恋姫奇譚:北宋編   作:乾燥海藻類

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第04話 商売の話

「ふむ。この出来ならば、都でも問題なく売れるでしょう」

 

器をしみじみと眺めているのは、長身の女性商人、盧俊義(ろしゅんぎ)だ。彼女は北京(ほっけい)大名府に拠点を構える大商人である。

梁山泊(うち)で作った商品を売ってもらうためにコンタクトを取ったのだが、まさか本人が来るとは思わなかった。

俺たちが会っているのは、梁山湖のそばにある朱貴の店だ。彼女にはうちが作った磁器と酒を見てもらっているが、興味を持ったのは酒よりも器の方だった。

 

「それは良かった。それで、どの程度仕入れていただけますか」

「あるだけ、頂きましょう。うちにはそれくらいの販路はありますので」

 

さすが大商人、判断が早い。

 

「ただ、問題があります。酒も、この器も、少々出来が良過ぎます。出所を探られる可能性は大いにありますね。秘匿しても、調べようとする輩は出てくるでしょうし」

「賊徒が作っていると知られれば、売れなくなりますか?」

「……物は良いですから、売れないということはないでしょう。ただ、やはり値は下がるでしょう」

 

その心配はしていた。というか、賊徒が作った物だと、買い叩かれる可能性も考えていた。だが彼女はそうしなかった。商人としては、まっとうなのだろう。誠意を見せた方が得だと考えたのかもしれないが。まあ、損をさせるつもりはない。

 

「そこで提案なのですが、柴進(さいしん)殿を頼ってはいかがでしょうか。王倫殿は親交がおありでしょう?」

 

柴進とは、宋の前代の王朝である後周の皇族の末裔である。広大な邸宅は、皇帝から丹書鉄券(お墨付き)を与えられており、一種の治外法権さえ認められている、らしい。

にしても、俺が柴進と親交がある? いや、俺じゃなくて王倫か。そういえば王倫の過去も、晁蓋から少し聞いた程度で、ほとんど知らないな。科挙を受けたり、柴進と親交があったりと、意外といいとこのお嬢さまだったのかもしれない。

 

「そういえば、言っておりませんでしたね。私は、王倫の名を継いだ二代目なのですよ」

「ああ、そういうことでしたか。噂で聞いていた性別と違っていたので、少々困惑していたのですが、謎が解けました」

 

そう言って、彼女は小さく笑った。笑い方にも品があり、思わず雰囲気が和んだ。スラリとした長身で恰好良く、色気もある。こういうのを、ハンサム美女というのだろうか。

 

「ならば、私が間に入りましょう。彼女とは、多少の付き合いがありますので」

 

彼女……やはり柴進も、女性か。好漢は全員女性なのだろうか。女性の好漢もいたはずだが、それは男になってたりするのだろうか。まあ、いずれわかるか。

 

「柴進殿のお住まいは、どちらでしたかな」

「滄州の横海郡です」

 

ふむ。結構遠いな。今は色々やることがあって、あまり留守にはしたくないんだが、相手が柴進だからなぁ。俺が行った方がいいとは思うんだが……。

隣にいる呉用へと視線を向けると、彼女は委細承知という具合に頷いた。

 

「お任せください。本職ではありませんが、交渉には自信があります。見事、この商談をまとめてまいりましょう」

 

いや、むしろ逆で、留守を任せたかったんだが。しかし、今さら俺が行くと言うと、彼女を信用してないみたいになっちゃうしなぁ。

盧俊義との繋ぎをつけてくれたのも彼女だし、交渉力はある。まあ、任せてみるか。

 

「盧俊義殿、彼女はうちの商品の全てを把握しています。不足はないと思いますが、いかがでしょうか」

「ええ、構いませんよ。改めて、よろしくお願いします、呉用殿」

「はい。よろしくお願いします。燕青(えんせい)殿も」

「はい。よろしくお願いします」

 

これまで無表情で無言を貫いていた燕青が、少しだけ口角を上げた。護衛の彼女が緊張するのはわかる。商談の場とはいえ、相手が賊徒だからな。よくよく、盧俊義本人が来たものだよ。見本で見せた商品に、よほど惹かれたのだろう。

 

柴進を噛ませることができれば、良いカモフラージュになる。実際に柴進の土地で商品の一部を作り、大部分は梁山泊で作ればいい。流通量がちょっとおかしなことになるが、そこはなんとでもなるし。

いま気づいたが、もしかしたら盧俊義は、磁器を柴進に使わせることで、ブランドイメージを作ろうとしているのかもしれない。さすがは大商人だな。目の付け所が鋭い。

 

酒の種類も増やしていこう。梅酒や柚子酒や林檎酒。あと葡萄酒、つまりワインだ。ワインというとヨーロッパのイメージが強いが、中国でもワインは作られていた。しかもかなり古い時代からだ。今もワインは作られているが、上流階級の飲み物で、庶民にはあまり飲まれていない。つまり上物を作れば、金になるってことだ。

