妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!(修正前)   作:tom200

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入学前の準備から4月の事件終了後の後日談まで。

オリジナル魔法等、原作沿いではありますが一部改変がございます。
今後このような展開が続いていきます。
お楽しみいただけたら幸いです。

前作、お気に入り登録や感想、評価をいただきありがとうございました!
励みになります。


入学編

 

 

目まぐるしい中学時代でした。

前世、のらくら生きていた人生を一気に濃縮したとて、これほどの濃さはないというくらい濃厚な、濃密な時間だったといえるでしょう。

お兄様を幸せにするためにどうすべきか、私なりに考えた結果、とりあえず持てる力は何でも持っていた方がいい、と四葉家次期当主候補として学ぶべきことを学ばせてほしい旨を本家に直談判したところ、まさかのラスボス女王・・・御当主様とご対面する羽目になったり。

せっかく深雪ちゃんなんだから自分磨きにも力を入れようとステータス向上に励んでいたらラスボス女王・・・御当主様から手厚い教育をとスペシャリストを派遣していただいたり。

お兄様を見下す世界が許せなくて、けれどそれを真正面から潰したらただ顰蹙を買うだけだと、こういうのは裏工作が重要だと四葉掌握げふん、改造・・・改革計画に努めようとしたらラスボス――この時点でおかしいと気づく。

ラスボス御当主様との遭遇率高すぎやしませんかね?!

あれ、おかしいな?と思っていたら気づけば叔母様ではなく真夜姉さまと呼ぶ間柄になっておりました。

 

(どういうことだってばよ?!)

 

いえ、わかってはいるのです。

オタクは知っています。

これはあれです。いつの間にやら『おもしれー女』認定が発動したようでした。

うん、なんのこっちゃですよね。

私もそう思いますが、どういうわけかいつの間にかにそんなことになっておりました。

おかげでまだ正式発表されていませんが四葉次期当主は私に決まっているそうです。

あれ?もうお兄様を囲わねば離反しちゃう!みたいな話になったんですか!?と思ったらそうではなく、ほぼ初めから決定されていたようです。

原作はもっと前から狂っていたってことでしょうか?

というかラスボ、真夜姉さまは私の目的『お兄様幸せ大作戦』を薄々感づいているようで、けれど邪魔する気はない、というスタンスらしい。

まあ、原作上息子だと思ってますものね。

己の願いの具現だと。

四葉を裏切られたら困るけど、ウチにいてくれるなら守ってあげるスタンスでしたもの。

 

(本当、四葉って複雑怪奇だけど根底はしっかり愛!だよね。理解はされないだろうけど)

 

ちなみにここまでの話、お兄様にはオフレコです。お兄様は何もご存じありません。

というより叔母様を真夜姉さまと呼び合うような関係であることも、表以外の四葉の教育を受けていることも。

なぜならこれはあくまで、お兄様の幸せになるための選択肢を増やすための布石としての行動であり、お兄様に知られたら、それはお兄様自身の選ぶ選択の種類が変わってしまうから。

――お兄様の行動はすべて妹ありき。

妹が進むと決めた道を陰から支えるつもりなのだ。

まずはこの意識を変えねば!とこの三年近く奮闘してみたのだけど・・・正直芳しくはない。

 

 

お兄様はあれから変わった、と思う。

まず四葉に関連しない場では兄妹として接してくれるようになった。

ならばさっそくステップアップ。家族愛を深め、お兄様に愛とは何かを教え、感情の幅を増やし、豊かにしていけたらと私なりに行動をしてみたのだ。

時間があれば他愛ない話をし、染み入るように好意を伝えておやすみと一日を終える。

忙しいお兄様のことだからストレスもあるだろうと、ハグなどスキンシップも投入。

30秒のハグはストレスを発散させると、現代でも文献にちゃんと記載してあるストレス軽減法だから問題ないはず。

はじめはだいぶ恥ずかしかった。お兄様も居心地が悪そうだったけど、人は慣れるもので今ではお兄様の方から求めてくるようになった。

人間慣れるはず、とは言ったけどなんで私はまだ恥ずかしいんでしょうね?内心いつもドッキドキですよ。顔に出ないのは淑女教育か帝王学の賜物です。

 

(淑女は分かるけど帝王学っている?・・・まあ無いよりかはいいんだろうけども)

 

後は料理かな。

現代では料理をするから愛情が深い、なんて考えはない。

けれど作ってもらえれば特別、という気持ちはあるもので。

原作でもやっていたこともあって料理を作ることにした。

だが気取った料理ではなく家庭料理に力を入れた。

家族での食事にナイフやフォークと肩ひじを張っていたら話も弾みにくい気がしたのだ。

記念日など張り切ったりもするけれど、家で形式ばった食事ばかりするのも面白みがない、とジャンクフードの代表ハンバーガーを作ったりしてみた。紙ナプキンは使うけど手掴みで。

大口を開けて食べた日には二人して笑ったものだ。

その週末訪れた病院で母に話したらずるいと言われて、家に滞在中に何度か作ってあげた。

流石淑女の鏡のお母様は大きな口が開けられなくて悪戦苦闘していたけれど。

美女の戸惑う姿はただただかわいい。私はその度母の虜になった。

そして大抵そのあとお兄様と母の間に火花が飛び散りマウントの取り合いに発展する。

――そう、この二人、どういうわけか母と息子と書いてライバル?になっていた。

二人には分け隔てなく愛情を注いでいたつもりなのだけど、・・・うん、二人が揃うと母親を奪い合う子供たちになってしまうのだ。

あれ?私子育てならぬ母育てと兄育て間違えました?

とはいえあれも二人独特のコミュニケーションの取り方だったんだろうけど。

歪だった家族は、多少形は変わっていても家族として纏まったと思う。

幸せに包まれた家族だった。

 

(だから最期をあれだけ笑顔で看取れたのだけど)

 

幸せだった。

理解し合うことができずにただその日を暮らすのではなく、穏やかで温かな暮らしだった。

できることなら高校の制服姿を見せてあげたかったけれど、こればかりは原作の壁を越えられなかった。

お兄様は悲しむ私にずっと寄り添ってくれた。

「お兄様も悲しいはずなのに」と言えば「俺は兄だから泣けないんだ」と。

「代わりに泣いてくれる優しい妹に恵まれて、母には感謝だな」と、そう言って抱きしめてくれた。

あれが精いっぱいのお兄様のお母様への感謝の言葉だ。

面と向かっては言えないお兄様とお母様。

私を介して間接的に伝えるしかできなかったけれど、それでもちゃんと二人とも受け取っていた。

ひねくれた似た者親子だ。本人たちは認めないけれど。

とまあこの時点でどれほどお兄様が変わったかは伝わっただろうか。

深雪ちゃんの時ほどラブラブベタベタ兄妹にはなっていないけれど、仲のいい兄妹の枠にちゃんと収まっていると思う。

原作みたいに限度を超えた兄妹ではない。

ちょっと心配症で甘やかしが趣味のお兄様と、それを窘めるしっかり者の妹。

 

(・・・の、はずなんだけど)

 

なぜだろう、天国の母が呆れた視線を向けている気がする。

ともあれいろいろ端折った中学奮闘記。

それも今日でおしまい。前哨戦はここまでだ。

私たちはこれから東京へと引っ越す。

もう数日経てば高校生編がついに始まる。

 

「深雪、忘れ物はないか?」

「はい。大丈夫ですお兄様」

 

お兄様を絶対幸せにして御覧に入れますとも。

 

 

――

 

 

久しぶりに帰ってきた実家はどう見ても豪邸でした。

おかしいな。以前住んでいた時にはなんとも思ってなかったけど、これどう見ても外観普通って言うけど豪邸だよね。

四葉本邸としか比べる対象が無かったから気づかなかった。

しかし今ならわかる。広いよ。大きいよ。お金持ちの家だよ。

ちなみに外観普通とわざわざ言ったのは中身が魔改造されているから。一般の家にないからね、研究室だの工房だのは。

 

「深雪?」

「久しぶりに見ると、大きかったのだな、と」

「そうか?」

 

・・・考えたら生活はともかく、お兄様も生まれながらのお坊ちゃんですものね。というか気にしてなかったというべきか。

 

「だがそうだな。これから二人で暮らすにはちょっと大きいかもな」

 

お兄様もそう思いますか。だけどちょっと価値観にずれがありますね。

これはちっともちょっとではないと思います。

考えたところでここに私たちが住むことは決定事項なのだから、気にしたところで何にもならないのだけれど。

 

(アニメで見たお家です。これも聖地巡礼になるのかな。ありがたやー)

 

ご利益なんてないけれど、オタクはノリで生きているので。

とりあえず約三年ぶりに帰ってまいりました。ただいま実家。

 

「そういえば深雪。随分荷物が少なかったようだが」

「え、ええ。私も高校生ですから思い切ってほとんどの衣服を処分してきました。新しい服は注文しておきましたので今日届くはずです」

 

流石お兄様、自分だけじゃなく妹の荷物までチェック済みだった。

反応がちょっと遅れてしまったが隠すことでもないし素直に答えると、お兄様は微笑んで頬を撫で――

 

「そうか、新しい深雪の姿も楽しみだ」

 

殺し文句を囁いた。

――この程度で動揺してはいけませんよ深雪――

イマジナリーお母様が厳しい視線を向けてくる。

そうです、この程度の攻撃で淑女は怯んではいけないと何度も母は指導してくださいました。

内心だというのに敬語で考えているあたり、とっても混乱しているのがわかる。

でもしょうがない。

お兄様にとって今の言葉は殺傷能力抜群の殺し文句ではなく、ただ妹を褒めたい、甘やかしたいという目的による発言なのだ。

深い意味はない、動揺するほどのことじゃない。

ちなみに、深雪ちゃんの魔法構築の処理速度はとんでもなく速く、それすなわち頭の回転も同様に早いということで。つまり何が言いたいかというと、ここまでの思考だって現実時間では一秒も経っていない!はず。

 

「ご期待に添えるかはわかりませんが、届きましたらさっそくお兄様にお見せしますね」

 

やられっぱなしもよくない、と反論するようにっこり笑えば、お兄様は顔が触れ合うんじゃないかというほど身を寄せ、秘め事のように囁く。

 

「あまり兄を誘惑してくれるなよ。いつだってお前には理性を試されているんだから」

 

(衛生兵!衛生へーい!!内なる深雪が重傷、瀕死状態であります!!)

 

15歳ですよねお兄様!?高校生にもまだなってもいないのですよねお兄様?!

いくら妹を褒めることに余念のないお兄様だからといって、いったいどこでそんな言葉を覚えるというのです?

っていうかそれって誉め言葉?!

 

(実は軍で学んでいるのはホスト力ですか?!もしやお兄様ハニートラップ要員に?!)

 

流石に至近距離による爆撃は避け様がなかった。

身に着けたはずの淑女教育もお兄様の前では紙装甲もいい所だ。

 

「深雪は肌が白いから、赤がよく映える」

「~~~もう、勘弁してくださいませお兄様」

 

追い打ちをかけるお兄様に白旗を上げる。

少し前まで対等に応酬できたのに、今では言い負かされることが多くなった。

特にこの色男モードになったお兄様には一度も勝てた試しはない。

たまにお兄様が口では負けたというけれど、あんなの痛み分けがいい所だ。

・・・でもこれで高校入学の下準備はできたと思う。

高校でのお兄様無双は目前だ。

全女子も、全男子もこのお色気大魔王の手に堕ちてしまうがいい!

 

 

 

家に入り一通りの部屋を確認してから各々自室の片づけに集中した。

久々の実家と言ってもほとんどの衣服や荷物は以前の家に運んでいたので、新しく引っ越したに等しいほど物がなかった。両親の荷物なんて、ほぼ帰ってこない父親の私物なんてない。というか再婚したのを機にマンションに送り付けてやった。母の分は三年前に私たちと一緒で持って行ってたのでここには残っていない。せいぜいベッドなどの家具くらいなものだ。

私の部屋も以前使っていた家具はそのままで中身がない状態。お兄様に言った通り高校生になるんだし、と思い切っていろいろ処分してきたのだけど、注文した荷物は無事に届いていたようで新品の服を一枚一枚開封いていく。

原作での深雪ちゃんの服と言えば、健康的な肌の覗く清楚ながらちょっと攻めたお衣装が多かったと思う。

お兄様に意識してほしい乙女心がなせることだったのだろうけど、残念だが私が用意した服にそういったものはない。

私の目的は私に意識を向けるのではなく周囲と出会い、意識を向けられる友達や恋人に出会ってもらうこと。

つまりセクシーな深雪ちゃんなどお兄様に見せつける必要はないのだ。

だから品の良い大人しめのワイシャツワンピだったり、体の線を強調しない組み合わせ自由なセパレート各種で揃えてみた。

とはいえ開放的な夏服とは違い春物メインなので、夏は夏でまた選ばねばならないのだけど、基本的には清楚なお嬢様風一般庶民の服、をテーマに選んだのでお兄様の期待(?)には応えられる服ではない、はずだ。

しかし――私は元々オタク。可愛い子は着飾りたい。いろんな服を纏わせたい欲はあるのだ。

よって服は服でも見えない部分であれば、深雪ちゃんに飛び切り似合うモノを用意した。

これは私へのご褒美。

深雪ちゃんのパーフェクトボディで着せ替え人形だなんてただでさえご褒美なのに、更にこんなモノまで用意してしまった。

 

(うふふ~、きっと深雪ちゃんなら購入したあれやこれも着こなしちゃうはず!)

 

楽しみだ、と深雪ちゃんとしてはいただけない顔をして、手に持ったものを抱きしめてトリップしていたら結構時間が過ぎていたらしい。

少ない服をクローゼットに並べて片付けた。

ここが終わったらキッチンを見に行くのだ。

いつでもできるファッションショーは後回しにしてお兄様のリクエスト通り、開けたばかりの服を身に着けて部屋を後にする。

ネット注文では着心地が確認できないのが難点だが、説明文に記載されていたように、肌触りが抜群にいい。

それだけでも気分は上がる。

気付けば適当な鼻歌を響かせながらキッチンでの作業に取り掛かっていた。

作業と言ってもほとんど備え付けのように整頓されているのだが、自分で収納したわけではないのでどこに何があるのかわからない。

あちらで購入したコーヒーメーカーやカップはすぐに確認できたし、お皿もお気に入りの物も棚の中に発見した。

以前の家とほぼ変わらない配置のようでほっと安心したところでお兄様が現れる。

 

「お兄様、お疲れ様です」

「深雪も。それに随分ご機嫌だな。可愛い歌声に誘われてきてしまったよ」

「もう、お兄様ったら」

 

深雪ちゃんの十八番、『もうお兄様ったら』を発動。

乱用はできないけれど攻撃をかわすには重宝する魔法の言葉だ。

 

「一息つきましょう。今コーヒーをお淹れしますね」

「ありがとう。――ああ、深雪。よく似合っている。可愛すぎて外に出したくなくなるな」

「・・・もう、お兄様ったら」

 

ほら。二度も使うと敗北を認める言葉になるでしょ。

脳内でサレンダーをしつつ、コーヒー豆を挽いて精神統一を図る。

このゴリゴリが心を落ち着かせるのです。

 

「せっかく着てもらったところ悪いんだが、飲み終わったら脱いでくれるか」

「え・・・、ああ、さっそく調整をする、という意味ですよね?」

 

落ち着いたはずの心臓がびょん!と跳ね上がった。たぶん50センチは確実に飛んだと思う。

おかえり心臓。大丈夫、もう離さない。

お兄様はどうして、そんな言い回しをするようになってしまったのか。

しかも悪いのは顔色を一切変えずに言うことだ。

態と、というのがとても分かりづらい。

 

(そうよ。きっとこれはお兄様なりの修行だ。日常から私のポーカーフェイスを鍛えてくださっているのよ!)

 

それならば、かなり強引だけど納得がいく。・・・かなり強引なこじつけだけども。

 

(こんなことでいちいち顔を赤らめていたら変に誤解をされてしまうものね)

 

深雪ちゃんは可愛い。十人が十人どころか千人に千人は振り返る美少女だ。

そんなパーフェクト美少女深雪ちゃんの一挙手一投足が注目され、たった一つの誤解でも与えようものならその相手の人生を狂わせる。

存在が魔性そのもの。四葉の女性はその性質の者が当主筆頭に多い。

それが魔法の性質によるものなのか魔法力の高さによるものなのか、単純に本人の資質なのかは分からない。

だから気をつけねばならず、心配性のお兄様が――ってことでいいのよね?――それとなく自然に鍛えようとしてくれているのだ、きっと。私はこれを流石ですお兄様!と褒めればいいのか、恐ろしくスパルタな教育方針だと慄くほうがいいのかわからない。

だって息つく暇もなく褒め殺しワードが飛来してくるのだ。避けるのもままならず被弾しては白旗を上げる日々。

耐性はいつ身に付くのだか。

そうこう考えている間にも手は止まることなく工程を済ませ、淹れ終わったコーヒーを並べてお兄様と向かい合ってコーヒーを飲む。

庶民舌だった頃にはわからなかったコーヒーの深みがわかるようになって、あっという間にコーヒーの魅力に取りつかれた私はしばらく味の研究にハマったことがある。一日中コーヒー三昧の日々がしばらく続いた。その時はお兄様にも相当付き合ってもらったが、おかげでお兄様の好みもわかって今ではいい思い出だ。

紅茶も好き。だけどお兄様がいる時は同じコーヒーを、というのが自分のルールになっていた。

 

「おいしいよ、深雪」

「そう言っていただけて嬉しいですお兄様」

 

定型文と化したやり取りだが、ちゃんと心を込めて言ってくれていることがわかる。

お兄様は表情だけでなく目でも伝えることを覚えた。

おかげで目は雄弁に語る。

時折それで大いに誤解しそうになるのだけれど、言葉にされるよりまだマシなのは、目は反らすことができるからだ。

耳は瞬時に塞げないが目は閉じることで切り替えもできる。

だがこれも諸刃の剣。

目を離した隙に何か行動を起こされると対処が遅れる。

 

(・・・おかしいよね。積極的なのは深雪で、お兄様はどちらかというと翻弄される側なのに)

 

やっぱり深雪ちゃんとは異なる人生を歩んでしまったからだろうか。

だいぶ感情は豊かになったと思うのだけど、何分判断基準は私と母くらいだけ。ほかの人間と長く話しているところを見ていない。

四葉本邸に行けばお兄様はガーディアンモードに徹してしまうので、表情も感情も読めないし(でもそういう夜はひどくストレスを抱えるから必ず長いハグになるのだけれど)、中学校ではいつも楽しそうに過ごしていたように見えたけど、友達のことを聞いてもどうやら深い付き合いまではいかないようだった。

試しに恋バナを振ったこともあるけれど、あの時のお兄様は・・・うん。なんかまだ早いで押し切られた。

中学生での恋バナは早くはないと思いますよお兄様。

というより告白されたって風の噂では聞こえていたのですがね。学年二番目の女の子から。

ちなみに学年一番の女の子はしょっちゅう告白――がありそうなものなんだけど、実のところほとんどなかった。

なんでも釣り合いが取れる自信がない、と見守るだけで満足する草食男子が多かった模様。

いえ、いいんですけどね。正直お断りするしかなかったので、来ないのならば来ない方がありがたい。

そもそも私の結婚はラスボス様がお決めになるのだ。恋愛する暇があったら勉強の時間にあてたり、家族に使っていたかった。

 

(やっぱり高校生にならないと恋愛に発展するような大きな動きはない、ということよね)

 

その大きな動きとは結構な大事件でありどんな屈強なつり橋でも落下しそうなくらいのもので、恋愛に発展するにはスリリングすぎると思うけれど、そんな事件がいくつも起きる波乱に満ちた学生生活は一応最後まで続く。どれか一つでもヒットして恋愛に発展することを祈りたいけれど、襲い来る事件が世界規模なのはどう考えてもおかしい。

そこは物語だからと割り切るところなのだろうけど、なんとも釈然としない。

なんでもかんでも子供たちだけで解決させすぎだ。

頑張れ警察、何とかしろ政府。大人たちでいがみ合ってないで、将来の子供たちのためにも尽力してくれ。

この悩みは世界が変わっても変わらないんだな、と小さなため息が出る。

 

「心配事かい?」

「・・・少し、これからのことを考えておりました」

 

吐息と思うほどの微かなため息に気付いたお兄様が心配して声を掛けてくれた。本当、お兄様はよく見ていてくれる。

だがそうだ、世の中の悩みよりも目前の心配事を片付けなければ。

――入学前にいろいろと設定を決めておく必要がある。

 

「一高ではどう過ごすべきか、と」

「・・・ああ。俺も補欠とはいえ通うことになったからな。登下校は当然一緒にするだろう。問題は、」

「学内差別がはびこっている、ということですよね」

「質の良い魔法師を一定数用意するためには合理的ではあるんだがな」

「二科生制度はそうかもしれませんが、予備だと見下す文化など、すぐにでも廃止になればよいのです」

「どこに行ってもそういう選民意識というのはなくならない、ということかな」

「試験内容が模擬戦であれば、お兄様が学年どころか学校一ですのに」

「いや、流石にそこまでひけらかすのもな」

「わかっております。お兄様が目立つのはあまりお好きじゃないことも」

 

私だって原作通りお兄様が悪目立ちすることを良しとするつもりはないのだ。

実力を示すなら学校の意識改革がある程度進んでからでないと、お兄様はやり玉に挙げられてしまう。

それは人目を引くことになり、悪意を集めることにもなる。

目立つにしても、どうせ集めるなら皆の窮地を救うヒーローのように――

 

「総代の私がお兄様の近くに寄れば、四葉のように非難は免れないのでしょう。一科生と二科生にはそれほどの差別があるのですよね」

「具体例があるから対処もしやすい、と思えばいいんじゃないか」

「それはなんともポジティブ思考な。でも・・・」

 

四葉でのお兄様との関係はミストレスとガーディアンで、お兄様に対しては空気と思って視線を向けることも無ければ、声もかけないという徹底したもの。周囲がお兄様に嫌味をぶつけても反論はしない。

お兄様もただただ受け流すだけ、それしか認められていない。

まあそれも最近では、私の目の前でお兄様にちょっかいを掛ける者は少なくなったのだけど、それはまた別の話だ。

 

「お兄様、私たちは一般家庭の出身。中学校で見て思いましたがその・・・。私たちのように四六時中一緒に行動したり、兄が妹を撫でたり手を繋いだりはせず、『普通』の兄妹は用事でもない限り、兄妹だけで話すという場面すら見なかったように思うのです」

 

というより中学生にもなって兄妹べったりは、はっきり言って変わり者だ。目立つことこの上ない。おかげで中学時代はとっても目立っていたように思う。

いえ、一応周囲の目にも気を付けてたんだよ?外で触れ合うようなことはしなかった。

だけど当時私もまだ意識が上手く馴染んでいなくて原作深雪ちゃんと自分の性格の落としどころを模索していた。決まっていない間は原作を踏襲しお兄様呼びで尚且つ敬語を使ってしまっていたのだ。

普通一般家庭の出の兄妹はそんなことはしない。

私の敬語口調は、将来十師族や大企業の御曹司との結婚を考えて今のうちから癖をつけるため、なんて噂があったとか。

魔法力が強い人間は美しい人が多いという知識を知った女の子たちの妄想から広まった噂らしいが、悪気ある噂じゃなく、どちらかというとシンデレラストーリーを期待してのものだったようだけど。

もし今後、高校でこれまで通りに過ごして、そんな噂を十師族当人の通う一高で流されたらと思うとぞっとする。

たかが噂、されど噂だ。

あえて茨の道を進むことはない。

 

「仲が良くても、常に一緒というのは見かけませんでした。それが自然、なのでしょう」

「俺たちの関係では不自然、か」

「っ、はい」

 

自分が言うにはいいけれどお兄様の口から不自然と言われるとダメージが大きい。

わかってますよ。私たち兄妹が普通でないことは。

お兄様もわかってるはずですよね?それとも気にもしたことなかった、とか?

・・・ありえそう。

一応一般常識を知ろうと流行っていたホームドラマを一緒に見てもらったけど、首を傾げたりしてたっけ。

一時帰宅していた母も一緒になって不思議そうな顔をしていた。

世の一般常識って私たちには非常識だったんだなと学ぶ一日だった。

さっきも言ったが、本来であれば中学の時に直しておくべきだったんだけど、あの時はまだ深雪ちゃんとはこういうモノ!という考えが抜け切れていなかった。

あれが司波深雪にとっての自然な接し方だったのだ。

そしてお兄様は妹のすることにいちいち疑問を抱かない。妹のしたいように、妹が望むならと修正など思いもつかない。

おかしいな。原作のお兄様はもうちょっと注意を、意見を言っていなかっただろうか?

だけどそう、この機会に!高校生活をきっかけに――私たちはごく自然な兄妹の距離感を取り戻そうと思う。

 

「一科生と二科生の仲が悪かろうとも、私たち兄妹まで仲が悪くなる必要はありません。私はお兄様のすごい所をたくさん知っていますし尊敬もしています。そこは変わりなくていいんだと思います。

でもだからこそ、傍に寄ったらお兄様に悪影響が出るとわかっているからこそ、近寄ること自体避けると思うんです」

「仲がいいからこそ気を利かせて、ということか。・・・難儀だな」

 

軽くため息を漏らすお兄様は、先に控える入学式を見据え宙を睨む。

 

「でも、ずっと話しかけないというのは無理なのでちょっとした挨拶程度の会話だったりはしたい、です」

「それはもちろん。歓迎だ」

 

はい。お兄様の今日一の微笑みいただきました。

良かった。あまり不審を抱かれてはいないようで少し安堵する。

 

「ありがとうございます。それで、その・・・呼び方も、変えた方がいいかと思いまして」

「・・・まあ、不自然、か」

「お兄様、なんて兄を呼ぶのを私以外で見たことがありませんので・・・」

「確かに。文弥も亜夜子のことを姉さんと呼んでいたな」

「はい。しかも敬語も使っていません、よね」

「それはまた・・・新鮮な深雪が見られそうだね」

 

口角がつい、と上がるお兄様。

ああ、お兄様の揶揄いスイッチが入ってしまった・・・。

そういえばお兄様は原作でも結構なSっ気が見られたっけ。できればそれは妹には発揮しないでいただきたい。

・・・いや、これは修行だと言い聞かせたじゃないか私。訓練だと思えば――っ!

 

「んんっ、――兄さん、あんまり揶揄わないで、よ」

 

ううう・・・敬語外すとなんだかすっごく照れ臭い。まるで鎧を剥がされたような気分。

ごく稀に敬語を使わないで甘えてしまう時もあるんだけど、それとこれとは全くの別物の羞恥が襲う。

対するお兄様は引き続きご機嫌なご様子。

敬語ない方が嬉しいですか?私は恥ずかしいです・・・。

顔を覆いたくなるのを何とか堪えて顔を反らしてやり過ごそうとしたんだけど、

 

「深雪、そんなに隙だらけだと狙われてしまうよ」

 

お兄様、ご機嫌だったはずなのになんだかちょっぴり声が固いような。

顔をUターンさせてお兄様を見れば鋭い視線が向けられてる・・・?いや、これはまさかジト目かな。

というかいったい何に狙われるというのか。

 

「狙われ・・・隙を突かれる・・・ああ、これじゃ総代としての威厳はないですものね」

「そうではないんだが、そうだな。まずは慣れないと。おかしな部分があれば不審がられるだろうから」

 

え、これからずっと敬語なしで話せと!?

確かにさっきまで普通の兄妹の距離感を!と意気込んでいたのだけど思ったより恥ずかしくてですね・・・。そもそも深雪ちゃんの敬語はお兄様を尊敬しているからであり、むしろ敬語の方が適切な距離感保てるんじゃないかな、と思うわけでして。

ほら、深雪ちゃんがむやみやたらとお兄様に近づいたりとか触れ合ったりとかしなければ――あれ?

 

(そういえば初めの頃こそ愛情表現だと気合を入れて、ハグしたり手を繋いでもらってたりしてたけど、今じゃお兄様からしてもらってるよね)

 

もしかして妹の意図を汲んで率先してやってくれてるのかな。

だとしたらどうやってフェードアウトすればいいのか――問題増えた?難易度上がった??

 

「深雪?考え事は終わったかい」

「ええっと、」

 

山積みです。そろそろ許容量を超えそうです。

まずは手前から片付けていかないと。

 

「家では今まで通りでいいのではないでしょうか」

「それだといざ学校でミスをしかねないんじゃないか?」

「・・・そもそもクラスも違いますし、そんなに頻度は高くはないかと」

「だからこそ、その少ない数で失敗はできないね」

「・・・・・・お兄様楽しんでいませんか?」

「可愛いお前を見ているだけで俺はたの、幸せだよ」

「楽しんでおられるのですね!」

「そうとも言うかな」

「~~~もう、開き直って!」

 

お兄様はこうしてよく『幸せ』を口にする。

それは私が求めていることを知っているからか、喜ばせるためのリップサービスかわからない。

けれどどちらにしても私は喜んでしまうわけで。

 

(悔しいけどお兄様の言っていることは間違ってない。このままじゃ学校で無意識にミスしそうと思われてもしょうがない)

 

深雪ちゃんのポテンシャルによる演技力はなかなかのものだと自負しております。

暗躍には必須スキルだしね。

でもお兄様と対面だと事情は変わる。

要はプライベート空間に演技は持ち込みづらいのだ。

 

「わかったわ。今日一日敬語を使わずに、兄さんと会話してみる」

「三日」

「、一日で十分でしょ」

「一週間」

「どうして伸びるの?!」

 

くすくすと笑うお兄様。

本当、我が家には笑いが絶えなくなった。

たった二人の兄妹、こうして向かい合ってテーブルを囲んで笑い合えるのは、たとえ揶揄われていても嬉しい。

理想の、司波兄妹の姿。

理想の幸せそうなお兄様。

 

「可愛いなあ、深雪は」

「なんと言われても一日!それ以上はダメなんだから」

 

何がダメって私が耐えられない。

やっぱり敬語バリアは私を守る盾でありアイデンティティだ。これ以上お兄様への対抗策がなくなっては困る。

どんな甘言をもってしても譲れない。

というか・・・一日もあるの・・・?私、もつ??

 

(『深雪ちゃん』を守り切らねば!)

 

気合を入れて最後の一口を飲み干すと、今度はまた違った笑みを浮かべているお兄様。

 

「飲み切ったね。じゃあ行こうか」

「あ・・・・・・・・・ハイ」

「深雪、敬語」

「う、うん」

 

忘れてました。この後は調整が待っているんでした。

ん?調整・・・?

立ち上がりながら何か重大な見落としがあるような、直感が何かを訴えているような不安が過る。

カップを食洗器に入れて、ドアの前で待ってくれているお兄様の後について地下へと向かう道すがら。

不安はどんどん膨らんでいく。

キッチンに向かうまではあんなに上機嫌だったのに、どうしてこんな――あ。

 

「深雪?」

 

(なんっっっっっっっっってこと!!!!!!)

 

地下に続く階段の前で立ちすくむように止まる私に気付いたお兄様が不思議そうに見上げてくるけど今はそれどころではない。

 

(そうだよ。なんでこんな重要なことを忘れていたの私!)

 

ところどころその予兆はあった。

頭の片隅で気づいていたのだ、私の鍛え抜かれた脳は。

このままではまずいことになると。

それを、その真実を覆い隠していたのは私の前世の置き土産、魂に深く刻まれた欲の塊――オタク魂。

なんてことだ・・・。原作でも忘れることのできない衝撃にして重要なシーンだったではないか。

しかもこれから行われること自体初めてでも何でもない、週に一度の習慣だというのになぜ忘れていたのか――すべてはオタクのスケベ心のせい!

 

(あああ、しかもよりによって、今日!先に気付いていればもう少し大人しめなものを――だめだ!どれを選んでもそこまでの大差はない。どれも趣味全開のモノを選んだ!)

