恋姫奇譚:北宋編   作:乾燥海藻類

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第06話 仙女との遭遇

朝、食堂に行くと、意外な人物に出会った。

晁蓋だ。彼女がこんな朝早くに起きているのは珍しい。何かあったのだろうか。

 

「おはよう」

「おう、おはよう。二回目が来たぞ」

 

晁蓋は端的に言った。一瞬なんのことかわからなかったが、彼女が朝早くにいることと、二回目ということで、察しがついた。

 

蚩尤(しゆう)か。生け捕りはできたのか?」

 

そう問うと、彼女はふるふると首を横に振った。

 

「なかなか難しいモンだな。まず足を砕いたんだが、その直後に毒を飲んだ」

 

よくマンガなんかで、首をトンして気絶させたりしているが、あれは現実的ではない。人間はそう簡単に気絶したりはしない。気の使い手は特にそうだ。

晁蓋は俺の代わりに、俺の部屋で寝起きしている。暗殺者を警戒しているのだ。俺だってそのあたりは気を遣っているが、晁蓋は自分の手で蚩尤を捕えたいらしい。王倫の敵討ちというのもあるが、本拠地を吐かせて殲滅したいのだ。

晁蓋は気配や殺気に敏感だ。野生の獣以上に。寝込みを襲われても気づく。そういう理由で、俺の代役……というか、囮を務めている。

 

「遺体はまた、安道全のところか?」

「ああ、一人目と同じだ。腑分けに使うんだと。暗殺一族だろうと、中身は同じだろうにな」

 

安道全というのは、梁山泊を訪ねてきた医師だった。腕は良いが、女だという理由で出世できなかったらしい。容姿は全然違うが、なんとなく華佗(かだ)を思い出した。熱意があり、向上心があり、うるさい。

人体模型にほおずりし始めた時は、さすがに引いた。

 

「いや、多少の違いはあるぞ。それに心臓が右にある人間というのも、稀にだがいるらしい」

 

俺がそう言うと、晁蓋は訝し気な視線を向けてきた。

 

「おまえが言うと、笑い飛ばす気にはなれねぇな。まあ、右にあろうと左にあろうと、胸を突かれりゃ助からんだろ」

「まあ、それもそうだな」

 

たしかに今の医療技術では、たいした問題ではないのかもしれない。外科手術ができる人間自体が、本当に稀少だからな。

 

「……もう、来ねぇだろうな」

「ふむ」

 

晁蓋も、蚩尤には二回襲われている。これはもちろん晁蓋として、だ。それ以降は襲われなくなったらしい。二回というのが、蚩尤にとっての撤退ラインなのだろう。

実に職業暗殺者らしい。損得の線引きがはっきりしている。報酬と人的被害を考えた結果なのだろう。

 

祝家荘との戦は終局に入った。そろそろ撤退するだろう。部下たちは徹底的に叩きのめした方がいいと言っているが、死兵の厄介さを小一時間ほど問い詰めてやりたい。

窮鼠猫を噛むという言葉があるように、追い詰められた鼠は天敵である猫にすら挑んでくる。鼠には常に逃げ道を用意しておかなければならない。そうすれば、鼠は逃げることを常に考え続ける。

 

そもそもこの戦いは、防衛のための戦いなのだ。敵や官軍に、そう思ってもらわなければならない。亀のように縮こまり、外に出るつもりはない、そう思わせなければならないのだ。

敵軍の士気はかなり低い。撤退は時間の問題だろう。たぶん最後の交渉で、扈三娘を返してくれと言ってくるんじゃないかな。

そしたら食糧を吹っかけてやろう。追撃しないという条件を付ければ、受けるだろう。

 

……いや、祝朝奉の性格だと、どうかな。扈三娘の返還交渉を断ったことから、あいつは俺たちを対等に見ていない。戦争ではなく、誅罰だとでも思っているのかもしれない。こういうエリート意識をこじらせた人間はたまにいるのだ。だから、賊徒とは交渉しない。

現代風に言うなら、テロリストには譲歩しない、といったところか。

まあいいや。とりあえず、飯を食って風呂に入ろう。

俺は饅頭(マントウ)と野菜の(スープ)で小腹を満たした後、浴場に向かって行った。

 

汗を流した後、仕事に取り掛かった。

こんな腐った世の中だが、腐らないものもある。それがなにか、わかるかな?

