URAを優勝するまでウマ娘に転生し続ける元一般人男性 作:安倍川餅
レース向けのトレーニングに体が耐えられないという理由でメイクデビューへの出走を一年延期すると決めて、私は妙な解放感でいっぱいになっていた。
リセットされて幼女となり、小学校を6年間通い、そしてようやくトレセン学園に入学しても1年と経たずに脱落する。結果を残せなければまた最初から。というより、結果を残せたことがないのでトレセン学園に入学してからのたった一年足らずの為に数年間を費やし、そして毎回全てがなかったことになっている。
6月のメイクデビューから半年でひとつめのタイムリミットがくる。ジュニア級での目標があるかもしれないと、そういう想定でいた。それまでに勝たないとと思って頑張ってきた。年末までに1勝、そのつもりで走っていたからいつも切羽詰まっていた。もっとも前回判明したところによると、1勝ではダメだったようだけど。
レースに勝てなければ今の私が死んでしまうのに、そうしない為だけの努力をして積み重ねてきた筈なのに、それでも勝てない。そんな環境がずっと続いていた。
……ダメだ。私の置かれている状況を冷静に考えてしまうと気が狂いそうになる。
トレーニングは続けるし、来年に向けて準備を進めていくけれど、それでもこれからの一年間は私にとってトレセン学園に在籍していながらの初めてのモラトリアムといえる。
もちろんメイクデビューに出走しなかったことで6月に、もしくは前回まではジュニア級であった中等部初年度の年末にリセットされてしまう可能性が残っているが、どちらにせよ今の私では本格化したウマ娘を相手にまともにレースで競うところまでいかないので、そうなったらそうなったで諦めるしかない。
だいたい、中等部に入学して早々にデビューしなければならない早熟なウマ娘って相当な不利を背負わされていると思う。高等部でデビューする子は最低でもきっちり三年間、競走ウマ娘としての最先端のノウハウやトレーニング法、スポーツ栄養学諸々を学んだ上でレースに挑める。体だって成人女性とほぼほぼ変わらないところまで成長している。対して中等部初年度なんかにデビューする子は去年まで小学生、当然ながら専門知識どころか人によっては基礎知識すら修めないまま右も左もわからない状態で高等部組と同じ土俵で戦うことになるのだ。もちろん、そういった不足をサポートして埋めるのが担当トレーナーということなのだろうけど。
それじゃあ、みんな高等部に進んでからメイクデビューに挑めばいいのでは、という考えが頭を過るけど、そうならないのは本格化が始まって急激に成長し、モチベーション爆上げでトレーニング効率などが跳ね上がり、そして数年でピークアウト……本格化が終わり、能力が衰え始めてしまうからだ。
私のように中等部初年度で本格化が始まると、早い子では中等部三年目あたりからピークアウトが起こりかねない。高等部を待たずして、最盛期が終わってしまうのだ。もちろん五年以上現役で走れるウマ娘もいるようなので、ウマ娘によるとしか言えないのだけど。
私はどうなのだろうか。今年本格化が始まり、来年にメイクデビューへの出走を予定しているので、順当にいけばシニア級になるころには本格化から四年が経過した状態ということになる。ジュニア級、クラシック級、シニア級と設定されているだろう目標をクリアしない限り先へは進めないので、ピークアウトの心配なんて私には早過ぎるのかもしれないけど。
さて、トゥインクルシリーズに参加しないとなると決まった目標というものがない。これまでは時間に追われてあれやらなきゃ、これやらなきゃと色々手を回そうとして全部が中途半端になってしまっていた。いくら猶予期間とはいえ、ただ漫然と学園生活を満喫する訳にもいかない。
せめて建設的に何かをしようと考えて、私はこれまで放置せざるをえなかった問題へ着手することにした。
一つに、トレーニングの効果について。ひいては前回、4回目のオンザループは、何故勝てたのかについて。
怪我による数か月のトレーニング制限、そして芝の方が得意なのにダートで挑んだこと。不利な条件が重なっていて、本来ならば勝てるはずがなかった。