 

あの時は全力で自分を褒めたけど、今は全力で張り倒したい。

でも弁明もさせてほしい。

深雪はとてつもない美少女だ。隠そうとしても眩しくて隠し切れない正統派純和風美少女だ。

そのイメージ損なうことなどできようもない。

たとえ襤褸を纏ったところで品位を失うことのない深雪ちゃんだが、似合う服を着せない理由がない。

というわけでいつも厳選に厳選を重ね慎重に選んではイメージを壊さない、清純派な服を選んでいるのだが、ふと悪魔が囁いたのだ。

 

(清純派路線を外れなければ、エロ可愛い深雪ちゃんはセウトなのでは・・・?)

 

セーフとアウトのアウト寄りの判定をしている時点でグレーゾーンは黒寄りだとわかっていたはずだが、それでも私は踏み切ったのだ。

・・・疲れていたのです。毎日毎日勉強勉強修行に訓練叔母様、真夜姉さまとの秘密の特訓(圧迫面接)、親族集まりゃ(お兄様への)暴言乱舞耐久レース。

ご褒美が、欲しかったのです。

 

(パーフェクト美少女深雪ちゃんに、ぜひ最高に似合う、けれどちょっぴり危険な匂いも漂う大人可愛い恰好を!でもそんな恰好を人には見せられないだろうからせめて下着を!!)

 

と、犯人は供述しており――うん。有罪ですね。

これは妹でなければ、お兄様直々に極刑に処されたことでしょう。

うんうん、妹でよかった。ほっ、と安心――胸をなでおろすなんてできるはずもなく、気分は処刑台に向かう囚人だ。お兄様からではなくてもこれは罪、裁かれなくてはならない。

・・・少しくらい抵抗してもいいかしら?

 

「あの、一度部屋に忘れ物を取りに行きたいのですが」

「敬語」

「へ、部屋に取りに行きたいな?」

「ガウンならこっちで用意しているし、CADなら俺が預かったままだから何もいらないよ」

 

はい。無駄な抵抗でした。むなしい。

逆にお兄様のなんて無駄のない説明。

用意してました?ってくらいよどみなくスムーズなお言葉でしたね。

まるで一分の隙も与えない――はっ!お兄様から揺さぶり攻撃を受けているのってもしやこれを身に付けるために!?このレベルになれと、そういうことなの?・・・目標が高すぎる。

――逃亡は不可能。仕方なくお兄様の後に続き、死地へと向かうのだった。

 

 

――

 

 

いや、大丈夫だ。問題ない。

お兄様はあの深雪ちゃんの猛攻に耐えられるのだから。

私が気にしすぎなければすべては恙なく終わる。

そう、恐れることなど何もないのです。

これはメンテナンス、医療行為みたいなもの。

心を落ち着けるのです深雪。

とりあえずガウンに着替えなければとワンピースに手を掛けるんだけど、これもすごいギャップだわ、と他人事のように鏡をみる。

 

(こんな清楚なお嬢様かーらーのー、殻を剥いだらはいこの通り。暴力的魅惑の悩殺ぼでぃのお出ましですよ)

 

ああ、なんて恐ろしい二面性。天使と小悪魔・・・え、そんな単純な言葉で収まる?春の妖精と淫夢を見せるサキュバス・・・だめだ。私の貧困な語彙力ではこの素晴らしさが伝えられない。くやしい。

すまない、みんなすまない。どうやらここまでのようだ・・・。

と、おふざけもここまでにしないとお兄様をお待たせしすぎてしまう。

意を決して急いで下着姿の上にガウンを羽織り、おかしなところがないことを確認してから扉を開ける。

 

「おまたせ、兄さん」

 

そうだ。無我の境地が無理ならば気を紛らわせるために何か別のことを考えようじゃないか。

少しでも楽しくなるようなことを。

と、すぐ浮かぶのは目に入るこのガウン、の下のことで。

 

(――これを選んだときは本当に楽しかったなぁ・・・)

 

だって、この深雪ちゃんに下着を選ぶだなんて、こんな楽しいことあるだろうかっていうくらい浮かれたものだ。

昔の自分じゃ絶対選ばないような可愛いものから諦めざるを得ないデザインも深雪ちゃんは見事に着こなしてくださった。

購入せずとも画面上でいろいろ合わせられるこの時代。そりゃあもう時間の許す限りデジタルでフィッティングしまくりました。素晴らしい、夢のような時間でした。

もちろん白はマストだが、真逆の黒のなんとエr、ラインの美しさよ。青赤黄色も何でも似合う深雪様。緑も紺も、紫なんてすべてエロばかりだと思ったら可愛らしい紫もあるなど知らない世界がありました。

ファウンデーション、補正下着しか身に付けたことのなかった前世の私よ。知らない世界へようこそ。その扉の先は楽園がありました。

とはいえ購入するに至ってはあまり深雪ちゃんの枠を外してはいけないと、清楚な白を基調としたものを選んではいるのだけど白だけでも実に多種多様。

可憐・優美・清純・フェミニン。

服であれば可愛いらしく思えるだけだが、これに下着という要素が入るだけでなんでしょうね。・・・えっちになるよね。

あ、いえ大人っぽい。言い間違えました。

まだ15歳だというのに、いや15歳だからか。あの危うさ、妖しさは。

・・・よくやった私っ!これは完成された美に見事に調和する意匠だ。

完全趣味に走ったけれど、後悔はしない!私はまた一つ芸術作品を生み出したのだ!

――達成感が確かにあった。

満ち足りていた。

・・・だからすっぽりと抜けていたのだ。

服の下だから人に見せることはないと、大胆な格好でも大丈夫だと思ったのだ。

深雪ちゃん・・・ヒロインの中でも結構セクシーシーンの多いヒロインさんでしたよね。

失敗失敗☆

 

(ホント、ドウスレバイインダコレ)

 

「測定をしよう。横になって」

 

ここにきてはどうにもできない。もうどうにでもなれ精神で、言われるままに慣れた手つきでするりとガウンを滑らせて、軽くまとめてどこに置こうかと視線を巡らせたら、無表情のお兄様の視線が私に向けて固定されていた。

まだ計測器に乗ってないのですが、もうすでに始まってる?

やはりというかなんというか、この悩殺系な姿を見てその無表情っぷり流石ですよねお兄様。

この深雪ちゃんを見ても動じることのない不動心を身に着けていらっしゃる。

なんて感心している場合じゃない、いつものように横にならねば、とガウンを適当な場所に置いて、・・・置いた、んだけどお兄様が動かない・・・?

え、瞬きしてない・・・?息はしてるよね??

実は動揺してましたか!?

 

(おかしい。原作では恥ずかしがる恰好の深雪ちゃんに見向きもしないで作業に入って、反応が返ってこなくてご不満です!って場面じゃなかった?あれ、でもあれは入学後だったから別件になるのかな?)

 

もちろん私はお兄様の反応なんてなくて当然だと思っている。今までだってなかったし、これからだって無いはずだと、そう思っていた。

とはいえそれとは別に私自身は大いに恥ずかしいし、毎度毎度心臓を落ち着かせるのに苦労している。

顔は何とか取り繕えるんだけどね、内臓操作ってどうすればできるんですかね?と深呼吸で整えてるんだけど、きっとこれ毎回計器に反応してるんだろうな、とは思ってる。

お兄様が言わないのならばこちらも沈黙すべし、だ。余計なことは言わない。お口チャック。

とりあえず横になればいいのよね。

もし動いちゃいけなかったらお兄様が止めるだろうし、と台に乗り上げようとした時だった。

 

「お嬢様、計測が終わったら着替えてお待ちください。お話しすることがございます」

 

え゛!なんでガーディアンモード?!

動き出したお兄様はなぜか私をお嬢様と呼んで小さく頭を下げた。

混乱状態の私をよそにお兄様は仕切り直したのかいつもと同じ調子に戻ったようだけど、――怖い!

いったい何を言われるというの?!

何か悪いことしましたか?・・・あ、この恰好!?やっぱり深雪ちゃんの恰好が解釈違いでした?!

 

(・・・やっぱりここが処刑場だったか)

 

スン、と心が一気に冷めた。

オタク、やらかした時は大いに慌てるけど腹をくくった時はすっと首を差し出すくらいの分別はあるのである。腹切り止む無し。罪は贖わねばならぬ。

そんな覚悟を決めたおかげか計測はいつもより早く終わった気がする。

その後のお兄様の作業スピードは鬼気迫るものがあり、ぼう、と見ていたらすでに『一機目』の調整があっという間に終わりそうになっていた。

早いからといって雑なわけではない。お兄様がそのように扱うわけがない。

わかっているけど早すぎる。

っと、見ている場合じゃなかった。『二機目』も終わったことでお兄様から声がかかった。

終わったのにいつまでもこの心許ないガウンのままいるわけにいかない。私は邪魔しないように静かにその場を後にしてすぐ着替える。

戻ってもお兄様はまだ端末に向かっていた。

そのことに少しだけ安堵して中に入り、先ほどは気づかなかったもう一脚の椅子に腰を掛けて待った。

待った、と言っても1,2分程度の猶予しかなかったわけだが。

 

「待たせたね。終わったよ」

 

いつものお兄様だ。

さっきのお嬢様呼びが夢だったのではないだろうか。

渡されたCADは持っただけでもわかる、いつもながら完璧な調整。

思わずうっとりしてしまう。

 

「喜んでもらえたようでよかった」

「、うん。流石兄さん、いつも通り完璧な調整ね」

 

うっかりいつもの調子で答えそうだったけど、お兄様は一度決めたルールには厳しい。間違えたりするとお仕置きが待っている。

流石に一、二回なら見逃されるが仏の顔も三度まで方式なので、それ以上ミスをしたらお仕置きだ。

お仕置き・・・私が困ることを熟知しているお兄様ならではのモノで体罰的なものではないのだけど、精神的に苦しめられるモノがほとんどだ。人によってはご褒美だろうし、原作の深雪ちゃんだったなら喜びのあまり失神してるかもしれないが。

私にはそれはもう辛いお仕置きなのでそれだけは避けねば、と何とか踏み留まって返した。

この足掻きに対しお兄様は愉しそうに目を細められているのだけど、こっちは狙われた獲物のごとく内心びくびくしている。

 

「さて、調子が確認できたなら今度はもう一つの問題の話をしようか」

「よくわからないんだけど、何かしたかな?」

 

空っとぼけてみる。

実際お兄様から言われたわけでもないし、私が気付けていないことかもしれないし、もしかしたら――

 

「ガウンの下に着ていたものだが」

 

下に着ていた、つまりは下着ですね。うまい言い方ですねお兄様。

・・・そしてやっぱり逃れられなかったかぁ。

 

「高校生だからと一新したと言っていたが、あれはちょっと学校には向かないんじゃないか」

「なら大丈夫。あれは学校では着用する予定は無かったから」

 

動きやすい服装に着替える実技のあるとわかっていて、学校でアレを身に着る勇気は流石にございませんよお兄様!

私はそこまで破廉恥な女ではございません!!TPOは弁えております。

・・・じゃあ何のためと言われたらその、ご褒美として買ったので頑張った時とか気分を上げたい時とか。

基本的に家で着用しようと思っておりましたとも。

 

(でも考えたら独り暮らしじゃないんだから、お兄様にラッキースケベの恐れがあったのか・・・。その可能性は考えてなかった。ごめんなさい)

 

ラノベ主人公の宿命ラッキースケベの呪いを忘れてました。

そういえばお兄様高校でめちゃくちゃこの洗礼浴びまくってましたね。びっしゃびしゃでしたね。

三分の一くらいは深雪ちゃん原因だった気がしたと思うんですが、今回私は動くつもりはないので減ってしまうけど、きっとその分誰かが補ってくれるはずです。これが強制力ってやつですね。

・・・ところでお兄様がフリーズしているのですがなんで?

問題は解決したのではないのです??

 

「学校で身に付けるものはもう少しシンプルなものを用意してるの」

 

お兄様に動きはない。

 

「可愛いものを身に付けると力が湧くのが女の子なの、よ?」

 

うっかり『です』ってつけそうになって、慌てて息を詰まらせつつ誤魔化したけどお兄様の反応はない。

・・・もしかして正解出さないと動かない?

でもこの場合の正解って何??

 

「それとも私にはあまり可愛いものは似合わない?」

「似合わないわけがない」

 

妹肯定botの機能は無事のようだ。

 

「ありがとう」

 

微笑んで返すけど、無表情のまま。――あ、手が動いて頭の定位置に。

撫でられたから大丈夫、かしら。

 

「深雪は俺をどうしたいんだい?」

「ん?兄さんを・・・?世界の覇者に?」

「それはない」

 

とりあえず一ボケすると即座に返答。

本気で答えるならお兄様を幸せに、なんだけど今求められてる答えってそれじゃないのよね。

まって、今考えるからと頭を巡らせるんだけど、お兄様の撫でる手が止まらない。

 

「兄さんストレス?ハグする?」

「す――いや、今は大丈夫だ」

 

ハグの拒否とは珍しい。

でもす、までは言いかけてたから疲れてはいるのかな。

 

「私は兄さんにのびのびしてもらいたい、かしら。外に出たら周りを警戒しなきゃいけないし、家の中くらい気を抜いてほしい」

 

以前の家では言えなかった。

時折母が帰ってきたときはそうとは気づかれない程度に気を張っていたし、そもそもあそこは四葉の監視下にあった。まあいくらガーディアンがいるといっても中学生でしたからね。

今も全くのゼロってことはないかもしれないけど、セキュリティはお兄様がすべて一から監修してくれていて、いわば一般人の家に見える要塞だ。

それに力の使い方を熟知したお兄様はあの頃とは違う。

そう思ったら笑みが深くなった。

 

「兄さんはそのままでも十分素敵な兄さんよ」

「・・・・・・深雪には敵わないな」

「そんなこと。いつだって私のことを言い負かすじゃない」

 

色男モードのお兄様には一度足りとて勝てたことはございませんとも。

 

「兄としてもっと精進しないとな」

「・・・まだまだ上があるの?」

 

まだ進化する気でいるみたいだけどいったいお兄様は何と戦ってるの?

世界兄選手権??きっともう一位だと思うのだけど。

苦笑するお兄様。

若干疲れが見えるような?

 

「やっぱりハグする?」

「・・・・・・・・・夕食後に頼む」

 

どんな葛藤があったのかわからないけど長考して出た答えはなぜか夕食後。

もしかしてまだ作業があってストレスため込んでから、ひと段落着いた頃に一気に清算するのかな。よくわからないけど。

 

 

 

ぱたん、と部屋の扉が閉まり切ったのを確認して私は急いでベッドに飛び込んだ。

 

(あああああああ)

 

クッションを口に当て布団を抱き枕よろしく抱きしめて足をばたつかせる。

やってしまった。

やらかしてしまった。

淑女の仮面を脱いだら一気に今までの羞恥が襲ってくる。

全部自業自得なのだ!

わかっている。わかってはいるのだけど悶えずにはいられなかった。

見られて恥ずかしい破廉恥下着に敬語抜きの会話。

お兄様以外だったら敬語抜きなんて自然にできるけど、できるんだけど!

いつか普通の兄妹の距離感作るんだ、と考え敬語を抜くタイミングも『ここ』って決めてたけどそれがこんなに大変なことだったなんて思いもしなかった。

せめてお兄様が自然で、あんな嬉しそうにしなければもう少し普通に話せるのに。

そして止めの破廉恥事件。そう、これはもう事件です。

だって、三日前調整したから!引っ越したその日にするなんて思わなかったから!!

どうしよう、お兄様の顔が見れない気がする。

いえ、大丈夫。この部屋を出たらまた淑女の仮面をかぶればいいのよ。大丈夫よ深雪。貴女は女優。信じてるから!

 

(・・・お兄様の様子、おかしかったな)

 

――変に思われただろうか。

お兄様にはいろいろ隠し事もしている。

この普通の兄妹作戦だってそう。

正直、お兄様から離れようとすると心がざわめく。

これはお兄様の為につくられた影響か、それともこれまで育んできた兄妹愛かわからない。

だが要因が何であれ、心がざわつく程度なら私が我慢すれば何とかなる。

問題はお兄様だ。

今まで育んできた兄妹愛があるのは間違いないと思う。

お母様とお兄様は私が育てた、と自負もある。あの二人の表情はとても豊かになったから。

だがしかし、この成長により過去の実験で残った兄妹愛が今後、どう作用するかまではわからない。

沖縄事変ではあれだけ暴走していたしね。私に何かあったらああなります、のいい実例でしたね。

でも裏を返せば私に何も起きなければ大丈夫なのではと思うわけで。

・・・。

とりあえず作戦変更するのは、お兄様には今まで通り敬語でいよう、ということでそれ以外は様子見かな。

 

(人はそれを問題の棚上げと言います)

 

いいのです。これは長期戦だから。

そろそろ夕食を作りに行きますか。

新しいエプロンを手に持って部屋を出る。

 

(エプロンは遊び半分で新婚さんごっこ用を買わなくてよかった)

 

過去の自分を褒めながら、でも今回やらかしたのもその過去の自分だけどね、とノリツッコミ。

表情には出ていないので、調子を取り戻しつつあるようだ。

ご飯を食べて英気を養って、ぐっすり休めばリセット完了だ!

その為にはおいしい食事!と気合を入れた。

 

 

 

その晩、予告されたハグはぎこちなかったが長かった。

よくわからないけれど、お疲れ様ですねお兄様。

 

 

 

そして朝。

 

「おはようございますお兄様」

「おはよう深雪。おいしそうな匂いだ」

 

新しい日常が始まる。

 

 

 

 

 

――

 

第一高校入学式二時間前。

ほとんど人気のない講堂を前に、男女一組の影が一つ。

親密に寄り添う二人に、見た者がいればそういう関係かと思うだろうがこの二人、同じ血を分けた兄妹である。

 

「そろそろ人が来てしまうな」

「ううう・・・、離れたらスタートですよね」

「家に帰ればいつも通りなんだから、そんなに気にしないでいいんだぞ」

「お兄様。提案しておいてなんですが、やっぱり止めませんか?」

「俺としては構わないんだが、それでは深雪の幸せにはならないのだろう?」

「・・・お兄様が理不尽な目に合うことが避けられなければ幸せにはなれません」

「深雪、大丈夫。お前ならできるさ」

「少しだけわがままを聞いてくださいますか?」

「お前が望むならなんだって」

「ぎゅっと、抱きしめてください。そうしたら、頑張れますから」

「・・・閉じ込めたら離せそうにないんだが」

 

そう言いながら妹のリクエスト通り強く抱きしめてから、言葉を裏切ってゆっくりと体を離した。

人の気配がすぐそこまで来ていたからだ。

 

「じゃあ兄さん、帰りまで話しかけないで」

「わかったよ。答辞、頑張れよ」

「言われなくても」

 

先ほどまでの甘いささやきなど一切ない。

冷気でも漂いそうな無感情な妹の声色に、兄の無関心に聞こえる言葉。

この会話を聞いた者は思っただろう。

この兄妹は仲が悪いのだろう、と。

胸のエンブレムを見ればどうやら『有り』と『無し』だった。

それは関係も拗れるだろう、そう納得させられるだけ、そのマークはこの学校では重要な意味を持っていた。

持つ者と持たざる者。

その壁は家族であっても分厚いものがある。

 

 

――

 

 

はい。と、いうことでやってきました入学式!

新入生総代として答辞を任命されたので誰よりも早くリハーサルにやってきましたよ。

アニメで見た校門にワクワクし、誰もいないことを確認してお手手繋いで門をくぐってようやく講堂まで、――原作冒頭までやってきたんだけど、もうね、もうね!!これからお兄様に冷たい深雪ちゃんを演じなきゃいけないと思ったら、演じる前から辛くて辛くて。

確かに私が提案したことなんですけどね?

お兄様ヘイト撲滅キャンペーン、じゃなかった学校生徒の意識改革大作戦!・・・前者の方が言いやすいな。・・・じゃなくて。

原作の深雪ちゃんはその美貌と学年主席で総代という立場から尊敬を集めていた。そんな彼女が兄妹とはいえ蔑まれる対象である二科生の生徒を慕っていたらどう思うか。一科生の生徒からお兄様に向けてヘイトが集まるのは自然の流れと言えた。・・・こういうの直接本人には向けられないんだよね。せいぜいお付き合いはやめた方が、みたいな注意程度。なのにお兄様に向けられるのは立場を弁えろ!等の罵詈雑言。

兄妹仲良くして何が悪いのか。

でもそんなのこの学校という名の箱庭では通用しないんだよね。むしろ兄妹なのにこんなに差があって、と比べられてバカにされるって・・・深雪ちゃんブチ切れ案件待ったなし。

かといってこういうのは良くない、とか正論を言ったところで伝統ってそうは変えられない。特に二、三年生はすでにその慣習が身についてしまっている。

現状、ただの優秀な新入生が何を言ったところで、世間知らずのお嬢様扱いをされるだけだ。

だったら、

 

(直接私が行動を起こせば反感しか買わないというのなら、周囲を意識ごと改革させればいいじゃない)

 

そう、これくらいできなければラスボス候補にはなれないのですよ!と若干自棄になりながら立てた計画だけど、その序盤ですでに躓きそうです。

お兄様と離れなきゃいけない上にたまに話してもつっけんどんな深雪ちゃんを演じる・・・それが想像だけで辛い。悲しい。

駆け寄って尻尾を振って頭を撫でてもらいたい!

・・・はい。ちょっとテンションがおかしくなっていましたね。

落ち着きます。

お兄様に最後の甘やかしをいただき、一人で集合場所に向かったのだけど、生徒会の方々勢ぞろいですね。

皆魔法力が高いからなのか見目麗しいですね。ラノベのご都合主義設定!大抵の魔法力の高さは見た目と比例する。平凡な見た目のチート主人公に美少女ハーレムを築くための方程式ですね!――ではあるけれど、そもそもお兄様が平凡な見た目ってことにはとってもご不満です。お兄様カッコいいのに。とっても素敵なのに!

でも見た目で強いと判別付くのってどうなんだろうね。敵や犯罪者に狙われ放題にもなってしまうっていうね。まあ、今はその問題は置いておくとして。

そんな見目麗しい先輩方を前にしても同性異性関係なく視線を集め、惚けさせるパーフェクト美少女深雪ちゃんボディは流石です。

七草会長や服部先輩たちと如才なく挨拶をし、さっそくリハに移る。

新入生らしい、キラキラと希望に目を輝かせながらも、総代としてしっかりしようと肩に力を入れる姿に、先輩たちは好印象を抱いてくれたたようだ。

雑談も交えながら打ち合わせをしていると、七草会長がそういえば、と手を叩いて切り出した。

 

「司波さんはご兄弟も入学されるのよね」

 

その瞬間、私の表情は凍り付く。

にこにこと笑っている七草会長だが、こちらの様子がおかしいと悟ると、何かおかしなことを言ったかしらと言わんばかりに周囲に視線を巡らせるが、先ほどまでスムーズに会話していたはずの新入生が止まったことに、彼らも困惑しているようだった。

生徒会長であり、相手は次期生徒会役員候補なのだから、ある程度プロフィールは調べるのは当然のことで、すでにお兄様をチェック済みの先輩のこと。すべてわかった上で訊ねたのだろうがプライベート、兄妹仲までは調書に載ってないでしょうからね。

 

「あ~、ごめんなさい。余計なこと、言っちゃったかしら」

「いえ。こちらこそすぐに答えられずすみません」

 

頭を下げる姿は申し訳ないというよりも、自分を落ち着かせているよう。

 

「はい、兄が・・・二科生として」

 

そう言った瞬間生徒会長と会計の市原先輩以外が小さく息を飲んだ。

私のぎこちない態度に、それぞれ脳裏に浮かべたのだろう。優等生と劣等生の兄妹、複雑な家庭環境にまで発展したかもしれない、と。

気まずそうな顔だ。

 

「とても優秀な成績だったと、教員の中でも噂されてたんだけど」

 

褒めることで喜ばせようとしてくれているのか、はたまた逆上を狙っているのか――表情を見るに前者だけど本当に仲が悪ければこれってただの煽りよね、とちょっと先輩の生徒会長としての資質が心配になった。

 

「そうですね。筆記では私は到底かないませんから。新入生総代は兄だったかもしれませんね。魔法実技の実行速度と規模と干渉力がメインだったおかげで私になったようですが」

 

感情を乗せないように淡々と説明すると、なんか市原先輩にそっくりな気がする、と一時的なキャラかぶりを心配する私は本当にシリアスに向いていない。

ごめんなさい先輩方、内面はこんなもんなんです。と謝るけれど伝わらないのよね、ごめんね。

 

「この学校では学内差別があると伺いました。先輩たちの態度、その噂は本当だったのですね」

 

今度は少し悲しみを乗せて目を閉じて俯く。

目を潤ませたわけでもない、体だって震えていない。

けれどその姿は悲しみを体現していて、見なくても先輩たちの動揺が伝わる。

それから七草会長は、自分が生徒会長となったのは、そういった壁を取っ払いたいのだと説明してくれたけれど、その背後で服部先輩を見れば難しそうな顔をしていて、内部でこれなんだから難しいはずよね、と改めて納得させられる。

 

「だからもし司波さんが生徒会に入ってくれれば共に――」

「ありがとうございます会長。ですが今はまず、総代としてスピーチに専念したいと思います」

「あ、それもそうね。私としたことが、気が逸ってしまったみたい。ごめんなさい」

「こちらこそ心を砕いてくださりありがとうございます。おかげで緊張が和らぎました」

 

最後にダメ押しとばかりに微笑んでみれば、空気は一変して元の空気を取り戻した。

 

「じゃあこの場はみんなに任せたわね。私は先生たちに挨拶がてら巡回してくるわ」

 

それを期に七草会長は忙しそうに場を後にした。

すぐさま服部先輩が会長のフォローに入るけど、気にしてませんと返すほかないわけで。周囲からはむしろ蒸し返すんじゃないという視線が彼の背に刺さっていたのが可哀想だった。

報われないと知っていても、服部先輩!私は応援していますからね!!

あ、もちろんお兄様が七草会長ルートに行ったらぽっきり折らせてもらいますが。

さて、会長は無事お兄様とのファーストコンタクトを迎えられるかな。

 

(見られないのは残念だけど)

 

お兄様主人公のギャルゲーがまさに今始まろうとしていた。

 

 

――

 

 

達也視点

 

 

 

正直、今日は自分の入学式というよりも、妹の入学式の晴れ舞台を参観する父兄の気分だ。

早く来すぎたからか、不快な視線に晒されることになったがどうでもいい。

補欠だスペアだそんなことは入学前にわかっていたことだ。

それをわざわざ口にしなければならないほど彼らには重圧がかかり、ストレスに塗れているのか?

発散の仕方が幼稚すぎて、この学校に妹を通わせることに不安を覚える。

妹――深雪の情緒は朝から乱れに乱れていた。

このところ恥ずかしがって自ら触れてくることなど少なくなっていたが――というよりこちらが先に触れてしまうので妹から触れる回数が減っただけなのだが――、今朝は深雪から手を繋がれた。

緊張しているからか、手先がいつもより冷たくて温めてあげなくてはと強く握りかえせば、嬉しそうにはにかんで。

あの子はどんどん可愛く、そして綺麗になっていく。

その成長を一番近くで見守れることはとても喜ばしいことだ。

毎日毎日、彼女の言う幸せを実感する。

キャビネットに乗っている間も身を寄せられては肩を抱き、学校に付けばまた手を繋いでと触れ合う中、――これからのことで妹が頭を悩ませていることはわかっていた。

何とかしてあげたいけれどその原因の中心は自分で。

そう思うとよくないと知りつつもつい喜んでしまう。

あの子の頭を占めているのは今、自分なのだと。

ふと、己の手を握っては開いてみる。

時折あの子は兄の心をかき乱す。

抱きしめて、などと男に言うモノではない。そんなの下心がある奴だったらどうなっていたことか。

幸い実行した後すぐに人の気配があったので離してあげられたものの、もし来なければ――とまた考えて頭を振る。

兄としてあの子を落ち着かせるためとはいえ、もし見られていればあの子に妙な傷が付くことになる。

もし、などありえないのだが、それでも戒めねばならない。

すべては妹を守るため。

 

 

頭を切り替え読書をして、そろそろ頃合いか。

式のはじまる30分前、移動するかと顔を上げると一方的に見たことのある女学生の姿があった。

なるほど確かに美少女と騒がれるだけあって容姿はいい。

それに――

 

(見せ方を知っているような動きだ。ややオーバーなところが愛嬌として映るのか)

 

話しかけられ、生徒会長だと告げられて深雪が脳裏に浮かぶ。

つまりこの人は今後深雪と関わる人間ということだ。愛想は良い方がいいだろう。

話していくと、一科生のわりに二科生に友好的なのだと、いや色眼鏡がないというアピールか?を感じられる。

こういう差別意識を不服とするトップがいても学校の悪習は無くならないらしい。

この人に実力が無いのか、はたまた根が深いのか。

まずは様子見だな、と考えていると、今度は成績のことで褒め殺しのような言葉が続く。

相手はこちらのことを知っているようだし何か懐柔して利用する魂胆か?

様子見、ではなく注意人物へと切り替えた。

 

「そろそろ時間ですので失礼します」

 

まだ続きそうな話を打ち切りその場を立ち去る。

後ろは振り返らなかった。

 

 

 

講堂に向かえばそれなりに埋まっていた。

何も指示を受けていないのに前後に分かれて座っているのは、空気を読むのが得意な日本人特有の事なかれ主義か。

空気を読むのは苦手だが、事なかれ主義ではあるのでその流れに従った。

話は変わるが自分の容姿は決して良い方とは言えないと思う。

妹はよくかっこいい、素敵と言ってくれるがそれは身内の身びいきだ。

母は逆に客観的に見るのでよく目が怖い、どうして私にこんなに似てないのか、と頬を摘ままれた。

美しい容姿の母と妹に似ていないのは、むしろ良かったのではないかと彼女たちの周囲を見て思う。

あれだけ目立ってしまえばガーディアンなど務まりづらいだろう。

護衛など目立たないのが一番だ。

それを考えると目つきが悪く地味というのは、自分の役割的に必要な容姿なのではと思うわけで。

つまり何が言いたいかというと、

 

(なぜこんな目つきが悪い男に、気弱そうな女子が話しかけ、あまつ女子グループと並んで座ることになったんだ?)

