URAを優勝するまでウマ娘に転生し続ける元一般人男性 作:安倍川餅
トレーナーと方針を決めることになったのだけど、ちゃんとした専属トレーナーとトゥインクルシリーズに挑むのは初めてなのでどうすればいいのか全然わからない。
言われるまま、私の走れる距離と脚質、その確認から始まった。実際にコースを走っているところを見てもらうのだけど、私の場合は得意なのが現状逃げというだけで他の戦法を選ぶこともあるので各脚質を意識して4本。
雀宮トレーナーの見立ても私とそう変わらず、走って勝負になる距離は最低でも2000から。本領は2400からではないか、とのこと。脚質は、強みを活かすなら逃げで他のウマ娘のスタミナを擦り減らすか、もしくは後方からロングスパートでおおまくりしていくか。どちらにせよ瞬発力勝負ではなくスタミナ頼みでじわじわ速度を上げていく戦法を採るしかない。他の子に比べて体が特に小さいのでバ群の中でレースをする先行や差しは不利。接触から大怪我にも繋がるから避けた方が無難とのこと。もちろん、そればかりでは通用しないレースもあるから改善するトレーニング案も考えてくれるようだ。
そして、現状を踏まえての目標の設定だ。
とりあえずメイクデビューを勝たなければならないというのはそうなのだけど、私というウマ娘が何を宿願としているのか、目標がどこにあるのか。そこをはっきりさせなくてはいけない、のだけれど。
ただ目標をと言われても困ってしまう。リセットさせない、その為だけにやってきたから、このレースで勝ちたいとか将来的にああなりたいこうしたいという思いが薄い。
もちろん、ウマ娘のアプリをやっていた最初の頃はクラシック三冠やトリプルティアラだったり、春シニア三冠や秋シニア三冠を獲ることに躍起になっていたりもしたけど、私個人としてそこまでの思い入れはない。そもそも出てくるキャラが魅力的で育成をプレイしていただけで、そのキャラがレース実況で無敗の三冠ウマ娘とか言ってくれるのが嬉しくて取っていたようなものだし。因子厳選とかもやらなかったし仕事に追われててそんな時間がなかったし。
「ええと、レースに勝ちたいのと、あとは……強いウマ娘とレースしたい?」
「したい? って私に聞かれても困ってしまうのだけど。ループさん、あなたは勝てるレースがしたいのではなく、強いウマ娘と競って勝てるようになりたい、ということでいいのかしら? いいわ。サブトレーナーとしての経験上、あなたたちの意思に反した目標を設定したとしてもモチベーションが上がらないのはわかっているから。トレーニングに一番影響するからモチベーションは大事にしないとね。あなたがそう言うのであれば、まずは当然ながらメイクデビューでの勝利を目指しましょう。順当にいくようなら年内中に数レース走って、間に合うようなら重賞にチャレンジ。可能ならGⅠも視野に入れるってことで。……どうも今年、あのシンボリルドルフがデビューするって噂があるわ。2000以上で戦うあなたはぶつかる可能性が高い。それでも考えは変わらないのね?」
ばーっと矢継ぎ早に話しかけられて目を白黒させていたけど、最後に問いかけられたことはわかったのでそれにこくりと頷き返す。私の反応を見て雀宮トレーナーは笑みを浮かべた。
「小さい体で随分と好戦的というか。何かがあるとは思っていたけれど、お人形さんみたいに物静かなのにこんな闘争心があるなんて思わなかったわ。ふふ、あなたもやっぱりウマ娘なのね」
ということで、概ね私の意思を尊重して出走したいように出走させてくれるようだ。それに合わせてトレーニングも調整してくれるというし。
まだ知り合って間もないけど、私にとってはいいトレーナーかもしれない。
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日本ダービーでは、ミスターシービーが勝利。2着のシイナフレジュスに3バ身つけての圧勝、二冠目だ。シービー先輩はレースに出ているっていうのに、勝つ負ける以前のところで本当に楽しそうに走る人だなぁというのが正直な感想だ。周りが必死に勝利をもぎ取ろうとしているだけに、清々しく気持ちよさそうに走る姿が余計に印象的になる。
4着にカツラギエース。エース先輩はスタートで抜け出せずにバ群に飲まれて、中団後方の差しの位置でレースすることになってしまった。そこから巻き返しての入着は圧巻ではあったけど、GⅠレースに出走しているウマ娘たちを相手にして流石に先頭には届かなかった。
一応、お世話になっている二人が出走しているということで私も皐月賞と日本ダービーは現地に応援しに行った*1けど、菊花賞は開催地が京都レース場になるので現地に行くのはちょっと難しいかなぁ。テレビで応援することになりそうだ。
そして日本ダービーが終わって二冠ウマ娘の誕生に盛り上がる中、あのウマ娘がメイクデビューへの出走を決めて世間を騒がせている。
