妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!(修正前)   作:tom200

10 / 23
ふわっと読んでいただければと思います。

7/30 8:30後半半分が消えていたので再アップしました!申し訳ございません。


ダブルセブン編

 

最後の来訪者、水波ちゃんはトランク一つを携えてやってきた。

荷物が少ないってことはこっちで買い足していいってことですね。

春休みはまだあるので時間を捻出してお買い物に行きましょうね。

叔母様からのお手紙をお兄様に直接お渡しして直立不動の姿勢を保つ水波ちゃんに、私は興味津々で視線を――向けたいけど我慢です。

水波ちゃんとまともに挨拶もしてないのにそんなことしちゃダメだね。

ただの不審者になっちゃうからちらっと止まりで。

手紙を読み終えたお兄様は私にも読むようにと手渡しで回してくれました。

内容は知っての通り、水波ちゃんが第一高校に入学するので一緒に暮らしてね、ということとガーディアン教育任せた、という内容。

住み込みメイドとして働かせてあげて、とあるけれど、家事が間に合っていることなんて叔母様が知らぬわけがないのにね。

・・・料理が趣味なこともばれていた私です。

 

「未熟者ですが、よろしくお願いいたします。奥様のお言いつけ通り、精一杯務めさせていただきます」

 

本邸で会った時のような礼儀正しさ。

ガーディアン候補ではあるが、すでに私を主として仕えるとのこと。

つまり表向き主人は私であり、尽くしてくれるのだそう。こんな可愛い子ちゃんがである。犯罪かな?

いや、私が変なことをお願いしなければそんなことにはならないのだけど、前世の記憶がね。

未成年の美少女がご奉仕って字面だけでアウトー!と叫んでいましてですね。

 

(・・・さて、どうしたモノでしょうかね)

 

叔母様の言うことはぜったーい!なので断ることなどできるはずもなく、私はさっそく交流を図った。

彼女を空き部屋へと案内する役を買って出たのだ。

掃除はHARがしてくれているのですぐに入居可能だけれど、空気の入れ替えはすぐにした方が良い。先に入室して一目散に窓を開けた。

そして振り返ると、表情を消して、従順な傍仕えに徹しようとする彼女が控えめに立っている。

顔を見れば見るほど穂波さんにそっくりだ。

彼女を若返らせたらこうなる、と言うほど似ている。

いくら穂波さんと同じ遺伝子を持つ調整体の子だからといってここまで似るのは普通ではない。

私の容姿を完璧な左右対称にしたように、彼女の顔に似せたのか、とも穿ったが、彼女の造られた目的にその予定はそもそもない。

彼女の生まれは母のガーディアンに穂波さんが選ばれる前の話だもの。そっくりに作る意味がない。

 

「長い道のり大変だったでしょう?今日はゆっくり休んでもらいたいけれど、水波ちゃん――こう呼んでもいいかしら?」

「はい」

「水波ちゃんはどうしたい?」

「どう、とはどういう・・・いえ、失礼しました」

 

ここで初めて水波ちゃんが私を見た。

今までは伏し目がちで直接見ないようにしていたけれど、主人の意を汲むのに表情を見なくてはいけないから上げざるを得なかったと言ったところか。

そして一瞬固まったね。

本家でも慣れない人が良くやる、間近で見る私の容姿に驚くってやつです。

この反応は慣れてます。仕方ない。深雪ちゃんだからね。

水波ちゃんは誤魔化せてる方だよ。安心してほしい。

 

「いきなり来て初日に一人で全て任せるのは、大変でしょう」

 

慣れた仕事と言っても初日からワンオペで仕事任されるなんてさせられるわけがない。

まずこの家のことを知ってもらわないとね。

 

「元々この家の管理は私が好きでしていたのだけど、水波ちゃんとしては一人でやりたいのよね?」

「はい。これからはメイドとしても働かせていただきます」

 

きりっとしたお顔。

うーん、この年齢にしてすでにプロ意識が高い。

腕前は自信があると見えて問題ないのだと思う。四葉でも堂に入ってたように見えたから。

高校生になる前だというのにしっかり者です。

 

「わかったわ。できるだけ水波ちゃんに任せる。だけど今日のところは私にも案内がてら手伝わせてくれないかしら?」

「・・・深雪様にしていただくわけにはまいりません。場所をお教えいただければ私が」

 

さっそく拒否られました。まあ、想定内ですがね。

 

「腕を信用してないとか、そういうことじゃないの。二人の世話くらい貴女ならこなせるだろうから、叔母様がお命じになったのだとわかっているつもりよ。――そうね、コミュニケーションの一環かしら。貴女がどういう子か知りたいのよ」

 

そう言うと、水波ちゃんは少し顎を引いた。もしかしたら過干渉を嫌うタイプかもしれない。

もしくは仕事にプライドを持っていて、主人にそんなことをさせるのは、と悩んでいるのかも。

どちらにしても申し訳ないけれど、諦めてほしい。

あのお兄様も母も諦めさせた私だ。

今後付き合いが長くなるだろう水波ちゃんとずっと遠慮し合う仲になるのは嫌だった。

 

「一目見ていい子だってわかったわ。貴女は自分の仕事に誇りを持って努めようとしてくれている。だから尊重はしてあげたい。けど、同時に歳も近いのですもの。仲良くありたいとも思うのよ。ガーディアンとミストレスの関係だけでなく、そうね・・・心を許せるような関係を築けたら、と思うのだけど――それは業務外になってしまうかしら?」

 

卑怯な言い方だとわかっている。彼女にはどのみち選択肢などない。

彼女の望みが通ることなどないのだ。・・・美少女に圧力で押し通すってやっぱり犯罪の匂いがするぅ。

 

「・・・・・・私にそのような大役が務まるかわかりませんが、精一杯務めさせていただければと思います」

 

ここが、最大限の譲歩かな。

疲れているのにこれ以上無理はさせちゃいけないものね。

 

「ありがとう。これからたくさん迷惑をかけるでしょうけれど、貴女の主として相応しい人物で在れるよう、私も頑張るわ」

 

差し伸べた手を、彼女は主に恥をかかせないためにすぐに手に取り頭を下げた。

この距離感が切ないけれど、急に詰め過ぎてもダメよね。主として相応しくすると言ったのだから。

彼女の手は少女らしく細く小さなものだった。

ただ彼女も冷え性なのか、私と同じ温度という共通項を見つけてちょっと嬉しい。

 

「なら色々の取り決めはここを整えた後にしましょう。足りない物含め色々聞きたいから一時間後にリビングでいいかしら?」

「これくらいでしたら十分もかからず終わります」

「なら三十分後にしましょう。休憩して頂戴。来たばかりでまだ座ってもないのよ。少しでも休んで、その後でまたおしゃべりしましょう」

 

まだ何か言いたげの水波ちゃんに振り返ることなく部屋を後にする。

いきなり来た家で休憩なんてし辛いでしょうけど、我慢してほしい。お兄様との打ち合わせ時間も必要なのです。

 

 

――

 

 

ってことでリビングへ。

お兄様はソファでお待ちでした。素早くお兄様の隣に腰を下ろします。

 

「急な決定ですね」

「・・・本邸で会った時には恐らく決まっていたことなのだろうな」

 

でしょうねぇ。叔母様のことですから。

 

「深雪はいいのかい?」

 

これは恐らく私が仕切っていた台所や庭のことを言っているのだろう。

 

「そうですね。料理は任せてあげた方が恐らく彼女には気が楽なのでしょうが、時折作る日が欲しいところです」

 

料理作りは私のストレスの捌け口でもある。全くなくなるのはちょっと困る。

主人の作った食事など、緊張して食べられないとかありそうよね。

そんなストレスを感じながら食事なんてしたら消化に悪いから無理はさせたくない。

 

「お菓子作りくらいなら交渉の余地があるかと」

「・・・こんなに早く深雪のご飯が食べられなくなるとは思わなかったよ」

 

あら、お兄様が笑みもなく落ち込んでいるご様子。

私としては今年度までだな、と知っていただけに申し訳なく思うけれど、もし水波ちゃんが来なかったとしても、四葉に戻れば料理なんてさせてもらえるわけがないからどのみち期間限定の趣味ではあった。

 

「そのように惜しんでいただけて嬉しゅうございます」

「今までがどれだけ贅沢な暮らしだったか思い知ったよ」

 

項垂れるお兄様。落ち込んでいるところ申し訳ないけれど、惜しんでもらえるというのは何とも嬉しいものだ。

抑えようとしても頬が緩んでしまう。

 

「そうですね。夢のようなひと時でした」

 

お兄様とこうして並んで過ごす日々は、時に緊張を強いられる場面も多々あったけれど総じて幸福な時間だった。

今後どのようになるかわからないけれど、今後、彼女の前でこのように密着するようなことはないだろうから。

お兄様の肩に頭を乗せると、お兄様も肩を抱き寄せた。

いつもなら恥ずかしがったり、心臓が激しく動くのだけど、今は穏やかだ。

この温もりが心も温めてくれるよう。

 

「水波の存在は深雪を守るためにも必要だ。叔母上の考えは正しい。このところきな臭い動きも増えてきたしな」

 

それは水面下で活動を活発化させつつある人間主義者のことを指しているのだろう。

アメリカの吸血鬼事件により政府とUSNA軍は騒ぎの早期終息を図ったけれど、初動の遅さと下手に情報を隠していたことの暴露や誤情報などが不信感を煽り、下火になった今も消えることなくくすぶり続けているようだ。

そしてその波は当然海を越え、日本にもやってきていた。

ただ幸いなことに、こちらは被害者の数を表沙汰にすることなく、初動で十師族含め魔法師が動いたことにより早く終息したことで一時的な騒ぎで落ち着いた。

だがそれも表面的なこと。

裏ではこそこそ動きがあることは、お兄様が指摘したように軍でもいくつか把握済みらしい。

これからの動きに注意していかなければ、とお兄様が考えるのも無理からぬことだった。

 

「大丈夫ですよ、お兄様。お兄様がいて、水波ちゃんがいれば、私に怖いものなどございませんとも」

「・・・すまないな。だが、これからも俺が傍に居られない場面は度々起こるだろう」

 

今までもお兄様との別行動はあった。一人で夜を過ごすことは何度もある。

お兄様は学生の身でありながらお忙しいのだ。

好きな研究に没頭してもらいたいけれど、軍とFLTのお仕事を蔑ろにもできない。

これでガーディアンも務めているのだから体がいくつあっても足りないくらいのハードさ。

そこに水波ちゃんが来てくれた。

彼女がいれば、私が一人で留守番をすることも無く、もし外出したくなっても水波ちゃんがついてきてくれる。

お兄様の時間を無理に私に割くようなことが減るはずなのだ。

 

(つまり、お兄様が私以外と交流する機会がもっと増え、いろんなチャンスに巡り合えるということ!)

 

そのチャンスが恋愛に活かせるとは限らないけれど、私から離れることのメリットがたくさんあるはずだ。

このところ学校でも距離が近すぎて、周囲が遠巻きになっていることには気づいていた。

妹といる時は近づいてはならない、とでもいうように仲間内しか近寄れない状況になっていたのだ。

だけど水波ちゃんがいればお兄様との距離も物理的にも一人分余裕ができて、皆がお兄様に近づきやすくなるはず。

お兄様は今や学校では時の人、人気者だ。

何故なら新学期から新設される科が、お兄様の功績によってつくられ、二科生にも一科生にも新たな道を作り出してくれたからだ。

それなのに私のせいで遠慮されて距離を空けられてるなんておかしな話だ。

 

「傍に居なくとも、お兄様の守護は感じられます。だから、安心できるのです」

 

だから大丈夫、と伝えたつもりなのだけれど、抱き寄せる腕に力が籠る。

 

「どこにいてもお前を見守れるのが俺の強みではあるが、俺としてはこうして腕の中で閉じ込めていることの方が安心なんだ」

「もう、冗談はおっしゃらないで。お兄様ならどこにいても私の危機に駆けつけて下さるでしょう?」

 

お兄様の傍が一番安全なのはわかるけど、腕の中が安心とは限らない。主に私の心臓がね。

時々悲鳴を上げているのがお兄様には聞こえませんか?

 

「もちろん。お前の信頼は裏切らない」

 

絶対守ってみせるよ、と囁いてからお兄様が顔を寄せてくる気配を察知して、その前にお兄様の胸に顔を埋める。

 

(くっつけちゃえばキスなんてできないからね!)

 

お兄様はどういうわけかあれから隙あらばキスをするようになってしまった。

おかげでいつも警戒しなければならなくなり、お兄様の隣が気の休まるところではなくなってしまったのだ。

なぜお兄様はこんなことをするようになったのだろうね。

昔はスキンシップされるのも戸惑っておいでだったのに、今では率先して触れ合うようになった。

そして高校に入ってから、お兄様の触れ合いは徐々に頻度を増して、ついには疲れが酷くなると人前でも触れる時期もあった影響か、学校でも大胆な触れ方も増えてきた。

おかげでBGMも倍増。ウォッチャーまで現れ、組織的に情報共有するようになった。由々しき事態である。

そのこともあって今このタイミングで水波ちゃんが来てくれたのは助かった。

べたべた兄妹にならないよう気を付けていたのに、気が付けば原作以上のべたべたっぷりになってしまっていた。

原作では深雪ちゃんからアクションを起こす度に、お兄様は苦笑して受け流していたはずなのにどうしてこうなったのか。

 

(・・・もしかして私がアクションを何かしら起こしていたら変わったんだろうか?)

 

そう思うと体がふるりと震えた。

 

 

――

 

 

例えば、ちょっと煽情的な恰好をしたり、過剰にお兄様に好き好きアピールしたり?そうしたら何か違っただろうか。

妹だから、家族だから距離感が狂ったのだとしたら――。

深雪ちゃんは異性と認識させることで、触れ合いを遠ざけることに結果的に繋がっていたんじゃないだろうか・・・?

気になったので顔を上げてお兄様と視線を合わせて質問してみた。

 

「・・・お兄様、たとえば、例え話なのですが」

「なんだい?」

「私が・・・小野先生のような恰好をしていたらどうします?」

 

流石にお兄様に煽情的な、やら肌を見せるような、だとか絶対領域が、等の言葉は言えなかったので、女性的な肢体を武器にもしている小野先生を例えにさせてもらった。

彼女の姿は正にお色気漂わせる恰好ですから伝わるかな、と。

だけれど・・・やっぱり不審だった?じっとこちらを見られてますね。

 

「・・・・・・なぜ?」

「え?」

「なぜ深雪がそんな恰好をする必要がある?」

 

お兄様を誘惑するためですね、とは言えない。

っていうか今更だけどお兄様を誘惑しようとする妹ってすごいね。

もし万が一にも成功したらどうするつもりだったのだろう。

深雪ちゃん、お兄様のことだから絶対成功しないってわかっててやってたよね。

反対にお兄様からのアクションには動揺しまくってたし。

 

「ん~、お兄様を困らせる、ためでしょうか」

「・・・俺に見せるために?深雪がああいった恰好をするのか?」

 

ああ、外に着ていくと思われてたのか。脈絡のない質問でしたからね。

 

「そうですね」

 

肯定するとお兄様は目を細め思案顔。

そんな長考すること?と思ったけど、妹が困らせるために過激な恰好したらどうする?なんて質問どう答えていいかわからないものね。長考もするよ。

 

「・・・とりあえず上着を羽織っていたら着せるかな」

 

紳士だね。見なかった振りや自然体を装うとかじゃないんだ。

 

「兄として忠告もするだろう」

 

原作よりもお兄様度が高い!

私も深雪ちゃんの基礎能力より上がっているけれど、お兄様の兄力も上がっていたのですね!

一緒にレベルが上がっているようで嬉しいです。

でもそれが兄妹べたべたに繋がっているのだとしたら大問題。

 

「なら、私が意識してもらいたくて、自分のことを刷り込むようにお兄様をお慕いしていたらどう思います?」

「・・・・・・・・・すまない、意味が理解できない」

 

お兄様を更に困惑させてしまった。

単に原作の深雪ちゃんのような行動を取ったらお兄様がどう思うか聞きたかったのだけど、説明難しい。

 

「『深雪はお兄様を敬愛しております』」

 

とりあえず、深雪ちゃんのセリフを深雪ちゃんに成りきって、お兄様の胸に両手を添えて、熱い視線を向けてみる。

するとお兄様は困惑顔から一転、すっと、表情が抜け落ちた。

・・・その反応は想定外です。

 

「深雪」

 

掴まれたままだった肩に添えられた手が、逃がさないとばかりに力が込められる。

同時に視線も鋭くなった気がしますね。

 

「遊び半分で兄を揶揄うのは感心しないよ」

「・・・申し訳ございません」

 

お声もちょっぴし低めです。

揶揄ったつもりは無く、純粋に深雪ちゃん相手にどう反応するかが気になっただけだったのだけど、お兄様の気分を害することになるとは思わなかった。

しゅん、として謝ると、お兄様はそのまま腕の中に倒すように私を抱き寄せた。

 

「俺は面白みのない人間だから、冗談を冗談として受け取れなくなる」

 

当てられた耳から聞こえる胸の鼓動が少し早い気がした。・・・お兄様が動揺している?

 

(すごい・・・流石深雪ちゃんのお言葉・・・。お兄様表面上は動揺するような変化なかったけど深雪ちゃんの猛攻ってちゃんとお兄様に届いてた。効いてたんだ)

 

でも冗談として受け取れないって、お兄様を敬愛しているって言葉を真に受けたところでどうなるというのか。

 

「お前にあんな視線を向けられたら、兄であろうとも勘違いしてしまいそうになる」

 

あ、熱視線の方が問題でした。

まあそうね。深雪ちゃんは勘違い、というか気づいてもらうために隠しもしなかったから、私もそのつもりで見つめてしまっていた。

妹に向けられるはずのない感情を向けられたら、いくらお兄様でも戸惑うんだね。

だけど結局話を聞いてみても――もし深雪ちゃん張りにアクションを起こそうとして、お兄様から避けられるってことになるのかはちょっと微妙?

避けられるというか、ひたすら注意される残念な妹扱い??

とりあえずお兄様は気苦労が絶えなさそうなので、その路線は無しでよかった気がします。

 

「揶揄ったつもりは無かったのですが、申し訳ございません。ただ急に、私が違うアクションを起こしていたらお兄様がどうなるのか気になって」

「よくわからないが、・・・それは水波が来たからか?」

「そうではありません」

 

水波ちゃんが来たからといって、別段変わった変化を求めたわけではない。

生活は今までとは変わるだろうけど、ここに引っ越してきた当初のような距離感に戻そうと思ったくらいか。

以前は急に離れようとしてお兄様を不安にさせてしまったけれど、水波ちゃんという間に入ってくれる子がいれば自ずと変化するのはおかしくない流れ。

それに新学期ともなればまた生活スタイルに変化をもたらす切っ掛けにもなるだろう。

 

「ただ、そういう未来もあり得たなと思ったのです。私がお兄様の都合も考えず、心赴くままにお兄様をお慕いしていたらきっとそうなっていたでしょうから」

 

そう。それは一つの未来の形。

本来あっただろう、関係性。

深雪ちゃんは環境のせいもあり、心が成長しきれていなかった。

お兄様が好きすぎて、お兄様の為にと頑張るあまりに周りを見る余裕がなく。

お兄様を好きという一心で突き進んでいたから、肝心のお兄様が困っていても、ごめんなさいと思う反面、反応してくれることに喜びを感じてしまっていた。

それはある種好きな子を困らせて喜んでしまう、自分勝手な愛し方。

相手を試して、こちらを好きでいてくれるか幼子が親を試すような、そんな愛。

――ずっと、不安だったのだ、深雪ちゃんは。

自信が無かった。お兄様に愛し続けてもらえるかどうかが。

いくらお兄様の唯一残された感情だと知っていても、いつか離れなければならないと――四葉家次期当主として誰かと結婚しなければならず、愛する兄と一生添い遂げることができないことが彼女を追い詰めた。

お兄様を異性として愛していたからこそ苦しんだ。

深雪ちゃんとの差はそこだ。私はお兄様が好きという一心で進んできたわけじゃない。

お兄様が好きだから、幸せにしてあげたいという一心でここまで突き進んできた。

この二つには大きな隔たりがある。

 

――だからこそ、道は分かたれたのだ。

 

 

「お兄様は我侭になれ、とおっしゃってくださいますけれど、私が言われるままに我侭になってしまったらお兄様はきっと私を重荷に思ったことでしょう」

「そんなことはない。俺がお前を重荷になんて、思うはずがない」

 

すかさず否定するお兄様。

そうだね、きっとお兄様にはそれを感じられない。原作のように妹の可愛い我侭と受け入れてしまうのだ。

 

「ええ。お兄様なら自覚しないで過ごしてしまう。・・・私だけが残された感情だからこそ、比べようがないのです」

 

重さっていうのは他を知らなければ比べることなどできない。

お兄様に残された感情が私だけだった頃なら余計、気付けるわけがない。

高校に通って、周囲に感化されて初めてお兄様は、戸惑いを覚え、困惑し、ただ受け入れるだけでなく妹に対しどうしてあげるべきかと悩むことになる。

二人だけの世界では済まされないことをお兄様の方が気付いて、妹の最善を考えるようになる。

妹のアンバランスに気づいて、支えてあげようとするのだ。

それが兄の務めであると、そう考えるから。

普通なら人一人分の人生を背負うなんて重荷のはずだ。だけど、お兄様にはこの生き方しか知らない。

この愛しか知らない。

ぎゅっと、責めるように抱きしめる力が強くなる。

違うと、否定する気持ちを込めているのかもしれない。

 

「お兄様、これは架空のお話、初めに言った通り例え話です。あったかもしれない物語(じんせい)であって、すでに閉ざされた道なのですよ」

 

お兄様にとってどちらが幸せかなんて、まだわからないけれど。

この先私が選んだ道に何が待ち受けているかなんてわからないけれど――もう、その道に戻ることはできない。

 

「おかしな質問をして申し訳ございませんでした」

「・・・いや、俺もきちんと答えてあげられなくてすまなかった」

 

お兄様は真面目だね。例え話にもこんな真剣に考えてしまうなんて。

無駄に悩ませてしまって本当に申し訳ない。

 

「いつもと違う恰好などしなくともお兄様を困らせてしまいましたね」

「・・・お前なら着こなせるだろうが、いくら俺でも理性には限界があるんだ。危ない目に遭いたくなかったら、その手の恰好をしてくれるなよ」

 

・・・・・・お兄様の目が冗談を言っているように見えないのはなんででしょうね。

 

「気を付けます」

 

まずどのあたりからお兄様的危険域なのか見極めないと。

そんなことを思っていたらお兄様の腕の力が弱まって体を解放された。・・・ああ、水波ちゃんが来たのね。

 

 

――

 

 

「お疲れ様、水波ちゃん」

 

恐縮する水波ちゃんに、私はこれからの生活をどうするか三人で話し合うことを提案した。

メイドさんとして働いてもらうのは決定事項としてもどこまで世話をされるか、ガーディアンの仕事についてはお兄様から教わるとしても、学校ではどのように関わるか、など話すことはいくらでもあった。

プロ意識の高い完璧主義の水波ちゃんは、おはようからおやすみまでお世話をしたかったみたいだけど・・・年下の美少女におはようからおやすみまでしてもらえるなんて、私本当に前世一体どんな徳を積んだの?

知らないうちに世界でも救った?

叔母様はもしかしてそこまで世話されているのだろうか。

想像した。・・・似合うね、とっても。気だるげに起きる叔母様をお世話する水波ちゃん?・・・顔を覆う指の隙間から覗いてみたい光景。もしくはドアの隙間ね。とにかく覗き見がしたい。直視は私には早すぎる。

と、冗談はそこまでにして。私は庶民が抜けないのでそこまでのお世話はちょっと勘弁願いたい。

水波ちゃんはそもそもメイドの前に学生でもあるのだ。

私の世話よりもまず己のことをきちんとしてもらいたい。

そう伝えると不承不承ながらも朝食から夕食、お風呂の世話までに譲歩してもらった。

お風呂といっても中じゃない。諸々の用意とケア等々。洗うのは流石にやめてもらった。私が耐えられない。

そして食事だけれど、基本的に水波ちゃんが作ることになりました。

美少女の手料理がただで食べられるの?後で叔母様に高額請求されない?

四葉メイド派遣サービス。高品質のサービスを超高額でご提供――払える気がしない・・・。

でもいつ請求されることになってもおかしくないと思うの。

今のうちに叔母様への袖の下を用意しなくちゃ。

時折私も食事を作りたい、と言うと水波ちゃんはちょっと悲しそうな顔をしたけれど、全部じゃなくて一品だけでもいいから、と譲歩したところ、それならばと許可をもらった。やったね!

・・・私主人なのに立場おかしくない?許可する側じゃない??別に気にしないからいいけど。

お菓子作りは水波ちゃんも範囲外だったようでびっくりしてたけど、水波ちゃんが身に付けるまでは好きにさせてもらえるみたい。

水波ちゃんが闘志を燃やしていたけれど、できればゆっくり身に付けてね。

あと土いじりについては難色を示した。母も初めはそうだったけどね。

お花に触れるだけならいいけれど、お嬢様が手ずから育てるなんてないからね。そういうのは庭師さんの仕事だから。

だけど一般家庭に普通庭師はいません。

これにはお兄様もフォローしてくれて、母に捧げる花を育てていて、心を慰めるのに一役買っている云々。

うん、そんな感じなので許してね。

朝の修行には水波ちゃんは付いていかない。お兄様がいれば十分なので。

私が付いて行かない日は家でストレッチ等しているけれど、一人で集中したいので水波ちゃんには自分のお仕事をしてもらうようにお願いした。

夜の勉強のコーヒータイムだったりはセルフで。

水波ちゃんは用意したいみたいだけれど、しばらく生活に慣れるまでは無し、ということで落ち着いた。

彼女も元々四葉から出たことのない子だ。

外の生活は知識として知っていても慣れるまで時間がかかると思われた。あそこは魔境でもあるからね。

普通の子たちとの暮らしってなかなか慣れるまで時間がかかる。まず常識が違う。

慣れ合わなくとも馴染めなければ私の傍に居るのは難しい。

我関せずで今のまま変わらずいればいざという時守り辛い。

ガーディアンとは影に徹し、目立つことなく主を守らねばならない。

自然に溶け込み、周囲に悟られずに。

それはメイドとして主に仕えるよりも難しく、早急に擬態しなければならない案件。

お兄様にそれは無理だった。馴染むには私と兄妹という時点で目立たぬことができなかったからだ。

ついでに他人など気にしていないお兄様にそもそもそういった擬態自体難しかった。

気配を消す、はできても、雑踏に紛れるはできても、同級生たちと打ち解けるというのは、中学までならできたとしても、魔法科高校という魔法力によってカテゴライズされた中ではなかなかに難しいものがあった。

たとえ一科生と二科生の壁を無くしたからと言っても、テストの実技の結果は思わしくなく、それでも実力がある人間というのは奇異に映る。

水波ちゃんの場合、母方の従妹という体で通うことになる。けれど、お兄様の時とは違い、同学年でもなければ能力を比べられても目立たずも優秀な成績だったため変に注目されることもない予定だ。

私の傍に居ても何らやっかみも買わずにいられるいいポジションにいるのだ。

これはガーディアンとして隠れ蓑にちょうどいい。

呼び方については、原作通り水波ちゃんは折れなかった。

達也兄様と深雪姉様呼び。ここが精いっぱいの妥協点だった。しょうがないね。こればっかりは。

ってことで設定的に、私が悪ふざけで幼少期にそう呼ぶようにお願いし、現在まで修正することなく来てしまった、という身内の悪乗り設定を通すことにした。

それならそんなにおかしなことじゃないでしょう?と言ったら水波ちゃんは恐縮してしまった。

ただの設定なのに私を悪者にしているようだって?いいんじゃない。お姫様に憧れたメルヘンチックな思考回路は幼少期あるあるだからおかしなことでもない。

それをネタに揶揄う関係は親し気にも映るだろう。

ということで長々設定を考えていたら夕食の準備に取り掛かる時間。

生活において足りない物を聞く時間もなかった。また別の機会だね。

 

「じゃあ水波ちゃん、今日はメニューを決めていたからある程度準備はできてるの。一緒に作りましょう」

 

水波ちゃんはすでにメイドさん風ワンピースとエプロンを身に付けていた。いつでも作業にかかれますアピールがすごいね。気合十分。

お兄様は部屋に戻らずソファから見守る姿勢のようだ。

今日の私のエプロンはシンプルなツートンカラーの飾り気のない実用的なエプロンです。髪もまとめていざ!と冷蔵庫を開けます。

勝手知らない人のキッチンだから全部口に出して説明しながら食材や調味料を用意しようとするのだけれど、

 

「え、お出汁を作り置きして冷蔵庫に常備なさっているのですか?」

「飾りきり・・・今日は祝いの席、というわけでもなく・・・?」

「レンジで簡単に豆腐が・・・応用ワザがある?・・・すみません、メモさせていただいてもよろしいでしょうか」

 

あらまあ。お料理教室になってしまった。

でも基本はばっちりできてるんだね。手際がいい。サイズもちゃんと均等に煮えるよう切られている。

高校上がる前にしてはかなりの腕前だ。独り暮らしどころか嫁に出してもいいレベル。

まだ出さないけどね。彼女は私の大事な子なんだから。

調味料もいくつかオリジナルがあるのでびっくりさせちゃったみたい。レモン塩とかあると便利だよ。

若いうちからでも塩分は控えめにね!ハーブはお庭にあるものを使っていると言うと驚かれた。

家庭菜園も担ってますよウチの庭は。

 

「・・・申し訳ございません。私の腕前では深雪様の足元にも及びません」

「そんなことないわ。初めての調味料を使ってこれだけ美味しい味付けができるのだもの。十分に上手よ」

 

全工程を終えて水波ちゃんの頭を撫でる。可愛い。いい子です。

耳を赤くして俯いちゃってうちの子可愛い。

 

「これからは好きに使ってね。足りなくなったら補充もするし、何なら作り方から教えるわ」

「ぜひ!」

 

意欲ある生徒さんです。可愛い。

 

「ではよそって並べていただきましょう。――お兄様、お待たせいたしました」

「いいや。実に楽しい時間だったよ。深雪のいいお姉さんぶりが見えて」

「・・・水波ちゃんが可愛らしいので、妹がいたらこんな感じなのでしょうか。ついお姉さんぶってしまいました」

 

お兄様に手招きされて傍によると、お兄様から頭を撫でられた。

 

「いいお姉さんができた深雪には兄が褒めてあげないとね」

 

・・・お兄様、もしかしなくてもですが水波ちゃんの前でどこまで許容範囲か探ってます?

距離が離れてのなでなで。これくらいなら仲のいい兄妹ですものね。水波ちゃんも驚いてはいません。

ただ・・・ちょっと眉間に皺が寄ったような?一瞬だけど。・・・水波ちゃんには四葉の使用人あるあるの、ガーディアンのくせに生意気だぞぉ!は無いはずなのだけど。

 

「水波ちゃん、どうかした?」

「え?いえ、特に何も」

 

うーん、誤魔化そうとしてるなら誤魔化されてあげた方が良いのか。

 

「深雪は今、水波が思ったことが知りたいらしい。深雪は愛情深くてな、壁を感じたり下手に隠そうとするとこっそり気にするから深雪を想うなら伝えた方が良い。特にどうでもいいことなら猶更変に誤解されないためにも話した方が良いだろうな」

 

あら、お兄様からの援護射撃。でも私そんなに愛情深くは無いですよ。

オタクはその瞬間が深海まで深い時があるくらいで平常では結構浅瀬です。

好きなキャラに対しては常時深いこともありますけどね。

 

「・・・たいしたことではないのですが・・・」

 

水波ちゃんは迷ったようだけど重い口を開いてくれた。

使用人が口出しするのは、とか遠慮してるんだろうけど、ごめんね。プロに徹することをさせてあげられなくて。

 

「兄妹仲が、よろしいのだな、と思いまして」

「そうね」「そうだな」

 

お兄様と同じタイミングでした。顔を見合わせくすりと笑い合う。

ああ、本邸ではそのような様子は一切見せないから、あちらでは兄妹仲が良いように見えてないのは知っている。そう見せているんだから当然なのだけど。

気付いている人はアレが演技によるものだとわかっているようだけれどね。

表面しか見ない人には兄妹にも見えないようだから。

 

「あちらでは立場があるからそのようにふるまっているけれど、大事な家族なんだもの。プライベートくらい好きにしてもいいでしょう?」

「建前は大事だからな。俺としては主演女優を特等席で見られているとあって、それなりに楽しんでいる」

「まあ。そんなことを考えてらしたのですか?こちらはどうして大好きなお兄様にそんなに辛く当たらなければならないのか、と己の立場を悲しんでおりますのに」

「他人がいなくなった時、辛そうに息を漏らす度、お前が俺を好きでいてくれると実感するんだ。――こんな兄は嫌いかい?」

「・・・今しがた口にしたばかりでしょう?それで満足してくださいませ」

「わかったよ。催促は食事後にするとしよう」

 

何が何でも取り立てるつもりですかお兄様。

そして水波ちゃん、ごめんよ。この会話は触れ合いもないのでライトな方。慣れていってくれると助かります。

 

「・・・お食事を準備いたします」

 

コメントを避けるように水波ちゃんは動き出した。その判断は正しいよ。

一人で作業したいだろうから手出しはせず、私はエプロンを外してお兄様と共にソファへ。

もちろん距離はちゃんと開いている。

しかし・・・女の子がいるってそれだけで空気が違うね。マイナスイオン?

正直もっと複雑な気持ちになるかと思っていた。

彼女の顔があまりに記憶に残る顔とそっくりなものだから。

過らないことはない。確かに記憶を引き出すには十分なのだけど――

 

(穂波さんの代わりに、と思っていないからだろうね)

 

あの記憶は確かに辛く、悲しい思い出だ。

救えたかもしれない命に手を伸ばさなかった初めての人。

彼女が望んでいなかったことも知っている。

それでも、私にとって彼女は家族以外で信頼できる、心を許していた存在だった。

水波ちゃんは、どうなっていくだろう。

内向的に見える彼女は、穂波さんとは違う性格のようだけれど。

 

「お兄様は、お辛くないですか」

 

こそり、と囁くと、お兄様は私の手を取った。

 

「人のことばかり心配をする深雪の方が心配だよ」

 

・・・はぐらかされた、だろうか。

わからないけれど、お兄様の表情は少し目じりが下がっていた。

心配しているようにも見えるけれど、それだけじゃないと思わせる、複雑な瞳の色。

 

「今夜、少しだけお兄様のお部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか」

 

故人を偲ぶ時間を共有したい。言葉にはしないけれどお兄様は汲み取ってくれた。

握る手を少し強めて。

 

「いいよ。おいで」

 

 

 

夕食はとても美味しかった。いつもの食材、調味料でも作り手が変わると味も変わるよね!

今日はお手伝いという形だったけれど明日からは彼女が一人で作ってくれる。

美少女に作ってもらうご飯をタダで?!ちゃんと給金は振り込まれているだろうけれど、チップは渡していいんだよね?え、だめ?受け取り拒否??そんな・・・。

 

 

――

 

 

夜、・・・お風呂のお世話と聞いていたけれど、まさか上がったら洗面所でスタンバられているとは思わなかった。

私の裸を見ることになった水波ちゃんは、彼女にしてはとんでもないことなんだろうけれど、顔を思い切り背けられた。

ごめんね。水波ちゃんがいることはわかってたからタオルで隠しはしたけれど、バスタオルは中になかったのでね。Iラインしか隠せませんでした。

バスタオルを持って構えていた水波ちゃんもわかっていたはずだけど、・・・まあ磨きに磨き上げちゃった深雪ちゃんのボディですからね。

至近距離で見たら目がつぶれてもおかしくない眩さですもの。そこに性別なんて関係ない。

落ち着いたのは、私が水波ちゃんの用意してくれたバスタオルを勝手に取ってぱぱっと体を拭って、下着を身に着け終わってしばらくしてからだった。

暖房が効いてるから寒くないけどね。冬にこの恰好で長く待っていたら風邪ひいちゃうかもしれないから勝手に動かせてもらった。

そこからは服を着せてもらい、髪を乾かしてもらってヘアケアからスキンケアまで隈なくされて、・・・つま先までしっかり塗り込まれました。

人にやってもらうって楽って言うけどとっても気まずい。

くすぐったくてたまらなかった。

まだこういったことは慣れてないのかな。

技術は学んでいたような動きだったけれど、遠慮があったからエステティシャンのようにはいかなかった。

練習付き合うから、頑張ろうね。

なんか、変な声を出したり身悶えて真っ赤にさせちゃってごめんね。

今日は謝ってばかりです。反省。

私も主として精進せねば。

最近淑女としての仮面の修復も間に合っていない気がします。

数日後に控えた雫ちゃんの身内のパーティーまでには直っているといいのだけど。

一度気を引き締める為に叔母様と圧迫面接の荒療治でもしようかしら。水波ちゃんのこともあったことだし。

 

「ありがとう、水波ちゃん。これで、今日のお仕事はお終いね」

「・・・・・・至らぬところが多く、申し訳ございませんでした」

 

顔を真っ赤に染めて涙目の水波ちゃんに思い切り目線を逸らされてます。

すまないね。鏡越しで見ても確かにコレは直視が厳しい。

 

(上気した頬は薄紅色に染まり、瞳は今にも雫をこぼしそうなほど潤い、焦点がぼやけているように虚ろになっていて、口から漏れる吐息は近づかなくても熱いとわかる。体には力が入らない全身火照った状態・・・うん、事後にしか見えない)

 

ケアと同時に施されたマッサージは、まさか性感マッサージでも含まれているのではと疑いたくなるくらい体が火照ってしょうがない。

クリームに特殊な薬剤か何か入ってた?と、疑いたくなるけれど、そうじゃないことはわかっている。

これは単に彼女が私の体に力を入れるのを躊躇ったことによる中途半端な施術が原因です。下手に緊張させてごめんね。

だけど擽りを耐えるって結構大変。

頑張ろうとしてくれたのがわかるから、好きなようにやらせてあげたのだけど、うん。早く慣れてね・・・。

下がる水波ちゃんを見送って、私は少し体を冷ましてからキッチンへ。水分はしっかりとらないと。

この後お兄様の部屋に行くのだけれど、ちょっと時間を空けていった方が良いよね。

流石にこの状態で会うのは気まずい。

一旦部屋に戻って態勢を立て直してからだね、と考えて廊下を歩くと――

 

「お、にいさま」

「・・・・・・何があったかは聞かない方が良いか?」

 

こういうタイミングで会うよね!知ってた!!

だってお兄様には呪いがかかってるものね。ぶつからなかっただけましだと思った方がいいのかな?!

