URAを優勝するまでウマ娘に転生し続ける元一般人男性 作:安倍川餅
「やっほ。やってるね」
雀宮トレーナーによる指導の下、最高速の上限を上げる為にピッチ数を上げる筋力トレーニングをしていると、制服を着たシービー先輩がグラウンドにやってきた。また後輩たちに付いて回られているのかと思えば、なんと今回は後ろにジャージ姿のシンボリルドルフを連れている。
シービー先輩とは学園内で出会えば声を掛け合ってるし、急にぬいぐるみ相手みたいに抱きつかれたりするし、河川敷ではちょこちょこ出会うのだけどその時はランニングを中断して一緒に散歩している。グラウンドで会う時はたまたまトレーニングが被ってしまって居合わせる時だけで、一緒にトレーニングを行ったことはない。
仲は、良いと思う。気の置けないというか、年下の私が言うのはおかしいけれど遠慮しないで話せる同い年の友達みたいな立ち位置だ。シービー先輩は雲みたいな自由気ままな人だけれど、そんな人だから気分によっては後輩に囲まれたりするのを嫌って抜け出していることがある。そういう時でも友人が少なくて口下手な私の所なら静かだし、特に用事がなければ会話もしようとしないので、一人になれる所がないとふらっとやってきては何をするでもなく楽々とした様子でのんびりしている。
「シービー先輩。菊花賞は、おめでとうございます」
「ありがと。いやー、エースがあんなに手強くなっちゃっててさ、途中までは楽しくてしょうがなくて笑っちゃってたのに、最後の直線じゃ思わず表情全部引っ込んじゃった。ループの影響を甘く見てたかなって」
「私?」
「そ。菊花賞に向けての併走パートナーならアタシが知る限りループが……じゃないや。そういう話をしにきたんじゃなくて。後輩からの頼まれごとを安請け合いしちゃったものでさ。悪いけど付き合ってよ」
頭を掻いて、困った様子を見せるシービー先輩はすっと私の真正面から外れて避けた。
自然と、その後ろに立っていた彼女と向かい合うことになった。身長はシービー先輩と同じぐらいだろうか。私は相対すると見上げることになる。特別私の背が低いということもあるのだろうけど。
「君が、オンザループか」
「はじめまして。シンボリルドルフ」
「ああ、はじめまして。驚いた、世間の噂からは意気軒昂*1、回山倒海*2なる人物を想像していたが、実際に会うとこれは泰然自若*3といった佇まいだ」
「はい」
「かいざんとうかい」とかいう言葉はわからなかったけど、意気軒昂と泰然自若はわかったのでとりあえず頷き返しておく。私の外面だけならそうも見えると思うので、肯定しておいた。
「シンボリルドルフは壮士凌雲*4の人」
「……はは。君の目には私はそう、見えているのかな?」
「見えます」
シンボリルドルフが四字熟語をよく会話に用いるのは知っていたので、同期として会った時の為に話のとっかかりになるかと思って使えそうな四字熟語を調べておいたのだ。
事前に勉強しておいて「かいざんとうかい」がわからなかったのが悔しい。帰ったら調べておこう。
「……」
おそらく私が難しい四字熟語を使ったことで目を見開き驚いたというか、感心? 動揺? してくれた様子なのだけど、会話はここで終了。もうしゃべることがなくなってしまった。話のとっかかりとはなんだったのか。逆に次の会話に繋げにくい。困った。
残る初対面の相手にも使えそうな会話デッキは今日の天気デッキと今週の天気デッキ。リバイバルリリックちゃん相手に構築した方言デッキ(関西弁に対応したバージョンアップ済)。この前仕入れたばかりのロリータファッションデッキしかない。どれかはシンボリルドルフ相手に通じるか……!?
