「ふむ。この出来ならば、都でも問題なく売れるでしょう」
器をしみじみと眺めているのは、長身の女性商人、
俺たちが会っているのは、梁山湖のそばにある朱貴の店だ。彼女にはうちが作った磁器と酒を見てもらっているが、興味を持ったのは酒よりも器の方だった。
「それは良かった。それで、どの程度仕入れていただけますか」
「あるだけ、頂きましょう。うちにはそれくらいの販路はありますので」
さすが大商人、判断が早い。
「ただ、問題があります。酒も、この器も、少々出来が良過ぎます。出所を探られる可能性は大いにありますね。秘匿しても、調べようとする輩は出てくるでしょうし」
「賊徒が作っていると知られれば、売れなくなりますか?」
「……物は良いですから、売れないということはないでしょう。ただ、やはり値は下がるでしょう」
その心配はしていた。というか、賊徒が作った物だと、買い叩かれる可能性も考えていた。だが彼女はそうしなかった。商人としては、まっとうなのだろう。誠意を見せた方が得だと考えたのかもしれないが。まあ、損をさせるつもりはない。
「そこで提案なのですが、
柴進とは、宋の前代の王朝である後周の皇族の末裔である。広大な邸宅は、皇帝から丹書鉄券(お墨付き)を与えられており、一種の治外法権さえ認められている、らしい。
にしても、俺が柴進と親交がある? いや、俺じゃなくて王倫か。そういえば王倫の過去も、晁蓋から少し聞いた程度で、ほとんど知らないな。科挙を受けたり、柴進と親交があったりと、意外といいとこのお嬢さまだったのかもしれない。
「そういえば、言っておりませんでしたね。私は、王倫の名を継いだ二代目なのですよ」
「ああ、そういうことでしたか。噂で聞いていた性別と違っていたので、少々困惑していたのですが、謎が解けました」
そう言って、彼女は小さく笑った。笑い方にも品があり、思わず雰囲気が和んだ。スラリとした長身で恰好良く、色気もある。こういうのを、ハンサム美女というのだろうか。
「ならば、私が間に入りましょう。彼女とは、多少の付き合いがありますので」
彼女……やはり柴進も、女性か。好漢は全員女性なのだろうか。女性の好漢もいたはずだが、それは男になってたりするのだろうか。まあ、いずれわかるか。
「柴進殿のお住まいは、どちらでしたかな」
「滄州の横海郡です」
ふむ。結構遠いな。今は色々やることがあって、あまり留守にはしたくないんだが、相手が柴進だからなぁ。俺が行った方がいいとは思うんだが……。
隣にいる呉用へと視線を向けると、彼女は委細承知という具合に頷いた。
「お任せください。本職ではありませんが、交渉には自信があります。見事、この商談をまとめてまいりましょう」
いや、むしろ逆で、留守を任せたかったんだが。しかし、今さら俺が行くと言うと、彼女を信用してないみたいになっちゃうしなぁ。
盧俊義との繋ぎをつけてくれたのも彼女だし、交渉力はある。まあ、任せてみるか。
「盧俊義殿、彼女はうちの商品の全てを把握しています。不足はないと思いますが、いかがでしょうか」
「ええ、構いませんよ。改めて、よろしくお願いします、呉用殿」
「はい。よろしくお願いします。
「はい。よろしくお願いします」
これまで無表情で無言を貫いていた燕青が、少しだけ口角を上げた。護衛の彼女が緊張するのはわかる。商談の場とはいえ、相手が賊徒だからな。よくよく、盧俊義本人が来たものだよ。見本で見せた商品に、よほど惹かれたのだろう。
柴進を噛ませることができれば、良いカモフラージュになる。実際に柴進の土地で商品の一部を作り、大部分は梁山泊で作ればいい。流通量がちょっとおかしなことになるが、そこはなんとでもなるし。
いま気づいたが、もしかしたら盧俊義は、磁器を柴進に使わせることで、ブランドイメージを作ろうとしているのかもしれない。さすがは大商人だな。目の付け所が鋭い。
酒の種類も増やしていこう。梅酒や柚子酒や林檎酒。あと葡萄酒、つまりワインだ。ワインというとヨーロッパのイメージが強いが、中国でもワインは作られていた。しかもかなり古い時代からだ。今もワインは作られているが、上流階級の飲み物で、庶民にはあまり飲まれていない。つまり上物を作れば、金になるってことだ。
