妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!(修正前)   作:tom200

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前中高編+番外編をUPします。


師族会議編 前編

 

「ね、今週末どっか遊びに行かない?」

 

食堂で皆揃って食べているとエリカちゃんからの提案が。

どうやら冬休み皆で遊びに行けなかったことをリベンジしたいらしい。

あと、うっぷん晴らしかな。新学期早々ごたごたしてましたからね。

学校内はほぼ日常が戻ってきたものの、生徒たちは家から色々聞かれたりしているのかもしれない。

なんてったって四葉ですからね。謎多き一族。その次期当主たちが危険人物かどうか確認もしたくなる。

…はっきり言って私たち二人が一番四葉で危険人物と言っても過言ではないですけどね(強火担)。

私に何かしようものなら破滅しか待ってませんから。もちろんお兄様に何かしようとする輩がおりましたら私も黙っておりませんけど。

深雪ちゃんチートを舐めないでいただきたい。お兄様は世界を壊す力を持っているけれど、私も人類滅ぼす力を持ってますから。

改めてヤバい兄妹ですね。基本平和主義の二人なので仕掛けられなければ大人しいものなんですけどねぇ。

ちらり、と隣のお兄様を見れば、わずかに眉間に皴が。

やっぱり同じこと考えている様子。

 

「誘ってくれてありがとう。でも、私たちと外出すると――」

「襲われる危険があるってんでしょ?四葉ってバラしたから外を出歩くと狙われる可能性があるって」

 

ご明察。良くお分かりで。

四葉と表立って発表したことにより、まあ観察者の増えたこと。

家を張り付くような真似はしないけど、学校周辺だったり駅だったりには素人からプロまであらゆる視線が纏わりつくようになった。

その視線の元――彼らは皆、日本の魔法師だった。

まだ事を起こそうというタイプの人たちではない観察対象くらいなので放置しているが、どこの者かはうちの子たちがチェックしてくれている。この間もリストが届いてお兄様とも共有したところ。

これらは放置していても大した問題にはならないと、警戒は怠らないもののノータッチで知らんぷりで通すことにしている。

いちいち騒いでも、ね。

むしろ観察してもらってどれだけ無害か見てもらいたいところ。平和な時はとっても無害なんですよ。

だけど――国外は静かに水面下で動いていた。

旅行者や密入国が増えているらしい。

横浜や横須賀の玄関口はどうにかなりませんかね七草さん?ちゃんと警戒しているんだよね⁇中華街は流石に警戒対象とわかっているからか、新たに利用されてないよう見えるけど抜け道が色々あるみたいですよ。

周公瑾がいなくなったからって油断してる――わけじゃないだろうけど、もしかして四葉の力が削げるなら国外の力を頼るのも一つの手だと思ってる?だとしたら叔母様と相談して正面からその喧嘩買いますけど。

師族会議も近いからもっと警戒を高めてもいいのに何をしているのか。暗躍しすぎると信用失いますよ。

こちらはすでに一部軍に情報を共有して――って、話が大いに逸れた。

ふつふつと七草(の怠慢により増えてしまった仕事量)に湧いてしまった不信感と怒りにお兄様が気付いてそっと腿に手を置かれる。

視線が合うと、少し心配げな視線が向けられていた。大丈夫、と微笑めばお兄様も目を緩められる。そうですよね、今は皆と楽しくおしゃべりしているところだったのに、今は心配しても仕方ないことでした。

 

「でもコンペの時のような緊張感はまだないみたいだし、むしろ今のうちなんじゃないの?」

 

本当、エリカちゃんは周囲がよく見えている。

彼女の家も警察との繋がりが深いから何らかの情報が入ってきているのかもしれない。

警察はちゃんと機能しているのに七草は――以下略。言ってもしょうがない。

まだ準備ができていない状態で私たちに仕掛けることはしてこないってことをよくわかっているみたい。

そうだね。この段階ではまだせいぜい観察するくらいだろうし、彼女らは学校内で仲が良いメンバーだ。

すでに知られているなら外で遊ぼうが注目人物に変わりはない。

 

「皆はそれでいいのか?」

「今さらだろ」

「友人でいると決めた時から腹は括っているさ」

 

(やばい。泣きそう)

 

緩む涙腺に目をゆっくりと閉じながら俯くと、温かな手が頭にのせられる。間違いなくお兄様です。

何も声を掛けられずにただ、頭を撫でられた。

そして手を乗せたまま正面を向き、皆に向けて、恐らく私の分も含めて礼を言う。

 

「ありがとう」

 

こんな風に素直に感謝を述べられるお兄様の精神構造はやはり普通ではないのだろうね。

普通の男子であればそう簡単にお礼なんて照れずに言えるわけがない。

でもこうしてストレートにお礼を口にできる分、原作とは違い、変なすれ違いも起きないのかもしれない。

感動のあまりぽろっと零れ落ちた涙が腿に落ちるはずが、いつまで経っても予測地点が濡れた感覚がないので目を開けば、ぼやけた視線の先にお兄様の手の甲の上が。ばっちり水滴が落ちている。

ゆっくりとその手を持ち上げると口元へもっていき――舐めた!

 

「お、お兄様!」

「よかったな深雪」

「え、ええ…」

 

皆に受け入れてもらえていることは大変喜ばしいことなのだけれど、え?もしかして今の一連の流れはスルーです?涙もピタッと止まった。

 

「達也さん…」

「…流石にそれで誤魔化すのは無理あるぞ」

 

お兄様が何をしたのか全員理解しているようで、非難の視線が向けられているのにお兄様は知らん顔。よくこの状況で平然と食事を再開できるね。

色々がうやむやになりかけたところで、流れを戻したのは雫ちゃんだった。

 

「遊びに行くにしても、どこに行く?」

 

この時期なら遊園地の招待券があるけど、と。

繁忙期が終わり、次のイベントまでの準備期間は優待券が出回る季節らしい。

頼めば人数分が確保できるということで行く場所があっさり決まった。

 

 

――

 

 

「遊園地、ですか」

 

夕食時、週末に友人たちと遊園地に行くことが決まったと水波ちゃんに伝え、彼女の分のチケットも手配してもらっていることも伝えると、難しいお顔に。

これは先輩たちの中で一人場違いな、ということではなく――

 

「水波もこれだけの大規模施設での警護は初めてだろう」

「はい。パーティーなどの大人数は想定したことはありますが、テーマパークのような施設は初めてです」

 

…やっぱりお仕事でした。申し訳ない。

 

「深雪。これも経験だ。これから屋外のイベント事に呼ばれることもあるかもしれないからな」

「深雪様はお気になさらず楽しんでくださいませ。主の安寧を守るのが私の役目です」

「水波。『俺たちの』、だ」

「失礼しました」

 

わあ。気合が入ってますね。

お兄様もガーディアンのお仕事を教えるいい機会と思っているみたい。

せっかくの友人とのお出かけもただ楽しむだけではいられない環境になってしまったんだな、と思うと少し悲しいが、こうして思い出が作れる現状に感謝しなくては。

 

 

 

 

リビングで水波ちゃんの淹れてくれたコーヒーを飲みながらまったりしていると、食器を片付け終わった水波ちゃんが下がっていった。

この広い空間に、お兄様と二人きり。

姿が見えなくなると同時にお兄様の腕が私の肩を抱き寄せた。

 

「これでも楽しみにしているんだ」

「!」

 

唐突な言葉でも、それが何を指しているのかがすぐに分かった。

 

「こうして変わらず皆に誘ってもらえたのも、嬉しいことだと認識している」

「お兄様…」

 

とても穏やかな表情に、嬉しさのあまり胸が苦しくなる。

そのことに気付いたのか、頬に手を伸ばされ優しく擦られる。

 

「俺たちは良い友人に恵まれたな」

「はい」

 

本当に。彼女たちのおかげでお兄様の世界は広くなった。

彩りが増した。これは私だけではできないこと。

 

「それにしても遊園地か」

「私は初めてですが、お兄様は?」

「軍の訓練で閉園後に一度訪れたことがあったな。大規模テロを想定した内容だった」

 

…うーん、それは果たして行ったことになるのか。

昼間に実施しないのは資金の問題です?世知辛いですね。

 

「大丈夫でしょうか」

「心配することは無いさ」

 

一般市民を巻き込むような事件は恐らく起きない。

魔法師が一般市民を巻き込むことは、ただでさえマイノリティな魔法師の居場所を無くすことに繋がりかねない。

だからその辺り犯罪を目論む魔法師でも配慮する。普通じゃない大規模な戦争やテロは除くけどね。横浜や沖縄、佐渡は別。

今回狙われたとして、対象は魔法師の大家のご令嬢。戦争やテロでもなく、せいぜい起きるとしても暗殺か誘拐が目的となれば一般市民を巻き込むような真似はしない筈だ。

でも、原作にはないイベント。私の予測していない何かが起きてもおかしくはない。これがきっかけで別の事件を誘発することだって――

 

「深雪」

 

くい、と顔を上げられてお兄様としばし見つめ合う。

 

「大丈夫だ。俺がついている」

「!はい」

 

そうだ。お兄様と一緒にいるのだから何も恐れることは無い。

 

(もちろんすべてをお兄様と水波ちゃんに任せるのではなく、私自身もできる限りのことをしよう)

 

不測の事態が起きても対応できるようこれまで鍛えてきたのだ。こんな時に活かせないでどうする。

 

「楽しみですね」

「ああ」

 

そして、一つでも楽しい思い出を皆で――。

 

 

――

 

 

待ちに待った遊園地。

待ち合わせ時間ギリギリに到着するよう家を出て、皆の待つ入場前ゲートに向かうと、すでに入場が始まる時刻を回ったことで人の列が動き、中に吸い込まれていくところだった。

真冬でイベント事も無い時期とはいえ、人気アミューズメントパーク。開場時刻の遊園地はすでに多くの人で賑わっているようだ。

それでも開場してスムーズに列が動いている時点でそこまで混んでないと感じるのは、前世のネズミさんのキャラクターが大人気の某有名テーマパークを経験しているから。

考えてみたら前世と違い、人口自体が少ないのだから、前世と比べればどこもかしこもそこまですし詰め状態な場面には出くわしたことが無かったかもしれない、と今更ながらに思い至った。

そもそもこういう外出自体ほとんどしたことのない箱入り娘でしたからね。

だけど不思議な気持ちだ。アトラクション二時間待ち、等を経験しなくて済みそうなのに寂しさを覚えてしまう。喜んでいいはずなのにね。

個人的には待ち時間も楽しめるタイプ。でもじっとしてるのが苦手な人もいるからね。無いに越したことは無い。その分友人たちとたくさん楽しもう。

 

「待たせたな」

「おはよう。ぴったりだよ」

「おはようございます達也さん!深雪、水波ちゃんも」

「おっはよー」

「はよーっす」

 

皆と合流して、挨拶をかわすのだけど、流石真冬の遊園地。皆コートにパンツに動きやすいスニーカー、とそれぞれ個性があるものの動きやすさ重視の似通った恰好。私たちもだけどね。ただ少し違うのは、

 

「深雪、眼鏡似合う」

「ありがとう」

 

本日は伊達眼鏡を少々。

野暮ったい大きめの黒ぶち眼鏡です。

美貌を隠すほどの威力はないけれど印象は多少変えられる。

認識阻害の魔法が使えればいいのだけど、魔法を公共の場では使用してはいけないからね。しょうがない。

 

「三つ編みに眼鏡ってだけでいつも以上に真面目で賢く見えるわね」

 

あらエリカちゃんわかってらっしゃる。にんまり顔でコンセプトを当てられた。

 

「大人しい文系女子に見えるかしら」

「見える見える」

 

ゆったり結った三つ編みと、黒ぶち眼鏡は委員長のマストアイテム。…流石にそんな典型女子リアルで見ないけどね。それでも百年以上前から続くイメージは今も変わらない。

 

「それでも深雪さんの美貌は隠れませんね」

 

ほう、とため息を漏らしながら称賛をされる。

 

「それは仕方ないさ。こんなもので隠せるものではないからな」

 

お兄様の断言に、けれど皆当然とばかりに頷いた。

…うん、まあそうなんだけど。もう少し呆れた様子を見せてくれてもいいのに。

眼鏡をはずしたら美少女!とかちょっと期待したんだけど、眼鏡したところで隠すこと叶わず、美少女は美少女だった。ちょっとタイプが変わっただけ。

 

「どちらかと言うと印象操作の意味合いが強いな」

「プライベートだから地味目にしてる芸能人に見えなくもない、のかな」

 

吉田君、ナイス見立て。

まあ、私を知っている人は魔法師関係者くらいだけどね。

ただ、この外見は何処にいようと目立つから、周囲とあまり関わりたくない、というニュアンスを恰好からも読み取ってもらいたい、とアピールした形だ。

日本人は空気を読むのが得意なはずだからね。感じ取ってほしい。

それにここは遊園地。皆遊ぶのが目的で訪れているのだからそっちに集中してほしい。

他人なんて気にしないで。…本当、お願いだから遠巻きにサークル作り始めないで。

 

「まだ到着して5分も経ってないのに」

「早く移動しないと動けなくなりそうだな」

「こっち。特別ゲートから入場だから」

 

雫ちゃんの案内で移動し、端っこにあるちょっと特別仕様なゲートから入場を。

すっごく視線が集まってるね。

それを水波ちゃんとお兄様がガードするようにさりげなく間に入る。…すでにお仕事モードフルスロットルですか。申し訳ない。

お兄様と水波ちゃんは髪に隠れているけれど、耳にカフス型の通信機を付けてます。

お兄様の腕にはシンプルなデザインの腕時計が。水波ちゃんの手には可愛らしい指輪が。アクセントに小さな石がついているけど、これはお兄様のネクタイピンと一緒で撮影できちゃうカメラのレンズ。

うちの開発した面白スパイごっこグッズですね。

…うん、何事も無いと良いのだけれどね。今回は遊びでもあるけれど実地訓練みたいなものにもなってます。

ちなみに私も色々くっついてるよ。何があるかわからない、というのもそうだけど、どちらかと言うと気分はテスター。

出かけるって言ったら色々送られてきた。

開発部も、資金も資材も最新機材も好きに使えるからって楽しそうに作っているみたい。

最近はあのマッドサイエンティストがよく声を掛けるお仲間ができたそうで、毎日何やら楽しそうに実験しては、施設の一部を爆発させてお叱りを受けているとかなんとか。

…これも爆発しないよね?付けてきた物が急に爆発物に思えてくる、とは流石に冗談だけど。

今回、色々実験する気満々らしく、私たちだけじゃなく皆大集結している。

実験は本人たちが直に携わらないと、ということみたい。

何を実験するというのかは、一応次期当主として報告を受けているので内容は把握しているけれど、これが成功したらかなりすごい防衛ラインができることになる、と思う。

ただし、現在わかっている問題点として、ネット回線を通じてデータが行き来しているのでエシェロンⅢに情報がいってしまうこと。黒幕おじさんや愉快犯ボーイが調べようと思えば調べられる可能性がある。

それこそ藤林さんのように魔法を組み合わせたプロテクトでもない限り、ただの暗号だけでは心許ない。…とは警戒しすぎかな。いや、こういうのは慎重に慎重を重ねないとね。

 

「心配いらないよ」

 

タイミング良くかけられた言葉に顔を上げると、お兄様が安心させるよう微笑み掛けてくださっていた。

そう、だよね。心配しすぎもよくない。

今日は友人たちと遊びに来たんだ。何も戦争やテロを防ごう!ではないのだから。

 

「はい、お兄様」

 

互いに微笑み合っていると、そーいえばさー、とエリカちゃん。

 

「今日はカップルのふりしなくていいわけ?」

「それは俺も言ったんだが」

 

ええ、昨日のうちに進言されましたね。

でも今日は二人きりでもなければ、ここに来る人たちの目的は遊園地で遊ぶこと。

遊園地でナンパなんてする人はいないでしょう。

少人数グループ同士ならあり得るかもしれないけど、これだけの大所帯。

成功する見込みなんてないのに声を掛ける人などいるはずがない。

 

「皆で遊びに来たんだもの」

 

婚約者として発表されてからの周囲の目は変わった。

原作のように下世話な話が表立って聞こえないのは、元々プリンセスとナイトとしてネタにされていたことも影響している。

水波ちゃんもクラスメイトから興味津々で聞かれることはあったそうだけど、常日頃から卒なく返していたことで、大した火種になることも無かったみたい。

原作のように兄妹だったのは嘘で婚約者だった!今までの関係も異常だと思ったんだ!見たいに騒ぎ立てることも無く、急に二人の仲を疑うような状態でもなかったこともあって、そこまでの熱狂が無かったものと思われる。

むしろ物語と混同し応援する人の方が多いくらいだ。

それに、新学期早々のアレもある。

私が婚約者騒動よりも四葉として皆に迷惑をかけないよう動いたことが好転し、四葉一族は怖いけど生徒会長たちは私たちの知ってる生徒会長だ!と印象付けることに成功。

四葉のレッテルより生徒たちを守ろうと動いていた、とエリカちゃんがスピーカーをしてくれたことでほとんど不信感を抱かれることも無く、受け入れてもらえたことが大きいのだろう。

…あと、その時お兄様の口から絶賛口説き中って言葉がもたらされたことにより、全校生徒が盛り上がってしまったことも要因か。

 

(実際もう陥落してかけているようなものなのだけど…。でもお兄様のことを好きな気持ちに変わりはないけど、恋をしているかと問われるとその境目が分からない)

 

私は『司波達也』を愛している。

兄妹として。ファンとして。

でも、恋をしているかとなると話は変わる。

 

(…難しいね、好きっていうのは。原作の深雪ちゃんはお兄様以外に抱かれたくない!と赤裸々に語っていたけれど、まずそもそも誰かとそういうことを、なんて考えたことも無かった)

 

それは、ここが物語ありきの世界だから、というのもあった。

この世界で生きていることは理解できる。

私がこの世界の司波深雪であることも受け入れているし、キャラとしてではなく生身の彼らと付き合っていくうちに、フィルターは剥がれていってはいるのだけど――難しい。

 

(ずっと、お兄様を幸せにしたいと思って奔走してきたつもりだったから)

 

そのための一つ、お兄様が恋をする相手から、深雪ちゃんという選択肢を完全に排除しきれなかったのは、選ぶのはお兄様自身でなければならないから、との思いがあったから。…まあ、選ばないだろうという前提で動いていたことも事実だが。

今思えば丸投げ状態であり、とても無責任だったのではないかと思う。

お兄様の幸せを願いつつ、お兄様を愛し、慈しんできたつもりだけれど、――考えようによっては雁字搦めに縛り付けただけなんじゃないか、と。

 

(元々私にしか衝動を抱けなくなってしまったお兄様に、必要以上の愛情を注げばどうなるかなんて、考えればわかることだったんじゃないか、って)

 

自分に依存させて抜け出せなくさせたのは、――私。

それは果たして純粋な愛と呼べるのか。

愛情を満たすことで不安を取り除き、周囲に目を向けられるようにというのが、当初の私の計画だった。

からからに乾いた心では周りに意識を向ける余裕など無いから。

その目論見は初め順調に滑り出したかのように思えた。

お兄様と母の距離は縮まったから。

親子の愛、家族の愛に触れられた。

私がいないところでも二人には交流があったらしい。そんなこと、原作ではありえなかったこと。

元々私には感情を抱けたお兄様だが、何の話をしても向くのは私に対してだけだった。

私を基準に、私を通して、喜怒哀楽を強く感じる。

でも、それは私がお兄様と慕い始めたばかりの頃の話。

生活ががらりと変わり、築き上げた絆がお兄様を変えていく。

母親の話をする時に口元にうっすらと笑みを浮かべられるのは、母との関係がお兄様にとっても良いものに変化したから。

お兄様にはちゃんと心があるのだ。ただ、感情を爆発させる衝動が無いだけであって。

だから友愛を築くことができ、――本人に余裕さえあればいつか恋愛もできるのではないかと思っていた。

お兄様の周囲には魅力的な女の子がたくさん集まっていたし、好意を抱き、恋をされることで認識が変わっていくのではないかと、そう思っていたのだ。

お兄様の気持ちが第一。満ち足りた生活を送り、そこで妹とは別の唯一を見つけることができたなら、私はそれを全力で応援するつもりだった。

その甲斐が、全くなかったとは思わない。

友人たちと過ごすお兄様は、原作より親しみが出ているというか、馴染んでいるのだ。

ごく普通の高校生男子として、周囲に溶け込む姿はアニメでも見られなかった。

冗談を言って、肩を組まれて、時折その腕を取ってキメていたり、タップされていたり。

じゃれあっている様子は年相応だった。

そこに損得など関係なかった。

利益も絡まず友人と楽しく過ごす。周囲の目を欺く為、環境を整える為、将来性を見込んで――それらが全くなかったわけではないだろうが、これくらいの利己性は一般的範囲と言える。

今ではそこに何の利害が無くともこうして一緒に遊園地まで来られる間柄にもなった。大きな進歩だ。

遊園地で遊んで一日を潰すなんて、素性の明らかになった今デメリットしかないのにそれを踏まえた上で遊ぶことを選択した。

昨夜、お兄様が言った楽しみだ、の言葉を信じていないわけではない。

――ただ、

 

(疑っているわけではない。お兄様に愛していただけていることを疑うほど、私は目を曇らせてはいないつもりだ。お兄様は、確かに妹を――私を異性として愛してくださっている。でも、それは依存からくる――手放してはいけないという思いが根底にあるからではないか、と思うわけで)

 

私が皆と遊びたいという思いを汲んで、好きにさせてあげようと連れてきてくれたのではないかと思ってしまう。

――私が、望んだから。自分を差し置いて、デメリットを押しのけて優先させてしまっているのではないか、と。

今まで私のしてきたことは、無意識化に私に依存させようとしてしまったのではないか。今回のデメリットの多い外出はそのことによる弊害なのではないかと、そう考えることもできる。

 

 

司波深雪は、司波達也の為に作られた完全調整体である。

そして司波達也は手術により兄妹愛しか抱くことができず、妹である司波深雪にしか衝動を抱けない。

 

 

生まれる前からそうあれと作られた存在。

6歳の頃から精神を弄られ、感情を抑制されてしまった存在。

私は私の存在意義の為、お兄様を縛り付けてしまっていたのではないか、という思いが抜けない。

 

(だから考える時間が欲しかった)

 

思ってもみない告白を受け、生まれてしまった疑念――。

自分の気持ちが分からないのも本当。

お兄様に愛される資格が本当にあるのかと考えてしまうのもあるけれど、何よりも一番考えるのは、今後の流れ。

この後、お兄様にはとんでもない事件が待ち受けている。

それはお兄様に限らず魔法師全体の事件ではあるのだけれど、そのことが原因でお兄様は孤立させられてしまう。

それだけはさせたくなかった。

どれだけ運命を捻じ曲げてでも、そんなことはさせない。させたくない。

何故、親しい友人や先輩たちから誤解を受けて遠ざけられなければならない?

何故、命を互いに預けて戦場を生き抜いてきた軍から切り捨てるように別れを宣言されなければならない?

何故、素晴らしい功績を残したことが裏目に出て世間からバッシングされる原因にされねばならない?

