URAを優勝するまでウマ娘に転生し続ける元一般人男性 作:安倍川餅
レース後に休養期間を作るよう言われてしまったので、年内に1勝を上げるという個人的な目標達成がだいぶ難しくなってしまった。ある程度足の痛みが引くのを待つことを考えると、多くても年内にあと3回出走できるかというところだろうか。
トレーニングも方針を変更し、プールトレーニングを重点的にこなすようになった。もう初速で負けるのはこの際仕方がない。道中の競り合いでスタミナを消費するのを前提にして、その上で最後まで余力を残せる体力作りをメインにしている。
それにしても、セルフマネジメントが大変すぎる。次に開催される未勝利戦の下調べだったり、足に負担のかからないトレーニング方法を調べたり。そもそも普段やっているトレーニングもネットで調べて出てきたもの、前々回の時に教官から受けたトレーニングメニューの使い回しか、図書館のトレーニング本から拾ってきた独学のものなのだ。トレーニングに時間を割きたいのに、それ以外に結構なリソースを取られてしまっている。
そのトレーニングにしても人気のコースは事前申請しないと使わせてもらえないので、夏の暑さが残っている今の時期はプールは数日前からの予約の取り合いだったりする。予約がいっぱいなことも多く、たまに申請するのを忘れてしまったりしてプールが使えない日は、空いてればエアロバイクとかのマシントレーニング。それもダメだったら体幹トレーニングをしている。はやく自分の足で走りたい……。
江曽島トレーナーも事務手続きはやってくれると言ってくれてはいたけど、コーチングしないと言っている以上はコースや器具の使用許可はおそらく別の話なのだろう。トレーナーの名前で申請したら監督役としてそのコースにいないといけないだろうし、他にも担当契約しているトレセン生もいるだろうから、それぞれが別の場所で好きにトレーニングしていたら江曽島トレーナー一人で全部を監督するなんてことは土台無理な話になる。
そう考えるとやっぱり、三冠や天皇賞制覇などの大目標や出走するレースに合わせてトレーニングを組み立ててくれたり、普段からコースを押さえてくれたり、場合によっては栄養管理までしてくれたりと、ウマ娘一人一人に付き添ってくれるトレーナーとの担当契約は必須なのかもしれない。
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無理をして前回のように骨折でもしたとなったら元も子もないので、一か月のインターバルを空けしっかり腫れが引いたのを確認してから、10月になってようやくダートトレーニングを再開した。本当は腫れが多少残っててもレースに出たかったのだけど、ちょっと目を離すと無茶する後輩と思われてしまったようでパーマー先輩には無理しないよう念押しされてしまったのだ。先輩だって11月には天皇賞秋が控えているので、どうかこんな私なんぞ放っておいてそちらに集中してほしいのだけど、私はパーマー先輩の言うことには逆らえないのだ……。
二か月近くレースに出ていなかったし、同じだけの期間トレーニングにも制限がかけられていたので、てっきりタイムも酷いことになっていると思っていたのだけど、実際に走ってみるとそうでもなかった。全力で走っていないので正確なタイムではないけど、むしろ良くなっている節がある。
体感としても、足が軽い。体の中心にあった重たいものを降ろしたように、地面を踏み込めば体が風を切ってぐいぐい前に進んでいく。しばらく走れていなかったのも手伝って、走ることがこんなにも気持ちがいい。
「……? どうして? わからない……」
気分爽快とはなったけど、疑問符が頭の中で埋め尽くされている。
これは、体幹トレーニングやプールが効いたのだろうか。なんにもわからない。晴れだろうと雨だろうと寒かろうと暑かろうと、自分の足で走る(一応その中でもダッシュしたりフォームチェックしたりペースを変えたりと緩急はつけていたつもり)ばっかりだったので、触れてこなかったトレーニング法だったけど、だからこそ全身の足りていない部分が鍛えられたのかもしれない。色々なコースやプール、トレーニング器具が揃っているトレセン学園に在籍できていたのは全部足しても一年ちょっと。そのほとんどをこれまで通りのトレーニングで浪費してきてしまった。用途がわからないものや見慣れないものもまだまだある。とにかく何が作用したのかわからないけれど、これが怪我の功名ってやつなのだろうか。
