妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!(修正前)   作:tom200

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古都内乱編 後編

二手に分かれてやってきました観光スポット。

最後に周が確認された場所付近ということだけれど、黒羽の捜索部隊とやり合った最後の場所が一本ずれたらこんな人の多いところだとは。

すぐ先に行けば人気のない山奥で、鬼門遁甲が方位を惑わす、逸らさせることを考えるなら森の中でもありえなくもない話だけれど、全く人がいない場所なら人を見つけることに集中すれば見つける術がないわけではない。

だとしたら森の中を逃げ回るより、たくさん人がいるところに逃げ込んだ方が紛れ込める分回避率が高くなる。

お兄様は地図とにらめっこをして思案顔。

そしてしばらくして下した決断が市街地を回ることだった。

逃げていった方向には拠点の鞍馬山があるが、そちらに人気は少ない。

 

「お兄様は人が多いところに隠れているとお考えなのですね」

 

周囲に人がいないとはいえ、その名を口にすることは避けた。

私の言葉にお兄様が頷くのを見て、光宣君もすぐにルートを変更する。

 

「ある程度人通りの多い場所で、且つ伝統派の拠点がある所というと・・・清水寺の参道、金閣寺の近隣、それから天龍寺の裏手でしょうか」

「意外に少ないんだな」

「京都は本物の伝統を受け継ぐ宗派の勢力が奈良以上に強いですから。名前だけの新興派閥は周辺の山の中に押しやられているんですよ」

「奴らの『伝統派』という名称はもしかして、伝統に対するコンプレックスの表れなのか?」

 

お兄様の皮肉たっぷりの独り言に、水波ちゃんは隠すことなく呆れ顔。私に隠すこともしない。

それは別に主として気を使われていないというわけではなく、気心が知れてきたからの態度だった。

それくらいで不快に思わないからね。むしろバンバン出してくれていいよ。そんな遠慮もしない水波ちゃんも可愛いからね。

私といえばお兄様の発言にはちょっと笑ってしまった。お兄様の穿った思考って面白いよね。たまにすごい考えすぎでは?って時もあるけど。

光宣君はまだそういったお話には触れたことが無かったのか、特になんとも思わず自然と会話を続けていた。

お兄様も気にされることなく何事も無かったかのように二人会話を続けていて、水波ちゃんと目を合わせて苦笑した。

その様子を見て光宣君がちょっとだけ首を傾げるのもまた私たちの笑いを誘うのだけど、これは今日の水波ちゃんの日記に期待かな。

水波ちゃん、文章だと意外と容赦なく書くタイプ。

だけど二人の話を聞いて改めて思うのは、伝統派の人たちは自分たちに都合のいいようにしか考えてないということ。

第九研のスローガンが現代魔法と古式魔法の融合というところだけに目を奪われて、目的が古式魔法の術理・術法を取り入れた現代魔法師の開発にあったという項目をすっかり見落としたのか、聞き流したのか知らないが、それで自分たちの魔法が盗まれたと騒ぐのは愚かとしか言いようがない。

というか自分たちの秘術をリスクも考えないで、ホイホイ他人に託して開発してもらおうなんて都合がよすぎないだろうか。

しかもその際の契約書、説明書等にも新魔法の提供という文字はどこにも記載が無かった。

一方的に盗まれた!というのは明らかな言いがかり。騙されたと騒いだところで弁護のしようもない。裁判なら負けている。

政府のことを信頼していた?そんなバカな。

いつの時代の歴史だって政治とは国のためにある機関であり、個人を守るために動くものではないと教えてくれているのに。

元はそんな彼らの暗部として付き合ってきたんじゃなかったのか。スパイや暗殺業に手を染めている歴史があるというのなら絶対に信じられる相手じゃないことはわかるでしょうに。一体何を学んできたのか。

呆れて物も言えないが、一度走り出した手前、止まるタイミングを失ったのかも知れない。冷静に考えればわかるからね。

・・・ただし、もしかしたら当時、唆して参加させた輩がいたかもしれない。

その辺りは闇の中。当時を生きていない私には知りようがない。

話はなぜ『九』と敵対することになったかということ、伝統派がなぜ外国人を受け入れるようなことをしたのかというところにまで展開したが、お兄様が今考え得る可能性の話で皆納得した。

 

身も蓋もなく言ってしまえば要は引っ込みがつかなかったのではないか、と。

 

『九』に対しては、恨むべき政府を恨まず矛先を、同じ被害者とも取れる『九』に向けて逆恨みをしたことを理解しつつも止まることもできず、理不尽に攻撃した結果、その理不尽に対して反撃されてもおかしくない、と己の影に脅えているのではないか、と。

そして伝統派と謳っているわりに外国人を受け入れたのはなぜか、に関しては人手が足りずしぶしぶ利用してたら取り込まれた、とこれまた情けない理由を挙げていた。

言い知れない虚無感が私たちを襲う。

・・・まあ、アレだよね。そんな奴らのせいで迷惑を被っていると思うとそうなるよね。

特に最後の件では光宣君の落ち込み具合が凄かった。危うくお宅もそうなる所だったもんね。

・・・パパとの関係は大丈夫?元々縁が薄そうだったから心配。光宣君の家族全体でなく、光宣君だけ変に絡まってうまくいってない感じなイメージだけど。

出生を知っている父親と祖父との関係が何も知らない子供たちにも影響し、光宣君が孤独になりかけていた。

原因を作ったと思っているお祖父ちゃんが憐みから可愛がっていたところ才能が開花し、けれど思うように力をふるえないことを憐み、更に甘やかすことで家族間に蟠りと歪が生まれ――、という負の無限ループ。

何も知らない子供にとってみれば本当にいい迷惑だ。

一生懸命自分にできることを頑張っただけなのに異質と見られてしまうなんて。

偉大な父を持ったからかは知らないが、真っ当に努力すればいいものを。・・・というのも難しい話か。

しょせんは他人の家の話。そう割り切れれば楽だろうが、友人がこうして落ち込んでいる姿を見て何も思わずにはいられないわけで。

 

「光宣君、早く次の観光スポットへ行きましょう。京都旅行楽しみにしていたの」

 

わざとらしく明るい声を出して笑顔で言えば、一瞬きょとんとした美少年は、続けて花が開いたような笑みを浮かべて。

 

「そうですね。せっかく来てもらったんです。楽しんでいってください」

 

私の意図を汲んでくれて、先頭を歩きだした。

うんうん。尻尾もふりふり戻りましたね。よきよき。

天龍・金閣寺ルートと清水寺はわかれている。どちらも中継地点のように京都新国際会議場を通る。

合流すべきかお兄様に問えば、時間が惜しいと却下。まあ、別行動にしているのだから合流する意味はないよね。

ということで清水寺へと出発した。

 

 

――

 

 

移動中も会話が途切れることはなかった。

光宣君ともお出かけするのは二回目だが、交換日記のお陰かずっと互いの環境を共有していたこともあり、戸惑うことなく自然と話しができていた。

 

「交換日記というのは面白いですね。離れていても互いのことが共有できてずっと傍に居るような感じがして。メッセージやメールを交換するのとは全然違って、深く知り合えた気になります」

 

コミューターの中なので遠慮なくにこにこ笑顔を晒す光宣君に、水波ちゃんは流石に眩しさと美しさで真っ赤になって俯いてしまった。会話には慣れても顔には慣れてないもんね。

光宣君はしまった、という顔をしたけど気にしなくていいよ。お付き合いするならこれくらい慣れなくちゃ。

・・・かという私も照れずにはいられないのだけどね。美貌が目に染みます。

 

「俺も、水波がここまで俺に容赦なく突っ込んでくると思わなかった」

「・・・日記上では立場は対等と深雪姉様がおっしゃいましたので」

 

うん、水波ちゃんは結構お兄様に対しては辛辣。それが徐々に日常に染み出ていてこっそり私が喜んでおります。

こうして人は知らずのうちに距離を縮めていくのですよ。

 

「そういう達也さんは、深雪さんへのコメントが多いですよね」

「A組の話は興味深い。俺は知りようが無いからな」

 

お兄様しれっと言いますけど、私も水波ちゃんも思ってましたからね。私のだけコメント量が多いこと。

あとは水波ちゃんとの謎のコメントラリーね。主語が無いから暗号みたいだった。仲いい師弟ですこと。

 

「近くにいても知らないことがある、ということね。光宣君も楽しんでくれているならよかった」

「はい!でも・・・」

 

んん?言い澱んだけれど、口元が緩んでるから笑いを堪えているのかな。

 

「何だ」

 

お兄様が端的に訊ねるけれどその言葉はそっけない、というより飾り気がないだけで興味が無いわけじゃないことがわかる。

光宣君も勘違いしていない様子。まだまともにこうして直接会うのは二回目なのにね。すごいな交換日記の効果。

 

「いえ・・・その、達也さんもなのですが、深雪さんも」

 

あら、私もですか?なんだろう。

 

「何というか、お二人の僕に対してのコメントが保護者的と言いますか・・・お父さんとお母さんみたいだなって」

「・・・え?」

「・・・・・・両親に似ている、ということか?」

 

珍しくお兄様も質問までに間が開いていた。年上に見られることの多いお兄様だけど、父親扱いは初めてだったから戸惑ったのかな。

 

「違います。うちの両親というのではなく、何と言ったらいいのか、理想の父親像と母親像、と言いますか。心配して掛けてくれる言葉だったり、注意してくれたりするところとか。・・・そんなに見たわけではないですが、ホームドラマで見るような、自分も含めて理想の家族みたいで、ちょっと、嬉しいと言うか」

 

あら、あらあらまあまあ。美少年の照れ顔の破壊力よ。じゃなかった。

お母さんだって。これ以上私の母性本能を刺激しないでほしい。私がママよ、と言いそうになる。

落ち着いて、深雪ちゃんのキャラ崩壊だけは防がねば。淑女教育を思い出して。お母様の笑みを思い出すのです。

 

「父親って、俺たちは一つしか違わないんだぞ」

「分かってはいるのですが、達也さんって同世代の方たちの中でもかなり落ち着いてますよね」

「・・・それは老けているということか?」

「違いますよ!そうじゃなくて」

「お兄様、あまり意地悪を言うものではありませんよ。光宣君の言いたいことがわかっているのでしょう?」

 

光宣君が可哀想なくらい慌て、お兄様があまりにわざとらしくしかめ面を作るものだから、笑って窘めてしまった。

お兄様がにやりと笑って揶揄われたのだと気付いた光宣君は恐縮するけど、揶揄われたのだから怒ったり拗ねたりしてもいいのにね。

 

「私たちの息子は両親に似ず真直ぐ育っているようですよ、お父さん」

「誰に似たんだろうな、お母さん」

 

おお、お兄様が乗ってきてくれた。でもこれちょっと恥ずかしいね。

 

「俺たちが両親だと水波は何になる?」

「そうですねぇ、息子の幼馴染という関係も捨てがたいですし、同級生で同じ委員になって仲良くなったという関係も素敵ですよね」

「・・・深雪はすぐにそういう設定がぽんぽんと浮かぶな」

「二人を見ていると不思議とそんな関係に見えてきませんか?」

「み、深雪姉様!達也兄様も悪乗りしすぎですよ」

 

息子扱いされた光宣君はさっきよりも照れて俯き、お兄様も言っていてこのままだと流れが止まりそうだからか水波ちゃんに話題を振るけれど、今度は水波ちゃんが真っ赤になって抗議の声を上げた。

幼馴染もクラス委員で一緒になって仲良くなったという関係も両方少女漫画のカップルになりやすい定番の組み合わせですからね。

水波ちゃんは揶揄われてる!と思っているみたいだけど、残念。揶揄い成分は少ないですよ。

実際そんな関係性な気がしてます。ちょっとお姉さん気質の水波ちゃんと、おっとり弟気質の光宣君。お似合いな関係だと思うんだけどな。

 

「水波ちゃんはいつでもうちの娘になるのは大歓迎だからね」

「深雪姉様!」

 

おっと、怒られちゃった。ごめんね。もう言わないよ。

謝ると水波ちゃんは、もう!と怒ってそっぽを向いた。可愛い。ぜひうちの息子の嫁に欲しい。

 

「こうやって素直に謝るところを見ると、やはり光宣は深雪似なのか」

「・・・お兄様、私が育てた期間はまだそんなに日にちは経っておりませんよ」

「光宣の学習能力が高そうだからな。期間は関係ないんじゃないか」

 

・・・お兄様、私がお兄様呼びに戻しているのにまだ遊びますか。

そして私が育てた、に誰もツッコミを入れてくれない。うちで一番のツッコミの水波ちゃんが拗ねちゃった。くすん。

 

「水波ちゃん、私が悪かったから機嫌を直して」

「・・・直すほど機嫌悪くありません」

 

うう、拗ね拗ね水波ちゃんも可愛い。

 

「・・・やっぱり僕も一高に転校しようかな」

「日記にも書いていたな。だんだん冗談じゃなくなってきたか」

「だって、三人とも楽しそうだから」

 

あらぁ。うちの子も拗ねちゃった。かわい、じゃなかった。困りましたねぇ。

 

「光宣君も一緒に暮らしたらきっと賑やかで楽しいでしょうね」

「うちにホームステイか。九島閣下が嫌がりそうだな」

 

お兄様、現実的にそこまで考えますか。

でも閣下が嫌がる、はちょっと納得。四葉になんて関わらせたくないですよね。それに関東はこのところトラブル多発地帯でもありますから。

 

「この問題が落ち着いたら相談してみようかな」

 

・・・落ち着いても無理だと思うな。とは言えなかった。彼もその願いが叶わないことはわかっているのだろうしね。

さて、そろそろ清水寺に到着するわけだけど、お寺巡りに興味はあるけれどお兄様のお仕事の邪魔をする気はない。

観光は今日しないで仕事優先で行きましょう。京都なら魔法師協会もあることだしいつか、機会が巡ってくるかもしれない。

 

 

――

 

 

なんて、思っていたのだけれど――私たちは今、清水寺の舞台の上に立っています。わぁー、すごく高ーい。

・・・おかしいな?どうしてこんなに視線を集めながら、この寺一番の観光スポットで景色を楽しんでいるのでしょう?

っていうか大人気観光スポットだよ。観光客なんだから私たちを見ずに見るべきものを見ようよ。

いつもの比じゃない。流石観光スポット人の密度が違う。光宣君もいるから分散されるにはされるんだけど、人がそもそも多いから関係なかった。

少し離れているから同時に見られないので、首振り人形がいっぱいいます。

え?こっちにとんでもない美人さんが?あれ、こっちにも!?と二度見三度見を繰り返す人がちらほらどころじゃなく結構いる。

うん、明らかに皆さんの観光の邪魔をしてますね。

何でこんなことになったのか、それはお兄様が発端だった。

光宣君も、伝統派がこの辺りに拠点を構えていることは知っていても、それが何処にあるか詳しいことは知らなかった。土産物屋か食事処かに偽装するのが彼らのやり方らしい。

森の中ということは無さそうなので境内にいく必要は無かった、はずなのだけど。

 

「人が多いが、行ってみるか」

「え!?」

「深雪はこういうところが好きだろう」

 

確かに、好きではあるし興味があるけれど。

 

「遊んでいる時間は無いでしょう?」

「そのくらいの時間調整はできるよ」

 

いやいや、時間調整している時点で変更しちゃってるじゃないですか。

・・・まさか、これも強制力が働いてる?ここじゃなきゃ探偵さんを見つけられないということ??偶然を装ってお昼に寄ろうと思ったのだけど、そうは問屋が卸さなかったらしい。

 

「その、よろしいでしょうか」

 

お兄様はお仕事中なのに、という思いと、私のためにわざわざ時間を調整してまでも楽しませようとしてくれる心遣いに、表情に情けなくも嬉しさが滲んでしまう。

それを受けて、お兄様は慈しむような笑みで是と首を縦に振る。

 

「それくらいご褒美が無いと、付き合ってくれているのに悪いからね」

 

お兄様の家族サービスが凄いんです・・・。

顔が赤く染まったのを隠すように水波ちゃんが移動して、よかったですね、と声を掛けてくれる。

うん、嬉しいけどとっても恥ずかしい。光宣君なんて微笑ましそうにこちらを見ている。

そして急遽観光することになったのだけど、観光客の誰も清水の舞台を見ていない。

外国の観光客までこちらを見ている。大和撫子とか聞こえてくるけど、リーナちゃん同様よくそんな言葉知ってるね。

周囲の視線を無視しながら観光を楽しみます。お兄様がせっかくくれた時間を無駄に過ごすことは無いからね。

檜舞台の下を覗き込んで、改めてここから落ちたくはないなぁと思いつつ、ポッケに飛行デバイスちゃんとあるよね、と確認してしまうくらいにはトラブルに気をつけてます。

原作に無いからって油断していると何があるかわからないからね。

とはいえこれだけ人が密集している観光地ではあるけれど、私たちの周りには結界でも張られているのかというくらい一定の距離が空けられている。

誰かが駆け出したりしたらすぐにわかるので問題ないのだけど、念のため。

水波ちゃんも一緒に楽しんでくれている模様。このイベントすっ飛ばそうと思っていたけれど飛ばさなくてよかった。

水波ちゃんにだってこんな機会巡ってこないものね。

二人で楽しんでいると、がたがた、と不自然な足音やら物音が聞こえ、振り返って視線を辿るとお兄様と光宣君に集中していた。

光宣君の頭にしょんぼり耳が見えますね。でも表情ははにかんでいるから落ち込んだところにフォローを入れたのだろうけど、いけませんよお兄様。こんなところで美少年を落ち込ませては。

 

「お兄様、彼をいじめてはダメですよ」

 

めっ!と光宣君の前に立ちはだかってお兄様に忠告をします。

途端時が止まったような静けさが辺り一帯を包んだ。

うーん、ここまで周囲が硬直するとはお兄様も思わなかったのか困惑気味。

庇われる格好になっていた光宣君は、お兄様は悪くないんです、と弁護してくれているけれど、周囲の反応気になりません?

水波ちゃんは辺りを警戒している。何が起こるというの?

お兄様の気配が一瞬ぴりりとしたけれど、すぐに霧散した。

その瞳にはなんというか、虚脱感?とりあえず探偵さんが見つかった模様。

 

「そろそろ移動するぞ」

 

移動を促すお兄様に、私はすぐさまはい、とよいこのお返事をして後に続き、続いて水波ちゃん、光宣君もついてきた。

水波ちゃんはお兄様の態度に何かあると気付いて観光をしているふりをして私の背後にピタリとマーク。

光宣君はまだ困惑しているようで、直接お兄様に訊ねていた。

お兄様がポケットから取り出した端末を操作して光宣君に見せると、驚いてから周囲をそれとなく警戒し始める。うん、なんて言うか、初々しいね。演技してます、というのがわかりやすい。

お外でこういう任務に携わってきていないのだろうなと窺わせるぎこちない動きに私たちは微笑ましくなった。

 

 

そしてお兄様によって引っ掛けられた憐れなハードボイルド探偵さんは盗撮犯として仕立て上げられ、人気のないところで尋問を受けるのでした。

 

 

可哀想に。魔法師のことを何も知らない一般人の探偵さんはお兄様の多機能腕時計にびくびくしていた。

というかお兄様、こんな場面を予期していたのかな、普段あまり身に付けないタイプの時計をされていた。

私もそんなお兄様に倣ってそんなに怯えなくていいよー、と微笑みかけたつもりなのにとっても怯えられました。不思議だね!(確信犯)

お兄様の想子を活性化させただけのプレッシャー攻撃も相まってお口の滑りが良くなったよう。

痛みのない尋問でよかったね、と思う辺り私もすっかり四葉の闇に染まりつつありますね。

・・・でもハードボイルドなできる探偵さんをするんだったら、相手が魔法師という時点でCADのことくらい知識に入れておいてよかったのではないかな、と思わなくもないわけで。

それに魔法を街中で使うとお縄だってことは知ってるんだから、使わないで脅しかける方法くらい――と思ったけれど、流石にそこまでは非魔法師には求められないか。

見えないものに対する未知への恐怖は、知識があったとてどうこうできるものではない。本当に使わないかなんてわからないしね。

それにしてもお兄様、あくどい顔もとっても素敵ですね。心なしかいつもより生き生きしていた気がします。

 

「何か言いたげだね」

「いいえ、お兄様がとても楽しそうに見えましたもので」

「俺の演技もなかなかだろう」

 

自信ありげににやりと笑うお兄様かっこよすぎでは?ハードボイルドうつりました?野性味がいつもよりやや強め。やだ、カッコいい。

 

「気に入ってくれたか?」

「・・・とても素敵でございました」

 

すり、と頬を撫でられその手に頬を押し当てる。

その背後では光宣君と水波ちゃんがこそこそっと、

 

「仲の良い両親で僕は幸せです」

「ここまで仲睦まじいのは珍しいですよ・・・」

 

夫婦にしても兄妹にしても、と話しているのが聞こえた。それには私も同感です。

ここまで仲良い兄妹は珍しいよ。周囲にいないもの。

というか光宣君その設定気に入ったんだね。水波ちゃんが突っ込みを放棄したのは光宣君が楽しそうだったからですか?それとも私たちにげんなりして気力が無かったからですか?

探偵さんから聞き出した依頼主のいるという豆腐料理屋さんへ着いたのだけど、入り口にあるお品書きには関東では見ることのない珍しいメニューがいっぱい。

湯豆腐も湯葉鍋もだけど、コース料理のお品書きも聞いたことのない料理名がたくさんある。どれも気になるね。

豆腐シュウマイとか湯葉のお造りってどんなのだろう?ホテルに戻ったら調べてみよう。あ、湯葉豆腐のかば焼きだって。かば焼きって聞くだけでお腹空いちゃう。魅惑の言葉。

そんなことを考えつつお兄様に続いてお店の暖簾をくぐると、着物姿の店員さんがお出迎え。京都って感じです。

そして光宣君に目が行って止まり、次いで私にも目を見開くもすぐに立ち直って接客をしてくれるとは――この店員さん、できる!お高いお店のプロの接客の方でないとなかなかこうはいきませんからね。

ここはお値段だけでなくランクもお高いお店とお見受けしました。伝統派さん、いいお仕事してるね。

促されるままに店内に入り、席に案内されてお兄様がメニューを開く――って、あれ?ここまでスムーズに進んでますけど、おかしい。お兄様、初めは食事などせず奥に挨拶へ行こうとしなかったっけ?

 

「それで、深雪は湯葉鍋でいいのかい?」

「え!?ど、どうして」

 

興味のあったものを言い当てられて驚きの声を上げてお兄様を見ると、お兄様は苦笑して。

 

「気になっていたのだろう?」

 

と。・・・見られていたのか。恥ずかしい・・・。

 

「ですが、そちらは時間がとてもかかると」

「だが、こんな機会でもないと食べられないものだろう。――反応が見たい」

「!・・・わかりました」

 

お兄様がこちらを見て微笑まれているけれど、目は私に向けられるものではない。つまり、この場合の『反応』は奥にいる人物のことだ。

私が選ばなくても、こういった事情で結局食べることになっていたんだね。

ということで、皆でしっかりお昼をいただくことに。

いただきます。

 

「ほら、これもどうだ?」

「深雪姉様、こちらも食べたことのない触感がします」

「あ、あの、よければ僕のも。どれが良いですか?」

 

・・・私食い意地の張ったキャラになってません?皆の好意だってわかっているからいただくけれど。

どれも美味しゅうございました。私だけが食べたんじゃないよ。皆でシェアしたの。どこからどう見ても観光エンジョイ勢ですね。楽しみましたとも。

デザートまでもしっかりいただいて大満足した後、お兄様は店員に声を掛け動き出す。

ここからは原作と同じで奥座敷まで案内され、伝統派の神輿にまで担ぎ上げられた男と対面を果たす。

だが、この人物は実に真っ当な感覚を持っている人だった。

時が経つにつれ事態を把握し、己の過去を見つめ直し、その座を下りられた人だった。

この人が凄いのは、無責任に下りたわけではなく、周囲を説得して大人しくさせていること。

自分の派閥の者には一切、大陸の客人(・・)を迎えさせなかったことを徹底させていた。

彼らは二度と国に歯向かったなどとレッテルを張られるような過ちを犯す気はないのだ。

だが、引っ込みの付かない一部の連中はそういった者を自陣へと招き入れ、御すこともできず内部に巣くったがん細胞に掌握されてしまっているのだとか。

近しいものだからこそできた調査結果の内容に、私たちも声が無い。

同じ伝統派一派。九の付く家からの報復を恐れた彼らは、掌握された一派を見張り、九の動向も見張っていた。何かが動き出していることはわかっていたから。

 

「腕利きの探偵ということでしたが、所詮は噂。九島家相手には荷が重かったか・・・」

 

あのハードボイルドさん、一般人にしては凄かったと思いますよ。ただ、魔法師相手には素人だっただけで。

少しは知恵を授けてあげればよかったのに。いや、まさか九島相手に丸腰知識で立ち向かうとは思っていなかったのか。

こちらの御隠居さんは、光宣君にも、お兄様にも敵対する意思を感じられなかった。

むしろ二人の返しに感心し、周の消息を語る際には結界の秘密を当てられて喜んですらいた。自身の魔法に誇りを持っているのだろう。

だからこそ彼は自信をもって断言する。周公瑾は宇治から南に出た形跡はない、と。京都市街地には来ていない、と。

そしてそれは原作を知っているからこそわかる。嘘偽りない真実だと。

残念ながらウチの情報部でも見失っちゃってます。とんでもないね鬼門遁甲術。

 

「貴方達が問答無用で私の許へ来たならば、この結界のことも、周公瑾のことを話さなかったでしょう。――貴方たちは最低限の礼儀を守ってくださった。無用な血を流すこともなかった」

 

だから敬意を払ったのだと。

それはただの偶然であり、お兄様にそういった意図はなく、逃げ出さないなら急がなくていいと優先順位を変えただけのことだったのだけれど――これが、神の采配というもの。

ただのピースの一つに過ぎないとわかっているのだけれども、お兄様を認めてくださり、憎き九島の者である光宣君に敵意も見せずに誉め、そして何より最高のもてなしをしてくれた方に感謝を。

 

「お食事はどれも大変美味しゅうございました」

 

食事のみならずサービスもよく、店員さんの教育も行き届いていてとても快適に過ごせた。

 

「ほっ。貴女のように美しい方に我が店自慢の料理を召し上がっていただけただけでなく、お褒めのお言葉まで頂戴できるとは。後世の自慢となりましょう」

 

・・・いや、後世の自慢は先ほどの川を利用した魔法の方を残してください。一女子高生の美味しかったです発言は自慢になりません。お兄様も横で小さく頷かないで。

最後がちょっとグダグダになったけれど、鞍馬と嵐山の一党には気をつけなさいという助言をもらって、全体的に和やかに終わったと思えば良い結果なのか。

結構長居をしてしまったのですでに日が傾き始めていた。

市街地にはいないという彼の言葉を現状全面的に信用はできないけれど、参考にはできるかもしれない。

少なくとも店主自身はそう思っているようだったという話し合いの下、今日のところは予定にあった金閣寺には向かうが宇治以北は範囲が広すぎると断念。

嵐山については明日じっくり見て回ろうということになった。

明日には七草先輩が合流して探偵もする予定ですからね。方向が近いのでついでに回る予定なのでしょう。効率厨のお兄様ならではの発想。

流石仕事をたくさん抱えるお兄様は同時進行もお手の物。・・・だから仕事がたくさん任されてしまうのですよ、と前世の私が忠告する。

でもお兄様にとってはもう今更のことなのだろうね。無理やり休ませるのは帰ってからだ。

それにしても、と店を出てしばらくして思い出し笑いが漏れてしまう。

それを目ざとくお兄様に見つけられてしまい、隠すことでもないので白状する。

 

「先ほどの店主の方には、お兄様が私とは同い年には見えなかったのでしょうね」

 

お兄様に対して、二十歳にもなっていないだろうに、と掛けられた言葉はまだ高校生だろうに、のニュアンスではなかった。

まあね、お兄様が身を置いている状況はお兄様が子供でいることを許さないものだから、私たちのように子供には見えなかったのだろうけど。

 

「それは俺が老けている、ということか?」

 

少し前にも光宣君と同じ話をしたでしょうに、お兄様実は結構気にされてます?

