妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!(修正前)   作:tom200

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古都内乱編 中編

学年こそ二年生と一年生のペアだけれど、お兄様だけが17歳、あとは16歳の同年代同士ではある。

あるんだけど・・・水波ちゃんがド緊張しちゃうのはわかるんだけど、光宣君までこんなに緊張しちゃうとは。原作にもあったけど、ここまでかぁ。

今まで学校にも大して通うこともできずに、家族とも会話がほとんどできない状態の彼には同年代ばかりというのは難しいのかもしれない。

七草家の双子ちゃんとは確か交流あったと思ったんだけど、コミュニケーションレベル上級の七草だからね。

うちの高校ではデビュー間違えてお兄様に襲い掛かったり、私に襲い掛かったり(!?)して、コミュニケーション上手とは思えなかったけどアレがきっとイレギュラー。

クラスでは人気者っぽいことは水波ちゃんから聞いてます。

 

「光宣くん・・・お見合いじゃないんだからそんなに緊張しなくても」

「えっ、あの・・・すみません、響子姉さん」

 

光宣君、響子姉さん呼び。仲が良いんだろうね。特に気にかけてくれる相手に懐かないわけがないもの。

しかし、頬に朱を走らせる美少年が縮こまって戸惑う姿は世の女性に母性本能を芽生えさせるほど恐ろしい魅力がある。

下手すると男性でも芽生えるよ、母性。父性じゃない、母性本能。

 

「水波ちゃんも・・・。いきなり打ち解けるのは無理でしょうけど、もう少し肩の力を抜かないと。いつも一生懸命な貴女にはこの場は緊張してしまうのかもしれないけれど、お食事中に緊張しては消化に悪いわ。せっかくのお食事をもう少し楽しみましょう」

「・・・すみません、深雪姉様」

 

礼儀に適ってないと叱ることもこの場を緊張させてしまうから、食事を楽しもうと声がけしたけど・・・水波ちゃんきっと味もわかってない状態なんだろうなぁ。今日は勉強になる味付けがいっぱいなのに。

素材の味を生かす主張の目立たない出汁だけど、これどうやって取ってるんだろう。プロの味。

 

「そう言う深雪は食事がとても気に入ったんだね。目が輝いているよ」

 

あら、お兄様からこちらにパスが。空気を変える為私に一肌脱げということですね。

 

「まあ、お兄様ったら。そんな言い方をされては食い意地が張っていると思われるではないですか。もちろんお食事はとても美味しゅうございますけれど、これはどのように出汁を取られているのかが気になったのです」

「・・・深雪さん、出汁にまで興味が?お菓子作りだけじゃなかったのね」

「深雪の作る食事はどれも美味いですよ」

 

お兄様のドヤ顔(妹視点)に、藤林さんはオーバー気味に呆れた表情を作られて。

 

「出た。達也くんの深雪さん自慢。そうやってすぐマウント取ろうとするんだから」

「そんなつもりはありませんよ。ただの事実です」

 

スパッと言い切るお兄様にご不満といったご様子に口を尖らせる藤林さんが大変可愛らしくてですね。

どぎまぎしちゃう。それを誤魔化すようにお兄様に視線を向けてお兄様のシスコン発言を止めねば。

 

「お兄様、その辺にしてくださいませ。この料理を前にして美味しいと言われてもお世辞にしかなりませんよ」

「そんなことはない。お前の料理は俺にとって世界一美味しい料理だよ」

「・・・もう、お兄様ったら・・・」

 

止めるのが遅かったのか、誘導を失敗したのか。お兄様が微笑みと共に最上級の誉め言葉を口にされた。

 

(うう・・・冗談ばかり言って、と返したいところだけれど、このお兄様本気だ。本気で言ってる・・・)

 

恥ずかしがって俯くとクッと笑い声が。・・・光宣君だ。

口元を押さえて堪えようとして失敗しちゃったんだね。

お兄様に向けられた視線に顔を赤らめていたけれど、笑いはなかなか収まらなかった模様。一体何がそこまでツボりました?

 

「す、すみません。響子姉さんが拗ねる姿も、司波さんが自慢げなのも意表を突かれまして」

 

あらぁ。言われてますよお兄様。

 

「こちらこそ、兄が悪ふざけをしました」

 

全てをお兄様のせいにして謝罪をすると、光宣君は頬を弛めて。

 

「いえ・・・。司波さんはご兄妹、仲がよろしいんですね」

 

緊張は多少解れたようだけれど、なんだか諸刃の剣だったというか・・・恥ずかしい所を見られてしまった感が。

 

「仲が良すぎて困っちゃうわ」

「藤林さんを困らせた覚えはありませんが」

 

私たちの仲ももちろん良いけど、藤林さんとお兄様の仲も良いよ。見て、この掛け合い。

光宣君はそのやり取りを見て笑っていたけれど、すぐに寂しそうな笑みに変わる。

 

「少し、羨ましいです。僕は兄さんたちと年が離れているのであまり話をすることが無くて。それに僕には友達もいませんから」

 

こうして仲良くしゃべっているのを遠目でしか見たことのない彼には羨ましい光景だっただろう。

体調のせいで学校にもほとんど通えず、通ったところであまりの実力の高さと美貌に遠巻きにされる。そんな様子が簡単に想像できた。

ただでさえ常に十師族という看板もついて回るしね。でもね。

 

「光宣君にお友達がいないだなんて信じられませんわ。こんなに親しみやすい雰囲気をお持ちですのに。光宣君を見ているとこちらから仲良くなりましょう、と言いたくなります」

 

私と違って光宣君には親しみやすさ、というか隙がある。近寄りがたい雰囲気ではあるけれど、彼自身人好きなんだろうな。

好奇心があるから緊張さえ無くせばバリアは薄いと思う。人見知りなんじゃない。人に慣れてないんだ。

事情を考えれば察せないことではない。

 

 

――

 

 

深雪ちゃんの淑女スマイルに、光宣君は少したじたじに答える。

初々しい年相応の少年の反応だ。だけど忘れちゃいけない。彼の美貌は反則級の美しさなのだ。

 

「そ、そうですか?・・・そう言っていただけるなんて、嬉しい、です」

 

超絶美少年にはにかまれてしまった!心にダイレクトアタック!!

胸が苦しいですね。可愛い。はにかみ美少年超可愛い。

淑女の仮面があるから顔面崩壊なんてしないのだけれど、心の中では孫を愛でるおばあちゃんのごとく表情を緩ませている。

お小遣いねだられたらすぐにでも渡しちゃいそう。

 

「深雪さん、よかったら光宣くんと仲良くしてあげてくれない?もちろん達也くんも水波さんも」

「きょ、響子姉さん!」

 

おおう・・・藤林さん、並の思春期の男の子になかなかなダメージ攻撃を。

親戚のお姉さんにお友達仲介してもらうってなかなか恥ずかしいエピソード。

 

「藤林さんにお願いされなくても、私たちは光宣君と仲良くしたいと思っていますよ。そうですよね、お兄様、水波ちゃん」

「そうだな」

「わ、わたくしでよろしければっ!」

 

うーん、水波ちゃんまだ緊張解けないねぇ。えい。

 

「み、深雪姉様!」

 

お食事中お行儀悪いけれど、体ごと向けて水波ちゃんのもちもちほっぺを突いてみました。意表を突かないと解れないかと。びっくり水波ちゃん可愛い。

 

「ふふ、可愛い」

 

慌てる水波ちゃんとってもかわいい。あの頭に汗が描かれてる感じの慌てぶりがとってもキュート。

 

「・・・なんていうか、深雪さんって振り回す系美少女になっちゃったわね」

「そこも魅力的なんですが、おかげで振り回されて困っています」

「達也君が?」

「俺が、とは・・・どういう意味です」

「達也君の方が振り回していることの方が多いんじゃないの?」

「まさか。いつだって俺が振り回される側ですよ」

 

私がそちらに向いていないのをいいことに、お兄様が大法螺吹いてますね。

いつも困らされているのは私の方だと訴えたい。でもそっちより水波ちゃんの緊張を解す方が大事だから。あと光宣君もね。

ちょっと驚きつつも微笑ましく見ていた光宣君にターゲットを変えてちょっかいをかける。

 

「光宣君はゴールデンレトリバーのようですね」

「え?」

 

意表をつけたのかまんまるお目目に。宝石のように美しい瞳がむき出しになったかのように大きくなった。もう少し驚かしたら零れそうで心配です、なんて。

彼の反応は年相応、というより若干幼く感じる。

そこがまた庇護欲をそそられるポイントだ。

 

「例えが犬になって申し訳ないのだけど、なんとなく、その親しみやすい空気が。末っ子ということもあるのでしょうけど光宣君は甘え上手な気がします」

「そう、でしょうか。よくわかりません」

 

真っ赤になって俯くけど、うん。ラブラドールというよりはゴールデンなイメージ。

水波ちゃんを見れば、わかります!と力強い頷きが。そうだよね。一緒に見た映画のあのゴールデンレトリバーを思い出すよね。

 

「あ、あの、先ほども言いましたが、僕の方が年下ですので、敬語は無くて大丈夫です」

 

ほら、こういうところが懐に入るのが上手な甘え上手さんに見える。

 

「ふふ、分かったわ。よろしくね光宣君。私のことも深雪と呼んでくれるかしら。お兄様と一緒だと不便だものね」

「分かりました・・・深雪さん、と」

 

同世代の女の子とこうしておしゃべりすること自体経験がないのだろう、光宣君は顔を赤くしながらもチャレンジしてくれた。うんうん、こうやって少しずつでも慣れていこうね。

そして水波ちゃんはお口をもごもごさせていた。こちらはまだ勇気が出ない模様。緊張は解れたけど、これはまた別問題らしい。

慈愛に満ちた視線で光宣君を見ていたら、彼は少し躊躇しながら口を開く。

 

「僕は生まれつき体が弱くて・・・学校を休みがちなのでこうして年の近い人と話す機会が無くて」

 

ということは大人は慣れているけれど、同年代から下の若い人とは付き合いが少なくてどう向き合っていいかがわからないってことなんだろうね。確かに大人と子供じゃ話す内容も反応も違うから。

水波ちゃんはその話に同情的な視線を向ける。それを受けて、彼はちょっと寂しそうに笑ってから。

 

「でも今週は調子が良いんですよ」

 

彼にとっては体調を崩すことが当然で、調子がいい時が稀。だからだろう、テンションがちょっと高いようだった。

水波ちゃんに対しての反応は、いつもそうやって同情されてしまうことが心苦しいのか。

でもそれを隠すようにこうして大げさにテンションを高くして見せているのかもしれない。優しい子だね。あのお爺ちゃんの孫とは思えない。

 

「そうだ!皆さん、今日は泊って行かれるのでしょう?」

 

この言葉に、藤林さんと如何に自分が振り回されているかという話をしていたお兄様が反応した。

というかまだその話続いてました?そっちに参戦して否定したかった。

 

「ああ。近くに宿をとっている」

「うちに泊まっていかれないんですか・・・?」

 

光宣君・・・私たちが来た理由聞いてない・・・わけじゃないよね。

でもなんだろうね。耳が垂れてきゅーん、と鳴かれている感じがひしひしと。

恐ろしい。この子は天性の甘え上手だ。人をコロコロ自分の都合のいいように動かすことができる才能を持っている。

多分本気出したら何も言わなくても宗教作れちゃうタイプ。

 

「光宣くん、無理を言ってはダメよ」

 

お兄様が答えに窮していると、藤林さんが助け舟を出してくれた。

 

「そう言うのはもっと親しくなってからでないと」

 

・・・すごい。よくあのお願いモードの光宣君を抑えられるものだ。藤林さんは調教師の資格をお持ちです?

しょんぼり光宣君に申し訳なく思うけれど、流石に魔窟に何の準備も無しに泊まるのは怖いです。準備していたって怖い。

 

「それより、明日は光宣くんが達也くんたちをご案内してあげたら?」

「!ええ、是非!!」

 

だけどやっぱり最終的には甘やかしちゃうんだね。しょうがない。彼のお願いには逆らい難いから。

きっと普段からそんなに我侭を言って困らせるタイプじゃないんだろうな。

お二人が盛り上がってお兄様の返事を聞かずに予定が決定しそうになっている。

これはお兄様にも考える時間が必要案件と見ましたので時間を稼いでみよう。

 

「そんな、お手数でしょう?」

 

藤林さんの手前、少し反応に困って敬語で返してしまったけれど、訊ねられた光宣君は気にしてない模様。

お散歩いくのが楽しみなわんこ状態。張り切っている・・・これは断りづらい。

そして藤林さんからの援護射撃が入る。

 

「でも達也くんも深雪さんも水波ちゃんもこっちは土地勘がないでしょう?光宣くんは体が弱いって言っても病気になりやすいと言うだけで、五輪家の澪さんみたいに外へ出られないというわけじゃないから。伝統派の潜伏していそうな場所についても詳しいわよ」

 

お兄様が視線を走らせる。鋭く、射抜く視線にけれど藤林さんは怯まない。

初めからそのつもりだったのか、光宣君に外出の機会を与えたかったのか。

藤林さんの心裡はわからない。ミステリアス美女はそう易々と心を読ませてはくれないのだ。

 

「ええ、学校を休みがちな分、お爺様の仕事については兄さんたち以上に詳しい自信があります。司波さん――」

 

お兄様の中ではすでにガイド付きの方が歩きやすいか、と考えていたところに閣下の仕事について詳しいとくれば、天秤はメリットの方が大きく傾いたご様子。

ふっ、と小さく息を吐いて笑みを浮かべて応えた。

 

「達也で良い」

「私のことは先ほどの深雪で」

「水波とお呼びください」

 

水波ちゃんを便乗させるために改めて言えば、水波ちゃんは勇気を出して乗っかってきた。うん、この度胸が水波ちゃんのいい所です。水波ちゃんがんば!

お兄様がちらっと水波ちゃんを見たけど何も言わなかった。お兄様、本当に他人のこととなると鋭い嗅覚をお持ちです。

話はとんとん進み、光宣君がお兄様の仕事が伝統派の術者を探すことかと問うと、お兄様から大体そうだとの返答が。

光宣君も正確には違うという回答だと気付いたけれどそれ以上踏み込まず、お兄様の望むことだけを案内しようという決意が見られた。頭の回転も、空気の読み方も上手だ。

 

「でしたら、お役に立てると思います。伝統派の拠点が最も集中しているのは京都ですが、奈良にも主要拠点とみられるところが少なくありません。明日、ご案内します」

 

伝統派と言っても彼らは別に単一の組織ではない、各個が集まり連合となっている魔法結社。一枚岩ではない組織。

だからこそバラバラで絞りづらい。目的は一緒だから纏まっているだけの集団なのだ。

まあ、バラバラだからこそ綻びが出ると簡単に瓦解もするのだけど、切り離したら、したらしたでしばらくするとまたくっついて復活する厄介な属性持ち。

お兄様は藤林さんたちの提案に乗ることに決めた。

 

「ご厚意に甘えよう。光宣君、よろしく頼む」

 

お兄様の言葉に光宣君は明らかに喜びを見せ、周囲を苦笑させていた。

あの九島閣下の孫とは思えない、愛くるしさ。閣下もこの可愛さにやられたのだろうか。そう思わせるほどの魅力が彼にはあった。

 

 

 

 

(・・・そう言えば、お兄様の周りってMが付く人多いな)

 

入眠間際、持参したポータブル行火を抱えながらふと思いつく。

深雪ちゃんに水波ちゃん、今回の光宣君に、お母様と叔母様の深夜真夜姉妹。七草も真由美さんだし、渡辺佐先輩も摩利だね。吉田くんも幹比古、美月ちゃんもだ。ほのかちゃんはちょっと強引だけど光井だからギリ範疇?それがありなら壬生先輩だって入るよね。それからお兄様の周りってわけではないけど一条君だって将輝でMだ。

 

(・・・お兄様の名前、どうして達也なんだろう。TじゃなくてSであるべきでは・・・?)

(司波だからSはSか?シルバーもSだ・・・うん、お兄様はエスだ・・・)

 

「・・・寝ましょう」

 

だめだ。思考がおかしくなっている。旅行先だからかな。今すぐ寝た方が良い。私は寝ることに専念した。

 

 

――

 

 

翌朝、早い時間にホテルをチェックアウトして目的地へと向かう。

今日は動き回る予定なので深雪ちゃんには珍しいパンツルックだ。防寒というより風を防ぐのに優れたパンツ。そして動きやすさ優先。

おかげでちょっとぴったり目なのだけど、ロングニットでそこはカバーだね。

水波ちゃんも同じくパンツルックだけど彼女の場合体のラインを隠す余裕ある服だった。うん、実戦向き。何か仕込みがありそう。

荷物はすでに奈良駅に発送済み。こういうホテルのサービスはありがたいね。

こっそり四葉系列なので何かされる心配もない。こうやって四葉はいろんなところに根を下ろしております。奈良や京都は場所柄少ないのだけれど・・・恐ろしいったら。

昨日に引き続きやってきた九島邸にはすでに張り切って待ち構えている光宣君の姿が。

朝7時を回ったばかりだというのにすっきりお目覚めできている模様。調子がいいようでなにより。

微笑みかけると照れながらもはにかみが返ってきた。

ちょっとまだ慣れていないようで頬が赤くなるようだけど、こればかりは回数を重ねないと、彼であっても難しいらしい。

 

「おはようございます。朝食はお済ですか?」

「おはよう光宣君」

「大丈夫です。済ませてまいりました」

 

ホテルの朝食ビュッフェってちょっとした楽しみよね。その人の個性が出るっていうか。

お兄様はね、かっちり定食風に選ぶ。水波ちゃんはその土地にしかない珍しいものにもチャレンジ。私もその土地のものをチョイスするタイプです。

パンを選ぶ時はバターが美味しそうかどうかで判断。今日はパンにしました。流石四葉。バターへのこだわりも素晴らしい。好き。

安めのホテルでもこのレベル。でも以前泊った先生が予約してくれたホテルと種類は違っていたけれどこれまた高品質。・・・一体何社と契約しているんだろう。今度調べてみようかな。

光宣君が聞いてきたのは、もし食べてなかったら家でどうかってことだったみたい。気遣いが凄い。

光宣君も食べてきたとのことなのでこのまま出発することに。

原作で今度偵察予定の京都での場面では、深雪ちゃんの観光したいオーラによりお兄様が予定を変更してしまうことがあったけれど、お兄様を困らせることは本意ではない。

観光は好きだけれど、また別の機会に・・・って、深雪ちゃんにそんな機会は巡ってこないのかも。

次期当主として発表されたら当主になるまでに各地に挨拶には行けるだろうけど、視察と称してホテル回るくらい?

その時についでとして観光できればベストだけど、顔が売れちゃうとちょっとした外出も難しくなるよね。

四葉ってだけで警戒対象だし、狙われ放題だもの。

残念だけど、この時代実際観光しなくてもいくらでも観光した気分になることもできるから。やっぱり観光無しルートで行こう。

京都もそうだけど、この奈良でもね。私が観光したいオーラ出したら、もしかしたらここでもルート変更されちゃうかもしれないから。気をつけねば。

そう気合を入れてる間に準備が整って出かけることになったのだけど・・・光宣君、背後のリムジンがとっても似合うね。

お兄様と水波ちゃんもちょっと驚いている。

目立たない外出の予定だったからそう驚くのも無理はない。リムジンは、どうあっても目立つ。

だけど光宣君の様子に揶揄いや意地悪な気配は全くない。彼にとってリムジン(これ)は日常なのだ。

運転手のおじ様は、お付きの人ってこうだよね!というロマンスグレーの似合うおじ様でした。

この人も隙が全く無い。護衛も兼ねた運転手さんなんだね。今日一日よろしくお願いします。

車に乗り込んだところで光宣君の袖口からチラリとCADが覗く。

じっと見つめると彼も気づいたようで照れたようにはにかむ。

美少年の朝からの微笑み、眩しいね。キラキラ光線が出てる。水波ちゃんと一緒にまぶしー!と目を細めた。

 

「これですか?99個じゃ足りなくて・・・。類似の起動式を整理すればいいのはわかっているんですが、なかなかいい技術者が見つからないんです」

 

チラリともう片方の腕を翳してもう一つの腕輪型も見せてくれた。

その素晴らしい技術者はあなたのすぐ目の前におりますよ。私の自慢のお兄様なのですがね。

彼も似た悩みを抱えていたようだった。私にはお兄様が居たので整理も何もかもお任せしてます。

・・・一応自分でもこうした方が良いんじゃないかって相談することはあるんですけどね。

お兄様の方が大抵先に気付いてしまったりする。・・・私より私の魔法に詳しいお兄様です。

 

「両手でCADを操作するのは大変だったんですが、FLTが思考操作型補助デバイスを開発してくれたおかげで随分楽になりました」

「光宣君、FLTの完全思考操作型CADをお使いなのですか?」

「ええ」

 

そう言って今度は首にかけられたチェーンを他ぶり上げてメダル型のCADを私に見せてくれた。

おお。それは間違いなくお兄様の開発されたデバイスですね。今私の首にも、きっとお兄様の首にもかかっています。お揃いだね。

 

「この補助デバイスは素晴らしい製品です。これを開発したトーラス・シルバーは紛れもない天才ですよ」

 

あら、あらまあまあ。光宣君は興奮交じりに憧れだと滲ませて熱く語ってくれた。

こんな間近にご愛用者様がいたようですよ。お兄様を見たいけど、ここで怪しい動きは取れませんからね。

そうなんですね、と無難に微笑ましく見守った。

なんていうか背が高いけど手を伸ばしてでも撫でてあげたくなる愛嬌というんですかね。

このとってもいい子なゴールデンレトリバーを撫でてあげたい。でもまだ会って二日で撫でまわすのって良くないよね。我慢。

・・・違うよ。男の子を撫でまわそうっていう発想自体よろしくないですよ。気をつけねば。

それから移動にしばらく時間がかかるようで、光宣君から伝統派講座が行われた。

伝統派とは何か知っているかの問いに答えたのはお兄様だ。

旧第九研に参加していたものの、あてにしていた成果が得られず、研究所閉鎖後に逆恨みで流派を越えて無節操に結託した古式魔法師の集団だと。

・・・お兄様のまとめが皮肉に塗れてますが、この言い方が意外にも光宣君には受けたらしい。

概ね正解だと笑って答えた。彼も案外いい性格をお持ちのようだ。

そうだね、生まれる前から伝統派に迷惑を掛けられ続ける家に生まれて純粋な天使のまま成長するなんてあり得ないだろうから。

裏事情にも詳しい美少年・・・最強チートって性格も一癖二癖ないといけないって決まりでもあるのかね。あった方が安心ではあるのだけど。ただ純粋な子だと操られてお終いパターンだからね。

そこからお話は伝統派なんて名ばかりで、実態は『異端派』や『外法派』だと光宜君は言い切った。

九島家としてはかなり迷惑を被っているんだろうね。

古式魔法師は古くから権力闘争の陰で力を発揮していたのだというきな臭いお話に。

呪殺とか、まあ陰陽師とかそういうお話よく耳にするよね。

古くからそういう呪術とか信じられていたし、占術は武将たちがこぞって利用していたとも文献で残ってもいますしね。

光宣君は学校にいけない分、家にあるそういった記録に目を通して育ったみたい。

 

「少なくとも旧第九研に参加した古式魔法師がそう語っていたという記録は残っています。魔法で直接生命活動を停止させる文字通りの『呪殺』ではありませんが、幻覚により自殺に追い込んだり物質遠隔操作により刃物による自殺に見せかける術は実演の記録があります」

 

暗殺で証拠が出ない方法が一番だからね。魔法師はその界隈では重宝されたことだろう。

 

「・・・殺したのですか?」

 

水波ちゃんは四葉の教育を受けているけれど、中身は普通の女の子の感覚を持っている。それはとても稀有な存在のようにも思う。

清濁を飲み込めると言っても心までは染まり切っていない。

嫌悪を滲ませる彼女の手を取って両手で挟んで膝の上へ。

時の権力者と暗殺は切っても切れない関係だ。関西で古式魔法師が生き延びていた理由が歴史を思えば良くわかる。

でも、そんなこと心優しい女の子には関係ないのだ。

落ち着いて、とやんわり忠告するように、けれど安心させるようにと、ちょっと複雑な笑みではあるのだけど、眉を下げつつ微笑みかけると、水波ちゃんは気まずそうな表情に。

男子二人はこういうお話は割り切ってできるタイプ。

 

「記録が虚偽でなければ」

「水波、光宣君が命じたわけではない。その程度のことはわかるはずだ」

 

水波ちゃんは自分の発言が光宣君を非難してしまっていたことに気が付いて慌てて謝罪した。

過去のことを今更言ったところでどうにもならないのだから。

 

「申し訳ございません、光宣様」

「いえ、僕も無神経でした。ここで口にする必要のない話でしたね」

 

光宣君の口調にも若干の固さがあることから、彼は九島としての自覚があり、直接的に関係は無くとも自身の身内が非人道的行為を行っていたことに対する罪悪感を持っているのか。

ただ、水波ちゃんとの違いはそのことに囚われていないこと。ただ病気がちで家に籠っているというだけの男の子ではない、きちんと物の道理を理解している。

魔法力も高く、知恵も回る――これは閣下が惜しむはずだ。

これで健康であったならお兄様、一条君と並んで日本の守りとなっただろう。

爺ばかでなくともうちの子世界一!と思うほど、彼の能力は高い。だから余計に悔しいだろう。

閣下も、――そして何より、本人が一番、思うように動かない体を憎んでいるかもしれない。

光宣君の話が何処に繋がるかと言うと、時の権力者たちの手先になった者たちと、その争いに敗れそれでも力を捨てられず地下に潜り細々と生きてきた者たち――汚れ仕事を率先して行ってきた連中が母体となってできた集団、それが伝統派であり、かつての栄光に縋ったままだから京都、奈良という都から離れられないでいる・・・という纏め方だと私の邪推も混じっているかもしれないが概ねこんな感じだと思う。

そんなわけだから彼らの潜伏先は読みやすいらしく、元々所属していた正統派の拠点のすぐそば、裏側と呼べる場に居座っているのだとか。

 

「有名な寺院の近くということか」

「ええ、真面目な宗教家の皆さまには迷惑なことに」

 

二人が顔を見合わせて笑う。

その笑みは薄っすらとしていて今まで話した内容を纏めて浮かべたモノなのだろうけど、うん眼福!・・・じゃなかった。

性別をも超越する麗しい光宣君の笑みと、男臭いお兄様の笑みが類似性など全くないのにそっくりに見える。

まるで母とお兄様が揃った時のよう。

彼らの心が通い、共通の認識を抱いたってことなのか。

・・・だとしてもいい光景です。眼福。心の中でしっかりと拝んでおいた。

今日の日程を概ね話してから奈良駅から帰ることを確認した光宣君は、ならば、と今日のコースを提案する。

 

「奈良で最も大きな伝統派の拠点は春日大社から少し奥へ行った所にあるのですが、奈良駅の近くですからそこは最後にご案内するとして、最初は葛城地方へ向かうことにします。奈良地方南部は伝統派も大人しい地域なのですが」

「そうだな。念のためだ、頼む」

「お任せください」

 

美少年の顔が今日一番に輝いた。

 

 

――

 

 

葛城古道に到着。のんびりしている時間はないのでリムジンで乗り付け、ロボットスクーターに乗ることになったのだけどここでひと悶着。

私と水波ちゃんに免許はないので当然相乗りをさせてもらわねばならない。

水波ちゃんが恐れ多い、と私に縋るがお兄様が水波ちゃんとペアを組むことはないだろう。

お兄様と水波ちゃんのガーディアン二人が纏まって護衛対象が離れるってことはまずないので。

というかお兄様が私から離れて、というのも想像がつかない。

頑張れ水波ちゃん。

 

「水波ちゃん、貴女は私のガーディアンとしてしっかりと務めを果たしてちょうだい。・・・これは修行だと思って」

「っ・・・はい!」

 

うむ。仕事モードに切り替えることで乗り切れる窮地もあるから。頑張って。スイッチを身に付けるのよ水波ちゃん。

 

「話は纏まったか」

「ええ」

 

そうよ、水波ちゃん。割り切るの。

目の前で水波ちゃんが光宣君の横であたふたとしているのを見守りつつ――

 

「深雪、そこでは手が冷えるだろう。俺に掴まっていると良い」

 

安全バーに掴まろうとしたらお兄様にその手を取られました。

横並びでどうお兄様に掴まれと?