急ぎすぎもよくないが、あまり悠長にもしていられない。やれやれ、なんでまた俺は、前回と同じようなことをやってるんだかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別に中華に限った話ではないが、例えるなら歴史は終わらないワルツのようなものだ。戦争、平和、革命の三拍子がいつまでもいつまでも続いていく。

後漢も長く続いたがゆえに腐敗した。そして宋もまた、長く続いたがゆえに腐敗した。だから革命が起こるのは必然と言えるかもしれない。まあその革命が、成功するとは限らないのだが。

 

「首領、水軍の編成は終わったよ」

 

柴進との交渉に向かった呉用に変わって、今は宋江が俺の秘書のようなことをしている。呉用とは仕事がら接することも多く、一緒に酒を飲んだこともある。その時に、彼女が梁山泊に来ることになった理由も聞いた。

呉用は元々、小さな村の塾講師だった。といっても、文字を教える程度のことにすぎない。軍略なども好んではいたが、ただの村人に教える意味などない。

 

科挙を受けて、官僚になろうと考えた時機もあったらしい。そのために、地元の有力者に推薦をもらいに行った。その時に、自分の体を要求された。ある程度の賄賂は必要だと覚悟していたが、体を要求されるとは思っていなかったようだ。男受けするような体付きでもないし、妓楼に行けば自分程度の女などいくらでもいると自覚していた、と呉用は自嘲するように語った。

たしかに呉用は小柄でスレンダーではあるが、顔立ちは整っているし、美人の部類だと思うんだがな。

 

まあ、それはともかく。

結局、呉用はそれを受け入れられず、推薦はもらえなかった。そんな折、公孫勝(こうそんしょう)劉唐(りゅうとう)という人物が、呉用を訪ねてきた。賢者と名高い呉用の知恵を借りたい、とのことだったが、呉用は自分が賢者と呼ばれて苦笑したらしい。それでも役人に一泡吹かせたいというふたりの口上に興味を持った。そして呉用は、その話を聞いてみることにした。

 

聞けば後戻りはできないと、脅しのようなことを言われたようだが、少し自棄(やけ)になっていた彼女は迷わず了承した。内容は、賄賂の強奪だった。それも十万貫という大金だ。さすがの呉用も息を呑んだ。

それでも断ることはせず、呉用は必死に策を練った。だが、どうしても手が足りない。とはいえ、人を増やせばいいという単純な話ではない。腕が立ち、口が堅い人物。さらにいえば、私欲ではなく大義のために動けるような人物。

 

まずは付き合いのある阮三姉妹が浮かんだ。信用はできる。だが、腕はそこそこだ。もうひとりくらい、腕の立つ人物が欲しい。それで、大きく策が広がる。

その時、阮小二から梁山湖の山賊はどうか、と提案された。

 

山賊と聞いて、呉用は眉をしかめた。しかし阮小二が言うには、義賊らしい。梁山湖で漁をしていても、なにも言ってこないし、役人のように、魚を掠め取ったりはしない。

特に晁蓋は、役人も恐れる強者と評判だった。

 

悩み抜いた末、呉用は公孫勝を伴って梁山湖の山賊に会いに行った。いざという時は、公孫勝が風を起こして逃げる算段だったらしい。

風を起こせるとかスゲーな。今は劉唐も公孫勝も旅に出ているが、また訪れる可能性は高いらしい。会うのが楽しみだ。

 

そういう経緯で梁山泊を訪れた呉用一行は、王倫と晁蓋を仲間に入れて、十万貫という大金を強奪したわけだ。

王倫は少し渋っているようだったが、晁蓋は乗り気だったらしい。まあ、こういうのは好きそうだ。晁蓋がたびたび梁山泊を離れていたのは、役人の目を自分に引き付けるという目的もあったのかもしれない。たぶん、一番目立っていただろうし。

 

「首領?」

 

おっと、今は宋江だったな。

 

「うむ。ご苦労。引き続き調練を続けるように言ってくれ」

「うん。それとさ、阮小二が大型船を作りたがってるよ。ほら、首領が新型船の図面を引いたからさ」

 

ああ、帆と竜骨を使った外洋船か。この時代になっても、主流なのは和船なんだよな。まあ河で使う分には、そっちの方が安上がりだしな。ただ、戦に使うなら安定性の高い船の方がいいんだ。

 

「今は中型船まででいい。大型船は、いずれな。そう伝えてくれ」

「了解。あと騎馬隊は、やっぱり馬が少ないね」

「ああ、それはたぶん、なんとかなる」

 

盧俊義なら馬の販路も持っているだろう。なければ、直接北に買い付けに行ってもいい。ちょっと危険だから、人選はよく考えねばならんが。

住民の家族の移住もひと段落して、次は近隣に住む山賊の勧誘を始めた。やっぱり、好き好んで山賊やってるやつは少ないようだ。

そいつらを兵にする。兵が嫌なら、百姓でも職人でもいい。仕事はいくらでもあるからな。

本当に宋と戦うかはともかく、備えておく必要はある。

未来が明るいわけではないが、なにかを作ったり、村を発展させていくのは、やはり楽しいもんだな。

 

 

 

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