何故、何故、何故!お兄様ばかりが不遇に扱われ窮地に追いやられなければならないのか。

 

(ま、メタい発言をするのであれば盛り上がる為の布石なのだけれど)

 

そこまでお兄様を追い詰める必要性など、どこにもなくて。

辛い事件は別次元だけで十分だ。ここでは作り替えさせてもらう。

だって、もうここは原作とずれた世界。お兄様がその筋道を破壊させた。

強制力でたとえ同じ事件が起きたとしても、結末は変えられる可能性がある。

――お兄様にはハッピーに暮らしてもらうのだから。

まずは――そう、思いっきり遊んで仲間たちとの交流を。

この先、友情パワーはお兄様の助けになるのだから。

そのためにも、今日は私と恋人の振りなんてしないで、皆と交流を深めてほしい。

 

「何から乗ったらいいのかしら」

 

こういうところは初めてだから勝手がわからないと言って選んでもらおうとすれば、皆あれやこれやと提案し、一番人気のジェットコースターから乗ることになった。

二人並びの定番ジェットコースターを待っている間、席順をどうしようかという話になったのだけど、誰がペアを組むかと悩み始めてすぐのことだった。お兄様が挙手をする。

 

「ここは譲ってくれないか」

 

私とペアになりたいということらしいけど、ここは、とは?

そう皆疑問に思ったし、私もじっと見つめるとお兄様は真面目腐った顔でとんでもない爆弾を投下した。

 

「深雪の初めてはすべて貰うつもりだ」

 

しゅぼっと顔に火が付いたように熱くなるよね…。

雫ちゃんがぎゅっと横から抱きついて、後衛を守っていた水波ちゃんが私とお兄様の間にすかさず体を割り入れた。

 

「達也様!そのような発言はお控えください!」

「一度はっきり言っておく必要があるだろう」

「そんなことは事前に仲間内だけでなさってください!いくら婚約者とはいえ、公共の場だということを弁えるべきです」

 

水波ちゃんっ!!本当、貴女はガーディアン務まってるよー!雫ちゃんも!ありがとう!

でもごめんね。お礼を言うにはちょっとまだ声に出せそうにない。まず呼吸を整えないと。

そしてエリカちゃんたちからも鋭い視線、というより冷ややかな視線を受け、お兄様は口を閉ざした。

…だけどこれ、皆の視線に気まずくなって、じゃないね。言うこと言ったからこれ以上は、と口をつぐんだだけ。

反省の色は見られない。

恋人の振りをしないと言ったのが不服だったかな。まさかお兄様がこのような報復行動に出られるとは…。

お兄様にとっては仲間内であっても一度はっきりと牽制しておきたかった、ということなのかな?

 

(あ、駄目だ)

 

真冬で寒いはずなのに体が熱い。

お兄様の独占欲をはっきりと認識させられて、心落ち着けていられるはずも無く。

しばらく雫ちゃんに抱きしめられていたのにそのことを喜ぶ余裕もなく、ただただ慰められた。

 

「…ありがとう雫」

「ん、役得だから」

 

あら、まあ。雫ちゃんからそんなジョークが。

 

「ふふ、ありがと」

 

もう一度お礼を言ってぎゅっと抱き返すと互いに手を離した。

周囲の視線が集中してたってこともあるんだけど、列が移動し始めたんでね。

とりあえず、非難を浴びたお兄様だけど、要望は通り二人でペアを組むことに。

先頭はエリカちゃんと美月ちゃん、私とお兄様、水波ちゃんと西城くん、ほのかちゃんと雫ちゃん、そして雫ちゃんの後ろに吉田君という並びになった。

西城くんが水波ちゃんの横になったのは気を使ってくれたからのようだ。

もし何らかの物理的攻撃があった場合、西城くんが守れるから、と。

…遊びに来たんだよね?テロから要人を守る訓練じゃないよね⁇

ま、本人は冗談めかして言っていたので、実際のところは一人になってしまう水波ちゃんを西城くんが気にかけてくれたんだろうけど。

本当、西城くんはもっとモテるべきだと思う。こんなに気遣いができる男子いないよ。

ちなみに吉田君が一人なのは、どうやら彼もジェットコースターに乗るのは初めてらしく、念のためどんな感じか一人で体感してみたいとのことらしい。…好きな女の子の前で下手な真似はしたくないといういじらしい男の子心ですね。

ということで深雪ちゃんになって初めてのジェットコースター!いっきまーす!!

 

 

――

 

 

わかっていたけれど、全く怖くなかった。

メンバーの誰も怖がることなく、美月ちゃんとほのかちゃんの絶叫が気持ちいいくらい響いてた。

私?淑女教育が今日も生きてます。

叫ぶのもきっと気持ちが良いと思うけど、逃がす恐怖も無いので叫ぶ必要性が無かっただけ。でも楽しかったので終始笑顔でした。

気持ちいいよね!バイクもだけどスピードもの結構好きかも。

隣のお兄様も楽しめたかな、と見れば目が合った。

お兄様もちっとも怖そうじゃないご様子。それはそうなんだろうけど、でも楽しそうな雰囲気は伝わってきた。

この手の乗り物意外とお好き?そう思ったのだけど。

 

「これ自体にはさほど魅力を感じないが、楽しそうなお前が見られるから」

 

だから楽しかったらしい。

…うん、つまらないよりかはよかったんじゃないかな。

ってことで今度はペアを変えて別の絶叫系アトラクションへ。

ちなみに、

 

「警戒損か?なんも無かったな」

「視線はすっごいけどね」

「それは仕方ないですよ。深雪さんがいたら誰だって見たくなると思いますから」

「さっき子供も目をキラキラさせてお姫さまだ!って叫んでたもんね」

「…そんな君たちに残念なお知らせだけど」

 

そう吉田君が前置きをして告げたのは、古式魔法師の式を感知したとの報告で。

当然お兄様も気付いているし、水波ちゃんも共有されていた情報。私も感知はしていた。

けど、今すぐ何かをしようとする気配はない、とお兄様が現在分かっていることを簡単に説明すると、吉田君はホッと肩を下ろした。

なんか、純粋に遊ばせてあげられなくて申し訳ない。

 

「気を張らせてしまってごめんなさいね」

「謝んなくていいわよ。好きでやってるんだから」

「そうそう。こっちとしてはいい緊張感があって色々楽しめるってもんさ」

 

いや、この状況で楽しんでるのエリカちゃんと西城くんだけだから。

血の気が多いのかな。

だけど、

 

「ありがとう」

 

こんな面倒事にも付き合ってくれる皆に感謝を。

もちろん、ずっと警戒してくれている水波ちゃんとお兄様にもね。

皆で笑い合ってからいろんなアトラクションを回った。

深雪ちゃんボディは耐性が高いらしく、縦も横も回転もすべて楽しめました。

三半規管も大変お強い模様。

弱点は一体どこに?

 

「そういえばここのお化け屋敷、本物が出るって噂でしたよね」

 

美月ちゃんがのほほん、ととんでもないことを口走りましたね。

そして体を小刻みに震わす複数名の女子が。

あったね、明確な弱点。

一瞬私の弱点はお兄様だけ!とか考えてたけどそっちの方が耐えられ…うん?どっちも無理か?

 

「お化け屋敷は性質上自由度が高いから、何かが紛れ込みやすい。すまないが深雪には参加させられない。行くなら皆で行ってきてくれ」

「深雪が行けないんならいかなくていいんじゃないかな!?」

「そそ、そうですよ!それにそれだと達也さんも行かないってことになりますよね?」

 

エリカちゃん…必死かな。

ほのかちゃんも似たような感じだけどお兄様と一緒だったらワンチャンってことかな。

ってことでお化け屋敷は行かない方向になりました。

お兄様がよかったな、というように微笑みかけてくれたから、きっと苦手な私の為に回避してくれたのだろう。

もちろんさっき述べた理由も本当だと思うけど。

お化け屋敷は不特定多数が入り込める場所だからね。

一応他グループと混ざらないように管理されているはずだけど、中に入ればそこは魔法師、しかも隠密に長けている人たちだろうから誤魔化せるだけの技量はあるはずだ。仕掛ける可能性があるとしたらこういう場所が狙い目。

マジックミラーの迷路も同じ理由で無しとなった。

屋内のライド系であればレールが敷かれコースが決まっているので問題ないと列に並ぶ。

…ま、中に侵入することはできるみたいだけどね。今スタッフの格好をした数名が中に入っていったようだし。問題ないというのは狙いが分かりやすくて警戒しやすいから、ということらしい。

続いてうちの人間も入ったみたいだから、何かしでかすようならば確保に動くかな。

もし観察だけじゃなく袋の鼠だ!チャンス!!と思ったのだとしても、それはお互い様だ。

お兄様と水波ちゃんという鉄壁の護衛がいる中での捕獲組は護衛対象を気にしなくていい分、楽な仕事だろう。

特にお兄様がいて施設が破壊されることは無い(壊れても修復可)のだから。

こちらは慌てず騒がず気付かぬふりのまま。

室内アトラクションに並んで待っていると、エリカちゃんが主導でいつものように話してくれるのだけど、待っている間というのはいつもより周囲の人との距離が近いわけで、他の客の会話も自然と耳に入ってくる。

 

「…じゃん!もう別れなよ!」

「えー、でもぉ~」

「何回目の浮気よ」

「…浮気じゃないよぉ。食事だって」

「お酒入っての飲み会なんてそれだけのはずないでしょー」

「相変わらずミッチの彼氏モテんねー」

「やっぱモテる彼氏持つのも考え物だよね」

「えー?いいじゃんモテる彼氏!」

「ずっと心配しちゃわない?」

「気にはなるけど、でもそんな彼氏に愛されてるって思うと特別な気分になれるっていうか…」

「ミッチ愛されてるもんね。今日もこの後駅まで迎えに来るんでしょ」

「うん///」

「うわーごちそうさま」

「付き合ってもう半年かー、続いたよねー」

「まめな彼氏でいいなぁ」

「だから他の女がほっとかないんだよね。恋人いるのにちょっかい掛けてきて。自分もそんな風にされたい!って」

「で、アイツも人付き合いいいから声かければ飲みに行っちゃうし」

「私なら無理だわ」

 

とかなんとか。うん。二グループは先の女の子たちの会話だけれどよく聞こえてしまった。人様のガールズトークは聞いてる分にはいいんだけど…エリカちゃんがにやにやとこちらを見ていますね。

…言いたいことはわかりますよ?

うちのお兄様も大変おモテになりますからね。

モテる婚約者は心配ですか?ってことになるのかな。

 

「で?お二人の意見はどーなのよ?」

「「今更だな」でしょう」

 

あら、声が揃いましたね。お兄様も自分事に当てはめて聞いていた模様。

二人して顔を見合わせてくすっと笑い合う。

だって、本当に今更だ。

お兄様がモテる事なんて前世から知っていた。

むしろモテない要素が見当たらない!それくらいお兄様は素敵だからね。

自慢のお兄様ですとも。

 

「深雪だぞ?息を吸うように周囲が魅了されていくのが当たり前だからな」

 

うーん、確かにそうなんだけど、私の場合外見チートなだけで中身は後回しなんだよねぇ。というより中身なんて知る前に撃ち落としてしまうから仕方が無いのだけど。

 

「お兄様こそ。その優しさでどれだけの女の子を魅了してきたとお思いで?」

 

薄っすら残る記憶の中でも小学生の時からお兄様はカッコいい、と女子から熱い視線を送られていた。

まあ、あの頃って運動ができて優しければすぐにコロッといっちゃうお年頃ではあるのだけど、中学でもモテてましたからね。当然高校に上がっては言わずもがな。

そういう声を掛ける人こそいないけど、あんなこと彼氏にしてもらいたい!あんな彼氏が欲しい!と注目はされていることは知ってる。

 

「俺が優しくしたいのはいつだってお前だけだ」

「それが周囲に憧れを抱かせる原因だとお気づきになられたらいかがです?」

 

さっきのガールズトークで話していたのと同じですよ、お兄様。

ただ一人だけ特別なんて、女子が夢見るシチュエーション。妹相手でそれだけならば、恋人にはどれほど甘やかしてくれるのか期待させるよね。

心当たりがないとばかりに首を傾げる姿がキュートに見えてうやむやにしたくなる。確実に私の弱点把握して突いてきますね。クリティカルヒットですよ。人がいなければしゃがみこんでしまう程の威力。

 

「あー、はいはい。お互いにしか目が向いてないようで何よりよ」

「…話を仕向けたのはエリカじゃない」

「惚気で返ってくると思わなかったのよ」

 

ここでコーヒー注文できないんだからこれ以上は勘弁!と言われても、話を振ってきたのはそっちなのに。理不尽。でもその不満顔も可愛いので許す。

 

「でも、真面目な話、皆はどうなの?」

「どうって?」

「モテる彼氏彼女と付き合いたいかって話でしょう」

 

水を向けると皆顔を見合わせて、うーん、と考え出す。

 

「でもさ、あれって結局のところ遊びで付き合うこと前提でしょ。深雪はどうなのよ?達也くんのこと抜きにして、もし付き合いたいと思った相手がモテモテだったらどう思うの?」

 

あら、ボールが投げ返されてしまった。

そしてお兄様からの視線が鋭く刺さってきますね。一体何を思われているのか。

 

「私以外に好きになる人ができるんじゃないかって心配になる、のではないかしら?だって、モテるということはそれだけその人にはチャンスがあるということでしょう?」

「…深雪でもそう思うんだ」

「私でも、ってほのか。私は結構普通の感覚持ってるわよ」

 

ガワは深雪ちゃんでも中身は一般人ですから。

いくら自分の容姿がとびぬけていることは自覚していても、美人は三日で飽きるって言うじゃないか。

…私は全く飽きませんけどね。深雪ちゃん日々美しさを更新しますので。

でもそうした言葉がこの時代まで残っているということは、世間的にそれは真理なのだ。

最終的には中身が大事。

さっきの彼女の恋人は誰とでも仲良くなれて、自分にだけでなく誰にでも優しい人のようだ。だから周囲を勘違いさせてしまうけど、恋人としてちゃんと優先もしてくれるから、彼女は外で飲むことを止めてと強く言えないらしい。

モテる人の恋人になれるのは嬉しいかもしれないけれど、同時に不安になるのでは、と思うわけで。

だって、周囲も称賛するような素敵な人ならば自分なんかでいいのかな、って気持ちが生まれるだろうから。

 

「出会うチャンスが多くて、自分より良い人と出会ってしまったら捨てられてしまうのでは、なんて不安になるのは自然じゃない?」

「うん、普通なんだけどさ、それを深雪が言うとね…」

「深雪さんほどの人を袖にできる人がいるとは思えませんけど」

「人には好みというものがあるでしょう」

 

あと私の場合で言うならば家のことも含まれる。

四葉という時点でかなり立候補者は減る。…というかほとんど残らない。現状一条くんですね、残っているのは。

もしお兄様が婚約者になる前提が無かった場合、身内としか結婚できなかったのではないかな。

四葉と縁を結びたい家は…七草?あとは四葉一強を恐れてコントロールしようとする家くらいだけど…年頃で言うなら十文字先輩、かな…。閣下が出せば光宣君?…だとバランス崩れるか。彼もチートキャラだから。

直系だとこの辺り?だとしても四葉がOK出すかどうか。

…案外十文字先輩辺り研究対象として受け入れそう。血族特有の魔法を使えなくなる症状というのは気になるから。あ、でも当主の内は無理か。…その後互いに結婚していなかったらワンチャン…?四葉は研究熱心だから。

まあ、現状ありえないIFを考えても仕方ないのだけど。

 

「付き合ってみてこんな人だと思わなかった、ってことよく聞くじゃない」

「そりゃあそうだけどさ」

「案外深雪も普通の感覚持ってたのね」

 

もう、そう言ってるのに。

これは四葉の弊害?それともこれまでお付き合いしていて普通だと思われていなかった?

 

「深雪は案外、感覚は普通だよ。ただ、見た目がそれを裏切っているだけ」

 

ね、と雫ちゃん。ええ、ええ、そうなんです。見た目のせいでね、誤解を与えているけど中身は普通の女の子ですとも。

ねー、と返すと頭に程よい重りが。この手加減、お兄様の手ですね。

 

「移動しよう」

 

いつの間にか列が移動していた。そろそろ乗れそうですね。

移動しながらさっきの質問の返答が。

美月ちゃんも同意見、ほのかちゃんはお兄様をちらっと見ながら他に目が向かないよう努力してアピールするって。実践しているものね。

エリカちゃんは浮気はご法度!と袈裟斬りポーズ。うげぇ、って恐ろしげに見る西城くんだけど、彼は余所見しないタイプだろうから問題ないだろうね。

雫ちゃんは両親を見ているので、余所見をしたら横腹を抓るんだって。その余所見も本気じゃなくてそう見せることでお互いのちょっとしたコミュニケーションとなっているらしい。お二人ともモテるでしょうからね。いつまでもラブラブなことで。

水波ちゃんは、よくわかりません、と若干目を泳がせて。光宣君のことが浮かんだかな?突いたら可哀想なのでこっそりお家でお話しよう。

で、男子はと言うと、西城くんの気にしてもしょうがねぇだろ、相手を大切にすることが大事なんじゃね?の言葉に便乗して終了。

男子だけならともかく女子もいる前じゃ弾む会話でもなかったね。

 

 

――

 

 

「はぁー!結構色々乗ったね」

「絶叫系コンプリート」

 

ブイ、と雫ちゃん。可愛いかな。

吉田君の案内で効率よく回れたのもよかった。

で、昼食なんだけど、これまた雫ちゃんの優待チケットがあるのでテーマパーク内のホテルに移動。

そこならば個室があるので周囲の視線を気にせず食べられるんだって。至れり尽くせり。

 

「しっかし、どこに行っても注目の的だったな」

 

一般人の視線から玄人の視線まで様々向けられてましたからね。

お兄様と水波ちゃんが端末を取り出して、答え合わせをしている。

なんの答え合わせかって?注意すべき視線は何処からだったかのチェックだって。皆も面白がって参加してる。

 

「え、魔法師の人じゃないのにどうして注意が必要なんです?」

「外部に連絡を取っていた。恐らく魔法師でないから警戒から除外されると送りこまれた、雇われエージェントだろう」

「探りにもいろいろあるもんだな」

「魔法師にばかり気を取られていたよ」

 

皆遊園地に来ているのにスパイごっこが楽しいみたい。

楽しんでいるならいいんだけどね。

 

「今のところ銃火器の類は園内には入ってきていないようだから対魔法師戦は無さそうだ」

 

物騒な発言だけど皆よかったねー、と気楽そう。ほのかちゃんや美月ちゃんでさえ、ホッとしてる。

観察する側もほとんど隙あらば直接一戦交えよう、なんて考えではないはずだ。

だからこそ今回私たちの目的も、無害でどこにでもいる青春中の高校生ですよー、ってアピールすることがメインで遊びに来たのだ。

四葉の次期当主でも、普通の子供なんだ、みたいな。

できれば横浜の時の七草先輩のように侮ってもらえるとありがたい。

 

「――だが、どうにも仕掛けてこないわけでもなさそうだぞ」

 

と、見せてもらった端末には――外国人のリスト。

どう見ても堅気じゃなさそうな下っ端の人たちですね。鉄砲玉ってやつです?

 

「装備を視る限り、営利誘拐を目的としているようだが、こっちも雇われのようだな。寄せ集めで国籍がバラバラだ」

「でも日本人は誰もいないように見えるな」

「そう。恐らくこれは、犯罪者、またはその予備軍を使って俺たちがどのくらい動けるか観察したい誰かさんが送ってきた刺客だろう」

 

高校生魔法師といえど四葉の教育を受けている人間がどれほど動けるのか、捕まったところで(というか死んだところで、かな)痛くも無い寄せ集めのチンピラを使って確認しようと、日本の魔法師が手引きした可能性が高い。

観察ついでに犯罪予備軍も一緒に片付けちゃおう、なんて迷惑な話だ。

 

「へぇ。じゃあ期待に応えないとな!」

「レオ…あまりやりすぎたら過剰防衛を疑われるよ」

「襲われるってのにめんどくせぇな」

 

本当にね。一応相手は魔法師のようだからあちらが魔法を使ってくれればこちらも魔法で応戦しても問題無さそうだけど。

どうやって誘い込む?怯えた演技はした方がいい?等皆ノリノリだね。

ある程度敵がわかっているとやりやすいってことかな。

それから大まかに作戦を決めてお昼は終了。

午後も思いっきり遊び倒そう!

 

 

 

 

と、気合を入れたのだけど、現在不測の事態に見舞われています。

 

「ねぇねぇ、いいじゃん」

「俺らと遊ぼうぜ」

 

大学生グループと思しき人たちに絡まれてます。

典型的なナンパなんだけど、遊園地でナンパってする⁇

入場前は絶対ないだろうと高を括っていたけど、あるもんだね。

男性4人と女性3人の奇数で遊びに来ていたみたいだけど、今は男女分かれて女性陣はお兄様たちに、男性陣は私たちに声を掛けている。

ついさっきトイレ休憩を挟んだところ、その男女別れたところを狙われたらしい。

 

「俺らの方が楽しませてあげられるよ~」

 

そのにやつき顔がすでにアウトです。

コートの上からでもわかる美月ちゃんとほのかちゃんの豊かなところを見ているのも気持ちが悪いし、やべぇめっちゃ可愛いじゃん!と熱に浮かされたように見つめられるのもノーセンキュー。

顔を覗き込まれて眼鏡の効果が薄れた模様。

すぐに水波ちゃんがカバーに入ってくれたけど、エリカちゃんたちの口撃にもひるまないのは、相手がただの女子高生だと思っているからなんだろうね。

 

「俺ら〇〇大学の生徒でさ~」

 

おっと、アピール始まってます?誰もが知る有名大学の名前。でもそれが魅力的かと聞かれれば実にどうでもいい。

…あ、でもチャラく見えて勉強できるタイプ?

ブランド物を身につけていることから裕福な家庭なんだろうとは思うけど――まさか、裏口とか?