 

「ほら、ちょうど帰ってきた彼らもああしているだろう」

 

・・・・・・ええっと、それは横を通り過ぎた、自分たちの世界しか認識できていないラブラブカップルさんのことでしょうか。

観光地に来ているのに景色を見ないでイチャイチャしていたようですね。今も二人の世界。安全バーなんて存在が無視されてます。

 

「カップルのようですが」

「誰も俺たちを兄妹だとはわからんだろうよ。それよりも深雪の手の方が大事だ」

 

確かに私たちを見て兄妹だとは思われないでしょうけれども。

でもダメもとでもう一度抵抗チャレンジを。

 

「あれではハンドル操作に支障があるのでは・・・」

「俺がそんなミスをすると思うか」

 

・・・思いませんねぇ。

無念だが作戦は失敗に終わった。

 

「光宣君たちが行ってしまうよ」

 

・・・水波ちゃんに言った手前、私が割り切れなきゃ見本にならないよね・・・。水波ちゃん、私、頑張るよ。妹を全うするよ。

 

「・・・失礼します」

「慎み深いのは深雪の長所でもあるが、それでは不安定だろう。もっとバイクの時みたいにしっかりと掴まりなさい」

「バイクほどスピードは出ないのでしょう?」

「お前には残念なことに、スクーターだからな」

 

なのに、抱きつくようにしろと。

 

「正直に言うと少しくすぐったいんだ」

 

・・・安全バーという選択肢、とちらっと見るけれどお兄様の視線がね。それはダメだって。

このまま擽っちゃおうかしら、と邪な考えが浮かぶけれど、すぐに逆襲の二文字が脳裏をよぎった。・・・大人しくお兄様の指示に従うしかないようだ・・・。

原作同様お兄様の腰に抱きつきながら目的地へと向かった。

前途多難の旅の始まりに、不安を抱かずにはいられなかった。

 

 

――

 

 

「深雪姉様・・・お守りできずに申し訳ございません。・・・私はガーディアン失格です」

「水波ちゃん、貴女は立派に務めを果たしているわ・・・私こそ淑女としてこんなに動揺してしまうなんて・・・まだまだだわ」

 

水波ちゃんと一緒に顔を覆いながら反省会。

その間お兄様と光宣君は目的をちゃんと果たそうとしていて、観光しているように見せかけて周囲を指差しながらこういうところに潜んでいる、一人いたら30人はいる――ってそれってGのお話?光宣君による九島家ジョーク??

でも二人して真面目なお顔。真剣に見える。とても素敵な見惚れたくなるほどの横顔。

周囲の女性陣のみならず男性たちだってちらりと横目でお兄様たち・・・というか光宣君だね、を見てる。

二人はスルースキルが高いから周囲なんて気にもしてない。

そんな、真剣に周囲を見学、観察している二人が話してることはGの根城や生態の話とは。

実は、この世界で私はまだGを見たことはない。あの恐竜の時代さえ乗り切った彼らだ。きっと生息はしていると思うのだけど・・・もしやお兄様がこっそり駆逐してるのかな。いや、HARがやってくれているのか。

どちらにしても彼らの存在を見ずに暮らせる生活は素晴らしい。

・・・思考が逸れたおかげで冷静さを取り戻し落ち着いてきた。

うん、過ぎたことは後悔するより次に活かしましょう。大丈夫。いくらでも挽回できる。

これもいかなることにも動揺しない立派な淑女になる修行。お兄様はいつでも高い壁として立ちはだかってくれているのです。期待に応えられるよう頑張りましょう。ファイト、私。

そして当然だけれどお兄様たちはGの話なんてしてなかった。冷静になれば光宣君がそんな冗談を言ってないことくらいわかったはずなのにね。

だけど二人のお陰で伝統派の印象がGになりました。とりあえず一人見たら複数人潜んでいる、と。目に見えるだけが全員ではない、ということは覚えておこう。

それから何か所かアジトらしいところを巡るのだけど、神社仏閣を巡って歩いているのでお兄様がお仕事中だというのにだんだん観光気分に。

清浄な空気っていうのかな。歩くだけで気持ちが良くなってくる。こんなに外を歩くのも久しぶりですしね。

気が付けばペアが入れ替わり、光宣君の隣にはまだ顔に赤みが差している水波ちゃんが。

頑張って光宣君のお話し相手を務めていた。光宣君、同年代とおしゃべりすること自体が滅多にないからしゃべるのが楽しいんだろうね。

水波ちゃんは聞き上手だし、二人の相性は初めから良いようだ。・・・今はまだ水波ちゃんはテンパってるけどね。

そして私の隣には自然とお兄様が。

観光スポットですから人が多いということもあり、腕を絡ませカップル偽装中です。

歩くガイドブックと化したお兄様から解説をいただきながら見て回っているのだけれど・・・これ、普通に観光と言いませんか?

心が躍るくらい楽しんでしまっているのですけどよろしいのでしょうか。

 

「うん?そろそろ疲れたか?」

 

不安に思っているのに気づいたのか、お兄様からすかさずお声が。

このように気にかけてもらえることが嬉しいけれど、邪魔してしまっていないかしら。

 

「いいえ、疲れは感じていないのですが、その・・・お兄様は調べものをされているというのに、横の私は楽しんでしまっていて・・・なんだか申し訳なく思えて」

 

小さな声で俯きながら答えると、お兄様は私の髪に触れ、耳にかける。

そしてむき出しになった耳に顔を寄せて囁いた。

 

「いいんだよ。お前が楽しんでくれることが俺には一番大事な任務だ」

 

甘く響く言葉に顔に熱が集まるのを感じるけれど、お兄様任務間違ってますよ。

お兄様の任務は周を探すこと。その手掛かりとして伝統派のアジトを見て回ることでしょう。

そんな私の心を読んでか、お兄様は苦笑して。

 

「正直ここには雰囲気を掴みに来た程度だからな。資料からもそうだが、どうにも奈良に潜伏している可能性は低いと思う。だが伝統派の隠れ家がどのようなものなのかは見る見ないで違うだろうからな。本丸を見つけるためにも、まずはどんなものか感じるだけでも違うだろう」

 

だからそこまで血眼になって探すこともない、と。

・・・確かにここでの散策は大した収穫は――あ、一つだけ、ありましたね。

 

 

――

 

 

「司波さん!?それに、司波君も・・・。まさか、こんなところで会うとは」

 

高鴨神社の境内で掃き清めている青年――眼鏡はされていないけれど、司先輩ですね。

それにしても原作ではお兄様しか話しかけられていなかったはずだけど・・・と思ったが、私が隣にいては先にこちらに視線が来るのはおかしなことではない、か。

お兄様の腕をスッと離して軽く頭をお兄様に向けて下げ、先輩にはしっかりと一礼してから水波ちゃんの元へと下がる。

お兄様からも引き止められることは無かった。

 

「あちらの方は」

「昨年まで一高に通われていた先輩です。諸事情があってお引越しされたと聞いておりましたが、このような偶然もあるのですね」

 

光宣君の質問に応え、水波ちゃんがあの件か、と若干目が鋭くなった。彼女には事件の概要を教えているからすぐに分かったのだろう。

でもそんな怖いお顔しなくても大丈夫だよ。先輩は操られていただけだから。

落ち着いて水波ちゃん、と手を握れば驚かれたけど振り払われることはなかった。ちょっと恥ずかしそうではあるけれど。可愛いね。

それをじっと光宣君が見つめているので、調子に乗ってみた。

 

「光宣君も?」

 

ちょっと茶目っ気を出して手を差し出してみる。三人仲良くお手手繋いでもいいのよ、と。

光宣君は目をぱちくり。そんなつもりで見つめてたわけじゃなかっただろうからね。でも女の子に恥をかかせるようなタイプじゃない彼はその手を取らないという選択肢は無かったようだ。

それでも緊張しないわけではないのだろう、おずおずと手を伸ばして触れた。

 

「・・・あら?」

 

珍しくて思わず声が出る。

すると共鳴したかのように水波ちゃんと光宣君が首を傾げた。同じ方向でシンクロして可愛らしい。ってそうじゃなかった。

 

「いえね、水波ちゃんと私は冷え性だから手の温度がほとんど変わらないのは知っていたのだけど、光宣君も同じくらいだったから」

 

勝手に光宣君もお兄様と同じくらい温かいと思い込んでいた。

滅多に触れる機会が無いのだけど、男性って結構手が温かいイメージ。

 

「そう、なんですか?あまり握手する機会もないので比べることができないのですが」

 

おおう・・・ここでも人と関わらないできた過去がぶっこまれてくる。

なんていうか、光宣君も薄幸の美少年を地で行くよね。儚い笑みがサナトリウム系美少年。

お兄様も不幸の星のもと生まれているけど、お兄様の不幸はお兄様に近づかないと触れることもできない。

年齢を知り、落ち着き過ぎているところや、戦闘慣れしているところから察することはできるだろうけど、お兄様と光宣君はタイプが違う。環境が全く違うのだから当たり前だけれどね。

光宜君は薄幸、多少幸が見えるけどお兄様には薄幸どころか幸は何処状態。

・・・何で神様はこんなにお兄様に手厳しいのか。苦労したらそれ以上の幸せが無いと天秤がおかしくなるでしょう?

もしお兄様の幸せが特殊な魔法と妹だというのなら、絶対にお兄様を幸せにしてみせるんだから。

でもその前にこちらにもお裾分け。

 

「多分二人の温度も変わらないはずよ。水波ちゃん、手を出して」

「え、ええっ?!」

「だって気になるんだもの」

 

水波ちゃんが瞬間的に真っ赤になったけど、無邪気を装ってお願いしてみる。・・・水波ちゃんを困らせたいわけじゃない。完全に無いわけじゃないけどね。慌てる水波ちゃんも可愛い。

だけど一番の理由は――同年代の触れ合いは成長に欠かせないと思ったから。

お兄様がそうだったように、きっと光宣君にだってこうした触れ合いは必要なはずだ。

 

「だめ?」

 

お兄様直伝のおねだりに、水波ちゃんはしばし葛藤の後、小さな声でどうぞと差し出した。

うん、ぷるぷるしてる。その様子に光宣君は口元を綻ばせながら手に取った。

一生懸命な子を見るとほっこりするよね、分かるよ光宣君。

 

「本当だ。深雪さんの言う通り、ほとんど変わりないですね」

「でしょう」

 

小さな発見だけどこういうのって共有すると特別感がある。

 

「お兄様はとても温かいから機会があったら試してみて」

「それは、気になりますね。機会があったら是非」

 

光宣君とにこにこ笑い合って、次いで困っている水波ちゃんを見て光宣君がちょっと可哀想になったのかな、困り顔。

美少年の困り顔も麗しい。宗教画とかでありそう。・・・光宣君を見たらどんな画家も彼を題材に描いただろうな。

 

「面白い体験ができたわ。水波ちゃんも光宣君もありがとう」

 

そう言って離そうとしたら、

 

「三人とも何をしているんだ?」

 

司先輩とお話していたお兄様が戻ってきました。

単純な疑問のようで非難しているような色はなく、おかげでこちらも気まずさを覚えずに済み笑顔で迎え入れる。

 

「三人で仲良くしておりました。――お兄様もいかがです?」

 

さっそく来たチャンスに光宣君をちらっと見ると、彼も目を輝かせていてすぐに手を離して三人で作った輪をお兄様の分開ける。

流石にここに加わることは想定していなかったようで目を開閉させていたけれど、私が期待に満ちた目で見ていることに気付いたお兄様は暫し間が空いたものの、私と光宣君の間に入って四人の輪を作ってくれた。

 

「わ、本当だ」

「なんだ?」

 

光宣君があげる嬉しそうな声に、お兄様は眉を顰めたけれど気分を害したようではない。

光宣君に悪意がないことが分かったからだろう。

だから光宣君も臆面もなく答えた。

 

「深雪さんから、達也さんの手は温かいと伺っていたので」

 

つい声を上げてしまいました、と照れたようにはにかむ美少年の美しさよ・・・。あまりの眩しさに目がつぶれるかと思った。

光宣君、ぴゅあっぴゅあだね。国宝級の純白さ。驚きの白さだ。

お兄様もたじたじだ。どう返すべきか考えあぐねている。何と珍しい光景か。

この一部始終を収めた動画が欲しい。あそこの防犯カメラの映像買い取れないかな。

 

「ふふ、確認もできたことですし、先に進みましょうか」

 

いつまでもここでこうしているわけにはいかないし、と言えば惚けていた水波ちゃんがビクンっと震えて手を引っ込めてしまった。

どうしたのかと思えば周囲からの視線に気づいたらしい。

道の端っことはいえ絶世の美少年と美少女含めた四人がお手手繋いで微笑み合ってる空間を誰もが無視できなくて立ち止まってしまい、渋滞が起きていたのだ。

水波ちゃんはこんなに注目を浴びていたというのに惚けてしまっていたことに、恥じ入ってしまったようだ。

そして職務放棄していたという事実にショックを受け、暗い空気を背負い始めた。これは良くない。

水波ちゃんが職務放棄していたんじゃなく、私が巻き込んだことだから。

 

 

――

 

 

捜索再開と歩き始めたお兄様と光宣君の後ろで落ち込む水波ちゃんにこっそり話しかける。

こういう時は下手に慰めるより、別の話題で気を紛らわせた方が良い。

 

「ねぇ、水波ちゃん。光宣君のとこ、どう思う?」

「っえ!?ど、どう、とは?!」

 

あら、予想以上の反応。でも女の子だったら普通こうなっちゃうんだろうな。見惚れて立ち止まる女の子たちをチラ見しながら頷いてしまう。

彼の美しさはすべてを魅了する。思考を奪う暴力的な美しさ。

水波ちゃんが戸惑ってしまっているので、まずは私から。こういうのは言い出しっぺが言わないと難しいよね。

 

「私はね、とても寂しそうに見えた」

「!!」

 

視線を水波ちゃんからお兄様の隣を歩く真直ぐと、しゃんと伸ばされた背を見つめて言った。

水波ちゃんは突然の言葉に驚いたようだけれど、すぐにその表情は引き締めて。

次いで眉が顰められ、心配そうに揺らぐ瞳が同感だと伝えてくる。

 

「勝手な話だけど、同情しているんだわ」

 

環境に、境遇に、――彼の孤独に。

 

(でも、私はそれ以上に、感じてしまっている――彼の、傷つき痛いと上げる悲鳴が聞こえるよう)

 

多分、彼の内包されているとてつもない想子量だったり魔法力だったりが尋常ではないのだろう。

パラサイトほどではないにしろ、わずかにあの波動のように伝わってくるものがあるのだ。

やはり、お兄様の言うように私の力は原作の深雪ちゃんを上回っていて、封印を解いていない状態だというのにこれだけの感受性を発揮してしまっている、ということなのか。

この辺りの深雪ちゃんの心情は描かれていないのでよくわからない。

 

「だからってこっちの感情ばかりを押し付けるのは良くないと思うから、彼の方から歩み寄れるよう、水を向けられたらなと動いてしまうみたい」

 

余計なお世話かもしれないけれど、と。

光宣君の反応を見て思う。彼は同情され慣れている。

だから本人にとって同情なんて、もううんざりなのかもしれない。

だけど人から気にかけてもらえること自体を否定したいわけでもないようで。・・・難しいよね。人の心というのは。

 

「・・・深雪姉様は、いつもそうですね」

「?何のこと?」

 

ふ、と水波ちゃんの表情が曇る。

 

「必ず、相手の意思を尊重される、ということです」

「それは、何かいけないこと?」

 

人とコミュニケーションを取る際、うまくいくコツは自分の意見ばかりを押し付けないことだと思っている。

主張の苦手な人には手を引いてあげる強引さも時には必要だけど、そこに自分はこうだからこうしろ、とはしてはならない。

価値観の共有はあっても押し付けであっては相手の個性を尊重することにはならないから。

 

「私のような使用人には必要ないことです」

 

あー・・・、そういうこと、か。

水波ちゃん、初めの時は戸惑っていたっけ。

だけど、勘違いをしている。私は主人として、それを否定しなければならない。

 

「私、水波ちゃんには押し付けてるつもりよ」

「え、・・・?」

「強制的に私のやり方を受け入れなさい!って。――初めに言ったでしょう、心を許せるような関係になりたいと」

 

使用人と思って押し付けたつもりはないけれど、これから私の傍で一緒にいてもらうのだ。心を通わせられるパートナーであってほしかった。

水波ちゃんにとって初対面の時点で意思を尊重しているように映ったようだけれど、それは大いに誤解というもの。

納得のいっていない水波ちゃんが顎を引いて、言葉を重ねる。

 

「・・・それでもあの時、深雪姉様は私の意見を聞いてくださいました」

「選択肢に自由のない意地悪な問いかけをね」

 

逃げ道が無いように。

選択肢を与えているようで、実質彼女は首を縦に振る以外の道はなかった。

 

「・・・・・・」

 

沈黙が流れる。

彼女の足取りがだんだんと重くなっていく。重い枷を嵌められているかのよう。

 

「我侭を言って、水波ちゃんを困らせたわ」

「・・・そう、ですね。あの時は、とても戸惑ったのを覚えています」

 

さらに落ち込んだように俯く水波ちゃんに、やっぱりあの時とんでもなく困らせてたんだな、と改めて実感する。

申し訳ないな、と思う。けれど、それからの水波ちゃんとの生活が楽しくて、私は水波ちゃんが心を許してくれているんだな、という気になっていた。

こうやって自分は使用人だ、と仕切りを用意する水波ちゃんにとって私は仕える主人であって、友人のような関係ではないのだと改めて思い知らされる。

そのことは寂しいけれど、この区別は確かに必要な区別。受け入れなければならない立場。

私は、四葉家次期当主だから――

 

 

「――でも、嫌だと思ったことはありません」

 

 

拳を握ったところで耳に入った言葉は、直前の力ない声とは違っていた。

ばっと顔を上げて、水波ちゃんは強い視線で私に訴える。

 

「やはり私の考えは間違っていないように思います。――私の主人は、優しすぎます。見ているこちらが心配になるほどに」

 

感情を表に出さないよう無表情を心がける彼女には珍しく、口角を僅かに上げて。

 

「・・・優しいと、心配になるの?」

「なりますとも。それはきっと、達也兄様も同じかと思います」

「お兄様も?」

 

何故ここでお兄様が出てくるのだろう、と首を傾げると水波ちゃんは目を細めた。

仕方のない主に諭すように。

 

「押し付けとおっしゃられるそれらは、私にとってどれも都合のいいものばかりでした。私は『主』にお仕えするのだと、自らの仕事に誇りをもって完璧に熟すことばかりを考えておりました。そこに『主』の意思など考えもしませんでした。

『主』が快適に過ごせるよう場を整える。それが私の仕事であり、命じられるままに動く。それが私の仕事だと。

けれど、深雪姉様を『主』としてお仕えするようになって、その考えは変わりました。

人にばかり優しい主は自身には無頓着に見えて、何をすれば喜んでもらえるのか、どうすれば悲しませることなく過ごしていただけるか、どのようにすればお支えできるのか。・・・深雪姉様のために何をしたいかを考えるようになりました。

これは以前の私には到底考えられない変化です。『主人』のためどう動くか、ではないのです。貴女のために何ができ、私が何をしてあげたいか、を考えるようになったのです」

 

この二つは、明確に違います。そう言って水波ちゃんは足を止めた。

釣られて私も足を止める。

一歩離れた距離で向かい合う形になった。

 

「私は、使用人の身でありながら、毎日が楽しい、と感じております。お仕えできることが嬉しい、と。それは、深雪姉様が心を砕いてくださるから、その気持ちに応えたくなるのです。――改めて、貴女様にお仕えできることに感謝を。そして、できることならばこのまま未来永劫貴女様のお傍に置いていただければと、そう願います」

 

最後の締めくくりに、浮かべられる笑みはとても綺麗な、強い意志を宿した微笑みで。

胸のぐっと迫るものがあり、目頭が熱くなる。

 

「・・・水波ちゃんにプロポーズされちゃった」

 

水波ちゃんによる突然の告白に顔を淑女の仮面が剥がれ落ち、顔を覆ってしまった。多分今は耳まで真っ赤だ。

おかしい。私が水波ちゃんに光宜君のことを訊いて慌てふためいてもらうはずだったのに。

顔を両手で覆ったまま呟かれた声はとても小さかったと思うのだけど、目の前の水波ちゃんにはばっちり聞こえていたようで、彼女の跳ね上がった気配を感じた。

 

「え・・・ええっ!?あ、あの!そ、そんなつもりではなくっ!で、でも間違ってもいないような・・・?いえ!やっぱり違います!誤解です!!」

「――何を話しているんだ?」

 

バタバタと目の前で手を振っては否定している水波ちゃん。

きっと可愛いけれど、それを眺める余裕はない。

そこへ少し先を行っていて離れていたお兄様たちが戻ってきた。

そこには顔を覆って俯いている私と、さっきまで素敵にカッコよく決めていたはずの彼女が混乱しておろおろしている姿。

これだけ見たら何が起きたかわからないだろう。

そこまで大きな声ではなかったはずだから内容は聞こえてないと思うのだけど、お兄様の耳は特別製ですからね。

 

「その、何かあったのですか?」

 

光宣君も心配して声を掛けてくれる。優しい。

 

「・・・水波ちゃんからお話を聞いて嬉しさのあまり、つい。申し訳ございません」

「嬉しい話が、水波からのプロポーズだと?」

 

ぼかして言ったのに、お兄様が詳しく、と言及してくる。

水波ちゃんが更に小さくなってしまった。

 

「え、ええっと・・・プロポーズとは、確か結婚などの申し込みをされる言葉を指すものかと・・・」

 

思うのですが、と。うん、光宣君、戸惑い混乱してるけどその認識は間違ってないよ。

というかお兄様、私の小声のつぶやきの方をよく拾えましたね。

 

「ご、誤解です!私はそんなつもりではなく、」

「プロポーズには、申し込み、という意味もあるのだから、間違ってはいないでしょう?――水波ちゃんが、今後も一緒にいたいって言ってくれたんです」

 

ちょっとまだ熱い頬を押さえながら、水波ちゃんに訂正を入れて、お兄様に解説をする。

お兄様は初めからわかっていたのだろう。

そんなことだろうと思った、と私の頭を撫でる――というか押さえつけられている気がするのは私の被害妄想か。

 

「本当に、深雪は水波がお気に入りだな。だが、あまり水波にかまけてばかりいると、また水波を困らせることになるぞ」

「う、それは気をつけます」

 

水波ちゃんを構いすぎて真っ赤にさせたり怒らせたりしているのは私です。気をつけます。

水波ちゃんも徐々に落ち着きを取り戻したのか、騒がせたことに謝罪した。

私も同罪なので頭を下げる。お兄様の手から解放された。

 

