馬ACCANO! ヴァッカーノ! The Rolling Bootlegs 作:4*4/2
彼女達の物語は、いつもカフェテリアから始まる。
「サインを、この契約書にサインをして下さい」
開店前、ピークタイム、休憩中・・・・・ぶっちゃけた話、彼女を見かけたらいつでもやってくる。お客さんの多い少ないは関係ない。もちろん季節も時間も関係ない。
「この憐れな美少女ウマ娘を、ほんの少しの手間で相棒にすることができるのですよぉ」
テラス席の中央で聞こえるゴールドシップの声。カフェテリアに響いたその声が、あるいはすべての始まりだったのかもしれない。
奇抜な格好をしたウマ娘が、隻眼の少女を見かける度に『トレーナー契約』を欲して食い下がる。
少女の雰囲気に危険な空気を感じ取ったら、諦めて退散する・・・・・その繰り返し。
「ゴルシちゃんはあなたの姿を目にした時から、並々ならぬ運命を感じておられます。契約していただければ、やがて貴方にも何かしらのとんでもなくおもしれーことが・・・・・」
「私が言いたいのは」
その繰り返しの輪が、唐突に断ち切られた。
「あなたからは邪心ちゃんと同じ雰囲気を感じ取れる、という事ね」
外見に見合わぬ口調と態度。そして突然出てきた名称に、ゴルシは戸惑いの表情を浮かべた。
「邪心ちゃん?だれだそれ」
「元いた世界の問題児」
そこで一呼吸を置くと、静かにまくしたて始める。
「すぐ食べかけを机の引き出しにしまう、お使いのお金をパチンコで全額摺ってくる、一話に一回はドロップキックを仕掛けてくる。関わった者全てに厄災をふりまく悪魔ね・・・・・いえ、魔貴族だったかしら」
今までの鬱憤を晴らすかのように、話し続ける少女。
その様子に圧倒されたゴルシだが、話が途切れると同時に噓泣きを演じ始めた。
「あんまりだ!見たこともない悪魔と同列にされるなんてぇ!あたしゃあゲームでも史実でも『おもしれえ奴』とはいわれるけど『悪魔』だなんて一度も言われたことないんだぞ」
「その、ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃないの・・・・・・ただ何となくあなたの面影が邪心ちゃんと重なっちゃって」
何か弁明しようとするが、うまい言葉が出てこない。しどろもどろの言葉が虚しく空を切り続けた。
「そうよね。邪心ちゃんに比べたら、顔立ちだってクールな美少女ね。下半身だって蛇じゃない。それに、あの娘からいつも出てるどす黒いオーラ。それも感じないから、やっぱりあなたと邪心ちゃんは別人よ」
そこまで言うと身をかがめ、うずくまるゴルシの肩に手をかけた。
「ごめんなさい、本当に」
時は来た!ゴルシはまったく涙の出ていない頬を手で拭い、懐から何かを取り出した。
「そこまで言うなら、許す。ただ・・・・・」
肩に乗せられた腕を少し強引に己の懐に移動させ、少女の人差し指に何かをつける。その湿り気ある触感に少女の注意は奪われた。
「はい、契約完了。これでユリネはあたいのトレーナーだぜ」
一瞬の間をおいて少女、ゆりねは困惑した表情で質問を発する。
「何、契約?どういうこと」
「おっとっと、一度契約してからやっぱり無しは通らないぜ。お嬢さん」
契約書を見せつけるように拡げながら、ゴルシがユリネにこたえる。
「ほら、ここ。ゆりねの名前にちゃんと拇印が押されてるだろ」
確かに『契やく書』とゴルシの手製で書かれた紙には、ゆりねの名前が記入されている。ゴールドシップが自筆したと思われる文字が、裏紙にでも書いたのかところどころ裏移りした文字と共に。
「・・・・・・私の名前は花園ゆりね。『花園 百合音』じゃないから」
「しまったぁ!漢字じゃなかったかぁ。なら、今訂正しちゃおう」
言うが早いか、ゴルシは百合音の文字に二重線を引き、その上にゆりねと書き直し始めた。
「どう考えても無効よね、それ」
「いやいやぁ、うちの理事長なら承認してくれるだろうぜ」
