妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!(修正前)   作:tom200

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スティープルチェース編 後編

 

達也視点

 

 

はっきり言って深雪と同室で寝られるか不安が無かったと言えば嘘になる。

いくら自分が衝動に流されることが無いとはいえ、人間としての欲求は存在する。

欲求自体、俺だって生きている人間だ。

どうしようもない生理現象であり、生殖行為は本能であるから感情が無かったとしても関係はないことなのかもしれない。

しかし精神をいじられた自分だからこそ、それを押さえつけられることができるというのも皮肉な話ではあるのだが、これがある限り間違いは起こらないだろうとも思えた。

大抵の場合なら、それでよかった。

だが、唯一俺がすべての感情を解放されている相手、妹が相手となると話は別だ。

血の繋がった、俺が心から愛し、慈しむことができ、彼女の為ならこの命を奉げてもいいと思える唯一無二の存在。

兄として、彼女の幸せのために尽くそうと心に誓っている。

だというのに、何を不安に思うことがあるか――妹、深雪にのみ許された衝動が問題だった。

深雪は誰もが認める、この世の者とは思えないほどの絶世の美少女だ。

そこに兄妹だからといって魅了されないという理由はない。

実の妹であるからとそういった欲求を感じないでいられるかと問われたら、それは身内など何の弊害にもならない、と答えるしかない。

血が繋がっているといくら理性が言い聞かせても目を奪われることがある。

本来本能で避けるべき相手だろうと欲を抱くことが皆無とはならないらしい。

それは相手が深雪だからなのか、人としての欲求はその程度のものなのかはわからない。俺には比べようも無いからだ。

だからといって、じゃあ同室だからと妹をすぐ襲うのかといえば、それもあり得ない。

自分が彼女を傷つけることなどできようはずもない。

俺は兄なのだ。

そして彼女の、深雪の絶対的守護者。

いくら魅力的であろうとも、衝動に流されても深雪の意思を無視するようなことはあり得ない。

昨年、怒りで我を忘れて深雪を傷つけようとした相手を殺しかけた時も、深雪によって止まることができた。

それに比べれば同室で寝るくらいでそれを上回る衝動など起こるわけもない。

改めて不安なことなど何もないと言い聞かせて、深雪が寝たのを確認して自分の意識を落として睡眠に入る。

こうなるとちょっとやそっとで起きることはない。

半自動的に攻撃や悪意を受けた際起きるようにはなっているが、普通の生活音で起きるようなことはないし、それこそ軍の雑魚寝で寝相が悪くぶつかられたこともあったはずだが起きた試しがなかった。

だから問題はないはずだ、と眠ったのだが――

 

 

 

 

(・・・これは一体何の試練だ?)

 

柔らかい感触と温もりに予定より早く、徐々に意識が覚醒し、目を覚ました時には己の身体に起きている異常を察知した。

どのようなことが自分の身に起きているか理解したが、身動きが取れなかった。

 

 

――深雪が、抱き枕よろしく俺に絡みついているのだ。

 

 

抱きつくどころではない。なにがどうしてそうなった?と言うくらい密着している。

自身の左腕は柔らかい双丘に挟まれていて、深雪の左腕が俺の胸の上にのせられ、もう片方は肩近くに添えられていた。

左足にはこれまた柔らかくも温かい足が離さないとばかりに絡んでいる。しかもどうなってそうなっているのか両足で挟み込まれているようだ。

・・・逃げられない。逃げ場がない。

 

(どうしてこんなになるまで起きなかった?)

 

自身に問いかけるも答えなど返ってくるはずもない。

というよりベッドに侵入されて気付かなかったというのか。

信じられない。何か魔法でも使われたのではないかと疑いたくなるほど信じがたい状態に陥っていた。もちろん魔法の痕跡などかけらも無かった。

というか、深雪はなぜこんなことになっていてそんなに穏やかな顔で眠っているのか。

すうすうと寝息を立てるたび、彼女の身体が上下し、密着している左腕からはとく、とく、と一定のリズムが生きていることを伝えてくる。

いつもなら安心する音もこの状況では安堵などできない。できようはずもない。

 

(少しでも動けば起こしてしまうだろうか)

 

この穏やかな寝顔は起こすことを躊躇わせるが、この状態が己の精神的にも肉体的にもよろしくないことはわかっている。

流石にこの状態で寝られるほど、俺の体の機能は死んでいない。

正常に動き出そうというのをギリギリ抑え込んでいるに過ぎない。

理性など鼻腔を擽る匂いだけで今にも擦り切れそうだ。

許されるならばこの温かな体を己が腕の中に閉じ込めたい欲求を何とか堪えて、まずは胸の上の腕をゆっくりと下ろす。

掴んだ腕は細く、自分のモノと比べて些か温度が低い。

慎重に妹の体の上に戻してやってから、今度は上半身を左腕から引きはがす。

肩に手を掛けてゆっくりと上向きに倒れるように。

ん、と深雪の口から洩れる声に一旦手を止めるが、起きる様子はないようだ。続けてそのまま寝転がらせる。

続いては足だが・・・上半身を動かした影響か、先ほどよりもがっちりと自分の足に絡みついていた。

・・・・・・何も考えないようにして足を引き抜いてみようとしたのだが、

 

「ぅんっ・・・ふ、」

 

(!これは、引き抜くのは危険か・・・)

 

押し付けられる下半身に触れずに引き抜いて外すことは不可能であり、動かすと彼女の反応がこのように返ってきてしまい、とても危険な状況だった。

少し待ってみるかとも思ったが、待っても外れるどころか、またも彼女は寝返りをうってこちらに寄りかかろうとする。

今度は阻止できたが、これで分かったのは、待っていても何も解決しないどころか事態が悪化するということ。

地道に動かすしかないようだ。

自身の上体を起こして、できるだけ足に体重を乗せないようにし、足首を掴みたいところだが、手が届かないのでふくらはぎを掴むのだが――ふに、としていて柔らかく、果たしてこのまま持ち上げていいのか、力を込めて大丈夫なのかと不安になる。

 

(今更なことに何を戸惑っているんだ)

 

深雪の身体がありとあらゆるところが柔らかいことなど日常の触れ合いで知っていることだ。

高校に上がる前には足をマッサージしてやったこともある。なんてことは無い。

別に何かをしようとしていうわけではないのだ。焦ることもない。

この時点で自分の精神が普通ではないことに気付いていたが見て見ぬふりをした。

今最優先事項はこのミッションをクリアすることだ。他に考える余裕はない。

ゆっくり足を持ち上げ、膝も支えて慎重に横に移動する。

これだけ触っていても起きないのだからもう少し大雑把に触っても大丈夫だと思えるのだが、それは躊躇われた。

ん、やら、ぅん、やらと悩まし気な声が漏れ聞こえるたびに、動きが止まる。ついでに思考も止まった。

一体足一本にどれだけ時間がかかっただろうか。

ようやく外れて、これ以上何かが起こる前にすぐさま自分の足を引き抜いた。

これで全身深雪から己の身体の奪還に成功したのだが、虚脱感が凄い。酷い疲労感だ。

時刻を見ても十分も経っていないのに、一時間以上ギリギリの戦闘をしたような疲労感。

だが――横で眠る深雪の寝顔を見るだけで、この眠りを妨げることはなかったのだという安堵感と、可愛い寝顔による多幸感に包まれるのだから、我ながら単純なものだ。

 

 

――

 

 

このまま俺のベッドで横に居させたら先ほどの二の舞になることは予測できたので、深雪の身体を抱き上げて彼女のベッドへ運ぶ。

抱き上げて運ぶくらいならソファ等で気を失って(眠って)しまう深雪を運ぶことがあったので動揺することもない。慣れた作業だ。

・・・そう思っていたのだが、やはりあれは眠っていたのではなく真実気を失っていたんだな、と。今になって思い知る。

眠っている深雪は行動的だった。腕を伸ばして首に絡められ抱きしめられる。そして、

 

「ん、あったかい・・・」

 

耳朶を擽る様に呟かれた言葉に、在りし日の親子の会話が連鎖反応のように呼び起こされた。

 

(――そうだ、昔、母さんに忠告されたことがあった)

 

あれは朝、なかなか姿を現さない深雪を迎えに行った時のことだった。

母の体調がいいということで、二人一緒に寝ていたはずなのだが、母の部屋に入ると深雪がベッドの上で説教をされていた。

また深雪が悪戯をしたのかと思ったが、深雪の様子がいつもと違う。母の態度も違って見えた。

その後、母が深雪を身なりを整えてくるように、と追い出し、俺を睨みながら命令した。目を吊り上げてうっすらと赤く染めたまま。

 

「達也、もし、万が一にも深雪と同室で眠ることになりそうになったら何が何でも避けなさい。守るためであったのなら距離を空けて――も、不安ね。とにかくあの子と同時に寝ることをできるだけ避けるように」

「理由を聞いても?」

「危険だからよ」

「・・・」

 

意味が解らなかった。母は詳しく説明する気が無いらしい。

深雪の一体何が危険だというのか。

 

「こればかりは、もう矯正も効かない。手遅れ、いえ・・・手違い、ね」

「・・・・・・それで、具体的にはどのように危険なのです?」

「一緒に眠ることのないあなたが知る必要は無いことよ」

「はぁ」

「ただ・・・そうね、もし、そのような緊急事態があったなら――行火でも用意してやりなさい。あの子は、寒がりのようだから」

 

あの時は何を言っているのかと理解できないで、この記憶も彼方に押しやっていたが、今となればあれほど的確なアドバイスは無かったのだろう。

よくよく思い返せば危険だと言いながら、母の顔は目元のみならず顔全体が少し赤みがかっていたし頬も強張っていた。

アレは怒りなどではなく緩むのを抑えていたのかもしれない。あの人もアレで深雪との触れ合いに戸惑いつつも徐々に受け入れていったから。

 

(深雪は熱を求めて俺のベッドに入り込み、暖を取っていたということか)

 

理由がわかれば何ということもない。

自分には快適な温度でも、深雪の少し温度の低い体には涼しかったのかもしれない。

ベッドに下ろしてやるが、腕が離れない。推測通りやはり寒いのか。

 

(誰もいないベッドに熱が移るまで時間がかかるだろう。・・・これも深雪を寝かせる為)

 

深雪の身体を抱きしめてベッドの中に潜り込む。本当に推測通りならしばらくすれば温かくなってこの腕も離れやすくなるだろう。

起きる時刻まで一時間ある。それまでにこの腕を外して自分のベッドに戻るか起きればいい。

横になって抱き合うというのは初めてだが、いつも以上に深雪の身体から力が抜けているのが新鮮だった。

あどけない寝顔はいつまでも見ていたいほど愛らしい。

ずっと、この寝顔を見守っていけたらと夢想するが、それが叶うことなどないのだろう。

顔にかかる髪を耳にかけて退かしてやりながらじっくりと観察する。いくら眺めても飽きることない美の最高傑作。

それを腕に抱いていられる自分は何と幸福なのだろう。彼女の兄と言うだけで得られるこの幸せは何物にも代えがたい。

これがあるからこそ、釣り合いを取るためこの世のすべての不幸を向けられているのではと錯覚するほど、この腕の中の幸福は魅力的だった。

温かな熱が、じんわりと溶け合うように体が温まっていく。

深雪も同じなのだろう。安心しきったように口元が緩んでうっすらと開いていた。

じっと見つめ続けていると、また余計な欲がくすぶり始めた。先ほどまで意識しないでいられた嗅覚と触覚が反応をし始める。

 

(これはあまりよくない兆候だ)

 

あまりどころではない、非常によくない兆候だ。

こちらから抱きしめていたこともあってか、今度は放すことが容易だった。

深雪は気持ちよさそうに眠っている。

そのことに安堵してベッドを降りた。

このまま自身のベッドに戻っても眠れる気がしない。

それだったら、と昨年同様深雪のベッドの枕元に腰かけて頭を撫でる。これくらいの刺激で起きないことはもうわかっていた。

――あの時からその兆候はあった。

去年の夏、眠る深雪を見守っていたあの日も、手を出せば擦り寄り、傍に座っているだけでその方向に身を寄せるように転がっていた。

あれは熱を求めてのことだったのだ。

だが、疑問は残る。

いくら密着するほどベッドが近かったとはいえ、二つのベッドの間には20センチほど距離がある。

寝転がったとしても隙間に落ちる可能性だってあったのに、どうやって深雪は俺のベッドにもぐりこめたのか。

やはりそのままころがって?それとも起きて歩いて俺のベッドに?はたまた跨いで――、となると深雪には夢遊病の気もあるということか?

それは睡眠の質としても良くない。というより、熱を求めて移動する時点で眠りの質は下がっているのではないだろうか。

室内温度を上げるか?だが、それをして蒸し暑くなって寝苦しくなれば本末転倒だ。

そしてまたコロリ、と深雪の身体が俺の方に向く。まるで太陽を求めるひまわりのようで微笑ましくなってしまった。

とりあえず、今夜はベッドを離してみるか。深雪にはいぶかしまれるかもしれないが、気になるからな。

深雪がどのようにして俺のベッドに入れたのか。

 

「もう少しおやすみ」

 

いつまでもここにいるとまたさっきのようなことになりかねない、と気づいて深雪の額にキスをしてその場を離れた。

少し早いが服を着替えて柔軟をして、朝日が昇る前に部屋を出た。

 

 

 

 

「おや、達也君、早いね」

「師匠」

「手合わせするかい?」

「お願いします」

 

こんな時間から運動している学生はいないだろうが、できるだけ人が来ないコースへ、と森林に向かったら師匠が待ち構えていた。

人の悪い顔を浮かべている。・・・これは人をおちょくる時の顔だ。

 

「いやあ、風の噂で達也くんが深雪くんと同室だと聞いてねぇ」

「それがどうかしましたか」

 

そんな情報どこから聞きつけることができるというのか。問いただしたところで教えてもらえるはずも無い。適当にはぐらかされるのがオチだ。

師匠に嘘をついても何にもならない。特にこの手の件でとぼけたところで師匠には意味がないことはわかっていたので堂々と答えた。

 

「おお、開き直ってるね。でも君がこの時間、ここにいるということは読みが当たったかな?」

「さて、答え合わせをするつもりもありませんので」

「つれないねぇ」

 

一体何をどう読んでいたというのか、答えは聞かない方が良いと判断し、問うことをやめた。

師匠もそこまで揶揄う気もないようだ。そこからは黙って稽古に付き合ってくれた。

 

 

 

身体を動かすと頭がすっきりした。

白く覆っていた靄が晴れたようだ。

 

「うん、顔が戻ったね」

「はい?」

「いやあ、だって顔に欲求不満って書いてあったからさ。師匠としては心配だったんだ」

「・・・は?」

「それじゃあ、深雪くんによろしく~」

 

言うだけ言って師匠は去っていった。

・・・・・・・・・ランニングでもしてから戻るか。

 

 

――

 

 

深雪視点

 

朝起きたらお兄様が部屋に居なかった。すでにいつもの朝練にお出かけになったらしい。

ベッドは乱れておらず整えられていた。お兄様きっちりしすぎ。

そして私はと言えば・・・思ったより乱れてないようでほっとする。

とはいえいつも自身のベッドだってそんなに乱れたのを見たことはない。

だからいつもと変わりないように見えるのだけど・・・

 

(お兄様と同室だからだろうか・・・どこからもお兄様の匂いがする)

 

いや!違うから!私が変態とかそういうのじゃなくてですね?!深雪ちゃんの鋭い嗅覚がお兄様を捉えてしまうというかですね!

・・・って、誰に言い訳をしているのか。

いいの、わかってるの。とても混乱しているということは。

良かった。お兄様が部屋に居なくて。

ベッドの上で悶えている姿なんて見せられるわけがない。

せっかく起きたのだから、私もいつものルーティーンをしよう!と運動着を取り出して着替える。

お兄様のように外に出て運動はしない。出るところも入るところも見られてしまうと危険だからね。

ってことでストレッチと筋トレを少々。筋トレと言っても筋肉は付かないのだけどね。

本当、不思議な体です。四葉の神秘。

ある程度体を動かすとポカポカと内側から温まってくる。そして運動量を増やせば汗が滲んだ。

室内でも効率よく運動すると汗を掻くほど運動できる。

そろそろお兄様が戻ってきてしまうだろうからその前にシャワーを浴びてしまおう。

こんなところでラッキースケベの呪いが発動してはお兄様の疲労に繋がってしまうから。

急いでシャワーを浴びて着替えてシャワー室も綺麗にして。これならすぐにお兄様が入っても問題ないね。

うんうん、と満足していたところにノック音。お兄様だ。

 

「おはようございます、お兄様。おかえりなさいませ」

「おはよう深雪。よく眠れたかい?」

「ええ、ぐっすりと眠れました」

「それはよかった」

「お兄様はいかがでしたか?」

「問題ないよ」

 

・・・んん?

ちょっと深雪ちゃんのアンテナが引っかかりました。

 

「・・・お兄様、詳しく」

「詳しく、と言われても・・・問題はなかったよ」

 

お兄様は普通に答えているつもりだろうけれど、答え自体がおかしいことに気付いていらっしゃらないご様子。

・・・まさかと思ったけれど、私やっぱり何かやらかしたのでは?女の勘がビンビンと。

 

「お兄様、正直にお答えください。昨夜、私に起こされてはおりませんか?」

「そんなことは無かったな」

「では今朝方は?」

「・・・深雪さん、先にシャワーを浴びてもいいかい?」

 

つまり朝方何かあった、と。

お兄様、まさか深追いされると思わなかったのか動揺しましたね。一体何をしたの私?!

 

「どうぞ」

 

平静を装って答えたけれどお兄様は不審に思われなかっただろうか。

そのままシャワー室に消えていくお兄様の姿を見つめてから、昨夜同様縫いかけの生地を取り出してちくちくちくちく。

落ち着け、落ち着くのです私。・・・まさかとは思うけど、原作のアレをやってしまったのではないか!?

でもあれって大会二日目とかじゃなかった?部屋が変わった初日はぐっすり寝たはず。

そんな描写があったはずだし、私にもお兄様を温めてあげなければ、なんて行動を起こした記憶が無いのに、どうしてこんなに不安になるのか。

・・・原作に書かれてなかっただけで、お兄様連日あんな目に遭っていた、とか?そしてたまたま、あの日だけ深雪ちゃんの記憶に残っていた・・・?

 

(まさか、まさかね・・・?)

 

でももし、そんなことになっていたのだとしたら。

ただでさえあんなにお仕事一杯で疲労していたのにその上、寝不足まであったのだとしたら――

 

(だから、なの?あのぶっ飛んだ思考になってしまったのは)

 

あんな、ばれても押し付ける相手がいればぶっ壊してもよくね?な思考になっていたのは、ただ単純に仕事が重なりすぎて疲労が蓄積されてとかそういうことだけでなく、連日寝不足が原因!?

・・・あり得る。だって、あれだけ理性的に考えられるお兄様が、あんな大胆で無謀ともとれる策を取ろうとするなんておかしいもの!

そんな大それたことしたら、いくら軍だって尻拭いしてくれたかわからない。きっと原作より大変な作業になっていたことだろう。

強硬派だって地形変えるなんて、そんなことやってない!って言い張るだろうからね。その通りですよ。魔法の痕跡どうやって消すの。

・・・できなくはないけどね、誤魔化しくらいいくらでも方法あるけども。それでも無茶無謀の策だ。

そんなことは絶対にさせられない。そんなことしたら、私が手綱を握れていないことになってしまう。それだけは避けなくては。

なんて考えながらチクチクしてたら黄色いバラが完成しました。いつの間に。

 

「もうバラが完成したのかい?」

「っ!お兄様、また気配を消して!妹を驚かせて楽しいですか?」

「困ったことに驚いたお前を見るのは好きみたいだ」

 

ううう、お兄様が開き直ってしまった。

シャワーですっきりして頭が整理されたのかな。さっきまで見えた動揺が全く見られない。

 

「それは何とも悪趣味な」

 

切実に止めていただきたい。

けどね、お兄様のお顔見ると、・・・その言葉が口から出ないんだよねぇ。

さて、朝食まで時間もないことですし、覚悟を決めよう。ダラダラ伸ばしてもいいことなんて何もない。

お兄様も言っていた。知らない方が良いこともある、は嘘なのだ。

知っていた方が先にある不幸を回避する手立てが増えるのから。

 

「お兄様、お願いします」

 

私の覚悟が伝わったのか、お兄様も佇まいを正して、

 

 

――私の罪を宣告をしてくださった。

 

 

――

 

 

「・・・私は今猛烈に穴に埋もれたいです」

 

その穴の名前は墓穴っていうんですけどね。

何ですか、お兄様のベッドに潜り込むって。

あまつさえ、抱きついた、と?・・・・・・刑の執行は早めにお願いします。

記憶も証拠もないけどお兄様が言っているのだから真実だと思うので。お兄様この手の冗談言えないから。

できるならこんなベッド上からではなく降りて床で土下座したい。

お兄様の安眠を妨げるだけでも絶許なのに、抱きついたって・・・、それって正に原作の深雪ちゃんの謎行動じゃない!

なんで?どうして??

この間水波ちゃんと一緒の部屋でも、去年の同室の子とだってそんなことしなかったのに!お兄様相手だと発動しちゃうの??

 

「それは、まあ、検証が必要なところではあるが、母さんも恐らく経験していたと思うぞ」

「え!?そ、そんなことお母様は一言も――あの時だって寝相が悪いと言って・・・。まさかそれがぶつかることではなく」

「深雪が寒がりだったのでは、とも言っていたな」

 

・・・お母様ぁ、何故その時に教えて下さらなかったのか。そして良いように解釈してくださってありがとう!

 

(でも多分違うんじゃないかな・・・)

 

そう。ただのオタク的なアレだったのではないかな?!寝ぼけて隠していた気持ちが表に出て愛でてしまう的な。どうだろう?

あれ?それなら水波ちゃんも好きだからそうなってもおかしくないのに。・・・ダメだ、混乱してる。

 

「とりあえず、今晩はベッドを離して検証してみよう」

「検証!?なんのです?」

「昨夜、俺も深雪がいつ隣に来たのかわからなくてな。ベッドが近かったからそのまま移ってきたのか、はたまた歩いてきたのか――」

「そんなこと、どちらでもよろしいのではないですか!」

「気になるだろう」

 

全然!全く!!というより、

 

「あの、お兄様。ただでさえ忙しいお兄様の安眠を妨害するなんて私は自分が許せません。ですからどうか他の部屋に移させて下さい!雫たちにお願いして床で寝かせてもらってもいいですし、何ならエリカ達のように客室があるのですから他所に移っても」

「ダメだ」

「なぜです?!」

 

即行否定されてしまい、反射的に顔を上げてお兄様を見つめれば、お兄様は少し怒ったような表情をされていた。

そのことに体が硬直する。

 

「部屋を移動する必要性を感じない」

「ですから、お兄様の眠りを邪魔してしまっているのですよ?!」

「深雪が傍に居ない方が落ち着かない」

「っ!!」

「今朝方、確かに俺の眠りは妨げられたが、来るとわかっていれば対処も変わる。相手が深雪なら問題ない」

 

そうかなぁ?!とツッコみたいけれど、お兄様は真面目に次を続けた。

 

「それよりも問題なのは、深雪が傍に居ないことの方だ。昨日はお前が千代田先輩に命じられ部屋を交換させられたことを叱ったが、今思えばこの部屋割になった方がメリットが多い。部屋を勝手に抜け出しても怪しく思われない点もそうだが、何よりここにはパラサイドールが現れる予定だ。――深雪の身の危険をいち早く察知できる」

「あっ!」

 

・・・そうだ。パラサイト、パラサイドールがいるならば、私の感知能力が彼らの反応をキャッチできるかもしれない。

私はそう捉えたのだけど、お兄様は苦々しい顔だ。

 

「パラサイトとはまた反応が異なるかもしれないが、もし結界を張っていない状態で奴らが動き出したらと思うとな」

 

もしそうなったら――もし、部屋を変えていなかったら、私はとんだ痴態を花音先輩に見せてしまうところだったのでは・・・?

それは確かに大問題、と顔を青ざめたけど。

 

(いや!いくら知られているお兄様相手だってそれはそれで気まずいですけど!?)

 

お兄様は鋼の精神をお持ちだから大丈夫かもしれないけれど、こちらの羞恥心も考えていただきたい。

だがお兄様はもう決めてしまわれたようだ。

 

「そういうことだ。このまま変更はしない」

「・・・その検証は九校戦中にしなければならないことではないと思うのですが」

「どうせ現象が起こるなら調べてしまった方がすっきりするだろう」

 

現象って・・・私の行動は怪奇現象か何かですか。

まあ、理由が解明されて解決すれば早くお兄様も眠れるってことならばその方が良いのか。

だけど、おかしいな。原作では深雪ちゃんはお兄様が寒そうだからベッドに潜って温めてあげよう、ってことだったと思うのだけど、私の場合自分が寒くて、に改変されてる。

元々手足は冷えている方だけれど、・・・もしや、だから原作でも自分が寒いならお兄様も寒いはず、理論であんなことになっていたのか?

とにかく今晩も変わらずお兄様と同室のまま一緒に寝ることになりそうだ。

 

 

――

 

 

憂鬱だった朝だけど、朝食を食べ終わる頃には持ち直していた。いつまでもうじうじしていてもしょうがないからね。

お兄様が気にしていないのに、いつまでも私が気にしていてはお兄様だって気を取られてしまうかもしれないから。

それに昨年の活躍で、私は一高の代表選手という風に見られている。

それらしく振舞わないと他校に舐められてしまうかもしれない。連覇を繋げて来てくれた先輩方に顔向けできるよう頑張らねば。

 

「ねぇ、ランチは部屋で取らない?」

 

そう誘ってくれたのはほのかちゃんだ。

私への視線の煩わしさに気を使ってくれているのだろう。本当、優しくていい子です。

たとえ視線がお兄様にちらっちら、と向かっていてもその優しさには変わりない。

雫ちゃんと四人で移動していたら、人がごった返しているロビーに友人を発見!

いやー、眩いばかりの美少女はどこに行っても目立つねー。おかげですぐに発見できましたとも!

 

「やっほー」

 

美少女が声を掛けたことで視線はその先へ集中。私たちの方向へ。うーん、そのタイミングでロビーが静まり返ったね。

皆様初めまして。喧噪泥棒です。視線泥棒でもあるかな。

気にせずエリカちゃんに話しかければ、彼女も心得たもので、いつものメンバーで応援に来たよ、と振り返った。

そこにはエリカちゃんの荷物を持った西城くんと、鍵を受け取ってきた美月ちゃんの姿。

心強い応援団です。

お兄様は気を利かせて吉田くんにも声を掛け、部屋ではなく大人数で食べられる、選手団に開放されているカフェテリアに移動するのだった。

 

 

 

着いたカフェテリアは時間もピークを過ぎていたので人はまばらだった。

その僅かな人々から注目を浴びながら席に着く。

 

「あいっかわらずの注目度ね」

「深雪だからな」

 

お兄様ったら、自慢の妹だ、とすまし顔で返す。当たり前だろう、とのこと。

周囲もその反応に異論はないみたいだけど、こっちは居た堪れなかったりする。

こういう時どういう顔をするのが正解なんだろうね。とりあえず淑女の仮面で受け流すけども。

それから吉田くんの、予定時刻より来るのが遅くなった話に移り、美月ちゃんとのメールのやり取りを揶揄われたりとキュンキュン青春ラブなストーリーを聞きながら昼食を。

エリカちゃんに便乗して揶揄うお兄様だけど、お兄様だっていろんな人とコンタクト取れる連絡網お持ちですよねぇ。おまいう案件。

この中で揶揄う権利があるのは西城くんだけのはずだけど、西城くんは美味しそうにご飯を食べています。うん。健康的。いいと思います。

 

「それで、来るのが遅かった理由はなんだ?」

 

ひとしきり揶揄いが終わってからメインの話へ。・・・お兄様にとって恋バナはアイドリングトークなんだろうか。

エリカちゃん曰く、何でも九校戦へ向かう応援バスの前にデモ隊が現れたのだとか。人間主義者活動の一環みたい。

昨年はそこまでのことは無かったから、USNAでの波がこちらにも押し寄せてきたということなのだろうけど、それは表向き。

しっかりちゃっかり工作員たちが日本での魔法師排除の動きを仕掛けてきていたことは調査で分かっている。

・・・なんでもうちの子、とんでもシステムを作ったらしくて顔認証でプロフィールをあっという間に洗い出す方法を編み出したのだとか。

そこまでなら普通のシステムのようなんだけど追跡や過去のデータも遡って標的を狙い撃ちできるというのだから恐ろしいソフトを開発したものだ。

流石に工作グループの上層部の人間は、警戒レベルが高いのか洗い出すことはできなくとも、末端までその意識はいかない。

情報の受け渡しっぽい映像から金品授受の証拠映像等わんさか。とんでもない数の爆弾見っけてきちゃってるみたい。

・・・この子たちがこの技術を悪用して犯罪に走ったら大変なことになってしまう。

監督の私がしっかり手綱を握らなければ、と気持ち新たに皆にお手紙認めました。給金もアップして休暇も取ってもらって、労って。

不満を抱くような環境を作らないようせっせと環境を整えてます。いつもありがとう。お願いだから暴走はしないでね。

と、話が逸れたけど、その情報をこっそり一般の、真っ当なジャーナリストにリークして、あとは彼らに自由に調査させているみたい。

四葉だけで調査なんてしたら情報操作と思われるから、外部委託みたいな形も取っておかないとということらしい。ニュースソースがたくさんあればそれに越したことはないからね。

エリカちゃんはデモ隊の主張を真っ向から否定。

君たちは利用されてるんだー!なんて頭ごなしに言われたら思春期の青少年が反発することくらいわかるでしょうが。

お兄様がエリカちゃんの発言に人間主義の思想側の意見を述べると、苛立ちの矛先をお兄様に向けられるけど、お兄様が人間主義者の肩を持つわけないでしょう。

それは魔法師だからという理由じゃない。お兄様は世界を破壊する力を持っていながら平和主義者でもあるのだから。

両者の意見を理解しながらも正しいと思う方を選ぶ。ただそれだけ。

お兄様は時折全部破壊しちゃおうかなんて発言もするけど平和主義者ったら平和主義者である。実際okが出た時以外していないのだから文句は言わせない。

お兄様は暴走スイッチが押されない限り、基本必要以上の戦闘を回避する行動を取る。

要はスイッチさえ押さなければ世界の平和は保たれる、ってことなのだけどね。

四葉を中心に魔法師を目の敵にしている輩がいるからハラハラさせられるだけ。

四葉や魔法師を排除しようとする=私を攻撃に繋がってしまうのでね。すぐにボタンが押せる状態なんですよ。

困ったね。

 

「深雪、どうかした?」

「んー、デザートを食べるべきか悩んでる」

 

最近ちょっと食べ過ぎているような気がして。作ることでストレス発散してたのだけど、作ったらその分消費しなけらばならないからね。

雫ちゃんにそう返すと、雫ちゃんから半分こで一緒に食べる提案をしてもらった。優しい!好き!!

 

「アンタたち見てると平和でいいわー」

「エリカも食べる?」

 

エリカちゃんは見てるだけで十分、と断られてしまった。

まあ今の内ですからね、こんな平和を享受できるのも。

高校三年間くらい青春させてもらいたいものだ。

気が抜けたのなら万々歳です。

ガス抜きに吉田くんは揶揄われずに済んだけど、そろそろ美月ちゃんのこと名前呼びしてもいい頃だと思いますよー。

 

 

――

 

 

「・・・お兄様、本当にするのですか?」

「深雪、そんなに不安がることはない。あとは俺に任せろ。お前はただ寝ていてくれればいいんだ」

 

お兄様、何か事件でも起こすつもりです?

怪しげなことを言ってお兄様が枕元に仕掛けるのは、お兄様の誕生日にプレゼントしたネクタイピン。

お兄様のいざという時に使用されることを期待して贈ったのだけど、まさか私に使われる時が来るとは予想もしていなかった。

・・・緊張して眠れるかどうか。

お兄様はそんな緊張する私にくすっと笑うとベッドに座らされてそっと抱きしめられる。

 

「そんなに気負うことはない。お前はただいつも通りに眠ればいい」

「でも、それでまた同じようなことになったのだとしたら」

「その対策も考えるための実験だよ。それに、お前に抱きしめられるのは役得だと思うがな」

「お、お兄様!」

 

急に色男モードになって頬を撫でるのは止めていただきたい。また眠気が遠ざかってしまう!

