死人に口なし心あり   作:ナチュラル7l72

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口なし

上に立つ者に必要な素質は大抵ろくでもない。

聖職者の真反対のそれだといえば如何にろくでもないかわかるだろう。

嘘つき。畜生。心なし。清濁併せ呑み対面する相手にもそれを強要する素質。

 

俺が見る限り、いや体験する限り、こいしにはまったく向いていなかった。上に立つ者。だけでなくその余波を受けるであろう姉妹としての素質も。まるでなかった。

 

 

 

 

 

古明地さとりには生まれながらにして使命があった。それは地霊殿の主になるという事だ。

 

地霊殿は言わば蓋だ。それも臭い物の。

八雲紫によって幻想郷にとって邪魔だと認識された者たちがぶち込まれた地底の世界。それは人間や他の妖怪にとって特大の危険人物たちであったり、力で統べる時代を超えたにもかかわらず力を持ちすぎる者たちであったり、単に嫌われていたり、時代錯誤な妖怪たちがまとめて放り込まれている。

そしてそんな者達の上に立たなくてはならないのが地霊殿の主。さとりは幼いながらもその困難さを理解していた。

 

代々地霊殿の主は古明地家…覚り妖怪が務めている。代々といってもそんなに代を重ねてはいないがその全てが八雲により適任とされてきた古明地家に任されていた。

時代変遷により世界は武力から知略へと非軍事的な方向へシフトしている。力を持つ者蔓延る地底の主となる者は力ではなく知性と謀略に長けているものでなくてはならない。その理屈はさとりも理解し、さらにそれに最も長ける種族が覚りであるということも理解していた。

 

だが、覚りだからといって心労がまったく無いというわけじゃない。さとりはそこを口を大にして言いたかった。

そもそもなぜさとりが地霊殿の主とならなければならないかという話につながるがさとりの母は妹の出産後既に他界済み。父は過労で倒れ精神がやられている。人間目線でいえばなんだその程度かと言いたくなるかもしれないが妖怪においての精神がやられる、というのは致命的だ。精神主体の妖怪が致命傷を負っているというのと同義。父親はもはや死に体だ。いつあの世に行ってもおかしくない。

 

「こんなちっこいのが今代の地底の主かあ?」

「おいおい嘘つくなよ!近代どころかいつの時期もちっせえのばっかだったじゃねえか!」

「ぎゃはははは!」

 

ということでまったくなにもわからないまま地霊殿の主となったわけだが、まず最初に受けたのが嘲笑、冷笑、そして僅かな恐怖だった。

覚りは恐れられている。恐れられているが…両親はうまく恐怖を政治に利用できなかったようだ。嘲笑が恐怖を上回っている事実がそれを物語っている。暴力こそ振るわれなかったものの自分の位置がどんなものか知るのにさとりにとっていい機会だった。

 

「こいつが今代の地霊殿の棟梁か」

「若すぎる。こんな者に務まるのか」

「まったく、前代のもそうだが武力に欠ける者を頂に据えるのは如何なものかと何度も言っているだろうに。…そう思わないか八雲の」

 

そして間髪入れずにやってくるのが幻想郷の賢者やら強者やらが集う集会。さとりのお披露目が題目としてあったわけだが反応は当たり前のように渋く、苦い。嘲りこそないが明らかに格下扱い。わかっていたとはいえ四方八方から押し付けられる圧は酷く重く痛痛しい。

張り詰める筋を無理やり動かし眠たくもないのに錆びつく瞼を開き視線を巡らせる。どこに目を向けても彼ら独特の圧は緩むことなく木端な覚り妖怪を睨め付ける。そしてその中でも特に目に付くのが覚り妖怪を代々地霊殿の主に仕立て上げている大賢者八雲紫。何を考えているのか、扇の後ろで微笑を浮かべていることだけしかわからない。底知れない圧に怖気ながらも耐える事しかできなかった。

 