 

ということだった。

まあ話を聞けば、四人掛けで続けて座れるのがここしか空いていなかったというだけだったのだが。

だが随分個性的な人物が寄ってきたものだ。

周囲の男子が隣の女子生徒の身体の一部に熱い視線を向けている。もう一人には顔に向けられていて――中には俺を睨む目まであった。

だったら席を変わってくれ。俺は別に求めていない。

この場所をなぜ選んだかなんて、ここならば妹の雄姿がよく見えるからだ。

どこにいても見えるが肉眼でもよく見たい。

そんな兄心を見せたのが悪かったのか。

そうこう考えているうちに式は始まった。

 

(ああ――予想していたが)

 

妹が壇上に上がるとまるで光が射したかのように眩しく輝き、講堂内は静寂に支配され衣擦れの音さえ消えた。

教員や父兄を入れて300人は超えるはずなのに皆動くことを、息をすることさえ忘れたようにたった一人の少女に目を奪われていた。

類い稀なる美貌の少女に男女関係なく魅入っていない者などいなかった。

そんな彼女がにこりと微笑み頭を下げ、答辞を読み上げる。

まるで天上の調べのように全員聞き入った。

可愛らしい声は歌声のように響き、語る言葉は神の言葉のごとく脳に直接届くよう。

理性の働いている自分には彼女がキーワードのように入れる一科二科に対する思いがオブラートに包まれてちりばめられていることに気付いたが、ここにいる何人がそれに気づけただろうか。

 

(・・・これは下手をすると信奉者が現れそうだ)

 

小中と、彼女が人前に立ってこのように発表することなど無かった。目立たないようにすることなど彼女には不可能ではあったが、平等性を謳った学校側の配慮もあり目立つような立場にはならなかったのだ。

だが、こうして表舞台に立ってしまった。人目に触れてしまった。これはしばらく荒れるだろう。そんな予感がした。

長くもない彼女の答辞が終わり万雷の拍手で講堂が揺れるという珍事は伝説として語り継がれる未来が待っている。

さて、その後大したことも無く式も終わり、IDカードを受け取れば今日は帰っていいはずだ。

ちらりと見えた妹は来賓や生徒会と思われる人たちに囲まれて、それをにこやかに対応していた。

さぞかし疲れていることだろう、と早く労ってやりたいという気持ちとは裏腹にIDカード待ちの列はなかなか進まない。

流れでそのまま隣にいた女子グループと行動を共にしていたおかげか退屈はしなかったが。

ようやく自分の順番となりカードを受け取るとクラスを聞かれた。

 

「E組だ」

「やた!一緒だ」

「私もです」

 

知った人間が同じクラスというのは相手のことをよく知らなくても安心するものなのか。残る二人はばらけてしまい残念そうだが、クラスが別になっても声かけるねー、と手を振ってここで解散となった。

なんとも社交性の高い。女子とは皆こういうモノなのだろうか。だとしたら男でよかったと妙な安堵感がある。男子にも男子の社交があるが、女子とは種類が違う。

何の予定もないしホームルームでも覗くかと声を掛けられたが、ここで妹を待っていると伝えれば見てみたいと一緒に待つことになった。

その間流れで俺の妹なら可愛いだろうとよくわからない理論を千葉さんに言われたが、続く柴田さんからの言葉にツッコむことができなかった。

もしや妹とは答辞を述べていた新入生総代の彼女ではないか、と。

肯定すると話はいつも聞かれる双子説へ。それを否定し説明すれば、千葉さんはこれも一種の才能か聞きづらいことにズバッと切り込んでくる。

 

「そういうのって複雑なものなの?」

 

ただ、この時俺は戸惑った。そういうの、というのはどれを指しているのか、と。

一年もたたず兄妹ができている思春期特有のアレな質問か、はたまた優秀な妹を持つ劣等生な兄について、か。それともあれほど可憐で美しい妹を持つ平凡兄貴についてか。

若干どう返していいか迷っていると、その空気を感じたのか柴田さんは話の矛先を変えた、・・・のだが、こちらの方がより戸惑う羽目になった。

俺と深雪が似ているという。

どのパーツも重ならないし、似通ったところなど無いはずだ。

千葉さんも続けて似てるというが、これはただ乗っかっただけのものに思う。

柴田さんの目の良さは警戒した方がいいかもしれない、と思わせるほど敏感なもののようだ。

そうこうしていると前方からざわめきが起こる。

――我が愛しの妹の登場だとすぐにわかった。

 

「――兄さん」

 

ヒヤリ、とする声色はよく四葉の本宅に行くと聞かれるものだ。

それが今自分に向けられているというのになぜか気分が高揚している気がした。

彼女の背後には生徒会長と、その他諸々が集まっていた。

 

「こんにちは司波くん。また会いましたね」

 

無言で頭を下げつつ余計なことを、と思わずにいられない。

目立つ人間が話しかければ注目される。

ただでさえ、深雪が声を掛けただけで周囲の視線を向けられたというのに、深雪が入学するまでは学校一の美少女だっただろう会長が話しかけたとあればなおのことだ。

彼女の微笑みは確かに可愛らしいものだろうが、好感どころか近寄りたくない気持ちの方が勝る。

頭を下げたのだからいいだろう、と妹の方を見れば何かを耐えるように目を伏せる姿があった。

いったい何を思ってそうしたのかが気になって口を開きかけたがそれよりも早く彼女が口を開く。

 

「彼女たちとお話ししているなら、先に帰っていいかしら?」

「お前を待っていた間話に付き合ってくれたんだ。柴田さんに千葉さん。同じクラスメイトになった」

「そう」

 

深雪の態度はひどく冷めたもので、先ほどまでの優しい雰囲気しか知らない周囲の者たちは不穏な空気を感じたようだ。

どうやら彼女は兄を苦手に、いや嫌っているのでは、と。

見れば兄と呼ばれた男の胸に妹とおそろいの印はない。つまり彼は――

 

「ウィード」

 

どこからともなく聞こえた声に、深雪の肩が小さく揺れた。

ほんの些細なものだけど注目を浴びている彼女だ、誰もが気付いた。

けれどそんな素振りなどしていないよう深雪は毅然とした態度で顔を上げ千葉さんたちに顔を向け軽く頭を下げた。

 

「妹の司波深雪です。兄の話し相手をしてくださったようでありがとうございます。今後とも兄をよろしくお願いします」

 

兄に向けたのとは違う、温度の通った温かな言葉に、しかし受け取った彼女たちはさっきの姿を見ているので戸惑いながら返事を返した。

そして切り込み隊長はここでも空気をぶった切って聞いてみせた。

 

「あ~、もしかしてお兄さんと仲、悪い?」

 

すると浮かべていた表情を消し去って一言。

 

「いいえ」

 

と冷え切った声で返した。

全員が、司波深雪は兄司波達也を嫌っている。そう誤解するには十分な威力を持った『いいえ』だった。

そんな緊張した空気の中、動ける人間はそういない。

深雪が動かないなら俺が動く。それが道理だ。

 

「深雪、生徒会の方々の用事は済んだのかい?もし済んでいなければ適当に時間を潰すが」

「それは大丈夫です」

 

しかし返答したのは会長だった。

 

「今日はご挨拶をさせていただいただけですから。私も深雪さん、と呼ばせてもらってもいいかしら?」

 

暗に司波が二人もいるから、と言われているようだが生徒会長が二科の生徒を呼ぶ機会があるというのか。

呼び分けとはそういうためにするのだからそう言っているのだろうが、やはり彼女は俺にとって鬼門かもしれない。

そもそもぞろぞろとついてきている時点で、ただの挨拶だけで済むわけがないだろう。

後ろの男子生徒が会長を呼び止めている。

しかも若干こちらを睨んでいることから相当選民意識が強いのか。生徒会内部がこれなのだから意識改革なんて途方もないのではと妹を心配して視線を向ければ、温度がないどころか氷点下の視線で床を見ていた。

 

(――ああ、お前がそんなに怒ることはないというのに)

 

耳には雑音程度にウィードと蔑む言葉と、優秀な妹を比べる会話がそこかしこと聞こえてくる。

俺の耳には自然に入る音でも深雪には聞こうとしなければ聞こえないほど小さな声なのに、あの心優しい妹は拾ってしまったらしい。

こういう時、自分の不甲斐なさを感じる。

力が無いということは悲しむ妹を守れない。それを嫌というほど思い知るのだ。

ここにいる人間を打ち倒して攫うことはできるのに、実行することができない――妹を連れ去ることができないことが腹立たしい。

 

「それでは深雪さん、今日はこれで。司波くんもいずれまた、ゆっくりと」

 

二度とごめんだ、と返せるはずもなく目礼で返し、ほかに視線を向けることなく深雪ただ一人を見つめる。

会長とは反対に歩き出す彼女の先は、俺のすぐ前。

 

「さて、帰ろうか」

 

その言葉に千葉さんたちが反応した。

 

「んじゃ、私たちはケーキ食べて帰るから!じゃあねお二人さん」

「お、お先に失礼しますね」

 

また明日ー、と離れていく彼女たちに手を振って俺たちは人一人分の間隔を開けた距離で歩き出す。

まだついていきたそうな輩も、妹の無表情に恐れをなしたのか無理に後をつけることをやめたようで散っていく。

ただひたすら黙って歩く二人に、朝の仲睦まじさは欠片も見えなかった。

 

 

 

「深雪はがんばったよ」

「特にあの答辞の姿は兄として誇らしかった」

「今日は疲れただろう」

「お前は自慢の妹だ」

「可愛い可愛い、俺の妹」

 

玄関開けたら妹は引っ付き虫と化していた。

靴も脱げない。

ただぎゅうっとしがみつくように正面から抱きつく妹を包み込むように抱きしめる。

そうすると荒んでいた俺の心まですっと軽くなった。

俺よりも視線を集めて気を配り続けた深雪は、より疲れているだろう。

言葉を掛ければ掛けるほど、俺の胸に埋まるように頭をこすりつけてくる。

くすぐったいような痛いような。でもやめさせようという気にはならない。

宥めるように順番に背を撫でて、頭を撫でて髪を撫でる。

撫でるほど、徐々に動きは収まって今度は腕に頭を預けるように傾けた。小さな耳が黒い髪から覗く。

――ここに触れたらどうなるだろうか、なんて兄が誘惑されているなんて思いもよらないだろう。

少しでも感づいたならばこのように無防備な姿などさらさないだろうから。

妹は俺を安全だと思っている節がある。

兄がいれば大丈夫。兄なら自分を傷つけない。兄だから――。

その信頼だけは裏切れない。

 

「お兄様ぁ」

 

泣き言を言わない妹の泣きそうな声で呼ばれることに湧き上がる想いに厳重に蓋をして、兄として妹を労わるように応える。

 

「なんだい深雪」

「私、頑張った?」

 

敬語のない、子供返りのように幼い話し方はとても疲れた時や寝ぼけている時、稀になる。

可愛い妹の隠された姿の一つだ。

 

「ああ。とてもよく頑張ったよ」

「ちゃんとできた?」

「大丈夫だ。誰もが皆騙されてる」

「・・・お兄様のことを嫌いになるわけなんてないのに」

「わかってる」

「お兄様のそばにいたいの」

「いくらでもいてくれて構わないよ」

「・・・学校嫌いになりそう」

「嫌ったっていいんだ」

「でもお兄様と学校行きたい」

「無理はしなくていいんだよ」

「お兄様の、お勉強の邪魔はしたくないの」

 

この勉強とは授業のことではなく、一高生のみ閲覧できる資料を読めることを指しているのだろう。

俺が一高に行きたい理由の第二位はここでしか見られない貴重な資料があること。第一位はもちろん深雪だ。

 

「俺のためにありがとう」

「ちがうの。わたしのためなの」

 

ついにひらがな表記の話し方になってきた。

いい具合にとろけてきたようだ。

頭から頬に手を滑らせれば吸い付く肌に心地よさを覚える。

親指で頬を撫でれば口元が緩んで親指をかすめた。

俺の今の重要任務は妹の心を宥めること。ただそれのみだとほかの思考をシャットアウトして専念する。

 

「おにいさま、ごめんなさい。つめたいたいどとって、ごめんなさい」

「いいんだよ。深雪のしたいようにやるといい」

 

俺は最後までお前の味方だからと耳元で呟いて、最後の仕上げとばかりに両腕でしっかりと抱きしめる。

深雪もしがみついていた手を緩めて背に回しお互い抱きしめ合う形になった。

いち、に、と数え始めたのはこのふれあいのカウントダウン。

三十秒ハグをするとストレスが大幅に減少するのだと、もうかれこれ三年の習慣だ。

はじめは長いと感じた三十秒だがどんどん短くなっていき、今では一瞬のように感じるようになった。

ずっとこうして離れなければいい。

そうすれば何者からも守れるし、余計なものなど何も寄ってこないのに。

さーんじゅっ、と終わりを告げる妹は未練も何もなく終わったとばかりにニコッと笑ってさっと離れてしまう。

そのことが少し寂しい。

 

「・・・お恥ずかしい所をお見せいたしました」

「すべての深雪が見られるのが兄の特権なんだからどんどん見せてくれ」

「もう、お兄様ったら」

 

少し赤い顔の妹に、もう一度頭を撫でて互いにおかえりの挨拶とただいまの挨拶をして笑い合う。

いつも通りの日常が、帰ってきた。

 

 

 

部屋に戻りさっさと服を脱ぐ。

ブレザーの胸の模様を見るとつい、こんなもののせいで妹が苦しむのかと眉間に皴が寄る。

己の基準が学校の一定基準を満たしていないからだとわかっているものの、このように区別するから差別が起こりやすいのだと苛立つ思いを隠せない。

劣等生なことなどとっくに自覚している。

そのことを戒めるように見せつける制服を毎日着させられるのか。

これは鬱憤がたまりそうだなと、思い出すのは式に参列していない通常登校をしていた先輩たちの姿だ。

青春を謳歌しているはずの高校生の表情とは思えない感情に乏しい顔がいくつかあったように思う。もしくは不満をため込んだ顔。どちらにしても健全とは思えなかった。

とはいえ一年の二科生はまだああはなっている者はほとんど見かけなかった。

特に千葉さんと柴田さんはそうならない可能性が高そうだったが、今後どうなることやら。

着替えた服は以前妹にプレゼントされた普段着ることのない白いシャツだ。

これを見て少し気分を上げてくれればいいのだが、と姑息なことを考えながらリビングに向かうのだった。

 

 

薄いピンクのカーディガンを羽織る妹は春を司る妖精なのではと、つい背中に羽がないかを確認してしまった俺を、深雪は面白そうに笑ってその場でくるりと回って見せた。

ふわりと広がるひざ下のスカートからちらりと膝小僧をのぞかせていたのも見逃さず、可愛い妹の姿を堪能する。

 

「その服着てくださったのですね」

「おかしくないかい?」

「お似合いです!ふふ、私の見立てに間違いはありませんでした」

「喜んでくれたならよかったよ」

「はい。私は世界一果報者の妹です」

「それは言いすぎだ。まだまだ幸せになってもらう予定だからね」

「そうしたら宇宙一にまでなってしまいますね」

 

俺のために淹れられた美味しいコーヒーと、可愛い俺の唯一の妹。

この時間を堪能できることがが何よりも幸せなものなのだと教えてくれたのは、目の前で微笑んでいる世界で一番大切な少女だ。

 

「今日ちらりと聞きましたけど、どうやらこの先生徒会に入ることになりそうです」

「だろうな。そのためのあの行列か」

「あの場で勧誘されてもよかったのですが」

「そうしたら放課後まで付き合わされていただろう。切り上げて正解だよ深雪。あれ以上付き合っていたらお前が疲れて倒れてしまう」

 

ただでさえ大役を終え、あれだけ人に囲まれていたのだ。

精神的にも疲労困憊していて当然だ。

深雪自身疲れを実感していたのだろう、疲れた笑みを浮かべていた。

 

「そういえばお兄様はすでに会長とお会いになっていたんですか?」

「ああ、式が始まる前にね。仮想型ではないディスプレイを使っていたことに興味を示したらしい」

「――と、いうきっかけを見つけて声を掛けたんでしょうね」

「ん?」

「いえ、会長は私がお会いした時にはすでにお兄様のことをご存じのようでした。とても成績が優秀な生徒だと褒めてましたよ。直接お会いになるくらい気になっていたんですね」

 

あれは知っていて近づいてきたのか。

自分のような人間に声を掛けるのはおかしいと思っていたが事前情報を得ていたのなら、何か探りを入れにきてもおかしくはないか。

 

「で、どうでした?」

「何がだい?」

「先輩にこういっては何ですが、可愛らしい人だったでしょう?」

「・・・そうか?」

 

確かに見た目はいいと思ったが、なんだかすべて計算された自然風で可愛らしいと思ったのは一瞬だったと思う。

 

「できれば二度と絡まれたくないと思ったな」

「え」

 

正直に伝えれば、深雪はなぜか固まってしまった。

これから世話になる先輩に兄が近づきたくないと言うのが気まずかったのだろうか。

ああ、深雪が彼女のそばにいれば、俺は否応なしに近づかなくてはならない場面に遭遇するからな。それを気にしたのか。

 

「気にしなくていい。表向きはちゃんと対応するから。お前にとっては身近になる先輩だからな」

「え、と・・・生徒会長はお兄様に、何か失礼なことを?」

「いや。・・・そうだね。さっき深雪が言っていた通り成績を褒められたくらいかな。特別なことなど何もない」

 

俺が他人をそう評するのは初めてだからか、深雪は戸惑った様子で瞬きを繰り返してはコーヒーをちびちび飲んでいた。

基本他人など無関心だったからな。こうも毛嫌いしているのは確かに珍しいのだろう。

感情が薄い自分にしては本当に珍しい。

もしかして深雪の言うように俺の感情が成長しているというのだろうか。

だとしたら、これは妹にとってあまりいい成長ではないのかもしれない。

 

「そうだ、千葉さんと柴田さん!彼女たちともうお友達になったのですか?」

「クラスメイトだと判明して打ち解け始めた、って所じゃないかな。彼女たちがあまりにフレンドリーだからそう見えてもおかしくないな」

「私彼女たちのこと好きです。彼女たちはお兄様を気遣ってくださってました」

「ああ、それは俺も感じたよ」

 

今度は打って変わって笑顔になった。嬉しそうな妹の周りには花が舞っているようだ。

喜んでいるのがよくわかる。

 

「きっと深雪も彼女たちと仲良くなれるよ」

「そう、だといいのですが・・・警戒させてしまいましたから」

 

すると今度はしょぼん、と肩を落とし、一回り体が小さくなったような錯覚を覚える。

いつの間にか深雪は幻影魔法が使えるようになったのか、俺の頭がいかれたのか。・・・壊れていれば強制修復が行われるだろうからどっちにしろ直すほどではないのだろうな。

 

「なあ深雪。しばらくはそう思わせるために計画通りに動くから警戒されるのは仕方がないとは思うが、二科生の一部――例えば俺の周囲の人間だけならば、先に秘密を明かしてもいいんじゃないか?」

「お兄様の、周囲ですか・・・」

「正直俺は今回の作戦の必要性を、いや重要性が低いと思っている。だけどお前のやりたいことは応援してやりたい」

 

はっきり言って周囲にどう思われようと深雪に害が無ければ問題にもならないと思っている。だが、深雪にとって一科生と二科生の確執がもたらす影響は軽いものではないと考えているようだった。

だからといって一時的にも深雪に悪意が向くような計画はさせたくなかったが、これも幸せになるためだ、とお願いされてしまえば黙って見守るのも兄の役目と沈黙するしかない。

 

「・・・はい」

「責めてるわけじゃない。ただお前の負担が大きいことに心配している。深雪は優しすぎるから」

「そんな、ことは」

「だからこそ、少しくらい味方を増やしてもいいんじゃないか?」

「・・・お兄様は彼女たちを信頼しているのですね」

「信頼、は言いすぎだが、そうだな。彼女たちと深雪が楽しそうに笑っている姿を見たいと思うくらいには」

 

傍に置いてもいいのではと思うほど彼女たちは善性だった。

真直ぐな彼女たちなら深雪の心の負担を減らしてくれるだろう。

 

「ありがとうございますお兄様」

「こちらこそ、今日のコーヒーも美味しかったよ」

「夕食もご期待に沿えるよう頑張りますね」

「楽しみだ」

 

 

こうして夜も更け、明日が始まる。

 

 

――

 

 

深雪視点

 

 

 

お兄様の朝は早い。

日も登らぬ前に修行へ行くことを日課にしているから。

この弛まぬ努力がお兄様を形成する大事な要素なのだ。

ならば私も、と毎日ついていこうとしたが、お兄様に毎日はちょっと、と止められてしまった。

理由は言われていないが私が付いていくと厳しいトレーニングができないのかもしれない。先生は女性に気を使われる方だから。

今日は昨日のうちに参加する旨を伝えているので、いつもより早く起きて準備をする。

原作の深雪ちゃんがどれほど鍛えていたかはわからないけれど、私も負けてられないと魔法の力に頼れない時を想定した護身術を学んでいる。

日常の小物もいざという時に立派な武器にできる知識もある女子高生って――いいよね。

趣味と実益を兼ねてます。深雪ちゃんスペック最高です。

 

「おはよう深雪。いい匂いだ」

「おはようございますお兄様。今朝のサンドイッチはちょっと気合を入れましたので、楽しみにしていてください。こちらは飲み頃になっていると思いますよ」

 

用意したのは飲み頃の白湯と冷えていないスムージー。

飲みやすいようにサラサラになっているのでのどに引っかかることはない。

きっと寝起きには冷たい飲み物が飲みたいだろうけど体のことを思ったら内臓を冷やすのはお勧めできない。

お兄様はそれを文句を言わずに飲み切って、美味しかったよとグラスを渡してくれた。

それを食洗器に入れてバスケットを持とうとしたらさらっとお兄様の手に。

すぐそこまでだけどそれでもこの気遣い!流石お兄様!!

頬を緩ませているとそれに気づいたのか微笑み返されて今日も良い日になりそう、とお兄様と家を出た。

家を出ればそこからはひたすら魔法制御の修行が始まる。

お兄様は息切れすることもなく、けれど負荷は感じているように顔には汗を滲ませていた。

私は魔法力が尽きることはないけれど、この多すぎる力を細やかにコントロールするのは難しい。

でもいつまでも力押しではいられない。

表向きはそれでいいかもしれないけれど、武器はいくらでも持つべきだ。これからはそういうことも必要になる場面が出てくるだろうから。

集中を維持しながらローラーブレードを主軸に操作していく。

並走、というより先行してしまっているが、お兄様から現状を維持するようにと視線で訴えられたので、このままのスピードで寺に向かった。

お兄様が先に寺の敷地に入っていくと、どこからともなく現れた先生のお弟子さんたちからの洗礼を受けていた。

どんどん奥に進んでいくお兄様をしばし見守ってから、遅れて門をくぐる。

本当はローラーブレードを脱ぎたいのだけど先生が気にするなと許してくれない。

厚意だとわかっているので大人しく引き下がるのだけど、お寺をローラーブレードで歩くって不謹慎な感じがひしひしと。あと純粋に歩きづらい。魔法のおかげでバランスは崩さず済むが、これも修行ってことかな。

 

「おはよう深雪くん!」

「!っ先生おはようございます。」

「あっはっは。深雪くんは相変わらず可愛い反応をしてくれる。忍びがいがあるなあ」

「先生は相変わらずお人の悪い。でも忍ぶのはロマンですものね」

 

胡散臭い生臭坊主で忍者だなんてロマンの塊でしかない。

 

「うんうん、深雪くんは本当によくわかってくれるよね!達也くんとは大違いだ」

「お兄様のロマンはきっと別のところにあるのです」

 

どこにあるかわからないけど、もしかしたらこれからできるかもしれないし、と期待を込めつつもっともらしく嘯くと先生はしたり顔をなり私をつま先からてっぺんまでを一通り眺めて。

 

「そうだねぇ。こんなロマンあふれる女の子が傍にいるんだからよそ見なんてできないか」

 

うんうん、と大げさに頷く先生だけれども、深雪ちゃんに関してのロマンは私もわかりますが、それがお兄様にとってロマンとなるかは・・・無いんじゃないかな、と思うわけで。

 

「それが新しい一高の制服だね。いいね、実に良い」

「今日は無事入学ができたことの報告に伺いました」

「聞いているよ。君の答辞が終わると会場が揺れたそうじゃないか」

「大袈裟です。でも確かに快く受け入れていただいたように思えました」

「まるで女神のごとき美しさと天上の歌声のような言葉に酔いしれたとか。僕も君たちの保護者として参加すればよかったな。もしくは忍び込む、とか」

「たかが高校生の答辞を随分とおかしな表現をされますね」

「いや、今の君をたかが、なんて言うのは目が腐っているとしか言いようがない。容姿はもちろん素晴らしいけれど深雪くんの場合内側からも滲み出る美しさというのかね。洗練された姿勢は君の努力を物語っている。

――君は美しいよ。15歳だとは信じられないほどに、ね」

 

最後の言葉にどきりと心臓が大きな音を立てた。

表には出していないつもりだけど、先生は侮れない御仁だ。

見えない瞳はいったい何を映し出したのか。

・・・こう、糸目キャラっていうか普段目を見せないキャラっていいよね。本当キャラ盛り過ぎです先生。好きです。

ぽこんと煩悩が生まれてしまう私は今すぐ滝行でも何でもするべきだと思う。

そんなことを考えていたからか先生の接近に気付かず、というより気にも留めず動きをうかがっていると、すっと顔に向けて手を伸ばしてきて――

 

「師匠、深雪に触れる時はまず俺の許可を得てからにしていただけますか?」

「それ絶対許可出ない奴だよね」

 

ぱしん、とその手は弾かれて、そこから流れるような攻防が始まった。

ふっ、と息が漏れるお兄様と、一切息を乱さず攻撃を捌きつつ反転攻勢に入ろうとする師匠の力量はまだ師匠の方が上なのだろうと思う。

とはいえお兄様の技量は素晴らしいもので攻撃をいなして足を振り切り間合いを取ったかと思うとすぐさま懐に入り――の激しい猛攻に、気付けば周囲にはお兄様たちを中心とした円ができていて私も含め皆観戦モードになっていた。

 

 

 

決着がつく頃、私は静かにその円から外れて勝手知ったると中に入って水とおしぼりを用意させてもらい、戻る頃には決着がついていた。

 

「先生、どうぞこちらを。お兄様もいかがですか」

「ありがとう深雪くん」

「・・・っちょっと、待ってくれ」

 

地面に転がったお兄様などここでしか見られない光景だ。

先生は涼やかな顔で水とおしぼりを受け取って飲んでいるが、お兄様は起き上がるまでもう少しかかりそうだった。

汗を拭ってあげたいけれど、そこまで甲斐甲斐しくされると逆に気まずいだろうから、ここはぐっとこらえ傍に控える。

 

「本当、できた嫁だよね」

「嫁だなんて。お兄様の妹ですもの、これくらいできませんと」

「・・・師匠の冗談は面白くありません」

 

私は受け流し、お兄様はぶったきる。

お兄様、息整えるので精いっぱいなのにツッコむために体を起こすなんて無茶を。

しかしいいタイミングだろう、水を差し出しおしぼりを広げる。

 

「ありがとう深雪」

「お疲れ様ですお兄様」

 

謙遜でも感謝でもなく労いを伝えるとお兄様は微笑んでおしぼりを受け取ってくれた。

そして立ち上がって汎用型CADを操作して私とお兄様の服の汚れを落とすための魔法を発動し、白い霧が体にまとわりつくように現れ包み込んだと思ったらすぐに晴れて消えていく。

 

「お見事」

 

制服は新品同様、来た時よりもきれいな状態になっていた。

簡単に見える魔法だが、これがどれだけ複雑な魔法か使わなければわからなかった。

それを原作同様軽くこなせるようになったのは日々の修行の賜物です。

 

「そろそろ朝食はいかがですか?先生もよろしければぜひ」

「もちろん、ご相伴に預からせてもらうよ」

 

サンドイッチには先生用の動物由来のモノを避けたものと、野菜たっぷりのスープを用意した。

 

「深雪くん、ぜひ僕のお嫁さんに――というのはもちろん冗談だけど寺の手伝いに来てくれないかなあ。この細やかな気配り、本当に深雪くんは素敵なお嫁さんになるよ」

「ありがとうござ――」

「それ以上はセクハラですよ師匠。深雪もいちいち律義に返してはいけないよ。図に乗らせるだけだからね」

「・・・達也くんはこの手の話題に一層厳しくなったねえ。学校では有象無象でも湧いたかい」

「半数は男ですからね。それに深雪は女子からの人気も高いので」

「ますます警戒に磨きがかかっちゃったか」

「あの、」

「ああ、深雪このサンドイッチは食べ応えがあっていいね」

「お口にあってよかったです」

 

どうやらお兄様は先生との会話をさせないようにしているみたいだ。

お兄様だって先生が別に本気じゃないとわかっていると思うのにどうしてこんなに鉄壁なんだろう。

 

「そっちも磨きがかかったけどこっちの腕前も、ね。体術だけならもう達也くんには敵わないかもしれないなあ」

「そうは言われましても、ぼこぼこにされていては褒められた気もしません」

「そこは流石に師匠としてはまだ15歳の半人前には負けられないからねぇ。それに深雪くんの前では張り切ってしまうし」

「その条件なら俺も、のはずなんですが」

「はっはっは。精進し給え」

 

お兄様がまるで子ども扱いで、なんとも微笑ましくなってしまう。

これも先生のおかげ。だから私は先生が好きだ。いつかこの先生が敵に回ることがないことを願うばかりだけど・・・。

 

「深雪?」

「申し訳ございません。これからのことを考えておりました」

「深雪、けして無理はしちゃいけないよ」

 

そう、今日からは本格的に作戦を実行するのだ。気を引き締めねばならない。

 

「はい、もちろん。私は私のできることを」

 

すべてはお兄様と平和に学園生活を送って、お兄様が主人公の学園ラブコメを見守るために!あれ、ギャルゲーでしたっけ?どちらにしろお兄様無双ですよね!

 

「青春だねぇ。楽しんでくるんだよ」

「「はい」」

 

先生に胡散臭くない笑顔で見送られ、私たちは一旦家に戻ってから学校に向かった。

 

 

 

「そういえば深雪、昨夜誰かと電話していなかったかい?」

「・・・!ああ、父からでした。入学祝いと言ってましたよ。無理にこちらに関わろうとしないで奥様と仲睦まじくしていればいいのに、なぜ無駄に絡んでくるのでしょうね。とりあえずこれ以上絡まれたくないのでそれとなく伝えたのですが、どうも毎回都合のいいように解釈されてしまうようで」

「ある意味幸せな生き方だな。・・・ああはなりたいと思わないが」

 

母が亡くなって半年待って再婚した父は、義理は果たしている気分なのだろうけど、普通に嫌悪対象だからな?とひょっこり前世の私がこんにちわする。

いや、葬式の仕切りも人任せでようやく顔を出したかと思えば定型文を少々言ってさっさと帰る父親のどこを尊敬すれば?一緒に暮らそうって言われたときはコキュートス逝っとく?とうっかりCADに手を伸ばすところだったわ。無くても打てるけどね。そこは雰囲気重視で。生かして返しただけでも感謝してほしい。

母が大好きだから無理!父は好きに奥さんと生きて!必要以上構わないで!!と別れ際に伝えたはずなんだけどあの男自分の都合のいいように解釈しやがりましてね。なんて父親想いの良い娘なんだ!って。キモイわ。自分のしてきたことちょっとは反省しろよ。って感じではっきり言って拒絶寸前だ。

それをしないのは司波として一般家庭を隠れ蓑として生活するため生かして()おかねばならないのだ。悔しいことに。

 

「あんな蜃気楼のような夢、私はご免です」

「ああ。深雪には本物の幸せをプレゼントするよ」

「・・・もう、お兄様ったら。でもありがとうございます」

 

どうしてあれが種でこんないい男ができるのか世の中不思議ですよね。

きっとお母様の血がよかったのだろうな。そうに違いない。

 

「今日も真直ぐ帰れそうかい?」

「その予定です。生徒会も昨日の今日でいきなり来るとは思いませんし・・・でもおそらく、さっそく問題は起きるでしょうね」

「深雪の勘は当たるからな」

「お兄様も予感はされているでしょう」

 

これは原作知識がなくてもある程度読める流れだと思う。

 

「・・・お互い、覚悟を決めようか」

「覚悟をもってして当たりたいと思います」

「そこまで気合を入れなくても――」

「ですからお兄様、乗り切る力を分けていただけますか?」

 

そう手を伸ばせばお兄様は私の意図を汲み取って微笑んで手を取ってくださって胸元に引き寄せると過剰サービスで肩を抱き寄せる。

・・・相変わらず手馴れてますよね。実に自然な流れでございました。

 

「俺にもお前を充電させてくれ」

「取り過ぎないでくださいませ」

「それは気を付けないとな」

 

兄妹のじゃれ合いはしばらく続き、お互いの熱を分け合った。

 

 

――

 

 

充電は完了したと思うんですけどね、消費エネルギー量がとんでもないんですがなぜですかねぇ?!

なんで、こんなに、衝突したがるんですか皆さん!?

なに?ここって大昔に流行ったヤンキー天国です??

なんですれ違うだけでメンチ切るの?

暴言吐き出すの?

肩もぶつかってないよ?ガンくれてなくてもいがみ合いが始まるってヤンキーよりも性質悪いよ!

熱血教師でも登場しないと収拾付かないよ!

なんなの皆、そんなにストレス溜まってました?こんな荒んだ学校いやだ!

こんなに環境悪ければ誰だって腐っていくよ。

こんな世界――私はぶっ壊す!この、溢れんばかりの深雪ちゃんのカリスマ性とこれまで培ってきたお嬢様力で!!