すり、と撫でられるだけで頬が熱くなる。

 

「今日はベッドを離しているから、もしかしたら潜り込まないかもしれないだろう?」

「そう、かもしれませんが」

 

ベッドの距離は私の身長程離れている。どうあっても転がれない距離でチャレンジするのだそう。

 

「それとも、俺の腕の中では安心できないか?」

 

・・・今は猛烈に安心できていないと答えたい。

お兄様が手を出すとかそんなことは考えてもいない。

それは原作知識云々ではなく、いくらこのようにお兄様が色男モードになっていようとも、お兄様はお兄様であって、お兄様以外になることはないのだから、妹を愛でる範囲を超えることはないのだ。それだけは勘違いしようもない。

ただ私が一人慌てているだけなのだ。

こうして抱きしめられていても、今のお兄様は妹に甘い表情と声で羞恥を煽られてしまう。

ドキドキして落ち着かない。・・・せめてストレスをため込んでいない、いつものお兄様だったならまだ心落ち着けられたのに。

 

「お兄様は時折ひどく意地悪です」

「そんな俺は嫌いかい?」

 

嫌いと言えないことがわかっていて態とそう訊ねるのだから本当にお兄様は意地悪だ。

だからたまにはちょっぴり反撃をしたくなるわけで。

お兄様の胸に顔を埋めて。

 

「・・・心配なのです。お兄様はただでさえお忙しいのに、その上寝不足の原因を傍に置くなんて」

 

ぐりぐりと頭を押し付ける。

どうだ、痛いだろう、と思ってちらっとお兄様を見上げたら、・・・あらヤダ。無表情で見下ろされているからちょっと、というかかなり怖いですね。

お兄様どこに表情落っことしてきました?その反応は想定外です。

キュッと心臓にブレーキがかかる。・・・いつも負担がかかる心臓が心配。いつも負担を掛けてすまないね。

 

「深雪は一体どこでそういうことを覚えてくるのかな」

 

そういうことってどういうことですかね?

私としてはちょっと痛い思いをしてもらいたかっただけなのだけど。

ほら、深雪ちゃんと言えばお仕置きに心臓止めちゃうお茶目さんだから。私にそこまでの踏み込みはできないけど、心臓の上からぐりぐりしたら痛いよね、って。

なのにお兄様は痛くもかゆくもないご様子。無表情だから堪えてる可能性も?

ぎゅう、と抱きしめられて頭上から大きなため息が聞こえた。

 

「お兄様、また幸せが出て行ってしまいましたよ」

「いいんだ、今吐き出さないと破裂してしまうから」

 

昨年もそんな話をしたけれど、理由が違うね。あの時はすぐに回収できるからと言っていたけれど、今は溢れんばかりにある、と。

・・・その言葉が私をキュンキュン苦しめる。

お兄様、幸せいっぱいなの。嬉しい。

喜ばしいと思うのに、苦しいです。――お兄様、これ物理的に苦しい。締まってる。

タップして腕を弛めてもらう。

力加減誤るなんて珍しいミスだ。やっぱりストレスがマシマシです?

 

「すまない」

「・・・いい言葉が聞けたので許して差し上げます」

 

お兄様のお陰で胸も体もぽかぽかだ。ちょっと体は熱すぎる気もするけれど、まあ許容範囲だろう。

 

「眠れそうか?」

「・・・頑張ります」

 

先ほどよりも手足があったまったので寝ることができそうではある。

あとは心が落ち着くだけだ。って、それが一番肝心なのだけど。

 

「寝るのに頑張るのか」

 

お兄様はくっくと笑って楽しそうですねぇ。どうしてそんなに気楽にいられるのだろう。

確かにこれだけ離れていれば転がってはいかないと思うけどね。こっちは原作の深雪ちゃんは寝ぼけて?お兄様のベッドに入っていくことがあると知っているので安心なんてこれっぽっちもできないのだけれど。

 

「深雪、異変があったら迷惑なんて考えず絶対に俺を起こすんだ。いいね?」

「わかりました」

 

パラサイドールがいつ搬入されるかわからないし、その時点で起動しているかもわからないけれど来るタイミングがわかったら動きが変わるかもしれないから。

お兄様の真剣な眼差しに応えて頷くと、お兄様は頭を撫でてから自分のベッドに向かわれた。

 

「おやすみ」

「はい、おやすみなさいませ、お兄様」

 

・・・不安だ。深雪ちゃんの愛されボディにまさかこんな欠点があったなんて。

いや、恐らくこの場合欠点ではなくある意味メリットなんだろうけども。

お兄様の為に作られたボディにまさかこんな形でラブハプニングが仕組まれていようとは。四葉は恐ろしいモノを作ったね、本当に。

絶世の美少女に無意識に求められたりしたら、どんな朴念仁でも一発で情が移るだろうから。他人だったらほとんどの確率で恋に落ちる。

お兄様も妹にそんなことをされては困るだろうけど、慕われているのだということは伝わるだろうから。

一人にでも絶対的に愛されているとわかれば、世界に繋ぎ止める枷になる。その枷があれば、遠くに離れていくこともない。

――全てはお兄様を生かすために、この世に繋ぎ止める為だけに作られた存在であり、唯一のコントローラーである存在。

それが司波深雪なのだ。

 

(責任重大だ。私に世界の命運がかかっている)

 

冗談でも何でもない。それだけの力がお兄様にはあるのだから。

だから私はけして何からも傷付けられないように己を鍛える。周囲に気を配る。

そして――世界が私だけではないのだと、お兄様の世界を広げる。

お兄様に大切な人が増えるたびに、お兄様の私が傷つけられたことによって沸き起こる破壊への衝動が、少しでも押さえつけられる理由になるはずだから。

 

(お兄様の交友関係はどんどん広がってきている。関係だって深くなってきた)

 

以前は会話なんてその場しのぎのようだったのに、今では気を許した話ができるようになった。

冗談軽口が飛びかい、年相応の顔をするようになった。

紛れ込もうとしなくても、もう自然と彼らの中に溶け込んでいた。

 

(このまま・・・ずっとこのままぬるま湯に浸っていたいけれど、来年にはきっと――)

 

ごろり、と体を横向きにする。お兄様から体ごと背けるように。

今は、余計なことは考えない。九校戦のことに集中しよう。

深呼吸をして、ゆっくりと息を吐きだして――意識は闇に呑み込まれていった。

 

 

――

 

 

目が覚めて一番に確認したのは、お兄様がどこにいるかだった。

視線を巡らせても姿が見当たらない。お兄様の姿はすでにベッドにはなかった。

そして自分を見下ろして、ほっと胸を撫でおろす。

よかった、ここは私のベッドだ。

 

「・・・だけど、昨日もそうだったのよね」

 

そうだ、昨日も自分のベッドで起きたはずだった。・・・お兄様が運んだのだそう。安心はまだ早い。

昨日と同様お兄様の匂いが残っているけど、同室で過ごしているからこれが先ほどまでのものかなんてわからない。

・・・なんか、お兄様の匂いが残ってるってすごいアレな気がするけれど、そんなんじゃない。そんなつもりは一切ない。

私は変態じゃなくて、そういう感覚に優れているだけだから。

誰に聞かせるでもないが昨日に引き続き言い訳をしながら頭を抱える。

ベッドでじたばたしていないのが不思議なくらい。・・・自分の家じゃないからね。それくらいの分別は付いているつもりだ。

・・・昨日は悶えるくらいで済ませたのでじたばたはしてないのでノーカウントでお願いします。

とりあえずいつも通りに過ごそう、と服を着替えて顔を洗ってストレッチから。

徐々に頭が覚醒していく。

今日から九校戦が本格的に始まる。生徒会役員としても、一選手としても――そしてお兄様の妹としてもサポートを頑張らねば。

今日の予定を組み立てながら体をほぐしていると汗ばんできた。今日の身体の調子も万全のようだ。

軽くシャワーで汗を流して扉を出たところでお兄様とばったり。

・・・よかった。きちんとした格好で出て。

いや、深雪ちゃんの姿で下着で出歩くなんて元々無いのだけどね。ほら、気が緩んだ姿でばったりなんてよくあるラッキースケベの一つじゃないですか。日頃から気をつけていますとも。

回避できてよかった。

 

「おはようございます、お兄様。おかえりなさいませ」

「ただいま、深雪。おはよう、よく眠れたか」

 

お兄様はすでに汗を発散させたようだけれど、米神に汗が一筋流れている。

朝から気温が上がってきているから、運動直後も相まって飛ばしても飛ばしても流れてくるんだろうね。

 

「眠れたと、思うのですが・・・お兄様はいかがでしたか?」

 

私はね、朝までぐっすりコースだったのだけど、眠ってる間の記憶なんて全く持ってないのでね、何かしでかしてもわからないわけで。

お兄様はそうか、と口にして。

 

「その話は汗を流してからでいいか」

「もちろんです。準備は整えておきましたので」

「ありがとう」

 

お兄様がバスルームに消えていくのを見送ってからはっと気づいた。

そういえば昨夜は録画機能を備えたネクタイピンがお兄様のベッドに仕掛けられていたはず。

それなりに振動が無ければ作動しない設定ではあるけれど、昨夜お兄様が作動するか確認していたから恐らくベッドに人が乗り上げる振動で動くのではないかと推測される。・・・起動してないといいのだけど。

まさかお兄様の窮地を救う手立ての一つにと思ってプレゼントしたモノが、このような使われ方をするとは思ってもみなかった。

前世のオタク心を出したのが悪かったのか。大抵私のミスはそこが理由な気がしてきた。入学前の下着事件とかね。

己の欲を出さず、お兄様の幸せのために動けばこんなことにはきっとなって――ないことはないか。うん。考えたけど、これはおそらく原作強制ルートだ。

それに、逃れようとしてもお兄様のラッキースケベの呪いは必要以上に彼に襲い掛かるのだから。

いや、今回のことに限って言えば私の四葉の呪いが原因か。深雪ちゃんの身体がお兄様を求めてしまうというDNAに仕組まれた私のプログラム。

・・・困ったね。自分の意思ではどうにもできないということ?

恐ろしき原作の強制力に、恐ろしき四葉の技術結晶。これをどうやって避ければいいというのか。

お兄様にとってはただの妹の奇行としか映らないだろうけど、健全な体を持つお兄様の負担にはなるのだろうから避けられることなら避けたい。避けてあげたい。

 

(今回は不安要素が多いな)

 

特に今回は強制力が働き過ぎている気がする。原作から遠ざけるタイミングが早すぎたからかな。

お兄様の業務の負担を皆に分散したつもりだったけれど、結局のところお兄様が新たに仕事を見つけては手を差し伸べてしまわれるので仕事量は減っていないように思う。

お兄様回遊魚かな。動いてないと死んじゃう?

学生内でお兄様が嫌悪対象ではないことによって、話しかける人が増えたことも要因か。いいことのはずなのだけど、それでお兄様が相談を受けて案を考えてしまう時点で仕事が増えている。

九校戦関連についてだけならハードワークだけれど、これだけならまだ許容範囲は越えていないように思う。

問題は、お兄様を悩ませるパラサイドールの実験だ。

本来であればお兄様は全くの無関係であり、何処からの依頼も受けてなどいないのだからお兄様が対処する理由などどこにもない。

四葉は新兵器として興味はあるみたいだけれど、これをどうこうしろという依頼は来ていないようだった。

彼らがしたいのは強硬派の鎮静化だ。

独立魔装大隊が藤林さんを使ってお兄様を動かすつもりならばと、ついでにこっちの用事も片しちゃおう♪軍のことなんだから後始末はそっちに任せるね、と強硬派に責任をなすりつけをされそうだった独立魔装大隊に押し付けちゃう辺り、叔母様とんでもない策士だ。

一つの石で何匹もの獲物を撃ち落とす。

でもこれって結果だけ見ると、お兄様が所属する部隊を守りつつ、危険分子も片付けてしまえってことになるんだよね。

分かりづらいけど叔母様悪役ムーブしていてもお兄様の為にも繋がってるんだよね。これも一種のツンデレです?

流石四葉。フォローの入れ方も複雑怪奇。愛が伝わらない。・・・本人自覚してない説?・・・まさかね。

軍の方でも、初めこそお兄様に何かをさせるつもりはなかった。

軍にとってお兄様は劇薬だ。取扱注意の最強兵器。

お兄様の部隊のトップの佐伯さん、佐伯閣下?はきちんとお兄様がどういう存在か理解して、危険視しながら慎重に登用するよう心掛けているようだ。十師族の中でも四葉だもんね。慎重にならざるを得ない。

だが、お兄様という存在こそ知らないまでも最終兵器があることをなんとなく気付いている強硬派は、それを利用し、国を守るために、この勢いに乗じて大亜連合を潰したいと思っているようだけど、強い兵器を使うことが世界平和に繋がるならとっくに世界は争いが無くなっている。

抑止力としてはまだしも、使い方を間違えてはいけない。魔法師の十三使徒は正にそのためのもの。

秩序が布かれることによって、ルールを守る意思によって形上平和が保たれるのだ。

こんな小さな国の内部で足並み崩して抜け駆けなど考えている時点で、うまくいくはずがない。

まずは何事も根回しが必要だと、なぜわからないのか。

軍のように縦社会の文化が色濃く残るところは、いつの時代も変化を嫌うものだからね。石頭が多くて頑固者ばかりが仕切っている現状。

柔軟な考えを持てるだけの余白が無い大人たちが多い職場です。

兵器とは時に暴発することもあるのだと知っている佐伯さんは、お兄様の使用に酷く慎重だ。だからこそ、強硬派の策には特に賛同できない。罪を擦り付けられるなんて許せるはずも無い。

だから四葉(この場合はお兄様になるわけだ)が、彼らを止めることを黙認することにした。

部下を使って情報を流させ、名を使わせずに利用する。――十師族、その中でも影響力の強い九島と軍との関係を少しでも引き離すために。

 

(ああ、やだやだ。いろんな思惑が絡んでくる)

 

というか九島閣下はこの実験で、どういう流れを望んだのだろう?パラサイドールが確かな実力があると証明したいならこんなところで高校生相手にする必要は無い。

イレギュラーの起こりそうな自然体のままの学生たちを使って実験をしたかった?暴走しないことを証明したかった?

お兄様が止めなかったら最悪、本体を失ったパラサイトが暴走して大会どころではない大事件が起こるところだった。

学生たちがパラサイトの倒し方を知るはずないから、止めるとしたら破壊するしかない。

その後どうなるかと言えば。器を失ったパラサイトが抜け出し、誰彼構わず憑依する。

ここに集まるのは魔法師たち。パラサイトにとっては憑依できるかもしれない依り代がたくさんいるのだ。これほど都合のいい展開もないだろう。

16体ものパラサイトが純粋なる祈りが多く集う九校戦という会場内で、その願いに惹かれ人の身体を乗っ取って『優勝』を目指して争い始める――かもしれない。

彼らはルールなんて知ったところで縛られない。勝つことに拘って大暴れでもするのかな。

目的の九校戦が無くなったその後はどうなるのだろう。ここには魔法師を利用する人間に対して不満を抱いている子供たちは少ないだろうから、そこからは平和に――なるのだろうか。

彼らの目的は仲間を増やすことにあるというのだから、魔法師が次々狙われて乗っ取られていく?そうしたら――最終的にどうなるというのか。

想像もつかないが、彼らが仲間を増やすということはそれだけ、宿主に選ばれた人は自我を失う、死に繋がってしまうのだから虐殺に変わりはない。

コントロール下にあるパラサイドールじゃないんだから、九島にコントロールされることは無くなるだろうから手綱を握り直すことは不可能。

コントロールを離れた兵器(パラサイト)がどうなるか。結局のところ処分一択になるのは想像に難くない。

もし、運よく回収できたところで欠陥品の再利用なんてできるはずもない。

乗っ取られた生徒の生死など二の次で事態を早急に収拾しなければならないのだから世間からの非難も必至。

 

この実験は初めから破綻していたのだ。

 

全てはお兄様が彼らを止めるために用意された駒――神の用意した試練。

結局のところ、放たれてしまえばどうあっても避けられない衝突だということ。

だからせめて、私ができるのは万全の状態を整えることなのだけど、・・・それが今、一番難しい。

それも、原因が自身だというのだから、頭も痛くなる。

 

「深雪?どこか痛むのかい」

「!!いえ、大丈夫です」

 

思考の海に呑まれていたらしい。お兄様がいつの間にかシャワーを終わられて傍にまで来ていたことに気付かないなんて。

 

「・・・いえ、今からお話を聞くことについて考えていたら頭が痛くて」

 

反射的に大丈夫と答えていたけれど、嘘はよくない。正直に答えると、お兄様は眉を下げて頬を掻く。

その眼差しに・・・一気に高まる不安感。

お兄様の表情に私を安心させる要素が見当たらない。あるのは心配と同情か。

 

「そうだね。お前には聞きたくない話かもしれないが」

 

お兄様は前置きをしてから私の隣に腰かけて。

絶望的な結果を報告する。

 

 

――

 

 

「距離は関係なかったようだ」

 

つまり。

 

「時刻は3時を回る前だった。一番気温の下がる時刻だな」

 

・・・・・・・・・。

 

「・・・私はまた、お兄様の眠りを妨げたということですね」

「昨日のことがあったから心構えができていた分、すぐに二度寝ができたから問題ない」

「二度、寝?ですか」

「多分起きて正味5分くらいだったんじゃないか?」

 

美少女だろうと抱きつかれて5分で睡眠って・・・妹相手だからとはいえお兄様どんな頑丈な理性をお持ちで?

でもお兄様が寝られたというのならいい、のかな?

 

(いやいやいや!しっかりしろ自分!!)

 

「そ、そういう問題ではありません!お、お兄様のベッドに忍び込むだなんて、そ、そんなは、破廉恥なっ」

「・・・破廉恥って、俺たちは兄妹だぞ。何が問題なんだ」

 

そんな、何でもないことのように言うけど大問題だよ!?え?違うの??

お兄様が平然と返すから私がおかしいのかという気になってきたけど、違うよね?お兄様、兄妹だったら何してもいいわけじゃないですからね?

 

「いつもハグしているだろう」

 

何が違う?と堂々おっしゃってるけど、昼間の立ってするハグとベッドの中で横になってするハグは大いに違うでしょう?!

 

「寒くて眠れない妹を温めてあげられて安眠を守ってやれたのなら兄としてこれ以上ない仕事だろう」

 

・・・兄の仕事って何ですかね?それってせいぜい幼少期までしか許されないのでは?

 

「幼少期にはしてあげられなかったからな」

 

まあ、当時はそんな関係ではなかったからね。

それはそれとして――先ほどから私口を開いてない気がするのだけどなんで会話が成立しているのだろう?

 

「今の深雪は何を言いたいのか見るだけでわかるよ」

 

苦笑しつつも、事も無げに答えるお兄様。

だから、口に出してないのになぜ会話が成立してるの?

見てるだけで言いたいことがわかるって、それは困る!

というかお兄様、やっぱりおかしくなってる!このおかしな思考ってあの時と同じだ。ハロウィンの、一緒に寝ようとしたお兄様、再来してるよ!

 

「お兄様、お兄様は今大変お疲れなのです。休んでくださいませ」

「深雪、俺なら十分休めているよ。お前を抱いて眠れるなんて、これほどの癒しはない」

 

あああ!ほらだめだ!態度が普段と変わりなさ過ぎて気づけなかった。お兄様はとっくに限界を迎えられていたのだ。

どうしよう、これから九校戦が始まる。今すぐにお兄様をお休みさせることなんてできない。

できるとしたらお昼か全種目が終わった後だけれど、それでも調整の仕事は残っている。それが終われば皆で集まって雑談する予定だったけれど、今日はそれを初めからキャンセルさせてもらって――

 

「俺が疲れているというのなら、このまま一緒に眠るか?」

 

急に抱きしめられたかと思うと腕に引き倒されて二人ベッドに横になった。

 

「お、お兄様!」

「ふっ、ドキドキしているね」

 

いやするよ!こんな至近距離で推しの顔を見ながら抱きしめられて、しかもベッドの上でなんて、ドキドキしない方がおかしい。

柔らかく笑われるお兄様の顔なんて、もう破壊力が抜群すぎて頭が白紙化されそうになるけれど、頑張れ私!このまま負けちゃいけない!

 

「それはとても魅力的なお誘いではありますけれど、今日の予定を完遂した後にもできますでしょう?」

「流石に九校戦をすっぽかすのは良くないか」

 

良くないどころかヤバいですよ。良かった。最悪の事態は回避できそう。

お兄様の重い腕を逃れるには、引くよりも押す方が早いことを私は知っている。

恥ずかしいけれど、これもお兄様と安全に(・・・)離れる為だ。

お兄様の胸板に擦り寄ってより身を密着させると、お兄様お腕がより強く私の身体を抱きしめる。

 

「今日を乗り切るための最後のエネルギーチャージです」

「なら、たっぷり補給しないといけないな」

 

・・・でも、ベッドの上で二人抱き合うのはよろしくないなぁ。心臓さん、いつも以上に苦労と負担を強いてしまって申し訳ない。頑張って!

 

 

――

 

 

なんだろう、私的にはたっぷり寝たはずなのに朝からすごい疲労感。

理由はもちろんわかってますけどね。心臓があれだけ全力疾走したのです。疲労しない方がおかしい。

ちなみに私が午前三時に取ったという行動についてはっきりと教えてはもらえなかった。

映像があるのでは、とも踏み込んでみたのだけれど上手く撮れていなかったそうだ。

やっぱり衝撃が大きくなかったからカメラが作動しなかったのかな。軽くでもぶつかるほどの衝撃が必要だからね。

残念なようなほっとしたような。できれば見たくはないからね。内容を知りはしたいけど。

しかし・・・起き上がって歩いてでもお兄様の元へ行ってベッドに潜り込むなんて、そんな行動取ればいくら何でも少しくらい記憶が残りそうなものなのに、寝ぼけた記憶すらないなんて。

それに、お兄様のお話だと、どうやら抱きしめられたりしているようなのだけど、そちらも当然記憶にない。

お兄様に触れられる分には危険が無いから危機察知能力が反応しないとか?あり得る。なんせ深雪ちゃんボディなもんで。

――さて、考えてもどうしようもないことは後回しだ。

今年は選手としてだけでなく生徒会役員として精力的に選手サイドの中心で活動しているので、エリカちゃん達と一緒に観戦とはいかなかった。

お兄様もエンジニアとして行動しているので一緒に居られたのは朝だけ。

・・・むしろ今は一緒じゃなくて助かっている。あのままの状態のお兄様といたら、周囲の目があってもおかしな行動を取られてもおかしくなかったから。

一応朝のハグで普通に戻ったのだけどね。

いつまたストレスが溜まって大変なことになるかわかったものではない。それくらいお兄様は疲労を抱えている。気をつけねば。

お昼になって皆で集まって食事をした際にはすでにそこそこため込んでいるのか、ちょっと心配して見つめてしまったらデザートを欲しがっているのかと勘違いされて、お兄様のセットに付いてきた杏仁豆腐を二口ほど食べさせられた。

美味しい。美味しいけどそうじゃない。

ほのかちゃんに羨ましがられ、雫ちゃんにもプリンを分けられ、それなりな騒ぎになった。

一高生のBGMがですね、響いてましたね。近くで食べてた他校の皆様、騒がせて申し訳ない。

これはやっぱり今夜こそゆっくり休んでもらった方が良さそうだ。何か策を立てないと。

 

「・・・ねえ、達也君さ」

 

もしかして、とエリカちゃんがこそこそっと耳元で。

本当に勘のいい、というかそれだけ人を見ているってことなんだろうけど、正解です。

 

「エリカも気づいた?兄さん自覚ないみたいだけど、多分オーバーワークなんだと思う」

「あ~、やっぱり?普通あれだけの仕事たった一人でこなせないよね」

 

こそこそと話していても仲間内には聞こえるわけで。ほのかちゃんがお兄様にアタックしている間雫ちゃんもこっちに参戦。

 

「達也さん、中条会長の二倍は調整に携わってる。担当選手以外にも面倒見てた」

「それだけじゃなく、準備も指揮もしてたりするから」

「そりゃあ、あの超人達也もおかしくもなるわな」

 

皆もお兄様の様子がおかしいことに気付いてくれたみたい。優しい!

昔は何を考えてるかわからん!って感じだったけど、今ではこうしてお兄様を心配してくれる。

密かに感動していると、エリカちゃんが半眼で。

 

「いや、気づくわよ。あの無自覚たらし事件再来じゃない」

 

あ、そうだったね。・・・そうでした。お兄様前科持ちでした。

警戒による察知だった。それでも、気づいてもらえることは嬉しいけどね。

 

「そういうわけで、今夜予定していたお茶会だけど、顔を出すくらいで下がろうかと思って」

「そうねー。全く顔を出さずに、だと誰かさんの士気が下がっちゃうだろうから出した方が良いんでしょうね」

 

ああ、『ほ』の付く女の子のことですね。やる気が左右されますから。

エリカちゃん、本当に何でもお見通し。怖いくらいだよ。

 

「場所は去年みたいに室内じゃなくて、作業車の横でしようかと思っているの」

「ああ、この辺夜は東京と違って涼しいもんな」

「外でお茶会だと、去年のバーベキューを思い出しますね」

「ふふ、そうね」

 

あれは楽しい思い出だった。

皆と部屋でわいわいもいいけど、野外はまた違った楽しみがあると教えてくれた。

 

「あそこならピクシーもいるから給仕もしてもらえるし、片付けも心配いらないから」

 

あの子は3Hとしての機能もばっちりだから。皆でわいわいお片しするのもいいけど、やってもらえるならやってもらった方が楽ではあるからね。

そんなわけで、お兄様の繁忙期が終わるまで、お茶会は顔出し程度。最後まで参加しないことを伝えると皆は快く受け入れてくれた。

私たちが今日からの大会後の予定を話している間ずっと行われていたほのかちゃんのデザート食べさせてほしい、もしくは食べてもらいたい作戦は残念ながら失敗した模様。

でもその間構って貰えたことは嬉しかったのか、しょんぼりのしょん、程度。

ほのかちゃんは雫ちゃんに慰めてもらってた。私も、ナイストライだったよ、と心の中でサムズアップ。

 

「深雪」

 

お兄様は普段と変わらない様子で私の元に。可愛い女の子からのアタックをのらりくらりと躱していつも通りに装えるとは。

お兄様だとて何も感じていないわけではないのだけど、その感情を表に出すことは良くないとでも思っているのかな。

とりあえずお兄様がいつも通り過ごしたいなら突く必要も無い。

 

「午後の部も乗り切りましょう」

「そうだな」

 

いつもよりちょっと近い距離で微笑み合う。お兄様、もしかしてだけど九校戦の準備云々だけでなく、こういう人付き合いのところの方が疲れを蓄積されていた原因になっていたのだろうか。

可愛い子とのイチャイチャが癒しにならないとは、お兄様は何と不幸な星の下に生まれたものだ。

少し可哀想になって肩に頭を寄せていた。

 

「珍しいね、深雪からなんて」

「偶にはこういうこともありでしょう」

 

その頭を撫でるお兄様は頬を綻ばせていて、それがまたほっこりとした気分にさせてくれる。

 

「偶にはじゃなくいつもこうして甘えてくれていいのに」

「こういうのは偶にだからいいのよ」

 

軽口を叩いてすぐに離れたのは、お互い時間がないことを理解していたから。

うん、まだ冷静な判断ができているようで安心しました。この調子が夜までもつといいのだけど。

 

 

――

 

 

夕食を一高生徒全員で賑やかに終え、幹部たちが集まっての反省会。

原作では皆お通夜モードとはいかないまでも緊張感漂う雰囲気で始まるはずだったのだけど、ここにそこまでの緊張感はない。

何故ならロアー・アンド・ガンナーペアの成績が一高男子三位だったのが、一位は流石に七高に奪われているが二位になっていたからだ。

おかげで総合一位との点差は開いていない。

あの海の七高に善戦できているだけでも十分良い結果と言えよう。

特訓の成果が出たのかな。皆で色々研究もしたからね。

雫ちゃんの出場しているアイスピラーズブレイクも余裕で予選を突破していた。

はっきり言って七高は水の競技に関しては強みがあるが、そこ以外は平均的。よってそこまで脅威ではないのだ。

目下、ライバルは一条君と吉祥寺君率いる三高だ。彼らの実力は昨年の新人戦で嫌というほど実感させられた。

対してこちらは主力の先輩方がこぞって抜けたのだ。

いくら隠れ十師族の私たち兄妹がいたとしても、この差は大きい・・・はずだったのだけど、今回は接戦どころかこの時点ではあるが、点差が開いている。

新競技に彼らも苦戦させられている模様。作戦が上手くはまっていないようだった。

おかげで私たち一高は七高に続いて二位。

もちろん、三高、七高だけでなく他校相手にも油断などはしないのだけど。

 

「このまま勝ち星が七高に取られたとしても、次いでうちが取れるならこれ以上ない戦績だな」

 

私がいくら原作を知っていようとも、結果が全てイコールとはならない。

最終的に総合優勝さえ取れれば細かなところは恐らく、強制力、修正力といった力は発動しない。

スティープルチェース・クロスカントリーはそのための調整競技に思われた。

だから今回の大会に関しては原作の流れにない働きを、と積極的に一生徒として精力的に動いてみた。

もちろんすべてはお兄様の為なのだけど、その結果付随して余裕ある優勝を狙ってもいいではないか、と。

選手たちの地力を上げて、俄かでも知識を詰め込んで、ありとあらゆる事態を想定して。

だけどそれでも、新競技は先が読みづらかった。

どんな工夫を他校がしているのか、どんな作戦で来るのか、原作に全て書かれているわけでもないし、深雪ちゃんの頭脳は優秀でも、前世の私の脳内は好きなキャラ以外の記憶はそこまで色濃く残っていない。

つまりそこまでのアドバンテージはないのだ。

だからといって流れに身を任せれば何とかなるでしょう、なんて無責任なことをしていいわけもないので、深雪ちゃんのあらゆる能力を駆使して、選手たちを鍛えてきたつもりだ。

気分は体育祭実行委員。規模は違えど、自身の学校を勝たせるために精一杯できることはやってきた。

せっかくの深雪ちゃんのポテンシャルを生かさない手はないと惜しみなく協力してみましたとも!

新競技はほとんど映像資料が無かったから、先を読みようが無かったので不安な面も大きかったけれど、その状態でこれだけの戦果が残せている。かなりいい出だしと言えよう。

・・・とはいえ油断ができるほど気は緩ませないようにしないと。まだ今日は初日なのだから。

明日はロアガンのソロだが、今日の試合運びを見る限り七高はかなりこの競技にかけてきているようで、客観的に見て一位を取れるかは正直難しいのではないかと思われた。

実際勝負をしてみないことにはわからないことではあるのだが、こればかりは地の利があったように思う。

 

「やっぱりさ、司波くんはロアガンのソロを担当した方がよかったんじゃない?司波さんなら誰が担当したって優勝するんだろうし」

 

(あらぁ。それ、やっぱり言っちゃいます?)

 

原作でも飛び出した花音先輩のセリフだ。

ロアガンソロはアイスピラーズブレイクソロと日にちが重なっていて、どちらかしか担当できない。どうせなら勝ちが確定している私より不安要素のあるロアガンの方に、優勝製造機のお兄様を回した方が良いのではないかという案だ。

もちろん花音先輩に悪気がないことはわかっている。

今更変更なんてしないだろうと、不満を乗せて言っているのはお兄様にどうしても嫌味をぶつけたかったから。

自分は傍に居られないのに、お兄様は先輩の愛する婚約者様とずっと一緒だからね。ずるい!という気持ちが抑えきれなかったのだろう。

はけ口として納得できないことも無い。ただ当てつけついでに言ってみただけ、といったところか。

純粋に一高の優勝を狙うなら、どんな競技でも勝ち星を挙げているお兄様が担当した方が勝率が上がるのでは、との考えも含めて。

筋は通っているのだけれど、それを言うことが正しかったかと言われると、それは残念ながら否、だった。

瞬間、最近覚えたての凍てつく波動が室内を襲う。

 

「兄さん」

 

はたして私の声で止まってくれるだろうか。

ハラハラしながら、前のやり取りが脳内に過る。

 

 

――

 

 

いえね、それ実は私もひと月前に提案したことなんですよ。

お兄様にくっついてCADの調整の基礎はできるようになっていた私は、当日のスケジュールから、お兄様にとてつもない負担がかかる日程になっていることに気が付いて、自らの調整くらい自分でしようか、と提案させていただいたのだ。

他人にしてもらうのは、お兄様が不安に思うだろうから、私が一人でやってみると。

やるのは当日の調整だけで、その前にお兄様に調整をしてもらえれば十分問題ないはずだ、と。

・・・その時のお兄様の絶望の色を宿した瞳が、今も忘れられない。表情は能面のようなのにその瞳は雄弁に語っていた。

 

 

――もう、俺を必要とはしてくれないのか?