喜びに満ち溢れた表情で、ゴルシは踵を返す。そして・・・
「さぁて、理事長室にもっていこっと」
それは、一瞬の出来事だった。
花園ゆりねを怒らせた、憐れなウマ娘の身に起きたほんの僅かな、一瞬の事実
踵を返したゴールドシップの前に現れたのは、後ろにいたはずの花園ゆりね。
「―っ!」
ゴルシが何かを叫ぶ。本当に、本当に嬉しそうな顔のままで。
いい遊び相手を見つけた。ドロップキックを繰り出しながら発せられる、興奮による奇声が止むか止まぬかのうちに・・・・・。
その絶叫は、驚きによるものへと取って代わられた。
「―っあれ?あっれぇ?」
ユリネとゴルシの衣服が触れるか触れぬかというところで少女は、契約書を奪い取り同時に身を軽くよじった。ドロップキックが空を切り、ユリネの脇へと素通りする。そして次の瞬間には伸びきった態勢の相手へ、みぞおち付近の一撃。強烈な突きを食らわせてしまった。
絶頂が悲鳴に変わるまでの間に起ったのは、せいぜいこれぐらいの動きのみであった。
「つい、いつもの癖で・・・大丈夫?」
地べたにひれ付した相手に手を差し伸べる。
周囲にいたウマ娘の驚嘆が聞こえたが、少女は全く気にかけない。
「やるじゃねえか、ますますあたいのトレーナーにしたくなったぜ」
ユリネは、軽く乱れた息を整えながらゴルシの言葉を聞き流すと、目だけを素早く動かした。この状況下をさっさと解決する方法を模索しているかのように。
「何でこうなるのよ、やっかいね」
ウマ娘達が集まり、遠巻きに彼女達の様子をうかがっている。それらの瞳に宿るのは称賛と驚愕。
ゴールドシップと渡り合う人間離れした能力とゴシック調の衣装に身を包んだ可憐な容姿、邪心ちゃんドロップキックの世界から突如やってきた少女、花園ゆりねにそれらの視線は向けられていた。
(面倒くさいから、逃げちゃおうかしら・・・・・・)
喫茶店の出口を目視すると、少女は静かに屈伸した。軽く息を吐き、スタート準備を整える。
ランニングフォームを作り終え駈け出そうとした瞬間、少女の名を呼ぶ声が。
「花園ゆりねさん、現行犯で逮捕します!」
スタート姿勢を静かに崩し、ユリネは声の聞こえた方向・・・テラス席の出口、大通りにつながる木柵へと目を向けた。
柵の上に立つ真面目そうな顔立ちのウマ娘が見える。中等部くらいだろうか、目にも鮮やかな桜色の衣装に身を包んでいる。
「見ました!確かに目撃しましたよ・・・私の2つの眼で!!」
ウマ娘はどこまでもバクシン的な熱い眼差しをユリネに向けながら、何故か柵の上でポーズを決めていいる。
「ある時はクラスの学級委員長、またある時は学園の風紀委員長、しかしてその実態は・・・・・バックシーン!!」
木柵から着地したウマ娘、サクラ・バクシンオーは満面のどや顔を浮かべながら、ユリネにばく進していった。
すると、遠巻きに眺めていたウマ娘達の人波が左右に分かれ・・・ユリネとバクシンオーの間にきれいな一本のビクトリーロードが出来上がった。
「とりあえず、もう少し離れてくれない?さすがに話しずらいから」
互いの鼓動が感じられるほど接近するバクシンオーに、ユリネが静かにお願いする。
元気よく返事をし少女が後退する、その距離僅か一歩。
いかにもやり切った表情で、満面の笑みをたたえながらバクシンオーは答える。
「はい!移動しました!!」
「テンション高いわね・・・あなた」
ユリネの言葉に、またも困惑の意がこもり始める。そんなことに一切気にする様子もなく、バクシンオーは言葉のマシンガンを浴びせかけた。
「トレセン学園トレーナー規則第一条、いえ二条・・・うん?第3条そのあたりに『何人たりともウマ娘への狼藉を禁ずる』そんな感じの規約があったはず・・・法令違反で逮捕です」
「そのあたりって、そんな曖昧でいいの?」
「いいんです!なぜなら、風紀委員ですから!!」