とにかく体調的に軽めのトレーニングで疲労も取れ、精神的にはパーマー先輩が同じ部屋に戻ってきてくれたのもあって絶好調となった私は、その勢いで次の未勝利戦にエントリーした。
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『東京レース場ダート1600、未勝利戦。曇り、バ場は良。9人のウマ娘のゲートインがたった今完了しました』
ゲートインを嫌う子もいるというけど、こうして走る側に回るとその気持ちがわかってしまう。
狭いゲートの中は圧迫感があって、これから走り出すのに前が阻まれていると妙な焦燥感を掻き立てられる。そわそわしてとにかく落ち着かない。
息を深く吐いて、ヘリオス先輩が教えてくれたスタートの心構えを思い返す。ポジティブに、アゲアゲで、なんでもいいからとにかく前へ出る!*1
『スタートしました! ばらっとしたスタート、2番は後方か。ハナに立ったのは6番オンザループ。1バ身開いて5番ドリーミネスデイズ……』
――ゲートから出た直後*2、スタートに成功した私は先頭を取れていた。
東京の1600はスタート直後は芝を走るので、そこで勢いが乗る。ダートに入るまでの150mほどの間に他の子たちをぐん、と引き離す。
すぐ背後からは足音が複数ついてきている。ピッチから先頭を走る私を追い抜こうとしているので、おそらく先行策ではないのだろう。私以外に逃げを取った子はいるようだけど、既に速度に乗った私は追いつかれることなく最初のリードを保てている。
『芝からダートに入りました。先頭は変わらず6番。1バ身開いて5番、続いて1番ケチャップステップ……』
緩やかに下り、次に上る。短い坂を上りきる手前、後続が上り坂に差し掛かったところで息を入れた*3。パーマー先輩から教わっていた、先頭を走っていないと使えないスタミナ温存のテクニックだ。上り切ったところで再加速、今度は直線で速度を乗せていく*4。
『第三コーナーから第四コーナーを回って先頭はオンザループ。残り600、着々とリードを広げていきます。二番手5番ドリーミネスデイズに代わってケチャップステップが前に出る。外に7番ミニジニア、ここで後方から4番手、3番手……9番モリノオウジサマが上がってきたか』
誰も私には並んでこない。そのままコーナーに入り、最終直線を臨む。
大丈夫、余力はまだまだ残っている。これで、他の逃げウマ娘は抑え込めた。後は、最後まで走りぬくだけ。
『さあ最終直線に入って先頭は依然6番オンザループ』
今回こそ勝てるかもしれないと、頭にちらついた。
『……二番手に9番モリノオウジサマが猛追している! ここから届くか!』
直線に入るなり残ったスタミナを振り絞るようにしてスパート、加速する。そうして残り200mほど、ウマ娘の脚力であれば10秒ちょっとの短い距離。
そこで初めて、後ろから蹄鉄が地面を叩く音が、別の空気の層が迫ってくることに気が付いた。近づく誰かの息遣い。同じくして遠く、スタンドの方から驚嘆のため息と、歓声が聞こえていた。
「……っ!?」
スタミナが切れている訳じゃない。スピードが乗り切っていない訳じゃない。
それ以上に速かった。追われていることに気づいた私が、限界以上に力を振り絞って加速するのに、それすらなかったことにされて置いていかれる。
最高速度が一段階違う。まるで、本格化前にパーマー先輩と併走して、引き離されていく時のような。
『捉えた、捉えた! モリノオウジサマ並んだ! 6番オンザループも内で粘る! 粘るが……』
追いつかれまいとしていた時は引き延ばされたようで、そこから横に並ばれたのは一瞬の間のこと。抜き去られる時はあっという間だった。
『9番モリノオウジサマ、半バ身差でゴール! 2着は6番のオンザループ、三番手争いは僅差で7番ミニジニアか』
注:主人公にレース実況である『』は聞こえていません。