 

「大人びている、ということでしょう」

 

お兄様が面白くなさそうに、拗ねたように言うけれど、その表情はいつも以上にわざとらしく見える。

 

「でも、こうして拗ねてみせてもらえると、年相応に見えますよ。カッコイイお兄様が可愛らしく見えます」

 

そう言って腕に絡みつけば、お兄様は機嫌を直したといったように空気を和らげるが、忠告も忘れない。

 

「可愛いは男の誉め言葉にはならないぞ」

「私にとってはどちらも愛を伝える言葉です」

「・・・確かに、可愛いに愛は入っているか」

 

その言い回しは苦しくないか、とお兄様は笑うけれど、私にとって可愛いは男性女性関係なく誉め言葉だから。

 

「好きと好意を伝えることは難しいので、代用しているのだと思ってくださいませ」

「そういうことなら変換するとしよう」

 

ぜひそうしてください。好きと言い辛い日本人の伝え方です。月が綺麗ですねが愛を伝える言葉になる様に、奥ゆかしい人種なのです。

その後、コミューターでの移動中、景色を眺めながらお兄様と仲良くし、水波ちゃんは何も見てませんというように反対方向の窓の外を眺め、光宣君はニコニコとこの時を楽しむように微笑んでいた。

 

 

――

 

 

金閣寺では観光をせずに拠点捜索をメインに行ったけれどここでは何も見つけられず、残念な結果に終わった。

 

「これなら深雪に観光させてあげた方がよっぽど有意義だった」

「・・・お兄様、目的を見誤ってはいけませんよ」

 

それに遠目に見えただけでも結構満足です。

近づけばまた人混みが凄かったでしょうしね。

近くを散策するだけでも結構な視線を浴びましたから、今日はもう十分です。

視線に疲れたと言えば、それもそうだな、とお兄様はさっさと帰りのルートを探る。切り替えが早い。

ホテルはコンペ会場からは離れているけれど、一高生はここが御用達のようなので。・・・四葉系列で無いのはきっと偶然じゃない、よね。こちらもいいホテルなので問題はないのだけど。

事前に光宣君とお家の方とお話をつけているので、今日は光宣君もお泊り。

こういう機会でもないと彼は旅行もままならないし、友人とのお出かけができること自体嬉しいようだ。

すでに尻尾がぶおんぶおん揺れてる。お目目がとってもキラキラね。ちょっと抑えないと水波ちゃんがサングラス掛けそうな勢い。

 

「光宣君、楽しみね」

「はい!深雪さんたちと部屋が分かれてしまうことが残念ですが、達也さんたちとご一緒できて嬉しいです」

 

うん、この時点で彼には男女の壁は無い。つまり意識してないことがわかるね。純粋。ぴゅあっぴゅあ。

 

「今回は他にも連れがいるからな。常識的に無理だ」

 

お兄様が苦笑して答えるけれど、そうじゃない。

まるでエリカちゃん達がいなかったらこの四人でお泊り予定だったなんて恐ろしいことを言わないよね。

水波ちゃんが不審な視線をお兄様に向けている。

 

「家族一緒に同室はおかしなことじゃない」

「ホテルに同年代の男女二組が同室はおかしなことですよ」

 

家族設定は日記の中と私たちの時だけでお願いします。常識を忘れないで。

そして光宣君はしょんぼりしないでほしい。貴方を拒絶したわけじゃないから。

 

「水波ちゃん、ここは私たちが教育していかないと」

「はい、このまま光宣様が達也兄様と同じ思考になられたら事です」

 

・・・そうなんだけど、そこまで言う?

良いけどね。水波ちゃんがそれだけ素直になってくれてるってことで。

そんなことを話していたらあっという間にホテルに到着。

このところホテルにお泊りが多くて楽しい。

基本的にこういった外出はお母様との家族旅行で年に一回あればいい方だった。父親?知らない人ですね。お忙しいのでしょう。

預けた荷物を受け取って――行きの時には無かったから、光宣君は家の者に送ってもらったのでしょうね――先に部屋に戻ろうかとロビーに向かうと、ちょうど吉田くんたちが帰還した。

おかえりエリカちゃん!と迎えに行きたかったのだけど、その背後に居ますね。目が合いました。

 

「一条」

「司波さん」

 

ごめんなさいお兄様。視線が合っちゃったからこっちにしか目が行かなかった模様。

お兄様と顔を見合わせて、お前が相手をしてやってくれ、と苦笑されていた。

背後で水波ちゃんがさりげなく移動しているけど、もしかして九校戦同様警戒してる?大丈夫だから。彼は人畜無害の紳士ですよ。

光宣君が不思議そうに水波ちゃんを見て、お兄様を見たけれど、お兄様はそれも苦笑して返す。今話すことでもないし、話せることでもない。

 

「お久しぶりです。一条さんも京都にいらっしゃっていたのですね」

「こちらこそご無沙汰しております。来週の論文コンペの下見をと思いまして」

 

今日はスムーズに聞こえるけれど、とても堅苦しい言い回しだね。

紳士としては間違ってないけれど、同い年に話しかけるにはちょっとお堅い。

 

「まあっ。私たちもです」

「ええ、吉田君たちに聞きました」

 

純情少年かな。頬が赤いけど、周囲に人がいることわかってるんだよね。視線がずっとロックオンだけど、時折照準がずれる。目を3秒見つめると死んだり石化したりする呪いでもかかってます?

 

「吉田くんたちとは新国際会議場でお会いになったのですか?」

「危ない所を助けてもらったのよ」

 

質問を再度重ねると、傍観していたエリカちゃんが割って入ってきた。一条君を助ける為かな、と思えるのは彼が口をもごもごさせていたから。

危険なところ助太刀しました!は自分からは言い辛いものね。

だけど危ないところと聞いてお兄様が反応する。

 

「部屋で詳しい話を聞かせてもらえないか?」

 

ロビーで立ち話するには内容も内容ですし、長くかかるでしょうから。

 

「一条さんもこちらにお泊りなのですか?」

 

とりあえずこの後の予定を聞く流れに持っていくために質問すると、咳払いをしてから返してくれた。

 

「いえ、俺は隣のKKホテルに。ですがその件で、詳しい事情を知りたいと思っていましたので」

 

それでエリカちゃん達に付いてきた、ということだったのでそこからは展開が早かった。西城くんもエリカちゃんもコミュ力高いからね。

 

「じゃあ、俺たちの部屋に行こうぜ」

「んじゃ、荷物取ってくるね~」

「ちょっと待ってて」

 

唯一後れを取った吉田くんが慌ててエリカちゃん達を追いかける。

振り回されて大変だけど、頑張れ吉田くん。

 

 

――

 

 

そして部屋を移動して腰を落ち着けてからお兄様がさっそく口火を開く。

あ、皆のお茶は水波ちゃんと私が共同で準備したよ。ここで主にそんなこと!なんて言えないことを水波ちゃんはちゃんと理解してくれた。・・・不満が無いわけではなかったみたいだけどね。融通利かせてくれてありがとう。

 

「去年の横浜事変で大亜連合侵攻軍の手引きをした者が京都方面で匿われていることが分かった。俺はソイツの捜索任務で京都に来ている」

 

お兄様は時短のためにペロッと重要な機密事項を話す。

おかげで皆――一条君だけじゃなくてエリカちゃん達も目を白黒させていた。

 

「俺は国立魔法大学付属第一高校の生徒であると同時に、国防陸軍一〇一旅団独立魔装大隊所属の特務士官だ」

 

吉田くんたちはこんなあっさりバラすと思ってなかったから目を見開いていたけれど、お兄様にとって別に禁則事項とも思っていないので必要に応じて話すことに躊躇しない。

そして嘘は言ってないっていうね。軍属であることも、捜索任務できていることもどちらも本当。ただこの二つが結びついてないだけで。

 

「なん・・・だと」

 

一条君の良い所はそんなはずない!などの否定が反射でも一切出ないことだね。一旦呑み込んで咀嚼して、可能性を導き出す。

彼の表情は、次第に納得のものへと変わっていく。

 

「一条、言うまでもないことだが、このことは他言無用だ」

 

お兄様の念押しに、一条君は深く頷いた。

 

「その工作員は今回の論文コンペでも妨害行動を起こす可能性がある。幹比古たちには論文コンペの安全確保を兼ねて手伝ってもらっている」

 

お兄様ったらさらっと虚実を交えて話すものだからエリカちゃんが遠くを見つめている。エリカちゃんにはすでにそれとなく四葉であることを伝えているんだろうね。これがお兄様の手管か、と思われているところかな。

巻き込んでどさくさに紛れて利用する。それを傍から見てたことで彼女は達観してしまったのか。悟りの境地。ごめんねウチのお兄様が。

 

「侵攻軍の手引きをした者の名はわかっているのか?」

「周公瑾、と名乗っている。外見は二十代前半の男性。だが本当の年齢はわからない。髪が長く、写真で見る限り容姿は極めて整っている。鬼門遁甲の術を使うらしい」

「周公瑾だって!?」

 

一条くんがここで声を荒げてこぶしを固く握った。

その様子にお兄様も尋常じゃないものを感じたのだろう、尋ね返すが一条君はまだその衝撃による怒りから抜け出せずにいた。

それだけ彼にとってもその名がここに出てくるとは予想外であり、自分が騙されたのだという事実に怒りがこみ上げたのだ。

 

「あ、ああ・・・そうか、あいつが。あいつか!」

 

目に怒りの火が灯る。火は炎となって渦を巻く。そんな表現がぴったりだった。

 

「去年の横浜で、侵攻軍の一部が中華街に逃げ込んだ。俺は中華街の住民にそいつらの引き渡しを迫った」

 

一条君はあの時の情景を思い出しながら、眉間に皺を寄せて話し始めた。

彼にとっては相当屈辱だったことだろう。握った拳が震えていた。

 

「予想に反して、中華街の門はすぐに開いた。侵攻軍の兵士を拘束し俺たちに引き渡した住民の先頭にいた青年が名乗った名が・・・」

 

周公瑾だった、と。

 

「ヤツは、本名だと言って、笑っていた・・・!」

 

ありありとその時のことが思い出されたのか、その目に宿る炎がこちらにも届きそうなほどの熱を感じた。

だが、お兄様はその(想い)を利用するか、と冷静に判断していてこの温度差に風邪をひきそうだ。

エリカちゃんも同じことを思ったか定かじゃないが、空気を変えるように話題を変える。

それは鬼門遁甲についてどんな魔法か問う、現実的な話題だった。

鬼門遁甲と言えばやはり有名で、吉田くんからも詳しく聞きたいと問いかける。

それに答えるのはこの中で一番詳しいだろう光宣君だった。

彼の暴力的な美貌が彼らの視線を一瞬奪うが、耐性がある彼らはすぐに話に集中できた。

ちらっとこちらを見てため息を吐いたのはどういう意味です?これに慣れさせられたからなぁ、みたいな。・・・自意識過剰の被害妄想かな。

光宣君の、その魔法の神髄は方位を狂わせる精神干渉系魔法にある、との言葉に反応したのは西城くん。

 

「方位を狂わせる?例えば水の中で上下をわからなくして溺れさせるとかか?」

 

この答えに光宣君は感心したように目を見開いた。そしてニコリと笑みを深める。

その笑みの意図するところは流石お兄様のお友達ということもあって発想が普通じゃない、というところかな。

すぐにその案が浮かぶ西城くんの頭の回転ってすごいよね。早い上に的を射ている。

 

「そういう使い方もできるでしょうが、主な使い方として伝わっているのは追跡者の直線感覚を狂わせて何度も蛇行させ、見えているにもかかわらずいつまでも追いつけないという精神的なダメージを与えるとか、石を積み上げた陣の中を延々とさ迷わせるとかですかね」

 

正に三国志演義に書かれてる奇門遁甲術だよね。

一条君もそこが気になったようで突っ込んだ。今更だけど九島家と一条家も交流無かったのね。彼らも初対面で光宣君呼びをしていいかって話に。

光宣君は疑問に答える為、第九研の研究内容を開示。日本の古式魔法だけでなく大陸の古式魔法も研究対象であったことを伝えた。

その結果、諸葛孔明が習得していた魔法が鬼門遁甲術だったのではという結論に至ったそうだ。

なかなかのビッグネームで感心してしまったけれど、話が逸れちゃいましたね。お兄様が話を現代に戻す。

その術の有用性、危険性、について尋ねるように術の確認をする。

逃走に使われるだけでなく、戦闘にも使われる可能性だ。

というより、そう使われるのだろうね。攻撃逸らしたり、相手の向きを逸らせたら隙が丸見えなのだから。

敵に自分を見失わせるって本当に怖い魔法だ。全方位攻撃しなければ当たらないじゃない――と考えるのは脳筋すぎるだろうか。

それともその方向も逸らされて相手の部分だけ当たらない?360度を逸らすのは無理だと思うのだけど。

――もしくは見るだけで動けなくさせる『魔法』に関して言えば角度をずらしただけでは意味がないので相手の魔法力が私を上回らない限りは食らうだろう。

たとえ上回られたとしても、全身固まらなくても動きを鈍らせるくらいはできるから、その隙に誰かが狙ってくれれば討ち取れると思うんだけど・・・お兄様、参加させてくれないだろうな。

それからお兄様から話題を振られて横浜事変の折、陳と対峙した話を少々。

美月ちゃんの合図が無ければいつ攻撃していいかもわからなかったことを説明した。

先生の、全方位注意しなさいの言葉が無ければ、私は攻撃範囲を絞れず相手を認識することできないまま果てていたかもしれない。

・・・お兄様がいるからそうはならないか。だけど、敵を認識できないというのはそれほど致命的だ。

私の言葉に耳を傾ける一条君は、一瞬非難の視線をお兄様に向けたけれど、それは戦闘に妹に関わらせたということに対してかな。同じシスコンとして信じられない?

でもあの状況でそんなことも言ってられないことくらい一条君もわかるだろうから、すぐにその魔法の自分なりの分析の話に移る。

 

「・・・それはつまり、鬼門遁甲は時間と無関係ではないということではないでしょうか。その魔法の本質は、分岐点に於いて特定の方向に意識を向けさせる、あるいは意識を向けさせない精神干渉、だがいつ分岐点に到達するかがわかっていれば、その時間に意識を向けておく方向をあらかじめ決めておくことで、意識誘導に抵抗することができる、ということではないかと思います」

「さすがです、一条さん」

 

光宣君もその推測を聞いて感嘆の声を漏らした。

・・・美少年、見た目だけでなく声もいい。というよりここにいる面子は皆声がいい。いつだって耳が幸せです。誰か課金をさせてくれ。させてください。

 

「方向だけでなく、時間と方向の組み合わせで意識に干渉する魔法ですか。言われてみればそう考えるのが一番しっくりきます」

 

そこからこの魔法攻略について話し始めそうだったけれど、お兄様がその流れを一旦中断した。他にも話を聞いておくことがあったからだ。

吉田くんたちが襲われた理由、その相手がどのような集団だったか、どのような魔法を使ったか。

エリカちゃんが大変だったわ~と話すので、お疲れ、と労う。

正直この話し合いに女子たちはさほど身を入れていなかった。いや、話はちゃんと聞いているんだけどね。

日傘に偽造したデバイスどうだった?と聞けばエリカちゃんはあれは面白い!と目を輝かせて話してくれた。邪魔にならない程度の声色で。

エリカちゃんはほとんど攻撃は受けてなかったから安心して、と言ってくれたけど今回は結構冷や冷やしたのだとか。あと、忍者ね。彼らは攻撃が当たりにくくて面倒、だって。

急所避けるのが上手いんだそう。それでも倒しちゃうエリカちゃんカッコいい!

その間お兄様は、自分たちの調査報告をする。

敵は伝統派の一部であり、その場所も範囲がいくらか絞れたことに、懐疑的ではあるがある程度信憑性があること、そのことを踏まえて明日は調べてみると。

 

「なら兄さん、明日は皆で嵐山に行くの?」

 

ちなみにこの兄さん呼びは光宣君には伝えてある。学校でお兄様呼びは浮くからね。

プライベートは別、と言えば自分がプライベートに入れてもらえていることを喜んでいた。可愛いね。

 

「全員で行くのは目を惹きすぎるし、コンペの安全確保も疎かにはできない。幹比古とエリカとレオは今日と同じく会場周辺に不審者が潜んでいないか、犯罪者やテロリストが潜みそうな場所が無いかどうか調べてみてくれないか」

 

吉田くんとしたら不服だろうけれど、むしろ吉田家という存在は古式魔法師たちにとっては影響力があり過ぎる。特に今回は伝統派と事を構えることになるのだから。

既に吉田家からは今日の襲撃の件で抗議の連絡が行っているそう。お仕事が早い。

そもそもどう襲われたのかという話に水が向くと、どうやら伝統派の一部は既に乗っ取られて洗脳されている可能性が浮上した。

その事実を突きつければ牽制にはなるだろう、と話す彼らに、光宣君はしょんぼり。

一条君が言うように、去年のように騒乱に発展すれば周に逃亡のチャンスを与えることとなり負けが確定する。

 

「九島家として動ければいいのですが、僕一人ならともかく『九』の各家が大人数で京都入りすれば伝統派だけでなく古式魔法師各派を刺激することになりかねません」

 

お耳が垂れてますね。

でもそのことに気付けたのだから偉いよ。

 

「そうですね。伝統派に口実を与えることにもなりますから、それは止めた方が良いでしょう」

 

敬語で話しかけたら更にしょんぼりされてしまって慌てて頭を撫でる。

ごめんね、ここには一条君がいるから、彼と同じ話し方をしないと今後一条君に敬語を外すよう頼まれることになりかねなかったのでそうしたのだけど、距離を感じたかな。

だけど、私もテンパり過ぎた。

一つ下の男子の頭を撫でるなんて、淑女としてよろしくなかった。

一条くんが「なっ!?」と驚愕した顔になり、西城くんと吉田くんがお兄様の顔を窺い、エリカちゃんがにやつき、水波ちゃんが、あーあ、と私の軽率な行動を嗜める目に。

肝心のお兄様はと言えば。

 

「お前が年下に甘いからと言って、光宣も男なのだから気安く触ってはいけないよ」

 

と優しく注意された。

 

「光宣君、勝手に触れてごめんなさいね」

「いえ!謝っていただくことでは。・・・むしろ慰めて下さってありがとうございます」

 

うん、美少年のはにかみは心の栄養だけど過多です。取りすぎは危険。

ところで後ろでこそこそと何を話しているのです西城くんたちは。アレは本当に達也か?って。お兄様ですよ。深雪ちゃんが言うのだから間違いない。

お兄様は何事も無かったかのように伝統派の牽制は吉田家に任せるとして、自分は嵐山に行く方針を述べた。

吉田くんも快諾し、残るは一条君なんだけど・・・放心したまま戻ってこない。

 

「一条さん、大丈夫ですか?」

 

原因が何言ってんだ、と私もわかっているんだけどあまりに瞬きをしないもので心配になった。

ひらひらと手を振ってようやく彼は意識を取り戻し、しどろもどろに何かを言いながら真っ赤になって、頭を振って落ち着いてから再度口を開く。

 

「俺はどうすれば?」

 

すっかりお兄様陣営の一員になってますね。

お兄様は若干呆れた様子で一条君を見ていたけれど、一条君は明日立派な戦力になりますからね。

 

「一条さんには、私たちにご同行いただけると心強いのですけれど」

 

チラチラ私を見る視線に期待も込められてました。・・・一条君もわんこ属性をお持ちで?

一条君の犬種は何だろうね?一条君も大型犬かな?

お兄様はシェパードもいいけどハロウィンのせいでオオカミなイメージ。わんこって感じじゃないよね。

 

「はい!お任せください」

 

一条君の元気なお返事をいただいて、こうして明日の日程は決まったのだった。

 

 

 

 

のだけど、

 

「司波、その・・・彼女は年下がタイプだったりとか」

「一条、お前は自身の妹にそういった話を聞くのか?」

「・・・そうだよな・・・」

 

お兄様、以前妹の恋愛観について聞いてきてましたよね?好みのタイプは話したことないけど。

西城くんたちは西城くんたちで、

 

「あー、光宣、お前深雪さんみたいな女性がタイプか?」

「レオ!直球すぎるよ!」

「?タイプ、ですか?彼女は包容力があってお母さんタイプですよね」

 

光宣君が若干ずれた答えを出して唖然とさせていたり。

エリカちゃんが、

 

「ちょっと水波、達也君があれだけ警戒してないってことは光宣君ってそっち系死んでるの?」

「死んでいるというより(彼の場合そういった情緒が育ってないのでは・・・)――いえ、私も詳しくは」

 

と躱そうとしていたり。

・・・皆楽しそうだねぇ。誰も仲間に入れてくれなくて寂しい。

 

 

――

 

 

寝る前の別れ際、光宣君に温かくして寝るのよ、と伝えたけれどそれくらいじゃ彼の体調不良は防げなかった。

わかっていたけれど、同情してしまう。

昨日まであんなに元気だったのにね。

お兄様が水波ちゃんを連れて光宣君の許へ行ってしまった。

ロビーでは出発準備を整えたメンバーが。

本当は先に行ってくれてもいいと言いたいのだけれど、そうなると一条君と二人きりになってしまうというので、西城くんたちが気を使って残ってくれていた。優しい。

 

「しっかし、昨日まであんなに元気そうだったのにな」

「夜に話をしていた時も普通だったんだけど。その時に体調が悪くなりやすいと話していてね」

「で、即行体調崩したってことね。深雪は知っていたの?」

「ええ。学校にもあまり通えていないんですって」

 

心配だというのが声にあふれてしまい、皆が私を心配するように見つめるけど、心配すべきは私じゃなくて彼だから。私がこんな気落ちしちゃダメよね。

 

「きっと昨日の疲れが出ちゃったのでしょうね。楽しそうにはしゃいでたから」

「あれだけの美少年がはしゃいでたら周囲は大変だったんじゃない?」

 

エリカちゃんがのっかって冗談交じりに聞くけど本当、冗談ですまなかったよ。

 

「ええ、本当に。周囲の視線が一気に彼に向くのが凄かったわ。池の鯉に拳を向けたら群がられる、みたいな映像が頭に浮かんだわね」

 

私の言葉にエリカちゃんが最初に噴出し、西城くんが続いて吉田くんが笑いを堪えるように顔をそむけた。

そして一条君はと言えば――私の貌から視線が離れませんね。口元も緩んでます。その、鼻の下がね・・・見苦しいってことは無いのだけれど美少年のピンチです。

普通なら見苦しいはずなんだけど、美少年ってお得。

 

「一条さんも、お待たせして申し訳ありません」

「・・・え、ああ!気にしないでください。俺は大丈夫ですから。その・・・彼、心配、ですね」

「ええ。でも水波ちゃんが看病してくれるみたいなので」

「え?!そう、なのですか」

 

うん?そんな驚くことがあった?と周囲を見ると、皆一条君に同情の視線が。

 

「確か彼女は、九校戦でシールドダウン新人戦で優勝した子ですよね」

「覚えていてくださったのですね。そうなんです。自慢の従姉妹で」

 

水波ちゃんのこと覚えててくれたことが嬉しくて笑顔で答えると、・・・しまった固まっちゃった。

 

「深雪、水波褒められたのが嬉しかったのはわかるけどやりすぎ」

「・・・だって、身内を褒められたら嬉しいじゃない」

 

一条君、本当に深雪ちゃんの外見好きだね。ここまで真っ赤に固まられてしまうと困ってしまう。私が悪いことをしているみたいだ。

どうしようかと悩んでいるとそこへお兄様が戻られた。水波ちゃんはいない。

 

「待たせた」

 

お兄様が言うには光宣君は熱を出して休んでいるとこのと。心配だけれど水波ちゃんが看病に残ってくれるのだと説明。

朝一に、お兄様から光宣君が体調を崩したと連絡があった。

水波ちゃんにはもし症状が悪化したらという話を、お兄様を交えて相談していて、緊急時はホテルの人や医療従事者を頼るのではなく、藤林さんに一報を入れるようにとの取り決めをした。

