URAを優勝するまでウマ娘に転生し続ける元一般人男性 作:安倍川餅
シンボリルドルフとの併走は週末に1回。最初に彼女が話していたように、シンボリルドルフの希望する距離で走ったら次は私の希望する距離でと交互に走ることが決まった。
私の希望は色々と課題の残っている2000m。ただし現時点でその課題である最高速度とそれを維持できる距離、加速距離の短縮について限界が見えてしまっている。体の方がついていかないのでどうすればいいのかわからないというのが正直なところなのだけれど、クラシック三冠に挑むとして2000m、2400m、3000mとこの中でテコ入れが必要なのはどれかと考えるとどうしても2000mとなってしまう。
シンボリルドルフは当面の間2400mを希望している。まだ半年近くも先のレースなのに早くも日本ダービーを見据えている……という訳ではもちろんなくて、言葉には出さないけれど2000mで私と併走をしても得られるものがないのだろう。元々は皐月賞に向けての併走相手を探していたのに、2400mを希望するということはきっとそういうことだ。
雀宮トレーナーはあのレース形式での2000mで、しっかりとシンボリルドルフの走り方やその身体能力を分析していてくれた。
最初に私のトゥインクルシリーズでの目標を聞かれた時に伝えた「強いウマ娘と競争して勝ちたい」というのを覚えてくれていて、以前からクラシック三冠でライバルとなるであろうシンボリルドルフやベニバナニシキを始めとした有力ウマ娘たちの競走成績や実際のレース映像を調べてくれていたようなのだ。勝利した時の着差やレースの競争相手の強さでは世間評通りにベニバナニシキが勝っているようだが、雀宮トレーナーから見ればこれまでのいずれのレースもシンボリルドルフは余力を残して勝利しているようだった。事実、私相手にマージンがどうとか言っていたけど、最低限の着差で勝つようにしている節がある。おそらく、シンボリルドルフは今まで一度も全力を出し切っていない。
今回その本気の一端を垣間見たことで、雀宮トレーナーは私の手前言い難そうにはしていたけれど現時点では皐月賞はシンボリルドルフの勝ちがかなり濃厚となってしまうとのこと。それだけの能力差が彼女とそれ以外のジュニア級ウマ娘との間には、ある。日本ダービーでは距離が伸びる為、短い距離を得意とするベニバナニシキは更に勝ち目が薄くなる。逆に、距離が伸びれば伸びるほど今度は私が有利になるのだけれど、それでもシンボリルドルフはスタミナを含めて高水準の能力を持っている。私の得意距離となる2400mであってもまだまだ私有利とはならないようだ。
トレーナー契約直後の四度の試走で私の本領を2400m以上と看破してみせた雀宮トレーナーの実力や素質を見抜く能力には信頼を置いている。彼女がそう分析をしたのであれば、きっとそうなのだろう。だからといって負けるとわかっているのにただただ手をこまねいているつもりもない。2000mでシンボリルドルフに勝つ方法が見つからないなら、探し出すしかない。
これからでも。戦える武器を。
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12月。
実は、芙蓉ステークスで1着が取れたことでジュニア級GⅠレースへの出走にも手が届くようになったので、レースの翌日には雀宮トレーナーと話し合って勝負服を発注していた。
年末のレースに出走するとなっても間に合うように超特急でお願いしていたのだけど、それが早くも届いたのだ。
私が着る勝負服なのでもちろん私の希望がそのまま表れたものになるのだけど、これまたすっごい悩んだ。
というのも、唯一私が希望して買ってもらったランニング用ジャージに、母が買ってきた女児服、部屋着にしてた小学校の体操服と、トレセン学園に入学する前の手持ちラインナップを見てもらったらわかるように、私は服装にあんまり頓着していない。どうしても動きやすさとか走りやすさとかの実用性、あとは誰が着てもセンスが良いとも悪いともいえない没個性な恰好を選んでしまう。こういうところは男性的な意識でも残っているのだろうか……なんて、ヒトだった頃の自分の所為にしてみる。