だって、3回目のオンザループは得意な芝で戦い、トレーニング強度を上げ過ぎて故障するほどにトレーニング漬けだったのに、それでもレース結果は4回目ほど奮わなかった。本来なら3回目の私の方が強くなる筈なのに、4回目のダートで走る私の方が、3回目の速度の出やすい芝で走る私よりトップスピードが上だったし、スタミナがあったし、あんまり活かせなかったけどパワーだってあった。
もちろん、4回目の私には逃げの先輩たちがいたというのも大きかったとは思う。独学でトレーニングしているだけでは学ぶことのできない技術を教えてもらえたのは大きい。実際にレースでも重宝させてもらっているし。
ただし、スピード・スタミナ・パワーとあらゆる能力が伸びていることには、それでは説明がつけられない。
3回目と4回目の私の違いは何か。考えられることは多くない。一緒に併走してくれる仲の良いウマ娘がいたこと――きっと、週に2度ほどやっていたパーマー先輩との併走トレーニングだ。
わかっていたことだ。一人でトレーニングしているより、誰かと一緒の方がトレーニング効率がいい。それは、絆を深め合った相手との友情トレーニングじゃないにしてもだ。
アプリゲームでもそうだった。あちらでは、サポートカードとして設定されていたウマ娘と限定されていたけど、当然そんなものはないので4回目の私も誰かと併走トレーニングして効果があるか試してみよう、というところで友人がいないので止まってしまっていた。
そうして、結果は未勝利戦1着という形で表れた。誰かと一緒にトレーニングすることに意味はある。楽しかったし、強くなれた。むしろ3回目の教訓として、そういう相手がいなければ私というウマ娘はレースに勝てないことがわかってしまった。
次に、担当トレーナーについてだ。私一人でも「パワーが足りない→不足している箇所に適した筋力トレーニングを調べて実行する」ぐらいなら問題はない。ただ、目標のレースに向けての適したトレーニングだったり、大目標に向けての次走を決めたり、怪我した時用のメニューだったり、他のウマ娘やレース場の情報収集だったり。そういったのは私じゃほとんどわからない。一応わからないなりにやろうと試みたりはしたけど、情報の確度が低いし、必要以上に時間を浪費してしまってあらゆる効率が悪すぎる。今回は数年前からトレーナーとしての知識を学び始めているのでこれまでよりはマシだろうけど、どちらにせよ体が一つしかないことには変わりがない。ちゃんと指導してくれるトレーナーがついてくれることに越したことはないのだけど。
そもそもの話なのだけど、4月に入学して一月後に本格化が始まり、早くは6月に行われるメイクデビューまでに担当トレーナーを探す、ということ自体が相当に無茶だ。入学してからすぐの選抜レースや合間に行われている模擬レースで他の子と明確に差をつけられなければトレーナーの目に留まらないなんてハードモードすぎる。
もちろん走りに光る物があれば学内レースで勝てなくてもトレーナーに見いだされることもあるのだろうけど、ほとんどの子は初年度にいきなり担当トレーナーを見つけるなんてことは出来ず、本格化が始まるまでの数年間学園に通いながら良さそうなトレーナーに目星をつけておくのだろう。中等部でデビューする子であっても、2年生か3年生がほとんどを占めている。
そういう訳で私も今回はトレーナーの目に留まるように模擬レースや選別レースに可能な限り参加している。場合によっては6人立てのレースで逃げが成功してまぐれ勝ちすることもあるのだけど、13歳になったばかりで他の子よりも20㎝ぐらい背が低く、痩せぎすで体も強くなさそうということでトレーナーからは声がかからない。実際フロックな訳だし、しょうがないのかなぁ。周りの子はもうほとんど身長が伸びなくなってきているみたいなので、私もこのままでは成長しきっても140㎝ぐらいだろうか。
どうなるかわからないから、一応前回と前々回とでお世話になった江曽島トレーナーに渡りだけでもをつけておこうと彼が使っていたトレーナー室を覗いてみたのだけれど、そこに江曽島トレーナーはいなかった。それどころか部屋は別のチームのトレーナーが使っていて、私は誰彼構わずトレーナーに飛び込み営業をかけている新入生ウマ娘みたいになってしまった。何食わぬ顔して頭を下げて退室したぞ、うおお! 声掛けられる前でよかった!
