URAを優勝するまでウマ娘に転生し続ける元一般人男性 作:安倍川餅
トレーナーに渡しておいた未勝利戦の出走申し込みが受理され、抽選が終わった。三日後のレースだ。
未勝利のレース自体は翌年の8月いっぱいぐらいまであるので猶予としては一年ちょっとあるのだけど、私の場合に限ってはあまりのんびりしてもいられない。
アプリゲームの育成を例に出すと、例えば一年目であるジュニア級の12月に目標レースがある場合、未勝利のままだとそのレースの出走資格を持たないので12月になると同時に目標未達成となってしまう。同じように何月までにファンを何名以上にするだとかもあるのだけど、レースに勝てないままではファンが増えるはずもないのでとにかく勝つことが急務だ。
本当に育成目標が存在するのか、またあったとしても目標未達成となったらリセットされてしまうのかの確証はない。どちらにせよ未勝利のままでは落ち着かないので、早く一勝して出来ることなら年末までにいくつかレースをこなしておきたい。
――私はここ数日自分自身と向き合って、このままダートで戦っていくことを決めていた。
確固たる勝算がある訳じゃない。踏み込みが甘くなってしまっているという問題を解消する見通しだって立っていない。
こんな弱点があるとわかっていてなおダートを選んだのは、保身と意地だ。
芝に転向して勝てなかった時に心が耐えられる気がしない。芝では勝てないだろうからとダートに逃げ、実際にダートで走ってみて勝てないからと芝に逃げ、そしてやはり芝で勝てないとなったなら、きっと自分が情けなくて恥ずかしくて許せなくなって、走ることも嫌になって全てを諦めてしまう予感がある。
だから、なんとしてもダートで勝ってやろうとそう思った。弱気になっていたとはいえダートへの転向を決めたのは私だ。言ったからにはやってやる。そう決めた。
今後の課題としてダートでもっと上手く走れるようにならなければならないのだけれど、そもそも適性とはどのようにして決まるのか――おそらくは生まれ持った資質が大半を決定づけているのだろうし、だからこそそれを曲げるのは容易いことではない。ミホノブルボンが体を壊しかねないハードトレーニングを積んでようやく距離適性を広げてみせたように、生半可な努力ではどうにもならないことなのだろう。
けれども、私ならばもしかしてという考えもある。芝もダートも走れるウマ娘は多くない。私は曲がりなりにもダートで走れているからまったく適性がないという訳ではないだろう。それに、一回目と二回目は中距離しか走れなかった私だったが、3回目あたりからマイルの距離でもだいぶ走れるようになっている。距離適性とバ場適性を同じように考えていいのかはわからないけれど、私の場合は適性という方面において伸びしろがあるのかもしれない。その可能性に賭けてみようと思っている。
今の私に関して言えば、アプリゲームでいうところのダート適性CとかDとかそういう数値なのだろう。ステータスとスキルで圧倒していれば勝つことも出来るが、同格の相手であれば勝てない。そういう適性値だ。
そんな数値でも私が同期の子たちと五分で戦えているのは戦法を逃げにしているからであった。これが差しや追い込みであったら、最終直線で周囲の加速についていけないジリ脚となってしまう。それではどうあっても一着を狙えない、勝負にすらならなかった。
加えて付け加えるなら、きっと今の私だって勝ちの目がまったくない訳じゃない。
逃げウマ娘同士であれば私は戦える。出足で負けても後で抜き返すことが出来る。頻繁ではないとはいえ、現役グランプリウマ娘であるパーマー先輩と一緒に併走トレーニングしている私は同じ逃げを相手にした時の先着率はかなり高い。奇跡のような確率になるだろうけど、もし出走するウマ娘の脚質が全員逃げであったなら充分に一着を狙える。
さらには逆のパターンで、レースに私以外の逃げウマ娘がいなければいい。スタート直後で先行策のウマ娘たちと並ぶことになっても、積極的にハナを奪いにこないのであれば競り合いにはならない。毎回逃げ同士でやりあって消耗することが敗因となっているのだから、私一人が逃げているのであれば最後までスタミナを切らさずにリードを広げていくことだって出来るはずだ。
・・・ ⏱ ・・・
夏休み。授業が休みになり、パーマー先輩が夏合宿に向かって寮の部屋に不在となっている間、私は可能な限り未勝利戦に出走していた。とにかく出走回数を増やし、私にとって都合のいい相手と当たることを願って隔週でレースにエントリーしている。毎週だと手続きが煩わしいからなのかわからないがトレーナーがいい顔をしなかったので、妥協した結果だった。
もちろん運だよりだけではなく私自身の身体能力も並行して伸ばしているつもりだし、自力で勝てるようパワートレーニングだって増やしている。けれども勝ち切れない。一度も掲示板を外してはいない*1けど、一着がとれない。全員の脚質が逃げである都合のいい偶然なんてある筈なく、そして運の悪いことに全てのレースに私以外の逃げウマ娘はいた。
たかだか数か月程度では劇的な改善とはならなかった。それどころか逆に、最近はレース疲れが抜けずトレーニングに身が入りきらないでいる。
世間一般的にはレースの出走間隔は一月に一回とか、二月で三回とか。とにかく二週に一回よりもっと期間を設けるようだった。
