URAを優勝するまでウマ娘に転生し続ける元一般人男性 作:安倍川餅
ウマッターには雀宮トレーナーによるプロデュースが入ることになった。これからトゥインクルシリーズを走っていく上で、私というウマ娘がいることをいろんな人に知ってもらいたいと相談したら一緒に人気が出る方法を考えてくれるとのこと。雀宮トレーナー自身ウマッターはやってないけど他のSNSは使っているようで、SNS運用のノウハウはちゃんとあるそうだ。なにやら自信満々な様子だったので協力をお願いすることにした。
あと、直接的にトゥインクルシリーズには関係ないことなのに手を貸してくれる理由だけれど、単純に私一人にやらせておくと何をするのか予測できないのでトレーナーとして放っておくのは怖いらしい。信用が皆無だ。
SNSを運用するに当たって、雀宮トレーナーからはまずネットリテラシーについての注意を受ける。競走ウマ娘は一般人とは言い難く、アスリートでありながら歌って踊るアイドル的要素がある為に、人気商売としての側面もあるので仕方ないことだけれど厄介なファンを引き寄せてしまうことがあるらしい。まだ重賞レースに出走もしておらず顔もそれほど知られていない時期なので、顔を映した写真を投稿する前に一言でも相談が欲しかったとのこと。私は他のウマ娘よりも学園の外を走る頻度が断然に高いので、名前と顔が知られているかどうかで身辺への注意を払う度合が変わってしまうようだ。言われてみればもっともだし、事前に相談していれば済んだことなので、ごめんなさいと謝った。
ウマ娘パワーを持っているとはいえ、見た目も小柄で与し易そうに見えるだろうから、今後学園の外を走る時には防犯ブザーを携帯することになってしまった。成人女性であっても念のために持ち歩いた方がいいアイテムとはいえ、雀宮トレーナーから渡された可愛らしいデザインのをぶら下げていると見た目が小学生に逆戻りなのだけど……。
ただネットリテラシーへの考えが足りなかったことについてちょっと言い訳をさせてもらうと、新聞や雑誌、テレビなどで競走ウマ娘の写真や映像なんかがよく取り上げられているものだから、私も競走ウマ娘なんだし顔出ししても大丈夫と考えてしまっていたこと。それに加え、ここ数十年間は携帯端末にほとんど触れられなくてネット文化に疎くなっていたことがある。
我が家はそれほど余裕があるおうちではないので当然ながら小学生の私に携帯電話なんてものは買い与えられない。友達がいないことに関しては私自身の問題がほとんどだろうけど、今時の小学生も高学年ともなればスマホを持っているのが大半だからそういう面での人付き合いに多少の支障があったんじゃないかとは思う。3回目ぐらいに初めて知ったけれど、どうもクラス女子だけのグループチャットとかあったみたいだし。……まぁ、それはともかく! そうしてトレセン学園に入学する段となって、離れたところに住まう父と母とすぐに連絡が取れないのはよくないとようやく買ってもらったものなのだ。
ただ、トレセン学園に入学してからも一縷の望みをかけて身長を伸ばす為に早く寝るようにしているし、トレーナー資格の勉強もしているしでスマホの画面を眺めていられるような時間がほとんどない。スマホを使う用途で多いのは目覚まし機能と、ウイニングライブの課題曲を寮の自室で再生すること、日曜日にランニングで遠出してしまって道がわからなくなった時に地図アプリを開くことぐらいだろうか。1~4回目と違って今回は、エース先輩やタマ先輩との併走トレーニングの打ち合わせで使うことがあるので、まだ活用している方だとは思うけど。
今回始めたSNSだって、ヒトだった頃の私以来のことで体感で30年以上前のことなのでどういう文化だったのかすっかり忘れて勝手もわからなくなっている。まして最近の新型スマホの機能だってどうなってるのかなんて全然わからない。外見小学生なのに中身おばあちゃんか?