プッツン切れた内なる私は荒ぶった。

 

 

 

 

それは昼休みから始まった。

私はクラスメイトと共に食堂へ、お兄様はすでに席で仲良くなったクラスメイト達と食べていた。

視線が合えば無視はしない。

私は小さな声で兄さんと呼び、お兄様は深雪、と呼び返す。

特に何かを言うわけでもなく、ただ視線を絡ませた。

しかしお兄様を呼んだ声が固いことと、昨日の入学式での関係を知っている一科生は私を守るように立ちふさがる。

まるで敵対する構図だ。

そんなこと、する必要も無いのに。

そっと目を閉じて、昨日挨拶をした千葉さんと柴田さんにこんにちは、と声を掛けて空いている席を見つけて歩き出した。

何も起こらなかったことに肩透かしを食らったように、出だしが遅れてついてくるクラスメイト達に振り向くことなくお兄様グループとすれ違う。

微妙な空気に食堂は静まり返ったが、私たちが座る頃にはまた音を取り戻す。

そのことで彼らも口を開きやすかったのか話しかけてきた。

 

「司波さん、いくらお兄さんでももう関わらない方がいいんじゃないか?」

「心配してくれてありがとう森崎君。ごめんなさい」

「あ、いや。謝らせたかったわけじゃないんだ。ただ、」

「みんなの気分を悪くさせちゃったみたいだから。気を付けるわ」

 

笑って見せるけど気分が乗りきらず、不格好な笑みになってしまい、彼らも困惑気味に返すしかなかった。

 

「それより、次は三年生の実技を見学できるのよね。楽しみね」

「そうね!三年A組だから生徒会長の実技が見られるかもしれないね」

「きっと見られるよ」

 

払拭するように話を変えればようやく固い空気が和らげることに成功し、楽しい昼食が始まった。

こうしていれば本当にただの青春の1ページなのにね。

 

 

この後の見学で、お兄様のグループが空気を読まず前に陣取ったことで妙な緊張が漂ったが、先輩たちがいる手前文句を言うわけにもいかず問題は起きなかったのだけど――

校門前、お兄様との待ち合わせ場所。

そこまでなら、とクラスメイトと雑談してきたのだけど、それがどうして争いになるのかわからない。

あなたたちと寄り道をするなんて話聞いていなかったんだけど・・・?

 

「お、・・・兄さん」

「深雪のせいじゃない」

 

本人たちが蚊帳の外になっている現状は、どう考えてもおかしいと思うのですがね?

 

「別に彼女はあなたたちを邪魔者扱いなんてしてないじゃないですか。なのにどうして一緒に帰ろうとする兄妹の間を引き裂こうとするんです!?」

 

ほんとそれな。柴田さんありがとう代弁してくれて。美月ちゃんて呼んでいい?

 

「僕たちは彼女に相談することがあるんだ!」

 

初めて聞きましたよ森崎くん。っていうか同じ新入生だよ、アドバイスできることなんてないよ。

 

「そうよ!司波さんには悪いけど少し時間を貸してもらうだけなんだから!」

 

その司波さんてお兄様のこと?私のこと??たぶん私なんだろうけどややこしいね。っていうか悪いってわかってるのに引き下がらないってすごいねほのかちゃん。こうと思ったら曲がらないね!

 

「ハン、そういうのは自活中にやれよ。ちゃんと時間取ってあるだろうが」

 

その通りですね。正論だと思います西城くん。なんで正論言えるのに千葉さんに言い負けちゃうんですかね?やっぱり前世からのつながりで?

 

「相談だったら予め本人の同意を取ってからにしたら?高校生になってそんなことも解らないの?」

 

全くもってその通り。内なる私からの盛大な拍手が沸き起こっております。エリカちゃんって呼んでいい?

っていうか二科生の方が通じ合えるっていうね。不思議ね。私二科生の方が幸せだったのでは??

 

「うるさい!他のクラス、ましてやウィードごときが俺たちブルームに口出すな!」

 

正論に癇癪。

ありがとうございます。やられ役のド定番、お決まりコース確定ですね!でもそれ、ぶっ壊させていただきますわ。

 

「――落ち着いて森崎くん。私は模範となるようにと皆さんの前で宣言しました。その私がそのような言葉を使う森崎くんを止めないわけにはいきません。森崎くんだって、そんな言葉使いたくて使ったわけではないんでしょう?」

 

んなわけない。森崎くんは見下してるからポロリしただけで日常普通に使っちゃう子だ。

でもね、それ封じさせてもらうね。

 

「正義感の強い森崎くんだもの。少しお話しただけでも分かったわ」

 

必殺私は貴方のことわかってますよ斬り!ダメージは――手ごたえあり。

彼は動揺している。二の句が継げない!

 

「いくら周りに差別用語が広がっていても使うかどうかは本人次第。使って格好つけるより使わず余裕を見せた方がかっこいいし、何より不快な気持ちにならないわ。そうでしょう?汚い言葉って聞くだけでもストレスだものね」

 

あえて言おう、汚いと。

周りを通り抜ける先輩たちの表情も微妙ですね。流れ弾でもあたりました?

 

「これは私の持論だから強要する気はないの。誤解させたならごめんなさい。森崎くんには森崎くんの考えがあるのに」

「あ、いや・・・僕も頭に血が上っていたみたいだ。止めてくれてありがとう」

「ふふ、どういたしまして」

 

少年よ、よかったな。これで処罰云々にかけられることは無くなったぞ。

ほのかちゃんも、と思ったけどこれお兄様とのフラグも折ってる??・・・たぶん大丈夫。私と共に行動するならフラグはどこからでも生えるはずだから!お兄様フラグ製造機だから!機会はまだあるはず。

 

「だけど二人ともごめんなさい。今日は予定があるから時間が取れないの。せっかく相談してくれるってお話だったのに」

「いいのいいの!こっちこそ予定も聞かずにごめんね!」

「ううん、頼ってもらえるようで嬉しかったわ。ありがとう光井さん」

 

うむ、素直なおなごじゃ。いい女になるんじゃぞ。

気分は世直しをする黄門様だ。・・・黄門様そんな俗物なこと言わないけど。

さあでは帰りましょうか。

 

「――深雪」

 

お兄様が呼ぶ。

 

「ぉ・・・兄さん」

 

先ほどまで和気あいあいさは夢だったようにすん、と表情が抜け落ちた。

すると周囲の空気が一瞬にして凍り付いた。

いえ、干渉力なんて働いていませんよ。ただの空気感のお話です。

 

「じゃあみんな、また明日」

 

そうお兄様は歩き出す。

私は少し離れて後に続く。

一科生にはにこりと笑いかけて手を振り、二科生には一瞥もくれずに。

歩く私たちの後ろには誰も続く気配がない。

明日はまた、どんな噂が立てられるのか。

 

 

そしてまた私は玄関でお兄様の引っ付き虫と化す。

 

 

――

 

 

達也視点

 

生徒会長というのは余程他人の迷惑を考えないものなのか――いや、これは生徒会長というより彼女自身の問題か。

とにかく目立つ彼女は自分の影響力を気にせず、登校前の生徒たちの視線を浴びながら俺たちの元にやってきた。

 

「達也くんオハヨー、深雪さんもおはようございます」

 

俺は名前呼びを許可した覚えはないが、随分とフレンドリーさが滲んでいる。それに俺に対してだけ馴れ馴れしいのも癇に障る。

 

「「おはようございます会長」」

 

声が揃ったのは偶然だが、気にするほどじゃないのに会長は目を見開いて、けれど入学式の深雪の態度を思い出したのか茶化すのはやめたようだった。

賢明だな。こういった空気は読むのか。

 

「深雪さんと少しお話したいこともあるし、ご一緒してもいいかしら?」

「それは構いませんが、生徒会のことでしょうか?」

「ええ、そうなの。一度ゆっくり説明したいと思って。お昼はどうするご予定かしら?」

「食堂でいただくことになると思います」

「達也くんも一緒に?」

 

正直この質問は無神経でしかない。

学校の差別文化を知っていて、俺たち兄妹の差を知っていて聞いているのだから。

 

「兄とはクラスも違いますので」

 

深雪が俯き加減で、更に低い声で返したが、会長にとってここは攻め時だったのかめげることなく畳みかける。

 

「あ~、変なことを気にする生徒たちも多いですものね。なら生徒会室で一緒にどうかしら?ランチボックスでよければ自配機があるし」

 

どうやら学校の一設備にダイニングサーバーが付いているらしい。

生徒会とは思っているより過酷な職場なのか?だったらあまり深雪にさせたくないんだが。

妹の成績上そうもいかないことは分かっていても、思わずにはいられなかった。

 

「――兄には兄の付き合いがあります。生徒会のお話でしたら二科生の兄には関係のない話でしょうから、私だけで問題ないのではないですか?」

 

朗らかな会長に対して凍てつくような深雪の声に、春の陽気が一気に冷え込んだ。もちろん錯覚だが、そんな空気が満ちた、と言おうか。

生徒会のことは入学前から調べている。

二科生が関わるものではないのは会長も知っているだろうになぜ俺を誘おうとする?何か別の目的があるのだろうが、深雪が先回りして止めた。

深雪は俺が利用されることを極端に嫌う。

自身が使うことだって嫌がる。

お前になら何を命令されたって喜んで遂行するのに。

俺の意思でなく、させられるということが気に入らないらしい。

――とても、愛おしいと思う。可愛い、大事な俺の妹だ。

 

「そ、そうね。確かに達也くんには達也くんの付き合いがあるわよね、失礼したわ」

「気を使っていただいてありがとうございます」

「じゃあお昼、よろしくね」

 

これで話は終わったとばかりに生徒会長はそそくさと校舎に向かっていった。

向かうところは一緒なのに、相当居心地が悪かったのだろうな。

俺たちは黙って連れ立って歩く。

心地が悪いなど、感じるわけもなく。

ただこの距離感と温度を感じられない空いた手を寂しく思いながら登校した。

 

 

 

クラスに行くとなんとも微妙な顔をしているクラスメイトの顔が三つ。

 

「お前さんの妹の影響力ってのはすげえな」

「おはよう達也くん。さっそく学校中彼女の噂でもちきりよ」

 

流石深雪の影響力はとんでもないのはわかっていた。

昨日の今日だというのに彼女の前では差別発言は禁句として耳に入れないよう緘口令が敷かれたらしい。

それでも使うな、ではなく彼女の前で、というところにまだ根強い文化が窺い知れる。

 

「そのおかげか、あまりその単語自体を耳にすることが減った気がします」

「ま、一時的かもしれないけどな」

「でも残念なことに良い噂だけじゃなくて、聞く?」

「そこまで言われたら、な。教えてくれるか」

 

二科生の中には耳障りのいいことを言って、実際口先だけで結局は二科生を毛嫌いしているというモノだった。

 

「その噂が立つのもわかるがな。兄に対しての態度もだけど昨日の俺たちへの態度も影響してるらしい」

「あと速報で、生徒会長との会話?ってのもさっき聞こえたわね」

「ああ、そういえば会長と話した後走っていく生徒がいたが、あれか」

 

噂が駆け巡るのが早い。

俺らは気にしてないけどなー、とはレオだけで他の二人の女子はそうでもないらしいが口に出すほどではないようだ。

 

「ふぅん」

「ふーん、ってそんなもん?」

「俺たち兄妹のことは俺たちがわかっていれば十分だしな」

「あれ?案外兄妹仲悪くねーの?」

「・・・アンタ無遠慮すぎるんじゃない?」

「そういうエリカは深雪に同じこと聞いていただろう」

 

あはは、と笑う彼女は、しかし特に否定するつもりもないらしい。

 

「ああいうのはノリとテンションよね」

「そういうのはよくわからんが。悪くないぞ」

「「え、そうなの」か?」

 

美月もびっくりしているが、そんなに悪そうに映ったか?一緒に帰っていたのは見ていただろうに。

 

「いや、そんな意外って顔されても」

「どう見たってあんま仲良さそうじゃなかったぞ」

「でも確かに、妹さんは否定されてましたね」

「いやいや、否定の言葉は言っていたけどあの態度はそうは見えなかったでしょ」

 

順調に騙されてくれているようで何よりだ。

これで深雪の計画は先に進める。

――早く終わればいい。こんな彼女の負担になることは。

深雪は相当ストレスを感じているのか、家に帰ればハグをして、キッチンに立てば一心不乱にパンを捏ねていた。

しばらくうちの食卓にはパンが並ぶことだろう。

嫌いじゃないが、あの子の作る和食は温かな味がして特に好きだ。

洋食ももちろん美味しいし、中華も美味い。

だが、

 

「・・・白米が恋しい」

「え、まだ朝だよ達也くん」

「朝ごはん食べられなかったんですか?」

 

誤解を解く前にチャイムが鳴り、各々席に着く。

まだ三日だというのに俺はかなり我慢が利かなくなったらしい。

 

 

噂の影響かちらちらと向けられる視線を感じながらも、特に俺が何をしたわけでもないので声を掛けられることもない。どちらかというと綺麗な妹に嫌われて可哀想という同情的な視線を浴びながら、帰り支度をして深雪を迎えに行くか、と途中まで一緒に行こうというレオ達を引き連れて廊下を歩いていると前方からざわめきが。

深雪だ。

後ろには前に見たクラスメイト達がついて歩いていた。

 

「兄さん、ちょっと」

「もしかして生徒会か?」

「書記になったの。だから適当なところで時間を潰してて」

「わかった。時間になったら連絡を」

 

いつもの優し気な雰囲気のない、用件だけの会話をして去っていく妹。

そのあとに続く男子生徒は前回こちらを睨みつけていたはずだが、今日は見向きもしない。

妹の説得が効いたのか、はたまた余裕ある方がかっこいいとの言葉に感化されたのかわからないが。

 

「・・・もっかい聞くけど本当に仲、悪くないのか?」

「俺にとってはどんな深雪も可愛い妹でしかないな」

「もしかしなくてもシスコンだったのね」

 

本心で答えたらエリカにげんなりされた。

若干視線に別のモノを感じるがそれが何かまでは俺にはわからない。

 

「美月、なんか喜んでない?」

「え!?いえ、なんか達也さんの発言シスコンだとしてもすごいなって」

 

なぜか少し頬を赤らめている美月にも疑問を抱きつつ。

 

「そんな変わったことを言った覚えもないんだが」

 

深雪が可愛いのは事実だ。

そう返すと三人は顔を見合わせて肩を落として首を振る。

これが疎外感というやつか。

 

「なんつーか、お前って相当変わってんな」

「そんなことはない」

 

否定をしたが、三人は諦めたように首を竦めただけだった。

 

 

 

学校に通う理由の一つが図書室での閲覧だったこともあり放課後はここで時間を潰す。

深雪は俺にこの時間をプレゼントするために生徒会長から遠ざけたのかと思うと、よりこの時間を大切にして妹に感謝しようと片っ端から手に取った。

時間は有限だ。有効に使わねばならない。

集中していても時間の感覚は忘れない。

そろそろか、と思う頃端末に連絡が入る。ちょうどのタイミングだった。

深雪を迎えに行けば彼女は一人で、何でも今日は初めてだからと早く帰れるのだとか。

周囲には部活動の帰りなのかまばらに生徒がいる。

寄り添うことはかなわず、一定の距離を保つ。

これはある意味慣れている距離だ。

あちらの家ではこれが当たり前だから。

けれど、妹が悲しんでいることが背中からも伝わる。

今すぐ抱きしめてあげたいけれどそれを今望んでいないことも解っている。

早く誰もいないところへ。

この一生懸命我慢している妹を早く解放してあげたかった。

 

その解放が思ったより早かったのは予想外であったが。

 

 

 

次の日、放課後同じように図書室へ行こうとしたらエリカにクラブ活動の見学に誘われた。

あまり興味があるわけではなかったし入るわけでもないが、ある意味名物らしいので付き合ってみることにした。

 

「思った以上に激しいな」

「お祭り騒ぎがいつ血祭り騒ぎになってもおかしくないわね」

 

物騒な物言いだが俺も同意見だ。

校庭ではいくつかテントが立っており、人がひしめき合っていた。

エリカなどその見た目で目をつけられたのかもみくちゃにされ動けなくなっている。

CADも無いので体術をこういったことに使うのはどうかとも思ったが、これも人助けと人垣を掻い潜って彼女を救出するハプニングも起こった。

・・・実際ハプニングと呼べるものはそのあとに起きたのだがここでは割愛する。

そんな彼女の希望で次に向かったのが闘技場と呼ばれる第二小体育館だった。

剣道部や剣術部の違いなどの蘊蓄を教わりながら、学生にしては見事な体裁きの演武を見ていた。

エリカはその中央で演技する先輩を知っていたらしく詳しく解説までしてくれたまではよかったのだがエリカは演技が気に入らなかったらしく不満顔だ。

それも先輩――壬生先輩というらしい――を尊敬していたかららしい。

その理由はなんというか、微笑ましいものだと思って会話を続けたのが悪かったのか、今度は彼女の容姿に見とれたのではと揶揄いに転じる。

負けん気が強いのがよくわかった。

そんな時だった。

事が――動いた。

乱入者が現れ、高周波ブレードで壬生先輩を切りつけ、乱闘が始まったのだ。

乱闘が始まるとまるで祭りが始まったかのように人が集まってきた。

その中にこういった事態を収めるための風紀委員が登場したが――あれは確か深雪のクラスメイトの森崎、だったか?あともう一人先輩が付いているようだが、すでに事が大きくなりすぎてこれはなかなか収拾がつきそうにない。

他に応援も駆けつけるが人混みがすごくて辿り着くこともできないでいるのが上から見てよくわかった。

 

「これ、相当まずいんじゃない?」

「下手すると怪我人どころじゃすまなくなるぞ」

 

CADを取りに行くかとエリカと移動し始めた時だった。

生徒会のメンバー数人が到着したようで、生徒会長、という言葉が耳に入る。

確認すればそこには生徒会書記として深雪の姿もあった。

おそらくこれも勉強の一環としてなのだろうが――こんな危険なところに深雪を呼ぶなんて、と思い切り眉をしかめたが、こちらに気付いた深雪は小さく口を動かした。

 

「(先にCADを)」

 

読唇術で読んですぐに留まろうとしたエリカの手をつかんでその場を後にした。

 

「え、達也くん心配じゃないの?!」

「心配だからこそ行くんだ」

 

それ以上の問答は必要ない。

人をかき分けながらただ目的地を目指す。

正直深雪が怪我させる心配はしていない。

たとえCADがなくても彼女を魔法で傷つけられることなどありえず、肉弾戦であろうとも護身術に関して達人の域に手が届きそうな深雪をどうこうできるとも思わない。流石に銃火器でもあればその限りではないがそんなものを学校内で用意できると思えない。

だが、いくら物理に強くとも彼女の心が傷つかないとは限らない。

――もしそうなった時、俺は自分を止められる気はしない。止める気も、ない。

 

 

――

 

 

深雪視点

 

 

その場は戦場さながらだった。

怒号が飛びかい、魔法も飛びかう。

学生が起こしているのかというほど、もうただの喧嘩とは言えないほどの威力も混じっている。

風紀委員が制止しようとするが、全体を止められるほどの威力は見られない。

壇上から見える光景に目の前の生徒会長はいったい何を思うのか。

止めないと、と何か指示を飛ばす生徒会長の声もなかなか聞き取れない中、耳に飛び込む叫び声。

 

「ブルームだからって偉ぶりやがって!」

「ウィードは身を弁えろよ!」

「どっちにしたってお前らはしょせんスペアなんだよ!」

「実力も下なくせに口先ばっか言いやがって楯突いてんじゃ――」

 

ああ、おかしい。

 

「――力もない・・・?おかしなことを」

 

皆、現実が見えていない。

それを私は哀れに思った。

 

 

――

 

 

真由美視点

 

この場を収めないと、とこの場にいないあーちゃんを呼ぼうとなった時だった。

冷気が漂い始め、その原因が深雪さんだと気づいた時には彼女は悲痛な声で叫んだ。

 

「二科生に実力がないと、誰が決めたのです?一科生と二科生の差はサイオン情報体を構築する速度か、構築できる情報体の規模か、魔法式がエイドスを書き換える干渉力の強さ。この三つの魔法力の差しかないというのに!」

 

よほど事象干渉力が強いのだろう、彼女を中心に霜が降りている。

物理的に冷やされたことで壇上付近の生徒から静かになっていくが、彼女の言葉を理解すると彼らは皆怪訝な顔になる。

その魔法力の差がこの争いを生んでいるのになぜ彼女はその差を大したことがないという風に言ったのかが、誰にも理解できなかった。

彼女は静かになったことで落ち着き始めたのか霜は徐々に規模を小さくしていく。

まるで何もなかったかのように消え失せた時に、彼女は改めて息を吸った。

 

「失礼いたしました。――ですがやはり私には理解できないのです。なぜ、一科生が絶対二科生より優れているなどという世迷言を妄信しているのか」

「な!?何を言うんだ!君はブルーム、一科生で、それでいて新入生総代だろう?!もしや嫌味で言っているのか!」

「事実です。私は新入生総代ではありますが、成績がすべて優秀だったわけではありません。魔法理論、魔法工学で満点を出す二科生に私は成績で及びませんでした。唯一勝てたのが先ほどの魔法力の差、だけです」

「それがすべてだろう!?実際に重要なのは実力だ!」

「実力とはいったい何を指しているのです?何を成す力を言っているのですか?

優秀な戦闘員になることですか?優れた魔工技師になることですか?」

「それが俺たちに求められていることだろ?!」

「ウィードなんか期待されることさえない!」

 

不満が空間全体に充満していく。

鬱屈した心、鬱憤が、まるで増幅していくようにここぞとばかりに噴出する。

それを受け止めているのは一人の、まだ15歳になったばかりの少女。

また彼女の周囲からエイドスが干渉を受けているのか霜が降りるが、先ほどと違いどうにも不安定に感じた。

彼女の感情が無意識に引き起こしているというのか。

だとしたら彼女の魔法力はとんでもない強さだ。

なんて感心している場合ではない。

無意識にこれほどの力が漏れ出るほど彼女は今、己を制御できていないのだ。

しかしそんな彼女から発せられる声はそんな乱れなど一切感じさせないほど落ち着いたもので、大きな声でもないのに不思議と遠くまで聞こえる声だった。

 

「お、――兄さんは二科生ですが成績は優秀で。

魔法理論は大人も舌を巻くほどすごいのだと、兄さんのアルバイト先の社員の方が自慢するように教えてくださいました。

私のCADは兄さんが調整してくれます。

おかげで私は優秀な成績を残せます。手に馴染むという言葉では足りないほど、体の一部のように馴染むのです。

そして――こんなことを言うのは鼻持ちならない話でしょうが、私は幼少の頃から目立つ容姿でした。

それが原因で誘拐されそうになったことは幾度となくありました。

時には運悪く海外の組織から狙われたこともありましたが、大の大人でも恐れをなす中、兄さんだけが傷だらけになりながら私を救い守り通してくれました。

それでも――そんな実力ある兄さんであっても二科生です。現在基準である魔法力が弱いというだけで、二科生となりました。

二科生に実力がない?私がこうしてここに立てているのは、兄さんがずっと守ってくれたから。

実力とは?一科生全員が魔法師の大人に囲まれても動けるというのですか?人のCADの調整をできますか?いったいどれだけの人が、理論が組み立てられるからとオリジナルの魔法を構築できるというのです?

私にはそんな実力はありません。

でもだからこそ己を磨く努力をしようと思います。兄さんの、隣に並び立てるようになりたいから。いつまでも守られる存在でいたくないから。

誰もが学び、身に着けようとするのが学校であり、カリキュラムこそ違えど一科生も二科生も努力することに変わりはないはずです」

 

誰も何も言えなかった。

彼女は、彼女の方が誰よりもこの現状に不満だったのだ。

己の兄がどれほどすごいか知っているのに二科生として蔑まれなければならないことが。

もし、だけど彼女の言うことが本当なら――達也くん、本当に高校生?しかも二個下??ありえないのだけど。

いったい誰がそんなスーパーマンに勝てるというの?

単なる力比べなら勝てる人はいるでしょうけど(十文字君とか摩利とか)調整がいきなりできる一年生なんていないし、しかも聞く限りかなりレベル高そうなんだけど?!それに――オリジナルで魔法つくっちゃってるの!?それもうなんで高校生なんてしてるのよってレベルなんじゃない!

ねぇ深雪さん、いろいろ詳しく教えてくれないかしら?

できれば九校戦が始まる前に。

なんて考えているのは現実逃避ね・・・。反省しなくちゃ。

深雪さんの話はこう締めくくられた。

 

「一科生だってただ魔法力があればすごいわけじゃない。そこに努力を重ねて技術を高めてこそなのです。

二科生も努力し研鑽を重ねているのに、努力するのに一科も二科も無いのにどうして、その努力を踏みにじれるというのです!?」

 

彼女は答辞で述べていたではないか。

皆等しく、と。魔法以外にも、と。

それはただ平等を謳っただけではなかったのだ。

彼女は実例を知った上で注意を促していたのだ、それがすべてではないと。

彼女の演説は説得力があり、ここで拍手が起きてもおかしくないと思った。

むしろ私は率先して拍手をしようとしたけど、この演説を聞いても頭に血が上っている人は抵抗できる力が残っていたようだ。

 

「そ、そんな綺麗ごと言ったところで!聞いたぞ。あんただってウィード、二科生を無視したり避けたりしたって」

「そうだ!上辺だけなんだろ!?」

「そ、それはっ」

 

その場面は私も見ていたので知っている。

指摘された言葉に彼女は初めて口をつぐむ。

不味い、と思った時には一気に形勢は逆転してしまった。

 

「結局自分だって俺たちのことを蔑んでんじゃねーか!」

「舌先で騙そうだなんて卑怯な真似しやがって!」

 

高まるボルテージに壇上の彼女は、先ほどまで堂々としていた姿の影もなく肩を丸め俯いてしまった。

激高した生徒たちが彼女に襲い掛からんと武器を構える。

その中にはCADもあり――魔法が彼女に向けられて展開される!

しかし俯いている彼女は動かない。

先ほどのすごい干渉力もうまくコントロールできないのか――こんな恐慌状態での魔法は難しいか――私も対抗できそうな魔法を用意して、

 

 

「っ深雪!!」

 

 

会場に響き渡る声は空気を切り裂いた。

――彼の登場と活躍はまるでヒーローのようだった。

闘技場の入り口に一つの影が現れた。

息を弾ませながら現れた彼がCADを付けた左右の腕を交差させたかと思うと、突如脳が揺さぶられるような感覚が私たちを襲う。サイオンの動きから彼が魔法を放ったのだということは分かったが、いったい何が起きたのかわからない。

だがおかげで深雪さんに放たれそうだった魔法はことごとく無力化されていた。

そして彼――達也くんは人垣をかき分けて壇上に向かいながら、今度は左腕のCADを操作して地面を蹴りつけると増幅した揺れが人々の平衡感覚を奪い、あっという間に彼女の元に駆けつけてみせた。

息切れは治まり始めているのか、最後に大きなため息を漏らして落ち着かせた彼は、ゆっくり彼女に近寄ると、その小さくなった体を抱きしめた。

 

「深雪、もういいんだ」

「でもっ」

「深雪がこれ以上無理することはないんだ」

 

そこには仲の悪いはずの兄妹が互いに慈しみ合いながら支え合う姿があった。

 

「深雪」

 

そう言って達也くんが深雪さんの頬に手を当て上向かせると、今まで堪えていたであろう深雪さんの目から大粒の涙が零れ出す。

それはとても尊い光景のようで、誰もが魅入った。

そして彼女はようやく口を開く。

 

「・・・お兄ちゃんっ・・・」

 

と。

涙声で。

この瞬間、闘技場内はきっと心が一つになったことでしょう。

すなわち、

 

(((((お兄ちゃん!?!?!?!)))))

 

え、さっきまでっていうか今まで兄さん、て呼んでなかった?

もしかしてお家ではお兄ちゃんって呼んでる?もしかして高校生になってから直した、とか?

さっきまでのヒーローものから急にアットホームな家族モノにチェンジした?

ちょっと情緒が追いつかない。

私だけじゃないようで、隣のはんぞーくんはお兄ちゃん、という言葉を繰り返していた。

そんな私たちを置いてけぼりに彼らは語った。

――この悲劇がなぜ起こったのかを。

私たちは悟らざるを得なかった

 

深雪さんはただ一人自己を犠牲にして平穏を守ろうと戦っていたのだと。

 

 

「お兄ちゃんを守るって、頑張るって決めたのにっ」

「お前は十分頑張ったよ」

「私が傍に行ったら、二科生だからって悪く言われるから我慢っ、した」

「わかってるよ。だから避けてくれてたもんな」

「仲良く見えたら、クラスの子が嫌な思いするかもって」

「それくらい一科と二科は壁が厚かったからな。おかげであの時衝突は避けられただろう?」

「でもそのせいで二科生の人に悪いことを・・・せっかく助けてくれたのに、お礼も言えなかったっ・・・」

「それならこれから説明すればいい。アイツらは気がいいからすぐ許してくれるさ」

「・・・ごめんなさい、私・・・ごめんなさ、」

「お前が謝ることは何もない」

「・・・私、無力だった。一科生って言っても、新入生総代でも、こんなにも、何もできない」

「そんなことはない。お前は賢くて、優しい俺の自慢の妹だ。――会長、生徒会長」

「ぅえ?!は、はい」

 

急に舞台に呼ばれてうまく反応ができなかったが何とか前に歩み出る。

 

「この場はお任せしてもよろしいですか?深雪を休ませてやりたいので」

「もちろんよ。ゆっくり休ませてあげて」

「すみません。お願いします」

「やめて頂戴。謝らなきゃならないのはこっちの方。私たちの因習が貴方たちを苦しめたのだから――深雪さんもこんなに追い詰めてしまってごめんなさいね」

 

申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

彼女はずっと苦しんできたのだ。

ずっと我慢して気持ちを押し込めて、新入生総代として模範になろうと、風紀を乱してはならないとクラスメイトにも気を配り、兄に悪感情が向かないように一人孤独に奮闘して。

 

「後日また改めて謝罪させてください。生徒会長としても七草真由美個人としても」

 

達也くんは頷くと「帰ろう、深雪」と言って片手で深雪さんのことを抱き上げて(それも軽々!)壇上を降りていく。

その道を開くように人垣が割れていく。

誰も彼らの邪魔をしないように。

深雪さんは慣れているのかバランスを取るため達也くんの肩と首に腕を絡めて。

顔を窺うことはできなかったけどもう悲しみに歪んでいないことを願うばかりだ。

その為にも――

 

「皆さん、私は生徒会長として一つ提案します。

後日公開討論会を行いたいと思います。一科と二科の待遇の差や具体的な要求もあるでしょう。

話し合いましょう。今回のような悲劇を生まないためにも」

 

 

――

 

 

達也視点

 

「深雪」

「深雪」

「深雪さん」

「おーい、深雪?」

 

キャビネットという二人きりの空間になって、深雪をゆっくり下ろしてやってその横に腰を下ろして声を掛けたのだが、反応はなく俯いたまま。

耳は赤いので恥ずかしさで爆発しそう、という状況なのだろうと理解するが、返事がないのは寂しい。

 

「みーゆきさん」

「・・・どんな顔して明日学校行けばいいのです?」

「だが計画通りなんだろ?」

 

何度か声がけをしてようやく声が聴けて安堵する。

声と身体は可哀想なくらい羞恥で震えているけれど。

 

「ネタばれオーケー範囲でお兄様はこんなにすごいの大公開作戦でしたら成功です」

「・・・そんな作戦だったのかアレ」

「もともとはお兄様ヘイト撲滅キャンペーンだったと思います」

「どっちにしてもひどいな」

「やることは同じです」

 

ようやく元気を取り戻したのは、とりあえずその作戦がある程度成功したのを確認したからか。

 

「メールが来ました。明日まず全校集会で公開討論会の説明をして、一科と二科の在り方について共に考えよう!ってことになったみたいです」

「だが結構な暴論だったな。魔法力の差がなんだ、だったか?なんだも何もそれがすべての世の中だろう」

「それを言ったら身もふたもないですが、例外はいくらでもあるということです。要は二科にだって意地はあって、牙も磨けば骨をも貫けるのだとわかれば奮起するかと」

「まあクラスメイトにもいるな。磨けば光りそうなのと磨かなくても光ってそうなのが」

「一科生の横暴さがより不満を生み出していたのです。その二科生にコテンパンにされたらどうなるか、と。これからは鳴りも潜むことでしょう」

「そんなもんか」

「・・・でもそのためにお兄様を利用してしまったことが申し訳ないです」

 

ここまでが深雪の計画だった。

俺にはイマイチこれによってどこまで一科生と二科生の関係が変わるのかわからないが、会長から送られてきたメールから何かが動き出すらしいことは分かった。

しゅん、と縮こまる深雪に手を伸ばし肩を抱き寄せる。

温かいこのぬくもりが確かにここに深雪がいるのだと教えてくれる。

 

「随分手の内を明かしたが、おそらく大法螺だと思われたんじゃないか?」

「フィジカルを疑う人は少ないのでは?みんな魔法を受けては道を譲らされたりしてましたから。それにあの時使われた魔法を誰も何だったかもわからない様子でしたからオリジナル魔法の信ぴょう性はあったかと。調整に関してはこの後生徒会長がお兄様確保に乗り出すでしょうね。一高は調整ができる技術スタッフが足りないはずですから」

「・・・九校戦か」

「目立つのはよくないことですが私がエントリーされないことはまずないでしょうし、そのCADをお兄様以外からされるのは」

「ありえないからな」

 

他人に深雪の調整を?そんなことを許せるはずもない。

 

「不安なんです、と続く予定だったのですが」

「俺が担当だ」

「ふふ、ありがとうございます」

 

笑う妹の顔には赤い、涙を流した後がくっきり残っていて。

 

「深雪に泣かれると、俺は自分を抑えられない」

 

それでも深雪が望むように動けたのは、深雪の目がそうあれと願ったからだ。

なぞると深雪はくすぐったそうに身を捩るが撥ね退けることはしない。

・・・だからこそ調子に乗るのだが。

 

「お兄ちゃん、か」

 

途端びくりと体を震わせる。

 

「ああああのですね、あれは何と言いますか」

「わかっているよ。効果はあったようだな」

「え、ええ。動揺させてからの方がよく聞いてもらえますから」

 

・・・つまり隙を生んで止めを刺した、ということだ。

その『よく聞く』も『効く』がかかっているのだろうな。

本当に末恐ろしい妹である。

 

「で」

「え」

「もう呼んではくれないのかい?」

「お、お兄様でしたらいくらでも」

「だめか?」

「ダメ、というかあの時の状況の方が稀と言いますか」

「深雪」

「あの、もう高校生ですし」

「俺が行くのが遅かったのが悪かったか?」

「いえ、タイミングはこれ以上ないくらい完璧でした!」

「なら、深雪・・・いいだろ?」

 

ずるい言い方だとはわかっているが、もらえるものはもらいたい。

お兄ちゃん、など呼ばれたことなど無く、そのように呼ばれたいなど考えたことも無かった。だが、あの時そう呼ばれたことでなかなかいい響きだと心が揺さぶられたのは事実。

常に呼んでほしいとは思わないが、偶になら聞かせてほしい。

深雪は視線をさまよわせ逃げ道を探すがそんなものどこにもない。

観念した深雪は覚悟を決めると平静を取り戻した顔を作ったのち、下から覗き込むようにして『にぱっ』と笑う。

 

「おにーちゃんだぁいすき!」

 

・・・・・・・・・。

 

「やり直しを要求する」

「え!?ダメでした?!」

 

何がいけなかったんだろう、じゃない。

なぜそんな引きだしを持っているんだ?

