妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!(修正前)   作:tom200

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ラスト5話となりました。


古都内乱編 前編

 

九校戦が終わった後も様々あった。

九校戦後夜祭直後の祝勝会の帰り道、三高女子と一緒になってガールズトークをしたり。

家に帰ったら水波ちゃんと一緒にがっつり和定食を作ったり。

夏休み、連休が取れないお兄様と、それでも一緒に遊びたいとエリカちゃん達いつものメンバーでゲームセンターや映画を楽しんだり。

一日オフをもぎ取ったお兄様と二人でツーリングして、・・・まあ、いろいろあったり。

とにかく慌ただしい夏休みを過ごし、気が付けば秋になっていた。

お兄様は新たな習慣として夜、九重寺に遅くまで通うようになった。その際私は連れて行ってもらえない。

・・・まあ、新魔法開発に相当な無理をしているのは知っているのでね。連れてってくれないだろうなとは思ってた。

遅い時間に帰宅して、早朝にトレーニングに出かける。

また、体を酷使している。

そう、指摘したいのにできないのは、どうしても早急にお兄様がその魔法を完成させたいと思っているのがわかるから。

お兄様としては分解が効かない相手に通用する魔法を開発することは急務なのだ。

理論はほぼできた。あとはそれを形にするだけ。とは簡単に言うけれど、実際こんなボロボロになって――再生されていても、お兄様の身体が傷ついたことがわかってしまうためそう見えてしまう――私に微笑みかけて下さるお兄様が心配でたまらない。

 

「今日も深雪は甘えただね」

 

水波がいるのにいいのかい?と訊ねるお兄様は意地悪だ。お兄様は恐らく私が心配していることに気付いている。

それを口に出せないでいることも、きっと。

だから私は無言でお兄様の腕に頭を擦り付ける。お兄様が何度も何度も焼けただれては再生を繰り返している右腕に。

水波ちゃんは、私の行動がおかしいことに気付いている。

九校戦で泣きじゃくったあの日のことを、彼女も忘れてはいない。

あれから彼女は私の行動を隈なく目を光らせていた。

私が何を思い、どう行動するか、どうすれば先回りできるか、何をさせないようにしたらいいか。・・・過保護かな、なんて冗談が言えないくらい彼女は本気だった。ごめんね、心配かけて。

学校へ行くキャビネットの中、私はお兄様に寄り添って頭を擦り付け、お兄様がその頭を撫で、水波ちゃんがそれとなく視線を外しつつもガラス越しに視界に収めて観察するという、不思議な状態になっていた。

駅に着いてからの登校中はいつも通り距離を保っている。お兄様が腰を引き寄せることもない。

水波ちゃんと通うようになってから特にそういうことは無くなった。

そこへ雫ちゃんとほのかちゃんがやってきて、エリカちゃん達と合流すればいつもの登校風景だ。まあ、毎回揃うってわけではないのだけどね。

皆で挨拶を交わし、今日の授業の話をしたりしてそれぞれの教室へと別れる。

これが、今の日常。

 

 

 

九校戦が終われば次に行われる大きな行事は生徒会選挙だ。

が、これはもう会長選挙など必要が無いくらい一人の生徒に集中していた。言わずと知れた、私である。

誰も選挙の予想なんてしてない。むしろ早くその日が来ないかと期待されている。

・・・学校の生徒会長が期待されるってどういう状況?普通はそこまで生徒の関心を集める話じゃないと思うのだけど。

九校戦を見た一高生たちは始業式を迎えてからというものプリンセスから女王と呼ばれることが増えた。私に向かってではないけどね。陰でこっそりと。

色々と聞こえてくるし、嬉々としてエリカちゃんがニヤニヤしながら教えに来ます。・・・生徒会って皆の娯楽だったかな。

会長は決まっていても、その後の役員は新会長の選出で決まる。

そちらは予想対象とされているようだが、一番聞こえるのはお兄様が続投するか否かだ。

4月からのこの五か月、過ごして気付いたけれど生徒会業務は、お兄様にとって何の苦にもなってない様子だった。

放課後の時間を拘束されるというより、お兄様にとってお茶を片手に一時間作業するだけのブレイクタイムのような感覚らしい。

何よりCADが携帯できるメリットが大きいようだ。なにかあるわけではないが、手元に武器がある無しは心持ちが違うからね。

だから原作通りお兄様にはこのまま続投して入ってもらい、追加で水波ちゃんにも生徒会入りしてもらおうと前もって相談していた。

すでに彼女には定期試験で成績を上位に上げてもらっている。一応役員に成績はそこまで重視されていないことになっているのだけれど、周囲を納得させるための材料の一つではあるから。

急に成績が上がったことでちょっと注目されてしまったみたいだけど、彼女はその後の九校戦でも優秀な結果を残していたので入学してから頑張ったんだなと一目置かれているようだ。

そうなんです。私のガーディアンとっても優秀なんです。主としてとても鼻が高いです。

ガーディアンとしても影に徹したくて目立つのを嫌がる水波ちゃんだけど、CAD携帯はやはり護衛としては望ましいモノらしいので、天秤にかけて彼女は生徒会入りを選んでくれた。ありがとう。

原作より嫌がっていないようで安心しました。

でも彼女が内定していることはまだ秘密だ。別にばらしたところで問題なんてあるはずが無いのだけどね。

せっかく盛り上がっているのに早々にネタバレして当日の楽しみを奪うのは気が引ける。

そう言うわけで今日も好奇の視線を浴びながら学園生活を静かに送っていた。

 

 

――

 

 

お兄様は今夜も夜遅くに帰宅する。

そこから風呂に入り、CADの調整か、研究室で作業をしてから寝室へ向かわれる。

この時点で私の就寝時間を越えているためベッドに入っていなければならない。

お兄様から先に言われているのだ。九重寺に通っている間は出迎えることなどせずいつも通りに過ごし、先に寝ていて欲しい、と。

おかしな注文だけれど、お兄様には現在私に構う時間がないのだ。そう解釈した。

だけど、

 

「寝る前に、お前の顔だけでも見させてくれないか」

 

とお願いされていた。

例外を除き、私の許可なくお兄様が部屋に入ることなど無い。

出迎えはせず先に寝ていろと言うのに寝顔でいいから一日の最後に見たいのだ、という理由で入る許可を求めてきた。

・・・寝顔じゃなく起きていたいのだけど、と一応伝えたのだけど、お兄様としては自分の都合で私が寝ないというのはダメらしい。

恥ずかしいのを堪えながら私もお兄様の顔を見てから寝たいとも訴えてみたりもしたのだが、首を縦には振ってくださらない。

お兄様はしょうがない子だ、と頭を撫でながら、それでもダメだとお許しを頂けなかった。

睡眠不足が及ぼす影響を九校戦で知ってしまったお兄様は、私が少しでも睡眠を削ることを許したくないらしい。

・・・まあね、いろいろありましたからね。抱きつき問題に号泣事件。

まさかとは思うけどお兄様、これもトラウマ案件になっているとかないよね?嫌ですよ、これ以上お兄様のトラウマ製造機になるのは。

そういうこともあって心苦しいが仕方が無くお兄様の言い付け通り挨拶もせずに眠っている。

私の寝つきは異常なほどいい。おやすみ三秒である。

そして一度寝入ると朝まで起きることは無い。

だからお兄様が部屋に入っていることも気づかないし、視線を向けられていることにも気づかない。

・・・そもそも九校戦で同室になった時の抱きつき事件でも、全くもって起きなかったからね。

抱き上げられベッドに運ばれたはずなのに全く起きないってどういうこと?がっつり触れられて起きないってむしろ睡眠障害を疑うレベルなのでは?

とはいえ四葉の定期健診で引っかかったことなどない私だ。問題はないのだろうけど・・・夜中に奇襲とか来た時起きられるかな。心配。

・・・眠っている間に決着がついていて全く気付きませんでした、ってオチになりそうだね。気をつけたいけどいったいどうすれば気をつけられるというのか。

そろそろ日付が変わる。以前はこの後お兄様とコーヒーブレイクをしていたり、二人でおしゃべりをしていたり過ごしていたけれど、それが無いのは寂しい。

でも、これが普通一般の兄妹の距離感なのかもしれない。

最近甘やかされすぎていて、目的を見失いかけていた。――少しずつでも距離を置いていかなくては。

せっかく水波ちゃんも来て、環境が変わったのだから。

 

 

――

 

 

そんなことを考えながら横になり、何か幸せな夢を見てから目を覚ますと朝でした。

今日は日曜日だけれど、お兄様の朝のトレーニングに曜日は関係ない。

着替えて洗顔をして、白湯と特製ドリンクを用意していると、

 

「おはよう」

 

いつもと様子の変わりないお兄様の姿が。

 

「おはようございます、お兄様」

 

だけどほんのわずかに嬉しそうな様子が見て取れたので、何かいいことあったのかな、と考えながら微笑んで、お兄様にグラスを手渡す。

 

「なあ、深雪。今日は来客の後出かけないか」

 

せっかくのオフなんだし、とお兄様が日曜日の家族サービスを提案してくれるが、せっかくのオフなのだからこそ休むべきだと思う。

ただでさえ連日朝から晩まで忙しいのに。

学校がお休みの日曜日もFLTや軍に行かれているから、今日は外出予定のない本当に久しぶりの一日オフの日なのだ。

それなのに空いた時間を私に使おうだなんて、とてもじゃないが容認できない。

ここは心を鬼にしてお断りするべきだ。

 

「来週には生徒会選挙も控えておりますし、ゆっくり過ごしたいのです。だめ、でしょうか」

「・・・だめだよ」

「え、」

 

まさか断られると思わず顔を上げると、お兄様が鋭い目をされてこちらを見つめている。

もしやお兄様はすでに予定を立てられていて、それを聞く前に断られたことにご不満なのでは、と思ったのだけど、

 

「そんなに可愛らしくお願いされてしまうと出かけるどころかお前を一日放してやれなくなってしまう」

 

ぐいっと一気にグラスの中身を飲み干すと、お兄様はグラスを机に置いてから抱きしめられた。

 

「すでに朝の鍛錬に行きたくなくなってしまった」

 

ちょ、お兄様抑えて下さい!朝からね、色気が駄々洩れでしてですね。

今喉を潤したはずなのにどうしてそんなかすれたような声で、耳元で囁かれるのです?!

お兄様の声は凶器なのです、すぐにそうやって必殺の頸動脈や心臓を狙いに来ないでください!

でも違った。予定が断られたことが不満ってわけではなさそうだ。ちょっとホッとした。

 

「あら、まあ。ではお休みになられますか?」

 

だけどそのまま真っ赤になって縮こまってしまうとお兄様に良い様にされる未来しか見えないのでね、頑張って張り合う。

くすくすと笑って、それでもよろしいですよと余裕を見せてお兄様の頬に手を添えると、お兄様は目を細めて顔を近づける。

 

「その誘惑には乗りたいが、それでは兄として呆れられてしまいそうだからな」

 

深雪にとってきちんと勤めを果たす兄の方が好きだろう?と耳に直接吹き込まれて、余裕など簡単に吹き飛んでしまった。

こちらの虚勢など初めからお見通しだったということだろうか。

好きかと聞かれれば、お勤めを放棄しないでストイックなお兄様も好きですが、時には自分を甘やかすことも覚えてほしい所でもある。

つまり、私を理由にしてもいいから休んでほしいとも思うわけで。

 

「呆れることなどあり得ません。お兄様は働き過ぎなのですからたまにはお休みしてもよろしいかと」

 

これ以上顔は見られたくない、とお兄様の胸に手を添えて頬を押し当てると、ぎゅうっと抱きしめられた。

 

「優しい妹をもって俺は幸せ者だな。これなら厳しい師匠の修行も耐えられるというものだ」

 

・・・まあ、引き止められるとは最初から思ってもいなかったですけどね。

少し長めにハグをしてお兄様は出かけていった。

それからしばらく体をほぐして、花の手入れをしていると水波ちゃんが起きてきた。

 

「おはようございます深雪様」

「おはよう水波ちゃん」

 

きっちりしたメイド服に似たワンピースで決めている水波ちゃんは朝から気合十分のよう。

日曜日は彼女にとってメイドとして一日尽くせる日だからね。掃除洗濯食事の準備。うんうん、好きなように頑張って。

邪魔はしませんし、私も主としてふるまえるよう頑張るから。

水波ちゃんはメイドとして完璧なお仕事ができるのだけど、私の方がお嬢様、主人役ができていない。つい、水波ちゃんを可愛がってしまうのだ。反省。

一応ね、人前ではちゃんとできるんだけどね。家だとリラックスしちゃうから素が出てしまう。

カワイ子ちゃんは愛でたい。・・・うん、気をつけないとね。水波ちゃんに呆れられたくない。

 

「今日は文弥くんたちが来るからよろしくお願いね」

「はい」

 

摘芯や、形を整えて切り落とした枝葉を袋に纏めて水波ちゃん渡して、ちょうどいい長さにカットした花を用意していた花瓶に生けた。

うん、夏の花は元気があっていい。カラフル。これももう今年最後だね。

庭から上がってお母様に捧げてからシャワーを。シャワーを浴びるだけだから夜のように水波ちゃんに手伝われることもない。

そして出る頃には水気を全て払って、お兄様のお風呂の準備を整え、脱衣所を後にする。

リビングにはもう朝食のいい香りが漂っている。今日は和食らしい。味噌汁の具材は何だろう。

今日は来客があるのでハイネックのブラウスを選んだのだけど、いつもより首元をしっかり締める服にしたから少し堅苦しく見えるかもしれないな、と思いつつ玄関へ。

お兄様センサーがびびびっとね。扉を開錠するチャイムより早く向かうとその途中で音が聞こえ、玄関が開くと同時にお兄様が現れるので笑顔でお出迎えを。

 

「おかえりなさいませ、お兄様。お勤めご苦労様です」

「ただいま、深雪。・・・もう来客の準備かい?」

「前回のようにバタバタとお迎えするわけにも参りませんでしょう」

 

前回は脱衣所からのお出迎えだったからね。

シャワーの準備はできています、と伝えると、お兄様はさらっと抱きしめてからお礼を言ってシャワーに向かわれた。

・・・お兄様の微かに香る汗の匂いにときめく妹はいません。そんな変態じゃない。

自分に言い聞かせながら深呼吸してリビングに戻ると水波ちゃんがテーブルに食事を並べているところだった。

お仕事が完璧だ。タイミングばっちり。どこか水波ちゃんも誇らし気です。可愛い。

そして三人そろって朝食を。

この後のお茶の時間までがいつもの流れ。その後お兄様は出勤したりするのだけど、今日は来客がありますからね。いつもよりのんびりできそう。

お茶はもっぱら水波ちゃんに淹れてもらっている。人によって味が違うのって面白いよね。

私が淹れるのは夕食後か、お兄様との語らいの時間の時くらいなのだけど、最近はお忙しくてその機会にも恵まれない。

腕が落ちないといいのだけど。

お茶を淹れ終わった水波ちゃんは一礼して他の家事をしに行ってしまった。完全お仕事モード。引き止めるような邪魔はしちゃいけない。

 

「しかし、もう生徒会選挙の時期か」

 

本当、月日が経つのがあっという間だ。ついこの前中条会長になったばかりだと思ったら、もう任期が終わる頃だとは。

 

「ですが、今年は何もトラブルは起こりそうにないのでそこは安心しています」

 

今年は雫ちゃんのお父様から画期的なシステム導入されて、魔法科高校にも電子投票の波が来た。

無償提供という形で浸透させていく手腕は見事としか言いようがない。

これで前回のように候補者以外の名前が書かれることは無い。

とはいえ、私以外の名前が書かれるようなことはほぼないような流れでしたけど。

・・・白紙投票があってもいいような気がするんだけど、それさえなさそうなんだよね。

 

「誰もお前に逆らおうなどというものはいないさ」

 

・・・お兄様、本当に無いとは思うのですが、裏で反乱分子的な人たちをプチっとしてたりしませんよね?そんな人たちがいたか知らないけど。

お兄様の笑みに裏を感じてしまうのは私が疑い過ぎなのか。

お兄様が気に入ってしまった王制設定は、九校戦も手伝って生徒たちの間でも定着してしまった。元々本のせいで下地はあったしね。

ああ、本と言えば、先輩は以前お渡しした悪役ムーヴごっこの記録の影響で、夏の祭典で作者に依る二次創作本を出版していた。しかも二冊。完全書下ろし。

そのせいで会場は大変な賑わいだったそう。ちなみにその本は献本された。流石に同人誌にサインは無かったけれど。

読みごたえはあったけど、一冊はプリンセスが女王になるものの、とある事情で圧政政治を敷くようになり、反乱が起き、騎士と共に逃亡するのだけれどなんやかんやあってその先で二人して死ぬバッドエンド。来世こそともに幸せに――。・・・まあ定番の悲恋モノだね。

もう一冊は、なんと騎士は大国の隠し子で、王子であることが判明。王家の証を持たずに生まれたため、せめて間者として役に立てと送り込まれていたのだった。しかしプリンセスに恋をして愛し合うようになると、プリンセスを守るため騎士は出身国を乗っ取り、王子としての地位を取得。正式にプリンセスへと結婚を申し込む。騎士のままでは身分の関係で結婚が難しかったけれど、王子であれば問題ないからね。

こちらはハッピーエンド。・・・騎士の暴れっぷりがヤバいけどね。プリンセスへの執着が凄かった。忠誠と独占欲って紙一重でしたかね?でもなんだろう、この物語、知らない話のような気がしないんだ・・・。

何部刷ったかは知らないが午前中には完売していたそうだから、相当だ。・・・叔母様は買いに行かせたらしい。この間電話した時これ見よがしに机の上に置いてあった。・・・お使いご苦労様です。誰が行ったか知らないけれど。

 

「逆らうって、私は別に学校を牛耳ろうとなんて思ってもおりませんよ」

「しようとしなくとも自然にそうなるんだ。深雪にはそれだけ魅力があるからね」

 

・・・深雪ちゃんの魅力には賛成しますけどね。原作でも十分に発揮されてましたし。

 

「まあ、うふふ」

 

それ以外に何が言えるかね。とりあえず流してお茶を一口。

 

「お兄様は論文コンペに出場されませんけれど、手伝いは頼まれそうですね」

「まあ、それくらいなら手伝えるだろうな」

 

お兄様は自身の研究で忙しいので論文コンペに初めから参加しなかった。

周囲は驚いていたけれど、抱えている物が抱えている物だったからね。

すでにお兄様からどのような研究をしているかは聞いていた。リーナちゃんのブリオネイクを元に新たな攻撃魔法を構築しているのだと。

着手を始めたのはリーナが帰国してすぐの頃からだった。

まずは理論の解析からとのことだったが、お兄様でさえその作業だけで三か月も要した。

見るだけで大抵解明できてしまうお兄様が、である。いくらつきっきりで没頭できなかったからと言って三か月は信じられないくらい、お兄様にしては時間がかかり過ぎているように思えた。

この難題にぶつかってお兄様は頭を悩ませるという感覚に高揚し、楽しんでいるようにも見えた。・・・だから余計に止める気になれなかったのだけど。

理論を読み解いたお兄様は、続いてすぐに魔法式の構築に取り掛かったのだが、その頃がちょうど論文コンペの応募締め切り時期だった。

学校での功績など興味もないお兄様は悩むことなく論文コンペを諦めた。

一応魔工科の生徒には選考論文の提出が義務付けられていたが、お兄様はすでに四月の恒星炉実験で提出義務が免除されていたからそのまま流しても問題なかった。

それに、元々京都で行われる論文コンペは純理論的なテーマが評価されやすいとされている。

技術的なテーマよりも魔法そのものの原理に関するプレゼンが主となれば自分よりも他に適任者がいる、とお兄様が考えてもおかしくはない。

別に論文コンペで優勝しないとその年の生徒会長の評価に影響するわけでもない。

よってお兄様の優先順位の中でもかなり低いところに入るのも仕方のないことだった。

だがきっと本人は出場しなくとも、手伝いには駆り出されるだろうことは予想できた。原作でもそうだったしね。それだけ優秀なので仕方ない。

 

「・・・・・・」

 

危うくまた、心配していると言いそうになって、お兄様の右腕に寄りかかる。

最近これが癖になりかけていることを自覚しているのだけれど、止められそうにない。

 

(離れないと、ってわかっているのに)

 

今だけ、この間だけは、と自分勝手な行動を取ってしまう自分に嫌気がさす。

お兄様の腕からはもう焦げた臭いなどしないはずなのに、つい匂いを嗅いでしまうのもここ最近の癖だ。

 

「深雪には全て知られている気がしてならないな」

 

苦笑しながらお兄様は太ももに乗ったままの私の手に自身の手を重ねた。

慰めてくださっているのが伝わって胸が喜びと後悔で苦しくなった。

 

「全てなんて、分かるはずがありません」

 

流れは知っていても、結果が同じであっても、そこまでの過程が何か違っている。

それは人との関係であったり、些細な行動であったり。

原作にないことがたくさん増えてきた。

その影響により周囲との関係は良くなる一方だし、周辺は基本的に平和な空気が漂っている。

とはいえこれからまたすぐに厄介事が絡んでくるのだけど。

 

「せっかくの休みなのに、お前にそんな顔をさせてしまうなんて、俺は兄失格だな」

「!・・・それは私の方です。すみません、せっかくの休日ですのに辛気臭い顔をしてしまいました」

 

お兄様の腕から離れると、今度はその腕に肩を抱かれてのぞき込まれる。

なんだろう?

 

「今日は普段よりも肌が見えにくい服なのに、どうしてかな。いつもより気になって仕方が無い」

「!!お、お兄様!めくろうとしないでくださいませ!」

 

何か気になることでも、と思っていた矢先にこの言葉と共に首との間に指を指し込まれ慌てて身を引こうとするも、お兄様の腕の力が強く身動きが取れない。

いくら空気を一変させようとしたのだとしてもこれはないでしょう!?