そしてお兄様からも少し視線を外されました。お兄様でも直視はできないですか。申し訳ない。

でも息を短く吐いてからすぐに視線が向けられた。流石お兄様。

この歩く危険物状態の深雪ちゃん相手でも持ち直してくれる!嬉しい。私でさえ直視が厳しいのに。(←)

 

「お風呂上りにボディケアをしてもらっただけですので・・・」

 

嘘をついたわけじゃないのだけど、ちょっと後ろめたいのはなんででしょうね。

 

「お兄様は、地下で作業をされていたのですか?」

「ああ。キリがよくなったから切り上げてきた。深雪とも話をする予定だったしな」

 

早めに切り上げてくれたのだろうね。・・・でも、この状態でお兄様の部屋でお話を?できるかな。

 

「とりあえずコーヒーでも淹れましょうか」

「そうだな。少し濃いめに淹れてくれるか」

 

落ち着くための時間稼ぎにコーヒーを用意。お兄様からのリクエストに応えつつ、今日のお供は一口サイズのマドレーヌ。これなら部屋で食べても零さないで済む。

トレイに全てのせ終えると、当然のようにお兄様が運んでいく。

 

「ありがとうございます」

「これくらい大したことじゃないよ」

 

せめて、とお兄様の部屋の扉を開けるくらいの手伝いをして後に続いて入室した。

 

 

――

 

 

お兄様はこの部屋にある唯一の椅子をテーブル代わりにトレイを乗せるとベッドに腰を下ろした。

・・・他に置き場になりそうなものは無いですもんね。テーブル代わりの椅子を挟むような形で座る。

 

「・・・落ち着いてきたようだね」

「水波ちゃんは頑張ってくれてたのですけど」

 

お兄様のご指摘通り、体の火照りは治まった。

初日で深雪ちゃんに慣れろ、なんて無茶だよね。

一般人の言う美人は三日で飽きるって、まず三日は最低でもかかるってことだと思ってる。

徐々に慣らされたわけでもないのであればなおの事難しいかもしれない。

ちなみにオタクは一生美人に弱い。完全に慣れることなど永遠に無い。

意識ぶっ飛んで逆に平気になるか、息を止めるか。

あとは仕事モードになるか、かな。一時的な対処法はそれくらいしかない。

 

「それを思うと、穂波さんとは全然違いますね」

「それは、あの頃の深雪と今の深雪では美しさが違うからね。あの頃の深雪は幼く可愛らしかったから」

 

するり、と名前を出すが、お兄様に動揺は見られなかった。むしろ見られたのは私です。恥ずかしい。お兄様臆面もなくあっさり可愛いとか美しいとか言うからどう反応していいのか困る。

それを微笑ましそうに見つめられつつ言葉が続けられた。

 

「それに、彼女の場合、母さんとの付き合いも長かったからな。深雪の美しさにも免疫がありそうだ」

 

母は、それはもう美しかったから。

確かにあの母の傍に居たら私なんてお子様過ぎて水波ちゃんのようにはならないだろう。

 

「深雪は前に言っていたね。憧れだったと」

「ええ。彼女だけでした。私たち兄妹を、兄妹として普通に接してくれていたのは。

お兄様を一個人として尊重してくれ、私をただの女の子として扱ってくれた。

それがどれほど稀有なことか、あの頃の私にはわかっていなかった。――後悔は山ほどあります。返せない恩もたくさんあります。

もっと、もっとたくさんおしゃべりもしたかった。もっともっと、感謝を伝えたかった」

 

彼女だけだった。私たちをなんの柵もない普通の兄妹として接しようとしてくれたのは。

彼女はきっと知らなかったはずだ。私たちの出生の秘密を。だけど彼女はわかっていた。私たち兄妹がすれ違っていることを。

前世を思い出す前の私は、深雪ちゃんはお兄様が気になって仕方なかった。

惹き付けられる気持ちが強くても、関わるな、と周囲からの圧力を読み取って近づいてはいけないと自身を律していた。

お兄様はお兄様で、妹への兄妹愛はあるものの、妹の反応に遠慮して遠くから見守るしかなかった。

それを気にかけてくれていたのが穂波さんだった。

 

「・・・最後、彼女を穂波さん、と呼べたんです。でも、本当はもう一つ、呼びたい名があって」

「それは?」

「穂波お姉ちゃん、と。お姉さまとも、姉さんとも違って、――普通の姉妹みたいに、穂波お姉ちゃんと呼んでみたかったのです」

 

誰もが特別扱いをする私を、唯一お兄様の妹として扱ってくれた。

一番、私が望んでいることを、本人が気づかぬ願いを汲んで私たちを結び付けようとしてくれた。

 

「今でも穂波さんは憧れの女性です。あの人のように、人の心に寄り添って支えられるような人になりたい、そう思います」

 

彼女との別れはとてもつらかった。悲しかった。

けれど悲しいだけの思い出じゃない。たくさんの優しさと温かさを彼女から貰った。

気づいたのは、母と思い出話をしていた時だったけれど。

お兄様がコーヒーカップを両手で包んだまま動かない。

お兄様も思い出す何かが、あったのだろうか。

 

「・・・深雪の優しさの原点は、桜井さんだったのか」

 

ここでお兄様が今日初めて穂波さんの名を呼んだ。お兄様にとって桜井と言えば穂波さんなのだ。

水波ちゃんをいきなり名前で呼んだのはそういった経緯がある。

 

「お兄様にとって穂波さんはどんな人でしたか?」

「・・・気を悪くしないでほしいのだが、当時の俺には彼女が理解できなかった。なぜ自分なんかに声を掛けてくるのか、業務連絡だけでいいのに世間話をされたり、怪我を心配されたりもした。

よくわからない人、それが、俺が彼女に抱いていた感想だ」

 

困ったような表情のお兄様。けれど、

 

(――ああ、やっぱり。お兄様の中で彼女は特別だったんだ)

 

お兄様の心が擦り切れ、感情が鈍り、衝動的感情が私しか残っていなかったあの頃に、彼女はどうでもいい有象無象のカテゴリから外れていたのだ。

お兄様の周りにはお兄様を嫌悪する人間や見下す人間、恐れる人間ばかりで、人を人とも思わないような、ある意味わかりやすい人たちしかいなかった。

だけど穂波さんは違った。だからお兄様にとって未知の存在だった。

 

「気を悪くするどころか。お兄様にとって穂波さんは大事な人だったのですね」

 

あまりに嬉しくて頬が緩んだ。

同時に切なくなる。お兄様は大切な人だったのだと認識する前に、衝撃的なお別れをしてしまったのだ。

そしてそれが今も傷となってお兄様の胸に残っている。

 

「大事、ということになるのかはわからないが、印象には残っているな。今思えば随分と気にかけてもらっていたのだとわかるが、当時はそんなことに全く気付かなかった」

「自分のことでいっぱいいっぱいだった、と言えばそれまでなのでしょうが、当時は視野が狭すぎましたね」

 

お互い子供で、周囲を見る余裕なんてなかった。

大きくなってから気づく、さりげない気遣い。

それが憐みや同情から来たものなのか確認することなんてできないけれど。

それから、私たちは穂波さんとの思い出話をぽつりぽつりと語った。

初めて、映画鑑賞を体験したのはいつ頃だったか。彼女が映画好きで連れて行ってもらったこと。

甘いお菓子をこっそりとくれたのも彼女。秘密ですよ、と飴玉やキャラメル、初めて食べる地方土産のお菓子。

お兄様も同じものを貰っていたらしい。

私たちの前でそのようなことはできなかったからこちらもこっそりと、だけれど。

兄妹で何かを共有させたかったのだろう。

まるで私たち兄妹が仲睦まじくなるのを予見していたかのような心配りだ。

 

「穂波さんが、お兄様を大切にしてくれていたおかげで、私たちにはこうしてまたお互いを知るきっかけを作ってもらっていたのですね。

この時間も、――穂波さんを偲ぶことのできるこの時も。彼女のことを語れるのはお兄様だけですもの」

 

一番深く付き合っていた母はもういない。

プライベートなことまでは知らないが、母のガーディアンとなってからはほとんど外部との関係は無かったはずだ。

確か原作では彼女の死後、母は体調を崩しやすくなっていったはず。母にとっても彼女は特別な存在だったから。

 

(お母様も気落ちしていたよね。でも私たちの手前落ち込む姿を見せないようにしていた)

 

淑女としての矜持ではなく、母として、子の前で情けない姿は見せたくない、と。

格好つけなくてもいいと言ったのにね。でも、それは彼女ができた精いっぱいの見栄だった。

三年の年月が、母の心を動かして、時折思い出を語ってくれるようになった時は嬉しかった。

そして話してくれた穂波さんは私の知らない彼女の姿で、あの母の心に寄り添えただけのことはある武勇伝ばかりだった。

憧れるな、という方が無理だ。

それだけ彼女はあの母を変えた素晴らしい女性だった。

 

「・・・そう言われると、深雪が彼女をリスペクトする理由がわかるな。彼女のお陰で、俺は知らぬ間にたくさんのものをもらっていたのか」

 

お兄様が感心したように零した言葉は、私の胸をさらに温かくしてくれた。

彼女が与えたのは後悔だけじゃない。

その先の強さも、この思い出に浸る時間も、優しい気持ちになれるのも彼女がいたから。

 

「水波ちゃんは確かに彼女に瓜二つですが、彼女は穂波さんではない。きっと同じガーディアンとなっても全然違う未来を歩むでしょうね」

「仕える主がお前なんだ。深雪に合わせるとしたら同じにはきっとならないだろう」

「まあ。それは一体どういう意味です?」

「さあ、どういう意味だろうな」

 

母のような淑女でも体も弱く無いから、対応は変わってくるだろうけれど、お兄様のニュアンスはまるで苦労するだろうな、と言っているように聞こえた。被害妄想かな。

 

 

――

 

 

長い時間、ここで過ごしてしまった。コーヒーは空だし、マドレーヌもなくなった。

 

「それではお兄様、お付き合いいただいてありがとうございました」

「――深雪」

 

立ち上がろうとしたところでお兄様に呼び止められ、振り向くと同時に抱きしめられた。

お兄様のベッドの上で、という事実をお兄様は忘れているのではないだろうか。

実際お兄様が忘れるなんてことはないだろうけど、確信犯であってもそうでなかったにしても心臓が暴れ出すわけで。

 

「お、お兄様」

「俺にとって、彼女のことは後悔でしかなかった」

「っ!」

 

無表情に見えて、そこには苦みがあった。

しかし、続けられる言葉と共にその表情は綻ぶ。優しく、解けていく。

 

「だけど、今日。その考えは改められた。――後悔は変わらない。ずっとあの日を悔やむだろうが、感謝することもたくさんあったのだと知った。

 

だから、ありがとう」

 

(・・・ああ、どうして)

 

これ以上お兄様を好きになりようはないと思っているのにまだ深みに嵌るなんて。

嬉しさをどう隠せばいいのかわからずお兄様にしがみつくように体を押し付けた。

抱きしめる腕が強くなる。

うん・・・思っていたよりも強いですね。仕掛けたのは私ですが、これはいつ外れますか?

初めこそドキドキしつつも安心していたけれど、安心成分が徐々に抜けてドキドキしか残らなくなってきたのですが。

 

「いつもと違う香りがするね」

 

すんっ、て音が耳元で聞こえた。嗅がれてる!!

 

「ちょ、お、お兄様!」

「髪の滑りもいつもと違う」

 

そうなの!?その違いは判らなかったよ。じゃなくて!

 

「お兄様!お戯れもその辺でよしてくださいませ。恥ずかしくてまた気を失ってしまいますっ!」

「その時はベッドまで運んであげるから安心しなさい」

「だめです!」

 

何一つ安心できないから!いや、お兄様が危険だとかそういうことじゃなくて意識失う時点で危険だから!

お兄様が私に危害を加えるわけがないからね。そこは安全だろうけど、そうじゃないんです。そういうことじゃないんです!

 

「ほら、あまり興奮しすぎると寝つけなくなってしまうよ」

「誰のせいですか!」

「俺のせいだと嬉しいね」

 

・・・お兄様、妹いじめが愉しくなってきましたか?よくない兆候ですね。

まずはその駄々洩れになっているお色気オーラを仕舞ってください。

中てられると体が思うように動かなくなるのですから。

 

「自覚がおありなら抑えて下さいませ。それとも私を困らせることをお望みですか?」

「そんなわけはない。俺なりにお前を可愛がったつもりだが、困らせたなら悪かったな」

 

くすくす笑いながらようやく解放された。

お兄様の可愛がり方は大変危険です。気を付けていただきたい。

 

「もう、お兄様ったら」

「すまない」

 

全然悪びれてないね。笑ってるもの。

・・・でも楽しそうなお兄様を見ていると、だんだん気を許してしまうのは甘すぎるな、と自覚していてもどうしようもなくて。

いつもならこのまま許してしまうんですけどね。

今の私は女神から知恵を授けられたのです。

 

「あまり悪戯が過ぎますと、私にだって考えがございますよ」

「それは怖いな。一体どんな考えだい?」

 

むむ、あまり怖がっていませんね。一体どんなことをしてくれるんだい?と愉しそうな表情。

ですが、余裕もそこまでです。お兄様の教育係として、ここは厳しく参ります。

 

「やむを得ない場合を除き、一週間触れ合うことを禁じます」

 

触れ合う、なので私も触れることはできない。私にも厳しくしないと平等ではないからね。

ビシッと真面目な顔で宣言する。

 

「・・・一日でも厳しいのに一週間だと・・・?」

 

わぁ。・・・お兄様から感情が抜け落ちました。すとん、って音がした。聞こえた。そして瞳が絶望を宿す。・・・そんなにですか?

私も辛いとは思うけど、でも考えてほしい。

そもそも普通の兄妹ってこんなべたべたと触れ合ってないよ。

この家に引っ越すまではこんなに触れ合うことなんて元々なかったはずだけど、お兄様はその事実もお忘れで?お兄様に限ってそんなはずないのにね。

一般の兄妹が喧嘩とかしたら視界に入れたくも無いんだとか。

無視とか睨みつけるとか当たり前なんだって。

だけどうちでは想像もつかない状態だね。

私がお兄様を睨みつけるなんてどんな状況?無視というか無言のスルーはしないといけない状況ならありますけどね。

聞こえない、聞こえないったら聞こえないっていう。・・・大抵そういう時はよく聞こえるように抑え込まれて耳に直に届けられてしまうけど。

って、この話は置いておこう。深堀しちゃいけない話だ。思い出すだけでぞくぞくしちゃう。

お兄様自分の声が私の弱点だって気づいてるよね・・・。

私もリーナちゃんから指摘されて気付いた。

それから普通の兄妹とは、というレクチャーを受けたのだ。

よっぽどお兄様との関係がおかしく映ってたんだね。

リーナちゃん、ファッションの常識は無かったけど人関係はあったみたい。そういうところは流石隊長さんなのか。

あまりに親身になって心配してくれるので、卒業式を迎える前にはリーナちゃんって親戚のお姉さんだっけ?という勘違いするくらいには過保護になっていた。

お兄様が私にちょっかいを掛けるたびフシャア!ってなってたもんね。可愛かったなぁ。

お兄様も途中から揶揄って遊んでたよね。

 

「兄妹が喧嘩をすると、大抵しばらく無視をするそうですよ。私たちにそれはできないでしょうから――」

「当たり前だ。深雪を無視なんてできるはずもない。だが――一週間?せめて耐えても一日じゃないか?」

 

お兄様的に罰が重すぎる、と言いたいらしいけれど、一日くらいじゃ罰にならないのでは?

 

「・・・お兄様が私を困らせなければよろしいのではないでしょうか」

「それは、そうなのだが・・・」

 

女神様・・・リーナちゃんの助言、効果絶大です。

困らせられたらこう言ってみなさい!と教わったセリフをそのまま言ってみたけれど、お兄様が絶望に打ちひしがれてます。

やり過ぎましたかね。

 

「限度を超えないようでしたら、発生しない罰ですよ」

「・・・・・・」

「・・・ちゃんと、事前に警告しますから」

「・・・・・・」

「・・・お兄様?」

「・・・・・・気を付ける」

 

そんな苦渋の決断をしたみたいに。大げさですねぇ。

項垂れたままのお兄様の頭を撫でる。

 

「そんなに落ち込まないでくださいませ。今まで通り、いつも通りなら問題ないのですから」

 

困らせ度合いが高くなければ罰なんて発生しないと言っているのに、お兄様は一体何を危惧しているのだろうね。

 

「そう、だな。いつも通りでいれば問題ない、んだな」

 

ダメージが残っているみたいですけど、なんとか正常に戻りつつある?

 

「・・・深雪から接触禁止と言われるだけでもかなり辛いものだな。以後気を付けよう」

 

・・・・・・そこまででしたか。

でも考えてみたら、お兄様にとって大事な妹にそんなことを言われたら、嫌いと言われる並みのショックを受けるのかもしれない。

いくつかリーナちゃんから授かった他の言葉も使いどころ気を付けないと。

トレイを持って部屋を出ようとしたらそれくらいさせてくれ、とお兄様に先手を取られてしまった。

そのまま私の部屋までエスコートしてもらって少し早いけれどおやすみの挨拶を。

 

「おやすみなさいませ、お兄様」

「おやすみ、深雪」

 

手がトレイでふさがっているので挨拶だけ――と思ったら身をかがめて額にキスを。

・・・避けなかったのは、さっきの落ち込みぶりを見たから。痛み分けではないけれど、これくらいは受け入れてあげないとね。

ドキドキヤバいけどね。お兄様、なんでそんな自然体でできるのか。お兄様の羞恥ってどうなってるのかな。

 

 

――

 

 

水波ちゃんのいる生活は今までとは違う潤いをもたらしてくれた。

まず女の子らしい会話ができる。

一緒に盛り上がる、ということはないけれど、お話を聞いてくれて、水波ちゃんの意見も聞かせてくれて。

その会話の中でちょっぴり勉強が不安という話が聞けたので、今度は勉強会を開いた。

水波ちゃんは初めひたすら恐縮していたけれど、教わっていくうちに集中して緊張感が解けていった。真面目だね。

不安という割にちょこっと教えるだけですぐに解答を導き出すので、私も教え方が上手いんじゃないかって気分が良くなりいつも以上に褒めてしまった。

褒められ慣れていない水波ちゃんの様子に、以前のお兄様を重ね、より構ってしまったのは計算外。

彼女からちょっと警戒されてしまった。ごめんね。

それから生活用品を含めたお買い物。

彼女は最低限しか持ってきてなかったからね。

本人もこっちに来てから買い足そうと思っていたみたいだけど、ネット通販で済まそうとしていたみたい。

せっかくだからショッピングモールへ行こうと話したら、いきなり二人では危険だ、とお兄様が難色を示した。

そうだね。私もそう思います。

水波ちゃんは一人で任せてもらえないことにちょっと不満だったけれど、体験すればわかるよ。

というわけでさっそく街に繰り出したのだけど。

 

「・・・・・・認識を見誤っておりました」

 

買い物してすぐ、ではありませんでしたね。

入店前にすでにこの発言です。入店するまでから大変でした。

 

「わかればいい。次から気を付けるポイントはわかるな」

「はい。けっして深雪様に近寄らせないよう、まずは動きやすい恰好を用意しなければ。あとは一般的な撃退グッズを」

 

すまないね。深雪ちゃんがパーフェクトボディのせいで。いらぬ苦労を掛けさせてます。

一般的な撃退グッズとはアレですね。一般じゃないものは人前に出せないからね。

人に見せられる防犯グッズを、ということのようです。

でも動きやすい恰好か。可愛い恰好した水波ちゃんも見たいなぁ。せめてお家の中でも。

こっそりお願いしたらお兄様がいない時だけという条件で了承してくれた。ありがとう!優しい。

そんなこんなと過ごして二週間。すっかり水波ちゃんはうちの子として馴染んでいた。

・・・原作ってもう少し打ち解けるのに時間かかってなかった?

お兄様との関係ももう少しぎくしゃくしていた気がするのだけど、目の前の二人は自然に話している。

その話の中心が、私のことであるのはちょっと複雑なのだけれど。私ここにいるよ。

 

「深雪はなぁ――」

「やはりそうですか。今朝、深雪様は――」

「だろう?困ったものだが、そこも可愛いところではあるからな」

「・・・そうですね」

 

・・・・・・いたたまれない。なんで水波ちゃんお兄様サイドに?

私のガーディアン予定なのにお兄様との距離の方が近くない?

 

「深雪、まだ水波はお前の褒めやかしに慣れてないんだ。やり過ぎたら警戒されるとわかっているだろう?」

 

先ほどのお話は私への構いすぎによる苦情と注意についてでした。

二人の間を取り持ったと思えば気は楽になるかしら。

 

「水波ちゃんが可愛すぎて、つい」

「っ!!」

「・・・深雪の可愛いモノ好きは今に始まったことではないが、気を付けないと逃げられてしまうよ」

「気を付けます」

 

なんか、思っていた関係ではないけれど、良好な関係ではあると思う。

 

「それで、雫の家に行く準備はできたのかい?」

「ええ。ドレスは決まっておりますので。一応ホームパーティーということですから煌びやかな装飾は避けて大人しめにしようと思います。ね、水波ちゃん」

 

二人で一緒に選びました。ね!と振り向いたら水波ちゃんは、それには答えずおずおずと言い辛そうに口を開いた。

 

「あの、・・・やはり控室で待つことは・・・」

「水波ちゃんの設定上させてあげられないわ。・・・こういう場面での護衛の練習と思って頑張って」

「はい・・・」

 

本当は表舞台に立ちたくないだろうけれど、今の私に――一般家庭の女子高生に使用人が付くのはおかしいので、設定通り親戚として傍に居てもらう。

前もって決めていたことだけど、初めての公式パーティーって緊張するよね。

 

「友人たちに貴女のお披露目も兼ねているから。皆いい子たちよ。仲良くしてくれると嬉しいわ」

「・・・はい」

 

あらぁ。緊張を解すつもりが逆に緊張させてしまった。

と、ここでチャイムが。例のものが届いたのかな。逃げるように水波ちゃんが玄関に向かった。

 

「水波ちゃんに悪いことをしてしまったようですね」

「だが、立場上これくらい慣れてもらわないとな」

 

私の傍に居るのだとしたら、パーティー等の出席は避けて通れないからね。今のうちに慣れておくのはいいことだろうけど。

 

「達也様にお届け物です」

 

確認しましたが、制服です。と戻ってきた水波ちゃんが持ってきたのは大きな箱。

開けられ出てきたのは、新設された魔工科の制服。

歯車のエンブレムがカッコいい。

 

「お兄様!着ていただいてもよろしいですか?」

「・・・今、か?三日もすれば着るんだぞ?」

「サイズがあっているかも確認したいですし!」

 

期待に目を輝かせると、お兄様は仕方ない、とジャケットを取り出して羽織って見せてくれた。

 

(かっっっっっっっっこいい!)

 

「お兄様・・・素敵です。かっこいい」

 

思わずうっとりしてしまう。

ただエンブレムが追加されただけじゃないか、と言うなかれ。

これはただのマークじゃない。お兄様の実力によって新たに創設された科のシンボルマーク。

つまりお兄様の為につくられたエンブレムなのだ。

流石お兄様!学校の在り方までも作り変えてしまう。

 

「今までの制服と変わらないと思うんだがな」

「重みが全く違います」

「・・・そんなものか」

 

二科生の扱いはだいぶ改善された。

今では卑屈に思う生徒は減り、自分の将来のためにどういった道があるか考えるようになった。

魔法に拘らず、普通大学に通うもあり。身体を鍛える部活に精を出すのもあり。

そして今回の魔工科は技術的なことが身に付くとあって就職にも有利になると考えられている。

その影響は一科生にまで及び、二科生に落とされると怯えるような生徒は少なくなった。

危機感がないわけではないけれど、二科生になったからと言って全ての道が閉ざされるわけではないのだと気付いたのだ。

それは偏にお兄様の活躍の影響だと言える。

二科生でも自身を生かせる道はある。それを証明したのだ。

本人は嫌がるだろうが、お兄様は今や学校の希望の光、英雄となっていた。

 

「・・・素敵です」

「お前にそう言ってもらえるなら、これも悪くないか」

 

うっとりと見つめていると苦笑しながらお兄様は私の期待に応えてポーズを変えてくれた。

夏のデートの逆ですね。お兄様もサービスがいい。

 

「・・・私が求められていたのはこれだったのですね・・・」

 

水波ちゃんが背後から遠い目でお兄様を見ている。

水波ちゃんの制服は三日前に届いた。その日の内に着てもらったけれど、水波ちゃんは勝手がわからずただひたすら困っていた。

とってもかわいかった。戸惑う姿がよりグッド。

恥ずかしがる女の子を相手にしているとイケナイ気分になるね。その扉の鍵は厳重に締めましょう。

でも要領のいいお兄様はさらっと熟して私を満足させてからジャケットを脱いでいた。

私、何も指示してない。それなのに確かな満足感。ありがとうございます。

心の中でお兄様を拝む。これを糧に頑張れます。

 

「ありがとうございました、お兄様」

「満足してもらえたならよかったよ」

 

大満足でしたとも。水波ちゃんは若干引いていたけれど、すぐに持ち直してお茶をお持ちします、とすっとキッチンへ。

二週間って人を成長させるね。

水波ちゃんの淹れるお茶も美味しくて好き。

 

「お兄様も、付き合ってくださってありがとうございました」

「お前が喜んでくれるなら構わないよ」

 

ソファに移動して、お兄様の隣に腰を下ろす。

徐々に日常が新たに構築されてきたことを実感しながら、水波ちゃんが見ていない間だけお兄様に寄りかかって幸せだなぁ、と瞳を閉じた。

 

 

――

 

 

水波ちゃんにお茶を淹れてもらっている間。

 

「生徒会の方は順調かい?」

「・・・そうですね、さっそくトラブルになりそうな予感をさせる新入生の名がありました。単体ではそうでもないのでしょうが、水と油のような」

 

ええ、ついにきますよ、ダブルセブンが。

厄介の香りしかしませんね。七草先輩と十文字先輩が一年生の時ってどうだったんだろう?

あの学年も面子が濃かったけど。

二人とも十師族だったから問題なかったとか?特に仲の悪い二家でもない。

彼らが上手くリーダーシップを取っていたら数字に関わる家のトラブルなんてそう無かったかもしれない。

魔法師界は貴族社会じゃないけれど序列のある世界だから。

今回来る新入生はその中でも因縁ある家同士。

原作を知っているからごたごたが起こることはわかっている。

野心を表立たせるのが悪いとは言わないけれど、もう少しその・・・上手くやれないものかしらね。

高校生ってこんな感じでしたっけ。

周囲の子たちがいい子過ぎてちょっとよくわからない。

まず七宝君は皆のリーダーになりたかったのなら、せめて写真写りもう少しよくした方がよかったんじゃないかな。

まだ会ってないけど写真を見る限り、すでにギラギラでした。

お兄様は風紀委員でもなければ生徒会役員でもない。

原作ではなし崩しに副会長させられてましたけどね。

現在は去年の雫ちゃんのように手伝いをしてくれたりするけれど、正式な役員ではない。

今後、魔工科からの生徒会役員として入ってもらうかという案が出ているが、今のところは保留扱いになっている。

普通ここまでたった一人の生徒が優遇されていれば不満を抱かれそうなものだが、もう一度言うがお兄様は学校の英雄扱いだ。

なんでも、私の傍に居るのがデフォルトだろう、とのことでお兄様の生徒会参入は賛成の意見ばかりで不満も上がらないらしい。

小説の影響を受け過ぎでは?去年の生徒会選挙の騒動は何だったのか。

ああ、小説と言えば、なんと新人のデビュー作としては異例の増刷となったらしい。売れているようでなにより。売れなかったら文句が来そうで怖かったので安心しました。

 

「七草と、七宝。聞いた話ではかなり確執があるようですね」

「一方的だがな。七草は気にも留めていないだろう」

 

十師族とその予備。この差はあまりにも大きい。

学校社会は実力メインで見られるとはいえ、実力差がそこまでないからこそ彼にとって余計にあおられる結果になるのだろうけれども。

七宝家当主は虎視眈々とその座を狙っている表向き争いを好まないタイプのようだけど、息子はプライドが高いようだからね。水面下で力を蓄えて、というのは性に合わなそう。

ちなみにこの情報は学校で得たものではない。

今十師族関連で動きがありそうな家だからね。

日本国内の情勢も知っておかないと、いざという時困るかもしれないから。

帝王学の中級編です。

魔法師もめんどくさい柵多いからね。ある程度は把握するようにしています。

お兄様はどこ情報だろうね。藤林さん辺りの世間話かな。彼女も世話焼きさんだから。

 

「お兄様は生徒会役員になられるのですか?」

「水波は生徒会役員にならないだろうからな。今後のことも考えると、役員という立場でいた方が有利なことも出てくるはずだ」

 

このまま生徒会に入らないで自分の為に時間を使っていただいてもよかったのだけど、お兄様の意志は固かった。

まあ、生徒会に入るとCADが携帯可能になることと、権限が手に入りますからね。

 

「・・・申し訳ありません。私のせいでお兄様の大事なお時間を」

「俺としてはお前といる時間が増えることは良いことでしかないのだから気にしなくていい。学校ではなかなか一緒にいる機会も無いからな」

 

そうだね。それなのにどうしてあんなに学校で二人セットに扱われるのだろうね。

お昼と登下校しか接点がないのに。

A.小説。

だよね。アレが誤解を助長させている。うん。知ってた。

影響力が高くてお昼の注目度が発売前と違うもの。なのに時々お兄様が突飛な言動をなさるから話が飛躍していくのだ。

皆、妄想力が逞しい。・・・いや、違うか。燃料投下によって萌えているってところか。

公式からの供給に勝るものなし。オタクはよく知っていますとも。

 

「達也様と深雪様が生徒会の活動の間、私はクラブ活動をして時間を調節しようかと思うのですが」

 

何もしないで帰宅時間を合わせるというのももったいない、と水波ちゃんも考えているみたい。時間は有限だからね。有効に使っていきましょう。

お茶を私たちの前に置きながら提案する水波ちゃんに、私たちも頷いて肯定した。

 

「いいわね。文化部も運動部もいろんな種類があるからじっくり選んで決めてみて。私も興味があったからどんな活動をするのか教えてくれると嬉しいわ」

「・・・参考までに、深雪様はどのような部活動をされたかったのですか?」

「そうねぇ、皆で青春できるようなことに憧れるわ。何か作品を一緒に作ったり、自分を鍛えるために運動してもいいかもしれないわね」

 

部活動で青春は学生の醍醐味よね。皆で何かを成しえた達成感はその瞬間でしか味わえない。

水波ちゃんもせっかく四葉を出られたのだから、そういう経験もいいと思う。

私は初めから生徒会に入ると思っていたのでクラブ活動がどういったものがあるのか調べもしなかったけど、エイミィちゃんみたいに特殊な部活動から壬生先輩みたいに馴染みの部活動まで幅が広いのは知っている。

水波ちゃんが原作通り西城くんと同じ山岳部と料理部に入るかはわからないけれど、好きなものを選んでくれたらいい。

その時くらいは自分のために時間を使ってほしい。

遠慮がちに一人掛けのソファに腰を下ろし、お茶を飲む水波ちゃん。

まだ慣れないようだけれど、何も言わずにこうしてお茶に付き合ってくれるようになったのは嬉しいね。

二人でお茶して水波ちゃんが立ってるって、使用人としては正しい在り方だと思うけど、私にとっては美少女とお茶した方が幸せなのでね。

主が喜ぶことをしてもらいます。主の特権です。

くらえ!職権乱用!

 

「クッキーがお茶請けだから濃い目に入れてくれたのね。ありがとう」

「深雪様の焼かれたクッキーがバターの風味が強いようでしたので」

 

いい組み合わせ。お兄様も感心しております。

だいぶこの生活に馴染んできたみたいで嬉しい。

こんな時間がずっと続けばいいのに、と思わずにいられない、それほど幸せな時間。

だけど今日はこの後、パーティーという戦場に向かうことになる。

雫ちゃんのお祝いパーティーだから純粋にお祝いしたいのだけど、お金持ちの家ってそれだけで済むわけないからね。家族間でも腹の探り合いだから。嫌になっちゃう。

でも素敵な恰好の雫ちゃん達を見られるためなら頑張っちゃう!

もちろんカッコ良くキメたお兄様もね!!

 

「先ほどの話に戻すけど、今度の総代はその七宝なのだろう?男子がなるのは四年ぶりになるのか?」

「五年ぶりだそうですよ。前評判では七草家のどちらかがなるものかと言われてましたけれども。入学前からすでに意識していて努力した結果ならば、彼は相当な努力家なのかもしれませんね」

 

というか、七草は元々一高に入ることは決まっていただろうから、狙って一高に来たということ。すごいね。ヤル気に満ちてる。

七宝もわかっていて息子を送り出しているということは実力は認めているんだろう。

送り出す前に性格矯正や、計画指南でもしておけばよかったのにね。

子供にそこまでの影響力は無いと踏んでいたのか、はたまた息子の荒療治で放り込んだか。

うん。どうでもいいかな。

 

「今の水波ちゃんなら、きっと総代を狙えたでしょうけど、下手に目立つものよくないでしょうから」

「いえ・・・流石にそこまでは」

 

恐縮する水波ちゃんだけど、ここ最近の勉強の吸収率は目を見張るものがある。

今試験を受けたならもっと成績は上がっていたはずだ。魔法力も申し分ないから力をセーブしなければ一位を狙えたと思う。

 

「深雪がつきっきりで教えてたからな。水波も優秀な生徒だったみたいだし」

「それはもう。教えがいと褒めがいのある良い生徒でした」

 

教えることをドンドン吸収していってもらえるって嬉しいものだ。思わずお兄様に注意されるくらい撫で過ぎてしまった。

撫で過ぎ良くないってことでハグに変えたら途中勉強にならなくなったりと、邪魔をしてしまったりもした。

 

「深雪様の教え方が的確でしたので」

 

顔を赤らめてちびちびお茶を飲む水波ちゃん可愛いね。距離のせいですぐに撫でられないのが残念であります。

ほっこりしちゃうね。お茶も美味しい。

 

「恐らくですが、彼らの衝突は避けられないでしょうから、私たちの親戚として水波ちゃんが注目を浴びること自体は最小限に収まると思います」

「・・・だろうな。十八家の、しかも七宝と七草の因縁は根深いだろうからな」

 

正直、私としてはお兄様が絡まれなければ構わないのだけれど、彼は選民意識が強いみたいだからね。

お兄様にも原作通り食って掛かりそう。

早いうちに杭は打っとこうかな。

 

「深雪、何を考えている?」

 

あらま。表情に出してないつもりだけれど、お兄様気づかれちゃいました?

 

「悪だくみを少々」

「・・・・・・ほどほどにな」

 

ええ。その予定です。

私たちのやり取りを水波ちゃんが静かに見つめていた。

 

 

――

 

 

ドレスに着替え、メイクアップも水波ちゃんと一緒に意見を出し合い作り上げ、玄関で待つお兄様の元へ。

お兄様のスーツ姿は控えめな出で立ちで、一般家庭の範囲内で年相応な仕立てに見えるものだった。

それでも髪は整えられていて、いつもの雰囲気よりも大人な印象だ。

そのお兄様の視線がしっかりとこちらを捉え、口元を綻ばせる。

 

「ドレスを見た時は地味だと思ったが、深雪が着るとそれだけで輝いてしまうのか」

 

そんなことない、と言いたいところだけれど、水波ちゃんも頷いているように地味だったはずがシックなドレスに変わってしまった。

 

「綺麗だよ。いつもより落ち着いている分大人びて見えるな。お酒を勧められても絶対に手に取ってはいけないよ」

 

お兄様から伸ばされた手を掴んで引き寄せられて腰に手を添えられた。

流れるような動作に、果たして一般の高校生だと信じてもらえるか、お兄様の方こそ不安になる。

 

「お兄様こそ。目立たない恰好のつもりでしょうが、私の目にはお兄様しか映りません。素敵です」

「そうだといいが、今日は雫のパーティーだからな。きっとそちらに目移りするんだろう?」

 

お兄様が頬に手を添えてさっそく浮気の疑いを掛けられてしまった。

・・・確かに、雫ちゃんやほのかちゃんのドレス姿は大変興味があります。絶対綺麗だし可愛い。

 

「お兄様だけを見つめて、以前のように倒れたら困りますでしょう?」

「そういうことにしておいてあげよう」

 

お兄様は仕方ない、と笑ってから水波ちゃんへと顔を向けた。

 

「水波も良く似合っている。――深雪を地味にしようとした努力は凄いと思うぞ」

「ありがとうございます・・・力不足で申し訳ありません」

 

水波ちゃんは本気で悔しがっているけれど、多分プロでも深雪ちゃんを地味にするのは難しいと思うよ。

お兄様の言う通り大人しめのメイクができただけ上出来だと思う。

お兄様にエスコートされ、私たちは車に乗り込んだ。

 

 

 

 

さて、やって参りました三度目の雫ちゃんちの、初めてのホームパーティー。

すごーい。とっても煌びやかな空間です。皆の恰好も豪華です。

身内だけのパーティーなのよね?派手だね。世の中はこれをホームパーティーとは呼ばないと思うけれども。

私たちが入場すると、それだけでBGMがよく聞こえるようになった。

生演奏じゃなくてよかったね。生の場合止まることがあるから。

会場中の視線が集まる。それを気にしていない、目にも入らないという態度で主催者へ挨拶に。

雫ちゃんとそのご両親が揃っていたので一回で済むのはありがたい。

 

「本日はお招きに預かり――」

「身内のパーティーだ。もっと気楽にしてくれてかまわないよ。よく来てくれたね」

 

口上もすっ飛ばすことを許されるとは。

親しいことを周囲にアピールしてくださっているのだとわからぬ私たちではない。

雫ちゃんもその辺を理解しているのだろう。彼女の方からこちらに近づいて。

 

「深雪、今日はいつもと雰囲気が違うね。とても綺麗」

「ありがとう。雫も、とても可愛らしいわ。まるで花の妖精ね」

 

雫ちゃんのドレスは頭と胸に大きな花のコサージュが付いていた。ドレスもフリルが幾重にも広がっていて蕾が開いたよう。

つまり可愛い。

 

「深雪、今日は雫のパーティーなのだからあまり二人の世界を作るんじゃないよ」

 

は!うっかり。雫ちゃんの余りの可愛さに見蕩れてしまっていた。

 

「相変わらず仲が良いようだ。これからも雫のことをよろしく頼むよ、深雪嬢、達也君。それから――」

 

流石雫ちゃんのお父様。実にスマート。

水波ちゃんのことをお兄様が説明し、合わせて水波ちゃんが頭を下げる。

きちんと挨拶できたことに好感を持ってもらえたようで、ウェルカムな空気が流れた。・・・のだけれど。

お兄様が雫ちゃんのお母様、旧姓鳴瀬紅緒さんにロックオンされてしまった。

厄介な気配にお兄様が雫ちゃんにアイコンタクトをし、雫ちゃんが頷いた。

 

「こっち」

 

お兄様たちっていつの間にツーカーの仲に?ほのかちゃん嫉妬しない??