「あー、えっと、顔合わせが済んだことだし、本題に入るね。ルドルフがちょっと併走パートナーを探しているみたいで相談を受けたのだけど、何人かアタシの後輩を紹介したのだけどみんな尻込みしちゃってね。だーれも怖がって引き受けてくれなかったんだ」
「……はい」
意を決してロリータファッションについて話し始めようとしたところでシービー先輩が会話の進行を引き継いでくれた。
若干肩透かしを食らった気分だけど、シンボリルドルフがロリータファッションに興味があるかは未知数だったので助かったとしておこう。
「それで、ルドルフ相手でも委縮しそうにない子って誰かって考えたら、ループしかいなかったんだよね」
「私が、ですか?」
「そうそう。んー、そうだなぁ……。もし、今からアタシがレース形式で一緒に走ろう、って誘ったら、ループは走ってくれる?」
「走ります」
言うまでもない。願ってもないことだ。
エース先輩のようにあちらにも利点があって併走を誘ってくれるなら喜んで引き受けるけれど、クラシック三冠に挑むシービー先輩に私から声を掛けることは出来なかった。実力の劣るジュニア級ウマ娘と併走なんて、シービー先輩にそんなことにかかずらっている暇なんてないだろうから。
確かに、普通はあんまり実力差がある相手の併走相手を務めたいと思う子はいない。競り合うことすらもできなければ、己の自信が打ち砕かれるばかりで利点がない。
私の場合は、たとえ敵わなくても相手の走り方を見て一緒に走り、その速さを体験することが出来さえすればそれだけで大きな益で、糧になる。色んな脚質で走る私は、相手がどの脚質だろうとその走る姿勢やそのテクニックなど、たぶん他の子より気づけることが多い。例えばパーマー先輩とヘリオス先輩とエース先輩。同じ逃げウマ娘だけれどそれぞれ戦う距離や得意とするレース展開は違う。長距離を走るなら上手く息を入れるパーマー先輩の走り方が適しているだろうし、中距離なら中盤から終盤に向けての早いレース展開のエース先輩、ヘリオス先輩とは併走をしたことないけれど序盤から加速重視するレース展開はより短い距離であるマイルに強い逃げだろう。
同じように、たぶんバ群が苦手なのだろうタマ先輩も差し位置より後方からレースをすることがあるけど、それはシービー先輩の追い込みとは違う戦い方だ。もしシービー先輩と併走できるなら、得意距離なら私の走りが通用するのか遠慮なしで勝ちに行くし、そうでなかったとしても何かしらを学び得たいと思う。
「あとは、例えばだけど、来年にアタシが安田記念に出るとして、ループにそこで勝負しようよって言ったらどう?」
「安田記念……1600mでは私が勝負できないので無理です」
「あ、これは例えが悪かったか。それじゃあ宝塚記念なら?」
「人気投票があるので難しそうですけど、私でも出走できるなら」
仮に出走できるとなったとして、レース日程的にちょっと厳しいけれど、宝塚記念ならクラシック級ウマ娘でも出走できる筈だ。
私も距離的に初戦の2000m皐月賞はけっこう厳しいけれど、出走できるならクラシック三冠に挑みたいという気持ちがある。そうなったとしたら、皐月賞→日本ダービー→宝塚記念という日程になる。結構というか、疲れが抜けきらなさそうでかなりシビアにはなると思うけど。
今回はマイル距離を走るのが難しいけれど、もしも今回がダメになってしまってリセットされて、次回では長距離を走れない理由があるかもしれない。その場合は菊花賞に出走できたとしても1着を争えないので、実質的にクラシック三冠獲得は不可能になってしまう。芝のレースだってなんらかの理由で本領を発揮できなくなる可能性もないとは言えない。
今回挑めるのなら、今回挑むしかない。本来は生涯で一度しか挑めない他の子より、リセットを繰り返しているだけ出走するチャンスはあるだろうけれど、私だってこれが最後のクラシック三冠挑戦になるのかもしれないのだから。
問題は、クラシック級の目標レースに設定されていた場合、適性外レースなどで勝利が難しい場合は『〇〇レースに出走する』というだけで済むけれど、大抵は『〇〇レースで3or5着以内』とか、ここだけは外せないレースってところだと『〇〇レースで1着』という目標が課せられることだ。もちろん目標に設定されていなければ掲示板外やビリになってしまっても問題はないのだけど、それを知る術がないのでは出走する全レースで1着を獲るつもりで走るしかない。6回目のオンザループがあったとしても今回の私は一回限りで、ゲームのように最初からレースをやり直せる都合のいい救済措置なんてないのだから。
「ね? そういうこと。アタシもジュニア級から併走をしてくれる子があんまりいなかったけど、クラシック三冠を達成しちゃってから余計に引き受けてくれなくなっちゃってるんだよね。同じクラシック級でもさ、アタシがレースに出走表明したら辞退する子もいるし。でも、そのアタシ相手であってもループは物怖じしないでしょ」
大きく、強く頷く。こちとらもう一回手痛い失敗をしているので、やってみて後悔・当たって砕けろを信条としているのだ。
「エースもそういう子だけどさ。レースをしよう、競走しよう、勝ち負けを決めようって思ってくれる子がいるってすごい嬉しいんだ。そういう相手がいないと、アタシだってきっとこれから強くなっていけない。マルゼンだって同じような経験をしたって言ってたし。ふふ。ま、アタシにはエースがいるんだけどね」
……な、なる、ほど?
なんだこれ、惚気話か? エース先輩の方がシービー先輩に突っかかっていって強烈に意識しているイメージだったけど、実はシービー先輩の方も結構なクソデカ感情抱えてるみたいなんだけど?
……あ、もしかして呼び捨てされてても呼び方なんて気にしてないってか、どうでも良さそうだったシービー先輩がわざわざエース先輩と呼び方揃えてって言ってきたことがあって、それから私も先輩呼びにしたんだけど「なんでエースは先輩呼びで私は呼び捨てなの?」ってことじゃなくて「呼び方はどうでもいいけどエースと対等の立ち位置にしてよ」ってことだったの?