内心パニックになりながらも、表面は――、うん、大して取り繕えてないね。めっちゃ狼狽しています。

 

「こう、首元を覆われるといつもよりほっそりして見えて心配になるな。すぐに折れてしまいそうだ」

「怖いことをおっしゃらないでください」

 

そしてそれお兄様なら魔法無しで簡単にできちゃうやつー。深雪ちゃんには絶対しないけど、発言が怖い。

 

「怖がらせてしまったならすまない」

 

安心させようと抱き込んで背中を撫でてあやすお兄様だけど、お兄様から見て私は何歳児でしょうねぇ。

 

「もう、お兄様ったら」

「子ども扱いしているわけじゃない。ただ口実にこうしてお前に触れたいだけなのだから」

 

・・・お兄様の誤魔化しってどうしてそう、いかがわしく聞こえるようなことを言うのかな。

免疫が無いから混乱することを前提に言われているんだとしたら策士すぎる。

それからしばらくソファで過ごしていると、来客用のチャイムが鳴った。

すぐに水波ちゃんが玄関に向かう音がする。私たちはこのままここで待っている予定ではあるのだけど。

 

「お兄様、もうお客様が来るのですからそろそろお放しくださいませ」

「そんな可愛い顔のままのお前を親戚とはいえ二人に見せてしまうわけにはいかないよ」

 

それは!お兄様が離してと言っているのに撫でたりき、キスしたり耳元で囁いたりしたからでしょう!?

私だってこんな真っ赤な顔で二人を招き入れるなんて事態は避けたい。

そろそろ来る頃だろうからって何度も言ったのに、それでも手放さなかったのはお兄様だ。

今度こそ力の限りお兄様の身体を押すと、ようやく離れた。急いで顔に手を当てて冷却しようとするのだけど、

 

「顔の赤みもだけれど、その潤んだ目もどうにかしないとね。ここは俺が対処しておくから整えておいで」

「・・・はい」

 

 

――

 

 

・・・なんか、追い出されてます?え?こんな流れ原作になかったよ。二人で出迎えるシーンだったはずなのに。

一旦席を外すにしたって、いつのタイミングで戻るのが正解?何か密談予定でも?と、お兄様を見るけれどただ苦笑して見つめるのみ。

何か裏があるわけじゃなく?・・・よくわからないけれどこのまま会うのでは気まずいので、言われた通りに席を立って洗面所へと移動する。

ギリギリのタイミングで彼らとすれ違うことなく洗面所へ着いたのだけど、・・・うん。頬がバラ色に色づき瞳は潤んでいる。

触れてわかる頬の火照りはこのままでは収まりそうにない。

お兄様の言う通り確かにこんな顔でお客様の前に顔を出せない。

熱を疑われれば良い方で、あのままの雰囲気でいればたとえ兄妹であろうと何かやましいことしてました?と疑うこと間違いなしだ。

それは流石に亜夜子ちゃんどころか文弥くん、そして水波ちゃんにも見せられない。・・・今後しばらくの食事が洋食か中華になってしまう。

メイクが落ちたわけでもないし、とりあえず魔法を使って頬を冷まし、ティッシュで余分な涙を吸い取れば、まあ何とかいつもの顔に近づいたかな。

楽しそうにおしゃべりする声が聞こえるけど、言葉は聞き取れない。魔法は特に使われていないようだから純粋に距離のせいだろう。

顔だけでなくボディもチェックして、うん。問題なし。

急いで部屋に戻ると、水波ちゃんがお茶を配り終えたところだった。

お兄様と文弥くんが、というより文弥くんが一生懸命お兄様に話しかけ、亜夜子ちゃんがそれを静かに見守っている。

・・・なんというか、この三人にしか出せない空気が漂ってましてですね。私がいては邪魔してしまう気がひしひしと。

どうしようかと思いながらも、お兄様の横に座るしか選択肢はない。気分的には水波ちゃんと並んで立ちたいと思ってしまうのは甘えかな。

 

「あ、深雪さん」

 

文弥くんが気付いて立ち上がる。それに一瞬遅れて優雅に立ち上がる亜夜子ちゃん。

お兄様は私の全身を確認して頷いているけれど、反省の色は一切見えない。

 

「文弥くん、亜夜子さん、いらっしゃい。ごめんなさいね、タイミング悪く席を外してしまって」

 

原因に触れられると困るので、ちょっといつもよりキラキラしくご挨拶を。

 

「深雪お姉さま、お邪魔いたします」

「深雪さんも、お久しぶりです」

 

そうだね。私とは九校戦ぶりだから。あの時は挨拶を交わしたのみだし。

でも二人の空気が真面目なものに変化したので雑談もできそうにない。

二人に座ってもらって、私もお兄様の隣に腰を下ろした。水波ちゃんがすっとお茶を出してくれる。

今日は全てにおいてタイミングがばっちりだね。今褒めてあげられないのが残念だ。でも微笑みかけることくらいは許してね。

 

「御当主様より直々にお預かりしてきました」

 

着席すると早速とばかりに単刀直入――いや、その前の話はお兄様がすべて引き受けて下さったのだろう――用件から入った。

文弥くんは日曜だというのにきっちりとしたジャケットを羽織っており、その内側から普通サイズの封書を取り出した。

表書きは空白。それを受け取ったお兄様は裏返しにして軽く眉を顰めた。

そこにははっきりと四葉真夜の文字。

水波ちゃんが持ってきたペーパーナイフで開封し、便箋一枚に素早く目を通したお兄様は私に渡してくださった。

そこには周公瑾の捕縛について協力を依頼する内容が記されていた。

ついに来た。――お兄様に対しての試験である。

命令ではなくとも四葉からのお願いに手を貸すか、成果を出すか。

どんなチェック項目があるかは知らないけれど、私のガーディアンとして、四葉の人間として相応しいかどうか試されている――表向きは。

そんなもの、未だお兄様の存在を危険視している一部の一族を納得させるための理由にすぎない。

今度の慶春会までに準備をしているということだ。――私も、そろそろ覚悟を決めないと。

私がつらつらと考え事をしている間も会話は続く。

文弥くんはこの内容を知っていて、お兄様は依頼という言葉に引っかかりを覚えて改めて確認をすると、二人の使者は頷きを持って返した。

 

「御当主様よりわたくしがご伝言をお預かりしております」

「伝言?書面にも残せないということか?」

 

一般に、電子データより紙の書面の方が秘匿性は高い。

その書面に残すことすら憚れる伝言とはいったいどのような内容のものなのか、構えてしまうのも無理はない。

そして亜夜子ちゃんはもったいぶることもなく伝言を口にする。

 

「今回のお仕事は、お断りになられても構わないそうです」

 

それは、どれほど衝撃な言葉だっただろう。

亜夜子ちゃん達は淡々と言っているつもりだろうけど微かに反応があった。

これを断ったらどうなるか、亜夜子ちゃん達は知っているのかもしれない。

本来ここで深雪ちゃんは、四葉の力を絶対視しているため命令に逆らうことは許されないことと勘違いするはずだけれど、私は原作知識が、というよりも裏事情を知る機会を得ている。

お兄様の件について軍と四葉の契約もきちんと把握させてもらっているのだ。勘違いしようがないので黙ってお兄様にお任せする。

お兄様にとって四葉の命令は順守しなければならないものでもなければ忠誠心など全くない。

ただ、敵対する時期でもないから大人しく従っているふりをしているに過ぎない。

だから今回も、その対応は変わらない。

 

「文弥、叔母上に『承りました』とお伝えしてくれ」

 

亜夜子ちゃんがお兄様に意外だとばかりの眼差しを向けるけど・・・あれ?断ったら不味いって思ってたんじゃないの?

亜夜子ちゃん達ってどこまで知ってるんだろう?

 

「確かにお伝えします。・・・すみません、達也兄さん」

 

そして文弥くんは、お兄様に向かって深々と頭を下げる。

・・・文弥くんも複雑だよね。

周の捕縛は元々黒羽のお仕事で、叔父様が追い詰めたけれど腕を食い千切られて逃げられる失態を犯した。

すぐさまお兄様が再生させたけどね。だからこそ、文弥くんは憤りを感じるだけで済んでいる。不甲斐無いとばかりにウチの失態だと。

そのことにお兄様は他人の手を借りることは悪いことじゃない、と諭す。

 

(・・・それ、同じようなことを九校戦で私が何度も伝えた時には聞き入れてもらえなかったんだけどなー。もう終わったことだからねちねち言うつもりはないけどね)

 

お兄様、人のことになるとそうやってちゃんと周囲が見えるのに、自分のこととなるとなんとでもできると思いがち。

周囲を頼れる立場になかったことと、大抵は自分で何とかするスキルが身についてしまっているから仕方ないのかもしれないけれど、それにしても自己完結しすぎだ。

自分じゃなくてもできるところは人任せにしてほしい。

 

「これが黒羽の仕事だというのならなおのこと、お前は自分の感情を押し殺してでも積極的に俺に頼るべきだ」

「達也兄さん・・・?」

「自分たちに任せられたことは自分たちだけでやり遂げたい、と思う気持ちは理解できる。だが任務を成功させることの方が優先される」

 

プロに徹する人間の言葉だった。

・・・こんなこと言うのもなんだけど、そういうことなんですよ、貢叔父様。

叔父様はお兄様に手を借りることを極端に嫌がるけれど、仕事と割り切ってください。

何故お兄様がいつか裏切ると思うのか。・・・裏切られて当然のことをしている自覚があるからなんだろうけどね。

その事情をお兄様は知らないし、心が無いと思っているのならなおのこと裏切るなんて感情があるはずないのにね。

彼らは心の無い兵器だと、人間扱いをしていない割に人間扱いをしていることに気付いていない。

まあ、思い込みというヤツだ。自分たちがしてきたことがいつか復讐されるんじゃないかと思い込んで怯え、震え、理不尽に恨みを向けている。

大の大人が子供相手に恐怖を抱いているなんて、認められないのかもしれない。

でも、もうその子供も数年で成人となる。そして近々次期当主選別も控えていることもある。

彼らとしては猶予が無いと慌てふためいているのだろう。

実に滑稽なことだ。

 

(そもそもお兄様が貴方達に関心なんて寄せてないことくらいはたから見ればわかることなのに)

 

周囲からアンタッチャブルな一族と恐れられている少数精鋭の優秀な彼らも人の子ということ。

叔母様はよくそんな彼らを好き勝手させずにまとめられてるよね。

当主になるって大変だ。

将来的に私なりの彼らを掌握する方法を見出す必要がある。

全ては、お兄様を自由にするために。

 

(誰にもその邪魔はさせない)

 

そんなことを考えている間にも、お兄様は文弥くんを諭していた。

 

「お前や俺の仕事には、失敗が許されないものもある」

 

だから俺にこの仕事が回ってきたのを申し訳なく思う必要はない、ということ。

声はこんなに厳しいのに、なんて温かい言葉なのだろう。少し文弥くんが羨ましくなった。

 

「そうですね、失言でした」

 

そう謝ってから文弥くんは頭を振って。

 

「すみません、ではありませんね。達也兄さん、ありがとうございます」

 

お兄様は満足げな頷きを返して、これまでに判明していることを確認した。

全く。息子さんはこんなに素直なのに、どうして叔父様世代はそこまでねじれてしまったのか。

・・・その答えはなんとなくわかっているのだけど。先ほどの勘違い含め、今度ちゃんと指摘してあげないと。

そして話は周の居場所についてに変わった。

京都方面に逃げたってさ。本当、都合がいい展開だ。ちょうどコンペと時期が合うってどういうことなのか。

支援者についての情報も、『九』の一族と対立関係にある古式魔法師の組織『伝統派』が逃亡を支援しているところまで得ているらしい。

お兄様は伝統派について少し知っている、と情報のすり合わせをした。

その際、九島の寝返りを心配したようだけれど、それは今後利用することを踏まえての確認でしたか。

文弥くんはそれに答えることができずに、亜夜子ちゃんも戸惑いの声を上げたけれど、お兄様は会話を切り上げて。

 

「いや、すまない。参考になったよ」

 

労いの言葉に終了の合図を感じた二人は雑談に興じることもなくそのまま立ち上がり帰っていった。

それを玄関まで見送ってから戻ると水波ちゃんが、今度は紅茶を入れて待っていてくれた。

だけど用意されたカップが二つであることにお兄様が一つ追加をさせて水波ちゃんも座るように指示をする。

今後のことを話し合うために。

 

 

――

 

 

 

お兄様は封筒と便箋をもう一度入念にチェックする。何の仕掛けもないことを十分に理解してからお兄様は話し始めた。

 

「叔母上からの用件は本当に周公瑾の捕縛を手伝えということだけのようだ」

「――ただし、そこには依頼という形をとって何かをお兄様にさせる意図もある、と?」

 

そう指摘するとお兄様と水波ちゃんがそれぞれ目を見開いてこちらを見た。

あまりこういうことには口を出す方ではなかったから意外に思われたかな。

 

「・・・そうだな。その何かがわからないが、今そこについては考えなくていいだろう」

 

何か裏がある、とは今推測しても何も材料が無いからね。お兄様も怪しんではいるみたい。

 

「本来叔母上は俺に命令する権限を持たない。正確に言えば、叔母上の命令権は優先順位が低い」

 

お兄様ぶっちゃけるよね。一応水波ちゃん私のガーディアンではあるけれど、本家から来た人間なのに。それだけ信用したということだろうか。

水波ちゃんは驚いているけれど、私は小さく頷くだけで返して続きを促す。

お兄様はちらりと見るだけで続けた。

 

「深雪の安全確保が最優先であることは言うまでもないが、次に優先されるのは独立魔装大隊の任務だ。叔母上の命令権はそれに次ぐ第三順位となる。

しかし今まで叔母上は、俺に仕事を指図する場合、常に命令という形をとってきた。もしかしたら俺が任務中でないのを何らかの手段で知っていたのかもしれないが、とにかく、それが普通だった」

 

お兄様は少しカップを傾けて唇を湿らせると、いくつか可能性を提示する。

 

「任務についてだが、普通ではない方法を取るからには、深雪が言うように普通ではない事情があるのだろう。例えば今回の任務が特別な対処を必要とするものである、といった」

「それは、今回の任務が特に危険なものということでしょうか?」

「黒羽家当主に重い傷を負わせ、今なお四葉の追跡から逃れている相手だ。捕獲するにしても始末するにしても、容易ではないだろう」

 

お兄様はそう答えながら心配するなと口にしない代わりに私の髪を優しく撫でた。

水波ちゃんから鋭い視線が飛んでこないのは、私の表情がどんなものか見たのだろう。

 

「問題になるのは任務自体の難易度ではない」

 

叔母様の持ってきた任務はお兄様向きの任務とは言い難い。

お兄様は今まで、決まったターゲットを狙う任務がメインだから。

 

「ターゲットが何処にいるのか分からないという状況は俺にとって初めてのものだし、四葉にとっても珍しいものと言える。そもそも四葉家の手から逃れる技量の持ち主など俺の知る限りいなかった」

 

こう聞くとあれだよね、四葉ってすげー、だよ。どんだけ隠密に長けてるの?日本を陰で支えてきたと言っても過言じゃないよ。

・・・この日本が正常に機能しているかはまた別問題ではあるけれど、未然に大事件をいくつも闇に葬っているという点でね。危険分子をないないしちゃうんだから。

これまでの結果を踏まえた上でお兄様も今回ばかりは仕事の難しさを思ってため息を吐いた。

 

「そういう状況、そういう相手だ。長期の任務になることは避けられないだろう」

 

お兄様は基本短期のお仕事ばかりでしたからね。――お兄様の仕事を私が概ね把握していることをお兄様はほとんどご存じないと思うけれど。

ほとんど、と言うのは任務に向かう際、お兄様自身から事情を説明されたことがあったからね。

それ以外の任務については四葉家のお仕事を知るうちに資料を見た。お兄様に依頼されるお仕事も四葉のお仕事だから。

 

(だけど長期か・・・。ただでさえ今のお兄様はお忙しいのに・・・)

 

その思いが顔に出てしまったからか、お兄様が少し早口で弁明するように追加した。

 

「家を長期間空けるという意味ではない。学校もあるし、そもそも俺には捜索のノウハウが無いから居場所を見つけるのは他の人間に依頼しなければならない。俺の出番は周公瑾を見つけてからだろう」

「・・・戦いになるのですか」

 

一応捕縛の協力要請だから戦闘は必要ないのだけれど、周の潜伏先が悪かった。

彼が潜伏するのは最終的に国防陸軍の基地だった。――つまり、軍の内部に裏切り者がいることになる。たとえそれが操られていたとしても、結果が同じであればお兄様にとって許せるものではない。

沖縄での、私がお兄様によって再生されたあの日と同じ――軍の裏切りはお兄様の逆鱗の一部となった。

つまりお兄様の特大の地雷を踏みつけるのだ。そうなったらもうお兄様は止まらない。

その場に私がいない限り止まることなどありえない。・・・そもそもこれだけの地雷、私がいても止まってくれるかはわからない。

 

「深雪、そんな顔をするな、俺一人で相手をするわけじゃない。俺に求められている役割は、ターゲットの逃げ道を塞ぐことだろうからね」

 

そう言いながらお兄様は自分の目を指差す。

この言葉で、安心できるならどれほどよかっただろう。でも、お兄様の気遣いが嬉しくないわけは無くて。

複雑ながらも微笑むと、お兄様はもう一度髪を撫でつけた。

 

「ただ時々は家を空けなければならない日も出てくるだろう」

 

今度は申し訳なさそうに。傍で守れなくてすまない、と謝る様に。

違う、と言えればよかったのに。お兄様が謝ることではないと伝えられれば良かったのに。

お兄様はもう一度撫でてからすっと手を離すと水波ちゃんに向かって。

 

「その時は水波、お前が深雪を守るんだ」

 

ここで水波ちゃんはようやく自分がここに座らされた意味を知る。

お兄様はあの手紙を見た時からすでにここまでを読んでいたのだ。

 

「魔法力で言えば、深雪の方が水波よりも強い。実戦を想定しても深雪の方が使える魔法は多いだろう。だが、そんなことは関係ない」

「――はい」

「水波、四葉家にとってお前は深雪のガーディアンだ。しかし俺にとってはそれ以上に、お前は数少ない、信を置ける魔法師だ」

 

自分の目で判断して、信用できると言っている。

それが、どれほどすごいことか私だけが知っている。――お兄様が、自身で、信用している、と。

四葉家から送り込まれたガーディアン、穂波さんと同じ顔をした、私の守護者。

いろんな思惑があって送り込まれたであろう彼女を、お兄様は私を守ることに関しては信用できると、そう判断したのだ。

少しだけ視線を傾ければ、母の写真立てが目に入る。母は、何も返してはくれないけれど、この想いを伝えたくてしばらく見つめてしまった。

 

「俺が留守の時は、深雪のことを頼んだぞ」

「お任せください」

 

水波ちゃんはお兄様から視線を逸らすことなく、その信用に対し真直ぐと受け止めた。

 

この日は結局外出する気にはならず、家でまったりと過ごした。

 

 

――

 

 

生徒会選挙が近づくにつれ、昼食を食堂で皆と共にすることはできなくなった。

視線が集中しすぎてしまうのだ。同じ理由でほとんどの生徒会役員が生徒会室でお昼を過ごしていた。あと一部の風紀委員もね。

お兄様もこっちにいた方が良いのでは、と思わなくもないけど、そうするとこっちもそわそわしちゃう子とぞわぞわしちゃう子がいるからね。

お兄様にどっちが居心地いいかと問えば、多分他人の視線の方が無視できる分、食堂の方が気が楽なんだろうな。

ってことでしばらく別行動をしている。

 

(のだけど、お昼、今度お弁当にしようかしら)

 

ずっとここのご飯も飽きる。いえ、毎回同じメニューではないんだけどね。何と言うか食堂より味気ないのだ。

 

「どうしたの、深雪。ご飯を見つめて」

「美味しくない?」

「ああ、違うのよ。ただ食堂のように色々選べないならお弁当にするのも一つの手だなって思って」

「み、深雪先輩はお弁当も作られるのですか!?」

 

雫ちゃんと泉美ちゃんに挟まれ、雫ちゃんの隣にほのかちゃん、泉美ちゃんの隣に香澄ちゃんが座っているハーレム席。本来ならここはお兄様のような気がするのだけれど、私が座っていていいのだろうか。

向かいには中条会長と五十里先輩、そして花音先輩。いつも通りの面々です。

 

「深雪の作ってくれるご飯、とっても美味しいよ」

「!北山先輩は召し上がられたのですかっ?深雪先輩のお手製の料理を!」

「もちろん」

 

うん、確かに雫ちゃんにも作りましたよ。

ホームパーティーをやった話をしたら雫ちゃんが食べたいって言ってくれてね。うちで二回目のパーティーをやりましたとも。その時にあみぐるみもプレゼントした。喜んでくれてよかった。

 

「ほのか達も一緒だった」

「うん。深雪ってお菓子だけじゃなく食事もプロ級っていうか」

 

雫ちゃん、ふふんってドヤ顔可愛いね。泉美ちゃん、可愛いんだからそんなぎりぃしないの。

泉美ちゃんに注意の微笑みを浮かべれば真っ赤になって俯いた。最近はこの手法をとってます。なんか、撫でたりしたら距離が縮まりそうでね、気をつけてます。

九校戦の時結構大胆に抱きつかれてからちょっと距離感が狂いましてね。背後でピクシーが目を光らせています。クッションが大きくなったね。警戒レベルが上がった?

 

「プロ級は言い過ぎよ。家庭レベルの域を出ないわ」

「それくらい美味しいってこと」

「ありがとう」

 

何をお弁当に詰めようかしら。ド定番もいいけれど、うーん。と考えていると、ほのかちゃんがもじもじと。

 

「た、達也さんにも作るの?」

「え?どうして。兄さんは食堂で食べるんだから必要ないでしょう」

 

何故お兄様に作ることをほのかちゃんが心配してるの?

 

「そうなの?一緒に作るのかと思った」

「確かに一つ作るも二つ作るも同じで手間はかからないけど、食堂で出来立ての方が温かくて美味しいじゃない」

 

そう言うと雫ちゃんとほのかちゃん顔を見合わせた。

そして二人から揃って心配そうな視線を受ける。

 

「なあに、二人して」

「何って・・・」

「ねぇ・・・」

 

二人だけわかり合ってー、と思ったら正面の中条先輩たちも似たようなお顔。・・・もしかしなくても私だけわからない感じ?