なんかほのかちゃんよりも雫ちゃんの方が仲良さげな気がするのだけれど。

 

「深雪!」

「ほのか。こんばんは。ほのかは大人っぽいわね。良く似合っているわ、素敵よ」

「み、深雪もすっごく綺麗!会場入ってきたのすぐにわかったよ。ざわめきが消えたもん」

 

皆の声泥棒です。楽しく歓談していた方ごめんなさいね。

ちらっとほのかちゃんの目が私の二歩後ろを捉えたのでほのかちゃんにもご紹介を。

水波ちゃんもペコっと頭を下げる。TPOをちゃんとわかって融通も利いちゃう、柔軟さを持っているいい子です。

 

「可愛い上にとってもいい子なのよ。よろしくね」

「み、深雪姉様!」

 

慌てる水波ちゃん、可愛いね。

 

「姉様呼びなんだ」

「ってことは達也さんは、」

「達也兄様と呼ばれているわね」

 

ほのかちゃん、そこが気になりましたか。

とりあえず適当に作り上げた幼少期エピソード的な設定を説明。

 

「・・・深雪も結構いたずらっ子」

「子供の時決めたあだ名ってずっと残るよね」

 

すんなり受け入れられてなにより。

私が兄さん呼びなのに、兄様姉様はちょっと目立つからね。

配られるドリンクを受け取りながらお兄様の方を見る。

お兄様の無表情に変化はないけれど、雫ちゃんのお母様は・・・ちょっと強気なレディですね。カッコイイ系のお姉様タイプ。

仕事できるウーマンで迫力があるけれど、お兄様をいじめないでくださいな。

ただでさえ女難の相のあるお兄様なんですから、これ以上厄介事を増やさないでほしい。

 

「・・・ほのか?」

「え、何?」

 

私の呟きにほのかちゃんが反応する。

 

「今、多分だけど兄さんと雫のお母様がほのかの話をしているみたい」

「え、ええ!?」

「この距離じゃ聞こえないと思うけど」

「ああ、読唇術よ。ちょっとした特技なの」

 

よく狙われるから必須スキル、と言えば雫ちゃんが私も学ぼうかなって。

雫ちゃんも大企業の令嬢だものね。覚えておいて損はない。

 

「完全に読めるわけじゃないのだけど、雫ちゃんのお母様、ほのかちゃんの想い人が兄さんだって知って問い詰められてるみた、い」

「いやあああああ!」

 

言葉の途中でほのかちゃんが耐えられなくてお兄様たちの元へ行ってしまった。

友達のお母さんに好きな人に恋の斡旋されると思ったら恥ずかしくもなるよね。

そのままその勢いでお兄様を追い詰めちゃう美魔女さんを何とかしてくださいな。

それが一番どこにも角を立てずにお兄様を救い出す方法です。

 

「・・・ごめんなさい、うちの母が」

「家族同然でほのかのことを大事に思っているということでしょう」

 

お兄様を凄いと言う割に娘を薦めない辺り、身内カウントしていてもかなり差があるようだけども。

美女は裏がなきゃいけないという決まりでもあるのかしらね。それが若さを保つ秘訣とか?

あ、ほのかちゃんがお兄様を連れてこちらに向かっている。

真っ赤になっちゃって、可哀想に涙も浮かんでるね。

そして――、うん、雫ちゃんのお母様は消化不良みたいだけど、お兄様を不快にさせる話なんてなくなっていい。

話題を持って行くために娘と同様可愛がっている子を餌にするのはちょっとどうかな、と思わなくもないわけでお邪魔させてもらいました。

おっと、旦那様が慰めにいきましたね。ここの夫婦は仲がいい。

戻ってきたほのかちゃんはまだ落ち着かないのか、お兄様の手を掴んだまま真っ赤で涙目。混乱中だね。

 

「ほのか、大丈夫・・・じゃないね」

「私がもう少し早く気付ければよかったのだけど、ごめんなさいね」

「深雪が謝ることじゃないよ。これは母が悪い。ほのかも、そして達也さんもごめんなさい」

 

雫ちゃんのお母様見てますか?貴女の尻拭いに娘が頭を下げてます。雫ちゃんこそ謝ることないのに。

雫ちゃんがほのかちゃんに向けて腕を広げ、その中にほのかちゃんが飛び込みます。

ドレスが皺になっちゃうけどしょうがない。アレは心が耐えられない。

 

「兄さん、お疲れ様」

「俺は何ともなかったけれど、・・・ほのかは可哀想だったな」

 

本当にね。

お兄様が私の横に立つことでいくつか鋭い視線が飛んできたけれど、兄さん、と話しかけたことで和らいだ。

それからみんなでほのかちゃんを慰め、落ち着いた頃に彼はやってきた。

 

「あの、」

 

小さな紳士の掛け声に、先に私が振り向くと、一瞬目が合ったのに反発するように逸らされた。どこかで見た反応ですね。

だけど少年は目的を見失うことなくもう一度果敢に声を掛けた。

 

「あの、司波達也さんですよね」

 

今度こそお兄様が振り返る。お兄様も初めに気付いていただろうに、自分に向けられたものだとどうにも流す傾向にある。

良くないですよ。好意的な視線だとわかっていたでしょうに。

肯定したところで雫ちゃんが名前を呼んだ。

 

「航」

「姉さん、ゴメン、邪魔だった?」

「ううん、でも、ちゃんとご挨拶して」

 

わあ!雫ちゃんがお姉ちゃんしてる!口調こそ嗜めるようだけれどその目はとても優しい。

可愛がっているのがよくわかる。雫ちゃんちは本当に理想の家族像というか、仲がいい。

少年改め雫ちゃんの弟、航君は背筋をピンと伸ばして折り目正しく一礼した。

 

「初めまして、北山航です。今年小学六年生になります」

 

きちんとご挨拶できました。

偉いね、褒めてあげたいけれど人様の弟を勝手に撫でちゃいけないわよね。疼く手を握ることで押しとどめる。

お兄様に続いて私も自己紹介するのだけれど、うーん、視線がずれてるね。お姉さんは悲しい。

でもしょうがないね。初対面で緊張させるのも私の特技です。

大丈夫、耳が赤いのわかっているから。微笑ましい。

お兄様もちょっと苦笑気味。水波ちゃんはむっとしている。

主が蔑ろにされたからってことみたいだけど、お手柔らかにね。

少しとげのある自己紹介を披露されたことに航君は、幼いながらも空気を読み取ったらしく動揺し、すかさずほのかちゃんがフォローに入る。

私も水波ちゃんの手を取って微笑む。

私のために怒ってくれてありがとう、と囁けば水波ちゃんはやり過ぎに気付いたのか少し頬を赤らめて恐縮してしまった。

航君の問いかけは雫ちゃん達を驚かせる内容で、曰く、魔法が使えなくても魔工技師になれるか、ということだった。

瞬時に意図を読み取ったお兄様は丁寧に魔工技師とは何か、という説明から魔法が使えなくても魔法工学を学べ、CADを作ることはできると可能性まで提示した。

雫ちゃんのために何かしたい、という弟心を汲んだのだ。

 

(お兄様、優しい!そういうところホント好き!!)

 

周囲が身内しかいないこともあって淑女の仮面を外してお兄様を見つめる。

視線に気づいたお兄様は少し照れたように微笑まれて、更ににっこりしてしまった。

水波ちゃんが少し前に出る。・・・あ、人影で隠してくれたのね。雫ちゃん達も同様に動いてくれていた。

 

「深雪、私たち以外に見せるのは危険」

「・・・つい、嬉しくて。ごめんなさい」

 

雫ちゃんの傍には航君が隠れてしまっていた。直視してしまったらしい。

普通に見るのでも精いっぱいだったのに全力の笑顔は危険物だったね。反省します。

 

 

――

 

 

周囲も騒音が戻ってきたようで安心したところで、雫ちゃんの留学話や、三日後に控える入学式のこと、航君の学校生活について話していたら、雫ちゃんに声がかかった。

今日の主賓だから挨拶をされるのは当然だけれど、それにしてもちょっと馴れ馴れしい声色だ。

まあ、身内なのだからそれくらい親し気でもいいのだろうけれどね。

二十代男性、体格は標準より細身だろうか。いかにもお坊ちゃんです、という一流のものを身に付け慣れている青年だった。

顔も悪くないのだろうけれど、なんというか印象が薄い?記憶に留めるには個性のない顔立ちだった。

むしろその半歩後ろの女性の方が気になりますね。

オーラを隠しているようだけれどにじみ出てしまっているものはしまえない、という大人の魅力あふれる素敵な女性です。

お坊ちゃんのアクセサリーとしてなら十分だろうけど、手に入れられると思っているなら確実に貴方では手に負えないタイプの女性だね。

すぐに返却することをお勧めします。

 

「あ、俺さ、年内に結婚するんだよ。彼女と」

 

浮かれながら紹介された雫ちゃんと航君の冷静な表情を見てください。

続く、まだエンゲージリングを受け取ってもらえていない発言に表情を変えなかったのは凄いけど、後ろのほのかちゃんは、アレは内心うわぁ、って思っているね。ちょっとお顔が引きつってる。

受け取ってもらえてない時点であかんってわかるもんね。

水波ちゃんは興味なし、と様子だけ窺っている模様。

芸能面には疎い感じ?私も詳しくないけどね。彼女のことは一応チェックはした。

チェックと言っても個人的にだけで動向はチェックさせてない。する理由がなかったのもあるけれど、単純に彼女自身に対してどうでもよかった。

そこまで引っ掻き回すほどでもないし、動きとしては魔法師にとって悪くない動きだったのでいいかなって。

お兄様が彼女に気付き、彼女もその視線に促されるようにお兄様を見つめる。

ほんのわずかな時間、絡み合う視線。

流れとしてはおかしくないけれど、その視線は秋波とまではいかないが意味ありげな視線に見える。

 

(・・・お兄様を利用しようっていうのは気にすべき理由だったかな)

 

若干面白くない。

目の前ではその女性が卒なく雫ちゃんに自己紹介する姿が。

だけど詳しく素性を語らずともわかるでしょう?という堂々とした態度には自信が見て取れた。

雫ちゃんとほのかちゃんの様子を見てわかったのだろうけれど。

ほのかちゃんが自己紹介の後少しテンション高く声を掛けていた。

彼女の主演映画を絶賛している。話題になっていたことは知っているけれど、映画は見ていなかった。これがあの、というくらい。・・・女子高生らしくするならチェックしておくべきだったかな。

でもああいった映画よりコメディやほのぼのしたモノの方が好きなので、超大作系にあまり興味がない。

付き合いでもなければ見ないだろうな、とどうでもいいことを思っていると、彼女の視線がこちらに向いた。

もし違っていたら、なんて不安に揺れた目を向けて言う様は、嘘の無いように見えるけれど、逆にそれが嘘だと確信させた。

自慢じゃないが深雪ちゃんの容姿は抜群にいい。自慢じゃないと言ったのは純然たる事実だから誇ることではないのだ。

当然、自然の摂理。神が創り給うた傑作だから。美しくあれと生み出されたものだから。

よって記憶違いなど起こらない。わざわざ前置きなどいらないのだ。

しかも、

 

「司波深雪さんと司波達也君ではありませんか?」

 

なんて。有名人の自分が貴方たちを知っていますアピールをしたら舞い上がるのではないかと計算されていたのかと思うと一層面白くない。

警戒心しか上がらないよ。

お兄様が一歩前に出て庇うように立った。

さりげなくない、目に見えてのけん制である。水波ちゃんも私の半歩後ろに控えた。

 

「そうですが、失礼ながら以前お目にかかったことが?」

 

ミーハーな反応を示さないことに肩透かしを食らったはずだがおくびにも出さずに九校戦を見た、と説明した。

だとしても、私に注目するのはわかるが、いくら雫ちゃんが好きだというモノリスコードでも、魔法師でもない人がお兄様の名前を覚えるほど見るかと言われると、それほど印象には残らないはずだ。あの戦いは異質ではあったが魔法を知らない人間が見たら地味でしかなかったはずだから。

むしろ一条くんばかりに目が行くのではないかな。彼は派手だからね。

更に、顔を近づけてわざわざとても絵になる二人だったから、なんて付け加えられればお兄様がさらに目を鋭くさせた。

彼女は中継を見たと言った。それなのに私たちがまるで二人並んでいるところを見たような発言。絵になる発言もよろしくない。

お兄様の容姿が飛び切り目立つわけではない。・・・もちろん私にとっては別だけどね。

一般的にお兄様自身も目立たないようにしていることもあって、彼女の発言は解せないものでもあった。

 

「そうですか。妹はともかく、私の方はそれほど絵になるとは思えませんが」

 

おお。お兄様の一人称が私!滅多に聞けるものじゃないのでこの点は彼女を評価してもいい。

つまりそれ以外はマイナス評価なのだけど。

 

「ご謙遜ね、お二人に華があることは、私だけの意見ではありませんのよ?私のお友達も皆、同じ意見でした」

 

そう言って並べられた監督たちや共演者の名前にここまで無反応だとは思わなかっただろうね。

名だたる人たちだと言っても興味ない人には全く響かないものです。

ほのかちゃんはとても興奮していたけれどね。お兄様が有名な人の目に留まって嬉しいですか。

でもお兄様は目立つことを嫌うので・・・というか立場上よろしくないのでどんどん気分が降下している。

関わりたくない、とその背が語っていた。

女優というのは場の空気も読めるものだと思っていたけれど、自分の空気に塗り替えられる自信でもあったのかな。

来週末のサロンに誘われたけれど、芸能人だからと誰も彼も誘いに乗ると思わない方が良い。

お兄様がすっぱり断り、矛先が私へ。

 

「では、妹さん・・・深雪さんだけでもいかがですか?」

「申し訳ありません。ご迷惑をかけるわけにはまいりませんので私も辞退させていただきます」

「迷惑?それはどういう・・・?」

 

ちょっとね、私たちを利用する気でいるというのなら反撃してもいいかな、と思いまして。

 

「女優でいらっしゃる方の前で言うのも烏滸がましいのですが、私もこの容姿なので目立たない移動というのができません。その、サロンというものがどういうものかは存じ上げませんが、その場を一般の方に知られるのもよろしくないのではありませんか?警備体制が整えられているとしても、あまりよろしくないことだと推測します」

 

要約すれば、深雪ちゃんの容姿の注目度半端ないよ?秘密のサロンの場所バレたくないでしょう、という脅しである。

 

「・・・送迎はもちろんつけさせていただきますわ」

 

あら、粘りますわねぇ。目元が若干震えたの誤魔化せませんわよ、ほほほ。

容姿に自信のある人に深雪ちゃんの美貌は毒にもなるからね。雫ちゃんのお母様が、私が近寄ると少し離れるのがいい例だと思います。

だからあえて私もこっそりと顔を寄せて、物憂い気に。

 

「監視するような目がありまして。しかるべきところに動いてもらっているのです」

 

嘘は言ってない。

監視の目はいつでもどこでもあるのでね。

お兄様の見守る視線も、四葉の定期的に管理する視線も、常にあるわけではないが軍からも監督する視線も、その他もろもろの視線も。

もちろんそれらは私一人に向けられるものだけではない。

あとたまにある七草はもう少し自然に溶け込むべきだと思いますけどね。

だけど、監視という言い方こそしてみたが、私が悲しそうに見られているんです、なんて言えば普通ストーカーなどを連想するよね。

ましてや彼女は売れっ子女優だ。迷惑を掛けられてないなんてことは無いだろう。

しかるべきところに動いてもらっている、は別に警察だとは言ってない。

監視している組織はそれぞれの組織の仕事をするため動いているのだから嘘ではない。

ただまあ、勘違いはするよね。

 

「それに先ほどおっしゃっていただきましたでしょう?九校戦で目立っていたと。それはすなわち魔法師として知名度を上げたことになりますので、少しの外出が事件に発展しないとも限らないのです」

 

お兄様がいる限りそんなことにはならないけどね。

誘拐を臭わせると今度こそ彼女の表情は強張った。

申し訳ない。美しいだけでなく才能も溢れているものでして。各所から狙われ放題なのですよ。

お誘いいただいたのに申し訳ありません、と謝罪してお兄様共々下がる。

彼女は引き留めることは無かったけれどちらりとグラスに映った背後の彼女の形相は、女優さんとしてあまり人に見せない方が良いのではという類のものだった。

水波ちゃんが視線を向けたら消えたけどね。うっかりしすぎでは?それともわざと??・・・それは無いか。

美味しい食事を頂きながら、今度これを作ってみようかしらと水波ちゃんと話し、シェフを呼ぼうかという雫ちゃんを止めて、ほのかちゃんが慌てて話を変えたりしながら楽しい時間を過ごした。

 

 

――

 

 

「深雪は、彼女が苦手なのかい?」

 

帰宅して、お兄様が開口一番に問うたのは女優さんのことについてだった。

 

「苦手、ですか?いいえ。特にそのようなことを思った覚えはありませんが、・・・ただ、そうですね。彼女は人を利用することを当然のようにする方だな、と思ったので近寄りたくないと避けたかもしれません」

「魔法も使えない人間が俺たちをどう利用するつもりだったのか」

「彼女自身誰かに利用されているのか、誰かと協力しているのか定かではありませんが、――残念ながら雫の従兄の結婚はなさそうですね」

 

・・・女優さんってすごいね。

踏み台にしても北方グループから睨まれることなく良好のまま別れられる自信があるって相当度胸があることだと思う。

婚約を勘違いさせるって普通なら不興を買っておかしくない話題だと思うんだけどね。

 

「警戒するに越したことはないか」

 

お兄様に警戒対象にされてしまいましたね。

・・・まあ、初めから女優さんとお兄様の掛け算が成立するわけがないのでそういう意味でも彼女には興味がなかったのですけど。

舞台が違いすぎますからね。

 

「深雪が彼女を気に入らなくてよかった」

「・・・そこまで無節操に綺麗なモノを愛でたりはしていませんよ」

 

どうやらお兄様としては美女に靡かなかった私に違和感があったらしい。

確かに綺麗でしたけどね。好みかと言われるとまた別。お兄様には違いが判らないみたい。

 

「俺には深雪という唯一の美があるから他に目が行くということ自体がわからない」

 

・・・・・・左様でございますか。

 

「お前が俺に微笑んでくれた時には、目立たないようにと考えていたにもかかわらず抱きしめそうになってしまった。あまり誘惑しないでくれ」

 

そう言いながらふんわりと抱きしめられた。

お兄様、水波ちゃんがいますよ。・・・と見たら水波ちゃんは顔を背けて見ないふり。

 

「・・・お疲れですか、お兄様」

「ああ、そうだね。癒してくれるかい?」

「ではまずドレスを着替えてきませんと。これでは存分に抱き返せませんでしょう?」

「悪いがそこは魔法で何とかしてくれ」

 

あら、お兄様ったら強引。

・・・なんて余裕あるように呟いてみたけど内心大変な大騒ぎ中です。

お兄様が私の都合を無視して抱きしめるなんて!相当お疲れなの?

もしや雫ちゃんとのお母様との一対一は思った以上のストレスだった!?

そっと背に手を回してみると、お兄様はさらに強く抱きしめた。ああ、これは確実に皺になる。

 

「こんなに美しい深雪を抱きしめられるなんて、俺は幸せ者だな」

「それでしたら、大好きなお兄様に大事にしていただいている私も、幸せ者の妹です」

 

しばらく抱き合ったのち、二人の服の皺を直して解散となった。

水波ちゃんは気を悪くしたかな、と心配になったけれど特に変化はない。

悪く思われてはいないようだ、と私は思っていたのだけれど、どうやら後でお兄様個人に注意したらしい。

お兄様も苦笑して話してくれたので悪く思ってないみたいだけど、たった二週間で懐かれたな、とは何故に?

 

「お前を困らせるなと忠告された。リーナ同様、庇護欲を刺激されたのかもな」

 

・・・リーナちゃんの時も思ったけど、私そんなにか弱く思われてるのかな。今度会ったら是非訊いてみよう。

 

 

――

 

 

新学期が始まり登校初日。通学中、皆他に見るものがないのかというほど視線を感じる。

今や学校では知らない者はいないというほど有名人になってしまったから注目を浴びるのもわからないでもないけれど、その視線が何か期待されているような気がするというのはあながち勘違いじゃないと思う。

お兄様だってその視線の意味に気付いてないわけは無いと思うのに。

 

「、兄さん!」

「久しぶりに人の多い登校だからね」

 

人が多いからぶつからないように、と腰を引き寄せるように腕を回された途端、近所迷惑じゃないかなというほど大きなBGMが。

皆久しぶり過ぎて反応がおかしくなっている。

 

「・・・サービス精神が旺盛ね」

「俺はしたいからするだけだ」

 

・・・水波ちゃんが来てからはほとんどこういった絡みはしてなかったのに。

久し振りに人の多い登校だからなのか。

 

「新入生が見たら誤解されてしまうんじゃないかしら」

「誤解されて困ることもないだろう。いい虫除けになる」

 

虫除けとは・・・。今日はまだ入学式前。

皆私たちが兄妹であると知っている生徒がほとんでしょうに、その必要ありましたか?

 

「もう、兄さんったら。兄さんの出会いだって減ってしまうかもしれないのよ?」

「それこそどうでもいいね。お前がいてくれれば、それで十分だ」

 

あれー?お兄様ストレス酷かったっけ?ちょっとねじが緩んでいますね。

怖くなってきた。あの日の再来かな。

これからもっとストレスがかかるのだけど・・・どうしよう。

その時、ぴりっと視線が。

お兄様はすでに気付いていて視線の送り先――七宝君に向けていた。

お兄様が対応するなら私は目を向けることもない。すぐに視線は切れて感じなくなった。

背後から駆け寄ってきてオハヨ~と元気に挨拶してくれたエリカににこやかに返しながら、続いて美月ちゃん、西城くん吉田くんにほのかちゃんと雫ちゃんが合流。

去年以来の全員揃っての登下校だ。

 

「雫、おはよう」

「ん、おはよう、深雪」

「また一緒に登校できて嬉しい」

「私も」

「ほーらほら。すぐ二人の世界作んないの!」

 

エリカちゃんに注意されて私たちは繋いだ手を離した。

いやあ、気づいたら手を繋いでたよね。だって久しぶりの制服姿の雫ちゃんです。

1クールは長いよ!アニメ12話分だよ?!

雫ちゃんもいつもより表情が柔らかい。やっぱり皆で登校できるっていいよね。

お兄様と吉田くんが互いの制服について会話を交わしていた。

吉田くんは一科生の制服に、お兄様は歯車のエンブレムに。

吉田くんは嬉しそうにはにかむけれどお兄様は別段、変わりない感じ。

美月ちゃんみたいに喜んだっていいのに、なんて西城くんたちに揶揄われていた。

うんうん、素敵な登校風景。嬉しくなっちゃう。

 

「深雪、また表情が緩んでる」

「ふふ、だって嬉しいんだもの」

「そう」

 

幸せだなぁ。

ほぼ満開の桜を背景に、お兄様たちの登校姿を目に焼き付けた。

 

 

――

 

 

お昼休み。生徒会室には新メンバーを含めた生徒会役員と風紀委員が揃っていた。

中条会長をはじめ五十里先輩にほのかちゃん、そこにお兄様が副会長として加わって新生生徒会となった。

風紀委員会は花音先輩をトップにして新しく生徒会推薦で吉田くんと雫ちゃんが。

・・・お兄様が抜けてないのに補充とは?と思わなくもないけど、人員はいつでも足りてない風紀委員だから誰も気にした風は無い。

修正力?よくわからないけれどまあご都合主義ってやつですね。

これからよろしくってことでの昼食会を生徒会室で、とのことだったのだけど、あまりいつもとあまり代わり映えしませんね。

初めましての人がいない。

ああ、あとこの場でピクシーが給仕をしてくれてます。

本人からのたっての希望で、こちらで働きたいということだったので。

中条会長の顔が引きつってましたが、彼女がいると何かと便利でもあるのでね。了承してもらいました。

皆がいるので、ねこっ可愛がることはできないけれど、こっそり微笑みかけることはしてます。お仕事して偉いね。

するん、と撫でられる感覚が返ってくるので彼女が気付いてくれていることがわかる。

彼女も空気を読んで表向き反応するそぶりは無い。いい子。

ほのかちゃんが若干ビビってるけれど怖いことないよ。とは、流石に神経が図太すぎるか。

私には可愛い子でも、彼女にとっては未知の生き物だからね。

この部屋に八人はちょっと狭い。

だけど花音先輩がこれを機に五十里先輩にくっついて座ることでスペースが多少空いて、あまりの密着具合に中条会長がキャーってなってるけど他はあんまり反応は薄い。

ほのかちゃんがそわぁってなってるけど、お兄様が良いなら行って良いと思うよ。

などと考えてたら、お兄様が幅を寄せてきた。ああ、一人一人幅を寄せれば皆が身を寄せ合う必要はないってことですか。ごめんねほのかちゃん。

話題は新しい教員のスミス先生のお話になったが、お兄様が話したのでとても端的。

気付けば話は入学式の話題に自然と流れていった。

リハーサルと言うほど大げさではないけれど、今日の放課後に打ち合わせで全体の流れを確認することにはなっている。

新入生総代には段取りを説明するだけで、答辞の読み合わせなどはしないと言うと、質問した吉田くんより花音先輩が驚いた声を上げる。

一昨年は酷かった、とはっきり花音先輩が言ってしまったことで一昨年の総代である中条会長が落ち込んでしまったが、緊張しいの会長が逃げ出さなかっただけ偉いと思う。辞退したってよかったのにね。

ちなみに私の時も説明だけで練習などはしなかった。

あれくらいで緊張していたら圧迫面接なんて受けられない。

何度恐怖の応接間にてプレゼンを行ったことか。アレに比べたら広い講堂で、学生の前で読むくらいで慄く訳がなく、五十里先輩が婚約者の花音先輩の放った何気ない一言に落ち込む会長に慌ててフォローを入れる。

婚約者を支える様子にすでに結婚後の様子が目に浮かぶようだ。仲睦まじい夫婦になれそうですね。

 

「もちろん、あがらなかった深雪がおかしいということでもないからな」

 

あら、お兄様もフォローですか。こちらも仲のいい兄妹です。えへん。

 

「私だって緊張していたのですけれど、そう見えなかったのならよかったです」

 

お兄様に返す、というより中条会長に向けて返した。

 

「深雪さんは堂々としてましたよ」

「皆さんをだませたようで安心しました」

 

にっこり返すとほへー、と気の抜けた中条先輩のお顔。

可愛いね。本当この小動物感はたまらない。かわゆい。

ほっこり空気が戻ったことでお兄様が私の頭を撫でた。よくやった、ということですか?

でもそれをするとほのかちゃんからの視線と、それに連動するようにピクシーの視線が向くので気を付けてください。

吉田くんがさらに空気を読んで新入生総代の話に戻そうとすると、今度はお兄様が答えた。

 

「実はまだ俺たちは直接総代には会ってないんだ」

 

今朝見かけはしましたけどね。

そこからしばし五十里先輩と吉田くん、お兄様の三人が珍しく男子トーク。

話していることは学校サイドと生徒会サイドについてのお話ですけど。女子を挟まないでトークするも珍しい。

お兄様が男子たちだけで話しているってシチュエーションはなかなか見る機会が少ないのでとても新鮮。

ご飯が進むね。美味しい。

吉田くんの発言にお兄様が遠慮なく突っ込むのも仲がいい証拠。

それを五十里先輩がちょっぴり羨ましそうにちらりと見ていた。・・・五十里先輩、もしやその麗しい容姿が原因で男子の友人少ないのかな。

婚約者との関係も有名だし、男子たちからしたら話しかけづらいのかもね。

そういう意味でもお兄様たちのように遠慮なく話せる関係っていうのは彼には難しいのかもしれない。

それを別段苦に思ってなさそうではあるけれど、こうして羨ましいと思うくらいには憧れはありそうだ。

 

「中条さんは顔を合わせているんだよね?」

 

五十里先輩の話題の変更に中条会長はちょっと戸惑って。

 

「七宝君ですか?」

 

どう返したものかとしばし考えたのち、言葉を選びに選び抜いて口を開く。

 

「そうですね・・・やる気に満ちたいい子でしたよ」

 

やればできる子の反対語みたいですね。

 

「野心家ってことね」

 

ズバリ花音先輩が切り込み、中条会長は困ったように笑うだけで否定はしなかった。

今年も生徒会長は大変そうです。何か心休まる物を用意しておこう。

 

 

――

 

 

そして来る放課後。初対面の時間です。

この場に居るのは昼の風紀委員を除いた生徒会役員のみだった。

 

「紹介します。今年度の新入生総代を務めてくれる七宝琢磨君です」

 

中条会長とはすでに面識があるからか、堂々とした佇まいで立っていた。

お兄様のように無感情に、ではなくどことなくふてぶてしく感じますね。

・・・あれ?でも原作では七草先輩にはお兄様がふてぶてしく見えてたんでしたっけ?

お兄様物怖じしないというか、常に堂々としていますから謙虚さは見当たらないのかも。

七宝君も堂々としているのだけど、お兄様に感じないふてぶてしさを感じるのは中身を知ってるか知ってないかの差かな。

五十里先輩の紹介も終わりお兄様の番となると、彼の態度は突如尊大なものに変わった。

お兄様が前に立ち、名乗るだけで態度を変える――それってとっても失礼なことではなくて?

 

「副会長の司波達也です。よろしく、七宝君」

「『七宝』琢磨です。よろしくお願いします」

 

・・・いえね、事情は知ってますよ。舐められたくないという彼の心情もわかっているつもりだけど。

 

(でもねぇ、こうしてお兄様を目の前で見下されるとやはり面白いわけがなくてですね)

 

去年もこんな空気はあった。服部先輩なんて正にその筆頭で。

二科生というだけで見下されるのが当たり前の世界(学校)だった。

それを見たくないからせっかく改革したっていうのにね。

エリート思考主義っていうのはどこにでも湧いて出るもんだ。

もちろんこれしきのこと、今の私が表立って怒りを見せるような真似はしないけれど、――だからといって黙って見過ごすわけのも、面白くない。

お兄様を見下す相手に鉄槌を、なんて深雪ちゃん思考にはなりませんよ。ええ。そんなことしませんとも。

 

(そんなことしたらお兄様のお立場を悪くなる可能性の芽が出るだけですからね。芽吹かせることも無く消し去りましょう)

 

私がいら立ちを抑えている間も会話は続いていた。

七宝君がお兄様の胸のエンブレムを訝し気に見て、中条会長が新入生の礼を欠く姿に動揺して声を掛けるも、彼は少しだけばつの悪い顔をしてから愛想笑いを浮かべて。

 

「すみません。司波先輩が着けている歯車のエンブレムに見覚えがなかったものですから」

 

なんてうそぶいて見せた。

けどね、もっともらしく言っているけどそのふてぶてしい表情が言葉を裏切っている。

 

(ふぅん、そう来ますか。そうですか)

 

言い訳として杜撰だとしか言いようがない。

見覚えは無くともそれを意味することを知らない一高生は新入生であろうともいないはずだから。

入学する学校に新設された科ができたニュースをどうやってスルーできるというのか。

自分が無知だとひけらかしていると言っているのだと気付いてるかな。それとも口だけでも謝ってあげてる俺偉いって?

中条会長は気づかず、というより空気を悪くしないために、かな。納得するけれど、・・・いいよね?

 

「同じく副会長の司波深雪です。――先代の総代として訊ねたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」

 

なるべく穏やかに話しかける。威圧なんて出さない。冷気なんて漂わせていない。

ただ純粋に、疑問だとばかりに不思議そうな、それでいて少し困ったような表情で小首をかしげて訊ねた。

傾国の美姫もかくやの美貌を惜しげもなく利用した、儚さと気品ある姿はプレッシャーこそ感じさせないものの、決して下に見ることのできない存在感がある。

七宝君はどうぞ、と強気の態度を崩さないで済んでいるのは私に敵対の意思が見えないから。

気圧されず対等であろうと向けられるこの視線は新鮮だね。負けてなるものか、という強い意志を感じる。

だけどね、――まずは同じ土俵にも立っていないのだと認識しましょうか。

 

 

 

「七宝君に総代が重荷なら次点の七草さんにお任せすることも可能ですよ?」

 

 

 

質問なんて名ばかりの煽り文句を一発かましてみた。

今ならまだ引っ込みつくよー、とね。

敵対するオーラなかったんじゃなかったのか?!って?ええ。敵対する気なんてさらさらないよ。

歯牙にもかけない。ただ純粋に、心配しているだけだからね。

君に総代が務まるか、と心配になっただけだから。

七草さんちの姉妹は優秀だからね。一日あれば急遽答辞を頼まれても大丈夫だと思うよ。なんて。

この言葉に、沸点低いだろうなー、と思っていた予測をはるかに上回る速度で彼の感情は沸騰した。

 

「な!?どういう意味、です?!」

 

完全に敬語も忘れてどういう意味だ!ってキレるところだったね。

ギリギリで先輩ってことを思い出したのだろうけど、言葉は直せても態度は追いつかなかったみたい。すごい剣幕だ。

中条会長とほのかちゃんがビビって声をあげて後退してしまった。

五十里先輩は成り行きを見守る態勢だし、お兄様はいつ攻撃されても迎撃する気満々ですね。

スイッチ押した私が言うのもなんですが、お兄様はその不穏な空気をちょっと抑えましょうか。

すぐに飛び掛からないのは、私が何かをするとわかっているから。

そのままお待ちください。

そんなことを考えつつも彼に向ける表情は、大きな声に少しびっくりしたけど心配を滲ませる微笑は崩さない。

 

「このエンブレムを初めて見たというのは理解できますが、貴方の目は明らかに見下すもののようでした。

総代と言うのは公正な立場でいることも求められます。優秀な人がどちらかに偏るというのは、学校の秩序を乱すことに繋がる恐れがありますから。

たとえ心情は違っても態度に出してしまうようでは、その程度、と見られてもおかしくありません。七宝君にとってそれは耐え難い視線ではありませんか?」

「っ!俺は別に見下してなんていません!!」

 

わあ、すごい。それ本気で言ってます?さっきのお顔見せてあげたい。

どう見ても見下してたとしか見えなかったのに。

 

「それは失礼しました。こちらの勘違いでしたのね。それなら安心しました。成績優秀なのに自信家で周りを見下している、なんて見られたら印象は悪かったでしょうから」

「・・・そう見られないように気を付けます」

 

殊勝に答えるけれど、腹芸は苦手なのね。感情を隠すのはけして上手ではなかった。顔が引きつっていた。

多少自覚あったかな。そう言えば女優さんから演技指導受けたんじゃなかった?それを今思い出したのか。

私はあえて安心したように微笑んでから、今度は優しく声を掛ける。

そして先ほど自身が述べたことを実践するように、公正であることを示す微笑みを湛えて。

 

「七宝君のお家はCADに頼らず魔法を行使する優れた技を持っていると伺いましたが、そうなのですか?」

「ええ」

 

家のことを、己のことを褒められることには弱いようで、警戒心が少し緩む。

彼にとってその魔法が使えることは誇るべきことなのだろう。恐らく身に着けるのも大変苦労をしたはずだ。

だからこそこれだけの自信家になったんだろうから。

でもちょこっと触れただけでこの反応・・・実にちょろい。ちょっと心配になるよ?

今回はありがたいのでこのまま利用させてもらうけど。

 

「素晴らしいですね。CADに頼らずとも魔法を行使できるのはとても並外れたことなのでしょう」

 

想像もつきません、というように褒めたたえる。

その並外れたことを私たち兄妹は楽に熟せてしまうなんて暴露はしない。せっかく伸びた鼻をへし折るのはここじゃないから。

今の言葉もまた彼の自尊心を満足させるものだったようで、鷹揚に頷いてみせた。うんうん、期待以上の反応だ。

もしかして普通の高校生ってこんな感じなのかな。

周囲との反応が違いすぎて感覚がわかならなくなってるみたい。新入生たちを見て一旦勘を取り戻さないと。

 

「そうだとすると、新設された魔工科に興味がなくても仕方がないでしょうね。その技術自体、七宝君の魔法にはあまり意味がないでしょうから」

「CADも使うことがありますので、全部が全部そういうわけではありませんよ。ですが、魔工技師を目指している人には申し訳ないですが、そこまで重要視していないのは事実です」

 

あらぁ。・・・さっきまでの殊勝な態度はどこに行っちゃったんだろうね。五十里先輩苦笑してますけど。

ここまでくるといっそ清々しい。鼻が長く伸び背も反り返っちゃってみえるね。

だからこそ忠告しがいもあるというものだ。

 

「七宝君は魔法力も優秀ですもの。九校戦の選手に選ばれるのは確実でしょうから今のうちにアドバイスを。

九校戦は本人の魔法力も大事ですが、何よりもエンジニアの腕も影響します。いくら技術があっても担当者も人間ですから、いい関係を築いておくことをお勧めしますよ。ちなみにその優秀なエンジニアがここには三名います。自身で調整するのが得意でないのなら頼るべき存在でしょうね」

 

自分には関係ない、と思っていただろうところに爆弾を放り投げてみた。

今度はちゃんと効果はあったらしい。

 

「・・・ご忠告感謝します」

 

にっこりと微笑んで伝えれば、その意味を理解した七宝君は若干顔色を悪くしながらも頷いて返した。

初めに向けていた敵対心は鳴りを潜め、己の失態に気付いたように歯を食いしばっている。

流石にわかっただろうからね、お前が見下した相手はお前の選手生命を握っているのだよ、と(注意)したことは。

優れたエンジニア三人衆が苦笑を浮かべているから、誰がエンジニアかもわかっただろうしね。

今日のところはこの辺で、とほのかちゃんへバトンタッチすると、ほのかちゃんがたどたどしく自己紹介していた。

空気掻き乱した後に自己紹介させてごめんね。

でもいい空気清浄機です。七宝君も落ち着きを取り戻した。

彼にとってはほのかちゃんも自陣に組み込みたいターゲットだから情けない姿は見せたくなかったのか。

その後、予定通り入学式の段取りを話し、軽く流れを見てから解散となった。

 

 

――

 

 

帰りのコミューターの中。

 

「よく我慢したね」

 

お兄様に撫でられてます。・・・膝の上で。

 

「・・・対立は何も解決しないですから」

 

それは嫌でも四葉で学んだ。

お兄様を見下す目を正面から叩き潰しても根っこを引っこ抜かない限りその芽はいくら摘んでも意味がない。

むしろ踏みつけられたことで根を強くして繁殖するのだ。

かといって何もしないのもただ蔓延らせるだけ。

だから私は遠くの方から除草剤を染込ませるようにしている。徐々に、徐々に生息域を狭めて一気に根絶やしにするために。

 

「いい子だ」

 

耳元でとてもいい声で囁かれて一気に顔が熱くなる。

ただでさえ水波ちゃんがきてから触れ合いが減った今、久しぶりの色男モードからの甘々攻撃に淑女の仮面の耐久性が下がっていた。つまり耐えられない。

羞恥で体が震えそうになるのを何とか堪えてお兄様に抗議する。

 

「お兄様。子供ではないのですから、このように褒められても恥ずかしいです」

「子供扱いしているつもりはないよ。お前を甘やかしたいからこうなっている」

 

いや、こうなっている、じゃないですよ。

 

「・・・お兄様の甘やかし方は、変です」

「そうかな」

「そうです」

「だめか?」

 

・・・久々のだめか、がきました。

どう考えても年頃の兄妹でこれはアウトだと思いますよ。

お兄様もわかっているからこそ人目のあるところではやらないのでしょうに。人前でやられたとしたら私は死ぬ。恥ずか死ぬ。

 

「・・・だめ、です」

「だめか?」

 

あ、これ『いいえ』を選択してもずっと聞き直されるヤツ。

 

「・・・もう、お兄様ったら」

 

この言葉はお兄様の翻訳によって都合よく了承と捉えられて、家に着くまでご機嫌なお兄様に撫でまわされ続けた。

真っ赤になって帰宅した私に、水波ちゃんは驚いて看病しようと慌てふためいたけど、原因がお兄様だと知ると、対物理防御のバリアまで張ってお兄様を引きはがした。

 

「深雪様、いくら兄君で在ろうとも拒絶すべきところは拒絶しないと、図に乗られて困るのは深雪様です!」

 

全く持ってその通りだと思います。

ぷりぷり怒る水波ちゃんに癒される心地です。

お兄様は笑っていい判断だ、と水波ちゃんを褒めているけど、どのお立場で??