だがさとりは小鳥のようにブルブル震えて危機が去るのを待つ、というお行儀のいい性分ではなかい。弱者は弱者なりに能力を必死に回し関係性を少しずつ露わにしていく。こいつはあいつを敵視している。あいつはこの人にべったり。あれは全員を目の敵に、これは…。

その様子を見て八雲紫はなお笑みを深くした。

 

次にやってくるのは引き継ぎだ。大量の仕事といってもいい。書類の束で殴るだけで人を殺せそうな厚みはさとりの目を腐らせるには十分だった。

そして捌いていくうちに、明らかに要らない仕事が混ざっていることに気づく。文章だけは無駄に長く、その実ただの経過報告書だったり報告書に見せかけた脅迫文だったり。呆れて物が言えないさとりだったがある一つの脅迫文を見て余裕が吹き飛ぶ。

 

(こいし…)

 

それはさとり唯一の姉妹。さとりより少し遅くに生まれ生まれる前まではさとりかこいしか、どちらが地霊殿の主となるか彼らの両親の間で議論されていた。そしていざこいしが生まれ、こいしは議論されていたにも関わらず真っ先に候補から抜け自動的にさとりが主を継ぐことが決まる。理由は非常に単純。明らかに向いていなかったからだ。

さとりとこいし。髪色と服を統一すれば双子かと思うほど似ている2人だが内面において表裏、天地、真偽のように正反対だった。

さとりは見ての通り冷静沈着が代名詞となるような性格の持ち主だ。仕事を素早く捌きながらもどう地霊殿を治めようかと考えられるクレバーな面ももっている。自分の能力をよく把握しさらに一定の悪辣さを備えているのも適性があると言わざるを得ない。

対してこいしは悪や非道とは無縁だ。楽しそうに野原を駆けるうさぎとか犬とか。それがこいしだった。

まったく性質の違う両者。しかしソリが合わないのかと言われれば否だ。喧嘩したのはものの数回。仲良く昼食を食べた記憶は何百とある。彼女らはとても仲が良かったのである。もっとも、地霊殿の主をさとりが継いでからは最近会えていないが。

 

逸れた話をもとに戻すと、さとりはその一文を見て腸が煮えくり返るような気分だった。それはこれを送ってきた相手に、そして自分自身に怒っていた。あくまで私は立場上地霊殿の主。そう甘いことを考えていた時に送られてきたこれ(脅迫文)によりさとりは自身の覚悟の未熟さを自覚する。

 

その日からさとりは一旦デスクワークを放置し自身を嘲笑するものへの制裁を行っていった。理論は簡単、どんな者であろうと自分と他人の間に溝を作るものだ。知られたくない事、恥ずかしいこと。他にも相手の内なる欲望を思い知らせるだけでも簡単に膝をつく。心は一見、強く保てば強固である、と勘違いしがちだがそれは自分が全てを管理しているが故のものだ。普通ではありえないが他人に踏み荒らされた時にそれは簡単に壊れてしまう。統治を行っていく上で何故覚りがここまで恐れられているのか。さとりはその自身の行いによりそれを知ることになった。覚りにとっての当たり前が彼らにとっては劇毒。もし武器として振りかざされれば彼らは武器を手に取ることさえできずに跪いていく。

しかし中には毅然とした態度でさとりに対抗するものもいる。強者や賢者。呼び方は何でも良いがあの集会にいた者達や地底で名のある大妖怪だ。長く生きた彼らは心技体が非常に強固かつ心にも殆ど()()を生じさせない。いくら内を覗こうと足掻こうが、相手が覚り妖怪であろうともスキを晒さない。

だがさとりは手段を選んでいられなかった。相手の心にスキを作れるのだったら何でもした。無関係の彼らの部下や親友、忠臣の心を折ることで間接的に潰しにかかったり、対抗勢力を(そそのか)して双方に大打撃を与えたり、最近飼い始めた化け猫に怨霊を煽動させ精神の面から攻撃を仕掛けたり。