いざという時に備えておくことは大事だからね。それらが一通り落ち着いたらこちらにも連絡が欲しい、とお兄様の端末に報告することも忘れない。

何事でも報連相は大事だと四葉には叔母様経由で徹底してもらっている。どんな勘違いが起きて事実がねじれて面倒なことになるか分かったものではないからね。

情報は即座に連絡。正確さも大事だけれど時にはスピードをもって共有も大事だから。間違っていたら指摘できることもある。

誤解されやすい四葉だけれど、それは言葉が少なすぎるから。プライベートはともかくお仕事でそれはまずいから。

・・・これは前世からの教訓でもある。誤解一つでとんでもないミスに繋がることがあるからね。少数精鋭で頑張っている四葉はいつでも人材が少ない。

精鋭以外も使わなければならない場面も生じるわけで、そうなった時に起こるのが人的ミスだ。使えないと切り捨てられる人間が少しでも減ればいいな、と。人も使い用なのだ。

考える脳が無くなるのは困るけれど、その手前で使えないレッテルを貼ってしまうのはもったいない。

っと、そんなことを考えている間にエリカちゃん達は会場周辺の調査に出発し、私たちは嵐山へ――向かう前に合流するんですよね。

ということで、本来バイクで移動予定だった一条くんは定員オーバーにならずに済んだので一緒にコミューターで揺られて移動するのだけれど、席順でひと悶着・・・は起きなかったけど二人とも不満そうだね。

横に並んで座る二人は仲良くなれる雰囲気は見られない。

お兄様は端末をいじり、一条君はこちらをちらりと見ては視線が合いそうになると窓の外へ向いてしまう。

うーん、水波ちゃんカムバック。空気があまりよろしくないです。

この機会に、二人の仲が少しでも近づけばいいな、と思っていたりもするのだけど、気まずい。友好ムードが今のところ欠片もない。

 

「深雪、どうした」

 

お兄様が端末操作を閉じてこちらを窺う。

・・・しまった、顔に出してしまったみたい。もしくは気配?気を抜いた状態ではお兄様に隠し事ができ難くなってきた今日この頃。

特にここは敵地でもあるからいつもより注視されているのかもしれない。

お兄様の声に一条君も反応してこちらを窺っていた。今度は視線をそらさず心配そうだ。

 

「この後の予定なのだけど、嵐山の前に寄るところがあるのでしょう?」

「そうなのですか?」

 

この後の予定について一条君と全くすり合わせてなかったから、誤魔化しついでに確認しておいた方が得策かな、と。

一方的に決めて動くと自分勝手な印象を与えちゃうから。

説明を最小限に省いて効率ばかり考えてしまうお兄様の悪い癖。

お兄様はそういえば何も説明していなかった、と一条君に説明。だけど今回の場合は別件が絡んでいるから説明せずに巻き込もうとしていたんだろうな。

 

「嵐山の前に、手掛かりになりそうなものを見せてもらえることになっている」

 

説明をしたつもりなんだろうけど・・・お兄様も四葉だよね。この絶望的な言葉の足らなさと端的さが相手に教える気が無いのかと思わせる。

事実、一条君はちょっとむっとしてしまった。

ここは妹としてフォローをしなくては。

 

「もしかしてこれから会う方への配慮のため口にできない、ということ?」

「そうだ」

 

この言葉に一条君は目をぱちくり。

人に気遣えない類の人間かと思ったら、その発言自体が人を気遣ってのぶっきらぼうだったことに驚いた模様。

・・・いえ、誤解してくれるのは嬉しいけど、お兄様面倒を省いただけなんだけどね。ありがとう。いい具合に解釈してくれて。こういうところも人の良さが出るよね。

一応先輩への配慮があることも間違いじゃないよ。うん。

 

「ここから先は、周公瑾のことを口にしないで欲しい」

「・・・秘密なのか?」

「できればあの人を巻き込みたくない」

 

その言葉に一条君はおや、と眉を跳ね上げた。今度はどんな誤解かな。次の反応がちょっと楽しみ、というところでコミューターが止まり、お兄様が先に降りて続いて私と一条君も降りて待機。ちょっとした雑談は私の仕事かな。

 

「一条さんはよく京都へ来られるのですか?」

「はい。ウチからそう遠くも無いので何度も来ています。バイクで来られたのもそれなりに土地勘があったからです」

「まあ。バイクですか。一条さんもお好きなのですか」

「はい。そう言えば千葉さんから窺ったのですが、司波もバイクを乗るのだとか」

「ええ、兄さんもバイクに乗るのが好きみたいで」

 

お兄様に乗せてもらっているんです、と返そうとしたら、お兄様が振り返った。

 

「俺が好きなのはお前が喜ぶからだぞ」

「そうなの?ありがとう」

 

よく移動に用いていたからてっきりお兄様が気に入っているのかと思っていたのだけれど、一緒に乗った時の反応が好きなのだと言われて思わず頬が緩む。

 

「し、司波さんもバイクに乗られるのですか?!」

「私は兄に乗せてもらうのです。バイクは風を感じられて気持ちがいいですよね」

「そうですね。あの爽快感はバイクの醍醐味だと思いますが・・・そうですか。バイクの後ろに・・・」

 

おおっと、またもプリンスがプリンスらしからぬお顔になりそう。

お兄様、どうしましょう、と顔を向ければ頭に手を乗せられて固定されました。そっちを見るんじゃありません、ってことかな。

 

 

――

 

 

そこへタイミング良く一台のコミューターが。救われましたね一条君。間に合っていたかは別にして。

そして、うん、降りる姿もきちんとお嬢様ですね。先輩素敵です。見習うべきお嬢様感。ただのコミューターが高級車に見えます。

お嬢様の仕草なら深雪ちゃんも当然身につけておりますけれどね。ほら、先輩とはまたタイプが違うのです。

先輩は小悪魔的演出付きの魅せる降り方だから、身体の角度といい、女性らしい柔らかさのある所作といい、私のモノとは違う。

魅力的にどう映るか知り尽くしてるよねって感じ。私がそのような降り方をするかは別にしても勉強にはなる。

先輩は真っ先にお兄様を見つけ表情を明るくされたと思ったら、私を見つけて目を丸くし、次いで一条君を見ては困惑していた。

たった数秒で三パターンの表情。リアクションの幅も広いですね。

先輩も驚かれていますけれど、お兄様もこんな組み合わせになると思ってなかったのですよ。

 

「達也君、遅れてごめんなさい」

「時間通りですよ」

 

お兄様もTPOは弁えているので先輩がこちらに向かう前に私から手を下ろして、先輩に一礼。

お兄様が下げて私が下げないわけもないので一緒に一礼すれば、先輩も無視できないよね。もとよりそのつもりはなかっただろうけど。

 

「深雪さんも久しぶりね」

「はい、・・・ご無沙汰しております」

 

夏以来だね、と言いそうになったけれどあれは良くない思い出だろうからお口チャック。

先輩も感じたのだろう、何も言わないで視線は一条君へ。

一条君と先輩もほとんどこうして顔合わせしたことが無いらしく挨拶するのは二回目らしい。

改めてご挨拶をして、ちょっと、とお兄様が連れていかれた。

・・・先輩にとってこれってある意味二人だけの外出――デートでもあったから。お邪魔だよね。でも先輩のお役に立つから許してほしい。

こそこそと話している二人を尻目に、一条君はお兄様と先輩の関係を不思議に思ったみたい。

 

「随分と仲が良いのですね」

「一条さんにもそう見えますか」

 

だよね、と一条君のお話に乗っかる。

あんなに腕を絡ませて身を寄せ合って話していればただの先輩後輩には見えない。

偶然横を通り過ぎる人が見ればカップルだと勘違いする男女の距離感だ。

 

「去年の九校戦、敵情視察のジョージに付き合って彼女のクラウドボールの試合を見ましたが、会場がどよめいていたのを覚えています」

 

ああ、お兄様の柔軟の手伝いですね。アレ、選手のみならず一部の会場からは見えてましたから。ファンたちの間では騒然となってたみたい。あの男は誰だ!?みたいな。

でもそれが私の恋人だ、になって二股疑惑も浮上したらしいよ。

ただ会長(当時)に対してはそっけない態度と顔で、私には優しい顔だったのですぐにその疑いは晴れたようだけど。

知らないところで三角関係になってました。その後もほのかちゃんとも噂が浮上していたらしいから、お兄様は相当男子からのやっかみの視線を浴びたらしいけどね。

大抵私のいないところで事件が起きていたので目撃できなくて残念でした。

 

「も、もしかして二人は、」

「さあ?それはどうなんでしょう。兄とそういった話はしないもので。一条さんは確か妹さんがいらっしゃるのですよね」

「え、ええ。下に二人」

「一条さんのお家ではそういったお話はされますか?」

「あ~、妹が好きな人なら、知っていますけど」

 

一条家は仲の良い家族関係のイメージ。十師族じゃかなり珍しい関係性だったと思う。

十師族に名を連ねている人たちは大抵家庭トラブルを抱えている。こちらはイメージではなく事実です。

まあ、魔法師の家は何かしら事情を抱えている人の方が多いのだけど。

 

「まあ!お兄さんとしてはやっぱり複雑ですか?」

「複雑は複雑ですかね。何せ相手が――」

 

おっと、それはマナー違反だよ一条君。妹さんの好きな人をお兄さんが勝手に口にすることはご法度です。本人がこの場にいるいない関係無しにね。

一条君の顔の前に人差し指を立てる。

 

「だめですよ。妹さんの大事な秘密なのですから」

 

たとえそのお相手が友人のことであろうとも、妹ちゃんにとってはバラしてほしいわけもなく。

お兄さんとしての信用を失う事態を招きかねません。

 

「す、すみません!」

「未遂でよかったです。私も気軽に聞いてしまってすみませんでした」

 

私が聞いたから答えようとしたんだものね。複雑かどうか聞きたかっただけなのだけど、あの聞き方されたらペロッとしゃべっちゃうのもおかしくなかった。こっちも反省。

二人で頭を下げ合っているとあちらの話も終わったらしくお兄様が戻ってこられた・・・けどちょっと距離が近いね。

ぴったりくっつくような至近距離。目測誤った?最近多いね。成長期のせいでずれが生じているとかですか?

 

「説明は移動しながらするからとりあえず乗ってくれ」

 

一条君にそう声を掛けてお兄様は私をエスコートしてコミューターへ。・・・そこは先輩優先でいいのですよお兄様。

先輩と並んで座って、お兄様たちと向い合せ。なんだか不思議な感じだ。

先輩の恰好はヒールのあるローファーとロングスカートという出で立ちで、恐らく警察を訪れることも考慮されてのチョイスだったのかもしれないけれど、これで山道はやっぱり大変そうだな、と思った。

四葉の人間は山道を軽く見ることはない。どれほど危険なものかを身をもって体験して知っているから。

このスニーカーだってただの靴に見えるだろうけれど、横についているダイヤルを回すと内蔵されているスパイクが出るし、踵には仕込みナイフもついていたりする。

想定できる危機はなんだって想定する。何があるかわからない、それが山というもの。

山道はそれほど警戒して進まなければならないところだから。

・・・だからって、どこぞのお山のように丸太やら先端の尖った木製の槍やら、竹やりの落とし穴なんてないでしょうけど。

普通の山道だって装備がちゃんとしていなければ十分に脅威だ。

とはいえ先輩の場合、嵐山まで行く予定は無かったのかもしれない。捜索するにしても現場となった川か、その周辺の森くらいを想定していたはずだ。

お兄様の説明不足もあるけれど、先輩も確認を怠った結果だろう。

事件内容については七草先輩の口から説明するのは酷だと、お兄様がほとんど説明を買って出ていた。

そして一条君はここでも勘違いや思い込みを存分に発揮し、捜査に意欲的に参加することになった。

七草先輩が十師族として護衛を蔑ろにすることなく、一個人と認め、その死を深く悼み、死の真相を追及して弔おうとする姿に感銘を受けたらしい。

・・・うん、いいんじゃないかな、歯車が噛み合えば。

一条君の考え方を聞くに、彼にとっては四葉の思想は受け入れがたく思えるんだろうな。

あそこは一族には優しいけどそれ以外にはアレだから。でも身内になると優しいんだよ。そしてそれが周囲に誤解されやすいだけであって。

使い捨てにする人間は基本罪を犯した罪人だったりする――って、この考えがまずダメなんだろうな。私も四葉イズムに馴染み過ぎたらしい。

 

 

――

 

 

事前に七草先輩が連絡を入れていてくれたおかげで署内にスムーズに案内されたけど、普通予定人数を二人も超えたらその時点で入れない可能性があったと思うのだけど、そこは権力がモノを言ったのかな。

証拠保管室は、ドラマで言うように埃っぽくなく整頓もきちんとされていた。

机に広げられていたのは被害者が最期に身に付けていたもの。

その衣服は激しい戦闘の後を物語っていて、夥しい血痕が染みついていた。

CADに関してはもうこの場には無い。アレはいろんな情報が入っているから探られたら困ると思ったどこかの誰かさんが提出を拒んだらしい。

ほんと、困ったさんだよね。七草先輩も身内の行動に申し訳なさそう。先輩は何も悪くないのに。

お兄様が血痕のことを聞き、全て被害者名倉さんのものだとわかると、思案顔に。

お兄様はここに来る前に七草先輩から名倉さんがどのような状況で発見されたか詳細な情報を聞いていた。

 

「名倉さんの死体は、腹部が背後から貫かれ、胸の皮膚と筋肉が内側から弾け、心臓が破裂していたそうですね」

 

報道で変死体と言われた所以である。通常ではありえない死に様だ。

内側からの攻撃とあってすぐに浮かぶのは一条の『爆裂』。

一条君は瞬時に自身の魔法を連想しながらお兄様の言葉を繰り返して、その意図を理解したお兄様が『爆裂』みたいだ、と言ったせいで大げさに反応してしまう。

一条君が大きな声で否定するけど、お兄様としてはただ例として挙げただけであり、どのような結果でそうなったのかを纏めているだけのようだった。ごめんね、一条君。疑ったわけでも揶揄ったわけでもない。

考えをまとめる過程で出た単なるつぶやきだった。

七草先輩はお嬢様らしく狭い室内で出された大声に顔を顰めていた。こういうところは育ちが出るのか。

・・・私も何らかのアクションした方がよかった?むしろこれくらいのことで反応を出すものではない、という方針の淑女教育を受けていたから反応しないが正しいと思っていた。

今思うと、私の淑女教育って、感情を表に出さないように、感情に支配されないようにコントロールしなさいという教えがメインだった。――つまりお兄様対策だ。

お兄様を一時の感情でコキュっとしないための。・・・しないよ?!大事なお兄様にそんなこと!

でもまあ、それがメインだったから優雅に微笑んで全てを流す、というのが私にとっての淑女だったのだけど、七草先輩の反応を見て、これの方が自然だなと思った。

・・・お兄様にどちらの淑女がお好みか今度聞いてみよう。どちらが正しいかわからないけど、反応を見るのはお兄様だ。

話は進んで名倉さんがどのような魔法を使っていたのかに話題は移っていた。内部から弾けるということは敵の攻撃だけでなく自身の魔法の可能性もあるから、と。

お兄様は徐々に正解に近づきつつある。探偵の素質ありますね。

私には無理だ。推理小説は好きだったけれど推理しながら読むものではなく、キャラクター重視でしか見ていなかったので探偵の素質は全く持って無いと言えよう。

結果だけ見てそうなんだ、で終わってしまうからね。トリックに注目することなんか滅多にない。たまにあるとんでもトリックの時は気にするけどね。

お兄様が一つの可能性を導き出し、先輩に訊ねるのだけれど心当たりのない先輩は困った顔になっていた。

美少女――否、美女になりかかっている先輩の悩ましげな表情は美しいね。スチルとして残してほしい。スタッフー!

だけど腕を組んでうんうん唸ってから何か思い立ったと言わんばかりに手を叩いて、ってリアルで見ることってあるんだね。

アニメの動きとしたら完璧なジェスチャーです。・・・ドラマではここまであからさまな演出は少ない。コメディくらいだ。好きだけどね。

私が主に見るのはそういう数少ない演出の作品の方だからよく見る光景ではある。もしかして先輩もそういう系お好きです?

そういえば、お兄様も先輩の動きについて似たようなことを考えているんだったっけ、とちらっと視線を向けるけど、お兄様ずるいね。

真剣に先輩の言葉を待っているようにしか見えない。ずるい。

しばらくして七草先輩の、名倉さんの使う魔法は水を針に変える魔法と聞いて、推理を導き出したお兄様が次に取った行動が、机に広げられた血に塗れた衣服を眼で確かめること。

部屋に入った時から目に入るその証拠品は、時間が経過していたので生々しさこそ失われていたが、赤黒く変色したそれを誰もが冷静に結果として見られるのは、ここにいる全員にこの色がどういうものか知っているから、ということに他ならない。

慣れているかは知らないが、動揺を見せない程度には落ち着いていた。

お兄様が真剣に眼をやっているのを見て、つられるように七草先輩も一条君も目を凝らして真面目に見るのだから、やる気はあるんだろうね。

薄っすらと残る魔法の痕跡。それが何を意図しているのか私たちには読み解けない。

お兄様も時間が経ち過ぎて正確な分析はできないけれど、それでも私たちに比べてはるかに多い情報を読み取っていた。

 

「相手の特定に繋がる情報は俺にも読み取れなかった。だがこの傷は恐らく、幻獣によるものだ」

「げんじゅう?」

 

七草先輩が聞き慣れない言葉を繰り返した。

そうだね、大陸の魔法としてもなかなかマニアックな魔法だから知られていないのも無理はない。今は亡き大漢でも古い方の魔法だから。

電子金蚕ほどではないけれど、こちらも絶滅危惧種のような魔法。

精霊魔法等の化成体を知る延長で学ぶにしても、大陸に警戒していないとそこまで手を伸ばす知識でもない。

だから四葉の資料が残っているのだけどね。大漢並びに大亜連合のことに関しては九島に劣るだろうけれど、結構な蔵書がある。

・・・お兄様がご存じかはわからないけれど、ウチの教育は私たちが生まれる前から大陸について並々ならぬ力の入れようだったから。

お兄様が一条君に説明をパスしようとする前にちょこっと手を挙げてお邪魔します。

 

「幻獣とは確か、化成体の一種で、魔法により光を反射したり、接触したモノに圧力を加えたりして実体のないモノを実体があるように見せかける技術が化成体と呼ばれるものであり、幻獣はその形を光などを反射させて見せかけるのではなく、幻術で相手にその形を見せる。

化成体は光の反射を利用しているから誰にでも見えるけれど、幻獣は精神干渉系の魔法だから術者が見せようと意図した相手にしか見えない。そういうものだと記憶しているのですが」

 

これで合ってる?とお兄様を見れば、正解だ、とよく勉強したねと場所柄口では出さないけれど頭を撫でられ褒められる。

でも目は口ほどにものを言うので七草先輩がこんな時に、とちょっと呆れ顔ですよ。

 

「補足するなら相手に示すのは視覚的な幻術に限定されない。聴覚的な幻術でも幻獣の術式は成立する」

「ちょっと待って達也君。今の言い方だと、幻獣は相手に認識されなければ魔法として成立しないってこと?」

「幻獣と化成体の最大の違いは、相手に何かがいると思わせることによって術式の強度を高めている点にあります」

「だったら背中からの攻撃っておかしくない?音がすれば名倉さんだって振り向くわ。姿にせよ音にせよ、後ろにいることが知覚できれば、背中から貫かれるという結果にはならないはずよ」

 

流石は七草先輩だ。きちんと魔法の特性とその結果の矛盾を指摘する。

彼女は考えているのだ。未知の魔法に対抗する術を。

この点でもただのお飾りに収まるお嬢様じゃないことはわかるだろうに、どうして七草弘一はちゃんと教育を――って、この話は前もしたね。

隙のある女性の方がいいってことか。本当、何処までも女性を馬鹿にしている。もしくは駒としてしか見ていないのか。

・・・もしかしたら、だけれどそうして関わらせないようにして守ろうとしているのかもしれない。どれもこれも憶測ばかりだ。

 

「どこにいるかを認識させる必要は無いんです」

 

お兄様は幻獣の特性をもう少しかみ砕いて説明する。存在を認識、警戒することで相手を強力にしてしまうなんてタネを知っていても難しい相手だと思うけどね。

枯れ尾花とわかっていても感覚で認識してしまうだけで相手に実体を与えてしまうのだから。

 

「相手の魔法を警戒することで、相手の力を強めてしまうということ・・・?」

「こちらが手の内を理解していれば効果は半減します。遺品を見せていただいて正解でした」

 

おっと、気が付けば先輩への幻獣講座が終わっていた。

刑事さんもメモを書き終えたのか、ポケットにしまう。これでお終いらしい。

ああ、そうだ。

 

「名倉さんの御遺体はもう戻られているんですよね」

「灰になって、だけどね」

 

当たり前のことを聞く私に、先輩はもう心の整理がつき始めているのか苦笑で返してくれたけど、視界に収めていた刑事が身じろぎをしたのが見えた。

 

 

――

 

 

コミューターに戻ると、後半静かにしていた一条君が幻獣について訊ねる。

幻獣というより昨日相対した傀儡式鬼との違いが気になったらしい。

古式魔法師らしい言い回しだよね。現代ではゴーレムと言った方が馴染みのある魔法だ。

お兄様もそう伝えて全部伝わるだろう、と思っているようだけれど、お兄様お兄様、何処の十師族も足並み揃っての教育などしてませんよ。

横の七草先輩も名前は知ってる!概要もちょっぴし・・・みたいな曖昧な表情をされている。

ここは一つ、先輩方のために一肌脱ぎましょう。

 

「一条さん、兄さん、口を挟んで申し訳ないのだけど、ゴーレムについて名前しかわからなくて。詳しく教えてもらってもいいかしら」

 

お兄様が一瞬訝し気な視線になったけど困ったように微笑めば、理由を察してくれた。

また私が口を挟んでもいいのだけど、そうするとお二人のプライドがね、私の口からよりもお兄様からの方が傷にならないと思うので。

今度はお兄様によるゴーレム講座が始まった。

お兄様にこの間掛けてもらった眼鏡が見える。あとは白衣を着てもらいたいところ。

このお兄様に白衣が似合わないわけがない。・・・でもこの間みたいになったら困るからなぁ。ぬいに頑張ってもらいましょうか。

しかし、お兄様の声で授業を受けられるなんて豪華だよね。耳が幸せ。内容もあとからすっと入ってくる。

あとからなのは聞き入ってしまうからなのだけど。

一条君にとっては苦戦した相手でもあるから対処法は気になったのだろう。

対する七草先輩はそこまで興味のある話題でもなかったのか、はたまた概要をある程度知っていたからなのか要点を纏め上げて。

 

「要するに、幻獣とゴーレムの違いは実体があるか無いかってことなのね?」

 

ちょっと不機嫌そう。・・・これってやっぱりあれかなぁ。デートのつもりがお勉強会になってしまったことに対する不満もあるのかな。

デートの雰囲気でなくてもきっと、

 

 「ごめんなさいね、こんなことに付き合って貰っちゃって」

 「良いんですよ先輩。俺にとっても気になっていたことでしたので」

 「そう言って貰えると気が楽になるわ。・・・私ひとりではここまで来れなかった」

 「俺でよければ頼ってください」

 「達也君・・・ありがとう」

 

みたいな展開を期待していたんじゃないかな?・・・このお兄様が先輩の想像するお兄様かどうかわからないけど。

本当、お邪魔してごめんなさい、先輩。

 

「今の話を聞くと実体のある分、ゴーレムの方が対処しやすく思えるな」

 

この一条君の意見に、しかしお兄様は首を振る。

 

「化成体にしろ幻獣にしろ、わざわざ生物の形を与えるという余計な手間を挟んでいる点で魔法の使い方としては非効率なものだ。核となる呪物を使っていないなら狭い範囲に魔法力を集中した領域干渉で消し去れるし、呪物で虚像を強化している場合はその核を破壊すれば良い、あるいは単純に虚像を形作る力場を破壊しても良い。物理的に作用する力場なら、物理的な作用で破壊可能だ」

 

簡単に言えば対処法さえ知っていればさほどどちらも脅威のない敵だ。術師を攻撃するのが最も手っ取り早いけど、見つからなければ核を潰せばいい。

・・・とお兄様は簡単に言うけれど、お兄様のような眼があれば核も一発で見つけられるけど、普通はそれ自体がなかなか難しいことだからね?