 

 

 

 

本日の夕食は洋食でした。水波ちゃん和食が得意なのにね。

 

「それにしても七宝のあの態度は妙だな」

「・・・お兄様も感じましたか」

「深雪の容姿に驚きはあったようだが見惚れないということは、おん、パートナーがいるか、なんらかの深雪の情報を前もって持っているかのようだったな」

 

今はっきりと女と言いかけましたね。

気を使われなくてもいいと思うけれど、こういう紳士な気遣い素敵だと思います。

 

「去年の総代として己との差を比べている、というわけでも無さそうでしたが、お兄様や私に対して見下すだけでなく敵愾心を持っているようでした」

「そうだな。彼は俺たちを警戒していた」

 

七草の回し者と思いこんでいるみたいだしね。

でも、彼は一体何を吹き込まれたのだろう?

確かあの女優さんに私たちが七草先輩と懇意にしていることは聞いただろう予測はつく。事実生徒会役員は七草先輩と懇意にしていたからそう思われても不思議ではない。

だからこそ七草の息のかかったものとして警戒されていた。

原作通りであれば私はブラコンで、お兄様は学校の嫌われ者だからそこを突くと良い、みたいなアドバイスがあったけど、現実は違う。

現在我が一高にそのような事実はないのだから。

原作ほどの隙など今の私たちに無いと思うけれど、どうやって彼はこの一高を牛耳る為に攻略するつもりなんだろうね。

 

「彼の家は十八家の中でも十師族への執着が強い。今日の反応を見る限り、七草への対抗心も相当なものなのだろうな」

「七草の名を出した途端、冷静さを失いましたからね」

 

面白いくらい反応がありましたからねぇ。

意識しまくりだってことがよく分かりましたとも。

 

「私たちを七草一派と思い、けん制していたのかも知れませんよ」

「それなら生徒会全体をそう思うのではないか?特に中条先輩のことは彼女が教育してきたのだから」

「私たちより先に中条会長と会っているのですから、その際に違うな、と気づいたのかもしれません」

 

中条会長に会えば、彼女が敵対する存在でないことはすぐにわかるでしょうからね。

小動物的可愛さは攻撃対象になりません。

まさかとは思うけど、この間のパーティーの一件で気に食わなかったから槍玉に挙げてきたというわけではないよね?

それならほのかちゃんや雫ちゃんたちと仲が良いことも知っているはずだから、中立派として取り込んだ方が、なんてアドバイスしないと思うし。

・・・七草先輩がお兄様に懸想をしていることに気付いちゃったりとか?

確か九校戦ではちょっと噂になったんじゃなかったかな。

注目度が高い先輩の柔軟を手伝った男子、なんて気にならないわけないから。

四葉を感づかれたなんてことは絶対ありえないだろうし、どうして警戒対象に選ばれたのか。

 

「深雪の言った通りだ。七草と七宝が揃うと面倒なことになりそうだな」

「・・・水波ちゃん、巻き込まれないように気を付けてね。貴女はそのうちの誰かと必ず同じクラスメイトになるでしょうから」

 

それだけが心配。そう声を掛けると、気を付けます、と頷いた。

 

「仲良くなるのはいいと思うけれど、敵対することは無いからね」

「・・・ですが、七宝はすでにお二人に喧嘩を売られたご様子。従妹という立場なら面白く思わないとなってもおかしくないのではないでしょうか」

 

あらー。意外にもお怒りでした。むっすりとしてます、可愛い。

主人とその兄を見下されたわけだからね。気に入らないとなってもおかしくはないか。

まだ会ったこともないのに好感度が下がった模様。

 

「随分と名に拘っているようでしたから、私たちのような無名には関心が低くてもよさそうでしたのに」

「俺の場合は正にその対応だったが、深雪は昨年の総代でもあるわけだから実力がないとは思わなかったのだろう。九校戦の活躍も当然見ただろうからな」

「だったらお兄様を軽視するのはおかしくも思いますが」

 

お兄様の活躍だってあの有名な十師族の一条くんを破っての新人戦優勝だ。

一高の勝利に多大な貢献をしたのに。

 

「地味な接戦より余裕の優勝の方が目立つ。あの大会での一番の注目は間違いなくお前だったのだから」

 

・・・お兄様が自慢だと言わんばかりの表情を浮かべられしまえば、水波ちゃんのがうつったように恐縮してしまうしかなかった。

照れる。恥ずかしいですお兄様・・・。

 

「照れるお前も可愛いね」

「・・・揶揄いになるのはよしてくださいませ。ご飯が進みません」

 

微笑まれたまま言われると、顔に熱が集まって更に縮こまるしかできない。逃げ場がない。

 

「揶揄ってなんていないよ。なあ水波」

「はい。深雪様、大変可愛らしいです」

「もう!水波ちゃんまで!」

 

水波ちゃんはお兄様からどういう教育を受けたのか、こういうことを言うようになってしまった。

何?ガーディアン教育って主を喜ばせることも仕事の内なの!?モチベーションをあげるためか何か??

やり過ぎはよくないと思います!何も手につかなくなっちゃう。

お兄様も水波ちゃんも微笑ましそうにこちらを見てくる。ううう・・・食べ辛い。

これ以上いじめるのは、と思ったのかお兄様がふっと笑ってから話題を戻した。

 

「真面目な話に戻すが、恐らく深雪がライバル視される理由は同じ総代であることだけでも気にかけるところに、七草の関係性を疑われているからだろうな。どちらかだけでも彼にとっては目の上のたん瘤になり得る」

 

そんなに総代なんて意識されてないのでは、と思ったのだけどお兄様には違って見えたみたい。

特に明日は去年と比べられて嫌な思いをするんじゃないか、とまで付け加えられれば多少思い当たるところが無いわけでもなく。

だって、教職員の間からも聞こえてましたからね。今年は普通の総代、とかなんとか。

まるで私が普通じゃないみたいではないですか。まあ、筆記試験二位の総代なんて過去を遡っても限りなく少数でしたけどね。あ、そう言う意味じゃない?ちょっと呆けてみただけじゃないですか。

確かに昨年は深雪ちゃんの威光が輝いてましたからね。

七宝君もカッコいいと思うけど、女子と男子とでは盛り上がりが違うから。比べられて嫌な思いはするか。

その上七草との関係があると思われたら、彼にとって私という存在はより一層面白くないものに感じるのかもしれない。

 

「・・・流石に四葉を疑われるということはなさそうですよね」

 

更に四葉疑惑なんて乗っかったら厄介事の気配しかしない。

だがお兄様はしばし考えて首を振る。

 

「七宝家に四葉の情報統制を突破する力はあるとは思えないが・・・。もしそうなのだとしたら、対面であのような態度で済むとは思えないな。彼は自己顕示欲が強いから、恐らく堂々と脅しをかけてくるんじゃないか。自分は弱みを握っているぞ、と」

「・・・想像ができてしまいますね」

 

なんとも子供染みた方法だけれど、彼にはそれが似合っている気がした。

なんというか、小物臭がするというか。

 

「悪役ムーヴでは負けそうにないですね」

 

あっちは四天王でも最弱、みたいな。

いや、違うか。四天王になる直前の中ボス?ラスボス系チートの深雪ちゃんにはきっと敵わない。噛ませ犬にもならなそう。

 

「深雪が悪役?をするのか・・・?」

「絶対的強者として立ち向かうのでしたら、もっと気位の高い雰囲気を出した方が良いかもしれません」

 

格の違いを見せつけてやる!という気持ちが沸々と湧き出るようでしてですね。

私が変なヤル気を見せると、お兄様は珍しく疑問符を顔に張り付けていた。

水波ちゃんも私が悪役というのが理解できないらしい。何度もその言葉を口にしては首を捻っている。

そんなに似合わないかな悪役。

深雪ちゃんって雪の女王が似合うようだし悪役もできると思うのだけど。

それになんていったってあの!四葉なのだから!絶対に悪役に合うはずなのに。

にじみ出る恐ろしオーラが!

 

「一高のプリンセスが悪役なんて、配役ミスじゃないか?」

「私は有りだと思うのですが――録画でもしてジャッジは演劇部部長にお願いしましょうか」

 

ああ、ここでも本のイメージが先行してしまうのか。

出版した本は売れ行きが好調で、さっそくシリーズ二作目が脱稿目前らしい。

この快挙に学校側は喜んだが、公表はしたくないという生徒の意思を尊重しているので表立って祝えないことがもどかしいらしい。

教員方もモデルが四月の事件だと知っているので、今後のためにも協力してやってほしいと私たちに声を掛けられるほどだ。

一体どう協力しろというのか、と思ったが、ただ日常を提供すればいいとのこと。

この教員、オタクをわかってるね。オタクは二人セットでいるだけで自家発電するイキモノだから。

これネタなら提供すれば十分な素材にもなるだろうから、私は正当な理由を得て鬱憤も晴らせて、部長にはネタ提供ができて一石二鳥だね。

ちなみに水波ちゃんにもこの本のことは伝えてある。この本ができるいきさつも含めて。

読破後彼女は自分でもこの本を購入していた。

 

「去年の四月の再演か?」

「お兄様を馬鹿にされて、私が大人しく引き下がるわけにはいきませんので」

 

彼の意識も丸っと改革してみせましょう!

私も余裕ある態度を見せているけどね、まったくもって不満は解消されていないのですよ。

チョッと忠告したくらいで溜飲が下げられるわけがない。

 

「・・・ほどほどにな」

「撮影係はお任せください」

 

お兄様はしょうがないな、と。

水波ちゃんは張り切って。

うん、止められないのは信頼されているからってことで嬉しい、のだけど水波ちゃん反応おかしくない?

お兄様も高性能のカメラを用意しようって、案外乗り気なのはどうしてでしょうね。

 

 

――

 

 

入学式二時間前に学校に着きました。

生徒会役員として準備があるから早く来たのだ。

本当なら水波ちゃんは遅くてもいいのだけど一緒に来てもらった。なぜなら――

 

「お兄様、もう少し水波ちゃんに寄ってください」

 

二人とも少し困ったように眉を下げてこちらを向く表情はそっくりですね。従妹と言っても疑われないくらい似てますよ。

こういう記念写真は残したいですからね。と言いながら去年は写真なんて撮ってないのだけど。

あの時は作戦のことでいっぱいいっぱいでしたから。

今年はせっかくの水波ちゃんの晴れ舞台。人もいないし撮ろうと思い立ったので付き合ってもらっている。

急な誘いにも嫌な顔せず付き合ってくれて嬉しいです。・・・戸惑ってはいるようだけどね。

 

「なら次は深雪だな」

 

水波ちゃんの横に寄り添って。

 

「水波ちゃん、入学おめでとう」

「・・・ありがとうございます」

 

お祝いは何度でも言って良いものだから。水波ちゃんはちょっとだけ頬を赤らめて俯いた。可愛いね。初々しい。

ぱしゃり、と写真を撮って最終打ち合わせの講堂の準備室へ。

すでに五十里先輩とほのかちゃんがいた。

 

ほのかちゃんはすでに水波ちゃんを紹介済みなので五十里先輩に。

挨拶し終えると中条会長と花音先輩、そして七宝君が現れた。

あのふてぶてしさは鳴りを潜め殊勝な態度。

今日は落ち着いた優等生モードなのかな。最後まで保つと良いね。

突っかかることもなかったので空気が悪くなることもなく、中条会長主導のもとこの後の流れを最終確認した。

リハーサルも順調に終わり、七宝君には変な緊張感も無くこのまま何事も無く式も終わりそうだな、と思われた。

ほっと安心する中条会長に私たちも空気を緩ませているとお兄様が動く。

 

「新入生の誘導に行ってきます」

 

ついにお兄様のギャルゲー二年目が開幕するわけですね!いってらっしゃいませ!

たくさんの女の子や可愛い男の子との出会いを楽しんできてね。

・・・とはいっても女の子は皆何の因果か七草家の娘たちばかりですけどね。

七草と四葉は運命が絡むようになっているってことなのかな。困ったな運命もあったのもです。

でも本人が恋をするっていうなら応援しますよ。どれもタイプの違う美少女です。選択肢が多いことは良いことだ。

ひらひらと手を振って見送って、私たちも仕事に戻りましょう。

 

 

――

 

 

そういえば、そういう場面もあったねとおじさまの横でにこにこと笑いながら心の中で遠目になった。

表には出さないよ。こんなおじさんに悟らせるような隙なんて見せませんとも。

淑女はいつでもどこでも完璧だから。

ほのかちゃんは後片付けに、お兄様は生徒の誘導に、私も来賓のチェックをしていたのだけれど、最有力権力者たちに捕まりました。

与党議員の中でも一目置かれ、このままいけば将来は出世街道まっしぐらの、壮年であっても若手と呼ばれる議員の先生が隣から離れません。

上野先生とわざわざ名を呼び接待すると相好を崩して気を良くする。

わかりやすいあからさまな反応だけれど、誰も嗜めたり止はしないのは、相手が深雪ちゃんであり、そのような反応に違和感が無かったからか、はたまた権力には逆らえないからか。

・・・周囲も似たような顔だから前者の方が強い気がするね。

それでも議員の先生や権力者なのだから多少の忖度は当然だろうけど。

前世の上司たちとの飲み会を思い出しますね。アレは無礼講という名のセクハラ大会でもあったから。

ハラスメントと訴えられる時代であっても、酒はその境界線を緩くさせ、多少なら酒のせいにして色々ぶつけられるっていうね。お酌は一種の処世術でもあった。

こっちも実害も無い発言程度なら、で事なかれ主義で過ごしていた。

こんなことでことを荒げてもどうにもならないし、そこまで耐えられないほどひどい目にもならなかったから言えることだろうけど。

素面であり、学校という場でそのようなことにはならないだろうけど、下心が見え見えで話しかけられるのも精神的ストレスは蓄積されるものだ。

帰ったら久しぶりにお兄様にハグをおねだりしようか、と意識を飛ばしながらも長話にお付き合いする。

教員たちもそろそろ迷惑だな、と思っていても下手に扱えない。

それだけの社会的地位を有している議員なのだ。だからこそ周囲の人たちも離れがたく、留まっている。

このまま待っていれば七草先輩がきてくれるから、と大人しくしていたけれど、おや?議員先生のお手手が悪さしそうな雰囲気が。これはいけないね。

 

「上野先生はとても知識も豊富でいつまでもお話を聞いていたいです。・・・先生のような方が父であったなら幸せな家庭だったでしょうね」

「ははは。そう言ってもらえると嬉しいね」

 

動かしかけた手はそのまま自身の後頭部を支える手に回った。

これぞ秘儀!『お父さんだったら素敵ね』斬り。

父性に訴えて異性じゃないと切り捨てて距離を取ることを可能とする計算しつくされた言葉である。

心の距離は近づくかもしれないが、必要以上のタッチはさせないホステスさんの必殺技だそう。

滅多に使わないらしいけどね。顧客として定着は成り辛いらしいから。

これで時間は稼げるかな?これも時間が経つとお父さんだから親しげに触れてもOK?とかいうトチ狂った考えに行きつく人もいるから早めに来ていただきたいところだけれど。

と、そうなるよりも早く待ちに待った七草先輩が登場し、議員先生がたちまち距離を空けた。

まるで悪いことはしてませんよと慌てて離れたようにも見えなくないですね。

その七草先輩の後ろには可愛らしい女の子が二人。彼女たちも先生と顔見知りのご挨拶。

大変だね七草家。こういったお偉いさんとも顔見知りだなんて。

・・・私たちもあの家で過ごしていたならば、いかな悪名高い四葉であろうとも多少こういうお付き合いが必要だったのかな。

そう考えると今の環境って天国だよね。必要最低限の好きな人としか付き合わないでいられるのだから。

彼女たちとの挨拶をきっかけに上野先生たちはそそくさと退散していき、大人たちの群れは散会、接待は終了した。

 

「深雪さん、大丈夫?」

「はい。七草先輩、ありがとうございます」

 

制服を着ていない先輩は、スーツ姿が大人っぽくてとてもグッド。赤いヒールが目を引きますね。

 

「先輩、スーツ姿とてもお似合いです。素敵ですね」

「あ、ありがとう。素直に褒められると嬉しいわ。・・・貴女のお兄さんにはちょーっとひねくれた言葉を貰ったから」

「先輩があまりに綺麗すぎて兄さんも直接的に褒めるのを躊躇ってしまったのでしょう。それくらい、今の先輩はお美しいですから」

「そ、そうかしら」

 

あらあら、先輩も悪い気はしていないようでなにより。

お兄様も誤解されやすいですからね。それもいい意味でも悪い意味でも。

今回は良い方に転がってくれているようでニコニコしてしまうね。

・・・そして同時に向けられた視線が強まった気がしますね。

 

(そういえば、そんな話もありましたか、パート2)

 

いや、覚えてはいたけれどね。

彼女も人気でしたし、深雪ちゃんを慕ってくれる後輩ちゃんだし。

深雪ちゃんが絡まなければ、七草先輩とはまた違った正統派お嬢様のような落ち着きを持ったご令嬢風ではあるのだけれど、深雪ちゃんを前にしちゃうと暴走気味になる変わった女の子だったよね。

七草先輩がご挨拶しなさい、と言ったことではっと気づいて目が合ったからとりあえず微笑みかけてみたのだけど・・・過剰だったかな。

胸の前で手を組んで、頬を上気させ、瞳を潤ませて見つめ返されてしまった。

カワイ子ちゃんに慕われていると思えば悪い気はしないけれど、ちょっと熱視線過ぎるね。

 

「七草泉美です。あの、深雪先輩とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

 

声を震わせ、縋るように見つめられると勘違いしてしまいそうだけれど、これ、ただの憧れだから。

ちょっと行き過ぎてるだけだから。

 

「ええ。構いませんよ」

 

この時すでに泉美ちゃんはお兄様と兄妹ってことを知ってたからそう呼びたいってことなんだろうね。

去年のお兄様とのやり取りを彷彿とさせますねぇ。懐かしい。

ただ、違うのはと熱意かなぁ。

 

「深雪先輩、九校戦でのご活躍、拝見しました。とても素敵でした」

「ありがとう」

 

・・・んー、気のせい、じゃないね。なんか距離が縮まってます。じりじりとにじり寄ってきてる。

でもこれで後退するわけにもいかないよね。

 

「ですが、こうして直にお目にかかると、応援席から拝見した時より何倍も・・・おきれいです」

「そ、そうかしら」

 

これは、アレです。オタクの周囲が見えなくなっちゃったときの熱語りの時によく見るテンションです。

圧が、圧が凄い。

 

「深雪先輩のような方と同じ学舎に通えるなんて・・・私、感激です」

 

学舎って・・・この雰囲気はなんとなく昔流行った伝説の小説を思い出しますね。

上級生と下級生が姉妹の契りを交わす、あの美しい花園の物語を。

 

「泉美ちゃん、いったいどうしたの?」

 

七草先輩も妹の異常を感じたのでしょう、声を掛けるけど駄目だね。聞いてない。

大好きなお姉様の声も聞こえないほど真剣な模様。

そして放たれる問題発言。

 

「深雪先輩・・・私のお姉さまになっていただけませんか?」

 

わあ。本当に言われたよ。私誓いの指輪を用意した方が良いかしら?それとも薔薇を?うちの学校にそんな制度ないけれど。

 

「ちょっと泉美ちゃん、落ち着いて!貴女のお姉ちゃんはこの私よ!」

 

先輩も落ち着いてください。可愛い妹さんのことは取りませんから。

しかし、お姉さま、ねぇ。

 

「七草さんが深雪姉様の妹になるのは無理だと思われます」

「水波ちゃん」

 

声がする前に近づいてきたのには気づいたけれど、いつからいたのかはわからなかった。流石有望なガーディアン候補。

 

「達也兄様の妹になることは可能ですが。

七草さんのお姉さまが達也兄様と結婚なされば、七草さんは達也兄様の義理の妹となりますから」

 

ソウダネー。その発言で七草先輩が真っ赤になって息を詰まらせたり、まだ紹介はされてない香澄ちゃんは言葉を飲み込むのに時間がかかっているようだし、泉美ちゃんは言葉の続きを冷静に待っている。

三者三様。面白い姉妹ですね。

くるりと背後を振り返った水波ちゃんはそこにいる人物に問い掛ける。

 

「この場合、達也兄様と実の妹である深雪姉様と、義理の姉妹である七草さんは姉妹と呼べるのでしょうか」

 

・・・普通に考えると、呼べなくはないのではないかしら。一応親戚になるのだし?その辺は曖昧よね。

でも、その質問、お兄様的によろしくなかったかもしれないわよ水波ちゃん。

 

「兄さん」

 

何故水波ちゃんを睨んでいるのです?まるで余計なことを言うんじゃない、と忠告しているよう。

しかし水波ちゃんも負けてないね。

妹になるのは無理だと申しました、と言わんばかりのすまし顔。

・・・二人も随分仲良くなりましたよね。嬉しいけれど、ちょっぴり疎外感。

私も仲間に入りたいけど、この話題は入ったら危険な気がします。

まあ、入る前にようやく導火線が火薬に到達したようですが。

 

「絶対反対!」

 

香澄ちゃんが七草先輩の前に立ちはだかって強い拒絶を示す。

七草先輩嫌がっているように見えないのだけどね。

やっぱりこの世界妹が兄弟姉妹の結婚に口出すのが当たり前なのだろうか。

 

「お姉ちゃんが司波先輩のお嫁さんになるなんて、ボクは絶対反対だからね!」

 

でもなんでこんなに拒絶されるんだろうか。初対面なんだよね?見た目だけで判断されてる?

お兄様って妹の欲目を抜きにしても、結婚相手として結構優良だと思うのだけど。

違うとわかっててもお兄様自身を拒絶されたようで悲しくなる。

 

「っ深雪姉様、どうかされましたか?」

「深雪先輩!?な、何か悲しませることが?!」

 

一番に気付いたお兄様が苦笑を浮かべているのは、私の考えがわかっているからですね。流石お兄様。

水波ちゃんも気づいてくれてありがとう。

その声に反応して泉美ちゃんも心配させてごめんなさいね。

 

「いえ、きっと・・・香澄さん、と呼んでもいいかしら?――ありがとう。香澄さんは七草先輩が大切だからだと思うのだけど、まるで兄さんを悪く言われているような気になってしまって。

大好きなお姉さんを取られたくないってことなのよね?」

「うっ・・・え、と」

「香澄ちゃん!先輩が気に入らないからって失礼よ」

 

自己紹介されてなかったから呼んでいいか確認したうえで訴えさせていただきました。

うちのお兄様のこと、まだ何も知らないのに否定しないで。

あとお姉さんの反応を見て。貴女のお姉さんは嫌がってはいないようですよ。

多分本能的にお兄様が危険だって気付いてるからなんだろうけどね。だからってそんなに毛嫌いされてるのは見ていて気持ちの良いものじゃない。

 

「貴女にとっては初めて見た馬の骨に見えるのかもしれないけれど、私には大好きな兄なの。とても自慢できる、素敵なところがたくさんある兄なのよ。今は嫌な相手にしか見えないかもしれないけれど、少しずつでも知ってもらえると嬉しいわ」

 

悲しい顔のまま微笑みかければ、香澄ちゃんはうろたえながらも小さな声で謝った。

うーん、やっぱりいい子はいい子なんだよなぁ。思い込みが激しいだけで。

七草先輩も妹の不始末を謝罪した。

 

「ごめんなさいね、深雪さん。うちの妹、達は思い込みがちょっと激しいみたいで」

 

・・・先輩にとって泉美ちゃんは冷静な子だと思っていただけに今日の反応を見て「達」、と言わざるを得なくなったんだね。

 

「達也くんもごめんなさい。変な言いがかりを掛けてしまって」

「気にしてませんよ。な、深雪」

「ええ。兄妹を心配するのはどこの家でも当たり前のことでしょうから」

「そう言ってもらえると助かるわ。今度必ず埋め合わせするから」

 

こんな先輩の姿は初めて見た。

申し訳ないと全身で表しながら妹さんたちを連れて去っていった。

 

「お姉さんというのも大変なんですねぇ」

 

その後ろ姿に思わずポロリと言葉が出てしまった。

この独り言を拾ったお兄様がそっと寄り添う。

 

「うちは全く手のかからない妹で助かったような、寂しいような」

 

残念そうに微笑んで頭を撫でるお兄様に、私は笑って答える。

 

「そこは喜ぶところだと思うわ」

 

妹はお兄様の為、頑張っているのですから。

 

 

――

 

 

今日のところは疲れただろうと、中条先輩の計らいで早い帰宅となった。

生徒会のメンバー三人と、風紀委員の二人、そして水波ちゃんとで喫茶店に寄ることに。ちょっとした慰労会です。

 

「お疲れ様」

 

乾杯と労いと共にのどを潤す。

風紀委員も案内だったり、警備だったりと忙しかったみたい。

ほのかちゃんも後片付けでバタバタしていたとあってぐったりしていた。

皆お疲れ様だね。

 

「そう言う深雪は来賓客の接待だったんでしょ。大丈夫だった?」

「大丈夫・・・と言いたいところだけれど、緊張したり、気を使ったりして少し疲れちゃった」

 

雫ちゃんはその大変さを身に染みて知っているので頭を撫でてくれた。ありがとう。その優しさが染みるようだ。

 

「そういえば、主席君の勧誘はどうなったの?」

 

ほんわりしたところで、吉田くんからの質問に、浮上しかけたほのかちゃんがまた沈んでしまった。

 

「・・・ダメだった」

 

ほのかちゃん関わってないのにそんなに残念だったの?周囲が慌てるレベルで落ち込んでしまった。

だけどねぇ。

 

「そんなに意外?」

「え?」

「正直彼は初めの挨拶の時から興味無さそうだったと思ったけど」

「・・・そういえば」

 

七宝君も興味があればもう少し愛想はよかったと思う。あんな初対面の先輩をぞんざいに扱うのは、関わる気がないと宣言しているようでもあった。

ほのかちゃんも心当たりがあったと、納得したようだ。

 

「え、でも総代って基本的に生徒会入りするんじゃないの?」

「過去にも入らないケースはあったらしい。本人は部活を頑張りたいからと言ったらしいな。他にやりたいことがあるのなら無理強いすることもない」

 

強制することでもないからということでこの話はそれ以上深く掘られることは無かった。

 

「なら候補は次席の人になるのかな」

「それが一番無難だろうな。こちらもあくまでも本人の意思によるものだが・・・こちらは恐らく深雪が誘えば一発だろうな」

「どういうこと?」

 

お兄様もそう思うんだ・・・。

まあでも確かに私が勧誘すれば間違いなく彼女は生徒会に入るだろうね。

 

「次席は七草泉美。七草会長の双子の妹の一人で、その次点も七草香澄。今日初めて挨拶したんだが、――どうにも泉美の方が深雪に一目惚れしたらしくてな」

「・・・・・・なんだって?」

 

吉田くんが理解不能で聞き返し、雫ちゃんが険しいお顔(ミリ単位)で私に向けてどういうことか無言で問い掛けてくる。

ほのかちゃんはなぜ赤くなるのかね。水波ちゃんはすまし顔。ケーキ注文してもよかったのに。夕食近いから?偉いねぇ。

私の食べる?と差し出したら遠慮されちゃった。じゃあ自分で、と差し出した分を食べようと思ったら隣から視線が。

・・・お兄様、吉田くんたちも見てますから。これはあげられませんよ。

 

「・・・お姉さまと呼んでもいいかと聞かれていたな」

「その時からいたの?」

 

いつあの場に来ていたのか知らないけれど、その話を聞いていたということは思ったより早く近くにいたらしい。

・・・そう言うことだよね?視ていたから知っている、という可能性もあったり・・・?うん、気にしない方向で。

 

「とりあえずこの三人は成績が特出していた。誰がなってもおかしくはない優秀さだから問題はないだろう」

「深雪がまた引っ掛けるようなことをしたの?」

 

もしもし雫ちゃん?なんかとんでもない言いがかりを受けた気がするのだけれど。

 

「いいや、今回は完全に容姿と佇まいだ」

 

そしてなぜお兄様がお答えに?

しばし見つめ合ってため息を吐く二人。見事なシンクロ。だけどなんでだろう、いつものように凄いね、と感動しない。

お兄様がトイレに立たれた後、自然を装って吉田くんが後に続いた。

これからしばらく帰ってこないだろう。

 

「今年の入学式は、こんなこと言うのは失礼なんだけど、印象に残らなかったね」

「・・・去年の深雪が登壇した時のような驚きはなかったから」

「それほどだったのですか?深雪姉様の答辞は」

「すごかったよー。もうね、女神さまが降臨したのかと思ったよ。こんな綺麗な人がいるんだって」

「大袈裟よ」

 

ちょ、流石に女神は言い過ぎでしょう。そう止めようとしたのだけれど親友二人は止まらない。

 

「アレは一種のトランス状態だった」

「本気の深雪は宗教だよね」

「皆静まり返って一音も逃さないように、瞬き一つももったいないと見逃さないように食い入るように見ていたもの」

「私、こんな美しい人と同じ学年なんだって、感動して。・・・その後のことはちょっと思い出したくないけど」

「ほのか、かなり心酔していたもんね」

「兄さんにも突っかかったりして」

「言わないで!!」

「・・・光井先輩がですか?」

 

水波ちゃんもしやすでにほのかちゃんがお兄様にホの字だと気付いているの?まだこうして席を共にして会うの、二回目だと思うのだけど。

私から前もって言うのも、と思って事前情報などは特に伝えてなかったのだけど。

すごい観察眼なのか、ほのかちゃんがわかりやすいのか。・・・いや、考えてみたら初回がパーティーの暴露事件だものね。わかるか。

しかしほのかちゃんが頭を抱えてしまった。

いくら深雪ちゃんに心酔?傾倒?していたからといってお兄様に突っかかるなんて、ほのかちゃんにとっては黒歴史だもんね。

 

「当時の一科生と二科生の間には越えられない壁があったの。だからほのかの当時の考えはおかしなものではないものだったのだけどね。差別するのが当たり前なところがあったから、私のために近寄らせないようにって張り切っちゃったのよね」

「・・・今考えると、本当、どうかしてた。深雪が何を思っていたのかなんて考えず、自己満足で動いてたの。一科生と二科生が仲良くしてたら深雪が悪く見られちゃうって」

「でも、それが深雪を追い詰めた」

「それは終わったことでしょう。結果、現在はこうして皆が過ごしやすくなったんだから良いじゃない」

 

水波ちゃんはもう少し聞きたそうだったけれど、そろそろお兄様たちが戻ってくるからね。この空気を何とかしましょう。

 

「今年これから起こるトラブルと言えば、やっぱり予測できるのは七草姉妹と七宝君の衝突かしら」

「風紀委員長からもその可能性は指摘されてた」

「・・・七宝君、喧嘩っ早そうだったものね。達也さんにも態度悪かったし」

「彼らの件は会わないようにするくらいしか対処法は無いって」

「物理的だけど、それが一番効果ありそうね。流石花音先輩」

 

端的だけど一番効力ある作戦。

 

「新歓中はお祭り騒ぎになるけれど、去年みたいなけが人は出したくないね」

 

去年のブランシュについて知っている生徒は中条会長と服部会頭だけ。

エリカちゃん達も参加してないからね。

だから雫ちゃんが言っているのは壬生先輩個人のことだろう。彼女は自分を斬りつけた相手と現在ラブラブお付き合い中だから怪我の功名?

いや、意味は違うけど、ケガを負わされたことで結ばれるってのもなかなか珍しいよね。

毎年衝突が起こるのは伝統行事みたいなもののようだったけれど、去年までと違うのは一科生と二科生の壁がなくなったことで、わざわざいがみ合う理由がなくなったこと。

 

「雫と吉田くんは風紀委員として一番初めの大仕事だからね。頑張って」

「うん」

 

そんな話をしていると行った時と変わらぬ様子のお兄様と、ちょっと気が楽になったように表情が柔らかくなった吉田くんの顔が。

吉田くんがわかりやすいんじゃなくて、お兄様が変わらなすぎるから気づいたっていうだけなのだけどね。

エリカちゃんの出生の秘密をばらしたんだろうね。

・・・そんな大きな秘密を暴露するなんて、この時の吉田くんってすでにお兄様に対して信頼が天元突破してるよね。

お兄様ならこの情報も大事に取り扱って何とかしてくれるっていう。

お兄様にばっかり押し付けて、と原作の深雪ちゃんなら不満に思ったかもしれないけれど、こういう秘密を共有する関係になることが悪いことだとは思わない。

お兄様も頭は痛むだろうけど投げ出さない。

本人はまだそこまで思っていないかもしれないですけどね。お兄様は自分の感情には特に鈍いから。

 

「何か良いことがあったかい?」

 

こうして私の変化にはすぐに気づくのにね。

 

「兄さんは優しいな、と再確認しただけよ」

「?」

 

何食わぬ顔で紅茶を飲んでそれ以上口にすることは無かった。

 

 

――

 

 

その日の晩、お兄様にお時間を頂いて、今日は私の部屋へ。お兄様の部屋だとベッドに座ることになるので気まずいのですよ。

私の部屋にはもう一脚椅子があるので二人して椅子に座れる。

お兄様を部屋にお招きするのは、それはそれで緊張ものなんだけどね。

ベッドに座るのとどっちがマシか、今日検証することにしましょう。

ってことで色々終わらせた頃、お兄様は部屋の扉をノックした。

出迎えて招き入れて――そしてハグをして。

どちらともなく抱き合った。私も疲れたけれど、お兄様も相当疲労しているのか、肩に顔を埋めてきた。

くすぐったいけれど、密着することは互いのストレス軽減に良いというので、我慢。恥ずかしいのも我慢。

・・・でもそこで息を深く吸い込まないで。深呼吸しないでほしい。

 

「お兄様もお疲れさまでした」

「深雪もな。・・・随分と嫌な思いをしただろう」

 

・・・やっぱりお兄様視てたのかな。あの時近くには居なかったはずなので。

と、考えていたのだけれど――これがお兄様の力だけではなく、ピクシーが校内の音と映像を拾って音声通信ユニットを通じてお兄様に中継して(チクって)いたのだと知るのはしばらくしてからである。

なんというピクシーの使い方。・・・もう学校でお兄様以外とこそこそ話なんてできないね。

 

「七草先輩が助けて下さいましたので」

「・・・その後のトラブルを招いたのもその七草だがな」

「トラブル・・・ああ。泉美さんですか」

「香澄の方もだな。なぜあんな勘違いをするのか」

 

だから、お兄様首元でため息を吐かないでくださいませ!擽ったい。

動かさないために頭を撫でようかな。動いちゃダメですからね。

私にとって泉美ちゃんのお姉様と呼ばせて事件と、お兄様にとっては香澄ちゃんのお姉ちゃんを取るな事件は面倒なトラブル事と認定されていた。

 

「香澄さんにはお兄様は警戒対象なのでしょうね。七草先輩の態度もいつもと違って見えたのかもしれません」

「迷惑だ」

 

・・・おやまあ。もしやイベントは熟していても好感度までは上がっていないのか、お兄様が上がっている認識をできていないのか。

七草先輩自身の好感度は上がっているように見えるのですがね。

肝心のお兄様自身のパロメーターが見られていない模様。

こういう時友人や兄妹が情報通で教えてくれたりするのだけれど、お兄様の場合そういった噂に強い人が攻略対象だから訊くに訊けないのかもしれない。

ってこのゲーム脳も良くないね。現実を見ねば。

 

「彼女も目の曇りが晴れれば理解できると思うのですが」

「あの双子はどうにも視野が狭くなる性質があるようだからな」

 

確かに二人ともちょっと短絡的なところがあるよね。

 

「深雪は良いのかい?彼女が生徒会に入っても」

「そうですね・・・。彼女の距離の詰め方には驚きますが、優秀そうですし、そこまで問題はなさそうですけれど・・・」

「もし、辛くなったら俺も傍に居るんだ。いつでも頼ってくれ」

「その時はお願いしますね」

 

お兄様が頼もしい。その時はぜひお願いします!・・・でも美少女に迫られて辛くなるようなことあるかな?

そして長いハグを終え、椅子に腰かけて久しぶりに二人だけの時間を過ごす。

皆でお話しした内容も、二人になるとまた別の話のように聞こえて新鮮だった。

お兄様の表情が柔らかいことも関係しているのかもしれない。

久しぶりにお兄様の顔をしっかり見ている気がする。

このところお互い忙しかったり、水波ちゃんや他の人が一緒に居たりしてこうしてまじまじと見る機会がなかったのだ。

入学前のキャビネットやコミューターの中でも――と思ったけれど、一度膝に乗っけられましたね。でも近すぎて逆に見れないから。

お兄様も表情がさらに豊かになった気がする。

嬉しいこと、悔しいことが目に色を映して伝わってくる。口元を弛めたり、頬の動きも忙しい。

それだけで私の心はどんどん浮き立った。身体が軽くなった気さえする。

 

「・・・困ったな」

「え・・・?」

「そんなに可愛い顔をされると、いくらでも喜ばせたくていらないことまでしゃべりそうだ。というよりすでにしゃべってしまったような気もするな」

「ふふ、お兄様が嫉妬なさったというお話ですか?照れ臭いですけれど、それだけお兄様に想われているのかと思うと頬が緩んでしまいます。お兄様は嫌な思いをされていますのに、申し訳ありません」

 

お兄様七宝君との話し合いの中で、一瞬でも目を光らせて攻撃的に忠告したことがずっと気がかりだったんだって。ずるいって。

・・・私にはお兄様を攻撃する気なんて起きないのでね、自分だけ正面から見ることができないのだと悔しがられました。

前にもあったよねそんなこと。あの時は小百合さん相手だった。

お兄様の悔しがるポイントって本当にわからない。

泉美ちゃんに関しては普通に危険だと思ったそう。・・・まあ、私も感じなくは無かったですけどね。勢いか、圧がね、すさまじくて。

でもオタクの熱量ってあんなものだから。嫌うことはできない。

ちょっとずつ気を付けていってもらえると良いな。

 

「今年も波乱の高校生活になりそうですね」

 

すでに四葉は動いている。各所の証拠集めもそれなりに順調とのこと。

・・・だけど証拠集めってことは事が起きないと動くことができないことでもあるから、防ぐ方向には動かないみたい。

叩きつけられるだけの証拠をたっぷり集めてまとめて責任を取らせるつもりのようだ。

来年には四年に一度の選定会を含めた十師族会議があるからね。

そこで引導を叩きつけ、ごほん。――渡すのかな。かなり自分勝手に動いている一族がいることだしね。

均衡を保つことも必要かもしれないけれど、まずは国を守ることを優先したらどうだろう。

そんなことだから足を引っ張り合っているところをつけ込まれるんですよ。

 

「お兄様は生徒会に入られて、研究のお時間を削られてしまいましたね」

「昨年は結構好きに時間を使えていたからね。資料自体は随分集まっているからそんなに問題ではないよ」

 

あら。なら少しはお兄様のお役に立てたかしら。風紀委員に入っていたらそこまで時間は無かったでしょうから。

 

「深雪が気に病むことなど何もない」

 

そう言って私の頬をするりと撫でる。丸い椅子に座っているお兄様と、勉強机に備え付けられたキャスター付きの椅子に座っている私とは、お兄様の椅子が幾分低いので目線がいつもより近い。

だからお兄様の顔もいつもより近く感じた。

 

「ありがとうございます」

 

気恥ずかしくて目を閉じると、よりお兄様の手の動きが明確に感じ取れる。

目の下を撫でる親指、耳に伸ばされる人差し指が、耳たぶを擽る。

小指が顎の下を掠めてぞくりと背筋が震えた。

 

「深雪はどうして、俺の前でそんな無防備になってしまうんだい?」

 

そうだね。急に来る色男モードに警戒すべきでしたね。お兄様ちょっとその手を離していただいても?