 

 

声に出されずとも、お兄様が言っていることが伝わってくるような、そんな訴える目をしていた。

そして私は即行で提案を取り下げた。

お兄様を頼ることを避けているわけじゃない。ただ、たくさんの仕事を抱え忙しそうだったから私の調整はしなくていいと伝えたつもりだったけれど、それがかえって負担になるというのなら、お兄様にお任せしようではないか。

お兄様の負担の一つを減らしたくて提案しただけだけれど、お兄様にとって私のCADの調整は他人どころか妹でさえ任せたくないらしいのか、とちょっと驚いたのも事実。

 

「深雪を信用していないわけではないんだ。それは誤解しないでほしい」

 

そうなの?ちょっと驚いたけど、それならそれで構わないのだけど。たいして気にしたわけでもない。

お兄様がしたいと言うなら、多少無茶なスケジュールでもやり遂げるだろう、とそっちの方が気になっていたから。

お兄様がお忙しくなってしまうけれど、お兄様にも譲れないことがある。妹のことなら特にそうなるのも理解できる。

だからこの案は無かったことに、とそれ以上会話に上ることはなかったのだけど、以降しばらくお兄様は私が一人で地下室に近づくことに警戒していた。

家の地下室にはお兄様に調節してもらう以外で入ることはないのに、ただ前を通るだけでじっと見つめられたのは少し肝が冷えた。

申し訳ない。あの提案がそこまで心配?警戒?されることだと思わなかったのだ。

後日理由を伺うと・・・お兄様、あの一件もトラウマ案件になっていた。

 

「普段だったらまだ構わないのだが、九校戦は前回のことがあるからな」

 

普段は構わないと言いながらも家の地下室へ行くのを警戒しているのは矛盾ですよ、なんて指摘はしない。

トラウマは徐々に時間を掛けて癒していかないといけないものだから。

・・・でもそれって普通の人なら時間経過で癒えるけど、絶対記憶を持っているお兄様に忘却という対処法は効かないのでは?

時間経過以外でお兄様の心の傷が癒されるとしたら成功例で失敗例を上書きすることくらいしかないけど、お兄様が全て管理されてしまうと成功例で上書きなんてできないんじゃない?

・・・これ以上お兄様のトラウマを増やさないようにしなければ、と改めて誓ったのだった。

 

 

――

 

時を戻して。

 

「兄さん」

 

声を掛けたことでお兄様は花音先輩に向かって放っていたプレッシャーを抑えた。

完全に引っ込めていないのは、この場がトラウマを作った九校戦の敷地内であることも関係しているのだろう。

でもよかった。少し落ち着きは取り戻したよう。

 

「兄さん、大丈夫だから」

 

もう一度声を掛けると、お兄様は目を閉じて剣呑な気配を引っ込めた。

去年のあの事件を詳しく知っているのは十文字先輩と渡辺先輩、そして七草先輩のみなのだから、ちょっとした軽口でお兄様がこの状態になってしまうことなど誰も予測できなかっただろう。

 

「先輩、すみません。以前私のCADに細工をされて以来、私の調整を人に任せられなくなってしまって」

 

九校戦で起きた事件だとは言わないけれど、出来事自体は素直に話しておいても問題ないことだからペロッとしゃべる。

こんなところで変に蟠り残してもしょうがないからね。

お兄様は別段、ジョークが通用しない人間ではないのだ。妹に関して以外なら、と注釈が付くだけで。

軽く冗談交じりで言った先輩には変に緊張させてしまって申し訳ない。

そう謝罪すると、先輩はばつが悪そうに、けれどちゃんと謝ってくれた。花音先輩は思い付きで口や行動に出ちゃうけど、悪気はないのだ。

それにきっと先輩だけじゃない。他にも同じことを考えていた人はいるはずだ。私のそのうちの一人だったし。

 

「それにしても、司波さんって本当、いろんな事件に巻き込まれるのね」

 

ん?ああ。花音先輩にとっては九校戦のバス移動の話も私が影響しているんじゃないかって、当時も疑ってたっけ。

私たちが入学する前の一高は小さな学生間トラブルがあったかくらいだったからね。私たちをトラブルメーカーと捉えている節がある。

ほぼ正解です。神がお兄様の為にご用意した極上のトラブルたちですので。

私が、ではなくお兄様が、と訂正できないのが悔やまれる。

 

「私たちはただ穏やかに暮らしていたいのですけれど、どうにも星の巡り合わせが良くないみたいで」

 

四葉に生まれた時点で逃れられない運命です。

でも改めて言われるとほんとにね。

こんなに平穏な暮らしを望んでいるのにトラブルばかりが舞い込む。いやになるったら。

 

「ですけど先輩、冗談でも兄にこれ以上の仕事をさせないでください。いくら頼りになる兄でも、すでにオーバーワークです。一高の優勝のためとはいえ、これ以上仕事を増やして兄が倒れたら、それこそピンチになってしまいますよ」

「そ、そうですよ!ただでさえ二人とも働き過ぎてるんですから、これ以上この二人ばかりに仕事を押し付けちゃダメです!」

 

あら、中条会長が珍しく注意をしている。可愛い。

頬を膨らませて腰に手を当てて、なんて普通ならあざとく映るだろうに、先輩がやるとただただ可愛い。語彙力が解ける。かわいい。

でも、お兄様が忙しいのはわかるけれど、私はそこまで忙しくしていないのに。

あれかな。いろんな競技に顔出したからそう思われてる?

 

「今大会、司波さんの纏めてくれた各競技のレポートはとても役に立った。良く分析されていて、参考になった」

「それぞれの手配も補充をマメに行ってくれたおかげで物資が足りないこともなくて助かりました」

 

私たちもそこまで手が回らなくて、と会長始め皆さん褒め上手。お役に立てたのならなにより。

と、空気が和んだところでずっと黙っていたお兄様も参戦。

 

「今日の様子を見た感じでは、一周目の練習走行が成績を大きく左右するようです。その辺りをペアの選手からソロの選手にアドバイスをしてもらうだけでも違うのではないでしょうか」

 

参謀としてのお仕事をきっちりこなしてますね、話の流れをぶった切って軌道修正。

本来の作戦会議に戻りました。雑談ばかりして申し訳ございませんでした。

凍てついた空気を入れ替えすぎましたね。慌てて作戦会議に戻り、明日の計画を立てた。

 

 

――

 

 

 

会議の内容は会長たちが通達するというので、私たちは皆で集まろうと話していた作業車に向かっていた。

 

「深雪は、随分と精力的に動いていたんだね」

「兄さんには負けるわ」

 

周囲には疎らに人がいて、皆一度はこちらを見る。

今年は恋人の振りはしていないので去年のようにくっついてはいない。おかげで去年のような気まずさが無い分気楽でいい。

しかし、お兄様の言葉はそのままそっくりお返しさせていただきたい。

私がしたことと言えば先ほど話に出たことくらいしかしていない。それもほぼ大会前に終わっている。

比べてお兄様は選手たちの特性から何から全てチェックし、それに合わせた作戦を立て、CADの調整から指導までを行っている。

明らかに一人の仕事量ではない。大会中もメンテナンスや、作戦の変更だったりとまだまだ作業がある模様。

その上パラサイドール問題に手を延ばそうとするのだから、お兄様の疲労はかなりのもののはずなのに。

お兄様自身がその事実に全く気付いていない。

 

「あまり無理はしないで。なんでも一人でやることは無いのだから」

 

この言葉はこのひと月で何度もお兄様に伝えているのだけれど、あまり効果はない。

わかったよ、とかありがとな、とか返ってくるけれど一向に改善されることが無かった。

相変わらず親しくない人に頼ることが苦手のようだ。

これが親しくなるとガンガン頼みごとをするのだけどね。あ、でも利用する時は親しくなくても関係ないか。

だから生徒会副会長として、行く先々で選手たちに自身でできることをと役割を分散させてきたつもりだったけれど、現状を見るに大した効果はなく、原作同様お兄様の疲労は着々とピークに近づいているようだった。

服部会頭にもお願いしていたんだけどね。生徒の自主性を尊重するように、お兄様ばかりに任せないようにと。

残念ながら先輩の手が届く前に、優秀なお兄様が先回りしてしまっていたようだけど。

見た目には普段通りに見えなくもないけれど、万全でないことは誰よりもわかっている。

ずっと、お兄様を見てきたのだ。

一ミリの違いにだって気付くこの深雪ちゃんの目を以てしてみれば、お兄様がいかに疲れた表情をされているかが一目瞭然だった。

・・・むしろなぜ今回に限ってこの状態になるまで気づけなかったのか、後悔しかない。じっと見れば簡単に気づけたのに。

お兄様の妹としてとても悔しく思うけど、もうここまで来てしまって悔いても仕方ない。

今からでもできることをせねば。

作業車のところに着けば、すでに椅子とテーブルが用意されていた。ホテル側に前もって予約しておいたのでセッティングまでしてくれたらしい。

これから閉会式前日までレンタル予定なのでセッティングしてもらえたのは今日だけだろうけど、サービスが良い。

すでに私たち以外はほぼ到着していてピクシーが給仕をしていた。

 

「あ!達也さんお疲れ様です。先に始めてます!」

「深雪もお疲れ様」

 

ほのかちゃんと雫ちゃんは本当にいいコンビだねぇ。

美月ちゃんと吉田くん、それに水波ちゃんとケント君がちょこんと座っていた。

一年生コンビも可愛い。水波ちゃんは彼らとは何度か会っているので紹介してあげてたのかな、ちょっとお姉さんな雰囲気を醸しておしゃべりをしていた。めっちゃ可愛い。ケント君は皆の弟って感じの可愛さがある。可愛い。

彼とは、一年生ながらエンジニアとして参加しているので生徒会役員として挨拶は済んでいる。

新歓が初対面であるけれどあの時は挨拶どころじゃなかったからね。

 

「あら、エリカと西城くんはまだなの?」

「あ、それが、エリカちゃん野暮用があるとかで今日はパス、だそうです」

「レオは僕の方から声を掛けたんだけど、まだ来てないね」

 

ああ、ローゼン絡みだっけ。何と言うか、エリカちゃんのお家事情も複雑だね。

こちらについてはノータッチで。エリカちゃん達はきちんと自分たちで何とか出来ることを知っている。

せいぜい彼女たちのストレス発散には付き合ってあげたいとは思う。それくらいしか力になってあげられないから。

 

「あの、西城先輩でしたらここに来る途中でお見掛けしましたが」

 

ケント君は西城くんのことをどこで知ったのだろう?お兄様の近くにいるからケント君が知っていてもおかしくはない、のか?

いや、シールドダウンの選手ではなく練習相手としてエリカちゃんと二人、かなり活躍していた。一年生の中で噂になっていてもおかしくなかった。

彼らの活躍も、二科生でも実力があると知らしめる良い切っ掛けになっていた。容姿も手伝って目立つ二人組でしたから。

顔を合わせるだけで痴話げんかになっていたのも有名になったんじゃないかな。ふふ、青春だね。

 

「ロビーでローゼン日本支社長に呼び止められていましたよ」

「ローゼンの?」

 

お兄様と吉田くんが顔を見合わせる。

一瞬のことだからおかしく映ることではないけど、二人の脳裏にはとある情報が過っただろうからね。

 

「ええ、あの人は間違いなくエルンスト・ローゼンでした」

 

この会場には有名人が多く、青田買いに走る起業家もいたりする。

だから九校戦会場付近だったり、ホテルでは大人が学生に話しかけるシーンはそれなりに見かける。

その中でもその人物は大物だろうからケント君が興奮気味にお兄様に報告するのも肯ける。・・・今年出場しない学生に話しかけるのは稀だろうけどね。

ケント君はほめてほめて、と言わんばかりの笑顔。これは愛でたくなるね。お兄様撫でないのです?

 

「西城先輩、なんだか迷惑そうな顔をしてましたけど」

「俺がなんだって?」

 

ケント君が追加情報を伝えていたら、ご本人が登場。

お疲れ様です西城くん。ただタイミングがタイミングだっただけにケント君がぴゃっ、て飛び上がっちゃってます。可愛い。

やっぱり中条会長の男の子版って感じで小動物感がとってもグッド。

と、見つめていたら隣からツンツンと。どうしたの雫ちゃん。

 

「深雪、撫でたいなら代わりに撫でさせてあげる」

 

・・・・・・欲求に気づかれていたことに羞恥が襲うけど、それよりも先に手が撫でてましたよね。ありがとう雫ちゃん。でもね。

 

「代わりなんてとんでもないわ。雫を撫でるのに理由なんていくらでもあるもの。今日はお疲れ様。全く危なげない試合運びだったわね」

「深雪が練習相手になってくれてたから」

 

あら嬉しいことを言ってくれる。撫でるだけに飽き足らず、ハグをさせてもらった。

ら、西城くんたちとお話ししていたお兄様が隣から低めの声で名を呼ばれた。

 

「深雪」

「どうかした、兄さん?」

 

ゆっくり雫ちゃんの体を離すと、お兄様から恨めしそうな視線が。

 

「俺も我慢しているんだが、雫ばかりずるくないか」

 

まあ。ちょっぴり拗ねも入ってます。

でもそれだけならかわいく見えるはずなのに、そう見えないのはお色気モードになりかけているからですね。危険です。

・・・周囲からの痛い視線がこちらに向かっています。

あ、一年生ズは違うよ。ケント君はきょとりとお兄様を見つめ、水波ちゃんはじとりとお兄様を見つめています。両極端。

 

「しかたないわね。疲れてるみたいだし、今日はこのまま兄さんを部屋に送ってくるわ」

 

いくら公然の秘密となっていようとも、一緒に部屋に戻るというのはまずいだろうからね、そういうことにしておいて、と皆を見れば皆心得ているとばかりに頷いた。

理解ある仲間たちで助かります。

 

「達也さん、疲れてるんなら無理してないですぐ休んで」

「あ、あの!明日もよろしくお願いします!」

「俺らのことは気にすんな、適当にしとくから」

「水波ちゃん、後片付けはピクシーに任せていいから」

「・・・深雪姉様、私も行きましょうか?」

「大丈夫よ、今日は早く休むから」

 

水波ちゃんが心配して付いてきたそうだったけれど、お兄様の横に立って手を振る。その申し出は大変ありがたいのだけれどね。

少し早いけれどおやすみの挨拶をして別れた。

そんな中でもお兄様はピクシーにサスペンドモードに移行する前までに何かあったら連絡を入れるように指示をしていた。

パラサイドールの案件はこんな状態であってもお兄様には気にすることなのだ。

 

 

――

 

 

部屋に戻ると、ここまでの道のりでほぼ相槌しか打っていなかったお兄様に背後からがっちり抱きしめられた。

 

「向かい合わずによろしいのですか?」

「待てなかった」

 

・・・そんなにぎりぎりでした?ぎゅむぎゅむ抱かれてます。

 

「お兄様、やはりよく眠れていないのでは?」

 

もう一度別の部屋チャレンジをしたくて水を向けるけれど、首元で首を振るのは止めません?擽ったい、チクチクする。

 

「朝も、いつもより早く起きて運動されているのでしょう?ただでさえ九校戦でお忙しいのです。しばらく落ち着くまで、せめてそちらにだけ集中されてはいかがです?」

 

だったらせめて、直前までパラサイドールのことなど調べなどせず放っておいたらどうかと提案するのだけれど、今度は肩に頭を押し付けられて黙ってしまった。

これも嫌ですか。困ったね。

 

「心配なのです。どうか、少しでもおやすみになりませんか?もし離れるのがお嫌なのでしたら僭越ながら膝をお貸ししますから」

「・・・その提案は嬉しいが、深雪だって疲れているだろう?」

「今日は何の競技も出ずに観戦だけでしたから疲れなど出るはずもありません」

 

私の出場するピラーズの場合、純粋な魔法勝負のため体を動かすこともない。

練習が必要なのは魔法だけだから演習場を借りて発動の精度の練習くらいしかやることが無い。あとはイメトレくらいか。よって疲れるほどの練習などまずないのだ。

今日のペアの予選はイメトレのいい参考にはなったけれど、深雪ちゃんパワータイプなもので。

正直この競技に関して言えばなんの練習も意味をなさない。力任せに塗り替えてしまえばいいのだから。でも一応加減はするよ。

圧倒的に瞬殺するのは簡単だけど、それをしては相手にただトラウマを植え付けるだけ。ある程度試行錯誤する予定だ。

以前のように直前で思いついてアイテムを作ってもらうようなことはない。今年は前もってそういう術式を入れてきた。問題ない。

今問題なのはお兄様が働きすぎ、この一点のみなのだから。

 

「お兄様は働き過ぎです。もっとご自愛くださいませ」

「俺が愛せない分、お前が愛してくれればいい」

 

・・・・・・、なんて言葉を耳元で呟かれるんでしょうねこのお兄様は。

本当に困ったお兄様だ。

 

「もちろん私は愛しておりますけれど、その愛する方をあまりに蔑ろにされてしまうと、如何なお兄様がお相手でも怒りますよ」

「深雪が?俺を叱ってくれるのかい?」

 

何でちょっと嬉しそうなのお兄様。私は全然嬉しくないですよ。

 

「それで、どうするのです?そんなに時間も無いですよ」

「お願いしてもいいか」

 

はい喜んでー。・・・なんてね、めっちゃ恥ずかしいよ。なんでこれを提案した?って自分に問いただしたいけれど、これなら確実に横になってくれるかなって。

 

「どうなさいます?すぐに寝られるようシャワーも浴びてしまってからの方がよろしいでしょうか」

 

打ち合わせの後そのままお茶会でしたから制服のままだった。

どうせこのまままったり過ごすなら着替えた方が良いだろう、と提案したのだけれど、お兄様がすぐに回答しなかった。珍しい。

目元を手で覆って少し上向きになってしばし考えてから。

 

「先に入っておいで」

 

女性の方が何かと支度がかかるからね。先に入れって。

言われた通りにバスルームへ。

もうね、お兄様が近くにいるからシャワー一つ浴びるのも緊張するんだけど、そんなことも言ってられないよね。早くこの環境に慣れなければ。

お兄様、よく意識しないでいられるね。兄妹ってそんなものなんだろうか。前世一人っ子だったものでよくわからない。

 

(というかお兄様は推しでもあるから意識せずにはいられなかったりもするのだけどね)

 

妹だと認識してから四年、ずっとお兄様を幸せにするために生きてきたけれど、幸せにするどころか幸せにしてもらっている毎日で、これ以上ないくらい幸福に包まれて暮らしてきた。

これだけの幸せがあれば、これから先どんなことにも耐えられるだろうというくらいの幸せをもらった。

もう十分に幸せにしてもらっているのに、お兄様はこれでもかと追加で幸せにしてくれる。

今回もそう。降りかかる災厄を事前に振り払わんとしてくれている。

それはガーディアンとしても兄としても見逃せることではなかったのだろうけれど、ただ私を守るだけならばその瞬間を守ることに集中するのが一番正しい判断だった。

何故ならば事前に止めたところで次のパラサイドールが送り込まれるだけだから。

相手はガイノイド。人ではない。ボディの予備が無いはずないのだ。

休眠させたところでどこかに運ぶ場所などない。風間さんの部隊が持ち帰ることなどできないし、ここに四葉は絡まない。下手なしがらみが生まれるからね。

だから結局のところ封じたところで放置することしかできず、封印を解く術を九島は有している。

回収したら新品にそっくり移し替える。

その際、予備だからうまく馴染まず暴走する率も高くなるだろう。余計に危険になる可能性が高い。

お兄様は魔法師を守る願いを込められて誕生したという経緯がある。

精神干渉に長けた一族が純粋に願ったことが何かしら影響を及ぼしてしているのか、お兄様は――司波達也という存在はどんな目に遭っても人間を嫌いになれない。

関心が無かろうとも目の前で無為に殺されることを良しとはしない。反射的に守ろうとする。

妹のついでだと思っているのかもしれないけれど、それでも唯一残された兄妹愛以外にも守ろうとしている時点で願い通りに――否、これはもう呪いと言って良いだろう――無意識に呪われた通りに遂行しようとしている。

この呪いは解くべきか――それが問題だ。

原作で深雪ちゃんも言っていた。この行動は人間的には正しいのだ。倫理的にも間違っていない。

 

(――ただし、自己犠牲を前提としていなければ)

 

お兄様は自分の身体に無頓着だ。いつだって自分の身体は再生するからと大怪我だろうと気にしない。

人に魔法を使うよりも自動に回復する分、手間が省けて便利だとも思っているのかもしれない。

それはイコール人が傷つくより自分が傷ついた方が良いという考えでもあり、それがお兄様を独りよがりに自己完結で終わらせようとする負のループを築く原因となっている。

自分を大切にしてほしいと何度お願いしても、お兄様には届かない。

それがどれほど悔しいことか、お兄様はわかっていない。

どれほど私の心を苛んでいるか、お分かりにならないのだ。

 

 

――

 

 

髪を乾かす手間も惜しんでタオルでまとめ上げてパジャマを身に付けて身嗜みを鏡でチェックしてから部屋を出る。

お兄様はベッドに腰かけて端末を操作していた。

 

「ピクシーの方に動きはありましたか?」

「あちらも慎重なのか反応はないそうだ。休眠状態で運んでいるんだろうな」

 

お兄様は残念そう。

 

「水波ちゃん達はもうお開きに?」

「そちらはあれからすぐに解散したそうだ」

 

あらま。でもそうか。エリカちゃんみたいに掻き混ぜる人がいないものね。そんなに雑談が続かなかったか。

明日は皆揃うからもう少し盛り上がるだろう。

それまでには何とかお兄様が回復できればいいのだけれど。

お兄様は入れ替わるようにバスルームへ。

その間に私もケアをしておかなくては。

持ってきているスキンケア用品を手に取りながら慣れた手つきで作業を進める。

髪を魔法で乾かしてからヘアオイルを。その後柔軟をしていると、お兄様が寝間着姿で出てきた。

かなり早いけれど寝る準備は万端。いつ寝落ちしてもいいスタイルになっている。

内心恥ずかしくて仕方がないけれど、表面は何ともないですよ、といつもと変わらず笑みを浮かべてお兄様のベッドの枕元で正座を。

いつ寝てもすぐに枕にお兄様を移動できるようにね。

 

「さ、あまり時間がございませんよ」

「・・・そうだね」

 

お兄様はまるで覚悟を決めるように息を吐いてからベッドに乗り上げて横になった。

太ももに乗る頭は温かく、触れる髪は洗い立てでサラサラだ。香るシャンプーの香りに体温が上昇しそうになるけれど、落ち着け私。暴れないで心臓。

心を落ち着かせるためゆっくりお兄様の頭を撫でる。

お兄様は私に背を向けるように寝転がっているので形のいい耳がはっきりと見えた。

 

「ふふ、耳かきでもあれば耳掃除もできましたのに」

「・・・それは、流石にそこまで深雪にしてもらうのはな」

 

遠慮されてしまった。まああれは仲良し夫婦の特権だから兄妹でするのはおかしいか。

縁側で膝枕をしながら旦那様の耳かきをするって、あれは一種のロマンだよね。できればその時奥さんはエプロンか、旦那様が着流し・・・いや、二人とも和装であってほしい。

その際奥さんは割烹着もいいよね。

 

「それより重くはないか?」

「ええ」

 

お兄様がいつも私の全身をここに乗せていることを思えば、羽のように軽いとまでは言わないけれど、昨年叔母様から送っていただいたスイカに比べたら遥かに軽い。

二人で食べるには大きすぎるスイカだった。大変美味しゅうございました。

ジュースやゼリーにしたり味わい尽くしましたとも。

 

「何を思い出したんだ?」

「昨年叔母様から頂きましたスイカを思い出しておりました」

「・・・ああ、あの唐突に送られてきたアレか」

 

当然名前は伏せられて送られてきましたけどね。配達業者もウチの者でしたし。何を偽造しているのかね?

お兄様届いた物にめっちゃ警戒していたもの。ふたを開けたらただのスイカで面食らってたけれど。

 

「まさか、俺の重さと比較したのか?」

「お兄様の頭でしたらいくらでも耐えられそうです」

 

くすくすと笑えば、お兄様は撫でる私の手を捕まえて自身の頬に押し当てた。

温かい頬はとても柔らかく、髪とは違ってこちらもずっと触れていたいほどすべらかな感触だった。

お兄様は基礎のケアさえしていないだろうに何という張りとみずみずしさ。これが若さ?普通この年頃なら肌が荒れててもおかしくないでしょうに。

 

「お前の手はいつもひんやりしていて気持ちがいいな」

「夏は重宝していただけているようでなによりです」

「冬は俺が触れる理由になる」

 

あらあら。私の手はお兄様にとって都合のいい手をしているそうだ。

よく温めてもらいましたものね。

そこから会話が途切れたので、しばらく無言タイム。

じっと見つめては心地が悪いだろうと目を閉じていたのだけれど、なにを思ったか、お兄様がごろん、と正面に。目を開けたらばっちり視線が合いました。

 

「どうなさいました?」

「俺も深雪に触れたくなった」

 

そう言って手を伸ばされたので少し屈んで顔を差し出す。

まずは髪に指を絡ませ耳にかけられ、晒された頬に触れられた。

 

「こうしてゆっくり触れ合うのは久しぶりだな」

「そうですね」

 

このところお兄様はずっと忙しく、FLTでも思考型CADを手掛けていたり、軍の方からもムーバルスーツの改良点や、自身の研究なども続けていて時間がいくらあっても足りない状態だった。スケジューリングできているのが不思議なくらいだ。

本来なら学校なんて通う暇なんてないくらい忙しい。

――正直なところ、お兄様が学校に通われる意味は既にない。

必要な資料はほとんど揃ったようだし、私の護衛だったら水波ちゃんがいる。もしピンチになったとしても水波ちゃんが守っている間にお兄様が駆けつければ問題はないはずだ。

というか、お兄様は離れていても私を守護することができるのだけどね。お兄様の魔法の射程距離はとんでもないから。

お兄様もきっとそのことには気づいている。気づいていて、何も言わないでいてくれる。

そうであることを私が願っているから。お兄様と一緒に学校へ通いたい願いを叶えてくれている。

通わない方がきっと、お兄様がしたいことへの後押しになるはずなのに。

だが、お兄様が幸せになるには、人と付き合う時間も必要だ。同学年の子供たちとの触れ合いはお兄様を確実に変えていっている。変化をもたらしている。

だからこの選択が間違いだとは思わない。思わないのだけど――。

 

「お兄様は働き過ぎです。せめてこういった時くらいゆっくり休んでくださいませ」

 

お兄様の優秀な頭脳はどこでも場所を選ばず回転している。

今もこうして私の上にいる間もきっと私以外のことをお考えになっているのだろう。

当然明日の九校戦の対策だったり、パラサイドールの動向を気にしていたり。

お兄様の手が、私の耳をふにふにと触れる。少し擽ったい。

ふふ、と声に出して笑えば、お兄様は少し口角を上げた。

 

「深雪にはこれが休んでいるように見えないのかい」

「お兄様なら、私のことを片手間で弄びながら他のことを考えるなんてお手のものでしょう?」

「もて、・・・酷いな。俺はそんなイメージなのか?」

 

というより原作お兄様ってそんなところあるよね。

深雪ちゃんを構いながら一方で他のことを考えている、みたいな。

マルチタスクが実行できてしまうお兄様の頭の良さよ・・・。流石お兄様。

 

「それだけ頭を働かせすぎているのですよお兄様は。常に並行して色々考えている、と。誉め言葉です」

「とてもそうは聞こえなかったがな」

「それは申し訳ございませんでした」

 

くすくすと笑って返すとお兄様は不満そうに見せていた表情を、口角を吊り上げたあくどい笑みに変貌されて、――どうやらお兄様の危険なスイッチを押してしまったのだと気付いた時には、お兄様の長い腕が腰に巻き付き、腹部にお兄様の顔が埋まった。埋まった!?

 

「ちょ、お兄様?!」

「俺は傷ついた。深雪が慰めてくれないと立ち直れない」

 

いえいえいえいえ?!お、お兄様がお拗ねに?!その様子にきゅんっ!とはキたのだけどいやでも待って?お待ちになって?そのですね?お兄様その場所はあまり顔を埋めていい場所ではないのではないでしょうか!

 

「気分を害すようなことを言って申し訳ございませんでした。どうか機嫌を直してくださいませ」

 

即座に謝るけれど、お兄様は無言。身じろぎすらしない。

ど、どうすれば!?

後頭部を撫でる?とてもサラサラですね。でもこれ私が気持ちいいだけだね。えっと、あとこの状況下で起こせるアクションってなに?

お兄様は傷ついたと言っているのだから、えーと。

 

「痛いの痛いの、飛んでいけ~」

 

お願いだから飛んでいってと願いを込めたけれど、おまじないじゃ残念ながらお兄様の傷は癒えない模様。

あとは?あとは何がある??

言葉で心が傷ついたなら、喜ぶ言葉が薬になるのか。

 

「お兄様はいつも頑張っていて素晴らしいです。尊敬します。流石お兄様です」

 

これもダメ。

 

「帰ったらお兄様のお好きなものを作りましょう。何がよろしいですか?きんぴらごぼうを混ぜ込んだいなりずしはいかがでしょう。生姜焼きなどの定番もいいですね」

 

こちらは少し反応があったけれど、ダメみたい。

うーん、あとは何だろう。お兄様の頭を撫でくり撫でくりしながら。

 

「かっこよくて、時折可愛らしくもなられるところも大好きです」

 

ピクリ、と反応が。

 

「好きですよ。お兄様のことが大好きです」

 

この世界で一番大好きで、幸せになってもらいたい人。

 

 

――

 

 

「すきよ」

 

頭を抱え込むように上から覆いかぶさって、音もたてずにギリギリ触れられる側頭部に口づける。

髪には触覚が無いからどこが触れたかなんてわからないだろう、とすぐに離れたのだけど、あれ?お兄様と目が合いましたね。腰の拘束が緩やかに。しかし、お兄様のお目目まんまるね。

 

「傷は治りましたか?」

「・・・・・・治った」

 

・・・どういうわけか、お兄様何をされたか気づいている感じ?

バレないと思ってたのにどう――もしかして、視た?いや、でもお兄様の眼って見えるとは言っても情報がわかるだけであって目で見えるのとは違うはずだ。

そもそも封印されているから全力で視ることはできない状態なんだよね?まだ使いこなせてないんだよね??

もしや視界の周囲に鏡があって反射で見えたり・・・あ、窓があった?でもカーテン引いてるから反射でも見えないはず。

まさかだけど触れるモノの分析できちゃう的な?髪の毛であろうとわかっちゃうとか?

