妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!(修正前)   作:tom200

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最終回。
R-18までいかないまでも近い内容が含まれますのでご注意くださいませ。


四葉継承編 後編

・・・お兄様に女性として愛されていたのだという驚くべき事実を胸に深く刻み込まれた翌日。

朝からおめかしされて大忙し。

昨晩の余韻に浸っている時間などほとんどなかった・・・わけでもなかったのだけれど。

 

 

朝起きたら腕枕をされた状態でお兄様のどアップからの微笑みを向けられて、これは夢だなともう一回目を閉じたのは仕方のないことだと思う。

でも閉じたのは大失敗だった。

お兄様、目を閉じたらキスしていい合図だと思っているのか、顔の至る所に口づけられた。

慌ててだめだと、止めてとお願いしても宥めすかされ最終的に何度も唇を啄まれ、新年早々意識を失うところだった。

そう、新年だ。年が明けた。

だから初日の出をお兄様と見たいのだと訴えればお兄様はようやく止まってくれた。

そして抱き上げられて窓へ移動し、いつの間にか手にしていたデバイスを操作して飛行魔法で屋根の上に。

寝間着のままだったので冬の早朝は寒すぎる。お願いしていいか、とお兄様が取りだしたのは私のCADで。流石お兄様、準備が良い。

すぐに二人の周りから寒気を退けて明るくなりかけた空を見上げた。

もう寒くはないようにはしたけれど、それとは別でぴたりとくっついた身体は互いの熱を上昇させる効果があるのかポカポカと温かい。

眩しい光に照らされて、今年も二人で新年を迎えられた。

けれど昨年とは違うことも。

例年のように新年の挨拶をするよりも早く、お兄様が訊ねられる。

 

「キスしてもいいか」

「・・・先ほどは聞いても下さらなかったではないですか」

「あの時は深雪が目を瞑ってくれたからね」

 

・・・これからはお兄様の目の前で不用意に目が閉じられなくなったらしい。

つまり私が今目を閉じるのは、意識をして、とのことになるわけで。

大変、たいっっへん恥ずかしいけれど、自身の羞恥心よりもお兄様の要望に応えたいと思ったので、震える瞼をゆっくりと下ろした。

そっと触れるキスは優しくて、恥ずかしいけれど気持ちがいい。

 

「そんな顔をされてしまうと、止まらなくなってしまいそうだ」

 

そう言いながらも顔を離したお兄様は、キス同様優しい笑みを浮かべられていて、昨夜のような強引さなど微塵も見られなかった。

おかげで緊張することなくお兄様の腕の中に身を委ねることができるのだけれど。

 

「明けましておめでとう」

「明けましておめでとうございます、お兄様」

 

新年の挨拶をして。

 

「今年の目標はお前に恋をしてもらうことだな。そのためにもどんどんアプローチをさせてもらおう」

「・・・お手柔らかにお願いします」

 

昨夜、まだ自分の気持ちがわからないという私に焦ることはない、とお兄様は猶予をくださった。

婚約してから結婚するまでの間に、恋をしてもらえるよう努力すると宣言されたお兄様だけれど、今年の目標がそれとは気が早すぎませんか。短期決戦を希望されてる?

・・・というか、すでにもうその淵に立たされているような気がするのは私の気のせいでしょうか。今にも落っことされそうなのだけれど。

まだ落ちてないと言えるのは、深い沼にはハマっているのだけれど、そこはオタクの粘度の高い泥沼であり、恋の沼とは別種だと思うので。

 

(お兄様の幸せは願えるのだけれど、恋をしてるかって言われると、違うのでは、と思わなくもない。これまでお兄様に近づく女の子に嫉妬したことが無いし、今後そんなことがあるのか、想像もつかない)

 

愛は向けることができても、まだ恋を抱いてはいないのではと思うのがそこだ。

恋とはずっとほわほわ温かいだけではなく、じとじと湿っぽい部分もあるはず。じりじり焦がれたり、つんつんしてみて気を引きたくなったり。

一方的に与えるのではなく駆け引きをするのが、恋。

そんな深雪ちゃんは絶対に可愛いと思うけど、自分が、と思うとまだその域には達していないように思う。

難しいね、恋心。私にもその芽は植わっているのだろうか。

本人でも不安になるそれを、お兄様は待っていてくれるのだという。

まだ、この先のことはどうなるかわからないけれど、これも一つのお兄様の選択肢。

お兄様のその配慮に感謝しつつ、期待に応えられるよう、私も努力しよう。

全てお兄様任せにするのではなく、私からも歩み寄ろう。

 

(私の目標はずっと変わらない。全てはお兄様の幸せのために)

 

どれだけ周囲の状況が変わろうとも、それだけは変わらない、私の指針。

 

 

――

 

 

お互い正装を身に纏い、互いに見蕩れて頬を赤らめるという恥ずかしいイベントを熟しつつ始まる慶春会。

そこからの流れはほぼ原作通りだった。

控室での年の近い親戚同士のやり取りは和やかだった。

この場に勝成さんは顔を見せなかったが。毎年ここにきているんだけど、とは夕歌さん情報。

今日は彼らも主賓の一人・・・とまではいかないだろうけど、話題の人になる予定だから。こっちには顔を出さないのだろう。

・・・けして、私たちにぐちぐち言われる可能性があるからとかではないと思いたい。

そして夕歌さんからの謎のアドバイスね。

そうですか、これから腹筋を鍛えられる試練が待ち構えているのですね?お兄様、一緒に頑張りましょう!

そう気合を入れて出陣したのだけどね。

そこを出てからいつもと様子の違う水波ちゃんに案内されて会場入りした時の、あの笑ってはいけない24時感がヤバかった。

時代錯誤もいいところ。白塗り麻呂眉がいないことが信じられないくらい時代トリップしたような儀式めいた挨拶。

深雪ちゃんとしてあるまじき噴出し方をするところだった。夕歌さんにも教えられ、原作知識を知っていてもこの威力。本当、ヤバかった。

考えたけどあのお兄様がこらえている時点で異常事態だよね。

だけどそれもすぐに見慣れた光景に早変わり。お辞儀から顔を上げるだけで魅了してしまう深雪ちゃんの美貌よ。飾り立てた正装だから一層視線が集中する。

こういったかしこまった会でいつも以上の歓声が上がるのは、周囲を気にしなくてもいい、本当に身内だけの会だからか。

私たちが案内された席は叔母様の両隣という、とんでも席。

当然私の容姿で盛り上がった時と違い、どよめきが起こるけれど、新年の挨拶を叔母様がすると皆一斉に声を揃えて挨拶を唱和する。

軍人並みの統率された挨拶だった。すでに赤ら顔のおじ様おじい様方もいるのにね。身に染みついてますか、そうですか。

三つの重大発表があると言って始まった会。

一番に喜びの報せとして発表されたのは勝成さんの婚約とそのお相手。

ざわめきこそ起こったものの浮かんでいる表情は非難するモノではなく喜ばしいと祝うものばかり。

・・・勝成さん、やっぱり根回ししてたんだろうな。普通ならこんなに満場一致で受け入れられないよ。

なにせガーディアンとの婚約なのだから。平民、というより奴隷に近いか?のお相手がお貴族レベルの分家次期当主とくれば格差は歴然。

だけどここまで受け入れられているということはそれだけ勝成さんが根回しをしまくり彼女のことを大事にし、彼女も分を弁え礼節を重んじていたから反感を買わずに受け入れられたのだろう。

本当に分を弁えるならば身を引くのが筋なんだけどね。勝成さんが離さなかったのか、はたまた彼女も残りわずかな命を自由に生きたくなったのか。調整体だからって今すぐ儚くなるかはわからないけれど。

そんなシンデレラみたいなお話だが、四葉は身内に関してだけ愛情深い一族。愛があれば多少のことは目を瞑る。

・・・だからこそ、愛があるから身内殺しに踏み切るかまで行っちゃうやべぇ一族なんだけど。訂正する。多少じゃないね、愛があればたいていのことは目を瞑る一族でした。

彼らの結婚の話題を温かく受け入れられた会場の空気は、しかし続くご当主様からの『めでたい』『良い報せ』によって一変する。

 

 

次期当主の発表、次期当主の婚約、その相手が身内にさえ隠されていた現当主の息子であるという、立て続けに無造作に放り込まれる爆弾発言で会場は大混乱だった。恐慌状態とも言えた。

 

 

叔母様楽しそうね。流石愉快犯。あげて落とすはお手の物。

三つの重大発表って勝成さん含まれてなかったのね。ひどいひっかけ。

とんだ爆弾発言が落とされた場でも大して糾弾するような言動が飛び交わなかったのは、叔母様がこの場をコントロールしているから。

・・・私も、その手腕を見習わなければ。

いくつか飛んでくる質問、疑念の声に、叔母様は一つ一つ丁寧に答えていく。全て台本が用意されていたと言わんばかりに。

お兄様を息子と呼ぶ理由、迎え入れるとの発言は今すぐにではないこと。

まだしばらく司波として高校生活は今まで通り送らせることを説明した。

 

「婚約者とはいえ、高校生の男女が同居というのも道徳的にどうかと思いましたが、」

 

過ちは起きない、と続くのでしょう。それはそう。昨夜こそあんなことがあったけれど、お兄様の鋼の精神があれば問題など起こらないだろうし、そもそもうちは水波ちゃんを含めて三人暮らし。

そのようなアレは水波ちゃんへの配慮もあって行われないはずだ。

だから大丈夫――

 

「そもそも魔法師は人手不足。いつでも大歓迎よ」

 

・・・・・・。

・・・あれぇ?台本を読み間違えていませんか叔母様。コロコロと愉しそうに笑っておいでですけれど周囲を見てください。赤と青が点滅してますよ。叔父様方器用ね。

そして――亜夜子ちゃんは反論しようとする貢叔父様の横で可哀想なほど青ざめていた。

これは確かに心配になる顔色だ。叔母様がすぐに席を退出させるために口を開くのかと思ったが、これまた筋書きとは違うセリフが美しく微笑みを形作る唇から飛び出し空気を凍り付かせた。

 

「ふふ、深夜が抱けなかった孫を私が抱いてあげられるのね。楽しみだわ」

 

叔母様の口から再び母の名が上がるが、先ほどお兄様の出生の説明で代理で産んでもらったと話した時とは違う、優しげな笑みに周囲は困惑した。

叔母様の声からは母をあざけるようなモノは一切混じっていなかった。むしろ優しく響いて聞こえたくらいだ。

こんな彼女を、彼らはもう20年は見ていなかった。だからこそ信じられない。葬式の時でさえ作り物めいた表情を浮かべていた彼女が、自然と微笑む姿が。

叔母様たち姉妹の関係性を昔から見てきた大人たちがまだ完全に受け入れられてはいない状況の中、叔母様が手を叩く。

すると控えていた葉山さんがカートを押してきた。ちょこんとそこに乗っているのがプロジェクターであることはこの場の誰もがわかったことだろう。

ただ、これから一体何が行われるのかは誰一人としてわかっていなかった。

 

「皆さんに見ていただきたいものがあるの」

 

叔母様の号令で場が一時的に暗くなる。

そして、そこに映し出されたのは――懐かしき、麗しの母の姿。

あの、儚くなる直前の、美しき輝きを放つ、叔母とそっくりでありながらも、その儚さと表情から別人を思わせる貌。

誰もが息を飲んだ。その美しさと、これから何が行われるかわからない恐怖に呑まれていた。

 

 

 

「皆さま、ごきげんよう」

 

 

 

懐かしき、美しい旋律。

力こそ無いものの、だからこそ素の声の良さが際立つ。

 

「この映像が流れているということは、真夜の夢が叶った、というところでしょうね。おめでとう、真夜」

 

懐かしき、その微笑みに涙がにじむ。

けれどその笑みは家族にはよく見られたものでも、親戚一同が見るのは十数年以上前のことだったのだろう、動揺を口にするも無意識のようで画面に釘付けになって動けないでいた。

それに、叔母様に向けての言葉も彼らを混乱に陥れる要因だったのだろう。

叔母様と母は最期まで和解できなかった、姉妹の仲は冷え切っていた、そう思われていたから。――事実、心内はどうであれ表面上はそうであったから。

私たち兄妹が外で暮らすようになったのは叔母様が母を厭うてのことで、母が死んでも戻されなかったのはそういうことだと皆信じていたのだ。

事実、私が把握しているのも同様。最後まで叔母様は母に温度の無い笑みを向け、母も表情を動かすこともなく、笑みも返さなかった。最期の、その時まで。

でもそれが母の意地だったことを知っている。

双子の姉として、妹の意思を尊重し、彼女に遺恨を抱かせないために、印象を残らせないよう静かにフェードアウトするように。

傷つけた己が、許しを請うなどできないと。

それに、母は後悔などしていなかった。あの時の選択は間違っていないのだから謝罪することはできないのだと。そう自身を戒めて。

 

 

「そして、このような機会を与えてくれたこと、感謝しているわ。ありがとう」

 

 

親愛の笑みを浮かべる母は美しかった。

私の理想、嫋やかであり、強かでもある貴婦人。

誰もが画面に映る母の姿に釘付けだった。

 

「さて、皆さんにお伝えしたいことがあって、このような映像を残すことにしました。

私がこのように皆さんの前に顔を出すこと自体ほとんど無かったから、もう私のことを覚えてもいないかもしれないですね。それほどまでに、晩年の私は表に出ることを避けていましたから。

――嫌でたまらなかったの。皆さんからの、可哀想な女と見下すような視線が」

 

口元に笑みを残しながらも放たれた冷やりとした視線と声は、魔法を使っていないはずなのに私たちを身震いさせるだけの効力をもたらした。

ただその口元に、その眼差しに感情を乗せるだけで雰囲気をがらりと変える。

見事な印象操作。その場にいることが無くとも、場を掌握する母の姿に、最高の指導者だったのだと改めて実感する。

まあ、この場で感動に身を震わせているのは私だけだろうけど。

 

「勝手に不幸な女と決めつけられて、同情されて。とても惨めな気持ちにさせられたわ。とはいえ、それを悲しむような心は持ち合わせていなかったけれど、怒りのような強い感情は揺れ動くみたい」

 

この場で、映し出された映像を青い顔で見つめる大人たちは、皆お兄様に施された手術を知っていて、それが原因で母の感情が希薄になったことを知っている人たちなのだろう。

その彼女が、怒りを持っていたという。

それが今、彼らにどれだけの衝撃を与えたことか。大の男が蒼い顔をして身を竦ませている。

 

「次期当主、現当主の真夜に嫌厭されていると遠巻きにされて、生んだ息子は出来損ないと蔑まれ、優秀な娘ができたら今度は次期当主になるだろうと褒めそやかしながらも、不出来な兄を傍に置くのは教育上よろしくないのでは、なんて忠告まがいのわかりやすい牽制。

――全くもって愚かしいこと」

 

冬の寒さも手伝って、この空間は極寒の地へ変わり果てた。吐き出す息が白い気さえする。

この撮影をした当時。死を間近に控えているはずなのに、生命力を感じられないほど弱っているはずなのに、畏怖を抱かせるほどのこの迫力。

 

「私はあなた方に同情される謂れも、不幸だと思われる理由も全くないわ」

 

母は誇り高い人だった。

同情や哀れみなど屈辱以外の何物でもなかった。

 

「努力を惜しまず、逆境に抗いながら邁進する自慢の私の子供たちよ。愛する子供たちに囲まれて、楽しい日々を送っている私を、自分たちの勝手な思い込みや思惑で不幸にしないで」

 

勝手に決めつけられるなんてまっぴらごめん、と不快感をにじませてから、蔑視するような視線を向けた後、

 

 

 

「私は今、十分すぎるくらい、幸せなのだから」

 

 

 

嫋やかに微笑まれた。

 

 

(ああ、お母様に叱られてしまう・・・)

 

涙が頬を伝う。

それをお兄様がどこからか取り出したハンカチで拭ってくれているけれど、チラリと見るお兄様の表情が、今のお母様のお顔とそっくりな笑みをされていて、それがまた私の涙を誘い、お兄様の笑みが深くなって――この繰り返しにここは四葉の本陣ど真ん中だというのに心が隠しきれない。

次々とあふれる涙がハンカチに吸い込まれていく。

その間も、母の言葉は途切れない。

 

「皆さん誤解しているようだけれど、私の息子はね――誰も恨みもしてない。元よりできるわけがないのだから恐れることなんてなかったのに。

貴方達が真に恐れるべきは達也ではなく深雪なのよ。達也には深雪しか残されていない。その深雪が四葉を大事に思っている限り、達也は四葉を滅ぼさない。しないように立ちまわる。我が一族の最強の矛であり盾になるでしょう」

 

お兄様に衝動的感情が残されていないのだから、人を恨むことすらできないのに、一体今まで何を恐れていたのか、と呆れているとばかりにため息交じりで話しているけれど、実際はもう疲労により言葉が続かないのだろう。

撮影をした日を覚えている。

体調が良いということで残せるものを残したい、と機材を用意させたのは母だ。

その頃はすでに体調が良いと言っても起きていられる時間が長いというだけであって、何かができるほどの体力はなかった。

撮影時は部屋を追い出されていたので、終わったと呼ぶベルの音に入室した際のぐったりとしている母の姿に、一体どんな無茶をしたのか、と思ったものだが。

これを見て、すべて合点がいった。

母は、見返してやりたかったのだ。そして自分がどれほど幸せなのか、見せつけたい、と。

映像が終わってしまう予感にまたポロリと涙がこぼれ落ちた。

 

「後悔なさると良いわ。私の、いえ、正しくは私と真夜の息子ね。私たちの息子に対しありもしない影にひたすら怯えて過ごした日々を。自分たちが苛め抜いた復讐をされるのだと自分勝手に恐れ戦いていたことを」

 

 

最後に見せたのは、お母様渾身の悪役顔。蔑むような冷笑は、去年九校戦で私が見せたモノよりも数段美しくも恐ろしいものだった。

雫ちゃん達にあれは悪役を演じただけだろう、と言われるのも納得だ。私にはまだこの迫力が足らなかったのだから。

 

 

――

 

 

「ふふ、皆さん顔色が随分と悪いようね」

 

四葉真夜が笑う。

ふふ、と初めは小さく上品に。

けれど徐々に笑いが大きく高くなっていく。

それが周囲の恐怖を煽る。

誰もが何も言い出せない空気の中、打ち破るのも彼女だった。

 

「なら深夜の復讐ついでに私も晴らしちゃおうかしら」

「ふ、復讐!?ご当主様、これは一体!?」

「これが復讐でなくて何だというの?16年以上もの間ずぅっと、黙っていたのよ。皆さんに腹を立てていたことも、ありもしない恐怖に怯える必要は無いと伝えることもせずに」

 

貴方達が苦しむのを楽しんでいたのね、なんて意地悪く嗤っている。――彼女も、腹を据えかねていたのだ。

 

「我が姉ながら天晴だわ。こんな素敵な幕引きを用意していたなんて。最高よ」

 

そして仲違いをしていた姉を映していたスクリーンを嬉しそうに見つめ、褒める彼女の顔には負の感情など一切ない。

曇りなき晴れやかな笑みに呆然となって見つめるのは、復讐対象者たちだけではない。

何も含まないだろう叔母様の笑みを、皆初めて見ただろうから。

でも、それも一瞬。

そんな皆の様子をこれまた楽しそうに眺めながら叔母様は手に扇子を持って口元に運ぶ。

広げられていないのでにんまりと吊り上がる口元が良く見える。

 

「皆さん、ずっと不安だったんじゃない?私がこの四葉を守ってくれないんじゃないか、って。運営自体は回っていたけれど、不安要素を抱えているのにそれをいつまでも自由にさせているようにしか見えないから。私からも恨まれているんじゃないかって思っていたのでしょう?とんだお門違いだけれど」

 

くすくすと笑う目は、ひどく冷ややかだ。表情は違ってもその目だけは先ほどの母とそっくりだった。

 

「私が恨んでいたのはこの残酷で理不尽なこの世界。姉を恨んだことが無いと言えば嘘になるでしょうけど、今では綺麗さっぱり。むしろ感謝しかないわ。だって、あの人は愛する息子を生んでくれた。そして私と二人の子だと、認めてくれた。それだけで蟠りなんてなくなったの。今ではもっと早く仲直りをすればよかったと思わなくもないけれど、私たちにはこのくらいで良かったのかもね。流石、姉さんだわ。本当――誰かさんの言う通り(・・・・・・・・・)とても四葉らしい、愛情深い女性だった」

 

そこで言葉をいったん切って、つん、と顎を上げた。

 

「姉は、深夜は四葉の誰一人として恨んでなんかいなかった。疎ましくは思っていても、ね。優しい姉なのよ。昔からずっと変わらない。そのことを皆さん忘れてしまったようでとっても悲しいわ」

 

その言葉に数人の男性が俯いた。

仲の良かった双子をよく知る人たちなんだろう。黒羽の叔父様も目を逸らしていた。

 

「ああ、そうそう。達也の力を侮るのも良いけれど、私と深夜の息子だということを忘れられては困るわ。さっきも姉さんが言った通り、深雪さん同様とても勤勉で、とても優秀な自慢の息子なの。今まで故あって意図的に不出来ということにしていたけれど、こうして息子として公表できたからには考えを改めていただけると嬉しいわ」

 

お兄様の魔法力は世間で言えば劣等生なことには変わりない。それは叔母様もわかっているだろうに実力を認めろと言うことは、ある程度の情報を解禁することにしたのだろう。

――これから起こるだろう事件に四葉全体で立ち向かうために。

 

「今年はどうにも波乱が多いようです。国内だけでなく国際情勢が不安定になるだろう情報も耳にしています。内部で争う時間など在りはしないのです。我ら四葉一丸となって、乗り切りましょう」

 

新年らしく今年の抱負を語る。

それは予言のようでいて、裏付けの取れている確かな情報であった。

そして叔母様は先ほどの母とそっくりな、けれども母よりも少々毒を含んだ笑みを浮かべて告げる。

 

「どんな手を使っても、我らの四葉を守りましょう。力とは壊す為だけにあるのではないのです」

 

この言葉が差す意味を、分家の当主たちは深く理解させられただろう。

 

 

――破滅に導くという力を使ってでも、退けねばならぬだけの危機が迫っているのだ、と。

 

 

静まり返る会場に、叔母様はある程度満足されたのか、隣に座る私に向けて毒気を抜いた笑みを向けられた。

 

「深雪さん、先ほどまでの反応を見るに、貴女は深夜の遺言は見ていなかったの?深夜の映像をくれたのは貴女でしょう?横浜の騒動の後に」

 

貰った時は驚いたわ、とくすくす笑われているけれど、ちょっぴり視線が鋭いのは驚かされたことへのちょっとした意趣返しか。

何も言わずわざわざぬいの衣装とセットで手渡しでお渡ししましたからね。

だって、もし亡くなった直後に叔母様宛です、なんて渡したところで観なかった可能性が大きかったでしょう?

直前見舞いとして現れた時の冷戦風景見させられたらそう思いますって。

だから時期を見計らって、二つの映像記録を渡したのに。

中身は知らないが、恐らく一つは叔母様にだけ残したメッセージ。そしてもう一つが、今回のドッキリ映像だったのだろう。

ええ、ドッキリです。皆復讐ビデオだと思ってるみたいだけどそうじゃない。

なぜなら彼女は、この撮影をすると話した時、――それはそれは見事な企み顔をしていたのだから。

 

「母は私たちには秘密だと、部屋を閉め出してお一人で撮影しておりました。ですがその様子が、いたずらを思いついた子供のような雰囲気でしたので楽しいことを企んでいるのだろうと思っておりましたが、まさかこのようなものをご用意していたとは・・・。母を亡くしてからもまだ新たな一面を知ることができて嬉しゅうございました」

「あらあら。私にはいたずらを思いついたような楽しそうな姉さんというのが想像つかないのだけれど。昔からあの人はこっそり仕掛けるのが上手かったから」

 

こっそりと仕掛けては人を驚かせるのにいつも怒られずに済む要領のいい姉だったわ、と。新たな情報。・・・お母様、昔はかなりやんちゃだった模様。そして、なんとなくだけれどそのターゲットは黒羽の叔父様が多かったのではないだろうか。

叔母様相手だといじられキャラになるのは多分そういった過去があるからなんだろうな。

 

「今度、姉さんの命日にうちへいらっしゃいな。私も姉を偲びたいわ」

「叔母様から母のお話を聞けるのですか。それはまた――」

「ねぇ」

 

叔母様がここぞとばかりに扇子を開いて口元を隠し、目を弓なりにして遮った。

・・・あら、それとそっくりな表情を昨夜寝る直前や、年明け早々見たばかりなのですが。親子して(・・・・)そっくりですこと。

 

「いつものように呼んでくださっていいのよ。わたくし達の仲でしょう?」

 

ここは公開処刑の場所でしたでしょうか?叔母様ここぞとばかりに色々とバラしたがりに。

静まり返っているのを気にもせず雑談を始めた私たちに、周囲は奇異なものを見るような目で見ていたけれど、話す内容にだんだんと顔色を変えていく。

元々正月の挨拶には参加していても慶春会には参加していなかった。

しかも私たち兄妹の存在は四葉本家からは離されていたからいくら叔母と姪の関係であったと言えど深くないと噂されていた。

次期当主候補の有力候補とされながらも、四葉として深くかかわったことのない、箱入りの娘と思われていた私が、堂々と当主と話す姿は、彼らにどう映っただろうか。

 

「いくら嬉しいからと、少々浮かれ過ぎではないのですか?――真夜姉さま」

 

真夜姉さま、と呼べば正解、とばかりに笑みを深くして。

 

「ふふ、良いじゃない。ようやく息子を公表できたんだもの。浮かれもするわよ。こうして、貴女との関係も明るみにできた事ですし」

「関係と言われましても私たちは正真正銘の叔母と姪でしょう」

 

あとはぬいの製作者と顧客の間柄?

 

「そして私の息子の嫁でもあるわ。つまり貴女も数年後には私の娘になるの」

 

わぁ、とっても愉しそうですね。まるで何かに勝利したような笑み。何か素敵な大会で優勝でもされました?

 

「まだ婚約者ですよ。それに、もしそうなれば真夜姉さまのことはお義母様と呼ぶのが妥当なのではないでしょうか?」

「お義母様、も良いけれど、やっぱり姉様呼びも捨てがたいのよね。外では義母で良いから、私的なところではいつも通りに呼んで頂戴」

「・・・だとしても当分先のことになりそうですけれど」

 

気が早すぎやしないだろうか。まだ結婚どころか昨日婚約が決まったばかりだというのに。

そう忠告すると、叔母様は扇子を扇いで。

 

「あら、そうなの?――ちょっと達也、貴方まさかまだ告白できていないのではないでしょうね」

 

矛先がお兄様に向かってしまった!というか、このやり取りお兄様も初めて聞く話だから周囲並みにお兄様も混乱しているのでは――

 

「告白は昨晩のうちにしました。ここからはプライベートなことになりますのでご容赦を」

 

・・・お兄様の精神オリハルコン製だった。平然と返しているように見える。って言うか告白って!!

顔に熱が集中する。落ち着け、と心で念じるけれど、ほんのり染まった頬に視界に入ったお兄様の表情が和らいだのが見えた。

 

「ふぅん?良かったわ。ウチの息子までヘタレだったらどうしようかと思ったけれど杞憂だったようね」

 

・・・それはどこの何条さんちのお坊ちゃんのお話でしょうか。叔母様の情報網は相変わらず広いこと。

宴会の空気が徐々に緩和していく。

誰も彼も緊張感を保てるほどの気力を失ったようだ。驚く気力も失せていた。

だから葉山さんが私たちに婚約の祝いの言葉を掛け、お兄様が葉山さんにしきたり等の教えを乞うたりとの寸劇も演目を流し見るように見つめていた。

 

「そういえば達也様、覚えておいででしょうか?この慶春会の席で、新しい魔法をご披露いただけるお約束だったと記憶しております」

 

この言葉に食いついたのは叔母様だ。キラキラと輝かんばかりの美貌でお兄様を見つめる。

しかしその瞳の熱は愛おしい息子を見るというより新たな魔法を見せてもらえることに対する期待の熱だった。

うーん、この姿は叔母様って言うより真夜姉さまがぴったりだ。若々しい!下手すると二十代半ばに見える。・・・恐ろしい魔女様だ。

これってお兄様の実力を疑っている人たちに力を見せつけるデモンストレーションなんだろうね。

お兄様が非難の視線を向けているけれど叔母様が乗り気なのと、

 

「、達也さん・・・あの、私も拝見したいです」

 

私が便乗することで、お兄様の逃げ場はなくなった。

しかし・・・以前にも呼んだことがあるけれど、こうして婚約が決まってから名を呼ぶとまた違うね。とても気恥ずかしい。

恥ずかしさが隠しきれなくて目が泳いでしまったけれど、それを見てお兄様は固く目を閉じて覚悟を決めた。見世物にするようなことをさせて申し訳ありませんお兄様。

でも、これは必要なことだから。話を早くするためにはやはり見るのが一番なのだ。

お兄様が準備をしている間に、会場もセッティングに移っていた。前もって準備が良いことで。

何気なく視線を巡らせていた――その時だ。イノシシの入った檻を運んできた使用人の一人が目に付いた。

執事服を身に纏っている壮年を少し過ぎたくらいの男性は、元は軍人なのかと思わせるがっしりとした体格で、きっちり染められた黒髪を撫でつけたような髪型の所為かかっちりとした印象だ。

私は、容姿が多少変化しているがその男性を知っていた。昨年の秋、その名を新聞で見たはずの男だ。

檻を指定の場所に置いた男はその場で一礼して戻っていく。

その足取りはけして乱れのない、しっかりとしたもので、リハビリが順調に進んでいることを証明しているよう。

葉山さんがタイミング良く近くを通りかかる。

そしてそっと教えてくれた。

 

「あちらの新入りは、とても筋が良く目端もよく利くようです。指導員としての歴もあるようでして、教育係に向いているかと」

 

四葉に連れ込んだからには経歴はすべて洗われると思っていたが、経歴だけでなくどんな人間なのかまで晒されるのか。すごいな、四葉。

 

「それは・・・なんともタイミングの良いことですね。このところ四葉家の使用人として相応しくない言動があらゆる場面で目立ちましたので叔母様に進言しようかと思っていたところです。このままでは四葉存続の危機にもなります」

 

本当、うちの教育が疑われるレベルの隙がいっぱい。これは由々しき事態です。

そう告げれば、見た目好々爺らしくした葉山さんはほっほと笑った。・・・葉山さんっておいくつなんだろう。そこまでお歳ではないと思うのだけど、容姿に合わせてるのかな。とてもよくお似合い。

できる老執事から好々爺まで。この方も演技の幅が広い。

 

「深雪様が次期当主となられて、この家も安泰ですな」

「そうでありたいと思いますが、まだまだ若輩の身。兄共々ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」

 

葉山さんは穏やかに微笑まれて、自分で良ければ、と答えて次の指揮に向かわれた。

CADのケースを持って現れたお兄様だけど、羽織袴の恰好の所為か、正月の大道芸人の営業に見えなくもない。

見世物にされるのは嫌だと思うお兄様の気持ちに同情した。これが終わったらいの一番に労いに行こう。

お兄様は一応祝いの席に相応しくない血腥いデモンストレーションになることを忠告したが、誰一人としてその場を去る者はいなかった。

皆が注目する中、お兄様が変わった形をしたCADを構え、檻の中の巨体のイノシシに向けて引き金を引いた。

たったそれだけに見える動作に魔法のプロセスが一瞬にして駆け抜ける。

 

光が走り、地響きを立ててイノシシが倒れた。

 

お兄様はそれを無感動に見つめて自分の仕事は終えたとばかりにCADを片付けようとするけれど、観客は動揺し何が起きたのか考察を始め、勝成さんに至ってはお兄様に食って掛かる勢いでこの魔法の危険性についての検証をしていた。

現役防衛省職員としても見過ごせなかったのか。余計な火種はないに越したことはないから。

最終的にはこれだけの凄い攻撃魔法があったのになぜ自分たちに使われなかったのか、と訊ねられていたようだけど、使われていたら慶春会どころではなかったでしょうに。

自分たちがどれだけ手加減されたのかようやく認識した彼は、自身の能力を過信していたこと、お兄様の力を過小評価しすぎていたことを改めて実感したらしい。よかったですね。早いうちに知った方が傷は浅いですよ。

新魔法の素晴らしさに、叔母様は、いや。真夜姉さまは飛び跳ねる勢いで大喜びの声を上げていた。テンションがたっかい。

ご当主様が喜んでいるのに、周囲が未知の魔法にケチをつけられるわけも無かった。

・・・ふむふむ、こうして場をコントロールする方法が。勉強に・・・いえ、参考にはさせてもらいますね。私にはここまではっちゃけられる気がしない・・・。したところでただの道化となるだろう。

お兄様はCADのケースを持ったままこちらに戻ってきた。置きに戻るのも億劫だったのか。

 

「お疲れさまでした、お・・・達也さん」

「ああ」

 

口元に笑みを浮かべて私が差し出すグラスを手に取った。さっき水波ちゃんが持ってきてくれたものだ。

それからお澄まし夕歌さんが挨拶に訪れ、後でいろいろ詳しく聞かせなさいよ、と口にできない代わりに目で訴えていた。

文弥くんも訪れたけれど、やはり亜夜子ちゃんは体調が優れないようで下がってしまったらしい。・・・申し訳ない。私も昨日まで応援さえしていたのだけれど、まさかの結果になってしまった。この状態で応援できるほど頭はお花畑でもない。

それからこちらからも挨拶に回り、よそよそしい態度で迎えられたりしたけれど、蟠りがすぐになくなるなんて普通は無いからこんなモノだろう。

ひとしきりの挨拶を終わらせて戻ると、叔母様からの締めの挨拶があり慶春会の終わりを告げた。

 

 

――

 

 

原作では三が日までを四葉で過ごし、4日に水波ちゃんと三人で帰宅できたはずだ。

だが、ここでも違いが出た。

 

「ああ、そうそう。水波ちゃんはせっかく地元に帰ってきたのだもの。一日くらいお休みがあっても良いでしょう」

 

慶春会も終わり解散した後、服を多少肩肘張らない恰好へと着替えさせられ、親子の交流の場だという名目の席に婚約者という立場で呼ばれた居心地の悪さよ。

まだ叔母様と二人きりの方がよかった。お兄様がいると二人の空気がね、とっても硬くて痛いのです。さっき会で見せた軽口の応酬も緊張感がありました。

葉山さんは空気に溶け込んでいて助けてくれる気配はない。

雑談もたいして広がらず、紅茶の進みが早いお茶会の空気を変えたのはやはり叔母様だった。

でもまさかその内容が水波ちゃんのことだとは思わなかったけれど。

 

「それは、もちろん。休暇を頂けるのであれば彼女にもぜひ」

 

むしろ一日しか与えられないことが心苦しい。もう二、三日どうにかならないだろうか、と思ったけれど三が日まではここのお屋敷で働くことは聞いていた。今後のことを考えると4日だけが彼女の休暇ということになる。

学校は8日からだし、そもそも今回のことで明日には私たちが四葉だと周知されるのだから守りを薄くもできない、という家の事情も分からなくはない。

 

「――叔母上、何をお考えです?」

 

申し訳ないな、と思って賛同したらお兄様が隣で叔母様を威嚇していた。え。なぜ??

