URAを優勝するまでウマ娘に転生し続ける元一般人男性 作:安倍川餅
2000mのレース速度に合わせてより短い距離で最高速まで加速できるようにはなった。けど、実際にレース形式で走ってみると急激に負荷がかかって身体のあちこちのダメージが大きい。更には最近のトレーニングで少しずつ最高速の方も上がっているのだけれど、短時間ならともかくそれを維持しようとすると骨や筋肉が軋み始めてしまう。痛む所はないので怪我まではしていないようだけれど、これを何度も繰り返したらいずれ無理が出てくるだろうし、速度の方もこれ以上に上げられたとしても身体の方が耐えられるかがわからない。
「……ふぅ」
呼吸を落ち着けていると、程なく全速力を出し続けたことで一時的に上がっていた心拍数が元に戻る。最後に息を吐き出した私は、シンボリルドルフに向き直った。
「シンボリルドルフ」
「はっ、はっ……はぁっ」
「よければ、また一緒に走ってほしい。きっと、最後の最後まで本気で走ってもらえるように、走るから」
彼女の後ろを走っていた私にはすぐにわかった。シンボリルドルフは私を抜き去った後、ゴール地点に到達するまでに速度を緩めていた。
それは多少速度を緩めたところで抜き返されない、私を完全に下したと判断したからだろうし、そして終わったレースにそれ以上の労力を割く必要はないという合理的な考えからなのだろう。事実、私が最高速を維持したままでもゴール地点までに彼女に追いつくことは出来なかったのだから、その見立ては正しい。
抜き去られた側の私には身に染みて理解できる。彼女が最後まで全力で走りぬいていたなら、もっと着差を広げられていたことだろう。まだいくらかの余力を残していて、それでいて5バ身差。今の私ではその背に届かないこと。敵わないことが。
怒りを覚えていた。曲がりなりにもレース形式で走ると取り決め、そして最後の最後で全力を出しきらなかったシンボリルドルフに。
そして、なによりその矛先をシンボリルドルフに向けてしまっている自分に。その怒りは彼女に向けるものではない。そうさせたくなかったなら同じ負けるにしてもせめて彼女に肉薄出来ていればよかったのだ。全力を出し切るまでもないと思わせてしまった私自身に向かうべきだったのに、彼女にそれを押し付けようとしていた。
「はっ……は……。ふっ……。……オンザループ。君は、君もまたクラシック三冠に挑むつもりなのか?」
「ええ。そのつもり」
「……実際に走って、そしてレース後の君の姿を見て正しく理解した。君は、君のスタミナは、底が知れない。余力を残していたのは私じゃない、君だ。最終直線で何かをしかけてくるのだろうと、私は他の相手にするよりもより多くのマージンを取らされている。心肺持久力、この一点においては後塵を拝していると認めざるを得ない。私に、明らかに勝る競走能力を持っている。それだけで、脅威に値する」
遅れて息を整え終えたシンボリルドルフだったが、彼女は肩で息をしている間もずっと険しい顔で私を見ていた。そして、平素の状態に戻っても表情だけはそのままで私の目の前に歩み寄ってくる。
「オンザループ。君には、どういうことか私の心底を見透かされているようだ。ならば君にこそ打ち明けておこう。私にとってクラシック三冠は通過点だ」
余人に声が漏れ聞こえないよう声を絞ったシンボリルドルフは、顔を突き合わせた状態で私のことを真っ向から見つめている。
「目指す理想の実現の為、それを支える実績のひとつに過ぎない。大言壮語、増上慢のように聞こえるだろうが、三冠は取って当然のモノ。世間ではベニバナニシキにも三冠達成の期待が集まっているようだが、彼女では私の敵にはなりえない。トップスピード、スタミナ、加速力、粘り強さ、レース勘……。あらゆる競走能力において彼女に私に勝る要素はないと判断している。彼女も例年であれば皐月賞ウマ娘、トレーニング次第ではあるいはダービーウマ娘ともなれた素質を持つ傑物なのだろうが、気の毒だが
「そうだと思う」
「……驚きもしないか。こうまで率直には、トレーナーにさえ語ったことはなかったのだが」