 

――

 

 

 

変なところで時間を費やしてしまった。ただでさえ時間がないのに。

境内からまたロボットスクーターに乗り、次の場所へ移動する。

当然のようにまたお兄様の腰に腕を回させられて。

 

「司先輩はお元気そうでしたね」

「そうだな。でも、もう司ではなく鴨野に戻ったらしい」

 

話題は偶然再会を果たした先輩の話に。

先輩の最後に見た顔は憔悴した顔だったので、あまりに印象が違っていて声を掛けられた時、一瞬誰かわからなかった。

良い方向に変わられて、穏やかな文系青年に。環境が彼に良い変化を与えてくれたようだった。

 

「・・・あれだけのことがあったのですから、戻られた、ということでしょうか」

「今はこちらで修行されているそうだ」

 

細かく省いた説明だが、お兄様の声は軽やかに聞こえた。

 

「――よろしゅうございましたね」

「うん?」

「先輩は、あのまま魔法を厭う暮らしをされる可能性もあったはずです。ですが、その道を選ばれなかった。目を逸らすのではなく、正面から向き合う選択をなさったのですね」

 

その選択は簡単なものではなかったはずだ。

魔法での洗脳、近しい人からの裏切り。自分を利用するために親に近づいた可能性も、きっと彼を苦しめたに違いない。

 

「そうだな。――いつか禊が済んだら謝罪に来る、とも言ってた」

「その時には、何か用意したいですね。新しい門出のお祝いに。その時はお兄様、一緒に選びましょうね」

「ああ」

 

今回の旅で一番の収穫――それは、道を外れかけた魔法師が魔法を捨てることなく正道へと戻ろうと努力する、彼の姿――未来に進むその姿勢。

お兄様にとって自身の魔法は呪いそのもの。この呪われた力も、いつか呪いが解ける日が来るのでは、と希望を抱かせるエピソード。

これは小さな希望のかけらかもしれないけれど、それがお兄様の心の清涼剤となるのであれば、この出会いは良いものだったのだろう。お兄様の心を晴らしてくれる一筋の光。

お兄様はとても穏やかに微笑まれていて、絡ませていた腕にも力が籠る。

すると、まさかのこのタイミングで私のお腹が鳴った。

この雑音の中、いくら至近距離とはいえ音は聞かれなかっただろうけれど、触れているのだから奇妙な振動は伝わってしまうわけで。

羞恥のあまり顔を伏せてお兄様から離れようとしたのだけれど、お兄様の動きの方が早かった。

腕ごと抱き寄せられて耳元で囁かれる。

 

「可愛らしいアラーム音だったよ。恥ずかしいだろうがむしろ教えてくれて助かった」

 

ううっ・・・ばっちり聞かれてた・・・。

お兄様の地獄耳・・・。羞恥で体を縮こませるとお兄様にさらに抱き込まれた。

 

「俺はその辺の感覚が鈍いからすっかり昼を回っていることに気付かなかった。一度休憩を挟まないとな」

 

お腹が鳴ってしまったことは十分に恥ずかしいことだけど、更にお兄様との距離が近すぎることも恥ずかしい。

ダブルでどっちも恥ずかしい。耐えられない。もっと深く頭が下がってしまう。

そこにお兄様が畳みかけるよう追撃を仕掛ける。

 

「水波のプロポーズにはそこまで恥ずかしがっていなかっただろう?」

 

甘く、囁くように。それだけで体温が上昇した。

身じろぎをするも、お兄様の腕は外れない。それどころか密着面が増えたことで動くことも封じられる。

 

「あれは嬉しさが溢れたのであって恥ずかしかったわけでは・・・」

 

何とか言葉をひねり出すのだけれど、それは悪手だった。

 

「俺も同じように告白したら、深雪は喜んでくれるか?」

 

(――ちょっと、待ってほしい)

 

走行中にお兄様が仕留めにかかってきます。何を?私の命を。

息の根が止まってしまいます。それ以上はお止めください。

 

「・・・供給過多です」

 

これ以上は受け付けておりません。本日は営業を終了しました。

もう許容量がパンパンで苦しい。

萌えはいくらあってもいい。それは同意するけれど、その日摂取できる量は決まっている。上限を越えたらたとえ良薬だって毒になるのです。

お兄様の腕の中、震えながら訴える私の言葉にお兄様はふむ、と頷いて。

 

「では後日、日を改めてチャレンジするか」

 

だって。

・・・お兄様に心臓を止められる日も近いかもしれない。

 

 

――

 

 

「すみません、僕もお昼のことをすっかり忘れてました」

 

そう言って光宣君に案内されて着いたのは、個室完備のちょっとお高いお店でした。

言われてはないけれど、多分私と同じ理由かな。

防犯もかねてという理由もあるだろうけれど、光宣君も大変見目麗しい。

ここまでずっと視線に晒されてきたこともあったので、人目を気にしなくていい空間で休憩したくなる時もある。

いくら仕方のない、と諦めていても四六時中誰かに注目されっぱなしというのは疲れるというもの。この身体に生まれて初めて知った新事実。

光宣君は体調のこともあって外出は少ないだろうけど、その分たくさんの人たちからの慣れない視線に晒されるわけだから精神的疲労が多いかもしれない。

ランチ時だからコースではないメニューを選んで待っている間、話題は伝統派のことではなく、学校のことについてだった。

光宣君、高校の学校生活に対して憧れが強かったらしい。小中も残念ながらほとんど登校できず卒業したのだとか。

大人たちも慰めからか身体が大きくなったらきっと大丈夫と励まされ、自身も期待していただけに現在高校生になってもほとんど通えていないことが残念で仕方が無いようだ。

一学期も合わせてひと月くらいしか行っていないんだって。しかも保健室登校もあったのだとか。

授業は問題無いそうだけど、学校で親しいと言える人が居なくて寂しいみたい。

だから私たちの学校生活がどんな感じか聞いてみたかったのだということなのだけど・・・。

うーん、どんな感じか、かぁ。説明が難しいね。

お兄様も水波ちゃんもどう説明したらいいか考えあぐねている様子。

 

「あ、その・・・話しづらいのであれば」

「そういうわけじゃないんだが、俺たちの場合、光宣君が期待している話ができるかが心配でな」

 

光宣君がお兄様の言葉に首を捻っているけれど、そうなんだよね。

私たちの学校生活は普通というにはちょっと色々とおかしな点がある。

授業を受けて友達とお昼を一緒にして生徒会活動に精を出して帰宅して。

それだけ聞けば普通の学校生活と言える範囲だ。

学校に行って皆と授業を受けて、教え合ったりしてお昼をおしゃべりしながら食べて、と。

していることだけを聞けばごく普通の学校生活に聞こえるだろう。

しかし、そこに周囲からの反応だったり、集中する視線の意味だったり、生徒会選挙でどのようなことがあって生徒会長に選ばれた、とか、お兄様が学校でどのように慕われているかとか、水波ちゃんが同級生や先輩たちから色々と聞かれて大変だ、なんて話をしようものなら、どうして?となるわけで。

詳しく説明するとなると、あのエピソードだったり本の説明が無ければ話が繋がらない。

別段話したところで光宣君が誰かに言いふらすこともないだろうし、知ったところでどうというわけでもないのだけど・・・自分たちの口から説明するのはかなり恥ずかしい。

入学直後の騒動の内容をオマージュして小説が出ました、なんて。いじられネタである。

それに、きっと彼が聞きたいのって変わった学校生活のエピソードじゃなくて、どう一日を過ごしているかというごく普通の、日常生活だと思うから余計な話が付属で付いてくる私たちの学校生活の話をこの短時間で伝えきれるかと言われると・・・色々と伏せて話さなければならなくなるわけで。

伏字ばかりの話って気になるし、変に隠されてる感が更なる疎外感を生むよね。

そういった要素を外して説明するとなると授業内容だったり、どんな部活があるかくらいしか説明できない。

それじゃ学校説明会と何も変わらない味気ない話になってしまう。

きっと彼が聞きたいのは憧れの学校生活がどんな感じかを知りたいのだろうから。

私たちの話を聞いて、追体験のように、学校を感じたいのだろうから。

もし、それならば――古のコミュニケーションツールが役に立つかもしれない。

少し目を瞑ってシミュレーションをしてみる。

 

(・・・意外と、良いアイディアかもしれない)

 

 

――

 

 

「光宣君。もしよかったら、の提案なのだけど――交換日記って知っているかしら?」

 

前世から引っ張り出した知識に、光宣君のみならず、お兄様と水波ちゃんもピンときていない様子だった。

集中する三人の視線を感じながら、すまし顔でお吸い物を一口。・・・すっごく美味しいね、香りが物凄く良い。

 

「交換、日記、ですか?・・・日記を交換するんですか?」

「ええ、そう。一人書いたらグループ内で回して次の人が書いていく――文字通り交換して順番に日記を書いていくの。人が書いた日記に、楽しそうだね、とか大変だったね、とコメントを添えながら会話形式にしていくのも醍醐味の一つね」

 

どうやら興味を引くことはできたらしい。光宣君の目には好奇の色が浮かんでいた。年頃の少年にしては珍しく隠しもしない。

もしかしなくてもこの短時間でだいぶ気を許してもらえているのだろうか。案外チョロインさん枠です?

 

「それは、メールのやり取りやチャットとは違うんですか?」

「メールだとラリーのように返さないといけないでしょう。これは日記だから、あった出来事を順番に交換していって、共有するっていう楽しみがあるの。別に毎日する必要は無いわ。特に決まり事も無い。

今日は何もなかった、と書いたっていい。一日中暇だった、とかね。その時思ったことを綴るだけでいいの。

要は、話題の共有が目的でね。もし空白が気になるなら、質問したいことを書いたりとか、自分の興味のあることを書いて、皆に感想を求めたりというのも有りだと思うわ。

どんなことをした、それに対してどう感じた。それを繰り返していけば、相手がどんな人かがわかってきて仲が深められる、という一つのコミュニケーションツールね」

 

メールでのやり取りも、電話でのやり取りもそれぞれの良さがある。

だけどこの二つに共通するのはその場でのやり取りで終わってしまうこと。残る余韻が少ないのだ。

その点提案した交換日記は一晩自分の手元に置いて、皆の意見をしっかり読み込み、相手が何を思うかじっくり考える時間があって、自分の考えを纏めて、次の日自分の周りで起きたことを書いて、皆がどう返してくれるかをワクワクしながら次の人に回す。

その間色々書き換えることもできるし、日記に書くためにいつもと違う行動を取ってみたりする変化も起きるかもしれない。

端末上で一瞬にして共有できてしまうこの時代。便利だけれど情緒を味わう間というものが無い。

何もかもその場で即共有が全てではない。

ゆっくりと時間を掛けてその日一日、どう過ごして何を思ったか。その為人を知りたいのであって、何をしたかの報告書が目的ではないのだ。

それを説明すると、光宣君は先ほどよりもかなり興味津々になったみたい。キラキラお目目もそうだけど彼の腰の辺りにもっふもふの尻尾が大きく揺れ動いているのが幻視できますね。

 

「別に心を全てさらけ出せということではないの。書きたくないことまで書くことはない。知ってほしいこと、聞いてほしいことだけで十分。――想いを綴るってね、それだけでその時の感じたことを形にして、気持ちの整理がついたりするの。自分でも言葉にしてみて初めてはっきりすることもあるのよ」

 

言葉にしようとしたことで初めて気づく自分の思いもあるだろう。

 

「僕は日記とか書いても書くことが無かったので・・・深雪さんのお話はとても興味深いです」

 

おっと、相変わらずぺろっとなんてことないように闇をぶっこんできますね。

同情を引くためではなく本気で思ったことを口にしたら闇でした、っていう。

 

「よければやってみない?」

「・・・いいんですか?僕は、その、書けることがあまりないと思うのですが」

「さっきも言ったけどその時は、質問したいこととか、自分の好きなことを書くのも手だけど、もっと単純に今日の天気とかでもいいと思うわ。地域が違うからこちらには新鮮だったりするだろうし。あとは何を食べた、というのも十分日記になると思うわ」

 

九島家の食卓?やだ、とっても気になる。

これ、情報漏洩で光宣君怒られたりしないよね。

光宣君は書くことが無いと落ち込んでいるけれど、学校生活だけが全てではない。体調管理だってなんだっていいのだ。その時の気持ちが書かれていて、共有することができれば。

何を思い、何を感じ、どう過ごしたのか。

 

「そんなことでもいいんですか?」

 

目を見開いて驚く姿も美少年、間抜けには全く見えない。美人さんな上に可愛らしい。

 

「むしろ何を食べたかは気になるわ。昨日いただいた夕食とても美味しかったもの」

「深雪は深窓の令嬢に見えて、料理が趣味なんだ。他にも裁縫とかな。物を作ることが好きでな」

 

おや、今まで黙ってお話を聞いていたお兄様が参戦してきました。

でも深窓の令嬢に見えて、って・・・ガワが深雪ちゃんだけど中身が庶民と言われているようで内心ドキドキする。

お兄様にそんな意図が無いことはわかっているのだけれどね。日常お嬢様然として擬態している身としては狼狽せざるを得ない。表には出さないけど。

 

「料理、をするんですか?」

「ええ、水波ちゃんも上手なのよ」

「み、深雪姉様!」

「へえ。料理をするって珍しいと思うのですけど、お二人は凄いですね」

「わ、私は全然すごくなんて!深雪姉様の足元にも及びませんっ」

「それは流石に言い過ぎだな。水波の料理も十分だろう」

「十分どころか、お店を開けるレベルですよ」

 

お兄様の言葉に付け足せば、水波ちゃんは必死に否定し、私とお兄様が微笑ましく見守り、光宣君が素直に感心して、と賑やかな空間に。

和やかな、楽しい時間だった。

食事も九島家の通うお店だけあってとても美味しかったことをご報告いたします。

 

「もし皆さんがよろしければ、やってみたいです。その、交換日記を」

 

デザートを食べながら、光宣君は恐縮しながら言った。

 

「提案したのは私だもの、私はぜひ参加するわ。お兄様はいかがです?一言コメントを添えるだけでもしていただけると私は嬉しいのですが」

 

お兄様はお忙しいので。それに、お兄様が日記を書くと――

 

「そうだな。俺が書くと恐らく業務報告みたいな形になるだろうから、コメントだけでいいのなら俺も参加しよう」

 

ですよね。なんとなくわかってました。でも参加してくださるんですね。嬉しいです。

 

「水波ちゃんは――」

「わ、私もコメントがいいです!」

 

お、断られなかった。・・・これは脈ありってことでいいのかな?心の中の恋愛センサーが微かな乙女心を感知している。

でもね。

 

「あら、水波ちゃんが一年生のクラスでどんな感じで過ごしているか、私も気になっているのだけど。光宣君も同じ一年生だし、一高ではどんな授業内容なのか、というのも興味深い内容になるんじゃない?」

「そうですね。もし教えていただけるなら。学校は違えど同じ一年生ですから」

「・・・・・・わ、私でよろしければ・・・」

 

うふふ。水波ちゃん陥落。

光宣君も罪な男の子ですよ。アシストしたとはいえ見事ゴールを決めてくれました。

これで水波ちゃんとの交流が定期的に続けられるね!

いつか――もし、この後光宣君が思いつめるような事件が起きたら、原作通りパラサイトとなってしまう時が来るかもしれない。

私は悩んでいるなら話を聞いてあげたいと思うけれど、人間を止めるな、と説教をするつもりはない。

魔法師として生まれ、最強と呼べるだけの力を持っているにもかかわらず、その力を持て余し発揮できない体に対する絶望は、きっととてつもない苦しみだと思うから。

それを一生背負って人として生きろ、と言えるほど、私は彼の人生を背負えない。

彼には彼の人生があり、自身で選択できるだけの判断力もある。

正直に言えばパラサイトになっても自我を保てる光宣君を知っているので、どちらでもいいのだ。その後お兄様の為に働いてくれるからね。

彼の身体が奇跡で保っていることを知った今は一層、丈夫になって好きに体を動かせるのならばそちらでもいいのではないかと傾いている。

だが、水波ちゃんに関しては――。

 

(彼女も、彼女の選択を尊重してあげたいけれど――いなくなったらきっと、しばらく枕を濡らす日々を送ることになるんだろうな)

 

それくらいには彼女のことを気に入っている。

さっきの告白は、本当に嬉しかったのだ。この先を知っていたからこそずっと傍に居てくれると聞いて胸に思いが込みあげた。

でも、原作通りであればその約束は叶わない。

彼女は地上を離れなければならない理由ができてしまうから。――光宣君と共に生きる選択をするから。

 

(残ってほしいと、傍に居て欲しいと思う。だけどそれは私のわがままだから)

 

私にできることは、光宣君に、居場所があることを伝えて、二人が仲良くなるきっかけを与えて、そして人としての生活に執着するならそれも良し。人を止めて幸せに暮らすのなら、それを応援する。

・・・考えるだけで寂しいけれど。

 

「深雪?」

「!申し訳ございません。日記に何を書こうか考えておりました」

「それは随分気が早いな」

 

危ない。意識を飛ばし過ぎていた。まだ来ぬ未来に思いを馳せ過ぎた。

今はまだ悲しむ時ではない。その未来はまだ確定していないのだから。

 

「トップバッターですもの。お手本になる様に書かなければ、でしょう?例として3日分くらい書いてみましょうか。その次に光宣君に書いてもらって、次は水波ちゃんで」

「そんなにパターンがあるのか?」

「パターンで言えばいくらでもあるでしょうけれど、今パッと浮かぶのはそれくらいでしょうか。あとは皆それぞれ自分の書き方を見つけてもらえれば」

 

さっきも言ったけれど決まりもルールもない。でも何も知らないでは書きづらいだろうからね。

そんなこんなで学生らしく交換日記を始めることになりました。・・・なんて健全な高校生だろうね。今時交換日記から始めるって。

文通でもよかったのだけど、文通だと水波ちゃんが断りそうで。

この時代のお手紙ってそれだけでハードルが高すぎる。しかも相手は末っ子であっても十師族直系。身分を弁えちゃう彼女には遠慮しない理由が無い。

それで言えば交換日記は複数人でやるものだから二人以上が賛成すると断りづらいだろうからね。

何より水波ちゃんのことだけでなく、人との付き合いに飢えている光宣君にはこのくらい初歩的なお付き合いから始めた方が適切に思う。

昨日のいきなり泊って行ってほしい発言は、今まで人付き合いをしてこなかったから距離感が掴めなかったせいだろうから。

低めのハードルから学んでいきましょうね。

 

 

――

 

 

昼食を食べ終えた後の光宣君は少し浮かれた様子でご機嫌に尻尾を振っていた。もうね、幻視じゃない。振ってるよ。風を感じます。

彼の先導で葛城古道から離れて、橿原神宮から石舞台古墳、天香具山へと案内してくれた。

それらは全部空振りとなりただの観光名所巡りとなったけれど、光宣君との話はお兄様にも未知のモノが含まれているようで、興味深そうに光宣君の話を聞いていた。

そして三時を回った頃、奈良公園へときた。

鹿が自由気ままに歩いたり寝そべったり。鹿煎餅は買わずに遠巻きに見つめるだけだけれど、水波ちゃんとほっこりしながら彼らの様子を鑑賞している横で、お兄様はこんな街中に拠点があるのかと驚かれていた。

 

「いえ、伝統派の本拠地の一つとも言える大規模拠点があるのは御蓋山の中です」

「御蓋山は神域、いや、それ自体が御神体で、限られた観光ルート以外の立ち入りは禁じられているのではなかったか?」

「人が近づかない、神聖な場所だからこそ自分たちに相応しいと伝統派は考えているのでしょう。正しい魔法を伝える自分たちにこそ神の腕に抱かれその恵みを受ける資格があるとでも思っているのではないでしょうか」

「木を隠すなら森の中、だと思うがな・・・わかった、案内してくれ」

 

またもリムジンで移動するけれど昔と違い、山に車が入ること自体ができなくなっていた。

面白いもので、魔法という非科学的な力が表沙汰になったことによって人々は忘れかけていた『畏れ』――神や仏と言った存在を思い出したのだ。

神々の坐す山々を踏み荒らすことなどできない、と車などで我が物顔をして通ることをしなくなった。登山信仰が戻ったということみたい。

徒歩移動となり、初めは先陣を切って光宣君、お兄様、私、水波ちゃんの順だったのだけど、気が付けば隣はお兄様にキープされ、その後ろに水波ちゃんと光宣君となっていた。

あれ?私さっきまで水波ちゃんとおしゃべりしながら歩いていたと思うのだけど。気付いたらお兄様がまたも観光ガイドよろしく色々と教えてくれる。

私もただ聞くだけでなく時折合の手のように言葉を挟むのだけど、うん、何故お兄様は密着されるのでしょう?人通りが多いから?

視線は確かにたくさんきますけれど、この組わけだとまたダブルデート扱いになってませんかね。

水波ちゃんが時折、お兄様に近すぎると注意を促してくれるのだけど、お兄様は訊く耳を持たない。

怒れる水波ちゃんを抑えるのは隣の光宣君の役割になっていた。

光宣君に声を掛けられると水波ちゃんはふしゅう、と耳を赤くして音を立てて力を失っていくのが水波ちゃんには悪いけどちょっと面白い。

だけどお兄様が私に対してよく勉強しているねと頭を撫でるたび、光宣君が微笑ましそうに見つめる視線は居た堪れなかった。多分私もなっている。ふしゅう。

しばらくそんな感じで歩いていたのだけれど、遊歩道の手前でお兄様の腕が腰から離れた。私は不自然にならない程度に一歩後ろへと下がる。

人気が徐々になくなり、あんなにたくさんいたはずの観光客の姿が一人もいなくなっていた。

背後の光宣君も辺りを警戒し、水波ちゃんは私の近くに控える。

 

「精神干渉魔法――結界だ」

 

お兄様の言葉に集中して気配を探ればうっすらと微量な想子の動きが感知できた。薄いヴェールのような膜のようなものも感じられる。・・・原作で知ってはいたけれど、人の減少になかなか気付けなかった。

精神干渉には強い耐性を持っていても、このありさまだ。警戒していたはずなのに、悔しい。

場所とタイミングはわかっていたはずなのに、その意識すら逸らされていたというのか。

おそるべし、古式魔法。

 

「高位の結界術者がいるようですね。魔法の出力を最小限に絞って、ギリギリまでこちらに気付かせないようにしていたようです」

 

つまり、弱い意識誘導をじわじわと仕掛けられることで抵抗を意識することもなく術中にはめられたということ。

高威力であれば私が気付かぬわけがない。だがこの魔法は現代魔法にある遅効性とも違う。

気づかせないことに特化したじわじわ浸食させていくタイプ。気が付いた時にはもう遅い、といういやらしい罠。

・・・これは常に空気の濃度を察知できるレベルでないと見破れない。

そしてそんなことをしていたら、私はきっと体がもたないだろう。ずっと何かしらを感知している状態になってしまう。・・・何か他の破る方法を考えないといけないだろうね。

そんなことを考えている間に光宣君が言葉巧みに敵を挑発してあぶり出していた。

 

「水波!」

「はいっ!」

 

お兄様と水波ちゃんの連携が敵の攻撃を阻む。

水波ちゃんの展開した障壁に弾かれ地面に転がったのは極小の矢。金属製なのか高い音を立てて転がった。

射手は見つけたけれど、その時にはすでにお兄様が相手を地面に転がしていた。

上がる野太い悲鳴は四肢を分解魔法によって撃ち抜かれたから。

お兄様仕事が早い。

頭上の想子の揺らぎを察知するのは私の方が早かったと思う。直前の気づけなかった魔法が悔しくて感度を上げていたからすぐに気が付いた。

それは吉田くんがよく使用する雷撃の精霊魔法によく似ていた。

打ち消そうと操作する途中、お兄様が術式解散で掻き消す。

お兄様鬱憤でもたまってた?とても攻撃的。

でもこれくらいなら任せてほしかった。私と水波ちゃん、そして光宣君も十分に彼らに対抗できる強さがある。

その証明をするためにも。

 

「お兄様、こちらは大丈夫です!」

 

領域干渉には自信があった。

深雪ちゃんによる強力な力場は魔法攻撃に対して圧倒的な防御を誇る。何物も通さない。

まずは光宣君と水波ちゃんの魔法を邪魔しないよう自分の周囲に円柱をイメージして。

続けて上下にそれを伸ばして頭上には横に広がる様に。下の方には薄い円盤状に広げて。

カクテルグラスと呼ぶには少し不格好な上下のバランスの悪い形だけれど、これだけ広ければ私たちに精霊魔法の攻撃が通ることはない。

もし横から攻撃が水波ちゃんに向かってきても、一瞬にして守れる範囲にいる。問題はない。

 

「すごい・・・まるで聖杯だ」

 

彼の言葉には感動が込められていたけれど、こんな不格好なものをそんなすごいものに例えていいのだろうか。

でも褒められていることはわかるのでツッコまない。

暫し、私の魔法に目を奪われていた光宣君は隙だらけに見えたのか攻撃が殺到したが、彼は動揺することもなく攻撃を繰り出される方向に向けて歩き出していた。

私たちの傍から離れたのは、こちらが大丈夫だと判断したからのようだ。

遊撃に出たお兄様の代わりに私たちを守ろうとしてくれていたのだ。紳士だね。

光宣君の歩く先はお兄様とは逆の方向――うっすらと感知できるようになったヴェールの魔法を使っている魔法師に向かっていた。

水波ちゃんが、無防備すぎる、と焦って止めに動こうとするのを引き留める。

 