ちなみに深雪ちゃんなら力技が最も有効です。領域干渉と減速魔法、そして何より最終兵器でコキュってしまえば一発。

最後の一つは人前で使えないだけで、これがあれば大抵どうにかなる。精神体にも有効なら化成体にも当然有効だし、物理の相手なら特によく効きますから。

対処法を一条君に伝授して、一条君の問題は解決したけど、面白くない七草先輩のことはどうしましょうかね。

もうすぐ到着なのだけど、このまま不貞腐れたままも可哀想なので。

 

「七草先輩、一条さんもいることですし、お伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

「え、何か怖い前置きね」

 

あら先輩ったら。一条くんを見習ってください。何でも聞いてくれって目を輝かせてますよ。

 

「その・・・弟妹というのはいくつになっても心配なものなのでしょうか」

 

この質問に二人はぽかんとしたのは一瞬で、すぐにお兄様に視線が向かった。

視線を受けたお兄様はというと、以前話したことを思い出したのだろう答えは決まっている、と自信ありげに腕を組み、目を伏せられていた。

・・・でも目を開けてみた方がよかったと思いますよ。

 

「あ~、ほら、ウチは姉妹だから深雪さんのところのケースとは異なるんじゃないかしら」

「妹を持たれている方に聞けるチャンスがなかなかないもので」

 

妹がいる人少ないんですよ。少しでもサンプルをください。

期待して見つめると、やっぱり頼られると弱いお姉さんなのね。

うっ、と詰まって目を泳がせてから覚悟を決めたように頷いて――本当、思考が読みやすいね。

普段読みやすくさせていざという時読ませない作戦なのかもしれないけど。もしくは錯覚させるとか。七草の考えは難解だからね。

 

「そうね、確かに妹たちももう高校生だというのに、いつまでも小さい頃の印象が残ってしまってつい色々と注意をしてしまったり、甘やかしてしまうこともあるかしら」

 

言っていることはお兄様と似ているけれど、お宅と一緒にはしないで、と目が語っている。

仕草だけでなく目でも訴えられるんですね。先輩の伝達力の十分の一でも四葉にあれば。

ああ、でも四葉も視線で訴えるのは得意ではあるのか?目力と威圧で黙らせるのが得意です。

 

「ウチの場合、一人は思春期なんでしょうが、兄をウザがる――こほん、嫌がる時期になったみたいで。反発することが増えましたね。それでも可愛い妹に違いはありませんし、もちろん心配してしまいますけど」

 

纏めると、結局のところ妹は年齢を重ねたところで妹でしかなく、庇護対象である、と。

 

「そういうことだ。諦めろ」

 

お兄様が無駄な足掻きをするなと言う~。いやでもね、お兄様の場合、このお二人に比べれば過保護が過ぎると思うのだけど。

 

「達也君のそれと一緒にしてほしくないわ」

 

お、ついに先輩が口に出した。

けれどお兄様は怪訝な表情。

 

「なぜです?何も違っていないと思いますが」

「貴方の場合は行き過ぎよ!過保護というのも生温いわ。去年の九校戦なんていい例じゃない。いくら妹の虫よけのためとはいえ恋人の振りをするだなんて」

「!そ、そうだぞ!それはあまりにもやりすぎだ!」

 

一条君が今思い出したとばかりに抗議している。

だがお兄様の姿勢は揺るがない。

 

「あれは必要な行動でした。そうで無ければ深雪はきっと大勢の人に囲まれて大会前に精神的に疲弊し、気力を消耗していたことでしょう。偽装を解いた後の後夜祭では案の定たくさんの人に囲まれ疲れていましたから。今年はその経験も踏まえて心構えができていたようなので比較的落ち着いていましたが、それでも疲労はしていました」

 

疲労していた主な原因はダンスにあったと思うんだけど、まあひっきりなしに訪れる人に疲れはしたか。嘘は言っていない。

一条君は見ていたはずなのに確かに、と納得するのはお兄様があまりに堂々と言うから信じちゃいました?

さっきの講座も影響してるかもしれないけど、すべてを鵜呑みにするのはどうかと思いますよ。お兄様平気で勘違いさせるような発言を織り交ぜるから。

七草先輩は流石、お兄様の手口を多少知っているので本当に?と疑っている。

 

「それに、妹たちに言ったそうじゃない。深雪さんが理想のタイプだって」

 

あ~、四月の件かな。確か七草先輩に対して本当にその気が無いのかを確認された時にそんな話があったよね。

一条君が驚愕の表情でお兄様を見ている。

 

とんでもないシスコン発言ではあったから一条君も驚くのも無理はないのかもね。

でもあれって・・・香澄ちゃんの相手が面倒だったから私を使って断ったんだろうな、と思ってたんだけど。

 

「いけませんか」

 

お兄様はそれに対して言い訳もせず開き直ったように堂々と言い切る。答えるの自体面倒になりました?

今度お兄様の面の皮の厚みを測らせてほしい。きっとかなりの記録が出ると思う。

先輩はあまりの開き直りっぷりに二の句が継げなくなってしまった。

残る一条君はと言うと・・・うん?私を見てますね。それからお兄様に同情の視線を向けた?

 

「お前・・・可哀想なやつだったんだな」

 

・・・視線だけでなく言葉も同情的。

お兄様が可哀想とは?ちょっと一条君の思考回路についていけない。

お兄様も怪訝な表情。

しかし一条君はうんうん頷きながら。

 

「そうだよな。司波さんは理想の女性像を具現化した存在だ。それが実の妹であることは幸運であると同時に不幸とも言えよう。――けして伴侶になることは無いのだから」

 

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

 

「一条に聞きたいんだが、それがどうして不幸になるんだ?」

「は?」

「血よりも濃い繋がりなどないだろう」

 

お兄様は何でもないように答えた。あまりにあっさりした答えに、二人は言葉を飲み込むのに時間がかかっているようだ。

だけど、その回答に私は心の中で大きく頷いて納得していた。

そう。お兄様にとって大事なのは兄妹であるということ。

お兄様は妹だから愛しているのだ。

強く彼の中で残された唯一の感情、それが兄妹愛。心揺さぶられるただ一つの絆。

今でこそお兄様の心が成長し感情は枝葉を伸ばし、感受性は当初に比べればだいぶ豊かになりましたけれど、始まりが強く残るのは当然のこと。

あとね、一条君。するしないは置いておくにしても、四葉の非常識のせいでお兄様と結婚することは可能なんだ。遺伝子異常のない子作りができるらしいから。

・・・これがどうして断言できるのかわからないけどね。

遺伝子がかけ離れていれば可能だ、とは確かに科学的には納得ができなくはないけど、子供が生まれるって奇跡なんだよ?ただのDNAですべてが決まるわけじゃない。

何が起こるかわからないのが妊娠、出産の神秘だと思うのだけど。

その辺りも神の采配によって、なのかな。ご都合主義。魔法の言葉だと思っていたけどこの世界では神様のお力でした。

 

「深雪と兄妹でいられることが俺にとって最大の幸運なのは間違いない。それをたかが結婚できないと言うだけで不幸だの可哀想だの言われるのは納得がいかないな」

「・・・理想のタイプなのよね?」

「理想はあくまで理想でしょう。現実に付き合うかは別の話だと思いますが」

 

お兄様の正論に七草先輩は口を閉じ、一条君は胸を押さえた。流れ弾を受けダメージを喰らった模様。

静まるコミューター内に、到着目前でこの空気はまずいな、と思うわけで。

 

「あの、話がだいぶ逸れてしまったのですが、結局のところ兄や姉にとって妹はいつまでも見守り対象ということでしょうか」

「え、ああ。そうよね。深雪さんが聞きたかったのはその話だったのよね。――まだ少し先だけど、彼女たちが成人したとしても、今までと変わらない気がするわ。でもそれは子ども扱いしているんじゃなくて今までの延長線でそう付き合ってしまうのかもしれないわ」

 

七草先輩が答えると、ダメージを受けていた一条君も後に続く。

 

「そう、ですね。ウチも同じでしょうか。いつまでも小さい頃の印象のままなんでしょうね。大きくなっているのがわかっても、可愛いあの頃を知っているからいくら憎まれ口を叩かれても甘くなってしまう。・・・根がいい子だと知っているから」

 

あら、あら。思った以上に心温まる素敵なお話が聞けちゃいましたね。

 

「お話しいただきありがとうございました」

 

仲の良い家族のお話を聞けると嬉しくなるね。頬も緩むというものだ。

雑談にしてはいい締めくくりだと思ったのだけど、お兄様には気になったことがあるらしい。

 

「一条に聞きたいんだが、妹の憎まれ口というのは具体的にどういうものなんだ?」

「どうって、普通の・・・、お前には一生縁のないモノだろう」

 

ちらっとこちらを見て忌々し気な視線をお兄様に向ける一条君。そうだね。私は反抗期を迎える気がしませんから。

お兄様に反抗する深雪ちゃんなんて想像もつかない。私自身も、推しに反抗する意味が解らない。

推しの言っていることはぜったーい!だよね。全面的に肯定して支持するってわけじゃないけど、推しの意見は推しの意見として尊重しますよ。推しの考えだもの。

思ってたのと違う!そんな人だと思わなかった、とか理想を押し付けるのは、まああるかもしれないがそこに裏切られた!酷い!と八つ当たりを向けるのはファンとして一番やってはいけないことだ。

・・・って、話がちょっと逸れた。

お兄様に反抗的な態度を取るなんて、土台無理な話だ。

 

「参考になるかもしれないだろう」

「いいや、ならんな」

 

私が否定するよりも一条君が口に出す方が早かった。

 

「見下すように、蔑むように煩い、ウザい、不潔だ、なんて言葉を彼女が言うわけないだろう」

 

あーうん、言わないね。深雪ちゃんの語録に無いから。お兄様を見下すなんてまずない。

七草先輩も無いでしょうね、と頬に手を当てて遠い目を。先輩も想像付きませんでしたか。

 

「いったい何をしたらそんなことを言われるんだ?」

「俺が何かしたわけじゃない!ああいう年頃の女の子にはよくあることなんだよ!・・・まあ、ちょっと注意したくらいだ。スカートが短すぎないか、とか」

 

・・・お兄ちゃんだ。一条君お兄ちゃんしてるね。真っ当なお兄ちゃんの例は近くに居ました。

 

「俺は言ったことが無いが、それは兄として当然の意見だな。しかしそれが妹にとって嫌なことになるのか」

 

少し考えこむように顎に指を添えて少し俯いたけど、一体何をそんなに心配するというのか。

隣の七草先輩はそっと私に耳打ちする。

 

「深雪さん、仮に注意されたとして嫌だって反抗する?」

「そうかしら、と思うくらいで煩いな、とまではいかないかと」

「貴女のその気質では難しいでしょうね」

 

一体何を心配しているのやら、と先輩も呆れ気味。同じ答えに行き着いた者同士、二人してクスッと笑い合う。

コミューターが緩やかに減速し、止まった。目的地に着いたのだ。

七草先輩の表情は引き締まり、お兄様も思考を切り替えてさっと立ち上がる。一条君も捜査に意欲的だ。

この切り替えができるなら空気の入れ替え必要無かったかも、と思わなくも無かったが貴重な意見が聞けたので良かったことにする。

お兄様の探偵っぷりをとくと拝見させていただきましょう。

 

 

――

 

 

名探偵お兄様が始まる前に、お兄様の端末に連絡が入った。水波ちゃんからである。

残念なことに原作通り、光宣君の体調が悪化したとのことでお兄様から教えてもらった緊急連絡先――藤林さんに連絡したそうだ。

専属の医師と藤林さん本人が駆けつけ、今様子を見てもらっているところだが、大事には至らないだろうということ。

ほっと胸を撫でおろす。

七草先輩は九島の末っ子光宣君と一緒に行動していることに驚き、藤林さんも来ていることにも驚いていた。

 

「彼は確か体が弱かったのではなかったかしら」

「病弱ではありますが虚弱ではないようです。詳しいことはわかりませんが、魔法力が強すぎて肉体に負荷が過剰にかかっているようです」

「・・・そんなことがあるの?」

 

お兄様さらっととんでもないこと言いますよね。普通に見ただけではわからないことだと思うのだけど、深く考えずに口にしてません?

話して大丈夫な相手だと判断したのかな。それとも藤林さんから聞いた体にするのか。

一条君は藤林さんのことを知らないのでそこはスルーしていた。こういう深く詮索しないところは七草先輩同様マナー教育がしっかりとしている。

水波ちゃんの報告ではすでに医師が到着しているとのことなので、私たちが戻る必要も無くそのまま捜査を続行することになった。

当然だが、現場には目に見える痕跡など残ってもいなかった。

事件現場だから人が興味本位で見に来るかと思ったけれどそれも無い。今日が平日というものあるのだろうけど、あまりこのニュースに関心が無いのだろうか。・・・変死体だとそれなりに関心が向くはずだけど、と思ったところで気が付いた。・・・魔法師を恐れて近づかないのか。ここは土地柄魔法師を危険視し、歓迎しない土地でもあるのだから。

目を凝らしてみても、もう日にちが経っていてほとんど魔法の痕跡は薄れてしまっている。恐らく並の魔法師ではこの痕跡すら見えはしないだろう。

お兄様と一条君が、名倉さんがどのような状況であったかを話している間、七草先輩は現場と思われる場所をじっと見つめていた。

たとえ親しい関係を築いていなかったとしても、身近な人間がいなくなることに何も感じないほど先輩は薄情な人ではなかった。

しかもこの件は名倉さんだけの問題のハズが無い。当主が動いている――父親が何かをさせていたのだと先輩は確信している。

何が起こっているのか知る義務があると、彼女は思っているのかもしれない。

身内が信じられないということが、情の深い彼女にとってどれほどの苦痛なのか。

 

「先輩」

「・・・心配しないで。そこまで悲しんでいるわけではないの」

 

先輩は安心させようと微笑まれているのかもしれないけれど、その表情は陰っている。明らかに無理をしている笑みだった。

これが演技なのか、そうでないのか判断はつきにくいけれど、彼女が内に葛藤を秘めていることは確信できた。

だから、

 

「先輩の靴、ここでは歩きづらいでしょうから、手を」

 

河原でヒール有りは危険ですから、とその手を取る。女性らしい柔らかな手だ。温かく包み込んでもらいたくなる優しい手。

 

「・・・じゃあ、少しの間お願いしちゃおうかしら」

 

私の意図をわかっているだろうに、見当違いだろうと受け入れてくれる先輩は、懐も深い。だから慕われるのだろうなというのがよくわかる。

だが、ここでの調査は本当に少しの間だけで、すぐにこの河原から移動することになった。

お兄様から周辺を捜索したいとの申し出があったからだ。

ここで得られる情報はたいして無かったようだが、来ると来ないでは気持ちが違う。先輩にとっては、特に。

黙っているけれど、これもお兄様の配慮でもあったのだろう。

次に向かって歩き出すその大きな背を、しばし見つめた。

 

 

――

 

 

お兄様は無駄を省くことが多いが、必要な説明を怠るような人ではない。ただ疑問を持たれる前に移動することで時間の短縮を狙っている節はある。

一条君にはそれが有効ではあるけれど七草会長には有効打とは言い難い。女性の不満は一時的では済まないのだ。

渡月橋を渡り、上流へ向かうのだが、その先へ進むのではなく昨日情報があった嵐山の方へと向かう。周公瑾の潜伏が確認された場所だ。

お兄様にとって周について七草先輩を巻き込むつもりはない。ないが、この近くまで来て調査をしないこともあり得ない。周辺を調査と言ってもお兄様の足取りに迷いはなく『竹林の道』にたどり着く。

 

「兄さん、山道に入るの?」

 

私は事前に聞いていたのでこんなことを聞くのは別の理由があると理解したお兄様はああ、とだけ答えた。

 

「七草先輩、よろしければこちらをどうぞ」

「これは?」

「山道に入るのにその靴では滑ってしまうかもしれませんから念のため」

 

そう言って取り出したのはスパイク付きのゴムが二つ。一般の靴でも滑りにくくなるアイテムだ。

あくまで自分用だったという体で。

 

「京都は山が多いと聞いていましたので、こういうのも必要になるかと思って念のため持ってきていて正解でした」

 

羽織っていた上着をめくると厚みのないウェストポーチがあり、そこから取り出してみせた。

・・・一条君が思いっきり顔を逸らしたけれど、別に素肌を晒したわけではないからそこまで逸らすこともないと思うけどな。

 

「随分用意がいいのね」

「山についてはスティープルチェースクロスカントリーでたくさん調べました」

 

ということにしておく。

生徒会長として九校戦の指揮を執ってましたからね!ということで納得してくれると嬉しいけれど、と先輩を見れば微妙な表情。

 

「・・・私、そこまでしてこなかったわ」

 

・・・疑ってるんじゃなくて、会長時代を振り返っていたようだ。よかった。

そのまま先輩に疑問を持たれることなく奥に進んでいきましょう。

 

「先輩の場合、競技に変更が無かったのですから、こういった調査をされないのも当然ですよ」

 

九校戦のルール変更もそこまで大きく行われることはなかった。

 

「先輩たちだって競技の研究をされていた記録が残されてました。おかげでモノリスコードの過去の考察などはとても役に立ったのですよ」

「そう言ってくれるとありがたいわ」

 

先輩の会長時代、彼女は丁寧に仕事を熟していた。おかげで私たちが資料を探すことに困ることはほとんど無かった。

 

「会長になって改めて先輩の偉大さを実感いたしました」

「そ、そこまでは流石に言い過ぎよ」

 

うーん、美女の照れ笑い、ごちそうさまです。

でも顔が赤いのは多分照れよりもこの舗装が行き届いていない道を速いペースで歩いているからだと思われる。微かに息も上がっているから。

 

「兄さんも、そう思うでしょう?」

 

振り向いてー、と声を掛けるとお兄様はちゃんとこちらに視線を向けてくれたので素早く視線をお隣に走らせる。

それだけで僅かながら速度を落とし始めるお兄様、流石です。

上を向いて腕を組みながら歩くからペースも落ちて不自然じゃない演技まで!流石お兄様!!大事なので二回、いえ三回言わせてもらいましょう。さすおに!

 

「そうだな。前任者との資料を見比べましたが、アレをよく現在の形にまでまとめ上げたなと感心した覚えがあります」

「ああ~、別に会長が悪かったわけじゃないのよ。ただ、私がやり方を知っていただけ」

 

学生がメインで運営をしているのだから試行錯誤で今の流れに行き着いたのだろうけど、七草会長からがらりと変わってましたからね。

市原先輩のお力もあったのだろうけど、踏襲しすぎず、自分たちなりのやり方を融合させていったのは凄い。

おかげで私たちはとてもやりやすかった。

ニコニコして先輩のお話を聞いていると、一条君と目が合ったのだけど、また外されちゃったね。・・・慣れてきて普通になったんじゃなかったっけ。また振り出しに戻った?

 

「一条さんは、」

「は、はい!」

 

戻ったね。なんで?

 

「・・・一条、流石に免疫が無さすぎやしないか?」

 

お兄様が呆れ気味に、冷めた視線を送っていた。

 

「確かに微笑む深雪は可憐だが、深雪だって何度も視線を逸らされれば傷つくこともある。このまま交流する気があるのなら慣れておいてもらいたいのだが?」

 

え、そういう理由?そしてナチュラルに可憐って言われた。

とりあえず困った兄さんだ、という顔を作っておくけれど、内心は嬉し恥ずかし混乱中。

騙されてくれている七草先輩から同情の視線が向けてから、お兄様に向けて生温い視線を送られていた。

 

「うっ・・・だが、そうは言ってもな・・・」

「兄さん、人には苦手なことだったり無理なことがあるのだから。それくらいのことで私も傷ついたりしないわ」

「まあお前が傷ついたなら俺が慰めるまでだが」

「な!?そ、そんな必要は無い!し、司波さん!」

「はい」

 

声おっきいね。さっきと違って外だけど七草先輩がお顔顰めちゃってますよ。お兄様は知らん顔、の振りをしながら周囲をチェック。大きな音に反応があったかな。

 

「わ、悪気があったわけではないですが、傷つけてしまったことには変わりがありません!申し訳ありませんでした!」

 

うん、誤解してるね。まだ傷ついてないし、これからも傷つくことなく生温かく見守る予定だったのだけど、この謝罪受け取らないとお話進まない系だよね。

 

「誠実に応えていただいてありがとうございます。今後も三高と一高の付き合いもあるでしょうから、今まで通りの交流を期待しています。よろしくお願いしますね」

「はい!」

 

丸く収まったかな、と思ったら隣からニヤニヤした、ご友人そっくりの笑みを浮かべられている気配を察知。

・・・まあね、これ以上深い付き合いはしないよって言っているようなものだからね。体のいいお断りだったのだけど、一条くん気付いてないことに先輩も気づいたのだろうから。

この件でいじられるのは後日になってしまうかなと思ったのは、魔法の波動を感じたから。

 

「兄さん!」

 

すぐに領域干渉を広げる。

襲い来るはずだった鬼火が対抗魔法に呑まれて消えた。

瞬時に全員戦闘態勢に入る。

敵はこちらの能力を把握してはいないらしく、情報を有していないのだろう。第二弾として風刃を放ってきたが、これも私の領域に阻まれる。

こちらの戦力は九校戦を通じて魔法界ではそれなりに知られ始めていると思うのだけど、伝統派の古式魔法師は九校戦をご存じない?島流しにでも遭いましたか?

ここには魔法師界では超有名な十師族の子息子女がおりますよ。そんなもので仕留められると思いました?子供だと侮ったのかな。

九校戦には疎くても、一条君の佐渡侵攻での活躍は魔法界では有名な出来事のはず。つまり、彼らの勉強不足か。

魔法師の一般常識レベルの問題のはずだから。

 

「一条!」

「任せろ!」

 

一条君は戦闘慣れをしていた。高校生にしては、のレベルではない。十師族子息として経験を積んでいる、軍の訓練に参加している動きだ。

フォーメーションの打ち合わせなどしていないのにお兄様は前を、一条君は後ろの配置について私たちを挟む形になった。

人払いの結界が既に発動しているのか、一般人が全くいない。・・・お兄様が気付けないでいたのは結界が触れることなく敷かれたから。

だけど人の目が無い方がお兄様にとっても動きやすいよね。

私がポーチの中を探るようにごそごそしていると、こちらに向けて飛んできたカラフルな組紐のようなものをお兄様が掴み取っていた。

急いでポーチを後ろに回していつでも魔法を放てるよう相手が現れるのを待ち構える。

その組紐にはキャスト・ジャミングのように魔法を阻害する効果があるらしいけれど、お兄様の前では意味をなさない。

そして破られた魔法に呆然としている男たちを見事釣り上げるお兄様。

今度あの山へ行くときは湖で釣りでもしたらどうだろう。見るにお兄様には釣りの才能も有りそうですよ。

釣り上げた獲物は瞬間冷凍して鮮度を保っておきましょうね。

お兄様が苦心して作ってくださった魔法のお陰で、殺さず拘束することが気軽にできるようになりました。

・・・お兄様、無理を言って申し訳ない。私一人で構築できればよかったのだけど、流石にそれは無理でした。

私には魔法式を構築する才能は無かった。・・・感覚でやってしまうとこういう弊害がある。力任せの脳筋チートですまない。

お兄様は、お前に不得意が無いと俺が支えることができないからいいんだ、と言うけれど甘やかされているなとも思うわけで。

せめてお兄様がくださった魔法を正確に、精密に使いこなしてみせようと腕を磨くことに専念した。

おかげで幾つか冷凍庫にお魚やお肉のストックができました。スタッフが後で美味しくいただきます。というよりすでに食べましたけどね。鮮度を保てるので結構便利。

背後でも一条君の起こした突風によって、向けられた羂索を押し戻し、七草先輩のドライブリザードが事象改変の影響を打ち消す作用を齎し、周囲の魔法を黙らせる。

その上作り出したドライアイスを散弾させるのだから恐ろしいね。竹林からあたふた男たちが逃げまどって出てきた。

お兄様もあぶり出そうと、手刀で竹林をバッサリと。・・・これ、あとで再生しないんだよね。先輩たちいるし。

観光地にこんなことしたら普通咎められてしまうのだけど、緊急時ですので見逃してほしい。

敵の姿が何処にあるか正確に判断しての威嚇攻撃に、相手としてもこのまま隠れることは無意味と察したのだろう。

四人の男たちが躍り出る。振り返ると後方には六人。倒れた二人。

だから、どうしてたったこれだけの人数で対処しようとしたのかと訊きたいけれど、彼らは別に来ることを予期して待ち構えていたわけじゃないのよね。

だけど、拠点の防衛線なのだとしたらもっと色々仕掛けがあってもいいはずなのにね。

 

「一条」

「こっちは任せろ!」

 

頼もしい言葉だ。七草先輩を庇って一条君が敵に立ち向かうように立ってCADを構えている。

一条君は大丈夫だ。きっと七草先輩を守ってくれる。

だから集中して前を見据える。

男たちが揃って印を組み、「カン!」と叫ぶと同時に彼らの右腕が燃え上がった。途端漂い始める人のたんぱくの燃える悪臭がつんと鼻を衝くが、広がるより早く彼らを白い冷気が包み込んでいく。

魔を切り裂くはずの炎が、圧倒的な『魔』に屈して焼けた皮膚を氷が覆っていった。

一条くんたちがあちらに気を取られ、周囲に魔法を認識、記録するセンサーが無かったからこそ使うことができた魔法。

精神すら凍らせることができるのだから、外から押し付けられた魔法式を消すことくらい可能なことだった。

 

(でもなんだろうね、この感覚。外部からの干渉ってこんな気味の悪い魔法なんだ)

 

こればかりは感覚なのだけれど、なんとなく自身が対抗した魔法に薄気味の悪さを覚えた。

こちらも腕を上手に冷凍保存できたので、ケガは火傷程度で済んだだろう。

生き証人とし頑張っていただきたい。・・・もしかしなくてもこの状態になってもまだ周や大陸の方士を庇うことはしないよね?洗脳は解けるよね??そのことを詳しく話すかは別にしても。

お兄様が彼らの足を指差すと、彼らの大腿部が一斉に血を噴いた。四肢を狙うのが一番逃がさないで打ち倒せる方法です。

彼らがのた打ち回ることで物理だけでなく想子の糸をも震わせ、お兄様が敵の位置を捕捉する。あとは簡単。

その茂みに向けて手を翳す。

敵もすぐに反応して蜘蛛を降らせるが、お兄様の手が払いのけるだけでそれらは消滅した。

・・・蜘蛛だから糸なのか、糸だから蜘蛛なのか。この蜘蛛を霧散させると同時に絶叫が上がる。

 

「まだ少しぎこちない感じだ」

 

お兄様は腕輪形態特化型CADの試作品と完全思考操作型CADの組み合わせの手応えがしっくりこないらしい。

 

「十分に使いこなせていたように見えたけど」

 

まだまだ改良の余地があるらしい。高みを目指す人はすごいね。これでまたお兄様の睡眠時間が削られないと良いのだけど。

暢気に会話をしているのは、別に敵の油断を狙ってのことではない。完遂するのがわかっていたからだ。お兄様がこの状態で敵を逃すはずもないのでね。

 

 

――

 

 

高校生男子が六十過ぎの白髪交じりの老人を投げ捨てる図は、倫理的にどうかと思われる場面かもしれないが、手加減を加える必要性がある相手でもない。

こっちはお兄様にあのへんてこな蜘蛛を差し向けた時点で瞬間冷凍してもいいのではないかな?永眠用の。とか思っちゃってますから。

お兄様にとって私が傷つけられるのが許せないように、私だってお兄様に変な攻撃を仕掛けてくる相手を許せはしないのです。

人を殺すことにためらいが無いと言えば嘘になる。それは前世の倫理観が邪魔をしているのだろう。

けれど、今世で生きてきて、お兄様と共に過ごしてきて、お兄様に攻撃を加える者には生きる価値はない、という深雪ちゃんイズムが備わっているためその辺の折り合いが難しい。

殺さない魔法をお兄様に創ってもらっているのに、反面お兄様を傷つける相手は許せないと思っている。できるだけ殺さずに済むのならそうしたいところではあるんだけどね、衝動を抑えるって大変だ。

呻く男は転がされた痛みで意識を取り戻したらしい。

お兄様にビビってはいるものの口を開かないぞ!という意思を感じる。

一条くんたちが背景を吐かせるべきかどうか話しているけれど、彼らが倒されたことでまた結界が解けただろう。ここは観光地。すぐに人が来てしまう。

早々に警察を呼んだ方が良いという結論に至った。

彼らは重傷を負っていたが、正当防衛であることは主張するし(というか事実襲われて撃退したのだから正当防衛には違いない)、傷跡だけを見れば過剰防衛に見えなくも無いかもしれないが、一番重症に見える腕の火傷は彼らが自身でやったようにしか見えない証拠もある(・・・・・)

たとえ魔法師に猜疑心を持っている警察であろうとも、無視はできないだろう。

警察に通報し、男たちをひとまとめにして、私は気分の悪そうな七草先輩の傍に付く。

そうだね。人の燃えた臭いに気分を悪くしない人はいない。あの光景もなかなか悲惨なものだし。

うら若き女性が目にすれば失神必至の光景だ。それをよく抑え込んでいる。後輩しかいない状況というのも彼女を支えているのかもしれない。

 

「あの、よろしければこちらを」

 

そう言って差し出したのはごく普通のハンカチに薄荷オイルを垂らしたコットンを包んだものだった。

 

「・・・深雪さんは随分備えがいいのね。こんなものまであるなんて」

 

先輩の言葉に苦笑して、先輩にしか聞こえないよう小声で答える。

 

「地方のトイレ事情というのを聞いていましたので。香りを誤魔化せるものを持ってきていたんです」

 

薄荷なら虫除けにも良いですし、と言えば彼女は自分が旅行はしたことがあっても環境の整えられた場所しか行ったことがないことに気付いたらしい。お嬢様ですしね、それが当たり前だと思いますよ。

この言い訳はちょっと苦しいかな、と思ったけど案外いけたっぽい?

