馬ACCANO! ヴァッカーノ! The Rolling Bootlegs 作:4*4/2
二人の去ったテラス席で、委員長が体をワナワナと震わせている。
(お二人の秘密を知ってしまい監禁されてしまいました!)
「だれか!だれかー!!バックシーン」
ありったけの声を張り上げ、助けを求める。
拉致・監禁・脱出不可能。よからぬ妄想が頭の中を駆け巡り、引き戸のドアを力の限り押し続けるもびくともしない。
「何やってるの?姉さん」
ドア越しに声が聞こえてくる、聞き覚えのある知的でそれでいてどこか温かみのある声が。
「その声は・・・ローレル!よかったー、このままおばあさんになるまで監禁されるところでした」
「カギ、開いてたみたいね」
「え、ええー!嘘です。先ほどまでウンともスンとも・・・」
「もしかして、ずっと押していたんじゃなぁい?」
委員長の顔色が赤く染まる。それが、ローレルの推測の正しさを伝えていた。
「・・・ローレル事件です。学園の風紀が乱されつつあります!我らサクラ組の任務は何でしょう?
そう!生徒とトレーナーさんの風紀を維持すること!学園の風紀が今脅かされつつあります。サクラ組出撃です!!」
夕焼けのように赤く染まった頬を何度も何度もふり続ける。
自分自身の恥ずかしさをごまかすため、いつも以上にオーバーアクションで、彼女の力説は続いた。
「マンハッタンカフェさん、花園ゆりねさん・・・あなた方の所業、全てまるっとお見通しです!」
いきり立つ姉を静めようと、サクラローレルは余計な一言を付け加えてしまう。
「いつの間に、姉さん風紀委員になってたの?」
バクシンオーは無言でローレルを見つめると、思い切り笑い飛ばした。『細かいことを気にしてはいけません』彼女の笑顔にはそう書いてあるように見えた。
⇳
「大丈夫でしょうか、バクシンオーさん」
「ちゃんと伝えたし大丈夫じゃない?子供じゃないんだし」
カフェとユリネの2人が、顔を見合わせ小さく笑った。
大通りに入った二人は、トレセン商店街とトレセン学園の間を通って女神通りへと向かって行った。
「どうせ給仕服を買うのでしたら・・・いいお店を知っています」
このカフェの言葉により、二人は小一時間程度歩くことになる。
「旧道はいいですね・・・昔からある生活道。車も人も通らない・・・静かで、秘密基地のような」
カフェという少女は、実に『アスリートらしくない』少女であった。
いつも何か遠くを見つめ上の空、執着しない、怒りもしない、いつも微笑みをたたえている、誰に対しても敬語を使う。およそ運動競技者の要素を持ち合わせてないように思われた。
学園生活だけならば、本当の自分を隠しているのかとも思われるが、普段の生活、そして一着や二着を競い合い、勝ち取った競技後ですらこの調子である。
驚異的な末脚と無尽蔵のスタミナ。様々なトレーナーの口から『あの娘が勝ちに貪欲になったら、どうなってしまうんだろうな』と畏怖され続けるが、如何せん本人がこれでは、その考えは杞憂に終わるだろう。
「見えてきました。あそこは私の・・・いえ、私達の馴染みのお店です」
喫茶マンハッタンから遠く外れた大通り、その中に佇む古びた衣装屋があった。
中に入ると年老いた店主が一瞥を寄越したが、いらっしゃい等といった声がかかることは無かった。大通りにある店の割には不愛想な店主だったが、店内の品揃えの多さを考えればどうでもいい事だと思えた。そこは、ウマ娘達の競技衣装と靴の専門店だったが、あまりの品物の多さに、ユリネは軽く驚嘆の声を上げた。
「すごいわね・・・・・」
壁という壁に衣装がかけられていた。いや、衣装に壁が見えなくなっているので、本当にその裏側に壁があるのだろうかと思えるほどの量であった。無論壁だけではなく、店に並ぶ棚にも大量の衣装が陳列されており、レジの周りには、靴がまるで壁紙のようにびっしりとたれ下げられていた。
