妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!(修正前)   作:tom200

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スティープルチェース編 前編

 

六月ももう終わり。

入学後のひと月、ちょっとした騒動はあったものの内々のことだったため、学校全体としての派手な事件・事故の無い平和な4月であったと言えよう。

昨年は外部が絡んだから例外。小さく収めたけどおっきな事件でした。生徒たちはほとんど知らないけどね。

とまあ、その後もトラブルに見舞われる事なく平和そのものではあったのだけれど、一年生の間では流行したものがあった。

――実写版プリンセスとナイトの日常的いちゃつきウォッチング、なるものだそうです。

水波ちゃんが淡々と努めて冷静に、泉美ちゃんが表面上淡々と、漏れるオーラは禍々し気に教えてくれた。

先輩たちがこぞってこっそり教えてくれたそうだよ。学校内だけの秘密だよ、と。

それもう絶対学校外にも言ってませんか?

言ってない?新入生が来るまで我慢してた??外部には漏らしたくないそうです。自分たち一高だけの特別な秘密にしたいんだって。

妙な結束力が一高にあるらしい。

これっていいことなのかな?

秘密が守られるならいいこととしましょう。もうどうにでも好きにしてください。

私たち兄妹はいつの間にか観光スポットのイルカにでもなったらしい。

特に食堂は人気らしく早い者勝ちで先輩たちと席を競っているとか。

・・・実に平和な争いだね。

その場で私が何事です?と視線を向けるだけで収まるし、席を譲り合うし、最終的にどっかから椅子を持ち寄って仲良く昼食食べてるし。

うんうん、争わずに済むなら初めからそうしましょうね。

その流れまでがワンセット?体験型のイベントでした??

一年生の中には初めの頃、七宝君同様一科生が二科生を見下している風潮があったが、先輩たちの態度を見て自分たちが少数派だと知ると、いつしかその考えは変わっていった。

二科生でも実力のある者はいて、得意分野が違うだけ。

その認識が広まっていった原因は、昨年の4月の出来事を舞台で再現した新演劇部部長がいたから。変な伝統を継いだね、演劇部。アレを題材に自分たちの伝えたいことを表現したい!ってことらしいけど。

部員も皆ノリノリだったみたい。一応主役の名前は変えてくれたそうだけれどね――誰だ柴咲冬美(しばさきふゆみ)って。

柴咲貴也(しばさきたかや)とは??私たちの周囲は大爆笑。エリカちゃんからはしばらく冬美と貴也君と呼ばれた。

捻りがないけどその分わかりやすくていい、と。

でもね、冬美ちゃんはショートカットだったんだって。似せる勇気が無かったから変えたそうです。

すまんね。深雪ちゃんが美少女のばっかりに、いらぬ苦労をお掛けします。

お兄様役はアクションを頑張ったんだとか。思ったより本格的だったよ、と現場を知るエリカちゃんは評していた。

とまあそんなこともありつつ、あっという間に夏がもうそこまで来ていた。

 

そう、二年目の九校戦である。

 

二年目の九校戦の見どころは、・・・お兄様の苦労話だ。

何でもできてしまうお兄様が色々仕事を請け負って、そこにさらに追加でお仕事がきてしまう。

キャパオーバーになるところを深雪ちゃんに泣いて止められる、そんなお話だ。

一番大切にしなきゃならない女の子に泣かれて、ようやく疲労を実感するお兄様。

――お兄様がブラック企業の社畜思考になってる・・・。

動けるうちはまだまだ元気。倒れてからが本番、みたいな。

良くない。良くないですよ。

しかもパワーアップしたパラサイドールなる、パラサイトを人工培養してロボットに押し込んだ軍事兵器の性能テストを、何も知らない高校生たちで試そうなんて、非常識ここに極まれりな作戦を実行しようというのだからさあ大変。

十師族、自分の子が直接絡まなければ何でもやらかす。

だけど四葉がいるのがわかってるのにどうしてGOサイン出した?どう考えても狩られるってわかってたよね??

結構な資金かかっているはずなのにあっさり壊されるとか。ご愁傷様としか言いようがない。散財したかったの?

どうせだったら軍だけで訓練すればいいのに。どうして素人高校生相手に九校戦でやろう!になったのか。

お兄様で性能チェックしたかった?対抗手段はあるし、いざとなったらストッパーになるからって?

普通出荷する予定がある商品なら、まずは自分たちだけで性能チェックして安全を確認してから外部を交えて試験投入するものではないの?

しかも製造過程の途中、信頼できない外国人の手が入るとか。

どうぞ罠をお好きなだけ仕掛けて下さいと言っているようなものでしょう。

どうしてそれが渡りに船!の発想になる?お花畑か??・・・失礼。

ちょっと前世で目算の甘い上司に辛酸をなめさせられた記憶が。

外注しちゃった本人はどうとでもできる、という謎の自信があったようだけど、もしかして軽く催眠でもかかってた?そんな描写は無かったけれど相手はあの周だし。

・・・まさか言葉巧みに、だけじゃないよね?

俺ツイてる~、とか思っちゃってないよね??最終的にはパパンが帳尻を合わせてくれるから大丈夫とでも思っていたのか。

なんていうか、九島翁の苦労が偲ばれる。成人した息子の尻拭いをさせられ続けるって大変だね。

でもそうさせたのは、息子本人の気質だけではないだろう。幼少期からの環境も良くなかっただろうから。

息子の教育を間違えたというより、本人の性格に合わせて教育できていなかったんだろうね。

だから、その歪みが末のお孫さんの誕生に繋がったのだろうけれど。

だけどね、悔んだからって、魔法師にこれ以上の悲劇を生みたくないからって、他の魔法師の子供たちをドロップアウトの危険性しかない試験に巻き込むのはどうかと思いますよ。

何がしたいのおじいちゃん。未来を見据えすぎて足元が全く見えていない。

目標と目的が全くもってかみ合ってない。これは耄碌と言わざるを得ないですよ閣下。

その尻拭いをお兄様が一手に引き受けなければならない理由なんてないはずなのに、私に危害が及ぶかもしれない可能性及び、大惨事を避けるために一人立ち向かうなんて無茶が過ぎる。

リーナちゃんと二人で相手にしていた人数の倍近くをたった一人で倒さなければならないなんて、どんな無茶ぶり?

しかも戦闘ロボットだから性能は上がっているとか。

ただでさえ疲労が蓄積しているお兄様になんて追い打ちをかけるのか。

許せないよねぇ。

こんな作戦実行する九島はもちろん、容認している七草も同罪だ。

だけど、忘れてはいけない。そもそもお兄様を疲労させる初めの原因は、私たち一高生だ。

いくら有能で頼りになるからといって、何でもかんでもお兄様に任せ過ぎである。

お兄様もこれくらいならこなせるか、と引き受けてしまうのも原因。

少しは人に回すことも覚えておかないと将来ワンマン社長になっちゃいますよ。

――そして将来、仕事が忙しくて奥さんを蔑ろになんてしちゃって不幸まっしぐらに、なんてことも。

それだけは阻止せねば。

全てはお兄様の幸せのために!

 

 

――

 

 

「会長、自治委員会と風紀委員会からの報告及び提言はすべて決済待ちのディレクトリに入れておきましたので、明日までに確認しておいてください」

 

放課後になって一時間、有能なお兄様は仕事に一切の手を抜かない。

普通ならこんな短時間で終わるはずのない業務量をあっさりと片付けられ、退室の許可を会長に取りに行っていた。

他にもやりたいことが山積みのお兄様なので時間を有効に使おうということなんだろうけど、それにしても早い。

会長は、ちょっと甘えてお仕事手伝ってくれてもいいのよ、と言っているけれど、それをすると困るのは会長ですよ。

お兄様に対して、早く業務が終ったら早退するシステムを導入したのは会長と五十里先輩だ。

お兄様の有能さが便利すぎてすべての仕事をお兄様が熟しそうになったのを、慌ててストップをかけたのだ。

このままではお兄様に依存してしまい、お兄様がいなくなった後の生徒会が回らなくなる未来を危惧してのことだった。

正しい判断だと思います。

でも早退システムの理由を会長たちが直接言わなかったせいで誤解が生じたり、お兄様も深く理由も聞かずに自由な時間を得られたと有効活用してしまうので、その後の九校戦の無茶にも繋がってしまうのだけどね。

ちなみにこの件で、お兄様とはひと悶着あった。

お兄様曰く、生徒会入りした主な目的は私の傍に居る為であって、何故追い出されなければならないのか、と。

CAD携帯許可も理由のはずだけどお兄様的にそちらは二の次らしい。それは置いといて。

だけど、昨年はその自由な時間があったから図書室通いができていたではないか、と伝えるとお兄様は私の顔を大きな手で包み込んで、切なそうに言うのだ。

 

 

「寂しいと思うのは俺だけなのか?」

 

 

・・・意識跳びかけたよね。多分魂は一回身体を離れた。

近づくお兄様の切なげに揺れる瞳に釘付けでしばし動けずにいたのだけど、触れそうになるくらい近づいたタイミングで何とか息を吹き返して、両手でお兄様の頬を挟んで動きを封じる。

・・・危機一髪。何かわからないけれど危険を回避した気がした。

 

「お兄様とずっと共にいられることは、それは嬉しいことですけれど、私の我侭でお兄様を束縛してしまうのはいけないことでしょうから」

「いけなくなんてないさ。お前が望んでくれれば俺はいつだってお前の傍に居るよ」

 

Oh・・・。お兄様が色男モードに突入されてしまった。

この至近距離で浴びせられると脳が痺れて動けなくなってしまいそうだ。

というより束縛がまんざらでもないように言わないでいただきたい。私にそのような趣味は無いです。

・・・じゃなくて、お兄様には自由になってもらいたいのですから。

 

「では、私は望みます。お兄様がこの学校でしかできないことをなしてくださいませ。・・・二人の時間はお家の方がゆっくりできますもの」

「・・・全く、深雪には敵わないな」

 

頬を包み込んでいた手がするりと流れ落ち、腰を引き寄せられて密着する形になった。

かろうじて私の腕がお兄様との間に隙間を作ってくれている。

 

「学校ではこんなに触れ合えないからな。家で時間を取ってもらえるならば我慢するか」

 

・・・お兄様の言葉に、私はどうやら大事なものを差し出してしまったらしい、と気づいたのは後の祭りだった。

水波ちゃんと暮らすようになって、触れ合う時間が減っていたはずだったのにこの発言後、時間こそ短いものの濃密な触れ合いが増えた・・・気がする。

しばらく触れてなかった期間が長かったからかその反動があったようで、それ以降この触れ合いが常態になってしまった。

と、私の犠牲については今は置いておくとして。

お兄様は生徒会の自分の仕事を終わらせると、時に図書室で調べものを、時に体を動かしに練習場へとアクティブに活動して過ごしている模様。

お兄様が自由に動けているのはいいことです。

・・・お家での濃厚になったスキンシップもストレス解消に一役買っていると思えば、何とか耐えられる。

お兄様はいつも私のためを思ってくれているけれど、働き過ぎている心臓だけは思いやってくれない。

時には休ませてあげて欲しい。止めちゃダメだけどね。

そんなわけでお兄様は今日も仕事を終えられ早退です。

会長たちの説明不足による誤解で泉美ちゃんなんて本当に仕事をしているのか疑っている――というかサボっていると思っているみたいだけど、お兄様はきちんと割り当てられている仕事をきっちりこなしてますよ。

それでサボっていると思われるのは理不尽だ。

 

「深雪」

「いってらっしゃい」

 

あとで迎えに来るというお兄様に、私はひらひらと手を振って見送る。

待ってる、という言葉もいいのだけど、同じ戻ってくるならいってらっしゃいの方が良いかな、と。お兄様もニッコリ笑顔(私視点)。

ほのかちゃんも便乗で手を振ってる。可愛い。

私も今日はちょっと早めにお仕事しようかな。泉美ちゃんのフォローを入れつつ今日こそ誤解を解いておかないと。

本来なら私もこの程度の作業はすぐに片付く。だてに四葉でお勉強はしていないのだ。

だけど、ここはチームでお仕事しているわけだから、輪を乱すようなことはできない。

お兄様は良いの。やることいっぱいあるのだから。別枠です。

でも私は生徒会長になるのだから、皆を成長させ、まとめ上げるのが仕事ですからね。

一応過去の整理されていないフォルダをこっそり整頓する作業はしているので遊んでいるわけでもない。

こういうのは時間がある時にやっておくと、あとで楽になりますからね。

というわけでささっと作業を終わらせて、泉美ちゃんの元へ。

 

「だいぶ慣れてきたかしら?」

「!はい。深雪先輩が教えて下さったおかげで」

 

あら、さっきまでお兄様にご不満です、ってお顔してたのに。

今じゃ恋する乙女・・・じゃなくて憧れの先輩を見る・・・にしてはちょっと熱視線なんだよなぁ・・・、と思わなくもないけれど、これが泉美ちゃんだ。しょうがないね。

お仕事もちゃんとできてる。いい子なんです。いい子なんですけどね。

香澄ちゃん曰く、熱しやすく冷めやすいらしいから冷めるのを待ちましょう。

 

「ふふ、兄さんがお仕事サボってるように見えた?」

「っ!!も、申し訳ありません。深雪先輩のお兄様だってわかってはいるのですけれど・・・」

 

あら素直。言ってることはあれだけど、素直な子は褒めておきましょうね。

・・・うん、ほっぺが赤くてかわいいね。瞳も潤んじゃって。・・・美少女にそんな表情で見られたら別の扉が開きそうになるので、もうちょっとその好き好きオーラを抑えていただきたいところだけれども。

 

「兄さんを追い出しているのは私たちよ」

「え?」

「兄さんが本気で仕事をしてしまうと全部一日で終わってしまうから、私たちの仕事が無くなってしまうの。それだと兄さんだけが頑張って他の皆が何もできなくなっちゃうでしょう?だから兄さんは与えられた仕事だけをやって、早退してもらっているの。割り当てられた分だって私よりも多いくらい。兄さんも4月から生徒会の仕事を任されているのだけど新人期間なんてなかったわね。一日で全部覚えちゃったから」

「あの時の達也さん、すごかったですよね。私なんて全部できるようになるまで三か月もかかったのに」

 

ほのかちゃんもお話に参加してきました。ちょっと余裕が出てきたのかな。

 

「司波くんは能力が高すぎです。もういっそのこと会長の仕事も任せたいくらいですよ」

 

中条会長はちょっと拗ねながら机に突っ伏してしまった。可愛い。いじける姿も可愛いですよ先輩。

皆の気が緩んだのがわかったのか、ピクシーがコーヒーを持ってきてくれた。

最近は空気まで読める子になったんですよ。いい子。

 

「ありがとうピクシー。ちょうど欲しかったの」

 

お兄様がいなくても率先してお仕事してくれるなんて。

にっこり笑ってお礼を言うと、彼女も口角をちょっぴり上げて目を細めてくれる。

彼女なりの笑顔に更ににっこりしてしまうね。可愛い。

今日も触手は元気にうねっております。調子いいね。

 

「それは流石にダメだよ中条さん。というか、中条さんも十分仕事熟せてるからね」

 

五十里先輩のフォローにのっそりと顔を上げる。

確かに先輩の言う通り会長はよくやっている。生徒会の仕事だけでなく、九校戦の準備も同時進行に行っているのだから。・・・これが裏目に出てしまうのだけど、彼女は一切悪くない。・・・今度多めにお茶菓子作ってこよう。

 

「頼り過ぎちゃうと生徒会が機能しなくなる恐れがあるからね。七草さんには誤解させちゃったみたいだ」

「いえ、私も理由も考えずに。申し訳ありません」

 

先輩たちが素直に理由を言っておけばこんな誤解が生まれることは無かったのだけどね。

お兄様、そんな誤解されたとしても気にも止めないから。

うんうん、理解できれば誤解も解けるよね。これでお兄様への悪感情も――と思ったけれど、それは早計でした。

 

「・・・そうですよね、司波先輩がいなければ、私が深雪先輩を独り占めできるのですから」

 

わあ。ヤンデレ要素をお持ちです?仄暗い光が瞳に宿ってますね。

というか、私を独り占めとは??ここには他にも先輩方居ますよ。ほのかちゃんもいるし。何より――

 

「深雪様から・離れて下さい」

 

ピクシーが私たちの間に入った。

 

「な!?何を」

「マスターから・深雪様を・お守りするよう・申しつかっております」

 

今特にテレパシーを使った形跡がなかったので、元々言いつけられてたのかな。まあお兄様の最優先事項だからピクシーにも頼んでておかしくない。

ありがとうお兄様、ピクシー。

 

「ピクシー、守ろうとしてくれてありがとう。泉美ちゃんも、別に私に何かしようとしたわけではないから大丈夫よ。ね?」

 

・・・たぶんだけど、ピクシーの行動は正しいと思う。けどね、こうやってけん制しておけば多分大丈夫だと思うから。

ピクシー、ご不満だろうけど我慢して。そのご不満ですっていう触手のうねうね怖いのでちょっと抑えてくれると嬉しいなー。

感情表現が本当に豊かになりましたね。波動で感じるだけだからわかるの私だけだけど。

泉美ちゃんも正気に戻ったのか目の色を戻してもちろんです、とにっこり。・・・言質取ったからね。

 

 

――

 

 

「今日はピクシーが私のことを守ってくださったのですよ。ピクシーにそのような指示を出されていたのですね。ありがとうございます」

 

就寝前、勉強も終えてのひと時を、お兄様の部屋で過ごす。

おやすみの挨拶もかねての僅かな雑談タイムだ。

本当は勉強の合間のコーヒーブレイクの時でもいいと思うのだけど、そうすると勉強に戻れなくなるアクシデントが発生したので、何もすることが無くなってから二人の時間を設けることになったのだ。

・・・アクシデントについては詳しくは述べられない。察していただきたい。

 

「・・・本来生徒会室で内部の人間相手には発動する予定などなかったのだがな」

 

泉美にはもう少し警戒度を上げるべきだったか、とお兄様は真剣に考えているけれど、警戒なんてしなくとも危害は加えられないと思いますよ。

一応、七草家の御令嬢ですし。

だけどお兄様には七草のご令嬢だということがさして防波堤になどならないと思われているよう。

ご令嬢なんだから立場とかお家のこととかが彼女を冷静にさせてくれると思うんだけどな。

 

「今日は図書室で過ごされたのではなかったのですね」

「ああ。レオと水波のところに邪魔させてもらった。水波も随分部活に馴染んでいたな」

 

水波ちゃんのお話はとても面白かった。美少女にお湯をぶっかけられるとか、ご褒美でしかない。今年の山岳部はハッピーだね。

その業務を嫌がらず仕事を淡々とこなす水波ちゃんは天使かな。疲れ切ったところに熱くてもお水をくれるわけだからね。きっと天使に見えるはず。小悪魔な水波ちゃんも素敵に違いないが。

その仕事自体結構ハードなお仕事だと思うけれどね。やかんにお湯がたっぷり入ってそうだし、それを皆に配り歩くのだから足腰とバランスがうまく取れないと出来ないことだ。

・・・まあ四葉での暮らしが役に立っているのだろうね。あそこも山々に囲まれてますから。

 

「水波ちゃんも学校生活を楽しめているのならよかったです」

 

ただの私の護衛としての仕事じゃなく、水波ちゃんの時間も取れているのならよかった。たとえそれが時間つぶしであっても、西城くんがいるならば気にかけてもらっているだろうから。安心です。

 

「深雪」

「はい」

 

安心していたのだけれど、束の間だったよう。

名を呼ばれてお兄様を見れば、・・・ここ最近の定番となったお色気モードのお兄様ですね。

 

「深雪が嬉しそうな顔をするのは喜ばしいが、俺がさせているのではないというのは悔しいね」

「・・・何を悔しがるというのです。お兄様がお話ししてくださるから知ることができて、私は嬉しいのですよ」

 

ぎしり、とベッドが音を立て、お兄様が近寄ってくる。

その表情には憂いが浮かんでいて、どうにかしてあげたいという気持ちも湧き起るのだけど、同時に脳内で危険だと母の声で警報が聞こえてくるわけで。

イマジナリーお母様のお声が聴けるのは嬉しいのだけれど、その時は大抵危機に見舞われる時だと学習したので今や恐怖のサイレンとなっております。地震予測のあの不安な音みたいな。麗しいお声なんですけどね。

人が亡くなるとまず記憶で一番に失っていくのが声だというけれど、このイマジナリーお母様のお陰で全く持って記憶が褪せない。そのことは嬉しいのだけど。

 

「ほら、また俺以外のことを考えている」

 

・・・なぜバレるのでしょうね?やっぱり心の中を読まれてますか??

 

「お兄様のお顔をこんなに間近に見ては、お母様を思い出すのはおかしなことではないでしょう」

「・・・俺との共通項なんてないだろうに」

「何をおっしゃいます。お二人の不満顔はコピーしたようにそっくりですよ」

 

顔のつくりはあまり似ていない二人だけれど、表情だけはそっくりな二人。思い出すなという方に無理がある。

内心では慌てているものの、表向きはくすくすと余裕あるように笑って。

 

「あまりそのように拗ねないでくださいませ。お兄様がそんなに可愛らしい顔をされてしまいますと、今すぐ抱きしめて撫でたくなってしまいます」

「可愛いというのは複雑だが、深雪に甘やかしてもらえるなら受け入れよう」

 

すっとを下げるお兄様の頭を胸に抱き寄せてサラサラの髪を撫でさせていただく。

シャンプーの香りが鼻腔を掠めた。

こうしてなされるがままのお兄様は可愛らしく思えて、胸が高鳴る。

 

「深雪の心音はいつまでも聞いていたい」

「そんなに面白いものではないでしょう」

「そんなことはない」

 

そう言うとお兄様は腕を私の腰に回してさらに密着する。

 

「ほら、早まった。とても素直でわかりやすい」

「・・・心音は誤魔化しようがないですから」

 

・・・というか離れましょうかお兄様。今のこの状況、とってもよろしくないですよ。

妹の胸に顔を埋めて縋るように抱きついてます。事案です。

 

(というか心音聞かないで?!恥ずかしい!!)

 

ぺしぺしとお兄様の背を抗議の意味を込めて叩くもお兄様は動きを見せない。なんてお兄様だ。妹を恥ずかしがらせて何がしたいというのか。

またストレスをためて揶揄っているというのか。確かにお兄様は今、自身の研究でお忙しいはずだけど。

 

(止めていただきたい!死んでしまいます!!)

 

「ふっ、また早まったね」

「これ以上心臓に負荷が掛かっては、私は早死にしてしまいそうですね」

「それはいけない。・・・困ったな」

 

ゆっくりとお兄様が離れるけれど、お兄様の顔は・・・うん。まだお色気全開のオーラが漂ってます。殺しに来てます?

するっと私の頬を撫でそのまま後頭部に手を回すと今度は逆転して胸に抱き寄せられた。

 

「それなら二人、早死にしそうだ」

 

どういう意味か、と尋ねるよりもその音は雄弁だった。

 

(・・・お兄様も、早い)

 

「・・・どうして」

 

気が付けば口から疑問が零れ落ちてしまっていた。

この距離で聞き逃すことなどないのでお兄様はすぐに答えをくれた。

 

「深雪と一緒にいて高揚するなという方が無理だ。特に最近はお前を独り占めできる時間は限られているしな。こうして触れられるだけで舞い上がってしまうんだ」

 

・・・・・・・・・だから、お兄様。それは妹へ向けるセリフじゃないですよ。

さっきよりも自身の心臓が激しく動き出した。やっぱりお兄様は殺す気だったのだ。止めを刺された気分です。

 

「嫌ですよ、早死になんて。私はお兄様が素敵なロマンスグレーのおじ様になるのを楽しみにしているのですから」

 

こんなハイペースで心臓を働かせては危険だ。母が警鐘を鳴らすのも当然だった。

このままじゃ母との再会が早まってしまう。早死にはダメ。絶対。

私の言葉に気が抜けたのか、お兄様はくすくすと笑って今度こそ私の身体を放してくれた。

 

「深雪がそう望むなら仕方ないか」

 

俺としては、共に死ぬのも悪くないんだが、との呟きは聞かなかったことにします。

 

(なんて言葉を呟くんですかお兄様!恐ろしい!!)

 

止めの後にまでナイフを突き立てに来るなんて。恐ろしいお兄様だ、本当に。

夜だから?夜のテンションだからおかしくなっているのだろうか。あるよね、そういう時。

いつもなら考え付かないアイディアが出て話を一本書き上げるんだけど、朝見るとなんでこんなのを書いたんだろう?みたいな、ね。オタクあるある。

あの時はとても素敵なものを作った気がしたのだけど。おかしいね。

 

「もうこんな時間か。深雪との時間はあっという間に過ぎてしまうね」

「そうですね。ではそろそろ私は部屋に戻ります。お兄様、おやすみなさいませ」

「ああ、おやすみ」

 

すっとベッドから立ち上がって、お兄様に向けて頭を下げて部屋を後にした。

お兄様のドアが閉まったタイミングで顔を覆って急いで私の部屋へ。

もうね、結構限界ギリギリですよ。お兄様は本当に妹をどうしたいというのか。普通に可愛がってほしい。

水波ちゃんがきて距離感が普通に戻ったと思ったのだけど、・・・多分時間が短い分濃度が濃いだけで、希釈すれば以前の触れ合っている時間と変わりないのかもしれないけれど、濃縮されるとより一層お兄様の甘さが際立つわけで、正直言って心も体も持たない。

カル〇ス原液は飲んではいけないのですよ。いくら体にピースであっても薄くしているからピースなのだ。原液は全然ピースじゃない。

アレは毒だ。過ぎたる甘さは毒へと変わる。

どろりとして、甘くのどに絡みついていつまでも存在を消さない。ひりひりとのどを焼く様にしゃべることもできなくなる。

 

(お兄様に愛を向けられる人は大変だね)

 

あの毒のような愛を飲み干さねばならないのだから。

まだ見ぬお兄様の恋人に同情しながらベッドに突っ伏した。

 

 

――

 

 

九校戦は夏休みに行われるが、生徒たちの準備はそのひと月前の競技の発表からすでに戦いは始まる。

だが、その期間には定期テストもあるわけで。

いつもバタバタしてしまうことを気にしていた会長は、生徒たちのために前もって準備を始め、生徒たちも納得の上でその志に賛同して共に着手していた。

おかげで七月に入る頃にはある程度選手が決まっており、傾向と対策もばっちり。後は練習を重点的に、と何もかも順調に思えた。

フライングで九校戦の準備をしてひと月、――その凶報はついに届いてしまった。

 

お兄様と生徒会室へ入ると、そこは絶望溢れる部屋でした。

 

まだ挨拶をしてくれる五十里先輩はマシに見えるけれど、彼の背負う絶望もなかなかなものだ。

中条会長はもう机から体を起こすことさえできないほど打ちのめされている。

一体何があったのかとのお兄様の問いに、五十里先輩は力ない声で答えようとしたのだが、歯切れが悪く、言い澱んでいたのを、まるで屍のように突っ伏していた中条会長が後を引き継ぎ答えた。

 

「九校戦の運営委員会から今年の開催要項が送られてきたんです」

 

近年競技種目が変わることなんてなかったからこそ、ひと月も前から準備をしていた。

すべて順調に思えた最中の運営委員会からの変更の知らせ。

三種目も変更になるとはそれだけでも十分事件なのに、更に掛け持ちでの出場が一種目を除きできなくなるとあっては、選考はほぼやり直しと言ってもいい。

つまり、準備してきたことがほとんど無駄になったということである。

これは絶望を抱いても致し方ないことだろう。

私は新しい種目がどういったものかを聞くのを後回しにした。

だって、今一番しなければならないのは、どう考えても絶望に打ちひしがれている先輩のケアだ。

お兄様の袖をちょんと引っ張って目礼すると簡易キッチンへ。ピクシーもついてきた。

紅茶を淹れてもらう指示をして、私は持ってきていたフィナンシェをお皿に並べた。

バターたっぷりの、幸せの味のするフィナンシェ。

ピクシーに運んでもらう後ろに付いて中条会長の元へ。

 

「会長。一息入れましょう」

「深雪さん~」

 

おおっと、いつもは触れ合い拒否気味の会長が抱きついてくれました。何とも庇護欲そそられる泣き顔とお声に私も全力で応えます。

 

「会長は頑張っていましたものね。お辛かったでしょう」

 

きゅっと抱きしめて。

 

「今年も連覇しなくては、とプレッシャーもある中、しっかりと準備をなさっておいででしたものね」

 

ふわふわの頭を撫でて。

 

「生徒たちも皆、会長の手腕に感心し、付いてきてくださってましたから、余計に申し訳なく思っているのですね」

 

その頭を胸に抱きかかえるようにして。

 

「・・・う゛ん!・・・う゛ん!」

 

しがみつかれる力がどんどん強くなってます。責任感の強い先輩ですものね。

重責に耐えながら頑張ってきたのにこの仕打ち。恐怖と怒りが入り混じって複雑な感情が渦巻いて発散することもできずにいた。

そこに水を向ければ、こうなっても仕方ないこと。

中条会長の方から抱きつかれたなら後はそっと背中を撫でる。

怯えた小動物を落ち着かせるように。

その背後ではお兄様と五十里先輩が新しい種目について話し合っていた。こちらに気を使ってのことだろう。

全く、大人たちの勝手な都合で迷惑を被るのはいつだって子供たちなのだ。

軍事色の強い競技が増えたことで、世論にも疑惑を強めさせ、一体どうするつもりだったのか。

野党を喜ばせて日本を分裂させる狙いですか?人間主義者がうるさいことも読めたでしょうに。

戦争に魔法師を投入したくないと掲げているくせにやっていることは火種を生むことなのだから、本末転倒もいい所だ。

バレなかったら何してもいいわけじゃないからな。責任もちゃんと持って。いい年した大人なんだから。

九島は妄執に捕らわれ周囲が見えていなかったことが理由としてわかるけど、七草はもっと周囲を見てほしい。

四葉の力をそぐことしか考えていないとはどういう了見なのか。こっちは完全に個人的な目的でしかない。何がしたいのよ本当に。

その先に何を求めているのかがさっぱりわからない。

 

「会長、この怒りは大会に向けて、私たちは前進しましょう。誰も会長を責めません。慣例を変えた大会主催者にこそ、その不満はぶつけるべきですもの。その不満を原動力に、一高は一丸となって優勝を目指しましょう」

 

そう、悪いのは勝手な都合で大会を我が物顔で利用する大人たちだ。

会長がそのことで気に病むことなどない。

――絶対、彼らの思う通りになんてさせない。

こんな可愛い中条会長を泣かせたことを後悔させてやる!

気合を入れたところでお兄様たちのお話もキリがよくなったようだった。

そこで改めて種目の話を聞き、三種目変更と掛け持ちがほぼ不可の話を聞いた。

軍事訓練に使用されているカリキュラムなので、お兄様はその種目がどういったものかを知っていたけれど、そのままのルールが大会に起用されるということはないようだ。

一応学生の大会だからね。怪我をしにくいようルールが追加されているようだ。

まだ今の段階では軽くしか知らないので、開催要項を熟読しないとわからない。

理解するには時間がかかるかも・・・と思っていたのだけれどお兄様が凄いスピードで読み始めましたね。

これならあっという間でしょう。

中条会長はこのころになってようやく顔を上げ、前を向けるようになっていた。

 

「・・・おいし~」

 

甘いものも心の回復に一役買ったようでなによりです。

だけどここでお兄様が息を吹き返した会長に止めを刺す。タイミング狙ってました?

