URAを優勝するまでウマ娘に転生し続ける元一般人男性 作:安倍川餅
GⅠレースを制したことで、いろんな人から「おめでとう!」って声を掛けられてる。もちろんこれまでの練習の成果だったりが目に見える形になったわけで嬉しくないわけではないのだけど、心の底から喜ぶことが出来ていないのが正直なところ。
シンボリルドルフ相手には負け越しているけれどそれでもレース形式で何回かは先着できているし、GⅠレースに出走するような子たちとも拮抗どころか得意分野においては圧倒的なアドバンテージが取れている。競走成績もエリートが集まるこの中央トレセンの同世代の中で十指に入っている。入れてしまっている。
もちろんここまでこれたのには、エース先輩やタマ先輩、シンボリルドルフとの併走をずっと続けていたことでこれまでの私とは段違いにトレーニング効率が上がっていることも無関係ではないだろう。雀宮トレーナーが適宜内容を調整してくれるし、私が知らなかったトレーニング方法だったり、トレーニング器具の使い方を教えてもらったりといろいろ試せているというのも大きい。環境と併走相手と、前回までの私じゃ考えられないぐらいだ。
ただ、それでも私自身の身体が弱いことでトレーニング内容には制限があるし、無理が利かないことには変わりない。なのにこんな上出来すぎる結果が出せてしまっていることに引っ掛かりを覚えてしまっていた。
では前回までの私と明確に何が違うのかといえば、メイクデビューを1年遅らせたことだ。
トレセン学園に入学して本格化が始まったばかりの頃の私の身体はトレーニングすらまともにこなせなかった。環境が変わって食事量が多少改善されたけれど、レースに向けての本格的なトレーニングをある程度こなせるようになったのはそれからさらに半年以上――翌年になってしばらくしてから。入学直後にはデビューするという選択肢が実質なかったとはいえ、いざこうして走れるようになってくると、一年余分に準備期間を置いたことに対して今になって後ろめたさが出てきてしまっている。
ウマ娘個人個人で本格化が始まる時期が異なることはトレセン学園での授業やトレーナー資格のテキストから学んで知識として知っている。メイクデビュー戦は六月から開催されるので、その前後に本格化が始まってしまった子なんかはタイミングによっては私のように一年ほど準備期間おいて来年のデビューに備えるとする事例もある。
でも、私はトレセン学園に入学した年にデビューして、未勝利戦で年末まで粘ってのギリギリだったけれど勝てることを知ってしまってる。初年度デビューでも戦えることを知っているのだ。だから、今回の私も本来同じ土俵で戦うべき同期は、ミスターシービーやカツラギエースたちだったんじゃないかって考えてしまう。ズルをしているような気になってしまうのだ。
それも、レースで勝てるようになったからこんなことが頭を過るようになったけど、勝てていなかったのなら考えすらもしなかっただろう。きっと、心のどこかで私は自惚れている。自分のことながら本当に度し難い。
そんなモヤモヤがあるのだけれど、だからといってそんなことを今更考えていてもどうしようもないのはわかってる。私は私の持てる全てを使ってレースを走る。後ろめたい気持ちがあろうがなかろうが、デビューした以上、私にはそれしかできない。
トレーニング期間を一年長く設けた今回の私でさえ、シンボリルドルフが相手では勝算がないわけではないというレベルなので罪悪感を覚えている場合じゃないというのもある。というかクラシック級に進んでからは同期の子たちも中距離を無理なく走りきるだけのスタミナが付き始めているので、2000mでの私の優位性はほぼ消えちゃってる。ホープフルステークスで確信したけれど、4回目の走法を駆使しないと2000mで勝つことは、もうできない。
誰にも理解してもらえない罪悪感を抱えて思い悩むよりも、この貧弱な身体と手持ちの武器を使ってこれからどうやって勝ち目を作るかを考えなきゃいけない。
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2月。
ホープフルステークスを終えてからの変化として、シンボリルドルフと定期的に行われていた併走トレーニングが延期の状態となっていた。やっぱりあのレースで脚にダメージがあって、雀宮トレーナーに病院に連れていかれたところ前回にもなったあの骨膜炎の診断が出てしまった。充分な休養を取るようにとお医者さんから言われたのだ。