――シンボリルドルフ。史上初の無敗三冠、GⅠを7勝。ヒトだった私が生きていた頃、40年も前の競走馬が未だに最強のサラブレッド談義で名前が挙がるほど、無類の強さを誇っていた。
生憎、ウマ娘のアプリから入った私はそんな通り一遍の情報しか知らない。けれど、彼女に挑むということがどれだけ無茶無謀なのかということは、これから打ち立てるだろう彼女の戦績を唯一知っている私だけがある意味誰よりもわかっている。
シンボリルドルフと同期となる子たちにも動揺は広がっていて、デビュー前なのに人によっては既に尻込みし始めていた。シンボリルドルフが進まないだろう短距離やマイルへと転向を決める子たちが出てきているぐらいだ。
・・・ ⏱ ・・・
タマ先輩との初めてのトレーニング。とりあえずお互いの実力を把握する為、併走してみたのだけれど……。
「ちょちょちょちょー! 待ちーや!」
「はいっ、タマ先輩」
「はっ、はっ……はぁっ。あ、あんな、ループはもうデビューするってことは、本格化始まっとるんやろ? ウチはまだやねんな? そこまでええか?」
「はい」
「わかっとるならちょっとは手加減せーや! ついてけるわけないやろが!!」
おかしなことを言うタマ先輩だな。あの白い稲妻タマモクロスを相手に手を抜くなんてそんな失礼なこと出来るわけがないのに。
漫画喫茶で一回読んで、読み終わってからまた読んだけど、シンデレラグレイのタマモクロスは本当に格好良すぎた。泣いた。
「そんな。タマ先輩を相手に手加減だなんて、そんな恐れ多いこと出来ないです」
「ループの中でウチはどないなっとんねん……あんま自分のことこういう風に言いたないけどな、ウチなんて公式戦もまだのただの小娘やぞ」
「今んとこな! まぁ、デビューしたったら連戦連勝で稼ぎまくったるけどな! ループがこうしていられるのも今のうちだけやからな! すぐ追い抜いたるわ、覚悟しとき!」と続けて胸を張るタマ先輩。うーん、負けん気が強い。
んー……えっと、もしかして、そういうこと、なんだろうか?
この前にパーマー先輩が見学に来ていた時もちょっと疑問に思っていたけど、もしかして、デビュー前だと、本格化前だと、私の知っているウマ娘たちも規格外の凄まじい強さは、持っていない?
いや、もちろんミスターシービーやシンボリルドルフみたいにデビュー前からちょっとおかしなウマ娘もいるのだろうけど、一般的にはそうではないのか……?
違う。逆に、今まで無条件に特別視してしまっていたのか。デビュー前だろうが、私なんかと違って段違いに強いのだろうと。冷静に考えたらそんなことある筈がないのに。
「えっと、それじゃ、タマ先輩。今度はタマ先輩に合わせますから、先行してもらっていいですか? その、恐れ多いのですけど、私なんかからアドバイスできそうなことがあれば、僭越ながら言わせてもらいますので」
「なんやねんその自己評価の低さは。トレーニング手伝うって言ったのも本音やけど、そもそもウチ自身が速く走れるようなる為に来とんやから遠慮なんかせんでええねん。お互い様やろ、気が付いたらバシバシ言ったってや。そっちの方が助かるしな」
「……はい」
……いろんな脚質で走れるタマ先輩に教えられることなんてそうあるかと思ったけど、かろうじて先行で走る場合でならアドバイスできそうなところがちょこちょこあった。
逆に、タマ先輩には後方でレース運びする時の話を聞けた。うん、実りのある時間だったと思う。
余談になるけど、私とタマ先輩が一緒にいると周りからはかろうじてタマ先輩の方が年上に見えるらしく*2、私が知らないウマ娘やトレーナーに「いい先輩を持ったね」などと声を掛けられたりしたものだからタマ先輩が嬉しそうにニヤニヤしてた。
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6月。ほどなくしてメイクデビュー戦が始まり、シンボリルドルフは早々に1着を勝ち取ったようだ。出走したのは芝1000みたいだけれど、ウソかホントか次走予定の1600を見越してのペースで走ったらしい。
短距離をマイルのペースで走ってそれで勝ってしまえるというのもそうだけど、メイクデビューに出走する前から当然勝つものとして次走レースを決めてしまっている、というのも何から何まですごい自信だ。
目の前の1勝に必死な私には、とてもじゃないけど真似できそうにない。
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「ループは、ルドルフに挑むつもりなのか」