・・・じゃない。いくつ年下な想定しているんだ。確かに可愛いが、それは犯罪臭がする。

 

「・・・お兄ちゃんはわがままだなぁ」

 

しょうがないな、という顔でさらりと言う妹はもう主演女優賞とやらをもらうべきなんじゃないだろうか。

よく知らないが毎年そんなことをニュースでやっていたのを思い出した。

 

「お兄様?」

「・・・深雪は恐ろしいな」

「私はそう言いつつも抱きしめるお兄様が恐ろしいです。今そんな流れがありました?」

 

どうあっても妹を抱きしめるシーンだと思う。異論は認めない。

そうこうしているうちにもう家のそばに来ていた。

 

「さ、お手をどうぞ」

「お兄様は妹をどうしたいのです?」

 

いつぞや言った俺の言葉をもじったのだろう。

恥ずかしそうに手を取る深雪に俺は決まった言葉を返す。

 

「お前を幸せにすることが俺にとっての喜びだ」

 

その為ならば共に道化にでもなろう。

お前が望むならなんだって、――この兄が叶えてやる。

 

「私を幸せにしたいならまずお兄様が幸せになってくださいませ」

「もちろんだ、俺のお姫様」

 

エスコートして玄関の扉を閉める。

長い一日が終わろうとしていた。

 

 

 

――

 

 

深雪視点

 

終わった・・・。私の楽しい学校ライフが。

とは、流石に冗談だけど恥ずか死ぬよね!舞台女優張りの大げさな立ち回りに、独演会もどき、そんでもってのお兄ちゃん大号泣事件の三本立て!

やめて!ライフはもうゼロよ!!

まあ冗談はここまでにして。

たまには真面目モードも見せないとただのピエロで終わってしまうので。

本当はもう少しじっくりやろうと思って長期戦覚悟してたんですけどね。

直前で予定変更しちゃいました。

だって、すでに見えたんですもの、『エガリテ』のリストバンド。

え、早くない?!お兄様がストーカーされて逆に見つけちゃうあれですよね??

そう思ったら閃きました。

これ、早めにお兄様でフィッシングできてしまうのでは?大ごとにする前にぷちっといけちゃうのでは?と。

そもそもブランシュとは反魔法国際政治団体などと表向きは謳ってはいるが、その裏は公安もマークする犯罪組織だ。更にその奥を掘り返せば元は外国に通じていて――頭角を現しそうな魔法師を見つけては潰すか攫うかだの、国力を減らそうという思惑を隠しに隠した組織なのだ。ま、こちらの話は公安は尻尾すら掴むどころではないのだが。ばーい四葉調べ。軍の一部の方々は知っていたりしますけどね。情報共有大事。だって共に手を取って対大亜連合防衛協力してますのでね。

ってことでお兄様と情報共有と、協力をお願いに。

・・・ところでお兄様何かに目覚めました?ここでもお兄ちゃんを強要される・・・。期待されてもそんなにお兄ちゃんレパートリー無いですからね?

 

「お兄ちゃん、お願い(きゅるん)」

 

イメージは某赤い頭巾のウサギさんである。

・・・快く引き受けていただけることになりました。

 

さあて、どう動きますかねー。

 

 

――

 

 

 

憂鬱な登校。

すでに駅前から視線がものすごくてですね。

 

「手でも繋ぐか?」

「・・・それをしても今は安心できそうにないかな」

 

多分ただ煽るだけだよ、と呟けば隣で楽しそうに(ただし妹視点)苦笑しているお兄様。

 

「やっぱりこうして肩を並べて登校できるのはいいな」

「それは同意見だわ。この距離が一番いい」

 

私も嬉しくてお兄様に微笑みかけたんだけど、その途端周囲にざわめきが起こる。

そんな。珍獣が動いた!じゃないんだから。

いや、その気持ちもわかりますけどね。

きっとすでに学校中で噂なんでしょうね。昨日の今日だけど。

仲の悪いと思われていた兄妹!その実態は本当は仲良し!?みたいな?号外でも回ってたかなってくらいみんなの視線がとにかくすごい。

まるで時の人のよう。

 

「まるでじゃなくて時の人だろうな」

 

あらま。口に出ちゃってましたか。

気が緩みましたねぇ。

 

「目立っちゃったから仕方ないのだけど」

「元々お前が目立つことは当然だし、俺の場合、悪目立ちになる予定だったんだから、まあマシじゃないか?」

「兄さんのことキラキラした目で見てる人もいるようだし」

「・・・嬉しそうですね深雪さん」

「どうせ注目されるなら憎まれ役よりヒーローの方がいいでしょう?」

「柄じゃない」

「私にとってはいつまでもヒーローだもの」

「それはお前にだけだよ」

 

頭にポン、と手を置いて髪を撫でればまあ不思議。

黄色い声が各所から上がりました。

お兄様もちょっとびっくりして手が止まりましたけど、再開するんですね。歩きづらくないです?

そんなこんなで注目を浴びて登校した教室で、挨拶よりも先にクラスメイト全員に頭を下げられる私はどうすればいいでしょう?

特に頭を下げているのはみんな大好き、かませ犬の森崎くんです。

 

「司波さんを追い詰めるつもりはなかったんだ!僕の、僕たちの価値観を押し付けて本当にすまない!」

 

そのあとに続くようにみんなして謝罪の嵐です。

まってまって。朝からそんな涙目にならないで。これから授業の前に全校集会があるのよね。

こんな落ち込んでたら周囲からどうした!?って注目されるよ。

 

(・・・思い込みは激しいけど、素直でいい子たちなんだよねぇ)

 

「みんな、謝らないで。みんなが悪いんじゃないの。

私もみんなと仲良くなりたくて、みんなが避けているなら私も避けた方がいいって。・・・ひどいでしょ?」

 

嫌われたくないから、いじめをする心理と何も変わらない。

争いを避けるようにしたつもりだけど、ただそれだけだから。

けれどそれを否定するように首を振ってくれた。

 

「司波さんが私たちを優先してくれたこと、嬉しかった。でももう無理しないで。昨日の話を聞いて私も自分の目が曇ってたことに気付いたの」

「光井さん」

「二科生と仲が良くても司波さんは司波さんだもの」

「北山さん」

 

おおっとクラスのトップ美少女に挟まれました。ここが天国。

・・・と、そうじゃないね。なんだか話が早くて若い子っていいなって思ってました。私も15歳。もうちょっとフレッシュさを出していこう。

 

「ありがとう。あの、こんな時なんだけど私のことは深雪と呼んでくれない?」

「いいの?!じゃ、じゃあ私のことはほのかで!」

「雫って呼んで」

「わかったわ。ほのか、雫。これからもよろしくね」

「「こちらこそ」」

 

女子高生パゥワーで一気に空気を塗り替えてやりましたとも。

これで仲直りです。

他の子たちも集まってキャッキャします。

男子が疎外感半端ないけど、なんか後方彼氏面じゃないが温かく見守ってる風になってるから、いいのかな。

クラスの問題も解決したし、このまま流れでクラスみんなで講堂まで行くことになった。

・・・廊下に広がって歩いちゃいけませんよー。

で、集会に参加したんだけど、私とお兄様はちょいちょいっと生徒会長に呼ばれ、誰からも見えない特等席へ。

なんでも、注目されすぎちゃって大変でしょ、と気を使ってくれたらしいけど・・・それってこれからの話に出るからってことですよね。

噂だけじゃなく直接話しちゃうのか。・・・あ、一応名は伏せる?匿名の意味無さそうですけどね。ある兄妹の悲劇を例にして一科と二科の在り方を考えたい?あー。同情かって因習を断ち切ろうってことですね。

そして始まる会長の演説会。

一週間後に討論会するよー、がメインのはずなんだけど印象操作すごいね。一科二科の因縁取っ払うのは難しいけど差別は無くせる!まずはそう考えさせる原因をみんなで追求だー!って流れになってる。

原作の時ってこんな熱気無かったよね?ぎすぎすだった気がするんだけどみんな乗り気です。これが若さか、ノリがいい。

・・・まあ、一部の方々は違うようですけど。

 

「生徒会長は把握されているでしょうか?」

「さぁな。念のため撮っておくか」

「――あ!あの方」

「アレが?」

「ええ。ここからでは確認できませんが」

 

これだけ密集していては腕の確認はできないし、したところでこんな目立つ場所ではおそらく見えないだろう。

でもあの顔はアニメで見覚えがある。

 

「・・・違うとわかっているのだが、他の男を見つめる深雪を見るのは面白くないな」

 

人目がないからか、ぴったり横に並んでくっついていたお兄様が、さらに密着するように腰に手を回し耳元で囁くので一気に顔が熱くなる。

 

「お、お兄様!」

「誰もこちらを見ていない」

「そ、ういう問題では」

「これから生餌として仕事をする兄に英気を養わせてはくれないか?」

 

生餌!いい表現ですけど、きっと生きがよくてすぐ吊り上げられるでしょうけども!

 

「お兄様は時折ひどく意地悪です」

「こんな兄貴は嫌か?」

「・・・好きです」

 

嫌いなんて言葉お兄様に言うわけがない。

そしてお兄様もわかってて聞いてくるあたり本当に意地悪だ。

おかしいな。兄妹でべたべたはしていないつもりだったのに、これってべたべた、よね?二人きりだからセーフ??

それとなく回避していたはずなのにおかしいな、とお兄様の顔を見ればにっこり微笑まれていて。

 

「深雪は本当にいい子だ」

 

・・・洗脳?詐欺??ヨクワカリマセンネ。

お兄様が幸せそうでなにより。それでいいじゃないか。

原作の深雪ちゃんも言っていた。騙されてあげます、という奴だ。

お兄様が誰かとフラグを立てそうになったら気づかれないようフェードアウトしていけばいいのだ。そして彼女さんにシフトチェンジしていけばいい。

色男モードのお兄様に対し思考を放棄してしまう己の傾向を理解しつつも打開策など浮かぶわけもなく、いつの間にか集会は終了。

この場も解散となった。

 

 

――

 

 

お昼。

生徒会室に呼ばれているのでクラスメイトと別れて、共に呼ばれているお兄様との待ち合わせ場所に行くと――さっそく生餌は食いつかれていました。

壬生先輩、お兄様に助けられたわけじゃないのに接触をしてくるとは。

誘導?洗脳?ってすごいと感心すればいいのか。

ハニトラにしては、憧れの男子に話しかけてる美少女って感じが初々しく映りますね。

もしやお兄様の登場からの妹奪還シーンに憧れました?あれカッコよかったですものね。

どうしようかしら、少し待つ?と過ったけれどお兄様の視線にロックオンされました。

はい、向かいます。

 

「兄さん、お待たせ。あの、もしお邪魔なら」

「邪魔じゃないよ。少し話していただけだから。こちら壬生先輩。昨日の騒動を治めてくれたとお礼を言いに来てくれたんだ。俺は別に治めたつもりはないんだがな」

「君にその気がなくても、結果的に治めてくれたんだから君の功績よ。司波さん――深雪さんと呼んでもいいかしら?深雪さんも、二科生をかばってくれて嬉しかった。ありがとう」

「いえ、私はただお・・・兄さんのことがあったので」

「ふふ、お兄ちゃんって呼んでもいいと思うわよ?」

「大丈夫です!もう高校生なんですから、いつまでも子供のように呼ぶのは卒業しなければ」

「しなくていいんだがな」

「もう、兄さんまで参加しないで!」

 

とても自然な会話だ。

私に対しても壬生先輩は嫌悪がない。

むしろ感謝しているような発言も飛び出した。これは私に対して変に洗脳していない。つまり拒絶させるより――てこと・・・?

 

(おや?そうなると話は変わりそうですねぇ)

 

「では先輩。申し訳ありませんが、妹と共に生徒会に呼ばれていますので」

「ああ、そういう話だったわね。引き止めちゃってごめんさない。でも放課後は時間ある?」

「深雪を待っている時間でしたら」

「ならカフェテラスで続きを話したいの」

「わかりました。では放課後に」

 

先輩はこちらに軽く手を振って去っていった。

昨日はあの場にいたはずだけど見る余裕なかったしね、うん。流石美少女剣士。剣道小町の異名も可愛いよね。ちょっと男勝りな勝気な少女。可愛い。

 

「では行こうか深雪」

「ええ、兄さん」

 

これはまた作戦が変わるかも、と過る一コマにそっと兄の手を握る。

符丁のつもりですぐ離す気だったのだけど、握りこまれた手は離れない。

・・・目的地にたどり着くまでの視線が生暖かかった。

 

 

初めてお兄様と生徒会室に入室する。

中にはお昼には珍しく服部副会長の姿もあった。ついでに生徒会員ではない渡辺摩利先輩と――おや、十文字先輩の姿もある。こちらは完全お初ですね。迫力が違います。本当に高校生です?

ある意味これも年齢不詳よね。社会人になったとしても新入社員に見えないしなれない。絶対重役。

 

「いらっしゃい。来てくれてありがとう。

――司波深雪さん、この度は本当に申し訳ありませんでした。貴女を苦しめてしまったこと、謝罪いたします」

 

示し合わせていたのか、先輩方が揃って頭を下げる。

本当なら謝罪をされることではないのだけどね。こっちが勝手にやったことだし。

でも謝罪は受け取ります。

 

「七草会長、お気持ちは受け取らせていただきます。私はただ、平穏に過ごせればそれでよかったとそう思っていたのですが、考えが浅はかでした。むしろ暴走を悪化させたところを収拾していただいてありがとうございました」

「うーん、あれは貴女のお兄ちゃんが治めてくれたと思うんだけどな」

 

おおっと。もう謝罪ムード終わりです?

七草会長って公式小悪魔さんだから揶揄うの大好きなのよね。

だがしかし、公式は許しても私のお兄様がそれを許してくれるかな?

横からちょっぴり不穏な空気が。

 

「会長、あまり妹をそのことで揶揄わないでいただけますか?昨日のことを思い出す度、この子は自分は守れなかったのだと後悔するので」

「えっ、あ!ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの!」

 

いえ、さっきそのネタで壬生先輩にいじられたばかりです。

あの時はそんな話出なかったし、そこまで後悔してないんですけどね。

あ、ないわけじゃないんです。実際原作ほどお兄様へ嫌がらせが向いてなかったからね。

原作はほら、なんでそんなに?っていうくらいヘイト集まってましたから。歩くだけで睨まれるお兄様、それは見たくなかったので。ちゃんと守っている気分も味わえて、どちらかと言えばいいイベントでしたよ。・・・心労はあったけど。

私はなんちゃって女優な気分であって、実際女優でもなんでもないんですから、ある程度真実を混ぜて演技しないと真実味はそう出ないよ。

 

「会長大丈夫ですよ。兄さんなりのジョークです。さっきも別の方に兄の呼び方で言われてたのを一緒になって揶揄ってきましたから」

「え、そうなの?」

「意趣返し、なんでしょう?」

 

そうお兄様を見ればうっすらと微笑み返す。

あ~、さっきの『ちょっぴり不穏』は自分以外に、というか七草会長に揶揄われることが面白くなかった、のかな?

 

「失礼しました」

 

慇懃に頭を下げるお兄様に、まだお兄様を掴み切れていない会長は戸惑っていたけれど、十文字先輩の介入で空気が切り替わる。

 

「とりあえず立っているのもなんだ。座って食べながら話さないか。そんなに時間もないことだしな」

「!そうね。みんな掛けて頂戴。お肉と魚と精進料理、好きなものを選んで」

 

本当ならお兄様の後に続いて座りたいのだけど、気づけばエスコートされて座らされる。

私が上座ですか。座り心地悪いんですけどね。

 

「・・・なんというか、兄妹というか恋人でもそこまでしないぞ」

「渡辺先輩の彼氏さんのことは存じませんが、これくらいは別に兄妹でもおかしくないと思いますよ」

 

絶対おかしいですよお兄様。周りの認識を塗り替えようとしないでください。

さらりと先輩の恋人有なことを見破ってますね。さっそく渡辺先輩が動揺してます。

 

「そ、そういえば名乗っていなかったが」

 

話を変えようと必死な先輩は普段のカッコよさと違って可愛いですね。

これを見放題な彼氏さんうらやまです。

しかしその可愛さを流すことができるのがお兄様。時間を無駄にはしない男。

 

「こちらは一方的に皆さんを知っていますから。自分は深雪の兄で司波達也と言います」

 

食事が来るまでに改めて全員自己紹介を済ませ、ようやくランチとなった。

 

「長く続いた学校の問題を、貴方達が解決する糸口を作ってもらったんだもの。絶対に成功させて見せるわ」

 

意気込む会長に渡辺先輩が補足する。

 

「あ~、真由美はずっとこの問題をどうすべきか考えていたんだ。どうあったってこんな環境、いい影響なんてないからな」

「一部の生徒にはいい発破かけではあったようですが。二科のようになりたくはない、と」

 

これは市原先輩。クールビューティー。

 

「そ、それは全然いい影響じゃないです!むしろ心身に悪い考えですよ!」

 

この可愛らしく吠えるのは中条先輩。チワワ?ポメラニアン?可愛いですね。

 

「一科には一科のプライドがある、という話ですよ」

 

淡々とした口調は服部先輩のモノで、若干固く感じるのはまだ二科生に対して蟠りを感じているからか。

昨日のお兄様を見て思うところがあったのかな。妙にお兄様を意識しているように思う。

 

「でもだからと言って二科生に対し見下していい、ということにはならない」

 

いつになく凛々しいお顔の七草会長。

 

「――初めは魔法師の数が少なかった。兵力を育てるに、自信をつけさせる意味でも必要だったかもしれんな」

 

創立当初の分析するのは十文字先輩。

それにストレス発散もあったんですかね。戦争はどうしてもいろんな影を生む。

先輩が話すとちょっとした会話も重厚さが出ますね。

 

「時代は変わったのだから私たちも変わらないと」

「――その、ちょっとよろしいでしょうか?」

「なに、深雪さん?」

 

自己紹介のような会話も終わったところでこちらから本題に入ろう。

お兄様と意味ありげなアイコンタクトをしてから挙手をして話に割り込んだ。

 

「もともと一科と二科の関係は根深かったと思うのですが、こういった暴動は毎年起こるのですか?」

「ええ、残念ながら。毎年風紀委員がその場を治めるので駆けずり回っているのだけど、今回のような規模は私たちも初めてだったわ」

「ああ。闘技場のは、たとえ剣術部と剣道部の争いを風紀委員が最初から介入しても止められたかどうか。風紀委員からも謝罪と感謝を。助かったよ司波兄妹」

 

渡辺先輩は背筋を伸ばして首を垂れる。

その場を風紀委員として納められなかったことを悔やんでいるようだった。

でもごめんなさいね。今はその話は置いておいて問題を提起させてもらいます。

 

「十文字先輩は部活連の会頭なのですよね。何か異変など感じるところはありませんでしたか?」

 

今度はお兄様が私の意図を汲み取って、十文字先輩に質問を投げかける。

先輩は箸を止め、目を伏せてから。

 

「そうだな、俺に直接ではないんだが、予算について公平かどうかみたいなことは聞いたか。だがこれは去年末くらいだから今年に限った話ではないな」

「ああ、それなら私もちらっと聞いた。まあ不満に思われるのもしょうがないが、こればっかりは一科二科ではなく大会の実績だからな。あとは風紀委員で言うなら点数稼ぎやら一科生ばかり贔屓にしているやらだな。これも毎年あることだから気にしてはいなかったが」

 

まあそうよね。いきなり不満が爆発したら目立つから徐々に徐々に浸透させたんだろうし。

 

「二人は何か思うところがあるのですか?」

 

市原先輩の質問はありがたく、おかげで話の進行がスムーズに進む。

 

「回るのが早いと思ったんです。深雪の噂が」

「え、それは彼女が目立つからで」

「目立つのは分かります。深雪は誰もが認める美少女ですからね。でもそうじゃない。悪評が出回るのが早すぎた」

 

きゃ、誰もが認める美少女ってお兄様に言われちゃった(はーと)、と遊んでしまうのはけして冗談でふざけているのではない。

そうしないと口元が緩んでしまうのです。

深雪ちゃんの体の不便なところは、お兄様に褒められると反応してしまうことですね。

表情引き締める為、今日も心の中で全力でふざけます。

 

「・・・悪評」

「俺を避けていた、兄妹仲が悪いのでは、というのは分かります。だが『兄を嫌っているのは二科生だからだ』や、『二科生を毛嫌いしている』、といった二科生に対しての悪感情についての噂の方が広がっていた」

「・・・つまり一科生と二科生の溝を深くしようとした人物がいたと言いたいの?!何のために!?」

 

あれ?確か原作では七草会長や渡辺先輩は一部先導している生徒がいることを知らなかったっけ。

誰とは特定できていなかったはずだけど。

ならば証拠になりそうなものを提示しましょうか。

 

「兄さん」

「ああ。こちらは今朝の集会の様子です」

 

見せたのは撮れたて新鮮の生徒たちの様子だ。

整列は特にしていない。うちのクラス以外クラスごとに移動したわけでもないし、講堂の中に入ったとて別にクラスで並ぶ必要のない集会だ。

ただ仲間内で集まって話を聞いていたその中で。

 

「皆前向きに話を聞いている中、一部の生徒たちの表情にご注目ください」

「これは・・・壬生、か?」

「摩利知ってるの?」

「ああ。彼女は剣道部部員でとんでもなく強くてな。全国大会常連で剣の腕では私は敵わないだろう」

「そんなにすごいの彼女・・・」

 

渡辺先輩への信頼が厚いですね。

地味な男子たちと美少女のグループって目立つからすぐ目が行ったのか、案外早く見つかった。

まあ表情があまりいいものでもないですしね。

 

「――その周りも剣道部の部員だな、というよりもこれは」

「もしかして剣道部部員全員ですか?」

「すべてを把握しているわけではないし、剣道部以外の者もいるが共通点がある――二科生がメインの部活の生徒だ」

「「「!!!」」」

 

流石部活連の会頭、抑えるべきところはちゃんと抑えているようだ。

 

「だがこんな映像をわざわざ撮った理由はなんだ?噂を気にして撮った、にしてはピンポイントのようだが」

「その、先輩方は青と赤のラインで縁取られた白いリストバンドをご存じですか?」

 

質問に対し彼らは顔を見合わせるが芳しい反応はない。

まあ普通の高校生は知らないのも無理はない。

だけど七草会長はともかく十文字先輩ならご存じかと思っていた。

 

「ではブランシュ、はいかがです?」

 

今度は反応があった。

顕著なのが二つと、見逃してしまいそうなのが一つ。

その他は彼女たちの反応に、何かあるのだと黙って聞く姿勢だ。

 

「なぜ、その名前を・・・」

「――そうか。エガリテ、か。聞き覚えがあったな。確かブランシュと直接的に繋がりこそないが下部組織ではないかと噂されている」

「「「!!」」」

「その組織のシンボルマークですね」

 

やはり、全く知らぬわけではなかったらしい。

同じ十師族として少し安心した。・・・七草会長はまだそういった教育をされていないのか、はたまた家を継ぐ者ではない故に教わっていないのか。

教育方針はそれぞれだからね。口出しはしませんしできません。

でもブランシュに反応したってことは学内にいる可能性は感じていた、のかな。そのあたりは分からないけれど。

 

「そのシンボルマークを付けている生徒を見かけました」

「どうして反国際魔法組織が魔法を志す者の学校に?!」

「政治的戦略と言われればそれまででしょうが」

「工作員?まだ高校生ですよ!?」

 

まあ混乱しますよね。

ある意味敵対する組織の人間が入り込んでいると言われたら。

 

「魔法が使える人間でも、魔法師に不満を抱いてもおかしくありません――二科生は特にその声に耳を傾けやすい立場にありました」

 

だがこんな中ただ一人冷静に分析できる市原先輩は頼りになります。

 

「!!一科二科の差別を助長させることが目的?!」

 

でも・・・うん、どうやらブランシュで知っているのは表向きの、しかも政治的意味合いの方の話になりましたね。

まあそれでも問題は無いですが。

 

「しかしブランシュの、それも下部組織などどこで知った。普通は服部や中条のようにニュースで聞くくらいだろう」

 

普通はそうでしょうね。

 

「深雪は狙われやすいので」

「!そういえば昨日言っていたわね」

 

便利な言葉ですよねその言葉。嘘ではありませんし。

無表情のお兄様の顔色を見破るのはなかなかできるものではないけれど、疑われる要因は無いに越したことはない。

 

「もしやすでに狙われたことが?」

「いえ。ですが可能性があるならばと調べたうちの一つです」

「・・・その頭にはどれだけの犯罪者リストがあるんだか」

「恐縮です」

「褒めてはないんだが、褒めるべき、なのか?」

「兄さん、いつもありがとう」

 

心からの感謝を。

微笑んで見つめればお兄様も表情を和らげて頭を撫でる。

 

「お前が健やかに育ってくれるだけで俺は嬉しいよ」

 

これぞ司波兄妹って会話だよね。

ねじがぶっ飛んでる。

 

「・・・・・・そんなに狙われ続けているの?」

「七草会長もそうではないのですか?」

 

驚愕されてるけど、魔法力が高いと狙われるのは魔法師界隈では常識だし、美少女に変態が湧くのは世の常だ。

特に七草会長だって、そこに加えて十師族ブランドも加わるのだから狙われ放題でしょうに。

だが会長は手を振って否定する。

 

「私もなかったわけじゃないけど、ちゃんと護衛がいるから回数で言うならたぶん深雪さんには敵わないんじゃないかしら」

 

あ、これ会長ももちろん警戒しているんだろうけど、陰で護衛さんがめっちゃ頑張ってるやつですね。

失礼しました。

 

「十師族も大変なんですねぇ」

 

中条先輩のおかげでほっこりしそうになったけれど、ずっと聞く側に徹していた十文字先輩が動く。

 

「話が逸れたな。つまり司波、――兄の方だが――お前はこう言いたいわけか。この度の一科と二科の諍いはブランシュの下部組織エガリテが関わっていて、何か事を起こそうとしている、と」

「そう考えると腑に落ちますので」

「腑に落ちる・・・って何が?」

「ここに来る前にさっそく壬生先輩から声を掛けられました。挨拶もしたことのない自分に対して、です」

「それ、は・・・でも、昨日の君たちを見ていたら声を掛けたくなった、というのはさほどおかしな話ではないと思うが――ああ、今朝の集会、か」

「何かある、ということね」

「だが目的はなんだ?二科生の待遇改善なら討論会で話し合えば何か変わるんじゃないのか?」

「青田買いか?手駒としては一高生というだけでブランドにはなるかもしれないが」

「――ブランシュは表立っていないが過激な組織だ。旗印としてうちの生徒や卒業生が使われたとあれば、世間の印象は悪いものになる」

「「「・・・・・・」」」

「何か手を打った方がいい、のかもしれないけれどその、エガリテ?だからと取り締まることはできないわ。この国はどうであれ政治活動の自由を保障してる。それは学生にだって適用される」

「相手の出方を見守るしかない、ということですか」

「動かなければそれはそれ。だが見せてもらった映像を見る限りすぐにでも動き出しそうだからな。見張っているべきだろうが」

「風紀委員にそんな余裕はないんじゃない?クラブ勧誘はまだまだ始まったばかりでしょう?」

「そうだが、剣道部は部活の一つ。一つをずっととはいかないが、ある程度見張りはあっておかしいものじゃない」

 

どうやら方向性は決まったようだ。

今回の昼食会は警戒を促すものだったので、戦果は上々だろう。

お兄様を見れば安心させるような笑みを浮かべていた。

 

「そろそろ時間ね。ほかにもいっぱいお話したいことがあったのに全然話せなかったわ。また近いうちに誘ってもいいかしら」

「ぜひ」

 

こうして長いようで短いお昼時間は終わっ――る前に、

 

「司波、ちょっといいか」

「深雪」

「ここで待ってるから」

 

生徒会室を出てすぐ十文字先輩に呼び止められた。

先輩がお兄様だけを呼んでいるのがわかったので、賢い深雪ちゃんはちょっと離れた壁に寄って待っていますよ。

そして話はすぐに終わりお兄様と共に頭を下げて教室へ急ぐ。

 

「目的の目星を聞かれた」

「なんとお答えしたのです?」

「先輩の予想通りかと、と」

「・・・十文字先輩はご存じでしたか」

「軍の噂程度、だそうだ」

「はっきりしないうちは明かさず警戒を、ということでしょうか」

「動くならさっさと動いてもらいたいな」

「あら、お兄様ったらいつになく好戦的ですね」

「こんな暗躍じみたこと、深雪の健康に良くないからな」

「・・・お兄様、過保護が進んでませんか?」

「俺が過保護ならまず深雪を外に出さない」

「それはバッドエンドですお兄様!」

 

あれ?お兄様ってばヤンデレの素質なんてお持ちでした!?深雪ちゃんの専売特許では??