 

「スティープルチェース・クロスカントリーは障害物競走をクロスカントリーで行う競技だ」

 

自然だけの障害物以外にも魔法や自動銃座が設置され妨害を受けるサバイバル競技。いや、競技なんて生易しいものじゃない、実戦を想定した軍事訓練そのものだ。

なぜこれの許可をした運営。

しかもこれの撮影は定点カメラだけでほとんど中継を流さないなんて、怪しいことしています!と言っているようなもの。

どうやって視聴率稼ぐ気だったんだ。大会運営費だって安くないのに。

九島や七草も資金はたんまりあるだろうけど、買収がバレたら大変なことになるだろうに。この時代にだって寄付にも限度がある。

 

「相当危険な競技と思われますが、その競技に一年生以外全員参加となるのですか?」

「ポイントは高いから一発逆転を掛けて、皆参加するだろうね」

 

五十里先輩が厳しい表情で応える。

この時点で五十里先輩も最悪の事態を想定できていたのだろう。

唯一理解できていなかったのは、大会のことで頭がいっぱいになっていた中条会長だけだったのだけれど。

 

「・・・余程しっかり対策を練らなければ、ドロップアウトが大勢出ますよ」

 

このドロップアウトの言葉に会長は大きく体を震わせた。

ドロップアウト――それは魔法師高校の学生にとっては恐ろしい単語だ。

人生を大きく狂わせる、魔法師生命を絶たれるということを指す言葉だから。

魔法は繊細で、肉体だけでなく精神からも影響される。精神的ダメージやストレスによって魔法が使えなくなるケースは毎年聞かれる話だ。

 

「そんな・・・」

 

そんな恐ろしい競技に生徒たちを多数出場してもらわなけらばならないなんて、と絶望に打ちひしがれる中条会長に、五十里先輩も何も言えないとこれまた辛そうな表情に。

・・・こんな時で申し訳ないけれど、先輩のそういった悲痛の表情は大変危険です。

お兄様とは種類の違う色気が漂います。なんだろうね、この細い肩を抱いて慰めてあげなければ!みたいな庇護欲は。しないけどね。

なによりも、この後の修羅場を生まないためにも中条会長のケアをもう一度。

 

「会長、兄さんが言ったように対策を練りましょう。九校戦の準備がリセットされてしまったことは残念ですが、ここは早めに切り替えてリスタートすればまだ間に合います。他校も同じ条件でしょうから」

「!!そ、そうですよね!とりあえず部活連と、各部活の部長たちにも説明しないと!」

 

そうですね。こういう時の報連相は迅速にせねばおかしなことになってしまいますからね。

落ち込んでいる暇はない!と奮起する中条会長。ご立派です。

五十里先輩もほっと一安心しつつ、準備に取り掛かってます。皆有能。

お兄様はいつの間にか私の横に来て頭を撫でてくれます。労われてる。

微笑んで享受していたら、そこにお使いに行っていたほのかちゃんと泉美ちゃんが現れてプチ修羅場が。

ほのかちゃんそんなどもって何してるか尋ねなくても。

泉美ちゃんも、そんな地を這うようなお声で何してるか尋ねなくても。

・・・どうあっても修羅場は回避不可能イベントでした。

でも五十里先輩たちに降りかからなかっただけマシかな。忙しそうにしていた五十里先輩に、現れた花音先輩は応援を送っていた。

 

 

――

 

 

え、あの後私たちの修羅場がどうなったかって?

何をそんなに慌てているの?と兄妹すっとぼけで生徒会のお仕事に戻ったら鎮火しました。

下手な言い訳より何も特別なことなどなかった、と自然体でいる方が事態は治まりやすいから。

素早く仕事に移ったことで今日の作業は早めに終わり、エリカちゃん達いつものメンバーで帰れることになった。

というか、皆情報通だから訊きたいことがあったんだよね。吉田くんから誘われたという時点で何かあることはわかるけども。

途中まで七草姉妹と一緒に帰路に就いていたのだけど、喫茶店までは香澄ちゃんが嫌がったため二人は帰っていった。

・・・雫ちゃんも吉田くんも居るのだから風紀委員として色々聞く機会でもあると思うんだけど、これはあれかな、上司のいるところでリラックスなんてできないからってことかな。若者の飲み会離れが頭を過る。

あれって結構重要な話聞けたりして会社で生きやすくなるためのちょっとしたヒントを集められる場所だったりするのだけど・・・人付き合いが面倒な人にはただの辛い会にしか思えないだろうからね。

まあ、そんなわけでメンバーはいつもの二年生メンバーにプラス水波ちゃんとなった。

水波ちゃん、居辛くない?大丈夫?無理しないでね。

飲み物が行き渡るとさっそく吉田くんから質問がお兄様に飛んだ。

九校戦の種目が変わったことについて、なぜ知っているのか尋ね返すと今度は雫ちゃんが答える。

 

「委員長と五十里先輩が話してた」

 

筒抜けですね。まあ隠すことではないのだけれど。

その事情を知っていたのは風紀委員の二人だけで、エリカちゃん達は驚愕の声を上げていた。

まあ、そうか。部活連には連絡済みで、明日には情報がいきわたる予定ではあったけど、つい先ほど公表されたことを選手でもない彼らが知るにはまだ早かったようだ。

変わった種目とそのルールを説明するお兄様。

すでにその頭にはルールブックが入っているようです。・・・この有能さが仇になるなんて、お兄様はいらぬ苦労を背負う星に生まれてますね。

器用な人間ならこれを回避できるのですが、お兄様こういうことにはひどく不器用を発揮する。

というより自分に関心がない弊害なんだろうけどね。自分がやればいっか、みたいな。

エリカちゃんはシールド・ダウンに目を輝かせ、美月ちゃんやほのかちゃんは直接やりあう対戦形式の試合に不安を覚えたようだ。

今までの競技は直接ぶつかり合う対決なんて無かったから。

一般スポーツならあるけど、魔法は武器だから高校生の大会と考慮されて、直接相手に当てるようなものはほとんど行われてこなかった。

 

「でも本当に危険なのはシールド・ダウンよりスティープルチェースの方だと思う」

「そうね。正直この競技は高校生レベルを逸していると思うわ」

 

雫ちゃんの意見に賛同すると、周囲の空気は一気に重くなった。

誰もが思っていた。この三種目は――

 

「なあ、達也。今回加わった三種目って、やけに軍事色が強い気がすんだけど?」

「そうだな」

 

お兄様は否定なさらない。

こんなことで気休めを言ったところでどうにもならないことはわかっていたから。すでにこれは決定事項なのだ。綺麗事など言ったところで世間からどのように言われるかなど考えるまでもない。

 

「恐らく横浜事変の影響だろう。去年のあの一件で国防関係者が改めて魔法の軍事的有用性を認識し、その方面の教育を充実させようとしているんじゃないか」

「反魔法主義マスコミがアジっているとおりになってるね」

 

エリカちゃんの皮肉たっぷりの言葉に、嘲りの表情の混じる笑み。うーん。美少女はわるぅい顔も様になるねー。

だけどこの場の空気を変えるにはちょっと足りない。

 

「ああ、時期が悪いとしか言いようがない。なぜこんな分かり易い変更を行ったのか・・・。現下の国際情勢で焦る必要はないと思うんだがな」

 

なにも大会でアピールすることはなかったはずだ。

自己都合しか考えない大人たち、権力者たちはもっと世間に目を向けるべきだった。

私はこの話に怒りを覚えるのだけれど、美月ちゃんとほのかちゃんは不安に思ったみたい。

そうだよね、裏事情知らなければそうなるのが普通だ。

 

「・・・それはともかく、しばらく忙しくなりそうだ」

 

お兄様が空気を変えようとしてか、うんざりしたような顔で近い未来を嘆く。

これはパフォーマンスも入っているけれど、本音がたっぷり混じってますね。・・・こういう反応はちょっとかわいく見えてしまう。

 

「そうね、生徒会としてもだけど、兄さんは去年の活躍があるから期待されることも多いだろうし」

 

流石に同級生の前で頭を撫でられるのはお兄様とて恥ずかしいだろうから、そっと机の下でお兄様の腿に手を置いた。

するとすぐにその手にお兄様の手が重ねられて握りこまれる。

逃さないと言われるように捕らわれた手はちょっと引くくらいでは奪還できそうにない。

お兄様~?とちらりと見れば、お兄様はすまし顔でなんだ?と言いたげな表情。・・・そう来ますか。

机の下で始まった静かな攻防戦を、周囲に気づかれないように会話は続く。

 

「確かに、達也くんの去年の活躍凄かったもんね」

「エンジニアとしてもすごかったけど、前回の実績があるからね。作戦を立てる参謀としても忙しくなりそうだね」

「選手としては出ないのか?」

「・・・レオ、俺の身体は一つしかないんだぞ。この上選手までさせられたら流石に俺も体がもたない」

「達也さんなら選手としても活躍しそう」

「でも、前回は女子だけでしたけど、今度は男子からも調整を任されそうですものね」

「山岳部はやってもらってるから去年みたいな抵抗はねぇだろうな」

「でも全部を達也さんがやるわけにもいかないから、今年は達也さんの取り合いになりそう・・・」

「取り合いって。そんなことにはならないさ。五十里先輩や中条先輩もかなりの腕前だし、今年は魔工科もあるからな。まだ三か月だが、去年より素人というわけでもないぞ」

「それでも、兄さんは指導にも回るんでしょう?」

 

自然に会話に加わりつつ、手全体を引き抜くことを諦めて悪戯しそうなお兄様の手を、自身の足に引き寄せて両手で封じ込める。

机の下の攻防は第二ラウンドに突入していた。

・・・表面上は普通に見えているはず。お兄様は涼しい顔でコーヒーを飲まれているけれど、何かしら動きそうなの気付いてますからね。

 

「伸びそうな芽は伸ばした方が良いだろう」

 

お兄様面倒見がよくなりましたね。自己負担を減らすついでだ、と言うけれど、そのために育成までしてしまうなんてすごいことですからね。

天下のシルバーから調整の指導を受けてたと知ったらどうなるんだろうか。

 

「うわー。完全に指導側の意見。まああの腕前持ってればそうなるんだろうけど」

「腕前って、エリカの調整はしたことないだろう?」

「それでも九校戦の活躍見てればわかるわよ。達也くんの調整した選手が軒並みトップを独占したんだから」

「いくら選手の素質があるって言っても、一年生がそこまで特出するケースは滅多にねぇよ。深雪さんはその稀なケースだが」

「西城くんは褒め上手だから図に乗ってしまいそうだわ」

 

口元に手を当てて笑みを隠すと、お兄様の手が残る手を逃さぬとばかりに絡め取るように繋いだ。・・・恋人つなぎされてしまった。抑えを外したらすぐこれだ。さっきの拘束より逃れられないヤツー。

 

「褒め言葉じゃなくて事実。深雪は断トツだった」

「あら、雫まで?そんなに褒めても明日のおやつくらいしか出せないわよ」

 

何を作ろうかしら。甘さ控えめのチョコチップクッキーでもどうだろう。

・・・ところでお兄様、繋がったままの手の甲を指で撫でるの止めません?なんでそんなに可動域が広いの?関節柔らかい?指長いですね。

 

「今年も深雪無双が見られそうねー」

「でもメイン種目が一つしか出られないのは痛いよね」

「ああ、スティープルチェースはカメラほとんど映らなそうだし、選手専用カメラなんてなさそうだもんね」

「有名選手、有力選手にはそれくらいしてもいいと思うんだけど」

「そんな不平等な映し方はしないだろう」

「わかんないわよー。視聴率稼ぐためならそれくらいの贔屓しても当然でしょ」

 

テレビなんだから、というエリカちゃん。確かに去年の大会は私が映る場面とか七草会長の映る場面とかが多かった。

画面映えする人間を撮りたくなるのはしょうがないことだけれど、流石に長距離レースでそれは無いと思うよ。ただのマラソンじゃないし。・・・そもそもただの大会競技でもないし、映せないこといっぱいの予定だから。

 

「ソロとペアがあって、被っていい種目はスティープルチェースのみとなると、選手の数が相当増えそうだね」

「ああ。そこも頭が痛いところだ」

「ただでさえ、選手を一から選ばなければならなくなった上にソロとペアも選ぶとあっては選考が難しくなりそう」

 

頭を抱えたくなる中条会長の気持ちもよくわかるというもの。

だけどそんな暇はない。

大会まで一か月しかないのだから。

私もただ選手として行動するのではなく、生徒会としても動かなければ。

 

(そして何より、多忙のお兄様の為少しでもお力になるべくお手伝いをしなくては!)

 

原作ではお兄様から選手として集中するように言われてその通りにしていたけれど、ぶっちゃけこの深雪ちゃんが負けるはずないのだ。

もちろん油断なんてしないけれど、練習もたいして身になるようなことにならない。練習相手のためにはなるかもしれないけれどね。

原作のように圧倒的に力の差をぶつけるようなやり方はよくないと思うので、そこも調整するつもりだけど。アレは練習というより一方的な蹂躙になっちゃうから。

せっかくこれだけの能力がある。お兄様の代わりにはならないだろうけど深雪ちゃんだからこそ手伝えることがたくさんあるはずだ。

気合を入れたせいでお兄様と繋がっている手を強く握ってしまったら、お兄様の親指が手のひらを擽ってきた!

 

「っん」

 

手の甲と違い、はっきりと感触が伝わってくすぐったさに思わず声が抑えきれずくぐもった声が漏れる。

慌てて紅茶を飲んでごまかしたけれど、隣でお兄様が笑みを浮かべたことで周囲が何かあったと気付いてしまった。

皆の目線が机の下あたりに向けられていますね。見えないだろうけど、何かがあると睨まれている。皆勘がいい。・・・それとも経験則かな。

 

「・・・達也くぅん?」

「深雪が随分気負っていたからな。気を紛らわせようとしただけだ」

「やっぱり達也さんは私と席を代わるべき」

 

雫ちゃんが静かに怒ってる。

私の両サイドはお兄様と水波ちゃんで埋まってます。

水波ちゃんを一人にするわけにもいかないので、いつも隣にいた雫ちゃんと離れて座っている。その横にはほのかちゃん。

確かに、お兄様はあっちに座ってもいいと思うのだけど、気づいたら隣にいたよね。

そして雫ちゃんやエリカちゃんの非難の視線に対してお兄様、どこ吹く風ですね。

視界では西城くんと吉田くんがコーヒーを注文している姿が捉えられます。というかすでにマスターが持ってきているということはこうなることわかってました?

疑惑の視線を向けたらぱちんとウィンクを頂きました。

・・・もしかしなくてもマスターのいるカウンターからは見えてましたか。・・・・・・恥ずかしい。

 

「達也兄様、深雪姉様が可哀想です。今すぐ手を離してください」

「深雪から触れてくれたんだがな」

「だとしてもです。深雪姉様にいつまでも甘えすぎですよ」

 

おお、水波ちゃんが私を守らんとしてくれてます。ガーディアン務まってるよー!心の中で応援上映気分でペンライト振ってますけど、表面上は未だ赤面が取れてません。

本当、最近の淑女の仮面は脆すぎるね。気が緩んでいるのかな。

 

「なんか、家の中でもこんな感じなの?」

「こんな感じとは?」

「んー、年下に注意されてる、的な?」

「大人げなく取り合いとかしてんじゃねぇよな?」

 

ここぞとばかりにお兄様に非難が集中してますね。

しかし、取り合いなんて。・・・母とはよくやってましたけどね。懐かしい。

 

「母親とはよくやったが、年下の従妹相手にそれはないだろう」

 

あら、お兄様も同じことを思い出されてましたか。

その発言は同級生のみならず水波ちゃんも驚かせてます。

彼女自身、司波深夜を見たことはないだろうけれど、存在は知っているだろうから。

・・・それだけでなく、母と息子が()を取り合っているとは思わなかったのもあるのかな。

なかなか聞かない家族関係だからね。

 

「・・・つまり達也くんの深雪好きは親譲り?」

「似た者親子?」

「親譲りではないな。俺の方がずっと深雪を見ていたから」

「いや、そこは普通生まれた直後から見ている親の方ではないのか」

 

お兄様、その辺グレーゾーンなので引き返してください。故人と張り合わない。

でも、あっていると思いますけどね。母の一番はお兄様でしたから。

多分あの事件が無ければ、あのように愛してもらうことはなかった。あったとしてもずっと憐みで愛されるだけだっただろうから。

だからずっと見ていたお兄様には確かにわかっていたのかもしれない。母の愛が、私に向いていないで一方的だったことを。

・・・わあ。今更知りたくない真実を知ってしまった?いや、予想はしてましたけど確信までは至らなかったのに。

お兄様としては親譲りではなく、先に自分だった!と主張したかっただけなのだろうけども。

ま、終わりよければすべてよし!よね。最終的に親子仲良くなったのだから完全勝利ですよ。そういうことにしましょう。

 

「ほら、皆に言われているでしょう。水波ちゃんに注意されるのは恥ずべき事よ」

「そう言う深雪も水波を可愛がり過ぎて困らせるのはよくないんじゃないか」

「うっ、それは・・・」

 

このままべたべたの触れ合いを無くそうと指摘したらしっぺ返しがきました。

・・・確かにお兄様が注意されるより私が困らせることの方が多い。

だって、水波ちゃんが可愛いから。

 

「やっぱり深雪、うちで住み込みの家庭教師しない?」

 

あら、雫ちゃんから魅惑のお誘い。

お泊りでのお勉強会なら興味がありますけどね。住み込みは流石にできそうにない。というかできないね。

 

「雫、まだあきらめてなかったのか」

「達也さんの専属もあきらめたわけじゃないよ」

 

あらあら。お兄様とセットで雇ってくれるんですって。最高の環境だね。

 

「深雪を働きに出さなければならないほどウチの家計はひっ迫しているわけじゃないからな」

 

ひっ迫どころかかなり裕福です。お兄様の個人資産だけでも相当の上、父からも一応形上の生活費を入れてもらってますからね。・・・お兄様が生み出しているお金ですけれど。

お兄様のお断りの言葉に、雫ちゃんは反論しようもなくこの話はまたもうやむやに。

でもそこまで必要としてくれるのは嬉しいね。そうお兄様に微笑みかけると、お兄様は苦笑して返した。

 

 

――

 

 

次の日は朝からてんてこ舞いだった。

昨日のうちに部活連と部長たちに通達し、今朝には学校中にその知らせは轟いた。

チャンスの無かった部活にチャンスが来て喜色を浮かべる一方で、毎年決まっていたからと今年も自分たちの部活から選出されると思っていた部活が落胆する現状。

だが、時間は待ってはくれない。

競技が変われば準備も変わる。

競技に必要な道具の発注も各学校の、さらに言えば生徒たち主導で準備しなければならない。

ということで生徒会はフル稼働。そこに通常業務も変わらずあるのだから余計忙しかった。

いっそ会社のように朝から晩まで仕事だけさせてくれればいいのだけれど、ここは学校。

通常授業もあるわけで、作業できる時間が休み時間と放課後のみだった。

その短時間で手配まで終えたの、すごくない?

明らかに三月までの面子ではできなかった。・・・はっきり言ってしまえばお兄様がいなかったらまず無理だった。

一人だけ違う仕事量に、中条会長はお兄様に向かってありがたやーと拝んでいた。

 

 

 

「いや、俺だけでなくお前も拝まれていただろう」

 

夕食後、ソファに腰掛けて水波ちゃんに淹れてもらったコーヒーの香りにほっと一息入れながら、今日の出来事を回想していた。

 

「それはお茶菓子を提供したからだと思いますよ」

 

あんな時だからこそ、糖分は必須。ピクシーに手伝ってもらってティーブレイクを途中強制的に挟ませた。

皆顔色ヤバかったからね。

 

「深雪の手配の手際には感心したよ」

「恐れ入ります」

 

それは前世で培ったスキルのお陰ですね。お役に立ったならよかった。

その結果、発注はどこの学校より先んじて行えたらしい。こういうのは早い者勝ちのところもあるから初動が早くできてよかった。

お兄様が労うように肩に腕を回して抱き寄せる。

・・・水波ちゃんがいる時に珍しい。お兄様もお疲れでしたからね。

注意しようとする水波ちゃんを視線だけで制する。

水波ちゃんはプロとして成長しつつあるのか、主の意向を汲み取れるようになってきた。

ちょっと不服です、ってお顔ですけどね。抑えてくれるらしい。ありがとう。

笑みで返すとほんのり頬が赤く染まる。まだ初々しくて可愛いね。

水波ちゃんとコンタクトを交わしていたら、お兄様の腕が肩から腰に回されて更に密着する。

ソファ越しからは見えないだろうから水波ちゃんからは見えていないはずだけど、お兄様どうしました?

 

「今日は同じ空間に居たのにお互いほとんど別作業に没頭していたからな」

 

あら、寂しさを感じて下さっていたということだろうか。それは嬉しいことを言ってくださる。

 

「さながら戦場のような状況でしたね」

 

怒号さえ飛び交わなかったけれど、指示する声や確認の声が飛び交っていた。

 

「途中、うっかりお兄様と呼び掛けてしまいました」

 

集中しすぎて気が回らず、ついお兄様と呼びそうになってしまった場面があった。うっかりうっかり。

 

「ああ、あれは微笑ましかったな。おかげで一瞬心が和んだ」

 

学校の先生をお母さんと呼んでしまう、あの恥ずかしさと似たような羞恥だったのだけど、それがお兄様の心の潤いになったのならまあいいか。

密着しているのでお兄様の漏れる笑いが振動となって伝わる。

忘れていたわけではないのだけれど、密着していることを自覚すると、その熱が顕著に感じられて急に恥ずかしくなった。

背後に水波ちゃんがいるのに、こんなに密着しているなんて、兄妹と言えど節度っていうものが必要なのではないだろうか。

水波ちゃんが注意しようとしたのを止めたのは私だけど、今更になっておかしいと思い始めた。

そういう意味を込めてお兄様を見つめれば、お兄様は意を汲み取ってくれたけど、切なそうな表情を浮かべられる。

 

(うっ・・・その表情には弱いの知っていてそういうことするぅ・・・お兄様は意地悪だ)

 

これはあとでお兄様の部屋に呼ばれるんだろうな、と予感が過ると同時にお兄様の拘束する腕がするりと腰を撫でて、耳元に顔を寄せられたところで、電子メールの着信音が鳴った。

背後で水波ちゃんが素早く動き、お兄様もすっと離れて背後を振り向く。

小さなモニターを確認していた水波ちゃんが振り返るのだけど、その顔には戸惑いが浮かんでいた。

 

「達也様」

 

戸惑いというより困惑かな。

 

「メールが届いております。・・・その、差出人の名前が無いですが」

 

差出人が知らぬ人だったならこんな困惑は無かっただろう。

現代社会で差出人の名前を偽造することはできても『無し』というのは形式上不可能のはずだった。

わざわざ差出名を無くしてまで送られてきたというメールにお兄様が関心を寄越さぬはずもなく、しばし熟考の後、決めつけるのは早計かと口にして手元の無線コンソールで作業し始めた。

あらゆる可能性を考えた上で慎重に作業するお兄様って素敵だよね。

久々にオタク心がお兄様の行動にファーファーしています。

慎重に事を進める真剣な横顔カッコいい。プロフェッショナルって感じ。

原作知識通りなら相手は藤林さんで、内容としては個人的SOSなのよね。

軍からも関係性を警戒されて身動きが取れない状況。そんな中、頼れるのは妹が危険にさらされる予定のお兄様。

彼女は十師族の血縁としても柵が多いから。その反面お兄様は自分の立場より妹優先だから、軍だろうが四葉だろうが都合を考えないのである意味柵が無い。

彼女にとってこれほど頼りになる人はいないだろう。

・・・迷惑めっちゃ掛かってますけどね。そこは持ちつ持たれつでチャラにしようとしていたのか。彼女もそういうところは計算高いから。

 

(でもパラサイドールのこと、本当に彼女にはどうにもできなかったのだろうか?)

 

機械のお人形さんなんだから、電子の魔女ならば外部操作で停止させるシステムを潜り込ませることなどできなかっただろうか。

家を裏切れず、かといって軍も頼れず。彼女も苦しい立場なんだろうけれど、そのせいでお兄様がいらぬ苦労を背負わされるんだよね。

この情報はありがたいけれど、できれば自分の家のことは自分で片をつけて欲しかった。

・・・それが無理なことは重々承知だけどね。次期当主候補の私にだってそんなことはできないのだから。

権力を持った頭の固い方々を止めるなんて実力行使以外で方法はない。盲信に走った輩は死ななきゃ止まらない。

メールの暗号解析が済んで、モニターに表示された言葉は内容を知っていても衝撃を受けるものだった。

かろうじて言葉は呑み込んだものの、おいおい冗談だろうマイケル?と言いたくなるほど信じがたい内容で。

 

「新型兵器の実験ね・・・。鵜呑みにもできないが、頭ごなしに否定もできないか」

 

九校戦の種目変更は国防軍の圧力によるものであること、九島家がこれに乗じて秘密裏に開発した兵器の性能試験を企んでいること、その舞台となるのがスティープルチェース・クロスカントリーであることを伝える内容。

 

「国防軍の関与は事実だろう。だが匿名の時点で胡散臭いし、もっともらしい嘘にわかりやすい事実を混ぜるのは定石だからな・・・」

 

種目変更が全て国防軍による圧力だったか、と言われるとあそこも一枚岩ではないから、としか言いようがない。

良いように利用されたり持ちつ持たれつだったりと、損得を考えての種目変更だからね。

確か発言力を持つようになった強硬派を落ち着かせるために、彼らの希望通りに軍事色強めの競技をぶち込んだのだったか。そこに便乗する形で九島が機械仕掛けの魔法人形を公開実験に持ち込む、と。

見事に自己都合しか考えていない大人たちですね。

内情を探ったところでお兄様には意味がない。お兄様にとっての問題は新兵器が九校戦に持ち込まれる、この一点に尽きるわけで。

九島が関わっているならば、九重先生を頼るのも必然で、十師族が動くとなれば四葉へ連絡するのもまた必然。

 

「四葉への連絡はお任せください」

「深雪自身がするのかい?水波から葉山さんにお願いしようと思っていたのだが」

「こういった情報は早い方がよろしいかと」

 

なら任せる、とお兄様に託されて、私は一旦自室へと向かった。

ただ先ほどのメールを添付するだけでなくいくつかの言葉を添えてメールを作成、叔母様ではなく葉山さん宛に送付した。

葉山さんにも恐れ多いけれど、叔母様に雑用なんてお願いできないからね。

当然だがこの回線はかなり厳重に秘匿されている。何をどうやっているかは知らないけれど、お兄様が知らないという時点でかなりの技術の詰まったプロテクトがなされているのだろう。

余りここで長く作業をしていると不審がられてしまうのですぐにリビングへ戻る。

コーヒーは冷めてしまっているけれど、せっかく水波ちゃんが淹れてくれたのでね。淹れなおされてしまう前に魔法を使って熱を取り戻して一口。

香りは戻らないけれど温かい飲み物はほっと安心を与えてくれる。

 

「ありがとう深雪」

「このくらい大した手間ではございませんので。お兄様のお役に立てたのならなによりです」

 

水波ちゃん、仕事を奪ってしまってごめんね。

でも一使用人から送られるメールより次期当主候補の方がお目通りは早いだろうから。

 

「明日師匠にも相談させてもらうとするよ」

 

すでにその知らせは送ったらしい。お兄様も仕事が早い。

ことが事だけに、一人では限界があるとわかっているのか、お兄様はまるっと頼りになる大人に任せようという魂胆のよう。

人を頼れるのは良いことです。ジャンジャン頼ってください。

お兄様の負担が減ることを私は推奨します。

この後雑談もせず、静かにコーヒーカップを傾けた。

互いに身を寄せながら、熱を感じながら、視線を合わせることもなく、ただ寄り添う。

これからの騒動を互いに予感しながら――。

 

 

――

 

 

早朝、先生のお寺に着くと今日の用事が相談のみと前もって連絡していたはずなのに、お兄様は寺に入るなり強襲を受けていた。

うんうん、サプライズ好きの先生ならこう来ますよね。お兄様もわかっていたからこそのその恰好だったのだろうけど、今日はちょっぴり手荒だね。お兄様からささっと済まそう感が。

多分最速で片が付いたんじゃないかな。お兄様容赦ない攻撃でした。心の中で拍手。

先生は僧坊前の階段で腰を下ろしてご覧になってました。いつの間に。流石忍ぶ者。カッコイイ。

お兄様の後について先生の元へ。

 

「おはようございます、師匠」

「おはようございます、先生」

 

お兄様に倣って挨拶するけれど、先生今日もなさることがお茶目ですね、と思っていたのが表に出ていたのか、私に対して口角をニヤッと上げられた。

うん、この全て見透かしてる感じ、ぞくぞくしますね。最強キャラはこうでないと。

 

「やあ、おはよう」

 

何とも自然体なご挨拶ですね。朝練無しと言った割に強襲を掛ける悪戯を仕掛けた人とは思えない。

 

「じゃあ、中で話そうか」

 

・・・今、お兄様の発言するタイミングわかってて遮りましたよね。

出鼻を挫くことで自分のペースに持ち込む先生は流石ですが、その反面お兄様にフラストレーションが溜まるのでできるだけ勘弁してもらいたいのだけど。

先生の後に続いて中に入る途中でお兄様の袖をちょこっと引っ張る。

少しでも不満を散らすためにしてみたのだけど、今どうなったの?お兄様の手首付近の袖を摘まんだのだけどいつの間にか指一本、小指を絡ませて歩いています。

けれどそれも短い時間、すぐにするりと解放されました。なんだか狐につままれた気分。お兄様何がしたかったの?

背後からお兄様の機嫌が持ち直したことはわかったから、まあよかったのだけど。

・・・短時間の接触で私の心臓は激しい運動をした後のようです。お兄様の不意打ち攻撃に弱すぎる。

もう四年の修行を重ねているはずなのに一向に耐性レベルが上がらない。いや、耐性は上がっていてもお兄様の攻撃力が増しているのかも?

