恋姫奇譚:北宋編   作:乾燥海藻類

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第05話 祝家荘との戦い

水滸伝とは明代の中国で書かれた小説で、三国志演義と同じく、四大奇書に数えられている。内容が反権力的な傾向であるため、禁書とされていた時代もあった。

一〇八人の好漢たちが悪徳官吏を打倒し、国を救うことを目指す。

とまあ、これが水滸伝のざっくりとしたストーリーだが、この世界ではちょっと違うようだ。

 

まず王倫の人柄や性格が全然違っている。前にも言ったと思うが、王倫は狭量で首領という地位に固執する小物だ。

物語では王倫時代の梁山泊は悪名高き山賊集団だったが、この世界では義賊として名が通っている。とはいえ、義賊だろうが賊は賊。役人にとって目障りなのは変わりない。

ねずみ小僧だって最期は処刑された。

 

やってることはテロリストのそれなんだけど、武力で王朝を打倒して新たな王朝を建てるってのは、時代を考えれば割と当たり前のことなんだよなぁ。

一応、義侠心からの行動ではあるんだよ。この国はもうダメだ、俺たちが救わなきゃ、みたいな。

 

大きな転換点は、招安(しょうあん)だろう。そもそも朝廷に帰順することは、首領だった宋江の強硬に近かった。他の好漢たちは渋々従ったに過ぎない。

だが今の首領は俺だ。だからなんとかなるとは思う。ただこの世界は、王倫を筆頭に好漢たちの生い立ちや境遇が少し違う。そこがネックとなる可能性はあるな。

 

……いや、違うな。朝廷に目を付けられた時点で、駄目なのだ。生辰綱はもう起こってしまったが、あれは蔡京への賄賂なので、朝廷は関係ない。

深く、静かに、時を待つ。

そんなことを考えていたら、おぼろげながら見えてきた。この宋という国の実態、目指すべき着地点が。

 

まずはこの辺りの山賊はすべて傘下におさめた。

やはり山賊といえども困窮者の集まりであり、好き好んで悪事を働いているというわけではないのだろう。生活を保障すると言って移住を促した。

 

山賊のありようも様々だ。村を襲う。無辜の民を殺す。いわゆるみんながイメージするような山賊は、意外と少ない。大抵は周辺の村々から貢ぎ物を受け取り、用心棒のようなことをする。ほかの賊に対する抑止力のようなものだ。

ヤクザのみかじめ料に似ている。まあ村人がそれを望んでいるかどうかは、微妙なところだろう。保険料っていうのは、いざという時がこないとありがたみがわからないし、無駄金だと切り捨てる人間も多い。

 

たまにいるのが、役人の屋敷や役所の穀物庫などを襲う義賊だ。そういった者たちは矜持を持っている。国の腐敗が生んだ者たちなのだ。

とはいえ、彼ら彼女らにも面子というものがあるわけで、やはり一騎打ちになったらしい。

 

らしい、というのは、俺はほとんど梁山泊から出ていないのだ。出張組は、荒事を想定して晁蓋や林冲といった武力の高い連中に任せた。

首領は軽々しく動くべきではない、と言われてはどうしようもない。まあ生活を富ませるという意味では、俺は残る方が良いのだが。

 

やってることは前回とほとんど変わらない。

梁山泊を発展させる。官軍を(あざむ)く。部下を守る。全部やらなきゃならないってのが、首領の辛いところだな。

世界が違うとはいえ、時代にして九百年くらい違っているはずなのに、大規模な技術革新は起こっていない。

いや、宋代の三大発明、火薬・羅針盤・活版印刷は技術革新と言えるかもしれないが。

 

宋は経済的という意味では、かなり発展した国だ。だが、それが腐敗を大きくしたともいえる。

国が豊かになって、平和を金で買って、その結果、役人は腐って、軍人は腑抜けになった。宋代の軍人は、歴代王朝の中でも最弱という意見もある。

 

火薬で戦場が劇的に変化したということはない。今は火薬の黎明期なのだ。鉄砲が登場するまでにはまだまだ時間がかかる。

今のメイン火器は、万人敵と呼ばれる爆弾だ。中を空っぽにした土の塊をよく乾かし、そこに火薬を詰め、導火線を仕掛けたもので、塊が砕けないよう木枠で囲んでいる。城を守る時などに、それを城壁の上から投げ落とすのだ。

要するに、守りの武器だな。野戦では、ほとんど使われないらしい。

 