最初っからこの日のために用意したアイテムでしたからね。スパイク付きのゴムも、薄荷オイルも。お役に立ったようでよかった。

そしてほどなくして警察車両と救急車がやってきた。

警察の態度が悪く見えるのは恐らく過剰防衛を疑われてのことだと思うけど、大人と子供だってことも考慮してほしい所。魔法師は一緒くたタイプです?

 

 

 

 

と、いうことで執り行われた事情聴取だけど原作ほど時間がかからなかった。

何故ならほとんどカメラに収めていたからだ。物的映像証拠がモノを言った。

何故初めからこんなモノを撮っている?と疑われたけれど、魔法師が街で魔法を使えないことを前提とし、身を守るために必要だからと説明。

この容姿で一人になってしまった際、事件に巻き込まれないことが無い、と言えば彼らも黙らざるを得なかった。

魔法は訝しむことができてもこの容姿が暴力的なまでに魅力的なのは彼らも否定しようがなかったのだ。

用意しておいて良かった。

疑り深い刑事さんに、なぜ自分たちの方を撮らなかったのかと聞かれたけれど考えてみてほしい。近距離の撮影では撮り逃がす可能性が高いことを。

遠くの方がピントが合いやすいのはこの時代でも変わらない。

ついでに、私が一部魔法師の手を凍らせたのは彼らを救助するためであると認められ、解放される運びとなった。

十師族の力を使うよりも現代の科学を使ったことで、彼らの印象がそう悪くならなかったことも良い作用となったことだろう。

刑事さんの中には古式魔法師の家の出の人がいて、十師族に良い印象は持っていないようだったけれど、余計な口を挟むことはなかった。

この短時間で映像を加工するなんて無理だし、証拠のブツに魔法の痕跡などないことは魔法師の目には一目瞭然だったから文句のつけようも無かったのだろう。

あっさり解放されたことにはほっとしたけど、皆精神的疲労とテンションの下がり方が酷かった。彼らが操られていたと気付いたことも気分が悪くなる要因だろう。

お兄様も、このまま調査を続ける気にならなかったらしい。ただお兄様の場合、疲労が理由ではなく一人でならまだしも、私たちがいることも考慮してのことだと思われる。

その後心を落ち着かせるため四人でお茶をして一息吐いて互いを労った。

・・・お兄様が喫茶店で休憩しようと言ったのが、私が喫茶店の看板を見つめていたからではないことを祈る。

その席では先ほどまでの出来事など誰も話題にしなかった。

互いの学校の様子だったり、先輩の新生活だったり。いずれ先輩の通われる大学に進学するでしょうからね。参考になります。

ああ、そうそう。七草先輩に妹さんとの勉強風景はどんな感じか訊ねたところ、ごく普通に椅子を並べて教えるというものでした。密着しないんです?顔を寄せることも??腿に手を置かれることは?・・・無いんだって。

お兄様がピクシーにもっと彼女に警戒するよう伝えるか、と皺を寄せて呟いていたのが印象的だった。

七草先輩、まともだと思っていた妹が普通じゃなかったことにそこまで落ち込まないでください。

一条君は・・・女性が・・・?でも司波さんなら・・・の妄想は気になる人の前でしないことをお勧めします。

期間限定抹茶アイスの乗ったあんみつは大変美味しゅうございました。

 

「一条さんはこの後バイクで金沢へ帰られるのですか」

「ええ、そのつもりです」

「では、次にお会いするのは論文コンペ当日ですね」

「はい!楽しみにしています」

 

ううん、最近皆犬属性に見えてきた。一条君も尻尾が見えるような。

ちらっとお兄様を見る。・・・お兄様には何も見えない。

 

「なんだ?」

「なんでもない」

 

お兄様の尻尾を確認しようとしてました、なんて言えない。

一条君を見送った後、七草先輩はホテルに空きがあることを確認して部屋で一休みすると言って早々に行ってしまった。お疲れさまでした。ゆっくり休んでください。

 

 

――

 

 

残った私たちがホテルに着くと、一番に向かったのは光宣君の部屋となった男子部屋だった。

迎え入れてくれたのは藤林さん。奥には光宣君が寝ているらしい。姿が見えないけど水波ちゃんもそこかな。

藤林さんは目ざとく私たちに漂う疲労感を見つけて心配してくれた。優しいお姉さん。好き。

けどお兄様は警察に引き止められた事実だけを述べて光宣君の容態をお訊ねになった。

彼の容態は思ったより悪かったらしい。落ち着いたのは先ほどとのことだった。

・・・知っていたのに、注意を促しても変わらない現実に無力感を抱くけれど、今私が落ち込む時ではない。

そして、――この物語にちりばめられた伏線の一つ、物語の核心に迫るシーンが来る。

すなわち、光宣君出生の秘密――禁忌によって生まれた九島の罪。――深雪ちゃんの心を凍らせてひびが入るほどの重大な秘密を、お兄様は知ってしまう。

その様子をどこか他人事のように眺めていた。

藤林さんが心配するのもわかる。お兄様も純粋に光宣君を心配している。

彼らが傷つく必要など、何処にあったというのだろう。それほどの禁忌をなぜ、起こしたのだろう。

分かっている。歯車が一つ一つかみ合った結果だということは。

それでも、何故お兄様が傷つくようなことばかり起こるのか。大切な人が傷つくのをただ黙って見つめることしかできない自分の、なんと無力なことだろう。

生まれながらに罪の子とされ、不自由な体の彼がいったい何をしたというのだろうか。

普通に皆と同じように自由に生きたい、と願うことの何が、悪いというのだろう。

藤林さんに促され、お兄様は眠る光宣君を視る。

時間にして一分。お兄様の額に夥しい汗が噴き出した。

 

「お兄様!!」

 

現実に引き戻すための声掛けのつもりが、あまりのお兄様の焦燥ぶりに思った以上の声が出た。

お兄様は一度瞬きをしてから私に顔を向けて安心させるように微笑まれたけれど、額に汗は光ったままだった。

集中が切れたことにほっと胸を撫でおろして、安堵した様子を見せてから急いでタオルを取りにバスルームへ。少し濡らしてからお兄様に当てようとしたのだけれど、自分でする、と言うので手渡した。

 

――お兄様は光宣君を視た。彼の誕生の秘密をご覧になった。

 

だから怒りを覚えたのだろうけれどそれをみせることなくすべてを飲み込んでから、藤林さんの質問にのみ答える。

藤林さんは、この時点ではご存じないのだ。自分たちの本当の関係を。知っていたらお兄様にお願いをするわけが無いのだから。

お兄様はかみ砕いて感覚を説明しようと例えを使用しながら光宣君の身体の状態を伝えた。

人の抱える量をはるかに超える想子の圧力が想子体を傷つけている。肉体とリンクするように情報が形作られているから、情報が想子に圧迫されて破裂すれば肉体にフィードバックを引き起こす。

ただ、光宣君の身体のすごい所は激しく動き回る想子のお陰で修復も早いのだと。

だから彼はギリギリの状態でも壊れずに済んでいるのだ、と。

もしこの状態を何とかしたいと思うのであれば、想子の活動を抑えることになるが、それはすなわち魔法に枷をはめるようなもの。

魔法力を下げることを彼が希望しているかと言えば、元気な体と引き換えにして差し出せるか、そこは難しい問題だ。命を取るか、力を取るか。

お兄様は想子体の強化を提案するが、その方法はわからないらしい。――それがまさか、パラサイト化するという暴挙に出るとはこの時誰も思わなかっただろう。

それが不幸なのか、私にはわからない。原作ではそれでも幸せそうに見えたから。

だけどその幸せはすべてを捨てて手に入れた幸せで、完全なハッピーエンドだとは思えない。

大事にしてくれた祖父を手にかけ、父たちを切り捨て、尊敬するお兄様を敵に回してでも、彼は水波ちゃんを救いたいと願い、求め、共にあることを選んだ。

――求めたのがパラサイトの影響なのか最後までわからなかったけれど、完全に制御できているという彼の言葉を信じるならば、彼自身の意志なのだろう。

・・・できることならば、全く同じ道は辿ってほしくない。別のルートがあるはずだ。もっと、幸せになれる道が。

藤林さんが項垂れている。彼女も葛藤しているのだ。

光宣君の強い魔法力は彼という存在を構築する上で必須のもので、それを簡単に奪う結論などできるはずもない。

現状身動きが取れないことが分かったからこその絶望。

――不便だけれど、私たちのように誓約を掛ければ彼は自由に動けるのかもしれない。

それなら力を完全に失うのではなく解放しなければ低下させられるだけ。いざという時に誓約を解除すればその後体調を崩すかもしれないが、使えないこともない。

だが、彼が日常的に枷をつけられたまま生きられるかと言うと、それは難しいかもしれない。

私たちでさえ息苦しさを覚える時があるのだから。

それに、そもそもこの件に四葉が協力するとも九島が協力させるとも難しいと思われた。

 

(本当、ままならない)

 

だから、今私にできることを。

 

「藤林さんも、お疲れ様です。ずっと看病されていらしたのでしょう?こちら、帰り際に購入してきたクッキーです。よろしければ一緒にいかがです?」

「・・・いつも深雪さんには甘いものをいただいているわね。ありがとう。いただくわ」

 

うんうん、美女に暗い表情をさせたままなんて耐えられないからね。

それから三十分ほどして、光宣君は目を覚ました。

お兄様を見て、ひどく落ち込んでいたのは一緒に調査に向かえなかったことを残念に思っているからだろう。

謝ろうとする光宣君に、お兄様は手のひらを翳すことで物理的に止めた。

 

「頭を下げる必要は無い。不摂生で体調を崩したのならともかく、光宣の場合は体質だろう?お前が悪いんじゃないんだ。自分の責任でもないのに頭を下げるのは賛成できない」

 

お兄様にしてはかなり強い口調。宥めるでもなく、慰めるのでもない。窘める口調だ。

光宣君のことを思ってだと光宣君にもわかったのだろう。謝罪ではなくお礼で返した。ん、いい子。

お兄様もよくできましたと頭を撫でた。そのことで光宣君は頬を赤らめたのだけど、お兄様は動揺もしない。美少年の照れ顔ですよ?よくそんな普通な対応できますね、お兄様。

藤林さんは慣れているのか微笑ましそうに見つめている。私?直視しないようにお兄様を挟んで見ているおかげで冷静さを保ってます。

お兄様が他所のお宅の子にお兄様している姿のなんと幸せな光景か。

しかもその相手が国宝級、いや世界遺産レベルの美貌の少年とあっては、このスチルを永久保存版として残しておきたいと思うのだけど、変な行動はとれないから泣く泣く網膜と脳内に焼き付けるしかない。

・・・全然冷静じゃないね。でも見咎められてない分セーフ、ということで。

 

「それじゃあ達也君、さっきの話なんだけど」

 

そう藤林さんが話を再開させようとしたところで、ぴたりと止まったのはもう一つの調査グループが戻ってきたからだ。

 

「ただいま~、達也君、深雪。早いね。あれっ、藤林少尉さんだっけ?」

「藤林少尉さんだって?あ、ちわっす。達也、先に戻ってたんだな」

「ただいま、達也。えっと、藤林少尉さん、ご無沙汰しています」

 

おかえり~。お疲れ様です三人とも。

緊張しているのは吉田くんだけ。エリカちゃんは薄っすら警戒?しているようだけど西城くんは自然体。それぞれの反応が面白いね。

それに、藤林少尉さん、だって。なんかその呼び方可愛いね。

彼らの驚き様を大人の笑顔で受け止めた藤林さんは、軍務じゃないから少尉はいらないと伝えた。

お姉様の微笑みに、私はうっとりしてしまうのだけど、正面から受けたのにエリカちゃんや西城くんはよく平然と受け止められるね。

吉田くん、貴方は正常ですよ。この笑みを貰ったら青少年ならどぎまぎするのが当たり前だと思います。

それからエリカちゃんが光宣君の布団の横に正座して体調を問い掛ける。

エリカちゃんは誰に対してもフレンドリーな態度だから、心と体の距離感が近すぎて光宣君が戸惑っているのがよくわかる。

光宣君の周りにこんなに親し気に付き合ってくれる女子って居なかっただろうからね。

外見に似合わず光宣君の年相応な、初心な反応に、普段のエリカちゃんなら揶揄うのだろうけど、こんな場合だからか追い打ちをかけることはしなかった。

全員が揃ったことで情報共有をするため全員が座りなおした。私はお兄様と水波ちゃんに挟まれるいつもの形で。

先に吉田くんたちが会場周辺の報告をする。

昨日のように襲われることもなく、周辺にアジトになりそうな場所は見当たらなかったとのこと。

昨日の騒ぎがあったせいか、警察の魔法師が大勢巡回していたそうだ。

昨年のようなことは絶対に起きてはならないからね。警察も警戒はするだろう。

むしろ騒ぎを起こしたとして吉田くんたちが非難されることが無くてよかった。

 

「論文コンペの下見としては成果があったけど、外国人工作員の捜索の方は進展なし」

「昨日捕まえた連中だけで成果としては十分だろう。奴らのアジトに警察の手が入っているようだし、そちらは官憲に任せておけばいい。工作員の捜査だって、本来は警官の仕事だ」

「兄さん、それを言っては身も蓋も無いわ」

 

本当ね、警官もだけどこの地の守護を任されている九島家も昨年のことがあるのだから警戒して巡回していても良かったと思うのだけど、と藤林さんを見れば、彼女は苦笑いを浮かべていた。

これは、下手に動くと伝統派を刺激したり古式魔法師たちとの小競り合いに発展する可能性があって警察とも連携が取れずに最低限しかできなかった、ということかな。

 

(・・・もう十師族制度止めた方が良くない?余計な柵生んで守りが疎かになるって一番ダメなんじゃないの??)

 

かといって今十師族制度が解散すれば海外は大喜びで攻め入る可能性もあるのだけど。

・・・何か良い解決策無いかな。というか、問題を起こしてるのって七草と九島とちょっと意味が違うけど四葉くらいで他はそれなりに衝突起きてないんだよね。軍とうまくやっていたり、周辺住人との付き合いが良かったり。

一条家のところが一番良い関係を築けている。

四葉はもう自他国含めて畏れられる存在として君臨し、暗躍する立場を確立しているからうまくいっていると思うのだけど、その他は地盤が緩すぎる。

そんなことを考えている間にお兄様は小倉山の麓で襲撃を受けた報告を。

13人の襲撃者に狙われたこと。

内12人が密教系古式魔法師で、残りが亡命方術士であり、全員警察に突き出したことを伝えると、エリカちゃんはさもありなんと大きく頷いた。

 

「達也くんに、深雪に、一条家の跡取りなら当然の結果ね。人数がその十倍でも敵わないわ」

 

随分高く評価してくれるね、嬉しくなっちゃう。でも、あれ?エリカちゃんってそこに七草先輩が来てること知らないんだっけ?それとも故意に無視してる?・・・どちらにしても先輩とあまり相性が良くないから無理に先輩がいたことを伝えない方が良いよね。

余裕は余裕だけど、全員生かして、となると十倍は難しいんじゃないかな。

それにあちらの手札もなかなかに面倒なものが混じっているのでうまく連携が取られていたり、敵の方術士が彼らの正しい使い方を知っていたら面倒なことになっていたと思う。

吉田くんを見ていて思ったけれど、彼ら古式魔法師の厄介なところって一人一人連携が取れるサポート力にあるよね。

単発はそう強くなくとも複数だと相乗効果がある技が多い。流石積み上げてきた歴史が違う。

 

「そんなに楽な相手でもなかった」

 

お兄様の返答に、エリカちゃんは意外、の表情。

西城くんはへぇ、と相槌を打つがその目はちょっと好戦的な色が。

吉田くんもエリカちゃん同様驚いているようだけれど、ちょっとそわっとしてる。古式魔法に対する評価は気になるんだろう。

それからお兄様が最後に使用された竜の巻き付いた炎で作り出した直剣、倶利伽羅剣について聞き、吉田くんが答えるのだけど、吉田くんの知識半端ない。流石神童と謳われた人格者。若くして相当研鑽を積んだのだろう。

その魔法の特性を教わり、どれほど強力で難しい魔法かを吉田くんが説明し、最後に強制的に魔法を発動させたらどうなるかとの質問に対しても、吉田くんは詳しく説明してくれた。

というのも彼は元々古式魔法師界隈の噂で相手に強制的に魔法を使わせる術式があることを聞いていたのだ。

よって、その魔法がもたらす結果も知っていた。

 

「手が燃える」

 

まさしく私たちが見た光景そのものだ。

エリカちゃんが声を上げて仰け反り、私も顔を顰めて手で口元を覆う。今思い出しても酷い光景だった。人の燃える臭いなど少し嗅ぐだけでも嫌悪感が酷い。

よく七草先輩が悲鳴も吐き気も堪えられたものだ。あんな悲惨な光景を彼女は見ることも初めてだっただろうに、泣き言一つ言わなかった。

この世界の女性って強いよね。特にお兄様周辺は。・・・私も負けてられないね。

お兄様と視線が合う。この話はこれ以上広げないようにとのことだ。

 

「そうか。かなりの手練れだったんだな」

「その相手を無傷で倒すんだから、達也たちも大したものだよ」

「深雪と一条の手柄さ。それでこれからのことなんだが」

 

お兄様、やっぱり七草先輩のこと黙っているつもりなんだ。ま、エリカちゃんのための配慮、ということかな。

 

「えっ?今日はもうホテルをチェックアウトして東京に帰るんじゃないの?」

 

間違ってないよ。変則的ではあるけれど、この後夕方のうちにチェックアウトして帰る予定になってます。明日は学校だから早めに帰るつもりだった。

皆が注目する中、お兄様は淡々と予定を話す。

 

「皆は予定通り東京に戻ってくれ。俺はもう一泊していく。明日、もう一度警察に行って今日捕まえたヤツらのことを訊いてくるつもりだ」

 

お兄様としても襲われました、だけでは何の収穫にもならないですからね。アジトを攻めてもう少し情報を得たいのだろう。

お兄様がお決めになったことに、私が無理を言うことはない。

残るなどと言って困らせることもない。それでもキュッと口元を結んで俯いたのは、・・・これから起こるだろうラブハプニングに緩みそうになった口を隠すためだったのだけれど、お兄様の手が私の頭にのせられる。

 

「俺はついて行ってやれないが、寄り道せずに帰るんだぞ」

「・・・兄さん、そんなに小さな子供ではないのよ」

 

一瞬心の中を読まれたんじゃないかって心臓が跳ねたけれど向けられたセリフはお使い帰りの子供に向けられたようなもので。

お兄様には一体幾つに見えているんだろうね。

 

「水波ちゃんもいるんだから、我侭言って困らせるわけないでしょう」

「水波はお前に甘いからな」

「兄さんほど甘くないわ」

 

水波ちゃんはしっかりしたいい子です!というか、どうしてそういう話になりました?

 

「お兄ちゃんは心配性ね~。駅まで一緒だからちゃんと見ててあげるから」

「エリカ!」

「エリカ、任せたぞ」

 

んん?おかしいぞ?ここって確かエリカちゃんがサボ・・・じゃなかった。

警察に伝手があるから残るって言ったのをお兄様が立場上調べることがあるから、とそっとお断りするシーンだよね?

なんでそれが私のお守みたいなことになっているんだろう・・・。

もしかしてエリカちゃん、お兄様が一人で行動したいのを読んで安心させるように言ったとか?エリカちゃん、人の心に寄り添うのが上手いから。寄り添う、とはちょっと違うか。

いい距離感を保ってくれるというか、その人のことを考えてそれぞれ合った対応をしてくれる。

近づくときは触れそうになるほど目の前に来るのに、スッと離れる時は離れ、目を閉じると寄り添ってくれていて、・・・みたいな。

だから彼女の傍は居心地が良いんだろうね。そして慕われている。彼女は人をよく見ているから。

この寸劇に苦笑している西城くんと吉田くんも、お兄様が留まることに関して何も言わなかった。

このやり取りを藤林さんと光宣君が微笑ましそうに見つめていて、その表情がそっくりだったことに一人ドキッとしながらも良いスチルだと脳内に収めつつ、私たち女子は帰り支度をしに一旦部屋に戻ることになった。

とはいえ今日帰ることがわかっているのだ、荷物など大して散らばってもなく片すと言うほどの手間は無かった。

 

「しっかし、達也くんといるとほんっと事件が起こるわよね」

「エリカ、言いがかりは止して。兄さんはどっちかと言うとトラブルシューターの方よ」

 

トラブルを起こすのはいつだって外部だ。お兄様はただその処理班として巻き込まれているに過ぎない。

だけど事件の影にはいつもお兄様の姿があるから事件=お兄様と印象が残ってしまうのだ。

 

「あ~、確かに?」

「それに、私のせいで起きる事件もあるから。兄さんは私と兄妹じゃなければ幸せだったんじゃないかって思うことがあるわ」

 

この発言に水波ちゃんがぎょっとした顔でこちらを見た。エリカちゃんもえ、と固まっている。

 

「・・・そんなにおかしなこと言った?一応、自分がトラブルメーカーだって自覚はあるのよ。この見た目でトラブルが生じるなんて日常茶飯事だし――」

「そうじゃない!そこじゃないわよ」

「深雪姉様、達也兄様は今でも十分に幸せそうに見えますが」

 

あら水波ちゃん、嬉しいことを言ってくれる。でもその表情が青いのはどうしてでしょうね。

 

「達也くん、深雪と兄妹じゃなかったらですって?考えたくもない」

「深雪姉様、達也兄様に対してフィルター分厚いですよね」

「わかる~。絶対的信頼寄せ過ぎよね」

 

ちょっとちょっと、お二人とも。聞こえてますよ。

聞こえてるけど・・・お兄様を絶対的に信頼して何が悪いの??お兄様って深雪ちゃんの絶対的守護者ですよ。

兄妹じゃなかったら、って。まず前提が兄妹でしかないんだから考えるだけ無駄でしょうに。あ、言ったの私でしたね。

でも兄妹じゃなく、お兄様が四葉の家の出でなければあそこまで苦労して生きなければならないことはなかったと思うんだよね。

あ~、だけどあの特殊な固有魔法に振り回されて心が持たない可能性も・・・?そうすると四葉で生まれたことはある意味・・・悩ましい問題だね。

お兄様が自由自在に再生と分解ができるのは四葉のあの手術が必要だった。感情があれば魔法を恐れた可能性がある。気が狂ったかもしれない。

たった一人で耐えられないほど人智を越えた力というのは負担の大きいものだから。一つでも持て余しそうなそれを、お兄様は二つも所有されているのだ。

改めてお兄様の背負わされている環境って初めから詰んでる。

それを母の愛で生かされ、四葉の愛により生きる術を身に付けさせられ、叔母様の愛で少しでも四葉を離れ、僅かな自由を生きられている。学園生活というささやかな普通の幸せを謳歌させてもらっている。

その分課せられた仕事も多いけれど、それだけだ。

だからお兄様も反発をしない。そこに留まっている。力を蓄えるための止まり木とも思っているかもしれないが、それでも今すぐ飛び出していない時点で、そこまで不自由を強いられていない環境であることも理解しているのだろう。

・・・お兄様、四葉で無かったら逆に生きられなかった説。

 

「おーい、深雪?」

「お待たせ、準備できたわ」

「そ?なら行きましょうか」

 

後ろで荷物を持ちたそうな水波ちゃんがいるけれど、この後コミューターに乗って駅に行って電車に乗るだけなんだから気にしなくてもいいのに。我慢して。

・・・荷物を持たせないことを我慢とは、メイドさんの思考も摩訶不思議。

そしてお兄様とお別れ――と思ったらお兄様が駅まで送ってくれた。

エリカちゃんに任せるんじゃなかったの?エリカちゃん達のジト目がお兄様に突き刺さっているけどお兄様は平然としてますね。通常運転。

何でも調査に動くのは明日だから時間が余ってるとのこと。お兄様も寂しかった、ということで。

別れ際、ハグはできなかったけれど、お兄様の手を取って無事のお帰りを願っていると、お兄様もその手に残る手を添えて額を私の頭にのせる。

その瞬間、エリカちゃん達が水波ちゃんを引きずって遠巻き――というか他人の振りをし始めた。酷い。

でも、おかげで二人きりで話すこともできたと思えば良いことなのか。

 

「お兄様、お気をつけて・・・」

「ああ。必ずお前の許に帰るから」

「あの・・・それから、明日は七草先輩と回られるのでしょうか」

「俺としては単独で当たりたいところだが、どうした?」

「いえ、今日の先輩はとても大変な目に遭われていたのに毅然とされてましたので。もし傍に居られたら労って差し上げたかったのですが」

「・・・お前も同じ立場だっただろう?」

「私はお兄様がいて下されば戦場であろうとも心乱されることはございません。ですが、先輩はあの時後輩しかいなかったのです。きっと一人奮い立っていたに違いありません」

「・・・わかった。俺では不足だろうが、深雪の代わりにフォローを入れよう」

「!ありがとうございます」

 

やったね!これでお兄様のラブミッションもきっと無事に熟せるでしょう!