本来であれば、無理さえしなければウッドチップコースでのトレーニングだったりレースに出たりは出来る筈なのだけど、私の身体は一般的な競争ウマ娘よりも脆いし弱い。シンボリルドルフとの併走や年末レースに向けての追い込みトレーニングで体重も減ってたぐらいなので、ここのところずっと栄養不足気味だったのは間違いない。こんな状態じゃ治りも良くないだろうし、少なくとも週一回の頻度で本番さながらに行われていた全力全開レース2400mなんてのはもってのほかとのこと。
もとよりシンボリルドルフは皐月賞を見越しての併走相手として私に期待はしていないだろうし、私としても彼女に多少なり食らいつこうとすればあの4回目走法を使わざるを得ないのだけど、週一回の頻度なんかで使っていては半月と耐えられずに故障する確信がある。仮に併走トレーニングを続けていたとしてもこれまで通りの負担のない走り方をするしかなかったから、私としても試行錯誤の余地すらなくなってしまっていた。
そんなことを発端に一旦併走を見合わせるとなって、仮にもクラシック三冠に挑むライバル同士であり数か月後には一冠目となる皐月賞で真っ向から競う相手でもあるので、今までのような併走の頻度はちょっと高すぎるのではないかとトレーナー同士で話し合いがあったようだった。トレーナーたちから見て私もシンボリルドルフも、例になく楽しそうにしていただけにとりあえず取り止めとはならず皐月賞までは併走は控えようということになっている。
その代わりといってはなんだけど、シービー先輩が正式に天皇賞春への出走を決めたことで彼女との併走トレーニングが始まった。シービー先輩は体力作りが目的で、私の脚もまた本調子とはいえないので、のんびりしたペースで二人で並んでジョギングしているだけなんだけどもね。
三冠ウマ娘となったシービー先輩。菊花賞では2着のエース先輩にハナ差での辛勝だったけれど、おそらくそこまで鍛え上げたエース先輩にはシービー先輩ほどの長距離適性はない。ただただトレーニングを重ねて適性の不利を無理矢理に覆し、肉薄してみせたのだ。長距離に向かないエース先輩がそこまで強くなれたのだから、シービー先輩は(菊花賞で勝ったのに)負けていられないと思ったらしくもっと長距離での強さを突き詰めようと考えたようだ。
ちなみに三冠ウマ娘にそんな深い爪痕を残してたエース先輩はと言えば、菊花賞で長距離レースには見切りをつけたらしく、今後は2000から2400のレースに向けてのトレーニングを重視していくみたい。ただ、菊花賞を走り切るまでつけたスタミナは落としたくないようで、レース形式でこそなくなったけど私との併走は長距離ベースで走り続けてる。
ともかく。そんなわけで脚に不安要素を抱えることになった私は、併走トレーニング以外は温水プールとマシントレーニングをメインにしている状態なのだった。趣味の休日ランニングも控えめに、これまで均すとだいたい40㎞ぐらい走っていたのをその3分の1ぐらいに抑えている。もう脚の痛みはないのだけど、雀宮トレーナーと相談して次のレースへの追い込み時期までは体重を戻すことを優先させてこのままスローペースでいくことになっている。
例外はタマ先輩と、エース先輩、そしてシービー先輩との併走トレーニングだけだ。もちろん骨膜炎の影響が残っている現状での4回目走法はトレーナーから全面的に禁止されてしまっているけど、脚の調子が良いと判断できる時に限りこれまで通りの低負荷走行でなら思いっきり走っていいといわれている。
走ったりトレーニングしたりするのが日課になっている私からすれば、やっちゃダメと言われるとストレスがものすんごい。他にやることないしなんか無気力気味になるというか、一日の楽しみのほとんどが走ることに集約されているので毎日が灰色になってしまったみたいだ。休日の空いた時間にはトレーナー資格の勉強をしたり、思う存分走れない気分転換も兼ねてよくゴルフの打ちっぱなしに行くようになったけど、それで欲求不満を解消できるなら普段から四六時中走ってないわけで。ずっとムズムズしてる。
手持ち無沙汰過ぎてバレンタインデーには雀宮トレーナーやリバイバルリリックちゃん、あとエース先輩とタマ先輩にクッキーを作ったりもした。これまではお義理でもらった友チョコのお返しに市販品のチョコを用意したことしかなかった私なのだけど、走れなくて暇すぎるストレスで若干頭がおかしくなってるかもしれない。普段の私だったら絶対お菓子作りとかしてない。