メイクデビューに向けての最後の追い込み、併走トレーニングの時にエース先輩に何気ない風に聞かれた。私なんかから学ぶものなんて何もなくなっているだろうに、それでもエース先輩は週一回ぐらいは併走を誘いに来てくれる。デビュー前の私がクラシック級を走っているエース先輩をお誘いすれば色々と気を使わせてしまうのは間違いないので、あちらから声をかけてくれるのは願ったりなんだけど、エース先輩に得るものがあるのか不安になってしまう。
ともかく、挑むも何も、そもそもクラシック三冠であるGⅠレースに出走できるところまで勝利を重ねられるかという大問題が先にあるのだけれど、私が返す言葉は決まっている。
「もし、挑めるのなら、挑みます」
「……周りの誰もが、お前は勝てないって言ってもか?」
「挑みます。今勝てなくても、いつか勝つために」
私は逃げてしまって、後悔している。ずっと。ずっとだ。ミホノブルボンやライスシャワー、サクラバクシンオーらの名前に怯えて、ダートに逃げた。
ダートを走って得られたものもある。だからこそ戦えた相手がいる。けど、あの選択をしたのは決して前向きな理由からではなかったし、挑戦しなかったことをずっと引きずっている。あの時逃げた自分からは、逃げることが出来なかった。
戦わずに逃げ出すよりも、格上だろう相手に挑戦して負けて後悔する方がよっぽどマシだ。
「そうかよ……。なんだ、お前の方がよっぽど覚悟決まってたんだな」
眩しいものを見るように、背の小さな私を目を細めてみるエース先輩。
果敢に挑んでいるけれど、背中が見えるところまで食らいついているけれど、でもシービー先輩には届いていない。エース先輩も揺らいでいたのかもしれない。
……シービー先輩もエース先輩もシンボリルドルフとは面識があるようなのだけど、私が同じ年にメイクデビューするということで、特にエース先輩はなんとも複雑そうだった。
シンボリルドルフは名家に生まれて将来を嘱望され、そしてその実力も違わぬ走りを見せつけており、クラシック三冠をデビュー前から期待されている。奇しくもそれは、今エース先輩が倒すべき目標とするシービー先輩と近い出自といえる。
母が競走ウマ娘ではなく地方出身であり、クラブチームに参加も出来ずに独学でトレーニングを積んできた。私とエース先輩の境遇には近しいものがある。だからか判官贔屓というより、すごいおこがましいのだけれどエース先輩は自分の境遇と私を重ね合わせてしまっているように思える。
「よし。改めて決めたぜ! あたしはシービーの奴を倒す! ループ! お前はルドルフを倒せ!」
「がんばります」
まずは挑めるようになるところからだけれど、私も一競走ウマ娘。もし同じレースで走れることがあれば、せめて一太刀ぐらいは浴びせてやりたいという気持ちは私にもある。
これからの私の頑張り次第だろう。うん、がんばろう。
「なんか、締まらないんだよなぁ。こういう時『おう!』とか『はい!』とか声を張るんじゃないか、普通?」
「はい」
「……ループにそういうの求めたあたしが間違ってたな」
妙に疲れた様子のエース先輩が頭を振る。なんか呆れられてないだろうか。
個人的にはちゃんと言葉を返せたし、会話も続いたし、どもることもなかった。『Perfect Communication!』と手ごたえを感じていたところだったのだけど。
・・・ ⏱ ・・・
前回あれだけメイクデビューで勝てず、未勝利でも勝てずと繰り返して試行錯誤していたのに、メイクデビューで1着が取れてしまった。
ハイライトは逃げウマ娘3人(私含む)での最初の競り合いだろうか。スタート直後は私の方が加速差で数歩分譲る形になってしまったのだけど、じわじわずーっと加速しているうちに、残り1000地点でいつの間にかハナがとれていた。先頭を取った私はそのまま減速することなく、最高速まで加速し続けていたら私が1着になっていた。
あとからレース映像を見せてもらったのだけど、どうやら逃げというより出足が悪くて先行位置に収まってしまった私がペースを上げ続けるものだから、後続はみんな先行だと思った私についてきてしまったらしい。レース慣れしてないのもあったのだろう。じわじわじわじわ上がるものだから、そんなにハイペースになっていたと気づかなかったようだ。最終直線でスパートをかけるスタミナを残せた子はおらず、中にはゴール板手前で倒れてしまった子もいた。
図らずも雀宮トレーナーの言っていたスタミナを擦り減らす作戦が成功していたことになる。この戦法、というか私の脚だとこんなレース運びにならざるを得ないのだけど、『じわじわ作戦』と名付けようと思う。
度重なる練習の甲斐あって『Make debut!』の初めてのセンターパートはミスなく踊ることができた。
負けるつもりはなかったけど初戦で勝てるとも思っていなくて、慌てて控室で振り付けを確認し直したけれども。
曲が流れ始めたところで早くも泣いちゃって、歌えなくなりそうでちょっと危なかったけどね。
相手が無敗の三冠ウマ娘だろうと、もう強者から逃げるという選択肢を選べない系主人公です