なんてくだらないことを考えていたら変わった香りが漂い始めた。

先生の魔法で蝋燭に火が灯っていた。

部屋の明かりが点々と付いていくのに同時に部屋が暗く感じられる、不思議な感覚。

――想子の光が遠のいていく。

 

「これは結界ですか?」

「内緒話だからね」

 

わあ。先生にしてはいつになく慎重になってますね。いつもはこんな結界張らないのに。

それだけこの話は危険だということか。

お兄様からの指示で、私も電磁波と音波を完全遮断する障壁を構築した。

だけど先生の反応はちょっと苦笑気味。この部屋でお話しする際の習慣だった模様。

早とちりでしたか。でもやり過ぎて悪いこともないでしょうからね。このまま続行で。

 

「師匠、この度は面倒な案件を持ち込んでしまい、申し訳ございません」

 

お兄様が頭を下げるのに合わせて一礼する。

パラサイドールの一件はどう考えても厄介事ですからね。

 

「九島も随分危険なことを考えたものだね」

 

先生はお兄様の、受けてもらえますよね?攻撃も暖簾に腕押し状態で往なした。どうあっても先生のペースは揺るぎない。

まあ、そんなやり取りをしつつ受けてはくれるんですけどね。

 

「今更言うまでもないだろうけど、ただでさえスティープルチェースは危険な競技だ」

「やはり先生もそうお考えなのですね」

 

お兄様も、雫ちゃんも気づいたようにこの障害物競走は言うまでもなく実戦レベルの軍事訓練だ。

ペイント弾だろうと自動銃座まで設置されるし、魔法の罠も仕掛け放題。

そこに制御装置の簡単に外れる機械仕掛けの魔法兵器が投入されるとあっては訓練どころじゃない、本物さながらの実戦が投入される。

生き残りをかけた命のやり取りだ。

 

「その危険な競技を新兵器の性能試験に使おうなんて、正気を疑いたくなる話だよ」

 

この時点ではまだ自分たちで製造・コントロールできているけれど、もう数日で刺客が潜り込まれてくるはずだ。すでに横浜に妙な動きがあることは善意の自称一般人の情報で某掲示板に雑談として話に上がっていた。

不審船が接岸していたそうですよ。警察も軍も、関東を守護しているという十文字・七草も何をしているのか。

何でも人員が足りないと言って機械任せにするから肉眼で観察している一般人に後れを取るんだよ。・・・っていうかまさか周たちあちらのお国の人たちも深夜に肉眼で港をウォッチングしてる一般人がいるって思いもしないだろうね。

たとえステルス機能を持っていても、魔法で隠されていても波の動きがおかしい、何かある!と気づかれているなんて――一般人って何だろう?逸般人??

とりあえず(四葉に)通報しました。

どう料理するかはお任せで。

 

「九島家が計画している実験について、師匠はすでにご存じだったのですか?」

 

思考が脱線していてもお兄様の声は聞き逃しません。

お兄様が踏み込んで質問する。

 

「例えば、新兵器の正体とか」

「P兵器、という符丁だけはわかっているんだけどね。残念ながら詳細は不明だ」

 

詳しく調べてなくてもその言葉を知り得るって、いったいどんな諜報を普段から行えばそうなるのか。

お弟子さんを派遣してる?・・・いや、先生の場合何事も自身で調べてそうだよね。

耳に入った情報を自身で裏取りとか取ってそう。疑っているわけじゃないんだけど迂闊に何でも信じられるほど単純な立場じゃなさそうだものね。

 

「風間くんなら知っているんだろうけど」

 

先生はどうやって軍部の情報までも知ったのか。

本人から連絡が来たと思えない。それだったら今回先生は率先してこの件に関わろうとしているのでペロッとしゃべるだろう。

先生の言葉に、お兄様が口を開こうとしたタイミングで私から質問を。

お兄様に変に裏切られた気持ちを味わわせることもないから。

 

「強硬派が動くことで、派閥以外の軍も静観する、ということでしょうか」

「おそらくだけど、九島が動いていることに気付いている一部が泳がせているんじゃないかな。――もしかしたらうまくいけば十師族の力を削ぐ事ができるんじゃないか、ってね」

 

・・・先生のそれは推理ですか?それとも予知?仏門に入ると神の御意思が伝わりやすくなるとか?仏と神はまた信仰が違うのだけど、神仏習合してましたかねこのお寺。西洋文化も取り入れちゃう先生のことだから利用できるものは何でも利用しそうだね。

でもお兄様ははっと気づいたよう。

風間さんが先生に報告しなかった理由。

彼らの所属する部隊の派閥は十師族が大きな顔をすることを良しとはしていない。

十師族と、それに支配された現在の魔法師界の在り方に批判的な派閥サイドの人間であることを、お兄様は思い出した。

そして自身が認められていなくとも、四葉の人間であることは間違いないことも。

お兄様は客観的に考えているつもりでも若干卑屈・・・というより最悪寄りに考えてしまうから、便宜上の軍人であり、階級も下であり、四葉所属の戦闘員の自分になんて連絡が来るはずない、とかお考えなんでしょうけどね。

軍にとって特尉であるお兄様は一応民間人だから連絡できないという判断だったようですよ。まあ、上層部としては十師族であることが全く考慮されてないとは思わないけど。

風間さん個人としてはお兄様に連絡した方が良いんじゃないかなって思っていたみたいだけどね。

・・・だって、ほら。九校戦っていえばお兄様の大事な妹が出場する大会で、その大事な妹が危険にさらされるとなったら、ね。誰だって去年の二の舞が過ってお兄様が動くことが予測付きますからね。

いや、お兄様九校戦の会場で表立って大暴れこそしなかったけど、あの電子金蚕仕込まれた時、風間さん近くに居ましたから、お兄様の異常に気付いていたもの。その後無頭竜相手に暴れていましたし。

そもそも出会いがアレでしたしね。沖縄での妹失いかけての大暴走。

当時中学生があれだけの破壊力を持って敵を壊滅させたのだから不安を抱くのも無理はない。

互いに話せないからこうしてボタンの掛け違いが起きてしまうのがもどかしい。

少しだけ、これくらいで直るとは思えないけれど、少しでもお兄様に風間さんに対する疑念は減らしてあげたい。

 

「九島が関わっているとなると、藤林さんも無関係とはいえなくなるのでしたら風間さんの部隊は待機を命じられている可能性が高いですね。そうなるとお兄様に出動命令も出ないでしょうから民間人相手にむやみに通達できない規律が適用されてしまった、ということでしょうか」

「ああ、達也くんに連絡がいかなかったのはそんな理由が妥当じゃないかな」

 

あら、先生が私の意図を汲み取ってくださった模様。ありがとうございます。

先生も中立と言いながら結構世話焼きですよね。・・・下心もありそうですけれど。

 

「とにかく九島が行おうとしている試験の中身がわからないことには、具体的な対策が立てられないな・・・」

 

先生はそうぼやいてみせるけれど、その瞳には挑戦的な光が宿っていた。P兵器の正体などすぐに突き止めてみせる、という自負の光というヤツだそうです。やる気ですね、先生。カッコイイ。これだから最強キャラは!好き。

 

「奈良へ行く必要があるだろう」

「旧第九研ですね」

「僕たちには因縁の場所だ」

 

第九研を巡る古式魔法師と「九」の数字付きとの確執は知っている。というよりこれからその件で大変大きな騒動になっていきますからね。

たった百年で怒りが風化するなら戦争など起きはしないのだ。

国を守るためとはいえ、人権や守ってきた歴史を無視すれば憎しみに変わることをなぜ二千年経っても学ばないのか。

その為の歴史書だったり記録でしょうに。

・・・まあそれも都合よく改ざんされた物だったり歪曲されてしまったものも含まれているのだけど。

今更こんなことを言ってもしょうがない。禍根は十二分に残り、今でも彼らは恨み続けている。

中には先生のように中立の人もいるけれど、そちらの方が少数だし、先生も完全な中立かって言うと――本当のところはわからない。

だけど、先生の心はきっと――

 

「ん?深雪くん、何か言いたいことでもあるのかい」

 

さっきから僕を熱心に見つめているけれど、と態と言葉にしたのはお兄様を揶揄うためですか?

お兄様の方からちょっと不穏な空気が。

 

「いえ、遊びに行くわけではないことはわかっているのですが、せっかく奈良に行かれるのですもの。もしお時間があれば風景の写真の一枚や、現地のお土産でもお願いしてもよろしいでしょうか」

 

原作では連れて行ってもらった奈良の現地調査だけれど、正直私が行く意味はせいぜい黒羽親子から情報を渡されるだけなので、東京で留守番していても問題ないと判断。

情報は必ず渡されるだろうから遅れても一日くらい。

一緒に行けばお兄様に快適な旅をお届はできるかもしれないけどね。

でもそれがお兄様の心を楽にさせているかと言うと・・・お疲れの様子だったからか、あまり楽しむ余裕も無かったように思う。

それならば無理についていくのではなく、お兄様が自分のことだけを考えて任務を完遂でき、更に帰りにちょっとした旅の思い出でも作ってもらえたら十分じゃないかな、と。

あと、普通にお土産買ってきてもらえたら私が喜びます。地名の入ったクッキーでもお煎餅でも、何なら奈良漬けでもいい。美味しいよね、奈良漬け。お酒弱いからそんなに食べられないだろうけど。

そう伝えれば、先生はじっくりと私の顔を見てからにんまりと笑って。

 

「なら、深雪くんも来ちゃいなよ」

 

とあっさりとおっしゃった。

 

「え?・・・私も、ですか?」

 

あれ?これもしや強制イベントでした??行かない選択肢を選んだら、まさかの先生からのアシストが。神の御意思?

 

「師匠、それは」

「いや、ホテルで待っていてもらえば危ないこともないだろうし、ちょっとした小旅行気分で行こうじゃないか」

 

もう一人連れて行くことになったところで問題ないよ、と先生は気楽に言うけれど・・・もしや気を使われている?まるで、穂波さんのようなお心遣いを感じる。

気が付くと急に胸が温かくなって頬まで赤くなった気がして少し俯いてしまった。

そのことに先生は何も触れず、ただ穏やかな笑みを湛えられていた。

 

(・・・ああ、これだから尊敬できる大人たちの言動は困る)

 

憧れずにいられない、この大人の余裕。

私が喜んでいるのがお兄様にも伝わってしまったらしい。

お兄様も先生の案に了承し、いつになるかまだ分からないけれど九校戦前に奈良旅行が決定した。

 

 

――

 

 

競技変更のお知らせが届いてから三日目のお昼休み。

生徒会役員と服部会頭が顔を突き合わせて選手選抜のために集まったのだけど、・・・うん、お兄様と服部会頭だけでお話が進んじゃってますね。

これはちょっと良くない傾向です。すでにお兄様が一人で突っ走り始めています。

去年の実績を鑑みてお兄様が総監督・・・じゃなかった、参謀に就いてしまったので忙しさが倍率ドンしてしまうことが決定した。

三高の吉祥寺君は選手も担うようだけれど、お兄様は調整も全てではないにしろ担当していますからね。

忙しさは共に過労死レベルだと思う。なんだって優秀な人は自ら苦労を買っていってしまうのだろうね。

過労死する気?過労死の先に天国は待っていませんよ、きっと。

と、いうわけで。

 

「兄さん、今後のスケジュールはどう考えているの?」

「そうだな。まだ新種目がどんなものかがわからないだろうから、とりあえず体験してみることが大事だろう。セットを組み立てて一通り通しでやってみるべきだ」

「ならセットの手配は――」

 

やるべきことを書き出して、仕事を分担していく。

お兄様は優秀だけれど、情報共有が後回しになることでほとんどを自身で指示して、それさえ面倒になったら自分でやってしまうでしょうからね。それだけは阻止しますよ。

自分でやった方が早い、はワンマン社長によくある行動です。

将来のことを思えば今のうちに矯正すべき思考です。

お兄様が原作のように会社を立ち上げて社長になるかわからないけれど、どの職に就こうともその癖は直しておくべきですから。

 

「対戦相手も自分の部活メンバーばかりでは良い発想も生まれないだろうから、そうだな。エリカやレオ辺りに頼んでもいいかもしれない」

「エリカたちなら奇想天外な動きで翻弄しそうね。練習相手にはいいのかも」

 

特にエリカちゃんシールド・ダウン気になってたみたいだし、大会に出場はしなくても競技ができるだけでも喜んでくれそう。

 

「・・・彼らを選手として出さないのか?」

 

・・・これはこれは。服部会頭からのまさかの質問。

去年まで二科生は出場した事例がない!とご立腹でしたのにね。先輩も柔軟な思考になった。

いつまでも認められないと駄々をこねるほど幼くもないけど、たった一年でこれだけの変化はすごい。明るい未来の象徴のよう。

 

「ルールに縛られた動きでは、彼らの本領は発揮できません。彼らのセンスならいい線までいくでしょうが、それでも魔法力がモノを言いますからね。最後に力押しに持ってこられたら彼らの勝率は下がります」

 

流石お兄様。友人だろうと冷静な判断。

そしてルールに縛られた動きではと前に付けたということはルール無用の勝負なら負けないと思っていそう。同意します。真剣勝負であれば学生同士ならエリカちゃんたちが負ける想像がつかない。

服部会頭はちょっと意外そうな顔をしながらも納得して引き下がった。

というより、もうお兄様の頭の中ではどれほどシミュレートされているのだろうか。脳内が既にフル回転疑惑。

 

「それだったら、私もほかの競技の練習相手に回ってもいい?」

「・・・深雪が・・・?しかし、深雪はピラーズブレイクの練習が」

「それなのだけど、ペアの練習相手ももちろんするわ。でもソロとして、何か発想を得たいの」

 

私はすでにソロとして決まっていた。

深雪ちゃんを誰かと組ませても勝てるだろうけど、ペアに回すのはもったいないそう。

ボッチじゃないよ。相性が悪いわけじゃない、と思う。ただ戦略的にね、そっちの方が良いんだって。くすん。

お兄様は私の発言に戸惑ったようだけれど、何処の競技も練習相手に不足している。

戦術の幅を広げるには慣れた相手よりも複数相手にした方が身に付くのはさっき自身でも言ったようにお兄様もよくわかっていた。

 

「わかった。深雪なら問題ないだろう」

「なら兄さんと重ならないようにどこから回るか考えないと」

「・・・俺が傍に居てはいけないか?」

 

あらぁ。お兄様、どうしてそんな寂しそうなお声で?

ほのかちゃんがそわっとしてますよ。泉美ちゃんも警戒してか、緊張感が漂ってきた。

 

「効率を考えたの。私が相手をしている間を待っているより、そのデータを解析してから作戦を立てた方が時短になって良いでしょう?」

「・・・・・・そうだな」

 

そんな絞り出したようなお声で。でもお兄様が寂しく思ってくださることがちょっと嬉しかったり。

 

「ありがとう」

 

だからいつもより緩んだ笑みで返すと、お兄様はしょうがないな、と諦めたような笑みで返してくれた。

それからいくつか仕事を分担し、お兄様にはできるだけ調整と参謀の仕事に集中できるようにしてもらった。

これで少しでも負担が軽減されるといいんだけど。

お昼も終わり、片付けを手伝いながら服部会頭の元へ。

 

「あの、ちょっとよろしいでしょうか」

「なんだい?」

 

服部会頭って後輩の面倒見も意外といいんだよね。まあ、会頭をするくらいなんだから組織を纏める能力に長けているのだろうけど。

こそっと近寄ってちょっとしたお願い事をすると、会頭はしばし考えたのちにわかった、と頷いてくれた。

・・・背後から視線を感じますけど、これは全てお兄様の為ですからね。

用事を終えてお兄様の元へ戻ると、お兄様が無言でじっと見つめてきます。

人目が無ければ頬を撫でて抱きしめて、腕の中に閉じ込めて耳元でごうも――聞き出すために囁くのでしょうけれど、そのような手を使わない判断力が残っていてよかったと安堵すべきなんでしょうね。

 

「兄さん、お互い頑張りましょうね」

「・・・深雪はあまり張り切り過ぎないようにな」

 

私の方が心配されてしまいました。

この心配の十分の一でも自分にかけられたなら、原作であれほど疲労しなかったでしょうに。

 

「それは兄さんもよ。何でもかんでも自分でやろうとしたらダメなんだから」

 

顔の前で小さくばってんを作ったら、お兄様はふぅー、と少し長めの息を吐いてから、私の頭に手を置いた。

 

「本当、深雪には敵わないな」

 

そう言って少しだけ頭を撫でてから、生徒会室を共に後にした。

 

 

――

 

 

練習初日。

お兄様がシールドダウンの練習に顔を出している時間、私は放課後前に水を張っておいたプールから、アイスピラーズブレイクに必要な氷柱を多めに作っておいて、並べるのを他の生徒に任せて近くのロアー・アンド・ガンナーの練習場に来ていた。

ここは昨年までバトルボードの水路として使われていた場所。

実際どんなフィールドが用意されるかわからないが、とりあえず水の上で空いている場所はここだった。

的は色んな部活動から借りてきて水路の脇や、小型ボートに設置したみたい。

扱ぎ手と射手がペアとなってタイムを競うペアと、両方を一人で担うソロの二種。

この競技に同時出走はなく純粋なタイムトライアル、つまり他の選手による妨害などは一切ない、ゴールまでの時間を競う種目となる。

だからこそ、選手の技量が際立つ。

なんにしても初めての競技だ。

競技概要はあるものの、実際どのように的が配置されるのかわからない。とりあえず基礎的な配置をしてみて、流してやってみることになった。

バトルボードの水路はレース用になっているので直線だけでなく急なカーブだったりもあるわけで、コントロール自体も難しい。

その上的を射抜かなければならないのだから、相当バランスが難しい。

特にペアは互いの魔法同士が重なって相克を起こしてなんてことになったらタイムロスに繋がるわけだから、相手との呼吸も合わせなければならないので、とりあえずどんな感じか操作することだけで手一杯のようだ。

ソロの方も一人で両方を担わなければならないから、切り替えのタイミングとバランスが難しくこちらも集中力が必要となる。

 

「・・・扱ぐ方に集中してしまうと的を見落としてしまうこともあるのね」

 

こちらはタイムを優先すれば的を逃して点が低くなり、点を優先すればタイムが遅くなる。なら間を取ってみてどちらもバランスよくも挑戦したが、それもただタイムを落とすだけという結果になった。

初日だとまあこんなモノだろうけれど。

ルールには的を破壊すればいいとあった。だが、彼らが今行っているのは的を射抜くこと。その一点に集中してしまっているようだ。

これも固定概念だろうか。

ルールブックとにらめっこしながら、選手たちと軽くディスカッション。それから、

 

「ええ!?プ、司波さんが実演を?!」

「そんな!お手を煩わせるなんて」

「先ほどのアドバイスでも十分ですのに!」

 

先輩先輩、後輩に敬語を使わないでください。

ワタシ、タダノ女子高生!プリンセス違ウ!!

・・・どれだけ本の世界に浸食されているのですか一高は。

 

「実際に競技をしていないのですから先ほどのはただの机上の空論です。やってみた方が良いアイディアも浮かぶかもしれませんから」

 

実践あるのみ、と微笑んだら胸の前で手を組んで感激された。・・・だから、そんなありがたがる存在じゃないですよ。

 

(ううん・・・これ、大丈夫かな。もし四葉ってバレた時裏切られた感倍増しない?ちょっと怖くなってきた)

 

と、そんなことを考えていたら練習着に着替えてきた新人戦出場の一年生たちも合流した。

香澄ちゃん、一瞬目が合ったようだけど視線を外されました。

ご機嫌斜めかな。・・・というか、泉美ちゃんとのことが原因で嫌われている気がひしひしと。

お兄様もなんでか嫌われているというか、突っかかられちゃうんだけど、こっちは何でだろうね。

最初は初めて出会った時の印象が悪かったから意固地になって、と考えたのだけどしっくりこない。やっぱりお姉さんを取られちゃう、とか考えたのかな。

どこの馬とも知れない得体の知れない男にお姉ちゃんはやらない!みたいな?

お兄様、妹視点では最高にかっこいいお兄様だけれど、初めてお兄様を見る人は威圧を感じるみたいなのよね。

鋭いという目つきのせいなのか。キリっとしててカッコいいのに。

特に七草家からはふてぶてしく見える、とか胡散臭いとか結構な言われようなのよね。

特別何かお兄様に感じるのだろうか。四葉臭でも感知する嗅覚をお持ちです?

 

「し、司波さん、運動着のままやるの?」

 

そんなことを考えつつコースに向かおうとしたらそんな声がかけられたけど、確かに皆さん一年生含めて防水加工の服ですね。

そういった部活動に所属している人が多いからすぐに用意できたみたい。部活用の予備の服もあるみたいで、部活に入っていない人はそれを借りてるようだ。

私は授業用の運動着のみしか持っていないし、すぐにまた別の場所に移動するのだからこの競技のためにわざわざ替えるのも手間なので、これで問題ないだろうとこのままいかせてもらうことを主張する。

さっきも何人か選手が落水したり水しぶきを派手に浴びてたから心配されたんだろうけど。

 

「濡れたとしてもすぐ乾きますから大丈夫ですよ。ご心配ありがとうございます」

 

軽く頭を下げて微笑むと、もったいないお言葉です!って・・・もしや皆楽しんでやってるね?なら指摘するのも野暮なのか。

でも何も言わないのもあれだしね。

 

「先輩たちもお戯れはほどほどにお願いしますよ」

 

これでは先輩と後輩の示しがつきませんから、とちょっと身をかがめて下から見上げるようにしてめっ、と忠告を一つ。

これなら冗談とも受け止めてもらえるかな、と思ってやったのだけど・・・加減、間違えたか?ボン、と真っ赤になってコクコク頷かれた。

すまない、深雪ちゃんの美貌は男女問わず魅了するのでした。ちょっとしたいたずら気分だったのだけどね。

早くコースに移動しようと背を向けて歩き出すと背後で注意した先輩方の方からきゃあきゃあ楽しそうな声が。

なんかファンサービスをした有名人のよう。なんだかなぁ。

コースを見下ろすと、結構ぐねぐね複雑な上、波が立っている。海上を想定して波状装置を使っているようだ。

今日は初日ということもあり最小に抑えているようだけれど、それでもただの水面より難しいだろう。

以前見た渡辺先輩の様なボートを自身を固定して一体化して移動する魔法は逆にバランスを崩しそうだったので、お兄様との朝練で慣れているローラーブレードの時と似た魔法式を展開準備して。

 

(的を撃ち抜く、撃ち落とす、叩き壊す、爆破する、・・・的を狙った攻撃のバリエーションをどれだけ試せるかな)

 

何が一番効率がいいか、参考になる動きを見せなければ!と気合を入れなおして合図を待つ。

3,2,1,Go!

スピードはあまり速すぎないよう、コントロール重視で滑り出す。

うん、これは難しい。波の衝撃を受けないように極力抑え込むか、受け流すかで対処も変わる。

水面自体に働きかけるもの有りだね。その時その時で対応を変えて色々検証。

おお、カーブのところウォータースライダーみたいでちょっと楽しい。っと、楽しんでたら的がちらほら。

では手始めに皆お馴染みエアブリッドからいきましょうかね。

撃ち抜くんだったら空気の塊のイメージを先端の尖った螺旋構造の弾をイメージして、放つ。

ど真ん中に穴が開いてからボロっと崩れ落ちた。威力間違えた?・・・次、行きましょうか。

今度は連なる的を散弾銃のイメージで、打つ!・・・わあ。的が穴だらけで倒れていきましたね。

これなら複数的が出現しても同時に射抜くことができそうだ。

お次はこれだけ水が豊富なのだから水を使ってみましょうか。

ってことでウォーターカッターをイメージして――うーん、切れ味抜群だね☆これ範囲絞らなければまとめていけちゃうところも使い勝手が良い。

・・・いいけどこれまた審議かな。的は壊れるけど中心部から狙ったわけじゃないから。

あと、爆破?水が豊富だから酸素と水素それぞれを的に集めて濃度を高めて静電気でBOM!・・・粉々だぁ。

難易度は、水素の方が難しいけど威力は高いかな。でもどっちも狙いなんてあったもんじゃないね。

ただちょっと時間がかかるかも。私は短時間でできたけど、的と的の間隔短いから悠長に濃度を高められないかもしれない。

それから、爆破する場所も考えないと波を徒に起こしてバランスを崩す可能性も。

やっぱり中心狙わなくてもルール上問題ないんじゃないかな。一応運営に確認しておこう。

色々試してコースを回っていたら、あれ、もうゴールです?あっという間でしたね。

途中から無意識にスピードアップしてしまった模様。うっかり。

波が穏やかだったものでそんなに扱ぐのが大変でなかったことも要因か。

コースから降りてすぐ、多少浴びた水しぶきをぱぱっと服から弾いてから皆さんの元に戻ったのだけど、まじまじと見つめられてますね。

あの香澄ちゃんも同じ反応なのにはこちらがびっくりだ。

 

「あの、いろいろと試してみたのですが、参考になったでしょうか」

 

あまりに皆が茫然としていて気まずかったので声を掛けてみたのだけど、反応が鈍い。

終わってから気づいたけど・・・はっ茶け過ぎましたかね。

途中楽しくてボートを蛇行させたり跳んだりしちゃってましたからね。空中なら足場がボートに固定されていれば的を狙うの楽だった。

波の上でバランスが取りづらいとか、互いの魔法が相殺し合ってしまうということもないだろうから結構いいアイディアだと思うのだけど。

 

「・・・司波さん、水上初めてって言ってなかった?」

「ええ。こういったスポーツには縁がなかったものですから」

 

スピードを競うような水上競技はやったことが無い。

不慣れだから色々試しながらやってみたのだけど、おかしかっただろうか?

不安になって尋ねると全員がそうじゃない、と首を横に振った。

 

「いや、とても初めてとは思えない滑りだったよ!」

「というよりどれだけバリエーションがあるの?!的も全部命中していたし!」

「どうやってあれだけ波を制御してるの?!スピードが後半更に加速してたよね」

 

動けたことで皆息を吹き返したように質問攻めに遭いました。

できるだけ質問に答えるけれど、ごめんなさい。ここに滞在できる時間はそろそろ終了しますので。

 

「参考どころか!ほとんど正解のようだよ。これこそがロアガンだって」

「うんうん。説明見ただけじゃイメージ掴めてなかったけど、これなら色々私たちでも工夫ができそう!」

 

プロモーションとしては成功、なのかな。

皆作戦会議に入る様なのでここでお別れ。次は去年参加したミラージバットへ。

 

 

――

 

 

と訪ねて来たら、こちらは設営に時間がかかっている模様。

だから先に作戦を考えているみたいだけど、その様子がね・・・ただモニターを見てうっとりしている時点でもしやと思ったけれど。

 

「あ、本物の!」

「フェアリークイーン様!!」

「違うよ、プリンセスでしょ?!」

「み、深雪・・・ちょっとタイミング悪かったかも」

「ええ、そのようね」

 

ほのかちゃんがごめんね!と謝っているけど謝らなくていいよ。昨年の試合を見て勉強することは必要だからね。

特に昨年は初めて飛行魔法が使われた試合だ。

今年は制限こそかけられているものの一時的に使えるそうなので有効に使うこと前提で作戦に組み込む選手は多いだろう。

だから参考にするはずだとは思っていたけれど、予想以上の反応だね。

飛行魔法のコツや光の弾の捉え方。他の選手と取り合いに遭った時の対処法など色々とお話を。

実践ができなければとにかくイメージを、ってことみたいだけれど。

 

「イメージも大事だけれど、何より自分に合ったプレイスタイルを見つけないとね。私にはほのかのように光を感知して動くことはできないわ。それぞれの個性を大事にした戦い方を模索しましょう」

「「「はい!」」」

 

・・・ここの生徒たちはほのかちゃんに感化されているのかっていうくらい従順ですね。先輩たちは揶揄い気味に一緒になって参加していたけれど。

何処もノリがいいったら。

正直、私のように縦横無尽に飛行魔法を使うには豊かな想子量と技量が必要となる。

とはいえ昨年は初めて飛行魔法が導入された試合だったため、ルールが新たに追加された。

さっきもちょろっと出したけど、飛行魔法の継続使用時間が一分と定められたのだ。途中脱落する選手がほとんどだったからね。

それでも一分を何度も何度も繰り返すのもまた、とんでもなく魔法力が必要となるわけで。

結局使える時間は精一杯使って、その他は今まで通り飛び跳ねるが主流になるのだとか。

それなら、飛び跳ねてからの遊泳ができれば結構節約になると思う、と提案すると、ちょっと呆れられた。

そんなにすぐ魔法の切り替えはできないそう。・・・自分基準が過ぎたかな。

でも、

 

「わ、私挑戦してみたいです!」

 

想子量はそこまで多くはないけれどやってみたいと一年生が手を上げた。

うんうん、何事もチャレンジだよね。CADを二台使うのは技術が必要だけれど、ひと月練習期間はある。

まずは跳ね上がるところから練習だね。

ここでできることが無くなってしまったので、予定より早いけれど一旦ピラーズブレイクの元へ戻ることに。ほのかちゃんもついてきた。

 

「雫のペアが気になって」

 

一応この後雫ちゃんと花音先輩ペアと対戦する予定となっていることを伝えたら見学したいって。

・・・いったんお兄様と合流する予定と伝えたことも大きな要因かな。恋に対して応援はできないけどきっかけは与えてもいいかな、と。彼女のモチベーションにも関わるしね。

選手の精神面を支えるのも生徒会役員の役目です。たとえそれが同じ生徒会役員だとしても。

雫ちゃんは花音先輩とは風紀委員仲間だし、関係は良好に見えるけど、魔法で共闘なんてする場面はそうそうないでしょうからね。

横浜でも一緒じゃなかったし。

どう息を合わせられるかは確かに気になるところだ。

 

「深雪。ほのかも」

「設営任せてしまってごめんなさいね」

「ん、問題ない」

「むしろほとんど司波さんがやってくれたからね。ただ並べるだけなら私たちにもできるわ」

 

雫ちゃん、花音先輩と合流しておしゃべり。

彼女たちもポジションを魔法の組み合わせを考えて調整中のよう。

他のペアも同様みたい。

一年生はまずは一年生同士で一本の氷柱相手に攻防役を決めて練習をしていた。一発で壊せているのは泉美ちゃんだね。優秀優秀。

相手の情報強化も何のその、でした。魔法力もサイオン量も違いますからね。

アイスピラーズブレイクって一番技術を必要としない競技な気がする。いえ、工夫次第ではそれなりにできると思うのだけど、最後に物を言うのは結局パワーだから。

互角の相手がいて初めて技術が必要になるというか。

 

「とりあえず構想は練ってみたから形にしてみたいのだけど司波さん、いい?」

「もちろんです。お相手務めさせていただきます」

 

ということでさっそくステージに三人で向かう。普通ならペア同士でやるべきなんだろうけど、模擬戦ということでどんな感じかやってみようってことらしい。

ふぅむ。ここで原作では圧倒的な力でのしちゃっていたけれど、それじゃ彼女たちの相手にはならないよね。

・・・あれはお兄様が見ていたから深雪ちゃん張り切っちゃったのかな。

ペアはそのまま攻守決めた通りに。ソロの私は防御に徹する時間と攻撃する時間に分けて、まずは魔法の範囲がどんなものか、相手の邪魔をせずに行使するにはどうしたらいいか。

慎重に見極めていかなければ、とそこへお兄様が現れた。ナイスタイミングですお兄様。

ほのかちゃんが忠犬のように駆け寄って現状を説明。

健気な姿。お兄様、褒めてあげてもいいと思うのだけど、口頭でのお礼だけだね。

あんな可愛い子に迫られているのにスルーできるとは。お兄様お仕事中だとより一層鈍感になる。

もちろんただの鈍感とはわけが違うのはわかっている。

 

(だけど、お兄様がほのかちゃんの気持ちに応えられないのは、自身に恋ができないと思い込んでいるからなのでは、と思うんだけどどうなんだろう)

 

原作とは違い、感情や心が育ってきたお兄様だ。友情を多少でも優先できるほど育ってきたのだから恋も、と思うのだけど。

当然お兄様にも好みのタイプだってあるだろうし、自身を好きになってくれた子を必ずしも好きになるわけではないのだが。

何かきっかけがないとお兄様に恋は難しいのか。

 

(・・・しかし、告白以上のきっかけって何かあるかな)

 