何気なく口をついた、バクシンオーの支離滅裂な返答。その言葉がユリネのツボにはまり大きな笑い声が上がる。
「『いいんです』と『風紀いいんです』・・・ふっフフ、ウわハハハハ!」
ゴスロリ調の衣服が汚れることも気にせず、何度も何度も地面にこぶしを振り下す。何がそこまでおかしいのか、腹筋がけいれんしても腹を抱えて笑い転げて目には涙を浮かべ始めた。
「ちょわ!どうしましょう。ゆりねさんがご乱心されてしましました・・・誰か来てください、だれかー」
バクシンオーの叫びが虚しく響き渡る。
あれほどいたウマ娘達が、くものこを散らすように退散していた。
倒れていたゴルシは、いったい誰に運び出されたのだろうか。
「あーあ、おもしろかった」
目に浮かぶ涙を拭いながら、笑いの世界からようやくユリネが戻ってくる。
「正気に戻られたのですね。よかった・・・では、改めて逮捕です!!」
「あーもう、面倒くさいわね」
ユリネはただ一言、短く言い切った。
少女がどうやってこのウマ娘を追い払おうか考えていると、再び自分を呼ぶ声が。静かな、やさしく落ち着いた声。
「ユリネさん・・・こんなところにいらっしゃったのですか」
店内からテラス席へと通じる連絡口、コーヒーポットを片手に立っていたのは、猫のように瞳を輝かせた低身のウマ娘であった。さんさんと降り注ぐ日光を浴びて、黒色の長髪が艶めかしく輝いている。
一見するとバクシンオーと同じくらいの年齢とも受け取れるが、その少女の持つミステリアスな雰囲気が彼女を年齢不詳たらしめている。
「今日はもう閉店の時間です・・・注文品を運んだきり帰って来ないので心配していたら、貴方の声がしたものですから」
何がうれしいのか、ほんの少しほほ笑みを浮かべている。
しかしその笑い顔が見えると、入れ替わりにバクシンオーの自信満々な表情が消え去った。
「こ、これは、カフェさん・・・えーっと、こんにちは」
「ごめんなさい、ちょっとごたごたに巻き込まれちゃったの」
ユリネの雰囲気が、風紀委員長に対する時と正反対のものとなる。彼女から醸し出されていた、面倒くさく気だるげな空気が親しみある落ち着いたものへと。
一方バクシンオーは全く自信を無くしたような顔をして、地面に正座してしまった。
「マンハッタンカフェさん・・・ユリネさんがまさか、あなたの『トレーナー』さんだったとは知らなかったのです!」
申し訳なさを含んだバクシンオーの声に対して、カフェはしみいるような静かな声で返答した
「・・・・・とりあえず、土下座はやめていただけませんか。あと・・・・・トレーナーさんではありません」
言葉の意味が分からず、素早く立ち上がったバクシンオーが隻眼の少女をかえり見る。
「私は誰のトレーナーにもならない」
「・・・?」
「私とユリネさんは・・・・・そうですね、このお店で働いていただくことになった従業員といったところでしょうか」
「そういうこと、これでおしまい」
一方的に話を打ち切り、二人は店内の片付け作業に入っている。もはや、バクシンオーは取り残されたようだ。
「・・・???」
彼女の頭のスペースに余すことのないクエスチョンマークが埋め尽くされる。
「む?ん~?んん~ん」
一人うなりながらバクシンオーは目に映る光景を整理すべく、自分だけの思考世界へ入っていく。
ごく一部の者しか見せないカフェさんの楽し気な眼差し。それにこたえるまんざらでもないユリネさんの態度・・・あぁ!それにあれは確か俗にいう恋人つなぎ!!
「バクシンオーさん・・・あの、もしもし?」
「返事がないわね。もう帰りましょう」
「・・・お店の出口は開けておきますね」
二人の呼びかけも耳に入らない様子で、委員長は思考の海に深くダイブしている。点と点が繋がり、一つの線になる。彼女の中で一つの答えが導き出された。
つまりトレーナーとウマ娘の関係などとうに超えている、そういう事なのですね!
導き出された結論に満足し我に返ると・・・誰も彼もがいなくなっていた。