「深雪姉様、」

「大丈夫よ」

 

その必要は全くない。

なぜなら彼はすでに――魔法を展開しているようには見えない。私の感覚をもってしても、彼はそこにいる。けれど――秘術が発動しているはずだ。

先ほど私たちに向けられたものとは比べられない量の想子が彼の周りを取り囲む。

そして雨のように雷が降り注ぎ、火が、風が、音が彼に襲い掛かるが、いくら貫かれようが、切り刻まれようが、彼には何のダメージも与えられないで彼らご自慢の魔法が無力化される。

敵対している人間にとってこれほど恐ろしい相手はいないだろう。魔法は確かに相手に当たっているようにしか見えないのに、全くの無傷なのだから。

 

「幻影、ですか?信じられない・・・」

 

肉眼で見ても、想子パターン、魔法の目から見てもそこにいるようにしか見えないのに、間違いなく本人であるはずなのに。と水波ちゃんが驚愕して光宣君を見つめていた。

 

「パレード。忍術の要素を取り入れた九島家の秘術よ」

 

とんでもない御業だ。私の領域魔法など彼のこの技術に比べたら称賛に値しない児戯に思える。

・・・まあ、それは流石に卑下しすぎではあるのだけど、そう言いたくなるくらい、こちらはタネがわかるけどあちらは全くと言っていいほどわからない。

 

「すごいわ・・・。あの精度、リーナよりも上だなんて」

 

あまり魔法の優劣を言うのは好きではないのだけど、あの時彼女にこのパレードを使われていたならば、あの試合彼女に勝てたか自信はない。

切り札を使わずにはまず勝てなかっただろう。

 

「リーナ、とおっしゃいますと、以前お話を伺ったUSNAの総隊長の」

「アンジー・シリウスこと、アンジェリーナ・クドウ・シールズさんね。とても可愛らしく、軍にいることが信じられないくらい優しい心の持ち主で、総隊長の名に恥じない実力を持つ、私の親友よ」

 

ええ、いくらでも自慢しちゃう、私の可愛い親友である。

あれから連絡を取ることなんて一切ないけれど、彼女はきっと元気に・・・かどうかはわからないけれど、総隊長としてお仕事を頑張っていることだろう。

 

「その彼女を上回るほどの技術・・・すごいわね。これほどの逸材が――」

 

その先は言葉にできなかった。

きっと、彼の身体が頑丈であれば一条くん同様表で大っぴらに活躍していただろう。関西はさほど派手な戦闘があるわけではないが、九島閣下のお孫さんだ。

色々と連れ回されて実力を見せつけるように発揮し、十師族としての衰退を食い止め、日本の抑止力として貢献するため働きかけていたかもしれない。

特に今年の九校戦など健康であったなら間違いなく、彼は魔法科高校の新スターとして輝いていたことだろう。

それが敵わないことに閣下は忸怩たる思いを抱いていたことだろう。だが、誰よりも悔しいのはきっと光宣君本人だ。

それを思うと胸が苦しくなる。戦闘中だというのに私は胸に拳を当てた。

 

「深雪姉様・・・」

「ごめんなさい、どうしても感傷的になってしまうわね。今はそんな時ではないのに」

 

光宣君は見事にお兄様の開発された完全思考操作型CADと使いこなしていた。起動式の展開の速さはあの七草先輩にも匹敵――いえ、CADを使いこなしている今、上回っていた。

放出系魔法、スパーク。

事象干渉力が求められる高度な魔法を同時にいくつも展開していた。

視界いっぱいに広がる魔法式。服部先輩の得意とするコンビネーション魔法のスリザリン・サンダースよりも広範囲に、その上位魔法を展開することが、どれほど異常なことか。

自身の知る中で上位の七草先輩と服部先輩の優秀さをも上回る実力に、ただただ魅入るばかりだ。

敵の攻撃は九島家憎しと彼にしか向けられていないが、私も油断しているわけではない。

領域魔法は展開しているし、魔法援護はいつでもできる様スタンバイはしている。しているのだけれど、それを必要な場面がいつまで経ってもやってこない。光宣君無双である。

お兄様も自分の担当していた範囲が片付いたことで戻ってきたけれど、光宣君の御業に感心しているのだろう。ジッと目と眼で見つめているようだった。

しばらくして、隠形で隠れていたはずの男たちの姿が私たちの肉眼でも捉えられるようになった。

光宣君の魔法が彼らをあぶり出したのだ。高度な魔法をただ敵をあぶり出す為に派手に使うなんて、潤沢な力が無いと出来ないことである。

・・・こんな方法簡単にできるものではない。というよりこれほどの実力者、世界に一握りもいるだろうか。

お兄様はこの光景をどういう気持ちで見ているのだろう。圧倒的魔法力がそこにはあった。

できることならば今すぐお兄様の元に駆けつけて手を握って差し上げたい。お兄様は今のままでも十分、素晴らしいのだと。

光宣君が右手を上げ、敵を指差す。

それだけで相手が悲鳴を上げて倒れた。

様子から見て、どうやら感電を起こしたらしかった。少しの間髪の毛が静電気でちょっと面白いことになっていた。

次々と倒れていく敵はようやく相手との力量の差に気付いたのか。

九島家の末子だと序盤でわかっていただろうに、どうして簡単に倒せると思ったのだろうか。あの九島閣下の孫だというのに。

息子の当主が頼りないから楽勝に思われたのだろうか。

地元だというのにリサーチ不足過ぎるのではないかと思わずにいられない。

でも彼の情報と言えば体が弱く学校に通えていない、というのが有名で病弱に思われていたのかもしれない。それならば多少舐めてかかってもおかしくなはい、のか。

だとしても、お兄様のことを排除すべき敵と認定してのこの襲撃なのよね?それを思うとやはりぬるい、と感じる。

自分たちの縄張りだから有利だと勘違いでもした?

高校生相手だから舐めるにしても関東に送っている軍団が全滅してるのに?九重寺が全部を片付けてると思ってるとか?

伝統派は頭が固いのかもしれないね。油断せずに行こう!の精神がないなんて。だからこそこうなった、というのも頷けるのかな。

 

「管狐?!」

 

あ、しまった。余計なことを考えてたら光宣君の忠告の声が。水波ちゃんに注意するのを忘れてた。

魔法はいつでも準備万端だったんだけど、水波ちゃんが自身の防衛ラインを越える存在に驚いて身をもって守ろうと抱きついて――じゃなかった、庇うため押し倒してきた。

いいでしょう、受けて立ちますとも。どんとこーい!と抱きしめ体勢に。

お兄様、私にも完全思考操作型CADをくださってありがとうございます。

水波ちゃんを抱きしめて背中にもクッションのように受け止める風魔法を用意。減速魔法でもよかったんだけど憧れじゃない?風クッション。

しかも美少女に名前を呼ばれて押し倒されるってなんてご褒美です?それを敵の攻撃を止めるだけでしてもらえるなんて貰いすぎでは?もっと払いたい。女の子の身体柔らかいね。大丈夫です。水波ちゃんも初めて会った時よりちゃんと成長しています。何処が、なんて言いませんが。

 

「深雪!」

 

お兄様の焦った声に、思わずぐっと来てしまうけど、この状況では流石に敵から目を逸らすことはできない。

きっちり攻撃対象を凍らせてからゆっくりと倒れる。

おかげで背中が痛むこともないし、当然水波ちゃんに怪我もない。

――ただ、

 

「っ!・・・あ、」

 

水波ちゃんがすぐに体を起こして敵性反応があった方を向くと、胴の長い見たこともない獣が凍り付いて横たわっているのを見て、私が凍らせたことに気付いて声を出した、というところだと思うのだけどね。うん。

 

「・・・水波ちゃん、起き上がるのはゆっくりでいいから、ちょっと、手の位置を変えてもらえると助かるのだけど」

「え?・・・あっ!も、申し訳ございません!!」

 

もしかして、いつもお兄様の呪いのせいにしていたけれど、私の方にもラッキースケベに巻き込まれる呪いがかかっているのかもしれない。

ふにゅっとね、私の胸の上から水波ちゃんの手が離れていきました。水波ちゃんが態とのはずないことは彼女の慌てぶりでもよくわかる。落ち着いて。ひっひっふーだよ水波ちゃん。

 

水波ちゃん真っ赤になってすぐに身を起こして離れていきました。痛むところも無さそうかな。それともテンパり過ぎて気づいていないのか。

お兄様がやってきて手を差し伸べて下さったので、その手を取ってゆっくりと体を起こす。

 

「流石だな、深雪。見事な反応だった」

 

わーい、お兄様に褒められた。嬉しいとはにかみながら立ち上がるのだけれど、なんだろう。お兄様はごく普通に見えるのに、心がざわつかれているような?戦闘直後だからか、私の行動にハラハラしたからなのか。

でもその前に、この一言は言っておかないと。

 

「お兄様の妹ですもの。この程度は当然です」

 

どや!です。

お兄様がよくやったな、と頭を撫でてくれている間、光宣君が敵を全て屠り、水波ちゃんが緊張で固まっていた。

完全に終わってもいないのに光宣君に丸投げしてました。ごめんなさい。

 

 

――

 

 

お兄様は一旦私の無事を確認してから敵のところへ戻って何やら探っていた。

その間、私がしているのは、水波ちゃんのケアだ。

 

「水波ちゃん、身を挺して守ってくれようとしたのでしょう。謝ることは何もないわ。助けようとしてくれてありがとう」

「で、ですが!私は、何もできませんでした。そ、その上・・・深雪、姉様の清い体に私っ――」

「水波ちゃん落ち着いて」

 

うん、あのね。言葉の選択。気をつけよう?ここには離れているとはいえ男性が二人もいるのだから。

 

「大丈夫よ。ちょっとしたアクシデントだもの。それよりもどこか痛いところはない?打ち付けたところとか」

「・・・申し訳ございません・・・」

「怪我はないのね。ならやっぱり謝る必要は無いわ」

「申し訳――」

「それ以上言っちゃうとそのお口を縫い付けちゃうわよ」

 

わるぅい笑みを浮かべて彼女の口の前に人差し指を立てて、悪戯口調で脅しをかける。もちろんそんなことしないけどね。

水波ちゃんは慌てて口元を手で覆った。しないよ?!でもその反応可愛いので許す。可愛い。

お兄様たちは意識を失っている敵を囲みながら互いの手腕を褒め合い、今後の流れをどうするか話し合っていた。

このまま彼らをここに転がしておくのもよろしくない。

かといってここで皆して回収を待っていたのではよろしくない事態が予測できた。

なにせここは観光地。結界も解除されたことで間もなく人がごった返すだろうからね。

お兄様を待ち伏せしていたということは、敵がお兄様の行動を読み始めたということ。これ以上深入りは禁物だ。調査もこの辺で切り上げよう、ということになった。

実戦もしたことで相手のやり口も体験できましたから十分な成果でしょう。

予定より早く退散することになったので、帰りの電車の予約時間まで時間が余るという話になったのだけど。

 

「でしたら、温泉なんていかがです?」

 

うん、彼としては地元自慢の温泉で体を癒してほしい、ってことだったのかもしれないけれど。

緊張感漂う戦闘の後に風呂に入ったらと言われたら、乙女としては汚れてると言われているような気もしてしまうわけで。

でも水波ちゃん、流石に自身の臭いを今確認するのはちょっと軽率だったね。

じと、と彼に視線を向けると先ほどの畏怖すら抱かせる戦闘をしていた人物と同一とは思えない、ぴゅあっぴゅあな慌てぶりでとんでもない発言を繰り出した。

 

「い、いえ!お二人が汚れているとか汗臭いとかそういうことではなくて」

 

墓穴ホールインワン、だね。

汚れているまではセーフだけど汗臭いは女の子にとって禁句です。

涙目になった水波ちゃんを抱きしめて、咎める視線を向けた。途端もっと慌てる光宣君に、お兄様が一言。

 

「光宣、それは自爆だ」

 

あら、お兄様から君が外れましたね。・・・この手の失言はお兄様も身をもって経験した記憶ををお持ちですからね。同情心が二人の距離を縮めましたか。

お兄様が光宣君のこれ以上の失言を止めようと釘を刺したことで、私もわざとらしく吊り上げた目をふっと緩ませる。

今度は優しい視線に切り替えて。

 

「分かっているわ。光宣君に悪気はなかったって。私たちのことを労わって温泉で体と心をリフレッシュしてはどうかって提案してくれたのよね」

 

光宣君はさっき謝っていた水波ちゃん同様頭を上下させる。うん、二人って結構似てるよね。

それとも光宣君が水波ちゃんを参考にしたのかな。だとしてもその真直ぐさが好印象。グッドです。

 

「お兄様」

「そうだな、悪くない提案だと思う。だが、それなら光宣がここに残るのではなく、一緒に来てもらおう」

「え、ですが」

 

光宣君はここに転がっている輩を引き渡すつもりでここに残ると話していたのだろう。

 

「さっき家の者に連絡を取ったのだろう?それなら光宣本人がここで見張って待っていることもない」

 

お兄様ったら結構強引。原作では確か、管狐の話を聞きたかったのよね。水波ちゃんの防護壁を越えるなんて思わなかったから。

パラサイトと同じ原理なのだとしたら一番有効なのは私ということになるけれど、古式魔法師にはやっぱり彼らに対抗する手段が何かしらあるということよね。こういった者たちと戦っているのだから。

光宣君も、お兄様の様子に何か聞きたいことがあるのだろうと察したのか予定を変更。四人で温泉自慢のホテルに行くことになった。

 

 

――

 

 

流石人気の観光地。どこに行っても視線が凄いね。私たちが歩くたびに渋滞が発生。道は空けてもらえるから歩くのには問題ないのだけどね。

お兄様は平然と、水波ちゃんは多少居心地が悪そうだけれど任務だと気を張った状態で。

なんとかホテルの到着し、温泉を利用する受付を通ってレンタルをして。

荷物は宿泊先からすべて送ってもらっているので奈良駅に到着しているだろうから、お風呂セット一式は借りるしかない。

まあこういうところは自前のを持ち込むのは地元民くらいなもので、観光地のホテルにまでくる地元民は少ない。レンタルがほぼだろう。

運動量で言えばお兄様の方が激しかったと思うのだけど、お兄様はレンタルしなかった。

お風呂に入るつもりは初めからなく、お話ししたいことがあるだろうから。

というわけで水波ちゃんを連れて温泉へ。

・・・一応だけど、原作お兄様が懸念していた家族風呂に誘われるんじゃないかって警戒はしなくて結構ですよ。入ろうなんてちっとも思ってないんだからね。

いえ、ツンデレではなく、お兄様とお風呂なんて失神しないわけがない。考えただけでも恥ずか死にそう。

この間の一緒にベッドで寝ていたという事実を聞いただけでも失神レベルなのに、湯着を着ているからといってお兄様と温泉なんて入れるわけがない。

お兄様の水着姿を見るだけでも失神した私だよ。湯着なんてあんな頼りない布一枚がお兄様の身体を隠しきれるわけがない。

水で張り付いた姿を想像するだけでも――やめよう。このままじゃ痴女だ。オタクどころじゃない。変態であっても紳士淑女であれ。

水波ちゃんと脱衣所で着替え、(手伝おうとするのは止めました。恥ずかしい)二人湯着の姿になって向かうのだけど、脱衣所を出た瞬間からですね、ほう、と漏れる吐息と共に熱い視線が。さっきの市街地とはまた違う類の視線だ。

・・・うん、学校の女子更衣室よりも身の危険を感じるのは気のせいかな。

水波ちゃんが体を緊張させて付いてくるけれど、これでは全然休ませることになってないね。

――営業妨害になるかもだけど原作通り人払いさせていただきましょうか。

わざとらしく見えないようにさりげなく纏めた髪から漏れたひと房を耳にかけながら、そこまで短くない丈の湯着で歩幅を大きくしてちらりと白い腿を覗かせて歩けば、周囲の視線が釘付けになった後、その場で崩れ落ちたり(多分腰が砕けた模様)、俯いて私はノーマルっ!と呪文を唱えるお姉さま方の姿がいくつも見受けられた。

すまないね。深雪ちゃんの暴力的な美しさのあまり、あなた達の性癖を捻じ曲げるようなことをして。

入浴前からバタバタと人がいなくなる。残っているのはお年を召されたご婦人方なのだけれど、こちらは両手を合わせて拝まれていますね。

天女だ女神だ吉祥天だと色々言われているようだけど、私、人間。神様やその眷属違う。

騒々しいのをなるべく視界に収めないようにして、周囲を気にしない風を装って体を清めて湯船に向かえば任務完了。人っ子一人いなくなっていた。

・・・おおう・・・なんということでしょう。作戦通りではあるけれどこれって本当に立派な営業妨害では?・・・うん、気にしない方向で。私たちもゆっくり休みたいのです。

 

「水波ちゃん、まだ少し早いけど、今日はお疲れ様」

 

労うと水波ちゃんは恐縮するように身を縮こまらせて。

 

「・・・深雪様の盾にもなれず、むしろ行動を妨げるような真似をして、誠に申し訳ございませんでした」

 

頬を上気させて視線を逸らせているのは温泉に浸かったことで血行が良くなったということよね?

あの時の手の感触を思い出したとか、今更私の身体が直視できないわけじゃないわよね??水波ちゃんには毎晩マッサージをしてもらっている間柄だもの。・・・一緒にお風呂入ることは初めてだけど。

 

「そんなことないわ。貴女が自らの身を顧みず、覚悟をもって護衛に当たってくれた。これは十分にすごいことよ。誇りこそすれ蔑む必要なんてない。――でも、あの時のようなことは二度と無いことを望むわ」

「・・・はい、あのような失態――」

「違うわ、水波ちゃん」

 

謝罪しようとする水波ちゃんの言葉を遮って止めた。

お湯の中で動くとひらひらと湯着が舞い、本当に羽衣のように見える。

水の抵抗を感じながら体を水波ちゃんと向かい合うように移動して。

 

「貴女が私の身を守ろうと自身を犠牲にしようとしたことが、二度と無いことを私は望むの」

 

真直ぐと見つめて真剣に返せば、水波ちゃんも先ほどまでの姿が嘘のようにすっと姿勢を正し、真剣な表情で返した。

 

「それは――申し訳ございません。私の一番はあなたをお守りすること。たとえこの命が散ろうとも、貴女様の壁に慣れたのであれば、その少しでも稼いだ時間で達也様が深雪様をお守りするでしょう。その一瞬でも稼ぎ出せれば私は!」

「そんなこと言わないで。――水波ちゃん、私はもっと過酷なことを貴女に望むわ。

 

もっと、もっと強くおなりなさい。自身の身を犠牲にしなくとも私を守り切れるくらい、お兄様とは違う守り方で、貴女は私を守るの。

 

命令よ。強くなって。そして私を守ってちょうだい」

 

 

なんて身勝手なお願い、命令なのだろう。

努力してここまで上り詰めた水波ちゃんにまだ上を目指せと、無茶を言う。

でも、何も起きない、起こさせないと思っていてもあの瞬間は肝が冷えたのだ。水波ちゃんが、身を挺して守ろうとしたあの一瞬。

この子はためらいなく自身の命を差し出すのだ、と主として命を預かっているのだと改めて認識させられた。

あの日を境に、自分の命にはお兄様の命が付随していることは認識している。

私が死ぬということはお兄様に絶望を与えるものだと、あの沖縄事変の時に察した。

お兄様の分だけでも重いのに、今回の件で水波ちゃんの分も背負っていたのかと、自覚させられた。

だからこそ、いつもなら躊躇う命令という形をとってでもお願いする。

 

どうか、強くなって、と。

 

私の無茶ぶりな命令を聞いた水波ちゃんは、視線を下におろして俯いた。

・・・やっぱり、こんな我儘主に嫌気が差しただろうか。

どうしよう、フォローを入れるべき?でもこれ以上何か言い募ったらそれはそれで主としてブレブレになって嫌われない??

不安になって胸の前で手を握ってしまう。

きっと、時間にして十秒ほどだったと思うのだけど、その十倍は長く感じた。

 

「・・・ります」

 

水波ちゃんの小さな声に、ピクリと反応し湯船を揺らしてしまった。

だけどその小さな波を打ち消すようにさらに水波ちゃんが波を起こす。

私の手を両手で包み込むと、固く決意した表情で。

 

「強くなります!必ずや、深雪様をお守りできるよう精進します!」

「きっと苦労するわ」

「構いません」

「傷つくことだって」

「承知の上です」

 

・・・ああ、しまった。今度はプロポーズみたい、なんて茶化すことなどできない。

握られたまま重なった手に額を乗せて。

 

「貴女の主として相応しいよう、私も努力するわ」

 

貴女に恥じぬ主となる、と今度は私からも誓った。

 

 

――

 

 

どれくらい、そうしていただろうか。体がじんわりと熱くなってきた。これは温泉の温かさだけではないと、チラリと見える水波ちゃんの肌の色からもわかる。

 

「・・・私たち、また恥ずかしいことしてるわね」

「そ、そろそろ上がりましょうか」

 

二人して真っ赤だったのでちょっとぬるめのシャワーを浴びてから浴場を出たのだけれど。

 

「そういえば全くお客さんたち戻ってこなかったわね」

 

きっと新規のお客さんだっていたはずなのに、と思っていたら脱衣所で先ほどのご婦人方が・・・通行止め?をしていた。

・・・この先女神が入浴中だから人は入浴を待つように?なんて言葉が耳に入る。

これはまずい。水波ちゃんと顔を見合わせて急いで着替えて淑女の仮面を被り、水波ちゃんも心得ているのかポーカーフェイスを被って素知らぬ顔をして集団の前に姿を現す。

そして、この状況に不思議そうに首を傾げつつ、視線の合ったご婦人に微笑みかけてその横を通り過ぎた。

できるだけ優雅さを心がけて。・・・叔母様の前にいるくらいの緊張感をもって。

角を曲がって彼女たちの視線が切れると、水波ちゃんと視線を合わせ――二人して早歩きでこの場を去る。

背後で歓声が上がっているのなんて聞いてない。本物だ!なんて騒ぎ聞こえていません。

 

「水波ちゃん。急いでお兄様たちと合流するわよ」

「はい!」

 

こっち!と私の優秀なお兄様センサー・・・なんて便利なものはなく、単純に待ち合わせ場所に向かう。

でも近づくと不思議とお兄様がこっちにいる気がするってわかるんだからお兄様センサーはばっちりあるんだろうなぁ。

犬の帰省本能、みたいな?

 

「お兄様!」

「深雪?水波もどうした、そんなに急いで」

 

お兄様が光宣君との歓談を中断して立ち上がったけれど、ごめんなさい。これなんて説明すればいいんだろう?

 

「達也兄様、いつも以上のパニックが起こっております。至急この施設を脱出しなければなりません」

 

水波ちゃんの固い声に、しかしそれで通じる?と思ったらお兄様は目を細められて私をじっと見ると、そういうことか、と。

どういうこと?なぜそれで通じるの??光宣君もわかっていないなりに場の空気を読んでかすっと立ち上がり、こっちです、と人通りの少なそうな道を案内してくれるようだ。

なんか、連携が生まれてますね。

そして駐車場にはリムジンが待機しているのでそれに乗り込む。

 

「それで、深雪の美貌で客がパニックを起こし騒動にでもなったか?」

「・・・お兄様、私を何だとお思いで?」

「世界一美しい俺の妹」

 

・・・お兄様、真顔で言い切った。水波ちゃんは大きく頷かないで。隣にも美しい人がいるでしょう?

 

「お兄様の妹であることは否定の言葉もありませんが、世界一というのは言いすぎでしょう。光宣君がいますもの」

「え、僕ですか?その、僕よりも深雪さんの方が美しいと思いますけれど」

 

こっちは若干の照れが入りましたがその分・・・うん、キラキラが増しますね。やはり光宣君の方が神々しくて美しいと思うのだけど。

 

「二人とも人間離れした美しさではあるが、俺は男だからな。どうしても深雪に軍配が上がる」

「それを言ったら私は女ですもの。水波ちゃんと合わせて二票です」

 

勝手に水波ちゃんの投票権を借りて光宣君に投じる。

 

「ならこちらも二票なんだから同率二人が一位ということで間違ってはいないな」

 

・・・いったい何の話をしていたんでしたっけ。お兄様が真面目なお顔で変なお話をするから混乱してしまった。

 

「深雪姉様が、あまりの美しさに高齢の女性方に女神と勘違いされてしまいまして、自主的に他の客が湯殿に入らないよう封鎖されてしまったのです。誰も入ってこないことに、また結界でも張られたのでは、とも疑ったのですが・・・」

「厚意で入場をストップしていた、と。客同士でよくトラブルにならなかったな」

「私たちが上がった時には一触即発の状態だったのですが、その・・・湯上りの深雪姉様の姿を見た客たちが放心した後、納得を」

「・・・だから拝まれる前に脱出した、と。――災難だったな」

 

隣に座るお兄様に頭を撫でられ慰められた。

ええ、ええ。慌てましたとも。光宣君も宗教に祀り上げられてもおかしくない美貌だけれど、深雪ちゃんもそうなのだと改めて実感させられました。他人事じゃなかった。

 

「今度は個室を取ってゆっくり入るか」

 

お兄様、何もそこまでしなくとも・・・。次があるとも思えないのだけど。

 

「その方が良いかもしれません。本日は危機を感じました」

 

水波ちゃんまで・・・。そんな深刻な問題でもないでしょうに。

 

「確かに、僕もそう言えば大衆浴場を使ったことは一、二回しかありません」

 

光宣君も苦労してるね・・・。そして男性の方はまた危なさが違う気がします。私にはない苦労してそう。

せっかくの温泉で体は休めたはずなのに精神疲労は増したこの不思議。

どうにも深雪ちゃんボディと温泉は相性が良くないらしい。残念だ。温泉大好きなのに。

 

「でも、光宣君が紹介してくれただけあっていいお湯だったわ。ありがとう」

「それならよかったです」

 

失敗した、と落ち込む光宣君だけど、光宣君は何も悪くない。というより今回のことで悪い人など誰もいない。

もうお別れの時間が迫っているのにこんなことで悲しい顔のままお別れするのは嫌だから。何か別の話題を振りましょうかね。

 

「お兄様も男の子同士のお話はできましたか?」

「なんだ、その男同士というのは」

「だって、お兄様はいつも女の子ばかりに囲まれていらっしゃるんですもの」

「・・・不可抗力だ」

「ふふ、それだけお兄様が頼りにされているということですものね」

「分かっていて揶揄うとは、深雪は悪い子だな」

 

フォローを入れたつもりなのにお兄様から不穏な空気が。これはよろしくない気配。

空気だけでなく手が延びかけたその時。

 

「達也兄様、深雪姉様を困らせるようなことはなさらないでください」

 

水波ちゃんがお兄様から伸ばされる手をぴしゃりと撥ね退けた。すごい!今の水波ちゃんは強い!