そしてお兄様は公的の場こそ母上呼びになるらしいが、今のところそのような言葉は聞かれない。

・・・私もこれからの立場上、達也さんとお呼びしなければならないと思うのだけど、お兄様からは対外の場以外はこのままでいい、と言われている。

叔母様はお兄様の視線を受けて、にこりと微笑まれるとゆったりと背を椅子に凭れさせた。・・・息子に向ける色香ではございませんね、余波を喰らう私までくらくらしちゃう。夜の女王の名を恣にしているだけのことはある。

 

「あら、一体何を考えていると達也さんは思っているのかしら」

「・・・・・・」

 

お兄様は沈黙を守り、叔母様は目を弓なりにしていた。・・・怖い。

 

「なんて、冗談よ。そこまで干渉することもないわ。大みそかのプレゼントもただ喜ぶだろうとしただけだから」

「なんの意図も無かったと?」

「今まで何もしてあげられなかった息子にプレゼントすることの何がおかしいのかしら」

 

なんというか、親子(偽)の会話が怖いのですけれど。お兄様プレゼントなんて貰った――って、アレのことか!!叔母様なんてことを!

文句を言いたいけれどそんなこと言ったら理由を説明しなくてはならない。言えるはずも無かった。顔が赤らみそうになるのを必死に堪えて無言を貫く。

 

「私のセンスも悪くなかったでしょう?」

 

にんまりと笑う叔母様に対し、お兄様が苦虫を潰したようなお顔を晒しています。

ええ、ええ。大変すばらしいセンスでしたとも。お兄様には大変不評のご様子でしたけれど、私は嫌いじゃないですよ。というか大好物ですけれど自分がそのような用途で使うなど夢にも思わなかったです。使うというか、使わされた、ですけれど。

黙ったお兄様に気を良くしたのか叔母様は話を戻した。

 

「三が日までいてもらいたいところだけれど、年末の大掃除の件で周辺が騒がしくなったでしょう?二日の夕方には一時解除される予定になっているからその隙に二人だけ先に帰った方が良いと思ったのよ」

 

え、良いの?明日も挨拶回りがあるはずなのに、その予定を切り上げても良いのだと言う。

まあ少数精鋭の四葉だから分家筋への挨拶が終われば後はそこまで重要な交流は無いのだけれど。顔見せくらいは必要では?

毎年一部参加していた私なら顔を覚えられているだろうけれど、当主の息子となったお兄様の顔が知られないのはまずいのではないだろうか?

そう思ったのだけど重要な挨拶はほとんど午前で済むとのことらしい。

けして誰の口からも言われることはないが、年末の大掃除は分家による暴走だ。

もしかしたらその辺の折り合いも兼ねて何かしらの交渉事があって挨拶が限られたりしているのかもしれない。

 

「このような勝手が許されるのは今年だけだと思ってちょうだい」

 

つまり、来年からは頭から終わりまで出ることは決まっているらしい。というか、今年からそのつもりだったのだけれどいろいろありましたからね。

 

「ゆっくりできる時にはしておいた方が良いわ。今年は師族会議もあるから周辺もバタバタするでしょうし、ね」

 

どうやらこの先大変な騒動が起こる前にゆっくり休めと言う叔母様からの気遣いらしかった。

確かに、師族会議は大変な事態に巻き込まれる恐れがありますからね。その先見の明は流石です。慶春会でも言ってましたものね。

尊敬の念で叔母様を見つめると、叔母様は、あら。なぜかちょっときょとん顔?何か思惑と違った反応を返してしまった模様。

え、他にいったい何の意味が含まれているのだろう。さっきのお兄様とのやり取りといい、イマイチ裏が読みづらい。

ちょっと微妙な空気の流れるお茶会はそれからすぐに終わった。

 

 

――

 

 

とりあえず二日の夕方に私たちはこっそりと帰宅するよう命令が下った。

今夜は昨夜と違って磨き上げられることはない。普通にお風呂に――と思ったけれど、ここに泊まって一人で入ったことはない。体も洗われマッサージを受けることはここでは当たり前だった。

・・・昨日のように丹念に、なんてことは初めてだったけれど。

あの施術、叔母様は毎夜受けているのだろうか・・・ヤバい。妄想しちゃいけない世界だった。とってもお耽美な世界だった。よくない。

元は何を考えていたんだっけ。あ、そうだ。あのトンデモ施術のマッサージからの着替えだ。

うう・・・昨日のことが鮮明に頭を過るけれど、今日は特におかしなことなど何もなく今日身に着ける下着も普通の、とはいっても四葉家の用意するモノに一般的レベルのものなどなく、お高いブランド物ではあるのだけれど、昨日のようなアレなものではないだけでとんでもない安心感。

清楚な白のレースの綺麗な上下の下着にキャミソール。この三点セットにここまで安堵する日が来るとは。

これだってもちろんデザインが素晴らしくフィット感もいい。

深雪ちゃんが纏えば清楚であろうとえっちはえっち。だけどしっかりした布があるってそれだけで安堵できた。

そして部屋は昨日と同じ部屋だったけれど、扉の前で彼女らは下がっていった。

ええ、今日は流石に白川夫人ではなかった。アレは特別仕様だったようだ。次期とはいえ、一番は御当主だから普段私の身の回りなんてすることはないのだ。

既にお兄様は部屋にいて、昨日のように動揺することもなく迎え入れてくれた。

九校戦の時に私が迎えられたことが嬉しかったと言ったことを覚えていてくださったのだろう。

おかえり、と笑みをつけて出迎えてくれるお兄様に精神的に疲労していた気分が高揚した。

自然と広げられる腕の中に、いつものように吸い寄せられて抱き込まれるのだけれど・・・どうして私は自分の立場をすぐに忘れてしまうのだろう。

もうただの妹という関係性でないことを思い出し、身体が強張るが、それを先読みしていたかのようにお兄様の手が背中を擦る。

 

「深雪。確かに俺たちには婚約者という関係が増えたが兄妹ではなくなったわけではないんだ。世間が何と言おうと、戸籍が変わろうと俺たちが兄妹という事実は捻じ曲げることはできない。俺はお前を女性としても愛するけれど、妹として愛することもやめるつもりはないよ」

 

つまり、今までの通りで構わない、とお兄様はおっしゃっているのだろうけれど、その切り替えは私にはまだちょっとできそうにない。

 

(だ、だって!昨夜にあんな姿を見られたのですよ?!そ、それにき、キスだって!)

 

これをどうして意識せずにいられようか。

ふっ、とお兄様の笑う声が漏れる。

 

「可愛いね。・・・だが困ったな。妹として可愛がると言った口で、キスしてしまいたいと思ってしまう」

 

ちょ、ちょっと待ってほしいお兄様!手の動きが!!宥めるように動いていた手が背筋を撫でるように蠢き始めて――、ぽんぽんと宥めるものに戻った。

緩急の付け方が手馴れすぎてやいませんかお兄様!?

 

「少しずつ、慣らしていこうな」

「・・・・・・慣れる気がいたしません」

「大丈夫だ。深雪の学習能力が高いことは俺が一番よく知っているから」

 

深雪は努力家だもんな。とお兄様が言うけれど、今までだってお兄様の色気に耐えられたことは一度もありません。

鍛えられるの?何年かけてもその耐久レベルだけは上がった気がしません。もしや、私が上がるたびにお兄さまも攻撃力が増している・・・?

ただ昨日の宣言通り手加減はしてくださっているのか、ゆっくりと体を解放してくれて、離れ際に頭をぽんっと撫でられれば、その優しさに心臓が跳ねる。

・・・お兄様は本当に私のことをよくご存じで弱点、萌えポイントさえもよく把握されているのが怖い。怖いのに拒絶などできない、抗えない魅力。

 

「とりあえず座ろうか。明日のことも話しておかないとな」

 

そして昨日のように座布団に座り、座卓を挟んで対面でお話を。

明日の車は既にお兄様の方で手配してくださったらしい。

肩書が違うだけでお兄様お一人でもスムーズにできたとのこと。何だかな。

彼らにとっても複雑なんだろうけど、それなら初めから差別なんてしなければよかったのに。

とはいえ原作ほどひどくならないように、地道に彼らの言動コントロールをしていたのでそこまでギスギスすることはないだろうけど。

大変だったんだよ。四葉使用人内の意識改革。ガーディアンってだけでもあまり地位は高くないので、真実を知らない上位ではない執事たちは見下した態度を隠しもしないから使用人全体に浸透してまっていましたからね。

しかも分家当主たちから滲む嫌悪も彼らの悪感情を増長させていた。これは見下してもいいものだ、とそう思わせるには十分だった。

それをひたすら、四葉の品位を貶めるような言動には注意しましょうねと言い回った約五年間。頑張ったよ。

素敵ね。こちらでは過ごしやすくなったわ、と飴を配りまくって日々の言動を注意していたらいつの間にか信奉者を作ってしまっていたようだけれど、当主になるなら悪くもないだろう。

 

(年末分家に襲われることも信奉者さんたちからの密告で知りましたしね)

 

信奉者を生み出すことも悪いことばかりじゃない。有効に使えば反乱分子の動きが手に取るようにわかってしまう。

使用人には優しくしましょうね、おじ様方。不満を抱かせると忠誠は揺るぎますよ。

と、話が逸れたけれど、使用人たちの愚痴を制したら、それが結果として青木さんのような不用意発言する中途半端な中間管理者を作る原因となってしまった。立場が上だと何を言っても許されると。

今は葉山さんによって更生しているので良しとするけれど。

 

(それに、これからは規律を改める新たな教育係として――名倉さんが指導してくれるらしい)

 

軍を経験していた者にとって四葉での生活は結構息がしやすいらしい。生温い家での仕事は彼らにとっては息苦しいそうな。危険な生活をしていると緊張が緩む生活に馴染めないっていうからね。

名倉さんはその前に七草を経験しているからどうなのかわからないけれど、ウチは実力をきちんと評価し、各自能力に合った仕事を振り分けるから働きやすい職場だと思う。

 

(しかし・・・心臓を破裂した人間がどうして生きているのか。お兄様の再生ほどではないにしてもすごい魔法や技術でもあるんだろうか)

 

まだ全貌の見えない四葉の闇に、いずれすべてを把握しなければならないのかと思うと気が重い。

でも、――生きてた。それで今は十分ではないか。私の我儘を叶えてくれたことに感謝だ。

明日の帰りの時刻は日が暮れる前。ライトなど目立たない時間の方が良いという配慮だった。

案外早く帰れそうだ。夕食前には着くかな。

 

「少し気が楽になりました」

「そうだな」

 

お兄様も降って湧いたこの状況に気を張り詰めていたらしい。

それもそうだろう。お兄様にとっては私が次期当主に選ばれるだけだと思っていたのだから。

まさか自身が当主の息子として紹介され、私の婚約者となるなど、いくら優秀なお兄様の脳であってもこの展開は読めなかったはずだ。

 

「特にこの二日間がとても長く感じたよ」

「ふふ、そうですね」

 

本当、長かった。今日がまだ元日だということが信じられない。それくらい濃厚な二日間だった。

勝成さんと戦ったのが昨日?三日くらい経っていませんでしたっけ?もう遠い過去の出来事になっている。

 

「さて、もう寝ようか。・・・昨日は遅くなってしまったから、疲れているだろう。安心してくれ。今日は一緒に寝るだけだ。もちろん、深雪が許してくれるなら俺としてはやぶさかではないが」

「お、お兄様!」

 

そのくだりは昨日もやりましたでしょう!?

 

「冗談だ。昨日はすまなかったな。あまりに性急すぎた」

 

殊勝に謝られてしまうと、カッとなった頭も冷めるというもので。

 

「そ、それは・・・その・・・急なお話でしたから。お兄様も戸惑われたのでしょう」

「それはそうだが、据え膳だと思ったのも事実だ」

「お兄様!!」

 

咎めるように遮る私の言葉に、しかしお兄様は笑うだけで謝罪も否定も無かった。

お兄様ぁ・・・。

たった一日で起こったお兄様のとんでもビフォーアフターに翻弄されっぱなしです。

 

「・・・これだけは確認しておきたいのだが」

「なんでしょう」

「今日は叔母上から用意された物は無いね?」

「っ、ありません!」

 

瞬間的に顔が真っ赤になった。昨日の恰好を思い出したことで連鎖的に思い出してしまったあれこれのせいである。

お兄様もこれは悪かったと思ったのか謝罪された。

布団はなんとなくわかっていたけれど、昨日と同じ二人用お布団。一つの布団に二人分の枕。

まだ今日の寝室となる場所はふすまで締め切られていたので確認していなかったが、先にお兄様は確認されていたらしい。

昨日は結局お兄様しかこの枕を使うことはなく、お兄様の腕枕で寝たのだけれど・・・今朝はごたごたして訊ねることができなかった。でも気になるよねってことで訊いてみた。

 

「・・・お兄様、腕は大丈夫だったのですか?」

「ん?腕・・・ああ、腕枕か。朝痺れていたが、すぐに取れたから気にしてなかった」

 

やっぱりお兄様でも痺れるんだな、と聞いてちょっと安心もしながら同時に申し訳なくも思うわけで。

 

(・・・でも、気にするな、ではなくちゃんと痺れたと言ってくれてることが嬉しい)

 

正直に心内を話してくれているのもきっと私のため。お兄様だってカッコつけたいはずなのに。

胸がきゅんと高鳴り、お兄様に触れたいと体が疼くのを、自身の手を握ることで誤魔化しつつ、腕枕はしなくてもいいと口にしようとしたところでお兄様が先に釘を刺す。

 

「言っておくがそれくらいのことでやめるつもりはないぞ。デメリットが小さすぎる」

 

腕の痺れがデメリットでないと?常に守護を念頭に置いているはずのお兄様には不都合であるはずなのにと思うのだけど、お兄様曰く、痺れていても補助なく使う魔法に関しては問題なく使えるとのこと。思考操作型CADがあればそれも解決するからそもそも問題ないって。

もともと痺れや負傷した際の対応は実践済みということか。どんな状況でも対処できるよう身に付いているみたいだけれど、それがこんな状況でも応用できてしまうお兄様・・・使える能力は何でも使う感じがとても素敵だと思ってしまうのは、判定ゆるゆるお兄様大好き妹だからだろうか。

お兄様が良いというのだから気にしなくていいということだとわかってはいるのだけれど、だからって安心して寝られる気がしない。

昨夜は頭と心がパンク状態で、体も疲労困憊していたため意識を失うように眠ってしまった。

けれど今日は何も無くこのまま二人で眠るらしい。・・・寝られると思う?正気の状態でお兄様に腕枕をされて?密着状態ってことだよ?

 

「その・・・眠れる気がいたしません」

 

羞恥に身を焦れた状態で人は眠りに就けるだろうか。

まだお兄様に触れられたわけでもないのに顔も体も熱くなる。想像するだけで恥ずかしいのだ。・・・はっきり言うと、昨日の熱が甦る、という羞恥の上塗りがね。

どんどん追い詰められている気がする。

すると前に座られていたお兄様が動いた。

 

「箍が一度外れると緩くなるというのは本当だな。今までも十分お前が可愛くて仕方が無かったが、抱きしめたい欲求を抑えられない」

 

座ったままの状態で腕の中に収められ、可愛い、と抱き込まれた状態で耳元に囁かれて体の熱は一気に上昇した。

 

「お、お兄様っ」

「制御が難しい。元々深雪に対しては抑えが利き難いことはあったんだが」

 

それは怒りが体を支配してしまっていたことですよね。お兄様にとって兄妹愛だけが唯一残された感情だったから。

 

「・・・怒りだけじゃないぞ」

「え?」

「気づいた今ならわかるが、普通兄は妹をあんなに抱きしめたり撫でたりしない」

 

・・・うん?

今さらお兄様は人の心を読むことに狼狽えることはないのだけど、お怒りだけではない、とは?

抱きしめたり撫でたりすることの何が関係するんだろう?

言葉だけを受けると、その撫でたり抱きしめたりが、我慢できていなかったことになるのだけれど。

 

「・・・お兄様はよくなさってましたよね?」

 

頭を撫でたり、抱きしめられたりというのは当たり前の日常でしたよね。

普通の、兄妹としてのスキンシップ・・・ってそもそも兄妹とはなんでしたっけ?普通とは何だっただろうか。

 

「あの時にはすでに妹としてだけでなかったのだろうな」

 

え・・・どういう・・・?

見上げるとお兄様は申し訳無さそうに眉を下げていた。

 

「もちろん褒めてやりたい、労ってやりたいというのは兄としてのものだと認識している。頑張っている妹を褒めるのは兄の大事な役目だから」

 

お兄様がそう言うのならそうなのだろうけど、普通一般ってそんなに褒めてるかなぁ。幼い頃ならまだしも、高校生同士の兄妹で褒め合うってまず珍しい現象だと思う。・・・この世界だとそうではないのだろうか。

 

「だが、それ以外は・・・違ったということになる」

 

一旦言葉を切るとお兄様は表情を引き締めて私の頬に手を添える。

 

「もっと近づきたい、触れたいという欲求は、妹に向けるものではない。ましてや恥ずかしがる様が見たいと結構色々とお前を困らせた記憶がある。恥ずかしがる深雪は可愛いが、そこに気分が高揚してしまうのは妹に向けるには良くない欲求だ」

 

・・・お兄様、やっぱり意識的に困らせてきてたんだ・・・。あの時もその時も、お兄様は楽しまれていたのか。

戸惑う私を見て・・・。

 

「でも、それはお兄様が苛めっ子気質があったということであって、それをその、勘違いなさっているとか・・・」

「苛めっ子・・・」

 

あ、お兄様が虚を突かれたような顔に。

もしや自身がSだとお気づきになられてない?以前美月ちゃんとエリカちゃんに指摘されてましたよね。

それともオブラートに包みすぎてわかりづらかったかな。でも深雪ちゃんの口からお兄様ってサディストですよねって言うのはよろしくないかと思いましたので。

しかし立ち直りの早いお兄様はすぐに持ち直す。

 

「だとしてもそこに性的欲求が絡めばそれは勘違いで片付けられるものじゃない」

 

せいてきよっきゅう・・・妹相手に?そのような描写があったからそういうこともあるだろうとは思ったけれど改めて言葉にされると衝撃がすごい。アレは原作のお兄様だから。

このお兄様が一体何をするつもりだったのか、そして私は何をさせられるところだったんだろうか。

これはお兄様の理性に感謝すべきお話?ちょっとよくわからなくなってきた。というよりずっと混乱してる。

こんな密着されて至近距離に顔を近づけられているのに、表立って慌てふためいていないなんて。混乱のピークを越えるとこうなるのだろうか。心と体が連動しない、この状態に。

 

「大事な妹で、誰よりも愛おしい存在であっても、手を出すことなんて許されることではない。その常識が、モラルが俺をぎりぎり引き留めてくれていた。だが、四葉の非常識がそれを打ち破っていたこと知ったことで、歯止めが利かなくなった。お前を、そういった意味でも愛していいのだと、禁域に踏み込んでしまった」

 

頬に添えられていた手がするりと髪の方に滑り、流れるように髪を耳にかけ滑り落ちるように髪を撫でつけて毛先を摘まむと口元に運んで口付ける。

 

「いつか手放さねばならないはずの妹を、手元に置いておけると、知ってしまったらもう手放すことなどできなくなった」

 

真直ぐと見つめられた瞳には、昨夜にはあまり見ることのなかった欲が色濃く映り込んでいた。

 

「ずっと、お前が欲しかった」

 

妹であったその時から、ずっとお前だけが欲しかった、と。

瞬間、今まで信じられないほど穏やかだった心が眠りから目覚めたように騒ぎ出す。全身に血流が行き渡る様に熱くなり、心の震えが体に移るように指先が震えて、触れていた箇所からお兄様に伝わる。

するりと髪を解放した手で震える手を握り込まれた。

 

「だから俺は待つよ。深雪がいつか俺を兄としてだけでなく、俺個人を見てくれるのを。もちろん待つだけじゃなく、努力もするつもりだ」

 

覚悟していてくれ、と掴んだ指先にキスを落としてお兄様は表情から色だけを消してみせたけれど、本当に、お兄様の心の切り替えはずるいとしか言いようがない。そんな綺麗な切り替え、私にはできない。

お兄様の言葉に胸を震わせ、爆発しそうな頭を必死に抑え込んで。

 

「・・・お兄様はずるいです」

 

まるで幼子のような舌ったらずな口調で非難する。それが精いっぱいの抗議だった。

お兄様は苦笑して。

 

「そうだな。俺自身、かなり卑怯だと思っている」

 

普通の人にはできない気持ちの切り替えを、お兄様は便利だと使いこなしている。

負の意味合いで派生した機能だけれど、使い方次第ではお兄様に有利に働く。

絶望の中生まれたお兄様だけれど、今はこうしてすべてを内包して微笑まれているのだと思うと、その絶望さえも愛おしくなった。

重ねられた手に頬を寄せて目を瞑る。

お兄様の手はとても温かかった。

 

「いつまでもそのままの恰好では冷えるだろう。もう寝よう」

 

お兄様も睡眠不足なのかもしれない、と思い至って頷いて。

今日は自身で歩いて行こうと立ち上がろうとしたのだけれど、お兄様が掬い上げるように抱き上げられた。

 

「あ、あの!歩けます」

「俺がしたいだけだから」

 

俺の我儘だ、と言われてしまえば何も言えなくなってしまうわけで。こんな短距離だというのに持ち運ばれてしまった。

襖を開けると、またも畳の上に広がっているのはあのお布団で。

 

「・・・こんなに広いのであれば一人一人離れて眠ることもできますよね」

「できるだろうな」

 

可能性だけの話ならば、ということだとはすぐに分かった。だって、笑っているもの。愉しいとばかりに。・・・お兄様の苛めっ子。

 

「着替えてくる。先に布団に入って待っていてくれ」

 

・・・この布団に、一人で入れと・・・。それってすごく勇気がいるのだけれど。

でもお兄様に言われたし、と勇気を出して布団をめくるのだけど、直前まで温めておいてくれたのかな。

冷え切っていないお布団なので入ることに躊躇う必要は無いはずでも、このお布団、というだけでね、気後れすると言いますか。ただ寝るだけと言われていても躊躇わないわけがない。

布団とにらめっこしていたらお兄様は着替え終わってしまったらしい。くすくすと笑って近づいてきた。

 

「俺も信用が無いな」

「いえ!そういうわけではないのです!」

 

ただ私の煩悩がね?!これは、そういうものです!と訴えているのですよ。

おかしいな。昨日はお兄様だってこの布団に動揺していたのに。

 

「・・・お兄様も昨夜は動揺なさっていたではないですか」

「まあな。これに動揺しないのは意味を知らない子供だけだろう」

 

お兄様はあっさりとお認めになった。

そうだよね。いくらお兄様でも動揺しないはずが無かった。

 

「久しぶりに深雪の前で無様な混乱を見せたな」

「無様だなんて。誰だって動揺して当たり前ですよ」

 

でも確かにあれは滅多に見られない混乱っぷりだった。いきなり振り返ってからの言い訳だったから。

お兄様が布団を敷く場面なんて見てもいなかったし、そもそも四葉の家でお兄様が勝手をできるわけがないのに。

お兄様にとってあのような姿を見せたこと自体、恥ずべきことだったと落ち込んでいるようだけれど、そういうお兄様の人間臭い仕草を見るたびに、お兄様が心を許してくれているように思えて嬉しく思う。

 

「・・・嬉しそうだな」

「ふふ、お兄様にとっては嫌な記憶でしょうが、私にとってお兄様は言い訳をしたくなるほど気にしていただけているということですから」

 

浮かれて心情を吐露する。だって、嬉しいのだ。お兄様が感情を隠さず見せてくれることが。

あの、唯一強い感情を動かされるはずの妹に対しても、ガーディアンとして控えていたからと無表情を貫いていた少年が、こうしていろんな表情を、感情を見せてくれることが。嬉しくてたまらないのだ。

お兄様は大きなため息を吐くと、布団の端に膝をついている私の許へくると目の前でしゃがんで頭に手を置いて。くしゃり、とこれまた珍しく髪を乱すように撫でた。

いつもと違い、強めの扱いと野性味ある男くさい笑みにぎゅんっと聞いたことがない心臓の音を立てた。

手がどけられて現れた顔は悪戯を成功させたような、それでいて男臭さをにじませた笑みで。

お兄様本当に17歳ですか?高校生が滲ませる色香とは思えないのですけど。

 

「当たり前だ。お前にどう思われるかは俺にとって最重要事項だ。お前の前ではいつだってカッコ良くて『素敵な兄』でいてやりたかったんだから」

 

今は兄としてだけでなく男としてだがな、と最後だけ耳に直接吹き込んで。

・・・お兄様、今日は何もしないで寝るんじゃなかったの?永眠させることが目的??今にも心臓がオーバーワークで止まりそう。燃料投下しすぎです。爆発しちゃう。

 

「ふっ、真っ赤だな。今日は息をしているか?」

 

いえ、止まってます。いやこれは止まるでしょう。

頬どころか全身が熱い。お兄様から視線を動かすどころか瞬きもできない。

でも熱に浮かされているおかげか瞳が潤んでいるので乾く心配はなさそうだ、なんてどうでもいいことが頭をよぎる。

 

「なら、もう我慢しなくていいな」

 

お兄様が何を我慢していたというのだろうか。

近づくお兄様に石化の解けていない私は、身動きもできず頬に手を当てられても顎を上向きにされても、お兄様から視線を動かせない。

そして重ねられた唇からすぐに空気が送り込まれる。・・・まごう事なき人工呼吸ですね。これはキスじゃない。人工呼吸。

一旦離れ、もう一度口づけられて息を送り込まれ、を二三回繰り返されて、もう一回かとお兄様が離れて息を吸い込んで唇を重ねられたところで薄く開かれた唇から送り込まれたのは、実体無き空気ではなくしっかりとした感触のある舌だった。

 

「ん?!んん~~~!」

 

気が付けば閉じていた目を見開いてお兄様を見ると、至近距離からも楽しそうに弓なりになっている目が。ハメられた!お兄様の狡猾な罠に!!

口内をぐるりと一周した舌はそれ以上イタズラをせずに離れていく。

 

「お、おにい、さまっ」

「呼吸を長く止めることは体に良くないからな」

 

人工呼吸の正当性を語りながら頬に、額にと音を立ててキスを落とされて更に顔が熱を帯びるけれど、今度はお兄様の前で呼吸も止められない理由ができた。・・・もともと呼吸は止めちゃいけないものだけど。

目を閉じることも、呼吸を止めることも命以外の危険にさらされてしまう。気をつけねば。

 

「何も、しないと、おっしゃったでは、ないですか」

 

息も絶え絶えに訴えると、お兄様はしれっと答える。

 

「まさか深雪が呼吸を止めるとは思わなかったんだ」

 

ならしょうがないか、とはなりませんよお兄様。

さっき我慢しなくてもいいと言っていたのをちゃんと聞いてましたからね。息を止めるつもりで行動をしていらしたのだと確信しております。

・・・だって、お兄様の行動があまりにも私のツボを突いたものだったから。私の弱い声色で、いつもと違う男らしさを滲ませて。

これで息が止まらないわけがない。お兄様は対私用のお兄様の使いどころを熟知しすぎだ。

 

「嘘ではないぞ。本当に止まるとは思わなかった。可能性はあるとは思ったがな」

 

あるどころじゃございませんよ!命中率100%のスナイプでしたとも!!

 

「~~~もう!お兄様は意地悪です!」

「こんな意地悪な兄で婚約者の男は嫌か?」

 

判り切った答えを聞くお兄様に、ぶつけられる言葉が見当たらなくて。

でも答えることなく知らんぷりなんてできなくて。

ちょっと強めにお兄様の肩に額をぶつけてからお兄様の首元に顔を埋める。お兄様が笑ったのが振動で伝わった。

 

「本当、深雪は可愛くてたまらない」

 

お兄様の温かな腕に閉じ込められて、そのまま布団に二人して転がった。

 

「こうしていると寝るのがもったいなく思えてくる。ずっと、ずっとこのままお前を感じていたい」

「・・・ダメですよ。ちゃんと寝てくださいませ」

 

抱き寄せて耳元で囁かないで欲しい。かすかに耳に唇が当たるのはわざとですね?恐ろしいったら。

お兄様、本当に私を待ってくれる気ある??落としにかかってませんか?ついうっかり体がお兄様に全てを委ねようとするのを、何とか崖っぷちで堪える。

 

「私は逃げませんから」

「うん」

 

頷きながらもお兄様の腕が私を逃がさないように強く絡みつく。

信じてもらえてないわけではない、のだろう。ただ不安なのだ。お兄様は今まで奪われてきた人生だったから。

だから抵抗せずに大人しく腕の中に納まって。

 

「私は、お兄様と共にありますから」

「・・・ああ」

 

蕩けるほどの甘い声で、ありがとう、と呟いたお兄様はきっと私の心臓が激しく音を立てたことに気付いただろうに、それ以上の接触をしなかった。

互いの心音が追いかけっこをするようにリズムを刻んでいたが、何時しか意識は遠のいていった。

心音が眠りに誘うというのは本当らしい。あれだけ眠れるか心配していたのにあっさりと夢の国へと旅立った。

 

 

――

 

 

頭を撫でられる感覚に意識が浮上して、まだ暗い中瞼をゆっくりと持ち上げると浴衣の隙間から肌が覗いていた。

全貌が見えずともわかる鍛えられた身体と、覗く傷跡がお兄様のものであると深雪ちゃんの優秀な頭脳が正解をはじき出す。

 

「う・・・おにいさま?」

「まだ早いから眠ってていいんだぞ」

 

声のする方に顔を上げればとろけるような笑みを浮かべるお兄様。朝からとてもえっちいですね。何のスチルです?朝チュン設定??

・・・・・・・・・あ。

 

「お、おはようございますお兄様」

 

思い出した、昨日一緒に眠ったのでしたね。

記憶をひっくり返しても何もしなかったはず、なのだけれどどうしてお兄様は朝からそんなにお色気駄々洩れなんですか?え?何も無かったよね??

 

「おはよう深雪。まだ意識がはっきりとしていないようだな」

「はい・・・少し」

 

実際は少しどころじゃない、とっても混乱している。お兄様にはそれも伝わっているのだろう。とても愉しそうに笑みを深くされていた。

 

「いつから起きていらしたのですか」

「そうだな。深雪が目覚める前、と言いたいところだがお前に嘘は吐けないからな。深雪が寒くなって俺に抱き着いてからだから一時間くらい前か」

 

・・・・・・・・・それは九校戦の時のような状況で、お兄様に熱を求めた、ということでしょうか。

確かに密着していますね。お兄様の腕枕に納まって身を寄せているこの状況。でも抱きついて、というより寄り添っている、と言った方が正しいのではないだろうか。密着しているけれど。とっても密着していますけれど!