 

「あとで相談したら?それでわかるでしょ」

 

花音先輩にはちょっと呆れ交じりでそう言われた。

ちょっともやもやしながら食事を再開。と、思ったのだけど、

 

「ね、ねえ深雪。生徒会の役員は――」

「ほのか。ほのかの気持ちはよぉーくわかるけど」

 

ほのかちゃんから一日一回は訊かれるこの質問。答えはもうわかっているはずなのに、どうしても聞いちゃうんだろうね。恋する乙女も大変だ。

一応会長が選出されてからじゃないと話はしないということは事前に話したからわかっているはずなんだけどね。

既に下馬評で私が会長になることは揺るがないから、その先を求めてしまうのだろうけど。

お兄様と一緒にお仕事がしたい、というかお兄様のお役に立ちたいほのかちゃんとしては最も気になるところだろうからね。

ちらりとピクシーを見る。彼女はほのかちゃんの祈りを写し取って生まれた子。

その視線に気づいたほのかちゃんが私の視線を向けた理由に気付いて顔を真っ赤にして体を丸めてしまった。

そうなってしまう理由を知っている一年生以外は苦笑して。一年生の双子は顔を見合わせて不思議そうなお顔。性格が全く違う二人だけどこうして表情が揃うとよりそっくりになる。可愛いね。

 

 

――

 

 

もやもやをずっと抱えるのも体に悪いのでさっそく帰りのコミューターの中で相談を。

 

「水波ちゃん、明日の朝私もキッチンにお邪魔したいのだけどいいかしら」

「構いませんが、またお菓子を作られるのですか?」

「いいえ、お弁当を持って行こうと思って。食事が美味しくないわけじゃないのだけど、なんとなく単調で飽きてしまって。それなら好き勝手に詰められるお弁当を作ろうかと」

 

思ったのだけど、と最後の方が尻すぼみになってしまったのは水波ちゃんが渋いお顔になっていったから。

 

「・・・私が作るのではダメでしょうか」

「もちろんダメではないけれど、好き勝手に詰めたい気分なのよ」

 

主をキッチンに立たせるのは、と考えているみたいだけれど、私の腕も知っているから断るのも烏滸がましいとか悩んでそうだな。

こういう時は好きにさせてもらえると楽なんだけど、彼女の矜持がそれを許せるかと言うと、まだそこまで許せるかは難しいらしい。

私が主なのよ!と押し切れれば話は早いんだろうけど暴君になりたいわけじゃないからな。

お兄様援護射撃してくれないかな、とお兄様を見ればこちらは顎に指を掛けて思案顔。カッコイイね。素敵な横顔。

 

「深雪、その弁当は俺の分も作ってもらえるか」

「お兄様は学食で選べるではないですか」

「学食ではお前の料理は選べないだろう」

 

それは、そうだけども。

 

「お兄様は皆と食べるのでしょう。一人だけお弁当というのもおかしいでしょう」

「些末なことだ」

 

お兄様なら確かに一人だけあからさまに違う食事だろうが気にもしないだろうけども。

・・・なんでしょうね。さっきまで横顔カッコいいと思っていたのに、急に子犬のような愛らしさが追加された。

 

「だめか?」

「だめ・・・じゃないですけど」

 

昼も言ったが一つ作るのも二つ作るのも手間は変わらない。だから作ること自体は何の問題もないのだけど。

 

「お花見弁当のように豪華なものではなく、ごく普通のお弁当ですよ」

「深雪が作るならどんな弁当も変わらず美味い」

 

あら、まあ。そこまで言われてしまうと作らざるを得ないのかな。

・・・自分用に作ろうと思っていたからその時の気分で好き勝手しようと思ったのだけど、お兄様が食べるのならちゃんとした方が良いのかな。それなら、

 

「水波ちゃんの分も作る?」

「わ、私の分ですか!?それは結構です!」

 

残念、全力で断られてしまいました。

私になんて!ってところなんだろうけど、・・・いや、違うか。それもあるだろうけど、お友達と食べるのに一人だけお弁当ってなると周囲の好奇心も刺激しちゃうものね。面倒になること請け合いだ。

お兄様も面倒ごとが起こるなら避けてもいいと思うのに。

 

「そう?でも食べたくなったら言ってね」

「あ、あの!お、お弁当は結構ですので、その、作られたおかずを一口で良いので朝食にいただくことは、可能でしょうか」

 

さっきと違って決死の覚悟でこぶしを握り締めて尋ねる水波ちゃんに、私はいい弟子を持ったなぁ、とほっこりしながらイエスと答えた。

 

「ええ。味を見てくれると嬉しいわ」

「はい!ありがとうございます」

「・・・なんだか、俺の時と反応が違くないか?」

 

水波ちゃんとにこにことしていたら隣からお兄様の面白くなさそうなお声が。

・・・え、お兄様拗ねてる!?やだ、さっきの子犬のような可愛さも良かったけれどこの、扱いが違くないか、と拗ねるお兄様もまたきゅんとくる可愛さ。

どうしたのですお兄様、今日は可愛いデーですか。さっきから心臓がうるさいくらいお祭り状態です。

頭を撫でたくなって手が疼くけど我慢だ。多分撫でるだけじゃなく抱きしめちゃう気がする。必要以上の接触良くない。気をつけねば。

 

「まあ、そんなことございませんよ」

 

そう言いながら煩悩を払うように頭を振るのを二人に怪しまれながらも特に訊ねられることなく帰宅した。

 

 

――

 

 

今夜は九重寺に向かうことはないらしい。

任務と並行して新技を開発するのはお兄様とて体が一つでは足らないのだろう。

今日は任務を取った、そういうことだ。

いつもならなかなか離してくれない食後のコーヒータイムを、今夜はお兄様の方から引き揚げられた。

電話するから、とのこと。藤林さん経由で九島に助力を請うためですね。

四葉で調べられないならば地元に詳しい人に聞くのが一番だから。

それに元々敵対・警戒している組織ならある程度情報を持っているはずだ。より詳しい事情も聴けるだろう。

・・・でも女性のプライベートナンバーに、夜に、約束を取り付けてまで掛けるだなんて。それだけでもドッキドキしちゃうよね。普通ならば。

お兄様はまだそういうのは感じないのかな。

藤林さんはとても魅力的だし、お兄様に情が湧いて可愛がってくれているみたいだから、そこから転じて恋になってくれてもいいかなと思うのだけど、肝心のお兄様がなぁ。その辺り、訊いてみた方が良いのだろうか。

こうして彼女にばかり頼っているのは実は――、みたいな。

自身で気づいていない可能性もあるし、外部から口を出されて自覚するパターンも考えられなくもない。

もう電話をしている頃かな、と考えながら操作していた端末を閉じてダイニングへと向かった。

今の気分は紅茶かな、と紅茶を用意して思い浮かべるのはつい先ほどまでいじっていた端末の内容だ。

例のごとくスパイごっこのように渡されたメモリーを読み込んで知った新事実。

四葉が京都に周がいると確証を得たきっかけは、なんとウチの変態技術者が発端だったらしい。

彼は放っておくと寝食も忘れ最新の機材でキャッキャと遊んでしまうので、時折情報収集チームの休憩室に放り込まれるようになった。

研究室に籠っているのも良くないと休憩室に放逐し、お菓子を食べて雑談して休憩させている。

これは人として大事なことだから、と私直々に厳命したのは彼が一度不摂生で倒れた直後。

そんなこと言ったところで無駄だろうなと思ったのだけど、彼は意外にもすんなりそれを受け入れた。なんでも人と適当に会話していると脳が活性化して新たなアイディアが浮かぶことがあったようだ。

そんなわけでたいして抵抗することもなく、自主的には時を忘れてしまうので無理だけど、誰かしらに連れられて休憩時間を取っているようで、その時にぽろっと出た会話がたまたまそれだった。

情報収集組もなかなか周の情報が集められず進展が無いことで皆で愚痴っていたそうだ。

そこでその名に反応したのが彼だった。

 

「周?あのうさん臭い男か」

 

その時の男の顔は苦虫を潰したような顔だったらしい。

なぜ知っているのかとその場が騒然とする中、男はなんてことはないことのように語った。

 

「なに、3年前だったか。伝統派とはそれなりに付き合いがあってな。京都にはしょっちゅう行っていたがその時に紹介されたことがある。伝統派の依頼は元々金のためにやっていただけの面白味もない仕事だったからな。これ以上面白くなさそうな仕事を受けたくないから関わらないように躱した覚えがある」

 

とんでもない有力情報だった。

記憶力のいい男の情報をもとに探ったところ見事足跡を見つけることに成功したのだ。どんなところにヒントがあるかわからないものである。

・・・というか、伝統派とも交流あったんだ。もしかしてだけど、法輪をヨーヨーのようにしたり、独鈷所をライトセイバーみたいにしたのこの男ではないだろうか・・・?気づかなかったことにしよう。

意外なところからもたらされた情報によって捜索は一気に進んだ。

だが、京都は四葉であってもおいそれと侵入できる場所ではない。九島のお膝下であり、古式魔法師は土地の利を生かすのに長けている。余所者が探るにはなかなか難しい場所なのだ。

これで九島の協力を得られたら事態は一気に好転するだろう。それに――。

 

(お兄様を囮にして伝統派を引きずり出そうともしてるから)

 

でもこっちに関しては引きずり出すのが本命ではなかったのではないかと思う。どっちかといったらお兄様への試験の方がメイン。

だって、いくらここ東京で狙われたとしても出てくるのはせいぜい雇われ魔法師が関の山だ。そんな相手、お兄様の敵ではない。

お兄様が試されているのは対応力、采配か。一人では賄いきれない状況をどう捌くか。

周囲がどれだけ見えているかもチェック項目かな。

一人ですべて抱えてするもいいかもしれないが、いくらチートなお兄様にも限度はある。分身なんてできないからね。

文弥くんのところみたいに部下がいるわけではないお兄様がどこにどのように頼って、四葉に不利益なく任務を遂行するか。・・・難易度たっか。

紅茶をちびりちびりと飲みながら、改めてこの世界はお兄様に難題を押し付けるなー、と不満に思っていると意識的に立てられている足音が。お兄様だ。ちょっとお疲れのよう?

 

「お飲み物でしたらご用意しましょうか」

 

そう声を掛ければ、ふわっと微笑まれて頼む、と一言。

座ってお待ちくださいませ、と私はキッチンに立つ。おしゃべりした後だからのどを潤すならアイスの方が良いだろう。

のどを労わるならミルクもあった方が良い、ということでアイスミルクティーを淹れることに。

魔法でちょちょいと冷やせば薄まることもなく薫り高いままアイスに。本当便利。

リビングのソファに持って行くと、・・・あれ?ここって原作では確か一人用のソファに腰かけていたんじゃなかったかしら?と思いながらもグラスを机に置いてお兄様の隣に腰を下ろす。

二人してストローに口を付けてのどを潤して、ひと心地落ち着かせたところでお兄様をじっと見つめて観察した。

表情はいつもと変わらない。高揚しているようにも見えない。・・・まあ、それは初めから期待してはいなかったのだけど。普段通りのお兄様だ。

お兄様は真横からの視線に気づかぬはずもなく、私の視線に合わせる。

 

「先ほどのお電話は、昨日の依頼に関することでしょうか」

「そうだ。長期戦を覚悟しているとはいえこんな依頼、早く終わらせるに越したことはないからな」

 

どんな手を使っても一日でも早く終わらせたい、というお兄様の発言にくすっと笑ってしまう。

 

「失礼しました。お兄様のお顔にあまりにもはっきりと面倒だ、と書かれていたものですから」

「まあ、実際面倒ではあるな。だが笑うのは酷いんじゃないか」

「ですから初めに失礼しました、と謝りましたでしょう」

「それだけでは足りないな」

 

そう言うとお兄様は私の肩を抱き寄せて。

 

「最近ただでさえ深雪に触れられる機会も減ったというのに、任務まで増えるとなると、ストレスも溜まるさ」

 

あら、まあ。お兄様の口からストレスが溜まる、という言葉が聞けるとは。自覚ができているようでなにより。

以前まで軽減した気がする、と減ってから気づくレベルだったのに。成長されましたね。・・・普通は逆だと思うのですけどね。

あまり減ったなー、から認識する人も珍しい。

頭をお兄様に寄せて寄りかかれば、更に腕は強く抱き寄せられる。

 

「どのようなお電話だったかお聞きしても?」

「ん?ああ。藤林さんに仲介を依頼した」

 

とっても端的に説明された。これなら軍関係とは疑念を抱く余地もない。

 

「仲介、ですか。では軍ではなく」

「九島閣下には借りがあるからな。きっと快く力を貸してくれるはずだ。あちらとて、これ以上舐めた真似をされるのも腹立たしいだろうから」

 

お兄様ちょっと悪い顔。

閣下にしてもパラサイドールでの一件は腹に据えかねているだろうからね。暴走を許したわけではないけれど、ちょっかいはちょっかい。

暴走したらお兄様が止めてくれるだろう、と楽観視していた閣下もこれはこれで別問題のよう。

害虫を招き入れた息子にもきっと何かしら思うところはあったんだろうけど、なんか閣下、当主に据えた割に初めからこの息子に期待してないよね。

他家の事情に首を突っ込むつもりはないけど、ここもねじれにねじれてしまっている。

閣下としては息子も大事だから息子の選択を優先しちゃう辺り、ね。こうやって変に甘やかすから大変なことになったのに学習しない。

そっちは深堀しても何にもならないので放置の方向で。

 

「ですが、その、危険ではないのですか?独立魔装大隊への通信が検閲されては」

「それは大丈夫だろう。掛けたのは少尉のプライベートナンバーだ。『電子の魔女』が私用に使っている回線を盗聴するなどエシェロンⅢを使っても可能とは思えない」

 

絶対的な信頼。それほどまで彼女の技術は高いのだろう。

現代科学と相性のいい魔法なんて敵に回れば厄介なことこの上ない。脅威以外の何物でもない現代魔法だ。

お兄様も同僚の自慢をしていることに気付いていないかもしれないけれど誇らしげだ。

こういうちょっとしたお兄様の人間臭さに心がくすぐったくなってしまうけれど、今は我慢しなければ。思いを馳せるべきはそこではない。

 

「お兄様。そこは秘密にしないといけないところですよ。親しい女性のプライベートナンバーをご存じで、しかもそこに掛けているだなんて、あちらにもプライバシーというものがあるのですから」

 

用件に色気はないとはいえ、親しい女性との私的電話。勘ぐるなという方が無茶である。

お兄様にそんな意図はないと知っているけどね。妄想もはかどってしまうわけで。

訊いているこちらが恥ずかしい、と言うように頬を赤らめて視線をさ迷わせれば、お兄様が慌てたように身を起こして私の顔を覗きこむ。

 

「誤解だ。そんな話じゃないことは深雪も今聞いた通りだ」

「お兄様、そこは今問題点ではありません。プライベートナンバーを頂けている関係性であることが大事なのです。・・・そうですか。ふふ」

 

藤林さんがお義姉さんになる可能性・・・有りだと思います!

お兄様に急浮上した恋愛話に目を輝かせる妹の図に、お兄様はいつもは見せないような慌てぶりを見せた。

藤林さんだけでなく風間さんも真田さんも山中さんの番号だって知ってる!と弁明されるけど、うんうん。たいして妄想の妨げにはなりませんね。

むしろ皆さんお兄様を気にかけて下さってるんだな、と心がほっこりします。お兄様、愛されてる!

 

「深雪、深雪さん。お願いだから聞いてくれ」

 

聞いてますよ。お兄様が愛され系だというお話は。

ニコニコと上機嫌な私に対し、お兄様は焦って誤解を解こうと必死だ。表情はそんなに焦ったようには見えないのだけど目がね、訴えかけてくると言いますか。・・・そんな必死にならなくても、と思うのだけど。

一応すぐに分かりました、大丈夫ですよ、変に誤解なんてしてませんから、と言ったのだけれどなかなか信用してもらえず、元の状態に戻るまで二日ほどかかった。

その間、雫ちゃんがお兄様に何をしたのかと問いただしたり、ほのかちゃんがお兄様に大丈夫ですよ、とわかっていないなりに励まそうとしていたり、エリカちゃんに揶揄われたりしていた。

なんか、精神的疲労が積みあがっているように見える。申し訳ない。こんな事態になるとは思っていなかった。

 

「お兄様は一体何をそんなに心配されていたというのです?」

「・・・変な誤解はされたくない」

「それは、申し訳ございませんでした。でもお兄様、妹に何でもかんでも報告義務などないのです。プライベートくらい遠慮なく自由に過ごしてくださっていいのですよ」

 

恋愛報告はできればお兄様の口から聞きたいけれど、お兄様が言い辛いなら後で結果(結婚)だけ教えてくれればいいから。そう思って伝えたのだけど、お兄様は更に肩を落としていた。

水波ちゃんは俯いて首を振っている。・・・なあに、その処置無し、みたいな。私何か悪いこと言った?

 

 

――

 

 

そんなこんながありつつあっという間に生徒会選挙前日。

本当、あっという間だった。

夕食も終え、夜のブレイクタイムのタイミングでその電話はかかってきた。

自宅にかけている時点で、皆が傍に居る状態なのを見越して掛けているのだろうということは推測できた。

監視されている、というより何度かやり取りをしているからこのくらいの時間に夕食を終える頃だと読んでのことだと思いたい。

お兄様はこの電話で大丈夫かと、確認している。

お兄様個人の回線より家の方がセキュリティは一般寄りだからということらしいけど、何度聞いてもお兄様と藤林さんの会話は凄いね。

自宅でいつでもスパイ気分。

藤林さんは私服とわかるフリルのブラウスにカントリー風のロングスカートという大人可愛い恰好で現れた。素敵。大人可愛い。

同じ服を七草先輩が着ると顔の印象で子供っぽさが目立ってしまうけれど、藤林さんはばっちりと着こなし年相応でありながら可愛くも見せていた。最高。自身の魅力をよくわかった服のチョイス。エクセレント。

うっとり見つめている間もお兄様たちの会話は途切れることなく続いている。

どうやら盗聴されるかもしれない前提で囮として掛けているらしい。罠がしっかりと仕掛けられた囮ほど気楽なものはないのか、お兄様は呆れ半分笑っている。

 

「物理的な技術だけで実現していることじゃないから」

 

流石です藤林お姉様!

お兄様でも再現できない秘術を気軽にやってのける。そこに痺れる憧れる!

とは言いつつ気軽に見せているだけであって長時間はできないそうなのでさっそく本題へ、と藤林さんは結論から話し出す。

九島閣下がお会いになるそうで、日時と場所のお知らせでした。

光栄です、って返すお兄様の表情は心底面倒ってのが漏れ出ているけれど、藤林さんにも伝わったらしい。

 

「有難迷惑って顔してるわね」

 

ふふふ~、無表情に近いお兄様のお顔を見分けられるなんて、藤林さんもお兄様検定段持ちですね。

祖父に関わるというのだから諦めなさいって諭す藤林さん。お兄様相手にお姉さんぶれるのって藤林さんが一番な気がする。

七草先輩だとちょっとね、お姉さんと言い張りたいお年頃の先輩って感じになっちゃうから。

おかしいね、実際妹ちゃんが二人もいるし、二人の前だとお姉ちゃんできるのに、お兄様相手だとそれが通用してないもの。・・・やっぱり先輩の中では、お兄様は弟ではなく異性なんだろうな。

そう考えると藤林さんにとってお兄様は弟かって話になるんだけど、こっちはこっちで本音を隠せるプロの軍人さんだからね。

本心は簡単に探らせてくれません。そこもまたカッコいい。大人の女性って感じ。

 

「達也君、覚悟しなさい。これから君は日本魔法界に蔓延る十重二十重の柵、その真っただ中に飛び込むことになる」

「その程度のことはとっくに覚悟していますよ」

 

そうだね、お兄様が特殊な魔法をもって四葉に生まれ、優秀な能力を発揮してあらゆる場所で革新を起こして実績を積み重ねている時点で存在感が増し、隠れることなどできなくなっている。

表舞台に立つことが無ければ、隠し通せる可能性はあっただろう。

けれど高校へ進学し、お兄様の環境は一変した。軍や任務による舞台ならまだ何とかなった。けれど学校行事という表舞台に上がった時点でお兄様の非凡さは世に知られるところとなった。

いくら四葉が本気で隠そうとしても九島閣下のように気付く人は気付いてしまう。・・・まあ、叔母様が本気で隠すつもりなら隠せたんだろうけど。

藤林さんは、当日は自分も参加するからよろしくね、と言って電話は切れた。

その間アタックは無かった模様。ネズミが引っかからなくて残念でしたね。

画面に移りこまないように隅で水波ちゃんと一緒に縮こまっていたけれど、終わったことで私たちも活動を再開させる。

水波ちゃんが新しいお茶を用意しようとするのを止めつつお兄様に話しかける。

 

「お兄様、・・・本当によろしかったのですか?」

 

九島に関わるということは、藤林さんの言う通り渦中に飛び込むようなもの。

煩わしい関わりを作ることは必至だ。必然とはいえ心配になる。水波ちゃんも心配そうに・・・じゃないね、同情しているように見ている。

・・・あれ?水波ちゃんってどこまで知っているんだっけ。

 

「九島烈と接触することがかい?だったら気にしても仕方が無い」

 

お兄様は予定調和だ、と言わんばかりに笑みを浮かべてアイスティーのグラスを手に取るけれど、そのまま机に戻してしまった。結構長くお話しされてたものね。

そんな時はちょちょいっとね、と魔法で温度を奪う。深雪ちゃんがいるとどこでも簡単に急速冷却できて便利だね。釣りとか行ったら重宝されそう。

お兄様はアイスティーが冷えたことに気付いて、さっそく口つけてにっこり笑顔を頂戴しました。お駄賃が多い。

たかがこれしきの魔法に対価がお兄様の笑顔?釣り合いが取れてない。むしろこちらがお金を払わなければならないのでは??