お金持ちだし、ちょっとこのことなら融通利かせられるから俺らの方が楽しませてあげられるって⁇考えすぎかな。

だとしても私たちには何も響かない文句です。ここにおわすメンバーを誰と心得てます?言わないけど。言ったら面倒くさいことになるからね。

私も言い返したいのだけど、水波ちゃんから一切喋ってくれるなというオーラがですね。そろそろエリカちゃんがキレそう、と思っていたのだけど――

 

「いい加減にしてください!私たちは皆と遊びに来ているんです。邪魔しないでください」

 

キレたのは美月ちゃんでした。

 

(そうだった。初めて会った頃も、美月ちゃんは堂々と反論していたっけ)

 

見た目で勘違いしやすいけど、美月ちゃんは意見の言える子だった。

そして美月ちゃんの声に吉田君が詰め寄る女性陣に「失礼」と断り、間をすり抜け彼女の前に立つ。

続いてお兄様と西城くんも合流。その後ろから女性陣も加わり大所帯に。

 

「高校生だけじゃできない遊びってのを教えてあげるって」

「こっちも人数が半端で困ってたの。そっちの男の子たちは三人でちょうどいいでしょ?」

 

前半の男たちの言葉は丸っと聞き流し、ちらりと女性陣に目を向ける。

肉食系お姉さんたちでしたか。

真っ直ぐお兄様たちの方に向かったので後ろ姿しか見えなかったけど、ばっちりメイクも決まってますね。

冬なのにミニスカートにロングブーツ。明らかに遊園地に遊び目的で来ていない恰好。

絶対領域は肌色ではあるけれどタイツで肌を隠していながら、引き締められ包まれたむっちりとした腿の肉感を覗かせている。すごい。これが触りたくなる太腿。

大胆なアピールで、普通の男子なら目を逸らせない魅力的な肢体と映るだろう。

でも、一瞬私たち女子グループに視線を向けて表情を引き攣らせたのは見逃さない。

顔面偏差値高いですからね。

メイクもナチュラルだから盛ってない。彼女たちにあって私たちに無いのは大人の魅力くらいか。

悩殺してお持ち帰り、からお姉さんたちと一緒に遊びましょ、と作戦を変えたみたい。

ただ、残念なことに彼女たちの醸せるお色気程度で彼らが動じるかといわれると、残念なことに空振りの模様。

あの吉田くんでさえ(っていうのは失礼かもしれないけれど)冷めた視線を向けている。

友人たちと遊びに来ているのにナンパされるっていい気持しないものね。

 

「こちらは高校生の遊びだけで十分ですので、大人の方たちはどうぞ大人で楽しんでください」

 

バッサリと切り捨て去ろうとするお兄様に、男が手を掛けようとするが、それを目も向けずに躱すと私の手を取ってエスコートするよう腕を回し――ているけど、ボディーガードの動きですね。レディをエスコートではなく、護衛対象を保護です。水波ちゃんにもピッタリマーク…じゃなかった、護衛されてる。

エリカちゃんたちもいつもの挑発的な態度は鳴りを潜め、大人しくしているのは面倒事を避けるため。

ここでコテンパンにするのは簡単だけど、その後楽しく遊べなくなっちゃうものね。

 

「お前に聞いてんじゃねぇよ。女の子たちに聞いてんの」

「それなら先ほど答えは聞いた通りかと思いますが。こちらは友人で遊びに来ています。――もういいですか?」

「生意気なガキだな」

 

…場違いとわかっていてもこの言葉に感動した。

凄い。彼にはお兄様が年相応の高校生に見えているらしい。

いつもどこ行っても年上に見られるのにね。

うず、としたのがばれたのだろう。握る手に力が籠められました。ごめんなさい。大人しくしています。

 

「俺らが教育してやろうか」

 

ぽきぽきと指を鳴らす男性に、女性陣がやめなよー、と棒読みで声を掛けている。

相当腕に自信があるらしい。

確かにコートで隠れているが体格はいいみたいではあるけれど。

 

「コイツはボクシングで全国三位の実力者なんだぜ?」

 

自信ありげに友人をご紹介。

エリカちゃん、エリカちゃん、「三位って…」ってぷるぷる震えないで。噴出したらこれまで黙ってたのが無駄になっちゃうから。堪えて。

 

「それはすごいですね。握手をしてもらってもよろしいですか?」

 

お兄様が突如棒読み――ではなく、淡々と言いながらするりと手を外し前に出た。

 

「は?」

 

唐突に握手を求められ、全国三位(笑)の男性はぽかん、としたが紹介した男がブハッと噴出した。

 

「良いぜ!してやれよ(そんで、ソイツの手を潰してやれ!)」

 

うーん、丸聞こえ。わざと聞かせてるのか。後ろのお姉さんにやにや。質がよろしくないですねぇ。

その展開、読めないと思ったんだろうか。

西城くんなんて同情の視線を向けてますよ。さては一度お兄様と力試ししたことあります?

大学生たちは皆全国三位(笑)の人が優位なことを疑っていないみたいでにやにやと笑っている。こちらも初めてではないやり取りなんだろうな。力自慢。

そしてお兄様が握手をするのだが――

 

「い゛っっっ!!」

「…あ、すみません。静電気ですかね」

 

掴んですぐに上がった悲鳴に、お兄様が痛みで蹲る男に対し心配そうに屈んでぼそっと声を掛けている。

表情は痛ましそうにしているが、相手の男性の血の気がみるみる引いているので、話している内容はお察しってやつですね。

冬ですもの、さっき仰ったとおり静電気も起きやすいでしょうし、肉体は強くても電気には弱いってこともありますよね。

うんうん、静電気じゃ仕方ない。

 

(…あの一瞬で手首キメて圧倒的握力で握りつぶす直前まで力を籠められるとか)

 

相手は恐らく徐々に握りつぶすタイプだっただろうからね。無防備なところにこられたらたまったものでは無かっただろう。

大学生たちは静電気にヤラレたことに白けたり嗤ったりして興が削がれた様だ。

ダッセェ、と笑われているけれど全国三位君も変なプライドがあるのだろう、お兄様に何をされたか言えないらしい。…それを踏まえた上での行動だったなんて、お兄様、何手先まで読んでいるんだか。流石です。

行こう、とのお兄様の声掛けに私たちは後に続いた。

 

「達也さんならコテンパンにするのかと思ってました」

 

美月ちゃんったら物騒なことを簡単に言いますね。お兄様なら一捻りだってことわかっているからそう思うのも無理はない。

 

「あんなところで騒動を起こせば便乗しそうな輩がいた。一般人を守りながら魔法師と戦うのは面倒だからな」

 

すでに外国人魔法師たちは背後に迫っていたらしい。

そのことにぎょっとするほのかちゃんと美月ちゃんだが、その後に続くお兄様の言葉にはぽかんとした。

 

「それにまだ午後になったばかりだぞ。あんなのにかまけて遊べなくなったら嫌だろう」

 

遊べなくなったら嫌だ、なんて子供じみた発言をお兄様の口から聞くなんて、さぞ度肝を抜かれたことだろう。

エリカちゃんなんてお口あんぐり。吉田くんなんて聞き間違いかと顔を引きつらせながら耳を触っている。

水波ちゃん?スルーしてますね。というか周囲に警戒していて聞き流してる?

 

「プッ、はは!だよなぁ!下らねぇことで邪魔されたらたまったもんじゃねぇわ」

 

一番に復活したのはタフな男、西城くん。勢いよく肩を組んでカラカラ笑っている。

さっきの人たちとは違う、嫌味の無い気持ちのいい笑いだ。見ているだけで心が明るく晴れる様。

 

「次は何処から攻めましょうか」

「そうだな。近くのライドが比較的空いているそうだ」

「じゃ、行こ。今度は私が深雪の隣」

「指名してもらえて光栄だわ」

 

腕を絡めとられたので逆にしがみ付いてキャッキャとはしゃぐ。

せっかく遊びに来たのだもの。思い切り楽しまなければ。

 

 

――

 

 

それからは監視付きのまま全力で遊び倒す。はじめっから付いて回っていたけどね。ぞろぞろ引き連れながら園内を歩きます。

いやー、美月ちゃんと一緒になってコーヒーカップぐるぐる回しまくったのは楽しかった。

もうね、周りが引くくらいぐるぐるした。下りてからも笑いが止まらなくて心配されたのも可笑しかった。

ゴーカートの勝負は雫ちゃんとお兄様が白熱した試合を見せた。

プロレーサーの試合を見ているくらいの迫力。

ちなみにその勝負はお兄様の勝ちで、次の落下傘はお兄様と唯一のラブラブカップルシートに乗ることになった。…こんなのあるんだ。二人だけの相合傘、なんだって。でも落ちるっていうのがね、果たしてカップルにいいのか悪いのか。吊り橋効果狙い?恋に落ちる的なことを期待しての乗り物なの?

魔法ではなくあのふわっとなって落ちる感覚――ぞわッとする。もし何かあってもCADを使えるようにはしているし、首にもちゃんと分厚いコートの下だけどお兄様とお揃いのネックレスがありますからね。いざって時にはどうにでもなるのだけど、この落ちる瞬間って体が緊張するよね。

お兄様がぎゅっと手を繋いでくれた。

 

(…うん、これはときめくかも)

 

今日は友人たちと遊ぶことをメインにしていたのでお兄様と隣り合うことはあっても触れることは少なかった。

だから、こうして触れ合えたことがとても貴重なことのように思えて、心がふわふわする。

そんな私に顔を寄せたお兄様は、誰にも聞こえない声で囁く。

 

「そんなに可愛い顔をしてくれるな。俺も我慢が利かなくなる」

 

寒いのにボッと顔が熱くなった。そして離れる瞬間に「これだけだから」と耳打ちのついでとばかりに、掠めるように耳にキスされた。

 

(もぉ~~~~~っ!)

 

と、こんな感じでエンジョイして、日が傾き始めた頃――

 

「もった方なんじゃない?」

「遊び疲れた頃を狙ってたってことなんだろうけど――柴田さん、大丈夫?」

「は、はい!まだ走れます」

 

20代くらいの男たちから追われています。

数にして8人?

一対一の計算かな。水波ちゃんは普段このメンバーと一緒に行動していなかったからその分足りなかったのかも?

あちらに魔法を使う気配がないのでこちらも魔法を使わず逃走中。

一般人を巻き込むつもりはないのか。

次のエリアとの間にある人気の少ない場所で移動中、にやにや囲むように近づいてきたので、避けるように移動し始めたのだけど、途中から全く人がいなくなった。

いくら人気が無いとはいえ休日の遊園地、異常だとすぐに気付く。

人除けの魔法――結界があるようだが、彼らにそんな高度な魔法が使えるとも思えない。

前もって彼らの雇い主である古式魔法師が、ここに誘導するように指示を出していたのかもしれない。

 

「オ前ガ、司波深雪ダナ?」

 

おおう、ここまで典型的な訛りの外国人は初めてだ。

なんやかんやと、日本に攻め込む前提の魔法師しか相手にしてこなかったので、流ちょうに喋れる外国人しか会ったことが無かった。

ニタリ、と笑いかけられ怯えたように表情を引き攣らせる。

その醜悪な顔から隠すようにお兄様が前に立ち、後ろには水波ちゃんが控えた。

背後には高さ3メートルはあるだろう壁。

私たちは周囲を囲うよう追い詰められていた。

返事をしていないのに彼らには確信があるのだろう。…うん、この美貌が二つとないことくらいはわかります。

いくら変装したとはいえ隠し切れないものってあるよね。

 

「何なのよアンタら!」

 

ずいっと前に出たエリカちゃんが啖呵を切る。

 

「ソコノ女ヲ渡バ、オ前ラニ危害ハ加エナイ」

 

わあ。そんな気無さそうなのによく言う。ギラギラとした目が甚振ってやろうって訴えているかのよう。

エリカちゃんも同じなのかバッサリと言葉で切り捨てる。

 

「お断り!」

 

勝気な態度だが、まだいつもの獲物は出していない。

睨みつけて牽制するが、美少女の睨みつけなんて彼らにはご褒美でしかないわけで、ニタニタと笑いながらリーダーと思しき男がブレスレット型のCADを嵌めた腕を突き付けた。

そして発動するところをお兄様が視て――

 

「水波っ」

「はい!」

 

水波ちゃんが号令と共に前に出て障壁を構築。これは魔法のみを拒む特化型の防壁。

襲い来る風刃は私たちに届くこと無く弾かれたことで勢いを失い、周囲の木々を揺らして霧散していった。

防がれたことに慌てる様子もないことから今の一撃は様子見のようだ。

周囲と視線を合わせて他の男達も腕を前に突き出した。

続けて向かってくるのは炎。

こちらは魔法自体が防げても熱は届くとばかりに四方から放たれる。熱波が防壁の内側に風を送り私たちの髪を揺らす。

表情を顰める私たちと反対に、男たちの表情に余裕が滲んだ。

このままじりじりと追い詰める魔法を維持できれば、音を上げて降参するだろうと勝ちを確信したか。

だが、こちらもただじっとして負けを待つわけもない。

吉田君が防壁から飛び出して札を掲げて魔法を発動させれば、たちまち広範囲の雷が雨のように彼らに降り注ぎ、私たちを囲っていた炎が消える。

ふう、と汗を拭うよう前髪を払ったエリカちゃんも同じように飛び出し、遅れて西城くんも続いて自身に硬化魔法をかけながら敵に向かっていく。

魔法師とは大抵接近戦に弱いものだが、彼らはその例外らしく、懐から見慣れない棒のような形状のCADを取り出し応戦していた。

エリカちゃんの正面に向かって振りかざされたサイオンの塊を、飛び退いて避けてから間合いを詰めて獲物を弾き、体勢を崩した男を西城くんが殴り飛ばす。周囲を巻き込んで倒れる様はボーリングのピンのよう。

うっし!とガッツポーズをする彼の背後から放たれた魔法を吉田君が逸らし、エリカちゃんが自己加速で接近し豪快に吹っ飛ばした。

わりぃ!との謝罪に返す暇も無く敵の懐に潜り込んで攻撃するエリカちゃんと、それを援護する吉田君の見事な連携が冴え、半数が倒れたところでそれは来た。

 

「後ろだ!」

 

お兄様の鋭い声に振り返ると倍の人数が壁を乗り越えて降ってくるところだった。

今まで相手をしていたのは囮だったのだ。

 

「まずい!」

 

それぞれが相克を起こさないよう計算された配置で魔法を展開している。お兄様が一つ一つ打ち消していくが間に合わない。

水波ちゃんの防壁は半円で前面を強化していたので後ろはがら空き状態。

ものすごい速度で魔法が発動前に霧散していくが、それでも追いつかない。

ならば――

 

「私も出ます!」

 

CADを構えて集中するように目を閉じ、氷の世界を造り出す。

事象に干渉し、塗り替えたことで彼らの魔法は発動することができない。

更に地に降り立った男たちの足元には氷のフィールドが広がっていて氷の粒が彼らの足を止め、その隙に雫ちゃんとほのかちゃんのエアブリッドが発動。

ただの高校生の魔法ではない、学校でもトップクラスの優秀な二人による魔法攻撃がさく裂し、男たちは吹き飛んで壁に衝突、動かなくなった。

美月ちゃんは眼鏡をかけたまま周囲を見まわし、敵の行動を教えてくれるので狙われるタイミングがわかり、発動前に返り討ちにしていく。

途中冷や冷やする場面はあったが所詮は寄せ集めの集団。見事な連係プレイの前に屈し、鎮圧に10分もかからなかった。

倒れた男たちをひとまとめにして魔法で拘束。こういう時に便利なのは私の冷却魔法。足と手を凍らせてくっつけるとね、動けないんですよ。

彼らは思念操作型CADを持っていない上に、道具を使わないと魔法が使えないみたいなのでこれで十分。

雫ちゃんが連絡した警備員が駆け付け、警察にも連絡が行き、何があったか事情聴取を受けることに。

解放されたのは早かったが、それでも戦闘時間の3倍以上はかかった。普通ならもっと掛かるはずだけど、ここで特別優待券の威光がキラリ。警察よりも支配人(民間人)の圧が強かった。

現場にカメラが無かったことで、現場検証など必要になるかと思われたが、それについてはばっちり対策済み。

決定的証拠としてこちらの方で撮影した映像があったことが決め手となった。水波ちゃんの指輪型カメラでよく撮影できてました。

そして何より魔法師の警察官により、私の素性がすぐに割れましてね。

無差別ではなく理由もある程度判明したことと、きちんと手順を守っていたことでお咎めなしで解放となった。

そう、重要なのは手順だ。

魔法師とは、なかなかに制限が厳しく魔法を使うにも制約がある。

自分の身を守る為であっても、防衛のために先制や威嚇も禁止なのだ。そして何よりやりすぎもダメ。面倒だね。

でも今回はきっちり守ったことで注意されることも無かったので良しとしよう。

その後、まだ日が落ち切ってはいなかったが、これ以上遊ぶ気にもなれず帰ることになった。

その道中のキャビネットの中。

皆俯いて気落ちしている風を装いながら。

 

「水波」

 

お兄様の呼びかけに水波ちゃんが防音の遮断防壁を掛ける。これで機械にも声が入らない。俯いているので口も映らず喋っていても口を読むこともできない。

 

「いやー、お遊戯会大成功ね」

「せめて演劇発表会くらいだっただろ」

 

皆主演俳優賞受賞の演技でしたよ。

大っぴらに称え合えないのでこっそり、だけど皆してやりきったねー、と達成感を滲ませながら褒め合う。

 

「レオの調子に乗りすぎてやらかすシーンなんて迫真だったわよ」

「ま、一人くらいそういう役の奴がいないとな。お前だってあんなオーバーに避けてみせるなんてよくできたな」

「ああやって誘い込めるのってうちの門下生の入門したての子くらいなんだけどね」

「吉田君も、フォロー役お疲れ様でした」

「柴田さんも、あれなら肉眼で見てるようにしか見えなかったよ」

「水波ちゃんも、大変だったでしょう?あんな穴だらけの防壁」

「…少しでも魔法を節約していた風に見えたらいいのですが」

「それにしても達也さんの読みがほとんど的中でしたよね!」

「初めに一般人が巻き込まれそうになった時は焦ったがな」

 

ああ、予定になかったナンパ大学生グループですね。

一般人に手出しはしない方が良いのは彼らもわかっていたけれど、揉め事の中で攫うのは彼らにとって都合がよかっただろうから。

来る前に急いで離れられてよかった。

読み通り、というのはお昼の作戦会議のこと。

誘導される方向や、予測される相手の人数、少数の囮も可能性として挙げられていた。

先に役割を決め、できるだけ個人の派手な立ち回りは避け、皆で一致団結して立ち向かうシナリオを作り、見事即興で演じきったのだ。

 

「ほのかと雫も優等生のお手本のような相乗魔法だったな」

「あれは得意」

「ありがとうございます!」

 

ほのかちゃんが喜びのあまり顔を上げそうになったけれど雫ちゃんのフォローで留まる気配が。

 

「ご、ごめん!」

 

演目はそうだな、『魔法師の卵、まだまだ成長中!』というところだろうか。

学生らしい、まだ粗削りの動きだけれど仲間たちと協力して補い合いなんとか勝利!これからの成長が期待できるような青春活劇。ラブ&ピース。

これで観察者たちも騙されてくれればいいのだけど。

 

「あれなら私一人で5分くらいだったわね」

「それって追加も併せてか?」

「そ。魔法発動しても受けなきゃいいんだし。下りてくるところを叩いちゃえばいけたでしょ」

「寄せ集めの人たちならフォローし合うこともできなかったでしょうね」

「特殊な魔法を使う輩もいなかったし」

「そんな一芸あったらチンピラなんてやってないでしょ」

「そりゃそうだ。でも接近戦できるのはちと意外だったな」

「そのことなんだが、さっき追加情報があった。何人かは軍経験があったようだ。そこから崩れて身を落したみたいだ」

 

前歴がある奴がいた、とお兄様。

 

「しかし、相手もそれなりに情報を持っていたみたいだね、人数とか」

「ああ。誘拐の手順やルートも決まっていたが、その割に俺たちの魔法については大して知らされていなかったみたいだったな」

 

もし知っていたならばそもそも悠長に時間のかかる勝負など持ち込まず、短期で決着のつく流れにしたはずだ。

大技を使われたら大抵の魔法師はどうしようもないのだから。

襲撃する人数が違っていたことが誤算だっただろうが、それは尾行している間に連絡が行ったはず。

それでも八人のままだったのは壁の向こう――油断を誘って駐車場から仲間を多く送り込んだ方が効果的だと判断したのだろう。

誘拐経路は初めから決められていたようで、カメラが無い場所を確認した上であそこに人払いの結界を張り、壁の裏で本隊が待ち構えていた。

 

「倒せなくていい、深雪を誘拐することが目的だったようだが――お膳立てされてもそれを生かせないのではな」

 

お兄様がやれやれ、と言わんばかりに肩を竦めるが、その言葉に雫ちゃんがあ、と声を上げた。

 

「――ねぇ、誘拐目的なら駐車場にまだ仲間がいたんじゃない?」

「!そうだよ!誘拐したらすぐ逃げられるように人が待機していたんじゃ――」

 

雫ちゃん、流石の着眼点。彼女も誘拐される率が高いだろうからね。普段から教育されていたのだろう。

 

「だとしても逃げたところで、嗾けた日本の魔法師が何とかするだろう」

 

彼らが依頼されたことをしゃべって困るのは依頼した側。私たちは捉えた彼らを生かしたまま警察に引き渡したけど、その前に先手を打って処分しなかったってことは大した情報を彼らに与えていなかったからということなのだろう。訴えたところできっと彼らのところには辿り着かない。

だから捕まること自体は問題ないけど、逃走した場合は別。

妙な動きをされて四葉に悟られる可能性を万が一にも潰したいのでは、と。…もう手遅れなんだけどね。

お兄様はその後話を変えて皆を労い、駅に到着する前に水波ちゃんに魔法を解除させて、

 

「最後にはあんなことにはなったが、楽しい時間だった」

 

と、一言。

ありがとうとお礼を添えて頭を下げた。

それに対して大げさね、とエリカちゃんがパッと切り返し、そうですよ!と力強くほのかちゃんが便乗。俺はあの最後も楽しかったぜー、と西城くんが言えば美月ちゃんが皆で何かをするって楽しいですよね、と輝く笑顔を向け、吉田君が表情を引きつらせて乾いた笑いを。案外美月ちゃんは図太い天然さんですよ。頑張って。

雫ちゃんも楽しかった、と親指を立て、水波ちゃんは窓の外を眺めるように警戒中。務まってるよ!