なお初めてのお菓子作りなので0.1g単位の完全にレシピ通りに作った結果、普通においしい以外に言う事のないクッキーが出来上がった。作ってる時の甘い匂いでなんだかおなか一杯になっちゃったので味見の三枚ぐらいしか食べられなかったけど、初めてにしては上出来だろう。うん。
はあ。それぞれ2週間に一回程度とはいえ思うままに走れる併走トレーニングが本当に待ち遠しい。その日は朝からずっとテンション爆アゲなのである*1。
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3月。
去年のジュニア級と今年に入っての成績がまとめられて、これからクラシック戦線に挑んでいくウマ娘たちがテレビで特集されている。私の元にもテレビや記者さんから複数の取材の申し入れがあった。ちゃんと質問の受け答えをこなしたつもりだったのだけど、言葉足らずだったみたいで隣についてくれた雀宮トレーナーが大部分補足してくれた。
また雀宮トレーナーも初めての担当ウマ娘である私があれよあれよと無敗でGⅠを含む三連勝したものだから、業界内でもとんでもない注目を集めているようだ。私と同じく見た目はクールビューティーな美人さんなのもあって、私宛てに来た取材でも二人での写真を取られることがちょくちょくある。刷り上がった雑誌とかもらって見ると、パンツスーツ姿ですらっと隣に立つ雀宮トレーナーと、アンティークチェアに足を揃えて座る勝負服であるゴスロリ姿の私は、外見だけならシゴデキイケ女と箱入りお嬢様みたいな見た目なのに、実際は二人コンビのウマッター芸人*2である。どうしようもない。
メディア露出が増えたりしたことで本格的に私の知名度が高まっている。一戦目となる皐月賞は中山レース場の右回り2000m。ホープフルステークスと同条件なこともあって、そこで勝利している私が有利なんじゃないかって予想を立てている人も多い。
クラシック三冠に挑もうとするウマ娘のほとんどは知名度とファン数獲得の為に年明けからもレースに出走しているけれど、私に関してはホープフルステークスでの勝利があるおかげで初戦となる皐月賞への出走権は勝ち取れそうだ。ジュニア級年度代表ウマ娘の子はGⅠの他にGⅡ競走にも勝利しているので一番ファン数を獲得していそうなものなのだけど、SNSでの活動のお陰なのかなんなのかわからないけど同期の中では私が最多ファン数を誇っている、らしい。実感はあんまりないし、相変わらず算出方法はわからないままだけど。
育成ゲームではファン数さえ達成していれば絶対に出走できたけれど、同じようにはならないようだ。GⅠレースには優先出走権というのがあって、皐月賞の場合トライアルレースであるスプリングステークスと弥生賞で上位に入着できた子が優先される。それが埋まってから残った枠に、ファン数が多い順に出走権を得られる仕組みとなっているようで、ファン数が一番多いということになっている私はまず間違いなく皐月賞の出走は認められるとのことだった。
そんな皐月賞を目前に控えて、新たな出会いがあった。
「あんだけ同期の子たちに騒がれてっからどんなもんかと思ってたんけども。るぷたんあんまし強者オーラないじゃんね。どっちかってーと小動物みたいな?」
世間でシンボリルドルフと人気を二分しているベニバナニシキ。自分を差し置いてシンボリルドルフのライバル枠に収まろうとしている私の顔を見に来た様子。
なんとなんとギャルであった。ただ同じギャルでも私が知ってるのとちょっと毛並みが違うというか、明るめの鹿毛に制服姿なのだけど、スカートが異様に短いし、なんでかストラップが千羽鶴みたいに吊り下げられてるガラケー持ってる。トレセン学園指定のとは違うたぶん他校のだぼっとしたカーディガンを羽織ってて、なんか昔流行ってたっていうルーズソックスを履いてる。
尻尾穴が空いてるからウマ娘用のスカートは折れない筈なのにどうやってミニスカートにしてるんだろ? 特注なのだろうか。現実逃避にそんなことばっかり頭に浮かんでる。
「べにっちパイセン今日はオフっしょー? オケってかん? レース前にバイブス上げてこパ的な奴でどーよ?」
とにかく圧倒的『陽』の気質。なんか系統はちょっと違うんだけど、雰囲気やらなんやらヘリオス先輩っぽいかもって思ってたら何故かその当人がベニバナニシキの横にいる。
疑問符が頭に浮かんでそのまま埋め尽くされて真っ白になった。
「……」
助けてパーマー先輩。キャパい*3。
これは本編には関係ない豆知識なんですけど
競走馬ダイタクヘリオス号の父はあのシンボリルドルフ号のライバルとまで言われたビゼンニシキ号って競走馬だったりします。