 

「九島閣下は恐らく俺の軍関係のみならず出自を知っているだろう。俺の魔法についても知られているかもしれない」

 

九校戦での邂逅はお兄様とのやり取りは無く、風間さんと閣下のみで行われていた。

その後、パラサイトの件で一方的にチェックされていたけれど、お兄様と九島閣下が直接会話をしたことは無かったはずだ。お兄様のどこを見てそんなことを察する場面があったのだろう。

九島閣下ならいくつか予想が立てられるのだけど。藤林さん経由、ということも捨てきれないが可能性は低い。

他にも軍内に伝手があるだろうし、そもそも閣下は魔法師界の生き字引だ。

様々な家と交流を持ち、四葉家がアンタッチャブルと呼ばれる前からの付き合いで、母たち姉妹の『先生』もされていたのだとか。

そんな付き合いもあれば子が生まれたことも察せられたのかもしれない。

いくら秘密裏にしていたとしても、出産は何かしら変化をもたらすだろうし、四葉内はお兄様の誕生で慌ただしくなっただろうから。

外部には漏れなくとも、身近に交流を持っていた人ならば、可能性はなくもない。あの、七草弘一も気づいていたわけだし。

四葉深夜ではなく司波深夜としてなら関東の、しかも都内で家族と暮らしていたわけだから。

・・・この辺曖昧なんだよねー。お母様美人だから外なんて出歩こうものならバレるだろうに。ご近所付き合いなんてしていなくても関係ない。すぐにコミューターや車に乗って移動するにしても美人の住む家というのはどうあっても目立つ。

素性隠すにしても戸籍だけでなんともならないと思うのだけど。

あの誘拐事件以降元々表舞台を嫌う傾向にあった四葉が最低限しか表に出ないようになったから、母の容姿を知る人は少なくなったとはいえ、双子の叔母様そっくりだからなぁ。

鉄壁の微笑みを浮かべる叔母様と、表情のほとんど動かないお母様とでは違った印象にはなるのだが、それでも作りはほぼ一緒。

これでばれないってことはないだろう・・・と思うのだけど、沖縄事変の際、十師族にあまりいい印象を持っていない派閥に属する独立魔装大隊の面々は私たちのことを知らないようだった。

警戒対象者として四葉家をチェックしていなかったということがあるんだろうか――?これもご都合主義かな。

 

 

――

 

 

と、話が逸れ過ぎた。

でも実際どうなんだろう。出自がバレるのはわかるけど、お兄様の魔法がバレていたのだとすれば――閣下はお兄様を表舞台に出すことを良しとしなかったのではないだろうか。

だって、お兄様の再生は魔法師にとって便利すぎるものであると同時に脅威でもあるから。

魔法師を兵器として戦争に投入されることを無くしたい閣下にとってこの能力は絶対に世に出したくない能力であるはずだ。

それはつまり傷ついた兵士を『直して』は何度も戦場に送り戻されることだから。それこそ、兵器――道具のように。

沖縄後に知った?あの時ならば目撃者は多い。いくら命令があろうともあの奇跡を目の当たりにして沈黙を貫けるかわからない。

大亜連合だって、恐怖で口を閉ざしていたけれど知る人は知っていたみたいだし。

 

(・・・閣下はお兄様をどう思っているのだろう)

 

兵器として自己を認識しているお兄様を憐れんでいるのか、孫と同世代ということもあって重ねていたりもするのだろうか。

どちらにしても、

 

(他人に不幸だと決めつけられ、勝手に憐れまれるのは面白くない)

 

お兄様の人生は出生からして明るくない。

幼少期も、少年期も、ほんの僅か幸せと呼べるかもわからない温かな光を光量に歩んできた。

感情があったならきっと耐えられなかった過酷な人生だ。生きることを止めたくなるほど厳しい環境だ。

ただ兵器として望まれるなら、利用価値として生かされる。

ただ使い捨ての人間として造られたなら、役目を終えれば安らかになれただろう。

――お兄様は、産声を上げるとともに生かすべきか会議にかけられ、半数以上が死を望み、生きることを選択されれば憎まれ、疎まれ、恐れられた。

まだ、何も知らない世に出たばかりの状態でこれだ。

これを憐れむな、というのは確かに難しいだろう出自エピソードだ。設定もりもり大好き神様によりこれでもかと煮詰められたブラックな歴史の一ページ。

不幸のどん底からの成り上がりのストーリーはラノベの王道だ。

徐々に仲間を増やし、認めてもらえるようになり、時には仲たがいし、それでもまた絆を深めて世界を動かしていくチート系主人公のサクセスストーリー。

シンデレラの男の子版はこうだよね、という定番ストーリーだ。

 

――そう、ここは物語の世界。神の創りし箱庭だ。

 

分かってはいる。全員が登場人物で在り、その主軸を元に生活をしている。

だが、私という存在が――異物が入り込んだことでその物語は変化してきた。

息子に愛を伝えることもできずに儚くなるはずの母は、浮かべることなどできないはずの笑みを浮かべて旅立った。

失意の中、高校を卒業するはずだった先輩たち数名は希望の大学へと進学して行った。

他にもいろいろと原作に描かれていない些細な変化をいくつも起こし、その波は原作を侵食せんと現在進行形で包囲網を敷いている。

 

(私はとても罪深きことをしている。尊敬し、感謝している神に逆らっている。――でも、それでも決めたんだ。お兄様を幸せにする、と)

 

原作は、原作の世界で。

ここはもう、原作と似た世界の、分かたれた先の世界。もう、シナリオ通りの支配の縛りからずれ始めた世界。

まだ、完全に抜け出ていないのはまだお兄様の幸せのための布石が揃っていないから。強制力に身を任せつつ、改変できるところをコツコツと変えてきているところだ。

 

(転換期はもうすぐ――)

 

この京都編はほとんどシナリオ通りに進む予定だ。このお話も辛い場面が多々あるが、軍関連の軋轢については工作を少々加える予定。周に関してはそこ以外、タッチしない。

そもそも古都内乱編での深雪ちゃんの出番は少ない。

だからこそ、お兄様と別れて動ける唯一の機会でもある。――たとえ眼があるとしても暗躍のやりようはあるから。

ここが、正念場だ。

 

「――深雪?」

「ああ、すみません。先々代の四葉家当主と――私たちの祖父と親しくされていた関係で母や叔母様の教師をしていた、というのがなかなか想像できなくて。十師族間ではそのような交流もあったのですね」

「ああ。あの四葉の悪名を轟かせた件以降、四葉は他の十師族との交流がより薄くなったと聞いている。元々そんなに深い付き合いをしている家は少なかったそうだがな。第四研の頃から他の研究所とは異質だったらしいからな。その辺も関係しているのかもしれないが」

 

俺も噂話程度しか知らない、とは言うけどお兄様もなかなか情報通。どこでそんな情報手に入れられるのか。お兄様、四葉でお話しできる人はそういなかったと思うのだけど。

それにしても、

 

「お兄様も他人事ではないでしょう?」

「何がだ?」

「もし『灼熱のハロウィン』がお兄様の仕業と知られれば先々代のなされたことどころの騒ぎではありませんよ」

 

くすくすと笑いながら言えば、お兄様はすん、と表情が抜け落ち真顔になった後わずかに視線を逸らされた。

どうにも自分のしでかしたことを忘れがちなお兄様ですね。終わったことは気にしない。振り返らない。ただの事象として記憶の奥に仕舞われてしまう。

 

「・・・とにかくそういう経緯があるから、九島烈が俺のことを詳しく知っていてもそれほど不思議なことじゃない」

 

お兄様視線だけでなく話題も逸らしましたね。ちょっとお目目が泳いでますよ。

深雪ちゃんの目からは逃れられないほんのわずかな揺らぎですけどね。多分レンズ通して測らないとわからないレベル。

・・・深雪ちゃんのお兄様に対しての目はちょっと異常ではないかな。レベルアップした?常にお兄様のことを知ろうと必死に目を凝らしてましたからね。経験値はかなり積んだと思う。

その目からいかなお兄様も逃れられない。私の視線を受けてお兄様はさらに目を逸らした。・・・こういうところにきゅんとくるよね。

水波ちゃんは私たちの間に何かあったらしいことはわかったみたいだけど、それがどういうものかはわからなかったみたい。

お兄様が気まずくなったのも気づかなかったのかな。結構分かりやすい話題の変更だったと思うのだけどね。

お兄様の態度がそうは見せないのか。お得ですねお兄様のポーカーフェイス。

 

「お兄様の事情をご存じだというのに何もせずに協力を取り付けるということは、秘密を握らせることでその利用価値を持たせる、ということですか」

「そうだね。相手は世界最巧と呼ばれた人物。たとえ今は耄碌していようとも口封じの実行は困難だろう相手だ。俺という戦略級魔法師の情報はあちらにも都合のいい切り札になるだろう。

前回の件での敵対はこのまま引きずっているのも具合が悪い。今後のためを思えば今のうちに貸し借りを帳消しにしておくべきだろうな」

 

お兄様はすでに未来(さき)を見越していた。

パラサイドールの件でお兄様にとって九島閣下への評価はぐんと下がっていた。高かったはずの好感度はマイナスに振り切ってしまうほどのイベントだった。

それでも知性と能力に対しての評価自体は下がらない。油断ならない相手であることは十分に理解していた。

信用なんてしない。

ただ、お互いの利害関係が一致した時のみ協力できる相手ではあるだろうね。

その辺はうまく立ち回るからこそ彼の一族は閣下が退いた後も十師族の中に居られたのだから。・・・それもあとわずかの間だが。

この話はこれでお終い、とお兄様はアイスティーに口つける。時折継続して掛けていた魔法のお陰か、お兄様は最後まで冷えたままのアイスティーを飲み切った。

水波ちゃんには終始わからない話が多かっただろうに、彼女は追求することもなく静かにメイドとしての仕事を務めていた。

 

 

――

 

 

対立する相手のいない選挙というのは普通盛り上がらないものだし、信任不信任で投票する場合、おふざけや反抗心によって人とは違う行動を取るものがいておかしくないはずなのに、100%という異常な結果で生徒会会長となった私です。

え、スピーチ?ごくごく普通の真面目なスピーチをしたはずなんですけどね。

どうして皆そんなに真面目に聞いてくれるの?高校生だよね??もっと雑談だったりつまらない顔して聞いててもいいのに、なんでそんなに皆期待に満ちた表情で聞き入ってるの?

開票結果を発表した時、どこからともなく聞こえた女王陛下誕生ばんざーい!って誰の仕込み??皆声を揃えての万歳三唱始まってびっくりですよ。

お兄様はさもありなんみたいな顔で腕組んで頷かないでください。何一つわからないよ。

皆の表情は楽しそうで恐怖に支配された結果ではなさそうだけど・・・いいのか一高、このノリで。

とりあえずここはひとつのってみようと九校戦で見せた雪の女王のように無表情ですっと手を上げたら皆がシン、と黙る。

 

「我が学校()に繁栄を。皆が笑って過ごせる生活()を、私は望みます」

 

それっぽいことでも一丁言ってみましょうか、と学校を国に、生活を世に変えてみたのだけどどうだろう?と正面を向けば、各々胸の前にこぶしを握ったり手を組んだりして感動しているかのよう――もしやウチの学校は魔法科高校ではなく演劇専門学校でしたかね?と言わんばかりに皆のアドリブの演技が揃いすぎていて舞台上から見える景色が壮観です。これは勘違いしそうになるかもね。

・・・祀り上げられる人間の気持ちってこんなのかな。普通ならここで調子に乗ってしまうかもしれないね。

女王モードから生徒会長に戻して、表情を和らげて。

 

「皆さんのより良い学園生活のために一生懸命務めさせていただきたいと思います。よろしくお願いします」

 

一礼して頭を上げると万雷の拍手が起こり、会は閉幕した。

 

 

――

 

 

「それでは、深雪の女王陛下戴冠(生徒会会長就任)を祝って、かんぱーい!」

 

かんぱーい!とエリカちゃんの号令に皆がグラスを掲げるけど、エリカちゃん、気のせいかな。副音声が聞こえた気がしたのだけど。じとっと見つめるとエリカちゃんはにっこり。・・・これは確実に含んでるね。楽しそうで何よりだよ。

今日は貸し切りではないので大声ではできないけれど、皆お行儀よく声も抑えながら唱和していた。

マスター、騒がしくしてごめんなさい、とちらっと見て頭を下げるとひらひらと手を振ってくれた。

もうこの喫茶店にもお布施を払わないといけない気がする。マスター好き。人がいい。

今日、喫茶店に集まったメンバーはいつもの二年組と水波ちゃん、ケント君、七草双子。香澄ちゃんは明らかに泉美ちゃんに連れてこられた感じだね。

水波ちゃんが珍しく香澄ちゃんの近く、というよりドアが近いからそっち側に座っている。

香澄ちゃんのお話し相手もしつつ、警戒もしつつ――本当によくできたガーディアンです。特別報酬が出るべきだと思う。・・・今度叔母様に相談しよう。

四葉から出ないなら私個人からでも――と思ったけど、出せるものはあまりないね。水波ちゃんの理想の制服作ったり甘味を作ったり?支払い能力の低い主ですまない。

 

「ま、順当と言えば順当だけどね」

 

ノンアルコールのジュースを一口飲んで、エリカちゃんが入学当初からわかってた当然の結果だよね、と零すとすごい勢いで食いついたのは泉美ちゃんだ。

 

「当然です!深雪先輩以外に一高の生徒会長は考えられません!当校を代表するにふさわしい実力!才能!美貌!立ち居振る舞いの美しさ!この結果は正に天の思し召しです!」

 

熱烈だね。そして天の思し召しは確かにそう。偶然にも大正解ですよ。正解した回答者にはサンドイッチでもどうぞ。

 

「え、そんな!深雪先輩に手ずから食べさせてもらえるんですか?!」

 

そ、そんなつもりはなかったんだけど、手にとっては貰えないようでキス待ちのようなお顔で待機されてしまった。・・・まあ女の子同士だし、ありかな。

 

「泉美ちゃん、目は開けた方が良いと思うわ」

 

はいあーん、と差し出せば本気で焦ったような態度。あ、これまさか冗談だったの?気づかなくてごめん。弄んだみたいな雰囲気になっちゃった。でも唇くっつけちゃったから食べて。

恐るおそる動くけどお口小さいね。一口がほとんど中身にたどり着けずに角のパンだけしか食べてない。それでもってお顔が真っ赤。

なんか、ごめんね。とんでもない辱めを晒させてしまったようで申し訳ない。

あとは自分で食べられる?とりあえず目の前の取り皿に置いておくからゆっくり自分のペースでね。

 

「みーゆきぃー?」

「冗談だと気付かなくて。泉美ちゃんに悪いことしちゃったわね」

 

エリカちゃんが呆れた声で注意してきた。申し訳ない。悪気はなかった。

泉美ちゃんはぶんぶん首を振ってるけど気をつけて。顔赤い時にそれやるとふらふらになるから。私は知ってる。経験則です。

 

「深雪、私も」

 

ほのかちゃんの隣に座っていたはずの雫ちゃんがわざわざ後ろに来てスタンバってました。

こっちも小さなお口開けて可愛いね。

 

「はいあーん」

「あーん」

 

やだ、かわいい。雫ちゃんのあーん、いただきました。かわいい。

私の椅子の背に手をついて身をかがめてサンドイッチを咀嚼する雫ちゃん。可愛すぎる。お口が小さいから進むスピードが遅くてそれすらも可愛い。私のお友達がとってもかわいいんです。

 

「・・・深雪、顔緩み過ぎ」

「お二人見てるとこっちが恥ずかしくなっちゃいます」

「幹比古はなんでそんな顔真っ赤にしてそっぽ向いてんだ」

「何でレオは普通にアレが見られるんだ・・・」

「達也兄様、抑えて下さい」

「俺は別に何もしていないが」

「た、達也さんもああいうの、興味があるんですか!?」

「泉美、顔やばいって!」

「・・・一番のライバルは北山先輩だったなんて・・・ッ」

 

何か、外野が騒がしいですね。ところでケント君の声がしないけど、と思っていたら黙々と自分の分を食べていました。

何と言うか、危機察知能力高そうですね。中条会長と似たタイプだけど生存率は彼の方がなんとなく高いように見えるのはこういうところかな?

ところでお兄様オーラが不穏。水波ちゃんが抑えろって言ってるけどお兄様無自覚?ほのかちゃんの言葉も耳に入ってない様子。

えっと、なんだっけ?ああいうの興味あるか、だっけ。お兄様食べさせ合いっこ嫌いじゃないよ。というか食べさせるの好きだよね。される側になっても抵抗しないけどする方は率先してするタイプ。

 

「一気で大丈夫?お茶挟まない?私のアイスティーでよければ」

 

雫ちゃんがこくんと頷いたので一旦サンドイッチを離してストローを向けて雫ちゃんへ。うんうん、一気食べは良くないよね。ゆっくりちゃんと自分の速度で食べてね。

 

「いやいや、深雪もそこまで世話しないの。雫も、そろそろストップ」

 

小休憩を挟んだところでエリカちゃんからストップが。なぜ?と思ったけど周囲を見ろとの視線が。

周囲?・・・あらー。他のお客さんの手が止まってましたね。これも一種の営業妨害?

残念だけどここまでのようだ。雫ちゃんと目を合わせて二人して肩を落として雫ちゃんはサンドイッチを持って席に戻っていった。

その間に周囲からは注文の嵐。コーヒーが良く注文されているようですね。マスター大忙し。サンドイッチも注文が次いで多いみたい。良かった。宣伝効果もあったようでなにより。

 

「全く、生徒会長が混乱を招いてどうするの」

「ごめんなさい」

 

エリカちゃんも本気で怒っているわけではなくしょうがないわねって感じのお叱りだったので、私も軽く頭を下げて謝罪。

中断していた会話が再開された。

 

「それで、生徒会長は決まったけど、この後は役員決めよね」

 

その言葉に皆の視線が私に集中したけれど、皆の前だからって口を軽くするわけにもいかない。でも、これくらいはいいよね。

 

「それなのだけど、昨年の投票結果覚えてる?」

「ああ、確か一位が深雪さんで二位が中条会長、三位が達也だったよな」

「立候補者中条会長だけだったのにね」

「・・・そんなことがあったのですか?」

「だから今年から不正投票ができないようにあのシステムが導入されたとか」

 

その為だけでなく雫ちゃんパパによる営業の結果でもあるのだけどね。電子化の波はあらゆるところからやってくる。

魔法師界にはまだ導入が遅れているところがあるから。そこに勝機を見出して売り込みを掛ける手腕は流石やり手。

 

「あの時私を生徒会長にと投票した用紙に多く書かれていたのが兄さんを側近にって」

「「「「「ああ~」」」」」

 

あったあったそんなこと、と二年生組は頷いて、一年生組ははてなが浮かんでいた。

そうだよね。生徒会選挙の投票に何故役員について書かれているのか。生徒会長が決めるものと決まっているのを全校生徒が知っていたはずなのに。

 

「当時はまだ本が出版される前だったけど、あの時からすでに一高では二人は時の人だったもんね」

 

一応ここは外だからプリンセスとナイトという名称は控えたようだけど、一高生なら通じる。

 

「あれは笑ったよな」

「あの時結局達也は役員にはならなかったんだよね」

 

原作では風紀委員を退任した直後生徒会入りのトレードが勝手に組まれていたけれど、ここでは風紀委員に入っていなかったのに中条会長から声はかかっていた。

それを撥ね退けたのは私だ。

お兄様自身あの時忙しい時期だったし、一年の後半は畳みかけるように戦闘が多いことを知っていたので余計な仕事を増やしてほしくなかったのだ。

・・・とはいえ結果はあまりよかったとは言えない。お兄様は疲労してストレスを抱え、ちょっぴし変な方向に壊れかけていたから。アレは痛ましい事件だった。

無差別口説き事件。今でもこっそり語り草になっていて、お兄様の語録がどこかに保管されているとかなんとか。お兄様に知られないようにね。知られたら速攻分解案件。

自分に興味の無いお兄様ではあるけれど、黒歴史的なものが残ってると知ったら即処分しそう。

 

「一高は資料が豊富で調べたいこともたくさんあったから他のことをする余裕も無かったが、一年も経てばある程度の資料に目を通せたからな。四月から役員になったんだ」

 

その言葉に純粋に憧れを向けるケント君。そうだよね、すごいこと言ってるよねお兄様。

なのにどうして他の皆(ほのかちゃん除く)はそんな変人を見るような目で見るの?水波ちゃんもそっちサイドなのはなんで??