それから気になって江曽島トレーナーを探してみたのだけど、どうやら今はもうトレセン学園に所属していないみたいだ。勇気を出してトレーニング教官に訊いてみたところ、数年前までチームを持っていたけれどチームを解散して、その時一緒に依願退職していったとのこと。流石に詳しい話までは教えてもらえなかった。
ただ、私の知っている江曽島トレーナーと聞いた話が全然違っている。指導は熱心で、スポ根。差し脚質のウマ娘のトレーナーとして定評があって、特に最後の直線での末脚の仕上げ方においてはトレセン学園のトレーナーの中でも一目置かれている人だった、ということらしい。
うーん、全然イメージと合ってない。正直同姓なだけで別人ではないかと疑っているのだけど、トレードマークはハンチング帽らしいので外見特徴は一致してしまっている。双子?
ともかく、私の知っている江曽島トレーナーは今現在トレセン学園にはいないようだ。
……まぁ、こういうこともある。リセットされてしまうと何が影響してか環境が変わっているなんて、よくあることだから。うん。
・・・ ⏱ ・・・
しっかりとしたトレーニングが出来ない以上、場所を取るのも他の子たちに悪いのでコースでの練習は控えている。
前回、前々回と怪我に悩まされているので、グラウンドの隅っこで念入りに柔軟体操をしていると、ある日、ミスターシービーがトレーニングの為にグラウンドに入ってきて中等部の子たちに騒がれているのを目撃した。「トゥインクルシリーズ、頑張ってください!」なんてエールを送られている。
そこでようやく、入学直後から騒がれていた今年のルーキーの正体がわかったのだった。
ミスターシービーだ。道理で今回は知っているウマ娘が重賞レースに全然出てこない訳だ。ミスターシービー・カツラギエース以前の年代で実装しているウマ娘はマルゼンスキーしかいない。
あまりハードなトレーニングができないので河川敷をゆっくりランニングしていると、散歩中だろう彼女とすれ違うことがあった。たぶん、片手じゃ足りないくらい遭遇している。
そして、今日も今日とてすれ違う。
以前から彼女からの視線は感じていたけれど、それでも私は視線を前に向けて動かさない。ランニングに集中しているフリだ。間違ってもミスターシービーに視線は送ったりしない。もし目が合ったりして話しかけられたりでもしたらどうしたらいいかわからないからだ。
「やあ、そのジャージ。君もトレセン生だよね? もしかしたら飛び級の子なのかな?」
「っ、ィェ、じゅう、13歳です……」
「へぇ! じゃあ新入生だ。ごめんね、呼び止めちゃって。よくここですれ違うから、流石に気になっちゃってさ」
人が必死に空気になっているのに急に話しかけるのやめてもらっていいですか? 返答を決めておかないとすぐ言葉が出てこないのでどうかせめて心の準備をさせてください。
ハプニング発生に私はとりあえず会釈して早々に離脱を選択する。とにかく返事したんだからもう用事はないだろうと先へ向かおうとすると、ミスターシービーはくるりと振り向くと急に私に速度を合わせて走り出した。
なんで?
「えっと、聞いてもいいのかな? もし気に障ったら答えなくてもいいんだけど。キミ、身長いくつぐらいあるの?」
「……134㎝ですけど」
「アタシが166だからー。すごいね! 32㎝も違うんだ。頭一個分? もっとかな? どう考えてももっとだね。あはは!」
なんなのなの? 陽キャとも違うんだけど、すごい明け透け。パーソナルスペース狭すぎる。
何でそんなに私に話しかけてくるのん? 何が目的……? お金持ってないですよ*1。怖い……。
「名前は何ちゃん?」
「え、え? オンザループ、です?」
「オンザループね。じゃ、教えてくれてありがとう。よかったらまたお話しようね」
ミスターシービーはそう言ってあっさりと元から向かっていた方へと切り返す。
残された私は嵐のように過ぎ去っていったミスターシービーに思わず立ち止まってしまった。今の問答に何の意味が? わからない……。
なんだったんだろうと首をかしげてからランニングを再開する。
それからというもの、ミスターシービーには学園内外問わず話しかけられるようになった。なってしまった。
たぶん道端で野良猫見つけたぐらいの感覚なんだろうな。そんな感じする。