あとは、女性としての自覚と自意識の問題があるというか。もう男性として生きた年数より女性として生きた年数の方が長いし、リセットの度に男女の性別が変わりでもしていたら混乱していたかもしれないけど、ずーっと少女だしで男性という意識はあんまり残ってない。その女性としての意識すら、小学生男子に異性として見られることはあったとしても、一般的に男性から成熟した女性と見られるまで成長できたことがないので、いまいち男性の視線というものを感じたことがない。ちんちくりんで発育が悪いことも自覚しているし、私に関してはそういう心配は必要ないんじゃないかと注意を受けた今でも思っている。だからこの防犯ブザー要らなくない? せめてデザインだけでも変えて欲しい……。
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人気が出る為のプロデュース第一弾として、雀宮トレーナーがいうところのガーリーで可愛らしいウマートを定期的にするように言われている。「女の子の流行り、あまりわからないです」と正直に伝えたところ、とりあえず自撮りで映えるようにと私に似合う服が置いてあるお店に連れていってくれた。私知ってる。ロリータファッションってやつだ。ゴスロリもおすすめらしい。やっぱりロリータじゃないか。「ロリータ?」って聞いたら「ループさんにはクラシカルロリータがぴったりだと思うの。でも甘ロリも見てみたいし、プリンセスコーデも絶対似合うわ」と会話が微妙に嚙み合ってない。とにかく熱意がすごい。
ところで、以前からもちょこちょこと言われていたことがあったけど、その日もそういう服を試着したり、背の高い雀宮トレーナーを見上げたりした時に、「お人形さんみたい」とニヤつかれることがある。そういう時は決まって様子が変だし、妙に熱心に見つめてくるので雀宮トレーナーはロリータファッションに強い憧れでもあるのだろう。私も着ている人を見かけたら可愛らしいとは思うけど、自分が着るとなると話は別だ。小物も多いし、格好も革靴も総じて走り難い。
頭の上のフリルがついたヘッドドレスからレース刺繍のブラウスにサロペットスカート、リボン付きのつやつやローファーまでの雀宮トレーナー渾身の3通りのコーディネートは帰りにプレゼントされた。うち1つは着たままである。欲しいものもないので保留していたメイクデビュー1着のトレーナー賞金から好きなものを買ってあげるという話を「ループさんさえよければ」ということでプレゼントに充ててくれた。ただ、かなり本格的なお店なのかざっと計算したところ3つのコーディネート総額で20万円オーバーしているので、メイクデビュー賞金の10%じゃ足が出ている筈なのだけど……。
何がそこまで雀宮トレーナーを駆り立てているのか怖いのでこれ以上考えないようにした。制服やジャージ以外だと衣類は母がファッションセンターし〇むらで買ってくれたアグネスデジタルめいた私服しかないので、人前に出る時の外行き用の服としてありがたくもらっておきます……。
ウマッターに関しては、ちゃんと着飾った自撮りや写真映えする食べ物、風景や動物などをある程度の頻度でウマートする以外は、ちゃんと公序良俗を守っていれば好きに投稿していいということになっている。
とりあえずクラシカルロリータな私服を棒立ち自撮りで撮ってウマート*1した。ノルマを終えた後、関西弁の件でしばかれちゃ敵わないのでタマ先輩を褒め称える長文ウマートをしようとしたところ文字数で弾かれたので、リプで8つに分けて投稿しておいた。タマ先輩にレシピを教わって作ってみた激安もやし炒めのお皿の前で無表情ピースサインをした、部屋着という名の小学校の体操服姿の私の画像を添えて。
わずか15秒後に雀宮トレーナーから電話が掛かってきて早くも叱られが発生した。明らかに写真の私服を普段着ていない書き方をしていてダメだったのと、そのすぐ後に明らかに部屋着として着古している体操服を着てるのがダメだったようだ。今度、かわいいパジャマを買ってあげるので小学校の頃の体操服を着ているところは写真に撮らないようにと注意されてしまった。あと、ノルマウマートする時は雀宮トレーナーが送ってくれるコーディネートへの所感を上手く使って投稿するようにとも言われた。
ちなみに、ウマッターでは私服のウマートよりもタマ先輩直伝もやし炒めのレシピの方が拡散されている。それを見た他の人も触発されて自分流もやし料理レシピを投稿し始め、料理人ウマチューバーたちも参戦し、国内トレンドに『もやしレシピ』が載った。タマ先輩には「なんでいきなしウチのこと褒めちぎるねん! 急にフォロワー増えてなんかやらかしたかってびっくりしたわ、アホウ!」という言葉と共に、照れ隠しなんだろうけどウマいね1回につき10円のレシピの使用料を請求された。…………今見たらもやしレシピの言い出しっぺとして有名な人たちにも引用されてて3000ウマいねついてたんだけど。えっ、3万円は賞金が入った今ならなんとか払えなくもないリアルに妥当な金額っぽくてちょっと焦るんだけど、照れ隠しだよね? タマ先輩、ねっ? ……えっ? 冗談だよね?