「本当に、いつ見てもすごいですね・・・・・・この中からユリネさんに一番似合う給仕服を見立てる。・・・・・大役ですね、ちょっと時間がかかりそうです」
「大丈夫、ゆっくり選びましょう。一日いても飽きないと思うし」
軽く手を振ると、自らも衣装の山に見入り始めた。
マンハッタンカフェの喫茶店において、『バリスタ』と呼ばれる役割を担当する際、特別な技能・制服は必要ない。厳密には『JBAバリスタライセンス』等民間資格が必要だが『おいしく淹れたい、その気持ちさえあれば・・・・・あとは何もいりません』というカフェの方針からユリネも担当するようになった。
衣装においても特別な規定があるわけではない。普段着でも運動着でも何でもいい。
淹れる側も飲む側も一番気持ちのいい自然体で一杯のコーヒーを楽しむ、それだけを目指した喫茶店だった。
それでも、明日の新規開店と共に『バリスタ』になり最高の一杯を提供してやろうと思うユリネにとって衣装選びは、重要な『形』から入る『儀式』の一端であり、軽い緊張と高揚感をもってこの場に臨んでいた。
「・・・・これなんか、いかがでしょうか?」
試着室に連れていかれ、ユリネの身体に衣装が合わせられる。
黒一色の給仕服。蛍光灯から発せられる光でさえ吸収されそうなほどの漆黒。
それは花園ゆりねの色白な肌と調和して、まるで英国王室に出てくる給仕長のような厳格な印象を与える。あえて男性用の給仕服を着せることで、小柄だが肉の締まったボディラインが強調され、見た者にさわやかな清涼感とボーイッシュな印象を与える。
「いいじゃない・・・・・自分で言うのもなんだけど、合ってると思う」
それはマンハッタンカフェに対する気遣いなどではなく、純粋な驚きだった。店内の大きな鏡で見ると、自分がまるで別人になったように思える。
服装一つでこんなに印象が変わるものかと思った、方向性は違うけどこれはこれでいいじゃない。
鏡を覘く少女は、実に嬉しそうに笑った。その表情からは、普段邪心ちゃんの顔面に拳を放る姿は想像できなかった。
「じゃあこれ、二つ買いましょう」
(・・・二つ?)
ユリネ言葉にカフェは怪訝な視線を投げかける。
「ペアルック、カフェちゃんも着るの」
「・・・・・いえ、私には」
似合わない。その言葉を発する間もなく
「着るの、カフェちゃんも」
たたみかぶせらる言葉。
有無を言わせぬユリネの雰囲気に、自然と首を縦に振ってしまう。
衣装を購入する時も、相変わらず店主は無言だった。黙々と商品を袋に入れ、衣装の値札をもとに替えの受け渡しは行われた。ユリネが商品をすでに身に着けた状態で値札を見せた際でも、無言のままジロリと一瞥し値札の料金を受け取るだけだった。
期待した店主の反応が得られれず、少しものたりないユリネだったが、明日淹れるコーヒー豆はどこで買おうかとか、ついでにケーキを買って帰りましょう等といった雑談をカフェと交わしながら店を出た。
その時、入れ替わりで少女2人組が入ってきた。
一人はカフェよりも長身で、段差も何もない入り口で躓きそうになっていた。それを助けた女の方はユリネと同じくらいの背丈で、一見すると顔立ちが整った美少女に見えた。
二人ともやけに個性的な格好で、一人は赤と白を組み合わせたクルミ割人形を彷彿とさせるドレス。もう一人は、純白の衣装にガラスのハイヒールを履いていた。どちらの少女も御伽の世界から現代に出てきた印象を受ける。
要するに、物凄く世間から浮いた、よく目立つ二人組であった。
「あ、ごめんなさい」
肩がぶつかったので、ユリネが即座に謝る。
その時、元着ていた衣装から何かが落ちたことにも気付かずに。
「・・・・・・ほわぁ、ごめんあそばせ」
「ごめんあそばせ」
躓きそうになった少女の言葉を追いかけるように、もう一方の少女も同じ言葉を紡ぐ。
その場はそれ以上何もなかったが、ユリネはその入り口から来た二人。特にシンデレラ風の少女を目にして思った。
(まさかあれって・・・邪心ちゃん?)