中にはまったく策が通用しない相手もいた。妖怪山の天魔や隙間、扉に隠れ潜む者だったり格上故に苦戦を多く強いられたが、別にそれでも良いのだ。

地霊殿とは違いさとりの目的は彼らに自分を認めさせる事。端から全員を屈伏できるとは思っていない。地霊殿の主として、覚り妖怪として私たちに手を出せば痛い目を見るぞと思い知らせれば良い。そしてその目標は十分なほどに達せられた。

次の集会。大半は参加していたがポツポツと席に空きが空いている。言うまでもなくさとりの仕業だったがそれは言及されることなく会話は進行していく。誰も地霊殿の主の技量を疑うものはいなかった。

 

しかしさとりは一つ、考えが至れなかった。自分が手段を選ばなければ相手も手段を選ばないということに。

それはさとりにとって最悪の形で現れる。

 

 

 

 

 

少しずつ、少しずつではあったが崩壊の兆候はあった。

 

謂れのない暴力的な言葉を浴び、悪意しかない見せびらかすような思考を押し付けられ、嘲笑される。さとりは自分に直接降りかかる火の粉であったのでむしろ平気だったが、妹のこいしは姉が貶される状況にさとり以上に苦しんでいた。この時既に目のハイライトは失われている。瞳に映る光景に対し目を輝かせていられなかったからだ。

次に起こったのはさとりの事実上の統治に際して反抗した勢力がこいしに対しても苛烈に攻撃し始めたことだ。

 

お前の姉は純粋な力の闘いを馬鹿にし己の下賤な能力のみに頼り切る阿婆擦れだ。闘争せず弱みを握ることで屈服させるのは楽しいか?このクズが

 

姉の余波はこいしを過剰に削り心を憔悴させていく。基本的にさとりはこいしと共に行動しているがそれでも仕事の都合上こいしと離れる期間は少なからず存在した。

さとり目線、こいしの変化はこの時既に決定的なものとなっていた。

 

「つらいし、苦しい。けどお姉ちゃんの邪魔だけはしたくない。どうしたらいいんだろ…」

 

地底の筆頭対抗勢力と()()し、その帰り。さとりは偶然こいしを見かける。細くやわらかい髪は見ないうちに無秩序に飛び散らかり表情は暗い。サードアイの瞳も前見た時より心なしか瞼が重そうに見える。あんなに元気だったこいしと同一人物とは思えない様相だった。

そしてこの発言。あふれ出そうになる涙を堪えてこいしの前に出ようと足を向ける。しかし、

 

『なら何やっても大丈夫だろ。お前の姉のあの様子なら何しても邪魔だとは思わねえよ』

「…そういうことじゃないんだけど、うん。そうだよね。ありがと」

 

独白かと思っていたこいしの発言に誰かが返す。そしてこいしの次の言葉は明らかにその誰かに向けて返答したものだった。

 

さとりはその思わぬ事態に驚き、足を止めバレないよう観察する。

周囲に他の妖怪はおらずこの場にいるのはさとりとこいしだけ。

さとりが驚いたのはこいしと会話している相手が周囲にいないことではない。その相手がこいしの心の中から聞こえてきたからだ。

その声はくぐもったような粗野な低い男の声質。そして野盗のような口調。とてもこいしの意識から聞こえてくるとは思えない声だった。

 

『…大丈夫か?いや大丈夫じゃないから俺がわざわざ出たんだが』

「大丈夫だよ。思ったより痛いけどさ、でもきっと、いつか、またお姉ちゃんといっしょにご飯食べれる生活が戻ってくるんだからね!」

 

さとりはこいしとその謎の男の会話を視て、後悔の自責に苛まれる。

こいしを気遣うような言動。思考の出どころがこいしの内から。

恐らく、これは二重人格だ。とさとりは断じる。こいしは自分でも気づかないうちに苦しんで、限界な状況だった。そして二つ目の人格の形成に至った。

さとりは健が消えたような感覚に陥る。ガシャリと紐が消えた操り人形のように床に崩れ落ちる。

 