私は猫ではないので顎の下を撫でられてもごろごろ鳴きませんよ。

 

「お兄様はどうして、私を困らせようとするのです?」

 

リーナちゃんの時に聞きましたけどね。

 

「可愛い妹を可愛がっているだけだよ。深雪を見ていると全力で可愛がりたくなるのを、どうにか抑えているんだけれど、どうしても溢れてしまうみたいだ」

 

お兄様のその可愛がり方は妹に向けてのものではないような気がするのですがね。

もう今更忠告したとここで手遅れな気がします。

本当、どうしてこうなってしまったのか。

 

「・・・でも、お兄様は私の嫌がることはしないでしょう」

 

お兄様には困らされることは多々あるけれど、それ以上の怖い思いをさせられたことは無い。・・・当然だけどね。お兄様が一体私をどう怖がらせるというのか。

まあ?たまに怖いって思うこともあるけどね。それは私に向けられたものじゃないから。

 

「さぁて、どうだろうね」

 

何でそこで意味深な言葉と一緒にお色気たっぷりに笑われているのでしょうね。

 

「お兄様は絶対にそんなことしません」

 

そうであれ!と願いを込めつつそっぽを向く。これ以上お兄様を直視できないのでね。

首をひねることでようやく頬から手が離れ、熱くなった頬を冷ますことができた。

 

「悪かった。ちょっと意地悪をし過ぎたね」

「・・・お兄様は加減をもう少し学ぶべきです。全然ちょっとなんてものではありませんでした」

「なら深雪も、兄貴だからって気を許しすぎてはダメだよ。すぐにつけあがるのだから」

 

くすくすと笑いながらお兄様はすっと立ち上がった。

今夜はここまでのようだ。

 

「このまま寝かしつけるまで傍に居たいところだが」

「オ・ニ・イ・サ・マ?」

「・・・子ども扱いしているわけではないんだがな」

 

言外に含んだ言葉を正しく読み取ったお兄様だけど納得はしていない様子。

でも寝かしつけなんて子供がされるものの代表でしょうに。

ほら、今もまたそうやって頭を撫でていく。

 

「むくれる深雪も可愛いよ」

「もう!早くお兄様も寝る準備をしてください」

 

立ち上がってお兄様の背中を押し、扉に向けた。

けれどお兄様はここでもいたずら心を起こしたのか、急に動かなくなった。

 

「もっと強く押さないと。これでは引き止められているのと変わらないぞ」

「お兄様を全力で押し返すなんてできるわけがないじゃありませんか」

 

今夜のお兄様は一段と意地悪だ。

もうちょっとだけ力を込めて押し戻そうとするのだけれど、むしろ背中が迫ってきた。体重を掛けてきたのだ!

 

「ちょ、お、お兄様?!」

 

お兄様の体重なんて私に支えられるわけがない!いったい何の遊びを始めました?!

腕がプルプルする!

腕立て伏せするより力がいる!

 

「深雪を押し倒すのは簡単だな」

 

この状態でよく笑ってられますね!?

肘は曲がり、もう腕でお兄様の背を支える状態まで来ているのに――と思ったら急に重さが無くなって、支えを失ったことで前のめりになりお兄様の背中に激突した。

 

「うっ、ご、ごめんなさい」

「ふっ、どうして深雪が謝るんだ」

 

お兄様は何がそんなに面白いのか、抑えきれない声を漏らしながら笑っていた。

テンションが壊れてますね。珍しすぎて怒ることも忘れてしまった。

 

「ああ、こんなに笑ったのは初めてだな」

 

私も初めて見ましたよ。お兄様がお腹に腕を回して口元を押さえる姿なんて。

腹がよじれるほど、ではないけれどお兄様が少しでも背中を丸めて、腹筋を震わせて笑うなんて姿を見ることができるとは、なんて貴重な体験だろうか。

揶揄われ、笑われているはずなのに、悔しさよりもむずがゆさが全身を襲う。

喜びだしそうな、こんな姿を見てしまっていいのだろうかという困惑感もありつつ、それでいてそうさせたのが自分だということが恥ずかしくもあり――つまり大混乱中である。

 

「深雪はいつも俺の知らない一面を引き出してくれるね」

 

振り返り微笑むお兄様は、優しい顔をしていた。

それを見てしまえば、自分の葛藤などどうでもよくなってしまって。

 

「・・・お兄様のお手伝いができているのなら、これほどの喜びはありません」

 

お兄様の感情が豊かになっていく。その手助けができていると言うのなら、これほど幸せなことは無い。

 

「手伝いどころか、いつだって俺を導いてくれるのはお前だよ、深雪」

 

正面で向き合って、頬に手を伸ばされて顔を上げさせられる。

 

「今日は良い夢が見られそうだ」

「ええ、私もです」

 

こんな素敵なお兄様の笑みを見て寝られるなんて、きっとこの後見る夢は良い夢に違いない。

 

「おやすみ深雪」

「はい、おやすみなさいませ。お兄様」

 

ぱたん、と閉じられた扉を見つめること三秒。

すぐにベッドにダイブした。

 

(激レアすぎるお兄様の爆笑(当社比)シーンとかヤバすぎでしょう!プライスレス!!価格がつけられない!どうしよう。全財産レベルの課金をしたい!お兄様に貢がせてほしい!!でも悲しいことにお兄様の方が収入は多いっていう現実!)

 

治まらない激情をやり過ごすのに時間がかかり、結局寝る時間がいつもより遅くなってしまったのは仕方のないことだった。

そういえば検証の結果だけど、お兄様の部屋でおしゃべりするのも、私の部屋でおしゃべりするのもどちらもお兄様がいる限り、気まずいし恥ずかしいという、考えるまでもない結論に至った。

 

 

――

 

 

次の日のお昼、生徒会室に七草双子を召喚。

香澄ちゃんはお兄様を睨みつける――ことなく、むしろ顔を背けていた。

どうしたのかな。七草先輩が何か説明したのだろうか。

泉美ちゃんは・・・うん。私しか目に入ってないみたい。瞳を潤ませ胸の前で手を組んでこちらを見つめていますね。

見るだけだったら可愛らしい、可憐な恋する乙女の様子そのものなのだけど、その対象が私だと愛でられないのが難点?

・・・なんてボケもできにくい気がする。可愛いのに、まじまじ直視しちゃうと危険信号が点滅しそう。

もしや香澄ちゃんが顔を背けているのはこっちが原因?もうどうにもならない感じ??

双子のお姉さんとしてそこはぜひ頑張っていただきたいのだけど。

 

「深雪先輩を一緒にお仕事ができるなんて、夢のようです」

 

うん・・・おかしいね。まだどちらか生徒会に入りませんか、という段階の質問なのだけど、泉美ちゃん譲る気がない。自分が入る気満々。

これは触れてもいいのかな?

 

「もしかして七草先輩からこういう話が来るかもしれないと聞いていたのかしら」

 

香澄ちゃんに声を掛けてみると、香澄ちゃんが小さくはい、と答えた。

まあ、そうだよね。先輩ならこういう予測くらいつくだろうし。すでに双子間で話は成立していたらしい。

それなのに付き添ってきてくれた香澄ちゃんは、もしや本当に泉美ちゃんの暴走を止めるために来てくれたのではないだろうか。

・・・その場合、今後のことを考えるとストッパーとして香澄ちゃんにも生徒会に入ってもらった方が良いと思うのだけど。

 

「やる気があるなら二人一緒で構わない」

 

お兄様も同じ考えに至ったのか、予定にはなかったが香澄ちゃんも誘う。生徒会役員は随時優秀な人材を募集しております。

しかし彼女は生徒会役員に興味は無いらしい。残念だ。

だけど原作のように、お兄様に対しての拒絶感がほとんど見当たらないのはどうしたんだろう。

 

「・・・あの、司波先輩」

「なんだ?」

 

香澄ちゃんがお兄様に向けて声を掛けたので勘違いは起きなかった。

だけどまさか彼女が直接お兄様に声を掛けるなんて思いもよらず、ちょっと驚き。

お兄様も意外に思われたのか眉が二ミリ上がりましたね。気づいた人いるかわからないけど。

 

「・・・本当に姉に興味が無いんですか?」

「尊敬できる先輩の一人だ」

 

脈絡のないいきなりの質問がお兄様に飛来した。

だけどその質問、生徒会メンバー揃ってるところで訊くことかな。

それだけ彼女にとっては大事な質問なのか、彼女は大いに真面目な顔だった。

お兄様はと言うと質問の意図が分かった途端、その眉が一気に下がりましたね。そして即答。

見えないけどほのかちゃんが喜んでいるのがひしひしと伝わってきます。彼女にとっては卒業しても強力なライバルだからね。たとえ一方的であっても。

 

「お姉ちゃん綺麗で可愛いじゃないですか」

「そうだな」

「っ認めるんですね」

「そこを否定するほど目は悪くないつもりだが」

「頭もいいし」

「成績が優秀であったのは誰もが知っている」

「スタイルだって、ああ見えて結構ある――」

「ちょっと香澄ちゃん!さっきから何を言ってるの!」

 

畳みかけるような質問ラッシュ。お兄様は微動だにせず即答で返している。

流石に最後のは泉美ちゃんがストップをかけた。

お兄様、一瞬口を開きかけてましたけど何を言う気でした?少し、いえだいぶ気になるけれど、成り行きを見守るモードになってしまった。気になる。けど聞けない。

 

「もしかして大きい人が好みですか?」

 

香澄ちゃん、ちらっとほのかちゃんを見ましたね。

視線を受けてほのかちゃんも滅多に聞けないことを聞くチャンス?!と思わないの。

 

「香澄ちゃん!!いい加減にしなさい」

 

ああ、お兄様が呆れから無表情になってしまった。こうなるともう完全に興味が失せてしまいましたね。相手にするもの面倒ってお顔。

 

「香澄さんは兄さんの好みのタイプが知りたいの?」

 

このままでは収拾がつかないので訊ねてみると、彼女は大人しくなった。

 

「・・・だって、姉さんを好きにならない人なんて・・・」

 

七草先輩のこと、本当に大好きなんだねぇ。

泉美ちゃんも、共感しているのか頷きながら慰めている。仲がいい。

ふう、とお兄様からため息が漏れた。怒涛の質問でしたからね。しかも得意じゃない話題。

お兄様もお疲れかな、と表情を窺おうと見上げた瞬間、お兄様の腕が私の腰に回って引き寄せられる。

 

「、にいさ」

 

 

「悪いが俺には深雪がいる」

 

 

「・・・・・・・・・はい?」

 

私の口から洩れた言葉はここにいる皆の心と一つだったと思う。

誰もがきょとんと、お兄様を見つめていた。

お兄様はその視線を一身に浴びながら続ける。

 

「いくらお前たちにとって姉が理想なのか知らないが、俺の理想は常に横にいるんだ。他に目が向くはずがない」

 

・・・・・・・・・わあ。お兄様からのとんでもシスコン発言だ。

周囲が皆宇宙猫顔。いつの間にここはシスコン対決の場になりました?

 

「兄さん、冗談はそう言った表情で言わないと――」

「深雪、今俺が冗談を言っているように見えるかい?」

 

珍しく言葉を遮られ、じっと見つめられる。

 

「・・・・・・見えない、けど」

 

嘘でも見える、と言いたいけれど、お兄様の目はどう見ても本気だった。

 

「昔この部屋で言っただろう。お前と血が繋がっていなければ恋人にしたいと」

 

ああ、去年の渡辺先輩との会話か。あったね、そんなこと。

でもあの時は冗談だって流れたはずだけど。

 

「ちなみに俺はそうか、と答えただけで否定はしていない」

 

・・・心をお読みにならないでほしいなぁ。そして思い返してみて否定は、うん、してなかったね。

周囲にはなんのこっちゃですよね。皆疑問符がいっぱい・・・じゃないか。

中条会長はその場にいたもんね。ひゃーって顔を赤くして頬を押さえているし、ほのかちゃんは真っ青。

五十里先輩は、遠い目でどちらを見つめておいでで?

目の前の双子は泉美ちゃんが厳しい表情でお兄様を睨みつけ、香澄ちゃんが引いた顔を隠しもしないでお兄様を見てますね。

香澄ちゃん、貴女が聞きたかった回答でしょうに。

 

「・・・重度のシスコンってホントだったんだ」

 

ぽつりとつぶやく香澄ちゃん。お姉さんに聞いたのかな。

けど重度って言うほど重い所を学校で見せた記憶が無いのだけど、あれかな。九校戦の時の恋人の振り。

でもアレには裏の事情もあったのだけど、説明できない内容だからそれが変に勘違いさせてしまっただろうか。

――ともかく今はそこじゃない。

 

「兄さんに理想と言われるのは嬉しいけれど、理想と恋は別物でしょう」

 

お兄様が話を逸らすついでに先輩やほのかちゃんから遠ざけようとしているけれど、妹という時点で私はお兄様の恋人にならないのだから目くらましに使われてもね。

ほのかちゃんがそうだった!とばかりに目を覚ましました。うん、そこ一番重要なポイントだから忘れないで。

だけど香澄ちゃんはそうではなかったみたい。

興味失せたようなお顔。安堵した、ではなく、これは無いな、という悟りの表情。

だけど気付いて。お隣の泉美ちゃんの表情が険しいまま。お兄様をずっと睨んでます。・・・とりあえずお兄様は腰を離しましょうか。

ぽんぽん、と叩いて合図を送れば――離れないな。

 

「兄さん」

 

声を掛けてようやく離れました。そんなつれないな、みたいな表情しないでほしい。

悪いことをしたような気分になるけど、シスコン対決は終わったのでしょう。・・・勝敗はこの場合お兄様が勝ったということでいいのかしら。

どちらでもいいけど、お昼休みは長くないんですから。

 

「泉美さん、生徒会に入っていただけますか?」

「喜んで」

 

お兄様を睨む目は、私に向いたことで零下だったのが一気に熱を帯びて常春に。うーん、変わり身が早い。これが若さか。

とりあえずいい返事がもらえたので新規役員はゲット。私の仕事は終了です。会長を振り返るとほっと安心していた。

 

 

――

 

 

あれよあれよと時間は過ぎていき、新入部員勧誘週間に入った。

私とお兄様は昨年の七草会長と服部先輩のように、生徒会からトラブル対策要員として部活連本部へと派遣されていた。

見回るのではなく、本部で待機し、トラブルがあったら駆けつけるというものだった。

数日間ここで過ごしているけれど、・・・なんだか部活連の方々に接待されているような気分でですね。

我々が対処しますのでお二人はここで待機願います!みたいな。

いえ、対処するのが仕事ですので、と向かおうとするのだけれど、自分たちが確認して必要ならお呼びしますのでお二人はごゆっくり!!とかなんとか。

待機室は別に私たち二人だけではないのだけれど。

お兄様を見ると、気にした様子もない。言われた通り待機して端末を操作したり、読書をしたりして過ごしている。

・・・と、こう聞くと大したことない時間つぶしに聞こえるけれど、お兄様この時間を有効活用して論文書いている。読書というより資料に目を通してました。

私は邪魔をしないように勉強して時間を潰す。

夜にする分を今に回せれば趣味の時間を確保できますからね。

だから二人でごゆっくり、ではあっても二人べったりはしていないのだけど、同じ空間に二人が自然体でいるだけで彼らにとっては十分満足な光景のよう。

・・・オタクとしてわからなくもないけどね。推しが揃って同じ空気吸ってるだけで幸せになるイキモノだから。

出撃、じゃなかった。出動したのは二三回程度。しかも到着すると皆ぴしーっと整列するので聞き取りもあっさり。

意見が衝突したりもするけどそれをちょこっと注意したり解決策を提示すると素直に聞いてもらえる。

何だろうね。これも改変の影響かな。科のトラブル、格差のトラブルではなく部活としての衝突だからそんなに不満や蟠りがないのかもしれない。

 

 

 

 

「こんなことを申してはよくないのでしょうが、拍子抜けですね」

「優れた統治者がいると纏まるということだろう」

 

?どういうことです??

帰りのコミューターで水波ちゃんと三人で帰宅中。

大したトラブルも無く進んでいる現状についてお兄様に零すと、お兄様はさもありなんと頷いていた。

 

「トラブルが起きるのは意見の衝突もあるが、不満や理不尽から生じる負の感情の爆発が起こすことの方が多い。余裕のない人間が起こしやすいんだ。だが、現状の一高生は去年までと違い、そこまでの不満はないだろうからな。小さな小競り合いくらいなら理性が働いて互いに譲り合うこともできるのだろう」

 

思ってた以上に昨年の行動は影響あったようだ。

余裕って大事だね。

 

「水波ちゃん、部活決まりそう?」

「いくつか拝見しましたが、曜日の都合も考えて二つ掛け持ちをしようかと」

 

水を向けると水波ちゃんがはきはきと答える。

部活を毎日やっているところもあるけれど、大抵は週に二、三の活動日のところが多いからね。限られた敷地内を交代で使用しているからそうなるのも当然だ。

毎日生徒会のある私たちの帰りに合わせるとなると、週五日部活動をしていた方が時間つぶしにはいいかもしれないけれど、

 

「二つ掛け持ちなんて大変じゃない?無理に私たちに合わせなくてもいいのよ」

「どちらも興味がありますので」

 

あら、もう候補が決まってる様子だね。

 

「水波ちゃんならどこの部活でも引っ張りだこになりそうだけど、水波ちゃんの方ではトラブルは無かった?」

「それなのですが、・・・漏れ聞こえる言葉から推測するに、本の影響があるようでした。お二人の親戚だとわかると伸ばしかけた手が引かれることがありました」

「それは・・・」

 

どうもここでもプリンセスとナイトが関係してくるらしい。影響力有り過ぎやしない?

いい、ことなのかな。

なんか、私たちのせいで水波ちゃん避けられたりとかしてそう。トラブル回避だけならいいのだけど。

 

「深雪様が悩まれるようなことはございません。むしろ良くしていただいているのだと思います」

「そう?ならいいのだけど」

 

気を使ってもらってしまった。

水波ちゃん、ただ表面上のお仕事をこなすだけでなく、こうしてこちらを思いやってくれているのがわかって嬉しくなるけれど、負担になってないかな。高校一年生でこの気遣いは凄すぎるよ。

 

「水波ちゃんも嫌なことがあったら遠慮せずに言ってね」

 

水波ちゃんは控えめに伏し目がちではい、と答えたけれど、若干口角が上がっているように見える。

水波ちゃんの初々しい反応に頬が緩んだまま、先ほどから静かに見守ってくださっているお兄様を見れば、お兄様も優しい目でこちらを見ていた。

 

(ああ、なんて幸せな時間だろう)

 

水波ちゃんが来たときはどうなることかと思っていたけれど、こんなに順調に暮らせるとは思っていなかった。

4月はトラブルの月と思っていたから余裕なんてないと、そう考えていたのに、実際蓋を開けてみればこんな幸福な時間ばかりで。

 

(・・・でもオタクは知っている。これは前兆だと)

 

フラグが立つときは大抵、落差を演出するために束の間の幸せに浸れるのだ。

 

 

――

 

 

これに関しては回避してもしなくても影響はないと、そう思っていた。

 

 

 

その日は服部先輩と、桐原先輩の仲良しコンビと待機室で一緒になった。

お兄様含め三人で歓談する姿は見ていて楽しい。・・・誰一人としてにこやかな人はいないけどね。

ギスギスなんてしてないし、和気あいあいではないにしても、会話が続いているし桐原先輩はニヤニヤしているから私判定で歓談だと言い切る。

でもその時間は長くは無かった。トラブル発生のコールが室内に響く。

 

「司波、司波さん」

 

服部先輩の指示でお兄様と二人、ロボ研ガレージに向かう。

ギャラリーも集まっていて、かなりの人だかりになっていたのですぐに現場は見つかった。

 

「っ、姫だ!道を空けろ」

「騎士様もいる!誰か記録――」

 

・・・ザッ、と道が空きましたね。

ちなみにこの記録というのは個人的にではなく、二人セットで何か起きそうなとき記録を残して演劇部部長へネタ提供をしろ、という意味だ。

どこも考えることは一緒だね。

記録を残されるなんて、と警戒するのが当然だろうけど、その後記録は消去されるのだとか。

プライバシーは守るべきだからと部長が決して迷惑をかけるな!と言明したらしい。オタクの心得がきちんとあるようでなによりです。

オタ活は決して本人に迷惑のかからないように。

・・・撮影されている時点で思うところが無いわけではないんだけどね。叔母様が新刊を楽しみにされているようだから。

叔母様の機嫌が良いに越したことは無い。ということで黙認することに。

お兄様も念のためチェックをしてるみたいだけどね。トラブルになりそうなことは起きていないそう。

皆協力的過ぎじゃない?学校全体が演劇部員かっていうくらい部長に尽くしてる。いや、部長じゃなくて作者様か、この場合。

一高がどんどん愉快なことになっていくね。

と、今そんなことは後回しで。

しかし、来るのが少し遅かったかな。私たちが到着するよりも早く七宝君と香澄ちゃんがにらみ合っていた。ハブとマングースかな。

本来原作では私たちより後に香澄ちゃんが到着したと思うのだけど、どうにもずれが生じたらしい。

先についていたのはやはり部活連の十三束君と七宝君で、風紀委員の香澄ちゃんが次いで到着したようだ。

七宝君と香澄ちゃんが一触即発の空気に、十三束君が止めに入るけれど、彼らはすでにCADを構えている。

お兄様と視線で会話して、お兄様が一歩前に出る。

パンパン、と乾いた音はその空気を打ち破るのに十分威力を発揮した。

注目が私たちに向く。すると新入生以外の生徒たちがここでもまたビシィッと気をつけをした。・・・上官を見つけた隊員ですか?

その一連の動きに新入生たちが驚いた様子だけれど、今はこちらを解決しましょう。

 

「生徒会です。代表者は説明を願います。まずはロボ研から――」

 

お兄様も目的のためなら何でも利用するタイプですので、プリンセスやらナイトやら敬いの視線をものともせずに話を進める。

というより、結構進んで利用してますよね。

・・・昨年の生徒会選挙の国家設定やっぱり気に入ったのかな。本気で王政が布かれているような気がしている今日のこの頃。

私はただ後方で微笑みを湛えながら成り行きを見守るだけしかしてない。

むしろお兄様からは前座は俺が引き受けると言われています。お兄様が前座って・・・。

私は何様なのでしょうか。お兄様が主役のままでいいのですけど。

ロボ研とバイク部の意見は食い違っていて、両者もう一度にらみ合うものの、私たちの前で事を起こしてはいけない、と背後の部員たちが部長を押さえつけている。

・・・私たちの前だからではなく、そもそも諍いは起こさないようにしてほしいのだけど、ここの部の成り立ちは喧嘩別れが元だから、鬱憤云々より以前の問題なんだよね。

 

「では、本人――ケント自身はどうなんだ?」

 

銀髪の可愛らしい少年に優しい声を掛けるお兄様。迷子の少年に話しかけてるみたいでちょっときゅんと来た。

入学式で知り合ってるんだよねこの二人。しかも隅守君・・・ケント君はお兄様を慕っている。

今もキラキラしたお目目でお兄様を見つめていますね。中条会長の男の子版かな。可愛い。

小型犬がお兄様の足元に纏わりついて好き好きアピールしているようにしか見えない。可愛い。

事情を聴けば、本人はただの部活見学で、勝手に部活同士で取り合いを始めたのだと判明。

興味はあるがどちらに入るかも全く決め手ないとのこと。

可愛いからマスコットとしてどこの部でも引き入れたいってところかな。でも本人の意思が一番大事だから。

 

「――お話は分かりました」

 

お兄様が私を振り返ったタイミングで、鷹揚に頷いて見せた私は判決を下します。

 

「ロボ研もバイク部も少し熱が入り過ぎてしまいましたね。どちらも魅力的な部活ですから、強引に誘うのではなくプレゼンをしてあげてください。

バイク部の皆さんはバイクを造った後走らせたりするのですか?私もバイクに乗せてもらうのは好きなので少し興味があります。

ロボ研の皆さんは、ピクシーを生徒会に連れて行ってすみませんでした。参考資料は足りていますか?生徒会に引き抜いてしまった分、生徒会予算から僅かではありますが活動費を増額させてもらいました。今年もユニークなロボット開発楽しみにしていますね。

新入生の皆さん、彼らは自分たちの部活に情熱を注げるいい部活だと紹介したかっただけですので、ぜひこの勧誘期間に見学させてもらってください。落ち着いた今ならきっと色々説明してもらえると思いますよ」

 

無理やり引き込むような勧誘はやめて自由見学推奨で、とお願いすれば、なぜか拍手が起こり、部長たちが互いに頭を下げ、各々ガレージに見学者を募って戻っていった。

ケント君はお兄様に頭を下げて、今回トラブルの中心になってしまったからと申し訳なさそうにしながら他を見学に行ってしまった。

優しいいい子だね。お兄様を慕う人に悪い子はいない!

そして残ったのは不完全燃焼になった七宝君と香澄ちゃん、プラス十三束君。

 

「すまないな十三束。生徒会で勝手に仕切ってしまった」

「構わないよ。トラブル解決がメインなんだから」

 

ほっとしている十三束君にお兄様が声を掛けているので、残った二人にはこちらが動きましょうかね。

 

「七宝君、部活連でもう活動を任されているのね。一年生で迅速に動けているなんて、実力だけでなく責任感も強いのかしら。生徒会は惜しい人材を逃してしまったようで残念だわ」

「・・・恐縮です」

「香澄さんも、風紀委員に選ばれたのね。正義感が強そうな貴女にぴったりね。頑張って」

「ありがとうございます」

 

彼らが家を背負って喧嘩しようとした場面は見ていないのでとやかくは言わない。

彼らも、燻っていたものがあっただろうに、場の空気に白けたのか、構えを解いていた。

もしかしたら言い合いになる前に私たちが駆けつけられたのだろうか。

ともかくこの場が既に治まったこともあり、この場はこのまま解散となる流れ、になるはずだったのだけど。

 

「あの、司波先輩」

 

七宝君の固い声に呼び止められた。

こちらを向いているのだから私のことだとわかるけれど、お兄様も顔を向けてこちらの様子を窺ってますね。

 

「なんですか?」

「先輩は卒業された七草真由美さんと仲がいいから、あのように敬われているのですか?」

 

・・・七宝君、何か混乱してる?変な誤解が生じている模様。

もしその理屈が通るなら香澄ちゃんだって敬われてるはずだけど。

まだ一年生の間では本の話は出回っていないようだから、この流れを知らないのも無理はないのだが。

できることならこのまま流されずにいてほしいけど、人の口には戸が立てられないからなぁ。

 

「何か誤解がある様なのだけど、七宝君。七草先輩が十師族だからって学校を掌握していたなんて事実は無かったのよ」

 

確かに十文字先輩と七草先輩は学校のリーダー的存在だった。

だけど家柄だけで持ち上げられたリーダーではなく、彼らは間違いなく実力で選ばれたリーダーだった。

七草先輩の場合やっかみは生じたけど、アレも本人の資質の問題だ。家はほとんど関係なかったと思う。

 

「香澄さんもだけど、家柄だけで風紀委員に選出されたわけじゃない。泉美さんも成績が優秀だったし、本人にやる気もあったから生徒会に入ってもらったの。七宝君が七宝家だからという理由で部活連に選ばれたのではないのと一緒でね。実力がなければ選ばれないわ。確かに百家だったり十八家だったり十師族は選ばれやすいと思う。だけどそれは資質を見込まれてのこと。育った環境によるものの否定はしないけれど、本人が努力して成績が優秀なのは事実。その努力が認められているということだから」

 

優遇されていると映るかもしれないけれど、中条会長や服部会頭は数字の連なる家ではない時点で気づいてもいいと思う。

優秀な人材はいつでもどこでも誰であっても歓迎されるものだと。

 

「それから、七草先輩に仲良くしていただいたのは事実だけれど、あの方はどなたでも上手にコミュニケーションを取れる方だから、仲の悪い人の方が少ないのだと思うわ。大抵の生徒に好かれていたと思う。十師族だからということをかさに着て横暴な態度を見せることも無かったし、・・・一部反感を買うような行動もあったけれど、ね」

 

服部先輩は最後まで振り回されて可哀想だった。だけどきっと今でも好きなんだろうな。

でも恋される方が悪い、とも言えない。わざと勘違いさせて振り回したわけではなかったようだから。

 

「・・・お姉ちゃんいったい何をやったんですか?」

「うーん、これはプライバシーの問題もあるから私の口からは何とも。お姉さんに聞いてみて」

 

天真爛漫装って小悪魔的に男の子を振り回してました、なんて話は流石に身内相手に勝手に話すのは憚られた。

先輩は多分、言わないだろうな。彼女なりの処世術だろうけど、妹に知られたくないだろうし。

だけどきっとお節介な誰かが教えちゃうだろうからね。嘘やごまかしはしない。

・・・あの生徒会選挙のことバラされたら香澄ちゃん達に嫌われるかも。

大好きなお姉さんのこと、冗談とは言え公開処刑擬きにしてしまったわけだからね。やってしまったものは後悔してもしょうがない。

 

「七宝君が何を思っているのかわからないけれど、学校ではそこまで十師族の影響はないわ。むしろこれが十師族、ってだけで常に一挙手一投足を注目されて、リーダーとして相応しいか見定められているようで大変そうだった。・・・香澄さんもそうだけど、七宝君もきっとこれから注目されると思う。二人ともしっかりしているからきっと大丈夫だと思うけど」

 

釘を刺してはおくけれど、彼らはまだ若いから打ったところで土台が緩ければ釘を刺したところで意味をなさない。

多分だけど、今打った釘はすぐに抜けて意味をなさないだろうね。

一応この場では先輩からの忠告は聞いてくれるようで殊勝に応えてくれた。

お兄様たちもいつの間にかこちらを見守り態勢だったみたいで、落ち着いた後輩たちに安堵していた。

トラブルは起こさないに越したことはない。

今度こそ解散となり、お兄様と二人待機室へ戻る。

その後も大したトラブルも無く呆気なく新歓週間は終わったのだった。

 

 

――

 

 

大抵誰かと一緒に行動しているので、一人で廊下を歩いているということは珍しいと思われるかもしれないけれど、教員たちに仕事を頼まれて職員室と生徒会室を行き来することは偶にある。

同じ副会長のお兄様より私の方が生徒会室に近いからか、頼みやすいか知らないがお兄様はこういったことを頼まれたことはないらしい。

お兄様の手を煩わすくらいなら私がする方が良いので構わないのだけどね。

今日も授業中に頼まれて、資料を探し職員室へ向かった帰り道、ばったりと七宝君と鉢合った。

この間の新歓ぶりだね。元気してた?顔色は・・・うーん、元をよく見てなかったからわからないけど機嫌が悪そうには見えない、かな。

 

「あら、七宝君こんにちは。七宝君も頼まれ事?」

 

今はまだチャイムが鳴る前だ。普通ならまだ教室にいる時間だから、彼もそうなのだろうと辺りをつけたら頷いた。

成績優秀者は何かしら頼まれるものなんだね。もしかしてコレ社会に出るにあたっての訓練の一つだったり?大学でもこのスキルって結構役に立つもの。

なんて余計なことに頭を巡らせていたせいで彼が真剣な表情で近づいていることを見過ごしていた。

 

「あの、司波先輩」

 

気付けばかなり近い距離で立たれていて、内心びっくりしたものの表情にはおくびにも出すことは無い。

今日も淑女教育は私を助けてくれています。ありがとうお母様。

だけど、男子がこれだけ近い距離にいるとビビるね。壁際じゃないけど壁ドンの距離と言えば伝わる?

あと案外背が高いのね。それで真剣な顔だとそれなりに威圧感がある。

叔母様との圧迫面接を受けている身としては微風にも感じないけど。

 

「先輩は本当に、前会長と特別親しかったわけではないんですか?」

 

・・・ああ、この間の話の続きか。

彼は信用しているお姉さんから七草家と私たち兄妹はずぶずぶの関係だと囁かれてたんだっけ?・・・この言い方ちょっといかがわしいね。じゃなくて。

 

「特別って、学校内でしか付き合いがないのに特別は無いんじゃないかしら」

 

もしかしてパラサイトの事件で共闘したことを指しているのかな。

でもそれにしても千葉家だって絡んでるから特別十師族と、というわけでもなかったけれど。情報が偏ってるね。

まあ彼は十師族になりたいという欲が強いみたいだから十師族にばかり注目しちゃうのだろうけど。

手に届く位置だから余計に欲しいと思えるのか。・・・こればかりは内部の人間にはわからないというものか。

 

「七宝君は私たちが十師族だから七草先輩と仲がいいのでは、と考えているようだけど、そもそも十師族だから近くにいたわけじゃないもの。

以前、十文字先輩には私たち兄妹に十師族の連なるものにならないか、なんて軽い冗談みたいに声を掛けてもらったことがあるけれど、兄も私も興味がなくて」

「っ!!な、何故ですか?」

 

七草家にはライバル視していても十文字家は尊敬の家なのか、先ほどまであった鋭い気配が霧散した。

やっぱりあの貫禄は男の子にとって憧れになるのかな。

 

「今の生活に満足しているのに、十師族なんて面倒ごと・・・じゃないわね、重責担うなんてなかなかできることじゃないわ。自分たちのことで手一杯なのに、そんなもの関わりたくないもの」

 

ニッコリ笑顔までつけての心からの言葉に今度こそ七宝君は言葉を無くしてしまった。

その開いてしまった口に入れてあげられるモノがなくて残念だ。

 

「・・・・・・面倒ごと、ですか」

 

ようやく再起動した彼は、引っかかっていた言葉を口にするが、どう考えても十師族って面倒ごとでしょうと思ってしまうのは身内だからか。

でも考えてみてほしいのだけど、十師族って何かメリットある??

昔は何かしらあったかもしれないけれど、今は特別扱いなんてされようものなら陰口を叩かれる時代じゃないかな。

・・・それでも四葉に対して面と向かってそんなこと言える人は少ないだろうけど。触らぬ神に祟りなしだから。

 

「先輩たちと過ごしてわかったけれど、十師族は何かと皆の前で立ち回らなければならなくて、時に身動きが取れなくて大変そうだったわ。責任のある立場とは、あれほどのものを背負うのか、と。

七宝君は九校戦を見たのよね?新人戦のモノリスコード決勝戦は覚えてる?」

「・・・ええ。先輩のお兄さんが優勝されてましたね」

 

そんな苦虫を潰したような顔しなくても。

というか、お兄様が優勝したことを知っていて初顔合わせがアレだったの?・・・いや、違うか。

知っていたらあの態度はおかしい。あれからお兄様のことを調べたんだろうね。

だけど知らなかったとはいえ初対面で七草関係者は全部敵!な勢いで対応されてもね。

反応間違えたね、としか言いようがない。どんまい、七宝君。

 

「優勝候補であった十師族の一条家が負けた試合でもある」

「!!」

「だからでしょうね。その後行われた本戦のモノリスコード決勝で、十文字先輩はいつものプレイスタイルではなく派手に実力を見せつけて優勝されたわ。十師族としての威信のために」

 

七宝君は俯いて思案顔だけど、この距離だと丸見えですね。

少年の悩み顔、嫌いじゃないよ。特に普段自信家の彼が弱ったところなんてギャップがあっていいんじゃない?

乙女ゲームによくある現象。私がときめくかは別だけど。

 

「彼らは一言もそんなこと言ってはいないけれど、七宝君ならそういった立場のこともわかるんじゃないかしら」

 

内情なんて一般生徒が知るわけないから。私だって、きっとプレイスタイルが違うなーくらいしか気づかない。

原作知らなければ興味が無いから。お兄様は気付いていましたけどね。

 

「・・・それでも、俺は、」

 

ああ、しまったね。彼は十師族になりたいのに変にプレッシャーを与えてしまった。

そんなつもりは無く、ただ七草家との交流なんてなく十師族に関わりたくなんてないって言いたかっただけなのだけど。

 

「七宝君、貴方がたとえ十師族になろうとも、私は付き合いを変えるつもりはないわ」

「・・・え・・・?」

「こうしてお話ししている相手は七宝琢磨君、個人だもの。七宝家じゃない。貴方が打倒七草家で努力してきたのだとしても、努力した結果の七宝君しか私は見ていない。だから、貴方が勤勉で一生懸命努力のできる男の子として、この間初対面で挨拶を交わした。そこで初めて兄さんへの態度を見て、ブランドに目が行っているんだな、と気づいてもったいないって、そう思った」

「・・・もったいない、ですか?」

「ブランドばかり気にして実力を見ようともしない。こんなに努力家の子が目を曇らせて世界を見ていることが、もったいなく思えたの。野心があるならなんだって利用すればいいのにって。たとえ七草先輩の仲間だとしても、それを引き入れるくらいの気概があってもいいと思うわ。敵わないと思っているなら仕方ないけれど、」

「そんなことありません!!俺は――」

 

うん、煽った私も私だけれど、彼はこの場がどこか見えなくなってしまったらしい。

職員室の真ん前です。騒いじゃだめですよ。人差し指を口元で立て上目遣いで見つめると、七宝君は顔を紅潮させて固まるように止まった。

怒りで顔が赤くなるタイミングに時間がかかったね。血の巡りが悪いのかな。若いのに。

 

「話が逸れてしまったわね。とりあえず、私たち兄妹は七草家ではなく真由美先輩個人とお付き合いがあって、可愛がってもらってた。先輩後輩として仲良くさせてもらってた。生徒会役員としても仕事ぶりを見て尊敬できるいい先輩だった。これが七宝君の質問への回答よ」

「・・・ありがとう、ございました」

 

納得がいっていないのか、まだ呑み込めないのか。わからないけれど、彼は後輩らしく二歩ほど下がってから頭を下げた。

一応先輩として敬ってもらえているようだ。

このままトラブルが起きないといいのだけど、そうは問屋が卸さないことは、その日の晩の来客が教えてくれた。

 

 

――

 

 

夕食を済ませ、私は少し早いお風呂に入り、水波ちゃんに髪を乾かしてもらって、もうくすぐったくない、気持ちのいいマッサージ&ケアをしてもらっているところでチャイムが鳴った。

 

「こんな時間に来客かしら」

「様子を見てまいります」

 

あ、これ亜夜子ちゃん達が来るタイミングだ、と気づいた。

きな臭い動きをする人たちがたくさんいるとの情報は上がってきているからそろそろだと思ったけれど、今日でしたか。

とりあえず基礎のケアはすべて済んでいる。マッサージは別に毎日してもらわなくてもいいしね。あとは着替えくらいだ。

まだ早い時間でよかった。用意していた服は寝間着ではなかったし、原作の深雪ちゃんのような風通しのいい服装ではないのでこのまま出ても大丈夫だ。

身なりを整えたところで呼びに来た水波ちゃんとばったり。ちょっと悲しい顔をされた。着替え手伝いたかったのかな。ごめんね。

お茶の準備を任せて私はリビングに。そこには可愛らしい二人がお兄様と歓談していた。

お目目をキラキラさせてお兄様を見つめる二人は相変わらず可愛い。

一歳しかかわらないけれど亜夜子ちゃんは、すでに仕事をこなしているからかかなり大人びた空気を纏っていて、容姿に似合わず妖艶な雰囲気さえ感じられる。

15歳に言うことではないだろうけど、色気がある。

対する文弥くんは15歳の少年にしては線が細く可愛らしい。

中性的で大きなお目目が女の子のようだけれど、骨格はきちんと男の子寄りだ。

成長すればちゃんと男らしくなるだろう。・・・それでも女装は似合うだろうけどね。

 

「亜夜子さん、文弥君、いらっしゃい」

「深雪お姉様、お邪魔しております」

 

きちんと立って一礼する彼女の瞳には挑戦的な色が見えて、ああ、お兄様が好きなんだなと思わず頬が緩んでしまう。

でもそれが彼女には余裕に見えたのか、ちょっと表情が引きつらせてしまった。すまない。

ただ可愛いって思っただけなのに誤解を与えてしまった。

表には出さないようしょんぼりしながら少し離れてお兄様の横に腰を下ろしたのに、お兄様が手を伸ばしてきて腰を引き寄せられた。

 

「何に落ち込んだんだい?」

「っ、大したことではございませんので」

 

隠したつもりでも、お兄様にはお見通しでしたか。ですが今は探らないでいただきたい。

ほら、見て!正面の二人を。びっくり仰天していますよ。

こんなに密着する姿なんて彼らに見せたことないですからね。四葉でこんなことできないから。

お兄様だってわかっているはずなのにどうしてこんなに距離を詰めました?何故耳元に顔を寄せられるのです??