守るぞ!という気概が感じられます。だけど相手はお兄様だから。お兄様は敵じゃないよ。

でも助かりました、ありがとう。

そんなやり取りをしていたら、光宣君がくすっと笑った。

 

「ふふ、すみません。なんだか皆さんのやり取りが面白くて」

 

美少年の微笑みはお布施を払わないといけない気分になるよね。

よかった。気分が明るくなったみたい。

 

「本当にお二人の兄妹仲はとてもいいのですね。響子姉さんに聞いていましたけれど、想像がつかなくて」

「藤林さんは大げさに話すこともあるからな」

 

お兄様が何やらしれっと言っているけれど、光宣君はニコニコと流している。

藤林さん、一体何を言ったんだろう。よくお話はするけれど私が直接対面した回数はかなり少ない。基本私たちの揃ったところなど見ていないはずなのに何を話されたというのか。

・・・そう言えば、お兄様に自慢されたとか言っていたような。つまりお兄様のシスコン発言が原因では?

 

「それに、水波さんと達也さんの関係性も、信頼しているからこそのやり取りのようで羨ましいです」

 

あらまあ。

それはどちらを羨ましく思われました?もしやもうすでにこの時点で水波ちゃんが気になってますか??

やだ、どうしましょう。ワクワクが止まりません。

そうなんですよ。お兄様が忠告を大人しく聞いたり、または往なしたりするのも心を許している証拠。

水波ちゃんも、お兄様が四葉の直系であり私のお兄様だと知りつつも強気で出られるのは、お兄様との良好な関係性が築けているということに他ならない。

いい関係性だよね!私が結びました。どや!

 

「そしてそれを嬉しそうに見つめる深雪さんはとても慈愛に満ちていてお美しいと思います」

 

と、ニコニコ見つめていたらこっちにまで飛び火が。

あまりにストレートな言葉にほんのり頬が染まる。・・・光宣君の照れが移ったみたい。

動揺して顔を両手で挟んで落ち着かせていると、私と光宣君の間に割り込むように肩を入れるお兄様の姿が。

 

「光宣、深雪を口説くつもりなら、俺を倒してもらおうか」

 

(お、お兄様!光宣君がそんなつもりで言ったのではないことはお判りでしょうに!)

 

口角を上げて言っていることから冗談だとわかるけど心臓に悪い!

水波ちゃんも緊張感出さなくていいから。そんな戦い起きないし。

ほら、光宣君を見て。お目目ぱちくりから真っ赤になって、その後青くなってるから。

 

「光宣君、お兄様のジョークだから真に受けちゃダメよ」

「うん?俺は深雪と付き合う相手にはいつだって本気だぞ。俺を倒せるくらいじゃないとお前を任せられない」

「そんなことを言って・・・。そんな条件では誰とも付き合えないではないですか」

 

まだまだ成長途中とはいえ最強チートのお兄様に誰が敵うというの?先生とか?絶好調の光宣君もチートキャラだけども。

というより誰かとお付き合いする予定は無いから問題にもならないのだけどね。

 

「もう、お兄様ったら。光宣君も気にしないでね」

 

光宜君はこのやり取りの間に青い顔がすっかり元に戻って、ふわりと笑う。

 

「やっぱり、達也さんは面白いですね。とても興味深い」

 

・・・うん?あれ?光宣君お兄様にラブです?あら、大変、吉田くんに強力なライバルが?(違う)

というかこんなに仲が良くなるなんて、私たちがいない間二人は何を話していたんだろう。

気になるけれど、あっという間に駅に到着してしまいました。予定時刻より早いけれど、余裕あるに越したことはない。

 

「・・・ではここで。今日はとても楽しかったです」

 

光宣君のその言葉には嘘が無いように思う。

彼の頭の耳は垂れ下がり、尻尾はしゅん、と力が無い。・・・パレードで幻覚見てるのかな、と疑いたくなるほどはっきりくっきり落ち込み具合が丸わかりです。

きゅう、と心臓が掴まれる可愛さ。恐ろしいね。うちに連れて帰りたいと思ってしまう愛らしさ。うずうずする手を抑えるのに必死です。

 

「いや、こちらこそ助かった」

 

お兄様もただの社交辞令ではなく本心で答えていた。

襲われたけれど、おかげで知らないことを知ることもできたのでお兄様にとっても実りある二日間だっただろう。

それを受けた光宣君は、切なげに瞳を揺らし、別れを惜しむ。

・・・横で見ているだけだけど、よくこの視線を向けられてお兄様は正気を保っていられるね。

一歩下がっている水波ちゃんなんて直撃を避けるためか私を盾にしてチラチラと覗いている気配。というかリムジンの窓に映ってますよ。

主を盾にするとは。水波ちゃん本当に強くなったね。あらゆる意味で。

以前ならどんな時でも主を盾にするなんてできない!精神だったけど臨機応変を覚えられましたか。図太くなった、とも言う。でもいい成長だと思うよ。

 

「また、お会いできますか?」

「まだ用事は終わっていないからな。近々こっちに来ることになる。その時はまた世話になると思う」

 

目的の周の居場所はまだ見つかっていませんからね。

 

「是非!何でもおっしゃってください。僕でお役に立てることでしたらお手伝いしますから」

 

お兄様からの頼りにするとの言葉にシャキッと背筋を伸ばす光宣君。

わんこが元気になりましたね。しおしおだったお耳がピンと立って尻尾がぶんぶん振られてます。

藤林さんよりもお兄様の方が調教師でした?お兄様の周りに私を筆頭にわんこがいっぱい。

私にほのかちゃん、中条先輩にケント君の小型犬コンビ。水波ちゃんは四葉のイメージのせいか猟犬タイプかな。いや、可愛いから同じお仕事する犬でも牧羊犬タイプ。

中身はきりっとしていても可愛いコーギーかコリーか。・・・パートナーがゴールデンレトリバーならコリーだと同じ長毛種で毛が絡まって大変だろうからコーギーかな。

なんて私が妄想している間に挨拶が終わりそうになっていた。

 

「ありがとう。ではまたな」

「はい!またその時に」

 

おっと、このままお別れしそうになってしまった。一言だけ。

 

「光宣君、日記を書いたら送るから、よろしくね」

「!はい、もちろんそちらも楽しみにしています!」

 

学生同士らしく、手を振ってお別れをして。

向かったのは駅構内のホームではなく――お土産屋さんでした。

 

「時間も余裕があるし、ゆっくり選ぶと良い」

 

前回の旅行で行くことのできなかったお土産屋さんに!お兄様、私がこっそり残念に思っていたことに気付いてくださってた。

喜びの余り、お兄様の手を握って感謝を伝える。

 

「ありがとうございます!」

「そんなに喜んでもらえるとはな」

 

苦笑しながら手を繋いでいざ店内へ。

あの・・・掴んでおいてなんですが、手は離してくださってもいいのですけれど。そんなにあちこち動き回ると思われたかな。

さっきの妄想のせいでこの手がリードに思えてしょうがない。恥ずかしさよりも戸惑いが大きい。

でもせっかくのお土産屋さん。時間も限られていることだし色々見て回ることに専念しよう。

 

 

――

 

 

家に帰るまでが旅行です。

ということで帰って参りました我が家!

楽しかったぁ。まさか星の砂がまだ生き残っていたとは。あのお土産って海が近くないと無いと思ってた。

そもそも奈良に海ってないよね?一体どこの砂なのか。買わなかったけれどつい嬉しくてじっと見つめてしまった。

あと名前入りキーホルダーね。

この時代名前は一周回ってキラキラネームはほとんど無くなっていた。アレも妙なブームだった。いや、過去も結構な名前あったけどね。

買ったのは消え物ばかり。鹿の描かれたクッキーにチョコクランチ、お煎餅などオーソドックス系。この間の先生にいただいたのとはまた違うチョイスを。

生徒会にお土産として買っていくべきか悩んだけれど、何故奈良まで行ったかという話になったら面倒だということで手作りおやつを差し入れにする予定。

夕食はリニア列車の車内販売のお弁当で済ませた。ちょうど三種類あったので全員バラバラに頼んでおかずを交換し合った。楽しかった。お弁当も旅行の醍醐味だよね。

楽しい、いい思い出になった二日間だった。

温泉に入ったのでお風呂には入らず、今日の水波ちゃんのお仕事はお終いです。慣れない旅行で疲れたでしょう。ゆっくり休んで、と半強制的に休んでもらった。

ずっと緊張の連続でしたからね。九島家訪問から、敵の出現や、温泉での騒動だったり。光宣君相手にはずっと緊張しっぱなしだったしね。

私もそれなりに疲れたけれど、気分が高揚しているせいか眠気が全く来ない。

何か飲み物でも淹れてリビングで落ち着いてから寝ようか、と今日は珍しくハーブティーを淹れようとキッチンでガラスのティーポットを準備していたらお兄様に声を掛けられた。

 

「そのポットを見るのは久しぶりだな」

「!お風呂から上がられたのですね。お兄様もいかがです?今日はレモングラスのハーブティーです」

「お願いするよ」

「かしこまりました」

 

うーん、お風呂上がりのお兄様はきちんと拭われていても水気があるというか、色っぽいよね。

身体が温まっているからそう見えるのか・・・はたまた私の煩悩のせいか。

リビングで待つお兄様に心を込めて一杯を注いで持って行く。

深々と座っているお兄様を見られるのはこの一瞬だけで、私が近づくと身を起こしてしまう。

そのままの姿勢でいてくれてもいいのだけれど、とも思うが、以前はその姿さえ見せてくれなかったことを考えるとかなり譲歩してくださっているのだと思う。

私の、お兄様のリラックスした姿が見たいという願いを少しでも叶えてくれているのだ。

それが嬉しくて口元が緩くなってしまう。

 

「お待たせいたしました」

「いい香りだ」

 

お兄様の前に置いて、さて、私は今日はどこに・・・なんて思う隙も無いくらい、お兄様が隣をぽんぽん叩く。そこに座れということですね。・・・やっぱり私調教されているのかしら。

 

「どうした?浮かない顔に変わってしまったが」

「いえ・・・お兄様に飼いならされ――いえ、なんでもありません」

 

危ない、また変なことを口走りそうになっていた。慌てて止めたけど、残念。八割言ってしまったからお兄様もその言葉が何だったか気づいた模様。固まりましたね。申し訳ない。

黙ってお兄様の隣に腰を下ろして、お茶に口を付けたけど、今淹れたてだからとっても熱い。動揺しすぎだ。手を当てて冷やす。こういう時冷え性便利だね。

 

「火傷してないか?」

「大丈夫です。少しひりひりするだけですから」

 

お兄様が固まりから復活。流石お兄様。妹のちょっとした粗相にも気づいて心配してくれる。優しい。

 

「見せてみなさい」

「大丈夫ですから」

「深雪」

 

・・・うう、大したことないのに。

ゆっくりと手を離すとお兄様が顎に近い頬に手を添えてじっくりと唇を見つめられた。

 

「ちょっと赤くなっているね」

 

そう言って親指で軽く撫でられる。

 

「痛くはないか?」

「・・・はい」

 

痛くはないけど大変恥ずかしいです。触診なんだから恥ずかしがることは無いはず、と言い聞かせてもお兄様の顔が近いのですよ。

・・・変なことを口走った罰ですかね。反省。今年は発言に気をつけていたのに。

 

「深雪はあわてんぼうだね」

「・・・すみません」

 

ゆっくりと頬の手が外れて頭を撫でられた。

 

「それにしても、なんだって俺が深雪を飼い馴らすなんて発言に繋がったんだ」

 

・・・結局説明から逃れられなかった。

仕方が無いので今日の妄想を搔い摘んで説明する。光宣君がゴールデンレトリバーに見えることは伝えていたので、いいか、と。開き直ったとも言う。

 

「光宣が犬っぽい、というのはなんとなくわからなくもないが。・・・深雪の発言は時々危ないから気をつけなさい」

 

はい。よく肝に銘じておきます。

反省を示すと、お兄様もお茶を口に含む。そしてまだ熱いからもうちょっと待つように言われました。・・・過保護が発動してしまった。

 

「それにしても交換日記なんて、よく知っていたな」

「昔読んだ本に書いてあったんです」

 

前世が懐かしくて、歴史書を読んだらあったんですよね。歴史書と言っても文化を知ろう、みたいな子供向けのものだったけど。

旧遺物扱いでした。ノート自体がもうほとんど使わなくなっているからね。昭和も平成も令和も明治大正と同じ分類。一緒くたにされるのはなぁ、と思わなくもないけれど50年も経てば丸っと一緒になりますよね。

流石に江戸は一緒ではなかったけどね。着物文化は一緒にはならなかったらしい。

 

「深雪は随分と光宣が気になっているようだね」

「そうですね。彼は――何というか危うく見えてしまうんです」

 

お兄様相手だから下手に誤魔化すこともない。全てお話することはできないけれど、今の私が感じていることを情報として伝えることは必要だと思うから。

 

「私には、彼の軋みが感じられてしまうのです」

 

私は私が感じたままの光宣君の状態を伝えた。

彼の身体がボロボロに感じてしまうことを。それに対し、私が抱いた彼への想いも。

 

「傷ついている彼を見ていると、心が疼くのです。心配になる、優しくしたくなる――母性本能とでも言うのでしょうか。彼を慈しみたくなるのです」

 

うまくまとめられず、とりとめのない言葉をそのまま伝えた。

お兄様はそれを静かに聞いて、すべて聞き終わるとお茶に口を付ける。一口飲んだところで暫し目を閉じて整理をしているのか。

そしてカップを机に置いて膝の上で手を組むと前のめりになって。

 

「・・・深雪、それは一目惚れとは違うのかい?」

 

お兄様の口から聞きなれない言葉が。

 

 

――

 

 

(うん?一目惚れ?もしや私に恋バナを求めてらっしゃる?)

 

確かに光宣君の美しさは尋常ではなかったですからね。どんな乙女も、それどころか男の人でさえ彼を見れば目を奪われるだろう。

残念だけれど、その期待には応えられない。美しいモノを見て興奮は覚えてもときめきは覚えなかったから。

 

「何と言えばよろしいのでしょう。これも感覚としか言い様がないのですが、愛情を向けることはできるでしょうが恋情になるかと言われるとそこに繋がらないのです。

例えば、彼が水波ちゃんと付き合うとします。私はそれを手放しで祝うことができるでしょう。幸せになってもらいたい、と願うことができる。これは恋をしていたらできないことだと思うのです」

「・・・・・・そう、か。そうだな」

 

一応納得いただけただろうか。

恋をしている相手の恋を応援なんてできないはずだから例えにしたけれど、うん。水波ちゃんと光宣君がお付き合いしたら喜ぶなぁ。

私にとって彼はすでに庇護しなければならない相手になっていた。

お兄様を守りたい、という気持ちとはまた別の、守ってあげたいという気持ち。

お兄様を幸せにしたい、と光宣君に幸せになってもらいたい。・・・この差は私の中ではかなりの別物なのだが、言葉って難しい。

多分私は多少恥ずかしさはあるかもしれないが光宣君を抱きしめられる。だけどお兄様相手のようにドキドキはしないと思うのだ。

 

「やはり、第一印象の影響でしょうか。ゴールデンレトリバーから抜け出せないのですよね。お別れの時は耳としっぽがくっきりと見えましたもの」

「ああ、それは俺も感じたな。光宣は恐らく頼られることが好きなんだろう」

 

お兄様もそう思われたんだ。可愛らしかったものね。一つ下とは思えない純粋さ。

心を開いた相手にはあけっぴろげになるタイプ。そういったところもゴールデンレトリバー。可愛い。

 

「うん。そうか。深雪にとって光宣は愛玩対象なんだな」

「・・・お兄様、それはちょっと印象がよろしくありません。せめて庇護対象と」

 

お兄様は私を何だと思っているのか。流石に同年代の男の子相手に愛玩だなんて発言はよろしくない。私はどんな悪女です?

お兄様は態と言ったのか、口元が笑っていた。

 

「だから私の恋人候補なんて勘違いをして決闘なんてなさらないでくださいませね。もしお兄様がそのようなことで光宜君を攻撃しようとしたら私は光宣君の前に立ちはだかってお兄様を止めますよ」

 

お兄様が私を攻撃することだけは無いという前提があるからこそできる壁役です。

お兄様自身、そんなことにはならないとわかっているから口元を綻ばせた。

 

「・・・まるで子を守る母のようだな」

「だから言いましたでしょう。庇護対象なのです」

 

わざとらしく大げさに言えば、今度は肩の力も抜けたよう。安堵の表情を浮かべられていた。

そもそも心配することなんて何もなかったというのに。お兄様も心配性だ。

 

「深雪が交換日記を言い出したのは、もしかして水波のためでもあるのか?」

 

あら、お兄様頭の回転が正常に戻りました?察しが良くなりました。というか水波ちゃんの恋バナもここでしちゃいます?

 

「・・・ちょっとしたきっかけになれば、と思わなくもない、と言ったところでしょうか」

 

お節介でしょうか、と言えばお兄様はいいんじゃないか、と。・・・お兄様、他人事だからって軽いお返事。

以前、友人の恋は応援しない、と公言したことがあるが、身内は別枠。特にお兄様の恋なら全力でパックアップする所存。言えないけど。

 

「水波は言わずもがなだったが、光宣もなんだかんだと気にかけてくれていたしな」

 

そうだね。私がお兄様のお話を聞いている間、水波ちゃんの相手をしてくれたのは光宣君だった。

・・・お兄様、やっぱり恋バナ好き?というより他人の好意には気づくんだね。

原作でも吉田くんだったり水波ちゃんもお兄様自力で気づいてましたもんね。

自身で気づけているのがほのかちゃんだけっていうのが不思議でしょうが無いのだけれど。

深雪ちゃんに関しては妹だからが前提なので別として、七草先輩には気づけないのはどうしてだろう。

ありえない、と思い込んでた、とか?七草とか家の関係じゃなく、あの人が自分を好きになるはずが無いと思い込むような前提が無い限り、あれだけあからさまなんだから気付かないってことは無いと思うのだけど。

この間の水着売り場の件だってそう。

もしお兄様のポジションに十文字先輩がいたとしてもあそこまで取り乱したかと言えば、恐らく彼女は悲鳴を上げなかっただろう。

・・・いや、十文字先輩だと例えが難しいか。服部先輩なら揶揄っただろうね。一年の時の九校戦に向かうバスでも揶揄われていたし。

同じ年下で、弟として見ているというのならあんな真っ赤になって悲鳴を上げないだろう。・・・そこの場面は見てないけどね。

きっと涙目で顔を真っ赤にして悲鳴を上げただろうと想像がつく。生徒会選挙の際だってあんなに真っ赤になっていたもの。

だから、お兄様がほのかちゃん並みに矢印を向けられているにもかかわらず、その好意に気付かないなんてあり得るのだろうか。

って、原作とこちらの現実がごっちゃになってしまった。でも、そうなのだ。

原作より感情が豊かになったお兄様は人の感情にも理解を示すようになっている。だから色々と気づいてもいいと思うのだけど。

他にも原作だとエリカちゃんね。

エリカちゃんも多分、お兄様が押せばお付き合いできたんじゃないかな、と思っている。西城くんとの関係も素敵だけれど、お兄様に惹かれていたように見えた。想いは芽吹いていたと思う。

だけど、その芽を早々に自分で摘み取っていた。彼女は、諦めることを知っていたから。

あとはリーナちゃんも、たった三か月――実質二か月だけど、それでも十分お兄様に惹かれていた。

千秋ちゃんだって、初めは憧れていて、途中で憎しみに翻ってしまったけれど、それまでは恋をしていた。

うーん、やっぱりお兄様は自分のことに関しては鈍いの?自分に向けられているモノでも条件が何かしらあって、そこをクリアしないと気付かない、みたいな?・・・わからなくなってきた。

 

「深雪?どうした」

「いえ、日記には何を書こうかと思いまして。まずはあいさつ代わりに今日の日記から書いてみようと思ったのですが、今日はたくさんあり過ぎてうまくまとまりそうにありません」

「・・・ああ、確かに。今日はいろいろあったな」

 

そうなんだよねぇ。それに、考えたら今日のことは皆共通で知っていることだから、改めて書くのも・・・でも、例題としてはわかりやすい?ううん。

 

「とりあえず書いてみたらどうだ?俺は日記の書き方を知らないが、こういうのは朝から順に時間列を並べて書くものなのか?」

「そうですね」

 

お兄様に促されるままに端末を開く。

 

 

――

 

 

10月7日 日曜日   深雪

 

今日から交換日記を始めることになりました。

まずはお試しとしてどんなものか書いてみたいと思います。

 

昨日から奈良に来ています。ホテルで目覚めるのはいつも新鮮でわくわくしてしまいます。

この調子で細かく書いてしまうと原稿用紙5枚分になってしまいますので印象に残った部分だけ書きますね。

 

朝、光宣君の家に行ってびっくり。リムジン移動だそうで、光宣君がリムジンをバックに立っている姿がとても画になっていたのが印象でした。椅子がふかふかで中が広くてリビングにいるようなくつろぎ空間。すごかったです。

 

お兄様たちはお仕事をしているのに、私だけ観光気分を味わって申し訳ない気分でもありましたが、とても楽しませていただきました。奈良はとても素敵なところで見どころが多く、いつか観光目的でゆっくり見て回りたいものです。

 

昼食にいただいた、柿とほうれん草の白和えは衝撃でした。柿をおかずとして食べたことが無かったので。今度作ってみたいと思います。秋の味覚をたくさん食べられて、光宣君に感謝です。

 

途中、お邪魔虫が現れましたが、光宣君の技に圧倒されてしまいました。お兄様が凄いのはもちろん、水波ちゃんの働きも素晴らしかったのですが、圧巻、とでもいうのでしょうか。目を奪われてしまいました。センスももちろんあるのでしょうが、あそこまで鍛え上げられるには並の努力ではないでしょう。尊敬します。

 

・・・その後の温泉は気持ちのいいものでしたが、私はどうも温泉とは相性が良くないようです。以前も似たようなトラブルが。詳細は訊かないでくださいませ。悲しい思い出です。

 

光宣君とお別れした後、時間が余ったのでお土産物屋さんへ。たくさんお菓子があって選ぶのも面白かったです。旅行の醍醐味ですよね。光宣君はどういったお土産ものが好きですか?今度お会いする時希望の東京土産がありましたら持って行きますね。

 

 

と、こんな感じでしょうか。短くまとめたつもりでしたが、原稿用紙一枚分にはなってしまった気がします。

この行間のところに、それぞれコメントを入れたりします。今隣にお兄様がいらっしゃるのでこの先はお任せしようかと思います。

 

この交流が、私たちの仲を一層深めてくれることを願って。

明日も担当は私です。

 

 

 

 

「こんなかんじでしょうか」

「・・・すごいな。よくすらすらとこんなに書けるものだ」

 

お兄様に褒められたけど、なんだか気恥ずかしい。まるで小学生の日記のよう。

 

「いったい何をそんなに照れているんだ?上出来だと思うが」

「日記を見られながら書くというのも恥ずかしいですが、内容もまた、子供過ぎたでしょうか」

「親しみやすくていいと思うぞ。俺もこれならコメントが書きやすい」

「そう、ならよろしいのですが」

 

お兄様が褒めるように頭を撫でるけど、この流れだと余計に子供扱いに感じる。

思わず恨めし気にお兄様を見つめると、お兄様は苦笑して。

 

「子ども扱いではないぞ。可愛いから愛でているだけだ」

「・・・それが子ども扱いというのではないのですか?」

「なら深雪は水波や光宣を可愛がる時、子ども扱いをしているのか」

 

お兄様に問い返されて、ちょっと悩んでしまった。

水波ちゃんに関しては確かに猫可愛がりをしている。でも子ども扱いをしているかと問われれば、彼女に対して母性本能は反応しない。

でも、光宣君に関して言えば、

 

「不思議なのですが、妙なことに、光宣君に対しては幼子を相手にしているような気分になります」

「それはまた・・・。さっきも母性本能が、と言っていたね。異性だと思わない、ということか?」

 

お兄様も私の答えに困惑気味。

そうだよね。一つしか違わないのに。

 

「彼を異性として認識するのは難しいかもしれません」

「・・・だが、光宣はどうかわからないぞ」

「わからない、とは?」

「お前にとって異性と感じなくとも、あちらにとってはそうではないということだ」

 

何度かお前に見惚れていたしな、とお兄様は言うけれど、それを言えば私も何度か彼には見惚れた。

だって美しいんだもの。芸術作品に目を奪われないものはいない。

 

「それにお前は特に光宣に甘いからな。勘違いさせてしまうこともあるんじゃないか」

 

・・・お兄様、なんだかシスコン拗らせてます?近寄るものは全て怪しい、みたいな警戒感をお持ちの模様。いつだったかの桐原先輩の時を思い出しますね。

 

「先ほど水波ちゃんとの関係をお話していたではないですか」

「それはそれ、これはこれだ」

 

どれだ?