・・・お兄様にはいくつもの可能性があり過ぎてどれが正解かわからない。むしろ今あげた中では正解にかすりもしていない可能性も。

よし、ここはバレていないと思って行動した方が良いね。うん。私何も知らない。わからない。私は何もしておりませんよ。

 

「それはようございました」

 

淑女の完璧なる仮面で覆い隠してしまえばあら不思議。何事も無いように見せることに成功。

お兄様はちょっと狐につままれた顔をされていた。意表を突かれた、と言うところかな。

 

「・・・まったく。深雪には敵わないな」

「お兄様がいつも勝ちを譲ってくださるのでしょう」

「そんなわけがない。いつだって翻弄されている」

「まあ。それこそ私のセリフです。いつだってお兄様に良いようにされているのは私の方ではありませんか」

 

身に覚えがないとは言わせない。

ジッとお兄様を見つめるけれど、お兄様も一歩も譲る気がないようだ。互いに睨み合うように視線をぶつけあって。

 

「ふっ、」

「ふふ、」

 

どちらともなく噴出して。

笑いながらお兄様は身を起こして私を抱き寄せるとこつんと額同士をくっつけて笑い合う。

 

「こればかりは引けないな」

「お兄様はきちんとご自身の言動を振り返ってみてはいかがです?」

「それは深雪もだろう?」

 

お互い一歩も引く気がない。

こんな至近距離で見つめ合って心臓は痛いくらい跳ねているけれど、この戦いは絶対に負けられないから。

けれど二人そろって瞼を閉じ、開いて目が合うと自然と顔を離していた。双子ではないけれど、見事なシンクロ率。

 

「とりあえず今日のところはお相子ということにしようか」

 

決着つけようがないからね。

 

「足は痺れていないか」

「ええ。もう一時間は余裕ですよ」

 

正座にもコツがあるのだ、と少し自慢げに言えば、お兄様はそれは凄いなと頭を撫でられた。

膝枕の延長も促してみたけれど、断られてしまう。

 

「いつまでも深雪の身体に負担を掛けるのは俺の精神上よくない」

 

とのこと。・・・お兄様少しだけ回復したかな。正常な判断が戻ってきた模様。

でもまだ完全と言えないのは頭を抱えていないから。きっと普段のお兄様だったら頭抱えている案件。

私は記憶にないけれど、ベッドで私にもぐりこまれているのもお兄様的にはアウトだと思う。

・・・本当、どんな姿でお兄様にご迷惑を掛けているのか。いっそのこと――

 

「寝る際、私の身体を縛り付けてはどうでしょう」

「・・・・・・そのような必要は無いよ。それでは深雪の身体が不自由で支障を来すだろうから」

 

良い案だと思ったんですけどね。

手足をタオルとかで縛っておけばそこまで痛くないだろうし、流石に芋虫状態でベッド移動なんてできないだろうから。

いっそ拘束を、と思ったのだけどそれは無しとのこと。

誰かに見張ってもらうというのはその人物に負担を掛けることになるし――あ。

 

「お兄様、ピクシーに来てもらってはどうでしょう?」

 

彼女なら次の日の負担になることもないし、元々3Hには介護の機能も備わっている。

見守り機能があるからもし徘徊しそうになったらやんわり止めてくれるはず。お兄様のベッドに移動しようとするのを防げるだろう。

それに何よりパラサイドールに動きがあったらいち早く知ることもできる。

最後のは、お兄様を説得用に付け加えた案であり、私としてはそんなことしてほしくは無いのだけれど、お兄様的にも悪い案ではないと思う。

どうだろう、と窺い見ればお兄様は少し渋いお顔。

 

「それでは深雪が起こされてしまうのではないか?」

 

そっちが理由?てっきりホテルにまで3Hを連れ込んだら変な噂が飛び交うかな、とかそっちの心配かと思ったのだけど。

どこまでも妹ファースト。流石お兄様です。

 

「それに危害が加えられてないにしても深雪が抑え込まれている状況で俺が目を覚まさないはずはない」

 

ああ、そういうこともあるのか。・・・どっちにしろダメってことだ。残念。良い案だと思ったのに。

 

「俺のためにいろいろ考えてくれていることは嬉しいが、俺はあまり実害を感じていないんだ。むしろ可愛らしい深雪を堪能できて役得だとすら思う」

 

あ、危ないお兄様が帰ってきてしまった。

抱き合ったままの状態というのもまずいね。

 

「もう、お兄様ったら。寝不足は立派な実害です」

 

いつもより早く部屋を出てトレーニングに行っていることはわかっているのですよ。

それだけでも睡眠が減っているというのに。

熟睡を妨げられるのは一番身体によくない。

そう指摘するのだけれど、お兄様はちっとも真剣に受け取ってくれない。

それが不服だと口を尖らせると、お兄様は少しだけ困ったように眉を下げて。

 

「心配してくれてありがとうな。でも、大丈夫だから」

 

(・・・大丈夫じゃないのに)

 

お兄様は気付いていない。

身体に支障が無いから余計に気づけない。

精神的疲労は着実にお兄様を蝕んでいるというのに。

悔しかった。妹だから安心させてやりたいとお兄様が微笑みかけてくれることも、嬉しいのに不満だった。

(わたし)では、お兄様の枷にはなれてもストッパーにはなれないと言われているようで、それがどうしようもないくらい、苦しい。

お兄様の身体にくっついて感情を悟られないよう蓋をする。

お兄様にはただ心配しているのだと訴えているようにしか思えないだろう。

事実、心配しているのだ。嘘ではない。――だけど、一番心を占めている感情を隠している。

 

「今夜はこのまま眠ろうか」

「だ、ダメです!私が落ち着きませんし、そもそもこれはシングルベッドです!こんなに狭くてはお兄様がリラックスできません」

 

というよりそう言うセリフは妹に言わないでいただきたい。

妹を誘惑してどうする気?もうとっくにお兄様の魅力に陥落してますよ。愛情度はカンスト済み。

 

「残念だ」

 

冗談にしても心臓に悪すぎる。本当に人の寿命を簡単に縮めに来るお兄様だ。恐ろしい。

する、とお兄様の腕から抜け出てできるだけ優雅な動きを心がけて自分のベッドに逃げ込んだ。

淑女がこれくらいのことで慌ててどうします、ってきっとお母様なら注意するでしょうからね。

・・・と思ったのだけれど久しぶりに脳裏に浮かんだイマジナリーお母様が頭を抱えてため息を漏らしていた。

すでに呆れられるような行動を取っていたということ!?何が悪かった?やっぱり膝枕は淑女らしくなかっただろうか?

 

「深雪?」

「え、あ、申し訳ございません。少し考え事をしておりました」

 

お兄様も今日は早く就寝するつもりらしい。布団にもぐりこんで枕に肘をついてこちらを見ていた。

 

「今日はこっちを向いて眠ってくれないか」

「それは・・・」

「背を向けられると寂しくてな」

 

ぐっ・・・お兄様が卑怯な呪文を唱えた。寂しいって・・・そんなことを言われたら、たとえ恥ずかしくても我慢しようって思ってしまうではないか。

今日は初めほどベッドがくっついていないけれど、昨日の半分も離れていない。私の感覚では普通のベッドの距離に思える。

初日のアレがあるからか、ハードルが下がったように感じるけど、そもそも同じ部屋で寝ること自体がとんでもなく高いハードルなんだよなぁ、と頭の片隅で思いつつ、お兄様の指示に従う。

お兄様はだいぶリラックスしたような表情をされていて、それだけで私の心を穏やかにしてくれる。

安心するように微笑まれているような、そんな感じでもあった。

 

「明日は予選だが、深雪なら目を瞑っても余裕だろう」

「お兄様にそう言っていただけるのは嬉しいですが、足元を掬われることもあるかもしれないですよ」

「掬われたところで空も飛べるお前を止めることなど誰もできんさ」

 

お兄様ったら自信満々に。

でも確かに深雪ちゃんに死角はない。本当に目を瞑っていたとて余裕で勝てるだろう。

だけどね、それではただの暴力と変わらない。一方的過ぎてはそれは試合じゃないから。

 

「お兄様に期待していただいているのですから負けられませんね」

「明日は皆、お前のステージに釘付けだろうな」

「まだ予選ですよ」

「予選だろうとなんだろうとお前が舞台に立てばそれだけで皆が主役に夢中になる」

「お兄様も?」

「俺はいつもお前しか目に入っていない」

 

・・・離れていても届くお兄様のお色気オーラにやられそうです。えまーじぇんしー。

 

「もう、お兄様ったら」

 

本当、妹をどうするつもりなのか。

 

「少し早いが、今日はもう寝ようか」

「そうですね。お兄様は少しでも睡眠を取るべきです」

「ああ。俺もちゃんと寝るから」

 

くすりと笑うお兄様に、少しだけ疑いの目を向けたけれど、じっと向けられる視線に誤魔化しの色は見えない。

ぱちりと瞬きをして笑みに戻した。

どうせならお兄様が見る最後の時まで良い顔でいたいから。

 

「おやすみなさいませ、お兄様」

「ああ、おやすみ。良い夢を」

 

お兄様と見つめ合ったまま眠るなんて不安だったけれど目を閉じればあっという間だった。

気が付けば朝になっていた。何か夢を見たような気がするけれど、あまりよく覚えていない。

怖い夢、だったような気がする。

とても嫌な気持ちになるような、そんな夢――。

 

(嫌な夢なら思い出さない方が良いよね)

 

ゆっくりと体を起こしてみれば、隣のベッドは空だった。お兄様は今日も早く起きられて体を動かしているのだろう。

・・・全く覚えていないけれど、多分、またお邪魔したのではないかと推測。

なんとなく、なんだけね。そんな気がひしひしと。

でも今日は打ちひしがれている場合ではない。

予選ももちろんそうだけれど、今日の夜には恐らくパラサイドールが動くはず。――今夜が勝負だ。

気合を入れてベッドから降りた。

 

 

――

 

 

達也視点

 

内心警戒していたのを裏切って、今朝の深雪は一切何も聞かずに落ち着いた様子だった。

本人曰くぐっすり眠れているようで、目の下の隈など一切なく今日も完璧な美貌を保っていた。いや、日に日にその美を更新している。今日も彼女は輝いていた。

可憐な見た目からは深窓の令嬢のように思われがちだが、彼女は一般的な感覚もきちんと備わっていて案外庶民的なものを好んだりする。

普段身に付けるアクセサリー類は華美なモノより落ち着きあるものを好んだり、安物でも服装にあっていれば気にせず身に付ける。

去年クリスマスにプレゼントしたネックレスは、普通の学生でもちょっと無理をすれば買える程度の代物で、個人的にはもう少し彼女に見合ったものを贈りたいのだが、彼女の言うTPOを考えれば学生にはこのくらいが丁度いいらしい。

これなら気兼ねなくいつでも身に付けられると喜んでいた。

この大会期間中、制服では身に着けることのないネックレスが胸元で揺れているのに気付いて触れると、今年の九校戦はほとんど一緒にいる時間がないことを予期して、せめて一緒にいる気分だけでも、とそれを制服の下に隠して身に付けているのだと聞かされた時の衝撃は計り知れない。胸がいっぱいになるとはこういうことか、と。

なんと可愛いことをするのか。思わず抱きしめた俺は間違っていない。

今朝も、大事そうに身に付けているのを見て、胸が温かくなった。物の価値は金額で決まるものではないのだと、最近で一番の学びだ。

朝食を終えてすぐ、深雪のアイスピラーズブレイク予選は始まる。

控室で着替えるのだが、今年は水波が衣装の着替えを手伝うらしい。張り切って深雪についていた。

色々と道具を持ち込んで慌ただしく支度をしている。

カーテンに阻まれた前で椅子に腰かけて二人を待つ間端末を操作してチェックをするのだが、これと言った新情報もなく、進展がない。

こればかりは焦ってもしょうがないとわかっていても、昨夜の動きを知りつつ動けなかったことは痛恨だった。

 

――そう、昨夜遅く、パラサイドール側には動きがあった。

 

 

――

 

 

三日目ともなれば対処法も掴めてくるというもので、深雪が抱きついてきても慌てることなく目を覚ませるようになっていた。

近寄る時点で起きてもよかったのだが、抱きしめる結果が変わらないのであればギリギリまで眠っていた方が、多少は休めるだろうと考えてのことだった。

映像を見る限り、近寄ってから潜り込むまでに迷う動作が見られたり、中に入ってからも深雪は触れることにためらいを見せていた。

抱きつくまでに工程が必要らしい。

寝ぼけていても俺を起こさないよう慎重に動く深雪に、無意識の時くらい遠慮なんてしなくてもいいだろうに、と深雪の優しさに温かいものが込みあげる。

――深雪には録画は上手くいかなかったと伝えたが、実際のところちゃんと作動していた。

画素数もこんなサイズだというのに悪くない。こんな小さなものだが、とんでもない技術が詰め込まれていた。

これは今後の小型化競争に一石を投じることになりそうだ。

深雪に伝えなかったのは、この映像を見せてはショックを与えてしまう可能性があると思われたからだ。

もし、この映像を見たならば彼女は同室で寝ることをもっと抵抗をしたはずだ。

もしくは、彼女が提案したように手足を縛るということを強行したかもしれない。

俺にとっては微笑ましく思える光景でも彼女にとっては羞恥に見舞われる可能性が高い。

 

(微笑ましく思える、という言葉に嘘はないがどちらかと言うと健康的な男子であればあの様子に興奮を覚えることは必然だろうな)

 

俺自身、兄であることなどなんの抑止力にもならない。

絶世の美少女が躊躇いがちに身を寄せるところや安心して顔をほころばせる場面など反応するなという方が無理だ。

さっきはギリギリまで寝ていた方が休めるなどと言ったが、どちらかと言うとこの映像のように深雪が行動していることを実際目にして冷静でいられる自信が無い、というのが直前まで起きない理由の半数を占めている。

それくらいの衝撃映像でもあった。

こんな映像一つで彼女の精神が乱される必要は無い。

ただでさえ今は九校戦中だ。余計なことで頭を悩ませていられない。

録画されている時刻は初日と大体同じ時刻だった。この周辺の気温と照らし合わせて、どうやら本当に深雪は一番冷え込む時間に暖を取りたくて俺のベッドにもぐりこんでいたらしい。

そう思うとこの身体が妹の役に立てているのなら喜んで捧げようと、己の葛藤など押し殺して深雪のための行火として任務を全うしようと思っていたのだが、この夜は様子が違っていた。

日付が変わるより早く就寝し、寝入っているはずの深夜。この二日間、包み込むような熱を感じて目を覚ましていたのだが、今回は勝手が違っていた。

苦しいことはないがしがみつくように抱きつかれ、魘されるような声で目を覚ました。

 

「ん、ゃっ・・・」

 

明らかに異常事態だった。暗闇の中でも問題なく見える目は深雪の表情は苦悶をはっきりと捉えていた。

 

「深雪、深雪!」

 

悪夢に魘されているのかと声を掛け、強請ろうと腕に触れるとびくっと体を緊張させた。

尋常ではない反応に一瞬こちらも体が硬直した。

 

「・・・ひっ!・・・ぃやっ」

 

だが続く声と、悶えながら背中を丸めて何かから身を守るような反応に、ほのかの家で受けた衝撃がフラッシュバックする。

 

(パラサイトか!)

 

瞬時に上半身を起こしたことで、深雪の身体を動かしてしまい、「んんっ」と一番大きな声が上がりヒヤリとしたが、深雪はまだ覚醒はしていなかった。

端末を操作しピクシーに連絡を取る。サスペンドモードであってもすぐに起動しテレパシーが返ってきた。

 

「ん」

 

深雪がそれに反応したのか身じろぎをして俺の腰に巻きつくように行き場を失っていた腕を回す。

大した拘束力などないはずの細腕が、とてつもない枷に感じて身動きが取れなくなった。

 

『(数キロ先、反応を僅かに捉えました。数は16。あっ・・・)』

 

返ってきたピクシーの思念の声に、思わず、と言った感じで人間らしい反応があった。

こういった反射的な行動がこのところ増えてきて随分人間味を増してきたように思う。

これは彼女自身の学習によるものか、周囲に感化されてかはわからないが、深雪が喜びそうな反応だと頭の片隅で思った。

 

『(反応ロスト。休眠に入ったものと思われます。ただ、時間的に一瞬でしたのでこちらが認識されることは無かったと思われます)』

 

ピクシーが反応をキャッチできたのは残り香のような反応だけであり、すでに休眠に入る直前だったらしく、ピクシーの存在に気付かれる前にシャットダウンしたようだ。

深雪の反応から見て、こちらを探査していたのかもしれない。

彼らにとってピクシーは自分たちの居場所を探れるレーダーとして警戒対象なのか、はたまた自分たちの作品のオリジナルのようなもので、参考資料として奪うつもりなのか。

それとも前回同様、パラサイト自身の意思による破壊が目的なのか。

なんのための探りかはわからないが、捜索は中断されたようだ。

捜索時間中、ピクシーはサスペンドモード(眠って)いたので発見されなかったことは僥倖か。

こちらサイドからは運よくパラサイドールの場所も特定できた。

 

(襲撃に行くなら今だと思えるのだが――)

 

パラサイドールの反応が無くなったからか、深雪の表情は少し落ち着いたものに戻っていたが、それでもしがみつくような抱きつき方には変化がない。

余程不快だったのか、恐怖だったのか。眉間に皺が寄ったままになっていた。

深雪の頭を撫で、皺を伸ばすように眉間を指でなぞる。

先ほどのような拒絶反応は見られない。むしろもっと、と強請る様に頭が押し付けられた。

そのことに安堵しつつ、片手でピクシーに次の指示を送る。場所の座標を送らせてからサスペンドモードに入る様に伝えれば、深雪がまた小さく反応をした後、

 

『(座標転送いたしました。おやすみなさいませ、マスター)』

 

そう言って連絡が途絶えた。

深雪の感度がまさかピクシーを超えるとは思わなかった。

いや、ピクシーに夜中も探査するよう特別指示を出していなかったから超えたわけではないか。

だがまさかこの距離から反応をキャッチするとは思わなかった。

あちらが探るような反応をしたからこそだとは思うが、ますます彼らの存在を放置することは良くないことだと認識を強くする。

 

(深雪のためにも早々にあれらを破壊しなければ)

 

今深雪を置いて、本拠地と思われる場所へいくことは可能だが、この状態の深雪を一人にしてしてまですぐに破壊しに行かなければならないかと問われれば否だった。

場所もわかっているのなら周辺の様子を探ってからでも遅くはない。一日くらい遅れたところで場所を変更することは無いだろう。問題はないように思われた。

よって、と腰に巻き付いている腕を外してやってこちらから抱きしめなおして横になる。

冷えてしまった身体を早く温めなおすことの方が急務だった。

布団を被って体を密着させると深雪の甘い香りが鼻腔を擽り、抱き込めばじんわりと熱が伝わり柔らかさが理性を溶かしにかかってくるが、この二日で対処法を会得していた。

 

なんてことはない。この状態のまま意識をシャットダウンすればいい。

 

深く眠ってしまえば思考は脳内だけで完結し、身体にまでシグナルを伝えることはない。

 

(――ただし、諸刃の剣ではあるのだが)

 

もちろんガーディアンとしての守護に不備があるわけではない。それとはまた別問題だ。

睡眠を優先するにはこの手段が一番であることは事実。

むずがるように動く深雪の背を軽く叩いて落ち着かせてやってから意識を落とした。

 

 

 

 

そしていつも通りの時刻にきっかりと目が覚めた。

一番にすることは寝入った時よりもより絡まり合っている身体を丁寧に解いていく作業。

無意識に取る行動は恐ろしいもので、己の心を暴かれているようだった。

指に髪を絡ませて己に押さえつけるように抱えている後頭部からゆっくりと手を離す。

深雪の髪はしっとりとしていながら滑らかでどこにも引っかかることはなくさらりと抜くことができた。

しっかり抱きよせるように腰に巻き付いていた腕は、彼女の腰のくびれのお陰でほとんど押しつぶされず痺れることもなく、ベッド側に腕を押し付けるとこで隙間が生まれ抜き取れた。

・・・残る懸念は足だった。

互いの足が交互になっており重なっていた。何よりも自分の太ももの位置が問題で――いや、何の問題も無い。

無心になって彼女の足を動かして挟まれていた足を抜き、深雪の身体を上向きに倒す。

その際下敷きになっていた足を動かして密着部分を全て引きはがすことに成功した。

一時的に起きたものの、その他はぐっすり眠れたはずだが、この一連の作業を熟すだけでどっと疲労感が押し寄せる。

しかし、その後深雪の穏やかな寝顔を見るだけでこの苦労も報われた気がした。この寝顔を守るためにやったのかと思えば、大した労力でもない。

・・・実際労力なんてないにも等しいのだが、精神的にはかなりの苦戦だった。

しばしその可愛らしい寝顔を堪能してからベッドに戻してやり、冷えたベッドを温めなおす作業を終えた後、着替えて部屋を後にした。

三日目ともなると師匠と待ち合わせなどせずに自然とその場所に向かうのが当たり前になっていた。

ニヤニヤと笑う師匠の挑発に乗らないように手合わせを重ねるのだが、どうにもすべてを見透かされているようでペースが乱されそうになる。

心の揺らぎなど、自分には無いもののはずなのに、――コントロール下にあるはずなのにそれがうまくいかないのは、それが唯一俺の心を大きく揺さぶることに関してだからか。

 

「――へぇ、場所特定できたんだ」

 

俺の報告に返ってきた師匠の返答に微かに違和感を覚えたが、襲い来る手をいなすことに意識が持っていかれる。

攻守はあっという間に逆転。防戦一方になって捌くのが難しくなってきたころに師匠はすっと手を引いて終了の合図を出す。

 

「まあ、事が動くのは障害物走の時だから焦ることはないとは思うけれど、調査すること自体は悪いことじゃないだろうから」

 

息切れ一つしていない師匠の様子に己の未熟さを見せつけられているようだった。

 

「何事も修行だよ」

 

そう締めくくって朝の訓練はお終い、と踵を返して去っていった。

このままランニングをして頭を整理してから部屋に戻ると、深雪は昨日までの慌てた様子など微塵もなく出迎えられ、訊ねられたら今日こそは誤魔化す気でいたのだが、こういう時に限って深雪は訊ねることなく、肩透かしを食らった形になったのだった。

 

 

――

 

 

「お待たせいたしました。いかがでしょう、お兄様」

 

カーテンの仕切りが取り払われ、現れたのは気品あふれる女王の姿。

それも、いつもの深雪の雰囲気ではない。纏っている空気から違っていた。

そこにいたのは気位の高い、周囲を睥睨する冷酷さのある女王だった。

声も半音低めの、冷え切った声色を演出しているのか。

あまりの美しさに魅了され、気が付いたら自然と膝を折っていた。

首も垂れそうになったが、それではこの麗しい女王から目を離すことになってしまう。悩ましい問題だと思うほどの葛藤が生まれていた。

叶うならばその長手袋に包まれた手を取ってキスをしたい。服従を誓わせてほしい。

見る者を凍り付かせるはずの冷徹な視線のはずなのに、その視線を受けたところから熱を帯びるかのような感覚。

ダークレッドの、薄く塗られた唇がゆっくりと開く。

 

「お兄様」

 

催促を促す声に、そういえば感想を聞かれていたんだったと思い出す。

 

「すごく、いい。美しいよ。・・・惜しむらくは今この手にお前を完成させるティアラがないことか」

 

女王ならば王冠だろうが、この氷の女王ならば繊細な作りのプラチナのティアラが似合う。

それが今手元にないことが悔やまれた。

深雪のリクエストで三つ編みに結われたのをお団子のようにまとめられたその頭に、何も宝飾が飾られていない。

首元は肌をほとんど見せないレースで覆われていてネックレスが無くとも十分装飾が施されている。

唯一肌が露出するのは長手袋と半袖の間のわずかな二の腕だが、肩口のフリルからちらりと覗く白い腕が酷く煽情的に映った。

このように下から仰ぎ見ると彼女が腕を伸ばすだけでその奥まで見えそうになり、さらに目が離せなくなりそうだ。

思考に劣情が絡む前に視線を断ち切って深雪に返すと、深雪は冬の女王のような威厳を霧散させて春の女神のごとき微笑みを浮かべる。

 

「ふふ、お兄様ったら。ありがとうございます。おかしく見えないのでしたら安心ですね」

「おかしいどころか。去年の妖精女王が今年は雪の女王となって現れるとなればまた会場が凄いことになりそうだな」

「今日はまだ予選ですよ」

「予選だろうと深雪のこの美しさを一目見たいと誰もが思うだろうさ」

 

つくづく自分はすし詰め状態の観客席ではなく関係者席があってよかったと実感する。関係者どころか担当だからより傍で見守れるのだが。

ずっと静かな水波を見れば、彼女は静かに深雪に見惚れていた。彼女としてもいい仕事をした実感があるのだろう。

 

「水波、ご苦労だったな」

「このように深雪姉様を着飾れる機会に携われて光栄です」

「水波ちゃんったら大げさね」

 

深雪はコロコロ笑うけれど、大げさなんかじゃない。彼女は今、自身の全うした仕事ぶりを誇っている。

誇りたくなるほどの美しさに感動しているのだ。

知らぬは本人ばかり。だが、深雪はそれでいい。周囲など気にしなくていいのだ。

 

「では、参りましょうか女王陛下」

「・・・私が女王なのだとしたら、先にお兄様が国王だと思うのですが」

「俺はお前の守護者だからな。王にはなれんよ」

 

そもそも王座など興味もない。俺が唯一興味があるのは深雪だけ。

深雪を守ることがすべてだから、国なんてすぐに傾いてしまうだろう。

深雪も俺の言いたいことに気付いたのだろう、仕方のないお兄様、と笑ってから表情を引き締め一変させる。

室内の空気がキンッと冷え切るような錯覚が起こる温度を奪うほどの冷ややかな視線が前を見据えた。

 

「出陣します」

「「はっ」」

 

深雪はノリで言っているだろうが、俺と水波は確実にノリなんかではなく本気で返事をしていた。

 

 

――

 

 

圧巻の試合運びだった。

対戦相手はまず深雪の佇まいに怯んでいた。というより会場全体が試合前から彼女の空気に呑まれていた。

そんな中始まった試合で深雪がまず行ったのは自陣の氷の柱を12本まとめて固めることだった。

学校で氷柱を作っては配置を繰り返して思いついたらしい。

縦三列横四列をひと固まりにぴったりとくっつけて長方形にしてしまえば、一本だけでも壊すのが大変なのにこれでは表面を傷つけることで精いっぱい。

深雪の情報強化もあって内部から崩すのも不可能と言えた。

・・・普通はまず一本の柱さえコントロールするのがせいぜいのところを12本同時に操って見せた。

これだけで相手にどれだけの絶望を与えたことか。

更に攻撃に転じると、相手陣地の一本の氷柱を振動系で打ち砕いた後、その破片を七宝の群体制御のように操ってそれぞれの柱に楔の様に突き刺し、その亀裂を利用して打ち込んだ楔をさらに冷却。

すると柱にひびが入り、全てが一瞬で崩れ落ちた。

今年の深雪は氷だけで炎を出す気はないのかもしれないな。氷の女王が炎を操るのはおかしいという理由だけで自身の魔法に縛りをかけるくらい、深雪ならやりそうだ。

前回は櫓が下りるまでがお芝居だったが、今年は試合終了のブザーと共に戻るらしい。

対戦相手に一礼して浮かべられた微笑みに、会場中が春の訪れを感じ安堵し陶然として見つめていた。

 

「おかえり深雪」

「ただいま兄さん」

 

櫓から戻る深雪に恭しく手を差し出すと、茶目っ気を出してそれらしく手を乗せる。

世界を魅了する美しさを持つ妹がいたずらっ子のように笑うと今度は可愛さで周囲を悶えさせた。

あまりの可愛さに腕の中に閉じ込めたくなる衝動を抑えてその手を少しだけ強く握る。

 

「どうだった?」

「深雪のピラーズを壊すのは一般に流通している魔法では不可能じゃないかと思えたな」

「そう?氷同士が密着したところが狙い目だと思うのだけど」

 

深雪はこうしたら攻略できるのではないか、と話しているが、深雪が情報強化している時点でその案は破綻している。

それこそリーナレベルであれば深雪の案の通り打ち崩すことは可能だろうが、あくまでリーナレベルでの話だ。

次はどんな策を弄しましょうか、と楽しそうに笑っているところに水を差すこともあるまい。

労ってやって控室までエスコートした。

 

 

 

 

アイスピラーズブレイクは男女ともに予選を突破。

ロアー・アンド・ガンナーは入賞自体懸念されていたが、何とかギリギリ男子が3位に入賞、女子は惜しくも2位に届かず3位という結果ではあったが入賞している。

これは十分予想に反して結果を残せたと言えよう。

特に男子は途中機転を利かせて、的を狙わずスピードを取りに行ったところは思い切りがよかった。

何でも深雪との練習の際、推進力の瞬発的な力を褒められたことを思い出したらしい。

短時間であれば直線でスピードが出せる、ここに強みを見出したのだとか。

ここでも深雪の活躍が見られて兄として誇らしくなった。

俺も負けてはいられない、とエンジニアとしての仕事に精を出す。

お茶会には顔を出す予定だが、これらの仕事を終わらせてからだ。

ここ二日間が俺にとって一番の山場で勝負所だ。

昨年と違い男子からも調整を任されていることもあってタイムスケジュール的にもかなりギリギリであったが熟せないこともない。

ケントに助手として働いてもらいながら指導もしていく。

正統的なCAD調整の手順を指導しながら点検し、雫と桐原先輩の分の作業が終わる頃、その来客は訪れた。

軽口を叩きながら場所を移動すると、話は九校戦の裏事情について一条家からの情報だった。

国防軍の対大亜連合強硬派がこの件に絡んでいるという。

九島との関係はさっぱり、というかむしろ良くないように思うがそこは互いの思惑が上手く絡み合った形なのかもしれない。

一条の話を聞きながら今後の流れを考えていた。

一瞬この強硬派と一条家が深い関係なのかといぶかしむような発言もあったが、それは杞憂だったようで安堵する。

一条まで敵に回るようであれば更に複雑化するのは明白で、そこまで面倒ごとになるのならいっそのこと盤面をひっくり返してやろうかと考えたところで、それもまた良い案に思えた。

 

(――コース自体破壊してしまえば仕掛けも何も関係ない)

 

一高の優勝など別に必須でもない。個人で深雪たちが優勝した後ならばスティープルチェースは最終日だ。

九校戦も中途終了ともなれば魔法協会の面目は潰れるだろうが、そんなこと俺の知ったことではない。

 

(地表のすぐ下にマテリアルバーストを撃てば通常兵器の爆発と区別はつかないだろう。自作のサード・アイでも数キロ程度の近距離なら微小質量照準は可能だし、地表直下であれば火山脈を刺激することもないはずだ。真夜中なら各校の生徒に被害が出ることもあるまい。問題は深雪の説得と、誰の仕業に見せるか・・・だな。去年みたいに犯罪シンジケートの連中でもうろついていてくれれば責任を押し付けられるんだが。国防軍に潜在的な反乱勢力でもいないだろうか)

 

そう考えた時だ。一条の口から反乱という言葉が出てきたのは。

あまりのタイミングの良さに自身が考えを口に出していたのかと思うほどだが、そんなわけもなく。

しかしただの偶然にしては都合がよすぎた気がした。

その酒井大佐のグループとやらはその内反乱でも起こすんじゃないかと噂があるらしい。

まあ、このような作戦に乗り出すような輩だ。罪の一つ押し付けたところで問題も無い。

なんておあつらえ向きな輩だろうか。・・・どこかからそのように噂を流されている可能性も捨てきれないが、パラサイドールの実験にこの場を提供した時点で罪は確定している。

一条に礼を言うと、彼は酷く動揺し、少し見当違いなことを言っていたが、それもこちらを心配してのことだと感じられた。

相当お人好し・・・人が良いらしい。

だからこそ吉祥寺のような人間が参謀として付いているのだろう。真直ぐで真っ当な彼を支えるために。

せかせかと去っていく背を見送ってから、踵を返す。

一条の推測が間違っていることを指摘しなかったのは、パラサイドールの件で巻き込む気が無かったからだ。

というより、彼らは九校戦を全力で挑んでいる。その邪魔をするつもりはなかった。

替え玉になり得る人物の情報を得ただけで気が楽になった気がする。

だがたとえ師匠に手伝ってもらったところで工作が間に合うとは思えない。

四葉に手伝ってもらえばあるいは、と思わなくもないが、富士演習場の部分爆破に許可が下りるかといえば、難しいだろう。

 

(柄にも無く俺はあれこれ迷いすぎているようだな・・・)

 

深雪が散々疲れを指摘してくれていたのを今ようやく実感した。

今夜くらいはパラサイドールのことを忘れて妹と友人たちとのお茶会でリラックスしよう。そう己に命じてこの場を離れた。

 

 

――

 

 

ケントと合流し、作業工程をすべて終え、お茶会に顔を出すと深雪が笑顔で迎え入れてくれた。

あの女王の冷笑ではなく、可愛い妹の出迎えに思わず抱きしめそうになるが、深雪が先手を打って手を引かれてしまえば大人しくついていって椅子に座るしかなかった。

 

「だめか?」

「だめよ」

 

家ではない、人前だからと止められる。残念だが、エリカたちの視線もあって諦めるしかないようだ。

 

「達也君、本当にお疲れね」

「あんだけ働いてりゃ如何な達也だって疲れんだろ」

「まあな。だがこの二日を乗り切れば後は大したことは無いから」

 

紅茶を運んできたピクシーにお礼を言って受け取ると、横の深雪が嬉しそうに微笑んだ。

・・・ああ、これくらいのことで喜ぶ深雪がいい子過ぎて愛でたくなる。

後で部屋でたっぷり撫でさせてもらおう。

深雪とほのかの間に座ったので、ほのかがちょこちょこと話しかけてきてお菓子を勧められる。

幹比古の調子もいいようで、先輩たちとの連携がスムーズにできるようになってきたらしい。

地の利を生かす術も多い幹比古だから重宝されることはわかっていたが、この様子なら問題なさそうだ。

 

「前回は達也の指示に従うばかりだったけれど、今度は自分たちの試合と胸を張って言えそうだよ」

 

昨年は急ごしらえだったからチームと言っても上官と部下という形だったからな。

幹比古の自信ありげの様子にエリカ達も楽しそうに茶々を入れ、レオが幹比古をフォローするようで煽って盛り上げる。

雫は深雪と美月の三人で楽しそうに話し、ケントと水波は主に水波がケントのしているエンジニアとしての話を聞いているようだった。

穏やかな時間だ。自分が望む平和なひと時。

深雪が淹れてくれるコーヒーではないが、美味く感じる。

 

「それにしても深雪はピラーズになると演出も拘るよね」

「その方が気分も盛り上がるじゃない」

「コスプレとかしたら成りきっちゃうタイプだ」

「エリカだって去年はそうだったでしょう?」

「あれはコスプレじゃなくてお仕事!」

「似たようなものじゃない」

「全然ちがーう!」

 

楽しそうに話に花を咲かせる女子たちを見守るのは、この手の話に下手に男子が突っ込むと怪我をするからだ。

だが確かにエリカが言うように、深雪は演出や成りきるのが好きなようだ。

今日も生き生きとしていた。

 

「それにしてもあの女王はすさまじかったわね。まさにラスボスって感じ」

「ふふ。私もそれをイメージしたわ」

「あれだよな。攻撃が絶対通らない絶望的なボス」

「でも何かしらのギミック解除が成功すると攻撃が通ったりするよね」

「あ~、あのよくわからないアイテム持ってくと勝手に相手が弱体化するとか」

「床の氷が溶けると弱くなるとか」

「逆に火の魔法を使うとボスの攻撃力が上がったりもありますよね」

 

ゲームの話にすり替わったので男子も入りやすくなった。

だが、深雪がラスボス?・・・魔法的に見ればそれだけのポテンシャルは確かにあるが。

 

「アンタらロマンがないわねー。氷の女王に効く効果的なギミックと言ったら――やっぱり愛でしょ」

「愛ぃ~?」

「エリカちゃん!わかります!!氷の女王の氷を溶かすのは愛ですよね!」

 

攻略法を考えていたら女子も参戦してきたが・・・愛?