前回の水着イベントもちょっと曖昧な感じに終わってしまいましたからね。今度こそ邪魔者はいません。ぜひ深めていただきたい。

 

「女性に優しいお兄様ですもの。七草先輩もきっと傷ついた心も癒されるでしょう。何と言ってもお兄様は先輩にとって弟のように可愛がっている後輩なんですから」

「・・・可愛がられた覚えはないし、弟というのは勘弁願いたいな」

 

あらあら!それはもしや弟なんて立場に満足しない!という宣言です?・・・嘘です違うことは分かってます。

だからお兄様そんな不審を抱くような目で私を見ないでくださいませ!

 

「そういえば去年の生徒会選挙で結構な妄言を口にしていたね」

「そ、そんなこともあったでしょうか」

 

う、藪蛇でした。人の恋路をいじるのはよろしくない。

 

「お兄様が弟扱いは嫌だとおっしゃったからですよ」

「当たり前だ。俺には妹しかいない。他に兄妹なんていらないからな」

 

あ、そっち。お兄様にとって二人きりの兄妹に水を差されるのが嫌だった模様。

 

「そうですね。私も兄妹はお兄様お一人がいいです」

 

そう微笑むと、お兄様の手に力が込められた。

 

「・・・こんな時にハグができないなんて」

「ここは外ですもの」

「他人に俺たちの関係が何かなんてわかるはずないだろう」

「エリカ達が困ってしまいます」

 

困らせればいい、とお顔に書いてあるけれど、ちゃんと口は閉じてますね。言ってはいけない言葉だと止まったのは偉いですよ。

 

「あら、確かに頭を撫でられないこの状況はちょっと辛いですね」

「ちょっとどころじゃない。が、何時までもここに拘束していてはいけないな」

 

最後にもう一度。

 

「兄さん、無茶はしないで」

「ああ。やることをやったらすぐに帰るから」

「おーい、お二人さんお別れは済んだ~?」

「そろそろ時間だぞー」

 

二人の声に手を離して手を振って。

急いでエリカちゃん達の許へ駆けつける私の背を、お兄様が姿が見えなくなるまで見つめていたことを感じながらホームへと向かった。

 

「まるで今生の別れね」

「そう?あっさり別れたつもりだけど」

「あれであっさり?」

「深雪姉様はあっさりなのですが、達也兄様がなかなか離れないのです」

「「「ああ~」」」

 

水波ちゃんの言葉に皆が納得した。

いえ、私もお兄様と離れるのは辛いよ。寂しいよ。でもお仕事を邪魔しちゃいけないからね。

心はとっくに社会人なので。ここにいる誰よりも年上なのですよ。

 

「それより、皆は晩ご飯ってどうするの?」

「え?ああ、帰ってから適当に?」

「まだお腹も空いてないしね」

「深雪はどうするの?」

「私は、駅弁に興味があって」

「「「駅弁」」」

 

水波ちゃんは既に私が駅弁に喜ぶことを知っているので口出ししない。ただ毒味だけはするだろうけど。簡易キットがあるのでこっそり調べてから。

外のお店でやるわけにはいかないけどね。お店を怪しんでるって思われるし、そこまで必要な人物と疑われることもまずい。人がいるところでは昔ながらの先に食べて、というチェックになる。でもお弁当ならこっそり調べることはできるからね。

 

「意外。深雪ってそういうの食べるんだ」

「その土地でしか味わえないものって滅多に食べられないじゃない」

「そりゃそうだけど、さ。結構庶民的なもの好きよね。俗物的って言うか」

「私を一体何だと思ってるの?」

「何って、・・・その見た目とのギャップがあり過ぎるのよ」

 

・・・言いたいことはよくわかる。深雪ちゃんどう見ても深窓の令嬢だから。

今も周囲から、ほぅっ、て見惚れられてますからね。自分たちと世界が違う住人だ、って遠巻きにされてますからね。

 

「前に振舞ってもらった時とかジュースも手作りだったしな」

「うーん、確かに飲み物は確かにこだわる、かも」

 

西城くんに指摘されて気付いた。茶葉だったり豆だったりはかなり拘っている。

品質ばっかりは下げられない。

食事の方は庶民的でも美味しいものは多いけどお茶関係はどうしたってお高いモノには敵わない。

 

「じゃあ、さっさと駅弁買いに行きましょ。本当に時間無くなるわよ」

 

エリカちゃんの号令で全員隣接するお弁当屋さんへ。

夕方ということもあって品出しされたばかりでたくさん種類があった。やったね。

それぞれ選んで急いで電車へ。本当にギリギリになって、何とか乗り込めて皆ほっとした顔に。笑い合って適当な席を選んで他愛ない話をしながら帰った。

皆と食べた駅弁も美味しくいただきました。大満足。

 

 

――

 

 

家に着いて水波ちゃんとほっと一息つく。

この間襲われたこともあったから二人して緊張して帰ったのだけど、家周辺には今、四葉のエージェントが任に就いている。

お兄様がいない不安はぬぐえないけれど、それでも無いよりは安心できる。

 

「おかえりなさい、水波ちゃん。そしてただいま」

「!お、おかえりなさいませ深雪様。た、ただいま戻りました」

 

えらいえらい。良く挨拶できましたね、と頭を撫でると水波ちゃんは顔を赤らめるけれど、それで身を引くことはない。

私が喜んでいるから耐えてくれている、以外にも理由があると嬉しいのだけど。

旅行から帰ってまずするのはお片づけ。

ということで鞄からいろいろ取り出したりして二人で片付けるとあっという間だった。

これが終わってからようやくお兄様にお電話。帰宅した報告を。

 

「ああ、よかった。無事に帰宅したか」

 

・・・お兄様、とても甘い声色で耳が蕩けそうなんですけれど。電話越しに色気を感じるって怖い。映像付きじゃなくてよかった。

もし映像があったならそれはそれはこの声のように甘くとろけるような目をされていることでしょう。画面越しでも食らってたらヤバかった。

 

「・・・お兄様がいらっしゃらなくて寂しかったです」

 

皆でわいわい帰った電車の中はとても楽しかった。ここにお兄様もいれば一緒に高校生らしく騒いで帰ることができたのに。一緒に青春の一ページを刻めたのかと思うといないことが残念でならなかった。

 

「あんなに楽しそうだったのに、寂しかったのかい?」

 

あれ?お兄様の眼は姿まで捉えられたのだっけ?随分詳細までご覧になられていた模様??

それとも私だけは感じ取れるとか?お兄様は私のことをずっと追跡しているから私の情報はわかるだろうし。それともただのカマかけだろうか。

どちらにしてもお兄様だからそんなに気にならないけれど。

 

「だからこそ、です。その場にお兄様も一緒に居ればもっと楽しめましたのに、なんて。これは我侭が過ぎましたね。失礼いたしました。お兄様は仕事で残られているというのに」

「気にするな。俺の方が寂しくて言った戯言だ」

 

ふっ、と漏れた笑い声には哀愁が混じって聞こえて胸が騒ぐ。ただのリップサービスのはずなのに今すぐ駆けつけたくなる衝動に駆られる。

恐ろしいお兄様。たった一言で妹をこんなに動揺させるのだから。

 

「しかし、急に悪かったな。明日には帰るから良い子でちゃんと待っているように。今日も色々あって疲れただろう。ゆっくり休むんだよ。戸締りもしっかりして、な」

 

・・・あの、お兄様?私これでも結構大人っぽい方だと思うのですよ。内面からにじみ出る社会人臭と言いますか、くたびれたオタク臭と言いますか・・・こっちは意味が変わってくるな。

ともかく、原作よりは精神年齢上高いと思うのに、どうして原作よりも子ども扱いをされているのでしょう?

 

「・・・お兄様には一体私がいくつの子供に見えているのです?」

「お前はいくつになろうとも可愛い妹だよ」

 

今日のコミューターでそういう話になっただろう、とお兄様は言うけれど、彼らはここまで甘やかすようなことは言いませんよ。

年長者としてくどくど言うタイプ。お兄様のそれは小さな子供に言い聞かせるタイプ。

対象年齢を気にしてください。この二つには大きな壁が存在します。

 

「もう、分かりました。お兄様のお言いつけ通り、戸締りをいつも以上にしっかりしてゆっくり休むようにいたします」

「良い子にはお土産を買って帰るから」

 

わぁい。お兄様子ども扱いしてないっていうのは嘘だね?思いっきり子ども扱いしてくる。いいですよ。ちゃんといい子にしているからお土産楽しみにしてますとも。

あ、そうだ。

 

「お土産はお土産話でもよろしいのですよ。良い思い出も苦労したお話も。お兄様のお話を楽しみにしております。お兄様、おやすみなさいませ」

「・・・最後にとんでもない宿題を出されてしまったな。深雪に話せるエピソードがあればいいのだが。まだ早いが、おやすみ深雪。あわよくば、夢の中で会えることを」

 

お兄様はどういうつもりなの?遠く離れていても私の心臓を狙わないといけない病にでもかかっているの?スナイパーとしても技術を磨こうとしているの?

安心してほしい見事命中だよ。苦しいよ。心臓が悲鳴を上げています。

電話が切れてよかった。切れてなかったらこの激しい動悸を聞かれてた。全く、なんて危険なお兄様なんだ。

良かった。部屋に戻って電話してて。主の威厳が損なわれることはなかった。・・・そんなものとっくに無くなっている?そんなバカな。・・・そんなことないよね?

ちょっと不安になりつついそいそとリビングへ。水波ちゃんもちょうど今降りてきたところらしい。

せっかくだから二人でちょっとお茶ブレイクのお誘いを。お弁当屋さんで売っていた抹茶フィナンシェと小倉フィナンシェ。気になって買っちゃったんだよね。

水波ちゃんにも付き合ってもらって食べる。

 

「それにしても、光宣君の体調が良くなったようで安心したわ」

「・・・私は寿命が縮む思いでした」

 

そうよね。悪化した時はどうしようってなるのも当然だ。

水波ちゃんはよく頑張りましたよ。

 

「深雪様にそのような場面を想定していただかなければ、もっと処置は遅れていたことでしょう」

 

知っていたから、とは言えない心苦しさよ。知ってたならまず体調を崩させるなよってことだしね。

一応忠告はしたけれど、忠告だけで体調を崩さなかったら今頃家族が注意するだけで体調を崩すことはなかった。

それに彼がいると水波ちゃんも来るわけだからコミューターに乗りきらない。つまりどうあっても強制力は働くのだ。

 

「少しでも役に立ったならいいけれど、水波ちゃんもお疲れ様」

「いえ、私は」

「看病はそれだけで気力も体力も負担がかかるモノよ。お母様を看ていた私が言うのですもの。間違いないわ」

「!そう、いうものなのですね・・・」

 

水波ちゃんも私の言葉を否定することはできなかった。

というか、疲労するよ。人を看病するって。人の命を預かってるのだから。

 

「この小倉フィナンシェ美味しいわ。小豆ってこんな可能性もあったのね」

 

考えてみたら餡バターなんて罪な味があるのだから洋菓子との組み合わせがあってもおかしくなかった。

 

「こちらの抹茶は香りが高くてとても美味しいです。ただ、お茶と合わせるとどうしてもお茶が負けてしまうのでこちらは紅茶かコーヒーの方がよろしいかと」

 

確かに。口がさっぱりしていいかな、と思ったけどこの組み合わせには合わなかったね。うっかり。

そんな感じでお兄様不在のお茶会はほのぼのとした雰囲気で終わった。

日記は水波ちゃんの担当だったのだけど、残念ながら彼女は看病につきっきりで書くことが無いということだったので私が担当することに。

・・・今日のを短くまとめるのって難しくない?とりあえず同じ妹を持つ方々の妹に対する見解と、お兄様は彼らにとって異常であることだけは書き記そうと思う。光宣君、ウチを普通の基準としないでね。

 

後日、光宣君からのメッセージが。

 

――流石に僕でもお二人の仲が尋常でないことはわかります――

 

・・・ちょっぴり心にダメージを受けた。

 

 

――

 

 

次の日。お兄様がいなくともいつも通りの起床。お兄様にドリンクは作らないけれど、身体を動かし、お花をいくつか見繕っている頃水波ちゃんが挨拶に。おはよう。今日も可愛いね。

それからお母様へ挨拶して二人だけの朝食。なんだか不思議な感じだね、と二人で笑い合いながら二人で登校。

エリカちゃん達と合流して昨日はお疲れ、と挨拶を交わしていると雫ちゃん達もやってきた。そして、

 

「あれっ、達也さんは?」

 

ほのかちゃん、挨拶よりも先にお兄様でした。うん。分かってた。

でもゴメンね、お兄様は任務でまだ戻られないんだよ。

 

「実は昨日事件に巻き込まれた影響で兄さんは警察に行くことになってるの」

「警察って!だ、大丈夫なの?!」

「ええ、誰も怪我してないわ。心配してくれてありがとう」

「するよ!心配くらい。でも・・・そうなんだ・・・達也さん、今日もいないんだ・・・」

 

ほのかちゃんの落ち込み具合が思ったよりすごい。

 

「ほのかは昨日もこんな感じだったの?」

「ん。昨日は空元気。でも今日会えるからって奮い立ってたんだけど」

「それは・・・ごめんなさいね」

「ううん、深雪が謝ることじゃないよ。悪いのは襲ってきた人たちでしょ」

 

ほのかちゃんは怒りの矛先を見つけたようだけど、それはダミーだ(キリッ)。本命は別にある。

 

「私も、寂しかった」

 

雫ちゃんがお手手繋いでくれた!しかも寂しかったって!!やだ、可愛い。好き!

 

「私も、雫が傍にいてくれたらと思ったわ。雫やほのかには仕事をしてもらうため残ってもらったのに、こんなこと思っていたなんて許されることじゃないけれど」

「ううん、深雪たちは深雪たちの仕事をしたんでしょ」

 

気にしなくていい、という雫ちゃん優しすぎない?あとでお土産渡すね!もちろん皆にもだけど。

 

 

 

それにしてもどこにもお兄様のいない学校は不思議な感じがした。

普段からいないはずのA組の教室にも違和感を覚えるくらいだから相当だろう。

お兄様がいない。お昼も、放課後も、そして帰り道も。

放課後の生徒会室では泉美ちゃんに抱きつかれてピクシーが聞いたこともない警戒音を出したり、それなりにバタバタしたのだけどその間も、お兄様がいてくれたらどうなっていただろう、なんて常に考えてしまう。

何時からこんなに傍に居ることが当たり前になっていたのだろう。

このところすれ違い生活ばかりして、一緒の時間なんてほとんど学校にいる時間しかないくらいだったのに、それすらなくなって。

それが、こんなにも寂しい。

今日、たった一日のはずなのに。

 

「深雪も、やっぱりそうなるんだ」

「え?」

「いやー、深雪もブラコンなんだなってことよ」

 

ほのかちゃんに同情された顔でのぞき込まれ、エリカちゃんがおちゃらけて答える。

雫ちゃんはぴったりと私の隣にいて、水波ちゃんは後ろに控えて歩いていた。

西城くん、吉田くんもあいまいな笑みを浮かべている。美月ちゃんに至ってはなぜかニコニコ。

 

「達也くんの片思いじゃなかったんだ」

 

エリカちゃんの発言に、ほのかちゃんはか、かか片思い!?と悲鳴のような声を上げ、吉田くんはおいっ、と強めの制止の声をエリカちゃんに掛ける。

 

「片思いって・・・ブラコンシスコンに片思いなんてないでしょう。ほのかは落ち着いて。私たちは兄妹なんだから」

 

恋する乙女は暴走しやすい。兄妹だと何度言ってもすっぽ抜けてしまうらしい。困ったものだ。

 

「でも、そんなにおかしな顔してた?」

 

皆が呆れではなくそれとなく心配してくれているのがわかるので、何かしら顔に出ているのだと思うのだけど、と思いながら問い掛けると、皆は顔を見合わせてから、代表で美月ちゃんが答えた。

 

「迷子みたいな顔をされてます」

 

・・・わあ、深雪ちゃんフェイスでそんなお顔してるの?それはいけないね。

 

「おかしいわね。兄さんがいないことなんてしょっちゅうなのに。そんな不安そうな顔をしていたの?」

 

むにむにと頬を揉むと、男子たちは顔をそれとなく背け、女子たちはじっと見つめて優しいお顔。エリカちゃんには揶揄うオーラが見えるけど、目は優しい。

 

「安心しなさい。私たちが気付いてるだけで、周囲はそこまで気づいてないと思うから」

 

ま、部長辺りだったら気付いているでしょうけどね、とにまにま。新作に期待ですか?

 

「でも背中が寂しそう、とか言われてましたよね」

「あれは妄想と期待でそう言ってるのよ。本当にそう見えたんだったらもっと同情的に見るんだから」

 

エリカちゃん・・・その素晴らしい観察眼、使いどころ間違ってません?よく皆の思考が読めるね。

エリカちゃんならそういうの上手くコントロールして扇動とかできそうだよね。・・・恐ろしい才能をお持ちのようで。

 

「でも達也ってそんなしょっちゅう家空けてんのか?イメージ無かったぜ」

「あ、こら」

「え。まずい話か」

「いいの、エリカちゃん。西城くんも気にしないで。言ったのは私だもの。朝練だったりバイトだったり。しょっちゅう出かけているわ。本当休む暇なんてあるのかしらって心配になるくらいよ」

 

エリカちゃんはすぐに軍関連の方、または四葉関連が過ったみたい。流石探られたくない事情には敏感だ。

だけど私が冗談交じりで応えたことで彼らの緊張は解かれた。

 

「じゃあ、深雪はあまり達也さんと一緒にいることはそんなにないの?」

「そうよ。休日は朝だけしか会わないこともあるわね。でも兄さんが家にいる時だってそんなにべったり一緒にいるわけじゃない。兄さんにも私にも自分の部屋があるんだから」

 

皆の印象が家の中でも兄妹べったりな気がして何度か訂正を試みているのだけど、どうしても彼らの印象を変えることができない。・・・まあ、全くないかと問われれば無いわけではないけれど。

かといって四六時中一緒ではないのだ。それは否定させていただきたい。

 

「何度も聞いてわかってはいるんだけど」

「何だかなぁ。刷り込みってヤツか」

「・・・僕は全面的に達也のせいと思うけど」

「吉田くん、それは・・・」

「言っちゃいけないヤツ」

「あっ」

「・・・兄さんがまた何か言ったの?」

 

前にもあったよね。ずっと傍に居るような印象を与えるような妹自慢をよくクラスでしていたって話。

まさかまだあれ続いてるの?

 

「いや、なんっつーか」

「あ~、あれよ。妹が大事でしょうがない兄ばか発言」

「そうそう、そんな感じ!」

 

怪しい。特に吉田くんがテンパって敬語が抜けちゃってるところが怪しくてしょうがない。

西城くんも目が泳いでいるし、美月ちゃんはきゃっ、って感じに赤くなった頬を押さえてるし。

お兄様・・・私がいないところで何を言ってるの?

でも掘り返したら私まで恥ずかしい気配を察知したので深堀はしません。

 

「兄さんには言わないでね。恥ずかしいから」

 

たった一日お兄様が傍に居ないだけで迷子みたいに不安な顔をしてるなんて、何時まで経っても兄離れのできない妹ではないか。よくない。それは良くないことです。

 

「さあ?それはどうしようかしら」

 

うう・・・エリカちゃんがこの弱みをどう料理しようかしらと愉しんでおられる。

 

「何かリクエストある?」

「チョコチップのマフィン!アレ美味しかった~」

「喜んで献上させてもらうわ」

 

エリカちゃんたらちゃっかりさんなんだから。

 

「うむ。良きに計らえってね」

「抜け目ねぇ女」

「人の弱みに付け込むのが上手いというか」

「なーんか言った、ミキ?」

「僕の名前は幹比古だ!」

 

お決まりコントで空気を和ませてくれる良いお友達に恵まれました。みんな大好き!

 

 

――

 

 

家に帰ってもまだお兄様は帰られてはいなかった。残念。とはいえわかっていたのですけどね。帰宅予定時刻の連絡来てましたし。

その分お出迎えの準備はできるというものだ。

水波ちゃんと今日は一緒にキッチンに立って準備。ついでに明日上納する分のマフィンも作らないとね。

そろそろ完成、というところで帰宅を知らせる音が。いそいそとエプロンを外すところを水波ちゃんが微笑ましそうに見つめていた。

・・・ちょっと恥ずかしいけど、浮かれてるのは誤魔化せない。気づかぬふりで切り抜けさせてもらいます。

玄関に向かって一呼吸置くと、扉が開く。

――お兄様だ。

一日ぶりのお姿に神々しさまで感じる。ありがたや。

そのお姿を拝見しただけでも嬉しくなるね。

でもいつまでも惚けているわけにもいかない。

 

「おかえりなさいませ、お兄様」

「ただいま、深雪。今回は悪かったな」

 

急な予定の変更のことを指しているのだろうけれど、お兄様が謝られることはない。ただ四葉の任務を遂行しようとしたのだから。

荷物を置いた時には靴を脱いでいて、一歩踏み出した時には抱きしめられていた。

お兄様からする香りに怪我をした匂いが無い。よかった。

 

「無事に帰ってきてくださっただけで、私は十分です。お疲れ様でございました」

「ああ、・・・ちょっと疲れたよ」

「!!」

 

力を抜いたように首元にお兄様の頭が乗せられる。

吐息交じりに返ってきた言葉はかすれ気味で、その・・・こんな時だというのに色っぽさを感じてしまい、顔が熱くなる。

おずおずとお兄様の背に手を回して、顔を見られないよう画策して。

・・・でも心音は聞かれてるんだろうな、ということは気付かなかったことにする。

 

「だいぶお疲れのご様子ですね。休まれてからご飯になさいますか?それとも先にお風呂に入られますか?」

 

どちらも準備はできていると伝えるが、お兄様が離れそうにない。

 

「どちらも後でいただくが、先に深雪を堪能させてくれ」

 

・・・どうしたんだろう。相当お疲れのご様子。

もしや七草先輩との最後の空気に耐えられなかった?・・・ずっと気まずい空気の中、東京に帰ってくる羽目になったんだもんね。

いかな空気を読まないことのできるお兄様でも親しい付き合いのあるお相手と長時間は居心地も悪かろう。

 

「私には温泉のような癒し効果は無いと思うのですが、それでもよろしければ」

「俺にとっては温泉など比べ物にならないほどの癒し効果がある。むしろお前がいないと俺は生きていけない」

 

なんか、行くとこまで行っちゃってませんか!?そんなに七草先輩と二人旅大変だった??