などと考えているとお兄様と視線が合う。あちらも準備できた様子。

試合同様、四方のランプが点灯していく。

先制攻撃はあちら側。まずは防御のターンです。

情報強化と干渉力を高めて防御する。花音先輩の攻撃に耐える、んだけど何一つ攻撃を受けていない様子の氷柱に先輩は威力を上げる。

けれども、うーん・・・微動だにしないね。ちょっと弱める?でもそれじゃ練習の意味ないよね。

先輩の攻撃力が弱いんじゃない。ただ私が強化した氷柱に対してその振動力だけでは何の変化も与えられない。

威力があるだけでは対抗手段があれば防げてしまう。特に千代田家の地雷源は有名だから。

 

解決法も見つからず、タイムアップ。攻守交替、攻撃のターンに。

インフェルノだったりニブルヘイムは一発目には向かないので、ここは基本中の基本の振動系でいこう。

花音先輩と系統は同じ。でも狙いは違う。

それを伝えたくて、まずは手前の四本を狙って。

 

「っ!」

 

流石に初歩魔法式では雫ちゃんの強化を崩せない。対抗できないのはわかっていた。

だから私は二重で同じ魔法を発動。互いの魔法を邪魔しない、時間差発動で超微細の振動を起こさせる。

ここからは科学実験だ。

あの氷は私が造ったのでよくわかるけれど、零度まで温度を下げて水が固体化してできた氷である。つまり氷の中の水分子はまだ動いている状態の普通の氷なのだ。

そこに極微細ながら振動が加わったらどうなるか。

分子が動き出すとそれすなわち熱が発生する。

その状態で外部から大きな刺激が来たらどうなるか。――脆くなった内部はいとも簡単に亀裂が入る。そこに上から圧力を掛ければほらこの通り。氷柱が崩れ落ちた。

 

「うそ!?」

「情報は強化したはずっ」

 

雫ちゃんは確かに情報強化はしたけれど、それは側面のみであって内部にはかかっていなかった。超微細の振動を与え脆くなった内部に、一点集中で外部を揺らす衝撃を与えればそれだけでひびが入ったのだ。

同様に上から押さえつけるように圧力をかけたのは、氷の性質を利用するため。

氷は圧力をかけると融点が低くなる。つまり圧力がかかったところは水になるということ。亀裂が入り圧力をかけられたことで崩れ落ちたのは融解して形を保てなくなったから。

氷の仕組みがわかるからできた壊し方です。科学実験の証明終了。

ちなみに圧力をすぐに外すことができれば崩れ落ちはしなかったはず。圧力が無くなった途端、すぐに融点が戻って再び凍るらしい。この現象を復氷と言うそうですよ。

だから諦めないで圧力を分散する方法を取ればまだ巻き返しが利くのだけれど、これは氷の仕組みをある程度知らないと出来ないことだね。

あとで説明するとして、今度はまた攻守交替する。

再び花音先輩の攻撃、地雷源が派手に振動をもたらすけれど、分子をほとんど動かすことができないよう減速魔法で氷の温度を下げているので、その振動によって私がしたように氷が内部から傷つくことはない。

やけになって派手にドッカンドッカン来てます。イライラされてますね。

それでいて魔法の精度が上がっているのですから大した精神力。

普通なら集中が切れて制御が甘くなり、見た目派手でも中身が伴わないことがあるのだけど、先輩のはちゃんと攻撃が成り立っている。

・・・それでもダメージが入らないのが申し訳なくなるレベルだ。

雫ちゃんも今度は攻撃に加わっている。彼女も振動系は得意だからね。反発させることなく相乗効果狙いで魔法が重ね掛けられるけど、まだ即興感があってうまくかみ合わない。

これは練習次第で武器になりそうだけど、雫ちゃんが思い付きでやってみたってところかな。ナイスアイディア。

ただ防御がおろそかだから隙を突かれてら窮地に追い込まれるかもね。

今度は私の番。

インフェルノが彼女たちの真ん中の氷柱4本を襲う。

・・・この攻撃も恐ろしいよね。相手に熱を与えておきながら自陣を強化できるんだから。一人二役。

深雪ちゃんは一人で初めからペアができちゃいます。チートってすごい。

なんというか、この魔法この競技のためにあるような魔法だよね。いや、実戦でも使い道はちゃんとあるけれどね。

相手燃やして自陣には影響しないよう壁を作るようなものだから。

雫ちゃんは何とか奮闘するのだが、押されてしまっている。その間花音先輩も果敢に攻撃を仕掛けているんだけれど・・・うーん、これもまたかみ合わないね。

二人の魔法領域が重なって威力が弱まっちゃってる。しかも本人たちがその事に気付く余裕もないみたい。

まだ初日だから、というのもあるんだろうけども。ペアって難しいね。

ある程度問題点も見つかったし、一旦これで打ち切りましょうかね。最後の4本もあっさり片付けて試合終了。

舞台から降りると泉美ちゃんが淑女の速度を守りつつ駆け寄ってきてくれて褒めたたえてくれます。

うん、美少女から絶賛されるの、悪い気はしないんだけどその熱視線はちょっと心臓によろしくないかな。

冷汗がね、主にね。危険アラームが脳内に響きます。距離が近いですね。

そんなことはおくびにも出さずに微笑んでお礼を返し、どうだったかしら、と意見を聞くのだけど返ってくるのは美しかった、綺麗だった、神々しかったというオタク3段活用。

違うよ。そうじゃなくて試合内容ね。

苦笑してもう一度選手としての意見を聞くのだけど圧倒されました、とお目目キラキラ。・・・まあ興奮状態の時に聞いたこちらも悪かった。分析は落ち着いてからの方が良いね。

ということでお兄様と雫ちゃん達の元へ。

お兄様はすでに彼女たちのミスを指摘していた。

少し落ち込む雫ちゃんと、一方的で攻撃も通じなかったことで膨れている花音先輩。

申し訳ないけれど、だからといって彼らは下手な手加減を良しとする人たちじゃないから。

私の存在に気付いた雫ちゃんが顔を上げて私を見る。その瞳に宿るは去年よりも小さな光で、まだ私と対決するには自信が足りないようだ。

 

「問題点はいくつもあるけど、あと1か月あるわ。――去年、私のステージまで上がってきた貴女を期待してる」

 

自信が足りなければ、鍛えればいい。それだけの素地が彼女にはある。

今の短時間でも、彼女はすでにその可能性を見せてくれた。

昨年の、私を驚かせただけの技術を形にしてみせた雫ちゃんの努力を、私は知っている。

挑戦的に見つめ返せば、彼女の瞳の小さな輝きは強さを増した。

 

「深雪の期待には、応えてみせる」

 

たとえどんな手を使っても、とお兄様をちらっと見たのはお兄様を参謀として使う気満々ですね。

いいと思います。それを実現できるかは、本人の努力次第なのだから。

視線を向けられたお兄様は、無表情に見えるけどちょっぴり複雑そう。何か思うところがあったかな。

とりあえず今考え付く問題点をいくつか挙げるだけ挙げて、お兄様はほかの競技へと向かった。

その去り際に、また腕を上げたね、と頭を撫でていってくれた。えへへー。お兄様に褒められてしまった。

緩む顔を抑えつつお礼を言ってお兄様を見送った。・・・なんか、とっても離れがたそうになっていたけれど、時間ありませんからね。

私も今日はこのまま雫ちゃん達と作戦会議です。

私が何をしたのか気になっていたようで色々質問されたりしたけれど、そんな方法が、と感心されてしまった。

泉美ちゃんの視線がさらに輝いて眩しいです。サングラス欲しい。

参考になったようでよかった。ただ圧倒するような一方的な試合じゃあまり勉強にならないからね。

それから今日使い切るだろう氷柱を追加して皆の指導を少々。

その後、たくさん魔法を使いまくりましたからね。休むように言われました。私も張り切り過ぎたね。

反省するから雫ちゃん、そんな悲しそうな顔しないで。ちゃんと休むから!

 

 

――

 

 

それから昼は授業、放課後は九校戦の練習に費やす日々が始まった。

スティープルチェース・クロスカントリーについては、まずは演習林を走ることからということで、各競技の2年3年がかわるがわる走ることになった。

舗装されていない道を走るのはそれだけで体力を消耗するからね。慣れておかないと。

私?私はたとえヒールであろうと森林山道踏破できる。・・・四葉の山に囲まれた立地は体力づくりにもってこいですよね。

どんな状況にあっても逃げ出せるようにならないとね。鍛えるに越したことはない世の中ですから。

自力で逃げ出さないにしても、お兄様の足手まといにはなりたくないという妹心です。

・・・大抵そういう場面はお兄様に運ばれている気がしますけど、いつか、そういうことがあるかもしれないから!

 

 

 

そんなこんなで練習を始めて初めての休日、日曜日です。

自主練で学校に行っている人もいるでしょうけど、今日お兄様は第三ラボに行っている。

私も水波ちゃんもあまり練習を必要としていないので、今日はまったりお家で過ごそうと決めていた。

水波ちゃんはHARの掃除で満足していないようで張り切って家事をこなしている。

張り切っている人の邪魔はしちゃいけないので私は大人しく部屋に籠ってチクチクと。

最近全然縫う暇がなかった。

夜はご飯を食べてお茶を飲んで過ごした後お風呂に入ってマッサージを受けてお勉強。

そしてその後お兄様との、お兄様曰くリラックスタイムを共に過ごしてばたんきゅー。くたくたになって眠ってしまうのだ。

リラックスタイムってほっと落ち着く時間のことだよね?ドキドキ寿命を縮める時間じゃないよね??

お兄様のお陰で私はぐっすり快眠です。すぐ寝落ちします。夢を見る余裕もなく朝が始まる。

肌の調子がいいのだからよく眠れているはずなのだけれどね。

ということでここ暫くほとんどぬいに触れることもできていなかった。叔母様はそれを予期していたのか、しばらく仕事はお休み、とこちらの依頼は受けていない。

一応、水波ちゃんぬいは作ったのでお送りしましたけどね。制服バージョンしか作れなかった。メイドさん風の衣装は今、ようやく着手できたところだ。

お兄様の新制服は実物を見る前にほぼ作っていたから、最後腕のエンブレムを完成させるだけだったのですぐにできたよ。

お兄様を後回しなんて、ぬいの世界であってもできることじゃない。

何事もお兄様最優先で。そこは揺るがない。

ミシンを使って生地を縫い合わせて・・・久しぶりの作業に心が躍る。楽しい。

一年の頃とは違い、水波ちゃんが来てくれたことで料理を作ってくれている間の時間は余ったはずなのに、その時間は暗躍関連に使ってしまっていた。

このところきな臭い動きが多発していて報告を読むだけでも頭が痛くなる。

葉山さんとも連携を取っているようで、原作よりだいぶ真相に近づくのが早い気がする。・・・大丈夫かな。

原作クラッシュというより葉山さんに筒抜けの状態が大丈夫なのかが不安。・・・私が危険視されたりしないかな。

もしくはこの諜報部隊が本家に吸収されちゃわないかな。・・・まあその方が彼らにとっては大出世になるからいいのかもしれないけれど・・・、ううん。今度訊いてみようか。

何だか手塩にかけた子を連れていかれるような気分。

もやもやする気持ちを、ぬいを縫うことで頭を空っぽにさせていく。

モノ作りはやっぱりいいね。人を無心にさせてくれる。

この後はお菓子作りでもしようかな。生徒会も皆疲れた顔をしていたし、ピラーズブレイクの皆も疲労の顔をしていたしね。

ああ、そうだ。まだシールドダウンのところにお邪魔していないのだった。水波ちゃんとエリカちゃん見に行かなくちゃ。

まだまだいろいろとやることが山積みだ。

表の、学校だけもこんなにあるのに更にお兄様は他にもお仕事があるなんて、お兄様疲労するのも当たり前です。

もっと体を労わってほしい。脳だって休ませなきゃいけないのにいつだってフル回転だ。

だから今日は休ませてあげたい。・・・あげたいのだけど・・・どうしよう。

今日はこの後七草先輩との関係を進展させるために必要なラッキースケb・・・ごほん。ラブイベントが控えている。

これは日にち指定のイベントのはずだ。今日を逃すともう別の日は無い。

まだお兄様の恋愛感情が育っていなかったとしても、可能性は伸ばしてあった方が良いと思うわけで・・・やっぱりイベントは熟しておくことに越したことはない、と思う。

ラブハプニングで美少女?いえ、大学生なのだから美女と形容しよう――の水着姿も見られるわけだし、その後すぐに帰ってゆっくり休めば少しは疲れが取れるかな。

・・・だけどどうやって誘おうか。

原作では深雪ちゃんのストレスを心配したお兄様が外に連れ出してくれることになって、お買い物デートに付き合ってくれる流れになるのだけど。

今の私は原作の深雪ちゃんほどストレスは溜まっていない。こうやって発散できているからね。

テスト勉強もばっちりだ。頭を悩ませていることはあるけれど、こうしてぬいを縫っていれば心は落ち着きすっきりしてくるというもので。

良い案が浮かぶかと言われるとそうでもないのだけれど、頭の中が整頓されるから気は楽になる。余白が生まれるというのかな。

つまり現段階でお兄様に心配されるようなストレスフルな状況でもないわけで、お兄様が外出を誘ってくるようなことはないはずだ。

だから、私から外に誘い出さなければと思うのだけど、良い案が思いつかない。

ファッションにさして興味の無い妹がいきなり新しい商業施設に行きたいなんて言うのもおかしいよね。

どうしよう。

もうそろそろお兄様が帰宅される頃――って、帰ってきた!

ぬいを素早く片付けて机の下に一時的に避難させて急いでお出迎えを。

水波ちゃんはお兄様のお出迎えはしない。彼女が仕えているのはあくまで私だから。

むしろ私たちとしては今まで通りでありがたいのだけど。

 

「おかえりなさいませ、お兄様」

「ただいま、深雪」

 

お兄様は久しぶりに爽やかすっきりなお顔。いい結果が得られたみたい。お兄様が喜んでいるとこちらも嬉しくなる。

ここでは隠すこともない。笑みをこぼしてお兄様を迎え入れると、お兄様は私を抱き込んで。

 

「どうしたんだ、随分ご機嫌だね」

「お兄様につられてしまったのです。――いい結果が得られたのでしょう?」

「深雪には何でもお見通しだな」

「お兄様の些細な変化を見つけるのは私の楽しみですもの。特にここ最近は疲れたお顔ばかりでしたけれど、今は輝いて見えます」

 

本当、ここ数日はこんな晴れやかなお兄様の表情なんて見られなかった。

いい結果が出たのですね、と嬉しくて私の腰回りに見えないはずの尻尾がぶんぶん振られているのがわかる。

 

「それは、心配かけたね。・・・そんなに疲れた顔をしていたつもりはないのだが」

「お兄様は疲労にも鈍感ですもの」

「にも、って。俺は別に鈍感なわけではないぞ」

「あら、そうでしたか?」

 

くすくすと笑って30秒のハグを終えるとゆっくりと体を離す。

お兄様は苦笑気味に笑っているけれど、お兄様は鈍感系主人公に分類されますからね。

天然モノではなく人工的ではあるけれど、本人分かっているつもりで実はずれてるから全てを手術のせいにはできない。

きっと生まれながらのままだったとしても天然で鈍感だった。間違いない。

 

「試作品が完成してね」

 

そう言ってみせてもらったのはチェーンに通されたメダル型のCAD。――完全思考操作型CADだった。

・・・こんな薄くて小さなものが。

 

「これは深雪の分だ」

「え!?私にもいただけるのですか?」

「深雪には必要ないものかもしれないが、」

「そんなことございません!嬉しいです!」

 

深雪ちゃんは思うままに使うことができる魔法をいくつか有しているし、干渉力が高いので大抵何とかなってしまうけれど、それでもこのCADがあれば、手でCADを操作せずとも魔法を行使できる。それはとても画期的なこと。

CADを使う魔法師なら誰もが欲するだろう。

なによりお兄様が手ずから私に下さるというのだ。嬉しくないはずがない。

 

「・・・欲を言うならば、深雪に似合うデザインのものを用意したいところではあったが」

 

あら、お兄様ったらいったいどこでそんな女性を喜ばせるような言葉を身に付けてきたんでしょうね。

でもそれも嬉しいですがお気持ちだけで十分です。何より――

 

「私は、こちらの方が嬉しいです。お兄様とお揃いですもの」

 

推しと同じものを身に着けられるなんて、そちらの方が喜びます。

そう言うと、お兄様はポリポリと頬を掻いて視線を外された。

お兄様が!照れていらっしゃる!

じっと見つめられてはお兄様も心地が悪いだろうと凝視しないようにしていたけれど、心がぴょんぴょんしちゃう。

多分私の周りには花が飛んでいるのだろうね。とっても幸せです。

心が浮ついています。

だから気が抜けていたのだろう。

 

「深雪」

「はい」

「出かけようと思うんだが付き合ってくれるか?」

「よろこんで!」

 

 

お兄様からのお誘いに、1もなく2もなく頷いていた。

 

 

――

 

 

辿り着いたのは副都心にある最近できたばかりのファッションビルでした。

んん?どんなご都合主義が発動しましたか?なぜこのような場所にお兄様と二人できているのでしょう?

私は深雪ちゃんと違って着道楽ではありませんよ。肌触りにはこだわるけれど。

 

「あの・・・」

 

外なのでお兄様とは呼べない。

腕を絡ませカップルに見えるように身を寄せている現在、お兄様はいつもより割増の明るい笑みを浮かべられています。

眩しい。夏本番はもう少し先でしょうに、なんという眩しさ。

 

「どうした、そんな不安そうな顔をして」

 

くすくすと笑うお兄様は心配そうな声を出しているのにご機嫌な様子を隠そうともしない。

そして建物に入った瞬間訪れる静寂と、ものすごい数の視線。館内の自動アナウンスがよく聞こえますね。

流石できたばかりの人気スポット。人の視線が多い。

深雪ちゃんの外出には付き物のいつもの光景だ。

 

(もしかしてだけど、これって昨年の夏休み再来では?あのデートの日の再現では??)

 

「安心していいよ。去年のように20着も着せ替えするようなことは無いから」

 

心の中で慄いてたらお兄様が心を読んでくるぅ。

そうですか。まさか私が誘わなくてもこんな展開になるなんて思いもしませんでしたよ。ええ。

 

「昨年もたくさん買っていただきましたのに」

「去年は去年だろう?それに、今日の目的地は深雪の思っているところではないよ」

 

ファッションビルなのだから洋服だと思うのだけど、私の思っているところではない?いったいどこへ向かうのだろう。

というかお兄様初めての場所なのにすいすい進みますね。

売り場の確認は入り口でしていたと思うけど、お兄様遠目で見えちゃうから近くで立ち止まるなんてこともないものね。

そして辿り着いた先は――まさかの『現場』でした。

え?直接水着売り場??先輩たちの姿は――見当たらない。

そのことにちょっとほっとしつつ、しかし頭を占めるどうして?の言葉。一体全体ここに何のご用事が?

 

「去年はエリカ達と一緒で時間も限られていたからな。今年はゆっくり選べる」

 

おおう・・・、まさかの去年のリベンジだった。そんなに不満でしたか?あの時もほぼお兄様と一緒に選んだようなものでしたけど。

 

「・・・今年はまだ雫たちに誘われておりませんよ」

 

水辺に行く予定が今のところ一切ないのですが。

それに、水着って毎年新調するモノだったっけ?前世あまり海に行ったことが無いからよくわからないのだけど。

とりあえず抵抗をしてみせるけど、お兄様はどこ吹く風。

 

「春はバタバタしていて秋の約束を果たせなかったから。九校戦が終わった頃にでもまたバイクを走らせに行かないかと思ってな」

 

秋の約束、と言われて思い至るのはあの紅葉の素晴らしかった湖でのピクニックだ。

確か次の春にまたここで花見でも、と約束をしていたけれど、今年の春は水波ちゃんが来て、学校でもバタバタとしていて時間が取れずに流れてしまっていた。

残念ではあったけれど、あの時すでに水波ちゃんが来るとわかっていた私には、叶わない約束かもしれないと思っていただけにそんなに落ち込んでもいなかった。

けれどお兄様はずっと気に病んでいらっしゃったのかもしれない。妹との約束を叶えられなかった、と。

だとしたら申し訳ないことをした。約束なんてしなければよかった。

過ぎたことを後悔してもしょうがないのだけれど、そう思わずにはいられない。

・・・お兄様への申し訳なさもあるのだけど、花見ができなかった代償が、ですね・・・なんか思っていたのと違いそうで。

 

「バイクは、分かりますが、行くのはあの山なのですよね?」

「何も海ばかりが水着になる場所と限らないだろう」

 

お兄様、何故そんなに楽しそうなのです?

お兄様の腕がするっと腕を離れて逃さないとばかりに腰に回された。及び腰になっていたのがバレていたのか。

蟀谷に汗が一筋垂れたのは、暑さによるものであってほしい。

 

「あれだけ水質のいい湖なら泳いでも問題ないだろう。それに、泳いだ後には温泉にも入れるしな」

 

ああ、そういえば地熱が高い理由は近くに秘湯があるとおっしゃってましたっけ。・・・なんということでしょう。あの素敵なお山は避暑地としてもいい場所だったのですね。

しかし、そうですか。それには確かに水着が必要になりそうですね。

でもだからこそ言いたい。

 

「水着の新調、いります?」

 

去年買ったばかりですよ。しかも使用は一回だけ。もったいなくないですか?

 

「いる」

 

はっきり、きっぱりと。お兄様は力強くその二文字を言った。断言した。

・・・左様でございますか。昨年のでも十分だと思うのですがお兄様がそうおっしゃるのならそうなのでしょう。

私は思考を放棄し、お兄様の願う通りにしようと、それがお兄様の幸せなのだと従うことにした。

いいじゃない。お兄様楽しそうだもの。

あんなに忙しくて大変だったお兄様が、息抜きとして私の水着を選びたいというのなら、付き合って差し上げるのが妹としてお兄様にできるご奉仕だ。そうに違いない。

思考を放棄したわけじゃない。ただお兄様の幸せのため私は沈黙を選んだのだ。

 

 

――

 

 

「とりあえず去年と似たタイプは除外だな」

 

この売り場に男性客はいないけれど、お兄様全く気にしてませんね。強い。

お兄様を一人浮かせるわけにもいかないので、私も水着選びに参加するとしましょう。

あまり攻めたような水着をお兄様が選ぶとは思えないけれど、水着ってだけで普通の服と違い布の面積が少ないわけで。

 

(いくら妹のとはいえ、お兄様は気まずくないのかな)

 

うちのお兄様、原作より強心臓な気がする。

だって原作ではお兄様はこういった売り場に妹と一緒にいても居心地の悪さを感じていたはずだもの。

自ら率先して水着売り場に来るなんてきっとしない。

それとも、疲れていてその判断もできなくなっているとか?だとしたら早く終わらせて帰った方が良いのよね。

・・・とはいってもこの後イベント予定だからここにいること自体に不満は無いのだけど。

 

「あちらの売り場も見てみませんか?」

 

今年のトレンドの水着売り場に誘う。去年もトレンドだったし、簡単に見つかるかなって。

そう思ってのことだったのだけど・・・今年のは何というか、ちょっと開放的だね。

大胆なデザインが多い。まあ横浜のことやパラサイトの件があってイベント自粛だったり縮小だったりあったから、その反動がこういうところに出ているのかな。

ビキニやハイレグ、ワンピースでも背中がざっくり空いてます。逆におへそがとってもセクシーなワンピースとかね。

他にも布面積が少なかったり見えそうで見えない斬新なラインの水着だったり。どこのプライベートビーチで着る予定です?ここはセレブゾーン??

見る分には華やかでいいのだけど、これ、深雪ちゃんが着たら大変なことにならない?

 

「これもいいデザインだが、深雪はもう少し落ち着いたものが好きだろう?」

 

よくご存じですねお兄様。その通りです。ですからここを離れましょうか。

 

「――ああ、だが、これならどうだ?」

 

お兄様のチョイスしたのは今年のトレンドの陳列の隣の列から選ばれた抑えめの、品のいいハイネックタイプの水着だった。

足もパレオで覆われている。これなら首元から胸部まで隠れるし全体的に肌をみせる部分は少ない。

ちょっと大人っぽい色合いではあるけれど、深雪ちゃんなら問題なく着こなすだろう。

ただ――いや、こればかりは試着しないとわからない、か。

昨年とはかなり違うテイストだ。アレは女子高生を意識したモノだったから。年相応を狙いました。

今回はどうしましょうね。お兄様と二人きりで水着で過ごすことなんて想定したことが無かったからなぁ・・・。

ハイネックもエレガントで素敵だけれど、フリルトップのガーリー系も選んでおきましょうかね。

・・・たぶんだけど、深雪ちゃんにはこっちの方が危険度は下がると思うのですよ、とこれはこれで凶器的可愛さなのだけどね。

 

「いいね。可愛らしいデザインだ。良く似合うだろう」

 

これも試着だな、とまだ視線は次の水着を探している。

前回もそうだったけど、試着は三着選んでからが勝負と思ってませんか?

この二着から選ぶという選択肢は無さそう。いくつか試してみて、一番いいものを、ということらしい。

・・・流石お兄様。妹のことではどんなことも妥協しない。

次にお兄様の目に留まったのはオフショルダーのデコルテが綺麗に見えるだろう水着だった。

こちらはカラーが黒。珍しい。お兄様が白や水色など明るめだったり暖色系の色以外を選ばれるなど、と思っていたら、

 

「こちらはカラーが二種類しかないのか」

 

ああ、デザインは気に入ったけど色が白と黒しかなかったのか。

白の在庫を店員に確認しつつ試着室の確保。仕事が早い。

店員さんは私を見て驚いて固まったのち、ものすごい張り切って案内し始めた。

お仕事思い出してくれてありがとう。

案内されたのは他の試着室から少し離れた特別感のある試着室だ。

これもしかしなくてもVIP用なのでは?空いていたのがここしかなかったとかそういうことだといいのだけれど。

お兄様はなぜかその待遇に頷いていた。

 

「着替えたら端末で呼ぶから時間を潰してきて」

 

店員さんを意識して敬語を外して話しかける。

何故だかお兄様がここで待機しそうな雰囲気だったのでね。

女性の試着室の前で待つのは気まずいだろうと提案すると、お兄様はしばし考えたのち、

 

「そうだな」

 

またあとで、と手を振ってお別れして個室に籠った。

手元にはハイネックタイプの水着。

大人っぽいデザインで、レースのように刺繍が施されている。下はパレオもついているのだけど、あれ、これ思ったより・・・光に透かすとはっきりわかる。スケスケパレオのため防御力が低い。

さっき抑えめの品の良い、と言ったけどトレンドと比べたら抑えめ、ってだけでした。

むしろチラリズムがとても刺激される一品です。スケスケでひらひら。

男の人が好きなものが詰まってますね。見えそうで見えない。覗き込みたくなる・・・じゃなかった。妄想を掻き立てる感じ。オタクの私も大好きですが。

身に付けてみたのだけど、うん、やっぱりね。

なんとなくそうじゃないかな、と思っていたのだけれどこれってどことは言わないがある程度の大きさを越えていると、隠すよりも強調することになりますよね。

はい。なんとなくそうじゃないかなー、と思ってました。

上品なのだけどね。とても美しいデザインなのだけれど、くびれた腰もちらりと見えて、全体のバランスも一部を除きとてもいい。・・・その一部がエレガントをエロティックにさせてしまっているのが残念ですね。

これ、着用したままお兄様呼ぶの?写真だけ撮って次のに着替えちゃった方が良いんじゃない?

でないと去年の二の舞になりそうなんだけど。

でも勝手に着替えたら着替えたで、お兄様ご不満に思われたりするかしら。

・・・まだ悲鳴聞こえないね。事件は次の水着に着替えた頃、かな。

とりあえず端末で着替え終わった旨を伝えると、お兄様はすぐにやってきた。

もしや店内に居ました?店員さんと一緒だったから商品の説明受けてた?

・・・試着20超えないって言っていたけど、それに近いものがあるのでは、と戦慄した。

 

「ん?寒いのかい?」

 

寒くは無いですけれど、悪寒がですね。

叫び声を上げられてしまうお兄様には悪いですが早く七草姉妹に見つかっていただきたいという気持ちがひしひしと。

まだ試着室から体は出していない。顔だけ先に出した状態で嫌な予感を覚えて体が震えてしまっただけだから気にしないでいただきたい。

大丈夫と伝えてからゆっくりとドアから出るとお兄様は目を見開いたものの、すぐに全身を確認するよう目を動かしているので、くるりとターンしてみせると、お兄様は困ったお顔。

 

「・・・これは人に見せられないな。俺でさえ理性が持たない」

 

何時か聞いた言葉ですね。

しかも今回は断定でした。持たないと言われても。お兄様の理性はダイアモンド製でしょう?冗談もほどほどにしてほしい・・・のだけど、お兄様の表情があまりに真剣過ぎて冗談には見えない。

お兄様、だんだん演技力アップしてません?

試着室に戻されました。

次だそうです。これはお兄様的にアウトだったみたい。お気持ちはわかりますよ。はっきり言ってエロスでしたからね。

お兄様は私を試着室に押し込めるとすぐさま扉から離れていった。

押し込めると言っても力づくとかではない、むしろ触れてもいなかった。

けれど気分的にね。封印されたようにドアを閉じられた気分がした。

気のせいだろうけどね。

 

 

――

 

 

次はこのフリルトップだね。こっちはさっきのと逆。大きさを隠してくれるはず。

ってことでさっそく着替えてみるのだけど、フリルってそう言えば体型も隠してくれる分ボリューミーに見えるっていうことを忘れてた。

腰の括れがより強調されてしまって、こちらもただの可愛いではなくなっている。

艶めかしい腰のラインからふわふわふんわりフリルを越えると白い足がすらっと覘いて・・・どうしても修飾語にエロが付くね。エロ可愛い。

でも可愛いがついている分さっきよりもエロさは低め。五十歩百歩だけども。

フリルがふわふわして見えるのがより触りたいとかめくりたいとか欲を掻き立てる逸品です。危険危険。

おかしいな。これなら年相応で可愛らしくなるはずだったのに。

あれかな。去年よりサイズがアップしたことが原因か。

もう一度お兄様へ連絡を。

到着して私の恰好を見て一言。

 

「可愛い、んだが・・・困ったな。腕の中に閉じ込めたら最後、逃がしてあげられそうにない」

 

わあ。お久しぶりですバッドエンドルートに行きたがるお兄様。目が若干暗いですよ。良くない傾向です。戻ってくださいませ。

おかしい。お兄様ってどっちかって言うと見守る系でしたよね?

どうして監禁ルートが開示しそうになるんでしょう。と言っても言葉だけですからね。

実際そんなこと無いのでしょうけど、危険思考はしまっちゃいましょうね。

 

「次、着替えるね」

「ああ」

 

今度は送り込まれる前に自分から中に入りました。お兄様の視線が、扉が閉まるまで切れなかったことが気になりますね。

可愛い系の方がお好み?

さて、お次はオフショルダーの白い水着だね。黒とはまた印象が違うけれど、ふわっとしたぼやけた白ではなくかっちりした白。

申し訳ない程度のフリルがついていてこちらも胸を隠すタイプ。スポーティーさがあるので見る限り安心できる。

着てみても、うん。これならデコルテもすっきりしていて綺麗に見える。それなのにエロさがない。

括れた腰は隠しようも無いから仕方がないにしても、この白のお陰だろうか、健康的な体つきに見えなくもない。

白い肌にも負けない白ってすごいね。色味が違うだけでこんなに印象が違う。

・・・さっきまでの水着のせいでマヒっているかな。ちょっとわからなくなってきた。

これも肩丸出しなんだけどね。今までで一番深雪ちゃんの裸体が晒されてます。

前のあの二着がよくなかった・・・。とっても似合ってたけどね!