何故ラスボスを倒すのにアイテムや魔法でなく感情になるのか。

 

「ストーリーで何ターンか後に出てくる謎演出」

「その場合氷の女王相手に王子様?」

「クイーン相手にプリンスじゃ格が違くねぇか?」

「一高の場合王子様より騎士様の方が期待されそうよね」

 

エリカの言葉に皆の視線が俺に集中した。

 

「エリカ。なんでも兄さんに押し付けないの。大体そういったゲームの場合、演出上愛の口付けでしょう?兄妹でやってどうするのよ」

「・・・あんた、さらっと爆弾投下するんじゃないわよ」

 

続く深雪の言葉にいち早くほのかが悲鳴を上げ、雫が何もしていない俺を睨み、水波が軽率な発言をする主を心配そうに見つめつつ、美月は両手で頬を覆ってほのかとは違う悲鳴を上げ、レオは素早くピクシーにコーヒーはあるか尋ねていた。幹比古は固まり動かず、ケントだけが周囲の反応についていけず呆気に取られていた。

 

「その場合ハグでもいいんじゃないか」

 

深雪の唇から気づかれぬよう視線を外して提案するが、深雪は首を縦に振らない。

 

「こればっかりは様式美だから」

 

愛の口付けは変更できないらしい。

そうなると話は変わるな。

 

「なら俺は女王サイドの騎士らしく、深雪に近づく輩を斬り捨てればいいのか」

「うわぁ・・・余計倒せないラスボスになった」

「達也まで敵に回ったらまず攻略させる気がしない」

「ラスボスに裏ボスついちゃダメだろ」

「むしろラスボスを助けるゲーム」

「どういう意味だ雫」

 

問い掛けるが雫はそのままの意味、と返すだけ返して横から深雪を抱きしめた。

深雪は急にどうしたの、と抱き返しているけれど、何故分かってないのに抱き返す。

疑問に思うならまず理由を確認してからに――ってそうじゃない。

 

「兄さんが調整してサポートしてくれているんだもの。決勝も負けるはずが無いわ」

 

そろそろ夜も深まる頃にこんな大声で話しているのは、と注意しようとしたところで深雪がストップをかけるようにまとめ上げた。

・・・騒ぎの発端は深雪だったような気がするが、綺麗にまとまったようで皆落ち着いた。

 

「さ、今日はもうお開きにしましょう。兄さんは疲れているんだから早く休ませないと」

 

ぱんぱん、と手を叩くとタイミングよくピクシーがやってきた。

 

「片付けに来てくれたの?ありがとう。明日はあなたに用意したモノがあるの。ちょっと付き合ってくれると嬉しいわ」

「深雪、明後日が本番なのに明日なのか?」

「英気を養うにはいいかと思って」

 

どうやら着せ替えごっこを明日やりたいらしい。

付き合うピクシーは嫌と言うこともない。一方的な約束を取り付けて今日は解散となった。

深雪は雫たちの部屋にちょっと寄ってから戻ってくるとのこと。

俺たちが同室なのは公然の秘密なのだから一緒に戻っても今更誰も気にしないと思うのだが、深雪の配慮を無駄にすることもない。

とりあえず名目上それぞれの女子を男子が部屋に送る形でホテルへ戻る。

俺の横にはほのか。その前には雫と深雪が楽しそうに話している。

――いつから、この順になっただろうか。

気が付けば俺の隣に深雪の姿はなく、ほのかと二人で歩くことが増えた。

それは深雪が雫と話したいからということもあるのだろうが、なんとも釈然としない。

ほのかとも、彼女の好意に応えられないことがわかっているのにこうして好意を寄せられることに申し訳なく思う。同時に、早く吹っ切れてくれれば、と。それは俺の身勝手なのだろうか。

だが、俺は既に自分の気持ちを答えている。いくら彼女に好意を寄せられても彼女の気持ちに応えられるわけがないのだから。

それでも構わないと、現状を維持する形になっている。

深雪の親友で、俺の友人でもあるこの状態。

本当にこのままでいいのだろうか、と考えつつ適当な相槌を打ちながら部屋に到着すると、深雪はそのまま雫たちと部屋に入ってしまった。

俺はここで待てばいいのだろうか、と思ったが、深雪から先に戻ってと指示が。

 

「お迎えもいらないわ。そんなに遠くないもの」

「だが、」

 

言い募ろうとしたが、深雪から大丈夫とダメ押しが。

確かにこのホテル内で襲われるような可能性は限りなく低い。

特に今年は昨年のこともあり軍が全面的にセキュリティを徹底しているため、外部からの侵入は無いと思われる。

だが、それでも深雪が狙われないかと言われれば、――ここには同年代の男子が選手だけでも各校25人以上いるわけで深雪をそういった意味で狙いに来る輩は多いはずだ。

特に一人で歩こうものなら近寄る輩が現れても不思議ではない。

そう思うのに、深雪は首を振る。

・・・気づかれなければいいのでは、と思わなくもないが、深雪の目がじっと俺を見つめてくる。これは退散しなければならないらしい。

視るだけで我慢するしかないか、と諦めて部屋に戻った。

 

 

――

 

 

深雪が部屋に戻るタイミングで扉を開けて出迎えると、深雪はいつもよりも嬉しそうにはにかんだ。

 

「おかえり。何か良いことがあったのか?」

 

深雪は扉の中に素早く身を隠すように入ると、こちらも珍しく深雪の方から抱きついてきた。

抱き返すとこれまた擦り寄るように頭を胸に擦り付けられる。

深雪は一体俺をどうしたいのだろうか。先程までのつれない態度との温度差に戸惑う。

それでも自身の身体は閉じ込めるように腕を回していて、抱きしめると深雪はようやく顔を上げた。

至近距離で見つめ合う。

屈んでいるため長いまつ毛が触れそうなほどの近さだ。少しでも角度を変えたらどこかしらが触れてしまうだろう。

僅かに緊張しているのがバレないか冷や冷やしながら深雪の出方を待つ。

 

「ただいま戻りましたお兄様。お兄様が出迎えてくれることが嬉しくて、ついこのように甘えてしまいました」

 

・・・ああ、なんて可愛らしいのだろうか。先ほどまで抱いていた不満がすべて吹き飛んでいった。

確かに俺がこのように深雪を出迎えるということはないな、と言われてから気づく。

いつだって待つのは深雪で、俺は迎え入れてもらう側だった。

 

「偶にはこういうのもいいが、深雪を待つのはなかなか難しいな。すぐに迎えに行ってしまいそうになる」

「まあ。お兄様ったら」

 

冗談と受け取ったのか深雪は笑っているが、半ば本気で迎えに行きたかった。

深雪が人とすれ違うたびに、その人間が立ち止まるたびに動きそうになる体を留めるのが大変だった。

ハグが終わり、するりと離れていった深雪が寝る支度を整え、戻ってきたときには手にタオルにくるまれた大きめのドリンクボトルがあった。

 

「こちらにお湯を入れてきました。これをタオルで巻いてベッドに入れれば朝まで行火の代わりになるかと思いまして」

 

いい笑顔で言う深雪は、雫たちと睡眠対策を講じてきたらしい。

つまり、

 

「これでもうお兄様を悩ませることなどございません!」

 

もうベッドにもぐりこんではくれないらしい。

いや、まだその実証ができたわけではないが、深雪なりにいろいろ考えてきたようだ。

 

「俺としては構わないのだが」

「ダメですよ。しっかり眠ってくださいませんと、支障が出てしまいますでしょう?」

 

確かに、今日は思考が上手くまとまらないと疲労を実感したところではあるが、それとこの度の睡眠が関係しているとは思えないのだが。

深雪が俺を心配しているのだということは間違えようもないことで。

 

「ありがとう」

 

かろうじて兄として礼を言うことができたが、なんとも複雑だ。

いつまでもこのままではよくないとも思っていたが、こんなあっさりと終わってしまうとは。

恐らくこのような機会は二度と巡ってこないだろう。

 

「お兄様の為ですもの!」

 

輝かんばかりの笑みに偽りは一切見えない。

けれど、本当にそれが俺のためになるのだろうか。深雪の気持ちを疑っているのではない。ただ、自分の胸に問い掛ける。その答えは――見出す前に深雪が動く。

 

「さて、寝る準備も整いました。お兄様は明日もお忙しいのですからしっかり寝て下さいませね」

「ああ、そうだな。――でもその前に」

 

ベッドに乗り上げる深雪に待ったをかけて横から深雪を抱きしめる。

 

「お、お兄様!」

「明日は忙しいからね。今のうちに俺も英気を養おうと」

「・・・それなら、妹として協力せざるを得ませんね」

 

腕を叩かれ少し離すと身をひるがえして正面から抱き合った。

 

「きっと朝から大忙しでこのように触れ合う時間もほとんど無いでしょうから」

「深雪に触れられないのは辛いな」

「明後日までの辛抱です」

「耐えられる気がしない」

「あら、まあ」

 

ふふふ、と笑う深雪に項垂れるように首に凭れると頭を撫でられる。心地よい。

深雪の心音はいつもこの姿勢になると早くなる。撫でる手はゆっくりなのに、この対照的なリズムが癖になっていた。

 

「なら今のうちにたっぷり充電しておきませんと」

「このまま一緒に寝てしまおうか」

「それでは何も変わりませんでしょう」

 

どさくさに紛れてリクエストするが、これは却下される。わかっていたことだが、残念だ。

それからしばらく抱き合ってから眠りについた。

 

 

行火のお陰か、深雪が俺のベッドに入り込むことは無かった。

 

 

――

 

 

目が覚めて一番に隣の温もりを探すが、予期していた通り深雪は隣のベッドですやすやと眠っていた。

そのことを寂しく思いつつ起き上がる。

体に不調はない。すぐに着替えて深雪のベッドに近寄りよく眠っている顔を眺めてから部屋を後にした。

師匠は今朝も組み手に付き合ってくれたが、今日はなぜか早く切り上げた。

 

「だって君、今日は忙しいんでしょう」

 

気を使ってもらったらしい。珍しい。師匠がこんなことで?と思わなくもないけれどせっかくの気遣いだ、ありがたく受けておく。

それから慣れたランニングコースを回って部屋に戻ると笑顔の深雪に出迎えられる。

 

「おはようございますお兄様。おかえりなさいませ」

「おはよう。そしてただいま深雪」

 

軽く抱きしめてからすぐにシャワーを浴びて朝食を食べに食堂へ。

 

「・・・ああ、深雪の味噌汁が飲みたい」

「まあ。なら帰ったら水波ちゃんと一緒にキッチンに立とうかしら。久しぶりだから腕によりをかけて作るわ」

「それは楽しみだ」

 

うっかり零れた言葉を拾う深雪からの提案に、すかさず便乗すると深雪が嬉しそうに顔をほころばせた。

手にお盆を持っていなければ撫でていただろう。

先に食べていた先輩たちと挨拶を交わし、情報を交わし、今後の予定を確認して深雪と別れた。

次に会うとしたらお昼だろうか。そんなことを考えながら会場に向かう。

作業をしていると時間はあっという間だ。

試合運びもそう危ないこともなく順調で、桐原・十三束ペアは三高と第一ラウンドで当たった。

激しい試合の展開に隣の平河千秋も手に汗を握って応援していた。・・・随分な熱の入れように、昨年のような暗さは見えない。

時折睨みつけられることもあるが、恨むような色も無い。

ただ気にくわない相手と思われているようだったが、それはこちらも似たようなものだ。

いつの間にか深雪と友人になって可愛がられている存在が面白いわけがなかった。

深雪が絡まなければ気にすることもないが。ただ一応深雪の友人なので深雪のために情報を集めている程度。

このネタも、彼女は喜ぶのだろうな。心底どうでもいいが。

試合は予想通り一高が勝った。これにより勝ち点トップで第二ラウンドを見るまでもなく優勝が決定した。

アイスピラーズブレイクペアの方も担当した雫・千代田ペアが優勝。男子の方は3位入賞。

シールド・ダウンペアは十三束・桐原ペアが優勝、女子がギリギリ3位に引っかかった。

三高が二位以上をキープしているが点差はほとんど変わらず一高が一位のまま。このまま予定通り進めば一位を譲ることはなさそうだ。

 

「司波さんとの特訓思い出してよかったー」

「ああ!最後のアレね。盾にばかり注目してたら足元掬われるって。危なかったわね」

 

どうやらここでも深雪のアドバイスが生かされていたらしかった。今年の深雪はどこでも大活躍のようだ。

 

(――そんなに働いて、深雪の方こそ大丈夫なんだろうか)

 

彼女の武勇伝ばかりが耳に入り、深雪こそ働き過ぎなのではないかと心配になる。

元々深雪はほとんど弱音を吐かない。冗談交じりに言うことはあるけれど、本心からの弱音というのはごく稀だ。

我慢強いと言えば聞こえがいいが、無理をしやすいのだ。その上隠すのも上手いからなかなか気づくことができない。

これが終わったら確認しよう。

この後は参謀としての作戦会議と、エンジニアとしての調整と点検。

その後お茶会に参加しつつパラサイドールの動向をチェックし、襲撃できるようなら向かう予定だ。

早く余計なことを終わらせたい。ただその一心だった。

 

 

 

 

だからまさか、あんなことになるなんて予想もしていなかった。

 

 

――

 

 

お茶会に参加すると、今日はここの噂を聞き付けたのかエイミィ達も参加してきた。

椅子も机も余りがあったから余裕だったが、女子が増えるだけで賑やかさがかなり違う。話題はいくらでも湧いてくるようだった。

雫の優勝を祝ったり、明日試合の深雪が応援とフライングを心配されたりと和気藹々としていたが、エイミィ達が参加してきた理由は別に存在したことが発覚する。

何でも十三束と平河千秋との関係に複雑な心境を抱いたエイミィの落ち込みぶりを心配したスバルが彼女を持て余して、どうにかしてもらえるかも、と連れてきたんだそうだ。

十三束の周りも賑やかだな。

深雪も興味を示して話に交ざっていたが、彼女にとってその鞘当て(この場合女一人に、ではなく男一人に女が二人なのだが)相手が共に友人とあって少し気まずい話題なのかもしれない。

エリカもわかっているのかそこまで茶々を入れない。

 

「あー、深雪って彼女と親しかったんだっけ」

 

エイミィが少し気まずそうに問えば、深雪はクスッと笑って答える。

 

「私、友人の恋に関しては特に応援しないようにしているの」

 

相談には乗るかもしれないけど公平でありたい、と。

それは平河千秋のことだけでなく、ほのかの事も指しているのだと、この場に居る全員が気付いた。

 

「深雪、そう言えばピクシーの着せ替えをするんじゃなかったのか」

 

かなり強引な話題変換だったことは否めないが、それでも深雪をこの話題から離せると思い問い掛ければ、深雪は少し目を見開いてからはにかむように笑った。

純粋に嬉しいと表現する笑みに、皆直前まで流れていた気まずさなど忘れたようにその笑みに釘付けとなる。

それは先ほど話をしていた彼女たちも例外ではない。口を閉じる者、そうでない者と様々だが、皆深雪から眼が離れない。

可憐で、見る者を引き寄せる笑みに誰もが目を奪われる。

この場は一高のみの場所ではない。当然通行人もいて、彼らもこの深雪の笑みが目に入ったのか足を止めて惚けていた。

 

「そうだった。ありがとう兄さん。皆、ちょっとごめんなさいね」

「ついていこうか?」

「じゃあ少ししてからお願いしていい?着せ替えるから兄さんはしばらく来てはダメよ」

「塩梅が難しそうだな。分かったから、早くお行き」

 

深雪が動き出したことで、全員目を覚ましたように目を開閉させて深雪を見送った。

あの笑みの威力は相変わらず半端ない。

多少見慣れた雫たちでさえ、ため息を避けられなかった。

 

「なんというか、深雪さんの美しさって日々増していきますよね」

「本当。結構見慣れてきたと思っても、これだもんね」

「深雪は自分の容姿に無頓着すぎる。達也さん、もっと注意して」

 

雫から注意を受けるが俺だってこんなところで見せるとは計算外だった。

 

「俺もあそこまで着せ替えごっこを楽しみにしていたとは思わなかったんだ」

「達也さん!その着せ替えって、ピクシーの服を用意したんですか?」

「え、何?3Hのために服を買ってきたの?わざわざ??」

「それはまさしく、富裕層の遊びじゃないか」

 

ほのかが言うのは前に青山霊園に向かう時に用意したあれを思い出してのことだろうが、続くエイミィやスバルの言葉には訂正を入れておく。

 

「いいや、自作だ」

「え?」

「深雪は趣味で裁縫を嗜んでいてな。ピクシーの服も自分で布を買って作っていた」

「「「「ええーーー!?」」」」

 

まあ、服を作るなんて普通は考えられないだろう。

俺も初めは買った方が早いし効率的では、と思ったのだが深雪としては、メイド服を買うのには抵抗が・・・ということらしい。

だからといって作るのはどうかと思うが、それができてしまうのが深雪だ。

 

「・・・流石深雪」

「そこまでできるの!?」

「つーか、今時裁縫って。スゲーなお前の妹」

「ああ、自慢の妹だ」

 

何でもはできないという割に大抵のことはできてしまう、頑張り屋の自慢の妹だ。

自然と緩む口元を自覚しながらそう言うと、

 

「司波君って深雪のことになるとそんな笑うんだ」

「なんだ?」

 

エイミィが意外、という顔で見つめてきた。いや、エイミィだけではないな。スバルも同様だった。

ほのかやエリカはうなずいているし、レオ達は苦笑を浮かべていた。

 

「いやぁ。何と言うか、幸せそうというのか」

「だよねー。甘々っていうか」

 

俺の顔がなんだというのか。困惑していると幹比古から提案をされる。

 

「一度深雪さんのことを考えてから鏡を見てみるといいよ。きっと答えがわかるから」

 

そんなにおかしな顔をしている自覚は無かったので後で確認してみるか、と優先度の下層の方に放り込んで立ち上がる。

ピクシーからくるようにとの連絡だ。

 

「そろそろ頃合いだろう」

「いってらっしゃーい」

「ごゆっくり~」

「ちょ、ちょっとエイミィ!」

「なんなら昨日みたいに先に帰ってもいいから」

 

私たちはこっちで適当にやるわ、とエリカに追い払われるように手を振られた。

水波は、付いてきたそうに見つめている。頷くと彼女は静かに後ろをついてきた。

 

 

――

 

 

「あの、達也兄様。このところ深雪姉様は大分お疲れの様子でしたけれど」

「水波にもわかったか。どうやらかなり無理をしているみたいだな」

 

水波も気づいたのは着替えを手伝っていた時らしい。身体が少し張っているようだったと言っていた。

毎日マッサージをしていたから気付けたことのようだった。

作業車の中に入って見ると深雪がニコニコとピクシーと会話していた。

 

「兄さん、水波ちゃんも。どう?可愛いでしょう」

 

元々着ていたメイド服とは違い、オールドタイプというのか、足首まで覆うドレスに白いフリルのエプロンは中世の絵画によく描かれているタイプのものに似ていた。

ヘッドドレスは外され、代わりに彼女の髪をどうまとめたのか、まとめられてお団子一つに収まっている。

そのお団子には白に黒の縁取りのリボンが括られていてそれが彼女が頭を動かすとひらりと動く。

可愛いか、と問われれば、恐らくできはいいのだろう。エプロンには黄色いバラがあしらわれていた。あの短時間でこれを完成させていたのか。

 

「そうだね。だいぶ雰囲気が変わったようだ。深雪は気に入ったかい?」

「ええ。このクラシックタイプもよく似合ってて素敵」

 

そろそろいいか、とタイミングを見計らって水波に合図を送ると水波は心得た、とばかりに遮音と電波遮断の魔法を展開。これで音が外に漏れることはない。

 

「それで深雪、ここに呼んだ理由は何だい」

 

昼間、深雪から四葉式の暗号メールが送られてきたのには驚いたが、お茶会を抜け出して話したいことがあるということで俺と水波はここに集まった。

理由を問えば、深雪は穏やかに微笑んだまま俺に向けて頭を下げた。

 

「お呼び立てしたのは他でもありません。お兄様、パラサイドールの探索及び工作を一時中断していただきたいのです」

 

予想外の言葉に呆気に取られた。

今夜動くことを深雪に伝えてはいなかった。それなのにどういうわけか深雪にはわかっていたらしい。

上げられた面に浮かんでいる笑みは四葉でよく見る淑女の笑みに変わっている。

朗らかに見えるようでいて、冷えた視線。一分の隙も無い完璧な笑み。

そして続く言葉はほぼ命令に近かった。

 

「今すぐピクシーをサスペンドモードに。外界と遮断させてください」

「深雪、それは」

「お兄様はこれから本拠地に向かわれる予定だったのでしょうが、それもお止めください」

 

深雪らしからぬ口調に動揺しそうになるが、ここは俺にも引けない理由がある。

こちらのことを気取られていない今が最も奇襲を掛けられる絶好のタイミングだ。

もしくは奇襲とはいかなくとも偵察だけでも意味はある。

 

「深雪、悪いがあまり時間も無い。早く片をつけたい。そこを」

 

退くように、と伝えるより早く、深雪は張り付けていた笑みが剥がれ落ち――次第に目にいっぱいの涙を浮かべてボロボロと大粒の涙を流し始めた。

 

そして――

 

 

 

「やっぱり、私じゃ・・・止められない・・・?おに、お兄様に、行ってほしく、ないの」

 

 

 

徐々に涙の量は増え、呼吸も怪しくなりしまいにはひっく、ひっくと泣きじゃくり始めた深雪に、身動きどころか呼吸さえ止まった。

頭の中が真っ白に漂白されて暫し何も考えることができなくなった。

数秒間、完全にすべての機能がフリーズした。

一瞬でも、数瞬でもない、何秒もの間、思考も何もかも停止したことを再起動した脳が分析し始めた。何が起きたか情報処理を同時展開する。

 

(――深雪の、こんな辛そうな泣き方は初めて見た)

 

深雪はいつだって静かに涙を流す。表情をゆがめることなくしっとりと泣くのだ。

しかし、今のそれは激しく、溢れる感情を止められないと言うように体を震わせ、声を震わせ泣いている。

まるで幼子のような泣き方に酷く衝撃を受けた。

固まって動けないでいる俺をよそに、深雪はままならない呼吸の中、言葉を紡ぐ。

 

「お、にいさまが、行って、どうなるというのです?おに、さまが行く必要なんて、ないっ、のに」

 

握った拳で涙を拭っても追いつかないほど泣きじゃくる深雪に、ようやく金縛りが解けたように駆け寄ろうとするが、

 

「こないでっ!」

 

悲鳴のように絞り出された言葉に足を縫い留められるように動けなくなった。

ひっくひっくと肩が大きく動いて肩を丸めて泣く姿を、今すぐ抱きしめて慰めてやりたいのに、それが許されない。

見ているだけで胸が軋むほど痛い。呼吸がし辛い。

瞳を逸らすことも閉じることもできずに深雪を食い入るように見つめるだけしかできなかった。

 

「ど、してお兄様が、九島、家の実験を、事前に阻止すべく、動かなければ、ならない、の?!」

「!!」

 

それは、と答えようとしたが言葉が見つからない。

初めは差出人不明のメールを受け取った時から、そう動くことが当然だと思っていた。

だが、問われて初めて気づく。それは本当に俺がしなければならないことだったのだろうか。

 

「おに、さまはお優しい、から、皆を救おうと、なさる。でも、でもっ!」

 

そんなつもりは一切なかった。結果としてそういうことになるのかもしれないが、俺の一番は深雪で――

ここにきてようやく気付く。

 

(なぜ、一番守るべき深雪が泣いている?)

 

「パラサイ、ドールが最終、日に投入される、なら、その際に破壊、すればいい。その前に、お兄、様がいくら頑張っても、逃げられたり、追加される、だけ。そんなの、おに、さまが、先に参ってしまいますっ!」

 

深雪の興奮は最高潮に達したらしく、サイオンが不安定に揺らめいてエイドスに影響を与え、事象を改変し始めている。

叫び声に呼応するように車内が冷え始めたが、深雪はそれをすぐに抑え込むように胸の前で拳を握って魔法の暴走を食い止めてから、顔を上げた。

その拍子に大粒の涙が零れ落ちていく。

――こんな時だというのに、なんと美しいのだろうと見惚れてしまう。

 

「いか、ないで。そばにいて。いっては、いっちゃだめ、です。おにいさまが、こわれちゃうっ!」

 

(ああ、だめだ)

 

引き寄せられるようにさく、さく、とわずかに残った霜を踏みながら前に進む。

 

「こな、いでっ」

「無理だ」

 

初めからこうすればよかった。

深雪は行かないで、と。傍に居て、と言いながら来ないで、と言う。

この矛盾、どちらが間違っているかなど簡単な問題だったのに。

深雪はずっと俺のことを心配していた。不思議に思うほど何度も言葉を重ねて休むように伝えていた。

けれどそれでも俺が止まらなかったから、ついにはこうして想いが爆発した。ため込んでいた疲労も彼女を追い詰めていたのだろう。

深雪の働き過ぎにも気づかなかったなんて、自分の疲労など言い訳にもならない。これではガーディアン失格と言われても仕方が無い。

守るものを見失うだなんて、ありえない失態だった。

 

俺が守るべき唯一のモノより優先するものなどありはしないというのに。

 

 

「深雪、悪かった。お前はずっと俺に教えてくれていたのにな」

 

謝罪の言葉などいくら言っても足らないくらいだ。

深雪はずっと苦しんでいたのに、俺はその気持ちをずっと蔑ろにしていた。

そのことは余計に彼女を追い詰めたはずだ。

自分の声は届かない、と。そう思わせてしまっていてもおかしくない。

 

(だから、『やっぱり私の声じゃ』と言ったのか)

 

思い出しただけで胸が痛む。

そんなことは無い、と言いたいが己のしたことを振り返るとその言葉を否定するための説得力が無い。

 

「行かないよ。どこにもいかない。お前の傍に居させてくれ」

 

深雪が首を横に振る。嘘だ、ありえない、とでも言うように。

常に俺の言葉を信じてくれる深雪に、すでにそう思わせてしまっている事実に己の不甲斐なさを実感させられた。

 

「もう目が覚めた。もう、間違えない。俺にはお前だけだ。お前がいればそれで――」

「ちが、うのっ。おにいさ、まには、わたしだけ、じゃなくて、いいの。ただ、むりはしな、いで、ほしいっ。わたし、はおにい、さまもだいじに、してって」

「――ああ、そうだな」

 

この前もご自愛くださいと言われたばかりだった。無理はしてほしくないと。そう言ってくれていたのに。

俺は自分が無理をしていることにも気づいていなかった。

深雪の言葉は疲労していようが一言一句覚えている。全て思い出せる。

 

「お前は俺のためにこんなになるまで頑張ってくれていたのに、気づいてあげられないダメ兄貴ですまなかった。これから挽回させてくれ」

 

そう言うとまた深雪は首を振る。

 

「お兄様は、ダメ兄貴、なんかじゃありま、せん」

「ダメ兄貴だよ。こんなに大事な妹を泣かせているんだから」

 

ひっく、ひっくと呼吸を落ち着かせようと深呼吸したいのだろうけれど上手く呼吸ができず、吸えば吸うほど逆効果のようで、まだ泣き止みそうも無かった。

潤んだ瞳は可哀想なくらい充血し、鼻をすすっているせいか鼻の頭が赤くなってしまっていた。

酸欠もあるのだろう、顔全体が赤らんでいた。

いつもの完成された美が歪んでいるのに、いつもより生命を感じさせる。どちらも堪らないほど愛おしい。

 

「ゴメンな。何度謝ったって許されることじゃない。俺はそれだけのことをした。深雪は俺を許さなくていい」

 

頬に触れると涙で濡れているのに熱を持っていた。泣き過ぎて熱が上がっているのだ。

 

「部屋に戻ってゆっくり二人で休もう。俺たちは疲れているんだ」

「おに、さまも、いっしょ?」

「ああ、一緒だ」

 

またポロリ、と涙を流す。

それを指で拭ってやってからすぐにこぼれそうな雫をため込んでいる目尻に口づけた。しょっぱいけれど、ひどく甘い。

ぱちぱち、と瞬きする深雪が可愛らしすぎて、今度は額にキスをする。

涙はぴたりと止まったが、深雪自身もぴたりと動かなくなった。

俺はこれ幸いにと、ピクシーと水波に指示を出す。

 

「ピクシー、すぐにサスペンドモードに。水波はこの後彼らの元に戻ってもらっていいか」

「了解・しました」

「深雪様たちが戻られないことをお伝えすればよろしいのですね」

「ああ」

 

水波は深く頭を下げてから、魔法を解除した。

深雪を抱きかかえて、以前プレゼントでもらったハンカチで目元を隠してやってから作業車から降りた。

そしてホテル入り口とは違う方向へ歩き出す。

正面から戻るつもりなどなかった。人目に付くところを通ってこの深雪を他人に見せたくなかった。

バレないように魔法も駆使して非常階段から入る。

侵入経路はすべて頭の中に入っていた。

 

 

――

 

 

部屋に戻る頃には、深雪はぐったりとしていた。何とか目は開いているようだが、今にも寝てしまいそうだ。

 

「このままでは目が腫れてしまうね。何か冷やすものを――」

 

そう思ってベッドに下ろした深雪から離れようとしたら、深雪の手が俺の裾を掴んだまま離さない。

 

「いって、しまうのですか」

「・・・いかないよ。どこにもいかない」

 

そんなことをされて誰が深雪から離れられるというのか。

 

「うれ、しい」

 

目を真っ赤にしながらもはにかむ深雪に、力加減に気をつけながら抱きしめる。

 

「ごめんな。こんなに近くにいたのにお前の言葉にきちんと応えてやれていなかった」

「・・・さみしかった、です」

「っ、本当にすまなかった」

「お兄様に、私の声は届かないんじゃないかって。・・・必要ないんじゃないかって」

「そんなことはない!ありえない。俺には、お前しか――」

「お兄様、だめですよ」

 

深雪しかいない、深雪しかいらないと言いたいのにその口を深雪の力なんて何も込められていない一本の指に止められてしまう。

 

「たくさんいる中で、大事にされているだけで満足です。一番とか、二番とか、いいの。私はお兄様の唯一の妹。それだけで十分」

 

(――それだけでは、俺が不十分なんだ)

 

とは言えなかった。言うわけにはいかなかった。

代わりに思いを込めて抱きしめる。

 

「ふふ、くるしい」

「我慢してくれ」

 

本気苦しんではいないことがわかっていたのでこのまま抱きしめさせてもらう。

安心する深雪の体温と心音。いつもよりゆっくりなのは疲れて眠いからか。

 

「・・・お兄様、ごめんね。ごめんなさい」

「どうして深雪が謝る?謝るのは俺の方だろう」

「だって、酷い我侭を言ったもの」

「アレのどこが我侭なんだ?俺のためだったのだろう?」

 

俺の為に行くな、と、引き留めることのどこが我侭だというのか。

今まで深雪がずっと忙しくしていたのも、頑張っていたのも思い返せば俺のためだった。

一人で頑張るなと、人を頼っていいのだと言っていたのは俺一人が抱え込むなと伝えていたのだ。

だから仕事を分散させ、俺の手から放したというのに、それに気付かず俺は手が空いたことを良いことに、他に手を延ばしていた。やることなんていくらでもあったから。

深雪自身、九校戦で優勝なんて目指していない。負けず嫌いなところもあるけれどそれはお遊びであり、基本的に優劣をつけることは好まない。

全ては俺の負担を減らそうとしていたのだと、今になって気付かされた。

どんどんと深雪に対しての罪悪感が増していく。

あれもこれも、深雪にしてはやたら積極的に動いていた。

水波が来たから、後輩ができたから先輩として張り切っているのかとさえ思っていたが、すべて勘違いだった。

 

「でも、全然だめだった」

「ダメじゃない。ダメじゃなかったから俺はここにいるんだ。気づくのが遅くなってすまない」

 

今度は俺の言葉が深雪に届いていないようだった。

深雪もこんな気持ちだったのか、と悔恨は尽きないが、知ったからそこできることもある。

 

「ありがとうな。深雪がいてくれて俺は助かった」

「ほんと?」

「ああ。おかげで目が覚めた」

「おやくにたてた?」

「もちろん」

「・・・よかった」

 

ふにゃりと力の抜けた笑みに、己が胸にふつふつとこみ上げるものが。

・・・・・・なんだろうな、この可愛い生き物は。

俺の妹だとわかっているのに、あえて問いただしたくなるこの気持ちは。

 

「深雪は可愛いな」

 

溜息と共に心の内から言葉がこぼれ出る。

 

「可愛い」

「かわいい?」

「可愛いよ」

「ふふ、うれしい」

 

ふわふわ、ふわふわと夢現の状態の深雪の、なんと愛おしいことか。

これ以上俺が触れることは悪いことのような気さえする。

手放すのは惜しいが、このままでは深雪も困るだろうから。

 

「さ、今夜はもう寝よう」

「お兄様も一緒?」

「ああ」

「ちゃんと、ねてくださる?」

「俺も疲れたからね。今日はよく眠れそうだ。深雪はどうだい?」

「ん、私も」

 

着替えるのも億劫だったが、このままというのも寝心地が悪そうだ。二人して着替えて――互いのベッドの上で向かい合う。

 

「おやすみなさいませ、お兄様」

「ああ、おやすみ」

 

すぐに眠気は訪れて、深雪が夢の世界に旅立ったのを見送ってからふつり、と記憶が途絶えた。

 

 

 

 

翌朝。

目が覚めて頭を抱えていると、深雪も起き出して同じく頭を抱えていた。

 

 

――

 

 

深雪視点

 

 

・・・・・・やっちまったなぁ。

何ということでしょう。

酷い悪夢を見た気分だけれど、目の腫れと頭痛具合からしてあれは夢じゃなかったことを教えてくれる。

知りたくなかった。嬉しくない。

 

子供のように泣きじゃくり、お兄様を引き留めるとか。

 

こんなの原作にあった深雪ちゃんと違いすぎる。ただの子供の駄々っ子だ。

恥ずかしい、恥ずかしすぎる。

穴があったら今すぐにでも飛び込みたい。

寝起き早々、頭を抱えていると、横からお兄様から声がかかる。

 

「おはよう」

 

え?お兄様が朝からいる??