それを知ったのは、五度目の未勝利戦となる出走登録をしようとトレーナー室を訪れ、渡そうとした申請用紙を受け取ってくれなかった時だ。
「俺は、担当が決まらない奴らの受け皿になっていると言えば聞こえはいいが、実際のとこは碌な指導も出来ないもんだから生徒の自主性に任せてるってだけだ。三流トレーナーどころか四流……いや、もっとか。それでも腐ってもトレーナーなんでな。自分の担当契約している奴が見えてる破滅に飛び込んでいくのを見過ごすことはできないんだわ」
ハンチング帽を被って、赤ペンを右耳にかけている中年男性。いつも厭世的でくたびれた様子だった
私はうろたえていた。理由はわからないが、この江曽島トレーナーはぼっちの私の耳に入ってくるぐらい指導をしないという噂で有名だった。担当契約の際に「事務的な手続きはこちらに任せてくれていい。けれど、コーチングには期待するな。そういう真っ当な関係を求めているなら他所を当たれ」などとトレーナー側から言われていた。それは前回も同じだった。もっとこちらに不干渉なイメージでいたのだけれど、まさか申請を止められるだなんて。
「それに、歩くときに左足をかばってるな? もう医者には診てもらったのか?」
「……いえ」
「ならまずは病院だ。それでなんの異常もないようなら次の出走登録をどうするか考えてやる」
「それは……」
まさに痛いところを突かれて言い淀む私に、江曽島トレーナーはあっさりと目線を切る。がさがさと机の上を漁って新聞を手にした。
「行かないってんなら、好きにしろ。いつまでもレースに出られないだけだからな」
「……失礼しました」
退室しようと踵を返すと、手元の新聞を眺めているトレーナーから声が上がった。
「次に来る時は診断書を持ってきな。話はそれからだ」
・・・ ⏱ ・・・
レースのエントリーもさせてもらえないのではどうしようもない。私は翌日、素直に病院にかかった。
結果から言うなら、症状としてはウマ娘特有の骨膜炎の一種ということになるらしい。骨の出来上がっていない若いウマ娘が重度のトレーニングを積むと起こるということだ。
……確かに江曽島トレーナーの言う通り、最近は加速の為の踏み込み時に痛みを覚えていた。触ってみればうっすらと腫れもある。踏み込みを強くしようと、過度に力を込めていたのが原因となったのだろう。
負担のかかる足の骨に極微細な亀裂が入ったことで炎症を起こし、痛みになっている。あんまり悪化するようならまっすぐ歩行することも困難になるとのことで、足に負担がかかるトレーニングは控えなければならなくなってしまった。
走るのであればウッドチップコースや同じくウッドチップが使われている坂路など、比較的脚に負担がかからない走路を回数を減らして。トレーニングも軽度であれば問題はないが、足に荷重をかけるパワートレーニングなども避けた方がいいとのこと。
炎症が治まるまで早くて数日、しかし場合によっては数か月かかることもあるとのことだ。
気が進まないまま言われた通りに病院で貰った診断書を江曽島トレーナーのところに持って行ったところ、やはりというかトレーニングに制限をかけられてしまった。
今、私がしなければならないのは足りない踏み込みを改善する為のパワートレーニングか、バ場に適応する為にダートコースを走りこむことなのに、そのどちらをも禁止されてしまった。
けれども、腫れがこれより悪化せず、耐えられる程度の痛みだと判断出来るのであればレースに出ること自体は構わないとの許可が下りた。この疾病はウマ娘には珍しいものではなく、レースにそのまま出走して一着を取ることもあれば、治った後に後遺症も残りにくいことから成長痛が酷くなったような扱いのようだ。
ただし、今後は怪我の如何に関わらず最低でも三週間以上レースの間隔を空けることを約束させられた。
「わわっ! ループ、それどうしたの!? この前電話した時には怪我したなんて言ってなかったよね!?」
「あ、パーマー先輩。おかえりなさい」
病院にかかった日は8月の終わり。夏休み最終日の前日にパーマー先輩が夏合宿から帰ってきた。
冷やすと痛みと腫れが緩和されるとのことなので、その日はトレーニングを休んで保冷剤を患部に当てて部屋にいたのだけど、そんな私を見たパーマー先輩が帰るなりに大騒ぎし始めた。
四六時中、暇さえあれば一人で走っている私が、トレーニングもしないで部屋でアイシングをしているから大きな怪我をしたものと思ったようだ。
「まったくもう。ちょっと目を離した隙にこんなことになってるんだからさー。最初会った時は年の割にしっかりした子だと思ってたのになぁ」
私もパーマー先輩とヘリオス先輩には塞ぎ込んでいた時からずっと気をかけてもらっていたので、余計な心配をかけないよう電話では元気だと伝えていたのだけど、怪我したことでパーマー先輩が不在の間のトレーニングの内容や出走したレースについて洗いざらい話すことになってしまった。
芝に比べてダートの方が足への負担が少ないとはいえ、レースにトレーニングにとほぼ休みなしだったこの二か月の私のハードスケジュールに、こうなるのも当たり前だとしこたま怒られて呆れられることになってしまったのだった。
オンザループのヒミツ①
実は、『Make debut!』のセンターパート以外はもう完璧