あとは猛火油(ナフサ)を使った火炎放射器的な武器だ。

火薬は国によって厳重に管理されており、外に流れることはまずない。火薬の配合比率も当然国家機密であり、到底入手できるものではない。

 

ただ一点、疑念があるとすれば、凌振(りょうしん)の存在だ。水滸伝に登場する好漢のひとりで、大砲隊を率いている役人である。

だが史実で大砲が用いられるようになるのは、もっと後の時代だ。この世界が史実よりなのか、物語よりなのかで異なるだろう。

 

一応、開封に調査員を派遣して、凌振の存在は確認している。当然のように女性であった。

甲丈庫(武器庫)を管理する役人であることはわかったが、それ以上はわからなかった。

危険すぎるので宮廷には忍び込まなせなかったが、調べた限りでは大砲らしきものの原型はあるらしい。

凌振の軍での扱いは、あまり良いとは言えないので引き込める可能性はある。今は時機を待つ。

 

「首領」

 

厳かな声で入ってきたのは宗万だった。朱貴と同じく、古参メンバーのひとりである。陰で支えるのが性に合っているようで、目立った活躍はないが、いなくなると困る、そんな人間である。

 

「"草"より連絡が入りました。祝家荘が戦の準備を始めているようです」

「で、あるか」

 

最近はおとなしくしていたんだが、人を集め過ぎたのかもしれん。山賊を統合して、一大勢力になっているように見えなくもないし。

たしか祝家荘の保正(名主)である祝朝捧の次男が、禁軍の将校だったはずだ。それも関係しているのかもしれない。

もしくは、この梁山泊という土地自体が欲しいのか。

 

「みなを集めよ。会議を始める」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

独竜岡という地域には三つの荘(大きめの村)が隣接しており、中央に祝家荘、西側に扈家荘、東側に李家荘がある。祝家荘はその三荘の中でも最大の勢力を誇り、この三荘を束ねている立場でもある。

三家は対等ということになっているが、実質は中央に位置する祝家荘がリーダーとなっている。

 

「祝家荘がこの梁山泊に討伐隊を差し向けるようだ。俺たちを討って名を上げたいのだろう。みなの意見を聞きたい」

 

主だった面々の前で俺はそう言った。すると――

 

「私は機先を制するべきだと思います」

「賛成!」

「そうだそうだ。あたいらを討って名を上げようだなんてふざけてやがる。逆にとっちめてやらぁ!」

 

血の気多いなこいつら。発言したのは順に、燕順(えんじゅん)郭盛(かくせい)呂方(りょほう)である。それもそのはずで、こいつら三人とも元山賊の頭領なのだ。

まあこいつらはわかるが、他のやつらも攻めたがってるんだよなぁ、どうしたもんか。

 

いま思えば、あの時に攻められた三千という兵数はたいした数ではなかった。たしかに今と比べて、こちらの兵の数は少なかったが、この梁山泊は天然の要害で、攻め込むのは難しい。誘い込んで罠に嵌めて撃破すれば、数の差を覆すことはさほど難しくない。

そういう意味では、王倫に君才はあったが、将才はあまりなかったのかもしれない。

 

そんなことを考えていると、誰が先陣を務めるかという議論に変わっていた。

いかんな。このままではなし崩し的に出撃することになってしまいそうだ。だが言い方にも気をつけなければならない。下手な言い方をすると、俺がビビってると思われてしまう。

一番突撃しそうな晁蓋がなだめてくれれば、みんなおとなしく従いそうなんだがな。

 

そう思って晁蓋に視線を向ける。

それに気づいた晁蓋はニッと笑ってうなずいた。よし、もう付き合いも長いからな。阿吽の呼吸ってやつよ。

勝ったなガハハッ!

 

「おまえら、くだらん争いをするな。先陣を切るのはオレに決まってんだろ」

 

違う、そうじゃない。

 

「みなの意見はわかった」

 

パンッと手を叩き、場を静める。

 

「だが万が一ということもある。こんなくだらん戦で、危険を冒す必要はない」

「くだらん戦……ですか?」

「そうだ、宋江。相手は功名心に逸った愚物にすぎない。正面から相手をしてやる必要はない」

「けど首領! あたいはあんなやつらには負けはしません!」

「おまえはそうだろう、呂方。だが率いる兵はどうか? 一兵の死者も出さずに勝つと断言できるか?」

 

俺がそう言うと、呂方は一瞬考えた後、口を開いた。

 

