URAを優勝するまでウマ娘に転生し続ける元一般人男性 作:安倍川餅
倒れこみそうになるのを堪えて、手を膝につく。
手のひらで額の汗を拭って、内ラチのその先を見るべく顔を上げる。
全力を出しきった。今回のレースは、私にとってこれ以上ない条件だった。
踏み込み不足もスタート直後の150mが芝だったので最小限に抑えられて、最初の加速で負けなかったからおそらく私以外にもいただろう逃げウマ娘に一度も先頭を譲らなかった。
先頭でレース運び出来たことで、初めてパーマー先輩に教えてもらってた息を入れるテクニックも使えた。競り合いがなかったこともあってスタミナだって最終直線でスパートをかけられるぐらい残せたし、体のキレが良かったからこれ以上ないほどトップスピードも乗っていた。
間違いなく会心の出来。我ながら、いつもこれが出来ていればと思わずにいられないレース運びだった。
なのに
電光掲示板の一番上に灯っているのは9の数字。
二段目に私の番号である6。差は1/2。半バ身。
三着との差は、4バ身。
「モリノ、オウジサマ……?」
息を絶え絶えに、無意識に呟いたその名前に、一足先に呼吸を整え終えたのだろう本人がこちらに向く。
栗毛のゆるくカールした髪。その名に違わぬ可愛いよりもハンサムといった顔立ち。まるで絵本から出てきたような王子様。
「やあ、オンザループさん。危なかった、思わず冷や汗をかいたよ。ほんの少しスパートをかけるのが遅かったら追いつけないところだった」
未勝利戦なので、みんな体操着にゼッケンをつけている。一着を取った彼女の名前もすぐにわかった。
もちろん、出走する子たちの名前や最近出走したレースでの脚質と着順ぐらいは確認はしていたけれど、彼女は6月にメイクデビューを走ってから、ずっとレースをしてなかった子だった筈だ。私自身、レースから二か月遠のいていたので勘を取り戻すのに難儀した。それ以上の期間を空けた彼女のことは、はっきり言えばそこまで警戒していなかった。
「怪我の所為で他のみんなより大分出遅れてしまったのだけれど、なかなかどうして楽しめた。キミが上がってくるのを楽しみに待たせてもらうよ」
「……」
未勝利戦を勝ち抜くことなんて、彼女にとってはただの通過点なのだろう。私や大多数がそうであるように実力が足りず未勝利ウマ娘になっていた訳ではなく、この子は実力は充分だったのに怪我の為に未勝利という立場に甘んじていただけなのだ。現に今回が公式戦での初勝利だろうに、既に自分は強者だという揺るぎない自信に溢れている。
ひらひらと手を振って背を向けた彼女に、私は手を握りしめるばかりで何も言葉を返せなかった。
こんな速度で差してくるウマ娘はこれまでのメイクデビューや未勝利戦に出走した子たちの中にはいなかった。たまたま今回私の調子が良かったから半バ身差になったけれど、この差し足を相手にしていたらこれまでの私ではまるで勝負にならない。彼女がマギレ*1でも起こさなければ勝ち目がない。
私は色々なウマ娘に負け続けてきたけれど、「実力を出し切れていれば」みたいな負け惜しみがいつもついて回っていたように思える。最近は一着にはなれなくても善戦は出来てしまっていたから、余計に張りぼての自信が築かれつつあった。過去に一緒に走った中で「全力を出し切ったとしても勝てるイメージが湧かない」と思わされたのは、いつか模擬レースで一緒に走ったサクラホクトオー。言うまでもなく、メジロパーマー。その二人だけだ。
そして今回。文字通りに全力を出し切って負けた。着差上では半バ身と接戦でこそあったが、負け惜しみの余地も残さずに、自分の上なんていくらでもいるということを思い知らされた。
縋るように数十年前にもなるだろう記憶の奥底を漁るも、彼女の名前はウマ娘のアプリ・アニメ・漫画のいずれの中にも存在しなかった。ヒトだった頃の私が死んだ後に実装された知らないウマ娘なのか、実装はされていないが実在馬をモチーフにしているウマ娘なのか。――それともレジェンドホースの魂とは別のところで、こんな強者が存在しているのか。
情けないことに、負けた理由が欲しかった。私は、負けてもしょうがなかったと思わせる理由が欲しかったのだ。
・・・ ⏱ ・・・
ダメだ、たぶん私メンタル強くない。クヨクヨするのよくないのにすぐにへこんでしまう。
レース中の手応えがあっただけに気持ちの切り替えが上手くいかず、数日もかけて、ようやくあの敗戦を自分の中で消化した。