 

「あとで教えてくれ」

「・・・・・・わかりましたから、元の姿勢に戻ってくださいませ。お客様の前ですよ」

「お客と言っても彼らは身内だよ。・・・でも、驚かせたみたいだからこのくらいにしようか」

 

そう言ってお兄様の腕が離れ、ほっと一安心。

そこに水波ちゃんがお茶を持って登場。ナイスタイミングよ水波ちゃん!

視線を向けたら小さく頷いてくれた。ありがとう、助かったよ!

彼女のお陰で固まっていた空気が良い具合に掻き混ぜられて元に戻った、のは表面上だけ。

 

「・・・それが、いつもの達也さんたちの距離なのですか?」

 

亜夜子ちゃんが声を震わせないよういつも通りを装って声を掛けるけれど、緊張が隠せていない。

気付いているだろうにお兄様はカップを傾けながら悠然と、そうだね、とあっさり答える。温度差ぁ・・・・。

 

「あまり俺たちの仲がいいと良い顔をしない人たちが多いからね」

 

そうですね。特にこの二人のお父さんは良い顔をしない。彼らもすぐに思い当たったのだろう。

また空気が暗くなりかけたけれど、お兄様がカップを戻して膝の上で手を組んだ。

 

「そういえば言っていなかったな。四高合格おめでとう」

「二人の実力なら当然でしょうけど、おめでとう、亜夜子さん、文弥君」

 

合格どころか入学して日にちが経っているけれど、直接話をするのはお正月以来だからということだろう。お兄様律儀だから。

 

「ありがとうございます。達也さん、深雪お姉さま」

「本当は第一高校への進学も考えていたのですが」

 

というよりお兄様と学校生活送りたかったんだよね。

だけどさすがに彼らまで来たら――どうなっていただろう?

お兄様のハーレムがギスギスしそう?亜夜子ちゃん隠さないだろうし。

って思いを馳せるのそこじゃないね。四葉を臭わせている彼女たちが入学したら七宝君というより七草のお家が煩そう。

トラブルが悪化しそうな気配しかない。

文弥くんが未練たらたらの様子なのに対し、亜夜子ちゃんはあっさり。

無理なことが初めからわかっていたのだろうね。固まり過ぎるのも良くないから。

お兄様が文弥くんを慰めていち段落したところで、お兄様が切り出した。

 

「ところで今日はどうして東京に?関東方面の仕事は文弥の担当じゃなかったはずだが」

「実は、達也兄さんと深雪さんにお伝えしたいことがありまして」

 

ちらっと彼女の方に視線を向けられ、初めて水波ちゃんを紹介していなかったことに気付いた。

 

「この子は桜井水波。深雪のガーディアンだ」

 

おや、候補が外れてる。お兄様的に水波ちゃんは確定したんですね。大歓迎なのでよかった。

安心している私に対し、黒羽姉弟は驚いていた。

 

「えっ、でも深雪さんには」

「達也さん、深雪お姉さまのガーディアンをお辞めになるのですか?」

 

まあ、そう思うのも無理はないよね。飛躍した話のように聞こえるけれど、ガーディアンが二人付くなんてそうない話だから。

いずれはそうなるだろうけど、それは今の話ではない。

お兄様は笑って否定してみせ、亜夜子ちゃんは口では納得してみせたけど、少し思案顔。

それを文弥くんが水波ちゃんの同席を問題視しないことで話の流れを元に戻した。

そして語られるのは国外の反魔法師勢力によりマスコミ工作が仕掛けられていること。

それがUSNAからであり、人間主義者の活動が活発となり、以前からも日本国内にも侵入しているが、それが新たな工作段階に入ったということ。

これから行われるだろうマスコミ工作で反魔法師キャンペーンが起こるだろうということ。

その動きが野党の国会議員にまで回っていることを突き止めていること。

 

「魔法師の人権を大義名分として、まず魔法の軍事利用を非難。次に魔法大学出身者の四割が軍に所属していることを根拠に魔法教育機関が軍と癒着しているという架空の構図を作り上げ、第三段階として魔法大学に多くの卒業生を送り込んでいる第一高校を標的に『軍事利用されている子供たちの解放』をアピールする、というのが現在判明している彼らのシナリオです」

 

長い説明を終えた文弥くんが一息入れたタイミングでお兄様が称賛の眼差しを文弥くんに向けていた。

年齢関係なく仕事ぶりを褒めたたえられる関係っていいね。文弥くんも嬉しそう。

黒羽家の諜報員もスペシャリストが揃っているけれど、それを使いこなして目的まで読み取るのは纏める人の力量だ。

高校に入学したばかりの少年がそれだけのことをやってのけるのだから、四葉一族の教育って恐ろしいね。

当然本人の努力もすごいのだけど、他の十師族だったりの方々を見る限りこんなことできる子いないもの。

これで実働部隊もできるのだから有能すぎる。

お兄様に褒められて美少年が顔を赤らめています。ふへへ。いい光景。

それに亜夜子ちゃんもニヤニヤ顔。さっきまでの難しいお顔よりとっても健康的でいいと思いますよ。

揶揄える姉弟の仲の良さもとてもいい。

水波ちゃんは興味無さそう。あまりこういうのを楽しむ趣味は無いみたいだね。

話題を振る時は気をつけないと。

お兄様は苦笑している。好意を向けられて悪い気はしないだろうけど、ちょっと持て余し気味なのかな。

それを察知して亜夜子ちゃんが空気を掻き混ぜているんだろうね。いい関係だよねこの三人も。

それからもう少し踏み込んだ細かい話、七草弘一が九島烈に共謀を持ちかけたことも話していってからホテルへと帰っていった。

二人とも黒い服を着ているため、見送る彼らの姿が私には途中までしか見えなかったけれど、寄り添って一緒に見送っていたお兄様にはばっちり見えていた、はずなのに私が見えなくなって手を下ろしたタイミングでぎゅっと抱きしめられた。

水波ちゃんは見送りに来ていないので二人だけなのだけど、タイミング早すぎない?見られてない??

 

「お兄様、今日はどうなさったのです?」

「何がだ?」

「その、二人の前であのような・・・」

 

くっついたりしたことを訊ねると、お兄様は感情を見せない鉄壁の笑みを浮かべていた。

次いでにちょっとお色気モード混じりましたね。良くない気配が漂います。

 

「あのような?何かあったか」

 

耳元で囁くけれど、わかってて言ってますよね。

 

「亜夜子さん達を揶揄いたかったのですか?」

 

その手には乗らない、とお兄様の腕を突く。

するとお兄様は悪びれも無く笑いながらそんなつもりはないと言うと首元に顔を埋めてきた。

 

「揶揄いたかったというか、自慢かな。いつもは仲の良い姿なんて見せることができず、見せつけられるばかりだったからね」

 

・・・それは、そうではあるけれど・・・そのことを言われてしまうと、許してしまいたくなる。

お兄様にはいろんな場面で我慢させてしまっているし、仲の良い、気の許せる親戚くらいにはいつもの姿を見せたかった、ということなのだろうけど――お兄様大好きな亜夜子ちゃんには衝撃が大きすぎたと思うよ。

 

「それで、深雪はどうしてあの場で落ち込んだんだ?」

「落ち込んだ、と言いますか。亜夜子さんを微笑ましく思って見たら、気分を害してしまったようだったので申し訳ない気持ちになったと言いますか」

「・・・深雪は本当に可愛いモノに目がないね。なるべく関わらないようにしているのに、可愛がりたくて仕方がなさそうにいつも見ていたもんな」

「やはり、気づかれていましたか」

 

黒羽の姉弟を許されるならもっと以前から愛でたかった。

けれど、彼らと私が仲良くなれたとしたらきっと彼女たちの父親が何らかの対策を立てる可能性があった。

切れ者のおじ様に動かれてしまうのは、いろいろ都合が悪くなりそうだったので。

 

「本人たちには気づかれていないようだがな」

 

本人たちにまで気づかれていたら憤死ものですよ。

できればお兄様にもバレたくは無かったけれど。

 

「お兄様には何でもお見通しですね」

「何でも、ではないさ。でもいつも見落とさないように必死に目を凝らしているつもりだがな」

 

目を凝らさなくてもお兄様の眼なら見えるでしょうに、なんてツッコまないけれど。

それにしてもお兄様お顔が近い。こんなに近いと毛穴まで全部見られそうでちょっと勘弁していただきたい。

深雪ちゃんにだってミクロの毛穴くらいあるのです。人なのでね。ミクロと呼びたくなるほど小さいけど。

 

「何でもではないから、教えてくれないか?」

「いったい何を聞きたいのです?」

 

この時になってお兄様の動きの異変に気が付いた。これ、抱きしめているのではなく拘束でしたね。

 

「昼間、話していたのは七宝か」

 

昼間?ああ、あれか。そういえばお兄様に報告してなかったね。

大したことない話だったからうっかり話すことを忘れていた。

 

「七草家との関わりが本当に無いかと訊ねられました。・・・どうにも彼はどこかから唆されているような印象を受けますね」

 

あんなに七草と大した付き合いはないと伝えているのだからわかりそうなものなのだけど、どうしてかリセットされちゃうんだよね。

もしかして泉美ちゃんに懐かれていることも疑われる要因に?それは無いか。

 

「前にもそんな話があったな。七宝を操っている奴がいると」

「操っているというよりノせられている、でしょうか」

 

ブランシュの時や、コンペの時のような洗脳じゃない。

彼は別に魔法なんて受けてない。魅惑のお姉さんによる誘導で手のひらコロコロされているだけである。

魔法じゃない手のひらコロコロは解除できないから余計に厄介だよね。

 

「七宝の後ろに誰かがいる、か。また妙なことになってきたな。その上今回のマスコミ工作があると」

「七草も余計なことを仕掛けてきますね」

 

七草と九島の共闘というけれど、九島は黙認する、というだけなので主犯は七草だ。

その目的は十師族でも特出した力を持つ四葉の弱体化・・・というけれど、表立って私たちが四葉と名乗っていないのに一高を揺さぶることで、どうやって弱体化に繋がるのだろうか。

ただの嫌がらせくらいにしかならないんじゃないの?

お兄様との軍の関係をばらす?それなら確かに高校生が軍の所属しているのはセンセーショナルな話題ではあるけれど、そこでもし、四葉とつながりを見せたとして、――四葉が世間から叩かれたとして、十師族を抜ける?

それこそありえない。そんなことになれば国防を任せられる人材がいなくなる。

今の日本を守れるのは五輪と新ソ連の侵攻を食い止めている一条が有名なところ。

十文字も軍と深い関係もあるが、関東の守りとしては昨年の横浜を見てもわかる通り未然に防ぐ意味では機能できていない。

・・・そういえば七草先輩から実際声はかかっていないけれど、自宅に私たち兄妹を招こうとしている描写があったね。

つまりお兄様を取り込もうとしていたのか、七草に。そうすれば念願の四葉が手に入るものね。どう念願なのか知らないけれど。

匿うという理由をこじ付けて取り込もうとしている、のか?

この先七草先輩とも婚約させようとしたりしたよね。

別に恋愛でくっつく分には良いんだよ。二人が心から結ばれるのなら、幸せになるというのなら結婚も構わない。

だけどそこにお兄様の利用が結びつくのはダメだ。くっついたとしても七草家からは遠ざけさせてもらう。

きっと七草弘一の考えを知れば七草先輩自ら家を出そうだしね。

お兄様と幸せに暮らしてくれるというのならばどこにでも居場所を提供しようじゃないの。

って話が逸れに逸れた。

お兄様が四葉の主力である、と当主が気付いて奪おうとするのであれば四葉の弱体化に繋がるのだろうか。

答えは否。

確かにお兄様が不在となれば戦力は一部ダウンするだろうけれど、お兄様が戦場に立つ前まで――依頼を熟すようになる前までも、十分に四葉は力を有していた。

今だってお兄様の使いどころは最小限だ。つまり弱体化はしない。

叔母様がキレて冷静さを失ったとしても、葉山さんがいる。必ず叔母様の暴走を止めてくれるはずだ。

たとえ彼が四葉を欲しがりお兄様を手に入れようと画策したとしてもお兄様が不幸になるかもしれない男のいる家にお兄様を行かせるわけがない。

そんなこと、この私が絶対に許さない。

 

「彼らの思う通りになったとして、誰が幸せになれるのでしょうね」

「少なくとも俺たちは幸せにはなれそうにないな」

「なら、彼らの幻想を打ち砕かないとですね」

 

ぎゅっと、お兄様に抱きつくと、お兄様は力強く抱き返してくれた。

 

「お前の望むままに」

 

 

――

 

 

19日、亜夜子ちゃんからの電話で動き出す日程が判明。

20日、お兄様はさっそくその情報を携えて生徒会室で協力を募った。

五十里先輩は神田議員の名を聞いた瞬間に、この危険性を理解していた。

花音先輩の大した事なさそうだと思う反応が恐らく生徒一般の反応だろうけど、五十里先輩の危惧する通り、彼らの言論がまかり通るようなことがあれば魔法師の未来に自由は無い。

魔法師の人権を訴えながら、魔法師を排除しようとしているのだから。

そんな横暴は許せるわけもない。

普通なら来訪を拒否するのが一番の選択だろうけれど、日程がわかっている今、迎え撃った方が確実に止められる。

それだけの計画がお兄様の頭にあるのだ。

 

「彼らは魔法科高校が軍事教育の場と化しており、学校が生徒に軍属となることを強制している、と非難したいわけです。ならば、軍事目的以外にも魔法教育の成果が出ていることを示せばいいのではないでしょうか」

 

五日後に襲来する議員の前で、少し派手なデモンストレーションを見せようと提案するお兄様の案の記された電子黒板を会長と五十里先輩に渡した。

先輩たちは食い入るようにそれを見つめ、呆れのような表情を浮かべていた。はっきり呆れだけと言えないのは、そこに書かれていることを正確に理解し、期待が含まれていたからだろう。

 

「・・・少し?」

「・・これが?」

 

そうですね。次世代のエネルギーについて、だけならまだ高校生が考える範疇かもしれない。だが――

 

「本当にできるの?加重系魔法三大難問の一つ、常駐型重力制御魔法式熱核融合炉が」

 

とんでもないことですよ。飛行魔法だってとんでもないことだけれど、アレは魔法師だけが恩恵に与れるものだった。

けれどもし、この熱核融合炉ができた場合、全人類がエネルギー供給を受けることができる。

軍事以外目的で魔法を使用し、生活を豊かにする。非難しに来た相手にこれほどのパフォーマンスはないだろう。

この画期的な実験に五十里先輩だけでなく中条会長もやる気になっていた。

 

 

 

 

放課後には話が通り、廿楽先生が監督として付くことになった。

彼も研究オタクの変わり者。お兄様の強い味方だ。

生徒会の仕事中に来客のチャイム。今までは私かほのかちゃんだったけれど、出迎えには泉美ちゃんが向かった。

 

ピクシーがお茶を淹れ、配ってくれるお陰で仕事がまた一つなくなってしまった。

楽になっていいけれど、ピクシーはいつまでもここにいないだろうから、たまには実践して伝統を受け継ぐことは必要だろう。

泉美ちゃんに指導はしておこう。

生徒会室が実験のミーティングルームとなって打ち合わせが始まった。

役割分担について問われたお兄様は、まだ何も話を聞いていなかったほのかちゃんを一番にご指名。

素っ頓狂な声をあげるほのかちゃん可愛いね。

 

「電磁波の振動数をコントロールする魔法にかけては、俺の知る限りほのかの右に出る者はいない。引き受けてくれないか、ほのか」

「わかりました!頑張ります!」

 

流石ほのかちゃん、直前までなんのこっちゃだったはずなのに、お兄様に頼まれたら内容も聞かずに頷いていた。

 

(・・・お兄様は別に想いを利用する気は無いからちゃんと説明してくれるんだけどな。こういうところが誤解を招くんだろうなぁ)

 

理由も本当に精密な魔法操作ができるからなんだけど、聞こえていたかな。

頼られた!で舞い上がっちゃってるから聞こえていない気がする。か、もしくは後で徐々に理解する、かな。

そして次のクーロン力制御は元から話していたのか、五十里先輩は無言で頷く。

さらりと流れる髪が色っぽいですね。男子高校生の醸す色気ではない。先輩にはぜひ女性ものの浴衣を着ていただきたかった。

・・・夏までにワンチャンあるかな。・・・浴衣ならぬい用で作ったことがある。アレを縮尺変えればいいだけだから問題なく縫える。

あとは柄選びか。シンプルな朝顔も素敵よね。白地も紺も捨て難い。何を着てもお似合いになるだろう、魔性の先輩。

 

「中性子バリアは一年生に心当たりがありますので、彼女にお願いしようと思っています」

 

この段階で水波ちゃんに許可は貰ってなかったらお兄様流石に鬼畜だと思う。水波ちゃん断れないだろうし。

すでにこの実験のことは家で話し済み。

当然水波ちゃんは目立つことは嫌だろうけれど、この実験の重要性も理解していたので参加してくれるそう。

お礼を言ったら、私も深雪様のガーディアンですので、だって。思わず抱きしめて感謝を伝えた。

次いでお兄様がハグ待ちをしていたのを水波ちゃんが白けた眼を向けていたけれど、お兄様もガーディアンとして頑張ってくれているのでね。

廿楽先生は一年生と聞いて不安に思ったようだけれど、従妹だとお兄様が言うと、ただの他人ではないこととお兄様の目で選んだのならばと納得していたようだった。

 

「第四態相転移は誰に頼むかまだ決めていません。そして要となる重力制御は妹に任せようと思います」

 

頭を下げると廿楽先生は納得の顔。異論がないことはわかっていたけれどちょっと安心。

そして決まっていない枠に、泉美ちゃんが立候補した。

私たちに任せてもらえないかとの言葉に、お兄様が『たち』に重きを置いて尋ね返せば、言い出した側の泉美ちゃんがお兄様に身構えた。

自分たちの手の内を知られているのだから緊張を覚えるのも当然の反応だけどね。

七草の双子は二人揃ってこそ真価を発揮する。・・・知っている人は知っているんだよ。

本人たちが思っているより有名なのだけど普通一般は知る機会が無いから。

廿楽先生も当然知っていたようで、それなら魔法力が足りるだろうと判断した模様。

これにより実験メンバーが決まった。

 

 

――

 

 

準備期間が4日しかないというのは結構絶望的に聞こえるけれど、今回は仕組みを発表するだけ。

エネルギー炉をつくるわけでもないので実験装置を必要としない。

初めから内容を知っていた私とお兄様は余裕だったのだけど、概要の説明しか受けていない他のメンバーは不安がいっぱいのようだった。

特に有志の手伝いできた千秋ちゃんはご不満です!と顔に書いてあったけれど、実験の内容には興味があるようで手を休めることなく手伝ってくれた。

引っ張ってきてくれた十三束君ありがとう!

ケント君はこんな素敵な実験に自分が関われるだなんて!と大喜びでお手伝いしてくれている、可愛い。銀色のわんこが走り回ってます。癒しだね。

香澄ちゃんも、何で自分がと不満顔だけれど、根は真面目なのか手はずっと動いていた。

廿楽先生も協力的でコネを使って重水の用意までしてくれた。

お兄様の実験のために、これだけの人が動いている。

 

(ただの青春ってだけじゃない。これはお兄様の夢の第一歩でもあるから)

 

嬉しくて、涙が溢れそうだった。

お兄様の表情は真剣で、各所の確認に忙しくしていてこちらに視線を向けることは無い。その背中の、なんと頼もしいことだろう。

大きくて、自信にあふれていて、頼りになるその背を私は後どれほど見ることができるのだろうか。

できることならずっと見ていたい。お兄様の進む道を、物語をずっと見ていたい。

でもそれが許されないことは自分が一番わかっている。

お兄様にずっとついて行くことなどできない。お兄様を自由にするためには、共にいられない。

私の計画ではどうあっても私自身が四葉から離れることができないから。

それに、妹がいつまでもついているとお兄様の婚期が遠のく。それは絶対に許されない。

妹がお兄様の幸せの邪魔になってはいけないのだ。

この実験でお兄様はまた注目を浴びることになるだろう。

あまりいい意味でもなく目をつけられる可能性もぐんと高くなるけれど、同時に同年代からは尊敬の目も集めるはずだ。

そういった意味でも憧れられてもおかしくない。

一高だけでなく他校からも注目されるだろうから、今年の九校戦が楽しみだ。

きっとお兄様は昨年以上に女の子たちから囲まれるだろうな。

一条君にいかない分がお兄様に流れたりして。

でも他校だとなかなか会う機会が無いからなぁ。そこで一高生の心にに火がついて~、なんて展開の方を期待します。

ギャルゲー的当て馬として他校の方々にはぜひ活躍してもらいたい。

 

(嫉妬を煽って、「もしかして私、彼のこと――」みたいな。きゃー!)

 

一人実験と全く関係ないことを考えながらも手を緩めることなく実験を重ねていく。

気が付けばあっという間に最終リハーサルの日になっていた。

流れはもう完璧と言っても過言ではなかった。

このメンバーで失敗することなんて――、ってこれじゃフラグになってしまう。今の無し無し。

最終調整もうまくいき、あとは明日の本番である。

ここの戸締りは会長と五十里先輩に任せ、残りのメンバーは緊急連絡がないか、生徒会室に確認に行くことになった。

珍しくお兄様の横にほのかちゃんの姿は無く、私の横に引っ付いている。

・・・いつもはあんなに大胆なのにね。どうしてこういうイベント事には弱気になってしまうのかしら。そういうところも可愛いのだけど。

その私たちの後ろには泉美ちゃんと水波ちゃんが並んでいる。

泉美ちゃんの後ろには香澄ちゃん。香澄ちゃんと水波ちゃんがが同じC組のはずだけど、泉美ちゃんと並んでるのはなんでだろう?

二人はなにか会話してるみたいだけど・・・うん?家での私の様子?水波ちゃんがさらっと流そうとしているけれど、泉美ちゃん必死かな。

香澄ちゃんが時折止めてくれているけれど・・・うん。推しのことは知りたくなるよね。

でも人に迷惑かけないようにしないと悪いオタクになってしまうから気をつけて。

生徒会室に入ると雫ちゃんが待っていた。わーい、雫ちゃんだ。

生徒会室を完全留守にはできないので雫ちゃんがこの部屋で待機してくれていたのだ。ありがたい。

お礼を述べると、何も問題なかったよ、と返した雫ちゃんは視線をほのかちゃんへ。

ほのかちゃんはその視線から逃れるように逸らすけど、これはほのかちゃんが悪いね。

さて、このシーンは何処から見るのがベストかな?とちょっとずつ移動していると背後に水波ちゃんが。

不審な動きをしていた私が気になったみたい。ごめんね、ただのベスポジ探してただけだから。

安心させるように水波ちゃんの手を取って握ると、離れたところから驚きの声があがる。

泉美ちゃんだった。そんな手を凝視されても。水波ちゃんはちらっと泉美ちゃんを見たけれど、次いでお兄様に視線を向けた。

お兄様もこちらを見ていたみたい。

水波ちゃんは私の手に自身の手を重ねて包み込んでくれた。冷えた手同士でも重なると温かくなるね。じゃなくて。

水波ちゃんの行動に二つの視線が強くなる。・・・なんで?

そうこうしている間にごそごそやっていた雫ちゃんとほのかちゃんが。

ほのかちゃんの手にはたった今雫ちゃんに押し付けられた包み。

そのほのかちゃんを雫ちゃんが勢いつけて反転させてお兄様に向けて押し出した。

つんのめってお兄様と向き合うことになったほのかちゃんの顔は真っ赤だった。

初々しいね。バレンタインの時みたい。

あの時は恥ずかしいだろうから見るのを止めたけど、ここではスタートが皆の前だからね。

遠慮なくかぶりつきの席で見させていただきますとも!

ここまで来たら逃げられないからね。ほのかちゃんは覚悟を決めて誕生日プレゼントを渡した。やったね!

隅では香澄ちゃんが泉美ちゃんに二人の関係性について聞いているけれど、泉美ちゃんは視線がなぜだかこっちに固定されたままだね。

質問に対して何か答えは返しているようだけれど、器用なことで。

それにしてもよかったねほのかちゃん。お兄様受け取ってくれたよ。

ここでは開けないで、と念押しするところも可愛い。渡すところだけでも見られたら恥ずかしいのに中身を知られるのはもっと恥ずかしいものね。

お兄様も婦女子を辱めるような真似はしないから安心して。

その後、雫ちゃんからはお兄様の誕生日会を雫ちゃんちで開催したいとのお誘いが。

時間を確認して、その時間なら問題ないとお兄様が参加の意を表明し、少し照れた雫ちゃんが私と水波ちゃんも誘ってくれた。当然ほのかちゃんも来るんだろうね。

皆で今年もお兄様の誕生日を祝えるらしい。嬉しい。

よかったですねお兄様。

香澄ちゃん達がなんでお兄様がモテるのか、と疑問視してるけど、お兄様ラノベ主人公ですからね!無自覚鈍感主人公(本人は否定するだろうけれどね)!

王道中の王道をお兄様は走っておりますから。チートでモテモテ。それでいて幸運値Eも必須です。あと女難の相も。

きっと貴女たちにもいつかお兄様の魅力がわかりますとも!でもそうなったとしても姉妹で争いにはならないでね。

 

 

――

 

 

帰りのキャビネットの中、私はニコニコ、水波ちゃんはチラチラ、お兄様は――沈黙を保っていた。

異様な空気だ。どうしてこんな空気に?お兄様お誕生日ですよ?プレゼントを頂いたばかりでしょうにテンションがちょっといつもより低めのような。

 

「・・・随分上機嫌だね、深雪」

「はい。それはもう」

 

沈黙を破ったのは向かい合って座っているお兄様だ。私の視線に耐えられなかったのかもしれない。申し訳ない。でもあまりにも嬉しすぎて。

 

「今年は皆で集まってお祝いできないので、ちょっと寂しくなってしまうかもしれないと思っていたところに雫からのお誘いがありましたので。ほのかからもお祝いを頂いてましたし。お兄様のお誕生日を祝われるのを見るのは、何度見ても幸せな気分になります」

「・・・俺にとってはお前が喜んでくれることが何よりも嬉しいが、なんだか複雑だな。俺が喜ばせている気がしない」

 

あらあら。お兄様は存在してくださっているだけで私は喜ばしいのですがね。

特に今日はお兄様の誕生した日。それだけで嬉しくなるのはオタクとしてだけでなくお兄様大好きな妹としても当然のことだ。

 

「お兄様のお誕生日ですのに、私ばかり喜んでもおかしな話ですね。私もお兄様を喜ばせるために頑張ります」

 

ね、と水波ちゃんにこぶしを握って見せれば、彼女もいっしょに気合を入れて、

 

「頑張ります」

 

と返してくれた。

今夜は二人合作の料理です。

だしは朝から二番出汁を用意していた。飾り切りも下ごしらえも家を出る前に大抵済ませた。

 

「今日は帰りが遅くなると思っておりましたので、大体の準備は終わらせておいたのです」

「どうりで朝帰ってきたときいい香りがしたわけだ。――楽しみだな」

「はい、期待していてくださいませ」

 

 

 

 

水波ちゃんと協力して作った食事に、お兄様は珍しく記録に残そうとカメラを操作していた。

彩りも見事な豪華なお重三段重ね。ちらし寿司やてまり寿司。お煮しめ、牛肉のしぐれ煮、椎茸と里芋煮。さわらの照り焼きといったラインナップ。

途中茶色ばっかりでは?と思うだろうけれど、お煮しめが合間合間に入っていい塩梅になっているのです。

これは水波ちゃんの案。お兄様の好きなものをピックアップした際に、こうした方が見栄えが、とアイディアをくれたのだ。

完全和風お重。お吸い物も朱塗りのお椀で出している。本格的。本気度が高い。

お吸い物にお餅でも入っていればおせちのように見えなくもないね。

ひとしきり撮影会も落ち着いて、お食事会がスタート。

お兄様はどれも美味しいと召し上がってくださって、優に五人前はあったはずのお重に入りきらなかった分まで綺麗に無くなった。いい食べっぷり。

最後デザート入るかなと思ったけどまだ余裕があるらしい。いっぱい食べるお兄様も素敵。

ケーキはお誕生日と言えばコレという定番の苺のショートケーキに、苦みのあるチョコレートを掛けたお兄様仕様のデコレーションケーキ。

 

「お兄様、お誕生日おめでとうございます」

「ありがとう」

 

水波ちゃんに淹れてもらった紅茶と共にケーキを食べ、和やかにお兄様の誕生日を祝う。

水波ちゃんはケーキ作りは初めてだったようで、今回はずっとアシスタントだった。

次の機会には自分が、と張り切っているけれど、次のお誕生日ケーキって多分だけど水波ちゃんが先じゃないかな。

原作にはなかったけれど、水波ちゃんの誕生日が祝えるんだ。それは楽しみ。あとで誕生日確認しよう。

 

 

 

 

この後はいつもと変わりなく過ごし、日付が変わる一時間前。

私は机の上でチクチクと作業をしていたのだけれど、そこにノック音が。

 

(よかった!ミシン使っている時じゃなくて!!)

 

音をたてないように道具を片付けながらはい、と返事は冷静に。

 

「深雪、ちょっといいかい?」

 

夜更けに珍しい。お兄様の声に素早く片づけを完了させてクローゼットにしまうとドアを開けた。

まだ寝間着には着替えられてはいないけれど、お風呂に入られた後なのかほのかにお風呂上りの香りがした。

その香りに少しドキッとしながら、お兄様を部屋に招き入れる。

椅子を引き出そうとしたところで、背後からお兄様の腕が私のお腹に回された。

 

「おにい、さま」

「今日はありがとう。水波との料理はあまりに美味しすぎて少し食べ過ぎた」

 

優しい声に、背後でお兄様が浮かべられている表情が想像できた。

背後から抱きしめられるのは苦手だけれど、お兄様の笑みを見てしまえば真っ赤になってたかもしれないと思うと、見えないメリットもあるかと変に納得しつつ、お兄様の胸に頭を預けた。

とくん、と音が伝わってくる。

 

(いくら成長期と言え、お兄様でもやっぱりあの量は多かったよね)

 

夕食時のことを思い出すと笑みがこぼれた。

 

「いっぱい食べて下さるお兄様の様子にこちらが嬉しくなりました。私の方こそ今年も祝わせて下さってありがとうございます」

「お礼を言うのはこっちだよ」

 

すり、とお兄様が頭を耳元に擦り付ける。

・・・メリットもあるけどデメリットも当然あるよね。何が起こるか予測がつかない。

 

「誕生日の特権を使わせてもらおうと思ってね。深雪の今日の残り時間を貰おうかと」

 

水波と祝ってくれたのも嬉しい。だが深雪との二人きりの時間も欲しい、とお兄様は言う。

 

「俺の我侭を許してくれるかい?」

 

(・・・・・・・・・この問いに、否を答えられる人いるぅ?!)

 

心の中ではハイ喜んでぇ!と居酒屋店員のごとく叫んでいるけれど、ガワが深雪ちゃんの私にそんな返事は許されない。

ぽんぽん、と私を優しく拘束する腕を叩いて外してもらって反転して。

 

「もちろん、お兄様の願いを聞かぬ妹はおりません」

 

飛び切りのスマイルで返した。

 

 

――

 

 

原作でも、この時間は存在した。

深雪ちゃんがお兄様と二人きりで改めてお誕生日をお祝いするイベントだ。

ドレスアップした深雪ちゃんはそれはそれは麗しかった。16歳とは思えぬ魅力あふれる姿に、お兄様もさぞ驚かれたことだろう。

あの大胆なドレスは並の女子高生に着こなせるわけがない。

それを難なく着こなしてみせ、シャンパンを携える姿はただの部屋をも一瞬で高級ホテルの最上級クラスの部屋に変貌させてしまうほどの高級感を漂わせる。

一つ間違えば大胆セクシーな衣装なのに、気品あるように見えるのは深雪ちゃん本来の性質によるモノなのだろうね。

お兄様が元々学生には見えない貫禄があるから深雪ちゃんもそれに合わせたかったのかもしれない。

誰にもまねできない特別を演出したかった深雪ちゃん。

誰よりもお兄様の記憶に残る様に、お祝いしたかったのだろう。

健気な乙女心のなせる行動。

だけどそれは私にはできなかった。というより、そこまで記憶に刻み込むこともないと思っている。

お兄様をお祝いすることに一番なんて拘ることはない。

お兄様が幸せであること。喜んでもらうこと。それが大事だから。

・・・ちょっぴり興味はあったけどね。ああいう恰好をしたらお兄様がどんな反応を示してくれるか、とか。残念だけど私では勇気が足りませんでした。

私的には十分にお兄様に喜んでもらえたので、大人しく部屋に下がったのだけれど、まさかこうしてお兄様の方から来てくださるとは思わなかった。

シャンパンは無理でも、お茶でも取りに行こうかと思ったのだけど、一時間しかないならこのまま一緒に過ごしたい、というお兄様の言葉によってなぜか私のベッドの上で横並びに座っておしゃべりする状況になっていた。

いや、お茶は無くてもいいのだけど、椅子ありますよ。

わざわざベッドの上でなくても、と思うのだけど、逆に変に意識してると思われるのも良くないか、と表面上は何事も無いですよの仮面で乗り切っている。

以前に比べて二人きりの時間というのは少なくなった気がするけれど、こうしておしゃべりする時間は増えた気がする。

前までは一緒の空間にいるだけで静かに過ごすことの方が多かった。

二人寄り添ってお兄様は本を読まれたり、時折思い出したように頭を撫でられたり、そんな無言の時間を過ごしていた。

今思えば、あの頃は話す必要があまりなかったんだよね。

ほとんどを共有できていたため真新しいことがなかったから。

だけど今は違う。それぞれお互いにいろんな新しいことが起きる。

たくさんおしゃべりしないと共有できないことが互いに増えてきたのだ。

軍に行っているお兄様、ラボに行っているお兄様、お仕事に行っているお兄様を私は今まで知ろうとしなかった。

根掘り葉掘り聞くのもお兄様には煩わしいだろうと聞かずにいられたけれど、学校のこととなると興味が尽きない。

 

「魔工科はまだ手探り状態なんですね」

「夏までには授業も形付くと思うがな」

 

色々実験的な授業が行われているらしい。

いくら試験で篩いに落としても実際生徒がどのあたりまでできるのか手探り状態なので少し授業に遅れが出ているんだって。

ジェニファー先生はきちんと生徒に寄り添って授業をしてくれているみたいね。良い先生だ。

明日はそのジェニファー先生と廿楽先生が私たちを守ってくれる。

良い先生たちに巡り合っていることに感謝しかない。

 

「――明日の実験はきっとうまくいきます」

 

唐突な話題に、お兄様はそうだね、と私の肩を抱いた。

不安がっていると思われたのかもしれない。その手に少し力が込められている。

実験については何一つ不安ではない。リハも安定していて、妨害でもない限り失敗はありえない。

問題は――マスコミたちの動きだ。

亜夜子ちゃん達からの追加情報は無いけれど、ウチのセクションからの暗号メールで届く内容には予想外に正義のジャーナリストたちがアクティブに動いているという情報があった。

よくあのサイトに顔を出しているメンバーである。

派手に動き過ぎないと良いと思うんだけど。彼らの動きがどういったものかは知らないのでちょっと心配。

下手に目立って追い詰められて、なんてことにならないようにね。

 

(なんて、これがフラグになったらどうしよう)

 

「心配いらないよ」

 

まるで心を見透かすような言葉に、思わずお兄様の顔を見上げた。

至近距離で視線がぶつかる。

 

「はい、お兄様」

 

気が付いたらそう口にしていた。

そうだ、心配することは何もない。

実験が成功すれば、彼らは大口を叩けば叩くほど損をすることになる。それだけの罠が張り巡らされているのだから。

お兄様の言葉は不思議だ。簡単に私から不安を拭い取ってしまう。

そっとお兄様の胸に寄り添うと、お兄様の腕が私を包み込んだ。

 

「言っておいてなんだが、俺の言葉を簡単に信じすぎじゃないか?」

「お兄様の言葉には信頼と実績がありますから」

 

どこかの老舗企業のような文言を返せば、お兄様はクスッと笑った。

 

「どこかの使いまわされたキャッチコピーだな」

 

密着してくすくすと笑い合う。

お兄様の温かい体温が伝わって、私の体まで温かくなった。

楽しい時間というのはあっという間に過ぎるもの。今日も残るところあと五分となった。

・・・本当は、贈るのを少しためらっているものがある。

食事を終えた後、プレゼントには刺繍を入れたタオルをプレゼントしている。

もっとも無難で日用雑貨だから使って消耗してくれるだろうと。

お兄様も喜んで受け取ってくれた。だからもう、プレゼントを贈る必要はない、のだけれど。

 

「お兄様、少し放してくださいますか」

 

お兄様の腕から解放されて、私は机の引き出しにしまっておいた小さな箱を取り出した。

リボンもかけていない、けれどしっかりとした箱は高級感がある作りだった。

中もベルベットの生地になっているからそれっぽい。

・・・このベルベットは私が用意してつけたものだけどね。元のままだと寂しかったので。

 

「どうぞ」

「・・・これは、ネクタイピンか」

 

包装もしていなかったのですぐに開いた小箱がお兄様によって開けられ、すぐに中身が見えた。

シンプルなシルバーのネクタイピン。

その先端には小粒の透明な石が申し訳程度についていてきらりと輝いている。

人工ダイヤなので透明度が高く、一見ガラスにも見えるだろうけれど、お兄様は気付いているようだ。

 

「誕生石だね」

 

四月生まれはダイヤモンドですからね。でも、それだけではない。

 

「それはレンズの役割もしております」

 

お兄様の目の色が変わった。

手に取ってみると、裏のクリップの部分が普通より大きいのがわかる。

そこには超小型バッテリーと転送装置も入っているからそのサイズなんだけど。

知ればそれがとんでもない小ささだと驚愕するだろう。

 

「オンの状態で衝撃が伝わると自動で録画機能が作動します。転送先は好きに設定できますのでお兄様の端末にでもどうぞ」

「・・・・・・こんなサイズは見たことが無い」

 

でしょうね。軍でもこんなのないと思いますよ。

うちの変態技術者が私の出した企画に気が狂ったように笑いながら楽しそうに作ったそうです。

・・・某名探偵の世界の博士のつくった盗聴器って異常だと思う。

けどこの時代ならできるんじゃない?と提案したら、まあ、できちゃったみたいで。

外部転送ではあるけれど録画機能までついちゃった。手近の端末に転送するように設定すると電波もたいして飛ばないので傍受される恐れも無いんだとか。

どんな技術が組み込まれているのか。なんでも頼んでみるものだね。

 

「お兄様は何かと事件に巻き込まれますからね。証拠になったらいいな、程度に使っていただけたらと。もちろんオフにしてただのネクタイピンとして使っていただいても構いません」

 

お兄様のお好きなように、と笑うと、ちょうど零時になるところだった。

 

「お兄様。お誕生日おめでとうございます。お兄様の幸せをこれからも祈っております」

「お前が傍に居てくれれば、俺はいつでも幸せだよ。ありがとう」

 

ずっとお傍に居ることなんてできませんよ、なんて無粋なことは言わない。

今は二人、傍に居るのだから。

ちなみに、ネクタイピンを贈る意味にはあなたは私のもの、という意味もあるけれど、私が守る、の方の意味を込めて贈らせていただいた。

お兄様は私が守る!その幸せも見守っていきますからね。どんどん幸せになってください。

 

 

――

 

 

やってきました議員先生の訪問です。この間の上野先生よりも小粒感。野党の若手だしね、飛び道具ならこんなモノでしょう。

そちらも気になるだろうけど、生徒たちの注目はこれから行われる世紀の実験だった。

授業中の時間だけれどね、この実験がどれほどすごいか魔法に携わる人間ならわかるだろうから。

おじさんが引きつれたマスコミよりこっちの方が生徒たちだって気になる。

教員たちも見学を止めることなく、むしろ見学を推奨しているようだった。

中条会長とお兄様の指示のもと、私たちは魔法を順番に展開していく。何度も練習したおかげで実にスムーズな流れ。

生徒たちが固唾を飲んで見守る中、工程を一つ一つクリアしていき――そして、中条会長による実験成功の言葉に割れんばかりの歓声が上がった。

来客陣にはその声の大きさに自体が呑み込めないのか動揺している。

今目の前で行われた実験がどれほどの意義があることなのか理解できていないのだ。

・・・まあ専門外ですからそんなものですよね。議員先生たちが廿楽先生たちに質問している様子を尻目に私たちはさっさと撤収作業に入る。

後片付けまでが実験ですからね。サクサク片付けましょう。

皆で作業をしていると遠くで廿楽先生の高笑いが聞こえた。ああ、悪役っぽい。素敵です廿楽先生!