妖怪にとって人格分裂とは人間のそれとは異なる意味を持つ。

自分はもちろん一つだ。自分以外に自分はいないし、他人は自分じゃない。しかしその道理が消えれば?二重人格の症状を負った妖怪はほぼ例外なく、物理的に二つに分かれ魂が等しい精神の違う自分がもう一人生まれる。それは妖怪が精神体故に起こる現象だ。

その末路は様々だが大抵はろくでもないのが相場だ。こいしのそれは主人格を気遣うような様子を見せているからまだマシだが、別れた自分同士での殺し合い、なんて怪談の常套句だ。それもノンフィクションの。

 

そして一番憂慮すべきが人格の変質だ。二重人格から物理的に別れるということは元の体から魂の一部が分かれるという事でもある。そしてその拍子に主人格は別人格に魂の一部分、何かを奪われている。情だったり、愛だったり、殺意だったり、憎しみだったり、奪取されるものは様々だが要は元の妖怪とは言い難い別のモノになってしまうということだ。怨霊に取りつかれることと少し似ているが精神体である妖怪はその性質が変化する、ということはどうしようもなく別の妖怪になるという事。

 

それは人間の死に相当する。

 

他人からうだうだと恨み言を言われていた頃には流れなかった涙が豪雨のように流れ落ちていく。服はびしゃびしゃ。服の裾から流れ出る涙は土床に染み付き泥濘みはじめていた。

 

こいしが去りとめどなく流れていた涙が乾き始めた頃。ようやく地から手を放し両の足のみで立ち上がる。

このままじゃ私はただの人殺しだ。こいしを放置しただ愚直に自分を認めさせれば全て好くなる。そう勘違いしていた私の余波でこいしはどうしようもなく殺されていたんだ。

戦うんだ。地底を今以上に統治して、幻想郷中の強者賢者に私が地霊殿の主であるとさっさと認めさせる。そうすれば、きっともう私とこいしを害するものはいなくなる。それにまだ二重人格による分裂はまだ起こっていない。きっと手立てはあるはずだ。

 

しかし、さとりがそれを決意し実行するにはどうしても───

 

 

 

 

 

 

集会が終わり、さとりは自分がやり遂げたことを悟った。今までの行動が実を結びもう誰も自分を地霊殿の主として未熟だという者はいない。

全て終わった。にも拘らずさとりは駆け足で地底を目指す。何故かどうしても気がかりだった。このままハッピーエンドで終わるとは到底思えないとさとりは感じていた。

 

妖怪山の穴に飛び込み浮遊を駆使してリスクを冒してでも近道を目指し疎ましい目線を無視して必死にこいしと共に住んでいる自宅、地霊殿を目指す。

 

しかしさとりは思いの外早くこいしを見つける。数十メートル先、地霊殿に向かう道中にこいしは仁王立ちしていた。

 

その様子を遠目から見て、さとりは安心しつつ息を整えながらこいしの方へ寄っていく。しかし近づくにつれ何かがおかしいと感覚が叫び始めていた。

 

こいしの足元には少し前に対話し心を折ったはずの地底でも名のある一際体格の良い鬼。それが倒れ伏していた。そしてその鬼に勝利したとみられるこいしは片手に一振りの剣を携え服に返り血と自身の血を付着させながら静かに直立不動している。どこか哀愁漂う背中しか見えないがいつも元気溌剌なこいしは明らかに様子がおかしかった。

 

普段のこいしとは思えない容姿と佇まい。警戒、そして手のひらに爪の跡が残るほど切望しながらさとりはこいしの下へと行く。

 

「こいし」

 

声に気づき振り向くこいし。

その目はグリーンエメラルド、ではなく濁ったブラックアイ。瞳孔が開いてまるで死人のような瞳だ。サードアイはあり得ない事に閉じて何も視ていなかった。

 

「…最悪だよ」

 

こいしが言った通り、最悪だった。




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