 

「図書室なんて滅多にいかないけど、それでもウチの図書室がとんでもない蔵書量なのは知ってるわよ」

「・・・それを、たった一年で、ですか」

「当たり前だが全部ではないぞ。あそこでしか目を通すことのできない資料が主だ」

「だとしてもそれを見っけるだけでも十分大変だっての」

「兄さん毎日のように籠っていたものね」

「お前を待っているいい暇つぶしでもあったが有意義な時間でもあったよ」

 

お兄様のお役に立てたならよかった。お兄様が余計なことで煩わしい思いをしないことが一番だったけど、図書室に籠っていられたから研究が進んだというのならそれは副産物として最高の収穫だった。

にっこり微笑むと、お兄様もにこにこ(妹視点)。

このままフェードアウトしてもよかったのだけど、質問には答えないとね。

 

「今年は電子投票だったから余分なことを書くスペースが無かったでしょう?だからか生徒会への要望メールがたくさん届いているの。昨年同様の内容がね。だから迂闊にしゃべれないのよ。ここでもし新役員の話なんてしたら皆にも被害が行っちゃうから」

 

ということでこれ以上役員のお話はできない、と言えば皆納得してくれた。

ごめんねほのかちゃん。知りたくてしょうがないよね。分かるよ。お兄様と一緒に仕事したいものね。

大丈夫、安心してください。お兄様も水波ちゃんもすでに生徒会入り決定してます。

ほのかちゃんにはまだ継続のお願いしてなかったのにお兄様と仕事できるか心配するってことは、自身の生徒会役員はほぼ確定だと思っているのね。正解だけど。

泉美ちゃんも同様、このまま繰り上げになるとわかっているようだけど期待する目でこちらを見られてる。もちろん泉美ちゃんにもお願いする予定だけどね。

皆の前で、二人にお願いするとその流れでお兄様は、って話になっちゃうから。

後日、日を改めてお願いしに伺います。

 

 

――

 

 

今日は土曜日ということもあって喫茶店であれだけおしゃべりしたのに、家に着く頃にはまだ日が落ちるところだった。

しばらく夕焼けを眺めてから玄関へ。なかなかこの時間に帰ってくることが無いから新鮮だ。

 

「ちょっと食べ過ぎてしまいました」

「そうだな、今日はもう夕食は無しにするか」

 

長い時間軽食を摘まんでましたからね。そんなこんなで今夜は夕食を無しにしてゆっくりと過ごすこととなった。

着替えてリビングに下りてくれば水波ちゃんがベストなタイミングでお茶を淹れているところだった。いい香りだ。

お兄様は三人掛けのソファで端末をいじっていた。

さて、今日はどこに座ろうか、と思っていたらお兄様が顔を上げて手招きを。隣に来いということですね。

節度をもって半人分くらい空けて座ったのだけど、お兄様はどうした?という顔で腕を伸ばして腰を引き寄せようとする。

 

「お兄様?」

「なぜ離れて座る?」

「離れてますか?」

 

指摘されるほど離れていないと思うのだけど、お兄様はもしやぴったりくっついてないと離れてる判定?それはちょっと距離感がおかしくなってますよ。

 

「・・・雫とはあれだけ距離が近かったじゃないか」

「?今日は隣に座っては――あ」

 

ああ、あの食べさせてあげた時のことを指しているのか。確かにあれは距離が近かったね。

 

「こんなに顔を寄せ合って」

 

そう言ってお兄様は触れそうなほど顔を近づける。

 

「こ、ここまで近くはありませんでしたよ」

 

ちょっ、いきなり困ります!そんなに顔を近づけないでいただきたい。

腰も抱き寄せられたままで、私の手が唯一の防波堤になっていた。

ドキドキと音を立てる心音がお兄様に届いているんじゃないかとハラハラする。たすけて。

 

「達也様!深雪様をお放し下さい。深雪様が困っておいでです」

 

救世主―!違った。私のガーディアンだった!ありがとう水波ちゃん。務まってるよー!

・・・それに引き換え同じガーディアンのはずのお兄様が今一番私を脅かす相手になってます。おかしいね?深雪ちゃんの絶対的守護神のはずなんだけど。

お兄様はあっさりと解放してくれた。ほっ。・・・としたらお兄様が切なげな視線を向けてくる。

 

(うう・・・その視線に弱いことを知っているでしょうに)

 

「水波ちゃん、ありがとう。お茶も、ちょうどミルクティーが飲みたかったの」

 

お兄様に注意をしつつお茶を持ってきてくれた水波ちゃんにお礼を言って今日はもう下がっていいと伝える。水波ちゃんも夕食が無くなったことで今日のお仕事は無いからね。

お風呂はその時にまた声を掛けると伝えれば、水波ちゃんは下がっていった。

 

 

――

 

 

お兄様は水波ちゃんが用意してくれたコーヒーに口を付けて大人しく待っている。・・・心の中で気合を入れなおして。

 

「久しぶりにこうした時間が取れましたね」

 

ぴたりとお兄様の隣にくっつく形に座りなおして頭をお兄様の肩に乗せる。

 

「最近のお兄様はより一層忙しそうで、もう構ってもらえないものかと思っておりました」

「そんなわけがない。そんなことをしたら俺が参ってしまうよ」

 

黙って動かないポーズをしていたお兄様だけど、私の発言に黙っていられなかったみたい。

だけどお兄様、お兄様はまたひどく忙しくなってますよ。今幾つの作業を抱えてます?

 

「新しい魔法の件に加えて、学校では論文コンペの手伝いも頼まれてましたし、生徒会の仕事はお兄様にとって片手間のお仕事かもしれませんが、四葉からの依頼の件と、軍の方は九校戦の一件でのごたごたがそろそろ落ち着く頃ではないのですか?FLTもこの間発売が始まったデバイスについてまだ落ち着いてはいないのでしょうし・・・。これだけ抱えられてはまたお兄様が参ってしまいます」

「魔法開発については、まだ形になっていないからな。確かに模索状態で大変だが、コンペについて俺はまだ声を掛けてもらった段階だし、やるにしてもただの手伝いであってサポート要員でもない。生徒会はむしろ息抜きだな。四葉からの依頼についてはまだ俺の動く段階でもないし、九島の家に行くまで動きようもない。軍の方は、確かにそろそろ呼び出しはかかるだろうが特別なことなどはないだろうし、新デバイスの調整は俺よりも牛山さんの方が忙しいだろうな。九校戦の時のような慣れない仕事は無いからペース配分を間違えるようなことは無いと思うぞ」

「・・・やはり、お気づきになられてない」

 

体を起こしてお兄様を至近距離から見つめる。

お兄様の表情はいつもと変わりない。肌の健康状態も、何もかもいつもと同じ。でもね。

 

「以前にも申しましたでしょう。ご自愛ください、と。私の愛する人を蔑ろにしないで、と」

 

前回口酸っぱく伝えたはずなのに、どうしてもお兄様は忘れてしまう。

 

「倒れてからでは遅いのです。お兄様、ギリギリまで頑張ろうとなさらないでください。私の大好きな人を私から奪おうとなさるお兄様は・・・好きじゃないです」

「っ!」

 

ここは弱気になっちゃいけない、そう言い聞かせて言葉を紡ぐのだけど、どうしても最後がね・・・強く言えない。

だけどお兄様には何か響いたらしい。目を見開いて衝撃を受けている。だからここは畳みかけるようにして。

 

「確かにお兄様にとってこれしきのこと、オーバーワークとは呼べないのでしょう。熟せない仕事量じゃないと、そうお考えなのは今のお話を聞いてわかります。けれど、『できる』と『大丈夫』はイコールじゃないのです。休むのも仕事の内だということを忘れないでくださいませ」

 

心配なんです、と伝えてお兄様の胸へと縋るように身を寄せた。

お兄様は何度も疲労を自覚できず、大変な思考回路になってしまうことを前回の事件で嫌というほど理解したはずなのに、また同じ過ちを犯そうとしている。これは妹として看過できるものではない。

・・・被害に遭うの、断トツで私ですしね。他人事じゃない。

と、言うのもあるのだけどそれよりなにより、お兄様は自分の痛みに鈍感すぎるので、今のうちにどのラインから危険なのかを自身でも判断できるようになってもらわなければならない。

いつまでも妹が管理しているようではだめなのだ。将来のお嫁さんにばかり任せるのはよろしくないと思うのでね。

 

「・・・すまない」

「それは何に対しての謝罪です?」

「お前に、言いたくない言葉を言わせてしまった」

 

うん、そうですね。お兄様を嫌いだなんて口にも出せない私の、精一杯の言葉でしたから。

お兄様はそう言うとガラス製品を扱うかのような繊細な手つきで肩に触れる。

 

「お前の言う通りだ。休むことの大切さを俺はいつも忘れてしまう」

 

ため息交じりで懺悔するように零して、徐々に腕の重みが背中に乗る。

 

「深雪との時間が減っていることは気付いていたのにな」

 

うん?そうですね。

食事後のコーヒータイムくらいしか二人でおしゃべりする時間も無かったですものね。

あとは、私はわからないけれど寝ている間?でも顔を見るだけなのよね。

 

「癒しの時間が減れば、それは疲労しかたまらない、か」

「・・・お兄様、まず一番は睡眠ですよ」

 

おかしいな。お兄様一番の回復方法を勘違いしている。

お兄様に今一番足りていないのは睡眠だ。夜遅くまで新魔法の研究をされて体も酷使して、早朝はいつもと変わらず朝の鍛錬。

実質睡眠三時間を何日間連続してます?いや、脳内はずっと動いているのだからもっと短い??

お兄様の身体がいくら超人染みているからと言ってもお兄様は人間だ。きちんと三大欲求はある。・・・どれもこれも後回しにされるくらいうっすいけれど。ぺらっぺらの半紙より薄いけれど。

 

「睡眠か・・・深雪が一緒に寝てくれるなら両方が一度に取れるな」

「・・・お兄様、そのような思考になっているという時点で疲労しているのだとお気づき下さいませ」

 

おかしくなってた。すでに疲労ラインは限界を超え始めている。これはいけない。

お兄様を仰ぎ見れば何がいけないんだ?と不思議そうなお顔。うん。だめだね。休ませねば。

 

 

――

 

 

困った風を装って、ため息を吐いてから大きく息を吸う。気合を入れないと言えないから。

 

「お部屋で早めの睡眠を取られるのと、ここで膝枕でもして一時的な休息を取られるのとどちらがよろしいですか」

「それは選択肢が一つしかないのと変わらないな」

 

ぶわり、とお兄様からお色気オーラが舞う。

頬に触れる手つきも大変危ういモノを感じます。危険です。

なぜ私も膝枕なんて提供しようと思ったのか。一応理由はある。

・・・いえね、ふと思い出したんですよ。アニメオリジナル回でお兄様が疲労で倒れた時って深雪ちゃんの膝枕で休まれてたな、と。

この前の九校戦の時も自然とやってましたし、何でかなと思ったら、恐らくその記憶が頭に残ってたんだね。

その所為でどうやら私の中でお兄様が極度に疲労した時は膝枕で休むのが一番、という方程式が成り立っているらしい。

まあ、お兄様も望まれているし、何より添い寝よりはましだ。うん、添い寝は永眠しちゃう可能性がある。

心臓が無事な気がしない。・・・前回のアレは無意識だからできたことだ。

 

「お部屋でお休みされますか」

「深雪がついてくれるならそれでもかまわないよ」

「・・・残念ながらそちらには私はついていけませんね」

「ならここでお願いするよ」

 

くすくすと笑うお兄様はご機嫌になられたようだけれど、空気が怪しいままだ。大至急休んでもらわないと。

体を起こしてもらって離れるとお兄様はもう少し離れたところに座りなおしてから横になった。

太ももに確かな重みが乗る。

 

「九校戦の時と高さが違うな」

「あの時は正座をしてましたからね」

 

お兄様、あんな状態であっても記憶がしっかり残ってる。・・・だからこそ頭を抱えることになるのだけど、今回もまた抱えられるのかな。

そう言う意味では原作のお兄様の方が膝枕のようなふれあいには違和感がないのか。

・・・あっちのお兄様の感覚もおかしくなっちゃってるよね。妹との距離感どうなってるのか。

 

「だめだな、頑張るとこんなご褒美がもらえると思うと俺は倒れるまで働いてしまいそうだ」

「・・・まあ。お兄様がボロボロになってしまわれるのは私のせいですか」

 

というかお兄様の中でも膝枕はご褒美に入るの?・・・普通に考えれば美少女の膝枕はご褒美だけども。相手は妹だよ。

 

「そんなつもりはなかったんだが、このところ結果的に深雪に甘やかされてばかりいるからな」

「それは、お兄様がご自身に厳しくなさるからでしょう」

 

お兄様がスパルタすぎるんですよ。自分の身体を苛め抜き過ぎるから。お兄様の右腕が痛めつけられているとこ知ってるんですからね。

早く感覚を掴みたいのかもしれないけれど、あまりにもやることが酷い。再生できるから何度でもチャレンジできる、じゃないのです。

 

「・・・すまない。お前には心配ばかりかけている」

 

表情に出てしまったらしい。お兄様が表情を改めて私の頬に触れる。

 

「心配くらい、させて下さいませ。それしかできませんけれど、その少しでもお兄様の重しになるのでしたら私は――」

「少しなんてもんじゃない。深雪が心配してくれるから俺は生きられる」

「!!」

「俺の身体は誰にも傷つけられることはないだろうが、お前が居なければとっくに心は死んでいた。お前が俺を愛してくれるから、俺をこうやって心配してくれるから――お前が生かしてくれているんだ」

 

(・・・ああ、なんて・・・)

 

お兄様はいつだって私の喜ぶ言葉を与えてくれる。

心が幸せだと叫び出しそうだ。

私が、お兄様のお役に立てていると、そう言ってくださっている。それだけで十分だと思えた。

 

「俺はどうして口下手なんだろうな。お前に感謝を伝えたいのにそんな苦しそうな顔をさせてしまうなんて」

「ちが、うのです。これは、嬉しすぎて苦しいのです」

 

悲しそうに歪むお兄様の顔を前に、胸を押さえて何とか言葉をひねり出す。

 

「嬉しいのに、苦しいのか?」

 

お兄様は言葉の意味が解らないとじっと私を見つめる。

これはお兄様が感情に疎いからとかそういう理由ではない。こんな複雑な思考回路はこうなってみないとわからないものだ。だからお兄様が特別理解できていないわけではない。

 

「私も、こんな想い、初めてで・・・胸がいっぱいで苦しいのです。お兄様のお役に立てているのだと、そう思ったら嬉しくて、・・・幸せで」

 

涙が零れそうになって慌てて顔を覆おうとしたのだけれど、それよりも先にお兄様が動き出す方が早かった。

両手首を大きな右手一つで取り押さえられ、左腕で抱き寄せられて、目尻に口付けを落とされる。

息が止まった。たぶん、同時に心臓も。

その間お兄様は驚いた拍子に零れそうになった、というより零れた涙が落ちる前に吸い取るように、もう一度右と左とキスをされる。

 

「本当だ」

 

ゆっくりと体を離したお兄様はぺろりと自身の唇を舐めて、一言。

 

「しょっぱくない」

 

何を言われたのかわからなくてぱちぱちと目を開閉させると、お兄様は苦笑して。

 

「涙は感情で味が変わるらしい。涙のナトリウム成分の濃度が変わるんだとか。この間泣かせてしまった時は塩味を感じたが、今日のは甘露だな」

 

アレもアレで甘く感じたが、今日のは比ではない、と・・・・・・――っ!

 

「顔が赤くなったね。熱でも上がったかな」

 

ぼぼっと赤くなっただろう顔を見て、お兄様は愉しそうに笑っている。確実に確信犯。

 

「また呼吸の仕方も忘れてしまっているようだし、今度こそ俺が一から教えてあげようか」

「~~~そ、そう言うところがお兄様が疲れている証拠です!!もう!妹相手に、変なことをなさらないでくださいませ!」

 

口説こうとしないで、と言いそうになったけれどこのお兄様にそんな自覚なんてあるわけがない。この!お兄様の天然女ったらし!!

 

「怒った顔も可愛いな」

 

ほらぁ!こうやって人の怒りを削ぎに来る。元々恥ずかしいだけで怒っているのはポーズだけなのだけどその気も萎えさせられた。とんだデバフ効果。

 

「お兄様、大人しく休まれないのでしたら冷凍睡眠という方法もございますよ?」

 

私の首にはお兄様から頂いた完全思考操作型CAD。ポッケにはいつものCADがちゃんと入っている。

もういっそのことお兄様を凍らせてでも休ませた方がいいのでは、と思うくらいには私も追い詰められています。

この対応にお兄様は、ゆっくりと私の手を開放し両手を上げて降参のポーズ。

 

「調子に乗り過ぎた」

 

そうですね。調子に、というよりテンションが壊れたと言いますか。とにかく全て疲労が悪いのです。

 

 

 

 

お兄様は大人しく私の膝で30分ほど睡眠を取り、すっきりと目覚められた後、深々と頭を下げたのだった。

頭がはっきりしたようで良かったですね。そのまま予定通り四葉に連絡を取っていたらと思うとぞっとします。

疲労したままの頭では回転が鈍って下手な言質でも取られかねませんからね。

 

 

――

 

 

9月30日の日曜日。

お兄様は朝食を終えてすぐに地下へとおこもりになった。水波ちゃんは家事に精を出す。

なら私は、と部屋で暗躍の準備を少々。というよりやることが、多い!!

表立てない分、人を色々と介さなくてはいけないからね、二度手間三度手間が。

これに付き合ってくれる皆に感謝です。

お兄様が以前七宝君の件で女優さん宅に侵入した際に襲ってきた男たちの映像は軍にも送られたが、データをもらい四葉にも送っていた。

理由は撮影したモノの内容というより解像度がどんなもので、再生を使った後でも問題がないのかの確認チェックのためのサンプルってことにしてもらったけど。

軍は軍で誰がどのようにどういう目的で襲ってきたのかをチェックするだろうが、四葉の、うちのチームが調べるのは彼らが何処から来て、誰と接触し、どの範囲で活動していたか、だ。

周の手の者とわかっていてもその周辺を探っても、何かしらの映像に周が映ることはない。

今やどこにでも張り巡らされている防犯カメラにも彼の映像など残ることはない周到さ。

だけどその下の者まで隠すことなどするわけもなく、彼ら自身にもその技量はない。つまり、働きアリを追跡すれば巣穴が何処にあるか筒抜けになっていた。

まあ、それも大亜連合のものだけであって古式魔法師や伝統派と言った輩との付き合いはほとんど出ては来ないのだけど――ほとんど、ということはほんの少しの綻びは出てきた。

東京に、今伝統派に雇われただろうフリーランスの魔法師がきている。――これはきっと原作にあった我が家に盗聴盗撮用の式を放った魔法師たちだろう。

確か今日だったかな。お兄様が分解して、犯人たちが九重寺の門徒に連れていかれるのは。

彼らが迂闊なおかげでお兄様が自身の周囲も危ないと危機感を覚えるので必要なことではあるのだけど、ただでさえお兄様は今頭を悩ませているのに余計なものを持ってこないでほしい。

文弥くんたちが悪いわけじゃないけど、何もこの切羽詰まっている時に試験なんてしなくてもいいのに。・・・正月には私を次期当主とした発表が控えているからそれを急がせているのだろうけれど。

 

(・・・叔母様からはいい返事は貰っていない)

 

お稽古の合間に取った叔母様との連絡の際、提案した内容に対し、叔母様は考えておく、と言ったきりその件に関して何の返答もない。

 

(原作回避できれば御の字。できなくとも、猶予を伸ばせれば――)

 

まずは四葉からのお兄様の解放。

お兄様の自由、それが私の望み。その先にある幸せをお兄様に選んでもらえたら最高のハッピーエンドだ。

私はその先が見たい。だからあがくのだ。この原作(未来)を変えるために。

今、京都の方での伝統派の動きはそこまで活発化していない。

それはそうだ。まだあちらでは四葉が偵察を送っているので交戦自体はあるのだけど、まだ互いに様子見感がある。

四葉が本気でないように思うのはお兄様の試験があるから、というのもあるかもしれない。

黒羽も動いているけれど、当主が傷つけられるほどの相手だから慎重に動いているみたいだしね。

ちなみに、この時点ではまだ周の居場所は軍ではなかった。一体どこに潜伏しているのだろうね。

京都は魔法師に厳しい都なのでどこにでも街頭カメラと一緒に想子波用センサーがついている。街の安全と安心のために必要なんだろうけどね。

おかげで顔認証のデータが多い多い。観光客が多い街だから外国の客も多く、たくさんの工作員が紛れ込んでいる。・・・ええ、各国の工作員と思われる人物がわんさかいるね。

わあ、すごい。まるで見本市のよう。

これ全部九島は把握できているのだろうか。・・・藤林さんみたいに電子関係に強い人がいるはずだから大丈夫だよね。うん。

いえ、皆変装しているし観光しているようにも見えるんだけどね。皆面白いくらい死角に消えるから逆にわかりやすいらしい。

・・・面白いところに目をつけるね。歩行と骨格、耳紋等でいくら恰好を変えても追跡できちゃうシステムヤバいね。これパレードを常に発動しているか、鬼門遁甲?しないと誤魔化せないんじゃない?というくらいにはあらゆるところにカメラが設置されていた。観光地だからね、トラブル回避のためにもいろいろとあるのかもしれないけれど。

移動が山とかだったならカメラも無いし、私有地ならばそんなもの設置義務もない。伝統派の私有地もそれなりにあるだろうから逃げ道はいくらでもあるのだろう。

しかし、思った以上にカメラが――想子用センサーが多い。

東京より多いんじゃないかなってくらい。あちらの魔法師嫌いは相当なモノらしい。九島を始め魔法師たちは良くもそこで根を下ろせているものだ。

――これは肩身の狭い思いをしている者が多いだろう。不満も溜まるはずだ。

その不満が、成功しているように見える九島家に向くというのも、人の心理としてはわかりやすい構図ではあるのだが。

 

(これってもう少し互いが歩み寄れればこんなややこしくならなかったはずなんだけどね)

 

今更言ったところでどうしようもないことなのだけど、そう感じずにはいられない。

資料に目を通し、今後の流れを確認してから指示をいくつか。これを暗号にして、と。うん、こんなモノかな。

メールで送れることは送り、送れないものはメモリーに。あとは労いのお手紙も詰めて、としていたらもうお昼だ。

あっという間。体を伸ばすように両腕を上にあげた時だった。

 

(!この感覚っ!お兄様!!)

 

急いでリビングへ向かうとお兄様が扉を開けて入ってきたところだった。

 

「お兄様、今のは一体?」

「今のがわかったのか」

 

たった今魔法を使ったと感じさせない普段通りの様子に見えるけれど、その表情にはよく気づいたね、と言わんばかりの驚きが見えた。

もう、お兄様ったらどうしてそんなに自然体なの。お兄様の生活圏内が脅かされているというのに。

お兄様自身どうとでもできるからなんだろうけれど、家という安心できるはずの安息地に敵が現れたのだ。もっと怒るなりイラついてもいいはずなんだけどお兄様だからなぁ。

後ろに水波ちゃんが来たけれど、私がお兄様に詰め寄っているのを見て状況が良くわかっていないようだ。顔には出していないけど困惑している雰囲気。

 

「分かった、と言えるほどはっきり知覚できたわけではありませんが・・・お兄様が『分解』をお使いになった気がして」

 

ごめんなさい、使った気がするレベルじゃない。はっきり使ったのがわかった。・・・深雪ちゃん、できるだけふんわり分かったことにしたかったのかな。

お兄様にわかっていると知られると都合が悪かった、とか。彼女はお兄様にどう思われるかを気にしちゃうからね。

 

「ああ、人造精霊が家の中を窺っていた」

 

お兄様あっさり。隠すことではないってことかな。隠されるより遥かにいい。

 

「おそらく、先日受けた仕事が理由だろう」

 

タイミング的にもそうでしょうね。むしろそれ以外だったら怖い。

 

「周公瑾、とかいう者の仕業ですか?」

「部下か、あるいはそいつを匿っている一味の仕業だろうな」

 

正直ね、彼らがこっちを狙う理由が良くわからないんだよね。

四葉関係者だってわかっていて、伝統派が狙うのっておかしくない?