 

 

――

 

 

授業には余裕で間に合った。

まさか最後にホラーな展開を思わせる話になろうとは。

いえバッドエンドというか、お兄様とだったらたとえ監禁エンドでもメリーバッドエンドでしょうけども!

嫌いじゃないよ見ている分には。体験したことないからわからないけど、うん。あれはフィクションだからいいのであってリアルは想像つきません。

お兄様がヤンデレなんて想像したことなかったので!幸せにする気満々なのでね!!縁遠いものですよ。

つまり心配nothing!・・・動揺しすぎました。

 

「深雪?大丈夫?」

「ありがとう雫、ほのかも心配ありがとう。大丈夫よ。ちょっと考え事してただけだから」

 

心配してくれる友達ってありがたいよね。嬉しい。

クラスメイトとも仲が悪くなることなくて一安心しています。

入学当初はどうなることかと思ったのだけど、みんな素直ないい子たちで助かりました。

 

「つ、次は司波さんだよ」

「ありがとう」

 

実技の順番がきたと教えてくれた男子は、伝えることだけ伝えて足早に去っていく。

話せたことが嬉しかったのかガッツポーズをし、周囲の男子から背中を叩かれていた。

うむ。青春っていいよね。

気分のいい私は反応の鈍すぎる機械で雑音だらけの起動式を受け入れても苛立つことなく、さくっとつまらない作業を終わらせた。

どよめきをバックに友達の元に戻って、会話に花を咲かせる。

私も青春の中には入れたみたいで気分は上々!

今日はいい日だなぁ、と朝の憂鬱さが吹き飛んでいた。

 

 

放課後は生徒会室でお仕事。

正直四葉からの課題を熟している身としてはさほど手間ではないのだが、できすぎても問題なのでゆっくりと熟読する振りで時間を稼ぎながら作業する。

 

「ところで、深雪さんはどう思っているの??」

「どう、とはいったい何についてでしょうか?」

 

七草会長も作業をする手を止めずに、けれど声は楽しそうに――否、揶揄うような声で訊ねる。

 

「ほら、今この時お兄さんはデートをしているわけじゃない?」

 

でーと。生餌ってデートになります?

むしろハニトラとロミトラ合戦かな。

・・・ここは知らないふりが賢明ですね。それ以外ないです。はい。

 

「年上の彼女ですか?お姉ちゃんって憧れるので大いにアリですね。壬生先輩素敵でしたし」

「あらお兄さんが恋人作るの応援しちゃうタイプなのね」

「意外ですか?」

 

なんでしたら斡旋しまくる予定ですよ!先輩もいかがです?

口にはしないけど。

 

「そうねぇ。昨日のアレを見る限り、結構二人きりの世界だったから恋人なんて、って」

「ふふ、なんですそれ。ブラコンなのは認めますけど兄が幸せならそれでいいじゃないですか」

 

ブラコンだからって、皆が皆お兄ちゃんに恋人が嫌なんて、ちょっと夢を見過ぎじゃないでしょうかね。

 

「確か七草会長もお兄さんがいるんでしたよね」

「あ~うちは貴女達みたいに仲良くないから、その辺はお互い気にしたことないわね」

「兄妹と言っても形はいろいろですね」

 

無難な言葉を返しながら、さてどうしたらお兄様は七草会長と仲良くなるだろう、と思案する。

・・・ファーストコンタクトは会長の方からだったから気はあるはず、だと思ってたんだけど。

 

「でもそうね、昨日のアレを見た人には人気が出そうよね達也くん」

「私は俯いていたのでよくわからないのですが、クラスの子からもすごかったと聞きました」

「もうだめだ!って思ったところに格好良く登場して、ばっさばっさと周りをなぎ倒してお姫様を救い出すんだもの。あれはちょっと私もかっこいいなって思ったわ」

 

うーん、これは全くの脈無しではなさそうだけど、ちょっと英雄視させすぎちゃった?

九校戦で巻き返せるかな。

もしくはお兄様と二人きりになる機会があれば、あのフラグ建築士のお兄様のことだからイチコロだと思うんだけど。

今後に期待だね。

今日のところは私が恋人歓迎派ですよと伝えるに留めておこう。変な斡旋は逆効果を生む。

 

「ほら会長、しゃべっていないで手を動かしてください」

「動かしてるわよ~でも書類が終わらないのよ~」

「が、頑張ってください会長」

「あれ、そういえばはんぞーくんは?」

「例の件で風紀委員長に呼ばれていきましたよ」

「・・・もう、問題があとからあとから!こっちは学校生活だけでいっぱいいっぱいなのにぃ」

「机に凭れている時間なんてないですよ。今送りましたのでチェックお願いします」

「リンちゃんは仕事が早すぎる!」

「討論会の分の仕事が増えているのです。会長のやりたかった政策でしょう。頑張ってください」

「うー、頑張る」

 

いいチームですね。生徒会。

いい職場に恵まれたようで何よりです。

どうせ仕事をするならば癒しがあって上司に恵まれるところがいいものね!

彼女たちの為にも頑張りますか。

 

 

――

 

 

夕食を終え、食器も片してソファでまったり今日の報告会中。

 

「カウンセリングのモニター、ですか」

 

お兄様が?ああ、なんか原作にそんな話があったな。確か公安の人なんじゃなかったかしら。

 

「おそらく彼女は何かあるだろうな。妙なさぐりも入れてきた」

 

ううん、流石歴戦の雄であるお兄様は見逃さない。

小野先生まだお会いしたことないけど、にげてーと言いたくなる。

けどこの先どうあっても逃げられないだろうし、利用されることを思うと労いの方が強いかも。一応持ちつ持たれつではあるんだけど、翻弄されるタイプは総じて不憫属性である。可哀想。

公務員って大変ですね(すっとぼけ)。

壬生先輩とお話した後、タイミングよく呼び出されたらしい。

お兄様研究したいのに、どうしてこんなに邪魔されちゃうんですかね。

でもここを乗り切れば風紀委員の仕事もないし、原作よりは時間を捻出できると思うのだけど・・・そもそも原作多忙すぎたからな。

ここを乗り切ってもすぐ九校戦控えてるし。

 

「壬生先輩の方はいかがです?」

「はじめこそ部活の勧誘だったが、途中から今の生活に不満がないかと」

「お兄様を誘って戦力にでもする気ですか?」

「その可能性も捨てきれないが、どうにもな」

「何かおかしなことでも?」

「なんというか思い込みが激しいような気がしたんだ。集団心理でもああなることはあるが、矛盾しているのに気づいていなかったりと、どうにもちぐはぐな気がする」

 

お兄様将来探偵にでもなりますか?

リアル高校生探偵??真実はいつも一つ!・・・じゃないのがこの世界ですから、決め台詞は別でお願いしますね。

展開が早いのは悪いことじゃないからいいけど、うーん。お兄様有能すぎる。

何はともあれ。

 

「お疲れ様ですお兄様」

「俺に癒しをくれるか?」

 

両手を広げるお兄様に、私は身を預けるように倒れこみ、ぬいぐるみよろしく抱き込まれた。

だけどお兄様、そんなに抱き込もうとしないで!私縮まないから!!痛くはないけど手足を折りたたんだ状態で抱き込まれました。

どんなストレス貯めたらこんなことになるの?

私の知らないところで知らない事件が勃発している件について。

あったとしても・・・たぶん言いたくないんだろうな。

安心してください。秘密は秘密として見ぬふりのできるタイプのオタクです。

 

「お兄様、もう三分経ちますよ」

「延長で」

 

ううん、もしかして私が無理させすぎたのかな。

原作よりもアグレッシブに動くし。

でもそろそろなんです。

 

「先生のところに行くお時間が迫っています」

「・・・わかった」

「夜のドライブ楽しみです」

 

自走二輪車を購入したお兄様。

バイクですよバイク!お兄様とツーリング!テンション上がります。

そんな私を微笑ましく思ったのか、ようやく拘束を解いてくれたお兄様は、頭を一撫でしてから準備しに行った。

ツーリングとは、恋人の体温を周囲の目を気にせず感じることのできる最高のツールである、とは誰のお言葉だっただろうか。

まあ恋人でもないし、引っ付くのは今更なのですが、体を押し付けるのってちょっといつものとは違うよね。

腕をお腹に回すけどお兄様鉄板仕込んでます?とってもカチカチ。筋肉って力弱めれば柔らかいんじゃないの?知らないけど。

わかってたけど、私緊張してますね。

でも女は度胸、えいやっと行きます。

 

「っ」

 

?お兄様に動きはないけど今、息が詰まったような音しなかった?気のせい?失礼しました。

 

「行くぞ」

「はい」

 

そしてバイクは闇夜を疾駆する。

十分ほどのドライブは揺れもなく安全で、しかし全身で風を感じられるとあってとっても気持ちのいいものでした。

 

「深雪はバイクが気に入ったかい?」

「はい!」

「じゃあ別の機会にまた乗ろう」

「ありがとうございます!楽しみにしてますね」

 

お兄様峠攻めとかしないかな。・・・しないか。

いつかお願いしてみよう、と心にメモをして境内を進んで待ち合わせの庫裏に付いたけれど真っ暗だ。

連絡を入れているので留守ということは無いはずで――

 

「やあ、いらっしゃい二人とも」

 

わかってた!この人がこういう人だってわかっているのに、体は正直にびくぅっと震えてしまった。

当然腕を(暗くて足下が危ないからと)組んでいたお兄様には伝わっただろうけど、気づかぬふりをしてくれた。優しい。

忍者、愉快犯、多イ、私、知ッテル!まだ心が落ち着かなくて片言で変なことを内心呟く。

表情には出していないけれど、先生はこっちを見て笑っている。

 

「君たちの霊気は本当に見事で見ていて飽きないよ」

 

そうだった。この設定もりもり忍術使いさんは霊気も見えるお人!つまり心の乱れが丸見えってこと?恥ずかしい!精神統一ってどうすればいいの?深呼吸?ラマーズ法??

お兄様と霊気の蘊蓄語ってるけど、耳を素通りしていきます。

優秀な脳はちゃんと知識として蓄えてくれてるから、心配はないんだけどね。ありがとう深雪ちゃんのパーフェクトボディ。精神が私なせいで先生に笑われたこと申し訳なく思います。

これでも前世に比べたら遥かに図太くなったのですがね。

・・・もしかして先生、霊気で私が普通じゃないことに気付いてたりしません?・・・ちょっと聞くのが怖くなった。

霊気という言葉にも夢やロマンが詰まってますので、何でもわかっちゃうと思っている節がある私です。

やめとこう。闇にむやみやたらと触れてはいけない!

そうこうしているうちに話は進み、軍を頼らないのかの話から学校に入り込んでいるエガリテ、その先のブランシュのお話に。

軍は頼らないのではなく、今回はどうも別の部署も絡みそうだから、軍として動くにしてもそちらの話し合いをしなければならないとかで今はNG。

エガリテのリストバンドしてた司先輩の義理のお兄さんが、ブランシュの裏も表も知り尽くしてる真の支部長なんだって。

調べて、と頼みに行ったのにすでに知っている先生、千里眼でもあるんですかねって感じです。いや先見?未来視?違うだろうけど疑いたくもなりますよ。

お兄様のクラスメイトの美月ちゃんのことまでチェックしてるとかね!

得られる情報はここまでで、目的までは先生でもわからないらしい。

まあ調べたわけじゃないんだから知っていたら怖いけれど。

 

「帰りも気を引き締めて帰りなよ~、お兄ちゃん」

 

ん?もしかして事故の暗示ですか?

最後のはあれですよね。学校のを知っていての激励ですね。愉快犯な音符が見えた気がします。

 

「師匠は戸締りをしっかりした方がいいと思います」

 

ん?こちらは闇討ちフラグ?

声は低めで地獄の底から響いてきそうなアレです。

師弟揃っておみくじ凶でも出ましたかというくらいな不穏さ。

とりあえず明日も早いのでここは退散しましょう。

 

「おやすみなさい先生」

「はい、お休み~」

 

へらへらと笑う先生と、無表情のようでいて少しだけむっとしているお兄様。

ううん、男同士しかわからないアレです?わからなくてちょっと寂しい。

家に着いて、先生とのやり取りにストレス感じたのではとハグする構えを取ったけど、お兄様は出かける前にしたから大丈夫と断った。

ハグって貯蓄できるんだ。

私もストレス感じそうな時があったらハグの前借りしようかな。

 

 

――

 

 

「司波さん、ちょっとお話し良いかな」

 

そう初対面の司先輩に話しかけられたのは、お兄様がまた壬生先輩とカフェデートをすると約束している日だった。

生徒会があると言ったが、明日の討論会について聞いてほしいことがあるとちょっと強引に誘われてしまい、断ることができなかった。

カフェスペースに座っていると、自分にコーヒーを、私に紅茶を買ってきてくれた先輩はこう切り出した。

 

「お兄さんの不遇をどう思ってる?」

 

そして自分も兄がいて、とても理不尽な目にあっているのだと語ってからちょっと見せたいものがある、と場所を変えることになり、その場所に向かう人気のない廊下で――私は意識が遠のいた。

 

 

――

 

 

達也視点

 

 

「ごめん、お待たせしちゃった」

「連絡もらっていたので」

 

息を切らしてきた彼女は「怒って帰っちゃったらどうしようかと思った」と大げさに胸を撫でおろし、席に着く。

前回とアプローチを変えたようだが、残念ながら特段何も思わなかった。

ただ世にいう可愛らしい女の子とはこういうモノを指すのだろう、と一般論として参考データにする。

 

「どうかした?」

「大したことじゃありません。先輩が時々『可愛らしい女の子』になるので、剣を握っている時とのギャップを感じまして」

「やだっ、もう・・・揶揄わないでよ」

 

慌て気味に、目を逸らされる。

 

(――ああ、この間の呼び方ひとつで恥ずかしがる妹は可愛かったな)

 

先輩の仕草に深雪とのやり取りが思い起こされた。

お兄ちゃん、など呼ばれたこともなかったし、呼ばれたいなど考えたこともなかったが――あれはよかった。

思わず口元が緩んでしまったが、視線は先輩に向けたままだったので、微笑みかけたような形になり先輩は顔を赤く染めた。

剣道部はかなり男子がいたはずだが、剣道に集中していて男に免疫がないのだろうか。

だとしたらこの役どころはかなり酷だと思うのだが。

 

「司波くんって・・・いつもそんな感じなの?」

「そんな、とは?」

「その、女の子を誤解させたりとか」

「質問の意図がよくわかりませんが、俺はあまり女子と関わる機会はないので」

「じゃあ天然なんだ・・・」

 

女子と関わらないというのは嘘だが、女子を誤解させるとは?そもそも誤解されるほど付き合うこと自体ほとんどないのでよくわからない。

 

「ってそうじゃなくて今日はこの前の続きを話そうと思って」

 

そして続くのは討論会への疑念、二科生としての不満を丸め込むつもりなんじゃないかという危機感。

 

「もちろん、私たちは討論会にも参加するつもりよ。聞かないと反論もできないし。でもきっと私たちの本当に願ってることは叶わない。

ねえ司波くん。闘技場での貴方の力はすごかった。あんなにすごいのに評価は最低なんておかしいでしょう?みんな貴方に同情してた。同時にみんな憤っていたわ。理不尽だ、おかしいって!だからぜひ私たちと――」

 

携帯端末が震えた。

端末を目視し立ち上がる。

 

「えっ司波くん!?」

「先輩、ちょっと付き合ってください」

 

そう言うと彼女の返事も聞かずに手を取って、引きずらない程度のスピードで走りだす。

急だったにもかかわらず転ばなかったのは、やはり体幹がいいのだろう。

 

「ちょ、ちょっと待って司波くん!なにが」

「緊急事態です」

「え、何?!」

「確証が欲しい。念のためです」

「だから何が!?説明して頂戴!」

 

混乱しているだろうに、彼女は抵抗することなく手を繋がれたまま付いてくる。

・・・実際は連行しているのだが、大丈夫かこの先輩は、と他人事のように考えながらたどり着いたのは生徒会室だ。

乱雑にノックをして返事も聞かずに突入する。

当然何も知らない会長たちは唖然としていた。背後の壬生先輩も驚いている。

 

「達也くん!?いきなりどうしたの?それに彼女は――」

 

 

「深雪が攫われました。すでに学校の外に連れていかれたようです」

 

 

「「「え!?」」」

「な、どういうことなの?!現場を見ていたの?」

「いえ、ただ妹には誘拐された際発信機にスイッチを入れるようにしてもらってます。その信号が端末に届くようになっているんです」

「それじゃ警察に連絡を――」

「必要ありません。俺が行きますので。ただ俺は共犯者を連れてきただけです。」

「共犯者・・・?」

「まさか、私!?疑っているの?!」

「正確には共犯者にさせられた被害者ですが。タイミングが良すぎます。渡辺先輩と連絡はとれますか?今日は部員数が少ないなど報告はありませんか?」

 

矢継ぎ早に繰り出される言葉に生徒会室は一気に動き出した。

手を繋いだままの壬生先輩はただただ理解が追いつかなくて戸惑っている。

 

「なんなの・・・いったい何が――」

「壬生先輩、俺は貴女が悪い人だとは思いません。

貴女はとても誠実で、正義感が強く、己だけでなく人のことを思いやれる素晴らしい人格の持ち主だと思っています。たった二回お話しした程度ですが、貴女が俺のことを心配してくれたことはとても嬉しかった」

 

深雪は俺に良いことを教えてくれた。

 

「どっ、な!?」

 

――動揺させてからの方が話は聞いてもらえますから――

まるで催眠術でもかけられたように、目を見開いたまま真っ赤な顔をして固まった先輩に畳みかける。

 

「だからこそ悔しいんです。優しい貴女が利用されたことが」

 

そろそろネタは集まるころ合いと思ったところ、服部先輩を皮切りに続々届いた。

 

「今連絡が来ました!剣道部は主要な部員はいないそうです!」

「主将がカフェで司波さんとお茶をしてからどこかに移動したと」

「机にあったカップですが他の男子生徒が片付けてあげていたのを目撃したと証言する人が」

「総代は時折足元がおぼつかなかったようで主将に支えられている場面があったそうです!」

 

少ししか聞きこんでいないであろう風紀委員からの報告だが数多く上がるのは相手が深雪だからだ。

注目されている人間を攫うというのはプロでも難しい。

 

「ですが学校から出たという情報はまだないですね」

「協力者がいるのでしょう。――この移動速度と位置からして車ですから」

「・・・落ち着いているのね」

「そう見えるだけですよ」

 

落ち着いている?深雪を攫われて?ありえない。内心は荒れ狂っている。

いくら深雪が自分の意思で誘拐されたとわかっていても、深雪が計画したことであっても、深雪を傷つけようという輩を許すつもりなど欠片もない。

俺から深雪を奪おうとするなど――万死に値する。

 

「では俺は深雪を迎えに行ってきます」

「ちょ、ちょっと待って!深雪さんが攫われたのは分かったけど相手は危険なテロリストの可能性があるのでしょう?!」

 

「て、テロリスト!?」と騒ぐ声などもう耳に入れることはない。

 

「これは俺の役目です」

 

言いたいことはすべて伝えた。

後は深雪を迎えに行くだけ――それが俺に与えられた今回の任務。

 

「司波、車を用意した」

「十文字先輩」

「ブランシュが動くならこれは十師族としても動かないわけにはいかない。もちろん部活連会頭としてもだ」

「・・・案内します」

 

深雪の移動が止まった。

俺は端末のスイッチをオンにしてスピーカーに切り替えた。

 

 

――

 

 

甲視点

 

この美しい少女のことをなんと形容するのが正しいのか、自分にはわからない。

この世の粋を結集させてつくらせた芸術作品。

まだ少女と呼べる年齢なのに完成されたような美しさに、移動班として車を運転している兄の部下がちらちらとミラー越しに視線を向けていた。

もう一人のカモフラージュ担当の男など、今にも触れそうだ。

しかし、そんなことはさせない。

 

「不用意に触れるなよ。そんなに強い薬じゃない」

「わかってるよんなこたぁ」

 

未練のたらたらの声での否定に、こちらも警戒しなければならないのかと車中何度かけん制する羽目になった。

そして薬は運んでいる最中に予想通り切れてきた。

 

「ん、・・・」

「もうちょっとで着くから大丈夫だよ」

 

朦朧とする彼女を安心させるように声を掛けると、まだ兄に会っていないというのに従順に頷いた。

もしかしたら自分の説得が効いていて心を許してくれているのではないかと思えた。

あれだけ純粋に自身の兄のためにと動いていた彼女のことだ。きっと人を疑うことを知らないのかもしれない。

同じ兄を助けたいという気持ちが彼女の心を動かしたのだ。

だから共に平等な社会を目指す活動にも協力してくれるはずだ。

着いた先はバイオ燃料の工場であった場所だが、すでに機械類は運ばれており、机と椅子が並んでいるので広い講演会場・・・というにはうらぶれた雰囲気が漂うが。

その最奥に兄がいた。

いつもより人が多いのは学校で有名な優等生を連れて行くと伝えたからか、それとも美少女と名高い彼女が見られるからか。

兄の方に歩いていると下品な口笛が聞こえる。

物騒な仕事もあるから荒くれ者も仲間にいるのは仕方がないが、彼女が怯えて逃げたらどうするつもりだ。

兄もそう思ったのか手を挙げて黙らせた。

こっそり周りを見回すと、魔法師に対抗する可能性を考えているのか銃火器を持った奴らがちらほら。

しかしその顔はどれも司波さんを見て脂下がっている。

ようやく兄の元にたどり着くと、まずはご苦労、と労いの言葉。そして下がるように指示されるが、いつもと違い少し下がる程度、部屋を退出まではしなかった。

兄は眉を潜めたが何も言わない。

・・・俺はどうしたんだろう。いつも兄の言うとおりにしていたのに。もしや司波さんから離れがたかった、とか。

自分の行動がよくわからなかった。

まだぼんやりとしている司波さんは立っているのもやっとで、部下の人がすぐに椅子を持ってきて座らせた。

 

「よく来てくれたね。君のことは弟から聞いているよ。理不尽な評価を受けている兄を助けようとした話は、同じ兄弟のいる身としてとても感動した。

そして君の力になりたいと思ったんだ」

「あの、ここはどこです?・・・あなたは」

 

とても弱弱しい声。

自分が盛ったのが睡眠薬ではなく毒薬だったのではと心配になるほど衰弱している。

それが彼女をより一層儚く見せた。

その彼女に兄はゆっくりと近づいて視線を合わせる。

 

「ここには仲間しかいない、安全な場所だよ。そして君も、今から僕達の仲間だ!」

 

サングラスを外して、強くそう言い放った兄に、少女は元々力の入っていなかった体がさらに力を抜いて倒れそうになるのを兄が支えて高笑いを上げた。

 

「あはははは!呆気ないもんだな。魔法力がとんでもないと聞いていたが俺の力をもってすればこんなものだ!」

 

周囲も同調するようにゲラゲラと笑い声が上がる。

――これは、なんだ?兄は、何を――

 

「甲、お前は一度学校に戻れ。そして明日の討論会は格好の侵入日だ!お前が手引きしろ!」

 

いいな、と光る眼に俺は――何も考えられなくなる。

 

「はい、兄さん」

 

兄さんが言うことはいつも正しい、から・・・?

あれ、でも司波さんが・・・

学校に行かなくては、でも司波さんを残していくのか・・・?

なぜか兄の言葉にいつも持たない疑問を持つ。

閉まる扉の前には誰も見張りがいない。

周囲を『目』で見ても同じ反応だ。

初めて兄に逆らうように耳を当てた。

 

「ったく、長い計画だったぜ。使えねぇ魔法師たちの卵を懐柔してようやく使い物になったらこんなにかかっちまった」

「明日の計画だが、卵たちが集まっている講堂に陽動を掛ける。もう一班は職員室に。いくら魔法師と言ってもCADがなければほとんど何もできん。アンティナイトはガンガン利用していけ」

「本命の文献やらはあのガキどもと合流しないとどうこうできないからな」

「だが、いざとなれば怖気づかねぇか?」

「そんなもん、事を起こしゃあ共犯者よ。逃げられねぇさ」

「流石支部長」

「それにこんな上玉が手に入ったんだ。利用しない手はねぇ」

「おいおい、それだがいつもと利きが違くねぇか?あれから全く動いてねぇじゃねえか」

「魔法力が強すぎると俺の力は効きづらいが、薬も使った上、大事なお兄様とやらで心がぐらぐらしてればかからねぇわけがない」

「だが明日使ってポイっとするには勿体ねぇな」

「んなことするかよ。こんな上玉誰が手放すと思う?」

「おいおい、ロリコンかよ」

「これを前にロリコンもあるか?」

「違えねぇ!」

 

聞くに堪えない会話だった。

だが動けない。

体が扉を開けることを拒む。

それは兄に学校に戻れと言われたからか。

そうだ、学校に行かなくては・・・

 

「とりあえず明日があるんだ、手を出すことはしないが、そうだな――景気づけにストリップショーでもしてもらおうか」

 

学校に、戻って――誰か、彼女を――・・・そうだ、彼なら――

そう願ったからだろうか、工場を出ようとしたところで見覚えのない車から、『彼』が降りてきた。

 

「司甲、拘束させてもらうぞ」

「じゅう、文字会頭、あの!中に、司波さんが!彼女を」

「司波」

「彼を逃がさないでください」

 

やはり彼女のヒーローは彼のお兄さんだったんだ。

僕も、そうだったはず、なのにいったいどこで間違えたのだろう?

中に向かう司波の背中は恐れるものなど何もないと語っているようだった。

 

 

――

 

 

深雪視点

 

はーい、こちら囚われのお姫様やってます深雪ちゃんです。

いやー、長期計画頑張ってますってわりに突貫でカワイ子ちゃん使えそうだし攫っちゃう?というイレギュラーやっちゃう組織て・・・。

杜撰。杜撰すぎますよ。穴ぼこだらけ。

まあ策と力に溺れたのかな。資金も潤沢にいただいているみたいですしね。

腕に発信機・パノラマ録画機能付き時計付いたままなんですけど。

音なんてリアル中継されちゃってるから全部筒抜けですよー。

このくらいの組織じゃ音波遮断の魔法使わないでしょうしね。

それにねぇ、明らかに薬入ってます!って言わんばかりのお紅茶誰がまともに飲むんですか?家業:暗殺なお家の方たちぐらいですよ。

まあ香りや一舐めして、これはどこ製のお薬ですねとのテイスティングはお嬢様の嗜みですけど。

あ、でも叔母様はそんなことしないってドン引きしてたっけ。

いいじゃないですか役に立つんですから。

それに魔法のある世界ですからね。致死じゃなければ何とかなります!

というわけで、はじめ彼らはお兄様がターゲットだったけど私も釣れるんじゃ、なんて欲をかいたものだからさあ大変。

パーフェクト美少女という名のラスボス予備軍を降臨させてしまったわけですね。

現在いやらしい視線に晒されております。

わかりやすい悪の組織です。新たな罪状自分で増やして世話無いですね。

――まあ、この方が何かと都合がいいのですけれど。

 

「私を見てくださるの?――嬉しいわ」

 

可憐な少女の声はどこか嬉しそうに響く。

男たちは言葉の意味も考えられずに唾を飲み込んだ。

ゆっくり立ち上がり、上着をするりと滑らせて、むき出しになる腕に見る者すべてが時を止めたかのように食い入るように見つめ――動かなくなる。

 

振動減速・精神干渉複合広域魔法「ステンノウィスパー」。そう名付けてはいるけれど人にその名を教えることはない。

ギリシャ神話のゴルゴン三姉妹の長女、理想の女性の偶像であるステンノを見た者は皆魅了されて動けなくなることを由来にしているのだけど、オリジナルの固有魔法である。・・・名前からもわかるだろうが私の中二病が唸った結果だ。

だが自衛の魔法としてこれほど素晴らしいものはない。

CADを使わなくて使えるようになるにはかなり苦労したけれど、その価値は十二分にある。

魔法力はかなり使うし、編み上げるのに時間がかかる。

その分威力は半端ないし、振動減速魔法特有の冷気が漂わないので対象に不審に思われるリスクもない。

言葉をキーワードに、私に釘付けになっている者を対象に徐々に全ての動きを止める。

凍るわけでもなく、ただ動かなくなる上、見ている者全てという破格の効果。

その全てには肉眼以外も含まれる。

画面を通してでもレンズを通してでも、見た者はすべからく活動を停止させるのだ。

だが活動を停止と言うが、死ぬわけでもない。

解除すれば普通に活動を再開する。その固まっている間に対象を捕縛すれば事件は解決だ。

便利すぎるがこれをめったに使わない理由は二つ。

精神干渉は四葉の秘術だ。使ったらいくら複合でもばれる可能性はゼロじゃない。

そして何よりこれが問題、――お兄様が嫌がるのだ。

この魔法の最大の欠点と言ってもいい。

『見る者全て』にはお兄様のエレメンタル・サイトも含まれてしまうのだ。

だから必ずこの魔法を使う時にはキーワードを使う。

これから魔法使うよー、という合図であり『眼』を閉じてーと言っているのである。

お兄様がうっかり見ないように。

 

コンコンコンコン。

 

ノックが響く。

 

「お迎えありがとうございます、お兄様」

 

脱ぎかけたままになっていた上着を羽織りなおして声を掛ければ開かれる扉。

お兄様お一人なのはノックのリズムでわかっていたので普段の話し方で出迎える。

 

「入り口で司甲を十文字先輩が取り押さえている」

「ああ。どうやら先輩は随分洗脳されていたようですね」

「・・・だから殺すな、と?」

「被害者は殺さなくてよろしいのでは?」

「深雪を攫った実行犯だ」

「命じられて、ですよ」

「・・・だめか?」

「だめですね」

 

わかっていても割り切れないお兄様は駄々をこねるけどこればっかりはだめです。

原作より殺意が高いのは私が攫わせたりしたからだろう。でもこれは事件を起こさず一網打尽にするための策でしたからね。

 

「十文字先輩がいるなら戻りましょう。・・・あ、この場はどうなるのです?」

「風間さんたちが動いてくれるそうだよ。小野先生の所属先ともお話が付いたそうだ」

「なら解除するタイミングがわかりやすくていいですね」

「いるか?解除」

「いりますよお兄様。――きっと黒幕なんてわからないでしょうけど」

「アンティナイトや武器の入手先では辿れないだろうな」

 

戻る道すがら、腕を触り、気づく。

 

「あ、CAD預けたままでした・・・」

 

相手をあまり刺激させないため、生徒会役員は携帯可のCADをあえて一般生徒同様預けたのだ。

持ったままで誰かがべたべた触るのが耐えられなかったので。

 

「すまない、そこまで気が回らなかった」

「いえ!お兄様は何も悪くありません。ただ、早く帰りたいです」

 

攫われた時も、主犯の元に連れられた時も嫌だったが、何よりも嘗め回すような視線が気持ち悪かった。

一刻も早く帰ってお風呂に入りたい。

身を清めたい。

それだけが頭を占めていた。恐怖心?そんなものは初めから持ち合わせておりません。お兄様が視ていて、駆けつけるとわかっていて何を恐れればいいのか。

だから隣から向けられている視線に気づけなかった。

お兄様の目が、まだ火を灯したままだということを。

 

 

 

十文字先輩と車・・・よく似合っていると思います。

車の後部座席には意識を失っている司先輩の姿もある。

 

「無事だったか」

「お、兄さんが助けに来てくれましたから」

 

安堵した十文字先輩のお顔ってかなりのレアじゃないですか?ありがとうございます。

 

「心配して下さってありがとうございます」

 

間違えた。お礼を言うならこちらか先でしたよ。ちょっと呆けてますね。

 

「これから学校に戻る、でいいんだな」

「それなんですが先輩、深雪だけ先にお願いします」

「え?」

「ちょっと気になることがありましたので。確認したらすぐ戻ります」

「それならここで待っているが」

「こんな場所にいつまでも深雪がいては深雪の心労が心配ですので」

 

どうあっても共に行かない、という意思を感じ取った十文字先輩は一つ頷くと車に乗り込む。

 

「兄さん、」

「お前も早く乗りなさい。大丈夫、すぐに俺も学校に戻るから」

 

もしかして何か『視えた』のかもしれない。

だとしたら邪魔はできないとしぶしぶ私も車に乗った。

 

「では十文字先輩、よろしくお願いします」

「心得た」

 

お兄様は見えなくなるまでこちらをずっと見ていた。

見えなくなったら――いったいどこへ向かおうというのか。

 

「司波が、兄が心配か?」

「いいえ、兄さんなら必ず私の元に戻ってきてくれますから」

 

それ以降会話はなかったが、意外にも重苦しい空気ではなくむしろ心地のいい無言が続き、学校まで安全運転でたどり着いた。

司先輩を俵担ぎする先輩に、木彫りの熊を連想しながら裏口から校舎へと入っていった。

 

 

――

 

 

生徒会室では根掘り葉掘り聞かれることはなく、労いの言葉をたくさんいただいた。

正直それより風呂に、シャワーでもいいから浴びたい。

お願いしたら悲壮な顔をされた。

あ、違います何もされて――ないわけじゃないけどそういうんじゃなくてですね。

本当市原先輩がいてくれて助かった。

誤解を解いてくれた上にシャワー借りられた。

シャワー室もついてる生徒会室ってそれなんてブラック企業?とか私は聞かない。

きっとリフレッシュするためにあるんだ。そうに違いない。

とりあえずさっぱりして、運動着に着替える。

いくら制服も魔法で綺麗になると言ってもなんとなく手垢って嫌じゃない?気分の問題だけどちょっと私は無理だった。

これを見越してってわけじゃないけど予備で制服買っておいてよかった。

ついでにもう一着用意しておこう。いつ何時、何があるかわからないからね。学校に常備しとこうかな。

そう考えながら生徒会室に戻って改めてお礼を述べる。

皆安心した顔に戻ったようで、何よりです。

十文字先輩が事情説明してくれたのと、風紀委員でもうまく取り締まれたのかな。

ああ、壬生先輩含めメンバー全員保健室経由で検査の為病院へ。洗脳ですからね。何かしら精神きたしている可能性もあるし当然の処置です。よかったよかった。

 

こんこんこんこん。

 

ノックと共に「失礼します」のお兄様の声!