よし、お兄様に連絡を――と思ったら絹を割くような乙女の悲鳴が。

ラブイベント発生のお知らせですね。お兄様何も悪くないのに悲鳴をあげられてしまうなんて。

流石ラノベ主人公。その宿命からは逃れることができない。

でも彼女たちは説明すれば問題ないにしても周囲から変に勘違いされてないかな。水着売り場に男性がいるだけで変に見られるからね。

しかもそれがたった一人で、しかも非難されているところに悲鳴まで上げられて・・・。

私たちについていた店員さんがいてくれているはずだから問題にはならないだろうけど、お兄様の心労は計り知れない。

こんなに騒がせてしまったのだからどれか売り上げに貢献しないと・・・って、私、この水着お兄様が来る前に着替えていいのかしら。

端末に、悲鳴が聞こえたがどうすればいいか送ると、お兄様はすぐに迎えに行くとのこと。

着替えるかどうかについてもそのままでとなっていた。着替えず待機らしい。・・・こんな時でもきちんとチェックはする、と。

 

「すまない、待たせた」

「・・・大丈夫ですか?」

「うん、いいね。それなら動きやすそうだ。先ほどのものと一緒に購入しようか」

 

あれ、今の「うん」は大丈夫かの質問に対してではなく私の姿にでしたか。

というかアレも購入するのですか!?流石にワンシーズンに二着も必要ないと思います!・・・あ、お店への迷惑料?・・・・・・仕方ないのか。

どちらもトレンドのものではないから来年着てもおかしくないだろうし。来年に水着を着る機会が果たしてあるかわからないけれど。

お兄様の待つ扉一枚越しで着替える気まずさったらない。お家で何度も体験している?お外はまた別だし、そもそも家だっていつも、何時までも慣れない。

アレは修行だと思って耐えているだけ。

けれどこれ以上七草姉妹に構われて大変な思いをするくらいなら私の羞恥など大したことじゃない。

というより扉の前で何やら騒ぐ気配が。

これは・・・泉美ちゃんが来たかな。着替え終わって出ていいか内側からノックすると、お兄様からいいよ、とお声がかかった。

 

 

 

出ると、あら可愛い。私服の泉美ちゃんが。奥から慌てた様子の七草先輩も来ましたね。

泉美ちゃん・・・お姉さま方の視線を振り切ってここに来たのかな。そのパッションは凄いと思うけど。

 

「泉美ちゃん、それに七草先輩も。こんにちは」

 

何を言って良いかわからなかったのでとりあえず挨拶を。

 

「このような場所で出会えるなんて、運命ですね深雪先輩」

 

そうですか。その理論で言うとお兄様も該当してしまうと思うのですがね。

まあ間違いなく運命か。お兄様と七草先輩のラブイベントですからね。合ってる。泉美ちゃん正解です。

 

「泉美ちゃん!暴走しないの。・・・騒がしくしてごめんなさいね、深雪さん」

「いえ・・・。それよりも、場所を移動しませんか?」

 

ここは水着売り場の試着室ですし、こっちの方が先輩たちのいた一般エリアとは違うようで気まずいので。

 

「なら俺は会計に行っているから先輩たちと一緒にいてくれ」

「わかったわ」

 

もう本当に買うのかなんて余計なことは口出ししません。そんなことを言って泉美ちゃんを刺激すると大変そうなのでね。・・・お兄様にいらぬ浪費をさせてしまったことが心苦しい。

そんな気持ちは押し隠して、先輩たちと入口へ移動。

 

「こんにちは香澄さん」

「・・・こんにちは」

「香澄ちゃん!先輩にその態度は」

「気にしないで。今日はプライベートなのだから」

 

泉美ちゃんが双子のお姉さんを叱るけれど、こちらは気にしてないからね。懐かない猫ちゃんは見ている分にはとても可愛らしいから。

先輩は水着を購入したのかな。お嬢様のお買い物って買ったらその場で持ち帰らず発送が当たり前だろうから、買ったかどうかはわからない。けど、お兄様と同じ理由で買っていそうだけどね。

 

「それにしてもお久しぶりです先輩。四月にはお会いしましたが、あの時よりずっと大人びていて・・・。大学生ともなると雰囲気も変わるのですね」

「そ、そうかしら?」

「ええ。メイクも変わられたのですね。先輩によくお似合いです」

 

高校でもメイクはしていたけれど、その時と比べると華やかさが違う。肌の色も明るいけれど健康的で瑞々しい。プライベートということもあるんでしょうけどね。

 

「あ、あの!深雪先輩の私服姿もとても素敵です!」

「ありがとう。泉美ちゃんも、いつもの制服姿と違って活発的な恰好ね。可愛いわ」

「あ、ありがとうございます」

 

うんうん、女子の会話って感じだね。挨拶がてらの褒め合い。

でもお世辞じゃない真実だから苦にならない。可愛い綺麗と口にできてすっきりです。

香澄ちゃんもボーイッシュでかっこかわいいけど触れてくれるなオーラがね。無理に褒めないよ。嫌がることはしないから安心して。

こっそりと泉美ちゃんには伝えるけどね。身近な人褒められると嬉しいよね。泉美ちゃんもニッコリ笑顔。

その様子をいぶかしんでいる香澄ちゃんと、「なぁに、内緒話?」とにんまり揶揄いモードの先輩。

そこへお兄様が手提げを持って登場しました。水着二着が随分コンパクトですね。手を伸ばすけど手を繋がれただけで何も持たせてもらえませんでした。

・・・繋いでほしかったわけじゃないことわかってましたよね?

ほら、見て下さい七草姉妹のそっくりな呆れ顔。

・・・泉美ちゃんは若干目の色が違ってたけどね。

 

「とりあえず、お茶でもいかがでしょう?」

 

どこかで落ち着いて話しましょう、との私の提案に否定の言葉は上がらなかった。

 

 

――

 

 

水着売り場の顛末は、まあほぼ原作通りでした。

 

「会うはずのないところで思いがけない人物に会えば驚きもしますよね」

「・・・そう言って貰えると助かるわ」

 

だからって悲鳴を上げるかと言えば、また別問題なのだけど。

水着姿なら見られたって・・・と思ったけれど、恥ずかしかったわ。不意打ちなら悲鳴上げてもしょうがないかもね。

それでもあんな痴漢に遭ったような悲鳴ではなくもっと短く済むと思うけど。

先輩がどんな水着だったかは知らないけれど、原作通りなら大胆なビキニだったからより恥ずかしかったのかな。

 

「兄さんも、不慮の事故とは言え、先輩の水着姿を見てしまったのです。そんな堂々と開き直ったのではダメでしょう」

「いいのよ深雪さん!達也くんは通り過ぎようとしていたのを妹たちが突っかかって、そこにタイミング悪く私が出てしまったのだから」

「だって、水着売り場の試着室に男が一人でいるなんてその時点でおかしいでしょ。しかもそれが見知った先輩なら猶更」

「香澄ちゃん!」

 

うーん。香澄ちゃん、ご立腹ね。だけど、水着売り場に男性か・・・。確かに不審に思われてもしょうがないけれど。

 

「だとしたら私のせいね。香澄さん、嫌な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした」

 

誠意を込めて謝罪する。

まさか私が頭を下げて丁寧に謝罪すると思わなかったのだろう、香澄ちゃんは酷く驚いて声を上げた。

 

「ちょ、止めて下さい!先輩が謝ることじゃありません!」

「でも、貴女は不快に思ったのでしょう?兄さんを試着室の場所から追い出したのは私だもの。その場で待ってもらうよりもどこかで時間を潰してもらおうとしたのが悪かったんだわ。兄さんも、ごめんなさい」

「俺は気にしていないよ。お前が俺を気遣ってくれたのはわかっていたからね。その間店員にいろんな話も聞けたから有意義な時間でもあったしな。だが、売り場にいるだけで不快感を与えるとは思わなかった。すまない」

「・・・いいえ、こっちも言い過ぎました。すみませんでした」

 

お兄様の謝罪を香澄ちゃんは一応受け入れてくれた。

・・・本当は謝罪なんていらないはずなんだけどね。形上喧嘩両成敗ってことで。

これでお話はお終い、というように全員で飲み物を一口飲んでひと心地着く。

 

「深雪先輩はこの後、どうされるご予定なんですか?」

 

さて、この質問には困った。

ここに訪れたのはお兄様の『用事』であって、それは先ほど終わったはずなので、この後の予定も何も決まっていない。

だが、それをそのまま口にするとお兄様への非難が集中することは火を見るより明らかだ。

お兄様が私の水着を選びに来た、なんてガソリンを撒くようなもの。余計なことは口にしませんとも。

 

「そうねぇ。新しくできたばかりの施設だからもう少し見て回りたいと思っていたところよ。――七草先輩たちはどうなんですか?」

 

泉美ちゃんが私と一緒に回りたい、と期待する視線を向けられているのは気付いたけれど、横に気付いて。香澄ちゃんが結構すごいお顔してるから。うげーって顔してるから。

後輩として先輩に窺うのはおかしな流れでもない。自然とそう水を向ければ、七草先輩は少し思案して。

 

「え、そうね。私たちも気晴らしにウィンドウショッピングに来ていただけだから、特に決まった目的も無いの。だからこのままぶらぶらして、ってところかしら」

「ですから先輩もご一緒にいかがですか?」

 

うーん。お目目が爛々と輝いてますね。獲物を狙っているような。

だけどそれを止めたのは七草先輩だ。

 

「泉美ちゃん。他所のご家族の邪魔しちゃダメよ」

 

七草先輩、妹の豹変ぶりに若干引いてません?いつもの彼女ってどんな感じなのかな。私はよく見る光景なのだけど。

 

「そうですね。深雪先輩、失礼しました」

 

泉美ちゃん自身ヒートアップしていたことに気付いたか。引き下がってくれるようでなによりです。

このままで終われば綺麗だったんだけどね。やっぱりそうは問屋が卸さなかったか。

 

「そうだよ、泉美。司波先輩と司波先輩のデートを邪魔しちゃ悪いって」

「デート!?」

 

そこで赤くなって戸惑いの声を上げたのは七草先輩。先輩相変わらずこの手のネタ弱い?

というか司波先輩と司波先輩って・・・わかりづらい。お二人で纏めちゃえばいいのに。態とだってわかってるけどね。

この後はお兄様が否定を口にするのだろうけど、どうしよう。ここでヒートアップさせて変な発言に繋がるのもねぇ、と思っていたのだけれど。

 

「そうだな。これ以上の邪魔はされたくない」

「「「な!?」」」

 

あらぁ。素敵な三重奏。息ぴったりですね。じゃなくて。

 

「兄さん」

「事実だ」

 

あ、ダメだ。お兄様がおへそを曲げています。この状況にご不満でしたか。

私が謝罪した時からちょっと様子がおかしいなと思っていたけれど。私のために黙ってくれてたものね。

でも泉美ちゃんに邪魔されかけて、香澄ちゃんにちょっかいかけられて、オブラートも解けちゃいましたか。

由々しき事態ですね。

 

「きょ、兄妹でデートなんて、非生産過ぎる!」

 

あ、言っちゃいましたね。色々過程すっ飛ばしましたけども。

でもブーメランだよね。その理論だと三姉妹でお出かけも引っかかっちゃう。

 

「香澄さん、落ち着いて。それを言ったらまた七草先輩や、貴女達にも悪い噂が付いちゃうから」

「え、姉さんや私達に悪い噂?どうして!?」

「だって、兄妹デートが非生産で、三姉妹のお出かけが生産的だってことになったら、まずいでしょう」

 

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・。

 

「深雪、それは、ちょっと論点が違うな」

 

違うかな。私の妄想力が悪いの?

三姉妹それぞれタイプの違う美少女が生産性高いお出かけ(意味深)って、成人指定の雑誌のような展開で一部の方は喜ぶと思うのだけど。

 

「・・・その前に、姉の悪い噂とは何でしょう?」

 

あ、そこからか!しまった。これはつい口が滑ってしまった。フォローを入れねば。

 

「七草先輩が悪いわけじゃないのよ。ただの僻み交じりの噂話に尾ひれがついただけだから」

 

そう言ったらああ、と彼女たちは納得した。いつものことか、みたいな。

・・・先輩の思わせぶりな態度って妹たちも知っての通りのいつものことなのか。

そして勘違いする方が悪いみたいなスタンス・・・怖いね。

だからお兄様も入学初日そういった類だと思われたのか。

 

「香澄さん、私たち兄妹は唯一の家族でね。だからデートというよりは家族でお出かけしている感覚なの。他人からはどう見られているかわからないけれど、ね。休日に友人と過ごすのも有意義な時間だと思うけれど、時には家族も大事にしたい。これはおかしなことかしら?」

「そんな、ことはないです、けど・・・」

 

自然と父を亡き者として扱ってるけどお兄様も訂正しないからそのままで。

家族は二人兄妹です。今は可愛い従姉妹(偽装)もいるけどね。

 

「男と女の兄妹が休日を過ごすのはおかしい?」

「・・・それは、家族、それぞれですから」

「私と兄さんが気持ち悪いなら、なるべく視界に入らないよう努力するけれど」

「そんなことしていただかなくても大丈夫です!!」

 

香澄ちゃんが爆発したように大きな声を上げた。

言わせたの私だけどね。あの言葉を、――魔法師は優秀な子供を産む義務がある発言を言わせるくらいなら、別の言葉にすればいいかな、と。

こうやって発散すれば多少落ち着きを取り戻すだろうから。

泉美ちゃんはハラハラしながら香澄ちゃんと私を交互に見て、七草先輩は妹を落ち着かせようと名前を呼んで叱り付ける。ここは店内ですからね。

もう少し前に落ち着かせてほしかったけれど、しょうがないね。

お兄様には静かに見守ってほしいと改めてお兄様の太ももに手を置いてモールス信号を。本当便利ですね。モールス。

 

「・・・冷静さを欠いていました。申し訳ありません」

「ごめんなさいね。ただでさえ忙しい時期にストレス抱えてたみたいだから気晴らしに出かけてたんだけど、まさかこんな形で爆発すると思ってなくて」

「深雪先輩。香澄ちゃんが申し訳ありませんでした」

 

うーん、三者三様。おもしろいねぇ。それぞれがそれぞれの思惑で謝罪してる。

 

「いいえ。先輩たちのプライベートな時間を邪魔してしまってこちらこそ申し訳ありませんでした。――兄さん」

「ああ。それでは俺たちはここで失礼させていただきます」

「あ、伝票!こっちが迷惑かけたのだからこっちに払わせて頂戴」

「女性に恥をかかせたのです。俺が払うのが道理でしょう。それでは」

 

お兄様は有無を言わさずに席を立ちさっさと会計に行ってしまった。私も一礼をしてその後に続く。

俯く香澄ちゃんに慰めるように泉美ちゃんが背を撫でている。

原作よりは落ち着いているようだけどね。なんともおかしな時間だった。

多分『兄妹でデート』を非難するより、『兄妹で子供は作れない』ことを強調するお話しだったんだろうけど・・・原作の深雪ちゃん、これ聞いても傷ついた様子なかったんだよねぇ。

つまりこの話を聞かせる相手ってお兄様か七草先輩ってことになるよね。

お兄様は当然気にもしないだろうから、ホンボシは七草先輩、か。

兄妹だからいくら傍に居ても恋愛にはならない、と。おかしな関係に見えても兄妹なんだ、と。

そういうことかな。それなら兄妹で非生産的と言われるだけでも十分伝わるから大丈夫だろう。

多少改変はしたけどイベントはクリアと見て問題ないはず。

 

 

――

 

 

行きの時のように腕を絡ませて、という気分にはならなかったので手を繋ぐ。

お兄様も握り返してくれるけれど、その力は弱い。

 

「・・・大丈夫?」

「・・・ああ、ちょっと疲れたかな」

 

そうだね。お兄様にしてみれば、いきなりの痴漢容疑からの非難だったから。本当女難に見舞われますね。

 

「それなら、お口直しに何か甘いものでも食べる?」

 

こういうところには絶対甘いスイーツのお店が入っているでしょうから。

 

「甘いもの、か。どうせ甘いなら深雪から貰えるものが良いな」

 

うーん、相当参ってる感じだ。

なら早く家に帰ろう。恥ずかしいけれど、家でならお兄様を甘やかすこともできる。

 

「私があげられるモノだったら――って、お兄様?」

 

急に手を強く握りこんで引っ張りこまれたのは人気のない、死角にある少し細い道だった。

従業員が通る場所なのか、こんなに混んだ施設なのに人の通りが全くない、少し薄暗い通りだった。

そこでぎゅっと抱きこまれて。

 

「なら、少しだけ甘やかしてくれ」

 

耳元で囁かれた言葉は少しかすれていて、本当に疲れの色が見えた。

ぎゅっと心臓が掴まれるような衝撃に襲われるのだけれど、何とかそうは気取られないように微笑んで、お兄様の後頭部を撫でる。

 

「お疲れ様ですお兄様。大変な目に遭いましたね」

「・・・全くだ。どうにも七草とは合わんな」

 

俺も四葉だからか、とはなんとも皮肉なお言葉ですね。

でも四葉と知らなくてもちょっかいを掛けられるのだから縁を感じますね。いい意味でも悪い意味でも。

 

「お兄様は何一つ悪くなかったですよ」

「酷い言いがかりだった」

 

そうだねぇ。ただ居合わせただけで叫ばれちゃうなんて。なんて女難の相をお持ちなのか。あとラッキースケベね。この二つの呪いがある限り、お兄様は一生大変な目に遭うのだろうね。

お兄様の頭を抱き寄せて。

 

「不満でしたでしょうに、堪えさせてしまって申し訳ありませんでした」

 

女性の話に男性が入り込むとただ徒にかき乱しちゃうだけでしたから黙ってもらってたけど、黙っているのも結構辛いものがある。

 

「お前が謝ることは何一つなかった。俺のせいで謝らせる形になって、悪かった」

「お兄様こそ。謝ることなどなかったのに、謝らせてしまいました」

 

お互いの調子であの時の謝罪が口先だけだったとわかるとくすくすと笑いに変わった。

 

「言葉一つで場が治まるなら安いもんだな」

「まあ。悪いお兄様」

「お前の誘導もなかなかだった。深雪には悪女の素質もあるようだな」

 

少し前まで悪役なんて、と言われてましたけど、ようやく納得してくれたみたい。

そうなんですよ、深雪ちゃんのポテンシャルは高いのですから悪女から聖女までこなせちゃうんですから。

近づく人の気配に不自然じゃないように体を離して歩き出す。

今度は腕を絡めて。

 

「さて、仕切り直しといくか」

 

そう言ってお兄様は出口に向かって歩き出す。

うん、この施設はできるだけ早くおさらばしたいね。

少し離れたホテルの喫茶店で季節のスイーツを味わってゆっくりとお茶を楽しんで帰った。

 

 

――

 

 

試験が終わってすぐ、私はシールド・ダウンの練習場に顔を出した。

ある、一つの目的を果たすために。

 

 

 

「深雪、手加減は無しよ」

 

ギラリと彼女の目が好戦的に輝く。

今ばかりは、彼女の可愛らしさは鳴りを潜め、肉食獣のような気配が漂う。

 

「それはお互いに、ね。勝負よ、エリカ」

 

私も呼応する形で笑みを浮かべる。

冷ややかさを抱かせる笑みの中に、炎を灯して――。

 

 

 

これから行われるのはエリカちゃんとの一騎打ちだ。

こんな機会じゃないとエリカちゃんとやり合うなんてできないからね。

 

そろそろ皆エリカちゃんの動きに慣れて、先輩たちもエリカちゃんとの戦いに勝てるようになってきたらしい。

それは良いことだけど、彼女の動きがそんなものじゃないっていうのを証明がしたかった。

舐められているわけではない。けれど、ある程度回数を熟し、馴れ合う試合が増えてくると、手の内が読みやすくなる。

そしてやはり二科生らしく魔法力が弱い――そう感じさせることが面白くなかった。

彼女の技量は一級品。それを、たかが魔法力が低いというだけで、こんなルールに雁字搦めにされて不自由に動けないでいる彼女を無意識にでも見下されているのは我慢ならなかった。

 

(不自由に、雁字搦めにされて藻掻いていても、彼女の闘争心は失われていない。――研がれた牙の鋭さはルールという鎖なんてかみ砕く!)

 

盾を構える私に対し、自然体に腕を下げているエリカちゃん。

ギャラリーは固唾を飲んで見守っている。

心配されているのは私だ。誰も私が近接で戦っているところなんて見たことないからね。心配になるのもしょうがない。

逆にそれだけエリカちゃんは手練れだと認識されているということなんだけどね。

ここにいる皆はもう誰も彼女をただの二科生だと思う人はいないだろう。

だけどね、彼女の凄さはそんなものじゃないから。

だから、私は――

 

 

――

 

 

エリカ視点

 

 

誰もが予期していなかった。深雪が、まさか中距離遠距離魔法で攻めるのではなく、近接攻撃で肉薄するなんて!

 

 

 

開始前に対峙する深雪をつぶさに観察した。

深雪の盾はどうやら特注のようだった。二つハンドルの女子にしては一番大きなサイズ。中世の騎士が掲げている盾のような形状だった。

木製と言えどその大きさはかなり重いはず。両手で盾を構える深雪はその重さを気にしていないようにも見えた。ということは見た目より軽量なのか。

 

(遠距離攻撃では当然分が悪い。だったら速攻で片をつけるのが定石だけれど、――深雪相手にどこまで通用するか)

 

この時点で私はすでに彼女を他の生徒たちと同じ一選手とは見ていなかった。

肌で感じる。――彼女は絶世の美少女の皮を被った獣である、と。

一瞬でも気を抜けば命はない、そういう相手だと。

私は、この直感を信じる。この直感は、何時だって私の命を救ってきた。

だから、決して油断はしない!様子見なんて以ての外だ。初めからトップスピードで行くため、ぐっと足に力を込めた。

ホイッスルを合図に自己加速魔法で飛び出す。捉えられないようにジグザグとステップを踏みながら左から斬りかかろうとしたその時だ。

深雪が持っていた盾をステージ上に真直ぐと下ろした。するとゴンッと信じられない重量のありそうな音と振動が。

木製のはずの盾が、まるで鋼鉄でできているかのような重厚なものに変わったよう。

それを深雪はその細腕で左に振り上げた。

ぶおん!とすごい風切り音と共に風圧が襲う!

直撃を避けられたのは直前の己の勘だった。これ以上踏み込んではいけないっ、と警鐘が鳴ったのだ。

飛びのいたのは正解だった。

だが、失策でもあった。

深雪が追い打ちをかけるように自己加速して、離れようとした私に迫る勢いで飛び込んできたのだ。

その盾を、遠心力を利用するように振り回して方向を変えて。

 

(一体どんな魔法を使ってこんなことを?!)

 

彼女が己の盾に魔法を掛けていることはわかっている。が、自身の盾に重力魔法など掛けないだろう。

己の盾を常に重くして何の得があるというのか。強度は上がるかもしれないがそんな重いものをあの細腕で振り回せるはずもない。はずがない、のに!

 

「っふ!」

「っ(おっも!)」

 

深雪の盾を避けきれず、強化した盾で往なそうとしたのだけれど弾かれた!

弾かれる、と言っても手から離れたわけではない。往なそうとしたのを外されたのだ。

体勢が崩れるけれど、何とか体を捻って戻すと深雪がこちらの盾に向けて盾を振り下ろしているところだった。

慌てて盾を引き寄せ回避すると、ステージにめり込むんじゃないかって程の音と衝撃。

こんなの受けたら盾が壊れるどころか腕までやられるよ!

これだけ重いはずなのに、深雪はそれを軽々と振り上げ、まるで剣の鋭さを彷彿とさせる一閃を以て距離を開けられる。

近寄らせない、攻撃をさせない大振りの一手。私が深雪の隙ができたタイミングで踏み込もうとしたのが読まれていたのだ。

・・・面白い。

これは接近の戦い方を知っている者の動きだ。思わず舌なめずりをしていた。

深雪は試合が始まってからずっと変わらない微笑を浮かべたまま。私はまだあの表情を変えられていない。

俄然やる気が出てきたというものだ。

深雪自体に速さはない。瞬発力はあるみたいだけれど、普通に移動する分にはたいして速いとは思わない。

それでもどんなトリックか、私の懐に入り込んだり間合いをけん制したりする。

初めはカウンター狙いにいこうと思っていたが、今のように躱す術もあるようだ。

 

(だったら――私も奇策を使わせてもらおうじゃない)

 

たくさん試合を重ねたからこそ思いついた奇策。

通用するかは一か八かだけど、試さないで、――表情を変えられずに終わるなんて、許せるはずないから!

深雪が盾を構えている。

あれは、深雪も待っているんだ。私の一撃を。

舐めているのでも、余裕でいるのでもない。彼女の闘気が立ち昇って見えるよう。気迫が違う。

あんな嫋やかな細身のどこに隠してたのかっていうくらい、今の彼女は強者の気配を纏っていた。

あの重い盾に正面からぶつかっても私の軽い盾では揺るがすことはできないだろう。恐らく強度が違う。

深雪に本気の情報強化なんてされたら私の本気の剣でもない限り届くことはないだろう。

だけど、――だからこそ。他の選手相手にはできなかった、深雪相手だからこそできる技を!

この盾を、己の腕の延長線上の剣のように同調させて。

深雪のいる位置は立ち会った時と同じ位置。場外までは距離がある。

私のように剣の軽い者は速さで補うのが定石だ。素早く振り抜くことで速度を乗せて強さとする。

――だが、振り抜かずに速度を乗せられる方法がある。

己を加速させて刺突、――刺し穿つ。

剣は斬るだけにあらず。一点集中、突きをしたならば鎧すらも貫く。

紡錘形の先細りになった先端よりも鋭いのは盾の鋭角な角。防御を捨てた戦法だった。

揺さぶりなど一切不要。猪突猛進、ただひたすら真直ぐに、速く――すべてを切先に集中!!

高周波ブレードではないけれど、刺し穿つと同時に振動を与えれば盾は砕ける――はずだった。

深雪の表情から笑みが消えた。

ふっ、と短く漏れる吐息が、彼女の本気を窺わせる。

ぶつかり合ったはずの衝撃は受けるのに、私の剣はあと数ミリ盾に届いていない。届かないまま停止していた。

違う、これは・・・減速?!

 

「な!?」

 

盾を戻そうにも強力な磁石でくっついているんじゃないかってくらい離れない。

そのまま深雪が大きく左足を下げ、身体を振りかぶるように反転させる。

同時に見えないエアクッションのようなものに盾を軸に体全体を押し退けられ、そのタイミングで磁力を失ったように深雪の盾から離れふっ飛ばされて場外となった。

わっと沸く大歓声。

確かにここ最近にない見ごたえのある試合ができたと思う。

負けたけど、とっても悔しいけど、今までで一番すっきりした試合だった。

身体を受け止めてくれた大量のクッションから這い上がると、深雪が手を差し伸べてくれていた。

こんなほっそりとした白い腕に、私は――負けたのだ。

 

「あの刺突、冷汗が出たわ」

 

あの瞬間慌てたという深雪の言葉に、込みあげた悔しさが、醜い嫉妬が霧散し完全に溜飲が下がった思いだった。

 

「本気で相手したかったから」

 

敵わないだろう、とわかっていた。

彼女は――達也くんと同じ。魔法力の高さからポテンシャルで言えば恐らく達也くんすら上回っていると思う。

だけど、関係なかった。

友人だからこそ、友人でいたいからこそ、全力でぶつかった。

剣を交わす方が言葉を交わすより相手の気持ちが伝わってくると私は思っている。

だからわかった。

深雪が真剣に私を受け止めたことを。誰よりも私を警戒し、技に注意し、一挙手一投足に気を張っていたことを。

最大限の警戒をしてくれていたことに、最大の敬意を以て返礼の一撃で応えたのだ。

 

「ありがとう」

 

深雪もわかったのだろう。

だからこそ、満足そうな笑みを浮かべているのだ。こんな生き生きとした深雪、見たことが無い。

 

(・・・あーあ、完敗だ)

 

この笑みを見たら、敗北したというのに私まで満足してしまった。

 

「こっちこそ」

 

気が付けば手を差し出していた。

交わす握手。

その手は、私とは違う柔らかさを持った、熱くなった体にちょうどいい、ひんやりとした気持ちのいい女の子の手だった。

 

 

――

 

 

深雪視点

 

 

「で、あの盾は一体どんな仕掛けなのよ」

 

エリカちゃんは試合が終わってすぐ切り替えられているようで、普通に話しかけてくれてるけどもうちょっと待ってね。

私まだ心臓どっきんどっきんしてるから。

最後にして最強の一撃、エリカちゃんが目の前に瞬間移動してきてびっくりしたんだから。正直貫かれるかと思った。

想像してしまうほど彼女の盾は――っていうかもうあの時点で盾に見えなかったよね。剣でした、間違いなく。

多分魔法の情報を読み取ってそう幻視しちゃったんだろうね。・・・前世の知識が牙〇だ!と叫んでいた。構えは別に斎藤さんじゃなかったけどね。〇突怖い・・・。

瞬間的になんちゃって無下限を盾に発動できてよかった。まさかの同雑誌のキャラ夢の対決である。

そのまま磁石のようにくっついた――というより超減速していたために一時的にくっついていた――状態から盾を含めてエリカちゃんを巨大なエアハンマーで撃ち落としたのだ。

イメージはだるま落とし。でもハンマーは木槌じゃなくてピコハンね。多分木槌イメージしたままだと空気圧縮しすぎてトラック激突ばりに怪我させちゃってた。

 

「盾はもちろん規格内の木製よ。ただ、表面上に加工しにくい木刀などに使われる木材を張り付けたの」

 

最も固い部類に入るイスノキの板を張り付けた、ヒノキ板である。

周りを覆っているイスノキ以外のほとんどがヒノキのため見た目以上に軽い。補強材の樹脂等は使ってはいけないけれど圧縮してくっつけることはOKだったので。素晴らしい日本の匠のお仕事です。

 

「仕掛けは――手品みたいなものね」

「手品?」

 

そう、この盾を鋼鉄より重くて硬いと錯覚させるための魔法を少々。

 

「初めに床にたたきつけるパフォーマンスをしたでしょう?その時すでに錯覚を起こさせたのよ。こんな重い音がして振動が足を伝えばこの盾が重いと錯覚しやすくなる。直後、風切り音を反響させて大きく聞こえさせて、少し遅れて発生する風圧はこの盾に何かとんでもない魔法を掛けて頑丈にしているんじゃないかって」

「・・・・・・まさか、音と風と振動を使った張りぼての盾だったってこと?」

 

正解ですエリカちゃん。

床に打ち付けた時に発生した音を増幅させて、床が揺れるほどの振動が起きたと思わせた。

――二つとも振動魔法のため威力も増幅していたから少しのサイオン量でできちゃう、相手にそんな魔法を使ったと感じさせないくらいのお手軽手品だった。

多分盾を強化している時のサイオンだと勘違いしたんじゃないかな。

音と振動、遅れて風を浴びさせればあら不思議。

あの盾一体どんな魔法が掛けられているんだ!?と思わせるとんでも武器に錯覚させることに成功するというわけ。

もちろん当たったらただじゃ済まない衝撃も与えられたけどね。

ただのハリボテの裏にもちゃんと第二の策を仕込んでましたとも。エリカちゃんの嗅覚が鋭いことは承知してましたからね。油断なんてしない。

 

「あとは、そうね。去年の九校戦で目立ったでしょう?きっとすごい魔法を使うと思われるでしょうから」

「それであんな微笑をずっと浮かべてたってわけね」

 

強者って常に笑ってるイメージあるよね。余裕があるっていうのか。

それだけで相手にプレッシャーを与えるっていう。

要は雰囲気を作っていたということです。手品にはムードってものが必要ですから。

 

「情報があるからこそ勘違いさせることもできるってことよ」

 

先輩たちの中には昨年も出場した選手もいる。つまり手の内を知られている可能性があるのだ。

工夫することに越したことはない。

このところ新鮮味がなかったでしょうからね。まだ半月あるのです。どんどん工夫して技の練度を上げていきましょう。

 

「いいテコ入れになったわ。このところ刺激が無かったから」

 

エリカちゃんも感じてたんだね。

根気良く付き合ってくれて生徒会としてはとっても助かってます。

慣れた人との試合ってどうしても気が緩んじゃうから、エリカちゃんみたいに変幻自在に動ける人は貴重なのだ。

かといって一人で全員を相手にできないから、どうしても馴れ合いのような試合になってしまう。

この流れが来たら勝てない、とかね。

宙に浮いたなら宙に浮いたなりに逃れる方法を模索すればいいのに、間に合わない、だけでは勝てる可能性を捨てているのだと気付いていない。

エリカちゃんには難しいかもしれないけれど、魔法力のある人ならば足場を一時的に作ることくらいできるはずだ。

もしくは飛ばされる前に自身で跳びつつ反転できるだけの瞬発力を身に付けたりね。

体勢を立て直すのは武道では当たり前の行動。

でもスポーツしかしてきていない人にはその基礎ができていない。

 

「深雪ってさ、結構武闘派?」

「護身術程度よ」

 

淑女の嗜みです。とは言えないのでいつもの誘拐ネタで説明。嘘でもないからね。

淑女、誘拐や暴漢を想定して護身を学びますから。

身体も動かせたし、何よりエリカちゃんと試合ができた上、テコ入れもできた。

うんうん、順調ですね。

 

 

 

そう思っていたのだけれど。

 

 

――

 

 

「どうして俺に言わなかった?」

 

 

家に帰って美味しいご飯を食べて就寝前のひと時、お兄様のベッドの上でお兄様の足の上に座らされ、抱き込まれての尋問が。

・・・・・・どうしてこうなりました???