ぎゅうっとしがみつく力がね、強まりました。

弱っていても力強いねお兄様。

しばらく玄関で抱き合ってから一旦リビングへ。

お兄様の荷物は水波ちゃんが持っていきました。中には本当に駅に売られていたお土産も買ってきて下さったようで、お礼を述べるとお兄様は微笑まれた。

 

「お前が喜んでくれる顔を想像して買うのはとても楽しかったよ」

 

気に入ってもらえると良いんだが、とお兄様は言うけれど、日本のお土産のお菓子に外れは無いから。どんなネタ土産だろうと喜びますよ。

前世で北海道土産にとジンギスカン味の飴ちゃんを貰った時だって、皆が拒否る中喜んでたから。大丈夫。

あ、味はしっかりまずかったよ。ネタじゃなかったら許してない。

お兄様にソファに座ってもらって肩を揉みながら、僭越ながら鼻歌も歌っている現状。

少しでも癒しになるんならと恥を忍んでやっているけれど、お兄様の機嫌が目に見えて上昇してます。うん、身を削る甲斐もあるというものです。

お兄様・・・凝ってますね。いつもならこんなに固まってないのに。そんなに緊張を強いられましたか。

 

「手は痛くないか」

「そこまで軟ではございませんよ」

 

でもお兄様のお声がけいただいたのはタイミングとしてはよかったかもしれない。

鼻歌を止め、お兄様の肩から手を離して隣に腰かける。水波ちゃんはまだしばらく戻ってこないだろう。

聞けるタイミングは今しかない。

ちらり、とお兄様を見やると、任務の進捗状況を教えてくれるけれど、今からお話したいのはそれではないのです。

 

(――ここで、私は分岐点を本編から逸らす)

 

どう転ぶかはわからない。だけれどここは司波深雪としての大きな分岐点となるはずだから。

 

「あの・・・」

 

だけどいざ口を開こうとするとうまく言葉にできない。

何度か開閉していると、いつの間にか膝の上で固く握っていた手にお兄様の手が重ねられていた。

 

「言ってごらん。何が聞きたいんだ?」

 

お兄様のこの言葉を聞いて、いつもなら安堵して滑るように言葉が出るのに、更に言葉が引っ込む。

 

(原作の流れに逆らうなんて、もう何度もしてきたこと。なのにどうして、こんなに不安になるのだろう)

 

心が落ち着かない。今にも逃げ出したくなるような。

けれどもう計画は動いている。こんなところで躓いては、当初立てた計画に狂いが生じてしまう。このタイミングしか、無いのだ。躊躇っている場合ではない。

それに何より、お兄様の心に重しがのっかっているのがわかる。それはあの時からずっと、お兄様の心にしこりのように現れた。

お兄様の倫理観は人のそれを外れているというが、そんなことはない。

確かに殺人や犯罪行為に対して罪の意識は薄いかもしれないが、それでもお兄様の中に禁忌は存在していて、今回のことに関してはお兄様の逆鱗に近しいところに触れるものだった。

親しくなった光宣君の秘された真実は、お兄様にとって重くのしかかるだけの影響力のある情報であった。

それを一人で抱えるには、重すぎる。どうか、その重荷を私にも分けて欲しい。その思いもあった。

だから――意を決してお兄様を見つめ、重い口を開く。

 

「お兄様、光宣君の体質の原因は何だったのですか?」

 

見つめる先のお兄様が、動揺するのがわかった。お兄様にとって予想外の質問だったのだろう。

そして続いてキュッと引き絞られた口端に、お兄様の意思が見える様。だけど、ここは口を割ってもらわねばならない。

苦しみを分け与えてもらうことももちろんだけれど、――お兄様の選択を広げるためにも。

 

「・・・言った通りだよ。光宣の魔法力が強すぎて、身体がそれに耐えられないんだ」

「それは今の状態ですよね。お兄様はその原因をご覧になったのではありませんか?」

「・・・何故そんなことを?」

「あの時のお兄様のご様子は、ただならぬものでした。一体何をそんなに気にかけていらっしゃるのですか?」

 

離れそうになるお兄様の手を引き留めて。

視線をお兄様から逸らさない。

 

「お兄様、お願いします。お兄様が何にお悩みなのか、お聞かせください」

 

身を寄せて懇願するも、お兄様は渋い顔だ。聞かせるもの嫌だと、強い拒絶を感じる。

 

「お前は知らない方が良い」

 

それは、お兄様の優しさ。

でも、それではダメなのです。ここで引いてしまっては、もうお兄様の横に並び立つことなどできない。一生庇護下でいることを認めることになってしまう。

私だって、お兄様をお守りしたいのに。

引き下がるわけには、いかない。

 

「お願いします。お兄様お一人で苦しまないでください!」

 

卑怯な言い回しなのは重々承知だ。お兄様の優しさに付け入る卑劣な手段。

こちらもなりふり構ってられないのだ、と強く視線で訴えれば、私のお願いに弱いお兄様は折れるしかない。

 

「分かった。かなりショッキングな話だから、心を強く持って聞いてほしい」

 

案の定お兄様は折れ、姿勢を正して重い口を開いた。

 

 

 

「光宣と藤林さんは異父兄弟だ」

 

 

 

――

 

 

そんなことはとっくに――前世からの原作知識として知っていた。

彼女たちが揃ったところを見ても似ているところがあるな、と思う余裕すらあったはずなのに、改めてお兄様の口から言葉にされるとどん、と心臓目掛けて鈍器がぶつかったような衝撃が起こり、続いてどくどくと血管内を濁流のような血液が流れていく。

息が上がってしまいそうになって口元を手で覆って隠した。

 

「・・・藤林さんのお母様は、光宣君のお父様の実の妹・・・」

「光宣は調整体だ。おそらく人工授精で生まれている。だから厳密には近親相姦ではないが、実の兄妹の間に生まれた子供であることに違いはない」

 

――ああ、そうだ。ずっと小骨のように引っかかっていたことがあった。それが今連鎖するように記憶から呼び起こされて、その理由に思い至る。

 

(調整体だから、私たちの手の温度は同じだったんだ・・・)

 

完全調整体とは言え、私も調整体だということなのか。水波ちゃん、光宣君との手の温かさはほとんど変わらないほどだった。四葉に行けばもっと調整体の人はいるので確認しようと思えばできるだろう。したところで、何にもならないのだけど。

そう、どうあっても私が調整体としてこの世に生まれたというこの事実は変えようが無いのだから。

 

(まあ、握手したら相手が調整体か疑うセンサーが搭載されていると思えば調べる価値はあるのかも?)

 

はたしてそのセンサーが意味あるものなのか分からないけれど。使い道が極端に狭い能力の有無に、強張った身体が解れるのを感じながら口を開く。

 

「では・・・光宣君の体質は、近親相姦の弊害だと・・・?」

 

お兄様は首を振るけれど、続く言葉は否定の意味ではなかった。

 

「断定はできない。問題は想子体のアンバランスにあるのだし、肉体的には健康なんだ。調整体の過程で不具合が出たのかもしれない」

 

淡々と、お兄様は現状分かっている情報を並べる。

原作の叔母様も言っていたっけね。九島の調整体は欠陥品、と。それってつまり欠陥と呼べるだけのデータをお持ちってことだよね。

そしてどこが間違っているのかが叔母様にはわかっているということ、になるのだろうか。

だけど私と光宣君の成り立ちは違う。彼は兄妹の遺伝子によって生まれた。私はお母様に適合する最適の遺伝子との間に生まれた。

そういう意味でも光宣君の方が遺伝子操作が難しかったのではないだろうか。・・・いや、今考えるべきはそこではない。

 

「だが、近すぎる遺伝子が原因である可能性も否定できない。魔法師開発研究所でも親子間や兄弟姉妹間の遺伝子を使うことは避けられていた。遺伝子が想子体に、そして精神にどのような影響を与えるのか、分かっていることはまだ少ない」

 

現状判断するにはデータが足りないと言うお兄様だけれど、そんなデータなどなくていいではないか。

私たちだって理科で学んだはずで、お兄様にもそれは禁忌だと、不毛だと理解されているのだから。

 

「実の兄妹で子を成す必要性など、そもそもないでしょうに」

 

不文律、禁忌と呼ばれるその領域に人が手を出していいことなど無い。

動物界は本能で理解しているのに。

本能も科学の前では何の役にも立たない、または二の次にされてしまうということか。

 

「深雪・・・」

 

思ったより低い声が出てしまった。お兄様が不安そうに瞳を揺らしている。

お兄様が光宣君を視た時、お兄様の中ではいろんな感情が渦巻いていた。怒り、悲しみ、苦しみ、ありとあらゆる負の感情が湧いていたのを感じた。

感じることはできても心裡は読むことができない。何を考えていたのかはわからないが、怒っていたのは確かで。

その時の怒りに同調して、声に出てしまったようだ。

私としては、この事実をはっきり口にすることで、お兄様の中で私との婚約することの不毛さを印象付けるだけの予定だったのに。

 

――絶望して、顔を青ざめるのではなく、事実として受け止め、ありえないと断ずる。

 

これが、原作に背く私の計画。

 

(妹にとってもお兄様にとっても兄妹はありえない、そう印象付けることで私たちの婚約を阻止、または一時的に仮として、いずれ解消するための布石にでもなれば――お兄様を解放できる)

 

私は一度固く瞳を閉じてから、お兄様に向き直った。

 

「お兄様、口にされるのもお辛かったでしょうに、お答えいただきありがとうございます」

「いや・・・こちらこそ心配を掛けてすまなかった」

「いいえ。お一人で抱えるには大きすぎる秘密だと私も思います――光宣君も藤林さんもご存じないのでしょうね」

「知っていたら、俺に見ろとは言わないだろうからね。・・・全く、九島当主は何を考えたのか」

 

お兄様にも思い起こさせてしまったのか、静かにお怒りになっていた。

お優しいお兄様。自身の境遇より、光宣君を想って怒っているのだと、そう感じた。

人の命を弄ぶような行為に等しい自分本位な実験だ。

その罪を生まれながらに背負わされてしまった光宣君には同情を禁じ得ない。彼には何の罪もないのに、存在自体に罪のレッテルが貼られた状態なのだ。

彼の生きづらい体質はその罪に対しての罰なのか。だとしても背負うべきは彼ではない。

 

「今度、光宣君に会う機会があったら、目いっぱい甘やかしましょう」

「・・・それは同情からか?」

 

お兄様の表情はまだ厳しいものだった。

だから私も真剣に応える。

 

「確かに、初めは同情でした。けれど今はもう、彼は私にとって身内同然なのです。傷ついているのがわかっていて見放すことはできないくらいには、可愛い――息子のような存在なのですよ」

 

けれど、最後の方は口元が緩んでいた。

思い出して浮かぶのは、彼の気を許したような笑みばかりで。

たとえ存在が禁忌であろうとも、人の手が加えられて造られた存在であっても、彼には心があり――絆を結んだ一人なのだ。

 

「息子、か。深雪はまだ16なのに、その表情を見ると母親に見えるから不思議だな」

「あら、そうですか?」

 

ふ、とお兄様から力が抜けた。今考えても何にもならないと思考を切り替えたのか、はたまた私の考えに脱力してしまったのか。

どちらでもいい。お兄様が頭を悩ませる必要性などないのだ。

そう、――兄妹で子を作ることは禁忌である。

そのことを改めて認識し、想いを凍らせる。それが本来の私。

結局踏みとどまることができずに、この後に控えるお兄様との婚約を喜んでしまうのだけれど、本来であればここで断ち切らねばならないはずの想いであった。

だけど、今の私はお兄様と二人だけの未来を考えていない。

お兄様にはいくらでも選択肢があって、私の想いに捕らわれることが無ければお兄様が縛られることはない。四葉に留まることなどない。

自由に、羽ばたける。

 

「だが、下手に同情するくらいなら甘やかすくらい可愛がるのも手か」

「お兄様は甘やかすのがお上手ですから、きっと光宣君も喜びますよ」

「俺が甘やかしたことがあるのはお前だけだからな。男相手だとまた勝手が違いそうだ」

「あら、あら。お兄様、それこそ新米のパパみたいですよ」

 

子供を持った父親あるある。

男女の違いでどう接すればいいかと悩んじゃう。どちらも可愛い子供なのにね。

 

「パパ・・・」

 

あらやだ。お兄様、驚きの余りちょっと固まってしまった。珍しい。

でもどんなに驚いてもすぐに復活するのだから流石お兄様だ。

 

「俺がパパならお前がママか?」

 

そしてさっそく手を伸ばして私の髪をひと房指に絡めて口元へ運ばれる。

・・・お待ちください?何故パパとママ発言でそんなお色気満載のオーラを醸されるのです?仕舞ってください。

ちょっと前まで緊張感漂う空間でしたでしょう?なぜ今、夜の雰囲気漂う危険空間になっているのです?

 

「お、お兄様、」

「――残念だ、ここまでのようだな」

 

お兄様がすっと離れると片付け終わった水波ちゃんがやってきた。ありがとう救世主!

水波ちゃんは私の困り顔を目ざとく見つけ、お兄様に強い視線を向けたけれどお兄様はどこ吹く風といった感じでお顔でコーヒーを飲まれていた。

 

 

――

 

 

論文コンペ大会前日。

九校戦の時と違い、論文コンペで移動する人数はそう多くないので全員一緒に移動する。

おかげで花音先輩がピッタリとくっついて上機嫌だ。五十里先輩は慣れたものだけれど、人目があるのは気になっているご様子。

隣のお兄様が俺たちもするか、と言うように視線を向けてくるけれど、一体何をするというのです?この距離感で大丈夫です。

・・・やっぱりほのかちゃん達と座ればよかった。

打ち合わせがある、とお兄様に声を掛けられたから周囲に断りを入れて座ったのだけど、今回お兄様は生徒会としてもコンペサポーターとしても、更には警備補助としても参加しているのだから生徒会長である私と打ち合わせをするのはおかしなことではないのだけどね。

相変わらずお兄様忙しすぎない?仕事多すぎ。

そして今後の打ち合わせということだったけれど、予定の確認だね。

亜夜子ちゃん達と落ち合って周を追い詰めるとのこと。これは確かに私としか確認できない内容。

こっちに来たついでに任務も一挙に片付けてしまおう、とお兄様は張り切っていた。

 

「これ以上、お前との時間を削られたくない」

 

・・・ただでさえ研究でお忙しかったところにこの任務でしたからね。

 

「早く終わらせてゆっくり休んで」

 

小声だったり端末上で会話しているけど、念のため敬語抜きで会話中。気のゆるみでミスを犯して疑念を抱かせるようなことがあってはいけないからね。

 

「その時はお前も一緒だ」

 

深雪も忙しかっただろう?と言われてドキッとした。

お兄様には何でもお見通しだ。

 

「兄さんほどじゃないから。でもありがとう」

 

会場に到着し、責任者としてバスを最後に降りて最終チェックをしようとしたら泉美ちゃんが張り切って立候補した。

こんな雑用私が!だって。雑用なんてとんでもない。大事なお仕事です、頼みましたよ。

ということでチェックインの方を担当することに。先日はどうも、と顔見知りになったホテルマンと挨拶を交わしキーを受け取って皆に、と思ったら今度はお兄様とほのかちゃんが。ならお任せしますね。

・・・うーん、大したトラブルも無さそうだね。水波ちゃんと一緒にお部屋へ移動。

これも九校戦と違って、前乗りしたからと言って前夜祭のようなパーティーがあるわけではない。一旦会場に行くこともなく、ホテルで各々休んで、食事をホテル内のレストランで一緒にするくらいであとは各自自由だ。

でもこれも暗黙の了解だけど、遊び惚けたりはできない。論文コンペにスパイや妨害工作員はよくあることなのだ。

だからこそ風紀委員が警備をしている。去年のようなことは例外だけど、警戒するのはこの前日が一番緊張する。

完成したモノ盗んでいった方が都合良いからね。

だから雫ちゃん達は一番忙しいので私たちの部屋に遊びに来ることはない。

 

「お兄様はもうお出になられたわね」

 

私にお兄様のような能力は無い。お兄様が私から離れたかなんてわかりようもないけれど、時間的に、恐らくお兄様は既にホテルを出て黒羽姉弟の許に向かわれたはずだ。

お兄様に許されている時間はそう無いから。

吉田くんが協力してくれているとはいえ、点呼の際にいないとなれば私の責任になる。

まあ、その辺はどうでもいいのだけどね。どうとでもできます。生徒会長権限!せっかくある権力は使わないと。

とはいえ不審に思われるようなことはしないのが一番ではあるので、時間を守る予定ではある。

片付けの終わった水波ちゃんがお茶を用意してくれた。

 

「ありがとう。――水波ちゃん、ドアと窓のロックを厳重に。それから遮音フィールドと想子フィールドを展開してくれる?」

「っはい」

 

水波ちゃんは理由を聞くよりも早く魔法を展開した。

私の雰囲気がいつもと違うことに気付いたのだろう。

端末をいくつか取り出して音声ユニットを装着。

今回お兄様がプッチンしてしまわれるのでね。九島がカバーしきれないところはうちで処理しなければならない。

黒羽も一応そのために現場に張っているけれど、彼らが工作するのは魔法に対してが主だ。

軍の内部は藤林さんの方からフォローが行くだろうから問題ないはず。・・・後は、四葉とこっそり協定を結んでいる、水面下で活動している影の対大亜連合部隊が動いているはずだ。

これを機に派手に動き回って良いように利用されている過激派を片付けるつもりなのだろう。

キーボードを滑る指はお兄様ほど正確無比でもなければ目で追えないほどのスピードがあるわけでもない。

それでも自身の中の最高スピードで画面の向こう側と会話をしては情報を拾っていく。

去年の論文コンペの件があったので一般人は特に警戒して出歩いていないらしい。

ニュースでも会場周辺は特に近寄らないよう注意喚起がされたそうだ。

一般人でも戦争直前まで行った騒ぎを無関心でいられるのは子供くらいなものだろう。よって出歩く人は少ない。

だが、完全にいないわけでもないし、そういうのを茶化して野次馬になろうとする若者がいないわけではない。

そんな彼らが近づこうものなら、人払いの結界が張れる人がいる箇所ならいいが、そうでないなら周は喜んで利用するだろうし、四葉はそれを悲しい事故と片付けてしまうかもしれない。

それだと不都合が生じるかもしれないので勝手ながらそうなる前にフォローを入れるつもりだ。

思ったよりも京都の人間は賢い人が多いようで周辺を出歩いている人間が極端に少なかった。

ただ――

 

「・・・あら、この反応――」

『亡命したとされる方術士とパターン一致』

 

原作では周は一人だったはずだけど、もしや逃げるために助っ人ならぬ捨て駒呼んでた??知らなかった新事実。

 

「確保できそう?」

『変態のいやらしい捕獲アイテムの試作品が』

「試すにはもってこいですね。使いましょう」

 

ステルスドローンって、普通肉眼だと見えるものだと思うじゃない?

光学迷彩使ってほとんど違和感なく、しかも消音で近づくんですって。近代科学と魔法の融合って恐ろしい。

一応そういった兵器を一般的に作っちゃいけないことにはなってるし、これほど高性能なの見たこともないのだけどね。

この間の癇癪玉の理論を使ったら光学迷彩いけちゃったってどういうこと?天才の考えることはわからないけれど、ともかくすごいことはわかった。

寝食忘れて大好きな実験器具を愛で、いじり倒す変態だけど。

 

『捕獲成功。ただし生命反応が著しく低下を確認』

「・・・できるだけ生かして確保したいからサンプルを取っておいて」

 

電気ショックの電圧強かったかな。

この失敗は次に生かしましょう。・・・いや、あの変態博士のことだから恐らく死んではないと思う。

生きてる方が実験に使える!というマッドな面を持っているので。けして彼の心の正義感を信じてるとか倫理観を信じているわけではない。

貴重な実験道具を使えなくさせてはもったいないと、そういった発想は信じてる。

倫理観のないマッドサイエンティストなんて・・・厄介なモノ拾っちゃったよね。気軽に誰かに譲渡もできない。

ちゃんと管理してくれる人が欲しい。人材求む。

それから何回か同じ作業を繰り返し、逃がしかけても第二第三のドローンがね・・・怖いね。メリーさん、今あなたの頭上にうようよいるの。

人手が少ないからね。こうした機械を使うのもいいけど、これ、うち以外で使われたくない。ので撃墜とかされた場合、破片はひとかけらも残さず回収してね、と追加で固く厳命。

一通り作業が終わり、実働部隊に撤収を指示して、情報部隊にも労をねぎらい回線を閉じる。

ここは四葉のホテルではないから偽造信号とか使っているらしいけど、うん。とんでもないね。ホテルに知られずに回線使うってまず無理だよ。潜り込むならわかるけど。

昨日一日の突貫工事でこんな工作しちゃう四葉が恐ろしいですよ本当。

とまあ、片付けは彼らのお仕事なので私はノータッチ。端末を仕舞うだけだ。

 

 

――

 

 

「水波ちゃん、ありがとう。長い時間ご苦労様」

 

結構な時間魔法を維持してもらってましたからね。彼女も労う。

 

「・・・いいえ」

「質問はしなくて大丈夫?」

「では二つほどよろしいでしょうか」

 

あら、たった二つでいいの?突然何の説明も無しにやったから戸惑っていたことは確実なのに。

頷くと、水波ちゃんは硬い表情のまま、一つ目の質問を。

 

「御当主様はご存じなのですか」

 

答えはイエス。

叔母様に連絡せず四葉を動かすことなど不可能だ。きっちり筋は通しますとも。

続いての質問は――

 

「達也様はご存じではないのですね」

 

答えは――是。

けれど水波ちゃんは確信していたのだろう。驚いた様子はなかった。静かに目を伏せて首を垂れる。

 

「楽にして。まずはお茶をもう一杯お願いしようかしら。もちろん水波ちゃんの分もね」

「かしこまりました」

 

入れてもらった紅茶はホテル備え付けのものではなく、用意してきたものだった。

私個人は別にパックのお茶でもいいのだけど、彼女の矜持が許さないのであればお付き合いするのも主の務めだ。

 

「そろそろ隠す必要性もなくなるのだろうけれど、まだ時期じゃないからもう少しの間だけ秘密ね」

 

水波ちゃんに向けて、口元に人差し指を立ててウィンクすれば、彼女は顔を引き締めて頷いた。

ううん、お堅い反応。またしても結構な秘密を押し付けちゃいましたからね。仕方が無いのかもだけど。

 

「まだもう少し時間があるし――光宣君の日記の謎でも一緒に考える?」

 

だけどこの言葉に彼女の表情は簡単に崩れた。

一気に日常に戻ったような戸惑ったお顔になる。

光宣君の日記の謎、とは最新の彼が記した交換日記にあった意味深な一言だ。

 

「私たちを驚かせるってあったけど、何かしら」

「さあ・・・見当もつきません。そもそも彼の存在自体びっくり箱のような感じですから」

「そうねぇ。結構驚かされるわよね」

 

主にあのギャップがね。

最強チートの王子様の見た目なのに純情少年だったり、天使のような笑みなのに中身が意外とダークな一面を抱えていたりと落差があるのだ。

多分驚くことって言ったら明日発表会に彼が参加して優勝を掻っ攫うことかな、と思うのだけどどうだろう。

姿見せるだけだって十分驚くけどね。

 

「京都なんだもの、あとで会おうとか、そういうことかしら」

「流石に一高生徒がいる前では難しいのではないでしょうか。吉田先輩たちは彼のことを知っているとはいえ」

「そうねぇ。来たとしても私も皆の前ではいつものように可愛がってあげられないのが辛いところね」

「・・・深雪姉様の可愛がり方を見たら一高生徒は大恐慌に陥ると思います」

 

大恐慌って、そこまでいくかな。・・・というかほとんど文面でしか可愛がってないと思うのに、どうしてそこまで愛でると思われているのか。日頃の行い?

 

「達也兄様に向けるほどではございませんが、光宣さまにも十分に愛情を注がれてますよね」

 

ため息交じりに水波ちゃんは言うけれど、非難している色は見えない。

 

「嫉妬しないの?」

「っ!わ、私は別に――」

「良いじゃない。想うのは自由だと思うから。ほのかという例があるでしょう」

「・・・・・・私にはあのように振舞うことは出来かねます」

 

うん。それはわかるよ。ほのかちゃんはそもそも特殊ですから。恋する乙女でもちょっと暴走しがち。

 

「・・・その・・・、私はそこまでではないので・・・アレなのですが・・・」

 

随分濁すね。でもこれが今の彼女の本音でもあるのだろう。まだ自分でも手探り状態。恋なのか憧れなのかわからない。そんな曖昧な時期。

 

「嫉妬、は無いです。深雪姉様にも、そしておそらく光宣さまにも、恋い焦がれる様子が見えない。互いに慈しんでいるのに、欲が絡んでいない。――それこそ、仲の良すぎる親子には嫉妬することはあるでしょうが、深雪姉様たちの仲の良さには人の欲がほとんど絡んでいない、純粋な関係だから。誤解しようが無いのです」

 

・・・・・・あら、思ったよりも水波ちゃんが想いを育んでいるみたい。理解度が深い。

恋に恋する期間って女性が近づくだけで血縁関係があろうとも牙を剥く、じゃないけど面白く思わないものだけど、水波ちゃんの恋は静かに想いを寄せるタイプなのかな。嘘をついている感じも無い。

 

「言葉が悪くなってしまいますが、お二人とも人間離れをしていると言いますか。まるで空想上の生き物のようで。嫉妬するのも烏滸がましいと言いますか。次元が違いすぎてそんな気も起きないのです」

 

人外にされてしまった。でもそうか。言いたいことはなんとなくわかった。

私も想像してみた。超絶美少年と絶世の美少女がキャッキャしてたらそれは芸術だ。見ることはできてもおさわり厳禁。童話の挿絵に嫉妬する人間はほとんどいないだろう。要は現実味が無い、そういうことか。

そもそもお互いがお互い、恋愛感情など抱いてないからね。それは嫉妬対象にもならないか。

それからもしばらく他愛ない話をしていたら、ノックが響く。この叩き方はお兄様だ。吉田くんのところに戻る前にこちらに来たのかな。

水波ちゃんにドアを開けてもらってお兄様が入室する。

水波ちゃんが後ろに下がったところで腕を広げるお兄様に身を寄せた。

 

「ただいま」

「おかえりなさいませ。だいぶ暴れられたご様子ですね」

 

抱きしめられると途端に香る独特の香り。

 

「・・・少し箍が外れた」

 

・・・少しではなく思い切り外れた、でしょうに。

お兄様にとって軍の裏切りはあの時を彷彿とさせてしまうので、今回のことは逆鱗に触れたようなもの。一条君を巻き込んで大暴れしたのでしょうね。

軍の被害総額が結構いきそうだな、確か戦車も壊したんでしょう?と他人事のように考える。

実際他人事だ。大亜連合の人間を軍が匿うとは何事だ。操られていたとしても許されるわけがない。むしろこの場合自覚なく操られていたことの方がまずい。

これから軍内でも一高と同じく洗脳チェックが入ることだろう。うちよりもっと厳しいチェックかもしれない。解けると良いね。

 

「ご無事で何よりです」

「ん」

 

お兄様が頭を下げてきたのでなでくりなでくり。

お兄様、慣れない任務でしたけどお疲れさまでした。満点花丸を差し上げましょう。

しばらく抱き合ってから、お兄様は吉田くんとの部屋に戻っていきました。

渋られましたけどね。そろそろ戻らないと彼もやきもきしていることでしょうから。

夕飯は一緒なのですからまた後で、とお別れしたのだけど、残念。泉美ちゃんが頑張りました、褒めてくださいオーラを漂わせて隣の席に。

なんでもスパイがホテルに潜り込んでいたらしい。

それを発見した香澄ちゃんが張り倒そうとしたのを止めて、ホテルに連絡、警備員と(警察は間に合わなかった)現行犯で取り押さえたのだとか。

・・・本当に頻繁にあるんだ。昨年のことがあったから厳重な警備が布かれていたのも知っていただろうに。

でも企業が利用しようとしたんじゃなく、反魔法師のデモに使う予定だった、と自供。

・・・これ、もしかして横浜から密入国したアイツ等案件かな。だから会場周辺うろついてたのがいた、とか?後で確認だね。

周関連じゃなく別働部隊だった可能性が浮上した。

そうだよね、考えてみたら周って誰も信用してないから捨て駒としてももっと近場で用意するよね。使い捨てにできる古式魔法師いっぱいいるんだから。

というわけでお兄様の座る予定だった席に泉美ちゃんが。反対は雫ちゃん。どうやら先に根回しでもしてたかな、お兄様はほのかちゃんの隣に。

夕食は地元の食材を使った食事で大変美味しゅうございました。満足。

・・・だったけど、色々とご不満なお兄様がこっそり私たちの部屋にやってきてわずかな時間でもお茶をして帰っていった。

水波ちゃんも呆れていたけれど、お兄様がお仕事頑張ったのはわかっていたので目を瞑ってくれた。

お疲れさまでした、お兄様。

 

 

――

 

 

論文コンペ当日。

各校の生徒会長は審査員も務めるので皆さんにご挨拶。警備担当の人たちもずらっと並んでいる。

あら、一条君。今日も真っ赤に緊張してるね!・・・リセットされたか。仲良くなったと思ったんだけどね。

その様子を吉田くんがええー・・・という残念そうな顔で見つめている。

でも吉田くん、奥手なところは似てると思うよ。早く下の名前で呼べるようになると良いね。

審査委員の席に行くと、うん、視線が一気にこちらに集中。でも九校戦ともまた違った感じ。

あの時は選手として行っていたから適度な距離感があったのだけど、今日は評価する側だからね。下手なことはできない、という緊張感がある。

開会の言葉だったりお偉いさんの偉ーいお言葉。市長さんの挨拶、等々。その間笑顔キープも面倒だよね。

あくびが出てもおかしくない、と思っていたらお隣の二高の生徒会長の呼吸が乱れた。

ちらっと見れば目が合って、微笑みかけるとぼぼっと顔が赤くなってしまった。

あくびしちゃったねー、と揶揄ったつもりも無いんだけど、申し訳ない。私としては眠いよね、と返したつもりだった。

心の中で謝罪してたらあっという間にトップバッターの発表校の準備が始まった。

さて、私もお仕事頑張りますか。

 

 

 

 

派手さの無い研究発表と聞いてたから体感長く感じるかも、と覚悟していたけれど早いね。あっという間。

お昼休憩の時間です。

昨年中条先輩が来年は貴女だから参考に、当時のメモを見せてくれたけど、あんなにびっしり書くのが普通ですか?私も同じようにびっしり書いたけど、お隣見たらそうでもなかったからびっくり。学校によって違うのかな。

一番近くの扉を出ればお兄様が迎えに来てくださっていた。

お弁当は各自選んで各々の場所で食べていいらしいけれど、お兄様はこの後七草先輩に呼ばれているのだとか。

 

「兄さん、それだったら二人の話が終わるまで待ってるわ」

「気にするな。相手は七草先輩だ」

 

え、気にしますよ。というかお兄様ちょっと不機嫌?