勝負は時の運。もちろんレースに臨むまでに最大限の努力をしてより強い勝ち筋を作らなければならないけれど、出走する他のウマ娘も同じように鍛えてレースに臨んでいる。そして、それら全てを真っ向から圧し折り、上から叩き潰す強者と当たってしまうこともある。
同格の相手に勝てるかどうか。格上とでもいうような強いウマ娘がレースに出走してくるかどうか。有利な枠番、天気が荒れないか、得意なバ場になってくれるのか。そういう運もあるかもしれない。それはしょうがないことだ。
けれども基本的にはより強く、より速い者が勝つ。
次にやる時には、勝つ。いくら考えても最終的にはそれしかない。道中にあの時以上のリードを広げて、最終直線でもっと前に出られる粘り強さがあったなら、モリノオウジサマに勝てていた筈。なら、そういうトレーニングを積んでいくしかない。
レースの疲労が残っていたこと、絶好調を自覚し確かな手応えを感じていた上での敗戦に精神的に打ちひしがれてしまっていたこともあって、調子を戻すのにより時間を要することになってしまった。
次の未勝利戦は、年末になった。12月第4週日曜日、中山レース場未勝利戦。ダート1800。
その日の9RにはグランプリGⅠレース、パーマー先輩とヘリオス先輩が出走する有馬記念が開催される。
・・・ ⏱ ・・・
「中等部に入ったばかりのループに教わってるの我ながらどうかと思うんだけどさ、正直助かってます……」
「いいえ。パーマー先輩のお力になれるのなら喜んで」
しおしおと萎びたパーマー先輩が両手を合わせて私に向けて拝みだした。流石に拝まれるのは居た堪れないのでやめて欲しい。
日頃からパーマー先輩にはちょこちょこと気にかけてもらっているので、何かお返しが出来ないかとずっと考えていたのだけど、ようやく私にも出来そうなことが見つかった。
パーマー先輩はこれまで定期考査ではちょくちょく赤点をとっていてその後に行われている補習の常連だったらしい。ただ今回ばかりは年末のレースに出るにあたって、補習を受けるわけにはいかないと赤点回避の為に寮の自室でも勉強している姿が度々見受けられていた。その上で上手く理解できず四苦八苦している様子だったので、僭越ながらも助力を申し出たのだ。
ここ最近の数十年は初等部と中等部初年度の授業しか受けていないのでだいぶ不安だったけれど、一応は大学を出た身ではあったので高等部の内容ならば教科書を読み直せばなんとか思い出せた。トレセン学園ではレース学・栄養学やウイニングライブにむけてのダンス・声楽なども学ぶ為に、毎回初年度の半ばで退学している私では教えられないことも多かったのだけど、一般的な高等教育部分に関してはパーマー先輩にも理解してもらえるように教えることが出来たと思う。この様子なら赤点ということはないだろう。
「うーん……。ループもレースが控えてるのに時間取らせちゃってるしなぁ……。かといってアタシが教えてあげられることなんてあったかな?」
「そんな。パーマー先輩には普段から併走していただいたり、レースのことにもいろいろアドバイスいただいてますから」
むしろ、パーマー先輩に迷惑かけ通しだった私がようやくお返しできたというのに。そのまたお返しなんてされてしまったら私に出来ることなんてもうなくなってしまう。
「そうだ! お返しになるかわからないけどさ、もし興味があるならだけどゴルフとかちょこっと教えてあげられるかもしれないから、もしやってみたかったら言ってね?」
「えと……。はい。それでは、年が明けてパーマー先輩がお手隙になった頃にお願いしてもいいですか? ゴルフ、やったことないので一度やってみたいです」
正直なところ、ゴルフはこれまでの人生でやってみようと思ったことはなかった。ただ、パーマー先輩の趣味がゴルフだと知ってから気にはなっていたのは確かだ。
不純かもしれないけど、パーマー先輩が直々に教えてくれるなんてシチュエーションを逃す手がない。気晴らしに付き合うという名目で連れ回してくれたけど、お互いレースに備えてトレーニング漬けの日々だったので、心の底から遊ぶという感じではなかったのだ。
「おっけーおっけー、任せてよ。よし、これで先輩の面子は保たれたかな?」
にっと笑ったパーマー先輩に、普段他人と事務的な会話しかせず笑ったり怒ったりしないばかりに表情筋の死んでいる私も思わず微笑んでしまう。
それを見られて、パーマー先輩には「ループが笑った!!」と騒ぎ立てられてしまった。
・・・ ⏱ ・・・
パーマー先輩が宝塚記念で勝った後のメイクデビューで私は後に続けなかったけど、今度は私が勝ってパーマー先輩にエールを送ってあげたい。