顔を上げるとお兄様も片手で頭を押さえていた。

・・・あ、お兄様もしや正常に戻られました?優秀な脳がすべて記憶してしまっていた感じ?それを今読み返してしまったのかな。

 

「おはようございます」

 

お兄様の声もだけれど、私の声も覇気がない。

外はまだ真っ暗。多分午前四時くらい。

けれどすっきり目覚められている。頭はとっても痛むけど。

 

「大丈夫か?」

 

お兄様の視線は私の顔に向けられていて、目の腫れを気にされているようだった。恥ずかしい。

けれどそれよりなにより昨日の言動の方がもっと恥ずかしい。

お兄様ほどの絶対記憶は無くとも優秀な深雪ちゃんの脳ははっきりと昨日の痴態を覚えていた。

そして優れた分析力により現在の状況に至るまでもおぼろげながら読み解けてきた。

 

「あまり大丈夫とは言い難いですが、大丈夫です」

「そうか。俺もだ」

 

お揃いですねぇ、と笑い合うけれど、それもから元気、から笑いだ。

 

「・・・目が覚めましたか?」

「・・・ああ、悲しいくらいにすっきりだ」

 

お兄様が悲しまれている。お可哀想に。

けれどそれを慰めることもできない。こちらも大惨事なので。

 

「・・・やらかしましたねぇ」

「ああ、やらかしたな」

 

二人、タイミングを同じくしてベッドの上で正座になり、向き合って。

 

「申し訳ございませんでした!」

「すまなかった!」

 

こうして、目を覚ました私たちは朝から謝罪合戦を始めたのだった。

 

 

――

 

 

まずお兄様は、ここ数日のおかしな言動を謝罪した。

一緒のベッドで抱きしめあいながら眠るなど言語道断。お兄様としてもやはりありえないことだったらしい。

私が入ってきたのは不可抗力だったにしても、抱きしめるのは明らかに異常だったと。

あまつさえ自分からベッドで抱き合いながら寝ようなどと、ありえない発想であると断じた。

それだけでなく、他の人がいる前で甘えるような言動を取ったことや、膝枕での非常識な行動等々、上げたらきりがない数々の異常行為をお認めになり項垂れていた。

そうでしょうね。その数々、お兄様にとってありえない言動ばかりでしたよね。

良かった。おかえり正常な判断。

できればもう二度と逃げださないようにしっかりと首輪でも何でもつけてくださいませ。

そしてなにより忙しさにかまけて私の言葉を聞き流していた――というより見当違いだと流していたというのが正しいのか――ことを改めて謝罪。

それから自分のためにいろいろと苦労を掛けたこと――仕事を分散してくれたのに気付かず仕事を増やしていたこと。

選手たちの訓練も、お兄様が参謀としてすべてを担当しないよう暗躍していたことにも気づかれてしまった。

冷静になったお兄様の分析ヤバいね。丸裸にされちゃう。

 

「そう考えると、深雪の行動の原因も俺が原因だったのかもしれない」

「え・・・?」

 

そこは流石にお兄様の責任ではないでしょう、と思ったのだけど。

お兄様は顎に指を添えて分析結果を語る。

 

「深雪は恐らく、お前を無視するような形になっていたことにもストレスを抱えていたんじゃないか?それで溜まりに溜まったストレスや疲労が自律神経に影響して手足がいつも以上に冷えて――。今思い返せば、お前の手足は前と比べて異常に冷えていたように思う」

 

それは――、そう、なのだろうか?

思い通りにうまくいかず、疲労を蓄積していくお兄様に落ち込んだりもしたけれど、それもストレスになっていたということ?

・・・ストレスが限界値を超えて幼児退行したかのように泣きじゃくった、と。

泣くことは確かにストレス発散に良いとは言うけれど、・・・お子ちゃまかな。恥ずかしい。

 

「いつも以上に働いていたことももちろん要因だろう。どの種目でもお前の話を聞いたよ。お前の特訓だったり指導だったりが役に立ったと。それだけ忙しく動き回っていて疲れないわけがない」

「でも、それはお兄様も――」

「ああ、今思えば俺も疲れていたんだろう」

「!」

 

お兄様が疲労もお認めになった!

そう驚いたのが顔に出たのだろう。お兄様は苦笑した。

 

「あれだけお前に注意されていたのに、俺が大したことはないと振舞っていたからお前も感化されてしまったのだろうな」

 

あ~、お兄様があれだけ忙しなく動き回っているのに疲労の色を見せていないのだから、私も疲れていない理論が発動してた?それなら納得できないこともない。

 

「深雪、手に触れてもいいかい?」

「・・・ええ」

 

ベッドから降りてお兄様は私のベッドに腰かけると手を取って両手で包み込む。

 

「うん、冷えているけれどここ数日よりはマシだな」

 

お兄様の手は相変わらず温かい。固くて、大きい、しっかりした男性の手だ。

 

「昨日はぐっすりでしたもの」

 

その前も私的にはぐっすりだったんだけどね。

夢遊病のように動き回っているならそれは体が起きていたということに他ならないわけで。

 

「確かに、昨日はお手製行火を入れなくても俺のベッドには入ってこなかったな」

 

ああ、そう言えば昨日はもう何もする気力が無くて寝間着に着替えるだけで精いっぱいだったなぁ。

・・・お兄様の前で普通に着替えてた。頭働かなさすぎて羞恥心もどっかに行ってしまっていたらしい。

お兄様が私の目の前で着替えるのはままあるので、そこはそんなにおかしなことではないのだけど。

いつもは見ないように気をつけているのだが、昨日は着替えるのに一生懸命だったから気にもならなかった。

 

「今夜からは忘れないようにします」

 

記憶が無かろうともお兄様のベッドに潜り込んでいた事実は恥ずかしい。その上抱きついていたなんて・・・。

改めて自分の異常行動に赤面してしまう。あの時だって恥ずかしかったけど、今正常な意識の下思い出すとより一層異常さに気付かされたわけで。

これからは絶対にあってはならない。決意を胸にお兄様に宣言すれば、お兄様は苦笑して。

 

「もう解決したのだから必要は無いと思うんだが」

「可能性が残っているならば気をつけるべきです」

 

同室だって十分恥ずかしいのにお兄様と一つのベッドで、なんて本当に、本当にありえない!

オタク、妄想は許せてもリアルは別だから!

 

「まあ、そうだな。兄妹であっても節度は守らないと」

 

お兄様の声が小さい・・・?は!自分の行動を振り返って自戒しているのか。

お兄様にとっても十分やらかし案件だものね。

・・・そう、やらかし案件と言えばこちらも。

 

「――あの、昨夜のことは、本当によろしかったのですか?」

 

昨夜のこと――、つまり私の駄々こね案件である。

お兄様を引き留めることには成功したけれど、行っちゃダメ、とか傍に居てだなんて・・・。

もっと原作の深雪ちゃんみたいに私だけ守ればいいのです!なんて言葉は言えないけど、それくらいカッコよく決めたかったのに。

 

「あんな深雪を置いていけないよ。ボロボロに傷ついて泣いている深雪の傍に居ること以外優先することなど何もない」

 

そう言ってお兄様は私の頬を撫で、目の下を撫でた。

 

「赤くなってしまったね。瞼も腫れてしまっている」

 

お兄様はまるで自分のせいだと責めている様な顔をされているけれど、お兄様のせいなんかじゃない。

 

「あと三時間は有りますから、今から冷やせば多少マシにはなるでしょう」

 

もしならなくてもメイクで隠せるくらいまで落ち着くだろうから。

 

「だからお兄様、いつもの日課に向かってくださいませ。きっと先生もお待ちですよ」

「別に約束もしていない。師匠なら気にもされないだろう」

 

あらま。すっぽかす気満々ですか?

というよりいつも以上に離れません!という気概が感じられる。

でもね。

 

「お兄様。私にも一人になって反省したいこともあるのです。それに、目を冷やしている間は大人しくしているつもりですから」

 

暗にここにお兄様がいては落ち着かない、と伝えるとお兄様は少し不服そうだけれど、お願いを聞いてくれるらしい。

 

「そうだな。俺も冷静になる時間が必要か。分かった。少し出てくる」

「気をつけて行ってらっしゃいませ」

 

お兄様は着替えてすぐに部屋を出ていった。

・・・その間私はすでに目を冷やしたタオルで塞いでいたので何も見ていません。でも衣擦れの音ってそれだけで妄想力掻き立てるよねー!危険!

私の思考はぐっすり休めたことで平常運転を取り戻した。

 

 

――

 

 

さて、ふざけるのもここまでにして。

どうにかお兄様にパラサイドールのことは後回しにしてもらうことに成功したようだ。

駄々もこねてみるものだね。・・・恥ずか死ぬかと思ったけど。

あの時は必死過ぎて爆散する余裕も無かった。素面だったら死んでた。間違いない。

今でも危ういけどね。あああ!恥ずかしい!!

子供みたいに泣いてしまった。あそこにはお兄様だけでなく水波ちゃんもピクシーもいたのに。

けれどこれでお兄様も冷静に判断できるようになって、もう自作のサード・アイを使って地形を変えることも、人に罪を擦り付ける――は、どのみち四葉が唆して軍で行われるのだけれどお兄様がしないのであれば問題なし。

つまり処罰がある様な暴れ方はしないはず。

これで一件落着かな。

あとは私にできることは何もない。

今日のアイスピラーズブレイクで優勝して、無事に最終日を迎え、何事もなく優勝して終わるだけである。

あ、そう言えば念の為目の充血に効く目薬用意していたんだった。

いそいそとベッドから降りて鞄を開ける。ピクシーに着せたい服がまだあるのだけど、またできるタイミングあるかな。

ちゃんとサイズ合ってるか確認もしたいし、今度は針と糸も持って行こう。

今日まではお兄様が忙しいだろうから明日以降になるかな。

目薬を差してぱちぱちと。これでだいぶ良くなるといいのだけど。少し冷やしただけでも楽になったしね。

いつまでも寝間着でいるのも落ち着かない。運動着に着替えて目元に冷やしたタオルを巻いて軽くストレッチでも。

見えなくても慣れた動きなら問題ないだろうと思ってやってみたのだけど・・・視界無いのって結構バランスが難しいのね。

上手くできなくていつもより時間がかかる上に負荷もかかる気がする。

全てのセットを終えてベッドの上であおむけになって倒れた。

うっすら汗が纏わりついている。さっとシャワーを浴びたいところだけれど、ちょっと休憩。

ストレッチと筋トレをやる時くらいタオルを外してやればよかったと気付いたのはもう残りワンセットとなったところだった。

こうなったら最後まで、と謎のやる気をみせたせいでいらぬ疲労感。

ただでさえ今日は大切な試合だというのに。

こんなんじゃいけない、と体を起こしベッドを四つん這いになって降りようとしたのだけれど――

 

コンコンコンコン

 

(え、もうお兄様が戻られる時間?そんなに経ってた?!って――)

 

「きゃあ!」

「深雪?!」

 

ベッドの淵がわからず手をついたと思ったら何もなくてバランスを崩して落っこちた。

落ちた時の対処法として肘を伸びたままにせず、少し曲げて手根から着くと良いというのは護身術で学んだんだっけ、それとも淑女教育の誘拐された時の対処法だったっけ?と考えるくらいには混乱はしていても焦りはしていなかった。

手をついてコロン、と受け身を取って転がるとふわっと持ち上げられた。

そのぬくもりが瞬時にお兄様だとわかった。

でもね?見えない状態で急に持ち上げられるのってたとえお兄様相手でも怖い!

 

「お、おおお兄様、」

「見事な受け身だが、戻って早々には心臓に悪いな」

「も、申し訳ございません」

「・・・なんとなく状況は理解したが、目隠しをしたまま動き回るのは感心しないぞ」

 

うう、重ね重ね申し訳ない。

そしてこの状況を一目見た瞬間で理解するお兄様流石です。もう完全に復活しましたね。

 

「あの、もう下ろしてくださって大丈夫ですから」

「深雪は目を離すと危なっかしいからな」

「子猫ですか、私は」

「今のお前なら川に落っこちそうだからこうして抱えていないと」

 

お兄様があの映画の母猫になってしまわれた。

 

「もうそろそろタオルは外していいのではないか」

「そもそも今は何時くらいです?」

「6時半を回ったところだな」

「あら、ではすぐにシャワーを浴びませんと」

「・・・ああ、そうだね」

 

ん?お兄様、何かありました?

お兄様はすたすた歩くとゆっくりと私を下ろした。多分ベッドだね。

座らせて頭のタオルがはらりと取られたが、目元をお兄様の手に覆われていた。

 

「眩しいだろうから徐々に目を開くように」

 

相変わらず手厚い。

しばらくお兄様の温かいアイマスクを堪能してから。

 

「ありがとうございます。――いかがです?」

「うん、赤みはだいぶ引いたね。これならたいして疑問を持たれないだろう。瞼も腫れが引いている」

 

それは良かった。お兄様も安心したように微笑まれている。

朝からお兄様の優しい笑みにキュンキュンできるなんていい朝ですね。・・・心臓がずっとマラソンしてるけど。

 

「俺は準備があるから先に浴びておいで」

「はい」

 

お風呂セットはすぐに出せるようになっていたのでそれを持ってシャワー室へ。

・・・うん、やっぱり扉一枚って緊張するよね。これも修行。無心になる修行ですよ。頑張ろう。

本当、この数日間よくお兄様と同室で耐えられたものだ。

でも耐えられるだけであっていつまでも慣れない。

昨日みたいに思考回路が鈍らない限りはきっとずっと慣れないんだろうね。

今日は時間も無いので持ち込んだCADでパッと水気を払って部屋も綺麗にしてからお兄様と交代。

朝食は時間が決められているわけではないけれど、混む時間に行くくらいなら早い方が良いので。

お兄様がシャワーを浴びている間にスキンケアをしてお化粧も、と思ったけれど基礎だけにしておいた。

この後試合があるので水波ちゃんが張り切るだろうからね。

髪を梳かして髪飾りをつけて、胸元にはネックレスを。あとで外すけどね。今だけは。

それからすぐに出てきたお兄様と一緒に朝食を食べ、いざ決戦の地へ!

 

 

――

 

 

着替えを手伝ってくれる水波ちゃんに昨日のことを謝罪したら、水波ちゃんからも謝罪されてしまった。

私の体調に気づけなかったことでガーディアンとして情けない、と自分を責めるけど、ごめんね!深雪ちゃんとなってからあんなに働いたの初めてだと気付いたのは今朝でした。

うっかりだよねー。配分明らかに間違えました。

 

「水波ちゃん、あなたが気付かなかったのも無理は無いわ。あのお兄様だって気付かなかったんだから。それに私もまだ自分の限界を知らなかったの。迷惑かけちゃってごめんなさいね」

 

カーテンの内側だから普段の言葉で伝える。

落ち込んでいた水波ちゃんだけど、気にしないでほしい。

 

「もし次があったら水波ちゃん、よろしくね」

 

このまま謝罪対決パート2をするのも良くないのでね。

次を頼めばパッと顔を上げてこぶしを握り締めてキリっとしたお顔に。うんうん。その時はよろしくお願いします。

三つ編みが完成してぐるん、とひとまとめにしてもらうのだけど。

 

「あ、そうだわ。あのね、今日の決勝戦で――」

 

水波ちゃんに今日の演出上のリクエストを少々。

 

「・・・わかりました。そのように」

 

髪を結ってもらって、最終確認をして。

 

「お待たせ、兄さん」

 

水波ちゃんが開けたカーテンから出てお兄様に一礼してから、表情を氷の女王へと変える。

背筋をいつもより直線を意識して真直ぐに。顎も引き、薄目を心がけて。

 

「女王陛下に於かれましては本日も麗しく、拝謁できましたことを喜ばしく思います」

 

・・・お兄様の想像する騎士像ってちょっと変わってるよね。

私としては無口で影のように控える騎士様も好きですよ。

すっと膝をつき手を取って触れないキスをするお兄様。これに一体何を返せというのか。

お兄様、平常に戻ったんですよね?

何とか元に戻ってもらわないとと口を開いたのだけど、

 

「――余計な口はお閉じ」

 

――浮かんだのは高圧的な女王様でした。

 

(なんで、それを、チョイスした私!?)

 

冷ややかな声に凍てつくような視線――を受けたお兄様はなぜ口角が上がっているのでしょうね?面白かった??

私が内心パニックになっていることを気づかれました?

そして無言で首を垂れるお兄様に、一体どうすればいいの?と背後に控える水波ちゃんを見るも、彼女も立ったままだけれど首を垂れていて表情はうかがえない。

・・・今日はこのノリで乗り切るしかないようだ。一昨日描いた女王像と違うんだけどー。

私が浮かべていたのは孤高の女王陛下で――・・・、まあ、コンセプトはそんなに離れては、無いのか。

 

「時間ですね。出陣します」

「「はっ」」

 

・・・二人とも息ぴったりね。

 

 

――

 

 

準決勝も順当に勝ち進み、決勝戦。

櫓を登り切って、まだ合図が出る前に私は綺麗にまとめ上げられていた髪をくしゃりと崩して一本の三つ編みに戻した。

氷の城は造り出せないけれどね。あのシーン、憧れだったのですよ。自己の解放シーン。

素敵よね。女王まじリスペクト。綺麗可愛い。

なんかどよめきと歓声が上がったけれど、ここは私の戦場。もう余計な音など聞こえない。

 

私は氷の女王。全てを凍てつかせ、君臨する。

 

流石決勝戦、シグナルが点灯すると同時に向かいの選手が先手必勝とばかりに私の陣地に魔法を放つけれど、ブリザードの壁が魔法の侵入自体を阻む。

演出的に氷の縛りプレイを己に課しているけれど、別にこれは減速魔法が引き起こす特有の現象ではなく、自陣の柱をちょこっと削って氷の礫を作って宙に浮かせ加速魔法の多重展開でそれっぽく見せかけているだけである。

・・・まあ未知の魔法に見せかけたこけおどしというヤツだ。

壁に感じるのは純粋に私の魔法力が高くて干渉できなくさせただけ。

モニターにはきっとどんな魔法が使われているか表示されているだろうけど、対戦相手にはわからないだろうからね。

対抗魔法も何を使ったらいいか混乱していることだろう。

一応ね、ルールは確認したのだけど、自陣の氷柱を全て破壊されなければ何してもOKみたいだったから自分の氷柱を削って利用してみた。

誰も自陣の氷柱を傷つけてまで利用しようなんてそうそう考えないだろうからね。

あ、エイミィちゃんがいたか。アレが有効ならこういう使い方もありでしょう。

さて、こちらからも攻撃を開始しますか。

猛吹雪から大きめの氷の粒をチョイスして散弾銃のように加速を掛けて――ショット!

更に着弾直前には切り替えてもう一つのCADを操作し加重と強化を掛ければあら不思議。ただの氷の礫に頑丈さと重さがプラス。バフ盛り盛りだ。

握力×速度×重さ=破壊力。

この公式はでたらめだけど、彼の美学好きだったんですよ。バトル漫画にヤクザって結構異色だよね。

握力は氷の強度でカバーしたつもり。

うん、本当にでたらめ的な強さだこと。あの分厚い氷柱があんな小さな氷の礫に倒されましたよ。どうなってるの?やっといてなんだけどとんでもない威力ですね。

そこに追撃とばかりに残りの突き刺さっただけで倒せなかった氷柱の礫に振動を与えれば、そこから亀裂が走ってぽっきり真っ二つに。

それを見てすぐさま次の列の氷柱を情報強化したのはいい反応だ。氷の礫が突き刺さらなければ先ほどのようなことにはならないからね。

でもね、さっき砕けた氷柱のお陰で弾数が増えたのですよ。

それも、真っ二つという大きめの弾が。・・・もうこれこのまま使ったらハンマーだね。

それだと氷の女王として相応しい武器ではないので更に加重と振動を与えて砕いて砕いて加工して――うん。いい感じの鋭利な槍先がいくつもできた。

これに回転、加速、そして加重と強化で刺し穿つ!!

小さな棘でも刺さっただけで死に至らしめる毒花のように――その棘を減速魔法で冷却させればあら不思議。

温度差が生じたことで内部からひび割れが。

氷が温度に弱いのは何も熱だけではない。低い温度にも弱いのだ。

私の氷はちょっぴりコールド、あなたの心を完全ホールド!ってね。・・・ちょっと違う?良いじゃない。彼女だって氷の異能者だもの。

今日はオタクによる漫画とアニメの再現祭りだ!

最後の一本も砕け散り、銃の代わりにCADの角を銃口の煙を吹き消すようにふっと息を掛ける動作を。

こっそり人差し指を立てるのも忘れない。オタクは、伝わらなくても細部までこだわるのがオタクです。

終了のブザーと共に大歓声が沸き起こる。

最後はちょっと女王らしくなかったかな、と思うけれど十分楽しんだのでね。いいでしょう。

櫓から降りるとお兄様が出迎えて下さった。

 

「見事な勝利でした、女王陛下」

「当然です、この私が出撃した(出た)のですから――なんて。ただいま、兄さん」

「おかえり。優勝おめでとう」

 

お兄様ノリノリのお出迎えだね。私もニコニコです。

皆も拍手でお出迎えしてくれてありがとうございます。というか、女王陛下万歳は違うと思うな。

一高大丈夫?他校の方々びっくりして――ないね。何?このノリって当たり前なの?あっさり受け入れられている感じ?

とりあえず女王はもう終わりましたよ、と笑みを浮かべておく。

途端皆静まり返りましたね。ここで皆の声を奪うつもりなんてなかったのだけど、怪盗にシフトチェンジしちゃったかしら。

お兄様に連れられてそそくさと退場した。

 

「お兄様も午後はシールドダウンですね。頑張ってくださいませ」

「頑張るのは選手だがな」

「その舞台を整えるのがお兄様のお仕事でしょう。ですから頑張って、で良いのです」

 

もちろん選手も応援しますけれどね。私にとってはお兄様がすべての主役ですから。

 

「俺は俺の仕事を全うするとしよう」

 

微笑まれるお兄様に少しだけ寄り添って控室まで歩くと、途中遠目に一条君と吉祥寺君が。

一条君目が合うと固まっちゃうのはなんでだろうね。ととぼけるには真っ赤な顔をしてこちらを見る視線でわかっちゃうのだけれど、一目惚れって大変だ。

中身関係なく見惚れるんだから。

お兄様が一瞥だけしてそのまま控室を開けてくれたので促されるまま中に入った。

水波ちゃんはすでに待機していたのですぐに着替えてお昼へ。

優勝おめでとう、と賛辞を受けて、雫ちゃんにもなでなで付きで褒められて大満足です。

去年のように一緒に戦えなかったのは残念だけど、と思ったのは私だけじゃなかったみたい。

雫ちゃんの口からも言われた。以心伝心!

 

「今年の深雪の技は凄かった。どれも特別な魔法式じゃないのにあの威力」

「地味に見えるけど氷柱がはじけ飛んだり砕け散ったりすごかったー」

「何より女王陛下の髪解くシーン素敵だった!なんか、本気でいくわ!みたいな」

 

おお。あの演出をわかってくれるのね、嬉しい。

 

「でもお兄ちゃんとしては複雑なんじゃないの~?あの時の深雪ってかなり挑発的な笑みを浮かべてたから」

「女性でも思わず見惚れるくらいその、大人の雰囲気と言いますか、色気がありましたよね」

 

美月ちゃん、そんなに顔を赤らめて乙女のように頬を挟んでチラチラ見られちゃうと周囲に勘違いされちゃいますよ。

しかし、色気があった、とは。

やってやるぜ!って気合を入れたつもりだったけどそんな風に映ってたの?

 

「確かにな。あの時の深雪は会場中が深雪に注目せざるを得ないほどすさまじい魅力を放っていたから、心配にはなった。

・・・俺は午後シールド・ダウンの会場に行かなければならないし――深雪、やはり一緒に行かないか?」

「残念だけど、アイスピラーズブレイク男子ソロの応援を会長から頼まれているの」

 

さっきも控室で誘われた時に同じ言葉を言ったはずなんだけどね。その時は理由を言われては無かったけど、こういう理由だったの?

過保護が加速している気がします。

 

「まあまだ大会も半ばだから囲まれるようなことはないんじゃない?」

「遠巻きに視線を独り占め、って元々そうだからあんま変わんないか」

 

エイミィちゃんとエリカちゃんの言葉に一同納得だけどお兄様と水波ちゃんはだんまりで思案顔。

水波ちゃんはシールド・ダウン新人戦に出場予定だからペアの試合を見学することになっている。

 

「一人で移動しないから大丈夫よ。ね、雫」

「うん。深雪は私が守る」

「私も雫を守るわ」

 

一方的に守る宣言されるけど、雫ちゃんだって可愛いし、ぽやぽやして隙がありそうに見えるから狙われちゃうよ。ピラーズペア優勝者だし注目浴びてるもの。

それに知る人が見れば御令嬢だって気づくだろうからね。

 

「・・・安心要素がまるでないんだが」

「でも、二人がお花を飛ばして会話しているのを邪魔する輩は馬に蹴られるんでしょうよ」

 

あれ、馬に蹴られるのって恋路を邪魔する奴じゃなかった?エリカちゃん。

でも言いたいことはわかる。美少女の会話って邪魔したらギルティだもんね。

お兄様は不服そうだけどもうお時間です。行ってらっしゃいませ。

 

 

――

 

 

それから誰かに声を掛けられることもなく雫ちゃんと関係者席から応援だったりアドバイスだったり。

ただ移動をするたびに女王様、とか陛下、とか言われるのはなんだかなぁ。あなた達ウチの生徒じゃないでしょう。

オタクもよくあるけどね。階級で呼んじゃうこととか、よくあることだ。兵長とか。もうその人しか浮かばないものね。

そうなると女王って結構いると思うから定着はしなさそうだ。・・・しないよね?

応援した結果は3位入賞。相性が悪い相手に対して善戦と言える試合運びだった。

お兄様の方は男子女子共に一位だった。おかげで一高独走状態。

でもまだ気は抜けない。最終日に大どんでん返しがあるかもしれないからね。油断はフラグ。前世からの教訓です。

 

「それにしても深雪さん、すごいですね」

「美月?」

 

夜のお茶会の席で美月ちゃんにじっと、というよりうっとり見つめられている。

なんだろう?優勝についてはもう褒めつくされましたよ。

 

「お昼には直後ということもあって三つ編みの跡が残っていたのに今ではいつものストレートに戻ってるんですよ」

 

ああ、髪か。確かに三つ編みした後ってしばらくウェーブかかるけど深雪ちゃんのパーフェクトボディは記憶形状合金のように元に戻る力が凄い。

 

「癖がつきにくいみたい」

 

ゆるふわ系にも憧れるのだけど、多分パーマ掛けても一日で取れそう。それくらいサラサラのストレート力が強い髪です。

その流れで髪を解いた時の会場の熱狂は凄かった、と話は会場の声援についてに変わった。

 

「今年は初めからファンが付いてたね」

「男子は当然のこととしてかなり女子人気も高かったよね」

「七草先輩と渡辺先輩が抜けたからその分が多少流れてきたところじゃないかしら」

「多少?」

「・・・控えめに言っても会場のほとんどが深雪目当てだった」

 

・・・うん、私も言ってから多少は違うな、と思いました。視線多かったもの。謙遜も過ぎれば嫌味になる。反省。

 

「でも、注目度で言ったら男子は断トツ一条君だよね」

「女子のファンがほとんどだけど、結構男子からも人気あったね」

「魔法師としての実力もあるからね。憧れるんじゃない」

 

確かにアイスピラーズブレイクの圧倒的な魔法力は凄かった。他を寄せ付けない一方的な試合運びだった。安定の実力。

そうだねー、と頷いていたらエリカちゃんが頬杖ついてため息交じりに言う。

 

「深雪は興味無さそうねぇ」

「興味がないわけではないけど、皆が期待することは無いわね」

 

興味がないわけじゃないと言った瞬間スバルくんとエイミィちゃんの目が輝いたけど、残念。

色恋ではなく単にキャラとしてだから。期待させてごめんね。

 

「なぁんだ、残念」

「一条君もかわいそうに」

 

まあ、私の傍で彼の態度を見れば一目瞭然だからね。あれはお兄様に対してのほのかちゃんみたいなものだから。

隣ではお兄様がエリカちゃんに突かれているけれど、お兄様は無表情で不動の構え。このネタで揶揄いに行けるエリカちゃん強い。

 

 

 

 

初めてお茶会に最後まで参加して、解散後、ピクシーと一緒に片づけを水波ちゃんと手伝う。三人ですればあっという間だ。

お兄様は傍で待機しながら端末を操作中。手が空くということが無い。

でもこれは忙しいのではなくこちらに気を使って、待機するのに暇をつぶしているというパフォーマンスでもあるので気にしないようにする。

 

「あの、一条家のご子息とは一定の距離を保った方がよろしいでしょうか」

 

コップを片付けていると、水波ちゃんから遠慮がちに声を掛けられたけど、一条君?