 

「どうかされ・・・しました?」

 

ちょっと意外すぎて敬語が出そうになったので言い直したのだけど。

 

「されたし、したな。・・・あまり思い出したくもないが」

 

・・・・・・えー?七草先輩いったい何をお兄様にしたの?ここまでお兄様が不機嫌なのを見たことが無い。

戸惑っていると待ち合わせ場所に着いたお兄様は、流石に不機嫌なままお会いすることは良くないか、と表情を改めノックしてから入室。

私服姿のエレガントお嬢様七草先輩だ。双子とはお昼別なのかな。それともこれから一緒に取られるのか。彼女の前に弁当は無かった。

そしてさっそく本題に入った二人は名倉さんの死の原因となった男の末路を語った。

私、ここに必要かな。と思わなくもなかったけれど、お兄様が傍に居てほしそうだったのでね。静かに貝になって大人しくしていたのだけれど。

七草先輩は事件解決に胸のつかえがとれたとばかりに微笑まれて――

 

「ありがとう達也くん。これであの夜の件はチャラにしてあげる」

 

大人のお姉さん(成長中)のパチン、とウィンク付き!

おお、これは原作のあのシーン!と感動していたのだけれど、お兄様から抑え込まれていた不機嫌オーラが噴出した!

 

「――チャラにする、の意味が解りかねますが?むしろこちらが訴え出たいところです。お宅のお嬢様の教育は一体どうなっているのかと。俺は止めたはずです。それで羽目を外されたのは先輩でしょう。それでこちらを責められてもお門違いかと」

 

・・・・・・。

お兄様ガチでお怒りです?冗談じゃなく??魅力の低音ヴォイスがですね、恐怖を煽ると言いますか。

七草先輩涙目なのですけど!

 

「あの、兄さん?」

 

ちょっと、抑えましょう?こんなに感情が溢れるなんて素晴らしい成長、と感動したいけれど、その呆れと怒りが先輩に向けられると思うと心臓がキュッとしてしまってですね。

ちらり、とこちらを見たお兄様は少し待っていなさいとばかりに少しだけ目を和らげてから、また先輩に向けられる。

注意というより断罪するような鋭い視線だった。

 

「先輩の方から口にしたのですから、深雪に愚痴を言うくらいの権利はいただけますよね。一応先輩のプライバシーもありますので黙っていたのですが、この場で言ったということは深雪に聞かせても構わないということでしょう?」

 

違うとわかっていながら畳みかけてますね。先輩はただ揶揄いたかっただけだから。

私にあの夜とはいったい!?とお兄様を問い詰めて欲しかっただけだから。

でも先輩。私、そういうことしそうに見える?

今まで悋気を起こしたことなかったと思うのだけど。あ、入学当初のアレがその印象付けたかな。

先輩は止めて!冗談よ!と言っているけれどお兄様は聞く耳持ってないね。どこに落としてきました?ついさっきまで付いていたと思うのですけど。

 

「先輩、兄さん。『あの夜』のことは二人だけの秘密でよろしいのではないでしょうか。そしてお二人して口をつぐんでおいてくださいませ。それがこの件でお二人が喧嘩をしないで済む方法かと」

 

訊きたいけどね、二人の間で何が起きたのか。・・・なんか知ってる原作と違っているようなのでね。

なぜか険悪な空気だし。・・・でも、あれ以上のことって起こる??ベッドに連れ込まれた、とか?

七草先輩は私に感謝を述べてそそくさと出ていった。

部屋には不機嫌なお兄様と二人きり。

どうにもお兄様の方が大変な目に遭ったことは間違いないのではないかと、妹の欲目がなくても思うわけで。

 

(原作だって、お兄様何一つ悪くないのよね。ただ酔っ払いに絡まれて、面倒になって要望通りドレス引っぺがしてベッドに放り込んだだけだもんね)

 

普通なら据え膳を食われてもおかしくない状態。もしくは照れて脱がせなくて、もだもだして――なんやかんや発展しちゃうという展開がお決まりだと思うのだけど、お兄様一切目もくれなかったものね。

・・・お兄様、何も感じないわけじゃない健康な男子の体をお持ちなのに。鋼の肉体と精神をお持ちです。

 

「お兄様。お腹が空いては余計に怒りが治まりませんよ。まずは食べましょう」

 

ね、と語り掛けると、お兄様はすまないと謝罪した。

 

「お前に当たることではないのに」

「お兄様が自分にされたことに憤りを感じて怒られるなんて、私は嬉しく思いますよ」

「・・・だが、怖がらせただろう」

 

曖昧に笑っておく。はい。怖かったです。でもお兄様が、というよりこの空気どうしよ?!の方ですけどね。

お弁当を広げて突き合いながらお兄様はさっそく約束を破って――というより一言も約束するとは言わなかったからね。こうなることは予期してました。

 

「思わせぶりに臭わせて言っていたが何のことはない。ただ彼女の酒癖の悪さに迷惑を掛けられたというだけだ」

 

お兄様は初めこそ後輩として従順に付き合ったそうだ。

私からも大変だったのだから労うようにと言われたこともあって、気分を害さないよう、気を使って彼女の思うように、と。

・・・私のせいで我慢を強いらせてしまったらしい。申し訳ない。

私としてはちょっと付き合ってあげて、くらいの気持ちだったのだけど、お兄様には違ったようだ。

けれどバーに誘われてからの彼女の行動は目に余るものがあったらしい。

そもそもお兄様はお酒を嗜んでいい年齢ではないですね。でも無理やり連れていかれてからの、恋人ごっこ――とはお兄様は言わなかったけれど、学生だとばれたらまずいので下の名前で呼ぶことの強要。

拒否を込めてお嬢様扱いしたらへそを曲げて当たり散らされ、バーテンダーから有力な話が聞けたと思ったら邪魔をされ、二人してテンションが下がったらしい。

・・・うん、まあ、これも原作とそんなに変わりが無いように思う。

バーテンダーが気を利かせてチョコをくれたりしたのだけれど、彼女の機嫌はなかなか直らず辟易したのだと。

拗ねる先輩は想像するだけでも美貌も相まって朴念仁だろうとクラっときてもおかしくないと思うのだけど、お兄様辟易なさったのですか。

・・・まだそちらの情緒が育ってなかったかな・・・。あれだけお兄様自身にお色気成分あるんだから感じていそうなのに。

そして強いお酒を大分飲まれた先輩は足元が大層危うかったらしく、送らねばならないほど酩酊されていたそうだ。

それで部屋まで送ったら送ったで、今度はベッドまで運ばされ、しまいには――

 

「ど、ドレスをっ・・・!!」

 

ぬがせろ、なんてお誘い以外で使うことなどないだろう。いくらお酒に酔っていたって、幼児退行していたからと言って、流石にそれで誘ってないなんて言い逃れができるはずが無い。

先輩のドレス姿を想像して真っ赤になる。

深雪は可愛いなぁ、とお兄様は頭を撫でるけれどごめんなさい。私の頭は今煩悩に塗れているので可愛らしい状態ではない。

先輩の服をお兄様がお脱がしに・・・///。その特典映像はどうやって入手できます?課金??

 

「――深雪のドレスも脱がせたことが無いのに」

 

んん?今、何かおかしな発言が聞こえたような?

お兄様の顔を見上げると、お兄様はなんだ?と不思議そう。あれ?聞き間違いかな。

 

「それで、お兄様は部屋を後にされたのですか」

「留まって変態扱いされるつもりもない」

 

部屋に留まられたら確かに酔いの醒めた先輩から責められたことでしょう。・・・お兄様の女難の相、恐ろしい呪いです。お可哀想に。

 

「お疲れ様でございました」

「とんだ災難だった」

 

・・・お兄様、大きなため息と共にお顔に嫌悪感が。

もしかしてだけど、これをきっかけに女性不信になってない!?

 

「お兄様、以前私もそうでしたが、その・・・お兄様もトラウマになりかけてはおりませんか?」

「うん?トラウマ・・・?ああ」

 

私の、というのはパラサイトの波動の一件である。今でこそピクシーには慣れたけど、あれは恐怖体験だったからね。もう震えることもないし、お兄様を避けたのもあの時だけだ。

お兄様もあの時のことを思い出したけど、首を捻っている。・・・こんな時にあれだけど、お兄様のこういう仕草一つもきゅんとくるよね。すぐときめいちゃう。

 

「いや・・・、どうだろうな」

「え!?」

 

まさか、お心当たりが?!

否定を口に仕掛けて、言い澱むなんて。

それは今後のお兄様の幸せ計画に支障が出てしまう可能性が!?どうしよう?

 

「深雪、ちょっと抱きしめていいか」

「ご存分に!」

 

お兄様の好きなようにして、と手を広げてお兄様を迎え入れる体勢に。お兄様はその私の態度にクスッと笑ってから抱きしめられるのだけど・・・いつもと何か違う?

 

「・・・分からないな。あの時の先輩はドレスを着ていたから制服では違うのかもしれん」

 

・・・ああ、そのシチュエーションにならないとわからない、と。

トラウマってそのものが見えたりしたら発動ってこともあるものね。

 

「それでしたら、先輩のドレスに似たモノをご用意した方がよろしいのでしょうか」

 

そこまでするか、と思われるかもしれないが、お兄様が女性不信になっていたら大変なことだ。どんなことも見逃せない。

 

「それは俺が用意しよう」

 

お兄様、張り切ってるね。・・・トラウマかどうかって今後のお兄様の仕事に支障が出るかもしれないものね。

お兄様の功績があれば四葉の外に出れたとしても、支援者獲得のためパーティーに参加することも増えるだろうし。

もちろん私にできることならなんでもお手伝いしますとも!

 

 

――

 

 

午後の部も順調に始まり、一高の順番が回ってくると、贔屓をしてはいけないということで審査席ではなく一高の応援席へ。公平性に欠けますからね。

お兄様がぴたりとくっついていますが・・・徐々におかしな点に気付いてきました。お兄様、女性不信になってない気がする。

ドレス着てなくても目を逸らすことなく七草先輩に対して警戒心向けてただけだもんね。

途中から出した不機嫌さはあったけど、嫌悪感や恐怖は含まれてなかった。上手く隠してた、とか?

・・・お昼、自然に流しちゃってたけどまさかお兄様ドレス買ってないよね?せめてレンタルだよね??・・・私の勘がレンタルなんてお兄様はしないって言ってるぅー。

どうしよう、今更キャンセル聞き届けてくれると思う?この楽しみにしているお兄様が。ええ、注文した店じゃない。注文したお兄様が、である。

 

「どうかしたか?」

「いえ・・・今までで一番大きな拍手ですね」

 

拍手が大きいので周囲には聞こえないだろうと、小声でお兄様の耳元で話しかける。

一高が褒められれば嬉しい。お兄様や先輩たちのあの忙しさが報われる瞬間だからね。正しく評価を頂けているようで安心しました。

 

「内容も十分革新的だ。流石五十里先輩だな」

 

お兄様も親しい先輩が高評価で嬉しそうです。うんうん、順調な成長っぷり。親しい人が褒められるって嬉しいことよね。

お兄様の心の成長ぶりに感動していたいところだけれど、一高の発表の後はすぐに戻らなければ、と立ち上がったところで会場にざわめきが。

舞台に、まるで光が差し込んだように眩しくなった。

 

「んっ、あれは」

「あら、光宣君だわ」

 

光宣君は準備で忙しいのかこちらに気付いていない様子。他の生徒たちと一緒に準備しているようで、彼が浮いてないで仲間に入れてもらっているように見える。

 

「・・・もしかしてこれが」

「ああ。俺たちに内緒にしていたのはきっとこれだな」

 

確かにびっくりしましたとも。

二人して微笑ましく笑い合って元気そうな姿の光宣君をしばし見詰める。

っと、そんな時間無いんでした。

 

「審査員席に戻らないと」

「気をつけてな」

 

ああ、通路に人が呆然と立ってますからね。皆光宣君の美貌に釘付けだ。無理もない。

あのお兄様の視線をも奪ったのだ。お兄様の言う通りに障害物に気をつけて避けながら審査員席に。間に合ってよかった。

そして彼の演説は完璧だった。

人前に立つことなど皆無に近いだろうに、堂々とした話し方。声の抑揚も耳心地よく、とても落ち着いていた。

でもね、親心の芽生えた私には、ハラハラドキドキが凄くてですね。

頑張れー、頑張れー。その調子~。と心の中で声援を。

そして発表が終わると一瞬の静寂の後万雷の拍手。スタンディングオベーションまで起こった。うん。これはしょうがない。

彼の美貌を抜きにしても、発表内容も素晴らしかった。

 

こうして魔法科高校に新たなスターが誕生した。

 

手が痛くなるほど、とは淑女らしくないのでできないけれど、心を込めて拍手を送ると去り際にチラリと視線を向けてくれた。

そこでパチンとウィンクを送られたのだけど、周囲の生徒会長たちがバタバタと倒れた。・・・流れ弾に当たった模様。南無。

これを見ちゃうと同じ物は返せないね。堅苦しいけど目礼だけ返して周りの介助に回る。

皆、熱もありそうですね。本当、魔性の少年です。

最後にやらかすやんちゃっぷりも可愛いね。直接褒められないのが残念。

 

 

 

 

帰宅のバスの中、皆まだ最後の余韻が残っているかのようにぼんやりしていた。

負けて悔しいはずなのに、誰もが夢の中から抜け出せない。そんな状態。

だけど負けて一番悔しいはずの五十里先輩が、あの発表内容ではこの順位は妥当だ、と納得されていることもあり、そんなに落ち込んだ様子もないので空気は悪くなかった。

 

「深雪と美貌で並ぶ男の人がいるなんて・・・」

「あれはびっくりする」

「入学式の衝撃思い出しちゃった」

「私も」

 

ほのかちゃんと雫ちゃんの話に苦笑する。やっぱり私を引き合いに出すあたり一高生だよね。

 

「いや、ウチの生徒だけじゃないだろう。彼を見た後深雪を見た生徒は多かったぞ」

「そうなの?」

 

それは気付かなかった。

 

「でも可憐さなら深雪先輩の方が上回ってます!」

 

泉美ちゃんが熱弁してくれるけど、男の子に可憐さは・・・五十里先輩がいたか。じゃなくて。比べないでどっちも美しいではだめなの?芸術作品は最終的に人の好みだと思ってる。

こうして二年目の論文コンペは優勝を逃したものの、表向き無事何事もなく終わったのだった。

 

 

 

 

・・・これで、終わればよかったのだけど。

 

 

――

 

 

「お兄様、こちらは?」

「深雪に着て貰うドレスだ」

「・・・あの、一着はわかるのですけれど」

「ついでだ」

 

なんの?!って言うか小物も揃っていますね?!

帰ってきたらそのタイミングで配達員が大きな箱を抱えてやってきた。

このご時世、人が運ぶのも珍しい。相当高価なものか、ロボットが足りない時間指定の場合か。

今回の場合は前者だった模様。

お兄様が確認をして中に運んで――私の部屋まで持ってきてくれたのが、それらだった。

Aラインの黒のワンピース。その箱の下にはレースが見事なこれまたワンピースだ。

 

「先輩はこのような組み合わせだった。デザインは別のものにしたがな」

 

・・・うん、記憶していたものはちょっと違うね。主に胸元が。こちらは先輩のように開放的ではない。

 

「着てみせてくれないか」

 

一応トラウマのチェックだからね。お付き合いしますけれど・・・お兄様、試着室のように部屋の外に出ていかれました。

待たせるもの良くないのですぐに着替えるのだけど・・・うん、お兄様私のサイズ知ってるから問題なくぴったりです。

そしてレースが思ったより華やか。肌を覆っているのに、肌色とのコントラストが見事に調和していて、お酒でも飲んだら白い肌がピンクに色づいてお花のようになりそうだね。・・・え?えっち。とってもえちえちに見えるのは私の煩悩のせい?

着る前まではエレガントで綺麗、だったのに??

 

「終わったか?」

「は、はい。どうぞ」

 

声を掛けるとお兄様が入ってきた。そしてじっくりと私を眺めると表情を和らげて。

 

「やはりな。白い深雪の肌が浮かび上がって花のようだ。だが部屋の明かりだと明るすぎてはっきりと見えてしまうな。ライトまでは考えていなかった」

 

・・・ああ、お高いレストランとかバーでは明かりが落とされているものね。えっちく見えるのはその所為でしたか。

 

「綺麗だよ。その服に合わせて真珠のブローチを用意したが、お前のその肌の前では霞んでしまうな」

「・・・その・・・お褒め頂いて嬉しいのですが・・・ブローチも、」

 

買ったの、なんて愚問だと気付いて口を噤む。その意匠素敵ですね。とても好みの落ち着いたデザイン。このワンピースにもよく似合うかと。

 

「お兄様、つけていただいてもよろしいですか?」

「気に入ったか」

「はい。とても素敵なデザインだと思います」

 

お兄様に着けてなんて、させることも申し訳ないし恥ずかしいけれど、そうでもしないと肌に負けたとかいう理由でお蔵入りにされそうだったので。流石にそれはもったいない。それに素敵なのも事実。

お兄様は箱から取り出して私の胸元に当てて、何処に付けるのがいいか考えている。

 

(・・・これ、もう確定だよね)

 

「お兄様」

「ん?」

 

位置が決まったのかお兄様が服に手を入れてピンを止めようとしているけれど、これもすごい光景だ。頬に熱が集まるけれど、言うことは言わねば。

 

「トラウマ、無さそうですね」

「・・・まだわからないぞ」

 

お兄様、つける手が一瞬止まりかけましたよ。

しっかりついたのを確認するとくるっと回されて姿見の前に。お兄様の手が逃さないとばかりに肩に乗っている。

お兄様のチョイスに間違いが無いのか、深雪ちゃんが何でも似合ってしまうのか。

どちらもあって相乗効果で美が完成している、ということかな。

鏡越しに、お兄様と目が合う。

 

「俺の目も捨てたもんじゃないな」

「これ以上ないくらい調和しているように思います」

 

実際よく似合っていると思う、と伝えれば、――鏡越しでも伝わる色気って何ですかね。恐ろしい。

すぐ近くに顔があるのもわかってるから振り返ることができない。できることなら目を瞑りたいけど閉じた瞬間、何かが起きそうで閉じることもできない。

びくびくしているのが伝わったのか、お兄様がくすくすと楽しそうに笑った。

おかげでお色気モードは解除されたけれど、・・・お兄様、慣れない任務でスケジュールをパンパンに詰めたり、そもそも新魔法の開発で忙しかったものね。おかしくなっても仕方なかった。

ストレス発散が上手くいかないというより詰め込み過ぎなんだよね。・・・お兄様に必要なのは妹ではなくスケジュール管理のできる秘書では??

 

「今度秘書の勉強でもしましょうか」

「深雪が秘書を?何故だ」

「だって・・・お兄様があまりにも無茶をなさるから」

「俺のために?それは嬉しいが、俺は特に――、もしやまた溜めている、か」

 

お兄様気づきました?ドレスを何の違和感も抱かずに購入してしまっている時点で正常な判断は失われていましたよ。

トラウマ調べるだけだったらこのワンピース一着でよかったのに、まだ身に付けていないドレスが二着も。

しかも小物も併せてだから結構な数ですよ。靴も三足?・・・この時代でもクーリングオフ期間ってありますよね。

え、購入したモノはそのままで?今ならまだ未開封です。まだ間に合う。

・・・というより怖いのですがいったいいくら散財しました??

よく見なくてもアクセサリには本物の石付いてます。イミテーションじゃない。

心の赴くままに注文しましたね。いつも私が高いのはちょっと、と遠慮するから。

四葉関連以外では一般家庭の枠をギリギリはみ出さない程度にしているのに。今回は七草先輩クラスだ。お嬢様クラス。

もしかしてですけれど、今正気に戻られたのは、思い切りお買い物を楽しまれたことでストレス発散になっていました?

思い返せばサマードレスの時といい、水着の時といい、ストレスの多い時期ではありましたね・・・。お兄様に浪費のフラグが。

 

「あ~、すまん」

「いえ、私も気づきませんで、申し訳ございませんでした」

 

お兄様はやらかしたことを、私はストレスをため込んだことに気付かなかったことを互いに謝り合って・・・。これらはどうしましょうかねぇ。

 

「ドレスはもう、このままで。また雫に呼ばれることもあるかもしれないしな」

「そう、ですね。・・・今日は疲れましたので他のドレスを合わせるのはまたの機会に。お兄様がゆっくり休める時にでもしましょうか」

「そう、だな。必ず休みを取るとしよう」

「その休みを取るために無茶をするのはダメですよ」

「・・・努力する」

「お兄様は努力しすぎです。初めのペース配分から気をつけましょう」

 

私の忠告に、お兄様はちょっと目を丸くしてから口角を上げた。

 

「深雪はいい秘書になれそうだな」

「雇ってくださいますか?」

「深雪を雇うためには一生懸命働なかいとな」

 

・・・私は一体いくらで雇われるのか。ゼロがやたらと多そう。

 

「では、せっかく着ましたが、このワンピースも片しましょう」

 

少し名残惜しくてワンピースの裾をひらりとやったところでお兄様に異常が発生した。

 

「・・・っ」

「お、お兄様!?いかがいたしました?!」

 

急にしゃがみこまれたお兄様に驚いて私も膝をつく。

お兄様が頭を抱えていた。もしかして本当にトラウマが?!えっと、こういう時ってどうすればいいんだ!?

慌てふためいていると、お兄様が私の肩にそっと手を置いた。その手にいつもの力はない。

 

「・・・心配しなくていいよ。これは、疲労時の酷い考えを思い出して頭が痛んだだけだから」

「一体何をお考えに?」

 

お兄様が頭を抱えるほどの問題って、とても怖いのだけど。

 

「深雪は知らない方が良い」

 

いつぞやのセリフですね。

私もこれは聞かない方が良いと思うのだけど――様式美というのがあってな。オタク、そういったものは避けられない宿命にある。

 

「お願いします。お兄様お一人で苦しまないでください」

 

でもあの時のような熱量が無いのは許してください。

脳内でイマジナリーお母様がおやめなさいって止めるのです。私もそう思います。好奇心は猫ちゃんをも殺すんです。

知っていてもなお、前世の業が私を突き動かしてしまった。

そして。

 

「分かった。かなりショッキングな話だから、心を強く持って聞いてほしい」

 

お兄様、ノリがいいね。お兄様にとってあのお話は本当に辛い話だったのにノリのため使いますか。お兄様も案外お茶目――

 

 

 

「・・・トラウマ確認のため、深雪の服を脱がすつもりだった」

 

 

 

あーうん。

・・・らしい、とお兄様は他人事のように付け加えて更に項垂れた。

・・・・・・・・。

だめだね、ショック過ぎて言葉が出ないよ。

ちょっと深呼吸が必要だ。落ち着こう。びーくーる。

 

「お兄様、今日くらいは何も考えずにお休みください。お兄様はお疲れなんです」

「・・・ああ。俺もそう思うよ。今日はこのまま部屋に戻って休むとしよう」

「それがよろしいかと」

 

私ももう思考が停止しています。何も考えられない。

 

「ではお兄様、おやすみなさいませ」

「おやすみ」

 

 

 

 

結論。お兄様に女性不信のトラウマは無かった。

けれど、ストレスを溜め込むことで生じた今回のトラブルにより、お兄様は心に深い傷を負い、改めて自身のスケジュールを見直すきっかけにもなったそうな。

怪我の功名、かな。

 

 

 




これにて古都内乱編完結です。

次の前後編で本編は完結します。
何とか早めにUPできるよう頑張りたいところですが、すでに修正箇所が多すぎて・・・。なるべく早いうちに、何とか。
本編に甘さが少ないと番外編に甘いモノが放流されてしまいます・・・。

感想や評価、お気に入り登録、ここすき等いただきありがとうございます。
特に誤字修正は助かります。まさか光宣君の名前をずっと間違えていたとは・・・

お読みいただきありがとうございました。
もう少しお付き合いいただければと思います。
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