 

「私もとても楽しかったです」

 

ありがとうございました、と最後に締めくくれば、お兄様はとても嬉しそうに微笑まれ、感慨深いとばかりに目を閉じて椅子に凭れ掛かった。

なかなか見ない姿に皆顔を見合わせて笑い合った。

駅に着く。ここで皆とはお別れ。

 

「じゃ、明日また学校で!」

「じゃあなー」

 

それぞれまたキャビネットに乗ったりコミューターだったりと別れて帰っていく。

ほのかちゃんがキャビネットの中からぶんぶん手を振っていたのがまた微笑ましい。

 

「帰るか」

 

止まっていたコミューターに乗りこんで、再度こっそり魔法を展開。

 

「仕事が早いな。すでに運転手役の男は処分されたらしい。やったのはこれまたはぐれ魔法師だが、こちらは日本人だ」

 

さらっと報告。端末にはいくつかの画像も添付されているみたいだけど、流石にそれは見せてもらえなかった。

四葉からの報告がほぼほぼリアルタイムで送られてきている。すごい、仕事が早い。

別れた皆には今日一日四葉の人間が警戒に当たっていたことは伝えなかった。

元々お兄様と水波ちゃんは私の護衛だと知っていたこともあったのでね。もしかしたら気付いているかもしれないけれど、深く追及しないでくれていることが有難い。

いくら仲が良くても線引きをしていないと彼女たちに危険が及んでしまうかもしれないのでね。

その始末を担当した魔法師も追跡中みたいだけど、雇い主と接触する可能性は低い。――それを探り当てるのがうちの子のメインミッション。どこまで追跡できるか。

 

「ほとんど静観でしたね」

「ああ。これで多少は監視も緩んでくれるとありがたいが」

「少しずつ数は減っているようでしたからそろそろ引き上げるのではないでしょうか」

 

話は周囲の監視網について。

今はある意味公開で監視ができている状態――というか、赤信号、皆で渡れば怖くない?という感じで公然に観察していたようだけど、数が減ればそれも難しい。

目を付けられたいわけじゃないだろうから。

四葉を侮る日本の魔法師はいない。――だが、それも代替わりをする前まで。

次期当主の私の実力が表に出たのは九校戦だけ。高校生の中では優れていても、魔法師としての力は?教育はどのレベルなのか探りを入れるのは当然のこと。

 

(今回のことで、少しでも普通の女子高生だと見てくれれば嬉しいのだけど、そこまでは甘くないかな)

 

中身からにじみ出る社会人の負のオーラなんて出てないと思うんだけどね。警戒そっちのけで遊園地を楽しんでいたから。

このまま世間知らずの箱入りお嬢様と思ってもらえたら楽なんだけど。

 

「水波ちゃん、お疲れ様。おかげでとても楽しい時間を過ごせたわ」

 

お仕事している横でずっと楽しんでごめんなさい、と謝りたいところだけど、それは彼女にとって当然のこと。謝られては気分を害しちゃうだろうから。

 

「もったいないお言葉です」

 

すまし顔で何でもないように応えているけど、光宣君に似てきたかな?見えない尻尾が見える様。可愛い。

 

「お兄様も、ありがとうございました」

「俺も十分楽しかったよ。皆に感謝だな」

「…はいっ」

 

その言葉に、今日が最高に素敵な一日となった。

 

 

 

監視の目はほぼ無くなる頃、師族会議の時期へのカウントダウンが始まる――。

 

 

――

 

 

原作の流れから外れすぎることを恐れ、また強制力に縛られることを恐れていたため小規模改変しかしてこなかったが、お兄様が原作をぶち壊し遊ばされたことで私も道を踏み外す決意をした。

師族会議襲撃で日本魔法師の立場を悪くしようと黒幕が目論むなら、私は更にそれを利用しよう。

 

(悪の魔法師がいるならば、善の魔法師もいる――非魔法師と変わらないのだ、と)

 

世間を利用し四葉を追い詰めようというのなら、その世間をひっくり返して見せよう。

黒幕おじさんの負の遺産なんていらない。

 

(せいぜい道化として憐れに踊ってもらおう)

 

これから行われるのは、これまでお兄様にちょっかいを掛けて苦労させた分と、原作お兄様を追い詰める原因となった男への復讐だ。

 

 

――

 

 

生徒会長としての業務は多く、役員に分担してもなかなかの量だ。

そこに学生としての本分の勉強まであるのだから、時間が足りない。中条先輩はよくやっていたと思う。

七草先輩の代でやり方が変わったところがあるようだからそれで作業効率が上がったのだと思うのだけど、…もしかしてその分別の仕事も増やしたりしてない?気のせいかな。

今はお兄様がいるので部活動の下校時刻を過ぎて残業なんて滅多にないけれど、次代は大丈夫だろうか。

泉美ちゃんたちも優秀だけどね。

このまま十師族が運営している分には何とかなるのか。…そんなに定期的に入るとは限らないけど、しばらくは続くのかな。

部活動の資金繰りや校内の設備チェック。二年前に比べて消耗品の買い替えが減っているのは生徒たちのストレスの原因が無くなったことで器物破損が減ったからかな。壁の修理とか、業者を呼ぶことが減っているのは僥倖僥倖。

浮いた予算を生徒会からの労いのボーナスとして頑張っている部費の少ない部活にそっと渡せる。一時金だからこの費用をどう使うかじっくり考えてもらうよう念を押して渡した。

次を期待されては困るからね。

部活連ともそこは連携しているから今のところトラブルはない。

続いては風紀委員と、なのだけど。

 

「学校外トラブル、ですか」

「今のところ3件ほど相談が来ています」

 

吉田君と雫ちゃんが報告に来てくれたのだけど、…原作よりちょっと時期が早いからか件数が少ない。その上ちゃんと報告という形で上がってきた。

学校内にギスギスした空気が無いだけでこんなに業務がスムーズ。

男女は関係なく、通りかかったところを標的にされてしまったみたい。日付は異なるけど現場は近い。

報告が遅れたのは事情聴取して情報をまとめていたからだそう。

相手は人間主義者。「奇跡は神にのみ許された御業であり~」とお決まりの文言を唱えて威圧してきたそうだ。

まだ囲む相手が少数だった為、不意を突いて自己加速を使って逃げ切ったんだとか。

ただ、外で魔法を使ってしまったので大丈夫か、と心配になり相談に来たらしい。

現場は人気も少なく、街頭カメラも無い場所だったので黙っていれば問題にならないのだが、このトラブルを見過ごすのも、と風紀委員でも意見が分かれたらしい。

そこへ追加でトラブルの相談があったということで本日定期報告がてら生徒会に意見を仰ぎに来たということだった。

パラサイトの事件後、海外の人間主義者の活動は活発化し、日本にもその波はやってきた。

九校戦の時にもエリカちゃんたちが道を塞がれたことがあったが、例年より多いな、という程度でこういうトラブル自体は今までもあることだったからニュースになるほどの規模でもなかった。

政府が日本国内の不満を分散させるため一部魔法師にヘイトを集めさせていることは、ここ一年で一般人にも浸透し始めている『噂話』の影響がある為、人間主義者を見る目も冷めたものがある。

宗教の教義をばかにするわけではないが、鵜呑みにする人間もいないと言ったところか。

横浜事変の際、反魔法師の政治家が港の規制を緩ませたことが、あのような戦闘兵器を招き入れた原因になったと糾弾され、これはまだ調査中とのことだったがどうやら大亜連合から多額の献金を受け取っていたのではないか、という疑惑も浮上していることもあって懐疑の視線が向けられている。

このことで反魔法師サイドの政治家の肩身が一気に狭くなった。

魔法師を排除させ、軍事力の弱まったところで戦争を仕掛ける。それが狙いだったのでは、と世論が疑うのも当然の流れだった。

とはいえ、国際問題を大きくするつもりは今の日本にはない。ことを大きくして戦争を引き起こしかねない事態は避けたいのだ。他国を巻き込み牽制するのが関の山で一旦幕引きをした。

現在は海と空の規制について議論が交わされている。…交わされているだけで規制は多少強化されただけ。

魔法師対策は感知センサー搭載のカメラが設置されたくらいなので、まあいくらでも抜け道があるわけで。

そこは七草と十文字が頑張っていただきたいところなのだけど、彼らに至っては特に今までと変わりないみたいだ。

何を守るつもりでいるのか。

と、今守るべきはわが校の生徒の話だったね。

 

「…これはわが校だけのトラブル、ではないかもしれませんね」

「他の学校もこういった被害が…?」

「連絡は来ていないけれど、もしまだ無くとも、これからある可能性があるということです。標的は魔法師の学生のようですから」

 

まだこのくらいのトラブルならニュースになんてならないし、これまで学校同士の情報伝達なんてうちで起きたブランシュ事件(洗脳があったことについて情報共有)と論文コンペにてどういうトラブルが起きているか各校に問い合わせたりしたり、その後大亜連合の襲撃があったことの注意喚起の連絡をしたくらい。…一高だけだね、連絡使っているの。他の学校ではそんなにトラブルがないのか。

京都は元々反魔法師の人が多いみたいだけど、わざわざトラブルを起こす住人がいないのは魔法師を恐れてもいるから、なのかな。

でもこれは必ず大きな問題に発展する――なぜなら、すでにあの男が動き出しているから。

 

「電子メールで各校の生徒会に情報共有をします。早い方が何かと対策は立てられるでしょうから。それから学校側でも地域と話し合ってもらい対策を立ててもらいましょう」

「対策、ですか」

 

吉田君が虚を突かれ、というより雫ちゃんも生徒会の皆もきょとん、としてるね。お兄様だけが通常運転。

魔法師のいざこざに非魔法師は巻き込まないのが暗黙の了解とされているから、地域と話し合いというのがいまいちピンと来ていないみたい。

でもねぇ、一件二件ならまだしも、これから何件も起きる様なら地域住民の方たちだって落ち着かない。

だって、訊いた話だけでもその人間主義者の人たち柄が悪そうなんだもの。二十代の男性が徒党を組んでうろついているわけでしょう?治安悪くなっちゃう。

 

「これはただの生徒への嫌がらせで済む話ではありません。もしこれで生徒が危機を感じて魔法を使い、自己防衛したとします。その際相手をケガさせてしまったら?いくら自己防衛でも過剰だ、と騒ぎ立てる可能性があります。…いわば当たり屋行為を仕掛けてくるかもしれない、ということです」

 

というか確実にそうなるだろう。彼らにとって魔法は武器。素手で殴り返すのとはまた違うのだ。

暴言という挑発を仕掛け、不快にさせてストレスを与えたところで魔法を使わせる行動を起こせば、非魔法師は優位になる。

吉田君だけでなく、聞き耳を立てていた泉美ちゃんも不快そうに眉を顰めた。ほのかちゃんは怖がらせちゃったみたい。

だからこそ、その不安を払拭させる意味でも対策を立てる必要がある。

 

「その時もし人目も無く防犯カメラも無ければどちらが仕掛けたか水掛け論になる可能性もあります。生徒に不利になるようなことになっては事です。生徒を守る為にも、そして何より地域住民の方に迷惑を掛けないためにも対策として感知センサー付きの防犯カメラを設置してもらえたら、状況はマシになるかもしれません」

 

学校の予算は先も述べたように余っておりますのでね、有効に使わせてもらいましょう。全てはわが校の生徒を守る為に。

 

「あとは地元の警察の方にも事情を通して巡回をしてもらいましょう。それだけでも抑止力になるでしょうから」

 

女子生徒に複数の成人男性が追い掛け回しているのはそれだけで事案です。男子生徒にだって十分脅威。集団リンチと変わらない。そこに魔法師・非魔法師は関係ない。

護身用の武器を持っていても集団の大人に囲まれることはそれだけで恐怖だ。

 

「近々生徒集会を行います。できるだけ一人で帰宅しないように、もし囲まれそうになったら逃げるように、魔法を使う際は周囲を攻撃よりも身を護ることを最優先に。防犯ブザーもいつでも鳴らせるよう持ち歩くようにしてもらって――あとは何かあるかしら?」

「車で送迎してもらう?」

「それは雫たち一部の生徒に限られるわね」

 

雫ちゃんのジョークにクスッ、と笑って返してようやく生徒会室の空気が和らいだ。

まだこの段階では大した問題ではないけれど、師族会議が控えているのだ。その前に不安を掻き立てるようなストレスを与える初期行動にも対策は必要だろう。

というわけで、一旦業務は中断。草案をまとめて学校側との交渉に。

今日は少しだけ残業することになるかもしれない。

 

 

――

 

 

と、覚悟していたのだけれど残業は無くなった。

お兄様が手伝ってくださったのだ。有難い。

 

「遅く帰宅すると狙われる確率も上がるだろう」

 

特にお前は生徒会長でもあり、九校戦でも目立つ有名選手でもあり、四葉次期当主としても有名になってしまったのだから、と。

そうだね。原作で襲われるのは師族会議後、となっていたからといって同じと限らない。警戒を怠らないようにしないと。

帰宅してハグをして、水波ちゃんにも手を広げては首を振られて断られ、といつもと同じルーティーンを行って部屋に戻って制服に着替え終えた時だった。

ノック音に扉を開けると、まだ制服のままのお兄様が。

何か伝え忘れたことでも?と思ったのだけど――そういえばそんなこともあったよね。

 

「渡辺先輩がお兄様にお会いしたい、と」

 

あの、謎の友情おせっかい、だね。

七草先輩に恋をさせてあげて欲しいって持ち掛けられる、アレである。

でも見せてもらったメールの文面ではただのお呼び出しだから目的はわからない。

後輩相手に季節の挨拶やら、本題に入る前置きだの…一応礼節は守っている、というのは伝わるけれど、先輩を知っていると警戒を抱かせるには十分な文面。何を仕掛けるつもりです?と取られるよね。

それをわかっていてのことなのかな。揶揄うのがお好きでしたものね、お二人共。類友。

それにしてもお兄様、どうしてそのように渋いお顔に?美人な先輩のお誘いですよ、なんて。…お兄様のお気持ちを聞いていてそのようにはぐらかせるものじゃないよね。

 

「恋人のいらっしゃる渡辺先輩が、四葉の御曹司と判明したお兄様にそのようなちょっかいを掛けに来るとは考えられませんね」

 

お兄様は元々魅力的だから、そこへさらに四葉とはいえ十師族というブランドまで引っ提げたら、たとえ同時に婚約者を発表したとはいえ粉を掛けに来ることはあるかもしれない。

とはいえ、渡辺先輩は恋人のある身。そのような軽率な行動に出るような人でもないだろう、と言えばお兄様の表情は更に歪んだ。

 

「そんなことならお断りだ」

 

ありえない、と断ずるよりもお兄様からの強い拒絶を感じ、すぐに謝る。

 

「申し訳ございません」

「…いや、俺も冷静じゃなかった。すまん」

 

突然の厄介ごとを匂わせるメールに、婚約者から不義を疑われればいい気はしなかっただろう。

疑ったつもりはないんだけどね。ただ可能性を提示しただけでもお兄様にとっては嫌だったのだろうから。

…うぅん、困ったね。

もしこれが原作通り婚約に納得のいっていないお兄様であれば、私はそれとなく七草先輩を後押しするつもりだった。

それこそ、七草先輩の恋を経験させる名目でお兄様と距離を縮めてもらい、叔母様を説得。もし無理でも二人の愛の逃避行を手助けする――もちろん、お兄様の気持ちありきの計画だが。

だけどそれも、今のお兄様に勧めようものなら、顰蹙を買うこと間違いなしだ。

 

「では、一体何が目的なのでしょう?」

「少なくとも、情事が目的ではないだろう」

 

え、と顔を上げるとお兄様が顔を近づけて真っ直ぐとこちらを見つめていた。

 

(な、何で今原作と同じお言葉を言われました⁇)

 

深雪ちゃんのように疑ってなんかいなかったのに、と思ったが、お兄様の口元がわずかに上がっている。

…先ほどの意趣返しで揶揄われたらしい。

熱くなった頬に手を添えられて、近づくお兄様に慌てて腕を突っぱねて押しとどめる。

 

「っ、お話はまだ終わっておりませんでしょう?」

 

だから、止まって!それ以上は困ります!!と訴えながら話の続きを促すと、お兄様はきっぱりはっきり答えた。

 

「俺は断るべきだと思っている」

「!そ、うなのですか?」

 

おかしい。お兄様は相手の真意を探る為、深雪ちゃんにちゃんと断りを入れて納得をさせてから二人きりで会うことを選択するはずなのに。

どうして、と添えた手をそのままにお兄様の瞳を覗き込む。

ぶつかる視線は真剣なもので。

 

「はっきり言ってデメリットしかない。なぜ、今二人きりで夜に会わねばならない?婚約者のいる男を誘って二人きりで会えば不義密通を疑われても文句は言えないだろうに。それならまだ七草先輩のように学校に乗り込んできた方が誠実と言えるだろう。それでも噂は免れないだろうがな。そもそもプライベートなことで相談なんてされても俺に解決できる物など何もない。用件が気にならないわけでもないが、そんなことを気にして深雪との仲を疑われることの方が問題だ」

 

…あらぁ。興味よりもこちらに比重が傾いてしまったらしい。

まあ、このシーンがお兄様にとって必要かと言えば、妹との関係に悩むお兄様になら必要があったかもしれないが、今となっては時間の無駄になってしまうのかもしれない。

でもねぇ、お兄様の現在の立場というものをただの情報からではなく、自分の目で確かめるのも大事なのではないかと思うわけで。

 

「ちなみにお兄様は、どのような用件を想像されているのです?」

「さあ。士官学校に通われて、軍の内情を直に聞いてみたくなった、という線も無くはないと思うが」

「だとしてもそれは外で聞ける話ではないですね」

 

お兄様が軍属であることは秘されている。人の目と耳のある場所で話せることではない。

 

「時期で考えれば、私たちの素性が表に出たことによって訊ねたいことがあるのか、ですが」

「彼女は別に十師族と関わる家ではない。ただ…友人には関わる家がある、か」

「七草先輩ですね。では彼女から何かを頼まれて探りに来た、と?」

「七草が四葉に関わるといくら当主ではなくともあらぬ疑いは掛けられるのは避けられない」

 

有名ですからね、彼らの緊張感ある関係性は。

…ここは、突っ込んでみるかな。

 

「七草家と言えば、四葉の血を入れそびれた過去があるのですから、一条と同じように婚約を申し込もうとされているのでは?それを知った七草先輩が渡辺先輩に相談をしてきた、というのはどうでしょう」

「…あちらでもそんな話をしたね。俺たちの婚約には横槍が入る、と。それが七草からもある、と?」

 

あら大変。眉間に深い皴が。そっと触れて伸ばそうとしてもなかなか解れませんね。と思っていたら手を取られてしまった。

 

「七草先輩が大人しく親の言いなりになるとは思えないが」

「そうかもしれませんが、それでしたらお兄様も、でしょう?大人しく叔母様の言いなりになられているのですか?」

「俺の場合は利害が一致したからだが――先輩も利害が一致することがあると?」

「さて、それはわかりかねますが。七草家当主が叔母様に何かとちょっかいを掛けてくることは事実。となれば一条家に便乗して自身の娘も、と考えるのはあり得る話かと」

「…男と女では付く傷が違うだろう」

 

…お兄様って、そういうところ優しいよね。ちゃんと彼らのことも考えてくれる。なかなかこの気遣いはできないよ。瞬時に思い付かない。

 

「――俺は二人きりで先輩と会うつもりはない」

「はい」

「だが、無視するわけにもいかないだろう――だから、付いてきてもらえるか?」

「それ、は…どうなんでしょう?」

 

まさかのお誘いに戸惑ってしまった。

 

(え、いいのかな付いていって。妹同伴の逢引ですか?)

 

先輩からは二人きりという表記は無い?確かにそうですけど。

 

「恋人のいるあちらの為でもある」

 

まあ、そう言えなくもない、けれども。

 

「それに、俺には深雪に秘密にしてまで話したいことなどない」

 

少しでも疑われたくないんだ、と握られたままの手をキュッと強く握られて懇願されてしまえば私に否は無く。

 

「…わかりました」

 

こんなところも原作クラッシュするのかぁ、と遠い目になって今後の流れを浮かべるのだけれど、――その、近くないですかお兄様?

 

「話は終わった」

「え?ええ」

「なら、良いだろう?」

 

なにが、と思ったが、そう言えば先ほどキスされそうになった時、話が終わってないと突っぱねたのを思い出す。

ちゃんと待ってあげただろう?というお兄様のお預け顔が卑怯ですね。

「疑われるのは心外だ」、とたっぷり愛の伝わるキスをされ、許しを請うことで解放してもらえた。

疑ったんじゃなくて可能性を提示しただけなのに。

…今後はこういった話題には十分気を付けよう。

 

 

――

 

 

髪は緩やかに三つ編みにしてまとめ、ロングコートに身を包み、マフラーで首元を覆って防寒対策はばっちり。

例えピンヒールであろうとも野山を駆け回れるほど脚力には自信があるけれど、ヒールの低いロングブーツを選択。

 

「地味なコートにより一層お前を大人びて見せてしまうな。綺麗だよ。このまま夜景デートにでも行こうか」

「もう、お兄様ったら」

 

お兄様もスーツではないけれど、おしゃれ着ではなくぱっと見ネクタイをしていない通勤着、といった装いだ。

それだってとても素敵なんだけど、これは周囲に誤解されない恰好を意識したもの。

品位は損なっていないけど、デートにしてはしゃれっ気が無さ過ぎる。

でも元がいいから。お兄様は平凡な容姿だ、と思っているみたいだけど全然そんなことないですからね。大人になればなるほどお兄様の魅力もアップしてますからね?気付いてほしい。

 

「ふっ、あまりそう見つめられると誤解して調子に乗るぞ」

「ご、誤解って」

「お前が俺を好いてくれているんじゃないか、と」

 

…それはもちろん!好き、なのだけど…うぅ…昔ほどこの言葉を気軽に言えない。

私が困っていることを理解しているお兄様はぽんぽん、と頭を撫でてから肩を抱き玄関を出る。

行ってらっしゃいませ、との水波ちゃんの声が機械的に聞こえたことに申し訳なさを感じつつ、行ってきますと返すのが精いっぱいだった。

 

 

 

 

到着したのは約束の五分前、防衛大の特殊戦技術研究科用別校舎近くの喫茶店。

学生やオフィスで働く人向けの、素早くメニューが食べられるタイプの店だ。

こういうお店は来ることが滅多にないので新鮮だった。

席はお兄様の希望で四人掛けの席をチョイス。

飲み物はお揃いのコーヒーにした。

 

「ケーキでもどうだ?」

「…お二人が真剣な話をする横でよろしいのでしょうか?」

「お前はただの付き添いだからね。むしろお詫びを兼ねて、だな」

「それでは遠慮なく」

 

ケーキを選択し、注文すると一分も経たずに注文を入れた端末から呼び出し音が。カウンターにお兄様が取りに行き、すぐに戻ってきた。

シンプルなベイクドチーズケーキとコーヒーが目の前に置かれる。

 

「ありがとうございます」

 

これくらいたいしたことないよ、と微笑まれるお兄様。

でも流石に先輩が来ていないのに食べるわけにもいかない。そう思っているのに。

 

「先に食べても問題ないだろう」

「そうもいきませんでしょう?」

「礼節を守ることも大事だが、今はプライベートな時間だ」

 

食べづらいなら、とお兄様がフォークを手に取り一口大に切り分けると口に差し出してきた。…お外であーん、はよろしくないのではないかしら?