いや、一応お兄様のことは四葉が依頼した者ってだけで四葉だとは確定していないはず。だけどそれにしても四葉関係者であるのだから、不用意にそこをピンポイントで狙おう!とはならないと思うのだけど。

黒羽が依頼する相手だからただの高校生ではなく何かしらあるはずだってこと?だとしたら使い捨ての野良魔法師にお願いするかな。

周自身もすでにお兄様の存在はしっかり認識しているのだから彼が狙うにしては甘いというか、もっと本格的に狙っておかしくないのに。指揮系統どうなってるの?

ちょっかいかけないよう牽制?お友達を危険な目に遭わせたくないならば、手を引けみたいな?

何で既に縄張りを荒らされているのにそんなやんわり牽制を??四葉を直接狙うより周囲を狙った方が足止めできると思われた?そんな事ある??

 

「文弥たちがつけられたか」

「・・・彼らが尾行に気付かない、なんてことはありえないでしょうから、つまり――」

 

お兄様の服をぎゅっと掴む。

彼らにその気がないとわかっていても、四葉がお兄様を囮にしようとしているのがわかるから。

お兄様が掴む手を上から重ねて優しく握り込んだ。

 

「亜夜子だけでなく文弥も、尾行を撒くことも尾行に手出しすることも禁じられていたのではないかと思う」

 

だから彼らを責めるな、とお兄様は言いたいのだろう。本当に、お優しい。

お優しいからこそ、腹が立つ。もちろん相手はお兄様に対してではないし、文弥くんたちでもない。お兄様を囮にしてこの膠着状態をさっさと片づけたいと考える大人たちにだ。

流石に感情を荒ぶらせて魔法を顕在化させるようなこともしなければ、想子が渦を作るようなこともしないけれど感情が高ぶれば想子が活性化はしてしまうわけで。

 

「深雪の考えは当たっているだろう。囮として俺を使うのは戦略的に間違っていないからな」

 

お兄様は事も無げにそう言ってから私の腰に腕を回して抱き寄せた。重ねられた手はそのままに。

 

「ありがとう、深雪。お前がそうやって怒ってくれるから俺の心は救われる」

「・・・お兄様はずるいです。いつもそうやって言えば私が丸め込まれると思って」

「丸め込もうとなんて思っていない。本心だ」

「――昨日も申しました。ご自愛ください」

「そうだな。できるだけ怪我をしないで済むよう努力しよう」

 

できることなら約束をしたい。でも、それはお兄様を縛ることになるから。

信じてる、も口にしない。ただ、お兄様の胸に頭を押し付けて祈る。どうか、お兄様が少しでも自分の身体を気遣ってくれますように、と。

お兄様は私の身体をぎゅっと抱きしめてからそっと放して、

 

「水波、待たせてすまない。昼食の支度ができているのだろう」

「はい、達也様。深雪様もダイニングへどうぞ」

 

水波ちゃんの後について、私たちは昼食へと向かった。

 

 

 

 

この日の晩、お兄様はしっかり戸締りをするように言ってから先生のところへ出かけて行った。

まあ敵側も、一度失敗したらすぐ次を仕掛けに来ないでしょうからね。

 

「水波ちゃん、そんなに気を張らなくて大丈夫よ。来るとしても今日じゃないから」

「・・・深雪様はどうしてそんなに落ち着いておられるのです?」

「そうねぇ。今日は来ない確率が高いからかしら。お兄様がお出になられたのもそう言う理由でしょうし」

 

お兄様が出かけてからというもの、水波ちゃんの警戒レベルが上がってピリピリしている。

落ち着いて。原作云々関係なく、今日は来ないだろうから。

だって――古式魔法師、まさかのうちのホテル滞在してるから。表向きそうとはわからない安宿なんだけどね。おんぼろビジネスホテル。ここが四葉だと思うまい、みたいなホテルに彼らは気づかず泊まっているのだ。

・・・怖いよ。全部筒抜けだよ。相手が古式魔法師だから恐らくハッキングなんてしてこないだろうということでメールが来ましてね。当然暗号文だしセキュリティはばっちりなのだけど。

 

「というわけでしばらく常備できるお菓子作りでもしましょうか」

「・・・深雪様、もしかしてお疲れですか」

「というよりこれから疲れることが増えるのだと思うわ。ただでさえ、今度の土日はお出かけなのだからバタバタすると思うの。それに水波ちゃんには生徒会に入ってもらうでしょう。多分、今までと勝手が違うから戸惑うこともあるでしょうし。そこに論文コンペの準備も加わるのだから忙しくなるわ」

「・・・・・・お手伝いさせてください」

「もちろん、よろしくね」

 

さあ、じゃんじゃん作りますよー。

 

 

――

 

 

新生徒会発足日。

当たり前だけれど、書記長なんて謎職は作っていない。

お兄様はただの書記だけれど、生徒たちからは近衛隊長とか隊長と呼ばれています。ナイトの役職ですね。

お兄様としては守護者=護衛だから間違ってないか、と聞き流す方向みたい。というか訂正がめんどくさいんでしょうね。

副会長は泉美ちゃんにお願いしました。・・・もうね、なんか忠誠を誓われたけど、生徒会長にそんなこと誓わなくていいから。

この国を一緒に盛り立てていきましょうねって、ここ学校です。国じゃない。ノリでパフォーマンスをした私も悪かったけど、副会長だから伴侶も同然とはどういう理屈?!

伴侶じゃないからね。目を覚まして。女王の王配として頑張ろうとしないで。そんな役割無いから。じゃあ宰相として!だって・・・もうそれでいいです。

会計にはほのかちゃん。お兄様と一緒に仕事ができると大喜び。うんうん、私とも仕事すること忘れないで。みんな一緒。一緒に頑張りましょうね。

書記をお願いした水波ちゃんは、このメンバーに一抹の不安を抱えている模様。そうだね。不安でしかないね。

私がお守りしなければ・・・、と拳を固く握りしめているけれど、生徒会長って何と戦うの?そんなに私の立場って危険があるの?

本来生徒会は生徒会長と副会長、会計、書記の四人で構成されるのだけど、もう一人書記を加えることに生徒の皆が大賛成だった。

むしろ投書箱はお兄様をぜひ役員から外さないでほしいという嘆願が溢れていた。

私の暴走を恐れて、ということではもちろんなく、ただ私の傍にお兄様がいる構図が見たいというのが本音なんだそう。

なんだかなぁ。これもご都合主義だろうか。

とりあえず非難もなく綺麗にまとまったので良しとしましょう。

生徒会も決まれば新風紀委員長も決まる。こちらは投票制ではなく内部で決めるので手間もない。

 

「えっと、一年間よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。吉田くん」

 

こちらも原作通り吉田くんが風紀委員長になった。

雫ちゃんとは一票差だったらしい。というか、雫ちゃんも吉田くんも委員長にはなりたくなかったようだけど、モノリスコードを二年優勝に導いた立役者でもあるし、まじめなところも評価されてのことだろう。

雫ちゃんが不真面目ってわけじゃないけどね。もちろん実力だってある。

本人の面倒くさいオーラが周囲を説得したみたいで吉田くんが選ばれる形になった。

雫ちゃんは表立って指導するより陰から指揮する方が性に合っていそう。ぼそっと呟く一言が刺さったりするからね。

吉田くんのフォローがあればいい感じの飴と鞭になりそうだ。

それにしても吉田くん、親しくなったつもりだけど態度が硬いのはなんででしょう?私、威圧感出してる?とりあえず微笑みかけるんだけど目を逸らされた。・・・ショック。

その横で雫ちゃんが吉田くんを突きながら同時に私に気にするなと合図を送ってくれる。優しい。

そしてほのかちゃんにはお兄様と一緒でよかったねと。ほのかちゃんも頬を染めてうんうん頷いてる。・・・そのガールズトーク皆が聞いているけどいいのかな。

例年通りであれば、この後風紀委員の抜けた穴の補充を話し合ったりするのだけど、生徒会推薦の委員がたまたま二年生ばかりで残留してくれたおかげで補充する必要が無かったのだ。良かったね、余計な手間が省けて。

おかげで挨拶だけしかすることが無く、持て余した吉田くんをお兄様がさりげなく連れて行く。

うんうん、お兄様の欲する、一番信頼できて頼りになる知識を持つのは吉田くんだからね。

・・・美月ちゃんが居なかったら吉田くんもありだったのでは、と考える腐海の住人だった頃の私は静かにお眠りください。起きなくて大丈夫です。美月ちゃんが居たって成立するよ。

美月ちゃんはもしそうだとしたらきっと応援するタイプだよ、と囁く天使の姿をした悪魔な私もおかえりください。

ちょっとストレスがあるとすぐに妄想に救いを求めてしまうね。

あ、この場合のストレスは別に吉田くんじゃないから。雑用だってちりつもでストレスになるんです。

手はしっかり作業してますからね。今日はこの後もう一つ面談も控えていることだし、ちゃっちゃか片付けられる物は片付けていきましょう。

 

 

――

 

 

間にお茶休憩を挟んで気が付けばもう閉門間際の時間帯、もう一人の待ち人は来た。

部活連新会頭の五十嵐君だ。

 

「五十嵐君、会頭就任おめでとうございます」

「は、はい!ありがとうございますじょ、じゃなかった、会長っ」

 

うん、今明らかに女王と言いかけたね。彼の場合冗談で言おうとしたんじゃなくて、絶対に言っちゃいけないと考えるあまりうっかり口に出しちゃったパターンだろう。

緊張極まっちゃった感じ。お顔真っ赤です。かわいそうに。

 

「生徒会の円滑な運営のために、部活連の協力を仰ぐことも多いと思います。よろしくお願いしますね」

「ここここちらこそ!生徒会の皆さんには色々とお力を貸していただくことも多いと思います。どうか、よろしくお願いしますっ」

 

うーん、吉田くんもそうだけど私ってここまで人を緊張させてしまうのか。なんだか申し訳ない気がした。

 

(深雪ちゃん美貌だけでなくオーラもあるから・・・)

 

端の方で泉美ちゃんがほのかちゃんにこそこそ話しかけていたけれど、目が胡乱気に五十嵐君に向けられていて、お話の内容がなんとなく分かったけれど、五十嵐君こう見えてちゃんとお仕事はできるからね。ちょっとあがり症なだけで。

もう一度五十嵐君にこっそりとお互い頑張りましょうね、と微笑みかけるとぐっと詰まったのち小さな声で「・・・・・・はいぃ・・・」と返ってきた。うーん、実力はあるんだけどなぁ。

若干ふらふらしながら帰っていく背中を見送って、今日の生徒会のお仕事は終了です。皆でお片ししましょうね。

 

「新会頭の五十嵐先輩ってなんだか気が弱そう、いえ、大人しそうな方でしたね」

 

泉美ちゃんも結構辛辣。言い直したけどどのみちあまりいい印象ではなかったみたい。

 

「随分と緊張していたみたいね」

「緊張、ですか?」

 

あらあら、疑わしい眼差し。

美少女はそんな表情も可愛いからずるいわよね。クスッと笑うと泉美ちゃんが顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

「深雪は五十嵐のことを知っていたのか」

 

お兄様からの質問に、私はそちらに視線を移すとお兄様から泉美ちゃんに気をつける様こっそりサインが。・・・笑いかけるのも危険です?

 

「はい、クラスは違いますが五十嵐君は実技成績上位ですので、データ計測で一緒になったことが何度かあります。ただ彼のことはほのかや雫の方が詳しいかと。確か、同じクラブですから」

 

そうほのかちゃんにバトンタッチ。ほのかちゃんは張り切って応える。

 

「彼、女子バイアスロン部の去年の部長五十嵐先輩の弟さんなんです」

「得意魔法が向いてないから競技成績はパッとしないけど、実力だけは申し分ない」

「実力だけは?」

 

雫ちゃんのセリフに含みを感じたお兄様がオウム返しに訊ねた。

 

「五十嵐君、なんというか・・・気が弱いというのとは少し違うんですけど、ここぞという時に一歩退いちゃう傾向があるんです。そのくせ追いつめられると無謀な賭けに出て自滅したりとか・・・性格的に勝負に弱い面がある、と言えばいいんでしょうか」

「彼は参謀か副将向き。リーダーには向いてない」

 

女子の評価ってシビアだよね。ほのかちゃんもふんわり伝えようとしているけれど、結局フォローができず、雫ちゃんに至ってはズバッと切り込んだ。

でも参謀か副将に向いているってことは戦略自体は上手いってこと。

実技も一緒に組んでいる時意外とやりやすかった印象がある。・・・相変わらず緊張はしていたけどね。

吉田くんみたいに押し付けられた、ってわけじゃないと思うけどどうなんだろう。

成長を見込んで服部先輩が選んだってことなのだとしたら、先輩もなかなかな大博打。

生徒会室に戻ってきた吉田くんが十三束君だと思ってたと吐露すると、同じくついてきた香澄ちゃんも前評判は十三束君だったと相槌を打つ。

意外とこの二人仲がいいみたい。・・・私の方が付き合い長いのに、とちょっとだけ思ったり。

でもこのままの空気にするのは良くないからね。五十嵐君いい子だから。これからたくさん頑張ってもらわなきゃいけないんだから。

 

「服部先輩には何か思うところがおありだったのでしょう」

 

会頭の選任は会頭が決めることだから。周囲が何を言って決めるものでもない。

この話はこれでお終い、と打ち切りを宣言すると、すぐに話題は変わっていった。

 

 

 

 

「それで、深雪は香澄と幹比古を見て何を思ったのかな」

 

帰りのキャビネットの中、水波ちゃんと三人で帰宅中。

お兄様が切り出した言葉にしばらく記憶を辿って、思い当たった。

・・・まさか、気づかれていたなんて。

そんなことを考えていたなんて思われるのも恥ずかしいけれど、お兄様に聞かれて答えないという選択肢はないので。

 

「・・・香澄ちゃんよりも私の方が吉田くんとは付き合いが長いのに、二人の方が仲が良さそうだったので・・・ちょっと羨ましくなりました」

 

子供っぽくて恥ずかしさのあまり俯いて顔を覆う。

隣に座る水波ちゃんが気遣わし気に背中を撫でてくれるけど、年下に気遣われていると思うとね、より一層恥ずかしさが増すのです。

ごめんね、水波ちゃんの気遣いは嬉しいのに、ちょっと立ち直るのに時間をください。

 

「ああ、深雪と香澄ではタイプも異なるからな」

 

同じ妹属性のはずなんだけどね。人の懐に潜りこむのが上手そうな香澄ちゃんと違って、私は人を緊張させるのが特技なので・・・。

 

「美しすぎるというのも考え物だな」

 

お兄様が分析し、慰めるように降りる際頭を撫でて下さったけれど、解決策はないってことだよね。くすん。

 

 

――

 

 

論文コンペの準備が本格的になった。

生徒会も協力しバタバタと忙しくなる。お兄様はコンペの警備体制や論文コンペ自体の手伝いに駆り出されていた。・・・皆お兄様に頼りすぎでは??

九校戦の二の舞か、とも思ったけれど、お兄様は先日宣言した通り、ペース配分を守っているらしく、自分一人で熟すのではなく周りを使うことを覚えたようだった。

 

(ううっ・・・お母様、お兄様がまた成長されました。あの、他人に任せるのも面倒だから自分で全部やってしまわれるお兄様が、ついに人にお仕事を任せられるように・・・)

 

心の中で母に報告をしながらも表では書類を決裁している。

お仕事無くならない。なんでだろうね?

 

「ほのか、ここの数字が間違っているようだから訂正してきてもらっていいかしら」

「え?それさっき確認したけど計算あってたよ」

「ええ。だけど一部備品購入分が抜けているのよ。八月のファイルのところにあったはず。きっと九校戦の分と混ざってしまっているのね」

「っ、分かった。行ってくる」

 

これに気付けたのは私が九校戦の発注をやっていたからであってほのかちゃんの不備じゃないのだけど、なんか、すっごく驚かれてるね。

お兄様ほどじゃないけど記憶力がいいもので。・・・だから泉美ちゃんそんなキラキラお目目で見つめないで。穴が開いちゃう。

こういう小さな見落としがあって計算って狂うからね。数字だけは気をつけないと。

 

「深雪姉様、こちらなのですが、用途はどこに分類すれば――」

「ああ、それなら――」

 

・・・これってやっぱり生徒がやる仕事じゃなくて社会人勉強だよね。

経理と総務と人事と経営管理?どうして給料振り込まれないんです?な仕事量。

その分優遇措置もあるけれどね。あんまり旨味がない。

・・・これをたった四人で回すって無理ない?そりゃあ毎日帰りが遅くなるわけです。

今年は5人な上、皆有能だからだいぶ早いけどね。シャワー室いつ使うんだろう。私たちが使うことは無さそうだ。

 

 

 

 

皆で駅まで帰ってお別れして。キャビネットに乗って。

ここまではいつもの流れだった。このままコミューターに乗って家まで帰れればよかったのだけど。

一番に反応したのはやはりお兄様。私が感知した時にはお兄様はCADを入れている懐に手を差し込んでいた。

水波ちゃんもお兄様の対応にすぐさま反応し、目の前に止まったコミューターを見据える。

その手はいつでもCADが操作できるようになっていた。とてもよく落ち着いている。

私は守護を二人に任せて周囲のカメラの位置を確認。うん、もう少し左にいた方が映りがはっきりしそう。

小さな声で左に、と呟けば、二人ともじりじりと左に移動してくれた。ここならばっちり最初から映りそうだ。お兄様もネクタイピンを作動させたけど、こちらは個人用なので特に変わったことが無ければ警察に提出することはないはずだ。

水波ちゃんがお兄様を外して二人分の円筒形対物耐熱障壁を構築。お兄様を範囲内に入れないのは動きを妨げないため。二人の間には連携ができていた。

特にここ最近は水波ちゃんがお兄様に指導を仰いでいたからね。

いつこのような事態になっても落ち着いて動けるように自主練をしていたのを知っている。

その成果が良く出ているようだ。頑張ったね水波ちゃん。

コミューターから奔流する想子波が私たちに襲い掛かる。原作通りであれば人造精霊を自爆させたことによる想子の煙幕らしいけれど、確かにコレは魔法師用の煙幕と言えよう。おかげで視界が悪い。

ただし魔法師の視界のみ有効なので、普通の人には何が起きたかわからないはずだ。

現に遠目でこちらを見ている人たちは、何が起こったのかわからず、私たちが何かに警戒している動きだけしか見えていなかった。

 

「水波、下降旋風だ」

「はい」

 

水波ちゃんは疑問を持たず、お兄様の指示に従う。それが今一番必要なことだとわかっているから。

調度おあつらえ向きにロータリーには噴水があった。その水が全て水しぶきと変わり霧を生み出す。先ほどの自爆攻撃による想子波が魔法を阻害するものでなくてよかった。

魔法と物理による煙幕作戦は、しかし残念ながらお兄様にいち早く見破られ、霧は払われた。霧に乗じて強襲する予定だった男たちはコミューターから降りるところからはっきりとした姿が丸見えに。

ボウガンを構えた男たちの表情は驚愕がありありと表れている。

三人の男たちが唖然として立ち竦んでいたのは一瞬のことだったが、お兄様がその隙を見逃すはずもなく、鋭く右足をしならせて打ち下ろされる回し蹴りを。男の手からはクロスボウが叩き落とされた。

そして長い足を折りたたんでからの突き出しは、見事男の腹に突き刺さり背後のコミューターに派手にぶつかって蹲った。コミューターは頑丈だね。

へこみもないけど音と衝撃は凄かった。後頭部でも打ち付けたか、男は立ち上がれないどころか身動きも取れないようだ。南無。・・・死んでないけどね。

二人にばかり任せるのも一高生徒会長としてよろしくないだろう。

手にはすでにCADを構えており、あちらが魔法を放つのをきちんと待ってから魔法を装填。魔法式が構築されたと同時に対抗魔法が展開され、その魔法は発動することなく四散した。

この位置からなら想子センサーがギリギリ感知できたはずだ。あちらの魔法攻撃が先にあり、私の魔法がそれを打ち消したのだと。

魔法師の目で見えたモノを口で説明するよりも計測の方が証拠になるから。

彼らも綿密にどの位置で攻撃して、と考えたのだろうけど、この舞台のバミリが変わったことに気付かなかったのは残念だったね。

それからも三度ほど魔法が放たれるが、領域干渉がそれを阻む。圧倒的な力量の差に気付き、襲撃に失敗したと判断しただろう男が逃走用に魔法を使おうとしたところで私は再度CADを操作した。

 

「逃しません」

 

宣告と共に男は姿が一瞬白い靄に包まれ見えなくなったと思ったら次の瞬間、べしゃりと力なく倒れこんだ。

 

 

 

 

お兄様が襲撃者の隣にしゃがみ込み呼吸と脈を確認。かろうじて生きているようだ。

良かった。お兄様の創ってくれた魔法で人が死ななくて済んだことにほっとする。

 

「この程度なら後遺症も残らないだろう。腕を上げたな、深雪」

「ありがとうございます」

 

本当なら飛び跳ねたいくらい嬉しいのだけどね、ほら、顔面から地面に落ちて鼻血出してるおじさんの近くではにかんだり恥じらったりしてるのってちょっと印象がよろしくないと思うので。

緊張感を保って行きましょう。

そこから水波ちゃんとお兄様が破魔矢について話し、そこからできる考察を。

まあ先日人工精霊を送られてからのこのタイミングで人違いで襲われると思えるほど楽観できる状況でもないのでね。

ただ、やっぱり周自身は絡んでないんだろうね。私たちがSB魔法を使うなんて勘違い、彼がするわけないから。

伝統派が気を利かせてか、操られてかは知らないけれど自分たちで調査し動いているということ。

・・・周は尻尾を掴ませないためにこちらの情報をあえて制限しているということかな。

逃げるのが上手い人の考える事って本当に面倒くさいね。

誰かが呼んでくれた警察が到着。私たちは犯人たちとは別の車に乗せられて移動した。

 

 

――

 

 

まあ目撃者も多数いて、カメラでも魔法が確認されたこともあり、一時間と掛からず解放された。

丁度論文コンペの時期でもあったので、昨年同様狙われる理由はあったから警察としても同情してくれた。

特にお兄様は四月の恒星炉実験で魔法を知らない警察官でもそのニュースを知っていて、狙いはお兄様だったのではという話にまで発展したけれど、お兄様は論文コンペのメンバーではないのではっきりとしないが、正当防衛であることは間違えようがない。

この件は容疑者も捕まっているということもあってあっさり聴取は終わった。

それでも色々根掘り葉掘り聞かれるのは疲れるというもの。

三人とも家に着くなりため息を漏らしていた。

そのタイミングがあまりにも揃いすぎて噴出してしまった。

 

「ふふ、幸せが逃げちゃいましたね」

「追いかけるほどの力は残っていないからこの場で補充させてくれ」

「達也様、逃げる力のない深雪様から奪わないでくださいませ」

「あら、まあ。じゃあ三人でチャージしましょう」

 

お兄様が私に手を伸ばしたところで間に水波ちゃんが入り、二人がにらみ合うのだけど、さっきまで戦闘したり事情聴取されて精神的疲労を受けたのに元気だねー。

その二人の手を取って順に手を重ねて最後に私が上下で挟むとほら出来た。

 

「幸せサンドの出来上がり」

 

はい。これで仲直り。とすれば二人からなんとも言えない視線を貰った。

あらま、二人に幸せは届かなかった?私はとりあえず二人のやり取りにいい具合に力が抜けてほっこりしたのだけど。

 

「・・・食べていいか」

 

え、この幸せサンドを?お兄様疲れてます?