 

「時と場合によっては気付かないことも大事だと思うのですが、無知でいることの方が恐ろしいこともあるでしょうから。――お兄様、この前の姿勢はどのようなものだったのでしょうか」

 

知るのが怖い。けれどお兄様は言っていた。知らぬことがいいというのは嘘だと。

私自身知らぬが仏は賛成派なんですけれどね、お兄様の前だと知らないことが怖いことに思えるのですよ。

 

「勇気があるのは良いことだが、それは今聞いてしまうと困ったことになるかもしれないぞ」

 

・・・・・・という前置きがあるということはとても困ったような状況だったということですね。

 

「・・・・・・家に着いたら教えてもらえますか」

「賢明な判断だね」

 

今聞いたらダメージが大きいって、今の状況より恥ずかしいってこと?一体何があったのか想像しそうになるけれど、その前にこの状況をだんだんと理解してきてですね。

 

「朝からいろんな深雪の表情が見られるなんて贅沢だな」

 

じっ、とお兄様に見られている事実にも気づいて更に頭に血が上る。朝の鈍い体は反応が遅く、顔を手で覆って隠すのが遅かった。

クッと、笑いを堪えながら抱き寄せられるけど、抵抗する手は顔を隠すので精いっぱいでされるがままになってしまっていた。

 

「隠れていない耳と首筋が食べごろのように染まっているぞ。美味そうだ」

 

いいか?と尋ねられてもNoと答える他ない。全く持ってよろしくありませんよ。

・・・お兄様と一緒だと心臓が持たない。早く帰宅できるようでよかった。一刻も早く働きすぎの心臓に休息をあげたい。

 

それからしばらくして何とか持ち直してから同時に起床する。

浴衣の乱れを少し直して、お兄様からのお願いで触れるだけのキスをしてから使用人を呼んだ。

新年二日目。今日も乗り切りましょう。

 

――

 

 

鍛え抜かれた表情筋がしっかりと役目を果たしている。

淑女の微笑みを浮かべてお兄様と並んで挨拶回り。

昨日の衝撃から抜けた方々からお祝いの言葉を頂きながら昨日の魔法のことを聞き出そうとされたりと、探りを入れてくるあたりは通常運転に戻ってきているのか。

お兄様を蔑む視線が少ないのは、昨日叔母様が認識を改めろと言ってからあの魔法を披露したことが要因か。

世間の評価より実力で判断する。流石は四葉家。自他ともに認める実力主義の一族。・・・この一族をここまで騙せるだけの情報操作をしていた叔母様の手腕が恐ろしい。

だって、訓練内容は伏せられていたけれど任務の遂行率100%はちょっと調べればわかりましたからね。

まあ、四葉の下っ端戦闘任務失敗してたらほとんどが『死』だったから生きてる時点で遂行できてるってことなのだけど。

任務内容だって概要書いてあるのにね。報告書も目を通さなかったのかな。

それとも私が気付いていないだけで目を通していた資料は一般向けではないものだった・・・とか?そこまではチェックしていなかった。

 

「深雪、寒いのかい?少し休もうか」

 

内部の情報さえも情報規制をかけ、厳重に管理できてしまう叔母様のわるぅい笑みを思い浮かべて身を震わせていると、お兄様が気遣って壁際に誘導してくださった。

相変わらず妹の異変を察知してからの行動が早い。流石お兄様。

 

「寒くはございません。ありがとうございます」

 

休憩できることはありがたかったのでお礼を言うと柔らかく微笑まれる。その表情に愛しさが溢れているようで、頬に熱が集まった。

 

「この二日で進展しすぎじゃない?どう見ても兄妹には見えないわよ、お二人さん」

 

甘い空気垂れ流しちゃって、と近づいてきたのは夕歌さん。兄妹じゃなかったら一体何に見えると言うのか。・・・言われなくともわかってますけどね。

それにしても今日もとっても美人なお姉さん!惚れ惚れしちゃう――のだけど。

 

「深雪」

 

腰を抱き寄せられ耳元で囁かれて、名を呼ばれただけなのに瞬時に意味を理解して俯く。お兄様の低音ボイスは本当、凶器だと思う。

・・・見惚れているのがバレたようです。以前から注意されていたけれど、婚約者となった今、独占欲を隠さなくなった模様。

 

「・・・ちょっと。人を出汁にいちゃつかないでくれない?」

 

夕歌さんの不満の声に、しかしお兄様がしれっと返す。

 

「深雪が綺麗なモノに目が無いのはわかっているのですが、俺以外に意識を奪われるのは面白くないので」

「・・・達也さん、もしかしてそっちが素なの?」

 

夕歌さんは綺麗と言われて戸惑ったように視線を惑わせたものの、続けられた言葉に心底呆れたという顔で返した。

 

「そのようです。自覚したのはこちらに来てからですが」

 

夕歌さんびっくりでしょう?私も驚きましたよ。お兄様がそんな風に思っていたなんて。

淑女的な理由でアウトだからと注意されたとばかり思ってましたからね。面白くないと言われても、ただのリップサービスだと。

今考えたら妹相手に恋人っぽいセリフを使うサービスとは??と疑問に思えるのだけど、当時は何で思い浮かばなかったのだろう。

A.妹だから。あとは原作でもそんな感じだったから。

お兄様、深雪ちゃんに対して最初から恋人扱いみたいなことばかりしてた。だからデフォルトだと思ってしまっていた。

刷り込みって怖い。

 

「人目が無ければガンガン突っ込みたいところなんだけど、この場でそんなことできるはずもないから」

 

そう言って俯いている私の視界に白い紙が入り込む。

 

「これ、私のプライベートナンバー。今度お茶に誘うわ。もちろん断らないわよね?」

「!」

 

手が震えないように紙を受け取る。

嬉しい!すっごく!!人目が無ければ飛びあがって喜んだだろう。

脳裏に浮かんだのは30日に連絡もらったナンバーはプライベートなものじゃなかったんだなということと、それをくれたってことは仲良くしても良いと思ってくれたということで。

 

「あの、是非。よろしくお願いいたします」

 

嬉しさがにじみ出るようにはにかみながら答えると、夕歌さんはじっと私を見つめてから失敗したわと零した。

 

「何がです?」

「こんな事ならさっさと仲良くなっておくんだった、てこと。深雪さんとならたっぷりガールズトークができたのにってね。でも、これからは取り返すくらい付き合って」

「え、ええ。それは、もちろん喜んで参加させていただきたいのですが。夕歌さんでしたらご友人も多いでしょう?」

 

ガールズトークなんていくらでもしてそうなのに、と思ったら自嘲が口元に浮かんでいた。

 

「本音トークなんてできるわけないでしょう。でも、貴女ならすべての事情を知っているから遠慮せず話せるわ」

 

ああ、確かに四葉の人間が気軽に本音を喋れるわけなかったね。四葉同士でさえまともにできないのに。うっかり。

そうしたら、亜夜子ちゃんも、と視線を巡らせれば――いた。文弥くんと一緒に誰かとそつなくご挨拶をしているところのようだった。

昨日のことがあって彼女も精神的に参っているだろうに気丈に振舞う姿は感心する。

だけど今の彼女に私と会話をすることは苦痛だろう。彼女も誘いたいと名を口にすることは躊躇われた。

 

「それもそうですね。夕歌さんの女の子の秘密を聞いてみたいものです」

「いいわよ。代わりにあなたの秘密もいっぱい教えてもらうから」

 

覚悟しなさい、と勝気な笑顔は綺麗なのに可愛らしくて好き!と心が騒ぐ。

けれどその度にお兄様からの戒めのように、腰に回された手が腰を撫でてくるんですよね。・・・危険。

あまり悪戯しようとしないでください、とその手に手を重ねて動きを封じる。

 

「・・・達也さんはもちろん遠慮してね」

 

ガールズトークの席なんだから男子禁制、と締め出し宣言をする夕歌さん。

 

「同席は諦めますが、隣接した場所に控えるくらいは認めてもらいますよ」

 

対してお兄様は一緒にというのは諦めるが、傍から離れないと宣言。・・・お兄様、傍に居なくても守護ができるのではなかったでしたっけね。口に出しませんけれど。

 

「・・・束縛は嫌われるわよ」

「深雪の立場を考えればお判りでしょう」

 

バチバチと火花が散っています。どこかで見た光景。ライバルって感じではないけれど気にくわないっていうオーラが。

そこへ、お給仕さんに回っていた水波ちゃんがやってきた。もしかして窮地を救いに来てくれたのかな、と思ったのだけど。

 

「白川夫人より、深雪様にお越しくださいとご伝言が」

 

白川夫人と聞いて体が緊張するのは仕方が無いことだと思うんだ。たとえ叔母様の指示だったとしても人を罠にかけあんなことをされたわけだしね。

でも今日はこれから帰宅するだけ。あのような罠にかけられるわけもなく。

 

「私だけなのね。分かったわ。――達也さん」

 

お兄様を見上げると、目が細くなっていて、警戒しているようだけれど夫人に呼ばれて行かないわけにもいかない。

それをわかっているから、ぎゅっとつながった手を握ってから離すと腰に回されていた手もするっと離れた。

 

「夕歌さんも、じっくりお話はまた今度。楽しみにしております」

「ええ。たっぷりお話しましょう」

「達也さん、あちらで文弥さんたちもお話が終わりそうですよ。昨日もあまりお話ができなかったでしょうからお話に行ってはいかがでしょう。亜夜子さんも昨日は体調が悪かったようですし、代わりに様子を窺ってきて下さいませ」

「そうだな、分かった。水波」

「はい。深雪様、ご案内いたします」

 

お兄様が言外に自分の分も頼む、と水波ちゃんに託し、水波ちゃんが了承する。この辺の連携もスムーズになりましたねぇ。これでまだ一年も付き合ってないんですよ。すごいでしょう。

辞するために一礼してから水波ちゃんについて行く。

 

「水波ちゃん。休暇の件、聞いてる?」

「はい。4日に休暇を頂き、その夜には帰宅予定と」

「ごめんなさいね、一日しかお休みをあげられなくて」

「それは構わない――いえ、できることなら休暇など返上したいくらいなのですが」

「それはダメよ。今までだって労働基準を無視したお仕事をさせているんだから。水波ちゃんにだってフリーの日が必要だわ」

 

住み込みって年中無休だから。こんな時くらい休んで、と伝えると水波ちゃんは、なんだか微妙な表情をしていて・・・なんで?

 

「あの・・・深雪様、達也様とご婚約されたとお伺いいたしましたが」

「え、ええ。驚いたけれど、その、そういうことになったわね」

 

当然水波ちゃんにも知られているとはわかっていたけれど改めて指摘されると恥ずかしいものだね。

だけど赤くなる私と対象に、水波ちゃんの表情はちょっと青ざめているような・・・?

 

「深雪様、お分かりですか?今日から二日間、ご実家に達也様とお二人で過ごすことになるのですよ」

「水波ちゃんが来る前がどんなだったか、懐かしいわね。そんなに前のことじゃないのだけどもう水波ちゃんが一緒にいるのが当たり前になっていたから」

 

思い返すのは入学前、実家に戻った時からの一年間。穏やかで、心温まる平穏な生活だったような気がする。・・・時折ちょっとハプニングもあったけれど、あれはお兄様の呪いだから。主人公の宿命だから。

なぜだろう、さっきから答えるたびに水波ちゃんの反応が芳しくない。

ついに水波ちゃんは誰もいない廊下に立ち止まって。

決意を決めたとばかりに顔を上げて――

 

「深雪様。よろしいですか、以前とは大きく違う点がございます。それは――」

 

 

「深雪様、お呼びだてして申し訳ございません」

 

 

「「!!」」

 

・・・全く気配を感じなかった。

声のする方に振り替えれば、白川夫人が一分の隙も無い姿で立っていた。

白川夫人、もしや使用人を統括する以上に戦闘訓練もかなりの腕前です?実力主義の四葉だから実力無いトップには従わないとかいうルールがありましたか?ありえそう。

水波ちゃんは口を閉ざし一歩下がって頭を下げている。

白川夫人は水波ちゃんを労って、私を一室へと案内した。

そこは誰もいない談話室。親族でも許可なく入れない空間だった。

 

「深雪様、ご当主様よりこちらをお預かりしております」

 

そう言って渡されたのはオフラインの携帯端末。

コードを入力して開けば――、あらぁ。これは大至急だね。今のタイミングを逃せばチャンスは巡ってこないだろう。

 

「分かりました。白川夫人、案内していただけますか」

「そのように仰せつかっております。どうぞ、ご案内いたします」

 

話が早いったら。

白川夫人に案内されるままその後について行った。

 

 

――

 

 

貢視点

 

 

シガールームには各分家の当主と、前当主が首を揃えていた。全員ではない。男ばかりで、しかも全員が同じ恐れを抱いている面子だった。

別に約束をしていたわけではない。

 

自然と一人、二人と集まり、気が付けばそういう者だけがここに集っていた。

全員、不安なのだ。

煙を燻らせたり、深く椅子に沈んでは落ち着かないとばかりに貧乏ゆすりをするものがいたり、と。

気持ちは痛いほどよくわかった。

まさか、このような事態になろうとは。

 

「・・・このままでいいのか?・・・彼女は、深夜さんは怯える必要などないと」

「そんなバカな話があるか!前当主様が言っていただろう!アレは世界を破滅させるだけの力を有しているんだぞ!」

「世界中が躍起になってあの戦略級魔法師を探している。やっぱりあれは災厄なんだ・・・」

 

そうだ、という声がいくつも上がる。

だが――アレの、達也の誕生の原因が深夜さんの恨みによるものであるという前提が崩れた。

土台が崩れると疑心暗鬼にもつながる。結局の理由が何だったのかと追求したくないのに探る欲が出てくる。

やはり、アレは、私たちの願いが生みだして形となった破壊を司る悪魔なのか――

 

コンコンコンコン

 

響くノック音に一瞬になって部屋が静まり返る。

この部屋に入るのにノックなどいらない。ここは自由に出入りが許されている部屋だ。

誰もが扉に注視する中、入ってきたのは――こんな部屋には場違いなほど眩い美貌の少女、次期当主に決まったばかりの深雪だった。

この邸でたった一人で彼女が動くところを初めて見た。

彼女の傍には、常にあの悪魔が控えていたから。

 

「皆様がこちらでお寛ぎだと伺いましたのでコーヒーをお持ちいたしました。と言いましても用意をしたのは私ではないのですが」

 

コーヒーを乗せたワゴンを運び入れて我々一人一人に淑やかな笑みとともに振舞う姿に誰もが見惚れた。

娘と同じ年の頃だというのに、気を引き締めていなければ惹き寄せられてしまいそうなほど美しい少女は、我々の視線を受けても動じもしない。

注目を集めることは当然のことであり、彼女にとって空気のように自然なことだから何も思わないということか。

全員に行き渡ったことを確認して、仕事をやり切ったとばかりの彼女の微笑みに、この薄暗い部屋が輝いたような錯覚まで見えたようだった。

 

「次期当主として選ばれましたけれどわたくしは、まだまだ至らぬ身。皆様には、これからも四葉を支えていただくため、ご助力いただきたく存じます」

 

この挨拶のためだけにここに顕れたというのか。

だとしたら健気で立派に務めを果たそうとする姿を微笑ましく見守ろうと思えるのだが、――なぜだろう。亜夜子とそう変わらないはずの彼女から、自身の従姉妹のようなプレッシャーが滲んでいるような気がするのは。

 

「皆様も、四葉を離れて暮らしていた私に不安に思われる点も多いでしょう。特に、昨日は同時に婚約者も発表となり、皆様を驚かせたことと思います」

 

婚約者、との言葉に忌まわしいあの男の顔が浮かんで全員が顔を顰めるなり俯くなり視線を逸らしたりと、あからさまな態度を見せる。

それに対し、彼女はくすり、と笑った。

彼女の浮かべている笑みは穢れを知らない純真な微笑みに見えて、一瞬抱いたくらい感情も忘れて惚けてしまう。

まるで宗教画の、慈悲深き聖女のごとき慈悲の笑みだった。

 

「――皆様の憂いを一つ、晴らしましょう」

 

続く言葉も、聖女そのもののようで恥も外聞もなく縋りたくなった。

 

 

「私が彼の婚約者となったのは、皆様の願いを叶えるためです」

 

「世界を破壊する力とは、強大すぎて世界に混乱をもたらすと、皆様は憂いておられるのでしょう」

 

「私はそれを制御するために生まれたのです。いわば、安全装置のようなもの」

 

「これまで力を発揮してきた二回の魔法は、世界に混乱も招きましたが、同時に抑止力としてこの国を守ることに使われました。そしてまた、我が国は別の脅威に晒されています。同じようにただ圧倒的な力で封殺するのでは、世界はこの国を危険と判断し牙を剥くかもしれません。――今度はそれを私が抑え込んでみせましょう」

 

 

 

別の脅威、新たな危険が迫っているというのは、我が四葉の誇る諜報課からも上がっていた。人間主義を扇動し、魔法師を排斥しようと動く黒幕の存在も徐々に鮮明になってきている。

――まさかそれが、我が四葉因縁の大漢出身者が絡んでいるとは思いもよらなかったが。

来たる災厄に、彼女は大いなる破壊の力を使わずに終息させようというのだ。

 

「力とは使い方ひとつ。使いどころを見誤らなければ、それは私たちを守る力となるでしょう」

 

そうだ、前当主の英作伯父上も言っていた。

――どんな偶然が働いたにせよ、この力は四葉の切り札ともなる力だと。

彼女はそれを知らぬはずなのに、伯父上と同じことを言う。

 

「もし理由なく暴発するようなことがあれば、私は責任をもって封じましょう。私の力はそのためにあるのです」

 

確かに、彼女の持つ固有魔法はアレを封殺するだけの威力のある魔法だった。

 

「――、だが、それが貴女にできるのか」

 

そう言ったのは誰だったか。一瞬自分だったのではとさえ思った。

彼女にとってみればあの男は家族同然で育った、つい一昨日まで兄妹で会った間柄だ。

今まで二人が仲睦まじく、という場面を見たことはなかったが、それでも昨日見た真夜さんたちのようなこともある。血の絆とは少しのきっかけでどちらにでも転ぶことがあるのだと、そう知ったから余計に。

だが、彼女は我々の疑問にも、慈愛に満ちた笑みで応えるのだ。

 

「もちろんです。私は四葉を守護するために存在するのですから」

 

嘘をついているなどと疑うこともできないほど清らかさを以て宣言する彼女を、これ以上疑う者は現れなかった。

彼女は嘘をついていない。あの悪魔が暴走する時、我らの次期当主は必ず我らをお救いになるだろう――。

 

「四葉は愛情深い一族です。その愛を以て共に四葉の未来を守りましょう」

 

昨日の深夜さんの言葉が脳裏に過る。

 

――深雪が四葉を大事に思える限り、達也は四葉を滅ぼさない。しないように立ちまわる。我が一族の最強の矛であり盾になるでしょう。

 

その言葉を、信じていいのではないか。神々しさすら感じる笑みを見てそう思った。

 

 

――

 

 

深雪視点

 

 

部屋を退室して、控えて待っていた使用人にワゴンを持っていかれ手持ち無沙汰になったところで迎えに来たのは白川夫人。計ったようなタイミング。これも良い使用人の条件だけど、完璧すぎませんかね。ちょっと怖いくらいだ。

何処に案内されているかわからない廊下を歩きながら思うのは、つい先ほどまでの光景なのだけど。

 

(あのコーヒー、変なモノ入ってたんじゃないですよね!?おじ様たちが何だかすごい恍惚とした表情を浮かべられていたのですけど?!)

 

ヤベェ薬でも入ってたのでは?!と疑いたくなるほど彼らがトランス状態に入っていてヤバい状況に陥っていたことがとても怖かった。

単にお兄様は危険物じゃないよ。私が抑えるから安心だよ。攻撃対象に入れないでね。皆で仲良く穏やかに暮らしましょうねと話しに行ったはずなのに、どうしてあんなことになったのか。

しかしその答えをくれる人はいない。

 

 

 

 

「深雪様、到着いたしました」

 

こちらです、と案内されたのは最初に案内された談話室。また何か隠れた任務が?と思ったけれど、今度は私一人で入るらしい。ノックをして入室。

そこには――ビシッと姿勢の良い男性が一人、待ち構えていた。

セッティングが良すぎるね。こちらは叔母様ではなく葉山さんの仕業かな。

ぱたんと扉が閉まり、一歩前に進み出る。

 

「改めてご挨拶をさせていただきます。四葉家次期当主、司波深雪と申します」

「ご丁寧にありがとうございます。わたくしの名は――今は名乗れる名がございませんのでご了承くださいませ」

 

スッと頭を下げる動作も様になっていて、とても綺麗だと思った。美しい所作はその人の人柄を表しているよう。

真面目で、仕事熱心で、心をコントロールできる人。

 

「では、今だけは名無しの権兵衛ということで権さん、とお呼びしてもよろしいですか?」

 

少し茶目っ気を出して問えば、彼は御随意に、と胸に手を当て首を垂れる。

丁寧な所作だが、この状況では少し大げさだ。案外ノリがいいかもしれない。

時間がさほど取れないことをわかっているのだろう、権さんはさっそく話を切り出した。

 

「死に体だったわたくしを拾ってくださったのはお嬢様だとお伺いしました。改めてお礼を」

 

ありがとうございました、と言うけれど、私はそこにストップをかける。

 

「思ってもいない礼は不要です。私は映像を見ただけですが、貴方はあの場で死ぬつもりでした。生きることを終わらせようとした貴方の意志を無視して冥府より呼び戻したのです。ご不快に思われることはあってもお礼を言われることではないと、理解しているつもりです」

 

権さんは――名倉三郎は京都で周と相打ちを狙って、命を賭して、その場で果てた。

勝てない可能性を理解した上で、死に場所として選んだ。――戦って死にたかったのか、主人が気に入らず仕えることが嫌になったのか。他にも理由は想像できるが聞くつもりはない。

彼は、死んだのだから。

私の答えに、初めて彼が感情を見せた。訝しんでいる、疑念を抱いている、そんな感情の乗った瞳だった。

 

「分かっていて、何故、ということでしたら、単に私の我儘です」

「私は、お会いしたのはあの一度きりだったかと思うのですが」

 

記憶違いでしょうか、と言うので首を振って否定する。

 

「いいえ。それは記憶違いではございません。紹介していただいた、あの一度きりです」

「――以前お仕えしていた方のお嬢様と親しいから、ということですか?」

「それも違います。――単に、一目惚れです」

「・・・・・・」

 

おおう・・・。有能なおじ様を固まらせてしまった。これって結構すごいことでは?ちょっと、いやかなり嬉しい。

 

「貴方の仕事する姿が、素敵に見えたのです。ですが、あの時スカウトしたところで、貴方が主を見限るようなことはしない。尽くすと決めたら最後まで。仕事に誇りをもって全うする方とお見受けしました。だから、欲しいと思っても断念せざるを得なかった」

 

そこで一旦区切って、微笑みかけた。

 

「貴方は最期まで仕事を全うされた。職務を放棄することなくやり遂げた。――ならば、今度は勧誘しても誘いに乗ってもらえるのでは、と思った次第です」

 

まるであそこで死ぬことを知っていてすべてを見ていたような発言なのに、そのことに気付きながらも権さんはそこに触れない。

アンタッチャブル――四葉の闇に不用意に触れない、という意思も感じられた。

 

「私は任務に失敗しました」

「一度の失敗でクビを宣言するほど狭量ではないつもりです」

「不要だと切り捨てられた人間です」

「それは上の人間の見る目がない、と言わざるを得ないでしょう。貴方はどう見ても優秀な人材です。四葉はいつでも実力のある有能な人材を募集しています」

 

最後に営業スマイルを浮かべれば、権さんはふっと苦みの走った笑みを浮かべた。

・・・やだ、うちには少ないダンディ要員です。カッコイイ。お兄様もいずれそうなる予定ですけれどね!

 

「お嬢様は大変ユニークなお方のようですね」

「随分オブラートに包んでくださったようですわね」

 

はっきり言ってもいいのに。おかしな人間だって。

普通死にかけた人間拾って無理やり生かして、雇おうなんてこと考えないから。しかもよりにもよって四葉の天敵の七草の使用人を。

きっと情報をしゃべらせようと拾ったと思われていただろうね。だけど残念。内側にしゃべってもらわなくてもそちらの事情は筒抜けだったりするのですよ。

思考までは読めないけどね。あの男が何を考えてるかなんて理解したくもない。

 

「研修期間は三か月、その後就職希望なら配属も要相談。――意識がはっきりした病室で渡されたのが貴女様からの求人内容でした。初めは何の冗談かと思いましたが」

「本気ですよ、私は」

「四葉の職場が働きやすいいい職場と書かれていたことに、虚偽記載だと疑いました」

「一部の方々にとってはとても働きやすいいい職場ですよ。ウチは実力主義ですから」

 

きちんと能力を把握したうえで、能力に合った仕事をしてもらいます。

 

「前歴を気にされないのですか」

「キャリアアップをご存じですか?経験豊富な分、ノウハウを生かして高給取りを目指してくださいませ。大丈夫です。権さんの能力があればすぐに実力を発揮できる職に就けますよ」

 

転職は今や武器です。ライバル会社だろうと、むしろ大歓迎。貴方の技術を生かしてわが社()を盛り立ててくださいませ。

 

「・・・これは、七草では敵うはずもございませんね」

 

あら、はっきりと名前を出されてしまいましたね。私なんてまだまだひよっこなのですが、過大評価を頂いた模様。

でも何事もビッグに見えることは良いことです。

 

「まずは体を大事になさってください。傷を治すことを第一に。就職のお話はそれからです」

「お嬢様――いえ、深雪様。わたくしは貴女様に仕えさせていただきたく存じます」

 

深々と頭を下げられて、権さんはお願いするけれど、流石に人事までは私の一存では決められない。

 

「申し訳ございませんが、私の一存では決めかねますので即答は控えさせてくださいませ。けれど、そのお言葉は嬉しく思います」

 

ありがとう、と言えば、権さんは少しだけ口角をあげてくれた。・・・渋みのあるおじ様の稀に見る、レアだろう表情。たまらないね。

けれどここでタイムアップらしい。お迎えのノックが。今度は葉山さんでした。思った以上の重要案件でしたか。七草の腹心ですものね。それもそうだった。

 

「また、会える日を楽しみにしています」

 

去り際に声を掛けると、権さんは最敬礼を以て見送ってくれた。

 

 

 

 

「葉山さん、ありがとうございました」

「お礼を言われるようなことではございません」

 

朗らかな笑みを浮かべながら葉山さんに連れられてお兄様の許へ。

水波ちゃんに連れていかれ、葉山さんに送ってもらっている時点で何かしらあったということは察せられるでしょうね。

深く詮索しないように、との牽制を含めての案内でしたか。

お兄様は感情の読めない表情で固めて葉山さんに頭を下げて私を出迎えた。

 

「おかえり、深雪」

「お待たせいたしました、達也さん」

 

・・・さん付けって言い慣れない。せめて様で呼ばせてほしい。お兄様に要相談だね。

 

「葉山さんもありがとうございました」

「もうしばらく会をお楽しみくださいませ」

 

つまり帰りの準備までもう少しかかるということだね。警察の動きがもろバレの件。今さらだね。

 

「文弥くんたちとお話はできましたか」

「ああ。彼女はまだ体調が良くないようだったがな」

 

それはそうでしょうね。失恋の傷が一日で治るわけがない。

でもよかった。少しでもお話することができて。亜夜子ちゃんは決して恋に溺れて仕事が手につかなくなるような娘ではない。きっと、立ち直ってくれるから。

それこそ、少しでも隙を見せたら私から奪い取ってやるくらいの気迫をにじませてくるかもしれない。

 

「・・・たばこの香りがするね」

「少しご挨拶に赴きましたので、そこで移ってしまったのでしょう。気になるのでしたら一旦下がりますが」

 

別に制限されているわけではないけれど、食事の場で大っぴらに魔法を使うことは躊躇われた。せめて場所を変えてこっそりと使いたい。

 

「そうだな。一旦下がろうか」

「・・・私一人で十分ですよ」

「少しくらい、二人で退席したところで問題ないだろう」

 

・・・お兄様から何が何でも離れない、という意思が感じられますね。

文弥くんたちとのお話で何かあったかな。

とりあえず中座して、人気のいない場所へ移動するとCADを取り出して臭いと汚れを落とす。

うん、これで綺麗になったはず。と思ったところで抱き寄せられた。

 

「お、お兄様!」

「今は達也だろう?人はいないが、気を抜いてはダメだよ」

 

いやいやいやいや。人がいないならいいじゃないですか。というより人がいないからって抱きしめられましても困ってしまいます!

 

「・・・お疲れなのですか、達也さん」

「そりゃあ、ね。悪意の視線に晒されるのは慣れているが、ずっとあのように探られる視線に晒されるといくら俺でも辟易する」

 

傍にお前もいないしな、と言われてしまうと罪悪感が刺激されてしまう。

確かに私がいれば多少分散もされただろうけど。

 

「お前と一緒ならどんな場面でも気にすることなんて無いのに」

 

深雪だけを見ていられるのだから、と蟀谷にキスを一つ。

 

「・・・お兄様には羞恥というものが無いのですか」

「達也」

「・・・達也さん」

「俺にだって羞恥くらいはある。だがそれよりもお前を堪能したいという欲が勝ってしまうだけで」

 

・・・羞恥って負けるんだ。私の場合羞恥が強いのかしら。

お兄様の名前一つでもこんなにドキドキするのに。

 

「ほら」

 

そう言って私の手を取ると自身の胸に押し当てた。

ちょちょちょ、まって。お待ちになって。お兄様にこのように触れるなんて!

 

「分かるか」

「・・・確かに、鼓動が早いようですけれど」

 

私はその二倍のスピードでビートを刻んでおります。

 

「俺に触れるだけでそんなに赤くなってしまうのか」

 

しょうがない子だね、と言わんばかりの表情と甘い声。深雪から触れることだってあっただろう?と申されますが、自分から触れるのと手を取って触れさせられるのとは全然別物ですからね!?

 

「ああ、可愛い。困ったな。もうこのまま帰りたくなってきた」

「も、もう!達也さ――達也様、戻りませんと」

「様って・・・俺はお前の婚約者というだけであって、立場でいったらお前の下だぞ」

「ですが、現当主のご子息なのですからおかしくは無いはずです」

「ご子息ってなぁ。・・・やはりあの時呼び方を直すべきだったか」

 

いつもの言葉足らずのお兄様の言うあの時が、中学生になりたてのあの沖縄を指していることが分かった。

初めてお兄様と呼んだあの日、とても驚かれていたものね。そして不相応だとも思っていたようだけれど。

 

「お兄様はお兄様です。それ以外には呼べません」

 

深雪ちゃんがお兄様と呼ばなかったらそれはもう深雪ちゃんじゃなくなっちゃう。

そうでなくともお兄様は尊敬に値するとても素敵な方なのだから。

 

「頑固だな。・・・そんなお前も愛おしいが」

「!!」

 

その言葉にボンっと顔が真っ赤になった気がした。というかしてるはず。お兄様がくすくすと笑われて抱きしめる力を強めた。

 

「・・・達也様は変わられてしまいました」

「変わった俺は嫌いかい?」

 

甘いささやきに、体中が熱を帯びる。

 

「答えは聞かないでおいてあげよう」

 

答えが判りきっているから、ということなのだろう。・・・助けてほしい。お兄様の怒涛の攻めに耐えられそうにない。

待ってるって言ってくれましたよね?全然待ってくれてない。恋をしてもらう努力をするのはもう少し待ってもらえないだろうか。もうこちらは虫の息です。仕留めにこられてます。・・・何とか、生き延びねば。

それから顔色が戻るまで待ってもらってから会場に戻った。

夕歌さんのニヤニヤ笑いが視界に入り、気まずかったことをお知らせします。

 

 

――

 

 

午後を回り、叔母様が姿を現してすぐの挨拶で、既に魔法士協会を通して昨日発表となった次期当主候補の名と、司波達也を四葉真夜の息子と認知すること。そして司波深雪、司波達也が婚約をしたことを通達したのが午前中。

既に祝電が届き始めている、と教えてもらった。

新年早々びっくりしただろうね。いろんなお家が大騒ぎしてそう。それはそうだ。私たち四葉の人間だって驚いたのだから。

学校に行くのが今から憂鬱です。

 

(居心地が悪そうだなぁ。いや、悪くさせるのは私か)

 

後でお兄様にもすり合わせをしなければ。

お食事を摘まみながら進む会食は、途中水波ちゃんのお迎えによって唐突に終了を告げた。

叔母様からのアイコンタクトを受け、一礼して退席する。

帰っていいって!

警察の方々も年末からお疲れ様です。ゆっくりお休みください。

そしてドレスを脱いで身軽な恰好になったことでとても開放的な気分になった。やっぱりドレスは戦闘服よね。鎧のように重い。

あ、実際の重さじゃないよ。重量で言ったら昨日の着物の方が重かった。アレは拘束具であり筋力を鍛える器具だから。着るダンベル。

 

「ありがとうね、水波ちゃん」

 

今は皆出払っているのでちょっと気楽に話しかけたけど、水波ちゃんは浮かないお顔。

どうしたんだろうと思っていると、

 

「やっぱり、私もご一緒させていただいた方が・・・」

 

?何が??

 

「でも、職務を放棄するわけにも・・・」

「水波ちゃん、一緒に帰りたいの?」

「深雪様の御身をお守りしなければ、と思うのですが」

 

私の身って・・・まあ四葉バレしたわけだし、狙われるのは確かだろうけど。

 

「大丈夫よ。お兄様がいるもの」

 

お兄様という鉄壁の守りがありますのでね!どうか安心してほしい、と笑いかけるのだけれど、水波ちゃんが、残念なモノを見るようなお顔に。何故に?