ほら、周囲から視線がちらっと。

 

「気にするな」

 

しますよ~、と返せたらいいのに。

 

「口を開けて――いい子だ」

 

…うぅ…早く食べないといつまでもこのままと思ったらね、食べざるを得なかった。

そして返してもらったフォークを離さぬようにしっかり握りしめ、お兄様の手に渡らないようにする。

その様子を目を細めて頬杖をつき楽しそうに見つめるお兄様は、とってもSっ気があってですね…つまりカッコ良くて目が向けられない。

 

「可愛いね」

「っ」

 

もう!もう!!お兄様はずるい。どうしたら私が動揺するか心得ている気がする。っていうか絶対にそう。

羞恥に身を焦がされていると、待ち人が来たのかお兄様からの視線が途切れた。

面を上げれば驚いた顔をした渡辺先輩が。

そりゃあそうだよね。二人きりで内密な話を、と思っていたところにまさかの妹連れで来ているわけだから。

立ってお辞儀をすると、しばし呆然としていた先輩がつかつかと歩み寄り――

 

「お互い誤解されないために連れてきました」

 

お兄様からの先制パンチに先輩は黙るしかなかった。

お互いの為、と言われては否定するわけにもいかない。

 

「お久しぶりです、渡辺先輩。呼ばれてもいないのに申し訳ございません」

「いや…私も配慮不足だな。失礼した」

 

激高されてもいい場面ではあったのだけど、先輩は大人だ。呑み込んでくれた。

それに対しお兄様はといえばしれっと当然という態度。悪びれもしない。

そのことに更に申し訳なく思ってもう一度頭を下げると苦笑した渡辺先輩に着席を促され、先輩の後に続いて腰掛ける。

 

「同席は致しますが、こちらを持ってきました。これなら二人の会話を聞くことはありません」

 

先輩がコーヒーを注文し終えた後、すぐに見せたのはノイズキャンセリング機能搭載イヤホン。これなら至近距離で話されても気付かない。

 

「俺は隠すことが無いので構わないと言ったのですがね。これなら構いませんか?」

「…キミの気遣いに感謝するよ」

 

美女による苦笑い付きの感謝をいただきました。

ということで今から私は何も聞きませんよ、と耳に装着。同時にコーヒーができ呼び出し音が鳴る。先輩が取りに行って着席したところで目に見える様スイッチを押し無音の世界へ。

お兄様に視線で合図すると密談開始となった。

 

 

――

 

 

達也視点

 

 

正直言って気乗りしない話し合いの席に深雪を連れてこられたのは僥倖だった。

先輩の持ち掛ける話の内容は気になるものの、深雪抜きで女性と二人きりなどどんな誤解を招くか。

ただでさえ俺は現在深雪の範疇に無い状態だというのに、下手に誤解をされたらどうしてくれる。

…いや、誤解をしてくれた方がまだいい。疑い、嫉妬してくれたならいいが、深雪の場合、自身が選ばれていることが不思議と思い込んでいるようで、他の女性と居ようものならやっぱり自分じゃなかった、と安堵し応援するかもしれない。

そんな可能性さえあるのだ。それは絶対に阻止したかった。

俺たちが恋人同士だと周囲に知らしめるようにケーキを食べさせ、可愛い深雪を堪能して少しでもモチベーションを上げてこの席に臨んだのだが、深雪がイヤホンを提示し、耳に装着。

音が聞かれないことで安堵する先輩を見て、やはりろくな話では無さそうだ、とこっそり溜息を吐く。

すると、そのタイミングで深雪から机の下でぽん、と腿を叩かれた。態度が悪いことを咎められたのだ。

注意という形であっても深雪からのアクションに再度気分が浮上し、ようやく対面で話を聞く体勢になる。

 

「改めて、久しぶりだな達也くん」

「ええ、卒業以来ですね。お久しぶりです」

 

七草先輩とは違い、渡辺先輩はあれから学校を訪れることも無く、こうして外で会うことなど全くなかった。

元々学校でもあちらからちょっかいを掛けられて交流があったくらいしかないので、親しく付き合っていたわけでもないのにこの呼び出しである。

一体何が目的か、と不審に思うのも無理は無い。

 

「まず呼び出したのがこんな時間になってしまったことは詫びる。こちらも先ほどまで教練があったのでね」

「日曜まで大変ですね。――それで、ご用件はなんでしょう」

 

言外に時間を無駄にしたくないと伝えれば、彼女は肩を竦めながらも明日は互いに学校もあるものな、と雑談を抜きに本題に入る…のだが、やはりろくな話ではなかった。

 

――七草真由美をどう思うか。

 

率直に答えるならば関わりたくない相手だ。

彼女が関わると深雪が目を輝かせて俺の傍に寄せようとする。

始めはそんなことにも気が付かなかったが、どうやら深雪は俺を誰かとくっつけようと――恋心を抱かせ結婚をさせようと目論んでいたらしい。

とんでもない話だった。己の恋を自覚していない時でさえ、深雪から向けられるその視線に居心地の悪さを感じていたというのに。

 

(――今思えば、誤解されたくなかったのだろうとわかる)

 

深雪に、女性と二人きりになっている姿を見られたくない、と。

やましいことなど何もない。そのような感情自体抱きようが無いから。それでも、深雪の目にどう映るかが問題だったのだと。

深雪が俺に誰かと結婚させたがっているとはっきり知ったのは大晦日。

自分が最愛の妹を異性として見ていることに気付き、婚約者とされたあの夜、叔母からもたらされた情報によってだった。

様々な負の感情が体を駆け巡った。怒り、虚しさ――自分は必要とされていないのでは、という絶望。悲しさと悔しさもあったように思う。

自分にこれだけの感情があったのか、と驚きを抱くのはこの後だったか。

兎も角、深雪以外を想っていると思われることは心外であった。

俺には、深雪しかいない。深雪以外、いらない。

深雪だけが欲しいのだ。その他なんて、どうでもいい。

 

「優れた魔法師だと思います。才能も経験も申し分ない。人間的にも公私の使い分けがきちんとできていて立派だと思います」

 

とりあえず渡辺先輩の質問に回答する。

ただし、それは一般的な視点から見た彼女であり、四葉基準で見れば才能はあっても磨きが足らず、公私の使い分けと言っても子息レベルの話。社会に出ればまた評価も変わる。

どうにも四葉とその他十師族の教育には大きな隔たりがあるように思う。要は、深雪を知っているが故に基準が上がり他では物足らなく思ってしまうのだ。

 

「…あたしは君のそういうところが嫌いだよ」

 

半眼で睨まれても痛くも痒くもない。

意図はわかったが誘導通りに口を割る道理もない。

 

「それで、なぜそのようなことを訊きたがるのですか?」

「もう一度聞く。君は真由美のことを異性としてどう思っている?好きか嫌いかで答えてくれ」

「異性に対する感情は、それほど単純に割り切れるものでは無いと思いますが」

「それでも、あえて、訊いている」

 

さて、これはどう返したモノか、と逡巡する。

異性として見るならば、大抵見目の良い女性に対して好意を抱くだろう。一般的に男とはそういうものだ。ただ、自分はそこに衝動を抱けないだけであって。

この先を聞き出すためには嫌い、と答えるのは得策ではないのだろう、と判断し反対の言葉を口にした。

そのことに渡辺先輩は目を見開きつつもさらに深く追求する。

 

「異性としてだぞ?」

「ええ」

「そうか…」

 

ちらり、と深雪を見たのは本当に聞こえていないことを確認するためだろうが、気に入らない。

何を危険に思っているというのか。

彼女にとって深雪がこのような形でも同席しているのは想定外だったのだろうが、この質問は覚悟を持って用意していたもののはず。

だからこそこちらも対策として深雪には事前に聞き出すために思っていないことも口にすることは伝えてある。

なのでもし聞こえていたとしても、問題はない。後ろめたさなど抱く必要もない…のだが、心とはままならないものらしい。普段ならこの程度の嘘はどうということも無い。心にもないことを言うことは慣れている。だが、横に深雪がいる。それだけで据わりが悪い心地がした。

 

(もし誤解をさせてしまったならばその身に刻み込ませてもらおう)

 

昨日、深雪の部屋でのことを思い出す。

ちょっとした意趣返しのつもりだった。深雪が浮気を疑っていないことはわかっていても、そんな誘いをされると思われるだけでも嫌だった。

だから深雪が慌てるだろうワードを口に出して迫ってみせたのだが、まさか話が終わってないという理由で突っぱねられると思わなかった。それはつまり、話が終わればいいということになるのだが。

単純な言葉の選択ミスだとわかっていても期待したくなる。

話が終わったところで再度迫れば…心配になるほどの流されやすさで応じてくれた。俺にとっては都合が良かったが、いつものしっかりした深雪は何処へ行ってしまったのだろうな。俺の前だけであればいいのだが。

こうして徐々に浸透させていくように愛を伝えていることで、わずかでも変化してくれることを期待しながら日々を重ねていられるこの時間が、焦らされているようでいて思いの外楽しいと感じられた。

これがきっと『恋』というものなのだろう。

 

「それは恋愛感情か?」

「いいえ、違います」

 

恋を自覚した今、嘘でも肯定などできなかった。

俺が愛しているのは、恋心を抱いているのは隣にいる深雪だけだ。

 

「性欲の対象としてですね」

 

理解しやすく伝えるためにストレートに口にしたら、先輩は顔を赤らめ動揺していた。

…長年付き合っている年上の彼氏がいるだろうに、何を恥じらう?すでに俺と深雪の前で赤裸々に語っていたことを忘れているのだろうか。

とは話をこじらせるだけなので口にはしなかった。

 

「き、君にもその、そういう欲求があるのだな」

「それは有りますよ。種族保存に関わる原始的欲求ですから」

 

衝動を失っていても機能までは奪われていない。

だから深雪以外の女性を抱くこと自体は可能ではある。それをするかしないかは別問題として。

ここまで話せば十分だろう、と未だ頬を赤らめたまま動揺し、視線を泳がせている先輩に追求する。

 

「渡辺先輩。俺が七草先輩のことをどう思っているか聞き出して、先輩は何をしたいんですか?」

 

視線にたじろぎながらも、腹をくくったのか、姿勢を正してはっきりと目的を告げた。

 

「達也くん、真由美と付き合ってみないか?」

 

自分の耳が聞き間違いなど起こさないことはわかっていたが、それでも疑いたくなった。

この人は何を言っているのだろうか。

 

「…付き合うというのは、そういう意味ですよね?先輩は俺と深雪のことをご存じないのですか?」

 

そんなはずはないことくらいわかっている。だからこそこんな席を設けたのだろうから。

だが、だとしたらどれだけ虚仮にされているのだろうか。

 

「君たちが本当は従兄妹同士で、婚約したということは知っている」

 

ということはつまり、彼女は学校で起きたことを聞いてはいないのだ。

俺が深雪を異性として愛し、告白し、返事を待っている最中であることを。

 

(…先輩は後輩から慕われていたと思ったのだが情報がいっていないところを見るに、この手の話題は流れてこないのか)

 

意外感を覚えながらも指摘はせずにそのまま泳がせてみることにした。

 

「ならば七草先輩と付き合うわけがないことくらいわかるでしょう」

 

そもそもなぜ先輩と付き合わねばならないというのか。何が目的でそんなことを企んでいるのか。

この人は情に厚いタイプだ。だから七草先輩との友情の為、このような場を設けたのだと予想していた。

だがそこでどうして、俺と先輩が付き合うことが彼女の為になるというのか。それがさっぱり見当もつかない。

まさか、本当に七草弘一は娘と俺を婚約させるつもりでいて、その七草家当主を騙すために一芝居打とうとし、手を貸せ、ということだろうか?

だとしたら、公で動かれる前に手を打ちたいところだ。でなければ一条の二の舞になる。

俺には深雪以外に婚約者などいらない。ただでさえ現状一条という厄介者が横槍を入れてきてややこしくなっているというのに。これ以上複雑化なんてされても困る。

そう苛立ちを思い出した時だった。

 

「君たちの婚約には、一条家から横槍が入っている。そうだな?」

「よくご存じですね。七草先輩から聞いたのですか?」

 

この話は正月早々俺たちの婚約の話が出た次の日には魔法師協会を通して通達されていた。

正式な婚約発表後に横槍を入れる形となった一条家の行動は、魔法界の中でも問題視されスキャンダル扱いとなっているため、有力魔法師内では公にはなっているものの大っぴらに語られていない。

よってまだ一般魔法師の耳には届いていない話題のはず、と情報源を問いただせば先輩はあっさりと頷いた。

 

「ああ、そうだ。そして実は、真由美にも同じ話が舞い込んでいる。いや、この言い方は誤解を招くな。真由美に、一条家の長男と同じ役柄が押し付けられようとしている」

「いやはや…呆れた話です」

「あたしもそう思うよ」

 

呆れも抱くが、同時に思うは七草弘一の思考を読み切った深雪のこと。

婚約の話が出た時にはすでに彼女はそこまで可能性を考えていた。自分に対しても、俺に対してもそれぞれ横槍が入るのでは、と予測を立てていた。

ちらり、と視線を向ければ、小さく切り分けたケーキを口に運んでいるところだった。

類い稀なる美貌を除けば、ごく普通の女子高生に見えなくもない少女。…いや、美貌だけじゃなく所作も姿勢も綺麗だな。顔を隠していても普通の女子高生には見えないかもしれない、と思考が逸れたのはもうこの話を切り上げたくて仕方がないからか。

だがまだ、疑問が残っている。

 

「本当にわかっているんですか?」

「何がだね」

「世間的に傷を負うのは俺じゃなくて七草先輩なんですよ」

「優しいんだな」

「この程度は、当然の配慮だと思います」

 

優しい、ね。

まさか本気で先輩を心配しているなんて思ってもいないだろうに。だが、この発言により雰囲気が和らぎ口も軽くなったようだ。

 

「真由美が君のことをなんとも思っていないのなら、あたしも止めていたさ。お前が貧乏くじを引く必要はない、とな。だが、真由美は、自分の気持ちがわかっていない」

 

それは俺にも身に覚えがある。

俺には深雪を異性として愛している自覚が無かった。きっかけが無ければ気付くことは無かっただろう。

だが、俺の場合恋を自覚した相手と運良く婚約者と成れたが、もしなれなかった場合、その自覚は果たして良いことだったのか。

誰かと深雪が添い遂げる姿を見たとして、俺は、狂わずにいられただろうか。

 

「真由美は、自分が君のことをどう思っているのかわかっていない。君に対する好意がどんな種類のモノなのかわかっていない。いや、わかろうとしていない。自分の抱く好意から目を背けている」

 

もし、恋と気付いていなければただ寂しいだけで済んだかもしれない。胸は痛んでも妹の幸せを祝福できたかもしれない。

 

(…本当に、そうだろうか?)

 

無自覚であろうとも腕の中に閉じ込めようとしていたのに?彼女が誰かに視線を向けるたびに自分を見る様仕向けていたのに?

兄であり、ガーディアンであったから大事な妹を守ろうとしていた立場を利用し、必要以上に傍に侍っていた自分が、妹が誰かと結ばれるのを祝福できただろうか。

 

「それは七草先輩がご自分の立場を理解されているからではありませんか?」

 

どの口で立場のことを言えたというのか。だが、立場を理由に見ないふりをしていたと言うなら、俺もそうだったのかもしれない。

妹を異性として愛していることに気付かぬよう、目と耳を塞いで。

 

「確かにアイツは自分の立場を理解しているさ。自分の意思だけで好きな相手を選べない。愛と結婚は別。だったら恋愛なんて、するだけ無駄。アイツはそう思ってる」

「それは渡辺先輩の考えすぎでは?確かに高レベルの魔法師が独身を貫くことは許されていない風潮がありますが、結婚相手を選べない時代ではありませんよ」

 

一応世間一般の常識を説いて見るが、心が全く篭らない。なんとも白々しい言葉だ。

 

「君はどうなんだ?君の妹はどうだったんだ?」

 

気付かれぬように視線を動かさずに深雪を視る。

聞こえていないのだから当然だが、彼女は大人しく端末で読書をしていた。

 

(深雪は――叔母上の決定に逆らわないだろう。もしこれで俺以外の婚約者を宛がわれたとしても、恐らくその場は頷いたはずだ)

 

誰でもいい、とかそういう話ではない。当主の言葉は絶対。この家ではそう決まっている。

異議は唱えられる。それが聞き届けられるかは別としてだが、最終的には当主の決められたことが通るのが常だ。

所詮は一般論。非常識な世界には通用しない。

それは先輩もわかっているのだろう。深く追及などせず話を続けた。

 

「あたしはあいつに、恋を経験させてやりたい。余計なお節介かもしれないが、物分かり良く諦めてほしくないんだ。男の君にはわからないかもしれないが」

「そうですね、俺には理解できません」

 

思わず即答したが、これは男女の問題なのだろうか。

友人に恋を経験させてやりたい、等お節介にもほどがある、と思うのは俺だけなのだろうか。

同意を得られないことは想定済みだったのだろう。さほど気にもしていないように見えた。

 

「そうか…。だが、これだけは理解してくれ。真由美は君に対する好意を認めた。君はもしかしたら、真由美に恋を経験させられる最初で最後の男かもしれないんだ」

 

何故そんなことを渡辺先輩が決めるのか。

七草先輩の将来を憂いている、というのは伝わってくるが――理解に苦しむ。

だから、

 

「失礼」

 

先輩に断りを入れてから深雪の肩を叩く。

視線が合う。もう終わったの?と声も出さずに問いかけてくる表情が可愛らしく、今すぐ抱きしめて癒されたいのを我慢してイヤホンを外してもらう。

 

「すまない。まだ話は終わっていないんだがお前に一つ質問をしたい」

「何でしょう?」

 

さて、どう説明したものかな。

 

 

――

 

 

深雪視点

 

 

お兄様より肩ポンされて、顔を向けると微笑むお兄様と、少し不満そうだが黙っている渡辺先輩が。

…何がありました?明らかに話が途中そうなのだけど。

質問をしたい、ということなのでとりあえず聞くことに。だけど…

 

「恋をしたことのない親友が、恋をしたかもしれない。だが、その相手にはどうにも将来を約束している人がいるようだ。物分かりのいい親友はその思いをはっきり自覚する前に身を引こうと考えているようだが、諦めさせてしまえば親友は恋が一生できないかもしれない。――お前ならその親友に恋を自覚させ、恋愛をさせてやりたいと思うか?」

 

…ああ、お兄様もそこに疑問を持ってしまったのですね。

そうなんだよねぇ。

渡辺先輩の行動は正直言って独りよがりのお節介なのだ。

先輩自身には結ばれた相手がいて、幸せな恋をしているから恋がキラキラしている。素晴らしい経験を人に勧めたくなる気持ちもわかる。

だが、七草先輩の場合は渡辺先輩とは違う。想いを寄せた相手が悪かった。

お兄様と七草先輩の恋はある種ロミジュリだ。

家同士の関係もよろしくないので百家の次期当主と恋するよりもハードルがはるかに高い。四葉ひとつでも柵が多すぎるのに、相手は因縁のある七草。この時点で詰んでいると言ってもいい。

そもそも恋を体験したいと言ってもすでに婚約者がいる相手にお友達付き合いからでもいいから交際して、と誘ったところで大抵の男性は乗っからないだろう。リスクがデカすぎる。

何よりお兄様自身恋愛には向かない。諸事情により他者に衝動を抱けないので、切羽詰まって一夜の過ちを仕掛けるにしても難しいお相手だ。この相手にどう恋の終止符を打てと言うのか。

 

(…と思ったけど、この時代婚前交渉はあまり良く思われないからそれ自体できないのか)

 

ちょっと思考が先走り過ぎた。それ以前の、恋の自覚をするかしないかの話であって、その後の恋の片づけ方までは考えていないのだったね。

だけど、お兄様と恋愛をしたいというのはどんなミッションインポッシブル?…事情を知らなければ妹に向けられる愛情が他者にも向けられると思うのか。

だとしても、すでに婚約者がいてお付き合いできるかと聞かれれば、まあ無理だよね。

お兄様にお付き合いする理由が無いのだ。

 

(…普通の男性なら、美女からのお誘い。しかもお試しの付き合いであって本気の付き合いじゃないから浮気じゃない、と言われればフラッと行っちゃうのかもしれない)

 

これは一種のボランティアだから、みたいな?

…婚約者がいなければそれもかまわないと思うんだけどね。

 

「恋を自覚した時には終わっている、ということもあるかと。明らかに傷つく恋を、叶わぬ恋をするのは苦しむのではないかと愚考します。私は親友に苦しんでほしくはないです」

 

ほのかちゃんは叶わぬ恋と早い段階で気付いた。でも、もしかしたらのチャンスがあったから――兄妹相手なら結ばれることは無いからわずかでも可能性があると踏んでアタックしていた。

苦しかったはずだ。くじけそうになったこともあったはずで、――そして本当に諦めなければならなくなった。

今はまだ私が明確に答えを出せていないということもあってまだアタックをする、と宣言をされたけれど、あれは諦めるための、心に整理をつけるためのモノなのだと自他共に理解していた。

無駄な足掻きなんかじゃない。彼女にとっては恋を諦めるための儀式なのだ。それだけの覚悟をもって彼女は今、辛い運命に立ち向かっている。

 

「経験は確かにその親友を大きく成長させるでしょう。ですが、それは周囲に促されて動くものでは無いのではないかと思うのです。自発的に動き、それで玉砕するなら自己完結できます。ですが、なんとなく周囲に言われて付き合い、本気で恋をした場合、それは恨みに変わる可能性があります。知らずにいられれば良かったのに、と。一時的に思うだけなら親友の心は健全に戻るでしょう。ですが、それを引きずる場合人生を狂わせることになります。…私にはその責任は取れません」

「!!」

 

渡辺先輩の表情が強張っている。

そうなのだ。

恋は人を変える。いい方向にも、悪い方向にも。

先輩は良い恋をされているのだろう。だからこそ経験をさせてあげたいと思えた。

だが、初めから終わりが決まった恋に焦がれてしまったならば――その先はどうなるかなどわからない。

出会ったこと自体を嘆くのか、自分のモノにならない恋を恨むのか。

七草先輩は強いから、苦い恋を経験しても立ち直れるとは思うけれど、それでも、だからといってわざわざ茨に飛び込む必要性があるのかと問われると、傷つかないでほしいと思ってしまう。

 

「あとは、そうですね。渡辺先輩にお尋ねしますが、もしその恋をされるお相手の方が先輩の恋人の方でしたら、先輩は快く彼氏の方をお貸しできますか?」

「そ、れは…」

「お兄様の話では、お相手の方には約束したパートナーがいるのでしょう?そのパートナーの方は許可を出しているのですか?自分のパートナーを貸し出す、と。それはそれでなんとも気味の悪いお話です。知らぬ相手の為にパートナーとの交際を許すなんて、何か企んでいるのでは、と考えてしまいます」

 

一応ね、誰が誰に恋をして~、というのを知らない体で話してます。

あと、自然とお兄様呼びをしているのだけど、先輩は衝撃が大きすぎて気付いていないようだ。気付かれたところで従兄だからで通すけど。

 

「そもそも貸し出されるその想い人の方も複雑なのではないでしょうか。自分には将来を約束したお相手がいるのに別の方と交際するなど、よほど自分を勘違いしていないと二股などできないのではないのですか?」

「二、股…」

 

……え、どうして渡辺先輩が放心されているの?そういう話だよね⁇

 

「えっと…?」

「前提が違うらしい。先輩の話では婚約の約束はしているが家で決められた婚約なのだそうだ」

 

心を寄せいてる関係ではない、と。

 

「…それでも婚約ですよ?浮気にはなりますよね?」

「俺もそう思う」

 

いやいやいや!婚約って契約だよ?下手すると慰謝料取られるよ⁇ああでも、お相手が許してるって前提だっけ?その場合は…書面にしておかないと、もしトラブルが起きて裁判にでもされたりしたら負けるね。って話が反れた。

 

「難しいですが、もしお互いがお互いそれで構わないことを前提として、恋と自覚したとしましょう。その後はどうなります?恋だとわかりました、これで思い残すことなくお別れできます――そう親友の方は恋を終わらせることができるのですか?それとも略奪愛になるのでしょうか?」

 

恋を自覚し、恋人として触れ合えて、諦められるだろうか?もし家の家格が同じくらいであったなら余計諦めきれなくなるのではないだろうか。

何が何でも振り向かせたい、そう思うのはおかしなことではないように思う。…お兄様を前提としない例だけれど、ね。

普通の男性なら美しい女性に挟まれれば、後は利害関係で選ぶ、ということが起きることもおかしくは、ない。

男女の関係は単純な恋心だけで済む話ではないから。

 

「それは有り得ない。――が、参考になったよ」

 

そう言ってお兄様は耳元でもう少し待っていてくれ、と唇を耳に当てながら囁いて離れていく。

…先輩の前でやめてください。手で覆い隠されていたから先輩から見られることは無かったと思うけど、赤面させないようにするので精一杯。すまし顔で冷めたコーヒーを飲みます。