 

「達也様」

「冗談だ」

「当たり前です」

 

何が?なんか二人だけがわかり合っていてちょっと寂しい。

 

「深雪様はそのままで大丈夫です」

 

むしろわからなくていい、とはどういう?

お兄様から頭を撫でられお礼を言われ、水波ちゃんからはもう十分いただきましたから、と手を離すよう懇願された。あ、ごめんね。挟んだままだった。

 

「では、夕食の支度をしてまいります」

「水波ちゃんも疲れているのだから、今日はさっぱり簡単レシピから選んでね。私あのシリーズ好きなの」

 

時々しか食べられない簡単レシピ。基本張り切って作っちゃうからしっかりしたモノばかりが並ぶ食卓だけれど、時には簡単あっさり食べられるレシピのものも食べたい。お手軽にはお手軽の良さがある。

水波ちゃんは少し渋った顔をしたけれど、実はこれ、お兄様がいない時二人でこっそり食べているメニューだったりする。

水波ちゃんに悪いことを教えちゃった感じだけど、簡単レシピでも十分美味しいからね。

あれ食べたい、と言えば、水波ちゃんにはすぐに伝わった。水波ちゃんも気に入ってたもんね。

自室に入って一番に制服を脱ぎながら、さて明日の準備でも、と旅行セットの中身を考える。

水波ちゃんに気付かれないうちに準備したかったのは色々と用意したいものがあったから。

このところ学校と家の行き来しかしていない上に、今現在家が見張られている可能性があるので暗躍が簡易のメールでしかできていない。通信を使わない方法を取りたい時にはとても不便な状態。本当、困っちゃうったら。

ということで今回はリニア列車に乗る前にこっそり受け渡しをする予定だ。まるでスパイ映画のよう。ちょっとドキドキするよね。

ってことで着替え終わってから詰め詰め。うむ。忘れ物はないかな。とはいえ一日だけだからそんなに大荷物にはならない。

準備を終えてからお兄様の部屋をノックする。

すぐにお兄様が顔を見せ、中に入れてくれた。お兄様も明日の準備をされていたようでクローゼットが開いていた。

 

「残念です。お兄様の用意も手伝わせていただこうと思っておりましたのに」

 

そうわざとらしく口を尖らせるとお兄様はくすりと笑って、

 

「なら、服を選んでもらおうか」

 

お兄様はすでに選んでいただろうに、私にそれを譲ってくれるという。本当妹に甘いお兄様だ。

 

「深雪は何をするにも楽しそうだね」

「お兄様に関することなら特に、とつけて下さってもよろしいのですよ。実際お兄様について考えているだけで私は楽しいですから」

「・・・そうか」

 

おや、と思って顔を上げるとお兄様がちょっぴり照れ臭そうに頬を掻いていた。

これくらいの言葉の応酬は前からちょくちょくしていたと思うのに、と思ったけれど、このところこういう馴れ合いはご無沙汰だったことを思い出す。

お兄様でも久しぶりだといつもと違って感じることがあるんだ、とちょっと嬉しくなった。

二人して視線を合わせて心が温かくなったところでノックが。

 

「達也様、こちらに深雪様はおられませんか?」

「いるよ。もう夕食の準備ができたのか」

「はい。整いましたのでよろしければお越しください」

 

先に私を呼びに行ったけどいなかったからこっちに来たんだね。手に持っていた服を丁寧に畳んで鞄に詰めて、お兄様と一緒にダイニングへと向かった。

 

 

――

 

 

夕食も終わり、リビングでのティータイム。今夜は水波ちゃんにも参加してもらう。

話はつい先ほどの襲撃について。

 

「さっきの連中だが、古式魔法師であることは間違いない。破魔矢もそうだが、もう一人が逃走のために使った透明化魔法は光の反射や屈折に干渉するモノではなく、自分を認識しにくくする精神干渉系魔法だった。去年の九校戦開会式で九島烈が使用した術式と同系統のものだ」

 

お兄様の目はしっかりと敵の術式を看破していた。

こうしてみると改めてお兄様の眼がどれほど驚異的なものかがわかるね。どういった系統の魔法かが丸裸にされてしまう。それは手の内を晒したくない魔法師にとってどれほど恐ろしいものか。

 

「九島家の手の者・・・ということはもちろんないでしょうね」

「そうだね。九島家の術者ならば俺たちを古式魔法師と勘違いすることはない。むしろそれに敵対する勢力、伝統派の手先だろう」

 

九島閣下が使ったのは恐らくその伝統派から吸収し、改良した魔法式なのだろう。

別に九島家自身があくどいことをしたとは思わない。元は政府の指示でできた魔法研究施設で得た知識であり、彼らが自主的に奪ったわけではないのだから。

旧第九研の目的は古式魔法と現代魔法の融合であり、そのために魔法師が集められた。

そしてその技術だけが盗まれた一部の魔法師が、それを勝手に改変して我が物顔で利用していると、そう受け取ればまあ戦争待ったなしだよね。

一方的に搾取され、自分たちにリターンが無かったともなれば秘術を盗まれた被害者だと思うのもおかしなことではない。

旧第九研は古式魔法師をある意味騙すような形で集めた。

ありとあらゆる古式魔法を集め、現代へと通用する、または現代魔法のスピードに劣らぬ魔法の開発を、と体の良い目的を掲げて。

だが、その研究結果が提供した彼らの下に返ってくることは無かった。技術だけが持っていかれてその後は何の音沙汰も無し。

彼らは提供するからには見返りがあるものと勝手に期待していたのだ。

彼ら各地の古式魔法師たちが実際どのような結果を求め、参加したのかは各々違ったのだろう。

だからこそ伝統派は一枚岩ではない。恨みという目的が同じだけの集団。各々目的も思想も違うからこそ同じ旧第九研に恨みを持つ古式魔法師であっても思惑はそれぞれ違う。

 

「水波は伝統派を知っているようだな」

 

深く考えていたらお兄様と水波ちゃんが会話を進めていた。

 

「はい。本家で注意すべき魔法結社の一つとして教えていただきました。旧第九研に裏切られた古式魔法師が十師族に対する報復を目的として集まったとか」

「報復目的と断定するのは言いすぎだと思うが、他は俺が知っていることと同じだ」

 

というか、水波ちゃんもきちんと四葉教育が身に付いてるね。そして四葉教育は偏ってるけどわかりやすい。

報復を目的としているというか、ほぼ八つ当たりだからね。九島を恨む理由も無ければ十師族を恨むのは完全お門違いの逆恨みだもの。

ただ自分たちが上手く利用されたことに気づけず、ただ奪われつくし、その矛先をうまく立ち回った人間に向けているだけ。

その恨みを代々伝えて、勘違いを増長させ続けた。自分たちの失敗を認めたくない人間の妄執が呪いとなり継がれてしまった結果が、今に至るというわけだ。

それこそが彼らの強い結束となり原動力となってしまっている。

 

「それで彼らが俺たちを古式魔法師と勘違いした理由だが・・・深雪、先日人造精霊が家の中を探ろうとしていたのは覚えているか?」

 

おっと、私に質問が。お兄様としては私を放置していたとでも思ったのかな。意識を飛ばしすぎててすみませんでした。お話はちゃんと聞いてたんだけどね。

 

「はい、日曜日のことでしたね」

「その術者を師匠のお弟子さんが捕まえてくれたらしい」

 

先生のお弟子さんいいお仕事してる。街の警護も立派なお坊さんのお仕事・・・だったかな。

でも治安が守られることは良いことだ。これも修行だね。

 

「なるほど・・・それで私たちのことも八雲先生の身内として勘違いした、というわけですか」

 

監視していたのならお兄様が毎朝毎晩お寺に通ってるのがわかりますからね。

納得していると、水波ちゃんがもじもじと。いえ、見た目じゃなくて空気がね。

 

「水波ちゃんは何が気になっているの?」

 

訊ねると水波ちゃんは少しためらいがちに口を開く。

 

「なぜ、八雲様が当家を探っていた魔法師を捕えたりするのでしょうか?」

 

まあ、そう取るよね。この間の奈良とか随分便宜を図って貰ったりもしたもの。ただの弟子と師匠にしてはちょっと親しすぎる?

と思ったけれど彼女の視線を見れば、彼女の言いたいことはそう言うことじゃないということがわかる。水波ちゃんの目には疑惑の光があった。

お兄様もすぐにそれを読み取ったのだろう。・・・お兄様、こういうところの機微には敏感なのにね。

 

「いや、それは水波の誤解だ。俺も深雪も師匠の庇護を受けているのではない」

 

お兄様が単に体術を教わるだけでなくその庇護下にあったとすればそれは四葉家に対する一種の裏切りになるのではないかと水波ちゃんは考えたのだ。

うん。ちゃんと四葉の使用人だね。その辺りはしっかりとしている。

でもあくまでも先生は中立の立場であり、お兄様を特別に大事にしてくれているわけではない。・・・ということにはなっているけれど、その割にはだいぶ目を掛けていただいてますよね。

注視している、とも言うかもしれないけど。

 

「自分は坊主である前に忍び、というのが師匠の口癖だ。恐らく、『忍び』として自分の庭先を色々と嗅ぎ回られるのが放置できないんだろう。たとえ自分が探られているのではないにしても」

「そういうものなのですか」

 

縄張りに侵入されるのは忍びとしては気になるところではあるだろうね。

水波ちゃんはひとまず納得したようだ。

 

「今日の襲撃で分かったことが二つある」

 

お兄様は水波ちゃんの様子を確認してからまとめに入った。

 

「一つは俺たちが敵、恐らく伝統派の明確な標的になっているということ」

 

随分用意周到に狙われましたからね。そこは間違いないでしょう。

 

「もう一つは、敵が俺たちの素性を知らないということだ」

 

水波ちゃんが「あっ」と小さな声を上げる。

そうだね。素性を四葉だと知っていたならばあんな少数で狙われることもなかった。

 

「敵が文弥たちの後を付けてきたのはほぼ確実。文弥と亜夜子が『黒羽』であることも、黒羽が四葉縁の家であることも相手は知っているはずだ。少なくとも周公瑾は黒羽が四葉の裏仕事を担当していると知っていたらしい」

 

そう言うと、お兄様はふと急に笑いが込みあげたように失笑を漏らす。お兄様にしては珍しい姿だ。

 

「お兄様?」

「いや、すまない。『四葉の裏仕事』などと言うと、まるで四葉家が表の仕事を営んでいるような表現だと思ってつい笑ってしまった。気にしないでくれ」

 

・・・お兄様のこういうところ、可愛いとか思ってしまうよね。言ってることはアレなんだけど。変なところがツボに入る。

真面目な話なんだから和んじゃだめだ。気を引き締めないと。

 

「つまりこの家を四葉の関係者が訪問したと言うところまで分かっていながら、俺たちと四葉の関係については知らない。それどころか俺たちを四葉の配下にある魔法師と考えてもいない。四葉の魔法師と考えているなら古式魔法対策用の呪具は持ってこないはずだからな」

「つまり・・・私たちは四葉の配下である黒羽が雇った古式魔法師、と認識されているのでしょうか」

 

水波ちゃんはおぼろげながら危機感を抱いている模様。・・・本当、四葉の教育ってどうやってここまで染みつかせているのか。嗅覚が鋭いったら。

 

「そういうことになる。敵は俺たちの存在を知っていても俺たちの正体を知らない。俺たちがなぜ、黒羽から協力者に選ばれたのかわかっていない」

「それはつまり・・・敵の攻撃が私たち以外のものにも及ぶ可能性があるということですか?」

 

とはいえここがよくわからないんだよね。いや、敵が親しい友人を狙うかも、というのはわかるよ。身近な人間に手を出されたくなくばー、ってやつだよね。そこはわかる。

分からないのは、何故こちらを自分たちだけでどうこうできると思うのか、ということ。

確かに相手は高校生だよ。生徒会役員の高校生。十師族名乗ってないけど成績優秀なのはちょっと調べればわかること。そして九校戦の記録は一般人でも見ることができる。

あの大会で実力がすべてわかるわけではないがそれなりに腕が立つことくらいはわかるはずだ。

あの四葉からの使者が依頼した相手だというのだから、何かあると思うのが当たり前じゃないのかな。

一般人に擬態してると思われてるから、人前で襲えば躊躇いが生じて隙が生まれるのでは、とか思われた?

黒羽の二人も一応高校一年生だけど野良魔法師だかの尾行に気付いてないと思われてるんでしょう?だから侮られてるのよね。同じ学生だからこいつらもきっとこの程度、とか楽観視でもしたのかな。

だから計画はしっかり立てたけど少人数で襲ってきた、と。それで撃退されたから今度は本人じゃなく周辺を狙おうって?

・・・フリーの魔法師って私生活?擬態してる生活?が脅かされることってそんな怖いことなの?

確かに私たちのせいで彼らのうち誰か一人でも誘拐されたら大問題だけどね。

私たちのせいで狙われたんだ、みたいな話になったら友情に亀裂が――入るかな?元々私狙われやすいって話してたからたいして理由を深堀もされずに納得されそう。

 

「そう、例えばエリカや幹比古が標的になる可能性は無視できない。ほのかや美月を人質にとるという展開もなくはない」

 

うーん、これもご都合主義なのかな。よくわからない。分からないことは悩んでいても仕方ない。

 

「叔母様か黒羽さんにご依頼して護衛を手配すべきではありませんか?」

 

とりあえず深雪ちゃんが考え付く守る方法を提案するも、お兄様は首を振る。

 

「叔母上に頼るのはやめておこう。護衛を頼んだつもりが囮に使われてしまいそうだ」

 

・・・お兄様が疑心暗鬼になってる?叔母様もよそ様のお家をトラブルに巻き込んだりは――四葉が有利になるなら、するかな。

今回はお兄様の手腕を見る為の試験でもあるからそういった仕掛けはしなさそうだけどね。

 

「では先生に?」

「高くつきそうな気がするんだが・・・やむを得ないか」

 

高くつきそうって・・・お兄様先生に何を差し出すのだろう。労力?

 

「師匠のところへ行ってくる」

 

元々その予定だったのだろう。すぐに出られる恰好のお兄様は立ち上がった。

 

「先に休んでいてくれ。戸締りはしっかりな」

「「かしこまりました」」

 

水波ちゃんと声を揃えてお見送り。気をつけて行ってらっしゃいませ。

と、見送って水波ちゃんと一緒にリビングに戻りながら。

 

「あの、もしかしてなのですが、すでに明日の準備は・・・」

「ええ、終わっているわ」

 

あ、水波ちゃんがしょんぼりしちゃった。料理をしながらその可能性に気付いちゃった感じ?申し訳ない。

でもしてもらうわけにもいかなかった事情があるのでね。

 

「水波ちゃんはこれから?」

「はい」

「ふふ、頑張ってね」

「・・・はい」

 

明日は学校が普通にある。忙しいスケジュールだ。楽しいリニア旅行のため、頑張りましょうね。

 

 

――

 

 

翌朝、お兄様はいつも通りで何もおっしゃらなかった。

先生との間にどういうやり取りが行われたのかは知らないが、お兄様は警護をお願いすることはできたのだろう。

だけど一枚の防護壁で満足するお兄様でもない。

放課後生徒会室。

今日は私用で早く上がらせてもらう話はつけていたので、副会長の泉美ちゃんに戸締りをお願いしていると、お兄様が遊びに来ていた雫ちゃんに話しかけていた。

雫ちゃんもただ遊びに来ているわけではないよ。ちゃんと風紀委員のお仕事も・・・やってきてるんだよね?要領のいい雫ちゃんのことだから問題ないはず。

生徒会室に居れば、何かあればすぐに緊急呼び出しもわかるしね。うん。ちゃんと利点もある。渡辺先輩もそうしていたし。風紀委員伝統のスタイルなんだろう。

お兄様は雫ちゃんにほのかちゃんの守りをお願いしていた。

雫ちゃんだって狙われないわけではないと思うけど、北山家――大財閥の娘を狙うリスクより一般家庭を狙う方が簡単だと思うからね。古式魔法師だってそれくらいの保身はするはず。

それに前回行って思ったけどほのかちゃんの家は簡単に制圧されちゃうだろう。ただの一人暮らしのセキュリティしかないから。

それとなく理由をぼかしての説明だけど、うん。昨日私たちが襲われたことを知った泉美ちゃんがね、私の手を取って至近距離で確認されてます。

 

「お怪我はありませんでしたか!?」

 

なかったよー、大丈夫だよー。だからその触って確認しようってお手手は下げようね。ワキワキさせないで。

美少女はそんなことしちゃダメだよ。イメージが崩れちゃうからね。貴女七草家の御令嬢。気をつけて。お願い。落ち着こう。

 

「深雪様から・離れて下さい」

 

おお。いつもありがとうねピクシー。大好き。今日も可愛いよー。だからそのうねうねはしまってくれていいのよ。

貴女も心配してくれてるんだよね。全身確認されてるのが動きでわかる。

んー、ちょっとピクシーも動揺?慌ててる?どんどんお母さんに似てきたねぇ。

生徒会室で一緒だからお母さんを見て成長しているのかな。貴女は母親を反面教師にして落ち着きがあってもいいのよ。

この間もお兄様は雫ちゃん達とおしゃべりを継続中。

敵の目的がわからないこと、警察からまだ連絡がないこと等を伝え、とりあえず相手が古式の魔法師ではないかという憶測を付け足した。

ところで警察は何か聞き出せたのかな。せめて彼らが昨日襲撃した理由が今日九島の家を訪れることを察知していたから、とか。

流石にそこまでの情報は出ないとは思うのだけど、タイミングが良すぎたのでね。

これでもし来週襲撃だったなら、予定や目的がだいぶ変わっていただろうから。

ホテル滞在中に襲う計画は漏れても理由までは話し合わなかったらしい。

命じられて動いているのだったら理由なんて知る必要も無い。

実力は実行部隊として慣れているようではあったけれど、対象の力量を見誤っている時点で情報収集能力は高いとは思えない。

それともさっき考えたように高校生相手と舐めてくれているのか。

だから周辺を狙って脅そうと?うーん。地元じゃないと力発揮できない部分は否めないのか。

伝統派ってどうにも自分たちの目と耳を信じての情報収集メインみたいで現代の情報収集には頼ってなさそうなんだよね。

だって、何度でも言うけど調べれば九校戦の情報はすぐに出る。別に秘匿情報でも有料情報でもないから。

ちょっと調べればニブルヘイムできる実力あることくらいわかるだろうに。まあ、アレを人の多い街中で放つことはできないけど。

 

「じゃあ、もしかして達也さん個人が狙われたのではなく、一高の生徒会が狙われている可能性もあるということですか?」

 

お兄様だけでなく私も水波ちゃんもいたからね。

可能性としては考えられるけど・・・この時点でほのかちゃん、お兄様が狙われていること、そしてお兄様が何をほのかちゃんに望んでいるかをわかっている気配がそこはかとなく。

でないとこんなお兄様の都合のいい展開にはならない気がする。

・・・ほのかちゃん、そういう気遣いできちゃう子だから。って、これはまだ私の推測の域を出ないのだけど、そんな気がね、ひしひしとしてくるわけで。

そしてお兄様が願った通り、ほのかちゃんは雫ちゃんの家に泊まることになった。

なら同じ生徒会役員の泉美ちゃんは、となるはずだけど、彼女は七草家。

そして香澄ちゃんと登下校もするし、護衛がちゃんとついている。十師族ってだけでも狙われる理由になるしね。

 

「・・・まだ相手の狙いがわかってないってことは、深雪が狙われている可能性は?」

 

雫ちゃんが心配してくれている。そうだね。一高を代表する生徒会長になったからより目立つ存在となったことも要因か。

今までも狙われることがあると、ことあるごとに言っていたからそっち可能性も心配してくれるのね。ありがとう。

 

「そうね。私も十分に気をつけるわ」

「深雪なら自分で撃退できちゃいそうだけど」

「ふふ、ほのかったら。でもそうね。いつまでも兄さんに頼っていられないもの」

 