トゥインクルシリーズ三年目となるパーマー先輩には、今日行われる有馬記念は競走ウマ娘としての集大成と言っていいレースだ。引退しない限りはトゥインクルシリーズは続いていくけど、どちらにせよ節目となるレースなのは間違いない。どうか勝ってほしい。
『中山に集いました16人のウマ娘。未勝利、ダート1800m。本日の天候は晴れ、良バ場となっております』
中山レース場は芝もダートもとにかく坂が多く、しかも急勾配となっている。
最終直線が短いので瞬発力勝負にはなりにくく、基本的には前目につけるのが有利。必要とされるのはパワーとスタミナ。スタートで長い上り坂を上って、向こう正面の直線で下り、最終直線でまた上り坂となるのでへこたれない根性も必要だ。
すっかり足への不安もなくなり筋力トレーニングとダートトレーニングも再開しているのだけど、忙しい中パーマー先輩に見てもらったところによると僅かにマシになったとはいえ力が逃げているのは変わらないようだ。
前回の東京レース場1600のように最初に芝の箇所がある訳ではない(中山レース場もダート1200だったら最初が芝だけど私には距離が短すぎた)ので、逃げウマ娘同士であったらおそらく出足では遅れることになる。少しでも早く先頭を奪って競り合いは最小限に、スタミナを温存しないと最終直線で脚が残せない。
『さぁ、今、最後のウマ娘がゲートインしまして……』
やはり同日に年末の大一番である有馬記念が開催されるだけあって観客の数もすごい。まだ間に何Rもあるのに既に観客席がけっこう埋まっている。レースの方も未勝利戦では普段は9人出走していればってところなのに、今日は16人もいる。
ゲートインが終わったのだろう、スタートを待つ観客が静まっていく。合わせて、集中力を高めていく。出走を待つ他の子たちも普段と観客の数の違いに緊張しているのか、空気が張り詰めていて肌がぴりぴりとする。
『スタートしました、かなりばらついたスタート。12番ユウグレカラスは後方から、2番スカンダと5番ドテブライドがハナを競り合う。続いて6番オンザループ、11番タダノカメリアが追いかける。外から9番……』
もう序盤で先頭を取ることに固執はしない。そこで余計なスタミナを使う余裕はない。逃げウマ娘の後ろにつけるように立ち回る*2。
序盤の競り合いで余計なスタミナを削られないよう、中盤に入るあたりを目安に抜き返す――
『ドテブライドがさらに加速していく、先頭はドテブライド。続いて2番スカンダ、6番オンザループ。11番タダノカメリアはゆるゆる下がっていく』
――と思っていたのだが、先頭を走る子がどんどんと加速していく。二番手の子とは目算で3バ身。先頭を狙うつもりだったが、大逃げとでもいうような5番の子の全力疾走に私は当初のプランを変更する。
もともと私は戦法を選ばない。もちろんGⅠウマ娘であるパーマー先輩とヘリオス先輩に色々と教わっているので練度として一番高いのは逃げだろうとは思う。しかしそれも先頭を取れて初めて使える技術が多くて、大逃げのようになりふり構わず先頭を奪われてしまった場合では有効とはいいがたい。
先頭の子はいつもより多い観客の数に明らかに掛かってしまっていて、このハイペースではとてもじゃないけど最後まで持たないだろう。競り合ったとしても旨味はない。私は前目でペースを守り、スタミナ温存を心掛けて*3ついていく。
『800mを過ぎまして依然先頭はドテブライド。坂を上りきり第二コーナーに差し掛かる。中山の急坂にペースが落ちたか、二番手との距離はなくなっています。先頭からシンガリまで15バ身というところでしょうか。向こう正面に回ってここで6番オンザループが先頭に並んできた。9番マルウチワールドが上がってきて三番手。内に2番スカンダ、大きく離されて11番タダノカメリアが続きます。』
坂を上りきってからのコーナーからの立ち上がりに、二番手も先頭も外から一気に抜き去る。先頭の子なんかは既に結構バテてしまっていたようで、私が後ろから迫っても加速しようという素振りはなかった。
直線では下り坂、ここからの私は『逃げ』ウマ娘だ。*4
『おっと、これは掛かってしまっているかオンザループ、先頭に踊り出て更に加速。後続との差を広げていきます。マルウチワールドが二番手に浮上、タダノカメリア追随するが二番手とは3バ身。続いてドテブライド、スカンダ。2バ身差16番アイルボレーヌ、その外12番ユウグレカラス……』
思い起こすのは、追われているあの時の私。モリノオウジサマが背後から迫り、それに気づいてからは粘ることも出来ずにあっという間に追い抜かれてしまった。
