URAを優勝するまでウマ娘に転生し続ける元一般人男性   作:安倍川餅

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1~3回目
01世代→89世代→93世代


 

「ああ」

   ――やっぱり。今回もダメだったみたいだ。

 左手にはボストンバッグ。右手には松葉杖。先日送った他の私物は、今頃両親の待つ実家へたどり着いた頃だろうか。それを私がこの目で確認することは、ないのだろうけど。

 後ろを振り向くと、見慣れた学生寮。メイクデビューから半年。結局、一度も勝つことができなかった。それに焦るあまりにトレーニングをし過ぎて、左膝を故障してしまった。

こうして失意のうちにこの光景を眺めるのも二度目。ああすればよかった、こうすればよかった、そんな未練と後悔を無理やりに飲み下し、踵を返して門を潜る。

 ほどなく、私の意識は閉ざされた。

 

 

 

 唐突だが、私はこれまで四度の生を生きてきた。どうやら転生。あるいはタイムスリップか、もしかしたら限定的なループ現象というやつかもしれない。

 

 一度目の生は栃木県にある以前は競馬場があったスタジアムの近くで生まれ育ち、大学進学に合わせて上京してそのまま東京で就職した何の変哲もない男だった。

 就職して四年目にして朝も夜もない生活に忙殺されて碌に睡眠も取れず、たぶんある日限界を迎えてぽっくり逝ってしまったのだろう。今思えばやりがい搾取のクソったれブラック企業だった。

 良かったのか悪かったのか、今際の記憶はない。苦しまずに逝けたのだろう。ゲームのリセットボタンを押したように、ぷつりと意識が途切れている。

 

 

 そうして次に気が付けば、ヒトではない幼女になっていた。『オンザループ』という名の、ウマ娘となった二度目の命。

 前世と同じく栃木の同じ町に生まれ、しかし確実に前世と違う世界。ウマ娘たちのレースが世界中のいろんな国で一大興行とされ、強いウマ娘はそれこそ世界的なスターとして扱われている。

 紛れもなく一度目の人生でアニメ・ゲームアプリになっていた『ウマ娘プリティーダービー』の世界で、しかも私はウマ娘であった。

 

 性別が違うこと、ヒトとは違う耳、尻尾、身体能力――ウマ娘という種族として生まれ落ちたこと。

 私は、これら前世との差異におおいに戸惑った。異世界であることを把握し、自身が女性になっていることを理解し、ウマ娘としての生活に適応するのに三年もの月日を費やした私は、競走ウマ娘となるべく自主トレーニングを開始した。

 

(ウマ娘として生まれたからにはアニメやゲームの舞台となっている中央トレセン学園に入学し、『トゥインクルシリーズ』を走らねば)

 

 そんな思いからだったが、それはウマ娘が持つ走りたいという本能に根差した願望ではなく、好きなキャラに出会いたい・その活躍を間近で見たいという薄っぺらい欲望に他ならなかった。

 あまつさえ自分がレジェンドホースの魂を受け継いだウマ娘たちと競い合えると何の根拠もなく思い込んでいたし、彼女らを相手にGⅠは勝てなくとも重賞レースの賞金で不自由なく暮らしていけるだろうという浅はかな考えすら持っていた。

 ウマ娘のアプリゲームの育成では、GⅢレース程度であれば苦も無く勝ててしまえた記憶があったのも原因だったのだろう。

 

 しかし、私はすぐに現実を知ることとなった。私がトレーニングを開始したのは小学校に入学して数年後のこと、対して他のウマ娘たちは物心がつく頃から本能の求めるままに毎日毎日走り回っていた。私は、他の同年代のウマ娘たちと比べ大きく出遅れていたのだ。

 走る為の知識を碌に持たず、そんな状態で行われた小学校卒業までのたかだか数年のトレーニングでは、スピードもスタミナもパワーも、レースで武器となりうる能力が実を結ぶことはなかった。

 結局、地方のウマ娘たち相手にかけっこで一度たりとも勝てなかった私が、エリートの集まる中央トレセンに入れる道理もなく、それどころか地方トレセン学園にも――『ローカルシリーズ』を走る権利すら得られなかった。

 私は一般的な公立中学への進学を余儀なくされ、そしてその入学式の前日夜、いつかのような意識の断絶を経験することになった。

 

 

