。語り継げ、王倫という名を。俺が死んでも、次の王倫が、役目を受け継ぐ。役人は、緊張感を持たなければならない。人間は慣れる生き物だ。そして、堕落する。それはおまえたちも、例外ではないぞ」

 

ゴクリとつばを飲み込む音が聞こえた。

 

「そして民も、慣れる。平穏と、安い税。それが当たり前になると、不平不満を言い始める。呉用、ここが終着点ではない。ここからが、始まりなのだ。宰相として、おまえがこの国を導くのだ。女真族……金国との外交は慎重に行え。難しく考える必要はない。人との付き合いと同じだ。嘘を吐かない。約束を守る。仁義を通す。これだけでいい」

 

海上の盟は、燕雲十六州を宋が領有した時点で終わっている。今は、互いに隣国という関係でしかない。

金国が攻めてきたのは、宋国が不義理を働き過ぎたからだ。誠実に対応すれば、大丈夫なんじゃないかな、たぶん。

 

「……はい。しかと心に留めておきます」

「うむ。だが、信用し過ぎてもいかん」

「それは、矛盾してはいませんか?」

「個人の裏切りは個人に帰結する。だが国の裏切りは、多くの国民を殺すことになる。国を背負っているということを、常に忘れるな」

 

この辺りの匙加減が難しいんだよな。頭から信用するのは論外だが、疑いすぎても疑心暗鬼になる。疑っていることが伝われば、相手も良い感情は抱かない。

外交や交渉ってのは本当に難しいのだ。

 

「魯智深を使うのもいい。女真族と親交があるからな。本人も、やりたがるかもしれん」

「はい」

 

呉用は長く俺の側で仕事をしてきた。知っていることも多い。この程度は、わざわざ言われずとも理解しているだろうが。

 

「交易に力を入れろ。民からの税だけで(まかな)おうと思うな。この辺りは、盧俊義(ろしゅんぎ)とよく話せ。そして、蘭心竹生(らんしんちくしょう)の気風を忘れるな。おまえたちを、信頼して任せるのだ。期待を裏切らないでくれよ」

 

神妙な顔で、呉用は頷いた。

このくらいでいいか。あまりプレッシャーをかけるのも悪いし。梁山泊首領、王倫はクールに去るぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……深いな」

 

徽宗が箱庭を凝視しながら(うな)っている。彼は退位し、欽宗に譲位して太上皇となった。

箱庭とは、箱の中に小さな木や人形のほか、橋や船などの景観を構成する様々な要素のミニチュアを配して、庭園や名勝など絵画的な光景を模擬的に造って楽しむものである。

 

箱庭というのは、凝りだしたらきりがない。最初はパーツを調達して、それを配置するだけに留まるが、最終的にはパーツすら自作するようになる。

徽宗は、芸術においては本当に天才だった。彼の描いた桃鳩図は日本の国宝に指定されているし、絵画だけではなく、書においても彼は一流だった。痩金体(そうきんたい)という独自の書体を創出するくらいの天才である。

 

徽宗が熱心に見つめている箱庭は、俺の監修のもと、梁山泊の職人が作ったものだ。出来が良いというのもあるが、この時代では箱庭というもの自体が珍しいのだ。箱庭ってのは、言ってみればひとつの世界だからな。

実際の庭園などとは、また違った(おもむ)きがある。

 

帝の浪費が国を亡ぼしたと勘違いしがちだが、浪費そのものは悪ではない。金持ちが金を遣うのは、本来良いことなのだ。それで経済が回るからな。

問題なのは、一部の者たちが私腹を肥やしていることだ。富が集中しすぎているのだ。正当な賃金が支払われていない。だから民は貧しい。つまりは、国の腐敗が、国を亡ぼしたのだ。

 

「この紅葉は、もっと朱に近い赤の方が映えると、朕は……ああいや、私は思うが、どうかな?」

「なるほど。そうかもしれませんね」

「うむ。そちもそう思うか。しかしこの(こけ)は、よくできている。風情を感じる。この川も……」

 

とうとう蘊蓄(うんちく)が始まってしまった。適当に聞き流しておこう。

徽宗は京兆府(長安)送りになった。そこで余生を過ごすことになる。俺たちは今、京兆府へ向かう馬車の中にいるのだ。

 

「ところで晁蓋、おまえも将軍になったわけだが、禁軍をどうしたいとか、そういうのはあるのか?」

 

隣に座る晁蓋に目を向けると、彼女はニッと笑って、言った。

 

「辞めてきた」

 

……ファッ!? こいつ今なんつった? 辞めてきた? 三日坊主ってレベルじゃねぇぞ!