 

「・・・その達也様が危険なのではないですか」

 

ん?お兄様が危険?あ、お兄様も危険だった!何せ四葉当主の息子なのだから。

狙われるのは私だけではない。お兄様もだ。

 

「私も油断しないようにしないとね。ありがとう水波ちゃん」

 

そんなことにも気づかなかったなんて。

もちろんお兄様が狙われるからって、お兄様が危険なことになるかと言われれば、大抵のことなら片手で片が付くだろうけれど、何が起こるかなんてわからないからね。原作があるから何も起きない、なんて油断はしません。

そう意気込んで見せたのだけど、やっぱり水波ちゃんの表情は晴れない。

それでも手は動いていて、帰り支度が整った。

流石水波ちゃん、できるメイドは違う。

 

「水波ちゃんも、明日までお仕事大変だろうけど、ゆっくり休んでね」

「深雪、車の準備が整ったそうだ」

 

先に準備を終えていたお兄様が確認から戻ってきた。

もう出立するとのこと。

水波ちゃんは私の分のトランクを持ってお兄様の許へ行くと、

 

「深雪様が傷つくようなことがあれば容赦は致しません」

「言うようになったな、水波」

 

・・・お兄様、ここにきて敵が増えましたか?夕歌さんともバチバチしていたけれど、今度は水波ちゃんともですか?午前中あれだけ息ぴったりな会話をしていたのに。

おかしいな。お兄様主人公スキルでハーレム力高いはずなのに・・・と思ったけれど年下との相性は元からあまりよろしくなかったね。

夕歌さんのアレはもしかしたら揶揄っていてのバチバチだったかもしれない。年上をからかうのもお兄様の特性。七草先輩とかね。

玄関まで見送ってくれた水波ちゃんは再度お気をつけて、と心配してくれた。主人想いの優しい子です。私にはもったいないくらいいい子。

去り行く車を最後まで見送ってくれた。

そこから車は行きとは違い何一つ妨害に遭うこともなく無事に駅に着いた。荷物はお兄様が運んでいる。・・・私も持つって言ったのに、婚約者に荷物を持たせられるわけないだろう、て。

・・・箸より重い物持てますけど、お兄様と水波ちゃんの前では持たせては貰えそうにないね。

 

 

――

 

 

そこからキャビネットに揺られて家に着く頃には日が暮れていた。

冬の空は澄んでいて、星空が綺麗だった。東京でも住宅街は結構星が見えるんですよ。

 

「おかえりなさいませ、お兄様」

「ただいま深雪。深雪もおかえり」

「はい、ただいま戻りました」

 

気恥ずかしさもありながら、ハグをして。三十秒きっかりで離れると、二人で微笑み合うのだけれど。

 

「キスをしたいと思うのだが、いいだろうか」

 

・・・唐突にされるのも困るけど、こうして確認されることもとっても困る。

正直に言えば困ります、と返したい。

されたくないかと聞かれればNo。嫌ではないのだ。

ただ、緊張と恥ずかしさと、・・・気持ちが昂りすぎてしまうので、頭がパニックを起こしてしまう。だから困るのだけれど、そんなことを言うのも憚られるわけで。

頬が染まるのを自覚しながら俯くように頷くと、お兄様の手が頬に添えられ、ゆっくりと上向きにされる。

近づく顔にそっと瞼を下ろすと、優しく柔らかい唇が重ねられた。

それは啄むようにしてすぐに離れていく。

震える瞼をゆっくり上げると、徐々に見えるのはお兄様の少し情けなさそうに眉を下げた顔。

 

「お兄様?」

 

一体何をお考えなのかわからず声を掛けるが、お兄様はもう一度ぎゅっと抱きしめるとこれまたすぐに離してくれた。

 

「駄目だな・・・どんどん欲深くなっていく。お前に甘えすぎてしまうな」

 

その姿に、その言葉に、そしてその声に心臓が鷲掴みにされる。痛い。苦しい。

お兄様がどんどん私を追い詰めてくる。

まだ玄関を入ったばかりだというのに、この状況。私は果たして心を休めることはできるだろうか。

 

「先に荷ほどきをしようか」

「そう、ですね。あ、お夕食はどうしますか?」

「正直、ずっと何かしらつまんでいたからな。そんなに減った気はしていないんだが、深雪はどうだ?」

「お兄様と一緒であまり空腹感が感じられません。ですが全く食べないというのも良くないでしょうから」

 

お兄様も私もまだ成長期ですからね。長い時間空腹のままというのも体に良くない。

 

「それでしたら具沢山のお味噌汁だけ、というのもいいかもしれません。汁物ですからそこまで重くもないですし、食べた気にもなります」

「それはいい。深雪の味噌汁なら何杯でも食べられそうだ」

「まあ、お兄様ったら」

 

くすくすと笑い合ってから、それぞれの部屋に向かった。

ぱたん、と閉じた瞬間、私はトランクを置いたままベッドにダイブした。恰好などもう気にもしてられない。そんな余裕はない。

ここ数日間を思い出すだけで、いや、ついさっきのやり取りだけでも私にはもうキャパオーバーだった。

 

(だって、だってだって!お、お兄様が私を、その・・・そういった意味で好いてくださってるなんて思いもよらなかったから!

どうしてこんなことになった!?原作からルートを離れようとしたらとんだ強制力が働いてしまったということなのかな。

妹が好きにならないと動くならお兄様の方を、みたいな?それはあまりにも暴挙が過ぎるでしょう!なんなのこの強力な原作修正力は。

物語が破綻してしまいます!!お兄様は気付かなかったからこれから葛藤が生まれるのでしょう?!

それがこんな、こんな・・・)

 

頭を抱えて蹲る。

こんなシナリオ想定外だった。

一応叔母様が私から婚約者を変えないルートは考えていたのだ。

一番はお兄様が好きな人ができるまでの仮契約として君臨し、お相手ができたら速やかにお兄様との婚約を解消。結ばれてもらうルート。

もしお兄様に好きな人が現れなくても、その時は四葉から自由になってもらうためお兄様の意見が多少は通るだろう、私の婚約者という立場を利用してもらって。

ESCAPES計画を完成させてもらいさえすれば、その暁には個人の地位も確立するだろうから、四葉から離れた生活が約束される。婚約はそれから破棄していい。

もし、叔母様が四葉からどうしても離したくなくて、無理やりこのまま結婚させようと躍起になろうとも、お兄様の意思がない限り回避するつもりだったし、万が一、お兄様が私との白い結婚だろうともした方が得策だと思うことがあったのであれば、それに従おう、と思っていた。

白い結婚。すなわち肉体関係のない書類上の付き合いということ。どうあってもお兄様は妹に手を出す気にならないだろう、と思っていたから。深雪ちゃんが望まぬ限り、ありえないはずだと。

 

(そう、思っていたのに)

 

まさかの大番狂わせである。

 

(兄妹の立場が逆転してしまうなんて。こんなこと、あっていいのだろうか。いや、良いはずが――)

 

「ん・・・?」

 

痛む頭で考え事をしていたら、何かが思考の端で引っかかったのだけれど、思い返してみてもそれが何なのか、分からない。

・・・とりあえずこんな恰好で寝そべっていても何も解決はしない、と頭が冷静になってきたところで体を起こす。

今はやることをやらねば。

トランクに手を伸ばして片づけを始める。

 

(この後の流れをどう変わるか。婚約者となった今、原作通り魔法師界は大混乱になっているはず)

 

明日には原作通り一条家から異議申し立てがあるかもしれない。

まあ、それに関して言えば、どちらかと言うと七草の陰謀が常識という皮を被っていちゃもんをつける材料になるだけだから大して問題だとは思っていない。

むしろ矢面に立たされてしまう一条君に申し訳なく思うくらいだ。自身の恋心を大人たちに利用されてしまうのだから。

そうなる前にお断りをと京都でやんわり伝えたつもりだけれど、残念ながら伝わらなかった。

思わせぶりな態度も取ったつもりはないし、必要以上に接触をしていないはずだが、強制力を考えるならこの流れも変わらないだろう。

生活圏が離れているのだから、直接的にかかわることはほぼないだろうから大した問題だと思わないのだけど。

問題は――

 

(皆、だよね)

 

皆には、クリスマスに手紙を渡していた。

四葉家次期当主としての発表だけは揺るがないはずだから、はっきりと家名は書かなかったけれど、二日を過ぎれば情報通の彼らは感づくはずだ。だから、お手紙には以下のようなことを綴った。

私のことで恐らく発表があったことだろう、と始まり、

騙して友達付き合いを演出(・・)したことを詫び、今後は振る舞いを改める為これまで通りの付き合いは止めて欲しいこと。

兄は本家で冷遇されている身のため、私たちの関係は主従関係であり、皆と同様演出であった、と。

だから演出された者同士仲良くしてても問題ないのでは?と煽る一文ものせて。

上から目線の、下々とは慣れ合うつもりはない、というような内容を認めた。

我ながら結構喧嘩を売るような文言をちりばめたつもりである。

原作通り彼女たちは優しいから、今まで通りに付き合おうとするだろうけれど、それでは迷惑をかけることになる。

恐怖の権化たる四葉との付き合いは、彼女たちの学生生活に影を落とすことになるかもしれないのだから。

彼女たちは信念をもってそんなことは気にしない、自分たちの信じた道を貫く、とするかもしれないけれど、わざわざそんないばらの道を進む必要も無い。

あ、お兄様とは今まで通り仲良くしてくれたままでいいから。お兄様は四葉にあって四葉にあらず、の扱いを受けてきたので純正の四葉ではあるけれど扱いは使用人より低いくらいだったんだから。

皆シンデレラや白雪姫はお好きでしょう?周囲にいびられ、時には殺されそうになり・・・つまりお兄様はプリンセスだった・・・?いや、今そこに引っかかってる場合じゃないね。

そんなわけで新学期から深雪ちゃん劇場第二幕の開演である。

タイトルは孤高の女王編、だろうか。

できるだけ高慢ちきに、他人とのなれ合いなど必要ないとばかりに最低限のお付き合いを心がけて。

一校の生徒は被害者であった、ということにしておいた方が、学校全体が四葉に牛耳られていた、という印象よりましだと思うから。

ただでさえ一高、女王とその市民たち、みたいな生活楽しんでたからね。

それが蓋を開けたら悪名高い四葉に良いようにされていた、というのだから仲良くしていたなんてバレたら彼らの印象まで悪くなってしまう可能性がある。

下手したら就職に影響を及ぼすかもしれないし、進学先でも肩身の狭い思いをしたりするかもしれない。

・・・失敗したよね。こんなに慕われるようなことが無ければここまでしなくてもよかったと思うのだけど、彼らは四葉に操られた憐れな一般生徒であった方が同情を集められるだろう。

 

 

――

 

 

「孤高の女王、をやるのか?深雪が?」

 

夕食にお出しした麦味噌の具だくさんの味噌汁はお兄様に好評だったようで、念のためお兄様用に炊いていたご飯も召し上がられていた。いい食べっぷりです。こちらまで嬉しくなってしまう。いっぱい食べる君が好き!ってヤツですね。

漬物とおかず味噌汁だけをお供にご飯を二杯もぺろりと平らげたお兄様に私のテンションはうなぎのぼり。

ルンルン気分で食後のコーヒーを用意してリビングに向かい、いつものように隣に・・・座るのが躊躇われて、少しだけ距離を空けて座ると、お兄様が切なそうな、それでいて仕方が無いと言わんばかりのほろ苦い笑みを浮かべられていて心臓が痛くなった。

・・・だって、いつもの距離で座るなんて、緊張してしまうんだもの。

お兄様もそれがわかっているのか強引に引き寄せるような真似はしなかった。

そして話は、これから大変なことになるな、という話題に。

当然学校の話になるので、私の作戦を説明した。

 

「そこまでお前がする必要があるのかい?」

 

私だけが学校で孤立するように動くつもりだ、との説明にお兄様は眉を顰めた。

確かにそこまでする必要があるかと問われれば、別にここは原作通りの流れでも構わないのだと思う。アレもアレでしばらく孤立するんだけどね。

でも同じ孤立することを考えれば、先に孤立しても流れは変わらないと思うわけで。

その流れを利用して皆が平和的になる様に画策した方がお得だと思ったのだけれど、お兄様はそれがご不満のよう。

 

「水波はどうする」

「水波ちゃんは本家に仕えていることにして私直属じゃないことにすれば、彼女まで孤立せずに済むと思うのですが」

 

つんつん女王に上からの命令で従わされ振り回されている、なら同情は買えると思うんだよね。

だけど忠誠力のあがった水波ちゃんが、私から離れるかと言われるとちょっと難しそうなんだけど、ここは試練ということで納得してくれないかな。

 

「・・・そこまで考えて、俺には今まで通り皆と普段通りに過ごせと?婚約者になったというのに他人行儀に接しろと、そう言うのか?」

「四葉とわかって私を害そうとする生徒はおりませんでしょう。それに、恐らくですが学校からも忠告があるはずです。婚約者でありながら同居をしているというのは学校側としても問題になるでしょうから、節度ある行動を求められるはずです」

「兄妹としてなら許されていても、婚約者になったからには節度を持て、か?」

 

ありえるか、とお兄様も黙り込んだ。

 

「あの、家では普段通りで構わないのです。学校の間だけ、我慢を強いることになるでしょうが」

「当たり前だ。プライベートまで学校に指導されたくない」

 

いえ、未成年を指導するのは学校の先生のお仕事ですよ。・・・それを律義に守っているかどうかは学生次第だけれど。

 

「・・・またお前ひとりが辛い思いをするのか」

「今度は上手くやってみせますとも」

 

前回は派手に意識改革を促さなければならなかったので大立ち回りを演じることになり、途中感情的になって必要以上の事件となってしまったけれど、今回は冷徹な人間を演じる。感情的になることもなければそもそも人が近寄らない。

もし、ほのかちゃん達が気を使ってきても、その手を振り払えば、周囲も離れていくだろう。

そこだけが心苦しいけれど、振り払わずに済むようにするために用意したのがあの手紙だ。アレで引いてくれればいいのだけれど。

 

「まさかあの時、すでにここまで想定していたとはな」

「慶春会に参加せよ、とお手紙を頂いた時には、四葉の次期当主として発表があるのだと思いましたので」

「・・・だったら大人しく、分家の思惑通り本家にたどり着かない方がよかったか?」

「それは無理でしょう。それでは叔母様の不興を買ってしまうことになります」

「あの人なら気にしなさそうだがな」

 

情勢が落ち着いていれば気にせずにいられただろうけれど、これから荒れますからね。地盤を固める必要はあったと思いますよ。

というか、多分四葉次期当主の発表は高校卒業する前くらいにする予定だったんじゃないかな。

その方がきっと自然ではあるはずなんだけど、でも一年時に息子として認知するという記述もあったというから・・・今度叔母様に計画がどんなものだったのか聞いてみよう。

 

「・・・あの人と言えば、」

 

お兄様はコーヒーのカップを置くと、私の方に体を向き直り、私の持つカップを取り上げた。

 

「え、・・・」

「深雪」

 

改まって声を掛けられ背筋が伸びる。

 

「いつからなんだ?」

「なにが、でしょうか」

「叔母上との関係だ」

 

Oh・・・その問題もありましたね。お兄様の声が低く、重いモノに変わりました。威圧ではないけれどオーラも滲んでいます。こわひ。

 

「・・・真夜姉さまとお呼びすることになったのは中学生の時でした。きっかけは・・・なんだったでしょう。いつの間にか面白いわね、と気に入っていただけてそのような呼び名に至った形です」

「中学・・・そんな前か」

 

唸り声のように呟かれて体が震える。

 

「あの、」

「ああ、すまない。お前を怖がらせたかったわけじゃないんだ。ただ、・・・そうか」

 

お兄様が空気を霧散されるけれど、今度は落ち込んだ雰囲気。一体どうされたのだろう。

 

「何か、ご不快にさせてしまうことがございましたでしょうか。もしそうなのであれば――」

「いや、これは俺の問題だろう。――俺が、勝手に嫉妬しているだけだから」

「しっと・・・嫉妬、ですか?」

 

お兄様が、嫉妬なさっている、と言う。嫉妬って、お兄様が?叔母様に??

ピンと来ていない私の様子に苦笑を浮かべられてそうだろうな、と頷かれた。

 

「俺も自分に驚いている。人は恋と自覚すると途端に感情が揺れ動くんだな。以前から深雪には独占欲のようなものは感じていたんだが」

 

そうなの?そんなことありました??

知らない情報が多すぎて混乱している。

なにより一番の情報は、

 

「心が、感情が揺れる、のですか・・・お兄様が」

 

お兄様の感情が動くのは私が何に対してどう思い、それに対して自身が何を思ったか、という間接的なものが多かった。

私が喜ぶから嬉しい。私が悲しむから怒る。という感じで。

けれどお兄様が今話されているのはそう言うことではない。

自身が何を感じているか、という自身に作用する感情だ。嫉妬、なんて、今まで自身に無頓着だったお兄様にはほとんど影響を与えない感情だったはずなのに。切り捨てて無かったことにできていた感情だったのに。

そのことに感動し、別の意味で震えが止まらない。

嬉しくて、たまらなくて――

 

「・・・これもまた、お前が育ててくれた心になるのか」

 

そう微笑まれてしまえば、涙で前が見えなくなって――抱き寄せられて肩に頭を押さえつけられたことで物理的にも見えなくなった。

お兄様のシャツが湿っていく。分かっているのに泣き止むことができなかった。

 

「俺は今、酷いことを言ったんだぞ。俺が嫉妬するのはお前のせいだ、と。なのに嬉しくて泣くのか?」

「・・・分かっていてそのように聞くのは卑怯ですよ、お兄様」

「お前の口から聞きたいんだ」

 

ああ、お兄様がどんどんずるい男になっていく。

逃げないと、と思うのに、悪い男に引き寄せられるのは女の性だというのだろうか。顔を上げれば切なげな顔をしているお兄様から目を逸らすことができなかった。

 

「どんなものだろうと、嬉しいに決まっているではないですか。お兄様自身が何かを望むようになることを、何故喜ばないと思うのです。――恋は人を豊かにすると言います。私はずっとお兄様にその機会が巡ってくることを望んでおりました」

 

お兄様が幸せになるためには、自身が幸せを感じられるようにならねばならない。

よく幸せだ、と言ってくださるけれど、それはいつも私が幸せであるからお兄様もそう感じているだけで、自発的なものではなかった。少なくとも初めのうちはそうだったと記憶している。

自分の感情を疎かにしがちなお兄様も、いつか恋をすれば自身を優先できるはずだと、そう思っていた。

友人ができた事で、友人との感情に揺れたあのパラサイト事件も、お兄様にとっては大きな転機だった。

優先順位を効率だけで考えず、相手のことを思って戸惑ったあの頃。お兄様の人間臭さが如実に表れ、どれほど嬉しかったことか。ここまでくればこの先があるはずだと、そう希望を抱かせてくれた。

 

「・・・でもまさか、それが・・・私に向くとは夢にも思いませんでした」

 

その恋心が私に向かうなんてとんだ計算違いである。一ミリも無いと思っていた。・・・もしくは無意識に考えないようにしていたのかもしれない。

あり得ない、期待をするな、と。

 

(・・・ん?期待?)

 

「俺としてはお前に惚れない理由が無いんだがな」

「?それは、どうして・・・」

「献身的に愛されて、たっぷりと愛情を貰って、返したいと思うことはおかしなことじゃないだろう?なのにお前はそれを自分ばかり貰いすぎだと遠慮する。しまいには自分ばかりに構うのは良くない、と俺から離れていこうとする。それにどれだけやきもきしたか。この俺が、恋とも知らずにいた俺が葛藤していたんだ。お前が離れてしまうのではないか、と。いずれ離れなければならないとわかっていたはずなのに、その思考を見ないふりをしてまで。

だがな、深雪。男は離れていこうとするものを追いかける習性がある。それを計算に入れなかったことがお前の敗因だ」

 

・・・知らずのうちにずっと墓穴を掘っていたということでFA?嘘でしょう?そんなことある??

と言うより敗因とは。私たちはいつの間に勝負をしていたのだろうか。

お兄様の手がするりと頬を撫でる。

気が付けば顔があっという間に唇同士が触れそうな距離にまで縮まっていた。

 

「お、お兄様っ」

「好きだ、深雪」

「!!」

「お前が愛情を浸透させるように好きだと言ってくれたように、俺も浸透させるように言い続ける。

――好きだ。早く、俺のところまで堕ちてくれ」

 

かすれた声で呟かれた最後の言葉に背中がゾクゾクっと震えて腰にまで響いた。吹き込まれた耳から全身に血流が行き渡る様に駆け抜けていく。

 

(堕ちてくれ、なんて・・・恋をしてと言われるよりも――)

 

恐ろしいお兄様語録に慄いている間に、顔の至る所に口づけられていく。

お兄様にとって唇にしなければキスカウントにはならないらしい。

 

「お、兄様、コーヒーが冷めてしまします・・・」

 

ぎゅっと目を瞑りながら精一杯の抵抗を試みるも、お兄様は私から目を逸らさない。

 

「コーヒーは冷めても飲めるが、深雪は熱に浮かされてるうちでないと食べさせてもらえないだろう?」

「!!」

 

え!?ちょ、ちょっとお兄様?!?!

気付かぬうちにブラウスの首元のボタンが三つほど開けられていた。下着が見えないギリギリのラインである。

とんでもない早業。っというかそうじゃない。

 

「お、お兄様、待ってくださるはずじゃ・・・」

「食べるというのは語弊があるな。あの日の確認作業がまだだっただろう」

 

えっ、アレの続きを今しようというのですか!?

 

「ちょ、ちょっとお待ちくださいませ!それは流石に――」

「むしろ今しかチャンスはない」

 

?!?!チャンスとは?

 

「確認作業が必要なことは深雪もわかっているだろう?」

 

だろう?と言われましても、私はそこまで必要なことだとは思っていないのだけれど。いえ、確認作業が、ではなくその、この行為自体がまだ、早いと言いますかですね。だって、まだ恋人にもなっていないのですよ?!

そういうのって色々育まれてからではないのでしょうかねお兄様。

 

「確かにお前の気持ちを待ってやりたい気持ちもある」

「!」

 

(お兄様・・・っ!)

 

「だがな、四葉での仕事が終わったら水波が帰ってくるだろう。そうなると、深雪。お前は水波と一つ屋根の下でそういった行為に及ぶことができるのか?」

「!!」

 

そ、それはっ・・・無理、かも。って言うか無理だ!恥ずかしい!だって、お風呂出た後見られるんだよ?バレないわけがない!!・・・いや、お兄様が痕を付けなければ・・・、無理だ!とにかく無理無理!!

首を振って意を表すとお兄様はもっともらしく頷いて。

 

「深雪の気持ちはわかる。俺も水波と気まずくはなりたくないしな」

 

そう言って手を頬から滑らせて鎖骨を指でなぞる。途端びりびりと電気が流れるような衝撃に身を震わせたのを、抑え込むように肩ごと抱き寄せられて。

 

「もう一度、一から検証しよう」

 

 

 

――逃げられない。

お兄様の瞳を見つめてしまったら動かなくなった体に、私はこの後の運命を悟った。

 

 

――

 

 

庭に面したあのゲストルームには、無くなったと思われていた大型ベッドが用意されていた。・・・これ、廃棄したんじゃなかったんだ。

シーツも何もかも綺麗に整えられていて、もしや私が夕飯を作っている間にお兄様が準備されていたのだろうか。全然気づかなかった。

 

「余裕があるようだね」

 

よそ見をするなんて、と言うけれどお兄様があまりに色っぽ過ぎて、意識を逸らさないと泣きそうなのです。謎の追い詰められた感。

前回とは触れ方も、お兄様から漂う雰囲気も、異なっていた。

大みそかの時は実験のような空気が漂い、観察されている様子ではじめからお兄様に欲の色を見ることはなかった。

だが今回は初めから頭から食べられてしまうのではないかと言うほど目つきからして違う。

どう食べようか、と舌なめずりしているようにも見える、獲物を完全に捕らえた肉食の獣のよう。

見ているだけで、はしたない言い方をすれば孕んでしまいそうになるくらいの妖しさを漂わせていた。

電気は落とされ、わずかな光量が頼りの薄暗い部屋。ベッドの上で抱きしめられている状態。――もう、止まれる要素が何もなかった。

額に、蟀谷に、瞼に、頬に、鼻に、顎先に口付けを落とされ、その間に首筋と鎖骨に掛けて擽られてしまうだけで体中に熱が駆け巡った。

まだ快感を知らぬはずのまっさらな体が、得体のしれない感覚に怯えるように体を震わせている。

 

「さ、目を瞑って」

 

キスをされるのだ、とわかってまだ触れられてもいないのに胸が高鳴った。瞼がゆっくりと下りると、いい子だ、と言わんばかりに頬を撫でられ角度を付けられ柔らかい唇が重ねられる。

しっとりと、吸い付くように重ねられたそれはぴたりと隙間なく重ねられ、最後にちゅ、と吸われて離れた。

たったそれだけ、一回だけしか触れられていないというのに唇に火が付いたように熱く感じた。

ジンジンと痺れるような――まるで未来を先取りしたような感覚。もしくはデジャヴュ。

再び重なった時には深い口づけに変わっていた。互いの吐息が混ざり合い、逃げる舌が絡めとられ、口内を蹂躙されてこの口が誰の口なのかもわからない錯覚に陥った。

いや、自分のモノのはずだ。それなのにどういうわけか逃げ場がない。追い出すこともできない。翻弄されて呼吸ができなくて苦しい。

触れている服に縋りつくことで精一杯になり、押し退けることなど考えも過らない。

時折口の端から吐息が漏れるけれど、自分でも聞いたことのない声に、自分のモノではないように感じられて、淫らな声だと他人事のように思った。

一方的に貪られ続け、唯一与えられた唾液を飲み込もうとするけれど、間に合わずに一筋口の端から垂れてしまったところをつい先ほどまで口腔内にいたはずの熱い舌が追いかけるように舐めとった。

その舌の動きが敏感に感じ取れて、そのまま舐めあげて唇まで戻ってきた赤い舌がやけに卑猥に見えてそれだけで体が燃えるように熱くなる。

 

(ああ、だめ・・・流されてしまう)

 

「ゆっくり呼吸をしなさい。――そう、上手だ」

 

くったりと力の入らない体を抱きとめて、優しく背を撫でながら呼吸を促された。

こうなった犯人だというのに、逆らうことなど考えることもできない。

いい子だね、よくできたね、と褒めながら、その口は唇から頬へ、そして耳に音を立ててキスをしてから指で挟まれふにふにと揉まれた。

感触を楽しまれているのだろうか。しばらくそうしていたのだけれど、もう一度顔を寄せるとふぅ、と息を吹きかけられる。それだけでぞくんっ!と背筋を何かが駆け抜けた。抑える間も無く、吹き込まれた以上に口からはあられもない声が飛び出る。

 

「やっぱり、耳が弱かったんだな」

 

以前から予想していたとばかりの言葉が確信に変わると、息を吹きかけるだけでは飽き足らず唇で食まれ、感触を楽しまれた後縁をぺろりと舐め上げられる。

その一つ一つの感触に声が口から洩れそうになって今度こそ口元を押さえるも、くぐもった声が漏れ出てしまった。

 

「深雪、ここには誰もいない。声を我慢しなくていいんだ」

 

我慢することは辛いだろう、と甘くとろけるような声で囁かれ、敏感になった耳が更に刺激を受けてしまい、ビクビクと体が痙攣を起こしたように跳ねるのを、お兄様はくつくつと笑って抱きしめて可愛い・・・、と耳に吹き込みもう一度反応を楽しまれる。

お兄様のじわじわと攻める戦術は着実に私を追い込んでいた。

 

「声を聞かせてくれないか」

「・・・お兄様が、いらっしゃるじゃないですか」

「ん?ああ、俺にも聞かれたくないのか。深雪は恥ずかしがり屋だね。それともどんな場面であれ声をあげるのははしたないと、母さんに教わったのかな」

 

私の骨身に染みている淑女教育はいつでも身を助けてくれる。どんな時でも感情的になるな、淑女だという意識を持て、とは確かに母に教わったこと。

それは、お兄様を相手に感情的になって命を止めてしまわないようにと施された教育の一環だったのだけれど、そのような危機は一度もなく、身を守る鎧として助けられてきた。

 

「深雪、確かに声を上げることは恥ずかしいかもしれないが、こういった場面でははしたないことではないよ。むしろどう思っているのか伝える手段でもある。深雪を気持ちよくさせてあげたいから教えてくれると嬉しい」

 

先ほどとは打って変わって優しく諭す言葉に、鈍った思考はそういうものなのかと咀嚼を試みるもうまくいかず、そのまま飲み込んでしまう。

 

「うれしい、のですか」

「ああ、深雪が喜んでくれるなら、俺は嬉しい。だから気持ちが良ければ反応を示してほしい」

 

もう一度口の中でうれしいという言葉を転がしていると、お兄様からもう一度キスをしていいかと訊ねられたので、目を閉じた。

重ねられる唇は優しく思いやりにあふれているのに、その中に忍ばせた舌は強引さがあって、私の隠したいものを暴いていく。

吐息も奪われ苦しいのに、舌先だったり上あごだったりを擽られると、びりびりとした刺激となって体が感電したように跳ねた。

 

「んっ・・・はぁ、ん」

「声に出すのが難しいなら頷いてくれてかまわない。――気持ちがいいか?」

 

気持ちがいいとはどういうことを指すんだっけ、と言葉の意味すら曖昧になる。

気持ちが良いことは何度でもされたいと思うこと。私は、これをもっとしてほしい・・・?

 

(・・・ほしい)

 

身体が疼く。次を、もっとと強請るよう。

でも同時に怖くてたまらない。未知の領域に踏み込むことが恐ろしい。

 

「それとも嫌かい?」

 

それだけは違うとわかるので首を横に振る。

そのことにお兄様が安堵するのを見て、不安にさせてしまっていたのだと気付かされた。

お兄様が不安がることじゃない。お兄様は私のために、私に合わせてくれている。

 

「・・・っと」

「ん?」

「もっと、ほしい、です」

 

ぼんやりとした薄暗い闇の中、お兄様の目が光った気がした。

 

「お前の望みのままに」

 

それから幾度となく口付けを交わし、唇が痺れ、腫れるほど貪られる頃にはベッドに横たわっていた。覆いかぶさるお兄様の、なんとカッコいいことか。

やっぱり、私はお兄様が好きなんだなぁ、とされるがままになりながら思った。

ブラウスのボタンは全て外され、ホックの外されたブラジャーがかろうじて引っかかっている。

胸の形を確認するように愛撫する手の動きを感じながら、首筋にはスタンプを押し当てるように口付けを受けていた。

時折鎖骨辺りに下りてくるとピリリと痛みを伴う口付けをされる。・・・キスマークが付けられているんだろうなぁとここで前世の私がようやく意識を浮上させた。お兄様からの熱烈なキスに思考ごとノックアウトされていたのだ。刺激が強すぎた。

 

(だって、あまりにお兄様がえっちすぎたから)

 

そしてさらに言えば、お兄様はSっ気が強かった。今回のSは策士のSが前面に出ているように思う。

見事に丸め込まれようとしていた。

それから前回も思ったが、何よりこの身体は快楽に弱すぎる。どこもかしこも敏感なのだ。

これはお兄様がお相手だからなのか、はたまた元から感度が高すぎるのかわからない。分からないがとにかく今わかることは、

 

(このまま快楽の海に溺れてなし崩しになってしまう・・・)

 

先ほどから責められ始めている胸もそう。まだ中心に触れられていないのに周辺をなぞられ、感触を確かめるように揉まれ、時折中心を息が掠めるだけで敏感に感じ取り、触れられたこともないのにその中心が固く尖り始めていた。

これをお兄様に見られているのかと思うと恥ずかしくてたまらない。

そう思うのに、ぐずぐずに溶けかけた思考はその先を想像して疼いている。

 

「はっ・・・ぁん!」

「ゆっくり慣れていこうな」

 

そう言って高められるだけ高められて、触れられずにいることがもどかしくて、身を捩りたいのに、足の間にはすでにお兄様が入り込んでいて閉じることも横に逃げることもできない。

 

「も・・・おねがい・・・」

 

限界だった。ぽろぽろと涙が零れ落ちる。

これ以上はおかしくなる。今でさえもう体のコントロールは利かない。お兄様の服を掴もうにも指が震えてままならない。

私の懇願に、お兄様はうっとりとした笑みを浮かべられた。

 

――喰われる、と本能で理解した。

 

 

「深雪、――愛してる」

 

 

噛みつかれる、と覚悟したのに、それでも優しい口付けを落とされて私は観念した。

 

 

――

 

 

新しい朝が来た。

希望の朝・・・・・・のはずなのだけど、身体が絶望的にだるい。

原因はわかっている。目覚めた私を腕枕したまま抱き寄せて、顔にキスを落とし始めたお兄様だ。

 

(・・・男子高校生の性欲舐めてた・・・)

 

お兄様は確かに健全な男子だった。

初めこそ丁寧に、それはそれは丁寧に愛撫され、解され、繊細に扱ってもらった。

恐らくこれ以上ないほど手厚い前戯だったと思う。

だがそれは相当理性を総動員してのことだったのだろう。

もしくは猛りそうになるのを、思考を切り替えることで維持していたのかもしれない。

だが――お兄様のチートは魔法だけじゃなかった。

・・・深雪ちゃんは幼少期でさえ男性と共にお風呂などで過ごしたことはない。つまりこの世界の誰のものも見たことが無いので比べようもないのだけれど、一目見てしまったお兄様のソレが尋常ではないサイズだということはわかった。

 

(お兄様って魔法以外は平凡なんじゃなかったの?!)

 

内心叫んだよね。絶対に口に出しちゃいけないと手で押さえるまでして閉じ込めて。

筋力だってムキムキってわけではないし、素質が飛びぬけてあるわけでもなく努力して今の肉体作ったのよね?