 そして三度目。気づけばまたもウマ娘の幼女であった。二度目と同じく『オンザループ』という名のウマ娘である。両親も、栗毛に分類されるツヤツヤの髪の毛も、出生地も変わらない。物心がついたぐらいの年齢に、過去に、戻っていた。

 とにかく再び幼女として意識を取り戻した私は、不可解な現象にたっぷり丸一日の混乱に見舞われた後、すぐさまトレーニングを開始した。

 何故また若返っているのか、何故中学生になる直前に前世は終わってしまったのか。それを知る術はなかったし訳がわからなかったが、とにかく未練があったことだけは間違いなかった。

 前回での数年間の多少のトレーニング知識、走るフォームや自分に合うシューズなど、幾分は効率的に鍛錬に励めたのが良かったのだろう。小学校最高学年となる頃には、地方のレースで毎回上位に入るぐらいの実力を手に入れることができていた。

 結果として、補欠合格ではあったが中央トレセンへの入学を決めることができたのだ。

 

 そして「これから私のトゥインクルシリーズが始まるんだ!」などと希望を胸に入学を果たし、選抜レースと模擬レースに幾度か出走したが、毎回最下位争いをする有様であった。

 教官によるコーチングを受けて自己鍛錬に励んだもののトレーナーの目に留まることはなく、メイクデビューまで粘ったがそれでも結果を残せずに退学が決まってしまった。

 最高戦績は模擬レースでの4バ身差の二着。一着はアプリで見たサクラチヨノオーに似た雰囲気の、サクラホクトオーというウマ娘だったのは強く記憶に残っている。競走を終えた時、出走していた他のウマ娘はみんなバテていたので、短距離に向いた子たちばかりだったのだろう。棚ボタの二着だった訳だ。

 

 出来うる限りの努力をしたつもりだったが、まったく及ばなかった。けれど私は納得していた。前回と違ってスタートダッシュで出遅れることなくトレーニングに励み、走るだけではなくちゃんとレースの勉強もした。その上で多少のたらればでは覆すことのできない実力の差を目の当たりにして、やるだけやったと諦めがついたのだ。

 

 別に競走ウマ娘だけが進路ではない。別の道に進むウマ娘の方がよっぽど多いぐらいだ。

 まだ13歳。これから先の未来はいくらでもやりようがある。ブラック企業にだけは就職することがないように、ちゃんと良い大学に入ってホワイト企業を目指すのは大前提だ。

 などと気持ちを切り替え、中央トレセン学園から退寮したところ、急に目の前が真っ暗になった。

 

 

 そして、今回が四度目の人生で、三回目のオンザループだった。

 

 結論として、私はウマ娘として生まれ落ち、年を経てあるところを境にして強制的に幼少期に戻らされる。

 一回目の私は中央トレセン学園に入れず、公立中学への進学が決まって競走ウマ娘になることを諦めた夜。

 二回目の私は中央トレセンに入学こそしたものの学内レースですら一度も勝てず、トゥインクルシリーズを走るために必須となっているトレーナーと巡り合うことが出来ず、諦観から自主退学を決め、荷物をまとめて退寮した瞬間。

 そして今回、半ば名義貸しともいえる放任主義なトレーナーの下でメイクデビューにはこぎ着けたものの一度も勝てず、無茶なトレーニングからリハビリ込みで全治半年の故障、未勝利戦に挑むことも出来なくなり退学・退寮となった時。

 一応回数を重ねるごとに戻らされる瞬間は後ろへ伸びているが、その瞬間というのは『競走ウマ娘としての道が絶たれた時』ではないかと考えた。ゲーム的に言うなら『育成目標を達成』出来なかったからゲームオーバーになってしまったのではないかと仮定を立てたのだ。

 

 その上で三回目となる今回、四回目以降があるものとして私はレースとトレーニングに励む傍ら色々なことを調べていた。

 

 まずは、私。『オンザループ』というウマ娘のこと。

 ひとつ。本格化といわれるウマ娘が急成長する時期があるのだけど、私に関して言えば毎回中央トレセン学園に入学してすぐに始まっている。トレセン学園自体には中等部や高等部があるけれど、トゥインクルシリーズを走れるのは本格化が始まってからの三年間になるので私は当然、中等部に入学してすぐにトレーナーを探してメイクデビューに挑まなくてはならない。

 