そんな私だけど、今は私服と寝間着が増えている。雀宮トレーナーからプレゼントされたクラシックロリータな恰好数パターン分と、あと同じくプレゼントされた三毛猫柄とウサギ柄の二種類の着ぐるみパジャマだ。これらはウマッターでも何度かお目見えしているけれど、小柄で見た目完全にお子様な私に似合っているようで結構な反響があった。デザインが可愛らし過ぎてちょっと気になるけど、肌触りがいいし着ると暖かいのでなんだかんだお気に入りになっていて、お風呂を済ませて部屋に戻ってからはすぐにパジャマに着替えているので半分部屋着になっていたりする。
ともかく何が言いたいかというと、私は女性物の衣類に対する知識が全然なくて、どういうのがいいとか言われても選択肢が全然浮かんでこないのである。一応は勝負服を作るに当たってファッション雑誌を眺めてみたり、道行く女性の服装を観察したりもしたのだけど、スタイルのいい女の子が着ている服はちんちくりんな私にはどれも似合う気がしない。結局、似合いそうな服装となると雀宮トレーナーおすすめのアレになってしまう。
という訳で、私の勝負服はゴスロリである。ベース色が黒と暗めの赤、そしてポイントに白。フリルとレースとがふんだんに使われたデザインになっている。普段のロリータ服がホワイトを基調にパステル系のピンク、ブルーとかそんなんなので、黒を基調にした服は新鮮で、普段の恰好よりもクールビューティーなのでは? ミステリアス感が増すというか、イケ女ポイントがメキメキ上がっているのを感じる(当社比)。
オーダーメイドで勝負服として作られると、見た目がどうあれ走り難くならないよう出来上がるようなのだけど、足元だけは雀宮トレーナーお勧めのワンストラップシューズだとグリップが弱そうに見えて心もとなく思ってしまうので、私の好みでちょいとゴツ目の編み上げブーツにしてもらった。足首の可動域が狭くなりそうなものだけれど、その辺りもどうにかなるようである。勝負服のちからってすげー!
これまで走るのに格好なんて気にしてなかったけど、実物が手元に来ると実際に勝負服を着てレースで走りたくなってしまった。雀宮トレーナーからアドバイスは貰ったけど一応は一から十まで私がデザインしているので、思い入れも一入というか、すっごい格好良く見えちゃう。勝負服を着たいが為に、という訳でもないけど元々年内にもう1レース走るつもりだったので私が走れる唯一のジュニア級GⅠレースであるホープフルステークスへの出走を決めた。
どうやらシンボリルドルフはジャパンカップ同日開催のOPレースに出走するので調整が間に合わず、ベニバナニシキは2000mへのトレーニングに熟しておらず出走を見合わせるようなのだけど、今期の最有力ウマ娘である二人が出走しないと情報が出回ったことで彼女たちが出走しそうなレースを回避していた他のジュニア級の子たちが殺到することになったようだ。結果抽選になったけれど何とか出走権は勝ち取れた。
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12月までに既に幾度か、シンボリルドルフとの併走トレーニングを終えていた。その度にレース形式の併走後には互いに意見を交わすのが恒例となっている。
主に私が彼女から問われるのはトレーニング方法。そして、特に入念に聞かれたのは私の、他のウマ娘とは明らかに違った走り方についてだった。
私の目の前で、シンボリルドルフが何度か確かめるように走っている。けれどいつもの走り方ではない。姿勢を低く、引き上げた足が接地するも不自然なまでに頭の位置は変わらない。そして身体を沈ませながら踏み切る為にぬるりと前に進む。
アスリートのセオリーに喧嘩を売っている、そして端から見ていてなんか気色が悪い。私の、オンザループの走り方だ。