顔は私にとっては大好きでカッコいいけれど、並とか平凡とか普通とか言われてませんでしたか??この世界の基準ってぶっ壊れてるよね。

まあ、それは置いておいて。つまり肉体的には一般的なはずなのだ。四葉に生まれているからには調整をされていないわけではないが、お兄様はそういったデザインなどされていないはずだというのに・・・。

前世の知識もあるだろうが、瞬時に入らない!と拒絶が先に立った。

それをお兄様は宥めすかして、大丈夫だからと十分に解されてから宛がわれたのだけれど・・・うん、深雪ちゃんの身体はお兄様専用の鞘でもありました。

絶対無理だと思ったのに!四葉の技術どうなってんの?!ここまで遺伝子操作でどうにかなるの!?

後はお察しである。

・・・お兄様は今回こそ約束を守るとの宣言通り、強靭な精神を発揮して待ってと言えば止まり、嫌がることはしないよう気を使ってくれた。

だからまあ、そういうとこではあるのだけれど――

 

(・・・アレはもう罠としか言いようがないでしょう・・・)

 

実に巧妙に張り巡らされた罠だった。じわじわと追い詰めて窮地に陥ったところで救いの手を差し伸べる。・・・あれだ、マッチポンプ方式。

でも、それでも最終的に拒まなかったのは、私で――気持ち良かったのも事実。最後には訳も分からなくなっていたけれど。

 

「朝から百面相だな。赤くなったり青くなったり忙しそうだ」

「・・・・・・お兄様は機嫌がよろしいようですね」

「もちろん。今は最高にいい気分だ」

 

眩しいほどの笑みと、恐ろしいほどの色気が襲い掛かる。

パジャマの上から背中を撫でる手は、落ち着かせるものから心をざわめかせる動きに変わりつつあった。

 

「お、お兄様!」

「そんなに怯えなくていい。お前の身体が大事だからな。これ以上は控えるつもりだ」

 

お兄様のちょっとしたいたずららしい。

 

(・・・本当だろうか)

 

そう疑ってしまうのは昨日のような手管に落ちてしまうのではないかという不安から。

・・・お兄様、油断も隙も無い。

その思いが目に表れてしまったのだろうか、お兄様がくすりと笑う。

 

「そこまで警戒しなくていい、と言っても難しいだろうな。すまなかった。俺もだいぶ余裕のない真似をした」

 

申し訳なかった、と謝罪するお兄様からは、もう妖しい雰囲気など感じられなかった。いつもの、兄としてのお兄様の顔だ。

 

「・・・信じられません。お兄様に余裕がないだなんて」

 

いつだってお兄様は思考を展開して何手先をも読んでいるというのに。

 

「それは誤解だ。俺にそんな余裕はない。特にお前に関してだけは」

 

情けないことだが、と言って今度は抱き込まれるが、ここにも色欲が絡んでなくて単に顔を見られないように抱き込んだようだった。

 

「深雪のことに関して余裕なんてあるわけがない。――お前が俺の傷跡をなぞる様に触れた時、血が沸騰するという慣用句が浮かんだほどだ」

 

指摘された言葉に思い出すのはお兄様がようやく自身の服に手を掛けた時のこと。

その時には息も上がり、気持ちいいやら恐ろしいやらぐちゃぐちゃの感情を持て余している時で思考が纏まらず、ただ翻弄されるままに乱され、少しの間放心してぼぅっとお兄様をぼんやり見詰めることしかできなかったあの時。

愛撫の余韻だけで意識が持っていかれそうなほどの快感に呑まれていたにもかかわらず、お兄様の上半身が露わになった瞬間、私の目は目の前の芸術作品に釘付けとなった。

無駄なものが全てそぎ落とされつくられた肉体美に目を奪われ、あれだけ酸素を欲して忙しなく動いていた呼吸も止まり、ぐちゃぐちゃだった思考も考えることを忘れた。

無意識に手を伸ばしていたのだと知ったのは、お兄様が困ったような表情を浮かべられて人工呼吸をされた時に自分の手が置かれている場所を理解した瞬間。

でこぼことした硬い感触を鮮明に覚えている。

 

「こんな傷だらけであっても、厭うことなく触れてくれるお前が愛おしくてたまらなかった」

「お兄様を厭うことなど、どうしてできましょうか。これはお兄様が努力した証です。生きることを諦めなかった、襲いくるモノに抗おうとした結果です。それをどうして、愛おしまずにいられるというのでしょうか」

 

パジャマ越しにも触れればわかる背中の傷をなぞると、微かにお兄様の身体が震えた。

くすぐったかったのか、それとも別の何かを思ったのか。

お兄様は静かに語り始めた。

 

 

「俺は、生まれながらにすべてを破壊できるだけの力を持って生まれた」

「生後すぐに魔法が解析され、世界を破壊する力を秘めているとの可能性が示された」

「過ぎる力は身を亡ぼす。そんなものを身内に抱えては四葉も同じ末路を辿ると危惧することはおかしなことではなかった」

「だからこそ徹底的に兵器として力を制御させようと、心を無くし暴発させないことで生かそうとした先代の決断は、存在自体を危惧していた連中にとっては疑念を抱くものだっただろう。どんな兵器でも暴発が全くないわけではないことを彼らはよく知っていたのだから」

「その疑念を払うためにも、彼らに身内殺しをさせないためにも俺は徹底的に扱かれた」

「――、ああ、すまない。お前に辛い思いをさせたいんじゃないんだ。俺のために悲しませて悪いと思う度に喜んでしまう俺を許してほしい。お前に想ってもらうだけで、救われるんだ」

「何が言いたかったかと言うと、これまでの俺の人生を客観的に見れば絶望を抱くほど過酷なモノと呼べただろう。だがな、俺はそれを逆転させるだけの強力な切り札があった」

 

「それが、お前だ、深雪」

 

凭れ掛かる様に抱き合っていた体を起こして二人顔を突き合わせて。

互いの視線が至近距離で絡み合う。

まるで何時かの視界を共有する時のように。

 

「わ、たし・・・?」

「そう、深雪が傍に居てくれるだけですべての意味が反転する。

この傷だらけで見苦しい体も、お前を守るために鍛えられたのだと誇れるものになる。

魔法力が劣っていても魔法にしがみつけたのは、お前の強大な魔法力をコントロールするために知識を欲した影響だ。それが無ければあのまま再生と分解に頼り切った戦闘に固執していたかもしれない。

お前しか愛することができないことに関して言えば、不幸でも何でもない。お前を愛することが許されたから俺はこんなにも幸せで満たされている。

世間で言う不幸とされる事柄すべてが意味を変え良い方向に転がされていく。

お前がいるというだけで、すべての意味が変わっていくんだ」

 

そう言うと、私の頬に手を這わせるように添えられた手が、下から上に掬い上げるように撫でられる。

涙が流れていたのだと、濡れた手の感触で理解した。

 

「お前が、俺の不幸を書き換えてくれているんだ」

「!!」

 

(私が、お兄様の不幸を・・・っ)

 

その言葉はまるで運命を書き換えることができたと言われたようで、胸に感情が溢れ更なる涙となって零れ落ちていく。

そして唐突に悟った。

 

 

「――お兄様自身が、破壊されたのです」

 

 

原作とはかけ離れ、逆転してしまった私たちの状況にこんな強制力が!?と初めこそ慄いたけれど、働いた力は強制力でも修正力でもない。

 

 

 

お兄様が破壊したのだ。原作軸を、運命を、――分解されてしまった。

 

 

 

私の言葉に目を丸くしたお兄様は、続いて力を抜いた笑みを浮かべられて。

 

「そうか。不幸を破壊したのか。その発想は無かったな」

 

目から鱗だ、と笑うお兄様に、笑みが移り泣き笑いのようになった。

 

「世界を滅ぼせるだけのお力があるのですもの。それくらい、お兄様には簡単でしょう」

「俺には世界を滅ぼすことの方が簡単に思うがな。そっちは俺一人でできても不幸を打ち砕くのはお前のサポートが無ければできないことだ」

 

お兄様、物騒。でもそういうことなのかもしれない。

 

「お兄様はもう、不幸ではありませんか」

「この状況で不幸と思うことがどうしてできる?」

 

先ほどの私の言葉を引用した言い回しに、更に笑みも深くなる。

 

「今や俺より幸福な男はこの世にいないだろうよ」

 

目頭から順に涙を吸い上げるように口づけていくお兄様は、それはそれは嬉しそうで、触れた体からも嬉しさが伝わってくるようだ。

 

「・・・よかった・・・」

 

せっかく吸い取ってくれているのにまた涙が零れる。

ずっと、お兄様を幸せにしたいと願ってきた。

この人を幸せにしたいと、ずっと、それだけを願って。

その彼が、世界一幸せだと口にする。

 

「ほんとに、よかった・・・ッ!」

 

これほど、幸福なことはない。

今、この瞬間全てが報われた。

 

 

――

 

 

静かな室内に、ちゅ、ちゅ、と涙を吸い取る音が響く。

ようやく涙が止まる頃になってそのことに気付いた私は急に動き出した心臓と同時に羞恥に襲われた。

 

「お、お兄様、もう――」

「朝露を啄む鳥の気分だ。これは美味すぎて一度に少量しか味わえなくても何度も欲してしまうな」

「もう、お止めくださいませ・・・。このままでは恥ずかしくて溶けてしまいそうです・・・」

「それは困るな。仕方ない」

 

その言葉にほっとするのは早かった。

離れる際に唇を重ねられ、ほんの少しだけ塩気を感じてから離れていく。

 

「もうだいぶ朝も過ぎてしまったが、おはよう深雪」

「・・・・・・おはようございます」

 

お兄様のこの切り替えはほんっとうにずるいと思う。

昨日の夜もそうだった。

 

 

 

何度も求め合った後、もう動けないで意識を飛ばしそうになっていた私に対し、つい先ほどまで熱に浮かされていたはずのお兄様は顔に手を当てて待つこと一秒、冷静さを取り戻していた。

そして互いに全裸のままで抱き上げられそのままお風呂に直行した。だが、今思えばお兄様もまだ動揺が抜けきっていなかったのだろう。

お風呂の椅子に座らせられ、壁に凭れかけさせられるとCADを向けられた。

全裸なのだから隠し持つことはできないCADを、お兄様は私を抱き上げていたその手にずっと持っていたことになる。

しかしこの時はまだ意識が半覚醒状態で何が起きているのかもわかっていなかった。

 

「おに、さま・・・?」

「念のためだ。恐らくその可能性は限りなく低いが可能性が無いわけではないからな」

 

そう言ってお兄様は一度引き金を引き、今度は左手にもう一つ所持していたCADを持ち替えて息を大きく吸うともう一度引き金を引いた。

すると体がすっと軽くなった。擦れて痛かった場所が、途中から堪えきれず枯れるほど叫んだ喉も、何度も開かれて太い杭を打ち込まれて感覚がおかしくなった腰も、反り返りすぎておかしくなっていた背筋も、攣りそうなほど引きつった足の痛みもすべて無くなっていた。

通常の感覚が戻ってきている。

だけれど思考や心までは正常とまではいかなかった。

ただ、お兄様が分解と再生を使われたのだということだけはわかった。

 

「お前は疲れているのだから、全て任せなさい」

 

不思議なもので、お兄様に命令されると思考よりも先に体が動く。これはお兄様の為に造られた完全調整体だから本能的に従っているのかわからないが、逆らおうとも思わず体を楽にした。今は特に思考を放棄しているからかもしれない。

もし、普段であればこんなことお兄様にさせてしまっていることに激しく抵抗していただろうが、泡塗れのお兄様の手を見ても避けようとすら思わない。

撫でるように体に触れられ気持ちよさまで感じ目を伏せる。

そのことにお兄様がふ、と笑った気配がしたけれど一度閉じた目は重く、開く気にもならなかった。もう、眠気も迫っていたこともある。

 

だが――いくら再生されて体がリセットされた状態に戻ったとしても、一度快楽を覚えた体は熱を奪われても前のように何も知らない状態には戻れなかった。

 

「あ・・・ふ、ぅ・・・」

「・・・ッ・・・んん・・・」

「はっ、く・・・」

 

一度火が付くとあらゆる感覚が鋭くなっていき、楽にしていたはずの身体に力が入って身を捩って快感を逃そうとするも逃すところか追い詰められていく。

次第にお兄様も黙っていることが辛くなってきたのか、手の動きが洗う以外の動作に変わっていった。

・・・後はお察しである、パート2。

せっかく痛みとおさらばしたはずなのに、もうワンラウンド始まってしまった。

今朝の体に残る痛みはこれによるものである。

二度目の分解や再生が使われなかったのは中に出さなかったことと、キスマークなどの痕を残されなかったからお兄様を止めたのだ。

お兄様は葛藤されていたけどね。

・・・痛みが全くなくなるのは、嫌だったのだ。まるで証を奪われたようで。

お兄様は説得に応じ、もう一度顔を手で覆うと一瞬にしてまた表情を消し、何事も無かったかのように私の身体をさっと、それでいて丁寧に清め、自分の身体もざっと洗い流してから上がって、予備にと置いていた下着やパジャマを身に付けて私の着替えも完了させてゲストルームではなく自分の部屋に向かわれた。

そしてベッドに横になり何事も無かったように寄り添って眠った。

くっついて眠ることになったと気づいて我に返り、羞恥でなかなか寝付けない私を置いて。

 

 

(・・・もしかしたらそういったポーズを見せていたのかもしれないけれど、あの時どれだけお兄様ずるいと唱えたことか)

 

「朝食はHARに任せてもいいな。今日はゆっくり休もう」

 

俺も休む、とお兄様が自主的に休暇宣言をしたことに驚いて目を丸くすると、可愛いなぁと呟くと同時にキスされる。

 

「、お兄様!」

 

お兄様の!甘々モードが元に戻りません!!

お兄様自身もまずいな、と思ったのか困ったお顔。

 

「外れた箍も元に戻さないと。このままだと水波の前でもこんな調子になってしまう」

 

今日の休みのうちに、今まで通りの距離感を取り戻さないと、と言われてそれってどうにか直るモノなのだろうかと不安に思うが、お兄様は破壊だけでなく修復する能力だってあるんだからきっと大丈夫なはず!・・・と、そう思うのにどうしてこんなに不安なのだろう。

 

「兄の距離感とはどんなものだったか・・・元々そんなに変わっていないんじゃないか?」

「流石にそれは有りません!!」

 

いえ、一瞬私も過りましたよ。

お兄様、実はやってることそんな変わってないなって。ただ、キスをされることと妖しい手つきが加わっただけなんじゃないかって。

そうだよね。原作よりお兄様の距離近いなー、と思ってたけど、自覚してないだけでお兄様結構際どいことしてた!

自覚なしでそれって怖いね!

そして今までそれにほとんど疑問を抱かなかった私もね!

 

「・・・深雪、恐らくだが」

「そんなことはございません!」

「逃避をすることも時には大事だと思うが」

「お兄様はちゃんとお兄様をしていらっしゃいました!」

「・・・兄は妹を可愛いからと言って密着して可愛がったりしない」

「他所は他所!ウチはウチです!!」

 

いつだったかの言葉を引用して言えば、お兄様は苦笑して。

 

「そうか。他所は他所、ウチはウチ、か」

 

あ、まずい!別の解釈がなされようとしている気配を察知!

 

「ですが、兄妹には節度も大切だと思いますので!いくらこ、婚約者になったとは言ってもウチでは兄妹として過ごすべきです。水波ちゃんもいることですし」

「叔母上は、節度を守れとは言っていなかったが?」

「叔母様の非常識は棚に上げておいてくださいませ」

 

そもそもなんだ、あの爛れた生活推奨するような発言は。

未成年の男女の同居に苦言が向くのを、お兄様の鋼の理性で問題ない、とバッサリする場面じゃないの?!まさかの孫が早く見たい発言が繰り出されるとは思わなかった。

叔母様のトラウマというか劣等感どこに行きました?・・・まあ、そんなもの無いに越したことはないのだけど。

 

「確かに非常識だな。まさか兄妹で婚約をすることになろうとは」

 

俺としてはありがたいことだが、とお兄様は既に現状を受け入れているご様子。

原作破壊もいい所。葛藤なんて欠片も見当たらない。

 

「・・・お兄様、吹っ切れましたか?」

「そうだな。俺の出生のあれこれや、四葉との因縁めいた妄執も原因が分かったことで不明な部分もほとんどなくなったからな。何より一番欲しかったものが手に入られることを思えばすべてのことが些事だ」

 

言いながらそっと抱き寄せられて腕に閉じ込められる。

 

「お前が傍に居てくれるなら俺は無敵だ」

 

年相応の、裏付けのない、根拠無き自信ある言葉が、心をくすぐる。

ふふ、と笑いが漏れた。

 

「そうですね。二人揃えば私たちは無敵です」

 

無敵の私たちには、何も恐れるものなど何もない。

 

 

そういえば、となし崩しに聞くタイミングを失っていた疑問を口にする。

 

「九校戦の時、私はどのようにして困らせていたのです?」

「そうだな・・・実際見た方が早いだろうから、今夜も一緒に寝るか。仕掛けておけば明日には見られるだろう」

 

・・・私は野生の動物か何かでしょうか。

 

「・・・・・・・・・やっぱり知らないままでいいです」

 

謎は謎のまま。

鍵をつけて封印しましょうね。

 

 

――

 

 

着替えを済ませてダイニングに向かうとお兄様がパンとサラダとスープを机に並べているところだった。

簡単な、一般的家庭の朝食。

 

「ありがとうございます」

「ただ並べているだけだがな」

 

それだけだって十分有難い。自然に家事手伝いができる男性ってそういませんからね。

一度男女平等と謳われた世界は戦争を経て一世代前に戻った。男尊女卑は表向き絶滅危惧種のようだけど完全には無くなってはないし、そもそも魔法師が遺伝子を継いで引き継ぐものである時点で女性はどうあっても子を産む責務が発生する。

良い遺伝子同士を掛け合わせることを考えればどうあっても意識を変えることは難しい。

いざ戦争ともなれば女性は戦力よりも家を守るという意識が強くなる。

そういうわけもあっていくらHARの普及で家事の仕事が楽になろうとも専業主婦という言葉は無くならないし、家を守るのは女性の役割という認識はさして変わっていなかった。

だから一人暮らしでもないのにお兄様のように自然と家のことをしてくれるのは男性としては珍しい部類なのだ。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

シンプル朝食は久しぶりで、だからか美味しく感じられた。素朴な味だが単純だからこそ出る味もある。

 

「これからの予定だが」

 

食べ終わってコーヒーくらいは自分で入れたいという我儘を通して、そのままダイニングで向かい合いながら、コーヒーを味わいつつ、これからのことを話し合う。

 

「明日の夕方には水波が帰ってくるだろう。その前に師匠のところに顔を出しておきたい。・・・今後通えなくなるかもしれないが、けじめはつけないとな」

 

中立の立場の先生からの破門を覚悟している、と淡々と口にしているけれど、コーヒーの苦み以外で口元が歪んでいるように思えた。誤魔化そうともたとえ一ミリでも深雪ちゃんの目は誤魔化されませんよ。

四葉とはとっくの昔にバレていたけれど、当主の息子として公表され、次期当主の婚約者ともなれば、その柵は以前とは比べ物にならない。関わりを断絶されてもおかしくはない、とお兄様は危惧して言っているのだ。

 

「そうなれば、寂しくなりますね」

「トレーニング自体は、今後の引っ越し先次第だな」

 

もしも先生の所を破門になったなら、という先を見据えて話すお兄様。

引っ越し先というのは、まだ場所は教えられていないが、早いうちにこの家から引っ越してもらう予定だとお茶会の席で話があった。

ここが、九重寺の縄張りとはいえ一般住宅街ですからね。

四葉と知られればどんな危険が襲ってくるかがわからない。周囲に迷惑をかけるわけにもいかなかった。

 

「それから、水波が帰ってきたら軍部にも挨拶に行かなければならないから、次の日を予定している」

 

既に両方に連絡をしているらしかった。一体いつの間に。お兄様は本当に仕事が早い。

 

「FLTにも挨拶に行く予定だが、こちらは俺一人で行ってくる」

 

あら、バイクには乗らせてもらえない模様。こちらもお留守番だって。

 

「バイクはまた今度だな」

 

・・・心を読まれました。恥ずかしくて俯くと、またも甘い声で可愛いと言われてしまう。

・・・以前との違いはこの甘さの濃度かな。以前よりもマシマシで、耳元で囁かれているわけでもないのに頬が赤く染まる。

 

「恋とは恐ろしいな。歯止めがこんなにも利きづらいものだと思わなかった。人はよくこんなものを制御できているものだ」

 

自覚した途端、こんなにもコントロールが難しいとお兄様は言うけれど、お兄様の傍に一人暴走乙女がいたと思うのですけれど。

そう思ったらお兄様も思い至ったのか眉が下がる。

 

「俺は酷いことをしていたんだな。もっとはっきり断るべきだった」

 

・・・それは・・・どうなんだろう。お兄様はすでにはっきりと断っていたはずだ。恋はできない、と。

あの時の回答は感情が他者に向かないお兄様の本音だった。今でもまだ強い感情は向けられないだろう。割り切れてしまう範囲内に収まっているはずだ。

それでもいい、と恋をし続けアプローチしたのは彼女自身。

 

「私の友人という時点でお兄様には突き放すことは難しかったでしょう。ですからこの責任は私にあります」

「深雪」

 

それは違う、と口を開こうとするお兄様を制して続ける。

 

「それに、彼女は覚悟をしていたはず。お兄様が靡いていなかった時点でその可能性が過らないわけがない。そのことに目を背け続けたのは彼女自身であり、わずかな可能性に縋ったのも彼女。お兄様が突き放さないことを計算に入れつつ距離を置かなかったのも彼女自身なのです。罪だとは思いませんが、責任は彼女にもあります」

 

断言してから気づいた。

形は違えど、これは一種の独占欲――嫉妬だ。

 

「・・・お兄様に責任などあってはならないのです」

「深雪・・・?」

「知りませんでした。・・・私、自分で思っていたより狭量だったみたい・・・」

 

ほのかちゃんのことでお兄様が責任を感じることを認めたくないのだ。

お兄様の心がどんな理由であれ、ほのかちゃんに傾くことが面白くないのだと。

独り言に、お兄様はどういうことかと視線でお訊ねになるけれど、言えなかった。まだ私も戸惑っているのだ。

曖昧に微笑んでから、話題をずらす。

 

「学校ではお兄様もお辛い立場になるでしょうが、」

「それはお前の方だろう。・・・今からでも作戦を変更しないのか」

「もう賽は振られました。あとはなるようになるだけです」

 

手紙を渡した時点で、彼女たちとの決別の流れはできていた。あとはどう転ぶかだが、できるだけ皆の不利にならないようにはしたいところ。

 

「もし私が辛そうでしたら、お兄様が慰めてくださいませ」

 

暗くなりそうな空気を飛ばそうと冗談を言ったのだけれど、お兄様が予想外だとばかりに目を見開いた。

え、そんなに驚くようなこと言いました?

私もつられて目をぱちぱち。

しばらく無言が流れたうち、お兄様が目をしっかりと閉じてから。

 

「そうだな。俺はお前のサポートに徹しよう」

「ありがとう、ございます」

 

お兄様の微笑みにおかしなところはない。

なのになぜだろう、この墓穴を掘った感は。言い知れぬ不安が過るが理由もわからず口にするのは難しい。

今後の方針も決まったことで、この後はいつも通り自室で過ごすことになった。

物理的に距離を離すことに慣れないと、ですって。

・・・元から離れられていたはずなのに、意識しだすと離れられないとは。恋とは恐ろしいものですね。

ということでお兄様は地下の研究室に。

お兄様も四葉での発表で魔法を実際に対象に向けて行使したことで修正点が見つかりでもしたかな。

休暇だと言ったのにさっそくお仕事。

まあ、お仕事と言っても一応プライベートな研究だからお兄様にとっては休暇同然なのかもしれないけれど。やる気があるのを邪魔するのは良くないから。

私も自室に戻って久しぶりのぬいの制作に。

しばらくぬいに触れることもできなかったので、まずは机に並べて愛でるところから始めましょうかね。

 

 

――

 

 

ぴぴっとアラームの音で顔を上げると時刻はお昼。あっという間。

朝はお兄様が用意をしてくださったので、お昼は私の番。とはいえHARを使うようにとの指示があったのでこれも並べるだけなんだけどね。偶にはこういうのもいいでしょう。これが普通の家での当たり前らしい。なんだか不思議な感じ。

エプロンも付けずに食事を並べるのも違和感を覚えつつ、準備が整ったらお兄様を呼びに行く。

お兄様は地下にいらっしゃったはずなので階段を下りるのだけれど、ノックをするよりも早く扉が開いてお兄様の腕の中。

・・・何が起きました?

 

「来るのがわかってからじっと待つのがな」

 

耐えられなかったらしい。

あれ?お兄様も犬属性お持ちでしたか??ご主人待ちきれなくてドアの前でスタンバってました?

でも待って。首に顔を埋めて深呼吸しないで、その流れて首筋を舐めないでください!ストップ、ステイですお兄様。

 

「・・・すまん」

 

やだ、お兄様無意識の行動だったの?・・・衝動が止まらないね。

頭抱えちゃった。

 

「恐らく人がいれば大丈夫だと思うんだが」

 

つまり、抑止力が無ければ本能のまま動いちゃうってこと?それはまずい。何がどうまずいかって私がまずいことになる未来しか見えない。

 

「・・・必ず制御するからもう少し時間をくれ」

 

お兄様にとってここまで大きな感情の動きは怒りしかなかったから持て余してしまっているのかもしれない。

こればかりはお兄様にしかわからない。

 

「お昼のご用意ができましたので一息入れましょう」

 

とりあえずお昼を食べてから考えましょう。手を伸ばすと、お兄様はその手を取って――

ってこれまた不穏な気配を察知!ストップですお兄様。

 

「指を絡ませずにそのままで。まずは距離感を取り戻しましょう」

「・・・わかった」

 

この場合取り戻すのは一般的な兄妹の感覚です。いくら他所ウチと言っても普通の感覚は知っておいた方が良い。今が教育の時です!

今までの失敗を取り返せるかもしれない。私は密かに作戦を実行に移した。

 

 

 

 

午後も互いに自分のやりたいことに没頭し、夕飯を食べ、お風呂に先に入ってから勉強後にコーヒーブレイク。

久しぶりに深夜のリビングでコーヒーを嗜む。

水波ちゃんが来てからはこの時間にこうしてリビングに下りてくることも滅多になくなりましたからね。

横並びで、コーヒーを味わう。ぴったりくっついてはいない。ちゃんと距離を空けて座った。

 

「研究の方は順調ですか」

「研究と言うより誤差の調整だな。まだ確認はできていないが問題なく調整できたはずだ」

 

やっぱり正月にお披露目した魔法の調整を行っていたらしい。あとは腕輪型のCADの使い勝手も気にしていたからそちらもいじっていたのだろうな。

 

「深雪の方は?ゆっくり休めたかい?」

「ええ。くつろがせてもらいました」

 

一着もつくれてはいないけれど、今日はデザインだけに集中してましたからね。あと生地の注文。

明後日指定にしたのでお兄様がいない間に受け取る予定。

 

「それはよかった」

 

お兄様の手が私を撫でようとして不自然に止まる。

 

「・・・頭を撫でるくらい、大丈夫ですよ」

 

触れることが全ていけないことのように思い始めているかもしれないが、撫でることとハグまでなら兄妹でも不自然なことではないと思っている。

恐るおそる手を伸ばしてぎこちなく撫でる手は、ふと懐かしさを覚える手つきで。

 

「ふふ、初めて撫でてもらった時を思い出しますね」

「・・・あの時も、俺なんかがこんなに綺麗な女の子の頭を撫でてもいいのだろうかと戸惑ったな」

「お兄様だから、撫でて欲しかったのですよ」

 

俺なんかではない、と言えばお兄様は苦笑してそうか、とさらっと頭を撫でて離れていった。

 

「俺が触れることで深雪が傷つくことが怖かったんだ」

 

あんなトラウマを植え付けられた直後には、確かに恐ろしく感じたことだろう。

そしてお兄様は自分が兵器だと、そう徹するべきだと考えていた。

お兄様に傷つけられるなら本望、なんて深雪ちゃん的思考が浮かぶが、それも間違ってはいないけど。

 

「私を簡単に傷つけられると思わないでください。これでも結構強くなったのですから」

 

私だっていつまでもお兄様に守られっぱなしではいられない。お兄様が傷つけることが怖いというのなら傷つかないくらい強くなればいい。

結局のところ、深雪ちゃんに生まれ変わろうとも脳筋なところは変わらない。・・・そもそも深雪ちゃん自身お得意なのはパワープレイでしたからね。

 

「結構どころか、他を寄せ付けない強さを身に付けたがな。それでも心配なんだよ――俺はお前の兄貴なんだから」

 

柔らかく、お兄様が微笑まれる。

 

(・・・もう、大丈夫だ)

 

いつものお兄様に戻った、はず。

 

「すまない。感覚を取り戻すのに手間取った」

 

・・・兄の感覚を取り戻すってことはよくわからないけれど、お兄様にとっては兄の規格のようなものがあるのだろう。

 

「それはよろしゅうございました。これで水波ちゃんを驚かせるようなことにはならないですね」

「驚かすというか、怒られる、のような気がするが」

「怒る、ですか?水波ちゃんが?」

 

ああ、でも確かにお兄様がちょっかいかけようとするたびに叱ってたっけね。

何だかあの日々が遠くなっていた。

婚約者の発表されたのって一昨日のことなのに。それだけ衝撃があったということかな。

それからしばらく他愛ない話をして、時折無言も楽しみながらあっという間にカップの中身は空になる。

 

「カップは俺が片しておこう」

「え、でも今日はHARに任せるんじゃ・・・」

「俺が送り狼になったら困るだろう」

「!!」

 

つまり時間を空けてから戻るということで。

・・・お兄様の感覚を取り戻しても、ひょっこりと出てきてしまうらしい。

 

「で、では、お先に失礼します」

「ああ」

「おやすみなさいませ、お兄様」

「おやすみ」

 

少しぎくしゃくしながらお休みの挨拶をして別れた。

完全に元の状態に戻るには、まだ時間が必要のようです。

 

 

――

 

 

次の日の朝、いつもの時間に起床。

お兄様は朝から先生のもとに行くわけではないが走りに行くというのでドリンクを用意。

 

「おはよう」

「おはようございます、お兄様」

 

お兄様の様子にもどこもおかしなところはない。ドリンクを受け取りに近づいて――

 

「あれから考えたんだが、過度な触れ合いは避けるべきだろうが、おはようとおやすみのキスくらいはいいのではないだろうか」

 

真剣な表情で妙な提案をしてきた。

だけどお兄様、どうやら冷静になってきちんと考えて導き出した答えらしい。

疲労しておかしくなったわけではなさそうだ。

過度な触れ合いをしないというのは、水波ちゃんとの同居生活において、現状維持をするために必要なことだと判断されたのだろう。だた、続けられた言葉の意味は恐らく――

 

「それは時々あった頬にするものではなく・・・?」

 

こくり、と頷く。つまりはそういうことらしい。

 

(・・・まあ、キスくらいなら大丈夫かな)

 

目が泳ぐけれど、こちらも了承するように頷いて答えると、お兄様は私が持っていたグラスを机に除けて抱きしめると頬に手を添えて唇を重ねる。

押し当てるだけのそれに、お兄様の葛藤を感じつつ惜しむように離れていく様子にくすりと笑ってしまいそうになるのを何とか堪えた。

 

「何事も修行ですよ、お兄様」

 

訳知り顔で言えば、お兄様も苦笑で応えて。

 

「最も厳しい修行になりそうだ」

 

耐えるのは慣れていると思っていたんだがな、と大げさに肩を落としつつ、グラスを手に取って呷ってから出ていかれた。

私もいつもの柔軟をしてからお母様のお花を選定。クリスマスローズが二輪だけ花を咲かせていたのでそちらをぱちん、と。

今日は可愛らしい小瓶を花瓶に見立てて供えた。

 

「お母様、今日はたくさんご報告したいことがございます」

 

(私、願いを叶えたのですよ――)

 

いつもより長く語り掛けること30分。お兄様が戻られるまで続いた。

お出迎えすると、いつものハグの流れで頬にキスをされる。

これはセーフだろう、と語り掛ける目に、堪えきれずに笑って了承の旨を伝え、もう一度、今度は額に一つ。

お兄様の健気な姿にきゅんとするけれど、お兄様が堪えているのに私が手出しするわけにもいかない。

 

「さ、朝食の準備をいたしますのでシャワーを浴びてきてくださいませ」

 

今日は白米をご用意しました、と言えば嬉しそうに笑ってお風呂に向かわれた。

 

 

 

 

午後、お昼を食べてから家を出た。

お兄様はスーツ、私は振り袖。

 

「・・・お兄様、素敵です・・・」

「美しいな。出かけないでこのまま共に過ごしたいほどに」

 

二人して互いの姿に見蕩れて動けずにいたのは一体どれくらいの時間だったのだろう。

私はお兄様に見蕩れて。

お兄様は私に触れぬよう葛藤して。

時間がかなり経っていたことに二人してはっと気づいたタイミングが揃ったことに噴出した。

 

「私たちは似た者兄妹ですね」

「世の中には似たもの夫婦という言葉もあるらしいぞ」

「それは・・・まだ夫婦ではございませんので」

「そうだったな。そもそも婚約者というだけであって、今は深雪に恋をしてもらうためにアプローチの許可をもらったばかりだった」

 

・・・そんなこと、ありましたね。すっかり忘れてました。

でも距離を保つにはいい口実かもしれない。長い時間焦らすつもりはないけれど。婚約と結婚する未来はほぼ確定している。

 

「もうしばらくお待ちください。私も心の準備をしております」

「待つと言って手を出したのは俺だ。今度は絶対に待つから」

 

それは、もうすでに私の心がお兄様にあるとわかっているからの余裕なのか、身体でのつながりもできた事で心に余裕が生まれたのかわからないが、お兄様は待ってくれると言う。

 

「さ、もう行こう。――手を」

 

お兄様の手に重ねて家を出る。

今日はこのような恰好なので自家用ロボットカーで。

到着していつものようにすぐに案内されると思ったが、どうやら突然の来客があってしばらく相手はできないとのこと。――・・・これ、偶然じゃないんだろうな。ついでかもしれないがお兄様を一目見に来たのだと私の直感が言っている。

会話などは一切ないはずだが、一種の繋ぎみたいなものなのかもしれない。

お兄様は長くなるようなら一旦戻るかとも考えたようだが、お兄様もよく知る八雲先生の高弟が必死に引き留めているので、先の予感が正しいと示しているようにも思えた。つまり、邂逅を狙っている、と。

閣下の時とは違い、ここで会っておくことは今後の流れのためにも必要であるので、ここはおとなしく待つことにしましょう。

待つことは苦手じゃない。お兄様が傍に居れば苦にもならないどころか真逆。幸せである。

スーツ姿のお兄様。去年の和装も大層お似合いだったけれどスーツ姿もまた、たまらない。

格好いい。いつの間に新調なさったのだろう。お兄様背も少し伸びたはずなのにぴったりサイズ。

 

「深雪の目は相変わらずおしゃべりだね。そんなにこの恰好が気になるかい」

「も、申し訳ございません!」

「いいよ、俺もその分深雪の艶やかな恰好を堪能させてもらっているからね」

 

その言葉にパッと顔に熱が集まり俯いてしまう。

そんなやり取りをしていたら三十分なんてあっという間で、

呼びに来たお弟子さんの後をついて、僧坊から本堂へ向かう庭に下りたところで異様な気配を漂わせる人物が視界に入る。

お兄様も気づいたようだけれど、私はそっと視線を外し、震えださないよう心を叱咤する。

・・・九島閣下がぬらりひょんならこの人は何だろう?もっと恐ろしいものに感じる。――それこそ存在するだけで人を畏れさせる、神のよう。

この世界の、ではなく、自然界の神。人々の畏れの具現化。

あの人が神だというのなら、先生は天狗だろうか。神でありながら人を導く。

風間さんも天狗と呼ばれているけれど、あちらの本質は神よりも人が修行して昇格したような――ってこんな妄想している場合ではなかった。

本堂に着き、先生はいつものように飄々とした表情で私たちを出迎えてくださった。

お兄様が新年の挨拶をしたので続いて頭を下げる。

先生は当然のようにすでに情報を耳に入れられていて、感心した声を上げれば、先生は笑って答えた。

曰く、情報はかなりのスピードで回っているのだと。

これに対し、お兄様は驚きの声を上げるものの、その声に苦いものは混じっていない。

お兄様にとってこのニュースは、四葉であることを大々的に発表されたことによる、狙われる可能性が上がるくらいの情報であり(それも大概なのだけど)、警戒レベルを変更する必要があるな、という類なのでお仕事モードの方が強く出るようだ。

先生は驚くこと自体面白おかしいとばかりに、だって四葉だもの、と。

このビッグニュースが世間を(と言っても魔法師界のみではあるのだが)賑わせるには十分だと言う。

そうだねー。あの、四葉がプライベートな報告をするなんて、子供が生まれたことも秘匿していたわけだから何十年ぶりの報告なんだろうから。

 

「それに、もうすぐ師族会議もある。今年は四年に一度の選定もあることだし」

 

内緒にする方が無理だ、との言葉に、お兄様がため息を漏らす。

お兄様にとって自身が目立つようなことが起こるなんて思ってもみなかったことだろうから。

 

「それにしても君と深雪くんが兄妹ではなく従兄妹同士で、婚約とはね」

 

すっかり騙されたよ、とニヤニヤ顔だけれど、うん。これ、先生が真実を知らないとは思えないよね。・・・だって、先生霊視ができるのであれば、繋がりも見えてそうだものね。

霊視ってロマンしか溢れてない。万能だと思ってるから。

 

「それで、何処までが本当なんだい?」

 

ほらあ!もう嘘がバレてる。

お兄様は平然と、そう聞いているとお返しになっているけれど、これもすごい胆力。カッコイイですお兄様、流石!