『すべてのウマ娘に幸福な世界を』。アプリの育成で語られていた、シンボリルドルフが実現しようとしている理想。
今回のシンボリルドルフはアニメやゲームなど色んなメディアのように生徒会長に就任している訳ではないようだけれど、幼い頃から掲げている理想を目指し、日々邁進しているのは変わらないようだ。シンボリルドルフは己が恵まれていると知っている。他のあらゆるウマ娘たちよりも優れていると自負している。だからこそ誰よりも持つウマ娘として、その理想を実現することを当然の使命と考えている。
言い換えれば、他より一段高いところに立つシンボリルドルフは誰を相手にしても勝てて当然となる。ジュニア級の現在であっても目標として定めて準備さえすればミスターシービーたちクラシック級ウマ娘を相手にしても充分以上に渡り合えるものと考えているし、ましてたかが同期のウマ娘相手になんて一度たりとも負けるつもりはないのだ。
「――だが、この考えは一部において修正せざるを得なくなった。今、私はシービーに強く感謝している。今日こうして君と引き合わせてくれて、こうして競えて、君というウマ娘が同期にいると知れたこと。何も知らずに三冠目の舞台で競えば、己に並ぶ者なしと過信し
……それはそれとして、不甲斐ないレースをしてしまったことを反省して、これから頑張るからまた一緒に走ってくれませんかって言ったら、何故かシンボリルドルフが
彼女が言っていることをまとめれば、来年のクラシック三冠は当然あらゆる面において最も優秀なシンボリルドルフが勝ち取るもの、それは既定事項と考えていた。けれど私とレースした結果スタミナの一点において惨敗していることがわかったので、菊花賞だけはこれまで通りのトレーニングを続けていては勝てない可能性があると感じた。でも、今勝てないと判断できたことで、1年後なら対策も準備も出来るので私が相手でも絶対勝つし、やっぱり三冠は全部獲るよ、ってことだと思う。なお、皐月賞と日本ダービーの二冠までについては当然獲っている前提で話をしているので、そこは変わらず自分の勝ちは揺るがないらしい。
逆に言えば、シンボリルドルフから僅かに残っていた油断とか慢心とかそういうものが消えたお知らせであった。今しがた私はあなたに負けたばかりなのに、なんでより強くなってボコボコにしてやるって宣戦布告を受けなくてはいけないのか。それがわからない。いじめでは?
というか、冷静に考えたら私、出走したって皐月賞も日本ダービーも絶対勝つことはできないよって言われてるわけで、面と向かって喧嘩を売られているのではないか? まぁいいけど。
「ええと? 結局これからも私と併走はしてくれる? くれない?」
「……そうも邪気がないと、君を相手に発憤興起*3している私の立つ瀬がなくなる。まるで一人相撲だ。やめてほしい」
調子を崩された様子のシンボリルドルフは、頭痛をこらえるようにこめかみに指を当ててしかめ面をしている。
これまた、エース先輩とタマ先輩が私の前でよくする表情である。別人がやってるのにすっかり見慣れたものだ。
「併走のことだが、そもそもこちらが併走パートナーを探しての事。ただ、目下の目標である皐月賞……2000mに焦点を当てての併走協力をというつもりだったのだが、オンザループ、君が併走相手を務めてくれるということであれば、2400m以上でのレース形式で併走を頼むことになるだろう。先日にようやく2000m以上のトレーニングプランを開始したところなので到底レースとして成立できる距離ではないのだが、いずれは3000mをも視野に入れての競走をお願いしたい。もちろん、こちらの都合で協力してもらっている以上それとは別に君が希望する距離での併走トレーニングに付き合おう。この条件でどうだろうか?」
「かまわない。1800m以下は無理だけど、2000mから3500mぐらいまでなら走れるから*4」
「……さ、3500…………? 君は、どこに行こうとしている? さては海外レースを視野に入れてトレーニングしているのか?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔のシンボリルドルフって珍しいのではないか?
