URAを優勝するまでウマ娘に転生し続ける元一般人男性 作:安倍川餅
84世代①
砂まみれの体を引きずってパーマー先輩たちに手を振り返し、『Make debut!』の振り付けを思い返しながら控室に向けて歩きだしたら、急に暗転。
私はまた幼女に戻っていた。ぺたんと座り込みながら、見間違えようなく明らかに小さくなった両手を、眺めることしかできない。
……勝った、よ? 私、勝ったじゃん。ようやく、ようやく勝てたのに……。なんで……?
呆然自失とはこういうことをいうのだろうか。
失敗していた、という事実だけが突きつけられている。体感的にあまりに突然のことで、思考が働かない。
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『次』が、始まってしまった。始まってしまったからには、時間を無駄には出来ない。動きださなきゃ、一回目のようになってしまう。訳も分からないまま危機感から動こうと考えても、体がついてきてくれない。のろのろと動き出し、いつもより緩慢にトレーニングメニューを組み立てる。
正直言えば未勝利戦で勝てた瞬間に、『次』をどうするかなんて考えは全部消えてしまっていた。『今』これからどのレースを走ろうか、今回の課題をどういうトレーニングで解決していくか、そんなことを考えていたと思う。
それが0になった。すぐにでも計画を立て直なければならない。でも、思考が深くまで進まない。表層を滑るばかりで、これまでどおりのルーティンをなぞるだけ。
モチベーションなんて欠片もないまま、体を慣らすための軽いランニングから始まった。
幾分か冷静になった頃、なによりも最初に、パーマー先輩のことが頭に思い浮かんだ。
有馬記念、勝てたのだろうか。レースで勝ってエールを送ったつもりだったけど、もしかしたら私の存在が逆効果になってしまったかもしれない。もしそれが原因で負けちゃったりしたなら、もう腹を割いて詫びるしかないのだけど、自分の罪の所在を知る術がない。
未勝利戦が終わって、私は意識を失った。その後どうなったのかわからないけど、彼女に迷惑をかけているだろうことは間違いない。こうして私が戻されてしまっている以上、意識が消えた後は意識不明となったのか、それとも私という意識がそのまま存続しているのか。それはわからない。けれど、主観としてパーマー先輩にゴルフを教わるって約束が守れなくなったのは間違いなかった。
後悔しかない。きっと性格の良いパーマー先輩のことだ。私としたあんな些細な口約束だって守ってくれる筈だ。今思えば、服のサイズを聞かれたり、年明けで空いている日とかも聞かれていたし。もしかしたらサプライズを計画していてくれたのかも。
こんなことになるなら、あんな約束なんてしなければよかった。
……次に、本来最初に考えるべきこと。なんでリセットされてしまったのかってことだ。
原因としてはたぶん、足りなかったんだと思う。おそらくはジュニア級の内に何かしらのクリアしなければならない目標があった。それは『メイクデビューで勝つ』、もしくは『未勝利戦で勝利している』のを大前提とした上で設定された目標だったんだろう。だから、ジュニア級の最後の最後の未勝利戦で勝った程度の私では、目標未達となってリスタートを切らされる羽目になったのだ。
アプリゲームでのことを考えると、年内目標で設定されているのはファン数3000人を獲得するという目標のイメージが強い。メジロマックイーンの育成でGⅠレースのホープフルステークスで負けて即ゲームオーバーになった記憶がこすっても取れないぐらいかなりこびりついている。
ただし、逆を言えば12月第4週まで普通に生活できていたので、12月前半までに開催されるレースが目標レースだったということはない筈だ。GⅠレース朝日杯フューチュリティステークスや同じくGⅠレースの阪神ジュベナイルフィリーズが目標に設定されていたなら、正直現状の私では詰んでしまっていたのでそこだけは安心かもしれない。
いや、もしかしたら12月下旬に開催されるGⅠレースホープフルステークスが目標レースだった可能性はあるのか? でも、私ダート路線だったのに芝レースが目標レースってことあるだろうか? ……ああ、でもスマートファルコンが目標レースで皐月賞とか走っていた気がするし。芝じゃなくても、12月下旬に開催されるダートGⅠの全日本ジュニア優駿の可能性が微粒子レベルで存在していた。
なんて色々危惧したけれど、そもそもファン数やらの参加資格が足りていないので、本当にそうなら12月半ばになった時点でリセットされていたのではないかと思い当たった。
確定ではないけれど、『規定回数以上にレースに勝利する』、もしくは『ファン数を一定数以上獲得する』のどちらかだろうと思う。
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私は延べで考えると、既にウマ娘として25年以上の年月を重ねている。順調にいけば、私は妙齢の女性となっていただろう。そんな未来はなかったので、こうして幼女になっているのだけど。
ただし、問題なのはそれほどの年数を経ているのに、内24年ほどの期間を小学生として過ごしていることだ。周囲は年端もいかない少女ばかりで、話題やらテンションやらのギャップから疎外感を覚えている私は一向に社交性が身につかないまま。知識面もわかりきった授業を何度も何度も聞かされては飽き飽きするばかりで、図書館でトレーニング本を借りて読んだりはしているけれどそんなのは一回目の頃からやっている。自学自習に充てたいけれど学校に拘束される時間が長くて、出来ることが限られてしまう。
競走ウマ娘として欲しい本格的な専門知識は、トレセン学園に入学してからしか得られない。それも中等部の初年度での授業なんて大した内容でもないので、最初の最初を数か月分学んだだけの私なんて素人に毛が生えたようなものだ。