お兄様、いつもの理論的な考えはどこにいきました??お兄様が迷走しています。

 

「ほら、お兄様。そんなことは置いておいて、コメントをお書きください。その際にはお名前も書いてくださいね」

 

お兄様はまだ納得いっていない様子だけれど、お願いすればそちらに意識を向けてくれた。

こういうものは急かしてはいけないのですけどね。逸らすためには苦肉の策です。

それからお兄様はコメントを付け足してくれた。・・・なんていうか、赤〇ン先生かな。添削されてる気分。

でも横顔見ていると、真剣な眼差しで・・・とてもカッコいい。これで眼鏡でもされたら似合いすぎてヤバいと思う。

目のいいお兄様がメガネを掛けるシチュなんて無いのだけど、ファッションで掛けてくれないかな。とっても似合うと思うんだ。

実は深雪ちゃんにも似合うはず、と買って掛けたことがある。めっっっちゃ可愛かった。

態と両手で押さえてちょっとずらしたりしてね、萌え袖セーターと合わせた時の破壊力よ。

可愛い以外の何物でもなかった。このフィギュアが欲しいって思ったもの。いくらでも払うからって。

お兄様は逆に何もしないで掛けてくれるだけでいい。

普段の恰好で眼鏡かけて足を組んでその膝に手を組んでひっかけてもらって――何もしないで良いって言うわりにポーズキメてもらってるね。でも絶対似合う。

・・・今度プレゼントしてみようかしら。お揃いってことにしたらお兄様一回くらい掛けてくれるかな。

 

「深雪の視線はおしゃべりだね。俺の目がどうかしたか?」

 

そんなことを考えていたら視線が気になる、との声が。

 

「!!も、申し訳ありません!邪魔をしてしまいましたか」

「いいや、構わないよ。ただ、何が気になったのか、それを教えてくれないか」

 

・・・素直に言って引かれないかな。でも聞かれたからには答えないという選択肢は無いから。

 

「お兄様には眼鏡が似合いそうだな、と思いまして」

「・・・それは、どういう意味で?」

 

んん?どういう意味で、とは?お兄様の雰囲気が若干暗く、いえ、落ち込んでる?

 

「どういう、ですか?きっと素敵だろうな、と思ってのことなのですが、他に何かあるんですか?」

 

ここは素直に答えた方が良い、とそのまま答えたらお兄様は少し変なお顔に。私何か変なこと言った?・・・お兄様には眼鏡が似合うから掛けて欲しい、というのは変なことではあるのかもしれない。お兄様には脈絡もない話だったものね。

疑問符を浮かべているとお兄様が重そうに口を開いた。

 

「・・・以前、藤林さんに眼鏡を貰ったことがある」

「え!そうなのですか?!」

 

それは見たい!ぜひ見たい!!藤林さんもお兄様に眼鏡が似合うと見抜いていたのですね、流石です!と目を輝かせてお兄様を見つめたのだけれど、続く言葉に私は目を見開くことになる。

 

「俺が鬼畜だから、だそうだ」

「・・・はい?」

 

ん?どういうことです?

 

「軍事訓練の一環で、仮想敵を想定したシミュレーションを行ったんだ。その時リーダーとしての役割を与えられたから最良の作戦を組み立てたつもりなんだが、――確かにその時実行した作戦は慈悲など一切ない鬼畜の所業と呼ばれてもおかしくない手段であったから、多少の非難は覚悟していたんだが、その作戦の後に渡されたんだ。鬼畜には眼鏡がよく似合うから、と」

「・・・そうなのですか?」

「さあ?俺にはわからん」

 

・・・鬼畜、人でなしのイメージ?頭脳派、クール系だから眼鏡は似合うと思うけど・・・そもそもお兄様一体どんな作戦を実行したらそんな風に思われるの?怖いから訊かないけど。

 

「隙のない作戦を立てる頭脳派という意味でしたら確かに眼鏡は似合うのではないでしょうか。眼鏡には知的なイメージがありますから」

 

でもお兄様、すでに眼鏡をお持ちなんだ。一度も見たことが無いけど、鬼畜っぽいからあげる、と言われて着ける人はいないか。あまり印象よろしくないものね。

藤林さん、ユニークグッズとして渡したのかな。

 

「どんな眼鏡なんです?」

「・・・気になるなら見るか?」

 

部屋にあるぞ、とお兄様からのお誘いが。

気になってるのが目に見えて伝わってしまったのだろう。お兄様は苦笑している。

でも、見せてもらえるなら見たい!コクコク頷いて返すと、端末を閉じてお茶を飲み干した。

私も慌てて残り僅かなお茶を飲み切る。

 

「そんなに慌てなくてもいいのに」

「気が変わられては困りますもの」

「期待しているようだが、普通だぞ」

 

いえ、藤林さんが選ばれている時点で普通ではないと思います。きっとお兄様にお似合いの眼鏡を厳選されているはず。

カップを片付けていざお兄様の部屋へ。

 

 

――

 

 

こんなにワクワクしながらお兄様のお部屋に訪問するのは久しぶりですね。

このところ緊張を強いられる場面が多かったもので。

 

「座って待っていてくれ」

 

そう言われてベッドに座るくらいには慣れてきた部屋。

それでもこうしてお兄様の匂いに囲まれてしまうと脈拍はどうあっても上がる。

待っている間にこっそり呼吸を整えて落ち着かせようとしているのに、お兄様はどこに何が入っているのか的確に覚えているのでお目当てのものをすぐに見つけてしまう。

 

「これだな」

 

そう言って見せてくれたのは・・・あら、ケースからして高級品。お遊びに贈るにしては本格的。

もしかして贈られたのは4月なんじゃないですか?プレゼントを贈る口実に鬼畜発言をした疑惑。

中身は、ハーフリム型のシルバーフレームの眼鏡。知的でもあるけれど、流線型な部分がスポーティーにも見える。

 

「流石藤林さんですね。とてもお兄様にお似合いになりそうな眼鏡です」

「そうか?」

「お兄様、掛けたことが無いんですか」

「掛けたら鬼畜に見えると言われて掛ける気にはならないな」

 

あら、まあ。お兄様ったらいじけてしまってつけてないらしい。そんなところも可愛らしくてキュンっとしてしまうね。

せっかく脈が落ち着くと思ったのにさっきから上がりっぱなしです。

 

「それはただの口実かと。このデザイン、知的でクールでもありますが、遊び心もあるおしゃれ眼鏡ですもの」

「そういったことはわからんな。お手上げだ」

 

言いながら、お兄様は隣に腰を下ろした。

 

「深雪は掛けたところが見たいのか」

「ぜひ!」

「――そうか」

 

頂いた時を思い出していたのか憮然とした表情だったのが、にやり、という擬音が似合う笑みに変化して。

 

(・・・わぁ。お色気が溢れておりますよお兄様。目に毒です。劇薬です。心臓が、悲鳴を上げるくらいトップスピードになってしまいました)

 

ドキドキと心臓が激しく音を立て始めた。可愛いの直後にカッコイイのコンビネーションアタックは私のウィークポイントにクリティカルヒットです。

 

「なら、深雪がかけてくれ」

 

そう来ましたか・・・。やけに近い距離で座られるなと思っておりましたが。

 

「ご自身で掛けた方が早いと思うのですが」

「深雪が掛けた俺を見たいように、俺も眼鏡を掛けてくれる深雪が見たい」

 

交換条件、ということらしい。

眼鏡を掛けられるところが見たい、とはどんな状況なんですかね。そんな変わったものは見られないと思うのだけど。

でもなんだろうね。普通に触れるより緊張するのは。

手に持つ眼鏡は軽かった。レンズも度が入っていないから厚さも無い。完全ファッション用。

レンズに指紋をつけないよう慎重に弦に触って広げて。

 

「そこまで壊れ物じゃないと思うが」

 

くすくすと笑うお兄様は、私の緊張がわかっているはずなのにとても意地悪だ。

 

「もう、お兄様ったら。動かないでくださいませ。とんでもないところに刺さってしまうかもしれませんよ」

「安心しろ、失敗してもすぐ修復するから」

 

意地悪返しで脅しを掛けたらブラックジョークで返された。

 

「・・・こんなことで軽々しく再生を持ち出さないでくださいませ」

 

冗談めかして不満を口にすれば、お兄様も軽くすまん、と謝罪。

すぐにお互い微笑み合って。

 

「じゃあ、行きますよ」

 

仕切り直してお兄様の前に眼鏡を持っていくのだけど――お兄様ジッとこっちを見てる。・・・恥ずかしいのだけど、我慢するしかない。全ては眼鏡を掛けたお兄様を見るために!耐えるのです。

全神経を集中させて震えないように細心の注意を払って――。

 

「・・・・・・素敵です、お兄様。よくお似合いです」

 

予想を上回る格好良さ。それを至近距離で見るこの特権、――督促状が送られてくるレベル。支払い切れる自信が無い。

この眼鏡、魔法がかけられてます?魅力アップと麻痺、もしくは石化とそれから――

 

「深雪はよく呼吸を忘れてしまうね」

 

どうしてかな、と弓なりの目をされてるお兄様は原因をご存じだろうに、追い打ちをかけるように顎に指を掛けて更に顔を近寄らせて。

 

「早く呼吸を思い出さないと、直にここに吹き込んでしまうよ」

 

親指でなぞる様に、ここ、と唇に触れられる。

混乱する中、小さくあ、と声が漏れるだけで吸うことが難しい。ここは水の中かと思うくらい息が吸えない。

 

「そんなに見つめられ続けると、いくら艶やかな黒曜石もかくやの美しい瞳でも渇いてしまいそうだ」

 

くすくすと笑い、もう片方の手で目を覆い隠された。

その瞬間、視界が遮られたことで息を吹き返す。

・・・息を吸った途端、苦しかったことに気付くなんて。私もお兄様同様鈍感なのだろうか疑ってしまう。

 

「もう大丈夫だな」

 

そう言って目隠しのような役割を果たしてくれた手は目の前から外れたのだけど、そうすると現れるのが、眼鏡を掛けたお兄様なわけで。

 

「うう・・・お兄様、残念ですが私には刺激が強すぎて直視できそうにありません」

 

せめて鏡か何かで反射越しに見ないと目がつぶれてしまう。メガネを掛けたお兄様が格好良すぎた。

お兄様は、なんだかなぁ、といった感じで苦笑しながら眼鏡を外し、ケースにしまった。

あ、せめて写真に残させてもらえばよかった。写真ならいくらでも眺められたのに、と悔やむ。

 

「・・・なんとなく、深雪の考えが読めるが、映像には残させないぞ」

「え!?どうしてです?」

 

お兄様が心をお読みになるのはひとまず置いておくとしても、何故残させてくれないのか。

お兄様に迫る勢いで身を寄せて仰ぎ見ると、お兄様はそこまでの勢いと思わなかったのか僅かに身を引いた。

驚いただろうに、それでもすぐに正常に戻れてしまうお兄様が羨ましい。

 

「写真などに残したら、深雪はそちらに夢中になってしまうのだろう?それは面白くない」

 

至近距離でにやり、と笑う姿に、

 

(これは確かに眼鏡が似合う!藤林さん、お兄様に眼鏡は間違いないです。お兄様は鬼畜です!間違いない)

 

・・・大いに混乱した。

 

「だが、たかが眼鏡一つだろう。何がそんなに違うんだ?」

 

ひとしきり妹を揶揄い倒したお兄様は満足したのか、いつものお兄様に戻られた。

まさか新たな属性、鬼畜を身に付けられるとは。お兄様にはまだ私の知らない属性が隠されているのかもしれない。

ほっと安心しながら眼鏡のなくなったお兄様の顔を見る。うん。好き。眼鏡を外そうが何だろうがお兄様にいつだって心臓は駆けだす。

歩くくらいのスピードでいいのにジョギングレベルから徐々にペースを上げていく。

 

(・・・お兄様は勘違いしているよね、絶対)

 

初めて息を止めたのは夏休み。お兄様の水着姿・・・というか裸の上半身を直視して、だけど。

続いてが横浜後。お兄様が疲労でおかしくなり、ストレス発散のお家デートを敢行した夜、スーツ姿のお兄様にノックアウトされた。

その次が初めてのパラサイトの気配に動揺した私を慰めんと涙を吸い取られたことに動揺して。

思い返してみると・・・結構止められてるね。お兄様いつから私の命を狙ってました??

 

「お兄様、眼鏡はただの要素の一つでしかありません。お兄様がすべての原因です」

 

一応否定はしておかないとね。私はシチュ萌え大好きオタクでもありますけれど、そもそもの前提が無いと成り立たない。

 

「口で説明も難しいですね。お兄様、眼鏡を――あと、ジャケットもお借りできますか?」

 

 

――

 

 

お兄様に私の伝えたいことが通じるかどうかわからないけれど、口で説明するよりビフォーアフターがあった方がわかりやすいかな、と。

私の突然の要求に、お兄様は一拍置いてから立ち上がって手に持っていた眼鏡をケースごと渡される。

そのままクローゼットに向かわれて、ちらっとこちらを見てから少し悩んで普段着ている黒のジャケットを取り出した。

別にジャケットじゃなくてもお兄様のサイズに合った服ならなんだって良かった。

単にお兄様に選びやすいかな、と指定しただけに過ぎない。

だからちょっと驚いた。お兄様が私を見てちょっと悩んだことが。

 

(いったい何を思って振り返ってくれたのだろう)

 

聞いてみたいと思う反面、気恥ずかしくてやめた。

なんとなくだけど、そのやり取りは――「何を思って私を振り返ったの?」なんて聞くのは彼氏彼女のやり取りに思えて。

別に兄妹でもおかしなことではないと思うのだけど・・・いや、部屋で着せ替えごっこみたいなことしてる兄妹普通じゃないな。

・・・うん、今更か。

私は考えることを放棄した。旅行帰りだしね、疲れてるし。

そういえば戦闘なんてものもあった。疲労で頭が働かなくても仕方のないことだ。

戻ってきたお兄様からジャケットを受け取ってその場で立ち上がって羽織り、もう一度座りなおすのだけど、この時には少し膝を内寄りに角度をつけて。

袖はほとんど手が隠れてしまうほどだが、ちょこんと指先が出ているので袖口を折らなくてもいいだろう。

お兄様はこの間、私の目の前に立っていた。じっと見つめられてます。そんな心配しなくともジャケットにいたずらなどしませんよ。

そして最後の仕上げに眼鏡を取り出し、掛けながらお兄様を見上げる。

眼鏡のサイズが合わないのでずり落ちてしまうのを防ぐため両手で押さえるのも忘れない。

 

「眼鏡一つでも、見え方が変わりませんか?」

 

本当は眼鏡一本でも良かったのだけど、自身でやったこの組み合わせが最強かな、と思ったので。

萌え袖×メガネ・・・あ、そこに彼ジャケ要素も入ったのか。彼じゃなくて兄だけれど。兄ジャケ。

お兄様には攻撃力の高い方が響くかな、と。

やってみたのはいいんだけどね、うん。お兄様瞳孔が開いてますよ。若干ですけど。一ミリにも満たないですけども。・・・これを判別できる深雪ちゃんの目、ヤバいね。

お兄様が固まっている間に私もお兄様を観察してみる。

下から仰ぎ見るお兄様。ハグをしている時にはよく見かけるけれど、こう、一歩離れたところから見るとまた新鮮だね。

 

「・・・深雪の呼吸が止まるのは、こういうことか」

 

おや?お兄様再起動しました。早いね。そしてすでに何かしらの分析が終了した模様。

どうやってその式と解答を得ました?

 

「深雪には変わりないし、眼鏡もジャケットもありふれたただの道具だ。目新しい物でもない。だが、それを深雪が着用することで、いつもと違う魅力が生じて目を奪われ、心を奪われ、思考を奪われるのか。これは確かに息も止まるな。体の指揮系統が上手く機能しない」

 

・・・・・・お兄様、この数瞬でそこまで深い分析を?オタク心理を理解されたと??恐ろしい・・・。まさか本当に一見するだけで理解されるとは。

 

「えっと・・・お兄様?」

「うん、可愛いな。眼鏡なんて顔を隠してしまうんじゃないかとさえ思っていたが、相乗効果が生まれるのか」

 

お兄様、呑み込みが早い。

そうなの。相乗効果が生まれるんだよ。ナチュラルの状態もいい。だけどそこにもうひと手間加えると一層輝く組み合わせというものがある。

簡単に言ってしまえば裸より、エロエロランジェリーを身に付けたら何も無いよりエロくなる。そういうことだ。

丸見えよりも見え隠れした方が興奮する。不思議だね。

 

「サイズの合っていないジャケットを着てどうするんだとも思ったが」

「余裕ある、というよりこのだぼだぼの感じがより一層私の小ささを浮き彫りにしますでしょう?そうするとさらに華奢に見えるという寸法です」

 

それに、彼シャツならぬ兄ジャケである。・・・お兄様に効果があったかはわからないけどね。

 

「ただでさえ細いのに華奢になったら、と思わなくもないが、実際目で見てしまうと・・・より繊細で触れたら崩れてしまいそうなほど華奢に見える。・・・深雪は砂糖菓子か飴細工でできていた?」

「まあ。お兄様ったら幻影でもご覧になっておられるのですか?私は何も変わりないですよ」

 

女の子は砂糖菓子でできている、なんてお兄様一体どこでそんな言葉を知りました?

先ほどから可愛いと言っているわりに触れられないのは、どうやら触れれば私が脆く崩れるのではと心配になったらしい。そんな錯覚、お兄様ならすぐに見破れるはずなのに。

くすくすと笑うけれど、お兄様の反応は鈍い。

でも私と違って動けていたり分析できている時点で称賛に値する。

私なら息の根が止まって気絶する未来しか待っていないから。

もう謎も解明されたことだし、と眼鏡を外し、ジャケットを脱ぐ。

するとお兄様は魔法が解けたように動き出し、ジャケットを持ったままの私ごと抱きしめた。

 

「お兄様、ジャケットが」

「・・・いつもの深雪だ」

 

あらあら。確認しないと落ち着けないくらい華奢に見えていました?萌え袖深雪ちゃん可愛いよね。私もヤラれたからわかる。暴力的な可愛さだった。

 

「私にパレードは使えませんよ」

「適正はありそうだがな。今のお前は十分に使えていた」

「ま、お兄様ったら」

 

冗談まで言えるようになったなら、もう大丈夫だね。お兄様復活が早い。

体を離してジャケットを返すと、お兄様はそれを無造作にベッドに放り投げた。あとで片すんだろうけど、珍しいお兄様の雑な行動にきゅんとした。

そんな態度は表に出すことはないけれど。

 

「ご納得いただけましたか?」

「眼鏡やジャケットは要素の一つ。魅力を引き立てるアイテムでしかない。――肝心なのはそれを深雪が身に付けることだ。そういうことだな」

 

そういうことです。・・・そういうことなんだけど、何で私はお兄様に萌えのお勉強をさせているんでしたっけね?

ああ、眼鏡がすべての元凶でしたっけ。うんうん、すべては眼鏡が悪い。そういうこと。

 

「もうこんな時間か」

「今日は色々とありましたから」

 

本当にね。朝から奈良観光(?)をして美味しいモノを食べ歩いたり、景色を見ては感動したり。感動と言えば思わぬ再会を果たしたり、光宣君の華やか且つ鮮烈な戦闘も見られ、お兄様のスマート且つ洗練された動きに見惚れ、帰りの温泉ではちょっと悲しい出来事もあったけれどお湯はとてもよくて。お土産物売り場に寄ることもできて個人的には大満足の旅行だった。

 

(何より、水波ちゃんとの関係が深まったことが一番嬉しかった)

 

ただの主従関係ではなく、固い絆が結ばれた、そんな関係に成れたと思う。

 

「――今度、また遠出をしようか。今度は純粋に旅行だけを目的として」

 

!それは、是非と言いたいところだけど、前回何も考えずに叶わぬ口約束をして代償を支払った夏の思い出がよみがえる。

水着で湖まではまだ――うん、まだ耐えられた、はず。でもその後の温泉は・・・うん、ナニモナカッタ。記憶も何もかも山に置いてきた。

 

「それは魅力的なお誘いですが、しばらくはできそうにありませんね」

 

残念とばかりに眉を下げて微笑むと、お兄様ははぁ、と大きなため息を吐いた。

 

「さっさとこんな依頼を片付けたいものだ」

「ふふ、そうですね」

 

長期任務の解決の目途は全く立っていない。京都付近に潜伏しているようだ、との情報と、九島家――閣下と光宣君だけだけど――の協力を得られるようになったくらい。それでもこの短期間で得た戦果としては上々と言える。

帰宅直後お兄様は藤林さんと電話で話をしたはずで、彼女の力はもう借りられないことを知らされたはずだ。

情報部が動いているんだとか。軍も柵多くて大変だよね。他部署が絡むと面倒なことになる。

そして明日には、私たちが奈良で襲われたことが七草家に伝わるわけだけど――これは、必要な『死』であることはわかっている。

彼の決死の攻撃が無ければお兄様が術を見破るのが難しく倒せたかもわからないわけで、つまりは見捨てるしかない。無い――のだけど・・・

 

(・・・本当に、無いだろうか)

 

まだ何か、できることがあるんじゃないか、と考えてしまう。

 

「深雪?」

「いえ、今年のコンペに支障が無いと良いのですが」

「その前の下見で片が付くと良いんだがな」

 

お兄様はすでにエリカちゃん達と現地警護の下見に行くことを計画していた。

 

「その下見ですが、メンバーはいつものメンバーを予定されているのですか?」

「言っていなかったか。幹比古たちとだから6人の予定だ」

 

うん、そんな気はしていたけれど当然のように私と水波ちゃんが入っている。

 

「あまり大所帯で行ってはお邪魔になりませんか?」

「あちらでは分かれて行動するから問題ないと思うが。修学旅行先で学生グループもいるだろうから目立つこともない」

 

・・・あれか。家も敵にバレている状態で私を留守番させることは論外ということなのか。たとえ危険地帯であろうとも傍に居る方が守れると。

 

「何か心配事か」

「心配事、と言いますか。・・・正直浮かれないでいられるかが心配です。お兄様たちだけでなく、エリカ達とも京都に行けるなんて。遊びで行くわけじゃないとわかっていても、観光名所ですから」

 

私だって名目上生徒会長として動くわけだからホテルの従業員と直接顔を合わせて打ち合わせをし、万が一のシェルターを目で確認する、ということもしなければならないけれどそんなのお兄様たちに比べればなんてことない仕事なわけで、

一人だけ物見遊山な気がしてしまう。

 

「いいんじゃないか。その方が敵も油断するかもしれないぞ。――もちろん、囮になんてするつもりはないが」

 

後半のお声が低すぎて背筋が震えますね。・・・お兄様、自身が囮にされることは歓迎レベルなのに、私が相手だと狙った時点で相手の命が無い、みたいな。

しかしお兄様は厳しさを一変させてふわりと笑みを浮かべて。

 

「お前が傍で笑ってくれていたら、それだけでいい視察になるだろうからな。思うままに楽しんでくれたらいい」

「・・・もう、お兄様は妹を甘やかしすぎです」

 

ちょっとだけお兄様に寄り添うと、お兄様は苦笑して頭を撫でる。

 

「それはきっとお前が甘やかしたくなるくらい頑張り屋さんだからだろうな」

「でしたら、お兄様こそ撫でられるべきでしょう?お兄様もとっても頑張り屋さんなのですから」

 

今日だけでどれだけ働いていたのか、お兄様はもう記憶の彼方なのかもしれない。

頭に乗っているお兄様の手を取って、その甲を両手に包んでから撫でる。よく働く手は固く、努力し続けた手だ。

 

「今日もたくさん、よく頑張りました。お疲れ様です」

「ああ。・・・深雪も、身を守るのが上手くなったね。特にあの管狐への反応は良かった」

「ありがとうございます」

 

お互い労い合って、最後にもう一度ハグをして。

 

「おやすみなさいませ、お兄様」

「おやすみ」

 

こうして二日間の弾丸奈良ツアーを終えた。

この次は京都観光が控えている。

スケジュールがいっぱい。楽しみだね!と素直に喜べないのは裏の事情が濃すぎるからだ。

考えることが山積みだけれど、ここを乗り越えれば――

 

(ようやく、私の暗躍の結果が出はじめる)

 

長かったように思う。けれどあれから4年しか経っていないのかと思うと短いのだろう。

こんなに幸福でいいのだろうか、というくらい幸せな生活。

これが、あと3か月で変わってしまう。――終わってしまう。

それがとても寂しくて、悲しくて。

でもだからこそこの3か月を大事にしたくて。

この先を一人でも耐えられるくらい大事に思い出を抱えて。

 

(この日記のやり取りも、きっとその支えになってくれるはずだから)

 

端末を胸に抱いて、しばらくその場に立っていた。

 

 

――

 

 

学校生活は論文コンペ中心に回り出した。

何が足りない、アレが欲しい、とバタバタ慌ただしいが、去年ほどの活気はない。学校全体で取り組まなければならない大きな装置が必要にならないから学校全体で作業することが無いのだ。

会場と評価対象が違うだけでこんなにもやる内容が変わるなんてね。大変だ。

他人事なのは、論文が任意だから。提出はしましたよ。評価に繋がるので。生徒会長がサボってはまずいでしょう。

生徒の手本となるよう活動しないとね。

ということで人手が足りないというところに論文コンペにエントリーした生徒の中で優秀な生徒に、片っ端から手伝ってもらえないかとスカウトに回り、何人か人手を確保。

先に一時的処置としてお兄様を送り込んでいたところに確保できた数人を回して、を繰り返して人材不足解消に取り組んだ。

落選した生徒を説得って大変だったのだけどね。心を込めて誠心誠意お願いしましたとも。

もしそれでも難しかったら評価という餌を使って、ね。サポートメンバーにもなれば一応名前を連ねることができるから。こちら先着順だよー!とたたき売りのように参加を促したらあら不思議。それなりに人数が確保できました。

本人たちもきっかけが欲しかっただけだったりもするのよね。素直になれない思春期たちばかりだから。

生徒会長にお願いされたらしないわけにはいかないな、みたいな。

だけどそれで参加してくれるなら感謝です。お礼にあとで焼き菓子差し入れにいくからねー!