そうだね、蜂蜜だね。

 

いつの時代も、甘味というのは魔力を持っている。酒と並んで、うちの主力商品のひとつだ。蜂蜜酒もよく売れている。

塩には手を出していない。儲けは大きいが、リスクが高すぎるのだ。後漢末期ほど国は乱れていないし、塩の産地を押さえているわけでもないし。

 

職人も勧誘した。安道全のように、自分からやってきた者も多い。職人というのは、自分にない技術が気になって仕方ないのだ。しかも、そういった知識は秘匿されるのが当たり前である。

ここでは、そんなことはない。俺の知識のほとんどは公開してある。その上で、発展させろと言った。職人たちは躍起になって働いている。

 

祝家荘の軍は、攻めあぐねていた。誘い込んで、討つ。俺たちがやっているのはそれだけだ。そして、おとなしくなったと思ったら、軍が退いていた。

扈三娘は見捨てられたのだ。もしかしたら、とは思っていたが、そりゃないだろうよ。そう思っていたら、しばらくして扈成(こせい)という男がやってきた。扈三娘の兄だった。

 

義父には見捨てられたが、やはり血は水よりも濃い、ということだな。祝朝捧が扈三娘を見捨てたことで、扈家は祝家に見切りをつけたのだ。そして李家も、祝虎の出世のために戦うのが馬鹿らしくなり、二家は損耗を理由に撤退することを決めた。

二家に離れられたとあっては、祝家も単独で戦うわけにもいかないと、軍を引いたようだ。

 

扈成は宝物(ほうもつ)と食糧を用意していた。俺は当然引き渡すつもりだったのだが、扈三娘本人はここに残ることを選んだ。おかしいな、あれだけ威勢よく、賊徒の仲間にはならないと言っていたのに。林冲が説得したのだろうか。

それでも扈成は諦めず、三日ほど滞在して説得を続けたが、結局は折れた。

交渉に使うはずだった宝物や食糧は置いていった。妹を頼む、ということだろう。

これで本当に、戦は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦が終わって数日経った頃、あの男が現れた。

俺は、白い空間にいた。

たぶん、夢の中なのだろう。相手がカミサマなら、おかしなことではない。

 

「本当ならもっと早く来たかったのですが、管轄が違うものでね。手間取りました」

 

と、メガネのカミサマは役所の人間のようなことを言った。

 

「説明が欲しいね」

「もちろん。あなたは、自分が死んだことは覚えてますか?」

「……実を言うと、あまり覚えていない。実感がない、というべきか」

「ああ、やっぱりですか。あなた、認知症を患ったんですよ。最期の方は自分が誰であるかも、わかってなかったのかもしれませんね」

 

衝撃の真実が明かされた。認知症か。まさか自分がなるとは。いや、大病を患った人間はみんなそう思うのかもな。なんで自分がって。

 

「……それは、わかった。だが、死んだ俺がなぜこの世界にいる? しかも、若返って」

「まず、前の外史(せかい)にとって、あなたは異物です。なので、死んだ後に魂を回収する予定でした。ところが、死んだばかりの魂で活きが良かったのか、僕の手からこぼれて、違う外史に迷い込んでしまったんですよ。それも僕が担当する外史ではないところに。だから接触するのに時間がかかったんです」

 

活きの良い魂って今日日(きょうび)聞かねぇな。つーかしっかり掴んどけよ、とはツッコまない方がいいのかな? まあ言ってどうにかなるもんでもないし、スルーしとくか。

 