はぇ~~……。「付き合いも長くなってきたしシービー先輩とも仲良くなれてきたのかな」とか考えてた私がバカみたいじゃん……。
「そういう訳で、どう? とりあえずお試しで一回でもいいからルドルフの併走相手は?」
「私でよければ。ただ、距離は2000以上とさせてもらいますけど」
「ああ、それはもちろん。オンザループ、年若ながら君のような不撓不屈*5の意志を持つ者と出会えたこと、千載一遇*6のことと考えを改めていたところだ。よろしくお願いしたい」
「こちらこそ、お願いします」
シービー先輩とエース先輩のことはさておき、シンボリルドルフと併走できるのなら否などない。
シンボリルドルフにしっかり向き直り、頭を下げてお願いした。
・・・ ⏱ ・・・
距離は2000。シンボリルドルフも当然ながら来年の皐月賞の出走を予定しているので、それを見据えてということになった。トラック一周でゴールとなる。
「まったくもう。勝手に併走取り付けちゃって。でも、いい機会よ、ループさん。ループさんもクラシック三冠を挑む方向で考えているけれど、世間の見立てでは彼女かベニバナニシキ、そのどちらかが来年のクラシック三冠の本命と見られているわ。私も出来る限り彼女の走りを分析してみるけれど、ループさんもこれから戦う相手である彼女の実力を知っておいて損はない筈よ」
「はい」
「もちろん。いけそうなら遠慮せずにぶっちぎっちゃっていいからね」
そうして肩をぽんと叩かれたので、雀宮トレーナーから離れて私もスタート位置に向かう。どうやら、シンボリルドルフの方は準備が終わっているようだ。ぺこりと会釈をして、横に並んだ。
「では、スタート!」
トレーナーの合図の声を聴いて飛び出した。
シンボリルドルフの得意とする脚質は、先行か差し。もちろん得意というだけで他の戦法を取ってくることだってあるのだけど、本番ではないのでそこまで考慮する必要はないだろう。
もちろん今の私とシンボリルドルフ、全てを出し切った時にどちらが強いか試してみたいという考えもあるけれど、単純に他のウマ娘とどれほど違うのかを見ておきたい。
スタートからの立ち上がり、2000の距離を考えるとシンボリルドルフの加速は中団からのレース展開にしてはどうも速過ぎる気がする。
――これは、先行策。そう判断した私は最初の加速力の差で遅れた分を、じわじわと速度を上げて縮めていく。
最後の末脚では、おそらくまったく歯が立たない。ずっと課題である最高速と加速力のトレーニングも続けているけど、それでもなお差しウマ娘を相手によーいドンで勝負をしたら、絶対に勝てないとは言わないまでも勝つことは難しい。まして相手がシンボリルドルフでは、本当の意味で万に一つの勝ち目もないかもしれない。
けれど、私の武器はそれじゃない。
私が本腰を入れて鍛え上げているのはロングスパート。
維持のできる最高速に到達するまで加速し続けて、それからはその速度を保ったまま最後まで走り抜ける。それが私の、唯一といっていい勝ちパターンだ。
芙蓉ステークスでは出遅れから先頭へ向かうために加速し始めたのが残り1600m地点で、そこからコーナーなどで中々加速しきれず他のウマ娘を追い抜けるまで速度を上げられたのは残り1000m地点。維持のできる最高速に到達したのが残り200m。実質的に1000mのロングスパートとなるのだろうか。
今の私なら残り1200m地点である程度の速度に乗せ、最終直線手前となる300mあたりからの最高速維持にも耐えられる、ハズだ。ただ、如何せん加速の問題は改善されていないので、序盤から動き出さなければ間に合わない。
――――。
付かず離れず前を走っていたシンボリルドルフをようやっとで追い越し、そのまま息を入れずに加速し続ける。
ペースが、速い。逃げウマ娘を相手にしている訳でもないのに、追い抜いた地点で残り500mを割っている。私自身、もう少しは加速できるけれどほぼ最高速近くに到達している。折角追い抜いたのに、シンボリルドルフとの距離を、これじゃあ大して広げることができない。この後に、彼女はラストスパートを残している。これは、つまり、私の最高速は、彼女にとっては……。
結局、稼げた距離はどれほどだったのか。ただ、直線に入るなり、あれだけ苦労して追い抜いたシンボリルドルフは、走る私の外側をすり抜けていった。
私は加速し続けている。決してスタミナを切らして垂れている訳ではない。それは間違いない。でも、まるで私が立ち止まってしまったかのような、そんな絶対的な速度差があった。
シンボリルドルフに遅れて、ゴール地点を越える。体中が、ギシギシと軋んでいる。
長距離を走るのとは違う。全力稼働させた骨や筋肉、腱、関節。全身が、全速力を出した負担に強度が足りないと悲鳴を上げている。ばくばくと、心拍数が際限なく上がっているのがわかる。
「シンボリルドルフのタイムは2:01.9。オンザループ、2:02.8。ちゃ、着差はご、5バ身差? ループさんだって、まだジュニア級だと考えればこれから1着を狙っていけるタイムなのに……。シンボリルドルフ、これほどだなんて……」
呼吸を落ち着かせる中、呆然と、思わず漏れただろう雀宮トレーナーの声が聞こえていた。