おまわりさん、キヴォトスにて   作:神倉棐

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「ようこそヴァルキューレ警察学校へ」

 

 

「ちっす、姉御。聞きました?」

 

夏も過ぎ、その断末魔の如き茹だるような暑さの日も少しずつ減ってきていた。彼女たちが1年生であるのもおよそ残り半分となったその日、節電によりやや空調(エアコン)の効きが悪い教場で朝礼を待っていた尾刃カンナに話し掛けてきたのは南国コノカであった。

 

「……知っている。新しく着任した教官についてだろう?」

「お、耳が早いっすねぇ。その通りっす」

 

寮で同室となって以降、何故か己のことを「姉御」と呼び始めるわ制服の下にアロハシャツを着込み出すわよく分からない同居人であるが、それでも自他共に認める己の顔の怖さ*1を笑い飛ばして毎度毎度こうやって話しかけて来てくれている点に関しては不承不承ながらも感謝している。

そんな彼女が話し掛けにくるのはそう珍しいことではないのだが、その話題の内容に関しては珍しい処の話ではない。

 

「外から来た……「大人」か」

「しかも男の人らしいっすね〜」

 

キヴォトスの外から来た大人、存在そのものは先日の連邦生徒会長直々の記者会見で認知はしていたが、まさか警察学校の教官になるとは想像だに出来ていなかった。果たしてどの様な人物なのか、思考を巡らせるカンナの一方で「一発当たっただけで命に関わるのに大変っすよね〜」などと何処か他人事のようにボヤくコノカに彼女は溜息を吐く。

 

「……ひとまず、自分の席に戻れ。朝礼まであと10秒だぞ」

「あり?りょーかい。じゃ、またね〜姉御」

 

カンナの忠告を受けてひらひらと手を振りつつもやたらしなやかな動きで自分の席に戻るコノカ。そんな姿に何処か猫の姿を幻視した彼女はちょっと微妙な表情をしつつ、目線を教場正面へと向ける。そして朝礼の始まりを示すチャイムが鳴り出したのは数秒後であった。

 

「おはようございます!」

「気をつけ!」

 

チャイムが鳴り止んだ直後、廊下に響き出した革靴の音。着々と近付いて来るそれに教場当番が挨拶を行う。それに合わせて総代が号令を掛け立ち上がったカンナたちの目の前に現れたのは、彼女たちが初めて見る外から来た大人の男性。

 

「敬礼!」

「「「おはようございます!」」」

「おはよう」

 

目の前に立つ、見覚えのない青い半袖の制服を着た20代前半か中盤くらいの短髪黒髪の男性。手にしていた桜を徽章とした制帽とバインダーを教卓に置いた彼は教場全体を見渡した後、後から付いて来て教場に入っていたロボット教官より受け取った簿冊──出席簿を広げる。

 

「さて、じゃあ──はじめまして、からはじめよう。

はじめまして。今日付でヴァルキューレ警察学校第307期生の担任教官に任命されました、「日本国︎⬛︎⬛︎⬛︎県警察巡査」あらため「ヴァルキューレ警察学校顧問」⬛︎⬛︎⬛︎です。

キヴォトスの常識にも疎く、一年生も残り半分ではありますが、私自身も道の途上にある者として若き警察官の卵である君たちと学べることを光栄に思っています。

担任教官としての君たち手本となれる様、警察官を志した初心を胸に共に治安維持の最前線を守りましょう」

 

教卓に立つ彼が行った自己紹介に、一拍の空白の後拍手が上がる。

 

「さて、この後の予定なんですが……そうですね、皆さんにも自己紹介をしてもらおうと思います」

 

そして始まった、今度は生徒側から行う自己紹介。教官から唐突に自己紹介を振られた生徒たちも、多少なりと狼狽えつつも座った席の順で自己紹介を行ってゆく。

 

「えー……と、あた…私は南国コノカって言います。趣味は運動で……志望先は今はまだ特に考えて無いっす……です」

 

緊張しているのか視界の端でコノカがらしくない調子で自己紹介をしているのを他所に、カンナ自身もどのような自己紹介にするか全力で頭を回す。名前、特技、趣味、性格……etc 、それらを筆頭に幾つもの選択肢を考えるが余り長くなっても纏まりが悪くなる。色々と考えていた彼女だったが、遂に訪れてしまった順番にゆっくりと席を立った。

 

「……私は尾刃カンナです。趣味は読書と映画鑑賞、志望先は……」

 

立ち上がって教官と目線が合った、その瞬間にそれまで考えていた内容など吹き飛んでしまっていたが、それでも半ば混乱した頭で捻り出した最低限の自己紹介を口に出す。ありきたりだが名前、趣味ときて次に志望先について口に出そうとした彼女は、ふと彼女自身のコンプレックス──顔が強面である点──を思い出し少し言い淀む。

 

「……志望は生活安全局です」

 

それでもなんとか口に出した、彼女が警察官として今も志しながらも周囲からの現実(反応)に、次第に胸に秘してしまっていたその願い。

 

「生活安全局……つまり地域課員(おまわりさん)か、いい夢だね。カンナくん」

 

しかしそんな彼女の戸惑いと現実に折れ(破れ)かかった夢を、目の前の教官は純粋に良いモノとして認めてくれた。

 

「ありが、とう……ございます……」

 

目を合わせることができなくて、かろうじて声に出せた感謝を伝えた彼女は半ばへたり込むようにして席に着く。

こうして全員の自己紹介を終えた教場内で、教官は自己紹介の合間に時折り目線を落とし手元にあった出席簿を閉じる。

 

「あ、教官。質問よろしいですか?」

「はい、なんでしょう」

 

そんな時、質問に手を挙げた生徒の1人が教官へと問い掛けた。

 

「教官が警察官になろうとしたキッカケって、なんですか?」

「キッカケ……、そうですね」

 

教官たるおまわりさんが、彼が警察官を志した最初の理由。

 

「──昔、ひとりの愚かな少年が起こした過ちが、無辜なる人を犯罪者にしてしまい掛けた。そんな過ちをひとつでも減らしたい。そう思ったから、かな」

 

結局、朝礼どころか1限目を丸々潰して行われた自己紹介はいつしか雑談へと移り変わり、新しい教官と警察学校の生徒たちの交流は少しづつ進んでいった。

 

 

*1
誠に遺憾ではある

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