急ぎすぎもよくないが、あまり悠長にもしていられない。やれやれ、なんでまた俺は、前回と同じようなことをやってるんだかな。
◇
別に中華に限った話ではないが、例えるなら歴史は終わらないワルツのようなものだ。戦争、平和、革命の三拍子がいつまでもいつまでも続いていく。
後漢も長く続いたがゆえに腐敗した。そして宋もまた、長く続いたがゆえに腐敗した。だから革命が起こるのは必然と言えるかもしれない。まあその革命が、成功するとは限らないのだが。
「首領、水軍の編成は終わったよ」
柴進との交渉に向かった呉用に変わって、今は宋江が俺の秘書のようなことをしている。呉用とは仕事がら接することも多く、一緒に酒を飲んだこともある。その時に、彼女が梁山泊に来ることになった理由も聞いた。
呉用は元々、小さな村の塾講師だった。といっても、文字を教える程度のことにすぎない。軍略なども好んではいたが、ただの村人に教える意味などない。
科挙を受けて、官僚になろうと考えた時機もあったらしい。そのために、地元の有力者に推薦をもらいに行った。その時に、自分の体を要求された。ある程度の賄賂は必要だと覚悟していたが、体を要求されるとは思っていなかったようだ。男受けするような体付きでもないし、妓楼に行けば自分程度の女などいくらでもいると自覚していた、と呉用は自嘲するように語った。
たしかに呉用は小柄でスレンダーではあるが、顔立ちは整っているし、美人の部類だと思うんだがな。
まあ、それはともかく。
結局、呉用はそれを受け入れられず、推薦はもらえなかった。そんな折、
聞けば後戻りはできないと、脅しのようなことを言われたようだが、少し
それでも断ることはせず、呉用は必死に策を練った。だが、どうしても手が足りない。とはいえ、人を増やせばいいという単純な話ではない。腕が立ち、口が堅い人物。さらにいえば、私欲ではなく大義のために動けるような人物。
まずは付き合いのある阮三姉妹が浮かんだ。信用はできる。だが、腕はそこそこだ。もうひとりくらい、腕の立つ人物が欲しい。それで、大きく策が広がる。
その時、阮小二から梁山湖の山賊はどうか、と提案された。
山賊と聞いて、呉用は眉をしかめた。しかし阮小二が言うには、義賊らしい。梁山湖で漁をしていても、なにも言ってこないし、役人のように、魚を掠め取ったりはしない。
特に晁蓋は、役人も恐れる強者と評判だった。
悩み抜いた末、呉用は公孫勝を伴って梁山湖の山賊に会いに行った。いざという時は、公孫勝が風を起こして逃げる算段だったらしい。
風を起こせるとかスゲーな。今は劉唐も公孫勝も旅に出ているが、また訪れる可能性は高いらしい。会うのが楽しみだ。
そういう経緯で梁山泊を訪れた呉用一行は、王倫と晁蓋を仲間に入れて、十万貫という大金を強奪したわけだ。
王倫は少し渋っているようだったが、晁蓋は乗り気だったらしい。まあ、こういうのは好きそうだ。晁蓋がたびたび梁山泊を離れていたのは、役人の目を自分に引き付けるという目的もあったのかもしれない。たぶん、一番目立っていただろうし。
「首領?」
おっと、今は宋江だったな。
「うむ。ご苦労。引き続き調練を続けるように言ってくれ」
「うん。それとさ、阮小二が大型船を作りたがってるよ。ほら、首領が新型船の図面を引いたからさ」
ああ、帆と竜骨を使った外洋船か。この時代になっても、主流なのは和船なんだよな。まあ河で使う分には、そっちの方が安上がりだしな。ただ、戦に使うなら安定性の高い船の方がいいんだ。
「今は中型船まででいい。大型船は、いずれな。そう伝えてくれ」
「了解。あと騎馬隊は、やっぱり馬が少ないね」
「ああ、それはたぶん、なんとかなる」
盧俊義なら馬の販路も持っているだろう。なければ、直接北に買い付けに行ってもいい。ちょっと危険だから、人選はよく考えねばならんが。
住民の家族の移住もひと段落して、次は近隣に住む山賊の勧誘を始めた。やっぱり、好き好んで山賊やってるやつは少ないようだ。
そいつらを兵にする。兵が嫌なら、百姓でも職人でもいい。仕事はいくらでもあるからな。
本当に宋と戦うかはともかく、備えておく必要はある。
未来が明るいわけではないが、なにかを作ったり、村を発展させていくのは、やはり楽しいもんだな。