後ろにつかれてしまってから慌てたってもう遅いんだ。ゴール板をくぐるその時まで、私の後ろには誰も追いつかせない。それだけのリードを広げないと。きっと私は勝てないから。
彼女に追われているイメージで走り続ける。気を緩めたその瞬間に、また負けてしまうから。
『これはロングスパートなのかオンザループ。リードは4バ身、勢いままに第三コーナーを越え第四コーナーに差し掛かる。さあ残り400、直線に入れば坂が待っている! 第四コーナー! 中山の直線は短いぞ、残り200!』
技巧も何もない。体に染みつかせたフォームだけを守って、あとはスタミナと根性勝負。根性……? あるかな、私に。スタミナだけは、ずっと一人で走りこんでばっかりだったから、人一倍あると思うけれど。
ここで勝たなきゃ、ここで無理をしなくちゃ、私はきっと。今回だって。
視界が黒く狭まり、中心しか見えなくなっていく。酸欠だ。呼吸はしているのに、ずっと全力疾走で。ふらつくけど、でも、足を緩める理由にはならない。
ただ、よく見えなくてゴール板がどこにあるのかわからなくなるのは、困るかもしれない。
『マルウチワールドが飛び出して追いかける! 追いかける! その切れ味鋭い末脚で食らいついていく、が、届かない! オンザループ、急坂もなんのその。脚色が衰えない! 勢いを緩めることなく……ゴール! 1着はオンザループ! 2着はマルウチワールド、3着タダノカメリア!』
長年の悲願だった初勝利。それを成し遂げたことに気づいたのは、ゴール板より更に50m先で、いよいよ呼吸困難になって砂の上に前のめりに倒れこんだ後だった。ゴールがどこかもわからなくなってしまって、とにかく走れるだけ走るしかなかったのだ。
いつの間にか周りの音もシャットアウトしていたようで、自分の不規則で荒い呼吸の音しか聞こえなくなっていたのも原因の一つだろう。今になって観客席から歓声が上がっているのを耳が拾い始めた。
「はっ、はぁっ、…………あははっ」
でも……勝てた、なんとか勝てた。コースに倒れこんで、砂まみれで、とてもじゃないけど余裕の欠片もない姿だけれど、私でも勝てたんだ。
真っ白だった頭の中に、ようやくいろんなことが去来する。嬉しさがこみ上げてくる。それでも最初に思い浮かんだのは、この後出走するパーマー先輩にいいバトンを渡せただろうか、ということだった。
「目標も滑り込みセーフ……よかった」
一応12月は次週もレース自体はあるけれど、レース後の休養期間を設定されてしまっているので勝っても負けても年内の出走予定は立てられない。
実質、私の年内の最後のレースだったわけだ。年内に初勝利を挙げることを個人的な目標としていたので(運よく早い段階で勝てていればもう何レースか出走したかったけれど)、一応は達成ということになるだろう。
この後は残るレースを観戦して、全レースの日程を終えた後にウイニングライブが始まる。
『Make debut!』自体はもう十回ぐらい踊っているけれど、センターパートを踊るのは初めてになる。いつ勝ってもいいように練習は欠かさなかったけど、ちゃんと踊れるかな、なんて気が逸ってコースを出ていく前からそんな心配をし始める私。
観客席の一番前に嬉しそうに手を振ってくれるパーマー先輩とヘリオス先輩を見つけて、腕いっぱい使って大きく手を振り返し。
そして、コースを出た瞬間に、いつかのように私の意識は断絶した。
以下作中設定です。
・主人公が存在することで、国盗り系戦略SLGの別勢力のように他のウマ娘たちの行動にも振れ幅が発生します(怪我したり、本来怪我する筈なのにしなかったり、出るはずないレースに出たり、出走取り止めしたり、メイクデビューが早まったり遅れたり、引退が伸びたり……etc)。その回の主人公と関わりのない世代のウマ娘の戦績に変化はありません。
・ジュニア級・クラシック級レースで人数合わせに世代を無視して実装済ウマ娘は出走しません。(例:スイープトウショウの桜花賞にメジロラモーヌが出走する等)
代わりに重賞レースを制覇するだけの素質を持った基礎競走能力の高いウマ娘がそこらにいます。強いのですぐ勝ち進んでさっさと重賞レースに挑戦するようになりますが、デビュー時期前後では当然メイクデビューや未勝利レース、Pre-OPなどにも出てくることがあります。中にはメイクデビューで怪我して半年後の未勝利戦に出てくるウマ娘もいるかもしれません。
つまり、運が悪いとRPGでいうところの物語後半級の敵やボスと最初のフィールドでエンカウントすることがあります。祈れ。