 ふたつ。本格化の時期は変わらないようなのだけど、それまでのトレーニングや生活によって体躯には変化があるということ。

 一回目の私はヒト並みに……多くても成人男性程度の食事しか摂らなかった。そしてそれはウマ娘としては栄養不足もいいところだったのだろう。背は同世代の中でも低く、体の肉付きも悪く、低血圧で常に気怠い状態だった。

 二回目も若干引っ張られて食事量は少なかったのだけれど、三回目に他のウマ娘と遜色ないぐらいの食事を摂るように意識的に心がけてみたところ、体重はもちろんのこと、身長が一回目の私に比べて10cmほども伸びた。遺伝的に限界はあるのだろうけど、挑む距離に合わせて肉体育成する余地がある。

 

 みっつ。適性のこと。ゲームのように能力が可視化されないので、未だに私の適性がわかっていないのだ。

 芝とダートのどちらが走りやすいかと言われれば芝であるけれど僅かな差。そして距離に関してはトレーニングと体躯で変わるのか、二回目は2000ぐらいの中距離が得意だったが、今回は短距離やマイルもやや走れている手ごたえがあった。長距離に関してはほとんど走る機会がなかったのでまったくわからない。

 三回目のオンザループをゲームに合わせて表してみるとすると、芝AダートB 短距離C、マイルB、中距離Aというイメージでいるのだけど、あくまで個人的に私の走りやすさの最高をAとした場合である。

 メイクデビューから未勝利戦と公式レースで勝てなかった以上、実際のところは全部ひとつかふたつ下がって適性Aの項目が一つもないと言われても納得できてしまう。

 

 そして周囲の環境のこと。男だった頃からずっと栃木県生まれであったこと、スマホなどの技術に関して変化がなかったので単純に過去に戻っているのだろうと思っていたのだが、実は毎回違和感があった。

 一回目の私は中央トレセン学園に入学すらできなかったので同期に誰が居たのかはわからないが、中学入学前の年末にはホープフルステークスで一着をとったエアシャカールがテレビで取り上げられていた覚えがある。もしトレセン学園に入学できていたら、エアシャカールたちの次の世代ということになっていたのだろう。

 二回目の私の同期には、サクラホクトオーというウマ娘がいた。他にも一年上にサクラチヨノオー、ヤエノムテキ、スーパークリーク、バンブーメモリー、メジロアルダン。そして地方からの編入で騒がれ、アイドルさながらな人気のオグリキャップがいたのをしっかりと覚えている。

 そして三回目であった今回。同期であるはずのサクラホクトオーがいなかった。いや、正確には、サクラホクトオーは『いた』。朝日杯に勝利したGⅠウマ娘として、私が中央トレセン学園に入学する数年前にはもう競走ウマ娘を引退していたのだ。そして、私と同じくトゥインクルシリーズを走るとされているウマ娘に、ビワハヤヒデ・ナリタタイシン・ウイニングチケットのBNWが揃っていたのを知っていた。

 

 つまり、過去に戻る度、私が挑むクラシック世代が変わっている。三回目でようやくそれに気づいたのだ。

 競馬に詳しい人ならばすぐに気づけたのだろうが、あいにく一回目の私が知る競馬知識はほぼほぼウマ娘から仕入れたものだ。

 それでも、二回目では一つ上の世代で活躍していたオグリキャップが、三回目の私の小学生時に行われた有マ記念で引退し、ドリームトロフィーリーグへ進んだと大々的に取り上げられていれば流石に気付くことが出来た。

 

 

 わかっていることなんてこの程度。

 ウマ娘として三度も幼少期を繰り返し、未だにメイクデビューすら勝ち得ていない身であるが、おそらくトゥインクルシリーズを走り抜けることこそが育成終了(ゲームクリア)になると仮説を立てている。

 

 さて、四回目はあるのだろうか。あってほしい。これでなかったなら、これまでの私が無意味に終わる。

 次の同期は誰なのだろう。誰であろうとも一筋縄とはいかないことは間違いない。

 果たして勝てるのか。勝ち続ければ、本当にこの不可解な現象から抜け出すことが出来るのだろうか。

 

 そして私は、いつか天寿を全うすることが出来るのだろうか。

 




生まれ変わる度に挑む世代が変わるのって色々書けて面白いのでは?
って思ったけどお馬さん詳しくないのでその年代を調べるだけで時間が過ぎ去っていく
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