 

「え?ああ。気にもしていなかったわ。三高と特別に交流なんてないからこういった大会でしか関わることはないし、次に会うとしても論文コンペの時くらいじゃないかしら」

 

正確に言えば論文コンペの下調べの時にはなるのだけど。

 

「ですが、もし一条家から申し込みなどが来たら」

 

あらま、水波ちゃん真剣に悩んでました。その申し込みは決闘ではなく結婚ですね。

そこへお兄様が。

 

「交際の申し込みくらいはあるかもしれないが、結婚ともなれば家の関わりだ。流石に一条の一存では決められないだろう」

 

・・・いや、どうだろう。一条くんヘタレだから多分告白すらないんじゃないかな。・・・とは流石に失礼か。

でも今現在も目も合わせられない状態だから、同じ学校なら慣れる機会があったかもしれないけれど、他校だからまた距離感リセットが発動するだろうからね。初期化されちゃう。

その状態から告白までは道のりが遠すぎると思います。

 

「水波ちゃん。それは杞憂よ。もし仮にそのようなことがあっても司波に来たのなら家格が合わないし、四葉が出てきたのだとしたら、そこは叔母様の判断になるのだから」

 

そもそも今現在恋愛対象として告白されるのだとしたら、お断りする選択肢しか浮かばない。

お兄様を幸せにすることでいっぱいいっぱいの私に恋愛にかまける余裕など無いのだ。

そして御当主様の判断に関しては私たちではどうすることもできないので話しても無駄である、とばっさり。

この話はお終い、と切り上げて水波ちゃんを途中まで送って二人で部屋に戻った。当然周囲に人気がないことを確認して、だが。

 

 

――

 

 

部屋に戻るなりお兄様と久しぶりの普段通りのハグを。

正常な判断が戻ってきてから初めてなので安心感がヤバい。思わず体の力が抜けていく。

お兄様はそれを危なげなく支えてくれた。

 

「なんだか、ずっと触れ合っていたはずなのに、久々な感じがするな」

「私もそう思っておりました」

 

お兄様も同じことを思っていたらしい。互いに笑って体を離す。

それから互いに明日の準備やら寝る支度やらをしてあっという間に時間は過ぎた。

 

「――深雪は・・・いや」

 

お兄様のベッドに二人並んで腰かけて、今日あった出来事を互いに話し終えて、もう寝る空気になった時、お兄様が言い澱む。

 

「お兄様、もしかしてですが、一条さんのことでしょうか」

「・・・・・・・・・すごいな、深雪は」

 

まあ、このタイミングで言い澱むとしたらやっぱりパラサイドール何とかしたい、という話か妹の恋愛事情くらいかと。

前者だったら嫌だなー、と思って後者を選んだら当たりだった。助かった。前者だったら今度こそ力尽くしかなかったからね。

ピンポイントで言い当てられ、お兄様はちょっと唖然とされていたけれどすぐに持ち直した。

 

「もし一条から申し込みがあった場合、叔母上の打診があると思うか」

「さあ、どうでしょう。叔母様のお考えは私にはわかりかねますので」

 

正直に言えば、次期当主同士だ。

婚約自体お兄様のことを抜きにしても無い、と思うのだけど原作では申し込まれてましたから、十師族間的には有りではあるみたいだけど。

原作深雪ちゃんにとってお兄様以外はありえなかったからご立腹で突っぱねていたけれど、もしお兄様の件が無かったのなら、――誰と婚姻を結ぶことになるのだろうね。

叔母様的には一条君でもありだと思うのだろうか。

先にも述べた通り、可能性は有りにはありだろうけど、十師族間での次期当主同士の結婚ってあまり推奨されてない気がする。

基本一族の中の誰かと、という身内内での結婚が多い。

魔法の特性は血で継がれることが多いのだからそうなるのも当然だ。外に出したくないというのもあるだろう。

ただ血が濃すぎると劣性遺伝の可能性が出てくるので、多少他の血も混ぜなければとなるのも然り。

私のように、そういうのを超越できる遺伝子操作を受けていれば話は別だけど、普通ならそろそろ他家の血筋を入れる時期とも言えよう。

そうなれば必然的に強い家から求められる、というのもわかる話ではある。

でもね、たとえそうであっても一族の秘伝たる魔法を他家に渡せるかとなるとまた話は難しいのではないか、と思うわけで。

十師族はけして仲良しこよしの一致団結している組織ではない。

特に叔母様世代は。というか七草だね!あの一族が引っ掻き回す。

七宝との諍いも、四葉との軋轢も原因は七草だ。

九島の古式魔法師とのトラブルも、この後で揉める原因になるけど、それは始まりが原因だから彼らが悪いかと問われると、伝統派と名乗る集団の考えはいけ好かない。

・・・と、話が逸れたね。なんだっけ。

あ、そうだ。結婚だ。

とはいえ深雪ちゃんの結婚については叔母様が初めからお兄様用に造った時点で、お兄様から拒絶されようが何だろうが押し付ける気だったのだろう。

お兄様にとって深雪ちゃんは、四葉からお兄様が離れないように打ち込まれる楔だから。

原作では深雪ちゃんがお兄様を求めたから、お兄様は様子見で婚約者の座に一時的に身を置き、最終的に自身の感情に気付き、正式に婚約者に収まる。

つまり、深雪ちゃんから迫らないと妹は結婚対象の選択肢にも入らないのだ。

――そう、深雪ちゃんが求めたから。

それが無ければお兄様が妹を婚約者に選ぶわけがない。

四葉がいかに非常識であろうとも、お兄様はそういったところは健全思考だ。

血の繫がった兄妹なんて、たとえ遺伝子操作で二人の間に作られる子供に問題なかろうとも、倫理的にも世間的にも大問題なのだから。

考えれば考えるほど、お兄様を自由にするって難しいよね。生まれてすぐに結婚までの道のりが敷かれているのだから。

初めから雁字搦めすぎる。

 

(だけど、だからこそ、私はできることを証明しなくちゃいけない)

 

たとえばお兄様が、四葉に所属せずとも遊撃としてコントロールができることになれば。

外に出ても四葉を守る守護神であることを認めさせれば、まず分家は抑えられる。

最大の問題であろう叔母様に関しては、世界破滅云々は置いておいて。

多分だけど、お兄様の劇的な恋愛模様が見たいのであって、何も相手は私でなくてもいいはずだ。

今やお兄様は心が育って私以外にも関心が芽生えだしてきているはずだし、四葉の壁を乗り越えられる恋愛ってそっちの方が劇的で茨の道だと思う。

四葉の壁って本当分厚くって高いから。

四葉筆頭に障害を乗り越えた上での大恋愛。そっちも十分見応えあると思いますよ。

もう一つの破滅に関してはバッドエンドなので却下します。お兄様が幸せになれない世界は初めからノーセンキュー。

 

「深雪」

「そうですね・・・考えてみても、よくわかりません。四葉と一条が結びつくメリットは――ああ、イメージ戦略としては、ありなのでしょうか」

「イメージ戦略?」

「四葉はアンタッチャブル、不穏分子と思われてますが、一条と婚姻関係を結べば抑止力に、・・・抑え込めるのでは、と」

「何か事を起こしそうなら事前に一条が止める、と?」

「表向きはそう取れるかと」

 

実際一条がウチを止められるとは思えないけどね。

裏家業?はともかく、もし周囲から非難を浴びるような暴走をするとしたら、それは一族を守るための暴走のはず。

だとしたら四葉は如何な犠牲を払ってでも止まらない。そういう一族だ。

そもそも暴走をするような事態を起こさせるつもりもないけれど。

 

「ない、こともないか」

「限りなくその可能性は低いと思われますが」

「それは、どうして」

「一条へのメリットがありません」

 

四葉は次期当主を変えない。叔母様は変える気などない。

変えたらお兄様の楔にならないから。

となると、一条くんが当主の座を降りなければならないと思うんだよね。

両者当主のまま結婚って・・・癒着どころの問題じゃないものね?だからどちらも当主のまま婚姻は無理だ。

だとすると次期当主として育ててきた労力が無駄になるし、次代を育てるまでには時間がかかる。

しかも一条くんは戦闘員としても優秀だ。守りの要になり得る人材を婿に出すほど、あちらに余力はないのではないかと思うわけで。

原作では当主があっさり婿に行ってもOKって送り出されてましたけどね。

現実問題、今の情勢を鑑みてそんな余裕が一条家にあるとは思えない。

 

「メリット――一条にとっては十分深雪自身がメリットになり得るだろう」

 

あら、お兄様からのシスコン発言。お兄様ったら。

思わず笑いが漏れてしまった。

 

「そう言っていただけるのは光栄ですが、私個人の価値はそこまで高いものではございませんよ」

 

今ある地位を捨ててまで選択するものではない。

見た目の美しさだけでは、中身は測れない。きっと私の中身を知ったなら理想を抱いていた分その落差に幻滅するだろう。

一条くんはこの見た目に惚れこんでたもんね。

きっと彼の中での深雪ちゃん像は聖女のごとき清廉さを持っているに違いない。

この世界って皆思い込みが激しい。意外と泉美ちゃんと話が合いそう。彼女も彼女で妄想癖が凄いからね。

遠い目をしていたら、お兄様が私をじっと見ていることに気付くのが遅くれてしまった。

 

「お兄様?」

「・・・深雪は、本当に自分の価値をわかっていないな」

 

すり、と頬を撫でられ、気が付けば腰に手が回っていた。

 

「お、お兄様、」

 

正常に戻ったはずでしょう!?何故そんなお色気たっぷりに妹に迫ってくるのです?!

って正常だった頃もこんなものだった!混乱してる!

 

「世が世ならお前を得るために世界で戦争が起こるくらいにお前は魅力的だよ」

 

それは一体どこの世界線のお話しでしょうねぇ。

 

「その時は俺が世界を滅ぼしてでも手に入れるが」

 

・・・わあ。お兄様ならできてしまいそう。とっても愛が重いですね。

今日は騎士様といい、なんだか芝居がかっている場面が多い。

 

「その前に手を取るので、どうか世界を滅ぼさないでくださいませ」

 

くすくすと笑ってお兄様の胸に寄りかかれば、頬に触れたままだった手を背中に回して抱きしめられる。

 

「すべては深雪次第だな」

 

責任重大だ。終末を迎えるトランペットは私に託されたようです。荷が重いね。

何でこんな物騒な話になったんだっけと思い返せば一条くんの話だった。

 

「――深雪は恋に興味は無いのかい」

「そうですね。今のところは。まだまだたくさんやりたいことが多すぎて、そちらに興味が向かないようです。お兄様はいかがです?」

「俺に恋はできないよ」

 

そう断言するお兄様だけれど、私はそれを口元に笑みを浮かべながら否定する。

 

「それは数年前までのお兄様でしょう?」

「・・・深雪は、俺に恋ができると思うのか」

「できますとも。お兄様は人を愛せます」

 

身体を起こして至近距離でお兄様を見つめる。

お兄様は懐疑的な目をしているけれど、私は確信していた。

お兄様の心はすでに、兄妹愛以外にも家族愛を知り、友愛を知った。

ただ利用する関係ではなく相手を気遣い、時に助けを求めた。

そして無意識にも人を守ろうとしていた。

お兄様は人を愛せる。もう、お兄様の心は何も感じないと思っていたあの頃とは違う。

 

「お兄様、愛は生まれるものです。そして育むものです。心の成長したお兄様ならばその愛を見つけることができます」

 

お兄様はもう、自分から幸せを掴みに行ける。私はそのアシストをすればいい。

無表情に近くても、私にはお兄様が戸惑っているような、複雑な顔をしているのがわかる。

あり得ない、と断じることなく思考を巡らせている時点で、もう過去のお兄様ではないのにね。

 

「たくさん悩んでくださいませ。時に迷うこともまた、成長の一歩なのですから」

「・・・深雪には、一体何が見えているんだ?」

 

ぽつり、と呟かれる言葉に、私はにこりと微笑んで。

 

「私が思い描く幸せが」

「そこに俺はいるのか?」

「私の幸せにお兄様はつきものですもの」

 

むしろ私の幸せの中心はお兄様だ。お兄様がいつまでも仲間たちと楽しく笑って過ごせるように。

好きな人ができ、その人と共に生きていけるように。

 

「・・・そうか」

 

まだ消化しきれていないだろうに、お兄様は口元を綻ばせて凭れるように抱きしめた。

その背に手を回し、ぽん、ぽん、と叩く。

 

「お兄様のペースでいいのです。全てはお兄様の心のままに」

 

恋とは急に落っこちたりするものらしいから。

 

「ありがとう」

 

そう言うと、お兄様はぎゅっと抱きしめてから私の身体を解放した。

もういい時間ですからね。

 

「今日はいい夢が見られそうだ」

「私もです。おやすみなさいませ、お兄様」

「ああ、おやすみ」

 

横になり、お兄様と顔を合わせてくすりと笑って目を閉じる。

あ、ちゃんと行火は足元にあります。

うっかり忘れて最初に戻るなんてオチは必要ありませんからね。

 

 

――

 

 

「深雪、残念だが――来てくれなかったな」

「そこは残念がるところではありませんよお兄様!」

 

喜んでくださいませ。

どうやらお兄様のベッドにもぐりこむ奇行も治まった模様。良かった。

今日からは新人戦です。

ロアー・アンド・ガンナーは男女ともに一位。お兄様とケント君がエンジニアを務めた子は海の七高を破っての優勝だ。

流石ですお兄様!

女子では香澄ちゃんが表彰台の中央でドヤ顔アピール。可愛い。

思わず頑張ったわね、とお姉さん風を吹かせて頭を撫でてしまったら硬直されてしまったけれど、逃げ出さずに真っ赤な顔をして享受してくれた。

それを泉美ちゃんに見つかってちょっとした修羅場のような展開になってしまったのは申し訳ない。

本物のお姉さんがいてくれればこんなことにならなかったかもしれないね。

代理で褒めてあげようなんて考えたのがいけなかった。泉美ちゃんも撫でるから落ち着いて。

でもそのことで香澄ちゃんが横を向いてぷっくり膨れたのが可愛かった。この双子を愛でる七草先輩の気持ちがわかる。これは可愛がりたい。

次の日も絶好調。シールド・ダウンでは男子は三位入賞、女子は水波ちゃんが優勝しました。

お兄様との二人三脚のタッグ戦で負けるわけがないね。抱きしめていい子いい子をしたら水波ちゃんが小っちゃくなってしまった。

お兄様に止められてストップ。ごめんね。やりすぎちゃった。

その後お兄様が代わりに頭を差し出してくれたので僭越ながら撫でさせていただきました。

お兄様もすごい!お疲れ様です!!撫でたお礼にハグをされそうだったけれど、それは今度はこっちからストップをかけた。

お兄様、ここはお外です。そういうのはお部屋に戻ってから。

お兄様は少ししょんぼりされたけど、見せかけなのわかってますからね。

でも可愛いかったのでキュンキュンしてお手手繋いでしまった。手を繋ぐくらいならいいよね。

そして、アイスピラーズブレイク男子も三位入賞。得点取れてるだけでもすごいんだから胸を張って。そうそう。よく頑張りましたね。

女子の部は泉美ちゃんが圧巻の勝利。まさに独壇場でした。

天幕に戻ってきた彼女が可愛らしく駆け寄ってきて満面の笑みで抱きついてきてくれたのだけど、その、結構密着するね。

あとそこでばれないように深呼吸しないで。

香澄ちゃんは双子の妹の奇行にドン引きするんじゃなくて止めてあげて。美少女としてあるまじき行動してるから。

ちょっと落ち着いて、と背中をぽんぽんするけどなぜかぎゅううっとしがみつかれた。うーん、意思疎通上手くいかないね。

しばらくは大人しくぬいぐるみのように抱きしめられてあげよう。だって、今日は頑張ったからね。

・・・でも、だからってすりすりしないで。胸に顔を埋めようとしないで。変なところ触ろうとしないで!?

水波ちゃんが慌てて引きはがしてくれた。ありがとう。なんとか大切なものは守られました。

香澄ちゃんも流石に泉美ちゃんをお説教。

できればもうちょっと早く止めて欲しかった。女の子同士だからって越えてはいけないラインはあるのです。気をつけてください。

その晩、お兄様から消毒と称して長めにハグをされました。消毒になったかな。

 

新人戦三日目。

 

 

「これは仕方が無いな」

「やっぱりミラージ・バットで亜夜子さんと勝負するのは厳しいでしょうね・・・。私でも相手にならないわ」

 

翌々日のミラージ・バットの本選に備えて今日、明日とオフのお兄様と観客席で観戦していた。

亜夜子ちゃん生き生きしてる。ひらひらした衣装も可愛らしいね。

私にはない夜の妖精さんのような雰囲気。この妖精さんは一体どんないたずらをするのか。ちょっと危険な香りがします。

似たような作りの服でも着てる人間で全然違く見えるってすごいよね。

というかこの独走っぷり、お兄様の助言通り七草双子のどちらかがこの競技に出場しなくてよかったよ。

何でもそつなくこなせるくらいでは彼女に勝てないもの。お兄様の誘導は流石でした。

 

「相手にならない、は言いすぎだが、確かに封印状態(今のまま)のお前では苦戦を強いられただろうな」

 

あら、お兄様にしては甘めの採点。身贔屓が過ぎるのでは?と顔を覗くと苦笑された。

 

「リーナの時で学んだと思ったが、お前の実力は桁外れだぞ」

「・・・それは、そうかもしれないけれど、だからといって彼女の得意魔法に対抗するのは私でも難しいと思うけど」

 

この競技は他の選手を魔法で妨害してはいけないからね。

 

「そこは工夫次第だな」

「あら、兄さんが作戦を立ててくれるの?」

「一緒に考えたら良い案が浮かぶかもな」

 

・・・どうしました?急に揶揄いモードを展開している。

お色気モードではないので圧されることはないけれど、去年の恋人の振りみたいないちゃつき具合で頬を撫でられる。

何かあったかな?と周囲を見回すと、あ、泉美ちゃん達発見。・・・視線で人が殺せそうだねぇ。

この距離なら会話も聞こえないからただのいちゃつきカップルにしか見えないだろう。

 

「・・・昨日の、怒ってる?」

 

もしや昨日の泉美ちゃんに対してまだお怒りでしたか。お兄様もあの場に居ましたものね。

彼女が遠くてもぎりぃしてるのが見えます。そしてお兄様が顔を寄せたら鬼の形相に。

香澄ちゃんが今にもこっちに走ってきそうな泉美ちゃんを引き留めている。

頑張れ。頑張れ香澄ちゃん。

お兄様はこれ以上煽らない。お怒りはわかりましたから。

・・・あと、今気づいたけど亜夜子ちゃんもこっちに気付きましたか。視線がね。ちらっとちらちら。・・・もう移動しましょう。試合も終わりましたし。

あ、一高の成績は二位でした。大健闘!

そして新人戦最終日。モノリスコードは七宝君をリーダーになかなかの快進撃。順調だったんだけどね。

 

「すごいな、あいつ。名前、なんてったっけ?」

 

今日は一般応援席で皆と応援。

 

「黒羽。黒羽文弥だ」

 

自慢の親戚ですー、とは言えないのが残念。敵チームですしね。

 

「黒羽って、やっぱり・・・」

 

吉田くんは四葉の噂が怖いみたい。申し訳ない。メリーさん(四葉)は実はあなたの傍にぺったりといたのです。

今はまだ言えなくてごめんね。

目下で行われている試合は一年生の試合ながらなかなか見ごたえがあって皆興奮気味だ。

文弥くんもすごいね。実に巧みに魔法を使いこなしている。これじゃあ一年生相手じゃ無理だ。というか、実戦を知らない選手じゃ相手にならない。

七宝君は相手が悪かったね。ステージは七宝君たちに有利だったこともあって悔しさも倍増だろうけれど、この悔しさをバネに頑張ってもらいたい。

モノリスコードも四高の優勝。

花形二種は黒羽姉弟に持って行かれた形になったけれど、どちらも一高は二位を確保。新人戦の総合優勝が決まった。

この時点で総合も一高が三高を引き離す形になっていた。完全独走状態。

でもこの後本戦の花形二種があるからね。この二つは元からある競技だから皆熟練度が違う。各校対策が立てられている。

ミラージ・バット、フェアリーダンスはほのかちゃんのエンジニアをお兄様が。スバルくんのエンジニアは中条会長が担当していた。

ほのかちゃんのためにも私は雫ちゃん達と一緒に席で観戦。お兄様に応援されたら百人力だもんね。

スバルくんもいい具合に発破をかけてくれるだろうし、がぜん燃えるほのかちゃん。・・・問題はその勢いにお兄様が気圧されないかだけどね。

ほのかちゃんも気合が入り過ぎると周りが見えなくなるタイプだから。程よい燃料投下をお願いします。

しっかし、このユニフォームは本当けしからん。グッジョブ。・・・自分が着ないとこんなに気が楽なんだね。

色々と計算されつくした恰好だとはわかっているのだけどね。ぴっちりスーツにフリルがあしらわれているだけだから。

それはえっちになるでしょうよ。特に豊満なボディをお持ちのほのかちゃんなんて、コレ全年齢対象です?と問いたくなる。

試合よりもそっちが気になってしまって気付けば終わっていた。一位はほのかちゃん、二位にスバルくんだった。

おお!テンションが上がったままだから恰好のことを忘れてお兄様に抱き着いています。

一斉に男性客たちの視線がお兄様を射殺さんばかりに集中した。気持ちはわからないでもないけど、お兄様抱き留めただけで抱きしめてないのだけどね。

 

「ん?なぁに?雫」

 

周囲の視線を気にしていたら至近距離からの視線に気づくのに遅れてしまった。

雫ちゃんにじっと見つめられています。

 

「深雪は、なんとも思わないの?」

 

え、お兄様を羨ましいと思う男性陣に同情していた、なんて言えない。

 

「・・・兄さん、もう少し喜べばいいのに?あと、ほのかが冷静さを取り戻したら大変なことになりそうだとは思うわ」

 

ほのかちゃん、きっと悲鳴上げて逃げちゃうんじゃないかな。もしくは真っ赤になってしゃがみこんじゃう。その様子が目に浮かぶようだ。

 

「・・・・・・嫌じゃない?」

 

無表情だけど心配してるっていうのが伝わってくる。

だから安心させたくて微笑んで。

 

「兄さんが幸せなら、それが一番じゃない」

 

女の子の柔らかボディに喜べなくても、仲間と優勝を分かち合うことは嬉しいことだろうから。

 

「ほのか、優勝できてよかったわね」

「ん」

 

二人で微笑み合って、友達の優勝を喜んだ。

 

 

――

 

 

十日目、吉田くんの参加するモノリスコードを仲間たちと共に応援。お兄様はエンジニアとして行っているのでここにはいない。

西城くんの周りに美少女が取り囲んでいる図になっているけれど、西城くんは特に気にした風もない。

・・・いや、若干気まずいのかな。エリカちゃんがちょっかいを掛けてくるから自然に見えるだけかもしれない。

けど試合が始まればそっちに集中するからね。

雫ちゃんなんて無言でこぶしを握り締めながら食い入るように見つめている。隣のほのかちゃんはちょっと苦笑気味。

今日は美月ちゃんの隣でお手手繋いで観戦してます。ハラハラして見ているだけで緊張しちゃうんだって。可愛い。

時折ぎゅって握られるのを手の甲を撫でることで落ち着かせる・・・というか集中力を散らす感じだね。私に気付いて赤くなる。可愛い。

 

「・・・深雪、アンタは周囲の目を気にしなさい」

 

エリカちゃんから忠告が。周囲を見たら男子たちがね、うん。そんなに白いお花が咲き乱れているように見えましたかね。

試合に集中しようよ。エリカちゃん、忠告ありがとう。

吉田くんたち一高はバランス取れた連携を発揮し、見事優勝を勝ち取った。

その結果、最終種目、もし一高が上位に誰も食い込めず、三高が数人上位に入れれば逆転の可能性という程の点差が開いた。

三高は諦めないだろうし、このところ連覇をしている一高を止めるため、他の学校が三高をサポートするかもしれない可能性まで出てきた。これは気を引き締めねば。

夕食はそれはもう賑やかだった。

特に決勝戦はいい試合だったからか、盛り上がったテンションのまま男子たちは皆固まってモノリスの選手たちを取り囲んで食べていた。

残った女子たちも固まって食べるのだけど、そこにお兄様だけがぽつんと異質な感じですね。

横にはほのかちゃんがぴったり。私はその反対側に座っている。お兄様の隣でお兄様が褒められているのを聞くのは楽しい。

お兄様はただ自分はエンジニアとしてサポートしただけと思っているけどね、そのサポートのお陰で勝てたんですから、そのまま受け取ってください。

ニコニコしてお兄様を見つめれば、お兄様は俺よりもお前の方が嬉しそうだな、と苦笑を頂いた。

 

「兄を褒められて喜ばない妹はいないと思うわ」

「俺が凄いわけじゃなく、選手が頑張ったんだがな」

 

担当した選手が凄かったんだ。もちろんお前もな、と頭を撫でればきゃー、のBGM。もうね、好きに楽しんだらいいよ。

気分が上がり過ぎて何にも気にならない。

と、そこへモノリスコードで大活躍されていた三七上ケリー先輩からお兄様を呼ぶ声が。お兄様も今日の立役者の一人ですからね。

お兄様がちらりとこちらを見たけれど、にっこりと送り出す笑みを。

お兄様は仕方ない、と食べかけのトレーを持って男子の輪に加わっていった。

やっぱり男子の中の方が落ち着くよね。違和感なく交ざっていきました。偶には妹を気にせずそっちに交じわってくださいませ。

 

「お兄さんも、だけど司波さんも大活躍だったわね」

「え?」

 

そう声を掛けてきたのはロアガン入賞の先輩だ。

 

「貴女の指導のお陰で皆いい成績を残せたわ」

「そうそう!あのアドバイスがあったから私も場外にならずにすんだよ」

「むしろ相手の選手より司波さん相手の方が苦戦した感じよね」

「「「わかるー」」」

 

あらあら、私まで褒め殺しに遭いました。

 

「生徒会としてサポートできたのでしたら幸いです」

「サポートどころか!」

「右も左もわからない状態だったのを一緒に手探りで戦い方を見つけてくれたんだもの、とっても助かったわ」

「わ、私も先輩のお陰で入賞できました!先輩の後押しが無ければ、あんな挑戦そもそもしてませんでした」

 

ああ、この子はミラージ・バットの。

 

「頑張ったわね。あれだけ繊細な操作をここぞという時に発揮するあなたの集中力は凄かったわ」

「あ、ああ、ありがとうございます!」

 

可愛い。真っ赤になっちゃった。

と、思っていたらお兄様のいなくなった席に泉美ちゃんが。

離れた席で香澄ちゃんが頭を抱えてる。止める暇も無かったのかな。

 

「あの!先輩のピラーズも素晴らしかったです!あの氷の女王様の深雪様はとてもお美しくて」

 

うっとりとされてしまったけれど、深雪様って・・・ちょっとトリップしているね。気づかないふりで。

 

「ありがとう」

 

泉美ちゃんは圧勝だったわね、と続けようとしたのだけれど、口を開くより早く。

 

「本当~、綺麗だった!」

「女王陛下かっこよかったよね」

「あの女王の下で暮らせる一高でよかったって思っちゃった」

「私も」

「今年の生徒会選挙は間違いなく司波さん一択ね」

「「「間違いない!」」」

 

わぁ、すごい盛り上がり。

皆試合を思い出しているのか泉美ちゃんほどではないけどうっとりしてる。

 

「あの演出も良かったよね~、お兄さん従えて出てきた時映画かと思ったもん」

「わかる!プリンセスとナイト実写化したのかと思った~」

「私写真撮って部長に送った!」

「「「「よくやった!!」」」」

「あそこは関係者しか入れないところだもんね」

「実写化するときはぜひ二人にやってもらいたいよね」

「「「「「ね~」」」」」

 

楽しそうだねぇ。

うん、内容はともかく女の子たちがキャッキャしているのは目の保養。心の栄養です。でもなんだろうね、同時に何かがゴリゴリ削れているような。

 

「深雪、大丈夫?」

「皆が楽しそうならいいんじゃないかしら」

「み、深雪が遠い目になってる!」

「先輩大丈夫ですか?介抱します!」

 

心配ありがとう。でも泉美ちゃん、介抱する人間はそんなに手をワキワキさせない。

 

「泉美、深雪が怖がってる」

「深雪姉様から離れて下さい」

 

雫ちゃんのみならず水波ちゃんまで駆けつけてくれました。ありがとう。

こうして賑やかな夕食会は私に赤疲労を与えつつ終了した。

 

「大丈夫か?」

「少しだけ甘えさせてくださいませ」

 

部屋に入ってハグをして、お兄様にぐったりと凭れ掛かり、気力の回復に努めた。

お兄様も、今日は何もせずただ抱きしめてくれた。

明日が最終日。

一番の踏ん張りどころだ。

お兄様はパラサイドールとの決死の戦いを。私は、そんなお兄様を心配させぬよう完走することを。

 

「お兄様、無理をするなとは言いません。・・・どうか、必ず私の元へ戻ってきてくださいませね」

 

お兄様がどれほど強かろうとも、力を制限され、周囲にバレないよう静かに事を運ぶのは無理がある。

死に至るほどの大怪我もするのだろう。・・・本当なら傷ついてほしくない。だけどお兄様はもう決めている。

だったら、私ができるのは戻ってくる場所を整えることだけ。

 

「ああ、必ず」

 

ぎゅっと抱きしめ合って、お兄様は夜のお散歩に出かけられた。

これから先生と藤林さんと会って、それから風間さんたちとの会話を盗み聞きして、対策を立てるのだろう。

やっぱりお兄様は働き過ぎだ。

この大会が終わったらゆっくり休んでもらいたいのだけれど、昨年同様お兄様のスケジュールはびっちりのはず。

全て終わったらお兄様と相談しよう。

 

 

――

 

 

翌朝もすっきりと目覚め、お兄様は朝練を熟し、私も柔軟で体を整え、一高のテントで朝食を取って私たち出場選手は各々ストレッチを。

お兄様たちエンジニアはまるで戦場のようにひたすら調整に精を出していた。

最終競技について、作戦担当はスティープルチェースクロスカントリーが実際どんな軍事訓練かを調べて、学生用にどこまで落とし込んでくるか、どんな罠が仕掛けられるか、この一か月たくさんシミュレーションをしてきた。

そして選手たちはたくさんの走り込みをした。悪路、急な坂道、木の根っこ。泥濘に土の中の石など小さくとも結構な障害となる。

アスファルトに慣れた人間にとって山道自体がそれだけで十分な障害物となる。

そこにトラップが山のように仕掛けられているというのだから、とんでもない競技だ。小さなケガから大きなケガまで予想される。

だから今から入念なストレッチが必要なのだ。

 

「司波さんって山道難なく走るわよね」

「ああ、私も思った。最初から慣れてる感じだったわね」

「そうですね。昔よくアスレチック場で遊んでいたことがあるんです。あまり整備されてない自然をテーマにしたような場所で」

 

一緒にストレッチをしている先輩方から声を掛けられる。その言葉ににこやかに答えるのだけど、実はちょっぴり遠い目になっていたり。

ええ。それはもう野性味しかない裏山で一歩間違えれば大怪我、最悪死が待っているようなアスレチック場でした。四葉の訓練場って言うんですけどね。

・・・いや、そうさせたのは中学生の私が主に原因なのだけど。

いやぁ、体力作らなきゃな、と思って連想して思い出しちゃったのが某鬼退治の人気漫画の修行場だったんですよ。

あれくらい真剣みが無いと修行って言えないよね、ととち狂ったことを考えて叔母様に提案したらノリノリで作ってくれちゃったのである。

若気の至りってやつだ。

それをトレーニングに組み込まれてしまった方々申し訳ありません。

初めはお兄様も苦戦したらしいと叔母様から聞いた時はあのお兄様でも!?どんな鬼仕様に?!と驚愕と謝罪の気持ちでいっぱいになったものだ。

もちろん作りっぱなしではなくすぐに私も挑戦したよ。発案者がやらないとね。

お兄様の眼は掻い潜れないのでお兄様にももちろん許可を取って。・・・かなり渋られましたけどね。お兄様自身、身をもって危険なことをご存じでしたから。

雨の日、霧の日なんかは特に恐ろしかった。日が暮れてからなんてやるもんじゃない。

足腰を鍛えるだけじゃなく、精神を研ぎ澄まし、危機を回避する能力も向上するスペシャルコースと化していた。

ここを乗り越えてこそ、真の四葉の戦闘員になれるらしい。四葉って鬼狩りでしたかね?

でもこの訓練のお陰か生還率は上がったそうなのでよかったのかな。

 

「えー、意外。結構お転婆だった?」

「体を動かすのは好きです」

「ああ、でもシールド・ダウンの練習付き合ってくれた時も司波さん生き生きしていたものね」

「ロアガンも、楽しそうだった」

 

見た目大人しそうだからね。インドアな趣味も多いし。

何だか、この九校戦で先輩たちとの距離もだいぶ縮まった感じ。

前は遠慮してあまり話しかけてくれなかったけれど、今はこうして気にかけて話題に入れてもらえる。嬉しい。

しばし先輩たちとお話ししてからほのかちゃん達の元へ。

スバルくんもエイミィちゃんもやる気満々で体を伸ばしたりしていた。

 

「それにしてもこの装備は地味な上にごてごてしているな」

「そうね。山道だからこれくらいの装備じゃないと危ないんだろうけど」

 

私としてはこれぐらい重装備で地味でも足りないくらいだと思う。あとこの競技に派手さがあったら大問題。狙われまくりだ。

少し動きづらいけど、実戦を想定しての訓練、じゃないレースなのだからこんなモノだろう。

特別製でない一般のものなんて着る機会が無いからむしろいい経験だ。

 

「全員完走目指して頑張りましょう」

 

気合を入れなおして、私たちは時間通りに会場へ移動する。

予定ではグループに分かれて、実力のある先輩たちが先導しながら固まって移動することになっている。

どのような罠か反射的に判断できる人がいると対処しやすいからね。

その中でもトップを目指すチームに私は参加させてもらった。

花音先輩のグループだ。・・・先輩めっちゃ引っかかるイメージあるけれど。

一応演習林で警戒度は上げる練習したから多少対処法がわかっていると思うけど、ちょっと心配。

先輩はそれをものともせず力ずくで乗り越えちゃうからな。

 

(今頃お兄様は動き出している頃かしら)

 

もうすぐ号砲が鳴る。

 

(どうか、ご無事で)

 

できるだけ怪我の数が少ないことを願いながら。

水波ちゃんもピクシーもお兄様の為にサポートについている。

――私も、私のできることを。

スタートの合図とともに駆け出す。早すぎてはお兄様の邪魔になるし、遅すぎては上位入賞ができない。

タイミングを計りつつ、身体に結界も張ってパラサイドールの影響を受けないようにした。

感知を切ることはない。それは場所を把握できなくなるから。

既に反応がある。お兄様が交戦しているのか魔法を使用した反応も伝わってくる。

 

(・・・お兄様・・・)

 

できることならこんな競技投げ出してサポートに回りたい。けれどそれはできないし、望まれてもいない。

私が望まれているのは、このままこの競技をつつがなく終わらせること。

せいぜいできることは誰にも疑問を持たれないようにフォローを入れること。

あ、花音先輩が引っかかった。

先輩を掬い上げることも私の仕事かな。

 

「大丈夫ですか、花音先輩」

「ああ~もう!イライラするっ!ありがと司波さん」

 

二重三重に仕掛けられた罠がねちっこく、仕掛けた人間の性格の悪さが露呈しているかのようだった。

でもいくつかの罠を見て個性がわかったおかげでなんとなくだけど先が読めるようになってきた。

 

「先輩、そこ右に罠が」

「え、きゃあ!」

 

・・・注意したのになぜ右を踏んだのですか。

おっちょこちょい?