「……なるほど。オンザループ、君の走りはこうして踏み込みを極力抑え身体を地から高く離さず、その上更に全身で衝撃を分散しているのか。何故そうまで執拗に、とも思うが、結果としてなんと表現していいのか、足音もなく浮遊しているような不可思議な走り方となっているのだろう。言易行難*1、それを為せているのは異様なまでの下半身の関節の柔軟性か。ただ、一度スピードに乗ってしまえばいいが、これでは加速に時間がかかり過ぎはしないだろうか」
「はい。なので、ゲートから出てゴールまでずっと加速します」
「ずっと? …………君と話しているとこれまでに培ってきたレース知識が揺らいでくるな。競走ウマ娘に怪我はつきもの。如何に優れた素質を持とうとも疾病によって引退を余儀なくされるウマ娘も多い。君の走り方は脚部への負担を極力減らしているように見えた。上手く活用できればと思ったのだが、見様見真似では逆に故障のリスクが増えるだけだろう。仮に取り入れようにも入念な事前準備と時間が必要だな」
シンボリルドルフが腿を上げ下げして股関節、そして足を回して足首の調子を確かめている。数回だったけれど、多少の違和感が出ているのだろう。そのまま全身のストレッチを開始した。
私が高速レースについていけないのは、脆い身体と足を庇う速度の出せない走り方が原因となるのだけど、これらはいずれ解消したいと思っている。身体さえ丈夫になれば走り方を矯正していくことも出来そうなものなのに、食事量が現状で安定してしまっていて、トレセン学生の中ではタマ先輩と同じぐらいで小食な方だ。それでも徐々に丈夫になっていないものかと期待していたのだけど、この前のシンボリルドルフとの併走でそうではないことを思い知ってしまった。
「オンザループ。私ばかり貰っていては不公平だ。差し出がましいかもしれないが、私からも助言をさせてもらえるだろうか」
「是非。おねがい、シンボリルドルフ」
「うん。幾度か君とレースをしてみて、3500mであってもレースとして成立させられるというのは大言壮語でもないと身をもって理解している」
それは、併走トレーニング後の私を見てのことだろう。2000mは私自身、手持ちの武器だけだとちょっと無理があるかなと思い始めている*2けれど、2400mの方は現時点では結構いい勝負になっている。その上なんと、2400mでの併走最初の一回目は私が先着できたのである。
負けた直後のシンボリルドルフは、年齢的には年下、そして競走ウマ娘キャリアとして同期の相手にこれまでまともに負けたことがなかったのか。肩で息をして言葉も話せない様子なのに、なんかイメージ的にはハイライトが消えたみたいな目でじっと私を見つめていた。すっごいこわかった。
まぁ、それこそこれまでマイル距離のレースを走っていて、数日前にようやく2000m以上のトレーニングを開始したばかりの2400mを走り切れるスタミナがあるかどうかもわからない相手に先着したって何の自慢にならないのだけど、私的にはセンセーショナルな出来事であった。なんなら私もシンボリルドルフを同期のライバルというか最早ラスボスとして見ているので、3000mのゴール直後に汗だくになって倒れこんだエース先輩相手に先着した時よりも嬉しかったかもしれない。
ただそれ以降は、ほとんどシンボリルドルフには負け越している。レース後は一時間ぐらい休めばもう一回2400m走ってもいいかもって感じの私と、精魂尽き果ててへとへとなシンボリルドルフとで対照的な様子ではあるのだけど。短い期間でスタミナをつけるのはとても難しいというか不可能で、なんか最後の直線で枯渇したスタミナ分を根性とか負けん気とか意志の力で補っているように見える。
彼女自身、現状で無理して全身から振り絞ってギリギリ勝ち越せているという自覚はあるらしい。私も負けたのが悔しくて、私の番の併走距離を伸ばしていいか聞いたけど、絶対に2500m以上での距離は首を縦に振らないし、2400mであっても急に変更しようとするといい顔しない。そして調子がいい時以外は厳しいと感じているのか、レース形式での併走日に合わせてコンディションを整えてきている。こっそりシンボリルドルフのトレーナーさんが教えてくれたのだけど、前日はわざわざ軽いトレーニングに抑えて疲労を残さないようにしているようなのだ。