ある程度駆けずり回って講堂に戻ると五十里先輩とお兄様が何やら難しいお話をしているところで、近くのほのかちゃんがうっとりお兄様を見つめていた。

恋する乙女だねぇ。見つめているだけなのにお花が飛んで見えます。

 

「深雪、お疲れ様」

「雫は休憩?」

「今終ったところ。これから見回り」

「そうなの?でもすれ違わなくてよかった。頑張ってね」

「うん。ほのかも、あまり見惚れてちゃダメだよ」

「み、みとっ!?も、もう!生徒会としての視察だよ!」

 

視察という割に見ていたのはひとりだけだったように思うけど、お口チャックだね。雫ちゃんと視線で会話しながらお見送り。

 

「じゃあ、私たちも一度戻りましょうか」

「え、深雪は達也さんたちの作業見なくていいの?」

「ほのかが見ていてくれたならそれで十分でしょう」

 

ごめんね、もうちょっとお兄様を見ていたかっただろうけどお時間です。そろそろ業者の方から連絡が来てしまう。

 

「五十里先輩、兄さん。順調そう?何か足りない物はない?」

「司波さん。今のところは大丈夫かな。人手も僕たちだけじゃ確保できなかったよ。助かった。ありがとね」

「お役に立てたならよかったです」

 

うん、先輩のちょっとお疲れからの儚げはにかみいただきました。なんだろうね、この得も言われぬ色気は。お兄様、よく傍に居てなんともないですね。

お兄様を見上げたら涼しげな表情。今回はそんなにお疲れには見えない。良かった。

 

「深雪が先輩方を派遣してくれたからな。俺は引き継ぎだけしてすぐ他に回れた。見事な采配だな」

「兄さんの九校戦での行動を真似てみたの」

「俺の?」

「兄さんみたいに選手一人ひとりの特性を調べることは無理でも、選考上位二十名くらいならどういった分野が得意かなら試験の結果でわかるから」

 

全部がわかるわけじゃないけどある程度なら読めるから。あとは乗せて上げれば歯車は回る。

スポーツと違って知識に好不調はない。

 

「・・・人材を探すのもスカウトするのも能力が違うよ」

「俺にはできないことだな」

 

五十里先輩とお兄様がやれやれ、と首を振っている。

何をそんなに呆れているのか詳しく聞きたいけれど、本当に時間が無いので今はこの辺で。

 

「それでは続きをよろしくお願いします」

「が、頑張ってください」

 

ほのかちゃんがお兄様にだけ視線を向けていたけれど、五十里先輩は苦笑だけして手を振ってくれた。

ほのかちゃんの態度が花音先輩と被ったのかな。一生懸命な恋する女の子だからね。

お兄様もああ、と返してお別れ。

それからほのかちゃんには、帰り道におかしなことは起こってないか確認したけれど、特にないみたい。

これが本当に無いのか、それともバックについている人に警戒してなのか、分からないけれど。

何でも雫ちゃんのお父様は二人のために最高峰と言われる魔法師警備会社の森崎くんちに依頼を掛けたらしいから。

一学生にする警護じゃない。

もちろん先生のところのお弟子さんが劣るわけじゃないけれど、彼らは忍び。

まずそもそも警護をしているなんてバレることはしない。ひっそり潜んでこその忍び。ロマンが詰まってる。

 

「森崎くんのご実家なら安心ね」

「何でも小父様、森崎くんのご実家が、一高の論文コンペの件での警護ならと割引価格で仕事を引き受けようとしたことに怒っちゃって。商売人としてそれはダメだって定価を支払う上で仕事次第では今後自分の事業の警護契約を結ぶって言いだしたみたい」

「それは・・・森崎家も張り切って護衛をされるでしょうね」

 

商売人としての血が許さなかったんだろうね。

うん、守りが固いことは良いことです。

 

「深雪・・・私いつまで雫の家に泊まればいいの?」

 

・・・そうだよねぇ。期限が決まっていないと不安になるよね。

ほのかちゃん曰く、雫ちゃんちは大歓迎で迎え入れてくれて、家族同然に付き合ってくれるらしい。でも居心地がいいか、と言われると・・・あのママさんとパパさんだものねぇ。

圧が、圧が凄い。

 

「長くとも論文コンペまでに終わると思うのだけど」

 

一応論文コンペ絡みで襲われたんじゃないかって意見が有力だからね。

でもほのかちゃんは期限がついたことに驚きの表情を浮かべた。

・・・もしかしたら、何か感づいていたのかもしれないね。でもそれまでに片は付くはずだから。

 

「ほのか、大丈夫よ。怖いことにはならないから」

 

だから安心して、と私にできる精一杯の笑みを浮かべて答えると、ほのかちゃんはボン、と音を立てたように顔を真っ赤にして俯いてしまった。ごめん、加減間違えたみたい。

 

 

 

 

次の日、お兄様は帰りが遅くなるということで水波ちゃんと二人で帰宅することになった。

寄り道もせず帰宅すると、四葉からの小包が届いた。まるでお兄様がいない時を狙いすましたかのようなタイミング。

――なんて、私が依頼したのだけれど。

そして配達員にサインと、一通の手紙を託して。

 

「水波ちゃん、このことは時期をみたらお兄様に私の口からお話するから他言無用ね」

 

水波ちゃんは、荷物に描かれた四葉のマークをしっかりと確認し、頷いた。

 

 

――

 

 

10月12日。お兄様からの指示で京都への下見を吉田くんを筆頭にお兄様と私、そして水波ちゃんで行く流れを誘導した。

ほのかちゃんと泉美ちゃんはお留守番です。

二人ともとても残念そうにしていたけれど、生徒会役員がこれ以上抜けちゃうととっても大変なことになるから。

一応中条先輩にも声を掛けて手伝ってもらうことになってます。コンペの手伝いもしてもらっているのにこっちも手伝ってくれるなんて、先輩ありがとうございます!とっても助かります。

 

「・・・深雪先輩、副会長として頑張りますから、あの・・・」

「泉美ちゃん、大変なお仕事を任せてしまってごめんなさいね。時間があったらお土産を買って帰るから――」

「いえ!お土産じゃなくてその・・・褒めて下さいね」

 

・・・美少女のあざと可愛い涙目での上目遣いをいただきました。可愛い。計算づくな気がひしひしとするけど可愛いから許す。可愛い。

でもゴメンね。私の危機察知能力が抱きつくのは止めた方が良いと囁くので頭ぽんぽんだけで許してね。

それから急いで今日の分のお仕事を片付けて終わった頃、お兄様はほのかちゃんと連れ立って実習棟へ向かわれた。

風紀委員の引継ぎも話しておかないとね。

途中吉田くんと合流して雫ちゃんと軽く打ち合わせをするのだろう。

 

「泉美ちゃんは周辺でおかしなことなどおきてない?」

「はい。ご心配いただきありがとうございます。ですが、ウチの護衛も優秀ですので何も」

「それはよかったわ」

 

はにかんでうっとりされてのいつもの流れが起き、ピクシーが私たちの距離が縮まりそうなのを察知して動き出そうとしたところで呼び鈴が。

すっと立ち上がる泉美ちゃんが迎えたのは香澄ちゃんでした。

 

「香澄ちゃんもお仕事お疲れ様。何かトラブルは起きてない?」

「はい。大丈夫です」

 

二人は一緒に帰るからここで合流してから帰ることが多い。

 

「戸締りは私たちがするから、泉美ちゃん、香澄ちゃんもお疲れさまでした」

「「はい、お先に失礼します」」

 

おお。双子ユニゾン。思わずにっこりしちゃうね。珍しい物でもないのだけど聞くだけで嬉しくなるじゃない。

そうすると二人そっくり固まって、動き出すタイミングも一緒って言うね。面白い現象が見られる。双子の神秘だね。

これが見たくてやっちゃうところもあるのだけど。可愛いよね。

帰っていく二人を見送って水波ちゃんと二人きり。ピクシーもいるんだけどね。

 

「水波ちゃん、今日の日記に書くことは決まった?」

「・・・一応、授業のことを書こうとは思っています」

 

交換日記はあれから順調に日を重ね、一巡したところ。

まだまだ書き慣れない感じが初々しくて楽しい。書き手メンバーは3人。お兄様はコメント係。コメントは皆自由なんだけどね。

 

「なら、今夜は一緒に料理を作ってそれをネタにしてみたら?そろそろ皆に休憩用のお菓子を配ろうかと思って」

「それでしたらぜひお手伝いさせてください」

 

水波ちゃんもまだ戸惑いがあるのだろうね。彼女もこういったことに参加したことなかっただろうから。

こういう青春を感じられる時間を少しでも共有出来たら素敵だね。

 

「・・・あの」

 

そんなことを考えながらピクシーの髪を櫛で梳かしていたら水波ちゃんが遠慮しつつ声を掛けてきた。

ん?なんかそんな緊張するようなネタありましたっけ?

 

「深雪姉様は、その・・・光宣さ、んのことをどうお思いなのですか?」

 

人がいないとはいえここは外だからね。様と呼びそうになったのを堪えただけ偉いよ。大丈夫。

しっかし、水波ちゃんからも恋バナとは。師弟そっくりになりましたね。・・・恋バナだよね?人柄聞かれてないよね??

 

「どう、と言うとすぐに浮かぶのは一つなのだけど・・・怒らないでね?」

「え、はい」

「ゴールデンレトリバー」

「・・・・・・第一印象、でしたよね、深雪姉様の」

「そのまま変わりないのよねぇ」

 

日記を交換して、彼の日記を読んでみて思ったことはよくできました、という感想が最初だった。内容じゃない。よく書けたねでまず百点を出している時点で、これは恋じゃないと思う。

内容は、今日は体調があまりよくなくて学校に行かせてもらえなかったことや、書くことに困ったのでニュースの話題だったりと、あとは私が事前にリクエストした食事内容ね。

あまり意識して食べたことないんじゃないかな、と思ったらその通りで、料理人にまで聞きに行ったらしい。

その様子も想像できて微笑ましい。・・・うん。やっぱりこの感情は恋ではないなあ。沸き起こるのは母性愛だもの。

 

「なんていうのかしらね。恋をするには温度が低すぎるのよ」

「温度、ですか」

「水波ちゃんは彼のことを思い出すとどうなる?」

「ぅえ!?え、えと、その!そのようなアレは!!」

 

誤魔化すのへたくそかな。ただただかわいい。

 

「ほらね。お顔が真っ赤。熱々でしょう?私のはぬるま湯。多分人肌くらいじゃないかしら」

 

落ち着きを取り戻した水波ちゃんははぁ、とわかったようなわからないような表情。

 

「恋に発展するにはもっと刺激的なことでも起きない限り無いんじゃないかしら。でもそんな刺激はお兄様がいる限り起きないでしょうしね」

 

ほら、吊り橋効果が起これば錯覚することもあるかもだけど、吊り橋を渡る前にお兄様が迂回路を用意してくれたりするから。時には不可能と思われていた空も飛んで。

 

「・・・深雪姉様はそれでよろしいのですか?」

「ん?どういうこと?」

「難しいことはわかっています。許されないかもしれませんが、それでも、恋をするくらいは許されるのではないでしょうか」

 

あら、あらあらまあまあ。ぼかしにぼかして言ってくれているけれど、これは私の立場――四葉家次期当主候補として難しいだろうけど、恋をしたっていいじゃない、と心配してくれているみたい。

嬉しいね。心まで慮ってくれるようになって。

思わず笑みも深くなるというものだ。

 

「ありがとう、水波ちゃん。貴女がそうして心配してくれることが、何よりも嬉しいわ。でもそうね、せっかく心配してくれたところ悪いのだけど、私は今一番したいことがあるの。だから恋をする暇なんてないのよ」

「一番したいこと、ですか?」

「そう。もうすぐ第一関門が訪れるはずでね。その結果次第でどう動くかが決まるの」

 

第一関門はもうすぐそこまで来ている。

はたしてそれを乗り越えられるかが、どう乗り越えられるかがすべてのカギとなる。

水波ちゃんは思ってもみなかった回答に驚いて目を白黒させていたけれど、可愛いね。

 

「ピクシー、付き合ってくれてありがとうね」

「いいえ・こちらこそ・嬉しかったです」

 

あら。こちらも嬉しいことを言ってくれる。整えたばかりの頭を乱さないようそっと撫でる。

するり、と触手が腕に絡みつく。あれだ。猫ちゃんがもう行っちゃうの?というようなアレ。・・・どうして連れて帰れないんだろうね。もううちの子として迎えたい。

お兄様がほのかちゃん達を連れて戻ってきた。門で待ち合わせでいいって言ったのだけど、今は警戒するに越したことは無いんだそう。

お兄様の負担になりたいわけじゃないので大人しく言うことを聞きますとも。

久しぶりに皆で賑やかに帰った。

 

 

 

その帰りのキャビネットの中で、お兄様は一つのローカルニュースに目を止めた。

有名観光地を現場とした他殺死体の詳報で、被害者の名前も載っていた。

 

「発見されたのは今朝のことで、被害者の名前は名倉三郎さん・・・お兄様、この方は」

「同姓同名でなければ七草先輩のボディーガードをしていた魔法師だ」

 

 

 

事態は、様々な事態を飲み込んで動き出す――。

 

 

――

 

 

10月14日日曜日。

 

お兄様は葉山さんに呼ばれて外出。

その間、この間の宅配業者とは別の業者に扮した四葉のエージェントが小包を持ってきた。水波ちゃんを下がらせてお手紙を渡す。

中身はあとでのお楽しみ。

今は水波ちゃんとお菓子作りをしていましたからね。そっちが最優先。

 

「あの、よろしいのですか?」

 

水波ちゃんの視線がちらちらと机に放置した小包に向いているけれど、今すぐ開けたところで何も事態は変わらない。ただの報告書だから。

指示はすでにサインと共に前もって認めておいた手紙を持っていってもらったから。

 

「こっちの方が大事だもの」

 

これも嘘じゃない。水波ちゃんと一緒にお菓子を作ること以上に重要なことなど今はないのだ。

お兄様は今頃葉山さんと腹の探り合い中かな。

ご苦労様です。

 

「さ、今日はあと二回くらいオーブンを回転させるわよ」

「は、はい!」

 

賄賂はいくらあってもいいからね。

 

 

 

次の日の月曜日。元生徒会長が来校し、十師族・七草家長女として面会を願った相手は司波達也。

これで噂が立たないわけがない。

特に彼女の在学中を知る生徒たちの騒ぎは大きかった。上へ下への大騒ぎだった。

皆好き勝手噂するねぇ。一年生たちが噂に踊らされて大変なことになってます。そのお祭り私も参加したいけど、どうやら当事者でもないのに当事者扱いで、腫れ物注意に分類されてしまった。ひどい。私もお祭り参加したい。

同じようにほのかちゃんも、そして服部先輩も外されているらしい。・・・この二人に私入るのは違くない?

わざわざ学校に来てもらったのはお兄様に配慮した結果なのだろうけど、随分捨て身だよね。

それとも高校で噂されるくらいなら大丈夫だと思ったのかな。そっち系の噂の主な被害者お兄様だけだし。

お兄様たちが応接室で二人きりになって話していることはすぐに全校生徒の知るところとなった。

噂が校内を猛スピードで駆け抜けました。エリカちゃんの身体強化のスピード並かもしれない。

瞬く間に広がった噂は十師族長女からの婚約申し込みでは?という話が有力だった。

もしそうならクラッカー用意しなきゃだけど、そうじゃないんだよねぇ。と少し残念に思いながらため息を吐いたら泉美ちゃんがびくっと体を跳ねさせた。

 

「み、深雪先輩!あの、姉のことなのですが!」

「泉美ちゃん、落ち着いて。ピクシー、少し早いけどお茶にしましょう。服部先輩も香澄ちゃんも一息入れませんか?水波ちゃん」

「どちらになさいますか?深雪姉様」

「そうね、チョコマフィンなら片手でも食べられるからそれにしましょうか」

 

水波ちゃんはすっと立ち上がりお茶の準備を。ピクシーと共同作業。ウチの水波ちゃんは融通の利くいい子です。

 

「み、深雪先輩の手作り!ありがとうございます!」

「泉美ちゃん、何度も食べているでしょう?それに水波ちゃんと一緒に作ったのよ。お礼なら水波ちゃんにもね」

 

はい!と良いお返事。

香澄ちゃんはその様子に少しだけ元気が出たのか苦笑い。服部先輩はまだ心ここにあらず、だね。

可哀想なので早めに正気に戻っていただきましょう。

 

「服部先輩。とりあえず、婚約話とかではないはずですよ」

「な?!なぜそう言い切れる!?」

「普通、婚約するなら親に話が行きませんか?ちなみにうちの親にそういった話は来ていないです」

「「「「・・・・・・」」」」

 

あの父がお兄様の婚約話なんて来ようものなら大騒ぎだもの。私の耳に入らないわけがない。

皆無言できょとん顔をしたのちはっと目を見開いていた。

まさか、誰も思い至らなかったの?

 

「皆さん、お疲れみたいですね。ちょうどお茶も入ったところのようですから、一緒にいただきましょう。水波ちゃん、ピクシーありがとうね」

 

皆にお茶を配り終えたピクシーは私の背後に控えた。

水波ちゃんは隣です。もう片方にはほのかちゃん。向かいには泉美ちゃん、と大概このフォーメーションです。

そこに今日は風紀委員も交じっているので香澄ちゃんが泉美ちゃんの隣に。服部先輩はすぐ扉に向かえるようにか、水波ちゃんのお隣に。吉田くんはその向かい側に座っていた。

 

「・・・深雪先輩は落ち着いてますね」

「そうね。正直、皆がなぜそこまで落ち着きがないのかがわからないわ」

「だ、だだだって!七草先輩だよ!?」

「七草先輩だからって、ほのか。何を心配しているの?――確かにこの間お見掛けした先輩はお美しかったわ。大学生になると雰囲気も大人びるのかしら」

 

夏に見た先輩は美人さんだった。前までは小悪魔美少女って感じだったけど今では小悪魔美女さんだ。

見てはないけど結構なボリュームをお持ちなのでしょう?前に香澄ちゃんが言いかけてたよね。

お兄様には実際見てどうだったかなんて聞いたところで聞きたい回答が返ってくるとは思えない。妹相手にお兄様がそういったお話をすることは無いだろうから。残念だけどね。

 

「深雪は心配じゃないの!?」

「だからほのか。私は何を心配すればいいの?」

「え。それは、もちろん・・・達也さんを取られちゃう、とか?」

 

・・・ほのかちゃん、私たちの関係をどう思っているのかな。兄妹から奪うとは。

 

「兄さんは別に妹のものじゃないわよ。それから七草先輩もそういったお話をするのにわざわざ学校に来ると思う?」

「・・・・・・思いません」

 

ほのかちゃんを論破してしまった。でも恋する乙女は理論じゃないから。

こればかりは理屈じゃ割り切れないのだ。

 

「深雪先輩は姉のことをどう思っているんですか?」

「か、香澄ちゃん!」

 

泉美ちゃんが慌てたような声を出しているけど、別に困る質問でもない。安心してほしいと微笑みかけてから。

 

「どうって、頼れる先輩。綺麗な人、強い意志を持ってる人、十師族としての責任感が強くて、カッコいい先輩、かしら」

 

羅列してみると、なんだか似通ったものばかりになってしまった。

その評価に妹さんたちは二人して顔を見合わせていた。

多分聞きたかったのは姉がお兄様に近づくことをどう思うか、ってことだと思うけど大賛成なんて言おうものなら二人が嫌そうな顔をするのが目に見えているので話題を逸らしてみた。ら、うまく乗ってくれたみたいだね。

 

「カッコいい、ですか、姉が」

「ええ。立ち居振る舞いがとても素敵だと思うわ。毅然と前を向いて、何も後ろ暗いところが無い、と真直ぐ生き抜いてこられたのだろうという強い意志が見られて。憧れるわ」

 

十師族としていらぬ苦労も多かっただろうに、そんなことをおくびにも出さない先輩の態度は純粋にカッコいいと思った。時折甘いところがあるのは、平和な証拠にも思えて私にとっては戦争無き時代を象徴する姿のよう。

・・・まあ、まだこの情勢だから、平和ボケするにはちょっとまだ早いと思うのだけどね。

もう少し実戦向けに育ててくれてもよかったのにと思わずにはいられない。せっかく能力があるのだから。

七草弘一はどこかに嫁がせるために強く鍛えすぎないようにしていたのかなとさえ思う。

・・・叔母様のように鍛えてしまえば、隙が無くて男性としては気後れしちゃうかもしれないと思ったのかもしれない。自身がそうだったように――なんてことは邪推かな。

 

「その、もしもですけど、先輩のお兄さんとお、お付き合いとかしちゃったら」

「お互いに好意があるならいいんじゃない?そこに妹の意思が関係するとは思えないのだけど」

「「・・・・・・」」

 

あ、しまった。双子に刺さってしまった。そんなつもりじゃなかったのだけど。もう少しオブラートに包めばよかった。

どうしよう、フォローした方が良いのかな?

内心動揺していると、今度は服部先輩が恐る恐る声を掛ける。

 

「・・・司波さんは、交際に反対しないのかい?」

「・・・・・・あの、気になっているのですが、何故兄の付き合う相手に私が関係するのでしょう。結婚するなら確かに関係ができるでしょうが、それまではまだ他人でしょう?」

 

おかしいな。どうして私お兄様にべったりしてないのにこんな反応受けるんだろう。

兄妹仲はいいよ。原作みたいなべたべたは無いけど、寄り添っていたりはしていたから距離は近いしね。でも、だからといって――あ。

 

「もしかして、物語とごっちゃになっていませんか?」

 

一高に蔓延る悪の教典・・・じゃないけど、私とお兄様をイメージして創られた作品だ。生徒たちが混同して楽しんでいることは実感している。

特に生徒会長になってからは女王扱いも加わって、私は物語の登場人物のように扱われている。

もしその流れで彼らのような関係だと勘違いが起こったのだとしたら、そんな反応もおかしくはない。

あれは恋愛小説だから。

 

「あちらは幼馴染で兄妹のように仲良く育っていましたけれど、私たちは血のつながった兄妹ですよ。家族愛、兄妹愛はあっても恋愛にはなり得ません」

 

はっきりすっぱり言うと、ほのかちゃんが安堵を浮かべつつも疑惑の視線・・・?何故?

 

「・・・わかっている、つもりなんだがな」

 

続いて服部先輩もですか。

 

「司波が七草会長と何かあるわけがないとわかっていても疑いたくなるというか」

 

こちらも恋する男子も複雑な模様。

一高生は順調に青春してるね。良いことです。

 

「僕は達也が誰か特定の人と仲良くなろうとしているようには見えないのだけど」

 

そう言いながら吉田くんがこちらをチラチラ見るのはなんででしょうね。ほのかちゃんに遠慮してる?それにしては視線が私に向いている。

七草双子も何か言いたそうだけどどう口にしようか悩んでいるようでマフィンを口に含んでは咀嚼していた。

水波ちゃんは落ち着いていて、マフィンとお茶を楽しむ余裕すらあるようだ。・・・というかお兄様と七草先輩との関係をどうでもいいと思ってそうだね。

 

「先輩の用事として考えられるのは、去年の論文コンペではあんな事件が起きたから警戒してくれていて、何かしらの情報を持って忠告しに来てくれたか、それ以外に何かトラブルに巻き込まれて解決方法を兄に尋ねに来たか――。

一高でトラブルがあった場合、兄さんが解決することがあったから、相談相手にはもってこいだったのかもしれないわ。十文字先輩に相談したら十師族同士何かあるのかもと、周囲に勘繰らせてしまうかもしれないし。

簡単に思いつくところはこんなところかしら」

 

というかそれくらいしか思いつかないよ。まさかお兄様に会いたいから!なんて学校に来る恋愛脳じゃないでしょう先輩は。

 

「そう、だな。十文字先輩に相談しづらい何かがあったのかもしれん」

「姉のトラブル、ですか」

 

香澄ちゃんが俯いたのは、心当たりがあったから、だろうか。姉の専属でもあったわけだから護衛交代の理由を知ったのかもしれない。

私はそれに気づかぬふりをして紅茶を傾ける。

 

「そちらはただの勝手な妄想よ。でもあながち間違いではないような気がするわ。ご挨拶した時、私に遠慮してほしい、という雰囲気を感じたから。元から二人で話すことを希望されていたのは知っていたのに、わざわざそんな視線を向けるってことは知られたくない何かがあった、と考えるのが普通だわ。そうなると、兄さんは巻き込んでもいいけど、私は巻き込みづらいトラブルなのかな、と」

「深雪先輩、たった一度目にしただけでそこまでの推理!感服します!!」

 

わあ、キラキラお目目が眩しい。

でも皆落ち着いてきたね。ずっとそわそわしてたから仕事にならなかったもの。

 

「さあ、そろそろ仕事に取り掛かりましょうか」

 

休憩時間は終わりです、と言えば皆初めの時に比べてシャキッと動き出す。うんうん、お腹空くと判断力も低下するからね。おやつタイムは必要です。

サクサクお仕事終わらせましょう!