希少価値がありそうなので写真の一枚でも撮っておきたいけど、残念ながらスマホはスクールバッグの中なのだった。
「ねえ! さっきから二人でくっついて内緒話しているみたいだけど、ルドルフの併走相手は見つかったってことでいいのかな?」
一応は併走相手の紹介ということで、私がシンボリルドルフのお眼鏡に適わなかった時の為に残ってレースを見学していたシービー先輩だったのだけど、話がまとまったのを見て取ってか声を掛けてきた。
「ああ、シービー。君には感謝しなくてはならない。世界は広いな。ジュニア級の同期に、こんな人物が存在していようとは。我が身で思い知ることになろうとは思わなかったが、これが
「それはよかった。となればこれでお役目御免かな。ループ、またまた迷惑かけちゃったから、次に会った時には商店街のお肉屋さんのコロッケごちそうするね。ソースなしでも美味しくてアタシお勧めだからさ、期待してて」
なにやら瞳の中をギラギラさせ始めたシンボリルドルフのことを見て目を細めた後、シービー先輩は立ち去ろうと踵を返したところでぴたりと立ち止まった。
「クラシック三冠に挑むってことだから距離も合わないだろうし、迷惑になりそうだから止めようかと思ってたんだけどさ。エースもルドルフもお構いなしみたいだから、もういっかな」
くるりと振り返ったシービー先輩は私に向き直る。
「ループ! アタシ、春の天皇賞への出走を考えてるから、それが本決まりになったら併走に付き合ってね!」
「はい。いつでもどうぞ」
私がすぐさま返事をすると、その場で返されるとは思っていなかったのか一瞬だけ目を見開いて、それからにっこりと笑みを浮かべたシービー先輩は私に向けて小さく手をふりふりしてコースから出ていった。
私もお返しに小さく手をふりふりしておく。
「では、オンザループ。正式なトレーニング日程に関してはトレーナーを通して調整をするとしよう」
目の前に右手を差し出されたので、握手に応じる。シンボリルドルフは私の顔をじっと見つめて、続いて彼女もコース場を後にしていった。
微笑を浮かべてはいたのだけど、その目は絶対に笑っていなかった。レースが終わってからずっとギラギラしているし、でもなんだか妙にウキウキしているというか、楽しそうだ。
ううむ。しかし併走トレーニングの日程がすごいことになってきた。一応エース先輩も菊花賞が終わって頻度は減ったし、元々本格化前のタマ先輩とは一か月に1回とか多くて2回ぐらいだったけど、でも更にシンボリルドルフと、いずれシービー先輩も加わるとなると半分ぐらいは併走トレーニングで埋まってしまうことになるのでは?
タマ先輩に関しては半分私からお願いしているので除外しても、エース先輩、シービー先輩、シンボリルドルフの三人に併走相手を頼まれるなんて、私ってばけっこう大人気なのかもしれない。併走相手がいなくて嘆いていた以前の私からすれば考えられない状態だ。なんだろう? モテ期きたか? 特筆するところなんてスタミナ以外には佳人薄命*6を地で行く美少女*7ってことぐらいしかないウマ娘だと思うのだけど。
……冗談はさておき、さては長距離の併走を出来る子がそもそもそんなにいないのだろう。長距離レースを走れるのってほとんどがシニア級になっちゃうだろうし、ジュニア級やクラシック級の子がトレーニング相手をお願いしにいくにはちょっと難易度が高い。ニッチな需要があったと思われる。
なお何一つ勝っているところがない場合は以後の併走はやんわり断られる模様