 

 

おかしいな。特に変わったことなどなかったように思う。

普段通り水波ちゃんの作った美味しい夕食を頂き、食後のお茶を飲んで、お風呂に入り、マッサージとケアを念入りにしてもらって、水波ちゃんも疲れてるでしょう、と肩を揉んだりして恐縮させちゃったりした後、部屋に戻って勉強して、コーヒーを淹れてお兄様と普通に語らって、今日の出来事を楽しくおしゃべりしていたはずなのだけれど。

 

「――ああ、映像見させてもらったよ。いい試合だった」

 

お兄様も、あの後シールドダウンの練習場に赴いたらしい。エリカちゃんが大興奮でお兄様に試合の状況を教えてくれたそう。

エリカちゃんに喜んでもらえたならなによりだ。

私も嬉しくなって笑うと、お兄様はいつものように優しく頭を撫でてくれた。

ここまでは普通だった、と思ったのだけれど。

――その手が、頬を捉えるまでは。

 

「楽しかったかい?」

 

耳朶を震わせるお声がいつもより深い低音で。

そちらに気を取られていたらするり、とお兄様の大きな手が私の頬に滑り落ちて少し持ち上げられる。

 

「ええ、とて、も?」

 

絡まる視線に不穏なものを感じて言葉が途切れたが、その時にはすでに遅かった。

そのままお兄様が倒れ込むように抱きしめられたと思ったらいつも間にかお兄様のお膝の上に。

 

(???)

 

とんでもない早業に思考が追いつかない。

『!』に至るまでに時間を要した。

 

「お、お兄様!?」

 

 

 

「どうして俺に言わなかった?」

 

 

 

そして冒頭のこの言葉である。

お兄様の雰囲気がですね、とてもよろしくない雰囲気と言いますか・・・支えられている背がふるりと震えます。

触れているはずなのだからお兄様が気付いていないはずが無いのに、お兄様はそのことに触れずにただじっと私の目を見つめて。

 

「エリカから聞いた時、俺は悔しくなったよ。本気で試合をしたというエリカに――羨ましいと」

「そ、れは、その・・・」

 

お兄様の思いつめたような視線を受けつつ頬を撫でられる手に、言葉が上手く出てこない。

触れている温かな手が私に熱を与えてくれているはずなのに、身体が冷える一方なのはなんででしょう。

 

「・・・シールドダウンの、テコ入れが必要かと思いまして、デモンストレーションとしてちょうどいいかと」

 

盾を用意していたのは初めて発注を依頼した時だった。どういう盾がいいかと話をしていた時にいろんな案を出しあって着想を得たのだ。

その時話していたのはこんなものは違反にならないかという話だったのだけど、職人気質のおじ様が面白がって試作してくれる流れになった。

料金はいらない、ただ使い勝手を教えてくれって。

他の受注が終わってから届けられたから、昨日届いたばかりだったのだけど、戦い方はシミュレートしていたからすぐに実践に移せた。

我ながらなかなか面白い戦術だったと思う。

小手先の技がどこまで本戦で通用するかわからないけれどね。

あそこは魔法がすぐ分析できちゃうからそう何度も使えない手品ではあるんだけど、手品自体は相手をかく乱させるものだから。

次は本当に重く硬い強化を施したりすれば相手の意表を突くこともでき、戦術の幅が広がる。

戦いはただ技術のみならず。心理戦で制することだってできる。

 

「映像の中の深雪はとても輝いていて美しかった。とても楽しそうだったね」

「・・・そう、でしたでしょうか。無我夢中でしたのでよくわかりません」

 

実際、エリカちゃんの攻撃に緊張しながら戦ってたから、集中して自分がどういう風に見られていたかなんてわからない。

作戦上徹頭徹尾微笑んでおこうとは決めてたけどね。

 

「せめて生で見たかった」

「それは、申し訳ございません。お兄様にも予定があったと知っておりましたので」

 

本気で悔しがるお兄様に、私は謝罪するしか言葉が無かった。

お兄様はスティープルチェース・クロスカントリーのコースに、少しでも考え付くあり得そうな障害を組み込もうと部活連と話し合っていたのだ。

泥濘だったり、石礫だったり、古典的な罠を中心に怪我をしない程度の仕掛けを作ることになったらしい。

山道で泥濘なんて大事故に繋がる危険度だけど、当日無いとも限らない。足を取られる練習はしておいた方が良いからね。

と、話が逸れたけど、そんなわけでお兄様はお忙しかったのでこんなことでお手を煩わせることもない、とお声がけをしなかったのだ。

だがそれがまさかこんな事態になるなんて。

これ以上顔を近づけるとまたキスされちゃう、とお兄様の肩口に額を乗せて。

身を寄せることになるけれど、これで顔に何かされることは無くなるから。

代わりにぎゅうう、と抱き込まれる。今日は一段と力が強いですね。

力加減を知らない子供がお気に入りのぬいぐるみを抱きしめる様。・・・そんなに強いと綿出ちゃう。

とん、とん、とお兄様の背中を叩く。

タップじゃないよ。落ち着かせようとしているだけです。

苦しいけれど、耐えられないほどじゃないから。

 

「俺は本気で深雪に向かうことなどできないから、エリカが羨ましい。好戦的な深雪と対峙できるなんて」

「それは困りましたねぇ」

 

私もお兄様と本気で向き合うなんて天地がひっくり返っても、機会が巡ってくることは無いと思うけれど。

 

「代わりにお兄様しか知らない私ではだめでしょうか」

 

お兄様がエリカちゃんを羨ましいのってあれだよね。コンプリート魂だよね?自分が持っていないスチル()が欲しいって。

前にも何度かこの手のことで羨ましがられた記憶。

でも、お兄様しか持っていないものの方が断然多いと思うのだけど。

と、弱まってきた腕から解放されつつある体を起こして恐るおそる顔を上げて見上げれば、お兄様は――なんで無表情で見下ろされているのでしょうか。ちょっとホラーかと思いました。

お兄様情緒大丈夫?さっきまで寂しそうだったり、かと思ったら悔しそうだったり思いつめたような苦しいお顔だったりしていたのに、今はすん、と表情が抜け落ちてます。

 

「深雪は一体どこでそういう言葉を覚えてくるのだろうね」

「どこ、と申されましても」

 

とっさに口にしている言葉の出どころ・・・?あえて言うなら過去に読んだ作品たちでしょうか。

口にできずにおろおろしていたら、お兄様が大きめの溜息を吐いて。

 

「最近深雪は忙しすぎないか。学校で一緒になるのは登下校とお昼くらいじゃないか」

「生徒会も、ほとんど作業に追われてますものね」

 

そこは九校戦関係なく変わりないはずなのに、お兄様としては忙しく動き回っているせいかすれ違っているように感じるのかもしれない。

忙しいと時間は一瞬になってしまいますものね。会っている時間も短く感じてしまうのかも。

夜はこうして一緒に過ごせているのに。

 

「私だけではございませんよ。お兄様もずっと働き通しではないですか」

 

お兄様は私の身体を心配されるけど、私だけじゃない。お兄様だって常に忙しくされている。

 

「お兄様もお疲れなのですよ。いくら調整に慣れているとはいえ、これだけ複数を同時になんてなかなかないでしょうし、その上作戦を立てたり、指導をしたりと動き回っておりますし」

「後半に関しては、だいぶ深雪に助けられてるよ。選手たちも自主的に作戦を立てているから俺はアドバイスをするだけということも増えた」

 

あら。それなら少しはお役に立てたかしら。

すり、と擦り寄れば、お兄様は頭を撫でてくれた。

 

「深雪は大活躍だよ。今日のシールドダウンもだが、ミラージバットも飛躍的に動きがよくなっていた。やはり口頭で説明するより実演があるとだいぶ違うな」

 

特に深雪の動きは理想的だから、と褒められれば嬉しい反面、お兄様の腕の中ということも相まってより恥ずかしくもなるもので。

 

「あまりそのように褒めないでくださいませ。図に乗ってしまいます」

「図に乗られては、困るな。余計に深雪は張り切ってしまうだろうからこれ以上無理はさせたくない。・・・だが褒めるな、というのも難しい」

 

悩ましいな、と人の髪の毛をくるくると絡ませて弄びながらお兄様は穏やかに笑っていた。

・・・落ち着いて下さったようでなにより。

さっきまでの不穏な空気は無くなったようで一安心です。

でもこの体勢はいただけないなぁ。場所を思い出してほしい。ソファでさえギリギリだと思うのに、ベッドですよ。お兄様のベッド。

その上でお兄様のお膝に乗せられ抱っこ。・・・これは明らかにダメでしょう。

 

「お兄様もお疲れなのですから、このような戯れはよろしくないですよ。これではちっとも体が休まりません」

「そうか?深雪に触れているとそれだけで癒されるのに」

「これでは先日の香澄さんに対して示しが付きません。兄妹がべたべたとくっつくのはおかしなことなのですから」

「他所は他所、ウチはウチだろう?」

 

あらあら。香澄ちゃんの言った言葉を都合のいいように解釈しましたか。

 

「ところで、どうして香澄は『さん』で泉美は『ちゃん』なんだ?」

「え?」

 

お兄様にしては珍しいところが気になったようですね。

 

「親しさの差、でしょうか」

 

ゲームでもよくある好感度によって呼び方が変わるアレですね。

泉美ちゃんは何というか、うん。気づいたら親密度がMaxになってた感じ?

でも香澄ちゃんは何だかどんどんマイナスに傾いている感じなのよねー。会わないからかな。

会わないだけで、挨拶しないだけで好感度って下がっていきますからね。・・・ゲーム内の話ですけど。

ある学園恋愛シミュレーションゲームではしばらく会わないと爆弾が爆発して他の人の好感度まで巻き込んで下げられてしまうとかあったな。

アレは理不尽だった・・・。定期的に構えって言うね。

 

「いくら双子でも同じに扱うこともないでしょう。片方こうだから、もう片方はこう!というのではなく個々との関係性がそうなった、ということです」

「・・・そういうものか」

 

あれだね。名前の横のプロフィールに、生徒会の後輩。特に仲がいい。クッキーはサクサク系よりしっとり系が好み。と書かれている泉美ちゃんに対し、香澄ちゃんは七草家の次女。双子の妹がいる。くらいのプロフィールの差。・・・伝わるかな。

 

 

結局お兄様の膝から降りられたのは就寝したいと訴えるまででした。

 

 

――

 

 

7月21日の夜、先生と水波ちゃんと四人で小旅行に来ました。

・・・いえ、分かっているのですよ、先生とお兄様はやるべきことがあることは。お遊び気分なのは私だけなのだと。

でもねぇ。リニア列車の個室ですよ!お高いお陰で揺れも無ければ座り心地も最高抜群!窓の外の景色がビュンビュン飛んできますね!楽しい!!

 

「いやあ。深雪くんは誘い甲斐があるねぇ。そんなに喜んでもらえるとこの席を取った甲斐があったというものだよ」

「先生!お誘いいただいてありがとうございます。お二人にはこれから大事な用事があるというのにこのようにはしゃいでしまって・・・」

「いいんだよ。むしろこっちが感謝かな。良い物を見せてもらってるんだから」

 

先生はニヤニヤと笑い、隣のお兄様から凍てつく空気が先生に向けられているのが感じられる。お兄様、いつの間に凍てつく波動を覚えられました?

先生の隣の水波ちゃんも先生を不審者のように警戒して見つめていますけど、安心していいよ。先生本気でそんなこと思ってないから。

先生は揶揄いに生きがいを感じているタイプだから。

 

「水波ちゃん、お茶を用意してもらっていい?軽く摘まめるものをご用意しましたので先生もよろしければぜひ召し上がってください」

「すまないねぇ。いやあ。楽しい旅になりそうでよかった。達也くんと二人きりじゃ、こうはならなかっただろうからね」

 

それはそうだね。用事があっていくだけの二人がキャッキャしてたらびっくりだ。

それはそれで見てみたいけど想像がつかない。

 

「九校戦の準備はどうだい?順調かい」

「はい。選手たちの練習もだんだんと板についてきて、・・・青春って感じです」

 

先生はただの雑談として話題に出してくれたのだから、そこまで詳しい話はいらないか、と大事なところだけ伝える。

そう、青春してるよ彼らは。

 

「青春か。それは良い」

 

ですよねぇ。とにこにこにっこり。先生とはこういう話が合う。

お兄様と水波ちゃんが入れない世界です。申し訳ない。

 

「ところで今年はどんな衣装の予定なんだい?」

 

先生の問いに、初めて言葉が詰まる。

そう、なんだよねぇ。二年の時の九校戦どうしようか。一年の時は原作にもあったから、と巫女さんにしたけれどここは改変しても神は修正を入れないと思うんだよね。

本筋からずれることは無いから強制力が働かない気がする。

ってことで、ここはあえて原作を無視した服にしようと思っているのだけど・・・。

 

「そろそろ発注しないと間に合わないんじゃないのかい?」

「そう、なのですが」

 

去年考えたシスターも捨てがたいけど、やっぱりイロモノ過ぎるかな。

・・・巫女も大概イロモノだと思うのだけど、ほら。お兄様も納得する理由があったし。

・・・魔女っ娘衣装とか?いや、確かそういう恰好の人去年いたな。

アイスピラーズブレイクなのだから、いっそのことスノークイーンの衣装とか?白と水色のドレス。刺繍をあしらって?・・・いや、それなら思い切ってアレにしちゃおうかしら。あの、有名なででにー作品のアレである。

でもそういえばこっちにあったかしら。見た記憶がない。・・・もしあったとしても100年前だし権利関係は問題ないはず。それっぽくするだけで同じ物にはしないけど。

 

「せっかくですから競技にちなんで雪の女王をイメージしたドレスにしてみるのもいいかもしれませんね」

「雪の女王、か。深雪くんはまだプリンセスのような愛らしさだけれど、うん。似合いそうだね」

 

先生、うっすら開眼しましたけど、こんなところでするのはどうかと思います!いったい何をご覧になりました??

 

「師匠」

「ん?別におかしな会話じゃないでしょ」

 

お兄様も、先生の発言の怪しさは知っているでしょうに。これもコミュニケーションの一種かな。でもじゃれ合いにしてはお兄様から剣呑な空気が。

お兄様、楽しい小旅行ですよ。

小さなサイズのサンドイッチをお兄様の口元へ。

お腹が減ってはイライラもしやすいですからね。

お兄様の唇に当てれば口を開くしかない。ちょっと目を見開いて驚いてからすぐさまかぶりついてくれたのですけど、目測誤りました?私の指に唇が当たりました。大きなお口ですこと。

 

(なんて余裕は表面上だけだよ!お兄様目が笑ってるもの!絶対態とだ!!)

 

妹を揶揄って遊ばないでください。ここには先生も水波ちゃんもいるんですから。

水波ちゃんは気付いてない、というか初めから視線を逸らしていたけれど、先生はがっつり見てニヤニヤ。

お兄様としてはこの悪戯だけでとりあえず満足されたらしい。それ以上のちょっかいはかからなかった。

 

 

――

 

 

あっという間に奈良に着きました。

ここで先生とはお別れです。

 

「先生もお気をつけて」

 

周囲の目もあるので礼ではなく手を振ると、先生はひらりと振り返して行ってしまわれた。

最強キャラであらせられる先生に心配なんて必要ないのかもしれないけれど、こればかりは気持ちだから。

そして三人で先生の手配してくれたホテルへ。

ええ。ウチのホテルですねぇ。間違いない。

お兄様も知らないことを知っている、流石先生。だけど、本当何処でそういう情報って得るんだろうね?私だって内部資料見せてもらわなければ知らなかった。

まあでも、ここで過ごすならお兄様に心配をかけるようなことにはならない。不審者なんて外部から入り込む余地もないホテルです。

すぐに部屋に向かい、出立するお兄様を見送るのだけど。

 

「お兄様、どうかご無事で」

 

行かないで、連れて行ってとは引き止めないけどお兄様が危険な思いをされるのを知っていて心配にならないわけはないので。

お兄様の手を取って、胸の前でぎゅっといつもより強く握ってしまう。

お兄様が無事であることを祈るように。

大げさだから呆れられるかな、と思ったけれど、お兄様はこの儀式めいたことに付き合ってくれた。

 

「必ずお前の元へ帰ってくるから、絶対にホテルから出てはいけないよ」

 

ああ、でも原作と同じように釘は刺されるのね。

手を解放したら頭を撫でられた。

 

「もちろんです。お兄様に無用な心配は掛けたり致しません」

 

ホテルからは出ないよ。私が突っ走らなくても厄介事っていうのは外から勝手にくるものですから。大人しく待ち構えてますとも。

いい子の答えにお兄様は満足したのか、少しだけ微笑むとすぐに表情を引き締めて行ってくる、と言うと水波ちゃんに向き直って。

 

「水波、深雪の世話を頼む」

「かしこまりました」

 

水波ちゃんは深々と頭を下げてお兄様への決意を見せる。・・・気合十分ですねぇ。やる気が漲っています。

お外で初めて一人での護衛任務ですから。だけどあまり張り切り過ぎないようにね。今回相対する予定があるのは身内なので。

 

「いってらっしゃいませ、お兄様」

 

お気をつけて。

お兄様の背を見送って、さてどうしましょう。

時刻は九時前。叔父様たちが来るのはもうしばらく後でしょうから。

 

「水波ちゃん、時間もあるから今日の分のお勉強しちゃいましょ」

 

この時代の何が良いって、勉強道具を持ち運ばなくてもどこでも勉強できることかな。いい時間つぶしになる。

水波ちゃんは素直に従い、一緒に机に着いて端末を操作する。

互いに互いの勉強をして、時に水波ちゃんの様子を聞いて、分からないところを聞いては教えてあげたりして時間を潰したのだけど、一時間とかからなかった。

今日は土曜日だったため授業が短かったことと、普段からもちゃんとお勉強しているようで予習もたいして時間がかからず終わってしまった。

あまり先をやり過ぎてもしょうがないのでキリのいい所で打ち切りにして。

 

「お兄様がお戻りになるまでまだ時間があるでしょうし、――トランプでもする?」

 

念のため暇つぶしで持ってきていたトランプ。これ一つで色々できますからね。・・・お兄様がいなければ。

お兄様がいると神経衰弱とかスピードなんてできませんから。敵う訳がない。

でも水波ちゃん接待プレイしちゃうかな?

と思ったので。

 

「・・・まさかトランプタワー五段の完成を見られるとは思わなかったわ」

 

水波ちゃんの集中力凄い。

思わず端末で写真を撮ってしまった。

改めて水波ちゃんのスペックの高さに驚きだ。初めてとは思えないよ。

ちょっと誇らしげなところもとってもキュート。可愛い。

私は三段で精一杯。水波ちゃんの真剣な表情チラ見している時点で集中力なんて皆無でした。

水波ちゃんを褒めちぎっていたら時間はあっという間に過ぎていたらしい。

部屋の電話が鳴り響く。待ち人が来たらしい。

すぐに出られる恰好のままでよかった。軽く化粧を直すくらいで済む。

水波ちゃんは来客に驚いていたけれど、四葉にいるとこういうサプライズはよくあることだからね。慣れていこうね。

 

「では、ロビーに向かいましょうか」

 

魔法でも身だしなみを整えてから、出陣する。

少しでも隙は見せられない相手だ。

小娘の演技力がどこまで通用するかな。

 

 

――

 

 

ロビーにダンディなおじ様と可憐なお嬢様の姿が。

親子仲良く寄り添う姿は絵に描いたような理想像。ウチでは絶対にありえない光景だ。

羨ましいかと聞かれれば叔父様と親子ならば大歓迎だが、自分の父とは勘弁願いたい。父は望んでいるようだけれどね。

自身の行動振り返ってみてください。貴方の行動に娘が歓迎することは何一つありませんから。

それに、黒羽の叔父様のようなダンディズムもお持ちじゃないですしね。貫禄がまず違う。

亜夜子ちゃんは良いなぁ。あんなお父様なら自慢にもなるよね。

 

「深雪ちゃん、お久しぶり」

 

うーん、大人の色気漂う素敵な叔父様ですね。お兄様とは違う色気にただただ感心する。

その場で軽くお辞儀をして、礼儀に適った距離まで近寄ってから立ち止まって深々と。

 

「叔父様、ご無沙汰しております」

「うん、深雪ちゃんも元気そうで何よりだ」

 

普通に可愛がっている親戚に向ける笑顔ですね。心の中を見せない方々だけど、家族への愛は本物で、一族への愛も深い。

だからこそより一層、不安要素のあるお兄様を毛嫌いするのだろうけどね。

私に対しては、その四葉を守るものとして造られているのだから、叔父様からすれば嫌う要素はない。

むしろ愛情を向けることで己の家族を守ることになると思っているかもしれないね。

四葉の愛は複雑怪奇。損益も絡む。――でも、そんなものでも愛は愛なのだから厄介だ。

 

「亜夜子ちゃんは、三か月ぶりね。春の一件では色々と力を貸してくれてありがとう」

 

亜夜子ちゃんはこの年で立派に仕事を熟しているプロフェッショナル。尊敬こそすれ、ライバルとは思えないんだよなぁ。

原作ではお兄様を取られるかも、っていうのが根底にあったからライバル関係だったのだろうけど、私にその気持ちは無いからかもしれない。

お兄様が望むのであれば、叔父様という障害も何のその、必ずや二人を幸せにする道を用意するよ。

そのための次期当主の座だと思ってる。

それに深雪ちゃんが面白く思えないポイントである能力の差も、お兄様のお役に立てる能力は羨ましいなと思うけれど、だからってずるい、とはならない。

亜夜子ちゃんだからこそお兄様のお役に立てるのだ。私が同じ能力を有したところでお兄様が私を使ってくれるとは限らない。

せっかく便利な魔法を有しても使わせてもらえないのでは意味がないのと同じこと。

もし同じことができるのに、危ないからと遠ざけられでもしたら余計に苦しむことになったかもしれない。

だからむしろその魔法が使えないことを喜ぶべきなのかもね。

 

「どういたしまして。達也さんと深雪お姉さまの御尽力があったればこそです」

 

・・・それにねぇ、こんな健気でかわいい子ちゃんをどうやって可愛がらずにいられるんだろう。

不審に思われないように表情は取り繕っているけれど、内心デレデレです。可愛い。亜夜子ちゃんの挑戦的な瞳も、負けない!という気概も全て可愛らしい。

思わず気を抜いてしまいそうになるけれど、叔父様の視線を忘れることはできないのでね。気を引き締めて隙を見せないようにしなければ。

叔父様に促されるままに喫茶室へと移動。個室のような作りなので安心してお話ができる場所です。

 

「このホテルは本家の息が掛かっているんだよ。深雪ちゃんは知らないと思うけど」

 

他愛にない打ち明け話のような悪戯っぽい口調での、多分先制攻撃なんだろうけど、すみません。それ叔父様の従妹様から直に聞いてます。

その時の表情とそっくり。血と親しさを感じさせますね。

ただ、叔母様の時は全国のホテル一覧と共にでしたけどね。完全別グループに紛れ込むように――蜘蛛の巣を張り巡らせるように展開されていて内心うわぁ・・・と思った思い出。

語彙力ないけど申し訳ない。伝わってほしい。本当うわぁ・・・だから。

諜報としてホテルって一番大事な要素ではあるけれど、あんなところもウチだったんだと知った時の衝撃ね。

でも叔父様相手にゴメン知ってた、なんて素直に言えるわけもない。

 

「そうでしたか。ここを手配したのは九重先生でしたので・・・凄い偶然ですね」

 

偶然じゃないことくらいここにいる誰もが思っているだろうに、皆にこにこ笑顔。・・・水波ちゃんは空気に徹しているので除外する。

そこから始まる試験のような会話の応酬。

叔父様の気に入る回答を述べながら情報交換を。

改めて、四葉の諜報員ってすげー、ですよ。

お兄様でも難しい内部侵入もこなしてしまうのですから。

P兵器のこと、お兄様が今調査に向かっていること、叔父様からの誘導に導かれるように動揺、驚愕しながら叔父様を見つめる。

――うん、順調かな。

亜夜子ちゃんも気持ちよくデータカードを出してくれた。

叔父様にとって亜夜子ちゃんは自慢の娘ですものね。

こちらを見下しているわけではないことはわかるから悔しいとか苦しいとかは思わない。

・・・でも原作の深雪ちゃんからしたら辛かっただろうな。

 

「知っての通り、亜夜子の魔法は諜報向きだからね。戦闘や制圧に向いている深雪ちゃんとは得意分野が違っていても当然というものだ」

 

叔父様のこれって庇っているようでいて、自分の娘すごいだろうってことですからね。

親ばか全開。いいのだけど、そのことで亜夜子ちゃんが喜んでいるのってお兄様のお役に立てるのは自分だ、っていう自負もあるってことに叔父様は気づいているかな。・・・それとも見ない振りか。

 

(亜夜子ちゃんとお兄様が結婚したい場合一番のハードルは叔父様だからなぁ。まあ、いざとなれば叔母様説得するけど)

 

最高権力者の絶対的命令が下されれば叔父様には断れないだろうから。

叔父様の心配していることは私が全部抑え込むから大丈夫ですとも。

もし二人が結婚するなら責任をもって叔父様の思い描く悪夢は取り払って、貴女の娘さんごと幸せにして差し上げますよ。大きなお世話かもしれないけど。

 

「呼び出して済まなかったね。失礼ながらあまり時間がないので私たちはこれで失礼するよ」

「達也さんによろしくお伝えください」

 

おおう、亜夜子ちゃんお父さんの前でそんな挑発的で大丈夫?叔父様ちょっとだけ口角が震えたように動いたよ。

私は私で苦笑いを浮かべないように表情を引き締めたので緊張したように見えたかな。親子を見送って水波ちゃんを連れて部屋に戻った。

 

 

――

 

 

圧迫面接に比べたらなんて気楽なお茶会だっただろうか。

まだ小娘扱いだからだろうな。

叔母様が叔父様に何も伝えてないようでちょっと安心。叔母様愉快犯みたいなところあるから。

 

「深雪姉様」

 

一応四葉系列のホテルとはいえ外だから、水波ちゃんから姉様呼びのまま話しかけられた。

表情と声から察するに心配をかけた模様。

 

「大丈夫よ、水波ちゃん。ありがとう。でも、少し疲れたわね。シャワーでも浴びようかしら」

「では準備をしてまいります」

 

お願いね、と水波ちゃんに任せて少し一人になる。

この後しばらくしたらお兄様が戻られるだろう。

原作ではそのまま出迎えだけして就寝するのだけれど、情報は報連相が大事。

深雪ちゃんは心に整理がついていなかったからお兄様にすぐにお話しすることができなかっただろうけれど、こういったことに感情を持ち込んではいけない。

早いからといって事態が好転するわけでもないけれど、その前に心構えができる分違うから。

データカードを弄びながら思考する。

人には人の得意分野があって、私はほとんどチート能力を有しているのに、今一番欲しい諜報能力だけ適性がない。

現状、お兄様のお役に立てる力が無い。

私にできるのは力づくで周囲を制圧すること。

他を圧倒する力こそ司波深雪の真骨頂。

それは当主の四葉真夜にも言えることだけれど、お兄様の言う魔法力と固有の魔法を考えるに、恐らく私の能力は叔母様をも上回るだろう。

お兄様と互角の叔母様だろうと、私のコキュートスを止める術は先制以外にはない。

この調整体の身体には『誓約』以外魔法はかかっていないはず。お兄様の眼で私に関して視えないものなどないのだから。

 

――だからパラサイドールのように、緊急停止措置など掛けられていないと思う。

とはいえ、深雪ちゃんはお兄様のこと以外は関心がないのがデフォと言うように、一族をどうこうしようなんてことを思うはずがないよう育てられてきた。

だからたとえ大好きなお兄様を見下されても、不満も見せず耐えてきた。争う姿勢など一切見せず。

・・・多少の内部改革はしたけどね。意識を変えればお兄様を見下すことに精を出す必要なんてないから。

もし力づくで解決できるならとっくにお兄様は自由になっている。

改めて、チートって何でもできるわけじゃないのだ、と思い知らされる。

私個人の力など、世界を凍らせ終焉を迎えることはできても、たった一人を平和に過ごさせることもできない。

 

(ああ、ままならない)

 

思う通りに展開が進めばいいのに、と思うけれど、そんなこと現実的には無理なのだ。

たとえこの世界が物語の中であっても――と考えて違うか、と頭を振った。

物語の世界だからこそ余計に物語から外れようとすると強制力が発動する。・・・結構、ここまで展開を変えられてきたと思うのだけど、本筋としては変わっていない。

学校でお兄様が嫌われ者の劣等生として扱われることなどなかったけれど、二年現在生徒会の副会長で、九校戦も参謀と調整とで忙しくしている。

そして奈良まで来て面倒ごとにまで着手して。

あまりに変えすぎてしまうと私も先の展開が読めなくなってしまうので、大胆に変更できずにいたのも要因ではあるのだけど。

――この先の九校戦、原作では泣いてお兄様を止めるシーンが印象的だった。

無意識に人を救おうとするお兄様を、魔法が使えなくなろうと実力行使に訴えてでもお兄様を止めたい、と泣いて引き留める深雪ちゃんの覚悟はすさまじかった。

あれなら疲れ切って思考の鈍っていたお兄様の精神分析も成功するというものだ。

傲慢に聞こえる言葉も全てお兄様の為を思ってのこと。

あの場面で深雪ちゃんは欠片も自分のためになんて思っていない。

お兄様が呪いに呑まれそうになっているのを深雪ちゃんが手を差し伸べて救い出すのだ。

無意識に人のために、己の身を削ってまで行動するお兄様を引き留めることに必死で、なりふり構わずに。

 

(この後お兄様は、どう動かれるだろうか)

 

問題はそこだ。

お兄様の仕事の負担はできるだけ減らそうとしていたけれど、その分お兄様は他の仕事を見つけてしまう。

できる限り、選手たちが自身で考えた作戦を添削して理想の形を模索し、実践させるとかね。

一から考えるよりはマシだと思ったけれど、どっこいどっこい?・・・むしろ余計に仕事を増やしてしまったような気さえする。

その上CADを調整し、試合に関係ない調整の相談まで受けているのを見た時は眩暈がした。

明らかに仕事が増えている!