それからちょっとした応酬があり、お兄様に冷たい視線が向けられるけれど、それを平然と受け、礼をもってして返答するお兄様に、先生は気を弛めた。

初めから糾弾するつもりも真実を探るつもりも先生には無かったのだ。

そしてこの後は世間話に入る――はずだったのだけど。

 

「それで、達也くんは想いを成就させたわけだ。まだ婚約ではあるけれど」

 

その言葉に先ほどまで動揺なんて見せなかったお兄様がわずかに身じろぎをした。

 

「・・・どういう意味です?」

「どうって、何が?」

「その、俺の想いと言うのは」

「まさかとは思うけど、バレてないとでも思っていたのかい?あんなあからさまだったのに?」

 

むしろ隠す気あったの?と続けられた先生のお言葉にお兄様はついに固まった。

それを見た先生も、まさか本気?と薄っすら目を見開いていた。

・・・先生を驚かせることができるなんて、流石ですお兄様。不本意でしょうけど。

 

「先生はお気づきだったのですか?」

 

それは暗に私も知らなかったと告白するようなものであったが、今度はこちらに対して驚きの表情は無かった。

 

「まあ、深雪くんは気付いてなさそうだと思っていたけれど、まさか達也くんが・・・ねぇ。あんなに牽制してたじゃないか」

「あれは、兄として当然のことです」

「普通兄は嫉妬を向けないよ」

「・・・しっと・・・」

「それも自覚していなかったのかい?本当に?」

 

うっそだぁ、と先生。ちょっとキャラが崩れかけてますよ。

そこから防戦一方。先生のそんなわけないでしょ攻撃にお兄様はひたすらに沈黙で耐えていた。

ひとしきり笑われて、落ち着いた先生はそれ以上はいじることなくちょっとした世間話に移行し、(多分この時まだ表面上しか落ち着いていなかったんだろうな)2,30分他愛ないお話をしてからお見送りしてくれることになったのだけれど、

 

「明日から少し厳しく指導してあげるからそのつもりで」

 

――この落差だよね。先生にしてやられました。

これからも変わらずに付き合ってくれるという先生の言葉に、お兄様は頭を下げ、私は涙ぐんで先生にお礼を言った。

 

 

 

 

車内で、指で涙を拭われて、お兄様も先ほどの指摘を受けて自重を覚えたのかな、と思ったがその後濡れた指を舐めていたのでそういうことを自然にやっちゃうとこだぞ!と心の中でツッコんだ。

お兄様は自分の行動が普通じゃないことを理解されていない。

普通一般の常識をお兄様に教えて下さる講師の方、募集しています。

 

 

――

 

 

夕方、水波ちゃんが帰って来た!

玄関でお出迎えし、熱烈ハグ!

 

「み、深雪様」

「おかえりなさい、水波ちゃん!」

「・・・ただいま戻りました」

 

その様子をお兄様が遠くで腕を組んで壁に寄りかかりながら見守っていた。・・・お兄様、まさか後方彼氏面って知って――るわけがないよね。でも構図が正にそれだった。水波ちゃんもそれを見て微妙な表情。

 

「今日はまだお休みなんだから、お夕飯は作らせてね。お風呂だって手伝っちゃダメよ」

「う・・・仰せの通りに」

 

料理はまだしもお手伝いはしたかったみたいだけど残念!させませんよ。今日は一日お休みなんだから!

水波ちゃんは諦めたように肩を落とした。

 

 

 

 

一日の終わりに、ドアを叩かれた。お兄様だ。

どうぞ、と声を掛けてもドアは動かない。どうしたのだろう、と開けるとお兄様が苦笑をして立っていた。

 

「どうか、なさったのですか?」

 

とりあえず中へ、と促すけれど、首を振られた。

 

「寝る前の挨拶に来たんだ」

 

もう眠る頃だったろう?とのことだけど・・・わざわざキスをしに来てくださったらしい。しない選択肢?ないそうです。

 

「部屋に入ったら、歯止めが利かなかった時、お前が逃げられないだろう」

 

・・・私のためでした。お気遣いありがとうございます。

遠慮がちにお兄様に近づいてお兄様の胸に手を添えて、腕を回され抱きしめられる。

音もなく重ねられた口付けは、一度角度を変えられてから名残を惜しむように離れていった。

 

「・・・おやすみ、深雪」

 

その声に未練が滲んでいるが、今度は笑うこともできなかった。私も、もう少しだけ余韻に浸っていたかった。そう思ってしまったから。

 

「おやすみなさいませ、お兄様」

 

扉が閉まりきるまで、二人の視線が途切れることはなかった。

閉まった後もそこから動けず、唇を指でなぞる。

 

(・・・これじゃ、すぐに陥落しちゃう)

 

あがる熱に、自分も女子高生だったんだなぁ、と改めて実感させられた。

今夜は眠るのにしばらく時間を要した。

 

 

 

 

あくる日、お兄様は予定通り国防軍の基地に向かわれた。

今日のスーツ姿のお兄様もとても素敵だった・・・。

今度のぬいの衣装はスーツにしよう。

水波ちゃんが張り切って家事をしている間、私は自室に籠り届いたばかりに生地に触れた。

 

 

 

お兄様が帰宅し、30秒のハグのあと頬と額にキスをすることが流れとして決まったようだった。

そして今日からは通常通り水波ちゃんが食事を担当することになった。新年一発目と言うこともあって、気合の入った和食だった。とっても美味しかった。腕を上げたね水波ちゃん!

 

 

 

そして水波ちゃんが下がっての食後のコーヒーの時間、なのだけど、お兄様が項垂れていた。

こんな姿は初めてだ。一体どうされたというのか。

 

「・・・どうかなさったのですか?何か軍の方で言われたのですか?」

「・・・・・・風間さんからも言われた」

「何をです?」

 

風間さんから、とは?首を傾げると、深雪は可愛いなぁ、とこのところ口癖となりかけている言葉を口にしてから。

 

「『――まあ、よかったんじゃないか。お前の望みが叶った形になったわけだから――』。そう言われた」

「・・・はい?」

「俺も初め意味が解らなかった。だから訊ね返したら、返って来たのは師匠と同じ言葉で」

 

――お前、まさかバレていないとでも思っていたのか?あんなにあからさまだったのに?――

 

「・・・俺はそんなに態度に出ていたか?」

「・・・さあ。そもそも私は気付いてもおりませんでしたので、なんとも・・・」

 

そうだったな。お兄様はそう言って深くソファに沈んでいった。

 

 

――

 

 

ついに来た、始業式の日。

私たちは呼び出しに逆らうことなく30分前に登校した。水波ちゃんは私たちに付き合う形だ。

話は原作通り、事情聴取が主だった。

ここでも百山校長は思うところがあったようだけれど、形式上いくら疑わしくとも証拠がないので暴きようがない、ということで不問にしてくださるらしい。

そして、責任なき者に罰を与えることは教育者としてあってはならないと宣言してくださった。教育者の鏡である。

そうだね、子供にこんな偽造できるはずが無い。父親はこの件を命懸けでしらばっくれるだろうしね。四葉の命令には逆らえません。白と当主が言えば黒いカラスも白くなるのだから。

最後にやっぱり付け加えられる節度を守るようにとの言葉に私たちは重々承知していると頭を下げた。

 

「・・・深雪」

「大丈夫です、お兄様――私は四葉家次期当主、司波深雪なのですから」

 

後半に雰囲気をガラッと変えて。視線も声も温度を下げて。九校戦の女王よりも正月に見た母の冷え切った視線を思い出しながら。

 

「それでは達也様、私はこれで失礼します」

 

お兄様に対しても、当主の息子に対する礼儀を重んじる態度を見せる。

 

「お前がその気なら、俺は応援するよ」

 

温かい声が掛けられて、一層頑張ろうと気合が入る。

お兄様と別れてA組へ。少し早い時間だが、すでに来ている生徒が数名。

 

「おはようございます」

 

いつもなら笑顔でおはよう、と言うところを淑女の仮面をつけた状態に敬語で挨拶。

この時点で教室の空気は外気より下がった。

気まずい空気が漂ったが私は素知らぬ顔で席に着くと、端末にこの場所であっても作業ができる生徒会資料を呼び出し、それを処理しながら時間を潰した。

種類は違えど視線は煩くとも、こういったことには慣れている。

ひとしきり無視して作業を続けていると、シャットアウトしていた空気に変化が。ひときわざわついた気配に雫ちゃん達が入ってきたことを悟る。

 

「おはよう」

「・・・おはよう」

 

二人のクラス全体への挨拶に、私はほかのクラスメイトにしたのと同様に「おはようございます」と他人行儀に返すと、大抵のクラスメイトが緊張したように肩を揺らした。

ほのかちゃんは大げさに体をびくつかせて、雫ちゃんは無反応。それぞれの席に着く。

皆、恐れている様に声を潜め、触れてはいけないとばかりに別の話題をしていた。

ゴメンねぇ。空気を悪くさせちゃって。

この後恐らくいつも通り先生に用事を頼まれるかして席を中座するだろうから、それまでの我慢してほしい。すぐに邪魔者は退散するから。

 

(・・・おかしいなぁ。前世は空気に徹することが得意だったのだけど。深雪ちゃんに生まれ変わった時点で不可能なスキルになっていた。無念だ)

 

 

――

 

 

予想通り、というか案の定書類を探すように頼まれた。新学期って高確率でこのサブイベント発生するよね。「ちょっと書類を探してきてくれ 3」みたいなお使いクエスト。

授業中、席を立ったことで周囲の子たちがびくぅ!と体を跳ねらせた。驚かせちゃったね、ごめんね、と心の中で謝罪しつつ、表向きは素知らぬ顔で教室を後にした。

後方で、クラスがざわめく気配がした。怖かったって話と今後の方針でも話し合うのかな。私は態度を変えないつもりだから頼んだよ~。

で、肝心の書類探しなのだけど。

 

(なんで、名簿が、備品管理のところにあるの!)

 

何度探しても見つからないと思ってたら、まさかのその名簿だけ変なところに入り込んでいた。

おかげで結構な時間がかかってしまい、教室に戻る頃にはお昼になっていた。

すでにほのかちゃん達はいない。原作通りだと生徒会室に避難しているようだけど、たぶん、ここでもそうなんじゃないかな。

静まる教室の中、滅多に持たないバッグを持って堂々と後にする。

廊下を歩いても視線が凄い。お兄様がよく視線がおしゃべりって言うけど本当だね。皆声はしないのに怯えつつも気になってしょうがないみたい。目を離せない、何をされるかわからない恐怖。

だからけしてこちらから目を向けてはならない。目が合ったらきっと石化しちゃうだろうから。

後を付けようとする生徒はいなかったのは幸いだった。

屋上に行くと、当然だけれど誰もいない。

それはそうだ。普通ならこんな寒々しい屋上なんて来ない。誰も気温一桁の時に外でなんてご飯食べたくないよね。

しばらく冷えた空気を味わってから魔法で冷気を遠ざけてベンチに座った。

空を見上げれば冬らしく青みの少ない薄い色をした空色で。

寒々しいと思う人もいるだろうけれど、淡い色の冬の空が好きだった。

しばらく見上げていたら、唯一の扉が開く音がした。お兄様が真直ぐとこちらに歩いてくる。

立ち上がって一礼すると、お兄様は苦笑をして。

 

「流石にこんなところに来る人間はいないよ」

 

だから演技をする必要なはい、と言う。視線さえ向けられていないと言外に言っていることが分かったので、素直にお兄様の要望に応じた。

 

「・・・正直、こちらには来られないのではないかと思っておりました」

 

手紙にはお兄様を怖がる必要は無い、と書いておいたから今日もいつも通り食堂での昼食を過ごされる可能性があるのでは、と思っていたけど、それだけでは原作は捻じ曲げられなかったということか。

お弁当は用意していたので問題ないのだけれどね。

 

「どうぞ」

 

座るお兄様にお弁当を差し出す。お兄様の姿が見えた瞬間、すでに温めておいた。

当然お兄様の周囲からも冷気を除くことを忘れない。

 

「ありがとう。美味そうだ。いただきます」

「どうぞ、お召し上がりくださいませ」

 

こうやってちゃんと言ってくれるお兄様、素敵です。

確か原作では俺が来なかったらどうするつもりだったんだ、とか前もって伝えてくれ、とか思っていたらしいけれど、この微笑みの下も、そんなことを考えているのだろうか・・・?

あれだってもちろん文句が言いたかったわけではなく、せっかく用意してくれた深雪ちゃんのお弁当が無駄になってしまったら、という心配があったからだったんだろうけど。

なんとなくだけど、このお兄様は考えていないように思う。じゃあ何を、と言われると困ってしまうのだけど。じっと私の方を見て美味そう、と言っていた時、お兄様は何をお考えだったのだろうね。

でもこうして作ったお弁当にちゃんといただきますしてくれるのっていいよね。

こんな素敵なお兄様が私の、その・・・旦那様になるの?私前世で徳詰み過ぎじゃない??もしや記憶がないけれどここに至るまでにもう一個人生挟んでるのかな。その時に命懸けで世界でも救いました?

それくらいじゃないと釣り合いが取れない気がする。というか取れない。お兄様素敵だもの。

 

「深雪は一体何を考えているのかな」

「!いいえ、あの・・・」

「赤くなった理由を知りたいな」

 

お兄様が物理的に距離を縮めてくる。

 

「お、お兄様、ここは学校です!」

「だから触れないよう我慢しているだろう?」

 

我慢しているから教えてくれてもいいだろう、という副音声が聞こえた。

・・・うう、お兄様がどんどんずるい人になっていく・・・そう言うところも好きぃ・・・。

 

「お兄様のように、素敵な方のお嫁さんになれるのかと思ったら、その・・・こんなに幸せになっていいのかと・・・」

 

思ってました、と言って顔を覆った。

耐えられなかった。羞恥で熱くてたまらない。

そうしてしばらくプルプルしていたのだけど、お兄様の反応がない。あれ?どうしたのだろう。ちらりと指の隙間から盗み見をしたら、お兄様がお弁当箱を脇に退かして膝の上でゲンドウポーズをなさっていた。

 

「お兄様・・・?」

「今、俺は修行中だから待ってくれ」

 

あ、はい。

 

(・・・修行?)

 

何の?と思ったけれど今お兄様が修行をしていると言ったら先生のところの訓練か、衝動に耐える修行のどちらかしかない。

この場合は後者しかないわけで。

さっきも触れないように我慢しているって言ってたからその限界が来た?

 

「あの、先ほどお兄様がおっしゃっていました。こんなところに人は来ないのであれば、その・・・少しくらいよろしいのではないでしょうか?」

「――深雪、自分の身体を大切にしなさい」

 

え、はい。

 

(・・・それはいつも私が言っている言葉ですね・・・?)

 

なんだかよくわからないが、お兄様の葛藤の邪魔はしちゃいけないね。いそいそと弁当の蓋を開けて私も食べ始めた。

原作でははいあーんをして自爆していた深雪ちゃんだったけれど、修行中の身のお兄様にそのようないたずらは良くないことだと自分の口にだけ運ぶことに専念した。

しばらくして後から追いかけるように、大きな弁当を食べ始めたお兄様だけれどあっという間に追いつかれ、ついには追い抜かれてしまった。

お兄様の一口が大きいったら。そんなところも素敵なのだけれど。

 

「やっぱり深雪の弁当は美味いな」

「ありがとうございます」

「だが、ずっとこうして寒空の中食べるというのもな」

「そうですか?これもなかなか乙なものですよ」

 

魔法があるから寒くないし、真冬の空の下、温かなお弁当を食べるというのはこたつでアイスを食べるような贅沢な気分にさせた。

 

「空き教室を探したらどうだ、と提案するつもりだったのだが」

 

苦笑するお兄様に、私も笑って返す。

 

「お兄様がお嫌なのでしたら、他の場所を探しましょう」

「・・・いいや。人が通るかもしれない教室よりも、こちらの方が気が休まるかもしれないな」

 

私のために譲ってくれたのは一目瞭然だった。

 

 

 

「A組の教室はどうだ?」

「皆を怯えさせてしまっているようで申し訳ない気持ちですけれど、こればかりは慣れてもらいませんと」

 

お弁当を食べ終わってからの雑談タイム。

もうね、可哀想になるくらいの怯えようだったんですよと説明を。

ゴメンね!と何度心の中で謝罪したことか。四葉って存在自体が怖いものね。彼らにとっては空想上の怖いものであって、それがこんなに近くに実在しているだなんて、青天の霹靂だっただろうから。

 

「お兄様の方はいかがでしたか?」

「教室の方では誰も話しかけて来なかったな。エリカとレオが話しかけてくれたが、美月に話しかけたら怯えていたな」

「四葉の名は、恐怖の象徴ですからね」

 

私情で一国を滅ぼした一族なんて怖くて当然だよね。理由は全て愛によるものなのだけど。

お兄様は四葉では異色な扱いを受けてるよ、と手紙に書いたところで四葉の人間には変わりないし、当主の息子なんだから恐れる理由は十分なのか。

でも、

 

「エリカ達は、変わりなかったのですね」

「ああ。あれは凄いな」

 

お兄様の口元には笑みが浮かんでいた。

よほど二人の態度が嬉しかったのだろう。良かった。

微笑んで見つめていると、お兄様は自身の目を手で覆われた。

 

「・・・すぐに気が緩んでしまうな。いや、お前が美しい上に優しすぎることが原因か・・・」

 

お兄様の身体がこちらに傾きつつあるな、と思ったら無意識に触れそうになっていたらしい。

えっと、お兄様、がんばって?

 

 

――

 

 

放課後、生徒会室にて私、お兄様、水波ちゃん、泉美ちゃん、そしてほのかちゃんが揃ってお仕事。

仕事の分担は元々決まっているからわざわざ会長直々に仕事を振らなくて済むからいいね。

私も休み時間にできることはちょくちょくやっていたので残業することなく終わりそう。

ピクシーに指示をしてお茶休憩は挟んだけどね。お菓子は出さなかった。四葉の用意したモノなんて食べたくないだろうし。

ピクシーの触手がうにょん、と動くけどごめんね、相手してあげられなくて。お兄様に直接メールで伝えていいかと電子メールで確認したら俺が送っておく、と。特殊なコードでも使っているのかもしれない。

皆空気に耐えられなくて仕事に集中したからか、いつもより早く終わった。

帰りも一緒に帰ることなくささっとお別れ。

泉美ちゃんが勇気を出して声を掛けてくれたけれど、そっけなく敬語でお返事してしまいました。ごめんね。振り返ることなく離れた。

帰りのコミューターの中、

 

「水波ちゃん、ごめんなさいね。クラスで大変だったんじゃない?」

「香澄さんが、助けてくださいました」

 

搔い摘んで状況を説明してくれたけど、質問攻めに遭って困っていたところを助けてもらったんだって。お礼にクッキーでも作ってあげたいところだけれど、四葉の作ったものなんて~以下略。残念だ。

 

 

 

 

帰宅して水波ちゃんが夕食を準備している間、見苦しくない恰好に着替えて叔母様と圧迫面接をば。

今日の学校からの指導について報告しないとね。

二回目の電話で叔母様はお出になられた。

お美しいお顔が画面に。相変わらず麗しい美貌です。そして何よりプレッシャーも一級品。流石叔母様。

今回からお兄様の傍に控えて大人しくしている。

叔母様からもお話があるそうだけど、先にお兄様の用事を済ませたいとのことで百山校長からの伝言を伝える。

厳重な抗議をするというくだりで眉を顰めたけれど、私たちは何もしないでいいって。まあできることもありませんしね。

そして叔母様の方はと言えば――こちらも原作通り。

魔法士協会を通して一条家から婚約に対する異議申し立てがあったとのこと。

お兄様の気配がピリリとしました。

可能性があることはお話ししたんですけどね。まさか本当にあるとは思わなかった――ということは無いね。お兄様がその可能性を斬り捨てるはずも無かった。それは私が危惧したから。私の憂いをお兄様が見逃すはずもない。

 

「血の濃さに対する遺伝子異常を口実に、一体何を言ってきたんです?」

「話が早くて助かるわ。――あちらのご長男との婚約を申し込まれたの」

 

わあ・・・一条君、大人の陰謀に巻き込まれたね。

彼自身、本人だけの感情が親を動かした、なんて思い上がりはしないだろうけど。陰謀渦巻く十師族に生まれて何も考えずにはいられないだろうから。

でも彼のご実家はとても情の深い家でもあるから、どうせならこちらの思惑を、と抱き合わせてきたといったところか。

恋心を利用なんてあくどいことを、と普通なら思うところだけど一条家のことだから息子のためにという想いもちゃんとあるんだろう。本当、いい家族だ。

 

「それで、お断りになるんですよね?」

 

貴女が命令した婚約でしょう?とお兄様の強い圧が。

叔母様はそれを受けて嬉しそうですね。叔母様、息子の恋愛楽しみでしょうがなかったもんね。

 

「しばらく断らないわ」

「・・・それではこちらの立場が悪くなりませんか?」

 

一条君の気持ちが宙ぶらりんになるわけだからね。たとえあちらから非常識にも横やりで婚約の申し込みが入ったとはいえ、袖に振るにも作法がある。何もせずに放置というのは、礼儀に悖る行為に当たる。

 

「いつまでも放置するつもりはありません。だから貴方達もこの件はあまり気にしないで。今まで通り二人で仲良くしていて頂戴」

 

楽しそうにニンマリ笑顔の叔母様に思わず「叔母様・・・」との声が漏れてしまったけれど、耳ざとく拾われてしまった。

 

「深雪さん、私のことは何と呼ぶんだったかしら?」

「・・・失礼しました、真夜姉さま」

 

お兄様は眉一つ動かさず――ではないね、画面上の叔母様を睨みつけてません??

お相手はご当主様ですよ?お兄様のお母様になられた方ではありますけれど。随分親し気ですね。

そんな視線を受けた叔母様は――嬉しそうですね。やだ、いつの間に二人とも仲良くなりました?

 

「分かりました」

 

とぉっても不服ですと滲ませた低い声でお答えするお兄様に、それはそれは楽しそうな笑みを浮かべて叔母様は画面から消えていった。

・・・叔母様夜の女王から魔女に転職した?いえ、魔女兼夜の女王なのか。大変ね、二足の草鞋。

なんて、逃避している場合じゃないね。

 

「お兄様、大丈夫ですか?」

「――ああ、問題ない」

 

はっきりと副音声が聞こえましたね。

 

――問題があろうとも俺が分解する(消す)から――

 

消しちゃダメです。一条家の大事な跡取り。あれ、嫁いできてくれるんだっけ?あ、違う婿に来るのか。どっちにしても彼との婚約は成立しないのでね。正す必要もないわけで。

それよりも急務なのはお兄様の急降下した機嫌を直すことだ。

お兄様の腕を抱き寄せて身を少しだけ預けて。

 

「お兄様が離さない限り、私は傍におりますから。一時的に離れることになろうとも、必ずお兄様のお傍に」

「・・・離すわけがない。絶対に」

 

あらぁ。お兄様の目から光が消えたね。危ない。危険信号。

 

「もう、お兄様?あまりありえない妄想はなさらないで。現実の私はここですよ」

 

くいっと引っ張ってこちらに向かせる。

するとお兄様は目を開閉させて光を取り戻すと、目を細めて。

 

「本当か?しっかりと触れないとわからないな」

 

いたずらっ子のお兄様が戻ってきましたね。いたずらっ子というにはちょっと、というか大分お色気成分が多いようですけれど。イケナイ雰囲気がね。

 

「・・・少しだけですよ」

 

水波ちゃんから見えない場所に移動しながら言えば、お兄様は努力する、と言って唇を重ねた。

 

(・・・少しだけをいっぱいしたら、それは少しじゃないですお兄様)

 

そしてその日から、夜の挨拶がちょっぴり濃厚になった。

ちゅ、ちゅと顔中にキスを落とされ、時折思い出したかのように唇を啄まれる。

とても恥ずかしいし、心臓がどんどこ音を立てて激しく動いているけれど、学校生活の息苦しさをお兄様が慰めてくださっていることはわかるので、我慢。

・・・これ、お兄様の修行というより私の修行も兼ねてない?羞恥耐久チャレンジ。・・・もう限界とっくに超えているのですけど。

 

「・・・辛くは無いか」

 

この質問も新学期から学校に通うようになって毎晩聞かれる質問だ。

 

「私が計画したことですもの・・・」

 

だから答えも同じなのだけれど、最初より勢いがなくなっているのは、・・・やっぱり辛くなってきてるから、なんだろうなぁ。

怯えられる、ならまだ大丈夫。だけど、声を聞けない、傍に居るのに話しかけられない、笑みを向けることも許されないという状況はなかなかに堪えた。

こんなに仲良くなっていなければきっとこんなことになってなかったんだけど。つまり自業自得だね。皆のことが大好きだからしょうがない。

お兄様の撫でる手がとても優しい。身を委ねてしまいたくなる。でも、それは甘えだから。

 

「・・・少しやつれたな。水波からも何か言われたんじゃないか」

「水波ちゃんも優しくて。私にはもったいないくらい」

 

水波ちゃんからも同様にやつれたんじゃないかと言われた。体重もわずかに減ったことも気にしている模様。

ご飯残したりしてないのだけど・・・皆でおやつを食べることが無くなりましたものね。帰りに喫茶店にも寄っていない。

ぬいを作る時間は増えているからストレスは軽減できていると思うんだけど、もしかして追いついてない?

キスの雨は止み、今度はそっと抱きしめられる。

 

「お前が頑張るというのなら応援する。・・・だから、辛くなったら隠さないで欲しい。俺は、お前の味方だからな」

 

大丈夫だよ、と安心させるように大きな掌が背中を擦る。

その温かさが、心にまで染みわたっていくようだ。

 

「・・・ありがとうございます、お兄様」

「礼なんていらない。したくてしていることなんだから」

「それでも私が救われているのですから、受け取ってくださいませ」

「そうか。なら、遠慮なく」

 

揶揄うような口調でそう言うと力を強めて抱きしめられた。苦しかったけれど、今はその苦しいほどの抱擁が嬉しかった。

 

 

――

 

 

朝、いつも通りの時間に登校すると、校舎に繋がる道の中央に立ちはだかる6つの影。

 

「おはよう、達也くん、深雪、水波」

 

中央のエリカちゃんが、以前と変わらぬ挨拶を、挑発的な笑みを浮かべながらしてきた。

年が明けて登校するようになってから、私たちの登校の立ち位置は変わっていた。

以前はお兄様と横並びで、一歩下がったところに水波ちゃんだったが、今ではお兄様を先頭に私が半歩下がり、その背後に水波ちゃんが付いている状態。見ようによっては私の護衛しているように見えるだろう。以前のように仲睦まじい兄妹には見えない。

そのため、仲の良い婚約者同士になんて映るわけもない。

冷静に状況を判断する中、心の中はと言うと、

 

(うわぁ!みんな勢ぞろい!しかも原作にはないけどゲームのイベントスチルっぽい!!)

 

横並びの中央に陣取って挑発的な笑みを浮かべるエリカちゃん。

その横でいつもと変わらぬ堂々とした姿の西城くん。

美月ちゃんは不安そうに瞳を揺らしながら胸の前で祈るように手を組んで。

隣には、顔を正面には向けていない、斜め下に視線を落とす吉田くん。

ほのかちゃんも胸に拳を当てて、表情を引き締めていて。

雫ちゃんが感情の読めない表情のまま私たちを見据えていた。

久しぶりに皆を見ることができてテンションがぶちあがる。完全に心が舞い上がっていた。

表向きの顔とのギャップがひどい。温度差で風邪引くレベルじゃない。凍死するレベル。

 

「おはようエリカ、皆も。勢ぞろいでどうしたんだ」

 

お兄様の挨拶と共に私たちは口を開かず頭を下げて挨拶とした。

私の顔に感情はない。ただうっすらと仮面のような笑みを浮かべるのみ。

そのことにエリカちゃんはちらりと視線を向けただけでお兄様に戻した。

 

「ちょーっとね、文句の一つでも言わないと、てね」

「待ち構えてまでか?」

「こうでもしないとお二人揃ってお目に掛かれないから。そこにいる生徒会長サマには特に、ね」

「――なんでしょう。あまり時間もございませんので手短にお願いしたいのですけれど」

 

あらあら。エリカちゃん戦闘態勢ばっちりって感じ。

すっごい喧嘩腰です。ワクワクしちゃう。私も頑張って悪役令嬢ムーブで迎え撃つよ!