 

 

――

 

 

と、作業してしばらく。お兄様が姿を現した。

途端緊張感が走る生徒会室。・・・さっきの落ち着きどこに放り投げました?

でもお兄様は彼らの視線はお構いなしに、会長席の私の元まで来て報告する。

 

「先輩はお帰りになったので見送ってきた」

「そう。先輩はなんの用事だったのか聞いてもいい?」

 

その言葉に皆の視線が一気に集中した。皆視線が正直ね。

お兄様は気にも留めずにさらっと話す。

 

「先輩は京都に何かご用事があるらしく、下見のついでに手伝いを頼まれた」

 

あら、とっても端的な説明、誤解のしようもないね。

 

「土曜、日曜?」

「日曜だそうだ。用件は聞いてないが、手伝いに行った方が良いか?」

 

どうやら予定を確認するため一回持ち帰ってきたらしい。・・・臨機応変ができる回答素晴らしい。百点です。

 

「わざわざ学校にお越しいただいてまで相談されたのだろう?」

 

援護射撃のように服部先輩のお言葉。これも敵に塩を送ることになるのだろうけど、お兄様そのお塩気付いてます?・・・あったらあったでお兄様ならその塩を遠慮なく使うでしょうけど。敵にぶちまけるなどして。

酷い映像を脳内に描きながら皆の話を見守る。

そんな複雑な心境を抱えての服部先輩の意見に賛同したのはほのかちゃん。

 

「達也さん、私も先輩をお手伝いすることに賛成です」

 

これにはお兄様はちょっと眉を上げた。

ほのかちゃんが七草先輩に塩を送る意味が解らない、と言ったところか。これまた複雑怪奇な乙女心としか言いようがない。

自身を投影して同情したか、なんて彼女本人に聞かなければわからないことだけれど。

お兄様にこの謎が解ける日は果たしてくるのだろうか。・・・多分、恋を理解してもこの謎は無理だろうな。

吉田くんからは時間的にかからないのであれば問題ないのでは、という意見もあり、結果お兄様としては都合の良い運びとなった。

隠れてこっそりだと見つかった時外聞が悪いからね。

ということであっさり七草会長とのデート・・・じゃなかった。京都迷宮殺人事件の捜査をすることとなった。

ところで、香澄ちゃん、原作の時みたいにお兄様のことをもう敵視してないのかな。胡乱気な目では見てるけど睨んだり攻撃的ではない。・・・胡乱気な視線を向けられている時点で好意的ではないけどね。

元より断っておらず、返答待ちの状態なので連絡を取る算段も二人で決まっているようで、お兄様から泉美ちゃんに許可を得ることもなかった。シスコンを揶揄うことはブーメランですからね。

大して空気が悪くなることもなく、生徒会役員以外は退出し、今日の業務もつつがなく終了した。

 

 

 

 

その日の夕食後、食後のコーヒーをソファで飲んでいると、いつもよりお兄様が身を寄せてきた。

今日は七草先輩とお話して何か思うところがあったのかもしれない、と逃げることなく受け止める。

 

「七草先輩はご立派ですね」

 

唐突に呟けば、お兄様は私を見つめられた。

真意を探るような視線に、そんな大した意味はないのだけれどと口元が緩む。

 

「父に反対されようとも自らの意思を貫くなんて。普通ならよく聞くお話ですが、十師族の当主となれば意味合いが異なります。並大抵のことではなかったでしょうに」

 

そう言うと、お兄様は少し目を見開いた後に神妙に頷いた。

 

「・・・そう、か。そうだな」

 

七草先輩は御令嬢の割に気さくで勘違いされやすいかもしれないが、きちんと立場の重圧と向き合っている。それでいてあれだけ毅然と立っているのだ。

 

「素敵ですよね」

「・・・深雪は、彼女の立場を羨ましいと思うことはないのか?」

 

ああ、これは原作の通り、お兄様は私が表立てないことを哀しんでいると勘違いされているのか。

確かに、そう考えることは一般的思考だと思うけど、それは深雪ちゃんでなければ、の話。

深雪ちゃんという人物は自分の立場に執着しない。全てはお兄様至上主義だから。

自身が正式な名を名乗れず表立てないことに悔しさなどない。寂しくもつらくもない。お兄様が傍に居てくれるこの環境に満足しているから。

もし四葉だと表立っていれば、その四葉の鼻つまみ者として扱われているお兄様と、次期当主候補として大事に育てられた私がこのように一緒にいることなどできなかったはずだ。

せいぜい主従関係として傍に控えるようにしなければ傍にはいられなかっただろう。

そう。お兄様はただのガーディアンとして傍に居てくれるかもしれないけれど、このように兄妹睦まじく暮らせるはずが無い。

だから兄妹仲良く暮らしている現状に満足している。羨ましいなど思うことなどなかった。

 

「私には、先輩のように振舞うことはできないでしょう。あまり社交的とも言えませんし」

「そうか?深雪は随分慕われているじゃないか」

「ありがたいことに、そう見受けられることもありますが、それでも先輩には敵いません。彼女の身に付けた処世術と私の付け焼刃の演技では受け入れられ方が異なります」

 

七草先輩のすごい所は、十師族でありながら一般の魔法師に対して疎まれることも畏怖されることもなく全体的に好意的に受け入れられているということ。

それはけして私にはできないこと。四葉であるとか、それ以前。

取り繕うしかできない付け焼刃の私と、骨の髄まできちんと染まり切った先輩の差。

私はまだ完全に四葉に成りきれている気がしない。意識はどこかまだこの世界の外にあるせいで色々とまだ割り切れていないのだ。

お兄様は納得がいっていないようだけれど、こればかりは感覚的な要素が大きい。理論的に考えるお兄様にはわからないかもしれない。

 

「私は皆の、お兄様のご助力があってこそ立てているのですよ。一人で立てている先輩とは違います」

「俺の助力なんてあってないようなものだろう」

「それは謙遜が過ぎますよ、お兄様。お兄様が居なければ私は立つことどころか息もできないのですから」

 

お兄様が居なければ、私は生きていなかった。

もし初めからお兄様が居なければ、存在すらしていない。

これはお兄様が知らない事実。

もし仮に、お兄様のいない世界で私が生まれたとしたら、私がこの世界で努力する意味はない。

ただ流されるままに時を過ごしていた。流されるまま怠惰に、なんの指標もなく。無為に繰り返される日々をたんたんと繰り返す。そんな日常。

12歳だった私がそのまま大きくなるような、そんな感じだっただろう。

けれど、この世界にお兄様がいて。お兄様が私を救ってくださって私の世界は一変した。

私の生活は幸せに満ち足りるものになった。

今度は私がお兄様を助ける番だ。お兄様を幸せにしたい、と奮起したことで私は今お兄様の手を借りながら立っている。

そのことに感謝を込めてお兄様を見つめれば、お兄様は自身の目を手で塞いで顎を上げた。

 

「あー・・・、深雪」

「はい」

「あまり、兄貴を煽てすぎるな。舞い上がって何をしでかすかわからんぞ」

「あら、私の言葉で舞い上がってくださるのですか」

「むしろお前だからだ。・・・お前の言葉が一番俺を揺さぶる」

 

というか、お兄様にとって助力ありがとうは誉め言葉になるの?感謝の言葉でしょう??

そして揺さぶる云々は、妹の言葉だからってことか。

お兄様の感情や心はだいぶ豊かになりましたけど、私に関しては初期から解放された状態。

つまり何の制約もなく心動かされる存在だ。揺さぶられるのは当然だね。

でも、それもいつかきっと私に続く、心揺さぶられる相手ができるだろうから。

 

「お兄様、いつもありがとうございます」

「なんだ、いきなり」

「言いたくなりました」

 

そう言ってお兄様の肩に寄りかかる。

お兄様は肩に腕を回してさらに抱き寄せて。

 

「深雪も、いつもありがとう」

「なんです、いきなり」

「言葉でも伝えたくなった」

 

前からも包み込むように抱きしめられて、私もその背に手を伸ばして添える。

 

「研究は順調ですか」

「ああ、だいぶ形になってきた」

 

お兄様は嘘をつかない。こんなところで嘘を言っても意味がないから。

だけど何があったかは言わない。私に心配をかけることをしている自覚はあるのだ。

 

「完成したら落ち着くだろうから、またこうした時間を過ごしてくれるか」

 

お兄様が、私との時間を大切にしてくださっている。その気持ちが嬉しかった。

あと三か月。その間に完成してたとしても、こうした時間が設けられるのは長くてひと月もないだろう。

その僅かな時間を、きっと私は噛みしめるように過ごすのだろうな、と今から予測ができて寂しさよりも笑ってしまう。

 

「深雪?」

「いえ、その日が楽しみで、つい笑みがこぼれてしまいました」

「深雪にも随分寂しい思いをさせたね」

「お兄様は?いかがでした?」

「寂しすぎて耐え切れなくてこうなっている」

「まあ、お兄様ったら」

 

ぎゅう、と抱きしめられて、笑い声が漏れる。

カウントダウンの音は刻々と近づいていた。

 

 

――

 

 

論文コンペのための作業があると言っても女子生徒には厳しく『門限』が定められていた。

ま、そうだよね。魔法師の優秀な遺伝子を狙う輩は多い。特に優秀であればあるほど狙われるのは当たり前で、区別でも差別でもない。

単純な危険性を考慮した上での校則だ。

まあ、理不尽に感じる生徒も中にはいるだろうけれど、こればっかりは何年経とうが変わらない校則だろう。制服の自由登校なんかとはわけが違う。

10月19日の金曜日。明日からの視察のため生徒会も準備に追われていた。

引継ぎにも申請が必要でその書類を作成したり、実際どのような作業をするのか教える為泉美ちゃんとぴったりくっついて。

ええ。本当に文字通りぴったりくっついてね。・・・お宅ではこのようにお勉強を教わっているのです?今度七草先輩に確認しよう。日曜日お会いするわけだし。

 

「・・・深雪先輩、お先に失礼いたします」

 

私はもう少し仕事があるので前もって申請を出していたため残れるけれど、泉美ちゃんは今日の分のお仕事も終わっているからね。そんな気兼ねしないで帰っていいのに。

 

「泉美ちゃん、明日と明後日はお願いね。頼りにしているわ」

 

苦笑してからにっこり微笑みかける。

するとしょげていた耳がピンと立ったかのように元気を取り戻して張り切ったように元気なお返事をくれた。

 

「光栄です!及ばずながら、微力を尽くします!」

 

尻尾もぶんぶん振られているね。元気になってくれてよかった。言葉一つなら安いものだ。

帰っていく彼女を最後まで手を振って見送ってから席に戻ると、ほのかちゃんが感心したように。

 

「深雪も泉美ちゃんの扱いに慣れてきたね」

「扱いって。でも彼女との関係に慣れてきたというのはあるわね。あんなに慕われることなんて無かったから」

「・・・意外。深雪には信奉者がついているものだと思ってた」

 

これは雫ちゃんからだけど、信奉者って。

 

「なあに?私は別に宗教なんて立ち上げても無ければ教祖になった覚えも無いわよ」

「でも人は集まっちゃうでしょ」

「・・・それは否定しないけど」

 

深雪ちゃんのカリスマ性も凄いからね。視線を集めるのなんて息をするくらい簡単。ただ立って微笑みを浮かべたら周囲の呼吸すら止められる。

でもおかしいな。ここって雫ちゃんに悪女って言われる場面じゃなかった?

 

「それに、人を扱うなんて、私悪女になったつもりもないのだけど」

 

気になったのでキーワードを放り込んでみたのだけれど、二人はきょとんとして顔を見合わせて、同時に噴出した。

 

「深雪に悪女って」

「人を惑わせて弄ぶって意味で悪女って言ったことはあるけど、深雪の場合無邪気すぎる」

「無邪気な悪女がいないわけじゃないけど、悪成分が薄いよね」

 

・・・Oh・・・なんということでしょう。四月には悪役も演じてみせたはずなのに悪成分が無いとは。

 

「でも九校戦とか」

 

氷の女王はラスボスチックだったでしょう?と問えば、首を傾げて。

 

「演じられるのと本性はまた別でしょ」

「真の悪女に成りきれない心の清らかな女王様だった」

「・・・私そんな清らかな存在じゃない」

 

むしろオタク清らかと真反対に位置してると思うのだけど。

 

「そう言っちゃう時点で深雪が違うってのがわかるよ」

 

ほのかちゃんが、苦笑するけれど、その瞳が若干陰った気がした。

何かあっただろうか、と口を開きかけたけれど、雫ちゃんがそれを遮るように口を挟んだ。

 

「どっちにしろ深雪は罪作り」

 

あら。最終的にまとめられてしまった。

悪女でもそうでなくても翻弄しているわけだから、罪作りには変わりないのか。

手元も綺麗に片付いたタイミングで、お兄様が迎えに来て途中まで一緒に帰って解散した。

頑張ってね、気をつけての言葉に、彼女たちが薄々気付いているのだろうなとわかる。

なんていじらしいのか。

 

「・・・ほのか達に気を使わせてしまいましたね」

「・・・やはり最後のはそう言う意味か」

 

お兄様も気づいたらしい。やはり、お兄様は人の心の機微を察せられるようになっているようだった。

だから心苦しくもなるのだろう。表情に陰りが見えた。

その心の変化が嬉しくて微笑むと、お兄様はまるで悪戯が見つかった子供のように視線をずらした。

その仕草もとても愛おしくて笑みは深くなるばかり。心は浮かれるばかりだ。

 

「深雪姉様、ご機嫌ですね」

「ええ、だって、幸せなんだもの」

 

水波ちゃんに笑顔で返すと、水波ちゃんは真っ赤になって俯いてしまう。

ゴメンね。ちょっと舞い上がって加減ができない。

 

「幸せ、か」

「はい。幸せです」

 

お兄様は自分の気まずさを飲み込んで、私の頭を撫でた。

 

 

――

 

 

10月20日土曜日。

公休扱いで京都旅行にやって参りました!

・・・なんて浮かれているのは私だけ。お兄様も水波ちゃんもお仕事がある。お兄様は四葉の依頼がメインの下見に、水波ちゃんは私の護衛だね。生徒会のお仕事だけの私。本当は行かなくてもよかったはずだけどね。

お兄様は葉山さんとの話し合いで四葉から護衛の応援を頼んだらしい。

だから私が水波ちゃんと自宅にいても問題はないはずだけれど、お兄様的にはその考えは初めから無かった模様。

でもこのトレーラーってすごいね!車輪がある!!なのにリニアとほとんど速さが変わらないとか。科学の進歩ってすごいね。

キャビネットが収容されていくところなんか特撮の合体シーンみたいでじっくり見ちゃった。

このまま中で過ごしてもいいのだけど、もっと広いところで景色を見ながらリラックスできるところがあるならそちらの方が良いだろうということで移動してきた。

わあ。景色すごい。リニアとはまた高さが違うから違って見えるね。目を輝かせていると二人から温かい視線が。・・・はしゃぎ過ぎましたね。

 

「やはり今度時間ができたら旅行に行こう。できれば長距離の列車に乗って。それとも飛行機がいいか?だが飛行機も船も途中から景色が同じか?」

 

お兄様が何やら考え込んでしまったけれど、海も空も好きですよ。景色が一緒でもテンションは上がる。

でも確かに電車が一番見るものが多くて楽しんでいるかも。

パネルを操作してお茶を貰って――それもロボットアームが運んできてくれるからアミューズメントパークみたいで心が躍るのを、また二人に温かい目で見られたりして――一服していると、同じトレーラーに乗り合わせた乗客が。エリカちゃんだ。

 

「あれっ、達也くん?!」

 

お兄様は人の気配でカップをサイドテーブルに置いていた。流石お兄様、反応が早い。

水波ちゃんがカップを持っていたのは迎撃用みたい。単純に投げつけても相手が怯むこともあるからね。

私は何も気づかずお茶を楽しんでおりました。警戒心が無くて申し訳ない。

 

「おはようエリカ」

 

お茶を含んでいたために、お兄様がご挨拶。

私も口の中身が無くなってから挨拶を交わす。おはよー。

 

「エリカもこのトレーラーだったんだな」

「ホント。すごい偶然だねぇ」

 

お兄様の前に自然と腰を下ろして驚きをみせながら頷いているけれど、それもそのはず。乗り合いランダムだから知り合いに会うなんて確率かなり低い。

知っていたとはいえ何百分の一くらいの確率。

これもまた縁によってだと思うけど二人にそういったことにときめく色は見えない。・・・もう友人関係に落ち着いてしまったのだろうか。

以前のエリカちゃんには、お兄様への憧れを感じた。

けれどいつしか、――そう、壬生先輩と同じ目になっていった。

遠くを走って行く後ろ姿を切なそうに見つめているような。お兄様はいつだって隣で走ってはくれない。

歩調を合わせる前に全てを片付けて安全を確保してからじゃないと一緒に歩いてはくれない。

エリカちゃんは引っ張っていくか、一緒に困難を乗り越えたいタイプだから。

お兄様に追いつかなくちゃいけない、なのに一向に手は届かず、お兄様の背中ははるか遠くにある状態が続くと手を伸ばす気力も失せてしまうもの。

せめてもう少し手が届くところにいてくれれば違ったのだろうけれど。

分を弁えるというか、身を引くというか、潔い。悪く言えば人との関係に対してあきらめが早い。期待しない過去を持つ人に多く見られる傾向である。

 

「うーん、手足を伸ばせるってやっぱ、良いね」

「確かに、開放的でいいわよね」

「お、深雪もわかるクチ?気にしないタイプかと思ってた」

「そこしかないのであれば気にならないけれど、せっかくこんな景色が綺麗に見えるところで観られるならそっちの方が良いわね」

「あ~、私はせまっ苦しいのは鍛錬だけで充分」

 

あら、エリカちゃん自分から言っちゃうのね。

家の事情話すのは拒絶気味だったけれど、クソ親父と父を罵れるくらいには気心が知れたということかな。

ちなみに鍛錬は剣の修行じゃなくてお茶でした。茶道は確かに狭苦しい場所だね。侘び寂び。

エリカちゃんも十分似合うよ。

お兄様もそのことに賛同してエリカちゃんの雰囲気が似合ってると伝えると、エリカちゃんはわかりやすい照れ隠しをしてそっぽを向いた。可愛い。

それからしばらく一緒にお茶をしていたのだけど、科学の進歩はいい所もあるけれど悪いところもある。早く着いてしまうことだ。もっとたくさんおしゃべりしたかった。

お互いのキャビネットに戻ってそれぞれ京都駅へ。

そこには西城くんと吉田くんが待っていた。早いね。おはよう。

そしてエリカちゃんともすぐに合流してホテルへ向かうためコミューター乗り場に向かったのだけど、お兄様が振り返る。

その先には――あらぁ。キラキラの笑顔を浮かべた可愛いゴールデンレトリバーが駆けてくるじゃないですか。

 

「達也さん、深雪さん、水波さん」

 

お兄様の前に立った光宣君は会えて嬉しい!を前面に出していた。

 

「おはよう光宣」

「光宣君!おはよう。元気そうね」

「ええ。おかげさまで」

 

眩しい。きんきら笑顔。美人で華麗で可愛いってどういうこと?本当、属性と設定もりもり。溢れちゃってるよね。もうこれ以上乗り切らないってくらいてんこ盛り。

エリカちゃん達が絶句しています。とんでもない美少年ですからね。仕方ない。

エリカちゃんもだけど西城くんもお目目見開いて口も唖然、呆然を絵に描いたらこうなるという見本のように開いてます。

吉田くんはそこに手を当てているので中身は見えないけど。古式魔法師で符術を使うからそこに手を持っていくのは無意識だったのかもね。

それにしてもお上品に映る。平安時代とかのお貴族様が口元に手をやる感じ。

 

「びっくり」

 

エリカちゃんのすごい所は何でも口に出せるところだよね。

 

「まるで深雪の男の子版だね・・・こんなに整った顔立ちの子が深雪以外にもいたなんて信じられない」

 

だよねぇ。とんでもない美貌ですから。

お兄様がエリカちゃんにそれを本人目の前で直接言うのか?と目を細めているけれど、むしろそれが彼には新鮮みたいで嫌そうな気配は全く見当たらない。

 

「光宣、迎えに来てくれたのか?予定ではホテルで待ち合わせだったはずだが」

「ええ、そうなんですが、このくらいの時間だとうかがっていましたので」

 

待ちきれなくて迎えに来ちゃったのか。可愛いね。水波ちゃんも顔は赤いけど日記のやり取りのお陰か緊張感はないみたい。そして多分だけどキュンキュンしてるよね。わんこが喜んでる姿可愛いもんね。

わかるよ、と水波ちゃんの手を握ると水波ちゃんと目があって二人して頷いた。今、私たちの心は一つだった。

その間にお兄様たちは自己紹介に入っていた。

お兄様も意地悪のつもりはないんだろうけど、九島さんちの光宣君だ、なんて紹介しなくていいのに。

光宣君は気を悪くした様子はないけれど、十師族として扱われたくないと第二高校一年と自己紹介していた。

光宣君のこういうところの気遣いは思春期特有のものではなく相手を気遣ってのことみたい。

だけど、その後のエリカちゃんと吉田くんの紹介を聞いた時には、千葉家、吉田家と気づいたのが顔に出ていた。

こういう取り繕いができないところはまだ少年らしくてお兄様と顔を見合わせて微笑む。微笑ましいよね。

お兄様もだいぶ光宣君に心を砕いているご様子。日記の効果は結構大きいみたいだ。

色々影響が出ている。

それから一旦荷物を置きにホテルへ向かい、コンペの会場となる京都新国際会場に来た。

大人数が潜伏できるような老朽化したビルや見晴らしのいい高層の建物も一見見当たらない。

 

「・・・でも逆に言えば、少人数が分散して隠れるには向いている」

「そうかなぁ?野宿して隠れていられるほど深い山じゃないと思うけど」

「山の中で寝泊まりする必要は無いんじゃないか。当日隠れているだけでいいんだろ?だったら場所は幾らでもありそうだぜ」

 

皆ちゃんとお仕事してるね。

お兄様もそれとなく周囲を警戒するよう見渡している。水波ちゃんも、四葉式キャンプを経験しているだろうからね。どこに潜伏しやすいか、こういう悪条件でも隠れられる場所は、等の視点からチェックしてる。

光宣君はそれらを面白そうに見つめていた。

そんな彼にこそっと近づいて。

 

「皆、親しみやすそうな人たちでしょう?」

「ええ。日記にあったご友人の方々ですよね。お名前は伏せられていましたが、すぐに分かりました」

「ふふ、自慢の友人たちよ」

 

光宣君、日記を始めてからも数日以上体調を崩していたらしく、ずっと日記を読み返していたらしい。それこそ暗記レベルで覚えてるみたい。

昨日は打ち合わせのため音声のみの電話をしたのだけど、もうその時点で会えるのが楽しみだというのが声からも溢れていた。

今はパレード使ってないのはわかっているのだけど、さっきからね、ぶんぶんと振り回されている尻尾が見えるんですよ。ブオンブオン音が聞こえ、風圧を感じている気さえする。

頭を撫でたいけどここは視線が多すぎる。せめてホテルに戻ってからだね。

 

 

ニコニコと二人で笑っている間、私たちの知らないところでこそこそ話す皆の姿があった。

 

 

「ちょ、ちょっと達也くん、いいの!?」

「いいの、とは何がだ?」

「あー、と。近くねぇか、あの二人」

「ああ、微笑ましいだろう」

「「「・・・え・・・」」」

「深雪がうずうずしているのがわかるな」

「「「・・・は?」」」

「水波、カメラは?」

「すでに」

「でかした」

「・・・どーなってんだ?」

「達也が深雪さんに男性を近づけているのに威嚇もしないなんて」

「でも兄公認ってわけでも無さそうよね・・・」

「ところで警備の相談はいいのか」

 

 

 

 

ニコニコ会話をしていたら、お兄様たちの方針が粗方決まったよう。上手く誘導ができたようだ。

私たちも会話に参戦します。

というか藤林さんと従兄だと言うと皆あっさり受け入れたね。彼女と親戚なら実力あって当たり前、みたいな。

十師族云々よりそっちの方が信用度が高いみたい。そして詮索無用ってのも同時に共通認識したみたいだ。順応力も高い。

吉田くんは囮になるためエリカちゃん、西城くんと共にこの周辺を探るらしい。

そしてお兄様は市内の方を担当することに。光宣君の案内の腕の見せ所だ。期待してますよ。

 

「じゃあ達也、よろしく頼むよ」

「ああ、幹比古もな」

「吉田くん、西城くん、エリカ、また後で」

「うん、ホテルでね」

 

囮役頑張って。でも無茶はしないでね。

彼女たちにお兄様が便利アイテムを渡しているのを見ながら心の中で祈った。

 

 




次で古都内乱編終了です。
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