それから耳にイヤホンを差し込んでまたスイッチを。

これ凄いね。本当に音が聞こえない。無音の世界。

でもね、口元を読めばなんとなく話は分かってしまう。

真横にいるお兄様のは無理でも、渡辺先輩のは視界に収めることができる。

だから何となく話の流れはわかるのだけど、先輩そこまで考えが至ってなかった?むしろお兄様の心がまさか妹に向いているとは思わなかったから、付き合っても問題ないと思ってたのかな。

でもね、隣のお兄様からひしひしと不機嫌オーラが。

それに対し、先輩は顔色を失っていく。そしてちらっとこちらに視線が向けられ、先輩の口が本気か?と動く。

 

(あ、これ私を妹だった頃から異性として愛している的発言をしたんじゃないかな。もう聞くべき情報を聞き出したからはっきり断っているのかもしれない)

 

知らんぷり、知らんぷり。私は何も気づいておりませんよ。と涼しい顔でコーヒーを一口。

ケーキも食べちゃおう。もう終わりみたいだしね。

先輩はまだ諦めきれないようだけど、お兄様の手が私の手を取り立ち上がる。耳はまだ付けたままだったがお兄様がさりげなくスイッチを操作し聞こえるようになる。

ガヤガヤ、カチャリ、と様々な音が耳に入る中、お兄様が先輩を見下ろしながら外の気温より冷ややかな声で一言。

 

「何度言われても無理です。俺は深雪以外愛することはありません」

 

渡辺先輩からの制止の声はかからなかった。

 

 

――

 

 

「深雪の予想が当たったな」

 

駅までのイルミネーションが綺麗な並木道を歩きながら掻い摘んで先輩の話を教えてくれた。

口元にはマフラーを巻いているので余所からは見えない。

身を寄せあい、腕を絡ませているこの距離だから聞き取れる声でこそこそ、と。

七草からも婚約の横槍が入ることになりそうだ、と吐き捨てるお兄様。ちょっと荒んでる感じがワイルドでカッコいい。…じゃなかった。大変ご不満ですか。

あの人も叔母様にちょっかい掛けたくて仕方ないみたいだけど、もうちょっと相手を見てほしいものだ。叔母様がどう思っているか聞いたことは無いけれど、見ている限りこの件に関してあまり機嫌はよろしくなさそうですよ。

 

「それにしてもお兄様が最初で最後の恋の相手、だなんて。先輩はロマンチストですね」

 

運命の相手が一人きり、なんて絵本や漫画の世界のお話のよう。

 

「先輩がどう思おうが、俺には無理な話だ」

 

七草先輩が恋を抱いてもお兄様は靡くことが無い。それは私が相手だからというよりも、精神構造上の話になる。

…好きになることはできると思うのだけどね。同じ熱量ができないとなればすれ違うこともあるだろう。その恋はすぐに冷めてしまうのかもしれない。

事情を知っていれば違うのかな。だとしても――

 

「俺はお前以外愛せないし、愛そうと思わない」

 

妹への愛情のかけ方を見てしまえば、たとえ恋人同士になったとしてもなぜ自分はあそこまで愛して貰えないのだろう、と苦しむかもしれない。誰にも愛を向けられないなら諦めもつくが、妹に向けられているのを見てしまえば不満を抱かずにはいられないだろう。

 

「ですが、これでお兄様にもお分かりになりましたでしょう?」

「何がだ?」

「お兄様はおモテになるのだと」

「……」

 

私のお兄様は素敵なのですから、と顔を覗き込みながら伝える。

するとふい、とお兄様が顔を背けられた。

散々お兄様にお伝えしていたのに、そんなはずはない、と頑なに否定されてましたものね。

だけどね、お兄様を良いな、と思う女子はお兄様が気付かなかっただけで多かったのだ。でなければナイトとして憧れられ、慕われることは無い。小説のヒーローのモデルに魅力がないわけないから。

学校のヒーローとしても人気になっている時点で十分お兄様は生徒たちの憧れの人なのだ。

 

「…モテたとして、本命に振り向いてもらえなければ意味がないだろう」

「!!」

 

黒髪から覗く耳が赤く見えるのはイルミネーションの明かりが理由ではない、んじゃないかと思うわけで。

いつもストレートな言葉を照れずに言えるお兄様の、婉曲なセリフで拗ねながらも照れるギャップに心臓は撃ち抜かれる。

言葉にできないほどの感情を少しでも伝えたくてぎゅうっと腕に抱き着いて駅までの道を無言で歩いた。

寒いのに熱い、不思議な帰り道。

 

「少し、疲れた」

「お疲れ様でした」

 

労いながら二人寄りかかるようにしてキャビネットに揺られて帰宅した。

 

 

――

 

 

それからしばらく生徒会長として色々と駆けずり回った。

教頭先生に時間を作ってもらい、学校としての対応について、地域への理解を求めることへの許可、警察への相談も今回のケースに限りOKが出た。

用意したプレゼン資料が役に立ったようで何より。

 

「お時間いただきありがとうございました」

 

付き添いで来てくれたお兄様とこのまま去ろうとしたところで教頭に呼び止められた。

そして咳払いをして電子ペーパーを渡される。

そこには、

 

「これは…何です?」

「……今まで通り節度は必要だからな」

 

うん、だから、あのね?

 

「……これは、どういうことです?八百坂教頭先生」

「百山校長から許可が下りた」

 

私は知らん!という態度で言い切られたけれど、なんだってこんな証書が…?わざわざ作ったというの?

要約すると、婚約者との学校内でも節度があれば交際してもいいよ、という許可証…らしい。

冗談のようであるが、ちゃんと校長のサインもある。

 

「生徒の99%の署名の入った要望書、および嘆願書が提出された」

 

…なんですと?

 

「婚約者という関係でありながら引き離すような真似は良くない、とな」

 

いや、だからってなんだってそんな要望が通る⁇

そう思ってじっと見つめていたら教頭も頭を押さえていた。

先生も反対だったらしい。でも校長の決定には逆らえない、と。…もうちょっと頑張ってくださいよ教頭先生。

そしてなぜ許可を出したんです百山校長。

ちなみに校長先生はどちらに?出張⁇いつもいないよね。本当、一体何を考えられているのか。

 

「ありがとうございます」

 

ずっと隣で様子を見守っていたお兄様が正確な角度を以て一礼して、校長不在の校長室を後にした。

 

「お兄様はご存じだったのですか?」

「署名を集めているのを見かけたことはあったな」

 

俺もこんなものが通るとは思っていなかったが、と。

…私に情報が来なかったのはこの99%の生徒たちが耳に入れないようにと動いていたからなのか。

普通そんなに多い人数、統率が取れずに情報漏れるんだけど、すごくない?うちの生徒が一丸となればどんな情報も漏らさないの?…そういえば本のモデルも未だに外には漏れていないみたいだし、卒業生からも漏れてないって…結束力がすごい。

 

「だが、これでどこでも深雪を口説けるな」

 

お兄様がご機嫌そうに手を繋いできた。…このようなちょっとした触れ合いも控えていましたからね。

でも、節度は必要ですからね!

 

「その、そのようなアレはお控えくださいませ!私の心臓が持ちません」

「大丈夫だ、深雪。お前の心臓が止まっても俺が必ず修復する(なおす)から」

「ですから!気軽にそのようなことをおっしゃらないでください!!」

 

嫌ですよ!お兄様にドキドキさせられて心臓が止まったのを『再生』させるなんて!!そんなお気軽に使わないでください!

 

「冗談だ」

「もう、お兄様ったら」

 

お兄様の冗談は心臓に悪すぎる。

心を落ち着けるように深呼吸をしているのを、楽しそうに見つめるお兄様がそういえば、ともう一つ情報を教えてくれた…のだけど。

 

「いつ『お兄様』から『達也』になるのかと賭けになっているそうだ」

 

…それは、はいそうですかと見逃すわけにはいかない話だ。

 

「――わが校で賭け事とは、生徒会長として見過ごすわけにはまいりません。現場はどちらです?」

「すでに調べておきました、我が女王」

 

お兄様、ノリで演劇も板についてきましたね。

 

(いつ『お兄様』から『達也』に、ですって?…人の恋模様を娯楽にするとは!)

 

当然のように私が落とされる前提ですね!そうでしょうとも!!私だってそうなるだろうなってことくらいわかるけど!

いつかお兄様に恋をさせられてしまう予感がひしひしとしてますけれども!!

…お兄様は楽しそうですねぇ。

どこからどう見ても学校生活を楽しんでいる男子生徒に見える。…眩しい。そして胸が苦しくなる。

 

(うぅ…、時間を…もう少し時間をください…)

 

これがファンとしてなのか、判断が難しい。

リアルガチ恋勢ではけしてなかった。カッコいー!愛してるー!抱いて―!!はオタクにとって簡単に口にできる愛の言葉だけどそこに重みは無かった。

今胸にあるお兄様カッコいい!!は、重いような、軽いような、そのどちらもあるような…どういうわけか判別がつかない。

 

(ちゃんと真剣に考えれば答えが出るのかもしれない。…でも、今そんな心の余裕はない)

 

こうして対策を考えている間にも被害者は増えていた。早いところ全校集会を開いて生徒たちに注意喚起をしなければ。

やることが多い。この後も部活連と風紀委員を交えた会議を予定している。

先ほど決定した情報を共有し、それぞれの役割を決めるのだ。

でもまだその会議までに時間があるので、賭けが行われている現場を抑えに行きましょうかね。

学校内では賭け事なんて禁止だから。私情?いいえ、規則です。

 

 

女王による粛清が執行された――と、次の日の朝には生徒たち全員に情報が行き渡った。

…そんな情報が行き渡るくらいなら、学外トラブルの方を回せばいいのに。

 

 

――

 

 

とある生徒視点

 

 

全校生徒集会の知らせは前日メールで通達がされた。

生徒会長の名の添えられたその通知を、一部生徒――ファンたちは大事にロックを掛けた。

もちろん私も厳重にロックを掛けたし、なんなら別の端末でも記録を残した。

 

――私たちの女王陛下から直々のお手紙。

 

それも私たちを想ってのものなのだと文面だけで伝わってくるよう。

それがただの学校の生徒会長としての仕事で、彼女はその任を全うしているだけだということはわかっている。

ただの私たちの妄想。そうであってほしいという願望が多大に混じっていることは重々承知。

我らが一高の生徒会長――司波深雪。

わが校で知らぬ人はいない、絶世の美少女であり、優等生であり圧倒的カリスマ性をもって生徒たちを導く、全校生徒の憧れでもある彼女。

彼女を題材にした本まで出版され、その主人公になぞらえ陰ではプリンセスと呼ばれ親しまれてきた。

生徒会長になった今となってはプリンセスから格上げされ女王陛下とも呼ばれるようになったが、根強いファンからは未だにプリンセスとも呼ばれることもある。

この女王陛下という名が出たのは会長になる前の九校戦の影響もあるのだが、それはまた別の機会に。

そんな彼女は今年初め、あの四葉の次期当主であると公表され、正真正銘のプリンセスであることが判明した。

その時の恐慌具合はすさまじいものであったが、それも今は割愛する。

ちなみに私は古参のファンであるが、呼び方は女王陛下派だ。異論は認める。同担歓迎派なので。

許されるならば姿を拝謁したらファンとして跪きたいくらい敬愛の念を抱いているのだけれど、彼女自身、あまり崇拝されることを好まないことも理解はしている。

ファンとは憧れの人に迷惑を掛けないものだと心得てはいるので控えてはいるのだけど、これがなかなか難しい。

姫と騎士を見守る会の会報は当然熟読しており、恐れ多くも同学年でもあるので実技の時に合同で授業を受けることもあって、他のファンより人となりを目にすることもあることで、事実慎ましい方なのだとわかっている。

それでいてお優しく、お高いところに留まっているような態度など見たことも無い。でも時折とても茶目っ気のある姿なんかも見せてくれて、知れば知るほど魅力に嵌り心を掴まれてしまう。

だからこそファンとしての昂りは増すばかり。

美しさも相まって、讃えたくなってしまうのだ。

そして彼女は粋な人でもあるのでファンサービスとして女王を演じてくれる。女王として素敵に振舞ってくれるのだ。彼女だけでなく、隣の騎士もそれに追随するものだから、ファンのボルテージは上がるばかり。

尽くしてもらえるファンはファンとして尽くし返したい、と思うのは必然で、ファンとして恥ずかしくない行動を自然と心掛けるようになる。

本人たちに迷惑を掛けないことはもちろんのこと、この代に在籍している生徒たちは品行方正で通っている。

生徒会長の恥にはなれないからね。その名を汚さぬよう心掛け行動や態度で示すようにしているのだ。

 

(女王陛下の御名に傷をつけるようなことは一民としてあってはならない)

 

その精神で身なりもばっちり整えて、今日はいつもより家を早く出る。

早く出たところで早く拝謁が許される(会える)わけではないが、それでも家でじっとなどしていられない。

ウキウキと浮き立つ心が抑えられなくて、スキップをしたくなるけど、流石にそんな目立つ行動は慎んだ。

先も述べたが一高生の評判は女王陛下の評価にも繋がってしまうから。

部活の先輩から聞いた話では、一高生でも二科生は荒れていた人も多かったので問題を起こす人もいたんだとか。

学校の設備や壁が壊されるのはしょっちゅうだったとか聞いた時には驚いたけど、入学したての頃を想えばフラストレーションが溜まり、モノに当たることがあっても無理もないと思えた。

それだけ、学内差別は酷く感じた。

陛下がまだプリンセスと呼ばれる前に改革をしてくれたおかげで、私たちは今平穏な学校生活が送れているのだ。…というかそれの影響でそう呼ばれるようになったのだが。

世(ただし一高のみ)に聞く一高伝説のはじまりだ。

二科生となってしまった兄が不遇な扱いを受ける事が心苦しかった彼女が、耐えかねてある暴動をきっかけに、二科生を見下す制度に異を唱えた。兄が、どれだけ優れ、努力し、日々研鑽しているか訴えた。

二科生だろうと、努力する姿は一科生と変わらない、と。

改革のきっかけが大好きな兄の不遇が耐えられなくて、だなんてなんと素敵な兄妹愛だろうか。

噂で聞いた時はそんなことが現実にありえるのかとひどく興奮を覚えたものだ。気付けばファンとなっていた。

大して期待していなかった高校生活が毎日キラキラ輝く楽しいものになった。

これからもずっと続くと思われていたところに衝撃が走ったのは、年の初めのこと。

ファンのコミュニティ内での話だった。

 

実の兄妹ではなく、従兄妹であったこと、そして二人が婚約したこと――夢かと思った。

 

一高皆の想いが具現化した?なんて考えが本気で過った。

だが、その後四葉という言葉に、困惑、驚愕し、――これは今まで通り過ごすことは叶わないのでは、と足元が崩れる錯覚に捉われた。

 

アンタッチャブル。

 

それが世界からの四葉の評価。四葉とは魔法師界のみならず、世界からも恐れられるビッグネームだった。

直接その事件を知らない世代の私たちの中でも恐ろしい一族だという認識があるくらい、恐怖の対象だった。

四葉を怒らせたら終わり。一国をも滅ぼす危険な一族。

 

(…もう、一高での楽しかった生活は終わってしまう)

 

そんな絶望を抱いた。

新学期、登校した学校では似たような気持ちを抱えている生徒で溢れかえっていた。

ずっと、騙されていたんだ。

入学の時も演技をしていて騙されたじゃないか。

ああやって印象操作して俺たちを懐柔していたんだ。

そんな声もちらほら聞こえた。

美しい兄妹愛も偽物だった、

そもそも兄妹には見えなかった、

婚約者だったなら納得だ――

ひそひそと、憶測が飛び交った。

だけど、それもすぐに様子見に変わる。

登校してきた二人の様子に、息を飲んだ。

生徒会長の彼女は見せたことも無い冷ややかな表情をして、いつもならくっつくくらい身を寄せ合って歩いていたナイトとの距離は、他人の距離といわんばかりに空いていた。

後ろに控えているのは一年生の桜井さん。彼女も親戚ということだったけれど、それも今なら嘘だったとわかる。

彼女は護衛として入学してきたのだろう。彼女の立ち位置は次期当主を危険から守るように半歩後ろにあった。

――全てが偽り。

 

(だけど、なんだろう。違和感が…)

 

その違和感が信じたくない自分の気持ち、だけではなかったのだと仲間たちと話して違和感の正体が判明した。

 

「…そうだよ!ナイトが職務放棄するわけがない!!」

「「「「「「!!」」」」」」

 

たとえ兄妹でなかったとしても、あの騎士が大事な彼女の孤立を許し、傍にいないわけがない。

あの溺愛ぶりが、嘘偽りのわけがないのだから。

 

「これって、あの入学の頃に似てない?」

「!ってことはまた…」

 

これもまた演技であって真実は別にある、ということなのでは?という推理に至るまで時間はかからなかった。

そして迎えた、始業式から一週間が経った頃。

私たちはまたも衝撃を受けることになる。

 

「俺は今絶賛婚約者を口説き中なんだ。皆の知っているとおり(・・・・・・・・・・)俺は深雪に片思い中でな。深雪の許可を得てアタック中なんだ」

 

…悲鳴のような歓声が上がった。私も気が付いたらその中の一人だった。

だって、だって!!

ナイトがプリンセスを口説いているなんて!

そんなの小説の中でもなかった!!

 

(最高かよ!一生推す!!)

 

四葉とかそんなこと関係なかった。

二人はそんな重責を背負いながらも愛を育んでいる。それがすべてだった。

演技?騙された?

それがどうした。

彼らに騙されて嫌な思いをしたことなど今までなかった。

そしてきっと、これからも彼女は齎す驚きは人を笑顔にするものに違いない。そう確信した。

この衝撃の中でもう一つ話題になったのは学校側から節度ある距離を保つよう注意をされたということ。

これにファンは憤慨した。

なぜ学校がプライベートにまで口を出すのか。

それに彼らは兄妹であった頃から節度を保って(…ちょっぴりはみ出すこともあったけどあれはファンサービスだと思っている)いたじゃないか。

…兄妹で節度とは?とか無粋なツッコミはいらない。

せっかく兄妹という障害がなくなり、婚約者という関係になったというのに兄妹の時以上に節度を、とは。せっかくナイトがプリンセスにアタックしているというのに!

ファンは動いた。すぐさま署名活動を起こした。

まさか学校の九割が参加するとは思わなかったからびっくりしたけれど、学校側に提出したのはあの騒動から5日後のこと。すごい行動力。

 

(でも、それだけ皆思うところがあったということよね)

 

あれから一高の雰囲気は元に戻った。むしろ以前よりも良くなった気さえする。

学校に、再び平和が戻った。

それなのにまた、女王の頭を悩ませる問題が発生している。

反魔法運動――人間主義者による魔法師排斥運動がこの学校の生徒に向けて行われているというのだ。

まだ私の周りではその話を聞かないが、情報通の部活の先輩からの情報だから間違いない。恐らく今日の集会はその話なのだと思われた。

全く、なんだって女王の代にこんな問題が起こるのか。

私たちは女王と騎士がくっつくのを今か今かと楽しみにしているのに!余計なトラブルを起こさないでほしい。

もう校門を潜ったことで気を緩ませ、怒りに身を任せて靴を鳴らして講堂に向かっていると――

 

「あら、早いのね。まだ三十分もあるわよ」

「そ――」

 

それはもちろん、と言いかけて振り返ったら……女王陛下が微笑まれていらっしゃった。

ひゅっ、と息を飲む。

 

(…お美しい…お声も…その笑みも……え、話掛けられてる?!)

 

何か言葉を返さないと!と思うのだけど変に息を吸ってしまったからかつっかえて言葉が出ない。

 

「お、おはよ、う」

「おはよう」

 

許されるなら敬語で話しかけたいけれど、同学年で敬語は寂しいわ、とクラスメイトが話しかけられているのを聞いて以来、私たちは敬語を禁止された。

女王を寂しがらせてはいけない!その通達も回るのが早かったが、私たちは戦々恐々。女王とため口なんて利けるか!と思ったけれど、うん。厳しい!とっても辛い。平伏したいけど、したら傷つけちゃうと思うとそれもできない。

 

「今ならテラスも開いてるからもう少し時間を潰してからきても十分間に合うと思うわよ」

「あ、えっと」

 

…言えない。女王拝謁の為に場所取りで早く来ちゃった、なんて。

どうしよう、と内心右往左往していたら、更に窮地に追い込まれる事態に。

 

「何かあったか?」

 

ナイトまで現れたのだ。

しかも、さりげなく肩を抱き寄せて。

口元を覆って声が漏れないように抑え込む。

でないと悲鳴が上がりそうだったから!危なかった!!

でも二人はこちらにお構いなしで、女王陛下が肩の手をぺん、痛みなど全く感じさせない程度に叩いてみせる。

 

「お兄様、『節度』ですよ」

「昨日の許可証があるだろう」

「っ、それでも、その…人前です…」

 

仕方ないな、とナイトが手を下ろしたけれど、全然仕方ない感が無い!それに…許可証って何?気になる!でも聞けない!!

私は空気だから存分にイチャイチャしてもらいたい!と思うけれどこのやり取りも堪らない。

 

「それで、どうしたんだ?」

「いえ、何があったわけではないのですが、まだ集会まで時間があるので中で入るよりもテラスで時間を潰したらどうかと提案をしていたところです」

 

…自然と『お兄様』と呼びながら敬語を使う女王様にも慣れてきたのに、目の前で見るとまたこう、興奮がね。

以前の『兄さん』もよかったけれど、こちらの方がしっくりくる。彼女の自然体はこちらなのだとよくわかる。

 

「ああ、それならすでに講堂には数人来ているぞ」

「そうなのですか?」

「なんでもいい場所でお前を拝謁したいんだそうだ」

「拝謁って…生徒会長ってそんなに偉いわけでもないのですが」

 

!すでに場所取りに来ている生徒がいたらしい。皆考えることは一緒だね。

こうしてはいられない!

 

「あ、あの、中に同志(友達)が待っていて」

「そうなの?なら引き留めてしまってごめんなさいね?」

「ううん!――あ、あのね!」

 

待ち合わせなんてしていないけどきっと知ってる誰かがいるんだとわかる。急いで場所取りしなくちゃ、というのも大事だけれどもう一つ、伝えたいことを思い出す。

 

「私たちにできることがあったら言って!」

 

唐突な言葉に彼女は戸惑った。

それはそうだろう。急にそんなことを言われたら誰だって困惑する。

その表情は、いつもの神々しい女王陛下のモノとは違い、等身大の『司波さん』の表情に見えて、有名人の素顔を覗いてしまったようにドキドキしつつも何とかもう一言添える。

 

「一人一人大した力は無いけど集まればそれなりに力になれると思うから!」

「…ありがとう」

 

新学期になって、司波さんとの距離感は一度離れ、あの感動の公開仲直りがあっても、以前のような距離感に戻るには少し戸惑いもあった。

司波さんは仕方ない、と微笑んでいたけど、その笑みは寂しそうで胸が苦しくなった。

わかってはいるのだ。司波さんは何も悪くないって。

心の中でも応援しているんだけど、身体がまだ四葉の名を恐れている。

だから驚いたのだ、署名が九割集まったことに。

皆同じ気持ちだったんだ、とそこで皆気が付いた。

四葉は怖い。

でも、司波さんが優しい人だって知っている。

彼女は自身が孤立してでも私たちを守ろうとしてくれた。

それがもし、パフォーマンスだったら――だったとしても、それでもいいと思った。

私たちはファンだ。女王陛下の民。

女王陛下は私たちに希望(ゆめ)を見せてくれた。そこにどんな思惑があったことだとしても、互いがwin winならいいじゃないか。

民は王を支える為に立ち上がろう。

私たち一人には大した力は無い。でも、集まれば少しくらいお役に立てることもあるんじゃないかと思う。

ううん、力になりたい。

そう勇気を振り絞って伝えたら、それはそれはお美しいプリンセススマイルが!