できるだけ冷ややかな視線を心がけ、少しだけ顎をツンと上げて、声は無機質に聞こえるように抑揚なく。

そう、イメージは気位の高い、貴族令嬢。周囲から孤立しちゃう系のツンツンお嬢様。・・・できることなら金髪ドリル、じゃなかった、縦ロールで迎え撃ちたかった。

あと、猛烈に扇子が欲しい。正月に見た叔母様の扇子捌きは素敵だったな。

そんなことを考えているなんて思われない美貌と淑女教育に感謝だね。

ここで待ち構えてたってことは今エリカちゃんが言ったように、お兄様だけでなく私にも用があるらしい。

学校じゃ二人揃って捕まえることはもう不可能だし、私一人だと捕まえられないだろうからね。徹底的に関わるなオーラ出してますから近寄りがたい。

 

「じゃあ手短に、と言いたいところだけど、それはあなた達次第だわ」

「――用件を」

 

さっさと話して下さらない?と少し圧を強めて言えば、美月ちゃんやほのかちゃんがちょっぴりビビっていた。

ごめんね。令嬢スタイルだと圧が自然と出てしまうのですよ。オート機能。便利。

しかし、エリカちゃんは何のその。強いね。雫ちゃんも、ずっと変わらずこちらを見ている。

 

「そ。なら遠慮なく」

 

そう言って気合を入れるように肩が動くほど大きく息を吸うと、胸を張って。

 

「よぉくも騙してくれたじゃない」

 

年が明ける前に戻ったような気軽さで言った。

けれど、それに合わせることなく淡々と事務的に答える。

 

「それに関しましては書面にて概要をまとめたはずですが」

「・・・随分かたっ苦しい言い回しだな。手紙に書いた通りってことだろ。手紙の中身も難しい言葉ばっかだったけどよ」

 

あんまりじゃねえの、と西城くん。

 

「あんな紙切れ一つで説明つくなら警察はいらないのよ」

「警察は民事には動かないのでは?」

「・・・前より突っ込みが鋭いじゃない」

 

恐れ入ります。お嬢様は人の粗を探すのが得意なんです。

でもこんな会話でもお話しできるって嬉しいね。おかしなもので、彼らから敵視する視線は全く感じない。こんな状況なのにね。

だけど騙してくれた、ね。――ありがたい流れを持ってきてくれたらしい。

 

「――でも、手紙でははっきり文言が書かれていたわけじゃないが君たちが、素性を隠していたことについてしか書かれていなかった」

 

今度は吉田君だ。・・・彼にとってはその隠された素性はとても大きな衝撃だったはずだ。

 

「まさか君たちが、あの四葉だなんて・・・。でもどこか納得もできるんだ。達也はとんでもない強さを隠し持っていたし、貴女も、隠しきれない魔法力をお持ちだった」

 

あら、私に関しては完全な敬語が戻ってきちゃったね。残念だ。せっかく最近は取れかけていたのに。

原作ではずっと黙っていたことに不満を抱いていた吉田君だけれど、先に手紙を渡していたからか、そこに対しての不満は薄そうだ。まあ原作での態度も八つ当たりみたいな感じだったけれど。

 

「四葉ということを黙っていた、その件に関しましては家の事情です。謝罪することはできませんが、そのためにあなた方一般の方々を利用したことにつきましては、手紙にも記した通り、申し訳なく思います。ですが、四葉と知られたからにはもうこの関係を続けることは無意味でしょう」

「む、無意味って、そんな言い方!」

「ほのか」

 

ほのかちゃんが激高しそうになると雫ちゃんが引き留めた。

ほのかちゃんは情の深い子だから。きっと今でも親友だと思ってくれているんだろう。なのに、手紙では一方的に別れを告げられ、直接もう関わるなと言い渡されれば、それは怒るよね。

 

「騙していたという用件がその件に関してだとしたら、これ以上話すことはございません。失礼いたします」

「――そんなことどうだっていいのよ」

 

エリカちゃんの声からおふざけが無くなった。

ここからが本気モードということか。

私は目を細めて冷徹さを前面に――

 

「私たちが騙されたって言いたかったのは四葉ってことを隠していたことじゃない。アンタたちが兄妹じゃないって、そっちの方よ」

 

・・・・・・ああ、そっちもあったっけ。

ちょっと予想外でびっくりした。確かにそのことは婚約者の流れがどうなるかわからなかったから手紙には書かなかった。もしこれでお兄様が婚約者じゃなかった場合、兄妹のまま戸籍が動くことなかっただろうから。

まあ、結局婚約者で従兄弟ってことになっちゃったけど。

 

「エリカ、それに関しては俺たちも先日聞かされるまでは知らなかった事実だ」

 

ずっと聞き役に徹していたお兄様が動く。

そうだね。私たちも兄妹じゃないって聞かされたのは大晦日だから。

しかしそれを聞いたエリカちゃんたちはえ、マジで?みたいなお顔。

ああ、もしや兄妹も演じてたと思っていたのか。ごめんなさい、そっちに関してはまったくもって騙していたつもりはない。

 

「え!?知らなかったの?!」

「何をそんなに驚くのかわからないが、俺たちはずっと正真正銘兄妹として暮らしてきた」

 

お兄様の言葉に信じられないという雰囲気が――目の前の彼らだけじゃなく周囲からも届けられる。

登校時間なんだから登校中の生徒たちが野次馬として集まっているようだ。

我関せずの令嬢モードの私は振り返ることもしないので確認できないけど、もうすでに結構な人が集まっている様子。というか、校舎からもパラパラ人が出てきてるね。

気になっちゃっうよね。今一番学校の関心があるメンバーが揃っているのだから。

 

「じゃあ、何?あれは本当に兄妹だと思って・・・?」

「・・・嘘でしょう?」

 

え、そんなに兄妹の演技をしていたと思っていたの?

確かに兄妹仲は良かったけれど、そこが疑われていたということ?

 

「・・・まさか」

 

その時ずっと静観していた水波ちゃんの声が耳に入った。

振り返り、視線を向ければぱっと口を閉じて恐縮したように頭を下げる。

 

「水波、言ってごらんなさい」

 

水波ちゃんは戸惑っているけれど、こっちはお手上げ状態。何かわかったなら情報が欲しい。

迷っているのは言いづらいことだからなのだろうが、私の命令には逆らえず口を開いた。

 

「その、達也様方お二人の学校での様子は元々兄妹と呼ぶには仲が睦まじく、度を越えているように見えたのは、実は兄妹ではなく元から婚約者として将来を約束された関係であったからではないかと疑われているのではないか、と」

 

・・・・・・うん?

兄妹だって言ってたけど実は兄妹じゃないと知りつつ結婚前提に付き合っていて、バレてはいけない事情があるから兄妹ってことで通していた、と?

・・・なんで?そんな発想に至るんだ??

 

「ほぼそんなところね」

 

え、そうなの?!本気で??

でもほぼってことはどこか違ってるんだよね。

 

「違うのは二人が付き合っているとまでは考えてなかった、という点と――深雪は知らなかったんじゃないかってこと」

 

・・・それはほぼではないのでは?そして私が何も知らないとは。むしろ全貌を原作知識として知っていたから誰よりも理解していましたけれど。なんてことは言えないが、お兄様よりは四葉の内情には詳しいと思う。

 

「それはほぼ違っているということになるんじゃないか」

 

あ、お兄様が突っ込んだ。

 

「そこはどうでもいいってこと。肝心なのは達也くんが兄妹だって言ってたくせに深雪にベタ惚れで周囲にけん制しまくっていたじゃない?初めこそ兄妹なんて嘘でしょ、って思うくらいべったべたで胸焼けするようないちゃつきっぷりで。なのに達也くんは兄妹だって言い張るし、深雪に至っては仕方がない兄だって受け入れてるし。ぶっちゃけ達也くんだけだったらそんなウソ信じなかったわよ。あんな兄貴居てたまるか!って。

で、実際兄妹じゃなかったって聞かされたときの私たちの気持ちわかる?それ見たことか!ってね」

「・・・いや、それ見たことかも何も、俺は深雪の兄貴として接していたつもりだが」

「いーや!あれは兄貴じゃない!!」

「具体的に何がそんなに兄貴としてダメだと言うんだ?」

 

その言葉にエリカちゃんが堪えていたものを爆発させた。

 

「兄貴ってのはそもそも妹を愛おしくて仕方ない!なんて愛でたりしないのよ!!」

「・・・ブラコンだから仕方ないと言っていたじゃないか」

「あれは漫画の世界だから許されるのよ!現実にあってたまるもんですか!!」

 

・・・ここは小説の世界だから~、とは言えない。

でも、そうだよね。彼らにとってこの世界は現実で、この空の下生きている。筋書きがあったって、彼女たちはどう見ても操り人形ではなく、この世界に適応しつつ生き生きと生きている。

――そう、もう物語通りでもなくなってきている。

こんなシーン、初めからなかった。

この先どうなるかなんて予測もつかない。

 

(だけど、それが当たり前なんだ)

 

もう、この世界はあの紙でできた世界でも、画面越しの世界でも何でもない。

 

(一科生と二科生の壁が取り払えたように、変えようと思えば変えられたんだ)

 

だから――うん。予定変更!一気に畳みかけるとしよう。

 

 

――

 

 

エリカ視点

 

 

はっきり言って深雪は完璧すぎて、それなりに死線を掻い潜ってきた私でさえ恐れを抱くほどのプレッシャーを感じた。

いつものような隙も無い、人とは思えない美貌で、人の感情を無くしてしまえば、それは世界最高の美術作品のよう。

神の創りし芸術作品。

それと対峙しようってんだから、こっちだって気合を入れなきゃ立ってもいられない。それほど緊張を強いられていた。

でも、それでも私は立ち向かわなければならなかった。

そうでもしないと、私たちは大切なものを失うから――。

 

「千葉さんのおっしゃる騙された、という発言ですが、達也様は本当にご存じありませんでした。言いがかりはお止めくださいませ」

 

せっかく空気の流れをこっちに運んで崩そうとしているのに、すぐに引き戻されてしまう。

やっぱり完璧に武装されてしまうと崩すのは難しいのか。

横でほのかが深雪が達也くんのことを様付けで呼んでいることに反応していたけど、そっちはそっちで通常運転でちょっと気が楽になる。

雫なんて、

 

「・・・まさか、達也さんの趣味?」

 

なんていつもの天然節がさく裂している。

ありがたい援軍だわ、本当に。

けれどいつもならその発言に可愛い!って感じで笑っているはずの深雪が不愉快、とばかりに眉をひそめていた。

美人を不機嫌にするってこんなに心臓に悪いものなのね。意味もなく謝罪したくなる気持ちが分かった。しないけど。

 

「達也様は四葉家当主の直系であらせられますので。おかしなことではございませんでしょう?」

「・・・その割に随分婚約者様に冷たく見えるけど?」

 

学校が始まってから、校内の雰囲気はガラッと変わった。

以前まで慕われていた深雪が急に恐怖政治をし始めたかのように恐れられるようになった。

ただ雰囲気がそう感じさせるだけであって実際何か命令されたわけでも横暴な態度が見られるようになったわけでもないが。

仲睦まじかった兄妹が従兄弟になり、婚約者になったら途端に二人に溝が生まれたように寄り添う姿が見られなくなった。

兄さん、と慕っていたのに、達也様に変わっただけで二人の関係が事務的なものに変わったような、冷めた関係に変化したように見えた。

だけどそれは深雪からだけであって達也くんからの変化はべたべたしないだけで――そう、まるで入学したての彼らを見ているようだった。

だからこそ、私たちはこうして集まったのだけど。

 

「立場を弁えているだけです。それで、もう問題は解決いたしましたかしら」

「いんや、まだある」

 

この空気をぶち壊したのはレオだった。戦闘スタイルと一緒で前衛を担うつもりなのだろう。

 

「ぶっちゃけると、俺らは疑ってたんだわ。あんまりにも達也に都合のいいように動いているからよ」

「・・・秋の京都でのあれらは四葉での仕事だったんじゃないか?僕たちは達也に利用された。違うかい?」

 

そこに続くミキはサポートに入る。古式魔法師はオールラウンダーでもあるから遊撃も揺さぶりも得意。

 

「もしそうだとして、何だというんだ?」

「だったら、辻褄が合うんだ」

 

ミキの意味深な言葉に達也くんはしばし考えてから。

 

「まさかとは思うが京都の件で、実はあの任務は四葉からの任務で、その功績によって婚約者の立場を手に入れたのではないか、という筋書きか?」

「・・・そう考えると辻褄が合う。タイミング的にも良すぎるくらいに」

 

あの時私だけが彼が四葉の人間ではないかと、ほぼ確信に近い形で思っていた。

はっきりと言われたわけじゃない、ただ匂わされただけ。それだってわざとだとわかっていた。

でもまさかそれが直系で当主の息子だなんてことは思わなかったけれど。それならまだ深雪がそうだと言われた方が信じられた。

深雪の魔法力もさることながら、彼女の身に纏う気品ある姿は確実に一般人のものではなかったから。

ただの上流階級のお嬢様だなんて思えなかった。次期当主なんだから、そう言った教育も受けてるんでしょうから違って当たり前だったのかもしれないけど、自分の知ってる十師族のお嬢サマ、七草の家とはずいぶん教育は違いそうだ。

あの人も一筋縄でいかないところはあったけど、深雪のそれとは比べ物にならない。

深雪は一年の時にはすでに、彼女の成しえなかった二科生の壁をぶち破ったのだから。

――深雪が何の計画もなしに、こんなことをするわけがない。

 

(きっと、これも達也くんのためなんだ)

 

こんな四葉家次期当主の『深雪』は知らなくても、私たちは『深雪』を知っていた。

彼女がいくら仮面をつけて武装しようとも、彼女の本心は変わらない。

そして私たちは達也くんが深雪を何より大事に思っていることを知っていた。

深雪以外のことで感情は読みにくいし、何を考えてるかもわからないけど、それでも深雪に関してならどう思っているかなんて筒抜けなんだから。

だからこそミキは秋の京都と呼んでいる、コンペ周辺の襲撃事件が四葉の絡む事件であり、その報酬で深雪との婚約ができたんじゃないか、なんて推理を立てたみたいだけど、たぶんそれは違っている。勘だけど。

でも揺さぶるにはこれが手っ取り早いから。

 

「だったとしても俺のような下っ端の人間が願ったところで到底手が届かない高嶺の花だぞ」

「ま、その辺は想像よ。当主の息子なんだから融通も利いたんじゃないの?」

「強引だな」

「そもそも達也が下っ端って言うのが信じられないんだがな。実力主義なら達也はトップクラスだろ」

 

それとも四葉ってのはそんなにすげぇ奴らばっかなのか?とレオが首を傾げる。

やめてよ。こんなのがいっぱいいたら四葉はとっくに世界を牛耳ってるわよ。

 

「達也くんはご実家では異端扱いで、当主の息子だってのに四葉として認められてないとかあったけど」

 

きっとこの辺りに何かしらの原因があるのでしょうけどね。

 

「それが何か?おかしなことではないでしょう。この世は魔法力で判断される。二科生でも入学がギリギリの魔法力しかないのであれば如何な当主の息子だろうと四葉は実力主義の一族。魔法の使えない魔法師に価値はありません」

「なっ!?深雪、そんなこと――っ!」

「ほのか」

まるで入学時にトリップしたようだ。二科生の扱いは確かにそんなものだった。魔法力がすべてで、実際の実力――実戦力なんて採点基準に含まれていなかった。

誰よりもその考えを否定していた人間がその言葉を口にするなんて皮肉だね。

「でもっ」

「話は途中だよ」

「!!」

ほのかはあの時の自分の考えを刺激されちゃったのかもしれない。

あの時は無意識でも選民意識が強かっただろうから。

「続き、と言われましても四葉ではそれが全て。他家がどのようかは存じませんが、我が一族は達也様に対し、いくらその他が優れていようとも受け入れがたい、というのが現状ですので」

「ふぅん、実力主義ってわりに脳みそ固いんだ」

 

四葉が実力主義だってことは知る人は知っている。ほかの十師族と一線を画すだけの戦闘力を誇っていることも。

指摘すると深雪は否定せず目を瞑った。

深雪も苦労するね。さっきの言葉はけして達也くんを見下してのものではない。あくまでそう判断がされている、というだけ。

 

「じゃあよ、ならなんで次期当主の深雪さんと、落ちこぼれの達也が結婚するっことになるんだ?さっきも立場がどうのって言ってたけどよ」

「レオ、それはウチの事情に突っ込み過ぎじゃないか?」

「ウチのったって、今の話じゃ達也は四葉に認められてないんだろ?それだったら達也が次期当主の婚約者っておかしくねぇか?」

 

随分踏み込んだ発言に、深雪は睨むようにレオを見つめたけれど、残念ながらこいつも心臓に毛が生えているから。それくらいじゃ引き下がらない。・・・でもちょっとは気にしてるみたいだけど。なんかまずった?と言わんばかりに頬を掻いている。

レオだって魔法師間で踏み込んでいけない領域くらいはわかっている。魔法師の家庭で事情を抱えていない家などないのだから。

 

「当主の血縁関係を切り捨てられないだけだろう。一番近いのが俺で、次点が深雪だからな」

「そういうことで、もうよろしいかしら?」

 

うんざり、という気配を隠すこともなく、というよりわざとだろうね。だけど、逃がさないわよ。

 

「待って。まだ婚約の理由を聞いてない」

 

雫が引き留める。

落ち着いて見えるけど、深雪と達也くんの婚約を聞いて感情的になっていたのはほのかの陰に隠れていたけど、雫も同様だった。

 

「家庭の事情だ」

「つまり、無理やり婚約させられたってこと?」

「当主のご判断ですので」

「四葉の決定に、ケチをつけたところで得などないと思うが」

 

深雪は目を伏せるようにして。

達也くんは淡々とお前達には関係がないだろう、と。

線引きをするような言葉に場が静まり返る。

 

「――恋が、損得で簡単に割り切れると思わないでください!」

 

その静寂を切り裂くように叫んだのはほのかだった。

彼女の気持ちは誰もが知っていた。ここ数日、彼女は彼らに次いで注目が集まっていた。同情が主だろう。好奇心が向けられることはほとんどなかったと思う。

それでも居心地は悪かっただろう。

 

「割り切れないのは勝手ですが、そちらの事情に巻き込まれても困ります。感情の押しつけは当人同士だけでどうぞ。達也様、光井さんは貴方様にご用向きがあるご様子。どうぞしっかりとけじめをつけてくださいませ。――水波」

「はい、深雪様」

 

深雪が付き合っていられないとばかりに身をひるがえそうとするけれど、恋する暴走乙女がそれで止まるはずもない。

 

「深雪!私には貴女に聞かなきゃならないことがある!貴女は達也さんのことどう思っているの!?」

「将来結婚するお相手。――これでよろしいかしら」

「よ、よくない!それは結果でしょ。どう思っているかを訊きたいの!」

「具体的に好きか嫌いか、はっきり言って」

 

今度は雫からの援護射撃付き。これに対して深雪は少しだけ眉をひそめて答えた。

 

「それこそプライベートなことなのでお答えする謂れは無いと思うのですが?」

「じゃあ、ずるい言い方をする。ずっと騙されて利用されてきたんだから、それくらい教えて」

 

雫がそんなことを言うと思わなかっただろう。

達也くんが少しだけ眉を上げていた。私でもわかるくらいなんだから思ったより驚いているのかもしれない。

 

「お慕いしております――これで解決かしら」

 

慕っているという言葉を、これだけ無感動に聞いたのは初めてだ。というかその言葉自体聞くことがないけど、これが告白的な意味での好きだって意味に聞こえないのは、彼女が意図的にそう聞こえないようにしているから。

彼女は徹底的に避けようとしている。

遠ざけようと。

 

「それは、お兄さんとしてじゃないの?」

「――達也様は従兄であり、婚約者です」

 

まるで記者会見の問答のように決まった答えを返すのみ。

でもさ、それってさっきの話じゃ先日聞いたばっかりってことは発表があったのが二日なら、クリスマスからその間、ということになる。恐らく年末あたりか。それにしても聞いて二週間だなんて・・・心の整理がつくはずないじゃない。

 

「でも深雪はずっと兄だと思ってた。・・・深雪も、達也さんも知らなかったんでしょ」

 

雫もそのことを指摘する。

今度の質問に答えたのは達也くん。

 

「確かに、俺たちは兄妹として育った過去は変えられないな」

「深雪はそれでいいの?」

 

いくら答えを用意していたように答えてきた深雪も言葉に窮しているようだった。

完璧な深雪にも弱点がある。

達也くんに弱い、というのは別にして。――彼女は自分のことにひどく無頓着だった。

彼女にとって自分の兄だった達也くんがそうだったように、彼女も人のことが言えないくらいに自分のことを後回しにするタイプ。

世話されるのが当たり前の雫が世話を焼きたくなる時点で相当だと思うのに、本人だけが気付いていない。

だからなぜ、自分が心配されているのかがわかっていないのだ。

 

「先ほどから何をお訊ねになりたいのです?端的にお願いいたします」

「じゃ、はっきり言うわ。深雪、アンタ達也くんに騙されて婚約させられてんじゃないかってこと」

「・・・・・・・・・意味が、分からないのですけれど」

 

やっぱり、私たちが一体何を心配しているのかわかっていなかった。

一応この話をしてたんだけどね、ずっと。

深雪だけが兄妹じゃないことを知らされずに育って、年齢は離れてないけど紫の上みたいに刷り込んで育て上げられてって。

それは達也くんも知らなかったらしいってことで違うとわかったけど。それでも婚約にこぎつけたのは達也くんの策略があったからじゃないかって推理はまだ生きている。

騙されたってのは私たちだけじゃない。深雪だって騙されてるんじゃないかって。

 

「だってさっきも雫が指摘したように深雪、ずっと兄として慕ってたじゃない。それがいきなり従兄で婚約?大丈夫なの?」

「大丈夫・・・とは」

 

表面上、一分の隙も無い深雪だけど、きっと動揺してるんだと思う。困惑?混乱かな。大分仮面がはがれてきたようだけど、早くいつもの私たちにだけ見せる気を許したような顔を見せて欲しい。

 

「ずっと達也くんが誰と恋をするのか楽しそうに見守っていたアンタのことだもの。どうせその相手が自分になるだなんて思っても無かったんでしょ」

 

この発言にちょっとは反応返ってくるかなー、と思ってたんだけど、深雪本人ではなくまさかの達也くんの方から返ってきた。

とはいっても私たちに向けられたものじゃない。

・・・そっか、達也くん知らなかったんだ。深雪に、お兄ちゃん早く恋人作らないかな、と楽しみに思われてたこと。うわぁ・・・余計なこと言ったかも。

 

「深雪が、達也さんのことを大事に思っていたことは知ってる。いつだってお兄さんのことを第一に考えてたのも。・・・私はずっと見てたから」

 

ちょっとまずった?と思ったら雫が軌道修正した。というか、これは深雪のフォローに入ったのかも。

達也くん、口には出さなかったけど、どういうことだ?ってオーラが出てたから。

 

「その見ていたものは虚像だった、と理解されたらいかがです?」

「「「「「「それは無理」だ」です」よ」だよ」」

 

持ち直した深雪は、私たちを突き放そうとしたんだろうけど、初めて深雪が悪手を指した。

私たちに見せていた、あれが虚像?嘘偽りですって?ちゃんらおかしいわ。

 

「深雪さん、いつもあんなに楽しそうだったじゃないですか。幸せだって、言って、笑っていたじゃないですか」

「あんな嬉しそうにされて嘘でしたー、なんて、信じられるわけないでしょ」

「たとえ深雪さんが演技してたんだとしても、達也はそんなに器用なやつじゃねぇよ」

「興味の無いことには取り繕うことさえしない達也が、深雪さんのことになると表情が豊かになるのは皆が知ってることだから」

「達也さんが深雪を大事にしていたように、深雪も大事にしていたの、ずっと見てきた。苦しかったけど、親友と好きな人が幸せそうだったから、嫌って言えなかった」

「――だけど、深雪の言うことも嘘じゃないんだよね」

 

誰もあれがすべて演技だなんて信じない。

今の四葉である姿も偽物ではないだろうけど本心を奥底に隠して見せないようにしているのはわかる。

それくらいわかるくらいには深い付き合いをしてきた。

雫が何を言うのかはわからないが、私も同じことを思った。

深雪は人を不幸にする嘘だけは吐かない、と確信していた。

 

「深雪はこんな時でも嘘をついてない。誠実であろうと真実だけをしゃべる。・・・そんなところも好きだから、秘密にしてたけど、約束を破るよ。

 

 

――お兄様、なんでしょ。深雪はあの日、教えてくれた。いつもそう呼んでるって」

 

 

雫の告白に、私たちも、深雪たちも黙った。

 

(お兄様、ねぇ。確かにその方がしっくりくるわ)

 

兄さん呼びがおかしかったわけじゃない。ただ、彼女が達也くんをそう呼ぶ姿を想像すると、それがよく合っていると思った。

いつだって兄を尊敬し、慕っている姿によく似合うと。

 

「あの時は言葉の意味がさっぱり分からなかった。でも、深雪が達也さんのために頑張っていることだけは伝わってた。だから今回の通達の内容を聞いて、真っ先に深雪が言いたかったのはこのことだったんだって繋がった。

――ねえ、教えて。深雪の努力は報われた?達也さんは救われたの?」

 

雫と一体どんな話をしたのか分からないけれど、それが一年の夏休み、達也くんがほのかから告白をされたというあの時のことではないか、と思った。

あの後から二人の距離が縮まっていたから、きっとその秘密が彼女たちの絆を深めていたのかもしれない。

深雪が、達也くんのために努力して、それが報われたか、なんて私たちから見れば答えは一目瞭然なのに、深雪の口は重くなったようになかなか開かない。

達也くんの環境が良くないのは手紙を見る前から皆ある程度予想していた。だって、高校生で軍属だよ。この時点で何かあるって思っておかしくないでしょ。彼の特殊な魔法も見ちゃったしね。

体術だって普通一般に身に付くものじゃないし、武人として彼が只者じゃないということは四月のあの動きを見れば十分に察せられる。魔法力は授業で見る限り現行の規格に合ってないのだろう。

だから彼は開発した。自分の手でも魔法が使えるように。だからあれだけ理論や考察に長けているんだろう。調整なんてあんな簡単にやるもんじゃないことくらい私にでもわかる。

恒星炉の実験なんてわからなくてもその後の世間の騒ぎ方でどれだけの偉業か知れる。・・・まあ、そこにあの家が関わったから訝しんだのも事実だけど、商売に私情を挟むのはご法度だから。

とまあ、達也くんが並の人生を歩んでこなかったなら、深雪も当然平坦な道を歩めたわけじゃないだろうこともわかるわけで。

この兄妹は二人で支え合って生きてきたのだ。

達也くんは深雪を、深雪は達也くんを。

だから深雪は、もっと自信をもっていいのに。

 

「それは――」

 

ここまで頑張ってきた仮面が剝がれ落ちそうになっている。

本当、深雪の弱点はわかりやすいんだから。

嘘をついて乗り切ることだってできるのに、突き放そうとしている私たちに誠実でいる必要なんてないのに。

 

「――雫が深雪から何を聞いたかは知らないが、俺はとっくに救われている」

「っ、」

 

達也くんの声が柔らかい。

雫に返答しているのに、深雪にも向けられているから。

一体どんな地獄から救われたのか分からない。知りたくもない。

夏に見た彼の体の古傷がどう見ても十年以上前ではないかと思われるものがたくさん見られたことに気付いていた時から、知るべきではないと触れずに来た。

深雪はそれをたった一人で救い出したのだ。

だから達也くんは深雪をすべての害悪から守ろうとしている。

彼女を傷つけるものすべて許さないと。

異常と思える警戒っぷりなんだけど、深雪にはそれがわからないのよね。

 

「深雪が努力をしてくれたから、俺を気にかけてくれていたから、俺は今十分すぎるほど幸せだ。これ以上望むことなどない最良の結果だ」

 

あーあ。私たちの言葉だけで崩したかったのに。

深雪って本当、達也くんに弱いったら。

達也くんの言葉に感動しているようなんだけど、ね。

深雪――やっぱりアンタ、騙されてるわよ!目を覚ましなさい!!

 

「・・・そりゃあ、達也にとったら最良の結果だろうさ」

「最愛の妹が実は兄妹じゃなくて従兄妹で、その上自分の出自上婚約を許される立場だった、なんて出来過ぎでしょ」

「夏の同人誌の内容そのままではないですか」

「シナリオをそのまま使ったんじゃないだろうね」

 

非難の目を受けて、達也くんは口角を上げた。

やだやだ。こんな悪い男に深雪が引っかかるなんて。

 

「そういうことか」

 

もう仮面を保っていられなくなった深雪が達也くんを見上げるのだけど、その達也くんの視線が甘ったるいこと。

これは冬休み中、なんかあったわね。女の勘が訴えてくる。

 

「皆がやたらと深雪から聞き出そうとしていたのは、深雪を心配して、ということだな」

 

余裕ある風格・・・これはただ婚約しただけとは思えないんだけど。うわぁ。達也くんってそんなに手が早かったの?

ちゃんと深雪の了承とったんでしょうね?

達也くんの場合、深雪を丸め込んで混乱に乗じて、ってことがあり得そうなんだけど。

 

「つまり皆はこう言いたいわけだ。深雪が俺に騙されて本人の意思に関係なく無理やり婚約を結ばされているんじゃないか、と。俺が裏で秋の件で褒賞として深雪との婚約を勝ち取ったのではないか、と。それを当主の命だということで仕方なく、従っているふりをしている。そういうことだろう?」

「達也くんの普段の策略っぷりを見てるとそれくらいやりそうってね」

 

本気で疑ってるわけじゃないけど、それくらいのことはやりかねない。そう思ってる。

 

「・・・無理やりも何も、何度も言いますが達也様との婚約は四葉家当主の意向です」

 

何とか取り繕って言っているけれど、この様子じゃ本当に達也くんは絡んでないのかもしれない。

 

「だが、皆はそう思っていない、ということだ」

 

深雪は全くぴんと来てないようだけど、この鈍さは私たちが教えることなくずるずる来てしまったことによる弊害なのかもしれない。

ここで目を覚まさせないと。

 

「あのね、深雪。落ち着いて聞きなさい。達也くんはね、重度のシスコンだと思い込んでいたようだけれど、ずーっと、深雪のことが好きだったのよ」

 

それこそ学校中に牽制しまくるくらいには酷かったんだから!とズビシィ!と指を突き付けたんだけど・・・もう演技を忘れてる?目が大きく見開いたけど、これに驚くってことはやっぱり気付いてなかったんだ。

・・・まあ、兄妹として育ったなら気付かないのもおかしくないのかな。

私ももし兄貴たちが実の兄妹じゃなくあれだけ甘やかされたら――あ~無理だ。脳内が想像することも拒否した。

 

「やっぱり、分かってなかった」

「結構あからさまでしたよね」

「隠す気なかったよなー」

「俺たちは兄妹だぞ、ってどの口が言ってるのかと思ってたよ」

「・・・私は、その言葉だけに縋ってたんだけど、どう見ても達也さん、深雪のことしか見てなかったから・・・」

「深雪にはいくら注意しても兄さんだから、で流された」

 

深雪の様子に、分かってはいたけど本当に達也くんから向けられる愛情が妹に対してのものだって信じてたみたい。

 

「・・・まさかここでもそう思われていたとはな」

 

達也くんが肩を落としているけど、深雪がするならわかるけど達也くんが落ち込むようなことを言ったつもりはないんだけど。

どんな心当たりがあったって言うのか。

 

「・・・達也様?」

「一応ここでも弁明させてもらうが、俺が深雪に対しての想いを認識したのは年明けの数時間前だ」

 

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

 

「「「「「「はあああああ!?」」」」」」

 

 

――

 

 

「俺は隠すも何も自覚さえしていなかった」

 

この達也くんの言葉に、全員言葉を失ったのち、はあああ!?ともう一度絶叫が響き渡った。私たちからだけではない。周囲からも絶叫が聞こえた。

そこから広がるざわめきと悲鳴。そうよね、皆もそう思うわよね!?うちの生徒は当然全員気付いてたわよ。でなきゃ深雪に対して告白戦争が起きないわけないじゃない。玉砕覚悟で告白する列が毎日できるっての。

達也くんがあんなに牽制していたから、そして兄妹であろうとお似合いだって、邪魔しちゃいけないって空気が流れていたから誰も深雪に恋い焦がれようなんて勇者が現れなかったのだ。

兄妹じゃなきゃよかったのに、なんて言葉が聞かれるくらいこのカップルを見守っていた人は多かったのに、気付かなかったのは本人たちだけ。

もしくは聞こえていてもフィクションを楽しんでいるとでも思っていたのか。

確かに本の影響もあるけれど、アンタらのいちゃつきを少女漫画のようにあこがれて見守っている輩はかなりいたんだからね?!

もういっそ兄妹だからこそいい、なんて変な人種も湧いてたけど。

 

「嘘だろう!?」

「自覚、してなかったって、あれだけ独占欲をむき出しにしていたじゃないか!!」

「仕方ないだろう。俺たちは兄妹として育ったんだ。兄が妹を、なんて普通じゃないだろう」

「「達也が普通を語るな!!」」

 

レオとミキの正論に、達也くんは何故だ?の表情。ふざけて、るわけじゃなくて本気でわかってないの?嘘でしょう?

 

「え?嘘ですよね、本当に自覚なかったんですか?」

「じゃあ、どうやって婚約にこぎつけたって言うのよ」

「何度も言っているが、当主の意向だ」

「・・・息子の恋を叶えてあげたいって親心?」

「そんな甘いことを考える家だと思うか?」

 

口にしたけど、うん、ないわ。あの恐怖の一族の長が息子の恋を叶えるために、なんて考えてたら微笑ましいどころか怖い。

達也くん、見返りに一生タダ働きでもさせられるんじゃない?