しゅたっと思わず扉の近くに立って待ってしまう。

 

「深雪」

 

生徒会室に入ってきたお兄様は私の姿を確認して、言葉もなく抱きしめられた。

 

「兄さん」

 

私も、大丈夫と伝えるように強く抱き返す。

 

「深雪だけだ。お前だけが俺の心臓を止められる」

 

おおっと、お兄様それ四葉ジョーク?真実を知ってると余計に笑えなくなるジョークですね!

とりあえずここはひとつ受け流して見せましょう。

 

「心配かけてごめんなさい。来てくれてありがとう」

「当たり前だ」

「兄さんが来てくれるってわかってたからちっとも怖くなかった」

 

これは本当。むしろ組織の馬鹿さ加減に鼻で笑っていたレベルだ。

 

「あのぅ、そろそろ私たちのこと思い出してくれると嬉しいなぁ、なんて」

 

もっと前に話しかけてくれてもよかったんですよ?

っていうか先輩方顔赤いですね。

夕日?今のご時世窓にライトカットが入ってるから夕日が校舎を照らして~みたいなことはドラマくらいでしか見ないから違うと思うけど。

 

「ああ。深雪を奪還しました。誘拐犯たちはちょうど公安警察が張っていたところだったので、無事制圧されたとのことでした」

「こ、公安!?そんなところまで動いていたの?」

「生徒が洗脳されていたくらいですから、そのくらい動いていてもおかしくはないでしょう。生徒の被害状況はどうでした?」

「まだちゃんと検査しないとだけど、今のところ重症レベルは一人、主将の司くんだけみたい。・・・詳しいことは分からないのだけどその、義理のお兄さんが主犯だったとか。もしかして入学させるところから――」

「そのあたりは調査が進んでから、でしょう。我々の知るところではないかもしれませんが」

「そう、ね。――明日の討論会はどうしようかしら」

「どうもこうも、討論会はやります。そして事情をある程度説明した上で対象となる生徒をカウンセリングです」

 

市原先輩こんなにできてなんで生徒会長やらないの?陰で動きたいタイプ??ならしょうがないね。

 

「・・・こんな中まだ抱き合っている司波兄妹が心配でならないんだが、お前たち本当に恋人じゃないんだよな」

 

誰もツッコまないからどうしようと思ってたけど渡辺先輩ありがとう。でも恋人でもこれはおかしいと思うの。

 

「血の繋がりがなければ恋人にしたいと思うことはありますね」

 

ここでお兄様のとんでもジョーク第二弾が放たれましたね。

これは飛距離が出そうです。

みんなポカーンとしてますよ。

 

「兄さん、ジョークは笑って言わないと通じにくいと思う」

「そうか」

「はは、ジョークか」

 

渡辺先輩お疲れだね。御顔が引きつってます。きっと私がいない間いろんなところを駆けずり回ったりして疲れたんだね。

私たちの事件は大っぴらに捜査してないから生徒の中で知っている人はいない。

おかげで誘拐犯として司先輩やほう助したとかで壬生先輩たちが捕まる恐れすらない。

何よりも彼らは被害者で、まだ重大な事件を起こす前だったことも大きい。

 

「ともあれ二人には学校からも正式に謝罪があると思うけど、先に生徒会長として謝罪させていただきます。

このような危険な目に遭わせて本当にごめんなさい」

 

・・・ほかの8つの学校ってなにもないのかな。一高だけこんなに事件が多いのかしら?

まあ東京だし?魔法科大学も近いから他の高校より狙われやすいのはしょうがないのかな。

 

「謝罪を受けます。今後このようなことがないことを願います」

 

お兄様が答え、私も一礼してそれに応えた。

・・・ようやくこれで入学編は終わりかな。

校舎の一部が壊れ、重要機密文書が盗まれそうになることも、生徒が傷だらけで戦うこともなく、この事件は未然に解決した。

 

 

――

 

 

した、のだけど。

帰って即調整でもないのに体調チェックのため地下室に測定へ。

何もなかったことを確認してから今度は湯を張ったお風呂に。

お風呂を上がったらなぜかお兄様手ずから髪を手入れされ、――もしやここは注文の多い料理店?

もしかして食べられちゃいます?

 

「お兄様、私は美味しくないと思います」

「・・・何がどうしてそういうことになったかわからないが、とりあえず深雪が不味いなどありえないだろう」

 

何がどうしてそういう結論になったかさっぱりなんですが、まず人間は美味しくないと思いますよお兄様。

だめだ。会話にならない。

 

「お腹が空いたなら今すぐ食事を用意しますね」

「いや、今日はHARにしないか」

 

おや珍しい。私が作ることにそんなに口出ししないお兄様が今日はするなと言う。

 

「深雪、こっちにおいで」

 

呼ばれたのはソファだ。

横に座るとこの前みたいに抱き込まれるのかなと思ったらコロンと横に倒された。

お兄様の太ももの上に頭が乗る。

 

「お兄様?」

 

頭を撫でられるのはいいのですけど、どうしてこの姿勢??

 

「深雪は無茶をし過ぎる。俺は何度心臓が止まるかと思ったよ」

「それは、心配かけて――」

 

申し訳ございません、と謝ろうとしたら目元を覆われ視界を奪われる。

 

「心配くらいさせてくれ。お前を心配できるのは俺にとっては悪いことじゃないのだから。

だけどね深雪。いくら深雪の魔法が強いと言っても一人で立とうとしないでくれ。傍にいさせてくれ。

――どうしてもあの魔法を使う時、深雪から『眼』を離さなければならないあの瞬間、俺はどうしようもなく不安になる」

 

常にお兄様の『眼』は私に向けている。このずっと先の話で明かされるが、お兄様の眼は常に私を守護するためエレメンタル・サイトのリソースの半分を割り当てているほどだ。

だが常に見られているわけではなく、感知できるようになっていると捉えるのが正しい。私室に入ったら見ないという約束は守られているはずだし、妹の入浴などお兄様だって目を瞑りたくもなるだろう。プライバシーは守られています。

だが、誘拐されている場面で護衛対象から眼を外さなければいけないというのは確かに恐ろしいことかもしれない。

元々そんな眼を持っていない自分には想像しかできないけれど、眼を離したくないのに知覚を切って感知しかできないだけの状態というのは、お兄様にとってはひどく苦痛を伴うものだったのだろう。

いったい今どんな表情をしているのか、目元を覆う手にそっと触れると、その手を掴まれいたずらを叱るようにちゅ、と口づけられる。

え、見えてないけど指先キスされた!?指に当たる柔らかな感触と、リップ音がそう想像させるんだけどたぶん間違いないよね!?

なんで??ちょっかいかけた罰?ただ顔を見たかっただけなのに?!

これ動揺せずにいろというのは酷いのではないでしょうか!?

見えていないから余計に不安――って、もしかしてそれを伝えるためにってこと?!そういうことですかお兄様!?

内心大恐慌に陥っているけれど表面はたぶんちょっと赤面してるくらい?あと緊張して固まってます。

手は解放され、アイマスクだった手も目の覆いを外してくれたけど、今度は上向きに転がされた。

上下でお兄様と向かい合う形になる。

 

「見えない瞬間が一番、深雪が無防備になる瞬間でもあるんだ」

 

真剣なお兄様の表情に心はすっと落ち着いた。

それは、そう。見てもらわないと魔法が効かないからと注目を浴びることをしなければならない。

今回のように上着を脱ぐとかね。

言葉も、妖艶なイメージのものが好ましい。

そのタイミングで常に見守れるお兄様の眼は閉じなければならないわけで。

・・・シスコンにとって苦痛の時間ですね。

一番心配な場面を耳でしか聞けないんだから。むしろ耳で聞こえてしまうから余計、かな。

やきもきする時間だ。

お兄様を見つめれば、その表情はだんだんと切なそうな、悲しそうな表情に変化していき、胸が締め付けられる。

 

「お兄様、動きたいの。これじゃ抱きしめられない」

 

あえて敬語は使わなかった。

けれどお兄様と呼ぶのはやめられない。

恥ずかしさがまったくないわけではないのだ。心臓の音が聞こえていないことを祈る。

 

「・・・深雪はどんどんずるくなっていくな」

 

拘束もされてないのにわざわざ許可をもらい、起き上がると私はぎゅっとお兄様を抱きしめた。

 

「私はこれからもっともっとずるくなる。わがままになるの。お兄様はそんな私は嫌?」

 

だって幸せになってもらいたいのだ、このお兄様に。

そのための今回の入学編の事件撲滅だったけど、結局お兄様は働きっぱなしだったし、ブランシュとも関わってしまった。

争いの芽は根絶した方がいいから仕方のないことではあったし、私一人で動くというのはお兄様が傍にいる限り不可能だ。結果一緒に巻き込まれてもらうしかない。

それを思うとこれからの九校戦など、出場する私のせいで軍の仕事と学生を熟しながら大会に出なければならないのだから、更に忙しくなってしまうわけで。

遠いな・・・お兄様の幸せへの道ははるか遠い。

でもそこへたどり着きたいから、私はお兄様にこれからもわがままを言って迷惑をかけるだろう。

体を起こしてもう一度お兄様を見つめる。

今度は悲しそうでも切なそうでもないけれど複雑な、曖昧な笑み。

苦労してますねお兄様。させているのは、私。

 

「嫌なわけないだろう?」

「言わせてる?」

「本心だ」

 

くすくすと笑い合い顔を寄せ合う。

もう少しで鼻が触れ合ってしまうほどの距離。

 

「お兄様は学校生活楽しいですか?」

「さあ?まだ始まったばかりだからな。慌ただしくてそれどころじゃなかったし」

「私は楽しいです。いろんなお兄様が見られて。そうだ、今度お兄様のクラスメイトを紹介してくださいね。まずは謝罪からさせてもらおうと思います」

「そういえば前にも言っていたね。一応誤解は解けてるんだけど、そうだね。討論会が終わったら学校の雰囲気も変わるだろうから、そしたらお昼でも一緒にしようか」

「はい、ぜひ!」

「でもその前に夕飯だな」

「そうでした」

 

 

次の日生徒会主催の討論会は七草会長による質疑応答を繰り返していたはずがいつの間にか演説会となり、綺麗に丸め込んで拍手喝采を浴びていた。

うーん、やっぱりこういうことは七草会長の方が映えるのか。

適材適所。

 

 

 

 

 

 

『そして日常へ』

 

 

討論会の次の日、学校には微妙な空気が漂っていた。

討論会により全校生徒は認識を改め、変わるべきだと、今が変わる時だと意気込んだのはいいが、一日経って冷静になると今更どうすればいいのかがわからない、といった感じで戸惑っているようだった。

しょうがないことだけどね。

突然変わります!なんてうまくいくことはないから。

でも戸惑っているってことは変わろうとしているってことだから良い兆しだ。

 

「兄さんも居心地悪そうね」

「悪意の視線なら慣れているんだがな」

 

気まずそうなのはお兄様も一緒だった。

一昨日の誘拐事件はほとんどの生徒は知らないが、その前の闘技場の事件は全校集会で意味のない匿名という形で暴露され皆が知るところになり、討論会でも会長が「あの悲劇を生まないためにも~」と話してくださったおかげで学校一の有名兄妹になってしまった。

・・・それがなくても有名であったけどね。方向性が違うというか。

 

「おはよ!プリンセスとナイトの登校が見られるなんて今日はラッキーかも?」

「・・・おはよう。朝から元気だなエリカ」

「おはようございます千葉さん、そのプリンセスとナイトとは?」

「もちろん二人のことよ」

 

ニコッと笑うエリカちゃんの後ろには見えてるね。黒い尻尾が見える様。

走ってきたので何事かと思ったけど全力で揶揄いに来たってことだね。

その後ろから二つの足音も近づいてきた。

あらあら。友達置いてでも揶揄うことに全力を注ぐとは。

何事にも熱中できるのはいいことだと思います。

 

「え、エリカちゃん、はやい・・・」

「おっす達也。んで司波さんも。――よく見つけたよな。豆粒より小さかったぞ」

 

美月ちゃんは息も絶え絶え。そんな彼女を置いていかずについててあげる西城くん素敵ですね。私にも挨拶してくれるし高感度アゲアゲです。

 

「おはよう美月、レオ。レオは紹介はしてなかったよな」

「おう!オレは西城レオンハルトってんだ。よろしくな」

「司波深雪です。あの、」

「深雪、歩きながら話そう」

 

お兄様先導で学校に向かう。

二科生グループにポツンと私がいるのがさっきより目立っていた。

・・・今更か。

 

「深雪は皆に謝罪したいらしい。ほら、一科生に絡まれた時助けてくれたのに無視してしまったことが辛かったらしくてな」

「あの時は本当に申し訳ありませんでした。本当はあの場でお礼を言いたかったのですが」

「いーのいーの。あの時はお高く留まって、とか思わなくもなかったけど理由を知っちゃえば、ね」

「え、エリカちゃん!」

「おっ前、本当容赦ねぇな」

 

あの時も思ったけどここまではっきり言ってもらえると逆に気持ちいいなぁ。

 

「ありがとう千葉さん。そう言って貰えると気が楽になります。西城くんも、柴田さんも気にかけて下さってありがとうございました」

「そんな固くならなくていいって。ね、深雪って呼んでいい?私のことはエリカでいいから」

「なら私も美月って呼んでください!」

 

おっとここでも青春ですね!嬉しいぜひぜひ参加させていただきますとも。

 

「よろしくね、エリカ、美月」

 

にっこり笑うと周囲のざわめきが。もうこれ通常BGMかな。放置放置。

 

「すごいですね、これがプリンセススマイル・・・」

「あの、美月?それにさっきもエリカが言ってたプリンセスとナイトって何なの?」

 

なんとなくアレのせいっていうのはわかるは分かるんだけど。

 

「ほら、闘技場の事件があったでしょ?あれを演劇部がインスピレーション受けたとかで脚本書いて本読み?立ち稽古っての?やってるのよ」

「も、もちろん名前も設定も変えてますよ!」

「でもどう見ても二人のことだってのは皆わかってるからね」

「その役どころが姫と騎士、ということか?」

 

あ~、創作意欲を掻き立てられたってことか。

オタク、わかりみ。

 

「でもどうして兄さんがナイトなの?王子でもいいと思うんだけど」

 

そう不思議がっていると西城くんが苦笑して言う。

 

「ほら、そこはあれだ。身分差ってやつ?それに達也はプリンスってよりナイトの方が似合うだろ」

「まあプリンスは柄じゃないな」

 

そうかな。結構似合いそうだけど。正統派じゃなくて乗っ取られた王国を取り戻そうと奮闘する系の強い王子。復讐とは言わないよ奮闘ね、奮闘。

でもお姫様を守る騎士もカッコよくて良き、だね。

 

「兄さんがナイトなんて、私贅沢ね」

「姫のそばに侍れる俺の方が贅沢だと思うがな」

 

きゃー、と至近距離から黄色い声が。

美月ちゃん口抑えるの間に合わなかったね。

オタク必須スキルだよ、頑張ってレベル上げて。

 

「前に仲は悪くないって言ってたけどよ・・・これ兄妹仲が良いって言葉で収まるか?」

「異常に仲が良い、なら何とか?」

 

そこのお二人さんも仲良さげですよ。

校門をくぐってそれぞれ教室へ。・・・うーん、一人なのはちょっと寂しい。

お昼も食べる約束してるけどついてきてくれるかな。

 

 

誘ったらついてきてくれました。

 

「光井ほのかさんと北山雫さん。二人には授業でも助けてもらってるの」

「そ、そんなことないよ!深雪ったらなんでもできちゃうからむしろ私たちが教わってるくらいで!」

「ほのか。――お昼一緒させてくれてありがとう。よろしく」

 

一通り挨拶を終えていざ昼食会。

 

「二人は、っていうかほのかは二科生嫌ってなかった?」

 

相変わらずズバッと切り込むエリカちゃん。すごいね一撃で瀕死だよ。

でも大丈夫。ほのかちゃんには雫ちゃんが付いてるからね。

 

「ほのかは嫌ってたんじゃなくて、深雪に傾倒しすぎてたの」

 

要は憧れのアイドルに近寄るのは許さん状態だったってことみたいだけど、結構危険思考だよね・・・。

同担拒否?平和主義のオタクには難しい言葉です。

今は偏見も何もない、むしろ深雪に悪いことをした、としゅんとする女の子のなんと可愛いことか。

思わずなでなでしちゃう。

 

「み、深雪!?」

「ほのかは可愛いわよね」

「ちょ、ちょ!?」

「わかる」

「し、雫まで!」

 

何言ってるのと真っ赤になる女子を愛でていると、警戒心がなくなったのか、エリカちゃんがにやん、と笑う。

 

「でもあの時の深雪もちょっと言いかけてたのよね、『お兄ちゃん』って」

「ああ、やっぱりそうですよね!」

 

美月ちゃんは大人しそうな見かけからは想像できないほどテンションを上げている。

――まごう事無き同士です。微笑ましい。

 

「普段はお兄ちゃんなの?」

「そんな事実はありません」

 

否定するけど説得力ないよね。知ってる。

でもあれ期間限定ですので。局地的ですので。

まさかああなることを計算していて計画通り実行したなんて言えないし。

 

「俺はいつでも呼んでくれていいんだがな」

「兄さんは便乗しすぎよ」

 

なるべく前を見ないようにご飯に集中する。

だって前見たら絶対お兄様の目が期待に満ちてそうなんだもの。

 

「なんていうか、そんなに仲良いのによく思い切ったな」

 

西城くんは食べ終わったみたいだけど席を立たずに会話に興じてくれる。

やっぱり気の利く男子だね。モテそう。

 

「本当はもっとうまくできると思ってたんだけど、全然だめね。我慢できなかった」

「我慢なんてしなくていい」

「そうだよ深雪!あのまま続けてたら絶対倒れちゃうよ」

 

A組に変なトラウマスイッチ作っちゃったみたいで申し訳ない。

深雪ちゃんの強火担が誕生してしまった。

ありがとう、と宥めておく。実際ありがたいよ。こんなに心配してもらえて。

 

「その分家でのギャップがすごかったな」

「!兄さん!!」

 

ちょ、家の話は無しでしょう!?

突然爆弾を投下するお兄様。

それは危険行為です!

 

「なになに?学校で冷たい態度とった反動でもしかしてものすごい甘えたになったとか?」

 

ほら!愉快犯エリカちゃんの勢いが止まらない!

雫ちゃんたちもなんでそんな興味津々??

美月にいたってはそのメモ帳どうする気ですか?創作までしてましたか!?

どうやってお兄様を止めればいいのと慌てていると、お兄様は意味ありげに口角を上げて――

 

「流石に教えられないさ。俺しか見られない特別な深雪だからね」

 

きゃああああ!とものすごい悲鳴の嵐。

台風の目はこちらです。

・・・思ったより皆さん聞き耳立ててましたね。

エリカちゃんと西城くんなんてあまりの煩さに耳を塞いでます。

遅れてほのかちゃんや雫ちゃんも。美月ちゃん?上げてる人は煩さなんて感じないからね。

だけど――そう。

お兄様がそう来るならば私にだって、

 

「・・・そんなことを言うお兄ちゃんは、好きじゃなくなっちゃうよ」

 

この――諸刃の剣で斬りかかろうじゃないか。

とたん野太い声が響き渡るが気にしない。

致命傷を受けている身では気にする余裕はないのだ。

そして攻撃を受けたお兄様はすぐさま立ち上がって頭を下げた。

 

「頼むから許してくれ」

 

本当ならお兄ちゃん嫌い!がベストなんだけど嫌いなんて言葉嘘でも言いたくないんだよね。だから表現マイルドになっちゃうんだけどお兄様には十分致命傷だった。

お互い瀕死を負ってこの場は収まった。

 

「やっぱ変わってんな司波兄妹」

 

その言葉で締めくくれる西城くんは本当に大物だと思いましたまる。

 

 

 

それから一週間後の放課後。

エリカちゃんに誘われるままにやってきました病院に!

なんで、と思われるかもしれませんが、実はエリカちゃん壬生先輩と話す機会があったとかで、河原で殴り合って仲良くなった的エピソードお持ちでした。

いつの間に?

既に三回ほどお見舞いに行っていたらしい。

今日はその退院日ということで誘われたのだ。

私の誘拐事件は表沙汰にはなっていないが、反国際魔法組織が学校に悪さをしていることは全校生徒に知らされた。

誰がどう洗脳されてたか探すにも隠し立てはできなかったのだ。被害に遭ったのが二科生だけでなく一科生にもいたらしいから範囲が絞りこめなくなったらしい。

この件もあったから一科生二科生の溝を無くそうという話がスムーズだったと言っても過言ではないだろう。

学内の内部分裂なんて余計な隙を与えるだけだから。

 

「今日はきっとさーやも驚くわ」

 

壬生先輩をさーやとは。エリカちゃんのコミュ力はすごい。

途中花屋で花を買い、エリカちゃんはそれをお兄様に押し付けた。

何でもお兄様は壬生先輩のヒーローのようで、よく話に出てくるらしい。

くんくん、これはフラグの匂い!

お兄様はなんで俺が?みたいな顔してますね。大丈夫!すぐ謎は解けますから。

たどり着いた病院に入ってすぐのエントランスにお探しの人の姿があった。

・・・おや?あれは・・・お初だけど一方的に見知った方が。

 

「あれは確か、剣術部の」

「そ!桐原先輩。あの時さーやを斬りつけた相手だねぇ」

 

あらぁ。先輩の見せ場奪っちゃったからこのフラグも立たなくなっちゃったかと思ってたけど、そんなことはなかったみたい。そういえば中学生の時からの一目惚れでしたっけね桐原先輩。

ご家族と看護師に囲まれて壬生先輩と桐原先輩がお話ししている。ちょっと桐原先輩は照れ臭そうに、壬生先輩は楽しそうに。

 

「随分親し気に見えるわ」

「桐原先輩毎日来てたらしいよ。入院って聞いてその日に駆けつけたんだって」

「へぇ、それはまた」

 

まあ意外だよね。

どうしてそうなった?みたいな。

桐原先輩ってあれだよね。好きな子いじめて嫌われちゃうタイプ。でも心配して日参するのはなかなかできることじゃない。

だけど約一週間で・・・?すごいな。原作はひと月かかってたと思うんだけど。もしや壬生先輩押しによわよわでは?

さて、このほのぼのまったり空気にどう入っていこうか。このままUターンでもいいかもだけど、と思っていたらどうやら先輩の方が気付いてくれたらしい。

 

「司波くん!どうして――あ、エリちゃん!」

 

流石仲良し。犯人を見つけるのが早い。

びっくりした表情だが喜色が浮かんでおり、隣の桐原先輩がむっとしたのがわかったが、彼女を止めることはしないらしい。

近づいたお兄様は手に持っていた花を彼女に向けて渡す。

 

「退院おめでとうございます」

「わ、ありがとう!可愛い」

片手で持てるブーケは可愛らしくまとめられたもので、気に入ってもらえたようだ。

そこから女子三人で他愛ない話をしていると、壮年の男性がお兄様に話しかけていた。

 

「君が司波くんだね」

 

がっしりとした体格だが無駄な脂肪などついていない。これは嗜んでいるくらいの身体つきではないことが窺えた。

挨拶すれば壬生先輩のお父上だそうで。

お兄様と話したいことがあるようで二人は少し離れていく。

 

「いったい何話してるのかな?」

「もしかしてあれじゃない?うちの娘を君に託したい―なんて」

「はぁ!?」

「先輩、エリカのそれは冗談ですから気にすることないですよ」

 

女子の会話の聞き役二号(一号はお兄様ね)に徹していた桐原先輩だったが聞き捨てならなかったらしい。

そんな心配になりますか。・・・なるな。お兄様相手だもの。

実際鳶に攫われるとこでしたもんね。

話はすぐに終わりお兄様が戻ってきた。

 

「ねえ達也くん、さーやのお父さんと何話してたの?」

「俺が昔お世話になった人が、お父上の親しい友人だったという話だな」

「へえ、そうなの」

 

壬生先輩も初耳だと不思議そうな顔で聞いていた。

そこへいたずら大好きエリカちゃんが絡む。

 

「達也くんとさーやってやっぱり深い縁があるのね~。ねえ、どうして達也くんから桐原先輩に乗り換えたの?達也くんのこと好きだったんでしょ?」

 

当人の前でも言えちゃうその勇気よ。

すごいよねほんと。真似できない。

お兄様は無表情だけど壬生先輩はえらいこっちゃっとなってますよ。真っ赤っか。再入院必要です?ってくらい赤い。

そして隣の桐原先輩は頑張って無表情作ろうとしてるけど眉間、すごいことになってますよ。コイン挟めそう。

 

「ルックスだけなら達也くんの方が上だと思うんだけどな~」

「・・・つくづく失礼な女だな、お前」

「ドンマイ。桐原先輩!男は顔じゃないですよ」

「こらエリカ、貴女やり過ぎよ。それに桐原先輩は悪くないでしょう」

「「「え」」」

 

揶揄うのはいいけれど、やり過ぎは争いを生む。

特に容姿いじりは可愛いエリカちゃんがするとイメージが悪くなってしまう。

今後の彼女によくないと嗜めるとなぜかみんなの視線を浴びていた。

・・・なぜ?

 

「――深雪は桐原先輩の顔が好きなのか?」

 

さっき声を上げてなかったお兄様も参戦ですか?なんで??

っていうか失礼過ぎない?確かにお兄様の方が容姿は整ってると思うんだけど、好みって人それぞれだし。

 

「好むか好まないかで言ったら好ましいと思うけど、それって人それぞれ、よね?」

 

信じられないと言わんばかりの女子二人に微妙な顔の桐原先輩、そして・・・表情どこに落としたんですお兄様?

っていうか女子!失礼だからな。

その分お兄様がかっこいいと言われてるようで気分はいいのだけど。

妹は鼻が高いです。

 

「あ~、仕切り直す、んだけどさ。結局さーやはなぜ桐原先輩に?決め手は?」

 

エリカちゃん、お兄様を見て慌てて話を引き戻したね。

でも話題がそれってどうなんだ?

そして混乱するとなんでもしゃべっちゃう押しの弱い壬生先輩はぺろっとこぼした。

 

「うん、多分エリちゃんの言う通り、司波くんが好きだったと思う。うん、恋、してた」

 

わあい!甘酸っぱいお話!!大好物ですけど先輩大丈夫です?

多分心の整理のために今考えながら話してるんだろうけど、聴衆多いですよ。看護師さんのお耳ダンボです。夜勤のネタは決まりですね。

 

「深雪さんを助け出したあの姿は、英雄そのもので、私の憧れた姿だった。・・・もちろん助け出されたい思いもあったけど、それよりも強い意志をもって救い出す姿に、私の憧れたモノが重なったの。私もああ強くなりたいって。

でもね。それは同時に怖いなと思った。きっと司波くんは立ち止まることがなくて、私がずっと追いかけても離れていってしまうだろうなって。手を引いてくれても、振り返らない姿を見て思ったの」

 

そして先輩は桐原先輩に振り返る。

その笑顔はとてもきれいで、迷いは見られない。

 

「桐原君はね、振り返ってくれて一緒に歩いてくれる。そう思った。この人なら転んでも手を差し伸べて起こしてくれるって。・・・まともに話をしたのは入院してからなんだけどね」

「時間は関係ないよさーや。さーやはちゃんと選んだんだ」

「うん」

 

女の子二人はすっきりした顔で笑い合ってるけど横の桐原先輩見てあげて。死にそうだから。

知ってる。あれは恥ずか死ぬという奴。私も経験した。だからこそその治療も知ってる。ほっとくことだ。時間がお薬です。

そしてお兄様、話聞こえてましたか?さっきと表情の変化がないのですが。

 

「うわー桐原先輩、男性の赤面って暴力ですよ」

「うるせー!お前はもう黙って帰れ!!」

 

追い出される形で帰ることになった。

んだけど。

 

「あ~、じゃあ私こっちだから~」

 

気まずさを覚えてエリカちゃんはすたこらさっさと去っていった!ずるい!!絶対明日文句言うんだから!

沈黙が支配する帰り道。

コミューターに乗ってもお兄様は無言のままだ。

さてどうしたものか。

 

「・・・深雪は、」

「はい」

 

再稼働したけどちょっとパワーが足りないのかな。声に張りがない。

鞄に確かチョコレートがあると思うんだけど、あった!

 

「桐原先輩みたいなのが。その」

「タイプかタイプでないならタイプではないですよ。いじめっ子よりはストレートに気持ちを伝えてくれた方がいいですから」

 

好きな子いじめちゃう系男子って実らないよね。大抵鳶にかっさらわれていく当て馬にもなれないスライム的弱者だ。

まあそういう素直になれない系を好きになるタイプもいるだろうし、そういうキャラを可愛いなぁ不憫だなあと愛でることはあっても私の推しになることはない。

 

「先輩たちにはぜひ幸せになってもらいたいですね」

 

あれはエリカちゃん西城くんほどじゃないけどじゃれ合いケンカップルになるだろう。好きです。

お兄様はどこか上の空のまま。

ふむ。

 

「お兄様お口開けて下さいな」

 

そう言って唇に用意していたチョコを押し当てる。

ゆっくり開かれる唇にチョコを押し込むと指が唇に当たった。

 

(ちょっと恥ずかしくなりかけたけど落ち着け私。これくらいで動揺するな。この前指先にキスされたでしょ。あの恥ずかしさに比べたら――)

 

比べるものを間違えて赤面して動けなくなった。

構図としては深く座っているお兄様に横から覆いかぶさるように顔を寄せてチョコを突っ込んだ事後ですね。

一カメさんと二カメさん、そしてバックの三カメさん。いいアングルですね後でください。え?妄想?残念無念。

お兄様が目を開閉させる。

私も同調するようにぱちり。ぱちり。

 

「やはり深雪は閉じ込めるべきじゃないか?」

「だからそれはバッドエンドですお兄様」

 

何がどうしてそんなお考えになるの!?