「あたいの手下は、死を恐れるような軟弱者じゃあありません!」

「つまり、死者は出るかもしれん、ということだな。呂方、俺は兵の損耗を恐れているのではない。死ぬ必要がないところで死なせるのが、哀しいのだ。兵の中には家族を持つ者もいるだろう。老いた両親がいるかもしれない。死ねば、俺は遺族に頭を下げねばならん。それはいい。頭を下げることなど、なんの苦でもない。その事実を伝えることが、苦しいのだ」

 

場がシンと静まり返った。よし、ここで畳みかける。

 

「呉用、策はあるか?」

「はい」

 

呉用が梁山泊周辺の地図を広げる。こういう時のために、呉用には守りの戦術を考えるように言っておいたのだ。

地図を次々と指差し、作戦を述べていく。

梁山湖は広大で海のようだが、波が立つことはあまりない。つまり、狙い撃ちが容易く、戦術も立てやすいということだ。

 

「おびき寄せ、誘い込み、仕留める。これは戦ではない。狩りだ。総指揮は宋江に任せる。補佐として花栄(かえい)と呉用を付ける」

「ボ、ボクが!?」

 

いきなり名指しされ、宋江は面食らったようだった。

 

「宋江、おまえは状況判断が的確で、機転が利く。俺の指示を待っていては間に合わないこともあろう。そうした時は、現場判断で動いて良い」

「は、はい!」

 

花栄は宋江と仲が良く、弓の名手である。たとえ夜に攻めてきても、松明が見えていれば狙い撃てるだろう。

戦が……いや、狩りが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実際に祝家荘が攻めてきたのは、それから一か月ほど経った頃だった。奇襲をかけたつもりだったようだが、草からの情報でまるっとお見通しだった。

船には屋根がつけられ、上からの攻撃に備えられていた。だから油を撒いて火矢を射かけた。

 

あちこちに迷路があり、罠が仕掛けられている。

それでも上陸する船はいくつかあり、乗船していた豪傑が一騎打ちを仕掛けてきた。

当然、逃げるようなやつらではない。受けて立ったのは林冲だった。彼女は敵将を捕縛して、俺の前に連れてきた。

 

「なかなかの女傑です。殺すには惜しいと思い、捕縛しました」

 

名を扈三娘(こさんじょう)といった。男が女になってるんだから、女は男になってるのだと思ったが、そうではなかった。そういえば、前の世界でも孫尚香は女のままだったな。

 

「おまえは彼女をどうしたいのだ?」

「同志に迎えたいと思っております」

「くっ、殺せ! 誰が山賊の仲間になどなるかっ!!」

 

と、扈三娘は声を荒げた。それを見た林冲は肩をすくめる。

 

「無理矢理は好かんな。彼女は食糧と交換する。誰を交渉役にするかだが……」

「ならあたいが行きますよ」

 

そう言ったのは呂方だ。

 

「おまえが……か?」

「林冲さん、そんな目はやめてくれよ。酒さえ飲んでなきゃ、あたいだって交渉くらいできらぁ!」

「……わかった。では呂方、おまえに任せる。なるべく多くの食糧と交換してきてくれ」

「あいよ! 任せといてくれよ、首領!」

 

返事はいいんだよなぁ、返事は。

翌日、呂方は扈三娘を連れて敵陣へと向かった。それからしばらくして、呂方が扈三娘を連れたまま帰ってきた。

呂方はつまらなさそうな顔で、扈三娘は絶望したような顔で、俺の前に現れた。

 

「米の一粒も出すつもりはねぇらしいです」

「ふむ」

 

なるほど、戦における食糧の重要さをわかっているようだな。自軍の食糧が減り、敵軍の食糧が増える。それがどれほど不利なことかがわかっている。毒を仕込むという手も警戒していたが、思いつかなかったのかな? まあ持ち合わせていなかっただけかもしれんが。

しかし交渉も時間稼ぎもせずに即断するとはな。将兵の心の機微はわかっていないようだ。捕まっても助けてもらえないとわかった将兵が、どれほど必死で戦うだろうか。

 

「林冲、彼女の(ばく)()き、部屋を与えてやれ」

「……はっ!」

 

恭しく頭を下げ、林冲は扈三娘を連れて退室した。

 

「やはり敵は愚物だった。この戦い、我々の勝利だ」

 

残った者をぐるりと見渡して、俺はそう言った。

 

 

 

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