その為に私もだいぶ鍛えてきた。お兄様の嫌がる切り札も使わず倒せるだけ強くなってきたつもりだ。

 

「・・・深雪に張りきられてしまうと、本当に俺がいらなくなってしまいそうだ」

 

あら、困ったね。しょんぼりお兄様が現れた。母性本能くすぐられる可愛さ。恐ろしい。今すぐ抱きしめたくなるけれど、ここでそんなことはできないから。皆見てるから。我慢です。

泉美ちゃんが、なんと不甲斐無い!と睨んでいる。・・・そのポジションを狙おうとしてるわけではない、よね。されても困るけども。

七草(うち)の護衛と一緒に帰ろうと言い出しかねない。

 

「もう、兄さんったら。ちゃんと頼りにしてるわ」

「深雪姉様!私もお守りします」

「水波ちゃんも。ありがとうね」

 

今日も私の家族が優しい上にカッコよく、可愛い面まで併せ持っていて大変幸せです。

二人が十分守ってくれるので、よそ様の護衛は結構だよ。

というよりお兄様が護衛しているだけでもプロのSPが束になっても敵わない。

水波ちゃんだって実績こそまだ少ないけれど、ウチの厳しい試験を中学生で合格した優秀なガーディアンだ。

特に桜シリーズの守りは十文字家並みに堅いと言われている。

これ以上ない攻守揃った鉄壁の守りです。ついでに護衛対象も一人で戦えますからね。

実弾が来ようがナイフが迫ろうが、この珠のお肌に傷などつけさせるわけがない。

深雪ちゃんの身体は傷一つでもつければミサイルのスイッチを押すことになるので。

お兄様の幸せのために、ついでに世界平和のためにいつでも気をつけておりますとも。

それからお兄様の暗躍はこれにとどまらず、生徒会室を先に上がらせてもらってから吉田くんたちの元へ。

今日は風紀委員長としてのお仕事か、講堂で作業する五十里先輩たちを見守っていた吉田くんと、野次馬なのかのエリカちゃんと西城くん、そして美術部としてもお手伝いしてるのかな、美月ちゃんに声を掛けていた。

遠目に見ても元E組は今でも仲がいい。吉田くんは今や一科のB組で、お兄様と美月ちゃんは魔工科に変わったけれど、クラスは変わらずE組。西城くんとエリカちゃんがF組と分かれているのに今でもお昼は一緒だ。

うんうん、高校の友達は一生の付き合いって言うけれど、お兄様たちは正にそう言う付き合いになってほしいところ。

・・・距離を空けられない様にこの先の流れを変えられたら、と思うのだけど。できればギスギスなんてしてほしくない。

でもその原因は私たちの血筋がきっかけだから。困ったね。生まればっかりは変えられない。

せめてお兄様だけでも四葉を出られたら違うんじゃないかな、と思うのだけど。

それに、今の彼らの関係は原作よりも仲がいい気がする。お兄様の態度が違うからそう感じるのかもしれない。

あの中にいるとお兄様も年相応の高校生に見えるから。

とても素敵な光景だ。まぶしい、夢のような、でもこれがここでの現実――。

 

「・・・深雪姉様」

「なあに、水波ちゃん」

「いえ・・・その」

「ん?」

「なんとなく、寂しそうに思えましたので。皆様の元へ行かれないのですか?」

 

あら、まあ。水波ちゃんに心配されてしまった。その細やかな気遣いがくすぐったい。嬉しくて顔が緩んでしまうくらいに。

 

「ありがとう。水波ちゃんが居てくれるから私は大丈夫。それに、ほら。兄さんももう戻ってくるわ」

 

はにかんだまま答えると水波ちゃんは恐縮です、と俯いてしまった。うーん、覗く耳が真っ赤だ。ここが外でなかったら撫でまわして抱きしめていたのだけど。人目がしっかりありますからね。

 

「深雪、また何かしたのか」

 

お兄様、もう何の疑問もなく私を犯人扱いですね。合ってますけども。

 

「水波ちゃんが優しくていい子なんですよ」

「・・・ほどほどにな」

 

水波ちゃんが私の言葉で更に縮こまり、お兄様がやりすぎ注意のストップをかけた。はぁい。ほどほどに気をつけます。

 

 

――

 

 

リニア列車に乗り込む前にちょっとお手洗いに寄らせてもらい、予定通りスパイ活動を少々。

と言ってもただトイレの個室に置いてくるだけなんだけどね。お兄様と水波ちゃんにバレないのが一番のミッション。

後で回収してもらえるからすれ違うこともない。原始的な方法だけど、こういうのが一番痕跡が残らない。

怪しまれることもなく戻って列車に乗って――うん、やっぱりリニアって興奮するね。バイクや他の乗り物とはまた違う良さがある。

水波ちゃんと一緒にキャッキャしながらお茶とお菓子を摘まみながらあっという間に奈良へ。早いねー。本当あっという間。

ここからはコミューターで移動。

地方だからコミューターの椅子がちょっと柄が違ったりと小さな違いを見つけては再びキャッキャ。うん。見事に観光客ですね。

お兄様、お仕事で来てるのにはしゃいですみません。恐縮してたら構わないよ、と。むしろそうしてくれていた方が自然でいい、とのこと。

観光客を装ってということかな。まあ今回はそこまで装う必要性はないのだけど、周囲にはそういう人ばかりだからより自然に溶け込んで見えるだろう。

だけどはしゃいだ姿をお兄様に温かく見守られて少し、というかかなり恥ずかしくなり、水波ちゃんと一緒に縮こまって反省。お兄様はしばらく笑っていた。

そんなこんなで生駒に着きました。待ち合わせ時刻の五分前。ダイヤの乱れのない、日本の誇るべき技術ですね。

100年経っても日本くらいだそうですよ、こんな時間ぴったりの交通機関。

・・・なんで機械任せにして時間ぴったりにならないの?とは聞いてはいけない。きっとお国柄か何かだろう。

予約しても人が来なければ機械だって動きようが無いからねぇ。

呼び鈴を鳴らせば、出迎えてくれたのは藤林さんだった。使用人をわざわざ介さないようにしてくれたのだろう。おかげでこちらも気が楽です。

 

「いらっしゃい達也くん。深雪さんに水波ちゃんも、よく来てくれたわね」

 

わあい、分かってはいるけどお兄様だけ特別扱い。こういうところにきゃっ!と心の中ではしゃいでしまう。

招いているのはお兄様だけだものね。妄想が捗る。・・・とと、そうじゃなかった。

人様のお宅です。きちんとマナーは守らねば。今日の私はお兄様のおまけです。

 

「すみません、わざわざお付き合いいただいて」

 

お兄様の開口一番の挨拶は、お仕事を休んでまで来てくれたことへの感謝も含んでいる。今日も明日も普通にお仕事でしたでしょうから。

 

「気にしないで。さあ、遠慮なく入ってちょうだい」

 

門の中に案内しようとする藤林さんに、私は少しストップをかける。

 

「あの、藤林さん。こんな時にあれなのですが、直接お会いする機会もなかなかないので。受け取っていただけると嬉しいのですが」

 

手土産を、と考えたのだけれど、家格に見合う手土産を表向き普通一般の家の人間が用意できるわけもない。

そういうわけで私たちが持っていくと不自然になりかねないのでちゃんとしたモノがご用意できなかったのが心苦しいが、藤林さん個人宛に、個人からという形でならいいだろう、と。

 

「え、なあに?もしかして深雪さんの手作り?以前いただいたお菓子も美味しかったわ。――またいただけるのですか。これだけでここに来た甲斐があったというものです」

「そんな。そう言っていただけて私の方が喜んでしまいます」

 

初めこそ砕けた口調だったけれど後半は揶揄い交じりの敬語に変わった。こういう言葉遊びも彼女の話術の一つなのか。

美女からの誉め言葉に舞い上がって両頬を抑えて落ち着こうとしている間、お兄様と藤林さんがこそこそっと。

 

「・・・ねえ、明日は達也くん調査して帰るんでしょう?その間深雪さんを私が預かりましょうか」

「藤林さんのお手を煩わせることなどありません」

「手を煩うことなんて深雪さんに限ってないでしょう。・・・私も癒しが欲しいのよ。察して頂戴」

「深雪は目を離すと危ないので兄として心配なのですよ。察してください」

「達也君はそろそろ妹離れをした方が良いんじゃないの」

「今のところ必要性を感じませんので」

 

あの、もしもし。お話し中すみませんが、ここまだ門の前です。そろそろ中に入らないと予定通り来たのに遅刻という失礼なことになりかねない。

私と水波ちゃんが戸惑っていることで思い出してくれたのか、二人が咳払いをして中へ移動することに。

用事思い出してもらえてよかったですね。

しかし、原作でも書いてあったけどすごいつくりのお庭です。迷路だ。緑の壁が続く。

これは迷子になりそう。水波ちゃんが道順を覚えようとしてかきょろきょろとチェックしてます。私?もう諦めました。お庭綺麗。

いざとなれば飛んだり跳ねたり、迷路をぶち抜いたりすればいいのです。力業の深雪様が通ります。ま、そんなことにはならないでしょうけど。

こういう和テイストのお庭も大好き。迷路はいらないけれど生け垣は憧れる。だから四葉の外観はとても好きだったりする。アレを管理するのは大変だと思うけどね。

 

「大袈裟で驚いたでしょう?伝統派の襲撃に備えて作ったものじゃないのよ。この屋敷ができた時から、旧第九研の研究成果を取り入れながら少しずつ守りを整えていったの。ここに屋敷を構えることは、当時の政府の決定事項なのよ」

 

何故だかわかる?と訊ねる藤林さんはなぞなぞを出すお姉さんのようで、邪気の無さそうな雰囲気だけど質問はとっても子供向きじゃない。

でもこのギャップがまたきゅんとさせるよね。胸が高鳴ります。

だけどお兄様はそんな藤林さんにきゅんと来ないのか、はたまたポーカーフェイスで隠しているのかノーリアクション。うーん、お兄様ギャップにお強い?

 

「大阪の監視と聞いています」

「張り合いが無いわねぇ・・・正解よ」

 

がっくり、と項垂れる美女。やだ、可愛さまで持ち合わせている。藤林さんにときめきが止まらないね。好き。

だからしょんぼり藤林さんに元気を出して、とつい声を掛けてしまった。

 

「あの、大阪の監視とは、政府は何を恐れたのでしょうか」

「大阪は国際商業都市という性格上、外国人の行き来に寛容だし、居住も容易ですから。どうしても監視の目から漏れる工作員が出てきますし、何か事件が起こった際、後手に回りやすいんです。

魔法師工作員の暗躍は政治家にとって最も質の悪い悪夢の一つですので。九島家は旧第九研最高の成功例として、外国人魔法師工作員の跳梁を抑えるという任務が与えられたんですよ」

 

だからこそ、九島閣下は一年時の九校戦の際、電子金蚕に気付けたということか。海外の技術の知識を蓄え、工作員に備える。うん、それは確かに必要なことだ。・・・代々そう受け継げれば、先日のような害虫を中に入れることなんて無かったのではないかと思うのだけどね。

手の内を知っているからどうこうできると思った閣下ならまだ手があったけど、息子さんはそうじゃなかったようだからなぁ。最終的にパパが何とかしてくれるって?そんな甘えが見え隠れしちゃう。

 

「深雪さん、遠慮はいらないんですよ」

 

・・・藤林さんの叔父さん、甘い考え持ってますよね、なんて言えないから。

 

「ありがとうございます。大したことではないと思うのですが・・・大阪に潜入した工作員の監視が任務なら大阪に、少なくとも生駒山の東ではなく西側に拠点を設けるべきではないかと思いまして」

 

監視するならもっと近くじゃないの、とのツッコミは藤林さんに苦いものを飲ませてしまったようだけれど、もっと身近な身内の恥の話をされるよりかはいいと思って。

藤林さんが口を開きづらそうなのをお兄様がフォローするため割って入った。

 

「近すぎると取り込まれてしまう恐れがあるからな」

「裏切る可能性があると?」

「政治家はそう考えた、ということだ」

 

魔法師は単純な味方ではない、いつ敵に寝返るかわかったものじゃない、ということか。

まあそうでしょうね。戦争を止めに介入できるだけの力を持っているわけですから、政治家の思い通りに動くとは限らない。それが魔法師という存在だ。

 

 

――

 

 

そんなことを話していたら玄関にようやく到着した。・・・長い道のりだったね。

水波ちゃん、この迷路道の順覚えられ・・・たかは聞かない方が良さそうだ。大丈夫、いざとなれば飛べばいいのよ。

応接室に着いた時には18時ぴったり。

うん、あそこのこそこそ話が無ければ一分早かったんだけどね。・・・違うか。私の手土産がいけなかったんだ。反省。

この後の会談の流れは原作と全く変わらなかった。

お兄様はこの世界の重鎮に気圧されることもなく堂々と対応していた。・・・かっこいい。とても高校生には思えない貫禄まで見える。ご立派ですお兄様。

ここに人がいなければうっとり見惚れるんだけどね。残念だ。

そして対する妖怪ぬらりひょんこと閣下は好々爺のように見えるのに、只者ではないオーラが。流石魔法師界トップに君臨する人は違う。

回りくどく、けれども周の捕獲について個人的になら協力は惜しまないと約束してくれた。

周のことに関しては九島としても腹に据えかねているでしょうしね。

・・・というか、この件七草も絡んでいたことを知っているでしょうに、そのことにはまったく触れない。本当に食えないお爺さんだよね。

この後七草を庇おうとして全部の責任を負おうとするけど、ごめんね。四葉はすでに証拠を掴んでいるし、今後もがっつり現場を押さえるつもりです。

言い逃れ?させるとでも??七草家にはそこまで恨みはないけれど七草弘一は嫌う理由があるのでね。

九島閣下からの四葉のバックに誰がついているかという質問の際に、原作同様私は全く何も知らないと判断された。うん。知らないですよ。叔母様からそこまでは教えられておりませんのでね。

片眼のおじ様の存在なんてこれっぽっちも知りません。スルーしてくださいませ。

っていうか私って深雪くんって呼ばれるのね。そっちに意識いっちゃった。

適当にお嬢さんとかそんな感じで呼ばれるかと思っていたのだけどね。私のことはただの添え物程度にしか思ってなかったでしょうに。

でも一応次期当主候補だからチェックしてるってことかな。本当、食えない爺さんってこういうことを言うんだろうね。抜け目ないったら。

・・・こんな人があっさりと殺されるなんて、日本にとって損失だよね。

これから会うだろう男の子に、そんなことを、身内殺しをさせたくないとも思う。

話は終わり、応接室を辞して藤林さんに夕食に誘われた。

もうすでに用意してくれているみたいなので、断る理由もなくそのままご相伴に預かることとなった。

どこもかしこもお金持ちの豪邸ってこんな感じの造りだよね、という部屋をいくつか通り過ぎて付いたのは少しホッとできるカジュアルな一室。親に連れてこられた子供たち用の気楽にくつろげるお部屋だって。

九島家って本当にいろんな家とコミュニティを築いてたんだなってことが良くわかる。

四葉には威嚇する部屋しかないもの。威嚇、威圧、高圧的。・・・私の根が庶民だからそう感じるだけかもしれないけど。

藤林さんがホスト役を務め、食事が来る前まで飽きさせないよう皆にお話を回す中、ノックが響く。

 

「入って」

 

藤林さんの声は使用人に向けられているとは思えない優しい声色で、ついに対面か、とドアに注目した。

 

「失礼します。あの、お爺様が皆様とご一緒させていただきなさいと・・・」

 

 

その瞬間、光が入ってきたのかと思った。

 

 

眩い、輝かんばかりの美貌とはこういうことを指すのか。暴力的な美と、初めて対面で向かい合った。

白皙の美貌。彫刻のような完成された美のようであるが、彼はパチリ、と瞬きをし、ほう、とため息を漏らす。

 

生きている。

 

生きて、いる。

芸術作品のように美しい彼が、生きて動いていることがとても奇跡に思えて感動すると共に胸が苦しくなる。感情のコントロールが利かない。

彼に魅入りながらも感情が体のうちで渦巻いていた。

この感情の名は――庇護欲。

ただ美に対しての感動は初めだけ。次第に抱くのはこの傷つき憐れな生き物を慈しんであげねばならないという、強制的な母性本能のような――

 

「――き、深雪」

「光宣くん、何時までそこに立っているの?」

 

お兄様の声に反応できたのは深雪ちゃんボディのお陰だ。

お互い、どのくらいの時間見つめ合っていたのだろう。

零れ落ちそうになる涙を引っ込めて、目を閉じて心を落ち着けてからお兄様に大丈夫だと微笑みかける。

大丈夫、引きずられたりはしない。

淑女はこういう場面で微笑んでこそ。本心など見せることはない。

藤林さんに声を掛けられて、世界一の美少年は自身を取り戻し顔を赤らめて慌てたように謝罪した。

 

「すみません!」

 

年相応の慌てぶりだ。そこには親しみやすさまである。

・・・そこが深雪ちゃんとの違いだろうか。彼には愛され弟属性が付与されているように見える。

対する深雪ちゃんに付与されているのは桐箱入りお嬢様属性。つまりとっつきにくい。おかしいな、妹属性が表立たない。

何でだろうね。深雪ちゃんスマイルでにっこり笑うとオーラが出るのか誰も触れられない結界でも張られたかのように近づかない。

だけど彼がにっこり笑うと同じく誰も近寄れないけど、きゃあ!とファンが生け垣を作って囲むイメージ。

私と彼では決定的に何かが違う。・・・これが九島と四葉の違い?コミュニケーションの高さが出てる??

そんなバカなことを考えていると美少年、光宣くんはとことこと(実際そんな可愛い音してないけどね、雰囲気です)やってきてテーブル越しに挨拶を。

 

「はじめまして」

 

声はまだ動揺しているようだけれど、礼儀正しく自己紹介をしてくれた。

 

「九島家当主、九島真言の末子、第二高校一年、九島光宣です。司波達也さん、司波深雪さん、桜井水波さん、お会いできて光栄です」

 

名前を呼ばれたことに水波ちゃんがパッと顔を赤らめた。先ほどまで魅入っていて動きらしい動きも無かったのだけれど、挨拶をされ、名を呼ばれたことで現実に戻ってきたのか。

それにしてもその初々しい反応に心の中のおばさんの私が騒ぐ。

 

(あら、あらあらあら!水波ちゃんにも春がやってきたのね!)

 

可愛い。とても年相応の可愛らしい反応に胸がときめいた。

 

「はじめまして、司波達也です」

 

お兄様が立ち上がって礼に応じる。私もお兄様に遅れることなく立ち上がった。

原作では深雪ちゃんはここで警戒心を抱いていないような態度で笑みを浮かべて返すとあったのだけど、私はそもそも彼に大して警戒心を抱けなかった。心から、微笑みかけていた。

 

「妹の深雪です。光宣さん、私たちのことをご存じなのですね」

 

光宣くんはその超美少年さを感じさせない年相応な照れた反応を見せる。

神秘的なオーラが鳴りを潜め、親しみやすさが溢れていた。それでも彼の美少年さは損なわれることはない。うん、美少年だ。超絶美少年。

彼の前で老若男女など関係ない。皆平等に彼に見入るだろう、そんな美貌だ。

深雪ちゃんボディでなかったら水波ちゃんのように夢うつつのように見入ってしまっていたかもしれない。

あれだ。彼は例えるなら乙女ゲーの正統派王子様ヒーローだ。全教科、全パラメMaxにしないとお付き合いすらできないラスボス的難敵の攻略対象。二周目にならないと攻略できない。

一条くんもヒーローだけど、彼はどっちかって言うと勇者的な王子ヒーローだ。同じロイヤルな王子タイプでも枠組みが違う。

彼も攻略するにはパラメがある程度高くないとだめだろうけどね。・・・ってついついゲーム脳が。

 

「皆さんのご活躍は九校戦で拝見しました。あっ、僕のことは光宣と呼んでください。僕の方が年下ですから。敬語も無しにしていただけると嬉しいです」

 

・・・こういうところかな、私と彼の違いは。

十師族の家で育っているというのにとっても謙虚。そしてこのはにかんだ笑み。

光宣君は次期当主でもないのでそういった教育を受けておらず、感覚的には普通なのかもしれない。

私は深雪ちゃん、という固定概念もあったけどこれでも一応次期当主候補だからね。淑女たれ、と育てられたことも影響しているのだろう。隙があるような態度を見せるというのはというのはたとえ見せかけでも難しい。

 

「では『光宣君』と呼ばせていただきますね」

 

そう微笑みかければその白皙の貌に朱を走らせて目を逸らされた。・・・自分だって超絶美少年なんだからそんな反応じゃなくてもいいのにね。

初心な反応がまた胸をきゅっと締め付ける。藤林さんといい、この二人は私のツボを押しまくる。危険だ。すぐメロメロになっちゃう。気を引き締めなくちゃ。

するといきなりガタガタっと隣から珍しく水波ちゃんが音を立てて立ち上がった。

あ~。光宣君見てずっと固まっちゃってたもんね。視線が逸れたことで再起動できたのね。良かった。

 

「失礼しましたっ!ご挨拶が遅れました!桜井水波と申します。よろしくお見知りおきくださいませ、光宣さま」

「あ、いえ、ご丁寧にどうも。ただ、できれば光宣さまというのは・・・」

 

うん、いきなり同い年の女の子に様付けは気まずいよね。

ガッチガチの水波ちゃんの挨拶に光宣君も丁寧に返しつつ戸惑っていた。無理もないけどね、水波ちゃんもこうなっちゃうと折れないから。

 

「光宣君。申し訳ないが、これは水波の習慣というか、性分だ。大目に見てやってくれないか」

「はあ、そう仰るのであれば・・・」

 

お兄様から下手に出られたら彼も妥協するしかない。戸惑いながらも了承の言葉が返って来た。

ありがとうございます。

ごり押しの四葉と柔軟な九島。やっぱりコミュニケーション能力が高いのは九島家だから説が有力になった瞬間でもあった。

 

 

 




ということで光宣君との邂逅までで前編は終了です。
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