女王の時の神々しいスマイルとは違う、愛らしいスマイルのことを一年の時の名残でプリンセススマイルと民は呼んでいる。

 

(目が!目がぁあああ!)

 

あまりの眩しさから目が潰れるかと思った。

はにかむ女王陛下可愛らしすぎる!ギャップで死ぬかと思った。

一礼して逃げるようにして講堂に向かう。

すでに一列目は埋まっていた。出遅れた!しかし、悔いは無い!!

というか陛下めっちゃいい匂いがした!ヤバかった!!大丈夫だよね?私鼻血出してないよね⁇

しばらく興奮冷めやらぬまま集会のはじまりを待っていると、あっという間に時刻が来た。

一年生の副会長の七草さんが登壇。彼女が司会進行らしい。

そして、女王陛下が姿を現すと、まるでスポットライトが当たったかのよう。光り輝いて見える。同じ制服を纏っているとは思えない気品のある佇まい。

ほう、とため息がいくつも漏れていた。

何度見ても見惚れる美しさ。同じ空間にいられるだけで幸福を感じられる。あ、涙が出そう。もちろん感涙で。

しかも女王陛下のお言葉もまた涙を誘うものだった。

話は最近一高にちょっかいを掛けてくる人間主義者の話なのだが、もし囲まれそうになったらその前に逃げる、囲まれそうになったら防犯ブザーを鳴らす、できるだけ一人で帰らないという一般的な注意から、彼らが起こしそうなこと――こちらに魔法を使わせて被害を訴えるという例を挙げ、攻撃魔法は避けてその場からできるだけ逃げることに専念するようにと具体的な注意までしてくださった。

それから私たちを守る為地域住人や警察にも話を通し巡回を増やしてもらったり、人気の無い道にも防犯カメラを設置していくので、いざと言う時は命を守る為魔法を使ってでも逃げるようにとのことだった。

気が付いてたら胸の前で手を組んで涙ぐんでたよね。

我らの女王が民のことをこんなに考え、心を砕いて下さっているなんて。

何故平伏が許されないのか…。今すぐひざを折って感謝を伝えたい。

正直、人間主義者なんて面倒な人たちだな、とか関わってほしくないくらいの認識だった。もし自分たちの前で現れたら、なんて考えもしなかった。

でも、他人事じゃないんだ。

 

(囲まれる前に逃げる、魔法を使っても逃げることを最優先に…)

 

相手をケガさせたらそれだけで相手に付け入る隙を与えてしまう。

つまりそれは、女王陛下の名を傷つける可能性があるというわけで。

心の中で気を引き締めていた時だった。

 

「――以上で注意喚起を終わりますが、最後に一つ、個人的なご報告があります」

 

(こ、個人的なご報告!?ま、まさかけ、けけ――)

 

皆固唾を飲んで陛下を見上げると、陛下は先ほどまでの笑みをスン、と消されて凛とした表情で告げる。

 

「皆様の署名活動により、校長先生より…私、司波深雪と婚約者との、関係につきまして、節度を保つのであれば多少の接触が許可されましたことを報告いたします」

 

し、ん…と一拍の静寂が落ちた後、わぁ!と勝利の歓声が上がる。

以上です、と女王陛下は優雅でありながらもさっと壇上から降りられてしまったが私たちの興奮は冷めやらない。

副会長の七草さんがアナウンスをしてようやくこれから授業があることを思い出し、各自教室に戻ったのだけど、興奮冷めやらず皆と喜びを分かち合い、次いで話したのは襲われそうになった時の対処法についてだった。

身体強化や自己加速、エアクッションなんかは発動も早いしいい壁になるんじゃないかと盛り上がった。

 

「でも、なにより集団の男性を見かけたら逃げることだよね」

 

そもそも魔法自体使う場面なんて無い方が良い。

 

「女王陛下の愁いを少しでも無くすことが私たち民にできること!」

 

この声に周囲からそうだ!その通り!と賛同の声が集まった。

皆、全校集会でまた心を一つにしたらしい。

そうだよね。あの女王の演説訊いたら傅きたくもなるよね!…じゃなかった、人間主義者を警戒しないと!と思うよね。

 

「女王陛下、照れられてたよな…」

「ああ…あれは間違いなく照れておられた」

「袖に下がった後騎士様に肩を抱かれそうになっていたのを北山さんに叩かれて、女王様が北山さんに縋ってたのが見えたわ!」

「「「「「何それ羨ましい!!」」」」」

「場所取り失敗して端っことか最悪!って思ってたけどそんなことなかった!良いものを見た」

「…これからはまた彼らのラブラブなお姿が見られるのね」

「温かく見守っていこう」

「「「「「おー!」」」」」

 

入学当初から色々とあった一高だけど、私は一高生徒になれて毎日が楽しくて幸せです!

 

 

――

 

 

深雪視点

 

 

一月は何かと忙しい日々が続いたな、と振り返りながら制服から私服に着替え終わり、ちょっとだけ、とベッドに座って横に倒れて目を閉じた時だった。

呼び出しコールは音声通信ではなく映像通話の方だった。ナンバーは――リーナちゃん!

 

(あ、そうか。月末だったっけ)

 

ささっと服の乱れを整えて、お兄様の部屋側の壁をノックする。

まだお兄様も部屋を出ていないのではないかな、と思ったので研究室に向かわれるのを引き留める意味で音を立てた。

きっとお兄様は気づいて下さるはず。

それから急いで端末を操作するとディスプレイいっぱいにリーナちゃんが現れる。

 

(キャー!久しぶりのリーナちゃん!今日も可愛いー!!いや、違うね。可愛さ新記録達成!さらに可愛くて美人さんになってる。リーナちゃん、最高に可愛いよー!)

 

心の中では煩いほど声援を送っているが、表面はおしとやかに微笑みかけている、はず。

 

「リーナ!久しぶりね。連絡くれて嬉しいわ」

 

でも嬉しいのは隠せていない気がする。だってしょうがないよね。久しぶりのリーナちゃんなんだから。

 

「……」

「リーナ?」

 

あれ?通信障害?リーナちゃんがフリーズして動かない。目を見開いたまま固まってます。

 

「…リーナ?」

 

少し不安になりつつ再度声を掛けるとはっと何かに気付いたような仕草の後返答が返ってきた。

 

「っハイ!ミユキ。――あまりに美しくなりすぎてて言葉を失ってしまったワ」

「やだ、リーナったら。お世辞が上手くなったわね」

「お世辞なんかじゃないわよ…。どこの女神サマが現れたのかと思った」

「それを言うならリーナでしょう?すっかり大人っぽくなって。…少しシャープになったのかしら。お仕事大変なの?無理していない?」

 

以前より痩せたように見えてしまい心配していると、お兄様と似たような笑みを浮かべて大丈夫よ、と安心させる言葉がかけられる。

 

「むしろ体重は増えたのよ。筋肉が付いたのかも」

 

それだけ訓練が厳しいってことなのかな。お兄様と笑みだけでなく言葉も重なって、より心配になってしまう。リーナちゃんからも社畜の匂いが。

 

「本当?しっかり休めてる?ご飯もたくさん食べなくちゃ駄目よ」

「モウ!貴女は私のママにでもなったつもり?」

「いいえ、貴女の友人よ。友人だから心配してるの」

 

一瞬リーナちゃんがお姉さんで光宣君が弟の図が浮かび、それも案外良いかもしれない、と思ったけれど、リーナちゃんはお友達。ノット娘。

 

「…冗談を本気で返さないで頂戴。でも、本当貴女は更に綺麗になったわね」

「リーナも鏡を見てみればいいんだわ」

 

そっくりそのまま返しますよ。リーナちゃんもとっても美しくなった。

思わずうっとりしてしまう。

このまま褒め合いの応酬が続くかと思われたけど、リーナちゃんがまたもやハッと気づき、今度は頭を振って――リアクションが相変わらず大きいね。そういうところはアメリカっぽい。

いつまでも見ていられるなぁ、と画面を見つめていたらリーナちゃんがとっても真剣なお顔に。

あ、そうだよね。これから話すのは重大なお話。真剣にもなる。そろそろお兄様を呼ばないと。扉の向こうで待機してくれている気配がある。

そう思っていたのだけれど、リーナちゃんはすごい剣幕で画面に詰め寄って。

 

「そうよミユキ!貴女大丈夫なの?!」

「…大丈夫って…何のこと?」

 

あれ?心配されるような事ってもう起きてましたっけ?いやいやまだ何も起きてない。

何をそんなに慌てて、って思ったけれど、リーナちゃんに指摘されて気付いた。…ありましたね、個人的大事件。いえ、一応魔法師界隈も騒がせたから個人だけではないけれど私にだって大事件でした。

 

「何って、婚約よ婚約!貴女、タツヤと婚約したって!」

「ええ、そうなの。リーナの耳にも届いているのね」

 

こうしてお話するの、婚約後初めてだものね。原作でもこんな話があったっけ、と思ったのだけど…なにやら雲行きが怪しい?

お祝いしてくれているというより鬼気迫るというか、顔にでかでかと心配と書いてあるかのよう。

…考えてみれば私は原作の深雪ちゃんと違ってお兄様と兄妹らしく過ごしていたから、心配されて当然なのかもしれない。

エリカちゃんたちからもものすごく心配されたし。

 

「祝福は、そうね。まだ気持ちの整理がついていないからもう少し先に取っていてくれると嬉しいわ」

「っ!!」

 

うん、いずれはね…このままいけばお兄様との結婚フラグは折れないと思う。

だからその時が来れば祝福をしてほしいとは思うのだけど、今されてしまうのはまだ戸惑いがある。

そう思って伝えたのだけれど…何か誤解された?

リーナちゃん、気配が物騒に。

 

「……ヤッパリ、無理矢理タツヤに婚約させられたのね!?くっ!ワタシが日本に行ければっ!!」

 

あら不思議。リーナちゃんもエリカちゃん立ち同様お兄様が暗躍して婚約させられてると思っているみたい。

…認識が海をも越えてるってことはその発想に至るのは不思議でもないのかな。私が気付かなかっただけでそんなにお兄様からの矢印が見えていたんだろうか。

そして日本に行ければ、って。リーナちゃん、たとえ来れたとしても貴女お仕事でしょう?来てどうするつもりだったのか。

 

「何か誤解があるようだけれど、お兄様に無理やり婚約なんてさせられていないわ。これは当主直々に結ばれたご縁よ。お兄様も寝耳に水で驚かれていたわ」

「……ホントに?ミユキが騙されているんじゃなく?」

「ふふ、騙されているんだとしたら私は気づいていないのだから騙されている自覚なんてないんじゃないかしら?…なんて、本当よ。だって、私たちは兄妹だと信じていたの」

 

というより今も変わらず兄妹です。言えないけど。

 

「!!そう、なの?」

「そうなの。ずっと兄妹として暮らしていたのに、実は従兄妹で結婚できる、なんて唐突に言われてはいそうですか、と受け入れられると思う?」

「それは…そう、なのかしら…?」

 

うぅん、まだ納得がいってない様子。何でだろう。リーナちゃん、思い込んだら誤解が解けにくいタイプ?

 

「心配してくれてありがとう。でも、私は大丈夫だから。それよりもリーナの方が心配よ。こちらはまだ夜も始まったばかりだけれど、そちらは深夜ではないの?何か急ぎの用事があったのかしら?」

「あ!そうだわ!」

 

良かった。用件を思い出したみたい。こうして交友を深める会話も楽しみたいところだけれど、あちらは真夜中に緊急で連絡をしてくれているわけだからね。また別の機会にお互い時間の取れる時にしたいものだ。

 

「お兄様を呼んだ方が良いかしら?」

「そうね、その方が話が早いわ」

 

ということで一旦電話を保留にして扉を開けに。

 

「寒い中お待たせして申し訳ございません」

「それは構わない」

 

話は扉の向こうで聞いていたということなので話は早い。

確か原作では二人横並びに座って――座って、って私の部屋にそのようなソファは無い。先ほども机の前の椅子に座って話しをしていた。

…ということは部屋を変えた…は三十秒では無理だ。もう一脚のお兄様用の椅子?それだとなんとなく横並びという表現が合わないような――

お兄様は室内に入ると端末の角度を変えて、私の腰に腕を回して…というかがっちりホールドしてベッドに腰掛けた。

うん、確かにこれなら横並びですね。でもおかしいな?確か原作ではゼロ距離ではなく距離が空いていたとあったはずなのにぴったり密着してますね。何ならお腹にまで手が回っております。大変親密さが窺える距離ですね?

混乱して固まっている私を余所にお兄様は保留を外した。

 

「久しぶりだな、リーナ」

 

お兄様のフランクなご挨拶。何なら軽く手も上げてアメリカっぽいリアクション付き。

対するリーナといえば、

 

「っハイ、タツヤ。相変わらずね!」

 

おや、セリフが違いますね。そして表情がまるで仇敵に出会ったかのよう。憎々しい、というのが画面越しでも伝わってくる。

ギリィッって擬音が似合いそうなお顔をされています。

 

「ああ。変わらず元気にやっているよ。リーナも元気そうだな」

「ええ!今すぐ画面をぶち抜きたいくらい元気よ!」

「そちらは夜中だろう?あまり興奮させすぎてもいけないだろうからな。本題に入ろう」

「誰のせいよ誰の!…アナタのそういうところが嫌いよ!」

「それは残念だ」

 

嫌われてしまったようだ、とお兄様がこちらをちらり。えっと、慰めればいいのかな?でも今は電話中なのでお腹に添えられた手をポンポン叩くと、お兄様の目が仕方ないな、と画面に戻った。

…リーナちゃんの目が鋭くなったけど、画面はバストアップまでしか映っていない筈、なんだけどね。何か察した模様。

でもそれ以上ツッコむことは無く本題に入った。

 

「『七賢人』のことは覚えてる?」

 

ええ、覚えておりますとも。あのヒーロー憧れ厨の中二病を患いし雫ちゃんにちょっかいを掛けた少年のことでしょう?

ちらっとお兄様を見れば視線が合った。けれどそれも一瞬ですぐにリーナに向けられる。

 

「また七賢人から情報が入ったのか?」

 

リーナちゃんはそれを肯定。

 

「七賢人の情報によれば、日本で大漢の残党によるテロが計画されているわ」

 

正しくは大漢の残党というより敗北者であり、直接四葉が下した相手ではないのだけどね。その前に逃げ出しているわけだから。

レイモンド少年はその辺りわかっているのだろうか。それとも興味がないのか。

いくらヒーローの活躍にしか興味が無いからってヴィランの情報を疎かにすると足元掬われるというか、詰めが甘いというか。ヒーローを陰から支える裏の立役者になりたいのならこういうところこそしっかり情報収集が必要なのに。

いや、立役者となりたいというか、そんな最強のヒーローを裏で操ってる俺カッケー!がやりたいのか。中二病だものね。

 

「首謀者の名前はジード・ヘイグ。中国名は顧傑。崑崙方院の生き残りで魔法師と推定されているわ」

「…そう。崑崙方院の生き残りというのなら、四葉とも因縁がある、という話になるのかしら」

「ヨツバが狙われる可能性が高いとワタシは考えているわ…どうして笑うのよ、ミユキ」

 

…ああ、しまった。つい顔が緩んでしまった。

今さら隠すように両手で頬を覆うと腰に回っていた腕が強い力で引き寄せられる。

ただでさえ隣り合う足が触れ合う程の近さなのにどうして?!

驚きで振り向くと、お兄様が仕方のない子だ、と目を細められていた。…うぅ…妹ではあるけれど同い年なのに。しかも精神年齢は前世換算で上のはずなのにどうしてこんな視線を受けることになってしまうのか。

 

「リーナが心配してくれたのが嬉しいのだろうが、狙われる可能性が高いと忠告されているんだぞ?」

「…申し訳ございません」

 

全くもってその通りで。ついね、リーナちゃんが心配で連絡してくれたことが嬉しくて。

 

「…心配くらいするわよ。お、お友達、なんだから」

「!!」

 

リーナちゃん!と顔を上げるとプイっと顔を逸らすリーナちゃんが。

可愛い!一生推す!!

 

「…全く。強力なライバルだな」

「すぐにでも強くなって隣の座を奪いに行くんだから!」

 

これはあれです?私の為に争わないで、って名言を言えるタイミング?言わないけども。

隣の座を奪いにって、私アメリカに連れてかれるの?それは四葉と全面戦争にならない?リーナちゃんのジョークはツッコミどころが多すぎる。これがポンコツ可愛いところ?違うか。

バチバチ火花が散ってますけど肝心のお話がまだでは?

 

「四葉の次期当主が発表になってからとなると、直系のお兄様と次期当主の私が狙われる可能性もあると思って連絡してくれたのね、ありがとう」

「…アナタ達が異様に強いことはわかってる。でも、ヨツバとの因縁のある相手がテロを計画してると聞いたら――」

「俺たちが標的になってもおかしくない、と。そうだな。深雪が直接狙われる可能性があるというのは有力な情報だ」

「ミユキが、って。アナタもデショ?」

「俺が直接狙われるなら好都合だ」

「…確かに。達也なら返り討ちにしそうね」

 

お兄様の実力をなんとなく肌で感じているリーナちゃんはホッと一安心したみたい。

そうなんです。お兄様はとてもお強いですからね。一対一の勝負なら絶対に負けない…んだけど、相手は自分の実力をきちんと把握しているため表に出てくることは無い。…だからこそこれだけ長く生き永らえたのだろう。

人の陰に隠れて、人を操っていたからこそ過信した。

世界を裏で操っているのは自分だと。

 

(――まさかそんな自分がUSNAに泳がされているとは気付かなかった、と。憐れな男)

 

だが同情はしない。できようはずもない。

 

「お兄様はお強いですから。でもお兄様も隠れて一人で戦おうとなさらないでくださいませね」

「そうだな。ちゃんと相談させてもらうよ」

 

お前に心配は掛けたくないからね、と微笑まれるのだけれど、視界の端に映るリーナちゃんのお顔がね、みるみる歪んでいく。

 

「チョット!ワタシとミユキが電話中なの忘れてない?!」

「なんだ、リーナ。用件は終わったんだろう?まだいたのか?」

「~~~ミユキぃ!」

「もう、お兄様。せっかく連絡をくれたリーナに失礼ですよ。リーナ、夜も遅くに連絡してくれてありがとう」

「い、いいのよ!あ、アナタの為だもの…」

 

…リーナちゃんの照れ顔…プライスレス…。なんて優しいんだろう。いい子!可愛い!大好き!!

 

「!!///あ、アナタはすぐそうやってっ!」

 

あ、うっかり大好きって口からつるっと出てしまったみたい。リーナちゃんが真っ赤に。

…同時に横からの拘束が強まりましたね。それ以上は中身が出そうですお兄様。ストップ。

 

「わ、ワタシもす、すす…ス、キ…よ」

 

……ウン、カワイイ。どうしよう。可愛いしか出てこない。私の語彙力どこに消えてしまったの…?

画面のリーナちゃんも真っ赤っか。可愛いぃ…。

だけど彼女の方が回復は早かった。流石総隊長。

 

「じゃ、じゃあそういうことだから!ミユキ、タツヤ、グッナイ!」

 

画面が真っ黒になってしまった…。

照れて耐え切れなくなっちゃったのね。かわいい…。――と、余韻に浸っていたかったのだけれど、ここには今一人でいるわけではない。

 

「妬けるね」

「………友情ですよ?」

「だとしても、だ」

 

…ちょっとお兄様、こんな至近距離でそのように色気たっぷりに迫らないでください呼吸が止まっちゃうっ!

 

「俺にも言ってもらえないか?」

 

髪をひと房持ち上げて口元へ運ぶ。

 

(髪の毛に神経が無くてよかった…)

 

でもそこから火が付いたように顔が熱くなる。

 

「…お兄様も可愛いですよ?」

「そうきたか」

 

頑張れ、頑張れ私のポーカーフェイス。多分もうすでに赤くなっているかもしれないけれど、ここで動揺を見せたら危険が危ない。呼吸だけじゃなく心臓も止まってしまう。

いえね、強気なお兄様もカッコいいのだけど、言ってもらえないか?の首を傾げたところがね、可愛いと言えなくも無かったので。…めっちゃカッコ良かったけど。実際息止まりましたけど!

うぅ、お兄様のアタックが怖い…。命の危機。

至近距離で視線をぶつけ合う。

先に折れたのは――お兄様だった。

 

「だめだな。これ以上見つめると手を伸ばさない自信が無い」

 

まだ夕食の前だからな、と引き下がるのだけど、ふぅ、と漏らされた溜息が前髪を揺らして離れていく。

途端頭からふしゅうと煙が上がり、ベッドに倒れ込む。冷たい布団が心地よいくらい体が熱かった。

お兄様はその様子をくすりと笑ってから立ち上がる。

 

「リーナの情報がどれだけ信用できるものか調査が必要だが」

 

お兄様のお言葉に、だらしない格好のままでいられないとゆっくりと体を起こす。

 

「ええ、ですが、時期としておかしい話でもないでしょう」

「…師族会議か」

「普段表に出ない四葉が外に出る機会でもありますから。私たちを狙うだけなら今の時期でなくてもいいはずです。師族会議を狙ったふりをして、となる可能性も捨てきれませんが限りなく可能性は低いでしょう」

「だが、無いわけでもない」

「はい、気を付けます」

 

原作知識に頼り切るのは一番愚かなこと。…それは年末に痛感した。

情報は正確に。裏取りもしっかりね。

 

「このことは四葉に連絡いたしましょう。師族会議が狙われるならまだ対策が立てられるはずです」

 

とはいえすでに叔母様のところにはUSNAから情報が渡っていると思いますけどね。報連相大事。

 

「この件は私に任せていただけますか?」

「一緒には駄目なのか?」

 

つい最近連絡したばかりだから、報告だけなら私だけでと思ったらお兄様からだめかコールが。

どうしてだろう?と見つめると、笑顔が消えて。

 

「リーナに続いて叔母上にまで先ほどのようなことになると思うと」

「叔母様とあのようなやり取りはできません!」

 

とんでもない心配をされていた。ありえない!と叫んだのだけれど、

 

「『真夜姉さま』なんだろう?」

「!!」

 

(い、今の!録音しておけば叔母様との何らかの交渉の強いカードになったはずなのに!)

 

いやいやそこじゃない。何故私が浮気を疑われる立場に?!

おかしい。お兄様の方が疑われるシーン多いはずなのに。…まあね、疑わしいところがあるお兄様だけど、疑わしいというだけで実際何かあったわけでもないからね。女難の相はお兄様にもどうしようもできないことだから。

 

(だから私は責めるようなことはしていないのに…)

 

しかも私の相手は皆女性なのに、何故…?