そういえば私はまだ七宝君に悪役ムーヴを見せていない。格の違いを見せたいのだけど、この間も普通に接しちゃったのよね。

まあ観客もいないで悪役したらただの悪い人にしかならないから。意味がない悪役はしません。

今の段階で嫌われても良いことないだろうしね、彼の場合。

でもそうだ。この後七宝君は七草家がこの件に関わっていることを中途半端に知って、変に勘違いして突っかかりに行っちゃうんだよね。

そこで原作では七草双子と直接対決するわけだけど・・・あれはお兄様が憎まれるだけの消化不良な試合になる。

納得いかない。あのお兄様の決断は正しかったのに。

二組の魔法が未熟だから、危険と判断してお兄様は止めたというのに言いがかりが付けられる。

決着がきちんとした形で付かなかったことが彼らには不満となってお兄様にぶつけられるのだ。理不尽。

いくらお兄様の幸運値が低いからと言ってあんまりだ。

これはぜひとも回避したい。

 

 

 

 

放課後、生徒会室で千秋ちゃんやケント君たち有志を集めてちょっとした慰労会をやった。

お茶菓子はお家で作ってもってきていた。前回生徒会の皆で食べそびれたパウンドケーキだ。

人数に合わせて切り分ければいいだけだから何人来ても大丈夫。

人数が多かったけど、皆小っちゃかったり線の細い人ばかりだったので何とか座れた。

私は水波ちゃんとお兄様に密着されてましたけどね。ほのかちゃんごめんよ。

そして泉美ちゃんはそんなぎりぃ、みたいなお顔しちゃダメよ。可愛いんだから。

注意する為に顔を向けようとするときゅるんと戻るんだけどね。その様子に香澄ちゃんと千秋ちゃんはドン引き。なんかカオスだなぁ。

お茶はピクシーが運んでくれたけど、淹れたのは私と泉美ちゃん。と言っても泉美ちゃんはほぼ見学だったけどね。

流れだけでも覚えてもらえれば、と実践してみせたのだけど、私ばっかり見られてたね。覚えられたかな。

多分七草さんちのお嬢さんだから紅茶の淹れ方なんて見慣れてるかもしれないね。

実験の成功を喜び合い、今後の流れを少しだけ話し合うと、議員の策略等に気付いていなかった人たちが驚愕の表情に。

ただの実験として手伝ってくれてたのに、裏事情を聞かせちゃってごめんね。

でもこういうのは早い段階で知っておいた方がきっと君たちのためになるから。

この実験が成功したことで一高は注目を浴びることは予測できた。それだけ大きなことを証明した実験だったから当然とも言える。大学からもすでに連絡がきているとか。

先生たちもここに参加してもらおうと思ったけれど、すでに連絡が多数きていてそっちの対応に忙しいのだと断られてしまった。

仕事を増やして申し訳ないけれど、先生たちはとてもいい笑顔をしていたので安心しています。

生徒会として生徒を守る活動ができたのはよかった、と言って中条会長が安堵したことで、新入生は尊敬のまなざしで会長を見ていたけれど、気の抜けた先輩はその視線よりもケーキに舌鼓を打っていた。

美味しいですか。良かったです。え?手作りですよ。そんなキラキラしたお目目を向けられてもおかわりは一切れしか出せませんよ。先生の分は切り分けてましたのでね。

あと一切れ誰か欲しい人います?――争奪戦が起きてじゃんけんとなった。

ゲットした千秋ちゃんは別に欲しかったわけじゃないけど、お兄様たちに渡すのが癪だったとのこと。

でも味は悪くないわ、とのツンデレを頂きましたので私としてはご満悦です。

その言葉に突っかかろうとした泉美ちゃんだけど、私が気にしていないことを伝えると不服そうだけれども黙った。ありがとうね。

でも私はツンデレ結構好きだから。女の子のツンデレ大歓迎。

男の子のツンデレは受けたことが無いのでノーコメント。

・・・お兄様のツンデレとか興味なくはないけど、お兄様の場合ツンデレというよりSっ気のほうが強そうでですね。また種類が異なりそうなんですよね。

でも興味があったので脳内でちょっぴり想像してみた。

 

「お、お前のためじゃないんだからな!」

 

・・・・・・ちがう、こんなのお兄様じゃない。お兄様は全て深雪ちゃんのためだから。解釈違いだった。もしくは言葉のチョイスミス。

一条くん辺りなら似合いそうだね。西城くんも有りだし吉田くんもいけそう。だけどお兄様だけが合わない。絶望的に似合わない。

 

「あなたのためではありませんが」

 

無表情で敬語ならお兄様だ。うん。でもやっぱりツンデレじゃあ無いんだよね。ツンがつんつんじゃなくてツンドラなところがまず違う。

クーデレならワンチャン?だとしても妹の私に向くことは無いんだよね。

 

「深雪」

 

じっと見つめていたことに、お兄様が食べたいのか?とケーキを一口サイズに切り分けたのを差し出しますが、大丈夫です。お兄様がお食べ下さい。

 

 

――

 

 

次の日、登校時のキャビネットの中。

各紙新聞をチェックしていたお兄様からの、予想外にいい記事ばかりだという言葉に私と水波ちゃんはほっと胸を撫でおろしたのだが、続くお兄様の悪意ある記事が出たら相応の対応で応戦できたのに、と吐露されて水波ちゃんは引き気味に、私は流石お兄様、と称賛を込めて見つめた。

幾重にも罠を仕掛けるお兄様かっこいい!いくつもプランを準備できちゃう姿は惚れ惚れしちゃう。これぞプロって感じ。

お兄様は苦笑で応え、注目記事をいくつかピックアップして教えてくれた。

予測したセンセーション狙いの「水爆実験」なる見出しの記事もあったが、若者たちの挑戦、という人気コラムに掲載されるとは思わなかった。

この手の記事って普通撮って出しの記事にしないはずなんだけどね。出遅れたくない、ということなのか。

他の新聞各社も平等と見せるために批判的な意見も折り交ぜつつも基本的には好意的な文章構成になっていた。

新エネルギーの革新的な実験だからね。悪く書いて今後特集ができなくなる可能性があれば、上層部としても完全に否定的な記事は載せられなかったか。

・・・なんて。実際は他にもいろいろ別の思惑が絡んでいるのだろうけど。

そんなことはどうでもいい。要は一高がこれ以上引っ掻き回されないことが大事なのだ。

お兄様もとりあえず現状に不満は無いと端末をしまった。

 

 

 

 

お昼の食堂でも話は昨日の実験と今朝のニュースでもちきりだった。

食堂の壁面ディスプレイではローゼン社の支社長が日本のニュース番組に出演して、実験を絶賛する姿が流れていた。これがどれほどの意味を持つか。

日本のローカルニュースでとどまらず、世界にも影響を与えるという事実に一高生は浮かれていた。

反比例するようにエリカちゃんの機嫌が下がり、吉田くんは落ち着かない様子だけれど、それは注目して見ているからそう感じる程度。彼らは上手く隠している。

ただ、ちょっとした洞察力と背景を知っているからわかるのだ。

そのことを突く様な真似はしない。人には触れられたくないことがあるのだから。

話題は昨日実験に参加した私たちを称賛する話になったけれど、これもそんなに話せることは少ない。

話題を週末のお兄様の誕生日パーティーに移させてもらい、ここにいるメンバーと水波ちゃんが参加すること、当日は手ぶらで参加、出し物は無し、などとそれじゃただの食事会だね、と笑っていつもの空気に戻した。

うんうん、食事中に嫌な気持ちになると消化に悪いからね。少しでも気を紛らわせてほしい。

 

「プレゼント無しって言ってもほのかはプレゼントしたんでしょ」

 

引っ掻き回すの大好きエリカちゃんが帰ってきました。ほんと、切り替えが早いったら。

ほのかちゃんは顔を真っ赤にして何をプレゼントしたか絶対に口を割らなかった。そうなるとお鉢はこちらに回ってくるわけで。

 

「深雪は?何をあげたの?」

「タオルをプレゼントしたわ」

「ありがたく使わせてもらっているよ」

「タオルって・・・あ、」

「これ見よがしに使ってんなー、と思ったらそう言うことか」

 

お兄様はさっそく授業で使ってくれている様子。良かった。

それにしても吉田くんと西城くんが気付くのはいいのだけど、これ見よがしとは?

 

「深雪の想いが込められているからね」

「確かに想いも込めて刺繍を入れたけど、さっそく使ってくれたのね」

 

お兄様逐一反応が大きくて嬉しいけど困る。

ちなみにもう一つのプレゼントはネクタイに、ではなく胸ポケットにつけられている。制服にネクタイピンつけている生徒っていないので。

それでも身に着けてくれてるのは嬉しい。小さいし銀色だから目立たないので気付いている人は少なそう。皆ネクタイピンというよりペンのクリップだと思ってるんじゃないかな。

 

「・・・刺繍・・・流石深雪。ただのタオルじゃなかった」

「達也さん、今持ってないの?」

「使用済みタオルを食堂に持ってくるのはどうかと思うぞ」

「・・・達也さんの使用済み・・・」

「ほのか、戻ってらっしゃい」

 

ほのかちゃん、恋する乙女はそっちに行っちゃダメです。

お兄様がスルーするお耳を持っていて助かりましたね。普通ならアウトですよ。

 

「深雪なら自分の写真でも撮ってプレゼントすればそれだけでもプレゼントになりそうなのに」

 

・・・エリカちゃんエスパー?それって原作の深雪ちゃんが贈ったものだよね。正確にはおしい、だけど。

そもそも妹の写真を貰って喜ぶお兄様の姿って想像がつかない。なんで深雪ちゃんアレをあげたの?知らないうちに世のブームになってたとか?何かしらのジンクスが?・・・謎だ。

 

「深雪の写真か。それもいいが、どうせなら生の方が良い」

「・・・達也くん、それは流石に引くよ」

 

エリカちゃん自分でふっといてそれは無いよ、と言いたいけれど、西城くんたちも遠い目に。

生って言い方は私もどうかと思いますよ、お兄様。

グダグダのお昼は最終的に変な空気で終わった。回避できなかった消化不良。

お兄様のせいですごめんなさい。

 

 

――

 

 

これで今日が終わればまだ今日はすっきりしない一日だなぁ、くらいで済んだのだけど。

ただいま連絡が来まして。

部活連から服部会頭と十三束君、風紀委員からは雫ちゃんと花音委員長、生徒会からはほのかちゃんと私、そしてなぜか水波ちゃんが第二演習室に集まっていた。

なんで水波ちゃんも?とこそっと本人に訊ねたらお兄様に呼ばれたらしい。

なら撮影お願いね、と言えば、彼女は目を見開いたのち、周囲に目を巡らせてベストポジションを確保に行った。

ガーディアンとして傍で守るようにと呼ばれたんだろうけれど、お兄様がいるからね。

お兄様も私が彼女に何をお願いしたのかわかったのだろう。アイコンタクトを向けられ小さく頷いて水波ちゃんの行動を許可していた。すごい連携。周囲は誰も気づいてない。

部活連と風紀委員からしたら、何で生徒会まで来たか、と思われるだろうけどほのかちゃんはここの開錠コードを管理しているから、なんだけど私は別の目的があったので。

当事者は七草双子と七宝君。

動きやすい恰好に着替えたこの二組が対決するためのここに集まったのだけど――

 

「審判は司波さん?」

 

十三束君の質問に私は首を振ってから目的を口にする。

 

 

 

「二組の直接対決に待ったを掛けに参りました」

 

 

 

この言葉に一同訝しんだ表情を向けられた。一部無表情だけどね。

 

「・・・この対決をすると決めたのは君の兄だが?」

「そうなのですか。ですが、この試合では何も解決しないと思いましたので」

 

服部先輩の言葉に揺らぐことなく真直ぐと答えると今度は七宝君が吠えた。

 

「解決しないとはどういう意味です!?」

「平等性に欠けるからです」

「俺が二人に負けるとでも?!」

 

随分と精神が不安定のようだ。無理もない。

昨日の実験の噂話で彼の苛立ちはピークに達していて、ようやくきたチャンス――八つ当たりと実力を見せつけられる場面が到来したというのに水を差されたのだ。

しかも七草家に与していると思いこんでいる人物からとくれば感情も抑えが利きにくくもなるだろう。

何度も違うと言ったのだけど、信頼しているお姉さんの言葉を信じるよね。

一方の七草双子はなんでこんなことに付き合わなければならないのかという不満が隠せていない。というより隠す気がない。

彼女たちはどうでもいいのだ。ただ売られた喧嘩を買っただけ。冷静になればなんでこんないらない喧嘩を買ってしまったのかと後悔をしているよう。

それでも家を馬鹿にされたのだという事実は許せないわけでここに立っている。

 

「七宝君は負けた時の言い訳が立つ、というのもそうですが、彼女たちも負けてあげた、と言い訳が立つ状況。両者納得など行かない試合など、するだけ無駄でしょう」

 

ちょっと顎を持ち上げてはっきり無駄と言えば、彼らはかちんときたらしい。ふふ、挑発は成功ですね。

けれど私の視線は服部先輩に戻して。

 

「見ればわかります。彼らはまだ未熟。そんな二組の試合など、はっきりした勝敗などつくはずもありません」

「「「なっ!?」」」

 

はっきりと未熟なんて言われたことなどないのだろうね。しかも実力を見られてないのに断言されるなど、――七宝君に至っては名も無い一般人のくせに、という見下しもプラスされているだろうから、より非難する視線が強いけど、そういうところだよ。君たちの未熟な部分は。

撤回を要求する発言が向けられるけれど、そこには驕りしか見えないわけで。

二年の総代だからと言って偉そうに~的な発言には笑いかけてしまったけれど、今日の淑女の仮面は頑丈に作り込んできていますからね。

まず私たちの学年にあなた達が入ったところで私の総合一位は揺るがないし、筆記試験もお兄様の方がはるかに上だ。

一年遅れて生まれてきて運がよかったと喜ぶと良いよ。

 

「――そこまで言うのでしたら、為合って(しあって)みましょうか」

 

できるだけ妖しく見えるよう微笑みかけ、同時に事象干渉力も働いて冷気がふわりと漂い、まるで戦闘オーラのように私の身体からにじみ出る演出に。

その姿、正に氷の女王。

先輩たちは表情を引きつらせ後ろに下がり、雫ちゃん達は少し心配そうにこちらを見ていたけれど、心配されるようなことは何一つない。

笑みを向けられた三人は顔をこわばらせて息を呑む。怖がっていただけたのならなにより。

 

「よかったわね。早いうちに身の程を弁えられれば、きっと九校戦でもいい結果を出せるでしょうから」

 

でも怖がってちゃ動けないからね。この挑発で少しでも心を燃やしてくださいな。

そう煽ったら見事に七宝君の顔は真っ赤に、香澄ちゃんは睨みつけるように。泉美ちゃんは表情を消したね。ただ見惚れるだけでなく安心しましたよ。

 

「ルールはシンプルにいきましょう。私に一つでも攻撃を当てられたら勝ちです。威力は問いません。得意な魔法でも何でも。ただし、私以外を攻撃した場合、傷を負わせたその時点で失格とします。態と怪我をしに行く行為も失格。自身の防御はきちんと自分たちでしてください。この室内は横に広いので互いに怪我をさせようという目的がない限り、そのようなことにはならないでしょうけども」

 

攻撃対象はあくまでも私だけ。広範囲攻撃を得意とする彼らがうっかり傷つけ合ってはいけないからね。そのための忠告。自分の防御を疎かにして怪我を負ったりしないようにという意味もある。

しかしここでお兄様からの質問が飛ぶ。

 

「致死の攻撃や治癒不能な攻撃も禁止にするべきではないのか?」

「普通ならそうだけど、私が彼らに傷つけられると思う?」

 

この発言には七宝君のみならず香澄ちゃんも気色ばんだ。

だがお兄様は冷静にその可能性を否定した。

 

「お前が傷つくことなどありえないな」

 

この言葉に怒りを向けたのは泉美ちゃんだ。こちらの実力も知らないで無責任な、と思ったのかもしれない。

でもね、どうあってもあなた達に傷つけられる私ではないのですよ。だから安心して全力でかかってきてほしい。

お兄様は口ではそう言っても、実力の差をわかっていても心配みたい。水波ちゃんも、私が戦うところを初めて見るからだろうけど緊張してるね。

いつでも私を守れるように、って気を張っているようだけど大丈夫だよ。これでも鍛えてますのでね。

 

「なら、お前の勝利条件は?」

「そうね・・・それなら、しりもちをつかせたら、にしましょうか」

 

痛い思いはさせては可哀想だものね、上から目線でと微笑めば、わあ!ヤル気に満ち溢れてるね。元気になったようでなにより。

でもこれだけ煽られても憎々しげに見つめるだけで殺気も出ないなんて、七宝君、実戦経験なくてその自信なの?それはちょっと自信過剰過ぎじゃないかな。

 

「道具は何を使ってもいいですよ。とはいってもここは演習室なので自分の持ち込んだ物だけですけれど」

 

今から取りに行ってもいいよ、と言ったのだけれどこれには彼らは首を振った。

すでに戦う準備はできているのでこれ以上持ち込む必要はないということらしい。

 

(そんな装備で大丈夫か?なんて)

 

ちょっとノリノリになってきた。私も鬱憤がたまってたかな。思いっきり魔法を使わせてもらいましょう。

 

「私のことは先輩ではなく、仮想敵とでも思って全力で向かってきて下さい。私もそのつもりで対応させてもらいます」

 

そう告げて私はシャンプーのCMのごとく髪をさらっと背に流し――

 

 

 

「本気でかかってらっしゃい。――格の違いを教えてあげる」

 

 

 

思い描く最高に悪い笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

こうして二組の直接対決から、二年総代バーサス新入生成績優秀者の試合の幕は上がった。

 

 

――

 

 

水波視点

 

 

 

深雪様が悪役ムーヴをするつもりなのだと、すぐに理解した私は達也様に確認してからカメラを構えた。

正直この試合は茶番だと思っている。深雪様と彼らとでは実力差があり過ぎるからだ。それが理解できない彼らには同情を通り越して憐みさえ覚える。

しかし、深雪様は先ほどから挑発的な言動を取っておられるけれど、徐々に色気が漏れ出している。気を少しでも弛めたらその色香に中てられそうだ。

男性陣は意識的にか深雪様を見ないように、一年生ばかりに視線を向けていた。

深雪様のご友人たちは耐性があるのだろうが・・・光井先輩はそうでもないのか、顔が真っ赤で横の北山先輩に縋りついている。

その北山先輩はと言えば深雪様を無表情で凝視していた。目を離したくないとばかりに、縋りつく友人の頭だけ撫でて一瞥もくれないで、食い入るように見つめている。

おざなりな対応だけれどいいのだろうか。

そして達也様と言えば、感情など見せない表情で全体を見ている――ようだけどきっと中心には深雪様がいる。

あの人が深雪様から視線を外すわけがない。

それは短い付き合いの私でさえ確信できるほど、あの人の中心は深雪様だったから。

何を考えているかわからない人ではあるけれど、深雪様のこととなれば話は別だ。

この人は本当に命を賭しても主を守る――それだけは間違いない。

だから私は撮影など余分なことができる。

一応いつでも魔法が放てるようにはセットしているのはガーディアンとして当然のこと。主の実力を疑ってのことではない。

偶然なんてありえないほどの実力差。わかっていても、だからといって私が仕事をしない理由にはならない。

じっ、と主を見つめる。

冷ややかな空気が足元に漂い、冷静さを取り戻しかけたところで深雪様の嫣然とした笑みが威圧と共に直撃する。

この二つが合わさると、まるで御当主様と対面した時のプレッシャーを感じた。

まだ16歳だというのに、深雪様はすでに御当主様の域に達するほどの統治者としてのカリスマ性と恐怖をコントロールする術をお持ちだった。

先に怒りを与えられていたからか、彼らは怯みそうになるのを叱咤して、正面に立ち向かう彼らは己を奮い立たせてCADを構えた。

緊張がピークに達する――

 

「はじめ!」

 

合図は達也様の視線を受けて部活連会頭が発した。

途端、中央に立つ深雪様に向けられ、両端から魔法が放たれ想子光が閃き、襲い掛かる。

が、深雪様の領域干渉力の前に形を失っていった。サイオン量が桁外れというだけではこうはならない。

深雪様の意思が、この場を陣地として構えたことによって彼らの魔法が上書きされて掻き消されたのだ。

彼らとてかなりのサイオン量と魔法力を持っている。だが、深雪様が言ったように格が違う。

それが初手の攻撃でまざまざと見せつけられた彼らは茫然としてしまっていた。

手が止まった彼らに対し、深雪様は何もしない。ただ困ったように眉を下げて首を傾げた。

その仕草によって肩から流れる黒髪が、さらりと滑り落ちてどきっ、と心臓が音を立てる。

戦闘中だ。集中すべき場面だというのに心をかき乱される。・・・精神干渉の魔法など使われていないという事実がより一層恐怖を抱かせた。

 

「挨拶にしては、控えめ過ぎるのではなくて?言ったはずよ、本気でかかっていらっしゃいと。それとも、無反応の敵に攻撃はできないなんて、甘いことは言わないわよね?私はあなた達の仮想敵になると言ったのよ。それでも攻撃しづらいと、反撃を希望するというのなら――防御に徹しなさい」

 

攻撃しないのではない、攻撃が通用しなくて固まっているに過ぎない。

深雪様もそれがわかっているから指示を出したのだろう。

わざわざ構えを取らせるなど、指導する教師の様なのにそう思わせないのは彼女の表情が憐憫を浮かべているからだ。

だが、ただの憐憫ではない。明らかに格下を憐れむような嘲りも混じっている。

・・・深雪様にそのような表情ができるなんて。今度は別の意味でぞくりと背筋が震えた。

彼らが物理防御と情報強化、干渉力を場に敷いたのを確認した深雪様は己の干渉の場を霧散させた。

そしてCADを操作し何も持たない右手を真直ぐ前に突き出すと、その腕を少し下に構えて、握った拳から素早く弾くように親指を立てる動作をした。

それをたった二度ほど。

直後、七宝の足元に銃弾でも受けたような穴が一つ。七草の双子の間の足元にも同じ穴が一つ開いた。

 

「うそっ?!」

「何が起きた!?」

 

彼らの防衛ラインを撃ち抜いて、深雪様の放った空気弾が床のタイルを穿ったのだ。

この演習場の床と壁は特殊な加工が施されていると部屋を案内された際に説明を受けた。その強化されているはずの床に穴が開いている。相当な威力だと物語っていた。

これがもし彼らの体に向けられていたならば彼らは確実に、身体に穴が開けられて地に伏すことになっていただろう。

 

「あなた達が放ったエアブリッドのちょっとしたアレンジよ」

 

ちょっとした、なんてものではない。私にも全てがわかったわけではないけれど、深雪様が放ったのはまさしく指で弾いて作った空気の塊。

それを強化し、移動魔法で音速の弾丸としたのだ。

普通この手の魔法は飛び道具を使う。ナイフだったり本物の拳銃だったり、そこいらに落ちている小石でもいい。

そういった物理的な道具を使う方がはるかに楽だ。

こんな気体を固定して、なんて無駄な工程は使わない。そんな労力を掛けるくらいなら初めから物量のあるものを使った方が効率的だ。

 

 

(これのどこがちょっとしたアレンジだというのか)

 

深雪様が使ったのは、ただの空気。どこにでもある空気を塊にして放った。氷にするでもなく純粋な空気を、だ。

それに質量を与え、速度をもってしてハンマーを叩きつける程度では傷つけることもできない床に穴を空ける?まず普通の魔法師にはそんな芸当できっこない。

だが、有り余るサイオンと魔法力のある深雪様には片手で成しえてしまえる。

ただの、空気を凶器に変質させてしまえる。

――つまり、深雪様にとってここには無限の弾があるのと変わらないということになる。

あえてパフォーマンスのように指で弾いて見せたが、実際そんなことも必要ない。

彼女が意識し、強化し、加速・移動魔法を操れば一帯が銃弾の雨に見舞われるということになる。

彼らもそれがわかったのだろう、表情が青ざめていた。

 

「こんなのもあるわよ。次は全方位、ちゃんと防御を張りなさい」

 

空気の塊に色は無い。不可視の攻撃だ。だから先ほどの攻撃が何だったかがわからなかった。

深雪様は自身の周りにダイアモンドダストを発生させてそれ(・・)を出現させた。

ソフトボールくらいだろうか、丸い、氷の粒を含んだ空気の塊で作られた球体が二つ。

まるでスノーボウルのようなものを、それぞれ彼らに向かって飛ばした。スピードは歩く程度の速さだろうか。

ふよふよとゆっくりと飛んでいくそれに、彼らは言われた通りに防御に徹し迎え撃つことなく身構え、警戒していた。

前面を中心に防御を固めつつ、けれど深雪様の指示通り全方位に防御を展開していたのは、ここまでの流れで油断してはいけないと彼らの本能が教えたのだろう。

私なら偏らせず全面均等に防御をふる。どこかに集中などさせない。

何が来るかなんてわからないけれど、アレは危険だ、と本能が訴えてくる。

深雪様は彼らの様子を愉しそうに見つめ、口角を引き上げて、

 

「ブレイク!」

 

と、ぱちんと指を鳴らしたと同時に球体が弾けて中から四方八方に風の刃が彼らに襲い掛かった。

ひゅんひゅん、と刃物が風を切る音が彼らの四方を取り囲み彼らの防壁にぶつかって消えていく。

一つの塊としてではなく無数の風刃として分散されたことで威力も弱くなっているように見える。

もしあれがそのまま正面からぶつかったらと思うとゾッとするが、もし全方位の防御が無かったらこれらが襲い来るのだ。どちらも十分驚異的な攻撃と言えた。

分散されて威力が弱まっているにしてもあの球体からは予想もできないすごい数が雨あられのように降り注ぐ。

彼らが情報強化してやっと堪えられているようだが、弾かれて床や壁に当たる音がその威力を物語っていた。

その時間約5秒ほどだろうか。パチパチパチ、と深雪様が手を叩いたことで攻撃が終わったのだということがわかった。

 

「よく防げました。ただの空気の塊でも使い方ひとつで人を翻弄することができるの。よく覚えておきなさい。小細工は時に、高ランクの魔法にも引けを取ることは無いのだから」

 

よくできましたと微笑まれて褒めているのに、背筋が寒くなるのはその瞳が冷ややかなままだからか。

しかし・・・深雪様、そうは言いますけれど、これほどの技巧を彼らに身に付けられるでしょうか。

繊細且つ精密な操作が要求される技術だ。

今のあれだけでいくつの魔法を同時展開した?魔法を閉じ込め移動させ、解放させる?どれもこれも見たことのない使い方。

それを同時に二つも操ったというのだから、深雪様は本当に恐ろしい。そして多分だけれど、深雪様の魔法力なら二つだけでなく同時にいくつも生み出すことができただろう。

・・・この方の護衛でいることが不思議に思えるほど強い。

もっと、この方の力になれる様にならなければ、と後で達也様に相談しようと心に決める。

このままでは護衛なのに深雪様に守られる未来しか見えない。そんな事態は絶対に避けなければならなかった。

 

 

――

 

 

「さぁて。七宝君、どうかしら。無名だと思っていた敵が貴方の及ばない実力を持っている事実は」

 

深雪様はゆっくりと彼に向かって歩き出す。その表情は確かに悪役と呼ぶにふさわしいのかもしれない。

目は弓なりに、口元はうっすら口角が上がっていた。気品は一切損なわれておらず、むしろ圧となってネズミを甚振る猫のような残忍さを醸しながら近寄る様は恐怖でしかないだろう。

七宝は恐怖に顔を強張らせながら一歩、また一歩と無意識に下がってしまっていた。

腰も引けている。無理もない。体よりも先に本能が格の違いに気づいたのだろう。

妖しくも美しい笑みから視線を外すこともできずに。

 

「敵が親切に自分は有名人です、すごい魔法が使えるんです、なんて教えてくれると思う?偽らないでいてくれると思う?正々堂々正面から名乗るなんて、どんな魔法を使うかなんて教えてくれると、そう思っているの?――名札だけ見て実力が量れるなんて、そんなわけないでしょう」

 

ゆっくり丁寧に教えながら追い詰めていく。

正面から受けたらどれほどの恐怖だったのだろう。もう下がる場所のなくなった七宝の顔は青白く、冷や汗も流れていた。

体も緊張で動かなくなり、震えだしていないのが不思議なくらいだが、硬直して震えることもできずに動けないのだ。

 

「外見と情報だけで相手を推し量ることなんてできない。

九校戦でお会いした九島老師はご高齢で小さく見えたけれど、あの方の技巧は今も衰えず、人に気付かれる前に敵を屠ることができる技を見せてくれたわ。司会者に紹介されて、くることがわかっていたのに誰もがあの方の存在を認識することができなかった。名前を知ったからって全てを防げるわけじゃない。ましてや侮ってなんていたら勝てるものも勝てない」

 

冷ややかな視線が七宝を貫く。

 

 

「――十師族を名乗ってない相手になら負けないと思った?」

 

 

あっという間に二人の距離は二歩も空いていない距離まで詰まっていた。

深雪様はただ歩いているように見せていたけれど、横から見ていたから分かる。途中から歩幅がおかしかった。――魔法と体術の融合。

リズムは一定だった。けれど進む歩幅は長短バラバラ。正面の七宝はそれに気づくこともできないでいた。

こんなに近づかれていたことに今気づいたように驚いて飛びずさろうとするが、すでに背後には壁しかない。

けれど深雪様はそんな七宝を見てにんまりと笑い、それ以上彼に近づくことなくくるりと反転する。

隙だらけの背に見えるのに、七宝は動かない。――動けないでいた。

 

 

 

 

次に深雪様が向かったのは七草双子。

彼女たちはまだ冷静な方だった。これが試合だということを忘れてはいなかった。

泉美は防御を展開し、香澄が正面と見せかけて周りの壁を利用し空気の塊を間接的にぶつけようとするが、目を向けることなくステップだけで躱した。

魔法とは基本決められたルートを示すことで発動する。魔法式通りにしか動かないのだ。

それをきちんと理解し読み解けば今のような間接的な魔法も避けられる。

本来なら躱すことなどせず、撃ち落とすなり拡散で霧散させたりもできたのにそうしなかったのは、彼女の攻撃の甘さを伝える為か。

そんなあからさまに読める攻撃なんて当たらないという演出か。

彼女たちは発動速度も魔法の規模もなかなかだが、深雪様の言う通りまだ技に工夫がない。

 

「魔法を生み出すことはできても、使いこなすまでは身に付いていないのね。魔法はイマジネーションが大事よ。凝り固まった考えじゃ使えているとは言えないわね」

 

深雪様が今度は正面から撃ち落としにかかった。同じ魔法、エアブリッドをぶつけるが、無駄がない分威力が違う。

彼女たちにはじき返された空気砲のような風が次々と浴びせられる。余波の風を防ぐ防壁ではないので、髪が乱れていた。

 

「あなた達は確かに優秀よ。だけど、テストは合格できても実戦はできませんでした、なんて、それは流石にお粗末ではなくて?」

 

憐憫も混ざった嘲笑だった。向けられれば屈辱を覚えるはずの顔なのに、それでもなお美しく、気を抜けば陶酔しそうになる。

無造作に向けられていた風が急に渦を起こして深雪様の左手の手の平に吸い寄せられるように移動し、暴風は手のひらの中に納めるように閉じることで霧散した。

CADを操作しているようには見えなかった。まるで物語に出てくるような本物の魔法使いの様な演出。

けれど、実際そんなことはない。深雪様はもう一台のCADを彼女たちの見えないように操作しただけに過ぎない。

マジック、手品のようなものだ。

タネがわかれば不思議でも何でもないが、そうでないなら未知の力に感じたことだろう。こういった一つ一つのパフォーマンスによって精神的ダメージが蓄積されているようだった。

 

「張り合いがないわねぇ。そろそろ終わりにしようかしら」

 

深雪様がつまらなそうに言うと三人がびくりと肩を震わせた。

屈辱を覚えたか、はたまた呆れられたとショックを受けたか。

そんな彼らに構うことなく深雪様はくるっと身をひるがえして初めの位置、中央へと戻った。

 

「双方、自身の持つ最高の技を見せてごらんなさい。己の威信をかけた最後の攻撃を。

私たちはたった一年しか違わないのよ?さあ、最後の力を振り絞りなさい!」

 

両手を広げて彼らを鼓舞するように高らかに。

あれだけ一方的な力の差を見せつけられて彼らはすでに戦意を喪失させていたけれど、『たった一年しか違わない』、その言葉にはっとなってCADを、本をそれぞれ強く握りしめていた。

これが、認めてもらえる最後のチャンスだと、奮い立たせた。

七宝のミリオン・エッジはCADを必要としないらしい。こちらは達也様から概要を聞いていた。

七草の双子についても、二人揃うことで真価を発揮するのだとか。

双方から凄まじいサイオンが迸るが、七草の方が早かった。

 

「ボクがシュート」

「わたくしがブースト」

「じゃあ、行くよ。カウントダウン」

「スリー」「ツー」「ワン」

「キャスト!」

 

(これはっ!)

 

明らかに今までとは違う威力だ。一高校生に使える高等魔法ではない。

二人だからこそできる魔法――これが達也様の言っていたことなのか。

窒息乱流(ナイトロゲンストーム)が深雪様を飲み込んだ。

同時に、七宝は風に煽られページが今にもちぎれ飛びそうになっていた本を閉じた。

そして再びそのハードカバーの本を開くと全てのページが一斉に紙吹雪となって飛び散った。

そこに魔方式を加えた様子はない。CADを使わずに行使される魔法。

彼女たちが巻き起こした強風をものともせず、硬質と化した紙片が無数の刃となって深雪様を切り裂かんと一体となって襲い掛かる。

二つの魔法は相殺されてもおかしくないと思われたが、七宝の群体制御の賜物か、上手い具合に風を利用するように合間をすり抜け深雪様に向かっていた。

そこにさらに追い打ちをかけるように七草から熱乱流(ヒートストーム)のアレンジ魔法が加わり火災旋風のように熱い風を纏って吹き荒れた。

余りの光景に見守っていた先輩方から悲鳴が上がるが、達也様は動かない。

今すぐにでも動き出したいくらい悲惨な光景が想像できる攻撃なのに、達也様はCADを構えることもなく、ただしっかりと見据えて見守っている。

・・・私には、できない。すぐにでも駆けつけたくなる体を歯を食いしばって抑えるしかできなかった。

まだ、試合は終わっていない。深雪様の邪魔はしてはいけない。理性で飛び出しそうになるのを抑え込む。

徐々に収束する竜巻はまだその中心を見せることはない。炎の渦が覆っていて見えないのだ。

七宝の紙片はその中でも燃えることなくまだ動いていた。

――そのことが、標的を攻撃できていないのだと理解したのは覆い隠していた炎が消えてからだった。

 

 

中心に、涼しげな表情で、深雪様は立っていた。

何かしました?と言うように小首を傾げて、たおやかに微笑んで。

 

 

その足元は霜が降りていた。減速魔法の事象干渉力は、あれほどの威力のある高等魔法でさえ侵すことができなかった。

自身の持つ最高難易度の魔法ですら何のダメージも与えられなかった事実に七草の双子はその場で崩れ落ち、へたり込んだ。

動かず佇んで微笑んでいた深雪様だったが、何か思いついたのか、古典的に手のひらにぽん、と拳を当てるとその場から消えた。

消えた!