お母様ヘルプミー!!

天国の母に思わず助けを求めるが、悲しいことに何も返っては来ない。

――頭でも叩けばよろしいのではなくて?

これは半眼で見下しているイマジナリーお母様ですね。イマジナリーでもお会いできて嬉しいです。でもお兄様の賢い頭を私が叩くなんてできっこない。

だから。

 

「メッ!ですよお兄様」

 

せめて言葉で伝えておく。

長い長い沈黙の後。

お兄様はそれはそれは小さな声で「・・・・・・・・・わかった」と苦渋の決断を下すような声で答えた。

 

 

夕食後。

 

「で。深雪は桐原先輩の顔が好きなのか?」

 

冒頭に戻った!?

しばらくお兄様のこの質問は繰り返されることになる。

おじいちゃんご飯はさっき食べたでしょー!健忘症になるには早いですよお兄様。

 

 

 

後日このお兄様の状態を聞いたエリカちゃんは私に頭を下げ、桐原先輩を学校で見かけることは無くなった。

 

 

――

 

 

『ハッピー学園ライフ?』

 

 

お兄様のモテモテ高校ライフは始まった。

登校すれば周囲からきゃーきゃーと声が上がり、視線は独り占めだ。

体育の授業はまるで大会のごとく声援が起こって、お昼を食堂で取ればお兄様と同じものをと注文が殺到する。

・・・すごい、漫画の世界だ。

だがこれは女子だけの反応じゃない。

男子たちもお兄様に熱い視線を向ける。

しかしその意味合いは女子とは違い――

 

「司波、うちの部にぜひ入ってくれ!」

 

そう、クラブの勧誘合戦だ。

ブランシュ云々は学校に影を落としたが、のど元過ぎれば、ではないが目の前の問題には些末なことだったようで、新入生獲得に動く部活動の前には跡形もなく消えてしまうらしい。

特にお兄様はホープだ。

あれだけの身体能力を見た運動部は特に獲得に熱を入れている。

時折隣にいる私に、

 

「カッコいいお兄ちゃんを見たいよな!」

 

と期待する目で見てくる先輩がいるけれど、残念ですが。

 

「兄さんはどんな姿もカッコイイので大丈夫です」

 

この言葉で撃沈させてもらってます。

お兄様は研究に忙しいのです。部活動での青春はお呼びじゃない。

憧れはしますけどね!だってお兄様だもの!!部活に勤しむお兄様なんて最高にかっこいいだろう。当然応援したい!はちみつレモンの差し入れとか憧れだよね!

でも妄想だけで十分です。これ以上お兄様をお忙しくさせるわけにはいかない。

だけどお誘いは運動部だけではなく文化部もだ。

だってお兄様が入ったらその他諸々もついてくるだろうからね。廃部は避けられる。

だけどその廃部の危機もない演劇部も誘いに来たのはすごかった。

突然食堂でフラッシュモブが始まったと思ったら部活の勧誘だって。

・・・お兄様も唖然としてましたよ。すごいね、お兄様が外でこんなになるなんて、なかなかレアですよ。

 

「・・・これは予想してませんでした。私のせいでお兄様には大変なご迷惑を」

「深雪のせいじゃないよ」

 

そうは言ってくれますが、アレが原因ですからね。しょうがない。

でもおかしいな。女の子たちきゃあきゃあ言っているわりに告白には踏み込まない。

ううん、憧れではあるけれど近寄るにはまだ早い、かな?

女友達しかいない状態で聞いてみたけれど。

 

「それは・・・」

「しょうがないんじゃないかな」

「どうして?皆気後れしてるとか?兄さん目つきは怖いかもしれないけど優しいし」

「優しい、ねぇ」

「その、深雪さんとのらぶ・・・仲良しぶりの方に遠慮しているのではないでしょうか」

 

上からほのかちゃん、雫ちゃん、私、エリカちゃん、美月ちゃんの順である。

っていうか美月ちゃん、私たちそんなに学校でラブラブなんてしてないですよ。べたべただってあれ以来はしてないんだから。

でもそう映ってるっていうなら問題よね。

 

「私、離れた方がいい?」

「「「「それはやめて」」」たほうがいいと思います」

 

強い否定。だめですか。

でもそうしないとお兄様いつまで経っても恋愛始められなくない?

そう伝えるとみんなが驚いたようにこちらを凝視していた。

え、何??

 

「深雪、達也くんに恋人作ってほしいの?」

「え、ええ。いてもいいと思ってるんだけど、そんなにおかしなこと?前に生徒会長にもそんなこと言われたけど」

 

七草会長にも私の独占欲疑われたけどそんなブラコン重症に見える??

そんなに困惑されると私が間違っているような気になってくるのだけど。

 

「ま、まあ兄貴の恋人事情に口を出すのはどうかって言うのはあるんだけど、さ」

 

エリカちゃんが気まずそうなのは渡辺先輩とお兄さんの件ですね?棚に上げづらいですか。

 

「別に兄さんには兄さんの幸せがあるでしょ。そこに私が出しゃばるものおかしい話じゃない?」

「うーん、正論。正論なんだけど・・・」

「なんていうかお二人の場合その正論が合わないと言いますか」

 

なぜ論外なの?

友達と意識が共有できないことが悲しい。

 

「ええっと、達也さんに恋人ができない理由だったよね?」

 

ほのかちゃんが軌道修正に入ったことでみんなはっとして思い出したようだ。

そうだね。その話だった。

 

「達也さん、私たちといると普通の男子生徒って感じなんですけど、深雪さんといるととっても甘々というか、二人の世界というか・・・入り込もうとする勇気ある人はなかなかいないんじゃないか、と」

 

わかる~、という空気が満ちる。

・・・それは当事者だけど、うん。わかる気がします。

お兄様はいつでも私を甘やかすから。

 

「見てる分にはいいんだけどね」

「なんていうか、少女漫画より少女漫画してますよね。兄妹ですけど」

「あんなカップル現実にいるはずない」

 

カップルではないですけど、現実にはあり得ない発言されました。

私たちは架空の生物らしいですよお兄様。なんだろ?ツチノコかな?

 

「だからいつも達也さんを見ている女子の人は漫画の主人公を見ているような憧れ方と言いますか、理想のヒーローを眺めていたいって気持ちなんだと思いますよ」

「・・・現実の彼氏としてはありえない、てこと?」

「というより相手は自分じゃないって感じ?」

「不思議と深雪に並んでも見劣りしない」

「あ、わかるー。深雪の浮世離れした容姿に並べる人なんて、って思ってたけど達也くんが横にいてもおかしくないっていうか」

「でもそれはうちの学校の生徒限定かもしれませんね。お二人の仲を知っている私たちだからこそ、達也さんが隣に立つべき人だと思っているから自然ですけど」

「ああ、二人の関係性を知らなければって?確かにフィルターはかかってるかもねー」

 

皆楽しそうね。

ずるい。私もそっち側で楽しみたい。

 

「そもそも達也さん、深雪以外に目がいってないから興味自体無さそう」

「そうね、生徒会長とかがちょっかいかけても何の反応もしてなかったし」

「・・・そもそも女性に興味がない、とかではないですよね?」

 

あら美月さんそちらにもご興味が?

残念ですがお兄様ちゃんと女性が好きですよ。・・・あれ?原作ではそうだけどここでは違うかもしれない可能性が・・・?

 

「・・・それってどう検証すればわかるかしら」

「えええ、ちょっと深雪!?何を疑ってるの?!」

「愛のカタチって様々だから」

「いやだからってそれは・・・」

「私はお兄様が幸せならそれもありかな、って」

 

お兄様が幸せであればいいじゃない。

何の問題もない。

 

「深雪ぃ、目を覚まして。なんで美月まで!こっちにもどってこーい!」

 

 

 

目が覚めたらお兄様がいました。

あれ?本当に寝てました?

 

「深雪、何がどうしてそんな話になったが知らないが、俺はノーマルだ」

 

半眼のお兄様がとんでもない発言をしている。いや、させてしまったの?

・・・なんか、ごめんなさい?

 

 

――

 

 

『秘密のお仕事』

 

 

日々勉強に習い事に修行にと何かと忙しい私ですが、休みはあります。

休みってほどじゃないですね。自分の趣味の時間を取れるってこと。

ああ、料理とか家事とかは趣味と言えば趣味ですが今それは度外視して。

お兄様といる時間も実は結構少ない。アルバイトもありますし、そもそも自分の研究に時間を使っていますしね。

だから一人の時間というものは意外にあったりします。

そして今日はその中でも数少ない一日フリーという奴でして。

私はこの瞬間を待っていた!

いつもは部屋でコツコツとやるんだけど今日は誰もいないということで部屋を飛び出てリビングへ。

たまには開放的なところでやりたい。

取り出したのは布、布、綿、布、針、糸、糸。

そう――私はこれからぬいを作るのです。

前世は不器用すぎて、針は指を刺すものでしかなかったのだけど、深雪ちゃんは女子力がエベレストだった。

おかげで中学三年間お兄様ぬいと深雪ちゃんぬいとお母様ぬい三体が、季節ごとの洋服に衣替えできるくらいには作りました。

今は参考資料としてテーブルの上に鎮座してるけど、普段はお気に入りケースの中で眠ってもらっている。

いつお兄様が来るかわからない部屋に飾っておくのは危険だからね。しょうがない。

そう、これは誰も知らない、知られてはいけない私だけの秘密の趣味。

本当は着せ替えなどせず、いろんな衣装のぬいをたくさん作りたいんだけどそれだと、場所を取ってしまうので着せ替えタイプにした。こっちの方が難しいんだけどね。しょうがないね。

ではなぜここに綿があるか、それはこれから高校生バージョンを作るからである。

ボディを大きくするわけではないけれどお顔立ちがですね、変わってもいいと思うんですよね。

あと制服ね。体操着も作りたい!それから私服も高校生だから大人っぽいのがいいよね。

あ、プリンセスとナイトの話を聞いてからは、そっち系も作りたいのよね~。

夢は膨らむ一方だけど、流石に全部作るだけの余裕はない。

今日のところは本体と制服姿だ!と狙いを定めてさっそく作業に取り掛かった。

 

 

フェルトペンに沿って布カッターで切り出して、――結構な作業ですよこれは。

時間も忘れて作業に没頭していたらすでに日暮れ。

お昼?栄養面だけ考えたドリンクと一口サンドイッチで済ませましたとも。

このパーフェクトボディを保つのに食事は抜けません!深雪ちゃんの美は一日にしてならず!です。

 

(あ、この布よりあっちの布の方がいいかも)

 

唐突に閃いて部屋に仕舞ってある布を取りに行く。

こういう時部屋でやらないのは不便だけど気分だ気分、とテンションを保ちながら目当ての布を手に持って戻る。

すると突然鳴りだすコール音。

 

(・・・あ、これもしかしなくても)

 

私は手に持ったものをとりあえずおいて髪を手櫛で整えてから電話を起動させる。

すると部屋の一番大きなモニターに麗しい女性の姿が現れた。

まだ夕方だが夜の雰囲気漂う美女――叔母様だ。

 

「お久しぶりね深雪さん」

「ご無沙汰しております叔母様」

「ふふ、そんなにかしこまらないで頂戴。いつも通りにしていいの。達也さんはいないのでしょう?」

 

わかってて掛けてきてますものね。その通りです。お兄様はアルバイト先で研究を。私はお家で趣味に没頭を――あ。

 

「、真夜姉さまにお変わりはないですか?」

 

こちらの画角がどのように映っているのかはわからないが、布だけならまだしもぬいが映るのはいただけないっ!それとなく移動して背後のモノを隠そうとゆっくり移動する。

 

「ええ。私の方は何も変わりはなくてよ。けれどそちらは大変だったようね?」

 

当然一高で起きたことは報告している。

しかも背後に大亜連合が絡んでいる。知らせぬわけがない。

 

「はい。お兄様がいつものように助けに来てくださいました」

「貴女も、魔法を使われたのでしょう?」

「・・・関連が疑われる形跡はないとのことでした」

「まあ、そんなことを心配していたのではなくてよ。貴女の身を案じているの」

「ご心配いただきありがとうございます。私はこうして無事ですわ」

 

うふふ、あははと話をしてようやく視界から外れたんじゃないかなーというところまで移動してきた。

これで一安心だ・・・なんてフラグを立てるなんて、集中しすぎて疲労していたんだろうか。

 

「ところで深雪さん、その隠そうとしているものは何かしら?」

 

微笑まれる叔母様は女王オーラが半端ない。

いつもながらお美しく思いますが、同時に内心はガクブルです。

 

「少々裁縫をしておりまして」

「相変わらず貴女はどこまで目指しているのかしら。百年前の淑女だってなかなか嗜んでないと思うのだけど」

 

そうですね。おっしゃる通りだと思います。

 

「お料理もなさるのでしょう?それはもう淑女教育ではなく花嫁修業ではなくて?」

「どちらにしてもあって困らない技術でしょう」

 

まだまだ花嫁にはならないよ!お兄様の幸せを見守るまではね!でも怖くてそんなこと言えない小心者です。

 

「それで、何を作ってらしたの?」

 

・・・流れないですかそうですか。

なんとなく逃げ場は無いだろうなと思っていたけれど、・・・覚悟を決めましょう。

 

「この年になってお恥ずかしいのですが・・・ぬいぐるみです」

「ぬいぐるみ?」

 

小首を傾げる叔母様に、母の面影が重なる。

母もこうして首をよく傾げていた。そのたびに可愛いなと悶えたものだが、うん。叔母様も可愛いね。距離が離れているからか安心してそう思えます。

 

「そんな可愛らしい趣味をお持ちだなんて知らなかったわ。でもそれなら購入すればいいのではないの?」

 

わざわざ作るなんておかしいってことですね。

それはもちろんプロが作った方が素敵なものができるでしょうが、そこに私の欲しいものはないのだ。

商品にないのなら自分で作るしかない。

オタクはいつでも愛のために暴走するものなのです。

 

「お店では売られておりませんので」

 

まあ家族のぬいぐるみ作るなんて結構やばい趣味ですよね。私にとってはただのオタ活でキャラグッズだけど。

にこにこと笑い合う叔母と姪。

――でも公開処刑は決定事項だった。

 

「どんなものを作られているのか、見たいわ」

「・・・・・・・・・お恥ずかしい出来ですが」

 

拒否れば謀反を疑われるのでしょう?どっちにしろ死刑ですものね。潔く逝きましょう。

すっ、と手のひらに持ち上げるのは作りかけではない、中学生バージョンのお兄様私お母様ぬい。一体一体なんてしません。離したら可哀そうじゃない。

ところで・・・回線混雑でもしました?叔母様の画面がフリーズして動かず音も聞こえてこないですね。

だからといって私も動くことはできない。緊張で動けない。処刑するなら早くしてくれ。その心境だった。

 

「・・・・・・・・・それは達也さんと深雪さん、それに深夜ね?」

 

よくわかりましたね。かなりデフォルメされているのに。

再起動にかかった時間は三分。もしや地球を離れてましたか?

私は現在進行形で魂が離れかかってます。

 

「ずいぶん、その。思い切ったデザインね」

「・・・はあ。恐縮です」

「作っているのは別のモノなの?」

「これは中学生バージョンですので高校生バージョンを作ろうかと」

「ちゅうがくせいバージョン・・・」

 

おおっと叔母様のIQが下がった感じです??

理解が及ばなかったかな。無理もない。オタクの心理、一般人には理解しがたいのだ。

ここはこの隙に一気に畳みかけてみよう!死ぬときは潔く。オタクは腹をくくったら強い。

 

「中学生バージョンは子供のイメージが強いので目を大きくしましたが、高校生ならもう少し小さくした方が大人っぽくなるかと。それにこれは着せ替えを楽しむものですから普通のぬいぐるみより中身を補強しないとすぐにへたってしまうことも考慮した上で改良しなくてはなりません」

 

そうなんですよ。着せ替えタイプって持っていなかったから知らなかったけど着せ替え過ぎるとふにゃってなってしまうんですよ・・・え?ただのやりすぎ?キットチガウヨ。綿ノセイダヨ。

 

「素材も手触りをよくするために選びに選んだ生地ですし、着せ替えの服もちゃんと季節に合わせた生地にしています。綿も固すぎてはぬいぐるみの枠を外れてしまうので弾力も程よいものを選んでおります」

 

作っているのはあくまでも着せ替えぬいだ。人形じゃない。固くては意味がない。

持ち運びに便利なサイズで頬ずりしたくなる肌触り、そして抱きしめても崩れないフォルム。

追求したっていいじゃないオタクだもの!

目指すなら究極のぬいを!!そこに手抜かりはあってはいけない。

推しに捧げてこその愛!

そう熱い思いを語れば、叔母様はまたもフリーズ。あ。回線ですね。

 

「・・・・・・深雪さんのお手製なのね」

 

再起動はさっきよりも早いけど・・・おや?叔母様の様子が・・・?

 

「どこにも売られてはおりませんので」

「そう・・・。作る期間はどれくらいなのかしら?」

「そうですね。ひと月もあれば三体は作れそうです」

 

嘘です。今日でお兄様一体終わります。でもなんかね、予感がね?!

 

「・・・わたくしも欲しいわ。あなたお手製のぬいぐるみ。同じものを持つのもいいわね。お揃いで作ってもらえるかしら?」

 

・・・・・・・・・要約すると、お兄様のぬい欲しいけど正直に言えないから全部まとめて頂戴でFA?

視線がずっとお兄様ぬいなんですよね。

 

「すこし、お時間がかかりますが」

「構わないわ」

 

少し食い気味できましたね。

もしや可愛いもの好きでしたか?そういえば母もそういったもの興味あるけどないふりとかしてたっけ。

ほんと双子そっくり。認めないだろうけど。

 

「わかりました。真夜姉さまに気に入ってもらえるかわかりませんが、精一杯作らせていただきます」

「貴女が作ったものだから欲しいのよ」

 

あ、これは勘違いしないでよね!私はそんなぬいが欲しいわけじゃないんだから!なツンデレ語の派生ですね。

オタクは都合のいい翻訳耳を持っています。

 

「おそろいのモノが持てるのは嬉しいです。なるべく早めに作りますね」

「いいのよ、無理はしないで。丁寧に作ってくれた方が嬉しいわ」

 

やっつけ仕事はするんじゃないってことですね。わかりました。

こうして仕事の受注を受けた私は自分のモノはさておいて依頼人のモノを先につくることにした。

そして一月後――・・・

 

 

「真夜姉さま!私の通帳にとんでもない額の金額が!」

「あら。いい仕事にはそれなりの報酬が払われて当然でしょう?」

 

叔母様の後ろに移るテーブルの上にはティータイムを楽しんでいるように卓を囲んでいるお兄様ぬいと深雪ぬい、お母様ぬいと叔母様ぬい、その横で控える葉山さんぬいがあった。

そのミニチュアいつ用意されたんです?そのティーセット中身が本物にしか見えないけどちゃんとぬいぐるみサイズになってる!細かい!!

こうして私は内職が決まりました。

しかしぬいの服一着に10万円は破格過ぎだと思います!!

流石ブルジョアお金の使い方がおかしい・・・って思ったけど違う。これはオタクのお布施だ。振り込ませろオタクの現象だと思い至った。

・・・私は叔母をオタクの道へと突き落としてしまったらしい。

とりあえず、天国のお母様になんて報告しよう?

 

 

――

 

 

『貴方に祝福を』

 

 

そういえば、入学編が無事に終わったのだけど、スピンオフ作品の深雪ちゃんサイド――魔法科高校の優等生の要素はなかった。

美少女探偵団がお兄様の後を追っかけることもなかったし、ほのかちゃん達とエイミィちゃんが仲良さそうな場面はまだ見たことがない。

つまり主軸はあくまで魔法科高校の劣等生ということなのだろう。

助かった。実はそちらはアニメを一度見た程度であまり覚えていなかったのだ。でも三高の一色愛梨ちゃんのことは覚えてる。可愛かったので。ああいうお嬢様結構好きなんです。九校戦ではぜひお目にかかりたい。お話したい、なんて高望みしません。ライバル宣言なんて滅相もない。推しは遠くから見守りたいオタクです。

それで言うとお兄様なんて一番の推しだから、本来深雪ちゃんでなければ遠目でちらちら見かったんですけどね。

深雪ちゃんである私にはお兄様を幸せにする使命がありますから。死ぬ気で最前線から応援しますとも。

と、なんで急にスピンオフの話をしたのかというと、私は今お兄様を連れて喫茶店に来ています。

目的は――

 

「達也くん、お誕生日おめでとう!」

「「「「おめでとう」」」」

「ありがとう」

 

お兄様のお誕生日会を開いてもらっているから。

エリカちゃんを筆頭に美月ちゃん、西城くん、そしてほのかちゃんと雫ちゃんが集まってくれた。

急だったこともあり、プレゼントは無しってことにしたけど、ここの食事は皆のおごりらしい。

懇親会もかねて、とのこと。知り合ってまだ20日程度なのにこんな会を開いてくれるってすごいよね。

でも学生なのにお店貸し切りって・・・マスターも気がいいというか、皆の金銭感覚ってどうなってるんだろう?

これだったらうちに招いてもよかったのだけど、と思わなくもないけどこれは好意だから受け取ることにした。

このお話ってスピンオフでしか見られなかったから、声を掛けてもらった時は驚いた。

でもやっぱりエイミィちゃんは来ていない。イベントを熟してないのだから来なくて当然なのだけど。

雫ちゃん達が無理してなくてよかった。

彼女たちの活躍の場が減ることは問題かもしれないけど、無理に傷ついたりしてないに越したことはないから。

お兄様を囲んで皆楽しそうにしている。

うん、青春であり、幸せな光景だ。

 

「嬉しそうですね、深雪さん」

 

一人感傷に浸っていたら美月ちゃんが声を掛けに来てくれた。優しい。

 

「ええ。兄さんがこうして楽しそうに祝われてるのを見ていると、幸せだなぁって。美月が発案してくれたって聞いたわ。ありがとう」

「い、いえ!偶然達也さんの誕生日が目に入ったので!」

 

席が近いからのぞき込まなくても見えてしまったのだとか。

 

「・・・深雪さんは、本当に達也さんの、お兄さんのことが大好きなんですね」

 

しみじみと言われるとちょっと恥ずかしい。

誤魔化すようにグラスに口づけると、美月ちゃんはぎゅっと胸を抑えた。・・・お胸の形、変形しちゃってますよ。男性陣に背を向けているからセーフだけど、私というオタクがいることを忘れないでほしい。心におじさんがいます。

 

(わかるよ、美少女の照れ顔って破壊力あるよね。ちょっと待ってね、落ち着くから)

 

「言ったでしょう?仲が良いの」

「そ、そうでしたね」

 

言ったのは、仲悪い?の質問にNOと答えただけなんだけどね。変換余裕でしょう?オタクだからね。

・・・オタク、便利な言葉だけど深雪ちゃんには合わないので多用しないようにしなくちゃ。

 

「深雪、そろそろグラスが空きそうだが、何にする?」

 

おっと、離れていてもお兄様の気遣いは発揮されます。

今日はお兄様のお誕生日会なのに、お世話しないでいいんですよ。・・・と言いたいけれど、お兄様にはこれが自然だからしょうがないのか。

 

「そうね、冷たいものを飲んだから、次は温かいものにする」

「分かった」

 

それだけ聞いてマスターに注文するお兄様、好みは把握されてるので選ぶものは的確だ。

周囲の皆驚いてるね。

 

「なんつーか、兄貴ってこんなに妹の世話を焼きたがるもんかね?」

「兄貴にもよるんじゃない?ここまでっていうのは珍しいと思うけど」

 

エリカちゃんが視線を外に向けながら言っているけど、私は知ってますからね。貴方がお兄さん方に好かれて構われていることを。

ここに兄を持つのは私とエリカちゃんだけなので、答えは得られなかった。

 

「普通だろ?」

 

とのお兄様の言葉には全員が首を振ったので、回答は無効です。

 

「確かに下の子って可愛いけどね」

 

とは雫ちゃん。弟がいるので気持ちはわかるとのこと。

いいお姉ちゃんしてそうだね。いつもの無表情ちっくな顔から、優しいお姉さんのお顔です。可愛い。

 

「いいなぁ、兄弟って憧れる」

 

ほのかちゃんの言葉に美月ちゃんも頷いていた。

しかしエリカちゃんは天邪鬼なので。

 

「そーお?いたらいたでウザい時もあるわよ」

 

苦々しい顔です。思春期に構われすぎると嫌になるアレですか?

でもその分距離感が近いのかな、とちょっとうらやましい。遠慮なくぶつかれる兄妹仲も素敵よね。

お兄様にぶつかっても、暖簾に腕押しでしたからね。・・・中学前のお話ですよ。

 

「ウザい・・・」

 

あら?お兄様が不穏な言葉をつぶやいてますね。

 

「兄さんたら、何を心配しているの?」

「いや・・・。お前に構いすぎて嫌がられる日が来るのかと思うと」

 

お兄様の構いすぎって・・・、どういう場面?私が、っていうのは想像が付くのだけど、お兄様から??

 

「想像つかないわ。エリカ、どう構われたらそうなるの?」

「えー?ウザ絡みされた時とか?ちょっかいかけられたりとか」

「その具体例はない?正直ピンとこないのよ」

 

お兄様がウザ絡み?お兄様からのちょっかいって・・・受けたらご褒美では??

 

「あー、と。ほら!この間の桐原先輩の件とか」

 

ああ、お兄様がちょっぴり壊れたアレですか。

しばらく桐原先輩が好きなのか?と繰り返すbotでしたもんね。

どうしてそんな勘違いをしたのか、あまりよくわかってないのだけど。ただ容姿を揶揄うのを止めただけでしょう。

 

「確かに困りはしたわね。どうしていいかわからなかったから」

「!!」

 

いえ、お兄様。そんな驚かなくても。でもあれ、構われたことにはならないでしょ。

むしろ放置された?話しかけても反応薄かったし。

お兄様に向き直り、拗ねた顔を作って見せて。

 

「あれは逆に兄さんが構ってくれなくなったから困ったのよ」

 

腰に手を当てご不満ですポーズです。美少女でしか許されないね。ちょっと七草会長っぽい動きになってしまった。

美月ちゃんクリティカルヒットです?はわわしてますね。

でも正面で受けているお兄様は平然と・・・、驚いたまま動いてない。

 

「話しかけても上の空だし、質問されたと思ったら同じことの繰り返し。・・・私ってそんなに信用ならない?」

「それは違う」

 

おかえりなさい、妹全肯定botさん。今日も素早い反応ですね。

きりっとしたお兄様が戻ってまいりました。

けれど次の瞬間、眉尻が下がり困り顔。

 

「不安になったんだ。深雪が誰かを評価するなんて聞いたこともなかったから」

 

まあ、兄妹の中でそういった恋バナ?とかしませんからね、普通。

学校ではありましたよ、女子たちとの会話で。でも誰がいい、なんて返したことはもちろんなかったけどね。

そんなことした日には次の日、えらいことになることくらいわかってましたから。

 

「評価と言われても・・・、あの時はエリカを止める為だったから」

「え?私??」

「だってエリカみたいな可愛い子が、人の容姿を貶したら遺恨が残るかもしれないじゃない。可愛い分、人よりやっかみを買いやすいんだから気を付けないと」

 

エリカちゃんはそんな意図があっての発言だとは思わなかったらしい。

理解して顔を赤くしたのは、同級生に注意されたからか。ごめんよ、心はおば――お姉さんなので。

 

「・・・うわあ。深雪って結構・・・」

「無自覚だね」

 

ぼそぼそと雫ちゃん達がお話してます。西城くんはなんでお兄様の肩を叩きました??

ぼっちです。寂しい。ケーキ食べよう。

切り分けてあったケーキに手を伸ばす。うまくお皿に乗せるところがUFOキャッチャーを彷彿とさせるよね。緊張する。

 

「不安になることねぇんじゃねーの?あんまそういったことに関心無さそうだぜ?」

「・・・そうだといいんだが」

 

えー?西城くんどっちかって言ったら、妹の恋愛くらいいいじゃねーか、とか言いそうなのになぜ?と思ったけど、もしやお兄様に合わせてくれてる?臨機応変な対応もしてくれるなんて、西城くんやっぱりできる人だね。

 

「せっかくの誕生日なんだからそんな落ち込むなって」

 

やっぱりいい人!モテるよ西城くん!!

こちらに合図をさりげなくしてくれるところも高評価です。

お兄様の近くに寄って、ケーキを一口。

 

「おめでとう、兄さん」

 

フォークにさして差し出せば、お兄様はゆるゆると動いてぱくり、と食べた。

 

「美味い」

「よかった」

 

背後で西城くんがコーヒーを人数分注文しだすのを聞きながら、もう一口差し出す。

それを素直に食べるお兄様は、優しい笑みを浮かべて。

 

「幸せだ」

 

こっそり私にだけ囁いた。

 

 

 

 

「楽しかったですね」

 

夕暮れの帰り道、コミューターを途中で降りてお兄様と手を繋いで歩く。

 

「ああ」

 

短くも、とても嬉しそうな感情を乗せて返されて、私まで嬉しくなってしまった。

繋がった手を更に自分に寄せて、お兄様の腕を抱きしめる。

 

「深雪?」

「入学してよかったです。今年は私ひとりでお祝いするものだと思っておりましたから」

 

去年まで、母とお祝いしていたけれど、今年は二人きりになるな、と寂しく思っていた。

料理なんてしたことのない母と一緒に作る料理は、不格好ながらも美味しくて。不服そうながらも照れるお母様と、無表情ながらも一番にお母様の作った料理に手をつけて完食するお兄様。

今年はどんな誕生日を祝えるかと思っていたのだが、こんなに素敵な一日になるなんて思わなかった。

 

「そうだな。俺は二人きりでも特別な日になると思っていたが、嬉しい誤算だ」

 

傾いて歩きづらいだろうに、腕を振り払うこともなく一歩距離を詰めて寄り添う。

夕日に照らされたお兄様の笑顔はとても輝いていて眩しい。

 

「お兄様、生まれてきてくださってありがとうございます」

「・・・お前だけだ、そう言うのは」

 

そんなことはない。お兄様に救われる人はたくさんいるのだから。――お兄様はヒーローだから。

 

「今日はお兄様の誕生を祝うと同時に、お母様に感謝を伝える素晴らしい日ですもの」

「深雪がそう言ってくれるから、俺は生まれてもよかったと思える。ありがとう」

 

夕日が眩しすぎて目に染みる。

 

「なあ深雪、抱きしめていいか?」

「・・・あの角を曲がれば家ですよ」

「今、抱きしめたいんだ」

「誕生日ですもの。お兄様のお好きなように」

 

抱きしめられた腕の中、涙はお兄様の服に吸い取られてしまった。

春の夕日は沈むのがあっという間だ。

日が沈み、街灯が存在を主張するころになって、私たちは家に入った。

 

「おかえりなさいませ、お兄様」

「ただいま深雪。そしておかえり」

「ただいま」

 

 

 

そして、ささやかな二人きりの誕生日会は、昼の騒がしさから一転、落ち着いたものであったが十分満足のいくものだった。

食後のコーヒーを飲みながら、ソファでまったり過ごす。

 

「お兄様、何かしてほしいことはありますか?」

「そうだな。今夜は寝るまでここで一緒にいてくれないか」

 

ここで、と背もたれに腕を乗せるお兄様。隣に来い、ということですね。

 

「お兄様には欲がありませんね」

「そんなことはないさ。もっと自分の価値を知るべきだ」

 

密着させないまでもギリギリまで近寄って座ると、背もたれの腕が肩を抱き寄せ結局密着させられる。

触れる肩が温かい。

 

「最高のプレゼントだ」

 

日付が変わるまで温もりを分け合い寄り添って――16歳になったお兄様の物語が始まる。

その日々はとても波乱に満ちるものになるだろうけれど、私が傍でサポートするから。

必ずお兄様を幸せにしてみせるから。幸せになってもらうから。

 

覚悟していてね、お兄様。

 

 

 

 

 

 




これでブランシュ騒動はこれでおしまいです。

お読みいただきありがとうございました!
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