あと打開策として考えられるのは小学生の頃からコーチについてもらうことだけれど、生憎と私の家は裕福ではないのでヴィクトリー倶楽部のようなクラブチームへの参加も難しい。走ることが好きな私が毎日毎日あちこちを走るものだから、履き潰しては買い替えるウマ娘用のランニングシューズの出費も馬鹿にならないらしく、母から苦言を呈されることもしばしば。月に貰える500円のお小遣いもシューズに取り付ける蹄鉄代の足しになって消えてしまっている。(つけなくても走れるけど、つけてると走りやすいしシューズも破損しにくくなるので極力つけるようにしている)
そうなったら、もう私自身がトレーナーと同等の知識を身につけるしかない。お年玉を使ってトレーナー試験向けの勉強用テキストを購入した。
ただし、小学生の時分ではちょっと走っただけなのに体力がないから疲れてすぐに眠気がきてしまう。まず夜の10時を過ぎたら起きていられない。
学校が終わって体力作りのランニングをして、うちに帰って夕食前に宿題をして、ご飯食べてお風呂を終えてからの時間を勉強に充てているけれど、もうその頃には大分眠気にやられててほとんど脳みそが働いていない。もはや隠れて勉強する余裕もないので両親のいる前で高難度の資格であるトレーナー試験のテキストで勉強しているのだけれど、若干気味の悪い目で見られてしまっている。私だってこんな幼女がいたらいやだ。
とにかく。小学校の高学年にもなればだいぶ時間的な余裕も作れるのだろうけど、体が小さいうちは無理がきかない。トレセン学園の入学試験まで6年あるけれど、時間的、肉体的な制約がある中でたった6年で形になるかどうかは自信がない。
そうこうしているうちに、早々に問題が発覚した。
……食事が摂れない。正確には、量が全然食べられない。毎日体を動かして、テキストで勉強して頭を使っていてエネルギーを欲している筈なのに、空腹感がぜんぜん湧いてこない。
基本的に何か食べようとする気が起きないし、それでも無理に食べようとしてもすぐに吐き気がきてしまう。当然我が家では、吐かれるとわかっていて料理を余分に作ったりはしない。……これでは、一回目よりも消費カロリーは増えているのに食事量が減ってしまっている。
事実、立ち眩みをよく起こしているし、走っていれば平衡感覚を失ってよろけることもある。病院にかかってもストレス性のものということしかわからず、貰った薬を飲んでいるけど吐き気はいくらか抑えられても食欲に対して効果はない。栄養ゼリーを飲んでいるけど、たぶん焼け石に水だ。
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毎日走り回って空いた時間に勉強して、お小遣いも走ることばっかりに使っている私を見かねてか、父が誕生日プレゼントに何でも好きな物を買ってくれるという。ボーナスが出たのか、ギャンブルする素振りはなかったので株で一山当てたのか。とにかくなんでもいいけれど。
ペットを飼いたいでもいいし、旅行だっていい。やりたいこと、やってみたいことを言いなさい、と言われて、いつもの私なら間髪入れずに「駆けっこのクラブチームに入りたい」とでも答えていただろうに、その時は欠片も思い至らず、それよりも真っ先に私の頭に浮かんだものがあった。
「ゴルフ、やってみたい」
走ること以外を初めて要求した私に、父は目を見開いて驚いた後、嬉しそうに笑みを浮かべて「それなら一緒に始めてみようか」とすぐにウェア一式と、父が買ったのと同じメーカーのジュニアクラブセットを買い揃えてくれた。
すっかり乗り気になった父には悪いけれど、言った私自身にそれほどの興味はまだない。父も私と同じ初心者で詳しい訳ではないようなので、一緒にゴルフを勉強していくことになるのだろう。
けど、本当は、私にゴルフを教えてくれると言ってくれた人がいたんだ。
その話はなくなってしまったけれど。次に彼女に会えた時、同じ趣味ってことで話題に出来たらいいかな、なんて思うんだ。
※追記
話の展開から読み取れた方には蛇足になると思いますが、作中で名言してなかったのでここで一応の説明を。たぶん今後作中で話題に上ることもないので。
ゴルフ用具一式ですが買い揃えるとなると決して安いものではありません。父娘二人分揃えるとなったら十ウン万ぐらいの出費でしょうか? かけっこのクラブチームの月会費の方が断然安いです。
主人公の家は裕福ではありませんが、主人公の父はボーナスもらっただとか、株やギャンブルであぶく銭が手元にあったとかではないです。家の貯蓄と父のお小遣いを減らして購入しています。
ある日を境にウマ娘の本能に目覚めて走り回るようになり、でも表情に陰が差すようになったと思ったら、急にトレーナー資格の教本で勉強し始めて、食事を全然食べられなくなった主人公が原因です。
ふらふらしてるし食事中はえずいているし、様子がおかしいと思って病院に連れて行ったらストレスが原因だろうと診断され、でもそのストレスとなる原因が両親ともに思い当たらない。
あちこち走り始めてからこうなったので一時的にでも走るのをやめさせたいが、雨だろうが外で走りたがる本人の様子からそれもできない。
せめて、ストレス解消になりそうな新しいことを始めさせたらいいんじゃないか、という考えがあってのことです。誕生日プレゼントというのはこじつけでした。
そういった理由ですので、こうして主人公が不調をきたさなければこういう話になりません。
これまでの1~4回目の時にはなかったことです。たぶんクラブチームに入りたいって言っても、毎日毎日元気にあちこちを走り回っている主人公を見て「走るならどこでも走れるんじゃない?」とか言われてたと思います。