「あんたが担当する世界は三国志で、水滸伝は担当じゃないってことか?」

「察しが良くて助かります」

「若返った理由は?」

「それはあなた自身がやったことですよ。魂だけじゃ、どうにもならないと思ったんでしょうね。一番イメージしやすい年齢で、肉体を再構築したんです。そんな能力を得たのは、前回、管理者(ぼく)と接触した影響でしょうね」

 

ありがたいような、ありがたくないような。つかだんだん人間離れしてきたな。

 

「大丈夫。まだ人間ですよ。ギリギリですが」

「……ギリギリ、ね。で、俺はこれからどうすればいい? また好きに生きていいのか?」

「そのことですが、彼女から話があるそうです」

「彼女……? うぉっ、(なん)の光ぃ!?」

 

突然、光があふれた。思わず目を覆う。

光が収まった時、ひとりの女性が、悠然と佇んでいた。まるで絵画から飛び出して来たような美しさだった。

絶世の美女、と言っても過言ではないほどの。

 

「私は九天玄女(きゅうてんげんにょ)じゃ」

「……九天玄女さま」

 

……神々しい気配に呆けてしまった。私も、名乗らねば。だがどの名前を名乗る? 本当の名前か、前の世界で使っていた名前か、それともこの世界の、王倫という名前か。

いや、やはりここは、本当の名前を名乗るべきだろう。

 

「大丈夫。あなたのことは知っています」

 

九天玄女さまが私のことを知ってくださっている!? なんという僥倖! 宿命! 数奇! 身体の中に熱いものが流れ込んでくる!

 

「あなたに、頼みたいことがあります」

「頼みなど、そのような気遣いは無用です! なんなりとご命令ください!」

「あなたには天に替わって道を行い、国のために、民のために働いてほしいのです」

「ははーーっ!!」

 

替天行道(たいてんぎょうどう)

天に替わって道を行う! 本来ならば宋江が与えられた加護だ! それがこの私に!

宋江が……。宋江……? 宋江……!

 

思いっきり頭をぶん殴る。続けてほほにもう一発。

痛みで意識がはっきりしてきた。頭の中の霧が晴れていくような気分だ。

 

「話は、聞く。だが俺を、洗脳しようとするな!」

 

キッと九天玄女を睨みつける。

開き直るかと思いきや、彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「そのようなつもりはなかったのです。どうやら、私の力は人間にとっては強すぎるようで、言葉だけでも、相手の精神に作用してしまう。また、関われる人間にも制限があります。あなたならば、大丈夫だと聞いていたので……」

「実際、あなたははねのけたじゃないですか。たいしたものですよ。いやはや、実に素晴らしい」

 

メガネのカミサマは悪びれもせず、にやにやと笑っていた。

意図せずして相手を操り人形にしてしまうようなものか。恐ろしいな。存在としてのレベルが違うのだろう、知らんけど。

 

「これは、お願いです。この国を、人民を、救ってほしいのです」

 

まあ水滸伝のラストって、お世辞にもハッピーエンドとは言えんしなぁ。この国のラストも、アレだし。

 

「国がどうとかってのは、俺には大きすぎる問題ですよ。だが仲間や、俺を頼って集まってくれた人たちを不幸にするつもりはありません」

「はい。それで構いません。あなたは、善人のようですから」

 

勝手なことを言ってくれる。まあ念のために色々やってはきたが。無駄にならなかったということでよかったのかな。そう思うことにしよう。

 

「まぁ、やるだけはやってみますよ」

「はい、よろしくお願いします」

 

九天玄女が頭を下げる。その瞬間、光があふれた。

 

「うぉっ、またかよっ!?」

 

(まぶた)を押し上げると、映ったのはいつもの天井だった。

そして、枕元には三巻の巻物があった。

 

「夢だけど、夢じゃなかった」

 

 

 

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