全く何も見えなかった。サイオンの煌めきが魔法の痕跡を教えてくれるが発動のタイミングといい全く分からなかった。

いくら周囲に余剰サイオンがまき散らされていたとはいえ、こんなに魔法の発動も痕跡もわからなくさせる方法なんて私は知らない。

痕跡を追って視線を走らせ、見つけたと思えば七宝の背後に回っており、その首に両手をかけ――

 

「少々髪が痛んでいるわね」

 

七宝の髪に触れると同時に己の膝で相手の膝裏を突き、強制的に体を崩して座らせた。

 

「これで三人とも、しりもちをついたわね」

 

悪戯が成功したように無邪気に笑う深雪様は大変可愛らしく、今までの暴れっぷりが幻だったかのように錯覚させるほどの純粋さが彼女を覆っていた。

どう見てもヴィランには見えなかったが、それが一層恐ろしい存在に見えた。

 

 

――

 

 

深雪視点

 

 

 

やったね!全員にしりもちをつかせてやったぜ!ピースピース。

いやー。楽しかった~。やりたいことをやり切った気分です。最後なんて膝カックンだったしね。

漫画やアニメのあれこれ再現もめちゃくちゃ楽しかったです。最後の方に至っては完全お遊びでしたね。

さんざん煽ってからの舐めプ。同じ技でもレベルが違うのだよ!と力量を見せつけたり。

これぞ悪役!と私の中の最悪の悪役を演じきって見せましたとも。

もうね、こんな相手どう勝つっていうんだよっていう、序盤からレベル差を見せつけてくるラスボスみたいな敵。

しかも弱点を教えてくれるっていう親切さも腹立つよね。後々効いてくるの。

自分が強いと思う最強技をそよ風でも受けました?みたいに全く食らってないプレイも決まったと思う。

実際大変だったよ。酸素があっという間になくなるからこっちも真空つくって熱が侵入しないようにしながら酸素確保してって。

七宝君の紙の刃はサイオン引きはがすとただの紙になったのでそのまま熱風で焼却処分させてもらった。

簡単に言ってるけれど結構高度なことしてたんだから。集中力とっても使いました。おかげで結構な疲労感。なかなかないよ、ここまで疲労することは。

でもしたいことして疲れているので大満足です。

満足しているから精神的にはそんなに疲れた気はしていないけど、多分これランナーズハイ的なやつだ。後でどっと疲れるヤツ。

だから今のうちにやっておこうね。

 

「煽るためとはいえ、失礼なことを言ってしまったわね。ごめんなさい」

「「・・・いえ」」

「・・・深雪先輩は何も間違っておりません」

 

いやいや、泉美ちゃんは盲信を止めましょうね。今怖い目にあって目を覚ましたでしょうに。

同時に声を出してしまった香澄ちゃんと七宝君は目がかち合ったけど両者プイっと背けた。タイミング一緒。微笑ましくなっちゃう。

 

「確認だけど、あなた達の攻撃はどれか一つでも私に当たったと思う?」

「「「思いません」」」

 

よろしい。良かった。

見えないところで実は食らってたんじゃないかとか言いがかり付けられる可能性も無くもなかったから。

これでいちゃもんつけたらどう更生させていいかがわからなくなるところだった。

 

「香澄さんは規模と連射性、多様性は三人の中で一番ね。七宝君に干渉力は劣るようだけど、泉美ちゃんはその七宝君と干渉力はそれほど差がない、互角くらいかしら。きっとこの三人で戦っていたら、決め手に欠けてなかなか勝負がつかなかったでしょう。

あなた達の魔法を受けての総合判断だけど、異論はあるかしら?」

「「「・・・ありません」」」

 

あら、ちょっと不満そうね。だけど文句は言えないってところかな。圧倒的な差をつけて負かせた相手に何も言えない。

だけど彼ら自身直接対決したわけではないからね。相手に直接力をぶつけてないから半信半疑なのだろう。

だけどね、やってみてわかるけど、君たちしたところで泥仕合、決着なかなかつかないよ。五十歩百歩です。

 

「あと、最後の二組の魔法だけれど、威力は確かに高かったわ。だから自信に繋がるのもわかるのだけど、もっと精度があげられることには気づいているわよね」

 

訊ねると、三人とも何それ、みたいな顔。

完成したと思ってるとか?それはないよね。制御はどちらも甘かったのだし。

 

「香澄さん達の窒息乱流は炎とも相性がいいけれど、そこにカマイタチを合わせても、七草先輩のように氷を混ぜても面白いと思うわ。炎だと制御が甘いというか扱いづらそうだったから。もう少し制御力を身に付けてからでないとね。私でなかったら防げたとしても瀕死になってもおかしくなかったと思うわ」

 

というより酸欠と熱波はきちんとしたコントロール下になければ死ぬよ。降参待ちだったと思うのだけど、降参する間もないと思う。

すみません!と謝るけれど、気にしてないから次いくね。

 

「七宝君は」

「俺はちゃんと制御できていました!」

「ええ。切り刻んでやる!って気合は感じられたわ」

「っ!!」

 

あ、ごめん。繊細な少年の心に傷を負わせた気がする。大丈夫だよ髪の毛一本も傷ついてないから。でもこれも言ったら傷つけそうなので別のことを。

 

「紙ってもっと無限の可能性があると思うのだけど、どうして全て同じサイズの紙片にしてしまうの?」

「え?」

 

私の言葉にポカンとする七宝君。

教わった技を忠実にすることしか念頭にないのかな。これが完成された形!みたいな。でもね、魔法ってただ単調にこれ!と決めて使う魔法の方が威力が純粋に強いけど、工夫すると化けるから。

いえね、紙って言うと昔紙使いという主人公たちが活躍するアニメがありましてですね。紙の無限の可能性を知ったのですよ。

紙を刃物のようにしたり、乗り物や傀儡にしたり、弓のようにして飛ばしたり。粘着テープみたいにして相手の動きを封じたりとかね。

彼がしているのは群体制御だから紙をすべて刃のように鋭く!をメインにくらいしか考えていないのだろうけどね。せめてサイズくらいはばらけてもいいと思うんだよね。

遠近感覚狂わせるだけでも十分相手をかく乱することになると思うのだけど。

もし一部別の操作も可能なら刃にするだけでなく、それを目くらましにして相手の目や口をふさぐのにも使えたりもできてとっても使い勝手が良くなるはず。

単一の動き以外もできそうだったしね。攻撃のバリエーションをもう少し増やせると思う。

それをもう少し砕いて説明すると七宝君は考えたこともなかった、と零して茫然としていた。

彼らにはまだアレンジは早かったかもしれない。

 

「そういう工夫を考えるのも魔法の楽しみよ。二組とも、魔法を使うことはできても使いこなせるまでには、まだ魔法というものを知らなさすぎるわ。もっと強くなりたいなら、上を目指すなら、先輩たちを見て、いろんなことを学んでみて。初めに言った、あなた達を見て未熟だと思ったというのは嘘ではないの。強い人はね、普段からの立ち居振る舞いからして違うから。そういったところも観察してみて。――あなた達は今、ようやく井戸の中から大海に出たのよ」

 

まだ入学したばかりなのだから、これからたくさん学べばいい。ここには教師こそ少ないけれど優秀な先輩たちが近くにたくさんいる。

まだいろいろと呑み込めていないようだけれど、私は七宝君に体を向けた。

 

「ねぇ、七宝君。今度万全の態勢を整えてもう一度試合をしてみない?今度は私ではなくて――そうね、十三束君が教育係だったのよね?」

「え?!う、うん。本当は俺が直接指導しなければならなかったのだけど」

 

ああ、やっぱり気に病んでたね。責任感あるものね十三束君。ならちょうどいい。

 

「まずは直属の先輩がどれくらい強いか、その身で体験してみると良いわ。十三束君はとっても強いわよ」

 

そう言うと七宝君は目を見開いて、十三束君はちょっと慌てふためいていたけれど、実力は折り紙付きだからね。

お兄様を苦戦させるような人を過小評価なんて致しませんとも。

服部先輩に振り返り、明後日もう一度試合をできるように計らってほしいとお願いしたら、即許可が下りた。もちろん生徒会にも申請に行かないといけないのだけれど。

先輩たちも思うところがあったらしい。

話はスムーズに進み、とんとん拍子に明後日の土曜日放課後に時間を取れた。

この時十三束君がお兄様を見ていた。・・・お兄様との戦いも決まったようですね。お兄様は気付いていらっしゃらないようだけれども。

お兄様は先ほどから何か考え事をなさっているのか、ちょっと上の空。どうしたんだろうね。

とりあえず、今回の戦いは七草と七宝両者敗北という形で決着がついた。

どちらが上か、なんて話にもならず、ただ彼らが未熟であると自覚させた試合であった。

天狗っ鼻がへし折れてよかったね!これで成長できれば万々歳なのだけど。

 

 

 

この後、床のタイルに穴を空けたことを中条会長に叱られて書類を書く羽目になりました。器物損壊してごめんなさい。

こんなことでお兄様に再生なんてさせないよ。これは私の始末しなければならないこと。始末書の一枚でも二枚でも喜んで書きますとも。

 

 

――

 

 

お兄様がウィードと蔑まれることもなく、八つ当たりも受けることもなく、更にやりたい放題できたので私としては満足いく試合だったのだけど、帰りのコミューターがまるでお葬式のようにですね。

二人が落ち込んでおります。どうして?なんて流石にボケられないね。

 

「あの、心配をおかけしました」

 

原因は私にあることは間違いないので謝罪をすると、二人はゆるゆると頭を振って否定しているように見えたけど、ため息もついています。呆れられてる?

 

「深雪様が、このような無茶をなさる方だとは思いませんでした」

 

ぐっ・・・ご、ごめんなさい。

 

「いくら深雪がかすり傷一つ負わないとわかっていても、心臓に悪い試合だった」

 

うう・・・すみません、そんな試合を楽しんで。

 

「「はぁ」」

 

うわーん、二人にため息つかせちゃった。

護衛なのに守らせてあげられなかったからあんな落ち込ませちゃったんだってことだよね。

 

「ごめんなさい」

 

心を込めて謝罪して顔をあげると、二人は苦笑を浮かべていた。仕方のない子を見るような目です。

・・・おかしいな。精神年齢なら前世含めて二人の倍はいっているはずなのに。

 

「やっぱり深雪に悪役は向いていないね」

「そうでしたでしょうか。私としては結構頑張ったつもりなのですけど」

 

絶望を与えるボス目指して頑張ったのだけど、お兄様には悪者に見えなかったらしい。

 

「確かに悪役を主役にする物語もあるとは知っているが、深雪が主役の物語はどうやっても英雄側だ。今回のは人を導く主人公のようだった」

 

人を導く系はメインキャラじゃないと思うのですけどね。お助けキャラ。だけどお兄様が自信を持って言っているのに水を差すのもはばかられた。

頑張ったつもりなんだけどなー悪役。

でも後で水波ちゃんに聞いたらちゃんと怖かったって!お兄様の欲目でした。

映像は後後日演劇部部長に持っていこう。何かの参考資料になるでしょう。

家に着いてから私は流れるように地下に連れていかれ隈なくチェックされました。

いつぞやの注文の多い料理店リターンズ。お風呂にまでは入っていないけれど。

ケガも全くなく、健康体でした。疲労は有りますけどね。

お兄様にガウンを羽織らされ、今日はそのまま抱きしめられた。

・・・こんな薄い恰好でお兄様に抱きしめられると心臓がとんでもないスピードでビートを刻んでしまうのですけど、お兄様を心配させた罰でしょうね。大人しく受けますとも。

 

「ごめんなさい、お兄様」

「心配するさ。俺はお前の兄貴だから。これから先もずっとお前を心配するのだろうな」

「・・・はい」

「だが深雪が弱いからじゃない。それはわかるね」

 

こくりと頷く。

密着していて互いの顔を窺うことはできない。それでよかったと思う。心配させているというのに頬が緩んでいたのを自覚していたから。

弱くない、とお兄様が言ってくださったことが嬉しくて。強さ関係なく心配なんだという言葉を読み取って、妹だから心配になるんだ、と告げるお兄様に力を抜いて身を委ねた。

お兄様が力を抜いたことに気付き私を抱えるように抱きなおす。

 

「どうした?」

 

いつもより甘い声に、更に心臓は加速するけれど。

 

「改めて、お兄様の妹でよかったと」

 

その胸に頭を擦り付ける。お兄様も心臓が早く鼓動を打っていた。

温かくて、恥ずかしさもあるのに不思議と安心してしまうお兄様の腕の中。

 

「困ったな。無茶をしたお前を嗜めたかったのに」

「叱ってくださるのですか?」

 

お兄様に叱られることなど滅多にない。注意は受けるけどね。

だからちょっとどんな感じか気になったのに、お兄様は私の頭を抱え込んでしまった。

 

「叱られることが嬉しいなんて、困った子だ」

「それはお兄様が滅多に私をお叱りになることが無いから」

「それだけ深雪が良い子だったからね。叱ること自体がなかった」

「まあ。私は結構いたずらをしたと思うのですけれど」

「そうだね。可愛い悪戯をしては母さんや俺を困らせたりもしたね」

 

母にはいつも叱られていた思い出。怒ったお母様のお顔も美しかった。

 

「最後のあの悪戯が成功した顔は久しぶりに見たよ。相変わらずすべてを許してしまいそうになる可愛さだった」

 

頭が解放されたと思ったらお兄様の手が頬を覆って顔を上向きにされた。そして襲い掛かるお色気たっぷりのお兄様の微笑み。

・・・ちょっと手を離していただけますか?眩しすぎてですね。

 

「どうして視線を逸らすんだい?」

「だって、お兄様が・・・」

「俺が、なんだい?」

 

もぉー。お兄様の確信犯!

この反応は絶対わかっていてやってるよ。

 

「お兄様も、困ったお兄様です。こんなに妹を困らせて」

 

と伏し目がちになって視界に入ったのは・・・己の谷間だった。おおう・・・そういえばガウンを羽織っただけで着替えてもいなかった。下着の上にガウン羽織っただけはほぼ裸同然です。

こんな姿でお兄様に身を委ねていただなんて・・・。

 

「・・・お兄様、あの、そろそろ着替えたいと思うのですが」

「・・・そうだったな。すまない。いくら春でも冷えるのに」

 

お兄様に抱きしめられて寒くはないんですけどね。羞恥って気温を忘れさせるよね。今は熱くてたまりません。

急いで着替えに向かう。顔をぱたぱた仰いでも全然冷めない。

困ったね。今頃になってとんでもないことをしたと気付いた。今すぐベッドでバタバタしたいくらいだけど、この後はすぐに夕食だ。

水波ちゃんが用意してくれているだろうから。・・・早く淑女の仮面を被らないと。

パン、と頬を叩いて気合を入れなおした。

 

「お待たせしましたお兄様」

 

お兄様は音が聞こえたはずだけど、何も聞かれることなく、一緒にリビングへ向かった。

 

 

 

 

水波ちゃんにも改めて心配させたことを謝罪して許しを貰いました。良かった。

 

「今回の件で七宝君が目を覚ましてくれるといいのですけど」

「・・・糸を引いている人間か」

 

思い込みと、自分の都合のいい流れに惑わされて乗りやすい性格。

彼自身が殻を破れればいいけれど、彼の場合周囲が言葉巧みだからね。若い彼には抜け出す術がない。

 

「これ以上引っ掻き回されても困るな。少し探ってみるか」

 

お兄様が重い腰を上げました。とはいえこれも予定調和。

偶然黒幕おじさんたちの妨害をすることになるんですよね。・・・お兄様大けがするけども。それを思うと憂鬱だけど、ここで七宝君たちを見殺しにするわけにもいかない。

神がそんなことを許すはずもなく、ベストなタイミングでコール音が鳴る。

藤林さんだ。

映像電話のモニターに映し出される麗しい姿にうっとりしそうになる。美人さんはどんな時に見ても美しい。心を癒してくれますね。マイナスイオンでも出てます?

お兄様から視線を受けて水波ちゃんと一緒に離れようとするのだけれど藤林さんに引き止められた。

水波ちゃんのことも紹介していないのに知っていると臭わせてくるので、お兄様も警戒心を煽られて身を引き締める。

藤林さんの口から語られる、お兄様を常に盗聴盗撮監視している事実を暴露されるけど、これって親切だよね。でなければこんなこと言う必要ないもの。

それにしてもお兄様と私に直接耳目を向けなければお兄様が気付かないなんて方法よく思いつくよね。盲点。お兄様の隙を突くいい作戦です。

油断が見つかれば対処しようもありますからね。

そして話は七宝君へ。藤林さんも彼が気になるんだってー。モテモテだね七宝君!特に大人の女性に大人気。羨ましい限りだ。

・・・お相手が務まるかは別だけど。彼じゃどちらも手に余りますものね。

 

「動きがあったら連絡するわ。じゃあそう言うことで深雪さん、その時は達也くんをお借りするわね」

 

お兄様が怪我することがわかっているので喜んでー!とは言えないけれど、許諾すればウインクいただきました!わぁい。美女のウインク!

内心喜んでいたら横からの視線がですね、突き刺さると言いますか。

 

「・・・藤林さんは相変わらず素敵な方ですね」

「憧れるのはまだいいが、真似はしないように」

 

お兄様・・・真似したくてもあの魅力は私には出せないものです。

真剣に訴えるお兄様に、無言で頷くしかできなかった。

 

 

――

 

 

次の日、七宝君は学校をお休みしていた。明日の試合に万全に準備を整えているんだろうね。本当に真面目な努力家さんだこと。

だけど、その英気を養うためにか彼女さんに会いに行っちゃう辺り思春期男子だよねー。

ってことでその日の夜藤林さんから連絡がきて、お兄様は私たちに留守番を言い渡して出かけて行ってしまった。

一応行く直前にネクタイピンは持っているか確認したら、これか、と取り出してみせてくれた。良かった。お兄様なら壊れても再生させられるからどこにでも持っていけるね。

家で待っているように、と念を押すように言われたのは、リーナちゃんとの対決の時家を抜け出したからですか?

あの時は私だけではなく先生が案内してくれたから行けたんですけどね。

水波ちゃんと仲良く二人きりでお留守番、なんだけど。

水波ちゃんがスイーツの作り方を教えてほしいってことで一緒に作ったり、その後お風呂に入れられて念入りにケアをしてもらったりと、いつも以上に一緒にいてくれるのは、もしや私が何かしでかさないかと警戒されてたり?・・・気づかなかったことにしよう。うん。水波ちゃんは気を利かせて寂しくないよう傍に居てくれたんだよ。

 

「ありがとうね、水波ちゃん」

「・・・もったいないお言葉です」

 

だからそんな気まずそうに視線を逸らさないで。どこか行かないように監視してたのに、この主は。みたいなお顔しないで!

それからしばらくして。

案の定帰ってきたお兄様からは血の匂いと焦げ臭さが。

水波ちゃんが席を外したタイミングで少しだけハグをする。

 

「お兄様も無茶をなさる。私には見えない分、恐ろしくもなります」

 

私にお兄様の状況を視ることなんてできない。ただ、終わった後のこの残り香だけが私が唯一得られる情報。

だからこそ、余計に怖い。お兄様は一歩間違えば死に至る怪我をしたのだとわかるから。

 

「すまない」

 

お兄様が悪いわけじゃない。どう考えても攻撃する側が悪いのに。

お兄様がしたくて自身の体を酷使しているのではないのに。

それをどう言葉にしていいのかわからなくて、強く抱きついてしまう。それをお兄様が何も言わずに包むように抱きしめる。

 

「お疲れさまでした」

「ん」

「大変でしたね」

「ああ」

 

そんなことないよ、とは言わなくなったお兄様に、気を許してもらえている気がして嬉しくなる。

 

「今日はもうゆっくりと休まれてください」

「そうさせてもらうよ。だがもう少しだけ、深雪を感じさせてくれ」

 

更に強い力で抱きしめられるけど、絶妙に苦しくなる前で止められている。すごい力加減。

水波ちゃんが来るまでお兄様とハグをし続けた。

 

 

――

 

 

あくる日、十三束君と七宝君の戦いの火ぶたが切られた。

生徒会からはお兄様と私。風紀委員からは沢木先輩と吉田くん。部活連からは服部会頭と桐原先輩というメンバーがこの試合を見守る。女子は私だけって珍しい。

服部先輩の号令で始まった試合。この後を知っている私には前座の試合だ。

十三束君は特異体質で、自分に触れる魔法を無効化することができる。

普通にやり合ったのではまず勝ちようがない。なぜなら大抵の魔法が触れただけで解除されてしまうのだ。普通ならまず破れない。

お兄様とは違う術式解体。

七宝君は全力で立ち向かうものの、すべてを無効化されていく。

これほど魔法師にとって恐ろしいことはないだろう。

私のように圧倒的力の差を見せつけられるのとも違う展開に、七宝君は為す術も無く立ち尽くし、十三束君の決定打の一撃が決まる。

彼は魔法師らしく、接近戦に慣れていなかった。

崩れ落ちる七宝君に、審判の服部先輩が試合終了を宣言した。

しかし、あれだね。七宝君の技っていちいち紙吹雪が散らばって大変だね。お片ししようね~、とCADをちょちょっと操作して気流を動かし空気の流れを操作して、いくつも渦を作って紙くずとなってしまったものを一か所に集めてそのまま掃除機に吸い取らせた。ごみはちゃんとゴミ箱へ。お掃除はきちんとしましょうね、と七宝君を見たら驚愕の表情を向けられていた。なぜ?

皆もなんでそんなすごーい、って目で――あ、しまった。これって結構高等技術なんだった。うっかりお掃除気分で使ったけれど、繊細な操作が必要だったりするのよね。

それをいとも簡単にCADで制御してたら七宝君の切り札の凄さが半減しちゃう。・・・もう少し気を使うべきでした。反省。

とりあえずにっこり笑って誤魔化す。

思ったより試合が早く終わった、というより十三束君は初めからこのつもりだったからね。お兄様に試合を申し込んだ。

十三束君にとってお兄様は強いのに、七宝君みたいに何も知ろうとしない人に見下されるのは我慢ならないんだって。

わかるよ!同志!!

お兄様は注目されないならどうでもいいと思っている節があるけど、お兄様の強さを知っている人間からしてみれば、腹立たしく思うわけで。

明らかに乗り気ではないお兄様に、私は胸の前で手を組んで見たいなー、と念を送ってみる。

お兄様と目が合った。

見つめ合うことしばし、お兄様は折れたように目を伏せた。勝った!

戦う選択をしてくれたお兄様に今度は心からにっこり笑うと、そのお兄様から一言。

 

「勝ったらご褒美を楽しみにしているよ」

 

・・・ワァ、オネダリサレチャッタ。

お兄様が負けるはずないからね、どうしよう。私がお兄様にしてあげられることって何かあるかな。

この試合がどれだけ大変なものかを知っているだけに、釣り合いの取れるだけの褒美が思いつかない。

困ったね。

 

 

――

 

 

そんなことを思いながら服部先輩の号令で試合は始まったのだけど、すぐにそんな悩みは吹っ飛んでしまう。

お兄様は初っ端雲散霧消を装填、引き金を引く。直撃すれば十三束君の姿は無くなっていただろうけれど、彼の接触型術式解体によってそれは無効化された。

しかし、誰も気づかないとはいえ、こんなところで軍事機密指定がされている技を躊躇いなく使うとは。あとでピクシーに改ざんさせるつもりだったとはいえ無茶をする。

大丈夫だと知りつつも冷汗が流れた。

試合はそれを皮切りに、十三束君が怒涛に攻める。お兄様が往なして躱して反撃もしつつ、それでも距離を保とうとする。

術式解体は想子の圧力で魔法式を対象から剥離させる対抗魔法。

だけど十三束君の場合はお兄様のように砲弾を打ち出して魔法式を吹き飛ばすのではない。『身体』を包み込む分厚い想子の装甲で魔法式の侵入を拒んでいるのだ。

有効なのは魔法で起こした事象で攻撃すること。私の得意とする方法ではあるのだけれど、お兄様は直接作用する魔法を得意とする。

普通の魔法が使えないお兄様には明らかに不利な状況だった。

それでもお兄様は諦めない。打開する案を模索しながら鋭い攻撃を捌いていた。

視線を感じる。これは位置的にも吉田くんだろう。

十三束君がお兄様と互角など、彼にとっては驚愕のシーンを目撃しているようなものだから、お兄様の実力を一番知る私を見たのかもしれない。

私はできるだけ冷静に試合を見ているつもりだけど、内心ハラハラしっぱなしだ。これがお兄様の試合でなければ沢木先輩のようにワクワク楽しめただろうに。

こういう格闘戦の観戦なら汗握って楽しめるタイプなんだけどね、お兄様が戦っていると思うと勝つとわかっていても心配が勝ってしまう。

紙一重の攻防戦。両者一歩も譲らない。喰らっている量ならお兄様の方が多い。ダメージも蓄積されている。

けれど、お兄様も緻密に計算された魔法を罠のように一つ一つ展開し、じわりじわりと十三束君を追い詰めているのがわかる。

振動系の床の揺り返しを利用して感覚を揺さぶり、更に多方面からも振動を受ければ体内に狂いが出る。直接的ではない間接的攻撃。

相手にも攻撃と悟らせない揺さぶり程度だけれど、徐々に蓄積されていく疲労に十三束君は気付いているだろうか。

目まぐるしい知略の張り巡らされた攻防。

十三束君から放たれんとする加重系魔法エクスプロージョンの術式を視てすぐさま術式解体が破壊、そしてその事象改変を踏み台にして自己加速魔法を発動させる離れ業を、お兄様はなんともなしにやってのける。

この試合がどれほど刺激的か、わかる者の反応は様々だ。興奮する者、畏怖する者、打ちのめされる者。

この試合をたった数名で見ているのがもったいないほどの名試合だった。これほどの教材はないだろうと言うほど、巧みな技の応酬。

それを固唾を飲んで見守るしかできない。

先日の試合、お兄様もこんな気持ちだったのだろうか。あの時私が対峙したのは確実に格下だったので、余裕があった。遊んで相手をしていた。

けれどお兄様も水波ちゃんも心配だったのだという。

今回はお兄様が負けることは無いとはわかっていても苦戦を強いられている試合。

今お兄様が受け掛けた攻撃は下手をしたら大やけどでは済まされない攻撃だけれど、紙一重で回避した。

なんて、心臓に悪い試合だろう。自分がけしかけておいてなんだけど生きた心地がしない。

十三束君の動きが不自然に変わった。その変化にお兄様は反応したけれど――ポン、と気の抜けた音と鳴ったかと思ったらお兄様が床に転がる。

叫ばないように口を覆うので精いっぱいで、呼吸を忘れた。

沢木先輩と桐原先輩が解説するも耳を素通りしてしまう。

わかっているのだ。お兄様が攻撃が当てられた直後、ちゃんと自分から跳ぶことでダメージを最小限にしたことくらい。

それでもお兄様が床に転がる姿というのは衝撃的だった。

すぐに立ち上がったお兄様は、CADを構えていた。――その鋭い眼差しには勝ち筋が見えたようだ。

セルフマリオネット。それは十三束君にとっては今まで使っている魔法と何ら変わりないものだろう。

けれどお兄様の目には違う。

そこには接触型術式解体とは別の、無秩序のサイオンの鎧が構造ある形に変わった。

それがたとえ無機質な情報であろうとも構造は構造。形作られた物。――つまり、理解できるものであればお兄様に分解できぬものは無い。

ここで対パラサイトのために鍛えた技が炸裂。防ぎようのない想子弾に貫かれた十三束君は予想以上に後方へ吹っ飛んだ。

十三束君に立ち上がる力は無い。お兄様の勝利が宣言されて、ほっと息が漏れてずっと息をつめたままだったことに気付いた。え、いつから息止まってた?

お兄様の元に駆け寄りそうになるのを抑えて深呼吸を一つ。そしてお兄様を見れば、お兄様と視線がかち合った。それだけで嬉しくなって笑みがこぼれてしまう。

勝ったことよりも、ケガが少なかったことよりも、今お兄様とこうして目が合い、安心させるように微笑まれてくれたことが、私を喜ばせる。

お兄様は一つ頷くと、視線を十三束君へ。ちゃんと相手に敬意を払って手を伸ばす姿はカッコいい。

これだよ七宝君。君に足りないのは対戦相手に対する敬意。

 

「思った通り、強いね、司波君」

「十三束もな。これはかなり効いた」

 

男の子同士の友情ですね。素晴らしい。互いを健闘し合う姿に感動すら覚える。

優秀であるからこそ、彼らの演じた戦いがどれほどのものか、己がどれほど未熟であったかをまざまざと見せつけられた気分なのだろう、七宝君は怪我のダメージも忘れて部屋を飛び出していった。

お兄様がちらりと私を見たけれど、行きませんよ。それは私の仕事ではありません。

吉田くんや桐原先輩たちに囲まれてお話しする様子は、男子高校生のあるべき姿のよう。

わちゃわちゃしてて青春の一ページそのもの。私は控えてその姿をひたすら目に焼き付ける。

でも、じっと見つめてしまうとお兄様は気付かれてしまうので時折視線を切るようにして見ていたのだけど、ちょっと熱がこもり過ぎたかな。

お兄様が輪から外れてこちらに気付いて断りを入れてこちらに来てしまった。

 

「深雪」

「お疲れさま」

 

赤くなった頬は触れると若干熱を帯びていて。

 

「気持ちいいな」

「私の手でよければいくらでも冷やしてあげるわ」

 

私の手に頬を押し付けるように手を添えて、目を閉じるお兄様。・・・周囲が皆顔を背けました。そんな見ちゃいけないみたいな反応されても。

 

「でもこの部屋は時間が限られているものね」

 

だから早く部屋を移動しましょう、と声を掛けるとお兄様はそうだねと頬の手を掴んでつないだまま部屋を出ようとする。

掃除も済んでますしね。このまま出ても問題ないのでしょうけど。桐原先輩にあとは任せろとぞんざいに手を振られました。

向かった先は生徒会室だったのだけど、部屋の前で立ち止まる。

 

「いかがなさいましたか?」

 

二人きりだから敬語で問いかける。

繋がったままの手をもう一度頬に運ぶお兄様は私の手の冷たさにもう一度目を伏せる。

 

「ずっと深雪に冷やしてもらいたいところだが」

「そんなことをしたらお仕事になりませんよ」

「お前の仕事を全て片付けてやるから冷やしていてくれないか」

「そんなことをしてはほのかが仕事になりませんよ」

 

あと泉美ちゃんね。私は良いんだけど、ほのかちゃんたちが噴火しちゃいます。会長も気が気じゃなくなっちゃいそうだしね。

 

「仕方ない」

 

お兄様は諦めて手を離してくれ――る前に引き寄せて私の体を抱きとめると耳元に囁いた。

 

「ご褒美は決めているんだ」

 

かすれ気味の声に心臓が大きな音を立てたけど、聞かれる前にお兄様の腕は私を解放した。

 

「家に帰ったらお願いするから」

 

・・・・・・一体私は何をさせられるというのか、帰るのが怖くなった。

お兄様は私の動揺に笑いながら今度こそ生徒会室に入っていった。続いて私も入るけれど、ピクシーに様子を確認されてる?

熱やらを確認するみたいに触手が動き回る。結界張っていたから問題ないのだけど、仮面がうまく被れず心配かけるような顔してたかな?

心配してくれてありがとうね。いい子。お茶を持ってきたときにお礼を言いながら撫でるとテロンとその手にじゃれつかれた。可愛い。

・・・ピクシーに癒しを求めるくらいに私は疲れているらしい。

ブン、との音にお兄様とテレパシーで会話をしているのを察知。さっきの試合の映像データの改ざんのお話みたい。

お兄様は声も発していなかったからメールでお願いしたんだろうね。記録に残しちゃいけないものがありましたからすぐに処理しないと。

こうしてお兄様にとっても意味ある戦いも終え、春のダブルセブン騒動は終息を迎えた。

 

 

――

 

 

夕食の準備で水波ちゃんがキッチンに籠る間、私はお兄様の部屋にいた。

勝利したご褒美を強請られているところなのですが。

 

「・・・今、なんとおっしゃいました?」

 

思わず聞き返してしまったけれど、お兄様の笑みは揺るがない。

 

「キスが欲しい」

 

・・・うん、聞き間違いではないらしい。

魚の、とかボケたら実演とかされそうでそんな冗談も迂闊に返せない。

というかこれはトラップが仕掛けられてる?『キスしてほしい』、ならわかるけど『キスが欲しい』って――いや、お兄様に限ってそんなトラップ仕掛けないか。

お兄様は意地悪だけど流石にそこまでは、ねぇ・・・。お兄様相手にも言葉の裏を疑ってしまうなんて失礼だね。申し訳ない。

 

「勝利したら褒美のキスが定番だろう」

 

どの世界線の定番でしょうね。

確かにあるけど。そういう話は聞くけども。妹からもらって嬉しい?そう言うのって恋人とか思い人とか一番の美女とか――あ、深雪ちゃんは一番の美少女ではあったね。

・・・マジですかお兄様。本気で言ってます?

 

「深雪のお願いを聞いてあげただろう?」

 

そうですね。私が見たいってお願いしましたけども。

しかもお兄様にとって気乗りしない試合だったのに、私が期待したから大変苦戦してまでも勝ってくれましたものね。

 

「あの勝利はお前に捧げたものだ」

 

だから、どうか俺に褒美を。なんて、手を取って触れないキスをするなど仕草まで気障すぎますよ。

ベッドの上で横並び。腰には逃げないようにか腕が添えられている。

見つめるお兄様の目は愉しそうに細められていた。しかも期待で輝いているようにも見える。

・・・お兄様、本当に感情が豊かになりましたね。

私相手には消されていないとは言っても、そこまで強く出るのは喜怒哀楽といった基本的な感情ばかりだったのに、今ではこのように多彩な色を見せてくれるようになった。

嬉しい、喜ばしいことなのだけどね。

 

(・・・妹に向ける好意じゃないと思うんだよなぁ)

 

ここで育んで、他の誰かに似た感情を感じて恋をしていくのだろうか。だとしてもこのプロトタイプを受ける衝撃を、私はあと何度受けることになるのだろう。

・・・身が持つ気がしないのだけど。残機が残っていない気がします。

でも以前に一度だけ通り魔のように犯行を及んだ私です。二度目もやって見せようじゃありませんか。

女は度胸!と気合を入れて寄せられる頬に首を伸ばしてそっと触れる。

音は立てられなかった。ただ触れるだけの口付けを、押し当てるようにしてすぐに離れる。一瞬だけの接触。

それだけでも心臓がバクバクと脈打つ。全力疾走並みの激しさ。苦しさを覚えるくらいの緊張を強いられたのに、受けたお兄様はくすくすと笑って私を抱きすくめた。

 

「勝った甲斐があったというものだな」

 

・・・・・・やっておいてなんですが、こんなのでお兄様は本当にいいのだろうか。

だって、あの試合でお兄様は本当にギリギリの戦いを強いられていたというのに。勝てたのはお兄様の術式解体を使用できる条件が整ったからだ。構造が理解できる状態にたまたまなったから勝てた。

あのまま接触型術式解体が展開されたままだったらきっと消耗戦が続いていた。

薄氷の上で戦っているような緊張感がずっと続くのだ。普通ならまず精神が持たないけれど、そういう意味ではお兄様は焦燥がない分強い。

だとしても疲労は感じるだろうけど。

 

「不満顔だね。何か言いたいことでもあるのかな」

「・・・こんなのでよかったのでしょうかと不安になりました」

 

顔を覗きこまれて気まずくなり俯きながら正直に答えると、お兄様はさらに抱き込むように力を込めて。

 

「最高のご褒美だよ。これ以上望むことなどあるはずもない」

「・・・お兄様は欲が無さすぎます」

「そんなことは無い。随分欲が深いと自分に呆れている。こんな可愛い妹を独り占めできて、更に勝利のご褒美にキスまで貰えるなんて、欲張り過ぎだ。今にも天罰が下りそうだな」

「こんなことで怒る神様ではないでしょう」

 

なにせ、実の姉弟をなんやかんやのご都合主義で結婚できちゃうような設定作る神様ですから。

きっと兄妹ラブラブは本望です。・・・この形があっているかはわかりませんが。

 

「だと良いがな」

 

ただこの神様はお兄様をトラブルに巻き込むことも大好きですので、天罰とは別にたくさんのトラブルを用意されていることでしょうけど、それは私が少しでも減らせるよう頑張りますので共に乗り越えましょうね。

コンコン、とドアがノックされる。

 

「夕食の準備が整いました」

 

水波ちゃんの声に応えて立ち上がる。

 

「参りましょう、お兄様」

「ああ」

 

するりとお兄様の腕から抜け出て振り返る。お兄様は眩しそうに目を細めてからゆっくりと立ち上がった。

 

「深雪」

「はい、」

 

何でしょう、と振り返るより早くお兄様は私の横に回り込んで頬に口付けを落とした。

 

「やはり貰いすぎた気がしてな。少しだけ返す」

「~~~!!」

 

淑女の仮面を何度お兄様は割るつもりなのだろう。真っ赤になった顔を手で覆い隠す。

お兄様はそのまま横を通り過ぎ、部屋を出て行ってしまわれた。

 

(不意打ち過ぎる!というかキスは返却不可です!!)

 

しばらくその場に蹲っていると、水波ちゃんがもう一度呼びに来てくれた。

しゃがみこんでいる私に驚いた水波ちゃんだけど、私の顔を見て何かを察したのか、とりあえずお兄様の部屋から連れ出してくれて、一旦私の部屋で落ち着くようにと座らせてくれて水と濡れタオルを持ってきてくれた。

階下では水波ちゃんが「達也様!」と大きな声でお兄様を叱る声が聞こえた。

年下の女の子に怒られるお兄様。一体どんな表情で受けているのか気になるけれど、私がそれを見られるのはもう少し時間がかかりそうです。

 

 




これにてダブルセブン編終了です。
修正加筆地獄が終わらなくてどうしようかと思いました・・・。
でもこれだけやってもまだたくさんあるんだろうなぁ、と思うのですが力尽きました。
いつも修正してくださってありがとうございます。

今回は大分甘々成分が少なかったんじゃないでしょうか?
書いている本人はもう何が甘いのかわからなくなってまいりました。
このお話で書きたかったのは深雪成主の無双でした。
ほーほっほっほ!と高笑いさせてあげたかった。残念ながら戦闘シーンが苦手なのでうまく書けなかったのですが、そこは読者様の想像力を頼りにさせていただきたいです。

ついに二人暮らしではなくなりました。
深雪成主は新しい同居人に大喜びですが、ね。
これからどうなっていくか、次のお話をお待ちください。

スティープルチェース編の前にいくつか番外編を更新して、その間に修正頑張りたいと思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。