慌てて周囲には大会に集中するよう『応援』して、大会前に関係ない相談は持ち込まないように伝えたけれど、それがどこまで効果があるか。

お兄様も私が注意したこともあって受けないようにしてくれたけど、お兄様も気が良いから。聞かれたら答えちゃうんだろうね。

これで他人に興味がないというのだから、信じられない。お兄様面倒見が良過ぎます。

頼まれたからやった、の範疇超えてますよ。学校内だから愛想をよくしているつもりなのかもしれないけど、それにしたって周囲の期待に応え過ぎです。

このままではお兄様は原作のように突っ走ってしまう。

 

(確か煮詰まりすぎて一部会場破壊しちゃお★ってなっちゃうんだよね。それで、責任擦り付けられる人を見つけて押し付けたいなんて阿漕なことを考え付いちゃうわけだ)

 

あくどいこと思いつきますね。お兄様も無意識に四葉クオリティ。

それがまさかの四葉が罪を擦り付ける気満々の相手にジャストミートするんだからお兄様もすごい。

利用される側もご愁傷様だけど、強硬派の行動ってただ事態を悪化させるだけだからね。

別の改革からしていけばよかったものを。

ただの武力行使だけじゃ戦争が無くならないことを、日本の誇る二大ロボットアニメから学んでこい。

むしろそのまま踏襲しようとして突っ走ってるの?同じ轍踏むにしてもシナリオ違いすぎるから。

と、そんな輩のことはどうでもいいんでした。

お兄様のことだ。

 

(・・・私に、お兄様を引き留められるだろうか)

 

止めねばならない、と思う。いっそのことピクシーがあそこで探知できなければお兄様が向かおうとすることもないわけで。

・・・いや、それならば、私が先に探知してもいいのでは?ピクシーより先に感知できればピクシーのことも相手に気取られることもない。

もしそれが無理でも、最終日には必ず現れるわけだから事前に探索の必要はないと説き伏せればワンチャン?

場所がわからなければお兄様が追いかけることもなく、とりあえず九校戦だけに取り組んでもらえるはずだ。

大会当日に片付けることになるのは時間的にも労力的にも大変だろうけれど、大会中になんやかんやするよりも最後に大暴れの方が疲労も分散されるのではないだろうか。

大会当日なら彼らに目的のある状態なので、狙いがわかりやすく襲撃する形の方が確実に仕留められる。

大会前に鉢合ってもあちらに目的がないので正面対決は避けられ、逃げられることになるだろう。

大会当日性能テストと称して、襲い掛かるのが目的なのだから、それまで本格的な戦闘は避けると思われた。

 

(――結局は原作通りに進むけど、お兄様には九校戦だけに集中してもらえばもっと冷静に対処できるはず)

 

どんなに思考中でも身体は勝手に動くもので、すでにシャワーを浴び終えていた。コックを閉じて備え付けのタオルで体を拭う。

うん、いいタオルです。こういうところのサービスの良さも四葉のいいところ。

出れば水波ちゃんが待機していてお世話してもらいます。でも今日はマッサージは断った。

せっかくの小旅行なんだもの。水波ちゃんも休んでほしい。その代わり、柔軟は念入りにするから手伝って、と言えば水波ちゃんは不承不承ながら納得してくれた。

ありがとうね。わがままに付き合ってくれて。

身体を解し終えて、あったまったところでノック音。

いいタイミングですお兄様。

水波ちゃんが迎えに行ってお兄様を招き入れる。ここは家ではないのでね。念のためです。

 

「おかえりなさいませ、お兄様」

「ただいま、深雪」

 

お兄様のご無事の姿に安堵して、その体を抱きしめる。

水波ちゃんはすっと、お茶の支度に消えていった。お兄様が戻ったら少し話すと伝えていたからね。

すん、と鼻を利かせる。お怪我はないようだけど、少し体が緊張したような出来事はあったみたい。

 

「いつもと違う香りだ」

 

・・・自分が匂いを嗅いでいる時、相手もまた匂いを嗅いでいるのだ。

旅先ですからね。さっきシャワーを浴びたことに気付いた模様。

一瞬萎えそうになる心に鞭を打って、お兄様と視線を合わせる。

 

「お兄様、お話しすべきことがございます」

 

 

――

 

 

水波ちゃんが用意してくれたお茶を飲みながらお兄様と来客があった話を報告。

叔父様たちが訪れたことも、ここが四葉系列のホテルだったことも驚いていた。

一瞬理不尽に先生に怒りが向けられていたけれど、先生は知っていてここを予約して私の安全を優先してくれてるってこと、お兄様ならすぐ気づくはず。

深く考える余裕も無いくらい今晩は疲れているんでしょうね。早めに切り上げた方が良いかも。

 

「そして、これがそのデータです」

 

端末にデータを読ませたものをお兄様に差し出す。

すでにこちらは私が先に目を通しておいた。P兵器――パラサイドールの調査報告と実験結果が事細かに記されていた。

四葉最強の諜報部隊と言っても過言ではない調査内容だった。

 

「さすが亜夜子さんですね」

 

賛辞を贈ると、お兄様が視線を上げた。

絡む視線。

お兄様の瞳には少し動揺が見て取れた。

私が素直に亜夜子ちゃんを褒めるのはおかしなことではないと思うのだけれど、気になりますか?

まあ、お兄様でさえ気づくくらい亜夜子ちゃんは私に対抗意識を燃やしてましたからね。

私もそう反応することで彼女に発破がかけられるのなら、と亜夜子ちゃんがいる時だけ演出はしていましたけれども。

そういう場面には大抵お兄様もいましたからね。

お兄様も騙せていたのだとしたら、本当に私の演技もなかなかのものなのだろう。

微笑んで返すと、お兄様は困惑顔。

ちょっとおかしくなって笑い声まで漏れてしまった。

 

「お兄様、私と亜夜子さんとではライバルにはなり得ませんよ。リスペクトはしておりますが、同じステージは立てないのですから彼女と競うことなどありません」

 

エリカちゃん達と亜夜子ちゃんとでは決定的に違う。

私では彼女の土俵には立てないし、彼女も私の土俵には立たない。無駄だとわかっているからだ。

 

「・・・亜夜子のため、か」

 

さっそくお兄様が私の態度の理由に思い至った模様。ごめんなさいね。色々とお兄様を惑わすようなことをしています。

成長に障害はつきものですからね。私でよければいくらでも立ちはだかりますよ。

とはいえ、私が立ちはだかると大抵の人間は気力を失うのだけれど、そういう意味では亜夜子ちゃんは貴重な相手だ。

 

「深雪の演技に気づけなかったとは、俺もまだまだだな」

 

やれやれ、と肩をすくめるお兄様ですが、背後で水波ちゃんが落ち込んでいる気配。

さっきまで私が落ち込んでいるんじゃないかって心配してくれていたものね。

 

「水波ちゃんも、心配してくれてありがとう。亜夜子さんとの関係はちょっと説明が難しいのだけれど、私にとってはあの二人の姉弟は一方的に好意を抱いているはとこ、というところかしら。彼女たちはお兄様をとても慕っているから、私にとっては可愛い親戚なの。私が直接交流することは少ないのだけどね」

 

というより避けてます。近寄ったら絶対愛でてしまう自信があったので。

そうなってしまうと話が大きく変わる可能性がありましたからね。それはできなかった。

彼女たちのお父さんはお兄様を排除したい代表みたいな感じですから余計に。

しばらく当たり障りなく良好な関係でいたかったので下手に刺激できなかった。

叔父様は家族が大好きだから、お兄様が近づくとその時点で気が立ってしまうから。

 

「けれど、彼らも四高生ですから、九校戦では関わることになるかもしれませんね」

「ああ、彼らなら自然に近づいてきそうだ」

 

想像できたのか、くすり、と笑うお兄様。うんうん。お兄様も大概あの二人には甘いよね。

 

「深雪、助かった。この情報が早く得られただけでも奈良に来た甲斐があったものだ。それに、直にパラサイドールを見られたのもでかい」

「どうでしたか、パラサイドールは」

「ピクシーを参考にしたんだろうな。ガイノイドに憑依させているようだ」

 

何というか戦乙女という言葉の影響がそこかしこに見え隠れしますよね。まあ、これもまた一つのロマンだけれども。

女性型兵器にもまた愛と夢が詰まってます。なるほどなー。

まだ日付は越えていないけれど、お兄様はお疲れなのだから早く部屋で休んでもらった方が良い。

 

「お話はまた先生が揃った時にでも致しましょう。今日はお疲れさまでした」

「ああ、そうだね」

 

せっかくの奈良への旅行だけれど観光する暇などない。このまま明日はとんぼ返りだ。

せめておみやげ物売り場くらいは見られるといいのだけど。

お休みの挨拶をして、お兄様をお見送り。今日はいっぱい見送るね。

当然だけど水波ちゃんがいるのでおやすみのキッスがされることはない。

っていうか普段もそうそう無いんだけどね。たまにお兄様の興が乗ってしまうことがあるというか。

すぐに就寝の支度を整えベッドの中へ。水波ちゃんにも今日のお仕事は終わり、と一緒のタイミングで就寝してもらいました。

心地悪そうだったけどね。見えるところで仕事されちゃうと私も落ち着かないから。

 

「おやすみなさい、水波ちゃん」

「・・・おやすみなさいませ、深雪姉様」

 

最後までお仕事貫く水波ちゃん、いい子。ガーディアン務まってるよ!

 

 

――

 

 

朝です。いつものように目覚めたら隣の水波ちゃんはまだ夢の中。

だよねぇ。どうしましょう。ここで運動すると邪魔になりそうだし。とりあえず服を着替えて静かに部屋を出たらお兄様と鉢合わせた。

ああ、お兄様は走りに行く予定でしたか。

一緒に誘われたので付いていくことに。

水波ちゃんにはちゃんと書置きをしてきたので大丈夫。寝起きはきっと慌てさせちゃうけどね。

 

「水波も大変だな」

「ふふ、そうですね」

 

私に振り回されることに、お兄様は同情するような口ぶりだけれど顔は笑っている。

お兄様としては振り回され仲間ができるということになるだろうから、嬉しいのかもしれない。

 

「ところでお兄様、いつものペースで走られないのですか?」

 

ホテルを出て軽く走り始めた。まだ朝早いということもあって人は全くいない。おかげで人目を気にせず走れて気持ちがいい。

だけど一向にペースは上がらず、軽く流すようなスピードで走っている。

私のスピードに合わせようとしてくださっているのか、かなりゆっくりに感じた。

そう指摘すると、お兄様は全く息切れする様子のない口調で話してくれた。

 

「走ってから気づいたんだが、深雪のペースがどれほどかわからなくてな。もう少しスピードを上げてもいいか?」

「このところ演習林で走っておりますので負荷をかけるためにも、お兄様のスピードより少し遅いくらいでお願いしてもよろしいでしょうか」

「わかった」

 

ということでジョギングに近かったスピードが一気に加速する。魔法は無しだ。

いくら人がいなくとも、誤魔化す方法があると言ってもここは地元ではない外なのだ。気をつけるに越したことはない。

ホテルの外周をランニングコースとし、何周か走った。

うん、ちょっと飛ばしすぎたかな。軽く流すだけの朝の運動としてはちょっとハードだけど、何とかついていけなくはない。

夏とはいえ早朝は日が低いので暑いと言うほどではないにしろ、この運動量を熟せば暑くもなる。汗が止まらない。

でも汗も発散させればいいというものではない。体を程よく保湿しつつ温度を下げてくれているのだから。

拭うのは終わってからでないと熱が体内に籠って発散できなくなってしまうのだ。流れる汗は気になるし、服も張り付いて気になるけど我慢。

それから三十分以上走っただろうか。

ホテルの正面玄関入り口に着いた時には息も絶え絶え。運動着もびしょびしょだった。夏だからそうなることを想定した服ではあるので透けることはないよ。

お兄様の呪い防止対策はいつもより念入りにしておりました。

いつ何時、お兄様の呪いが発動するかわからない。私個人、少しでもその可能性を下げられるならいくらでも気をつけますとも。

首にかけていたタオルで拭うけど、拭った端から汗が出る。

隣のお兄様も息を乱しているようだけれど、私のように身をかがめてはいない様子。見る余裕はないから確認はできないけどね。

歩けないほどじゃないけど、張り切りすぎました。

 

「正直、ここまで付いてこれるとは思わなかったよ。随分体力がついたね」

 

魔法を使わず、というのは中学以来ですからね。

 

「私も、お兄様に置いていかれないよう必死なのですよ」

 

冗談交じりの声で返すけど、せっかくある深雪ちゃんのポテンシャルですから、どんな項目でも伸ばしていきませんと。

何もしないでただお兄様が来てくれるのをお待ちするだけではなく、守られるだけではない。

背中を任せてもらえたり、肩を並べたりさせてもらうための努力はしている。

そんな場面、来るかはわからないけれど、どんな力も持っているに越したことはない。

何もしない、何もできないでは、守ることなどできないのだから。

 

(すべてはお兄様の幸せになってもらうため。お兄様をお守りし、支えるのだ)

 

いずれお兄様と別れて暮らすことになって、私ひとりで戦うことになるかもしれないのに、いつまでも守られようとすることはお兄様を縛り付けることに他ならない。

オタクって推しのためならどんな努力も惜しまない。できる限り愛を捧げる。

だけどそれを押し付けたりなんてしない。オタクはひっそりと推しを応援して(愛して)こそのオタクだから。

 

「それは、俺もうかうかしてられないな」

 

お兄様は笑って返しながら、私に手を差し伸べた。

その手を取って上体を起こすと、・・・うん、お兄様も汗で髪が顔に張り付いていてとても魅力的なお姿です。

お色気オーラはないけれど、爽やかスポーツマンってそれだけでカッコいい。十分魅了されちゃう。

うっとりとお兄様を見つめていると、お兄様は苦笑して手を引いてくれる。

 

「・・・さあ、行こう。水波が待ってる」

 

え?とはるか遠いホテルの入り口のガラス戸を見るけれど、遠すぎて全く見えない。

けど、お兄様が言うのだから水波ちゃんはそこで待機しているのだろう。

お兄様に連れられてホテルに入ると、水波ちゃんが立って待っていた。手にはドリンクが二つ。

 

「おはよう水波ちゃん。ありがとう」

 

余計なことは何も言わない。ただ差し出されたドリンクを受け取って飲む。

お兄様も同様。その間、周囲に客がいないことを確認して水波ちゃんは魔法で私たちをきれいさっぱりさせてくれた。

難易度高い魔法を水波ちゃんは丁寧に、一人一人掛けてくれた。ふぅ、とこっそり溜息をもらしていたから相当集中が必要なのだろう。大丈夫。しっかりできてましたよ。

防犯カメラの死角に入っていたとはいえ、四葉のホテルだからこそできることである。

もちろん感知されるようなへまを四葉の魔法師である水波ちゃんがするわけはないのだけどね。

改めてお礼を言って部屋に戻ると、水波ちゃんからは何も言わずに置いていかれてご不満です!という表情をされた。可愛い。

そして口でもちゃんとぷりぷり怒られた。本人としては注意しているつもりなんだろうけどね。

可愛すぎたので謝りついでにめっちゃなでなでしたら、真っ赤になって今度こそ怒られた。朝から血圧上げちゃってごめんね。

 

「・・・だから水波はあんなに警戒して離れていたのか」

「つい、やり過ぎてしまいまして」

 

チェックアウトして先生との待ち合わせ中。

お兄様が朝の顛末を聞いて苦笑した。

反省していますとも。

 

「水波も災難だったな。起きたらお前はおらず、置手紙だけ残されて。出迎えて注意をしたら可愛がられたなんて、プロ意識の強い水波にはひどい仕打ちだっただろうに」

 

・・・・・・ごもっともです。

水波ちゃんも、わかったから、そんなに力強く頷かないで。反省してるって。旅先だからテンションが上がっちゃっただけだから。

 

「なぁんか、朝から楽しそうだねぇ。おはよう」

「「おはようございます」」

 

気配もなく忍び寄るのはやっぱり先生。お兄様は気付いていたようだけどね。私?先生のことに関しては生態だからと諦めている。ドキッとはするけどね。毎度のことながら心臓に悪い。

お兄様と声を揃えてご挨拶。水波ちゃんは無言で一礼。

先生の手には袋がぶら下がっていて。

 

「ああ、これ?深雪くんに」

「私に、ですか?」

「うん。本当は自分で選びたかったかもしれないけど、もうそろそろ出発時間だからね。この周辺で選んだ奈良のお土産。結構べたなものを選んだつもりだよ」

 

そういうの、好きでしょう?と先生がちらっと袋の中身を見せてくれた。

クッキーやお煎餅、漬物っぽいものも入っていた。

先生!

 

「ありがとうございます!」

 

嬉しい。最高のチョイス。

今や地方のお土産もネットで購入できないものはないのだけど、それでもお土産物屋さんが残っているということは私みたいな人間も多いということだ。その土地へ行ったら名産って欲しくなるよね。

笑顔で受け取ると、先生もご満悦。

すぐに水波ちゃんが荷物を預かってくれたけど、嵩張るけれどそんなに重くない程度でした。

 

「名物のそうめんは発送したから」

「先生!」

 

重い物は宅急便で発送してくれたそう。

流石先生!わかってらっしゃる!!奈良の名物ですものね。大好き。

 

「いやあ。そんなに喜んでもらえると贈る甲斐があるってもんだね」

 

はっはっは。と笑う先生に感謝していたら、お兄様が低い声で先生を呼ぶ。

 

「師匠」

「いつも貰ってばかりだからね。そのお返しだよ」

 

睨むお兄様をへらへらといなす先生。

何だろう、うちの子をあまり甘やかさないでくださいという保護者と、ご近所さんのやり取りのような・・・?違うよね。

そんなこんなもありつつ、帰りもゆったりシートの景色の良く見える席で。

水波ちゃんと隣同士キャッキャしながら外を眺めます。

行きとは違う景色に見えるよね。

お兄様と先生は昨日、黒羽親子にもらったデータと自分たちの得た情報のやり取りを。

先生からは三人の術師の身上書がお兄様に送られる。

密入国してきて今は九島の関連施設にいると聞いて、お兄様も訝しんだお顔。

話を聞いただけで怪しいってわかるんだから、なんでそんなものを利用しようという気になったのかね。

御せる自信があったのか。・・・あったんだろうな。実際閣下にはその術はあったのだから。

ご当主自身に一体どんな策があったか知らないけど。

 

「偶然じゃないだろうね。彼らは今回の実験を利用しようとする者に招かれたんだろう」

「利用しようとする?彼らを招いたのは九島家の意図ではないと・・・いや、そうか」

 

お兄様は昨日自身で見たパラサイドールに仕込まれた術式を思い出したようだ。暴走する術式なんて入れるのは余所者の仕業だろう、と。

あちらのお国の伝統芸ですよね。暴走させて全てを破壊って。

去年の九校戦でも最後破れかぶれでそんな作戦実行されかけてましたし。

優秀なお兄様の同僚が防ぎましたけどね。

 

「今回の一件も一筋縄じゃ行きそうにないね。分かってしまえば単純な構図なのかもしれないけど」

 

先生はいつも通り飄々と答えながら窓の外を見た。まるでもう話すことは終わったと言うように。

お兄様は水波ちゃんに声を掛け、想子フィールドと遮音フィールドを解除させた。

お疲れ様水波ちゃん。魔法を使いながら私の相手してくれてありがとうね。

労いの視線を向ければ、水波ちゃんはうっすら微笑んで返してくれた。

 

 

――

 

 

さて、九校戦へと向かう朝、学校に集合していた。

大型バスとエンジニア用の作業車の二台。

原作では深雪ちゃんのごり押しが通って作業車がとてつもない快適な車に変わっていたけれど、そんなことはしてません。

その方が何かと便利かもしれないけれど、そんな特別扱いをしてもお兄様は喜ばないし、周囲との軋轢を生む原因を作ることをわざわざしなくてもいいかな、と。

生徒会予算から出るわけじゃないとしても印象が良くないしね。

一応聞いたのですよ、作業車って不便ですか?って。お兄様曰く、軍用車より広くて快適だそうです。・・・比べるものぉ。

作業車でも十分色々揃っているし、現地で椅子や机はレンタルできることは調べがついているので、原作通り作業車横でお茶会はできる。

よって、私は個人のわがままを通さないようにした。

花音先輩はご不満のようでしたけどね。今年こそ五十里先輩と一緒に移動できると思っていたのに、私が賛同しなかったので意見が通らなかったのだ。

流石に風紀委員が表立って風紀を乱すような真似はできなかったらしい。

その判断ができるようで安心したけど、鬱憤は溜まっている模様。・・・これ、やっぱり部屋の交換させられそうだな・・・。

対抗策は用意したけど果たして効果があるかどうか。

と、ふわり、と見えない気配に押されるこの感じはピクシーですね。お兄様が付き添いながら移動している。

ほのかちゃん達に断りを入れてからお兄様たちの方へ。

部活連の人たちとエンジニアの人には説明したけれど、ピクシーにはお茶くみだったり、整理だったり忙しくしているエンジニアグループの手助けをしてもらうため今回同行してもらうことになっている。

でも知らない選手、特にお兄様をよく思っていない香澄ちゃんには不可解に思えてしまうだろうからフォローを入れませんと。

 

「ピクシー、おはよう。今日からしばらくよろしくね」

「おはようございます・よろしくお願いいたします」

 

今日は魔法は使ってないみたいで表情はぎこちない。だけどするん、と腕に絡まる触手が彼女が機嫌が良いことを伝えてくれる。

うっすら微笑むピクシーに満面の笑みを浮かべてしまう私の反応は大げさに見えるのだろうな。

お兄様もちょっと呆れ顔?というよりやれやれ仕方ないな、といった表情。

 

「こんなに一緒にいる機会ないから、貴女用に作ってきた服を持ってきたの。あとで着替えてくれると嬉しいわ。サイズが合っているといいのだけど、ちゃんと調整できるから付き合ってね」

 

いやー。思いついたのが一週間前だったから大急ぎで用意したよね。ピクシーに似合う夏用のお洋服。

いつものメイド服もいいけれど、もうちょっと飾り気も欲しい、ということでメイド服を二点ほど。エプロン部分は付け替え可能な3パターンを用意した。

どれもクラシカルなロングスカートタイプなんだけどね。ボディは隠さないといけないので。ミニスカ、膝丈はNG。ちょっと残念。

そっちは水波ちゃんに着てもらうだけで我慢だ。あれ、実用には向かないからね。ただのファッション。

ちなみにお揃いにしたから嫌がる水波ちゃんも押せば行けると思うんだよね。

 

「・・・まさかとは思うが昨日寝るのが遅かったのはその用意をしていたからか?」

「え?!・・・それだけではないのだけど」

 

邪なことを考えていたらお兄様からちょっと低めの声で質問が。こ、今度こそ呆れられてる!?

いえ、でもこんな機会じゃないと採寸合わせられないので!

 

「ごめんなさい?」

 

ちょっとあざといかな、と思うけど上目遣いで謝罪をしてみると、お兄様は大きなため息。うわぁん!本当に呆れられた!?

 

「・・・お前がピクシーを可愛がっていることは知っていたつもりだが、まさかここまでとは。・・・ウチはペット禁止だぞ」

 

いつぞやの設定ここに持ってきますかお兄様。

というか普通一軒家はペット可だと思うし、そもそも彼女は3Hです。ヒューマノイド・ホームヘルパー。家庭に一台あっていいヤツ。・・・人型はお金持ちの変わった趣味だけどね。

でも、こういうのはノリだから。

 

「ちゃんとお世話するから、いいでしょお兄ちゃん」

「っ・・・・・・・・・絶対にダメだ」

 

ピクシーもノリが良く、私の隣でお兄様を見上げたけれど、お兄様は顔を背けて拒否。残念。

というかピクシー、そんなこと何処で覚えたの?芸達者。いい子だねー。よしよし。

寸劇はそれくらいにして。

なんだか背後でめらめらとしたオーラを感じてですね。振り向くとじっとこちらを見ている泉美ちゃんと、それに引いている香澄ちゃんの図。

おかしいな。香澄ちゃんがお兄様に対して引いていたはずの場面だけど、双子の姉妹に対して引いてません?

まあ、香澄ちゃんがお兄様に偏見持つのよくないな、と思って私がピクシー大歓迎したら大丈夫かな、と行動してみたのだけど、なんか思ってたのと違う。

泉美ちゃんが引き留めようとする香澄ちゃんを引きずりながらこっちに来た。

 

「み、深雪先輩!」

「おはよう泉美ちゃん、香澄さんも。泉美ちゃんは気合十分ね」

 

とりあえずボケてみるね。これで緩和してくれれば儲け、程度。

けどこれが意外に効果があったみたいで、微笑みかけるだけで泉美ちゃんは強張った表情がはにゃん、と柔らかくなりましたね。よしよし。

 

「おはようございます!」

「おはようございます・・・」

 

たいして香澄ちゃんはお疲れだね。対照的な双子の姉妹ちゃんだ。

 

「じゃあ俺はピクシーを運んでいくから」

「ピクシー、またね」

 

お兄様が二人に軽く挨拶をしてからピクシーを連れて作業車に行ってしまった。

見送ると、袖をツンツン引かれる感触が。振り返ると泉美ちゃんが引っ張ったらしい。名残の手が戻っていく。

 

「あ、あの!なぜ3Hを連れて行くのですか?!」

 

落ち着いたように見えたけど、興奮気味に聞かれた。

だから落ち着かせようと、落ち着いたトーンで返す。

 

「そのことなら、私から提案したの。去年の様子を見てエンジニアの方々がとても忙しそうだったから、手伝える手がもう一つあったらいいなと。人員はこれ以上割けないから。それに昨年は色々トラブルもあってね。警戒の目は有った方が良いかもしれないということになったのよ」

 

昨年のような工作員が今年も来るとは限らない。

というか、そういった工作員は来ないはずなのだけど、用心する理由にはなる。軍の人が信用ならないんじゃなくて自分たちでもできるだけ自衛を、だけど生身の生徒がずっと警備するのは難しいから3Hを、となったのだ。

昨年のトラブルはあまり公にはできないけれど、この二人ならお姉さんから聞いているだろうから内緒だけど、と二人の間に耳打ちで伝える。

一応生徒会役員と、風紀委員でもあるわけだからね。知っていてもいいかと思ったので。

意味が分かれば落ち着くかな、と思ったけれど泉美ちゃんのご不満です、という拗ね拗ねの表情が戻らない。

 

「どうしたの?泉美ちゃん。何か嫌なことでもあった?」

「・・・いえ、別に」

「ふふ、もしかして撫でられてるの羨ましくなっちゃった?」

 

冗談交じりで言うと、パッと顔を赤らめて俯いてしまった。

あらぁ・・・本当に羨ましかったの?私はお姉ちゃんではないけれど。

 

「泉美ちゃんも、九校戦、頑張りましょうね。貴女の実力ならきっといい結果を残せるわ」

 

期待してるわね、と頭をなでなで。

 

「!!は、はい!必ずや深雪先輩のご期待に応えてみせます!!」

 

わぁ。変わり身が早い。ぶんぶんしっぽ振ってるね。幻影じゃなくてなんか本当に見えてる気がする。

隣の香澄ちゃんが申し訳なさそうにこっちを見てるので苦笑で返しておくね。

双子だけどちゃんとお姉ちゃんしてるんだ。

 

「香澄さんも、初めての競技だからまだ勝手がわかっていないけれど、貴女の応用力は目を見張るものがあるわ。気負わずいつも通り頑張って」

「・・・はい。ありがとうございます」

 

この間会った時の蟠りがあるかな、と思っていたけど予想してたよりあまり感じないのは七草先輩のフォローがよかったからかな。

 

「それと、あの」

「うん?」

「この間は、騒いでしまってすみませんでした」

 

ペコリ、と頭を下げる香澄ちゃん。この間ってあの騒動のことよね。七草先輩水着事件。

あれから結構経つ。香澄ちゃんはあの件に対してずっと怒っています!と主張するように視線を外されたりしてたと思ったけど、本当にどうしました?

 

「お姉ちゃんに恥をかかせた、と思って突っかかっちゃって。先輩は別に悪くなかったのに、八つ当たりしてしまって」

 

あら、あらあら。反省をした、と?お姉ちゃんに諭されたのかしら。

でもしぶしぶ謝っているようには見えない。

ただこの謝罪って私に対してだけかな。お兄様は今席を外されているからわからないけれど、真剣に謝罪してくれているようなので。

 

「謝ってくれてありがとう。こちらは気にしていないから大丈夫よ。不用意に私が兄さんを一人にしてしまったことも原因だから。あの時の謝罪だけで充分。それよりも七草先輩本人はどうだった?不快に思われてなかったかしら?」

「姉は大丈夫です。むしろあんな大げさに騒いでしまったことを後悔しているようでした」

「先輩の反応は無理も無かったと思うわ。私もいないと思っていた兄がいたらびっくりすると思うもの」

 

あんな防御力も無い薄くて面積の小さい装備でお兄様に立ち向かうなんてできるはずもない。びっくりして悲鳴を上げてもしょうがないと思うから。

でもよかった。この件に関して二人ともに遺恨は残っていないよう。安心しました。

 

「それで、あの・・・ボ、私のこと、さん付けじゃなくていいです、から」

 

・・・あら、あらあらあら。

 

「香澄ちゃん、て呼んでもいいの?」

「・・・深雪先輩のことは、尊敬、してますから」

 

あらあらまあまあ!

香澄ちゃんが!デレてる!!どうしましょう、可愛い!

どうしてそうなったの?!何かそんな風に思ってもらえるイベントあった??

記憶にないのだけど、とりあえず。

 

「そう言ってもらえてうれしいわ。これからもよろしくね、香澄ちゃん」

 

急に頭を撫でるのはよくないと水波ちゃんで学習済みなので手を差し出すと、香澄ちゃんはおずおずと握ってくれた。

おお、懐かなかった猫が急に触らしてくれた感じ。

嬉しくてちょっとはにかんでしまいますね。

そうしたら急に恥ずかしくなっちゃったのか、香澄ちゃんは顔をバッと背けてしまった。

でも手は振り払われなかったのでセーフ?