 

「・・・・・・じゃあなんだってそんな達也くんに有利なご都合主義が起こってんのよ」

「そんなこと聞ける立場でもないから知りようもない」

 

達也くんに有利ってのは否定しないんだ。

ま、そりゃそうよね。達也くんは欲しいものが手に入ったんだから。

・・・それにしても、本当に自覚してなかったの?妹を見る目じゃなかったわよ。

 

「深雪、大丈夫・・・?」

 

雫の声にはっとなった。達也くんばかり糾弾していたけど、深雪には初めて聞かされた情報にショックを受けてもおかしくなかったのに。

 

「なにが、なにやら・・・」

 

案の定、深雪は展開についていけず放心状態。

でも深雪、いくら箱入りったって、アンタもアンタよ。あんだけ達也くんの行動に顔を赤らめたりしてたんだから全く意識してなかったわけじゃないんでしょう?

 

「・・・皆さんは、私たちに聞きたいことがおありだったのではなかったのですか?」

「ええ、そうよ。でも聞きたいことっていうか、正確には文句ね。――深雪をだまくらかして手に入れてゴールしようとしてるんじゃないわよね!って達也くんに」

「・・・私を、糾弾するつもりでは・・・?」

「なんでよ。そもそも深雪を糾弾なんてする必要ないもの」

「どうしてです?私はあなたたちを騙していたのですよ?文句の一つや二つくらいは覚悟していたのですが」

 

ほら、そう言うところが深雪の甘さよね。

 

「アンタの考えなんてまるっとお見通しだからよ。婚約の事情はまあ、お家の事情なんだろうし。深く聞いたところで知っちゃまずそうだから聞かないけど」

「それは賢明かと」

 

というかどういう事情があれば達也くんを兄妹として一緒に暮らさせておいて、実は兄妹じゃなくて従兄弟であって、これからは婚約者として暮らしなさいってことになるのかさっぱりわからない。

冷遇してたんでしょ?達也くんのこと。なのに、次期当主の婚約者って。・・・そんなことする意味ってある?

庶民の私にはわからない話だわ。

だから、そんなこと聞かない。

私たちは、私たちの大切なものを取り戻す。

にやり、不敵に笑って見せて、最後の対決よ、深雪!

 

「四葉四葉って。いい?私たちの友人は司波達也と司波深雪であって、四葉の次期当主や当主の子息なんかじゃないの」

「肩書を無視できる年齢はもう過ぎましたでしょう?」

「年齢?知ったこっちゃないわね。私はしたいようにするわ。利用できるものは何でも利用するし、都合の良いように見ない振りもする」

「そんな勝手が許されない世界だと知っていて、そのような戯言を?」

「もし災難が降りかかるなら自分で払うまで。私はそうしてきたし、これからもそうするつもり。――だから、いいのよ」

 

もう、いいのだ。一人で戦わなくたって。

 

「アンタが急に四葉家次期当主らしく振舞ってるのだって、ウチの生徒を守るためでしょ、四葉に怯えて可哀想な一般生徒ってことにしておけば無駄に四葉を恐れている周囲に同情を向けられて四葉関係者のように見られないようにするため。

前の状態じゃ、慕っているように見えて四葉の傘下に入ろうとしているように見えるから周囲から異端視されることを危惧したんでしょうけど」

「想像力が豊かですこと。妄想も大概になさったらいかが?それは勝手な思い込みというものです」

 

高圧的にプレッシャーをかけてくるけれど、今はもう虚勢にしか感じない。

 

「私たちには特に徹底的に遠ざけようとしてくれてるみたいだけど、お生憎様。深雪の演技はバレバレなのよ」

 

不愉快、と眉を顰められてもそれを跳ね除けられるくらいには、深雪の美貌にも慣れてきた。――違うわね、いつもの深雪に会いたいのよ。

だから、私の強い意志()をもってその仮面、打ち砕かせてもらう。

 

「演技だって根拠を教えましょーか?――達也くんよ」

「・・・・・・どういうことです?」

 

疑念を抱く視線に、真っ向から砕くつもりで見つめ返す。

この根拠に自信があったから。

 

「だって達也くんが、深雪が傷ついてるのを守ろうとしないなんておかしいもの」

「私は、傷ついてなんか――」

 

傷ついてないのなら、どうして私たちを避けたの?

気付かないと思った?

見ることも避けられていることを、気付かずにいられれると思った?

 

「深雪が達也くんを避けることはできても、達也くんが深雪を無視することなんてできない。ましてや、深雪が孤立していることを静観しているなんて、まるで入学したての時のように、深雪が一人で奮闘しているのを応援しているって考えるのが自然じゃない」

 

それに、達也くんが余裕なことも癪に障るのよ。

深雪が傷ついているのに黙ってるなんて、そんなの理由は一つしか浮かばないもの。

 

(あれだけ無意識でも独占欲の高い達也くんだもの。きっと家ではでろ甘に深雪を甘やかして自分にもっと依存するように仕向けてるに違いないわ)

 

そしてきっとそのことに深雪は気づいていないのだ。

「お兄様はお優しい」とか言って。

やだ。すごく想像できちゃった。早く何とかしなくっちゃ。

 

「そもそも状況が似ているんです。一科生と二科生の壁があった時のように。あの時も深雪さんは達也さんの為に、一人で戦われていました」

「それで、あの手紙でしょう?もう関わらないでって書いてある割に達也くんのことはよろしくって取れるようなこと書いてあるんだもの。皆で集まって手紙読んだ時、衝撃よりも先に深雪らしい(・・・)、って思ったわよ」

「――深雪は初めから言ってたよね。狙われて過ごしてきたって。四葉って隠してても狙われていたから、今後はもっと危なくなる」

「だから、私たちを遠ざけようとしたんだよね。秋の時みたいに、親しいから狙われる可能性を考えて」

「ああ、それともう一個。四葉が精神干渉魔法が得意ってことで良いように操られてるんじゃないかって懸念もウチの学校じゃありえない。定期的に洗脳を確認するチェックは未だにされてるんだから。それに、こっちには美月もいるしね。魔法を掛けられているかなんて察知するのはお手の物ってね」

 

一つ一つ、彼女の逃げ道を塞いでいく。すべて、分かっているのだと、追い詰めて。

 

「四葉は恐ろしいわ。私たちはその世代じゃないから実際に怖さを知っているわけじゃないけど、親の世代がビビってるのは知ってるし、警戒しているのも知ってる。何をしでかすかわからない、って。アンタッチャブルなんて呼んで。魔法師と国を守る十師族に名を連ねていながらその両方から恐れられている、なんてどう考えても異常だもの。

だけどね、司波深雪を知っている私たちにあなたを恐れる理由は無いの」

「貴方達が見ていたものが虚像であっても、ですか」

 

また虚像だって言い張るけれど、そんなまやかし通用しない。

 

 

「いくらガワだけ取り繕ったって、中身が好きだって言ってんのよ」

 

 

こうやってお嬢様ぶったって、高圧的な態度を取ったって、根底に私たちを思う気持ちがあることを、私たちはもう知っている。

 

「いくら言葉で武装していても、深雪さんは優しい人です」

「見た目とのギャップに時々びっくりすることがあるけどそこも良い」

 

今さら隠したってもう遅い。

 

「四葉が恐ろしいのは変わりない。でも、深雪も達也くんも私たちにとってはかけがえのない友人なのよ。勝手に奪おうとしないでよね」

 

虚像だという彼女に手を伸ばす。

払われる心配もない。

頭に手を置いてくしゃりと撫でれば、ぽろり、と彼女の美しい黒曜石から美しい宝石が生まれ落ちた。

まさか自分にこんな詩的な表現ができるなんてね。

 

「まったく、泣き顔まで完璧ってどういうことよ。この絶世の美少女!」

「全然悪口になってねーぞ」

「しょうがないでしょ、悪いところが完璧すぎることなんだから」

 

深雪に悪いところが無いことが悪い!

そう言いきったらふ、と雪が解けたような笑みを浮かべていて。

 

「やーっと仮面をはがしてやったわ!あけましておめでとう、深雪!新年の挨拶くらいさせなさいよね」

「おめっとさん。つってももう7日過ぎちまってるから寒中見舞いになるのか?」

「律義に考えるんじゃないわよ。私たちの年明けは今なの。新年早々の爆弾事件でそれどころじゃなかったんだから」

「え、ば、爆弾!?」

「ほら、深雪さんからの時限爆弾だって渡された手紙のことだよ。・・・本当新年早々飛び跳ねるくらい驚いたよ」

「あ、そう言うことですね。でもあの手紙が私たちのことを思って書かれたことなんだとすぐにわかりました。だって、もしどうでもいい存在ならわざわざ丁寧に手紙なんて手渡さないですから」

「・・・私は、おめでとうってまだ言えない」

「でも、ほのかが一番に気付いたんだよ。深雪から来年もよろしくって聞いてないこと。たまたまだよねって自分に言い聞かせてたけど、それから少し落ち込んでたよね」

「雫っ!」

 

そうなのよね。二日の日、魔法師協会を通してうちにも連絡がきたのはちょうど皆と約束して集まる直前で。

自分の顔色が変わったのがすぐに分かった。

心配する美月たちの声が聞こえなくなるくらい焦燥して皆と開くはずだった手紙をいの一番に開けた。

そして、知った。

彼女があのクリスマスの時すでにずっと苦しんでいたことを。

あんなに笑顔で幸せだと言っていたのは、もう二度とこんな時間を過ごせないと覚悟していたから。

 

「・・・やっぱり、深雪・・・」

 

ほのかの言葉が耳に入ったのは手紙を3巡した時だった。

 

「ほのか、何かあったの?」

「・・・雫には話してたんだけど、きっとただの思い違いだって、そう思い込もうとしてたの」

 

語られたのはクリスマスの帰り際。

深雪から来年もよろしく、の言葉が最後まで聞かれなかったこと。

確かに些細なことだった。でも、彼女らしくないと言われれば、その通りだった。

誰一人、手紙の内容に激高するような人間はいなかった。

ここに綴られた言葉が、表面だけじゃないことに気が付いていたから。

信じたくないとか、そんな曖昧な精神論じゃない。

何かしら裏があるはずだ、と考えるのが当たり前だと思うくらい彼女が思慮深いと知っていたから。

 

「・・・こんな時まで深雪、達也さんのことばっかり」

 

雫の声には悔しさと羨望が混じっていた。

四葉扱いされてないから仲良くしても問題ないなんて、バッカみたい。四葉の当主の息子だって発表があった時点でそんな事情知ったところで関係ないのに。

それがわからないはずないのに、言外に達也くんをよろしく、なんて。

だけど、だからこそこの手紙は間違いなく深雪が書いて、深雪の想いが詰まっているのだと分かった。

まったく、困った女王様だ。一人で何でも抱え込もうとする。

私たちの、大事な可愛い友人は。

 

 

「――き」

 

涙をこぼしながら、微笑む深雪の口から音が漏れたけれど、あまりに小さくて聞き取れなかった。

続きを待つのだけれど、口が開閉するだけで音が出ないようだった。

はくはく、と空気の空振る音がする。

達也くんが動いた。

深雪のそばに寄り添って肩を抱き寄せて。

 

「大丈夫、言ってごらん」

 

たったそれだけでも、深雪に魔法がかけられたように。

潤む瞳と赤みの差した頬を向けられて、見惚れずにいられるだろうか。深雪の前では男も女も関係ない。

その姿は人類すべてを魅了する。

 

「みんな、だいすき」

 

ぼろり、と涙と同時に零れた言葉に、心臓を鷲掴まれた。

だけどいつまでも見惚れてちゃ、この子の友人なんて務まらないのよ!

 

「「「「「「知ってる」」」」」」

 

だから深く息を吸い込んで、笑って答えてやった。

皆、おんなじタイミングになったのがおかしかった。

全員一回は深雪に見惚れたんだってわかったことも、振り払うように深呼吸したタイミングもきっと一緒だった。

 

「よかったな」

「・・・ええ」

 

達也くんと深雪が微笑み合うこの姿を、どれだけ待ち望んでいたことか。

周囲からも安堵やら感動やらの声が漏れている。一高生徒にとっては彼らのこの光景は幸せの象徴だったのだ。

確かに四葉は恐ろしい存在で、ガラッと変わった態度を見せられて、やっぱり四葉って――なんて空気が漂っていた。

そうさせていたのは深雪。だからこれも――この、仲間たちに受け入れられてギスギス解消ハッピーエンドもすべて彼女の計画のうちだったということ。

これで四葉なんて関係ない、という空気を作り出したのだ。

 

(深雪のことだから、これもきっと達也くんのためなんだろうけど)

 

分かっている。彼女はいつだって彼のためを思って行動しているのだと。

ついでに、皆も笑顔になれたら素敵だ、と巻き込んで。

初めからすべてが彼女の計画通り事が進んだ、ということ――。

それがちょっと悔しくて、達也くんが抱え込んでいる逆サイドに回り込んで、深雪の耳に囁いてやった。

 

「次からはちゃんと事前に舞台に招待しなさいよね」

「え・・・?」

「まるっとお見通しって言ったでしょ。シナリオはだいぶぶっ壊しちゃったと思うけど、アンタがここまで(・・・・)計画してたこと、わかってんだから」

「――あら、そうだったの?」

 

あっさりと白状した深雪は今まで一番の悪女の笑みを浮かべていた。まったく、こんな時まで悪ぶるんだから。

でもそんな深雪も良いって思っちゃうんだから、私も絆されたものだ。

 

「一年の時にお兄ちゃん、なんて演出入れるくらいだものね」

「効果的だったでしょう?」

「本当、あくどいことを思いつく女王様ね。でも、善を振りかざす統治者より私は好きよ」

「私も、演出だって分かっていてもこうして舞台に上がってきてくれるエリカが好き」

「あら。なら私たち、両思いね」

 

額を突き合わせるほどの距離で笑い合うと、くんっと深雪が引っ張られて引き離された。犯人はわかっている。

 

「ちょっと、達也くん。無粋が過ぎるんじゃない?」

「エリカは俺のライバル、ということで良いんだな?」

「「はい??」」

 

ライバルって何よ?と達也くんを睨めば。

 

「俺は今絶賛婚約者を口説き中なんだ。皆の知っているとおり(・・・・・・・・・・)俺は深雪に片思い中でな。深雪の許可を得てアタック中なんだ」

 

・・・・・・なんですって?

 

「ちょ、ちょっとどういうことなの深雪!?」

 

一番に反応したのは恋に敏感な暴走乙女。

深雪の正面に立って達也くんからも奪い取って肩をゆさゆさ揺さぶり始めた。

 

「ほ、ほのか・・・揺さぶらないで、こたえられない・・・」

「ほのか、ステイ」

 

雫が止めようとするけれど、それってイヌに対しての指示じゃなかった?その扱いでいいの?昔からの友人だったのよね?

 

「それで、どういうこと?達也さん」

「どうもこうも言葉のままだ。俺は年末、深雪に恋をしている自覚を持ったが、さっき皆が心配していたように深雪にとって俺はただの兄貴でしかなかった。だから恋をしてもらえるよう誠意努力中なんだよ」

 

・・・それってつまり。

 

「そりゃあ・・・」

「ヤバいわね・・・」

 

何がヤバいって、達也くんリミッター外れた状態で深雪にアタックするってことじゃない!

何で深雪は危機感が無いのよ!

 

「一応学校では禁止になっている」

「禁止って深雪さんから?」

「いや、学校側からだな。節度を保て、と」

「「「「「ああ」」」」」

 

良かった。学校の方が危機感を抱いてたみたい。教育機関ってちゃんと機能してたんだ。ちょっと見直した。

 

「それは賢明な判断だわ」

「学校で風紀の乱れはいかんよな」

「北山、北山さん、今からでも委員長代わらないか?代わってください」

「やだ」

 

でもミキが心配するように今の達也くんは信用ならない。

雫なんて、けんもほろろに断っていた。わかるわ。これを取り締まると思ったら誰もやりたいと思わないでしょ。前風紀委員の花音先輩も大変そうだったし。

 

「だって、さっきもナチュラルに肩抱いてた」

 

保てって言われてるそばから節度保ってないものね。

 

「お兄様、ダメですよ。節度は守りませんと」

「泣いた深雪をそのままにするわけにはいかなかったんだ」

 

深雪が注意をするけれど、達也くんは申し訳なさそうに眉を下げてすまない、とトーンを下げて答えてるけど気付きなさい深雪、それが手口だから!って思うのに、深雪はそんな口車に簡単に乗っちゃうのよね。

 

「仕方が無いですね」

「深雪、甘すぎ」

 

何でこんな単純な手に引っかかっちゃうのかしら。

人を利用することがお手の物、って感じなのに達也くんの手のひらにはすぐ転がされちゃう。

やっぱり心配だわ。

でも、それならこうやってそばで横やり入れてやればいいんだものね。これからは遠慮なくいかせてもらうわ。

私たちだってまだまだ深雪と一緒にいたいんだから。

 

「なんか、敬語でお兄様って聞き慣れないかもって思ったけどすごいしっくりくるな」

「本当、これが自然ってくらい」

「俺にはどちらでも構わないんだがな。もちろん、お兄ちゃん呼びもまたやってもらいたいものだが」

「達也様、調子に乗りすぎです。深雪様からお離れ下さい」

 

自然と腰を引き寄せようとしたのを水波がはたき落としてた。

あの子、以前よりできるようになってるわね。

 

「ありがとう水波ちゃん」

「・・・私も、水波と呼び捨てで構わないのですよ」

 

そして、控えるような態度になってたけど、この子も深雪が大好きなんじゃない。

四葉の使用人なんだからもっとドライかと思ってた。

良い主従関係が築けてるのね。

 

「水波」

「達也様は節度をお守りください」

 

そして彼女が防波堤になっているからには、家でもそこまで深雪が大変なことにはなっていないのかもしれない。

・・・目が届いていないところではわからないけど。

なぁんか、あの時見せた達也くんの余裕っぷりが気になるのよね。

水波と達也くんが深雪を挟んで攻防を繰り広げているのを見て、レオがぽつりと呟いた。

 

「なんつーか、さ。四葉ってそんなに怖いモンなのか?」

「口酸っぱく気をつけろって教わったんだけどね」

「僕なんて名前を聞いただけで震えるくらいには怖い存在だったはず、だったんだけど」

 

拍子抜けもいいところだ。

しばらく彼らを眺めていたけれど、予鈴のチャイムにはっとなった。

恐らくこの場に全校生徒が集まっていた。

これ、全員が一気に校舎に入ろうとしたらパニックになるじゃない!

ミキが風紀委員として指揮をとらないと、と動こうとしたところで、パンパン、と澄んだ音が鼓膜を震わせた。

振動系魔法で拍手を響かせたのだ。

そして今度鼓膜を揺さぶったのは透明感のある美しく、落ち着いた耳心地の良い声で。

 

「皆さん、まずは冷静に。一番遠くのクラスから順に入っていきましょう。大丈夫、まだ時間はあります。生徒会長権限でCADを預けるのはお昼前までとします。飛行魔法が使える生徒は窓から教室に向かってください。ただし、教室の下から直線で上がること。でなければぶつかる恐れがありますので各自十分に気をつけて」

 

『はい、女王陛下!』

 

深雪の号令に、生徒たちは笑顔で応えていた。

一高って頭おかしい集団になったわね。

でも、こんな楽しい高校生活が送れるなんて入学当初、夢にも思わなかった。

それも、このとんでも兄妹――、今は婚約者たちになるのか。ま、彼らのおかげなのよね。

 

「達也くん、深雪」

 

同時にふり返る二人に笑って。

 

「これからも、よろしくね!」

 

新年一発目にできなかった挨拶を改めて。

 

「ああ、よろしく」

「よろしくね、エリカ」

 

 

――

 

 

深雪視点

 

 

エリカちゃんに見事作戦がばれていました。

相変わらず勘が良いったら。それでいてノってくれるなんて、心が広すぎる。自慢の友達たちなんです。好き!!

あ、ちなみに、創立以来の全校生徒遅刻の珍事は何とかギリギリ回避に成功、未遂に終わった。

良かった。

学校の雰囲気は見事に元に戻った。

誰も四葉だなんだと気にしない。まあ、全くってわけでもないんだろうけど、態度には出されない。

お兄様が何も言わないのだから、恐らくそう言った視線はないのだろう。

今日のお昼は屋上で食べることになった。

ご飯は三段重ねの重箱3つ。全部私と水波ちゃんで作った。

そして学校まで運んできたのはお兄様。

この一週間の罰だって。

喜んで作らせてもらいましたとも!ご迷惑おかけしました!!

魔法で皆の周囲から冷気を取り払って床に断熱シートを敷いて。

あ、ちなみにここにいるのはいつもの昼食メンバーで水波ちゃんはいません。水波ちゃんもクラスの子たちと食べるんだって。よかった。

 

「させといてなんだが、深雪さん、大丈夫なのか?」

「え?ああ、魔法ですか?これくらいならお昼くらい問題ありません」

「これくらい・・・」

「さすが深雪」

 

展開中のこの魔法のことだね。

まあ確かに繊細な魔法でもあるし、長時間保つとなるとなかなか大変なのだろうけど、深雪ちゃんの魔法力だと本当にこれくらい、と言って差し支えないほど慣れた魔法なのだ。

むしろこんな傲慢にも取れることを言って不快に思わないでくれる皆が優しい。心配までしてくれて、ありがとう。

 

「深雪、嬉しいのはわかるが」

 

嬉しくて微笑んでいたらお兄様からクレームが。

あまり皆にばかり構いすぎるな、ということのようだけれど、お兄様、皆が呆れた視線を向けてますよ。

美月ちゃんは喜んでいるようだけど。あとほのかちゃんが落ち込んでます。

 

「お兄様。皆で食べるときくらいはお許しください。私も久しぶりでテンションが上がっているのです」

「俺と二人の時より嬉しそうだな」

「もう、あまり意地悪なことをおっしゃらないでくださいませ。――お兄様は何か食べたいものはございますか?」

「深雪の作ったもの全て」

「あら、でしたら全部一つずつになってしまいますよ」

 

水波ちゃんと共作だけど和食メインの弁当にはほとんど私の作っただしが使用されている。

そう言えばお兄様はなら全部頼もうか、なんて。お兄様ったら。

 

「・・・おいエリカ、邪魔するんじゃなかったのかよ」

「これ、邪魔しても無駄死にしそうじゃない」

「馬に蹴られそうですね」

「エリカ、頼むよ。手を出しそうになったら叩き落としてくれ」

「風紀の乱れを正すのはミキの仕事でしょ」

「僕の名前は幹比古だ!」

 

楽しそうだねぇ。

皆も遠慮なく食べてー、と声をかけて取り皿と箸を配っていただきます。

おいしいと言ってもらえてどんどん空になっていくお重を見るのって気持ちいいよね。嬉しい。

 

「あ~、この深雪を見ると戻ってきたって感じね~」

「あの四葉のご令嬢モードも素敵だったけど、やっぱりこっちがいい」

「ありがとう雫」

 

素敵って言われちゃった!と雫ちゃんとニコニコしていたらほのかちゃんが気になっていたんだけど、とおずおずと口を開いた。

 

「ねえ、いつも四葉ではあんな感じなの?」

「え?あそこまで高慢ちきではないけれど、表情はアレをずっとキープしている感じかしら」

「疲れない?」

「疲れるわよ。でもそもそも私たちは四葉から隔離されて暮らしていたから日常でもなかったの」

 

隔離、の言葉に彼らに戸惑いの表情が。まあ聞いてはいけない話かって思うものね。

でもすでにお兄様とどこまで皆にお話するか決めてきましたから。

 

「別に発表したのだから隠すようなことでもないし、皆も察しがついているだろうけど、四葉と知られたら襲われる危険があったから隠れていたのよ。四葉はいろんなところから恨みを買っているというのももちろんあるんだけど、――四葉が一つの国を滅ぼしたって言うのは知ってるのよね?」

「そりゃあ、まあ」

「そんなに昔の歴史じゃないしね、その国名が変わったのも」

「その国が滅んだ理由は私怨ということになっているけれど、実際はうちの一族の人間が攫われたのよ。それも子供が生める年齢になったばかりの女の子を、ね」

 

この言葉にお兄様以外の表情が強張った。

知っている人は知っている。だけれど詳しく語らない。気持ちのいい話ではないからさらっと流すように。

 

「一族は国に訴えたけれど、たった一人の女の子のために戦争の火種になりそうなことをできないと突っぱねられた。でもその一族は愛情深い一族でね、その子一人のために命懸けで救出に向かったの。多くの犠牲が出たわ。当たり前ね。一国に対したった数十名で対抗したのだから。

犠牲は払ったけど救出はできた。だけど国はこのことを危険視した。一国を落とした実力を恐れて。私情だけで動いた彼らに罰を与えなければ国の示しがつかない、決して英雄になんてしてはならない。そのほかにもいろんな思惑があったのでしょうね。この過去は人の口に上らないよう緘口令が敷かれた。とはいっても魔法で禁止されたわけでもなければ署名させられたわけでもない、ただの口約束だから知ってる人は知っているお話なのだけど。吉田君が言ったように、まだそんなに古い出来事でもないから当時を知っている人も当事者も現役だしね」

 

かいつまんで話したけど、あらやだ。皆箸止まっちゃったわ。食べて食べて。そんなスピードじゃデザートにたどり着けないわ。

勧めると食事は再開したけど皆箸が鉄でできてるのかってくらい重くなっちゃったね。ごめんね。

 

「何が言いたかったかというと、そういった誘拐事件があったからうちの方針として女子は特に厳重に守りましょうってことになっているの。とはいえ全員ではないのよ。うちは人員がそんなにいないから」

「・・・深雪、軽くしゃべってるつもりだろうけど」

「ヘビーすぎるわ。何なのよ。そんなの警戒して当然じゃない」

 

そうなのよ。ありがとう理解してくれて。

 

「確かに親が耳タコになるくらい一人で帰るときは気を付けるように言うわけだわ」

「お前がか?」

 

あら西城くんお口が滑ったね。

エリカちゃんに思いっきり耳を引っ張られてた。

でもそういうことです。魔法師の女の子誘拐されちゃう危険が付き物って認識が強くなったのはあの事件がきっかけ。

 

「それにしても、その話を聞くと四葉ってそんな恐ろしいって感じに聞こえないな」

「・・・いや、レオ。流石にそれは楽観視しすぎだよ。たった数十人で国を亡ぼす切っ掛けを作ったんだよ。十分恐れるべき・・・、とごめん」

「幹比古が謝ることじゃないさ。実際強すぎる力って言うのは恐怖をもたらす。十師族のバランスも崩れてるしな」

 

お兄様ったらぺろっと爆弾発言。ま、普通の高校生が聞いたところでどうにかなる話でもないけど。

 

「愛情深い一族、のわりに達也さん冷遇されたの?」

「愛情が深すぎてこそ、だけれどそのお話はトップシークレットだから」

 

うーん、恋する乙女は鋭いったら。でもそこまでは明かせません。ごめんね。

四葉(家族)への愛情が深すぎて不穏分子を排除しようという愛と、身内殺しなんて背負わせたくない愛、そして子を思う愛。

たくさんの愛がお兄様に試練を与えた。

 

「まあ、そう言う意味では俺も四葉なんだろうな」

「お兄様?」

「深雪が妹であろうともこんなに愛していたわけだから」

 

そう言ってお兄様の手が伸びたところで、私を挟んで座っていた雫ちゃんがお兄様の手を叩き落とす。

 

「風紀、執行」

「雫!」

 

雫ちゃんがかっこいい!!

ありがとう、お兄様ついうっかり触りそうになることがあるから。

 

「・・・私怨が入っていないか」

「気のせい」

 

お兄様と雫ちゃんがにらみ合うけれど、ほらほら。もうデザートに移りましょうね。

 

「今日はおめでたい三色団子よ」

「・・・お店のじゃないのよね?」

「串は買ったわよ」

「それはわかってるわよ!」

 

一応ほら、ここはボケておかないとね。

 

「・・・まったく」

「三色団子には魔除けや邪気払いの意味もあるから」

「そうなの?」

「じゃあ達也くんはいっぱい食べておかないと」

 

残念だけど、一人一本でお願いします。

あれだけ重かったお重が軽くなりました。でもかさばるお重を持ち帰るまでが罰ですからね。お兄様あとはお任せします。

 

 

――

 

 

こうして、私たちが学校で孤立することもなくなれば、むしろ以前にも増して一高生徒は一丸となって日々を楽しく送っていた。

――そう、一丸となって。

 

「・・・これは、どういうことです?八百坂教頭先生」

「百山校長からの許可が下りた」

 

だから、何故??

八百坂教頭から渡されたのは婚約者とのある程度の交際を認めるという謎の許可証。

直接的な接触等の節度は守ってもらうが、とあるが、これは・・・

 

「生徒の99%の署名の入った要望書、および嘆願書が提出された」

 

・・・なんですと?

 

「婚約者という関係でありながら引き離すような真似は良くない、とな」

 

そんな要望がなぜ通るのです??

八百坂教頭も頭を押さえていた。校長の決定には逆らえないらしい。校長先生はどちらに?出張??いつもいないよね。一体何を考えられているのか。

 

「ありがとうございます」

 

一緒に入室して説明を受けていたお兄様が正確な角度をもって一礼して、校長不在の校長室を後にした。

 

「お兄様はご存じだったのですか」

「署名を集めているのを見かけたことはあったな」

 

俺も通るとは思っていなかったが、と。

 

「だが、これでどこでも深雪を口説けるな」

「その、そのようなアレはお控えくださいませ!私の心臓が持ちません」

「大丈夫だ、深雪。お前の心臓が止まっても俺が必ず修復する(なおす)から」

「ですから!気軽にそのようなことをおっしゃらないでください!!」

 

嫌ですよ!お兄様にドキドキさせられて心臓が止まったのを『再生』させるなんて!!そんなお気軽に使わないでくださいませ!

 

「冗談だ」

「もう、お兄様ったら」

「ああ、ちなみにいつ『お兄様』から『達也』になるのかと賭けになっているそうだ」

「――わが校で賭け事とは、生徒会長として見過ごすわけにはまいりません。現場はどちらです?」

「すでに調べておきました、我が女王」

 

お兄様、ノリで演劇も板についてきましたね。

 

 

――

 

 

こうして、私の目論見は崩れ、結局原作通りお兄様と婚約することになったのだけれど、このままのルートでもお兄様を幸せにすることができると判明。

なら、今度こそ隠すことなく口にできる。

 

「お兄様、絶対幸せにしてみせますから!」

「・・・それは、男の俺が言うセリフだと思うんだが。そうだな。深雪が幸せになることが俺の幸せだから、共に幸せになろう」

 

 

――

 

 

そこからも私たちにはたくさんの困難が待っていた。

 

一条君からの婚約申し込みを皮切りに。

七草からも婚約者をと企てがあったらしいけど、何故か泉美ちゃんが立候補して七草先輩が止めるためになぜか自分が立候補して取り消し騒動を巻き起こしたり。

黒幕おじさんの復讐大作戦を被害最小限に留め、十師族や魔法師への非難がそこまで広まらずに済んだのに討伐隊として一条君が転校してきて一緒に黒幕おじさんをとっちめたり。

藤林さんがお兄様を使ってエリカちゃんのお兄様に揺さぶりをかけたり。

新ソ連のあんちきしょうのせいで水波ちゃんがオーバーヒートを起こして入院してしまったり。

光宣君がやっぱりパラサイト化しちゃったけど閣下を殺さずうちに住み着いたり。

その流れで水波ちゃんもパラサイト化を受け入れちゃうんだけど、うちで何食わぬ顔で家政婦さんやっていたり。

リーナちゃんがやってきてガーディアン代理として私を守ってくれるようになったからこれまた一緒に暮らすようになって大所帯で暮らしてたら――お兄様が不満爆発で一時囲われかけたりといろんな事件が巻き起こるのだけど、それは割愛する。

 

 

こうした賑やかな事件や日常が一つ一つ、私たちの幸せを積み重ねていって――エンディングへと向かうのだ。

 

 

ハッピーエンドルートまで、あと――

 

 

 

 

 

―完-

 

 

 

 




まずは、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

この話を思いついたのは昨年の今頃のことでした。
「お兄様を幸せにする話を読みたいよね。できればその相手は深雪が良い」
その一言がすべての発端でした。
しかしながらその時点でたつみゆを読んだことはおろか、腐海の住人だったのでお兄様受けとその頃流行りの夢小説しか読んだことのない身。全くの未知の領域でありました。
でも、お兄様を幸せにしたい!深雪ちゃんならできるはずだ!!と謎の燃料を投入され、勢いのまま書き散らしたらなぜか深雪成主になっていてプロローグを書き上げておりました。
そして書いてから結末までが見え、「立場逆転すると、四葉継承編でお兄様美味しくいただいちゃってるな・・・」との結論に至りました。
この作品が四葉継承編で完結するんだ、と決まった瞬間でした。
でもせいぜい一万文字を三十話くらいで終わるだろう、と楽観しながら書いていたのですが、まさかの五倍の量。途中からおかしいな?と思ったのですが、止めることもできずるずる続いて、気が付けば150万文字。意味が分かりませんでした。・・・何でこんなことに?
とりあえず完結できたことに安堵しています。終わってよかった・・・。
最後にギュッと纏めましたが、この後もお兄様たちの前には様々な事件が起こりますが、最終的にハッピーエンドにおさまります。
だって、二人揃えば無敵ですから。

皆さまのご感想や評価、そして何より誤字脱字修正に助けられてお盆前に終わりました。
今後、四葉継承編のおまけとご希望のあった分割版をおまけ付きでUP出来たらと思います。そちらもよろしければお付き合いいただければ幸いです。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
心より御礼申し上げます。
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