しかし、邪心ちゃんは服を着ないし、足もない。先ほど出会った邪心ちゃんらしき人物の姿をそっと振り返り確認する・・・他人のそら似と確信し、店の外へと出て行った。
(どうしましょう・・・出て行ってしまわれました)
ユリネ達が去った後の衣装屋。シンデレラ衣装の少女・・・邪心ちゃんは隣で立ち尽くしている少女・・・メジロブライトに声を掛けた。
「何してるですの?ブライト・・・もう一回だけ確認しておくが、決して目立つような行動はするなよ」
「はぁ~い。地味に、地味に動けばいいのですね」
落とし物の紙切れをポッケにしまながら、返答する。
「そのとーり。わかってるならいいですの」
服装と比べてあまりに説得力の無い会話をすると、二人は衣装に埋め尽くされた壁を見回した。邪心ちゃんの手には旅行用の大きなカバンを持っていたが、旅行だとは到底思えない格好だ。
「すごいなー、よりどりみどりですの」
「買い放題ですわね」
「衣装で魔界を征服できそうですの」
わけの解らない例えを持ち出すと、邪心は衣装を手に取り、さっそく体に合わせ始めた。
「どんな衣装に致しましょう?」
ブライトが尋ねる。
「まぁ、普通でいいですの。・・・いや、ド派手な方がカモフラージュにはなるか?」
店の奥に行くにしたがって、衣装の種類にも幅が出てくる。
冬だというのに水着が並べてあったり、献血センターの看護婦さん用の衣装が置いてあったり、イギリス王室の近衛兵が着る上着と黒のズボンまでが陳列されている始末だった。
「・・・ご丁寧に穴まで空いてますの」
邪心ちゃんが手にしている長丸い黒帽子には、ブライトのウマ耳がすっぱり入る穴が二つ。あきらかに全ての衣装がウマ娘も着用することを考えられた設計になっていた。
「うわ、こりゃまたすげぇですの」
他の上段にひときわ輝く商品があった。色鮮やかな八枚の着物が一枚一枚重なり合っており、虹のような華やかさがある。商品名にはたった三文字で・・・・・
「なんて読むのでしょうか?じゅうにたん?」
「何かわからねえけど、すっげぇ防御力高そうな衣装ですの!」
何という商品名かはわからないが、その色鮮やかな衣装の値札には、総重量15Kgと書かれた説明紙が添えられていた。
「はーん・・・・・わかりましたの。これ、防弾チョッキだな」
「きっとそうですわね。そう言われると、とても頑丈そうに見えますわ」
十二単の下の段には、くノ一なりきりセットコーナーといったスペースがあり、『伊賀の里公認』だの『風魔の里再現』だの『雑賀のくノ一をご自宅』でだのと何か入浴剤コーナーを思い起こさせる品揃えが並んでいた。
「・・・ちょっと奇抜すぎますの?」
「闇討ち?する格好には向かないかもしれませんわね」
ブライトがにっこりと笑いながら、さらりと恐ろしいことを口走った。
「まぁいいや、まとめて買ってこう」
ブライトのセリフを気にした様子を見せず、結局邪心ちゃんは白い看護服と男西洋のウェスタンポンチョ、それと十二単をレジまで運んで行った。年老いた店主の前にかなりの質量がドサドサと落とされる。
それでも、店主は無言だった。目でちらりと品物を見ただけで、紙にさらりとそれぞれの単価と合計金額を書き連ねた。
紙には国家公務員の給料、十二ヵ月分ほどの額が示されている。邪心はブライトのバッグから無造作に札束を取り出すと、大雑把に数えさせて店主に差し出した。
一分後、多く出しすぎた十数枚の札と、釣銭分の小銭が手の中に返ってきた。
「いいか爺さん。おいら達がこの店に来たって事は、きれいさっぱり忘れるんだなぁ」
「忘れてくださいませ」
余計な事を言う二人。ただでさえ目立つ格好でこの言動では、場合によってはその場で通報されかねない。どうにもこの二人、外見と違わず少々抜けているようだ。
「もし警察かトレセン学園に通報したら・・・したら・・・どうする?」
自分がカタギ者ではないと告白しながら、ブライトへ堂々と助け舟を求める。
「ん~、泣いちゃうとかいかがでしょうか?お約束を破られたらとても悲しい気持ちになりますし」
「なるほど。ともあれ爺さん!通報したら・・・・・泣く!」
「泣く♪」
どうやら外見以上に酷いようだ。色々と。
二人の微妙な科白を聞いているのかいないのか、店主はじろりと二人をねめつける。
二人は途端に無言になると、レジに置かれた品物を抱え、足早に店を出て行った。
店主は新聞に目をやると、今しがた来た出来事など綺麗さっぱり忘れてしまっていた。