……なんだか私との併走に備えてくれるのが嬉しいというか、負けず嫌いなシンボリルドルフがすっごいかわいく見えてきちゃってるのだけど。これが母性なのだろうか。違う気もする。
「スタミナは充分。それを踏まえた上で、重点的に行っているトレーニング類を見るに最高速度を伸ばそうとしているのだろうが、君の体躯でこの走り方をする限りそちら方面の伸び代は少ない。私や大半のウマ娘のように道中控えて最後に加速して差すといった戦法では同じ土俵に立つことすら難しいだろう」
「……そうかもしれない」
「しかるに君は、最終直線で末脚自慢のウマ娘たちと競り合える速度を持つことよりも、最終直線までにどれだけのリードを広げられるかを重視した方がいい。あくまで体感だが、君のトップスピードは一般的なジュニア級ウマ娘と比べてもそう劣ったものではない。もちろん一線級と分類される者たちと比肩する程ということではないが、道中、先行策を採る私を追い抜くまで速度を上げることは可能だとわかっている。それをレース開始直後から出来たのなら、15バ身以上の差をつけることだって不可能ではない。最終直線の短いレース場でそれだけの差をつけられてしまったなら私であっても差すのは困難だろう」
つまり、スタートから加速をして私一人だけハイペースを保ち続けてそのままゴールまで走り切る。……それって大逃げなのでは?
最初から全力で逃げて最後までスタミナさえ切らさなければ負けない。ううむ。なるほど。完璧な作戦ですねぇー。今のところ無理だって点に目を瞑ればだけど。
「難しい……」
「そうだな。君の場合は走り方からくる加速力が課題になるだろう。だが逆に言えば、それさえ解決するなら2000mであっても並みのウマ娘では歯が立たない」
「でも、何故? 私は競走相手なのに」
「それは、何故塩を送るのか、という意味だろうか?」
彼女自身、そうとは意識していなかったのだろう。言われて初めて気が付いた様子で、自身の行動がどういう衝動から来ているのか整理しているようだ。
もちろんシンボリルドルフは、他のウマ娘にアドバイスでも求められればより良い走りになるよう快く答えてくれることだろう。しかし、今のは違った。まるで我が身に立つように、私というウマ娘を勝たせようとしてのことだった。
「うん……そうだな。君が年末のホープフルステークスに出走するとは聞いていた。私の2000mでの次走はおそらく来年3月の弥生賞となるだろう。もし君と同じレースで走るとなれば、そこか、もしくはその先の皐月賞となってしまう。……私は、君に一目置いている。私と走るまでに、それまでに、他のウマ娘に負けて欲しくないというのはおかしな話だろうか?」
そして、私を真っ向から見据えて、至極真面目にそんなことを言ってくれた。
……こうまで、こんな私なんかのことを、倒すべき相手と見てくれているのか。
全身が総毛立つ。鳥肌が立っている。でも胸の奥がぽかぽかと、熱を放っている。
応えたい。彼女の期待に。彼女が求めている、シンボリルドルフが挑むに値する強いウマ娘に、私はなりたい。
「いいえ。おかしな話じゃない。私もシンボリルドルフには負けて欲しくない。でもきっと、シンボリルドルフは無敗で三冠を達成する。――――私が、いなかったらだけど」
「……ほう?」
「謝っておかないといけない。これからあなたが築いていく筈だった偉業を、私が阻むことになってしまうから」
「ははっ! ああ、嬉しく思うよ。君の中にも、私の胸を焦がす炎と同じものがある。心配していたが、どうやら一人相撲とはならないようだ」
笑ってしまう。あんなに変えようとしても動かなかった表情が、勝手に変わっている。
口の端が吊り上がった。シンボリルドルフも、私も。普段浮かべることのない、楽しくてしょうがない笑顔を。
向かい合って、二人で。