日曜日。朝5時30分に起きた私は、身支度を整えご飯を食べた後、この前とは別パターンのクラロリ私服に着替えて低血圧で完全に半眼の棒立ち自撮りでノルマウマート*2を終えた。その後、ジャージに着替えて日焼け止めを塗ってランニングをしようとしたところ、雀宮トレーナーから電話が掛かってきた。こんな朝からなんぞや、と電話に出ると、今しがた投稿したウマートに問題があるとのこと。今本文を送るからすぐ内容を差し替えて、と言われたのだけど、いったい何の問題があったのだろうか。雀宮トレーナーから送られてきたコーディネート所感だって上手く使っていたと思うし。あと、ウマッターって削除は出来るけど内容の編集なんて出来なくないだろうか? 色々迷った末にそのウマートにリプ*3を繋げておいた。
走っている間に音が鳴ると気が散るのでいつも通りスマホをマナーモード(バイブOFF)にして走り出す。今日はいつもと趣向を変えて多摩川を上流方面に行ってみようか。涼しくなってきたし、青梅あたりの日帰り温泉*4を目的にして走ろうかと思う。学割があっても入浴代が結構お財布に痛いけど、レースの賞金*5もあることだし、たまにはこんな贅沢をしちゃう日があってもいいよね。
景色を楽しみながら休み休みゆったり走って3時間半後、温泉地にたどり着いてスマホを開いたら雀宮トレーナーからのすさまじい回数の着信履歴があった。あとウマッターの通知がまたすごいことになってる。
雀宮トレーナーには「ループさんをコントロールできるだなんて自惚れていたわ。完敗よ」と謎の敗北宣言をされてしまった。ちゃんと情報共有が出来ていなかったのだけど、どうやら雀宮トレーナーは同世代の女子を牽引していくイケてるカリスマウマ娘としてオンザループをプロデュースするつもりだったらしく、雀宮トレーナーの存在を匂わせずに私が全部発信しているものとしてウマートしていきたかったらしい。でも、せっかく色々と考えてくれたプロデュースを私が思いっきり台無しにしてしまったのに、その割に彼女にあんまり怒った様子はなかった。
結論から言うと、明らかに別人から指示されてるウマートと私自身のウマートの温度差がすごすぎてフォロワーの人たちが風邪を引きそうになったようだ。それがまた変な感じにバズってしまったようで、ブランディングなんて知ったことか真っ向からぶっ潰してやると云わんばかりの(決してそんなつもりはなかった)私のムーブも面白がられているようだし、これまた雀宮トレーナーのセンスはそれはそれで間違いなかったようで少女少女している可愛らしい格好の私も色々見てみたいという需要があるようだ。ノルマウマートも本人とは別人の意思で書かれていることがフォロワーには完全に理解されてしまっている上で楽しみにされてしまっているので、それはそれで今後も継続しつつ、私は私で好きなようにウマートしていくという形に落ち着いた。
本当は私は一切ウマートしないで雀宮トレーナーが考えた内容だけを投稿すればいいのだろうけど、ただ彼女の言う通りにブランディングしたとしてもこんな爆発的な反響を得られるようにはならないとのこと。雀宮トレーナーの中では、知名度を得るという点では私の好きにさせた方が効果があるという判断になってしまったようだった。ただし「ループさんは企業のSNS広報担当とかには絶対に向いてないわ。即解任されるのがオチだから将来そんな仕事を頼まれることがあれば断った方がいいわよ」なんてことを言われてしまった。