ずっとここにこうしているわけにもいかない、というかここは作業車前なので邪魔になってしまうから大型バスへ移動しながら。

 

「香澄ちゃんに尊敬されるようなことをした覚えがないのだけど、何かしたかしら?」

「・・・ロアガンで、アドバイスを」

 

ああ、そう言えばしたね。でもアレ香澄ちゃん一人にじゃなくて全体にだったと思うのだけど。

 

「それに、最初の滑りを見た時、すごいなって・・・」

 

恥ずかしそうにぼそぼそと。

あれから自分がコースに出てみてあんなにうまく操作ができなかったことに愕然としたらしい。

いとも簡単にやってのけたように見えたのにとんでもない技術だったのだ!と。

・・・あれか。スポーツ選手に憧れてやってみて、あれは凄い技だったんだ!と驚いちゃったわけだ。

すまない。深雪ちゃんはチートなもので、あっさり何でもできちゃうのだ。

アレを手本に練習してたんだって。

あの慣らし運転のタイムをまだ誰も抜けなかったらしい。

だけどあの時波は最小限にしてたから条件が良かっただけの気がするのだけど、ここで水を差すのも良くないかな。

憧れにケチをつけるのってやる気をそぐことになるからね。

 

「香澄ちゃんに私も映像を見せてもらいましたが、深雪先輩はまるで水の女神のように水の抵抗などものともせずコントロールされていて・・・。的を撃ち落としている姿も、とっても素敵でした」

 

うっとり、と泉美ちゃんが見つめてくる。うん、ありがとうね。でも水の女神って。運動着で女神?

まあ美人って何を着ていても美人だからね。気にしないのか。

 

「参考になったのならよかったわ。さ、そろそろ私たちもバスに乗りましょうか」

 

雫ちゃん達が迎えに来てくれている。もう出発時刻が近いようだ。

私が乗り込むのを、お兄様が見守っているのをミラー越しに見つけたので、鏡の中のお兄様に微笑み、それを受けたお兄様が目を細めたのが見えた。

バスがゆっくりと出発した。

今年の九校戦が、始まる。

 

 

 

事故も事件も不穏な空気もなく――と言いたいけれど、花音先輩はぐちぐちと婚約者と長時間離れ離れにされたと不満を口にしていたので完全に無かったとは言えないのかな。

偶には離れた時の良さもあった方が良いと思うのだけどね。あまりべったりすぎると周囲とのコミュニケーション取れなくなっちゃいますよ。

到着してバスを降りて体を伸ばす。ずっと座りっぱなしだったから体が固まってしまっていた。昔乗った夜行バスに比べれば全然乗り心地が良いのだけどね。

荷物を下ろし終えたお兄様たちと合流。前夜祭パーティー会場へ足を踏み入れた。

去年は諸事情で一緒に入ることはできなかったからね。ええ、諸事情によって。

今年はおかしな作戦はないのでそんなことしません。正々堂々勝負します。

それにしても、やっぱりお兄様の制服に描かれたエンブレム・・・うん。よくお似合い。カッコイイね。思わず頬も緩んでしまうというものだ。

 

「・・・もう四か月経つんだがな」

「それでも、よ」

 

お兄様は私の視線の理由に気付いて苦笑する。

 

「あの時は着心地が悪そうだったけど、今はしっくりきてる。――よく似合ってるわ」

 

カッコいい、と改めてうっとり見つめてしまう。

背後で水波ちゃんが、また始まった、と苦笑しているのがわかる。

苦笑で済んでるのは、私が幸せそうだからいいか、ということらしい。うん、私は今有頂天です。幸せ。

 

「私もそう思います!」

「私も」

 

ほのかちゃんと雫ちゃんが参戦してきた。そうだよね。去年を知ってると猶更そう思うよね!

そしたらエイミィちゃんもスバルくんも参加してきた。彼女たちも去年は違和感あったって。

そうそう、心の中でだけだけどスバルのことをスバルくんと呼んでいます。ちゃん付けもいいのだけど、くんや様をつけて呼びたくなるよね。

本人の魔法特性のためのキャラ付けらしいけど、堂に入っていて様になってる。

続々と集まる女の子たちに対し、お兄様はお一人。・・・着々とハーレムを築いてます。

おかげで男子たちは遠巻きに見ている。

吉田くんくらい来てくれてもいいと思うのだけど、まあ女の子が集団でいると近寄りがたいよね。

お兄様が気にされてないようでなにより・・・と思ったけれど、そんなことないみたい。

見た目とは裏腹に居心地悪いのか、周囲を見回して――お、一条くんを見つけましたか。

その横には吉祥寺君と後ろに女の子たちがずらり。

三高女子もレベル高いよねー!一色愛梨ちゃん、今年も輝いてるー!!縦ロールのボリュームが増しましたか?さらに磨きのかかった美人さんになられた様子。綺麗。テンションが一気に浮上しました。

でも金髪を見るとリーナちゃんを連想してしまう。リーナちゃん、元気かな。

そんなことを考えていたら、一条くんがお兄様目掛けて歩き出した。

お兄様もこの場を抜け出すチャンスだと思ったかな?一条くんに向かって歩み寄る。

ついていったらお邪魔かな、と思わなくもないけれどちらっとお兄様に視線を向けられた。あ、行きますー。

傍に居ないと不安ですか?何かしでかす予定は無いし、水波ちゃんも傍に控えてくれているんだけどね。

お兄様に望まれてついていかない選択肢はないので。

ついていくと、一条くんの視線がお兄様からこちらに移った。

制服の色が映ったかのように、頬が赤いですね。

 

「・・・お久しぶりです、司波さん」

「ええ、ご無沙汰しております、一条さん」

 

去年のコンペ以来だねー。

元気そうで何より。でもなんでそんなに緊張するの?そんなに怖いオーラ放ってます??

不思議に思って首を傾げると、うっ、と詰まったような声が一条くんから漏れ出たけれど、大丈夫?ここに来るまでのバス酔いですか?(すっとぼけ)

この反応に対してどうしたモノか、とお兄様を見ればお兄様に手招きされた。

もう少し近こう寄れ、です?行くけども。

そしたら腰を抱き寄せられた。・・・お兄様?

そして正面では一条くんが何やらショックを受けている模様。・・・今何かの勝敗がついた感じ?

 

「・・・横浜以来ですね。変わりなさそうで何よりです、司波達也君」

「そちらも壮健そうで何よりだ、吉祥寺」

 

吉祥寺君がこの事態を何とかせんと、介入するけどこちらはまるで社会人の挨拶だ。

二人ともすでに大人の社会で活躍しているから堂に入ってておかしくは無いのだけど、制服姿の学生に囲まれた中での挨拶だと思うとなんか不思議な感じ。

というかこの会場の空気がですね、なんか一条くん可哀想、に傾いている気がするのは気のせいかな?もしや皆彼の片思いを知っているのだろうか。

というか、気づいたと言うべきか。

ずっとお兄様の回されている手を睨みつけてますものね。ぎりぃしてますものね。

・・・お兄様、何故にこんな挑発しました?もう彼らは兄妹だって知ってますよ。

今年作戦はないのではなかったの?こんなことで一条くんの精神が乱れるとも思わないけど。揶揄って遊んでる?お兄様Sっ気あるから。

 

「そして一条も。横浜では大活躍だったな。流石はクリムゾン・プリンスだ」

「それ、止めてもらえないか」

 

お兄様の言葉にようやく視線が戻ったけれど、一条くんは不満顔。

お兄様は揶揄ったつもりはないと否定するけれど、そもそも仰々しい二つ名を呼ばれるのが嫌らしい。

お兄様もあっさり受諾。普通に一条呼びに戻した。

なんていうか、高校生らしくていいよね、一条くん。十師族ながらも真っ当に青春送っている感じ。

 

「ところで司波・・・っと、この呼び方で構わないか?」

「無論だ」

 

・・・あれ?お兄様との会話ってこれが初めてでしたっけ?とりあえず男子だけで話すのよね?お兄様、この手を離しませんか。

ぺしぺし、と手を叩く。うん、外れましたね。ペコっと頭を下げてから失礼して・・・どこ行こう?と思っていたら視線が。愛梨ちゃんだ!

にっこり笑ってから近寄ります。わぁい。美少女からのお誘いだ。ありがたい。

 

「こうして挨拶するのは初めてですね。改めて、わたくし一色愛梨と申します」

「ええ、こうして挨拶させてもらえるなんて、嬉しい限りです。司波深雪と申します」

 

ニコニコしていたら、愛梨ちゃんがちょっぴり拍子抜け、というか肩から力が抜け落ちた。

ん?どうしました?

 

「いえ、昨年見たあなたはとても神々しかったので、もっと話しかけづらい方かと思っておりました」

 

あら、メッキ剥がれちゃった?いえ、ガワが深雪ちゃんなのでメッキと呼ぶにはふさわしくないのだけれど、この場合中身が残念だとバレたと言った方が正しいのか。

 

「神々しいだなんて。私の方こそ、一色さんは昨年お見かけした時から気になっておりました。貴女にはスポットライトが当たっているのかと思うくらい眩しかったので」

 

麗しの金髪縦ロール。一人だけ世界観が違いましたものね。思わず魅入っちゃってました。今年もすぐに見つけられましたし。

そう言うと、彼女は頬に朱を走らせてそっぽを向いて。

 

「それは、こちらのセリフです。・・・貴女の美しさは他を圧倒する美しさですもの」

 

・・・かっわいい・・・。どうしよう、とってもかわいい。

こっちまで照れが移ってしまってもじもじしてしまう。

 

「・・・深雪」

「・・・愛梨」

 

おっと、雫ちゃんが助けに来てくれました。ありがとう!この空気どうにかしてください。

愛梨ちゃんにもお友達が来たみたい。

 

「深雪は本当に、綺麗なモノに目がない」

「うっ・・・」

 

雫ちゃんからのジト目が心に刺さる。申し訳ない。

 

「あまり移り気が多いと、束縛されちゃうよ」

「誰に?!」

 

ちょ、雫ちゃんが脅してくる!

 

「ちなみに私もそのタイプかも?」

 

嘘でしょう?雫ちゃんそんな雰囲気無かったのに?!

 

「今気づいた。深雪が他の子に熱中してるの、面白くない」

 

・・・・・・わぁ。拗ねてる雫ちゃんだぁ。

気付いたら抱きしめてた。かわいい。ぎゅっとしたくなる愛らしさ。

 

「な、なにやってるの雫!深雪も」

 

おお。ほのかちゃんもやってきたね。お兄様ウォッチングはもういいの?

ざわつきでそれどころじゃ無い?ああ。視線がこちらに集中しているね。邪魔してごめんね。

 

「だって、雫が寂しがってたから」

「・・・深雪、それ騙されてるよ。雫もVサインしないの」

 

あら、雫ちゃんに騙されたの?でも嬉しかったのでもーまんたい。

雫ちゃんたちとこの場を一旦離れてドリンクでも、と周囲を見渡せば、愛梨ちゃんは友達たちとおしゃべりしてた。

良かった、放置した形になっちゃったから機嫌悪くなってないか心配だったのだけど、なんともないみたい。

すすっと水波ちゃんがグラスを渡してくれました。ありがとう、ナイスタイミング。丁度のどが渇いていたところです。

 

 

――

 

 

「雫さん」

 

そこへ聞きなれない男子の声が。見れば四高の男子が雫ちゃんに話しかけていた。雫ちゃんは晴海従兄さん、と返していた。

そう言えば先のパーティーでお見かけしたお顔ですね。同年代少なかったから覚えてる。

ほのかちゃんも慣れた感じでご挨拶。

その従兄さんの後ろには可愛い双子の姉弟が。

今の私が視線を外すのは不自然なのでね。しっかりと見つめます。可愛い子ウォッチング。

 

「ねえ、ほのか。あの二人、可愛いわね」

「え?ああ、本当。・・・ってあの子、男の子だ」

「あ、ほんとね。テーブルで見えなかったわ」

 

テーブルの陰で下半身が隠れていたのでスカートかと錯覚してしまうほど、文弥くんは可愛かった。

ジャケット見れば違いがわかるはずなのに脳が勘違いを引き起こす可愛さ。流石魔性の一族。五十里先輩とはまた違う中性さがある。

隣の亜夜子ちゃんはいつもの好戦的な雰囲気が見えない。猫ちゃんをたくさん被っているのか、大人しくも見えるね。縦ロールなのに。

 

「深雪、ちょっとお願いがあるんだけど」

 

なあに?雫ちゃんのお願いなら何でも聞いてあげるよ。とはさすがに声に出さない。

 

「何かしら?」

「私の従兄が達也さんを後輩に紹介してほしいって」

「兄さんを?」

 

四高は魔法工学に傾倒しているので、昨年のお兄様の実績を知って近寄ろうとするのはおかしな流れではない。

それだけお兄様の技術は優れているのだから。

 

「兄さん次第だけど、きっと嫌とは言わないでしょうから、ちょっと待っててもらえる?」

 

そう言ってお兄様の元へ小走りに近い速度で。

タイミングよく、お兄様たちの話もいち段落付いたところだったよう。良かった。

 

「兄さん、少しいい?四高の一年生が兄さんに挨拶がしたいって来てくれているの」

「俺に?ああ、分かった」

 

お兄様も黒羽姉弟に気付いて納得顔。

一条くんたちは、四校の生徒ならそうなってもおかしくないだろう、と納得していた。

やっぱり彼らが一番お兄様のことを、その技術の凄さを理解しているよね。

 

「一条さん、吉祥寺さん、兄をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「え、ええ。大丈夫です。ちょうど話も終わったところですので」

 

了承も得たところで一礼してお兄様の案内係を。

後ろでお兄様がまたな、と一条くんに言葉を掛けていたけれど返事は返らなかった。

うーん、深雪ちゃんの容姿は罪作りだ。流石傾国の美少女。

 

 

 

そして黒羽の姉弟は無事合流し、お兄様と初めましての挨拶を交わす。

亜夜子ちゃんは堂々と、文弥くんは尊敬する人と話せて嬉しそうに。

うんうん、初初しい姿だね。微笑ましい。

お兄様に憧れる理由も不自然じゃないし、初対面の演技もばっちり。誰も疑わないだろう。

三人が楽しそうに交流する様子を一歩引いて眺めていたのだけど。

 

「ああ、それから、こちらは俺の妹の深雪だ。同じ学年だが君たちのように双子ではないけどね。深雪」

 

あら、私も挨拶していいのですか?では。

 

「司波深雪です。亜夜子さんに文弥さん、九校戦、お互い頑張りましょうね」

 

これから学校対抗戦だというのによろしく、というのもおかしいかな、と思ったので当たり障りのないことを。

だって、彼らがよろしくしたいのお兄様だけですものね。

これで終わりかな、と思っていたらお兄様が私の肩を抱いて耳元で彼らにも聞こえるような声で言う。

 

「彼らのことは愛でなくていいのかい?」

 

・・・これは、愛梨ちゃん達の会話を視ていましたねお兄様。

 

「・・・彼らは兄さんに用事があったのよ。私は邪魔になってしまうわ」

「いえ、そんな。お邪魔だなんて」

「ほら、二人もそう言ってくれているよ」

 

言っているのは文弥くんだけですよお兄様。見て下さい。亜夜子ちゃん、周囲にバレない程度だけどびっくりして固まっていますよ。

さっきまで完璧な演技だったのに。

 

「すまないね。妹は可愛い子が大好きで、緊張してしまっているようだ。また会ったら声を掛けてやってくれ。きっと喜ぶ」

 

そう言うだけ言って、お兄様は私の肩を抱いたままその場を離脱した。残された二人は呆気に取られたような表情。

・・・ごめんね、こんなお兄様四葉では見られないからきっと驚いたよね。

何だってこんなことを、と思ったけれど・・・お兄様、ちょっと拗ねてる?そんな気配。

 

「どうかした?」

「いや、何でもない」

 

それは何かがある時の言葉だね。あとで訊こう。

一高のテーブルに戻って、私はお兄様の手を離れて雫ちゃん達の元へ。

 

「また恋人作戦?」

「それはもうしないって話だったでしょう」

 

遠くからもあのべたべたは見えたらしい。いつもはこんな大勢の前であんなことしないものね。

何か私が気付けない、警戒するモノがあったかな。

周囲を見渡しても特に変わったものは見当たらない。

気にしても仕方ないのでご飯を食べて皆と楽しくおしゃべりをして過ごしていたら、お偉い方々の挨拶が始まった。

ただの学生がおいそれとお会いすることもないお歴々の方々のありがたーいお話がつらつら続いて、最後の締めに老師のお言葉がお決まりの流れなのだけど、今回は無かった。

雫ちゃん曰く、体調がすぐれないから今回は無くなったらしい。まあ高齢ですしね。誰もが納得するでしょう。

しかし雫ちゃんや、そのお話は一体どなたから聞いたのかな?あそこの国会議員?それとも魔法協会の事務局員?もしくはこの前話していた読唇術をさっそく身に付けました?

私の友人がとにかく凄いんです。

 

 

――

 

 

これは仕方のないことだと、この流れは変えられないのだとわかっていた。わかっていたけれど・・・。

 

「申し訳ございません、お兄様・・・」

 

五十里先輩と引き離された花音先輩のうっ憤は溜まりに溜まり、ついに噴火した。

風紀委員が風紀を乱していいのか、と説得もしたのだけれど、無駄だった。愛の前にはそんな建前など吹き飛んでしまっていた。

結果、花音先輩と同室の私は部屋を追い出され、お兄様の同室相手とトレードされ、今に至る。

床の上に座ろうとしたのだけど、お兄様に持ち上げられてベッドの上で首を垂れる。

 

「・・・抵抗は、したのですが」

 

無力でした。・・・というかその抵抗はむしろ先輩を盛り上げてしまった。

いえね、ただ言葉で抵抗してもあれかな、と思ったので、交換条件にこの女性物の浴衣を五十里先輩が着てくれるなら交換しましょう!と。

無理難題を突き付けたつもりだったんですけどね、あっさりと受諾。いえ、それ以上によくやった!とお褒めに預かりました。

・・・後で女物の浴衣のペアルックの写真が送られてくることになってます。五十里先輩、申し訳ない。

もっと抵抗されると思ってたんですが、嬉々として奪い取られました。あの時の花音先輩の勢いは凄かった。

あれです、以前五十里先輩に着てもらいたいな、と思っていた浴衣です。

どうせなら、とペアルックで作りましたとも。白は当然五十里先輩。紺は花音先輩。柄はお揃い。

二人とも和装にも精通してそうだからすぐ女物だって気付くと思うのだけど。というか柄で気づくよね。・・・五十里先輩、申し訳ありません。欲望は抑えられなかった。

どうせ叱られるならご褒美付きで、の方がお得かと思いましたので。

 

「・・・俺たちは兄妹だから構わないが、あちらは婚約者とはいえ年頃の男女なんだぞ?」

 

はい、おっしゃる通りで。

・・・でも兄妹でも同室ってどうなんでしょうね?まあ、この後流れ的にお兄様がこっそりお出かけするには妹の方が都合のいいということでこうなっているのだけど。

ううう、分かっていたこととはいえお兄様に呆れられるのは辛い。

縮こまっていると、頭にぽん、とお兄様の手が乗せられる。

 

「まあ、付いていった五十里先輩も同罪だがな。いや、あちらの方が罪は重いか」

 

でも五十里先輩には即刑が執行されますので軽減してあげてください。

 

「いいかい、もし誰かがきてお前が責められるようなことがあったなら、先輩に言われて仕方なく、とちゃんと説明だぞ」

 

その通りではあるのだけど、責任を全て押し付けるように、とはなかなかなお言葉。

反省しているのにちょっと笑ってしまった。

お兄様も笑わせるつもりで言ったようで口の端が上がっていた。

というかお兄様、妹の前であっさり着替えますね。

項垂れていたとはいえ、衣擦れの音はするんですよ?それだけでもこっちは顔色変えないように必死だったのだけど。普通の兄妹だったなら嫌がられますよ。

何とか心を落ち着かせて。

黒一色に着替えたお兄様はさっそく敵情視察に行かれることに。

 

「お兄様こそ、お気をつけて」

 

今年は昨年と違って警備が厳重でしょうからね。へまをするなんて思わないけれど、それでも心配は別物だから。

 

「どんな美人が訪ねてもふらふらついていくんじゃないぞ」

 

すり、と最後に頬を撫でられてお兄様は謎の忠告を置いて出ていった。

・・・うん、これは一度お兄様ときちんとお話ししないといけない案件かな。

私は美人に弱くても時と場合を弁えられるオタクです!

 

 

――

 

 

今年は温泉に誘われることもなく、シャワーを浴びてパジャマに着替える。

お兄様を誘惑したいわけでもないので、夏用ではあるけれどしっかり長袖長ズボンのパジャマだ。

部屋には温度調節機能がばっちり利いていて、快適なんですよ。

柔軟体操を済ませ、身体も温まったところでノック音が。

お兄様は案外早く戻られた。

 

「おかえりなさいませ、お兄様」

「ああ、ただいま」

 

亜夜子ちゃんや文弥くん、そして八雲先生ともお会いしたらしいこと、本日は無駄足だったことを伝えられた。

 

「ああ、師匠からはお返しのお菓子をありがとう、と」

 

この間お土産一式いいただきましたからね、そのお返しに焼き菓子詰め合わせをお兄様に持って行ってもらったお礼だろう。先生も律儀。

 

「今回のナッツ入りの物は特に気に入ったそうだよ。また作ってほしいと」

「そうなのですね。では今度はその詰め合わせにしましょう」

 

先生も遠慮なくリクエストしてくれるようになったのかと思うと嬉しくなるね。

 

「亜夜子が驚いていた。深雪の手作りだとは思わなかったそうだ」

 

それは、そうか。お嬢様がお菓子づくりなんてしないものね。というか先生、態と聞かせるために言いました?何が目的はわからないけれど。

 

「お兄様、シャワーの準備はできています」

「ありがとう」

 

まだ寝るには少し早いが、長旅の疲れというものは気付かずに出るもの。今日は元より早く寝る予定になっていた。

ツインルームなのでベッドが二つある。

お兄様とのベッドの間が狭い気がするのだけど、ホテルってこんなものなのかしら。

 

この間の水波ちゃんとも確かにこんな感じではあったけど、離した方が良い?でも変に移動させてお兄様に意識していると思われるのも気まずいし・・・、お兄様が来たら素直に訊いてみよう。

 

(あ、訊くと言ったら)

 

先程の前夜祭の亜夜子ちゃん達への態度が気になった。

お兄様は揶揄うためにああいったことをしたのだろうか?それにしては拗ねているようにも見えたけれど。

・・・というか、あれだね。気にしないよう努めていたけれど、お兄様のシャワー音が聞こえてちょっとドキドキしてしまう。

ベッドの上で後ろも向いているのにね、なんか色々考えちゃうよね。

良くないよ、お兄様のシャワーシーンを想像するなんて。

家ではちゃんと互いに時間を守っているから鉢合わせることなんて無いし、音の聞こえる範囲になんていること自体が無いからこんなことほとんど初めてのことで。

ここはホテルでツインとはいえ狭い一室。

・・・鎮まれ煩悩。本当、よくないよ。落ち着いて。

荷物の中からピクシーのエプロンと刺繍枠を取り出してセットしチクチクと。精神統一。心を落ち着かせねば。

縫うのは小さな黄色いバラ。縫い付ける予定なんてなかったけど念のための暇つぶしとして刺繍枠と糸を持ってきていてよかった。これくらい小さいならそんなに目立たないし、縫い慣れているので図案を見ずとも縫える。

次第にシャワーの音が聞こえなくなってほっとしていると、ぱたんと、閉じた音が。

・・・これ、すぐ振り返るのは罠な気がする。お兄様のラブハプニングは妹にも有効ですからね。降りかかったら困るので気付かないふりで針を通していく。

すると、気配を消したお兄様がぎしりと私のベッドの上に腰を下ろして、

 

「また夜更かしするつもりかい?」

 

と耳元で囁かれた。

 

「ひぅ!お、お兄様!驚かせないでくださいませ!」

 

特に今は針を扱っているのに!と抗議しようとしたらお兄様がぴたりとすぐ後ろにくっつくような距離に座っていて二度驚く羽目になった。

 

「えらく集中していたね。俺が近づいたのに気づかなかったのかい?」

「・・・気配を消して近づいてきたのはお兄様でしょう?」

 

本気で気配を消したお兄様の接近を、どうやって気付けるというのか。

ベッドの軋みで近づいたことには気づけましたけどね?耳元で喋られるとびっくりするでしょう。

お兄様はくつくつと笑いながらすまない、と詫びるけれど、全く心が籠ってませんね。お兄様も案外いたずらっ子。

 

「危うく黄色いバラが真っ赤に染まるところでした」

「それは悪かったよ」

 

今度はちゃんと謝罪だったので許しますけどね。

完成まであと少しではあるけれど、これは明日でも問題がないのでこのまま片付ける。

 

「いいのかい?あと少しだろう」

「いいのです。お兄様にお尋ねしたいこともありましたので」

 

戻ってお兄様の隣に腰を下ろすと、お兄様は肩を抱き寄せた。

いつもより温かいのは先ほどシャワーを浴びたからか。

心臓がどくどく煩いけれど、そ知らぬふりをして気になっていた亜夜子ちゃん達に対する疑問をぶつけると、お兄様はするり、と肩の腕を下ろした。

その表情は少し陰りも見える。一体何があったというのだろう。

お兄様はぽつり、ぽつりと話し始めた。

 

「・・・別に亜夜子たちが悪いんじゃないんだ。俺の気持ち・・・感情なんだろうな。

亜夜子たちは自然に俺と話すきっかけを持ってきていた。流れもおかしくなかったと思う。だが、なんとなく、面白くないと思ってしまったんだ」

 

お兄様は、何を面白くないと思われたのだろうか。知りたくて、お兄様を覗き込む。

お兄様も気づいて少し顔を持ち上げ、視線が絡み合う。――お兄様の感情が、不思議と伝わった。

 

「別にあの場で深雪に興味を持たなくても、彼らは調整の技術の腕を買って俺に話しかけてきたのだから深雪に声を掛けなくてもおかしなことではなかったのに。――そんなことはないとわかっていても、お前が蔑ろにされたような気がして」

 

・・・・・・お兄様には、それが面白くなかった、と。

だから、ああして自分の大事な妹、として見せつけたのか。

彼女たちに。無視をするな、と。

 

(それは、私がいつも思っていたこと)

 

お兄様は気にするな、といつも流していたけれど、いざ自分が私の立場になってみて気づいたのだと。

 

「・・・深雪は、いつもこんなことを感じていたのかと思ったら、ついあんな行動を。――亜夜子たちも相当面を喰らっていたな」

 

申し訳ないことをした、とお兄様が項垂れる。その姿に、私は思わず抱きしめていた。

 

「深雪、」

「嬉しゅうございます。お兄様はまた心を育てられたのですね」

 

あの時亜夜子ちゃん達に悪意などなかった。意地悪しているつもりもなく、ただ作戦通りにお兄様との接触を図っただけだった。

だからお兄様があの時そんな感情になるはずなんてないのだ。

だって、悪意などそこにはない。私も傷つけられたわけではなかったのだから。

なのに、お兄様は『面白くない』と感じた。

これは大きな進歩だ。お兄様の心が、感情が育った証拠。

少しだけ体を離してお兄様の顔を見る。

 

「これは、いい変化とは思わないが」

 

お兄様は少し困ったお顔をされていた。

お兄様にとって親しい身内に向ける感情ではなかったと反省しているのかもしれない。でもね。

 

「あら、お兄様。人間の心に元からいい部分なんてほとんどないのですよ」

 

基本的に人間とは自分勝手な生き物なのですから。

そう言うとお兄様は思いもよらない答えに目を見開いて驚いてから、ふっと笑って私を抱き返して。

 

「俺が自分勝手になったら困るんじゃないか?」

「お兄様にはいつも困らされてばかりですからね。確かにこれ以上困らせられたら私には手一杯で溢れてしまいそうです」

「なら、今度は全身で受け止めてくれ」

 

それはまた、困った注文ですねぇ。

だけど、お兄様からのお願いは聞いてあげたいと思ってしまうわけで。

 

「頑張ってみますけれど、できるだけ手に負えるものにしてくださいませね」

「深雪なら大丈夫さ」

 

あらぁ。過大な評価を受けたね。本当、困ったお兄様だこと。

 

「もう、お兄様ったら」

 

降参、と手を上げるとお兄様はぽんぽん、と頭を撫でてから離れてくれた。

 

「さて、もういい時間だ。今日はもう寝よう」

「そうですね――って、そうでした。お兄様、ベッドの間隔ってこんなものなのでしょうか?」

「うん?・・・ああ、まあこんなものじゃないか?」

 

ちらっとベッドの並びを見たお兄様は特に問題ないって。・・・じゃあ、このままでいいか。

ほとんどくっついている気がするんだけど。

普通間に照明とか挟んで開いてたりしない?と思わなくも無いのだけど、この時代の普通をよく知らない。

お兄様がこんなものというのだから、こんなモノなのだろうし、いいか。

・・・願わくば、私の寝相がお兄様を攻撃しないことをと思わずにいられない。

 

「・・・お兄様、やっぱりちょっと離しませんか?昔お母様に寝相が悪いと怒られたことが」

「それはそれで興味深いね」

「お兄様!」

「冗談だよ。もし深雪から蹴りが飛んできても、多分だが、俺は起きないんじゃないかな。俺の眠りが深いことは知っているだろう?」

 

それは、知ってはいるけれども。

物音立てても起きないのというのは、攻撃を受けても起きないとはイコールにならないと思う。

いくらお兄様でも触れられれば起きてしまうのでは?

 

「軍の雑魚寝で起きたことはないな」

 

・・・なら、大丈夫なのかな。

昨年もお兄様の前で寝たことがあったけれど、あの時はお兄様起きていたし、問題が起こる前に何とかしてくれただろうと思っていたのもある。それに眠った時間も短かったし。

条件が違うから不安で仕方がない。

けれどここを出て寝ることなど今更できるはずもなく、当然床でなんて寝かせてもらえるはずもない。・・・大人しくベッドで寝るしかないようだ。

 

「寝られないというのなら寝かしつけてあげようか?」

「寝つきが良いのはお兄様もご存じでしょう?」

 

さっきのお兄様の言葉を真似て言えば、そうだったな、とお兄様は苦笑して自身のベッドの上へあがった。

何だか二人一緒に寝るって不思議な感じ。

私たちはなんだかんだ兄妹として過ごした日々はたった四年しかない。だから、こうして一緒の部屋で同時に寝るというのは初めてだったりする。

不安はあるものの、明日もいつも通り起床するのだから早めに寝よう。

 

「おやすみなさいませ、お兄様」

「ああ、おやすみ」

 

部屋の明かりが暗くなる。夜目の利かない私には暗闇に見えるけれどお兄様にはきっと全体が見えているのだろう。

早く寝よう、寝てしまおう。

もぞり、とお兄様に背を向けて目を閉じる。

やはり疲れていたのか、そのまま意識を失うように寝た私は、次の日お兄様が外出したのに気づくこともなく、いつもの時間に起床するのだった。

 




後半はこれから修正するのでしばらくお待ちください。

それと、前回のダブルセブンからアニメ三期の内容ということで番外編に関連の小話を乗せたいと思います。そちらもお楽しみいただければ、と。
ただし、そちらは本編完結後に書いた話の為、糖度が増えていたりしているかと思います。ご注意ください。
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