 

「罠の場所がわかるのかい?」

「シミュレーションで罠を仕掛けてある程度どう仕掛けたら引っかかりやすいかそれなりにわかったつもり。――スバル、多分その先飛び跳ねない方が良いわ。網を仕掛けるのに適した木がある」

「・・・了解」

 

こうして罠を回避したり潜り抜けたりしながらもう残り僅かだろうところで転がっているガイノイドと遭遇。とはいっても横たわっているのだけど。

休眠状態なのだろう、中の気配は何も感じない。

でも完全な抜け殻でもない。お兄様の魔法の気配がかすかに残る。

これがパラサイドールだ。

戦闘用ガイノイドについて花音先輩が知っていたのは意外だったけれど、誰もこの競技でそれが襲ってくるとは思わないようだ。

だって、流石にこんなものを投入するのは競技的に過剰だものね。

障害物走で戦闘訓練まで投入されたらそれはもうただの軍事訓練だ。

意表を突くためのフェイクか、訓練した際の回収忘れじゃないかというおしゃべりしながらノータッチで進むことに。

もしこれがゲームとかだったら横を抜けた瞬間動き出したりするんだけどね。安心したら実は――なんて、ゾンビゲームあるある。

お兄様がしっかり処置してくれたからその心配は無いのだけど。

この競技の嫌なところは今現在誰がトップかがわからないところだ。だけど罠が先に発動していないようなのでこのコースのトップは私たちだとわかる。

 

「見えた!このままゴールに突っ切るわよ!」

「待ってください!だとしたらそこに罠が、」

 

あるのがわかると思うのに何でそこに突っ込んでしまわれるのです花音先輩?

ペイント弾に撃たれて花音先輩は防御姿勢を取るも地面を転がった。

そして巻き込まれちゃったスバルくん可哀想。ネット弾に絡み取られて身動きが取れない状態に。

でもね、流石に私も呆れるわけで。

 

「もう先輩なんて知りません!」

「え、ちょ、司波さん!?」

 

花音先輩についていったスバルくんも連帯責任です。

ということで二人を置き去りに私は一人レースに戻った。

 

 

――

 

 

無事一位でゴールし、花音先輩は意地で二位を勝ち取り、ほのかちゃん雫ちゃんが5位6位と仲良くゴールして、8位にスバルくんと、一高は好成績を残した。

天幕に戻ると、花音先輩が私の傍ででごめんなさい、怒ってる?と平謝り。

そこへお兄様が戻ってきてどういう状況か把握すると怒ったふりをしている私を慰めようと抱きしめて宥められる。

・・・お兄様、これ幸いと皆の前だろうが抱きしめられるタイミングを見逃さないね。

きゃあきゃあ喜びの悲鳴が耳に入ってくる。

そしてお兄様からは数々の戦闘の痕跡の臭いが。相当激しい戦闘をした模様。

思わずしがみついてしまうと、お兄様がすぐに察知して背中に回す腕の力を少し強めた。

 

「ごめんな」

「・・・わかってる。でも、」

 

心配になるし苦しくもなる。

お兄様が苦戦することなんてわかってた。リーナと二人掛かりで6体倒すのも大変だったのに、戦闘能力をさらに向上させた16体を相手にしていたのだから苦戦するのは当然だ。

周囲に聞こえないよう囁きながら体を密着させていたのだけど、ほのかちゃんが限界だったみたい。

 

「み、みみ、深雪!達也さんも!そういうのは、良くないです!」

 

七草先輩のように諌められないところがほのかちゃんです。可愛い。

ほのかちゃんからの要請は聞かないとね。お兄様、離してください。

 

「もう怒っていないか」

「元からそんなに怒ってないわ」

 

お兄様に離してもらって花音先輩に向き直る。

 

「模擬弾だろうと先輩が撃たれたのはショックでした。・・・無茶、しないでください」

「・・・反省したわ。ごめんなさい」

 

確かに忠告無視も嫌だったけど、それよりもペイント弾だろうと先輩が喰らって倒れるシーンは怖いものがある。

そのことを伝えると先輩はさっきよりも深く頭を下げて謝罪した。・・・許す。

 

「こちらこそ、こんなことで不機嫌になって申し訳ありませんでした」

「いいや、花音にはいい薬になったよ」

「啓!」

 

五十里先輩もハラハラしたんだろうね。ゴール付近なら画面に映っていただろうから。

 

「さて、午後の部もこの調子で頑張りましょう!」

 

中条会長が緩んだ気を引き締める。

もうすでに一高の優勝は決まっているのだが、優秀な成績は就職にも進学にも影響する。

最後の発破をかけて、一高は最後の試合に一丸となって望んだ。

 

 

――

 

 

結果、男子は一条くんの優勝でした。まるで三高の生徒は総合優勝したかのような喜びようだ。

優勝こそ逃したものの面目躍如ってところなのかな。

全ての競技も表彰式も終わり、残るイベント、後夜祭パーティーに参加する。

お兄様は相変わらず大人たちに大人気。

私も昨年のことがあったので構える。

まあ去年を超える数が予想され、事実殺到するけれど捌き方は学びましたからね。市原先輩のポジションには水波ちゃんが。

彼女が捌くことはないけれど、傍に居るだけで私の腹が据わりますから。助かる。背中は任せたよ。

そして何とか捌いていたが、音楽がかかると大人たちは引き際だと下がっていく。これからは学生たちの時間だ。

 

(まさかおじ様たちにまで女王をネタに揶揄われるとは思わなかった)

 

おじ様たちもそういうネタ好きだよね。でもそれで揶揄われても返せないから。魔法のことだけ話させて。

皆様方の集まるようなパーティーには興味はありません。

去年に引き続き婚約の斡旋もノーセンキューです。

大人たちが去ると、今度は学生たちが活発に動き出す。

お兄様にはきっと女の子たちが群がるだろうから、どこか別のところに行こうかと周囲に視線を巡らせると、うーん、皆囲まれてるなぁ。

さて、どうしよう。水波ちゃんと一緒にご飯食べに行こうかしら。

 

「あ、あの!司波さん」

 

あら、この声は一条くん。あれ?さっきまで向こうで囲まれていなかったかしら。瞬間移動?

この会場では一応魔法は仕えないことになっているし、彼がそういった魔法を使うとは思わないけどね。疑いたくなる移動距離。

もしかして顔が赤いのはとんでもないスピードで駆け抜けてきたから、とかじゃないよね。

 

「スティープルチェースクロスカントリーとアイスピラーズブレイク、優勝おめでとうございます!」

「ありがとうございます。一条さんも――あら、そういえばお揃いですね」

 

一条くんも全く同じ種目で優勝していた。今気づいたよ。そう言えばどの表彰の時すぐ傍に居たね。

 

「あ、う、うん」

 

どもっているのが気になるのか水波ちゃんは警戒して私のすぐ後ろにぴったりと控えてます。そこまで警戒しなくてもいいのに。

 

「え、と、この後――」

「一条、個人種目一位おめでとう」

「!司波!あ、ああ、ありがとう」

 

あれ?お兄様も囲まれていたはずなのにどうやってすり抜けました?二人とも包囲網を抜ける術をお持ちで??

一条君に挨拶をしながら私の横へ。

 

「深雪、さっきまでいろんな人の対応で疲れただろう。飲むと良い」

「ありがとう」

 

お兄様からグラスを受け取ると、水波ちゃんが一歩下がった。お兄様にお任せってことかな。

 

「一条が懸念していたことは無さそうだな」

「・・・ああ、どうやらこの場に居ないようだ」

 

お兄様たちが声を低くしてヒミツの会談。

あれだね。軍関係者が少ない。きっとただいま粛清中かな。

私は何も知りません、とグラスを呷る。うん、美味しい。流石お兄様チョイス。思わず口元が緩むというものだ。

 

「・・・かわいい」

「一条、そういうのはただ呟くんじゃなく本人に伝えた方が良いのではないか?」

 

何か聞こえたな、と思ったらお兄様がアドバイスを。何の話?

 

「ばっ、お前――」

「一条はお前がジュースを美味しそうに飲んでいるのを可愛いと思ったそうだ」

 

本人いる前で伝えちゃいますかお兄様。それ私もだけど一条くんも気まずいヤツ。

 

「兄さんったら、一条さんを揶揄わないの」

「揶揄ったつもりはないが。ちなみに深雪はいつだって可愛いよ」

 

・・・お兄様は何に対抗しているの?

 

「ありがとう。でも今はそういうのはいいわ。お腹いっぱいになっちゃう」

 

これ以上私の仮面をはがそうとするのはお止めください。

一条くんもお口をパクパクさせてますよ。この手のネタには弱いみたい。

と、そこへ彼の救世主、吉祥寺君が現れた。

 

「やあ、司波達也。今年も君にしてやられたよ」

「吉祥寺か。選手としても出場しているお前には負ける」

 

この言葉の応酬が互いの健闘を称え合ってるって分かり合える関係。もう二人は友人と名乗ってもいいんじゃないかな。

そして吉祥寺君がこっそり一条君に合図を送っているのが見えてしまった。

このサポート力すごいよね。一条君は初めきょとんとしていたけど、すぐに頬に朱を走らせて意味を理解すると、私に向き直って。

 

「し、司波さん。俺と一曲踊っていただけますか」

「ええ、喜んで」

 

まあ、来た時点でこうなることは予測していましたしね。

水波ちゃんが私のグラスを引き取ってくれた。その頭をするっと撫でてから一条君の手に重ねてフロアの中央へ。

お兄様の視線を背に受け、周囲の視線も掻っ攫いながら音楽に合わせて動き出す。

先ほどまで踊っていた人たちが場所を空け、動きを止めてしまう者もいた。

深雪ちゃんはもちろんだけど、一条くんも見目がいいですからね。必然的にこうなるのも予測ができた。

 

「昨年のリベンジができてよかったです」

「リベンジ、ですか?」

 

そう言えば去年お兄様に勝つって言ってたっけ。

・・・でもそれだとおかしくない?お兄様の不敗神話は破られていないよ。

 

「去年は、司波さんに誘っていただいたので」

 

うん?誘って・・・ああ、ダンスのことか。それなら思い当たる。

去年は女性の私の方から誘ってしまったからね。何と言うか、純情だねぇ。

 

「あの、今年のアイスピラーズブレイクも目を奪われてしまいました。その・・・とても綺麗で」

「ありがとうございます」

 

とりあえず微笑みで返しながら流れるようにターンを。

去年よりかはちゃんと形になっているかな。距離が近いからやりやすい。

 

「一条さんも、スティープルチェースでは、素晴らしいタイムでしたね」

「あれは、ジョージたちのサポートもあってもことですよ」

「それでもです。結果を出しているのですから、一条さんの実力ですとも」

 

くるくると回りながら見つめ合うのだけど、にらめっこだったら絶対私が勝ってる。一条君すぐ逸らすんだもの。

一条君、自分だって顔良いのに。綺麗な人だってそれなりに見慣れているはずなのにね。

まあ、飛びぬけて深雪ちゃんが美しいのは認めますけどね。深雪ちゃんの美は私が究極に押し上げましたので!

 

「今年は種目がガラッと変わったのでどうなってしまうか心配でしたが、何とか無事に終わったようで安心しました」

「そう、ですね。大きな事故もなくて。ですが、来年はこんな軍事色の強い競技ではないことを願います」

「一人一種目という縛りも、無くなるといいのですが。昨年と同様であれば一条さんのご活躍がもっと見れたでしょうに」

「!!そ、そう言っていただけると恐縮です。お、俺も来年貴女のミラージ・バットが見たいです」

「あら、来年は難しいかもしれませんよ」

「え!?な、何故です?!」

「今年の新人戦ですい星のごとく現れた新星がいましたから。確実に勝つために別の種目に回されてしまいそうです」

「あ、ああ。モノリスでも活躍していた――黒羽姉弟ですか」

 

おお、一条君にもチェックされてましたか。すごい注目度だ。

 

「彼らには噂も付きまとっているようですが。その噂の真実味が増す圧倒的な実力の持ち主のようでしたね」

 

ほうほう、噂とな。かなり浸透してますね。改めて怖い、四葉の情報操作。

 

「あ、噂というのは――」

「噂、ですか。私の耳にも届いてますが、彼らは兄に教えを請いたいと声を掛けてきてくれました。そういったお話は本人たちの口から聞きたいと思いますので」

 

やんわりとその先を封じさせていただく。

四葉のことを、なんとなくだけど一条くんに言わせたくなかった。

 

「そういえば、司波は彼らに話しかけられてましたね。失礼しました」

「噂には尾ひれが付き物ですから。自分の目で確かめませんと」

「そうですね、それは、素敵な考えだと思います」

 

一条くんも何かと噂されるだろうからね。そう言うのにはちょっと敏感だよね。潔癖とか正義感が強いと更に。

深雪ちゃんの場合、お兄様の噂には人一倍敏感だったなぁ。

噂というか悪口がメインだけど。

そんなことを話しているとあっという間にダンスの終わりが。

 

「あっという間でしたね」

「本当に。・・・あ、あの、もしよろしければこのままもう一曲いかがですか!?」

 

おやおや。それがどういう意味か――は分かっててのお誘いだね。だけど申し訳ない。そこはスルーさせて下さい。

 

「それでは一条さんと踊りたい方々に申し訳が立ちませんので。今度お会いするのは論文コンペになるでしょうか」

「そ、うですね。はい、そうだと思います」

 

落ち込ませてしまってすまないね。でも気が無いのに振り回すのはどうかと思うから。

 

「昨年はあんなことになってしまいましたが、今年こそ優勝を狙います」

「!それはウチも同じです。・・・では、司波さん。名残惜しいですが」

「はい。一条さんと踊れて楽しかったです」

「俺もです。夢のような時間でした」

 

二人してお辞儀をして、軽く手を持ってエスコートされてお兄様の元へ。

 

「楽しく踊れたようだね」

「ええ、一条さんのリードがお上手でしたので」

 

一条君を見上げながら言えば、彼は顔を真っ赤にさせて固まってしまった。それを吉祥寺君が半眼で見ている。

お兄様はそれをちらりと一瞥してから私へと手を伸ばした。

 

「俺と踊っていただけますか、お姫様」

 

お兄様ったらいつの間にそんな茶目っ気を出して誘えるようになったんです?

上半身をかがめて恭しく出された手と窺い見られる眼差しに撃ち抜かれて、気が付いたら一条くんの手からお兄様に移動していました。

 

「もちろんです、私の騎士」

 

これは小説の一節。舞踏会で踊れなかった二人がこっそり外で踊るシーンだ。

まるで昨年の私たちのようだね。もしかして見られてた?と勘繰りたくなるけれど、多分それはない。

見られていたのならお兄様が見逃すはずないからね。そもそも部長は来ていなかった。

お兄様は慣れた手つきで私をエスコートすると、中央よりも外側に陣取った。

一高生は私たちに釘付けだ。と思ったら一高だけじゃないね、他の学校の生徒たちも私たちに注目していた。兄妹だとか、女王陛下とか聞こえてくる。

一高生徒が口元を覆っているのはリアルプリンセスとナイトだと言いそうになるのを抑えているからか。

曲が流れ、二人の身体が密着する。

先ほどの一条君と違い、お兄様の手には遠慮の文字は無く大胆に腰に回っていた。安定感が凄い。・・・ドキドキもすごい。

周囲から歓声が上がっているのが聞こえます。確実に一高生徒だ。

普通兄妹でこんなに密着してたらシスコンブラコンと奇異な目で見られるものだが、喜色が浮かんでいるもの。

そしてお兄様、動きが去年と明らかに違う。きちんと習ったことのある人の動きだ。

驚いてお兄様を見上げれば、少し照れたようなお顔で。

 

「深雪に恥は掻かせられないからね」

「・・・・・・兄さんったら。うれしい。ありがと」

 

お兄様の照れが移ったように私も頬が熱かった。でも嬉しくて微笑めば、お兄様も微笑みを返してくれた。

この連鎖はいつ治まるのかな。心臓がね、飛び出そう。

 

「心配だな」

「え?」

「そんな無防備な笑みを一条にも見せたのか?」

「それは、・・・見えていたでしょう?」

 

お兄様の視線はずっと感じていた。お兄様の視力で私が見えないはずが無い。

 

「そうだね。それはわかっているのだけど」

「もう。そんな心配することなんて何もないのに」

「兄というのは心配性なんだよ」

 

そうかな。・・・ああ、でも一条くんも妹さんに対しては心配する場面とかあったね。

 

「今、誰のことを考えているのかな」

 

お兄様、エスパーかな。なぜ他人のことを考えているのがわかるのか。

 

「兄さんが、兄はそういうもの、というから妹を持つ兄を思い浮かべてみたのよ」

 

お兄様に下手に嘘つくのも誤魔化すのも良くない。この揶揄いモードの時と色男モードの時は特に。

 

「それが一条か」

 

・・・だから、どうして言い当てる?口に出してた?視線は一切向けて無かったのに。

 

「勘だ」

 

勘かー。・・・恐ろしいな、お兄様の勘。

浮かべるならエリカちゃんのお兄さんでもよかったことに今気づいた。

あそこも二人ともそれぞれ妹を心配していたね。エリカちゃんが気付いているかは別にして。・・・気づいてはいるけど素直になれない、かな。

 

「サンプルが足りないわ」

「ならそういうものだと覚えておいてくれ」

 

お兄様が基準になると世界が変わっちゃうんだけどな。・・・まあいいか。

 

「兄さんが心配性だってことは理解しました」

「よろしい」

 

わざとらしい敬語での回答に満足してもらえたようだ。良かった。

 

「兄さんはこの後どうするの?私はこのまま誘ってもらえたら踊るつもりだけど」

 

一応これも外交、じゃないけど生徒会として交流をしておかなくては。

そう言うとお兄様はしばし無言で考えてから、

 

「俺と踊りたい奇特な人は少ないだろうからな」

「あら、去年はたくさん踊っていたじゃない」

「あれは練習だ」

 

・・・ああ、そうだった。お兄様は私と踊るために一条くんのダンスを覚えて皆に誘われるまま練習をしていたんだった。

 

「なら、来年はもっと熟練したダンスを楽しめるのかしら」

「もうすでに来年の予約をさせてもらえるのかい?」

 

お兄様が喜色を浮かべられるけど、申し訳ない。来年は原作通りに進んでしまうと九校戦自体無くなる可能性の方が高い。

すでに昨年、その種は蒔かれている。

だけどほら、ほのかちゃん達が踊ってもらえないのは可哀想だから。

 

「わかったよ。そういうことにしといてやる」

 

今日のお兄様はちょっぴりいじわるみたいだ。でも言質は取ったからね。

 

「ありがとう」

 

クルリ、と回されてターン。そしてぐっと腰を引かれてまたくっついた。

 

「あまり羽目を外さないようにな」

「もちろん」

 

耳に囁かれ動揺する心裡をみせないよう仮面をしっかりと被って、にこりと笑う。

節度を保った活動をしますとも。

お兄様とも一礼をして手を繋いだまま水波ちゃんの元へ戻ってきた。

 

「お疲れさまでした、深雪姉様」

 

こちらをどうぞ、と新しいドリンクを貰った。準備がいい。

お礼を言ってお兄様が皆の元へ行かれたのを見送ると、早速他校の生徒がダンスの申し込みに。

水波ちゃんにお兄様が見ているだろうから皆のところへ行って大丈夫だよ、と伝えると、離れがたそうにしていたけれど一応いうことを聞いてくれるみたい。

一年生の輪に入っていった。

 

さて、私もお仕事頑張りますかねー。

 

 

――

 

 

・・・途切れないね。うん。そろそろもういいかな、と思っていたら雫ちゃん達がこちらに。

誘ってくれている方々に失礼、と詫びて雫ちゃんとほのかちゃんの元へ。

二人はさっきお兄様と踊ってるのを見た。ほのかちゃん真っ赤だったけどよかったね。雫ちゃんも楽しんでたよね。よきよき。

 

「達也さんが、そろそろ休んだらどうかって」

 

お兄様から派遣されてきた模様。ありがとう。疲れてたから助かりました。

 

「深雪、ずっと踊りっぱなしだったから」

 

心配した、という雫ちゃんにありがとうのハグを。今日はお礼を言ってばかりだ。

 

「私が男だったら深雪と踊れたのに」

「あら、雫は私と踊ってくれるの?」

「もちろん」

 

嬉しいことを言ってくれるね。私も雫ちゃんと踊りたかった。――あ。

 

「そうだわ。ちょっと待っててもらえる?」

「?かまわないけど」

 

雫ちゃんにそう断りを入れてから、お兄様の元へ。お兄様は吉田くんたちと談笑していた。

 

「兄さん、ちょっといい?」

「どうした?」

「ジャケットを貸してほしいのだけど」

「寒い、わけではなさそうだが」

 

一番に頬に触られて体温を確認されたけれど、そうじゃないんです。

 

「雫と踊るの。だからジャケットを貸して」

「お前が男役をやるのか?」

「ステップは頭に入っているから」

 

深雪ちゃんの優秀な脳がね!覚えているので。

お兄様にジャケットを借りて袖を巻くる。肩幅も丈も何もあっていないのだけどね。

他の男性陣に借りるとなんか恐ろしいことになりそうだったので。ケント君に借りるのが一番だと思ったけどやめました。皺になるけど許してね。

そして三つ編み作る時に使ったゴムで髪を上の方で括って。サイドは垂らしたままの漫画やゲームでよく見る黒髪剣士スタイル。

・・・スカートのままだけどね。ほら、こういうのは気分の問題だから。

雫ちゃんの元におかしくない程度に大股で近寄って。

一歩足を引いて跪いて、雫ちゃんの手を取って。

 

「私と一曲踊っていただけますか、お嬢様」

 

できる限りの低い声で決め顔で誘う。・・・時間があればメイクもしたのに。

周囲からはきゃーっ!と悲鳴にも似た歓声が。皆好きだね。男装女子。特に、深雪ちゃんは顔がいいから。

 

「よろこんで」

 

雫ちゃんのお許しが出たのでフロアにエスコートを。

身長差が無いのが残念だけどね。

男性パートは女性パートとは全然違う。リードすることもそうだけど歩幅もね。

先ほどまで踊っていたステップとは異なるのでなかなか大変だけれど、そんなものはおくびにも出さない。優雅な顔で雫ちゃんと見つめ合う。

 

「・・・深雪って何でもできるね」

「全ては君のためだ」

 

ウィンクして気障っぽいセリフを少々。黒髪長髪はあまりナンパなイメージ無いのだけどね。

好きな子を口説けないのはちょっとと思ってイメチェンしてみたのだけど。

 

「ん、いつも通りがいい」

 

雫ちゃんには不評だったみたい。残念。

 

「雫のお眼鏡に適わなくて残念。でもこっちの方が楽しめるわ」

 

表情もキリっとしてないいつもの表情に戻した。

雫ちゃんはご満悦の表情。

 

「何でもはできないけど、これはちょっと覚えたくて覚えたわね」

「どうして?」

「いずれ出会う可愛い女の子をこうして誘うためかしら」

「・・・深雪は女の子が好きなの?」

「恋愛なら異性だけれど、愛でるなら女子の方が好きかしら。男性のことを撫でまわすのはできないじゃない」

 

女子が女子を撫でまわすのは許容されるけど、女子が男子を撫でまわしたらそれはただの痴女扱いになる。

深雪ちゃんにそんなイメージつけられません。だからいくら可愛くてもケント君を撫でられないし、文弥くんも可愛がれないのだ。

 

「深雪って見た目を裏切ってるよね」

「うっ」

 

・・・自覚はあるけどそれを人に言われたのは初めてです。

 

「でも、そんなところもいい。深雪もちゃんと人なんだって思えるから」

 

ふわり、と雫ちゃんが笑う。

そう言えば去年もそんな話した記憶が。殿上人に思われてたとかね。

 

「完璧すぎると、人に思えないから」

「私、そんなに完璧じゃないわ」

「うん、知ってる。今ならわかる」

 

今度は私が笑う。分かってくれるという雫ちゃんの言葉が嬉しくて。

 

「ん、そっちの方が良い。さっきの表情はなんか落ち着かない」

「即席だとやっぱり違和感があるわよね。今度はじっくり時間を掛けて作るわ」

 

気合を入れて次の構想を練るのだけれど、雫ちゃんからは、そうじゃない、と否定が。

 

「カッコいい、じゃないけど美人な男性に見えなくも無かった。今は達也さんのジャケットのせいで肩幅があるように見えるし」

 

メイクも何も作る時間が無くて表情だけちょっと薄めにしたり、口角を上げたり仕草を女性らしいモノから直線的な動きに変えたのだけど、その変化に気付いてくれたみたい。

 

「深雪は本当に成りきるのが上手い。氷の女王も良かった」

「ありがとう」

 

今日は雫ちゃんが饒舌です。いっぱいしゃべってくれる。嬉しいね。

 

「雫はダンスが上手いのね。とても楽しいわ」

「深雪こそ。男性パート上手。やりやすい」

「きっと私たち相性がいいのね」

「・・・つくづく同性なのが残念」

「ふふ、そう言って貰えて光栄ね」

 

でもこうしてお友達として相性が良くてもいいじゃない。

ずっと楽しくいられるもの。

そして楽しい時間は本当あっという間。

 

「いい思い出になったわ」

「私も」

 

お互いに一礼。今度は男性としてではなくスカートを摘まんで女性らしく。

 

「ふふ」

「ん」

 

二人して笑って手を繋いでほのかちゃんの元に戻った。

 

「二人ともすっごい注目されてたよ!」

 

うん、知ってる。というか今もすごいです視線が。

特にすぐ近くからビンビンに感じますね。

 

「み、深雪先輩!ぜ、ぜひ私とも踊っていただけませんか!?」

 

・・・泉美ちゃんがスタンバってました。興奮気味です。とっても近い。

 

「泉美、深雪はもう疲れてる。今日はもう踊らせられないよ」

「そんな!」

 

雫ちゃんナイス!ありがとう!!

 

「そうなの。最後と思って張り切って踊ってしまったから。これではきちんとリードしてあげられないわ。ごめんなさいね」

「で、では来年!来年にぜひお願いします!!」

 

泉美ちゃん必死か。

食い下がるね。でもそうか。来年――。

 

「来年も優勝出来たら一緒に踊りましょうか」

「本当ですか!?お願いします!」

 

約束ですよ!と泉美ちゃんと約束を交わす。そして泉美ちゃんは香澄ちゃんに引きずられて行ってしまった。

来年なんて、なんだかだましているような気がするけど、原作通りになってしまうかはまだわからないからね。

・・・できるならお兄様の魔法を悪用なんてさせたくない。お兄様に非難が集中するような事件、起きてほしくない。

止められるなら止めた方が良いのかもしれないけれど、ダイナマイトが掘削以外に使われてしまったように、魔法だって使い方を決めるのは人間だ。

悪用しようとしたらできてしまう。それを知らしめる事件である。

お兄様にとんでもなくヘイトが集まってしまう事件だが、それがあるからこそお兄様が生み出す次世代エネルギーの注目度も上がる。

・・・そこはどうしようか悩んでいる。すでにもうインデックスに登録されてしまっているわけだからね。

止めるのはもう難しいのだけれど、情報操作はできるから。そのための布石はもうできている。

というか、来年の約束二つ目だね。・・・これ反故になったら大変なことになる?泉美ちゃんお兄様のこと憎みそうだね。

お兄様との約束に関しては、お兄様と一緒に居ればいつでも機会はあると思っているのでね。もし彼女ができたなら約束なんて覚えていないことにさせてもらうかもしれない。

ま、一年後のことはまた一年後に考えるとしましょう。強制力がどう働くかもわからないからね。

 

「雫、助かったわ」

「泉美のアレが一時的なものだと良いけど」

「多分流行病みたいなものだと思うのよね」

 

アイドルに熱狂しているような感じ?来年には少し落ち着いているといいのだけど。

 

「ご、ごめんね、私じゃ泉美ちゃん抑えきれなくて」

 

ほのかちゃんずっと泉美ちゃんに張り付かれたんだね。しょうがないよ。アレは止められない。

三人でおしゃべりをしていたら、もうラストダンスの曲に。

フロアを見たら、お兄様をじっと見つめる亜夜子ちゃんの姿が。・・・亜夜子ちゃん、お兄様を誘えなかったのか。大会で目立った自分がそんなに近づき過ぎては、とか考えたのかもしれない。

立場をわきまえているからこそ、近づけない、か。

・・・私が二人の時間を作ってあげることができるといいのだけど。でも余計なお世話になってしまうというか、怪しまれるよね、きっと。

って、私まだジャケットお兄様にお返ししてない。

お兄様はまだ皆とおしゃべりに興じていた。でも一人だけジャケット着てないから目立ってるね。そして私は着っぱなしで目立ってた。

急いでまくっていた袖を直して脱いだ。曲が終わる前に返さないと。・・・もしかしてだけど、ジャケットが無いからダンス断ってたとかそんなことないよね?!

だとしたら申し訳ない。

 

「兄さん、ごめんなさい。返すのが遅くなってしまったわ」

「構わないよ」

 

・・・しかし、お兄様グレイのシャツってかっこいいよね。それでボタン外されたらヤバい。

恰好やシチュエーションにも弱い私です。

 

「随分楽しんだようだね。とても可愛らしいダンスだったよ」

「ええ、とっても楽しかった」

 

後半はスルーさせてもらうね。恥ずかしくなっちゃう。

お兄様は受け取ったジャケットをすぐに羽織った。腕のところの皺が気になる。

今すぐ魔法で何とかしたいけど、この中は一応使っちゃいけないことになっているからね。

隠れてなら使えなくもないけど、袖の皺がいきなりなくなったら怪しまれるから。

そのまま曲を聴きながらおしゃべりして後夜祭パーティーは終わった。

そのあと一高生は昨年同様祝勝会へとなだれ込んだ。

皆で勝利を称え合い、アレがよかったこれがよかったと話し、最終的に実写版プリンセスとナイトが最高だったというオチが付いた。・・・氷の女王なのだけど。

いいけどね。皆が楽しそうだから。

エリカちゃん達も合流して食事をちょいちょい摘まんで、皆して笑って。

 

(今年は皆明るい笑顔でよかった)

 

去年はいろいろあり過ぎて疲れた顔をした生徒も多かった。

だけど今年、最も大変だったのは表と裏で頑張っていたお兄様だけ。

お兄様だけがとても大変な目に遭ったことはとても辛いことだったけれどそのお兄様は今、私の隣で微笑んでいた。

まるで、この平和で幸せな光景を噛みしめているように。

 

「兄さん」

「どうした?」

「少しだけ、手を繋いでいい?」

「少しと言わず、いくらでも」

 

繋がれた手は温かくて。

 

「お疲れ様」

「お前もな」

 

お互い寄り添い、労い合って。

 

 

こうして、二年目の九校戦は幕を下ろした。

 

 




いかがでしたでしょうか。
これにてスティープルチェース編終了です。

アニメ版ではお兄様目の隈がすごかったですよね。相当疲労が溜まっていたのでしょう。
・・・だからこんなことになってもおかしくないかと。
やりすぎたような気もしますが、いろいろ蓄積したものがあったでしょうから。

今後番外編にていくつかアニメと連動したお話だったり、この後のおまけ的蛇足話を上げる予定です。

よろしければそちらもお楽しみいただければと思います。

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次も頑張ります。
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