フォロワーはじわじわ伸びていたのも含めて7000人→11000人。重賞も勝っていないジュニア級ウマ娘では異例のフォロワー数らしい。おそらく知名度ではシンボリルドルフ・ベニバナニシキ・サクラトウコウにも勝って、一番有名なジュニア級ウマ娘になったけど、代償として雀宮トレーナーを巻き込んで完全にウマッター芸人と化した。
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11月。京都レース場で菊花賞が開催される。エース先輩やシービー先輩が出走するので出来ることなら現地に向かいたかったけれどやっぱり京都までは行けなくて、寮の談話室にあるテレビの前で観戦することになった。
私のルームメイトでありシービー先輩ファンのリバイバルリリックちゃんも友達と誘い合わせて一緒に観戦しているようだ。レースが始まる前、同じ談話室にいるのでリバイバルリリックちゃんにはたまに話を振られるけど、私は他の人がいるのでいつもの感じで会話が出来ない。つらい。同じ室内にいる子たちから「あ、知ってる。この人があの……」みたいな感じで見られてしまってる。……いや、自意識過剰か。そうだよね。誰もこんな私の事なんて見てないか……ってそう思ってたグラウンドの片隅で柔軟してた時に実はがっつり目立ったことを思い出した。わ、わからない。もう何も。自分の部屋に帰りたい。
そうして、ほどなくしてエース先輩が半年をかけて準備していたレースが始まり、そしてそれはたったの3分ほどで終わってしまった。
度重なる長距離トレーニングを重ね、直前の京都新聞杯では連勝中だったシービー先輩を下してみせたエース先輩だったけれど、やはりそれでも3000は長すぎたようだ。
1着はシービー先輩。見事三冠達成となった。ただ、そのレース展開は拮抗していて、逃げをうったエース先輩は終始先頭でレースを進めて最後にはスタミナを切らしながらも粘りに粘った。エース先輩と、最後の最後に差し切ったシービー先輩との着差はほんの僅か。掲示板にはハナ差と表されるものだった。
併走している感じ、おそらくエース先輩が最も強い距離は2000から2400。そんな彼女にとって3000というのは走れはするが一線級の相手と勝負するには難しい距離となる。
シービー先輩に関しては、おそらくレースに合わせてトレーニングを変えれば大抵の距離でも適応できる強さがある。もちろん得意なのはもっと短い距離となるのだろうけど、3000だろうとそれに合わせれば遜色なく走れてしまうのが彼女だ。
シービー先輩の強さが如実に現れたのが今回の菊花賞だったけれど、そのシービー先輩相手にハナ差まで持ち込めたエース先輩も、何かが違えば菊花賞ウマ娘となっていても何らおかしくない強さがあった。よほどこのクラシック三冠最後のレースである菊花賞に賭けていたのか、レース後エース先輩は汚れた勝負服の袖口で目元を拭って、拳を固く固く握りしめ、その立ち姿は後ほんの少しを前に残せなかった自責の念に駆られているように見えてしまって。
私は、もっと併走トレーニングでもなんでもエース先輩に協力できたことがあったんじゃないかと、次のレースが始まったテレビの前でそんなことを考えていた。