「はあはぁはぁ・・・・・・こっ・・・・・・ここ怖えですのあのじじい」
「物静かなおじいさま、でしたわね」
衣装屋から逃げるように走り、二人は近くの路地裏に辿りついた。
「くそう・・・あの爺さん、きっと悪魔祓いですの。ひと睨みで邪心ちゃんをその・・・なんだ、いや、ビビっちゃいねぇが・・・ええと・・・逃げさせる、いや・・・追い出させる???」
「ん~退かせるでしょうか」
「そう、それですの・・・ひと睨みで邪心ちゃんを退かせるとはな・・・・・・いや、もちろん戦えばドロップキックで一発KOですの、でもほら、相手も強いから、ブライトに怪我でもあったら大変だと思ったから」
「まぁ、本当に?」
ブライトが嬉しそうに尋ねる。
「もちのロンで本当さ。闇討ち行脚を始めてからこの半日、ハルウララからジェンティルドンナまで色んなウマ娘87人に闇討ち仕掛けたけどよ、邪心ちゃんが今まで少しでも敗北したことが何回かでもあったか?」
「八十七回ぐらいでしょうか」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「そらみろ!まだ百回以下じゃねか!」
「本当ですわね!すごぉい」
心の底から感動の声をあげる。この調子では、話の意味すら理解していないのであろう。
「そうさ!河原でブライトに拾われた時から、邪心ちゃんは決めたんだ。ブライトを日本一のウマ娘にするって」
「日本の総大将ですわね」
「でもそれには並み居るウマ娘に勝ち続けなければいけない。つらく険しい道のりですの」
「登龍門でしょうか?」
「だから、立ちふさがるライバルをレース前に邪心ちゃんが潰せば、ブライトが不戦勝で優勝ですの」
「不戦勝・・・走らずに得た勝利・・・良い事なのでしょうか?」
確かにブライト以外のウマ娘がゲートにいなければ可能だが、どうにも方向性が間違った発言である。
「それで。日本一になったら優勝賞金は山分けな。邪心ちゃんが7でブライトが3」
「日本一、菊花賞でしょうか?」
「いやいや、皐月賞 、 東京優駿ついでに凱旋門賞もいただきですの」
「まぁ、でも私飛行機はちょっと苦手で」
「なら、凱旋門賞はやめますの」
「でも凄いですわねぇ。私そんなウマ娘になれるでしょうか?」
「なれるさ、邪心ちゃんとブライトが一緒なら総理大臣にだってなれる。日本の首相だぜ首相。ああ、おいら達はキングにだって、クイーンにだって、ジョーカーにだってなれるさ!」
キングは物理的に無理だろう。
「よくわからないけど、凄ぉいですわ!」
いつしか二人は感極まって、サウンドオブミュージックを口ずさむ。路地裏はいまや彼女達のステージ、手に手を取って踊り出す。愛する二人は夢の中―
そして、車に撥ねられた。
⇳
「死んだか?」
車の後部座席から、老齢な男の声がする。
「いえ・・・速度が速度ですから・・・あ、動いています。おそらくバランスを崩して転倒しただけでしょう」
運転席から返ってきたのは、若い女の声だった。
「なら、さっさと行け」
「はい」
何事も無かったかのように、車は速度を上げて走り出した。路地裏を抜け大通りにまで出るとようやく男が話題を続けた。
「・・・・気をつけろ。何故撥ねるた?」
「申し訳ございません。避けるつもりだったのですが、突然道の中央で踊りだしまして・・・ブレーキが間に合いませんでした」
男は少しの間沈黙する。そして、運転する女は今までくだらない嘘をいう事はなかったことを思い出す。
「・・・・・・踊りだした?」
「はい、金髪の方はウェディングドレス、栗髪の方は白と赤のドレスを着ていましたから・・・・・恐らくライブの稽古でもしていたのではないでしょうか?」
「・・・・・秋葉原には少し遠いぞ」
「あと・・・金髪の方は右手に水着と・・・着物を抱えていましたが」
男は流石に眉をしかめる。
「・・・近頃の若い者はわからんな」
運転席からの返事は無い。
「ふん・・・もっとも、昔から若い奴の考えることなど理解できなかったがな」
ゆっくりと目を瞑り、独り言を続ける。
「そうだな・・・・・あの若造共が血迷った時からだな。私が餓鬼共を信用しなくなったのは」
「・・・あの世界の野球少年は、まだ抵抗しているのでしょうかね」
運転席からの声が耳に入る。独り言を邪魔された形なるが、特に気に障った様子も見せずに返答する。
「だからだ、だからこそ一日も早く帰らねばならぬ・・・元の世界にな」
その言葉を最後に、車内は沈黙に包まれた。