 

「一応訊くが、なんで辞めたんだ?」

「おまえが世直しの旅をすると聞いたモンでな。そっちの方がオレ好みだ」

 

そんなこと言った覚えはないが? 呉用が勘違いしたのか。いや、たしかにそれらしいことは、言ったのかもしれないが。

 

「まさか武松と劉唐(あのふたり)も、そうなのか? 京兆府までの護衛だと思っていたが」

 

晁蓋はいたずらが成功した子どものように、にんまりと笑った。

 

「役には立つと思うぜ。あいつらも旅慣れてるからな」

 

そりゃまあ、そうだろうが。旅に出るのは確定っぽいな。まあそれも悪くないか。燕雲十六州は、一度行ってみたいと思ってたし。

燕雲十六州は、宋国の領土になった。史実でも領土にはなったが、人民や財は金国に奪われた。文字通り、領土になっただけだった。

だがこの世界では違う。童貫がまっとうに戦ったからだろう。軍人としては、割とまともだからな、あいつ。

 

狷介(けんかい)な男ではあるが、戦に対する情熱は本物だし、兵を鍛えることを生き甲斐にしているようにも思えた。そして、帝には従順だった。

宦官で禁軍のトップっていうのも異色ではあるが、男を捨てたことで、より男になろうとしているのかもしれない。知らんけど。

 

「それにな、まあ、なんだ。惚れた弱みってやつさ。役職を提示された時は、おまえが出ていくなんて思ってもみなかったからな」

 

晁蓋は少し目を逸らしながら、こめかみをポリポリとかいた。

 

「最初の頃は、おまえの心に残っている女を忘れさせてやろうとも思ったが……」

「未練がましい男だと、失望したか?」

 

俺がそう言うと、晁蓋はふるふると首を横に振った。

 

「誰にだって、忘れられない人間はいるものさ。特にお前は、情の深い男だからな」

 

別に悲劇的な別れをしたわけでもないのだが、やはり時折り思い出すことはある。

 

「ンなことよりおまえ、本気でオレを置いていくつもりだったのか?」

今生(こんじょう)の別れというわけではないだろう。離れていても、心は繋がっている、と俺は思うな」

「……そういう言い方は、ズルいだろ。もっとこう、わかりやすい言葉ってのが、あるだろ?」

 

なんだよ。愛の言葉でも囁けってのか? 徽宗の前だぞ。まあ、そういうことは気にしなさそうだが。

 

「おまえは、砂漠のような女だな」

「なんだぁ? 渇いてるって意味か?」

「砂漠が美しいのは、どこかに泉を隠しているからだよ。その美しいところは、目に見えないのさ」

「……そういう風情は、オレにはよくわからん。が、悪い気はしないな。それとな、あいつらにも、手を出してやれ。オレみたいに、夜這いをする度胸はなさそうだしな」

 

外のふたりに視線を向けて、照れたように晁蓋は言った。武松に、劉唐か。好意は感じていたが、それが尊敬の情なのか、愛情なのか、判断ができなかったのだ。それに俺が誘うと、命令になってしまうのではないかという葛藤もあった。

そもそも、俺はそんなに好色じゃあないんだよ。

話題を変えよう。

 

「旅に出るなら、俺はちりめん問屋のご隠居かな」

「くははっ、隠居って歳じゃねぇだろ。商家の跡継ぎが、見聞の旅をしてるって方が説得力あるんじゃねぇか?」

「ふむ。たしかにそうだな」

 

設定は大事だからな。なんでもいいが、ちゃんと固めておいた方がいい。

雲が流れていく。徽宗は俺たちの話に興味などないようで、飽きずに箱庭を眺めていた。

 

 

 




というわけで完結です。感想・評価・誤字報告、ありがとうございました。
実は、最初は真面目に全キャラ登場させようと思っていました。ですが冗長すぎるし主人公の出番がほとんどなくなるしでボツにしました。
結果的にはかなり駆け足になってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。
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