 

「深雪相手に異性か同性かなんて意味は無い」

 

ありますよ!?いえ、恋愛は性別を超えてもいいとは思いますけれど、これでも次期です!当主予定なのです!友人だからこそのじゃれ合いなのであって、恋愛対象ではないです!

女子特有のノリというヤツです!

 

「…今回はただの報告だけですから私一人でも大丈夫かと思ったのですが」

 

でも確かにお兄様には知られてはいけないお仕事の話もできたらな、と思っていたのでできれば一人でお話をしたいのだけど――うん、無理そう。さっきのリーナちゃんとのやり取りが不信感を与えてしまった模様。

 

「お兄様も叔母様とお話されますか?」

「一応七草の件も報告すべきだろう」

 

あ、そう言えばそちらの問題もあったね。師族会議で議題に上がる前に情報があっても良いかもしれない。

ということで二人揃って連絡をすることに。

まずはお着替えですね。もう一度着替えをしますか。

 

「…お兄様?」

「手伝いはいらないか?」

「一人で大丈夫です!」

 

何故かお兄様が出ていかないな、と思ったら最後に揶揄いたかったらしい。

今度こそ部屋を出ていった。

…うん、どうせなら七草先輩との京都事件簿の際に購入した黒のワンピースドレスにしよう。意趣返しだ。

 

 

 

 

圧迫面接はさらっと終わりました。

叔母様もすでにその情報を掴まれていた。だがアクションは起こさず噂を流す程度に留めたらしい。

うん、原作の流れだ。…この先は通信で話さない方が良さそう。相手の手の内を知っているからこその作戦。叔母様もその恐ろしさはわかっているだろう。

ちなみに七草の婚約の話に叔母様は冷ややかな笑みを浮かべられた。うん、とってもこわひ。伝えたの私じゃないんだけどね。

あの冷ややかな目と冷笑に加えて、温度の無い「そう」の恐ろしさったらない。

ガクブルです。…多分表には出ていない筈だけど大丈夫だったよね?

あ、ちなみにお兄様は私の衣装を見て、少しだけ口を閉ざした。ええ、綺麗だと褒めていただきましたけどね、無言の時間が長かった。意趣返し大成功。

流石にこのドレスの前では脱がせていいか、等のジョークは出なかった。

 

 

――

 

 

この一週間がとても忙しい日々でした。

もうね、暗躍と暗躍と暗躍がいっぱい。

水波ちゃんにもいろいろと頑張ってもらいましたとも。

でも、それも今日明日で…終わりはしないね。これは第一試合みたいなものだから。

まだまだ序盤の前哨戦。だけどとても重要な初戦だ。今回の作戦はここで分岐ルートが出そろうと言っても過言ではない。

――原作に無い、運命の分岐点。

 

「…深雪、やはり――」

「お兄様、その話はもう終わったはずですよ」

「だが…」

「――使える物は使う。計画上最善の一手だとお兄様もお分かりになりますでしょう?それに、まだ本当にそうなるとも限りません」

「…入ってきた情報では限りなく可能性は高いだろう?」

 

そうだね。

お兄様を誤魔化すよりもきちんと話を通した方が良いと思ったので、今回お兄様にもできるだけ情報を開示している。

それと同時にいくつか動いてもらってもいた。

おかげで水波ちゃんがホッとしています。

これまでは隠れて動いていましたからね。心配させちゃっていたけれど、今回は三人で共有していることの方が多かったから。

…二人に見つからないのはお稽古事の時間だけ。とっても大変でしたとも。

うちの子たちもしばらくお休みが無く働いてもらっている。ボーナスは葉山さんと交渉中。ぜひ見合っただけの報酬をお願いしたい。

青木さんの青い顔が見え…いや、四葉の財力でそれは無いか。

というわけでいつも通り三人で登校をすると、いつもと種類の違う視線が向けられている。

え、どうしてここに?みたいな。ちょっと面白い。

学生なんだから登校して当たり前なのにね。くすり、と笑うとお兄様も口元を緩められていた。

校舎に入りお兄様たちと別れ、教室へ――向かう前に生徒会室へ。

 

「ピクシー、おはよう」

 

声を掛けるとサスペンドモードが解除され、ピクシーの大きなお目目が開く。

妄想を具現化した美少女が瞳に命を宿して立ち上がった。

 

「おはようございます、深雪様」

 

うにょん、と動く触手も元気。今日も調子がいいみたいだね。

 

「今日から魔法師界の中で重要なサミットがあるの」

「――検索しました。師族会議、ですか?」

「ええ。こちらは非公式の話なのだけど、それに乗じて魔法師を標的にしたテロリストが海外から侵入してきているという噂があるわ。もしかしたらこの第一高校も狙われることがあるかもしれない。だから、貴女にはこの学校を守ってもらいたいの」

 

原作通りであれば、まだ直接学校が狙われるなんてことは無い。

反魔法組織の人間主義者も物理的には攻めてくるが、ブランシュのように内部に侵入して機密文書を盗み出そうなどと企てもしていない。

だが、それはあくまで原作の話。

どんな想定外が起こるかわからない。ならば訓練の意味も込めて備えておくことも必要だろう。

学校の警護は警備員が目を光らせているが、それは肉眼で見える範囲、手の届く範囲だけだ。

厳重なシステムに守られているわが校のセキュリティだが、藤林さん級のハッカーがアタックを仕掛けて脅かすようなことが無いとも限らない。

システムを乗っ取って防火シャッターを下ろして閉じ込める、とかね。魔法師は魔法に関してはスペシャリストかもしれないが、それ以外は普通と変わらない。

何かが起きた際、生徒会長がいれば生徒を纏め、避難指示等できるだろうが、常に私が動けるとは限らない。

事件が起こる予定の明日には私含めた生徒の中のリーダー的存在はほぼ不在となる。吉田君や五十嵐君もいるけれど、十師族の看板というのは大きい。

だから、できるだけ何も起きないように厳重に警戒を張り巡らせる。

ピクシーにお願いしたのは学校内のシステムをこっそり掌握。何も無ければ何もしない。何かアタックがあればいつも以上に素早く排除。深追いはせずに防御に徹する。必要以上に触れない、関わらない。

生徒の動きにも注意する。いつもと違うシステムへの接触があった場合、警告したのちシステムの使用を一時的不可にする等々。

 

「――ということなのだけど、できるかしら?」

「システムに同調すれば、異変に気付くことは可能である、と判断します」

 

やったことは無いけどたぶんできる、ってことね。…すごいな。言ってみるものだ。

うちのセクションはネットに強いのでそういうシステム構築を何人もの手で作ったりしていたけれど、ピクシーのボディは元々ホームヘルパーロボットという機械であり、ネットとの親和性は高いはず。だから3H――HARとして備わっている機能として接続自体は難しい話ではない。

だが、本来の性能では決まった手順以外はできない筈なのに、自我が宿り、お兄様からの指導もあって自身でも色々と学習し、できることを増やしていっていることで、できる範囲が3Hのそれを超えていた。

…きっと他のパラサイトじゃこんなことできないはず。お兄様の役に立つことを主題にしている彼女だからこそできること。

 

「何も無ければいいのだけど、今日から期間中までは念のため、一段と警戒してもらいたいの」

「かしこまりました」

 

スイ、と頭を下げる仕草が、昔ほど機械的に感じられない。どことなく水波ちゃんに近い気がするのは気のせいじゃないと思う。

こういったことも彼女は日々、学習している。――人の思考を理解し、お兄様の役に立とうとしている。

でも、ひとつ気になることがあった。

 

「…私からお願いしておいてなんだけれど、私は貴女のご主人様ではないわ。それなのにお願いを聞いてくれるの?」

「貴女はマスターの、一番大切な方です。貴女に何かあれば、マスターは悲しみます」

 

あ、しっかりお兄様の為でした。以前から私を優遇してくれていたけれどね。大抵お願いを聞いてくれるときはお兄様が傍にいたから、なんだと思っていたけど、私一人でも有効らしい。

 

「――それに、深雪様は、マスターではありませんが…私は」

 

一人感心していたら、ピクシーは珍しく言い淀んで私の手を取ると、自身の手を重ねて包み込む。

白い手袋に包まれた手は、温かい、

人型HARの、人間に近づくために作られたプログラムの一つ、人肌温度の再現。

 

「私は、貴女の役にも立ちたい。貴女は――私を大切に『思って』くれる人だから」

「!!」

 

その言葉は、明らかに機械の抱く感想ではなかった。

 

「ぴ、くしー?」

「…私は、何か、間違えましたか?」

 

私の驚愕に、不安そうに瞳を揺らす。――揺らすことで不安を表現していることに更に驚きを抱きつつも、今度は私がその手にさらに手を重ねぎゅっと握りしめた。

 

「いいえ、間違っていないわ。嬉しくて驚いてしまったのよ。貴女の成長が著しいから」

「…」

 

この沈黙には心当たりがあった。

 

「まだ機械の自分が成長、という言葉に納得しがたいのね」

「いえ、そんなことは――」

 

違う、と答えているのに彼女が納得していないことが私にはわかる。

 

(だって、触手が変わった動きをしているから)

 

なんだろうね、悶えている、のかな。へたっとしてうね~、と動いてる。ちょっと面白い。

 

「いいのよそれで。納得できないことは無理に呑み込もうとしなくていいの。私は物分かりのいい貴女が好きなんじゃない。貴女らしくいてくれる方が好きよ」

「……申し訳ございません。私にはわかりません」

「まだ、でしょう?貴女ならきっとわかるわ」

 

以前、ピクシーの学習を『成長』と伝えた時も似た反応を見せた。機械は成長することは無い、と。それは擬人法である、と。

だけどピクシーはただの機械ではない。それは彼女と付き合ってきたからわかること。

この子は、人の心に寄り添うことが出来る。

 

「――深雪様、そろそろ教室に戻られた方が、よろしいかと」

「!ありがとう。貴女と話していると楽しくて時間があっという間だわ。後のこと、お願いね」

「いってらっしゃいませ」

 

まだ授業が始まるには時間があるけれど、生徒会長が時間ギリギリというのは格好が付かない。

ピクシーとお別れしてできるだけ優雅に、それでいて素早く教室に向かう。

入るとすでにほとんどのクラスメイトが揃っていて、皆の視線を一身に受けた。

ここでもなぜここに!?という視線を一身に浴びます。

でもそれに動じることなく席に向かう。

 

「おはよう、雫、ほのか」

「深雪!?何で学校に来てるの?!」

 

びっくりほのかちゃん。可愛いね。でもあんまりじゃない?

 

「何でって、今日は平日なのだから学生が学校に通うのは当然でしょう?――なんて」

 

言いたいことはわかっているわ、と微笑みかけるとほのかちゃんは…あら、ボボッと赤くなっちゃったねぇ。

雫ちゃんはじっと見つめて動かない。次の言葉を待っているのかな。

 

「私が欠席すると思っていたのでしょう?今日から、師族会議だから」

 

コクコク頷くほのかちゃん。可愛いね。撫でちゃう。

 

「み、深雪?!」

「だって可愛いんだもの」

「深雪」

「雫も?いいわよ」

 

頭を撫でられ困惑するほのかちゃんには仕方がないでしょう、と返し、自分も、と催促する雫ちゃんの差し出された頭を撫で撫で撫でり。

私のクラスメイトで親友たちが可愛いんですよ。

 

「でもね、師族会議だからといっても呼ばれるのは当主が主で、私は呼ばれてもいないのよ。行けるわけがないわ」

 

というかできることなら行きたくない。叔母様一人でも圧迫面接なのに十師族勢ぞろいなんて息が詰まりそう。

いずれ参加しなくちゃならなくとも、十文字先輩のように代替わり目前にでもならない限り行きたくないと思ってしまう。

叔母様もまだまだ現役ですしね。まだ時間はあるはず。

 

「で、でも深雪は次期当主なんでしょ!?…あっ」

 

まるで口にしてはいけないことを言ってしまったように急転直下で真っ青になるけど、そんなに気にしなくていいのに。

 

「そんなに気を使わなくて大丈夫よ。でも、ありがとう」

 

彼女たちに悪意があって言っているわけじゃないことは十分に伝わるから、感謝を伝えてから再度口を開く。

 

「知らなかったかもしれないけれど、師族会議の開催場所は出席者以外秘密なのよ。二日目の選定会議に出席する師補十八家の皆様も、今日の時点では大体の場所を聞かされているだけで、具体的にどこの会議室を使うかまではご存じないはずよ。――だから次期当主といえどおいそれと教えてもらえるわけでもなく、呼ばれてもいない。そういうものみたい」

 

…というかこれ、次期当主は敢えて呼ばれていないんじゃないかな。

トップに何かがあればすぐ継げる人間が居なければ存続が難しくなる。

 

「だから私はそのまま学校に来ているのよ。わかった?」

「わかった、けど…」

「それとも私は学校に来ない方がいい?」

「ち、違うよ!」

「ふふ、冗談よ」

 

うーん、相変わらず揶揄い甲斐のある反応。

おかげでクラスの空気も和らぎ、それ以上追及されることは無かった。

お兄様のクラスは大丈夫だったかな。千秋ちゃんが絡んでないと良いのだけど(エリカちゃんに返り打ちされちゃう)。

ちなみに彼女との交流は今も続いている。新学期の時にも見かけた際は何か言いたげに視線を向けてくれていた。

睨みつけているように見えたけどあれは多分心配してくれていたんだと思う。

学校の雰囲気が戻ってから初めてした会話は「…大丈夫なの?」とお兄様とのことを心配されてのものだった。

うん、心配はありがたいけど、そんなにお兄様あからさまでした?という顔をしていたのだろう。何も言ってなかったのに目を吊り上げて気付かないわけがないじゃない!この鈍感娘!!って怒られた。

…すみません。気付かなかった鈍感娘です。ぽこぽこ怒る千秋ちゃん可愛いね。

へらへらしたらまた怒られた。ごめんなさい。

と、まあそんなこんなで交友関係は継続。たまに廊下で会えば雑談を交わす間柄です。

婚約者云々とは別に、四葉と知られてからも、それを理由に避けられることは無かったので、きっと原作のような絡み方はしない、と思うのだけど千秋ちゃん、お兄様に何かと突っかかっちゃうからなぁ。心配。

だけどお兄様もエリカちゃんも私と彼女が仲良いことを知っているからコテンパンにすることは無いと思うけどね。

 

(さて、と)

 

席に着き、端末を机の上に二つ並べる。

――私の戦いは授業開始と共に静かに始まった。

 

 

――

 

真夜サイド

 

 

某時刻、箱根の高級ホテルの貸し切り会議場。

真夜は雁首揃えた一同に目もくれず悩まし気な吐息を漏らした。

それぞれが堂々とした様子で、誰からも特有の緊張感が見られない。かく言う真夜自身もそんな緊張を見せてはいないのだが、それはここに来るまでの備えが違うからだ。

真夜はまず、このホテルを貸し切りにした。ここにいるのは十師族関係者のみ。従業員に至るまで全て魔法師で固めた。

前もってUSNAからもらった情報により、テロ行為が行われる可能性があることを噂で流してもらい、浸透したところでこの提案をした際、それは警戒しすぎでは?との空気が流れた時には真夜の目も据わった。

認識の違いに失望した。といっても初めからそこまで期待もしていなかったが。

真夜も本来であればここまで精力的に動くつもりは無かった。――だが、可愛がっている姪が面白いプレゼンをしてきたことで興が乗った。

曰く――首謀者の計画をただ無にするだけでなく、ひっくり返してみませんか、と。

そのために彼女は表舞台で派手に動くことにはなるだろうが、その分効果は高いはずだ、と。

真夜はその時のことを思い出すと口角が上がるのを堪えられなかった。

あの娘は、真夜がしばらく感じたことのない高揚感を与えてくれる。

姉の娘の考えは自分には予測もつかない上に、いつも予想以上にいい結果をもたらす。それも、面白い方向で。

だからこそ、また何をしでかすつもりなのかと期待を込めて彼女の案に乗ることにした。

これから自分たちに降りかかるだろう災いも、読めていれば恐れることでもない。真夜にとっては少しのスパイスくらいにしかならないのだ。

会議が始まる時刻が迫る中、会議室にちょっとした変化が起きた。

十文字家当主、和樹が魔法力低下の病に罹っており、三か月前に魔法技能を失ったことを告白、当主の座を息子に継承する承認を求めたのだ。

もちろん十文字家の問題だ。他家に承認を求めるようなことではない。だが、真夜を始め六塚が証人となり、七草弘一も賛同したことでそれぞれ祝辞を述べ、退任する和樹に労いの言葉を掛けた。

こうして十文字克人が席に着いたことで、ようやく会議は始まった。

九島真言の司会進行により各家が担当している地域に異常が無いか報告をし始める。一条をはじめとして各家が異常なしと報告をし、七草と十文字が担当する関東の現状を報告となったのだが、

 

「関東方面は反魔法師運動が活発化していますね。まだ介入があるほどの激しさではありませんが、早晩手を打たねばならないと思います。それと、横須賀方面に不審な動きがありました。破壊工作員が侵入を図っているのかもしれません」

「反魔法師運動については、我が十文字家も七草殿と同じ評価です。破壊工作員については、残念ながら当家では掴んでいません」

 

この報告にはため息を吐きたくなった真夜だが、珍しく机に置いたままの端末を指でつつくことで収めた。

 

「ふむ。所謂人間主義者については、後ほど詳しく話し合うことにしましょう。では四葉殿」

「関東方面ほどではありませんが、東海方面も人間主義者の浸食が進んでいますわ。それから七草殿、十文字殿」

「四葉殿、なんでしょうか?」

 

真夜に話しかけられたことで七草弘一が張り付いたような笑顔で答える。そのことに真夜は表情を動かすことも無く凪いだ湖面のような瞳で返した。

 

「伊豆方面に不審な動きがあります。監視を強化されることをご提案します」

「わかりました。具体的にどのような動きがあったのか、教えていただいてもかまいませんか?」

「ええ、よろしいですわよ。先週、北米航路で横須賀港に到着した小型貨物船が、現在沼津港に停泊しております。その貨物船をUSNA大使館が所有するクルーザーが監視しておりました。現在、大使館のクルーザーは姿を消しておりますが、貨物船への監視は続いているようですわね」

「四葉殿、クルーザーの行方はご存じありませんか?」

「存じません。公海上に浮かんでいるのではないかしら?」

「では、そちらは当家で調べておきましょう。反魔法師運動が活発化する情勢下です。もしかしたらその貨物船は人間主義者のテロ要員を運んできた船で、USNA当局はそれを追いかけているのかもしれない。沼津は四葉殿の担当地域ですが、当初横須賀に入港した船とのことでもありますし、こちらも当家でフォローしましょう」

 

この最後の一言が、一瞬挑発にも取れたのは、真夜にとってそもそも初手を見逃しているのが七草と十文字であると認識しているから。

だが、彼としては本気でフォローに回るつもりでそう提言しているのだと彼自身の様子から見て取れた。

よろしくお願いしますね、と流すのが当たり障りのないことだと真夜もわかっている。

だが、もう少し自分の縄張りくらい自分たちで守ってはどうかとの呆れがつい口から漏れた。

 

「フォロー…、そうですね。その精神は御立派かと思いますが、もう少し自分の足元を良くご覧になったらいかがでしょう?」

「…それはどういう意味です?」

「横須賀の不審な動き、破壊工作員が侵入――把握されているのはそれだけなのですか?行方不明者の件は一年ほど前から聞かれていた話かと思いますが」

「…ええ、ですがそれも昨年の秋にはぱったり無くなったはずです」

「行方不明者?なんですか、それは」

 

真言の質問に答えたのは弘一だった。

 

「横須賀だけの話でもないのですが、行方不明者が例年を上回る数だと報告がありました。ほとんどが非魔法師のようで誘拐の線も疑い警察を巡回させて警戒に当たっていたのですが、被害者は現在以て見つけられず、犯人らしき目星もついておりませんでしたが――四葉殿は何故この件を?」

「新年に発表いたしましたが、関東には我が息子と次期当主の姪がおりますので」

 

心配して当然でしょう?と言い切る真夜に誰も言い返すことができなかった。

彼らが第一高校に入学して以来、事件に巻き込まれていることは調べればすぐにわかることであった。心配するなという方が無理なほど目立つ事件ばかりだ。

 

「まだ被害者が見つかっていないのです。打ち切られたわけではないのでしょう?その後の報告は何かありませんの?」

「特に上がってきてはいないと記憶していますが」

「――では、また新たに行方不明者が増え始めたことは?」

「…初耳です」

 

弘一はポーカーフェイスこそ保っていたが、若干俯いた。それが悔しがっているのか、情けなく思っているのか読むことができない。真夜には読む気も無かった。

 

「そんなことになっていたなど気付きませんでした。申し訳ない」

 

すぐに頭を下げたのは最年少の克人だった。この潔さは周囲の者に好感を与えて、調査をする約束をしてこの話はこれ以上続けられることは無かった。

定例報告がひと段落したところで次の議題の前に話を切り出したのは弘一だった。

この真夜に突っかかる弘一というパターンは幾度か目にしているものなので、進行を買って出ていた真言はため息を堪えながら、六塚温子と八代雷蔵はまたか、という空気を隠しもしないで見守った。

初めて目にしたはずの克人は静観に徹する姿勢を見せていたことに、残るメンバーはひそかに感心していた。

話は次期当主が決まったことへの祝辞と、同時に発表された婚約への異議申し立て。

真夜はすでに七草の目的を知っていたので、その視線は絶対零度になっていた。

これまでにない激しい非難の視線だ。

だが、弘一はその反応でさえ喜んでいるようだった。

近親婚は反対だ、と声を発したことで視線が一条に集中する。

彼がそれを理由に息子との縁組の話を持っていったことへの非難の視線まで受けることになり、居心地が悪そうにもぞり、と動いた。

何もこんなところで、という胸中だろう。

そして真言の近親婚による遺伝子異常の話に白けた視線を向けそうになるのを、目を閉じることで回避した真夜だが、元々従兄妹同士でも結婚は避けられているという流れは想定済みだ。

その言葉に自分以外が反論することも予測済み。

何故なら従兄妹同士は避けられる傾向がみられるだけであって禁止されているわけではないからだ。

今更そこに論点を当てられても法がそう定められている。

 

(まあ、二人はその法すら関係ないのだけど)

 

関係ない様に作り替えた。

実の兄妹が子を成しても問題がない様『造った』。

だから脱法行為と訴えられても痛くも痒くもない。

 

「七草殿、それはお口が過ぎると思いますよ」

 

やんわりと二木舞衣から制止が入り、弘一は素直に謝罪した。

 

「失礼。確かに言い過ぎでした。四葉殿、お許しを」

 

真夜にとって謝罪どころか話すら無視したいところであったが、話が進まないと水を向けた。

 

「それで七草殿は結局、何を仰りたいのかしら?」

「私が申しあげたいことは単純です。四葉家次期ご当主・司波深雪殿と、司波達也殿の婚約を取り消すべきと考えます」

 

(……ああ、本当に、くだらないこと)

 

それを表に出さない分別があった、わけではない。

呆れている、ということをわざわざ面に出す労力を無駄だとカットしただけのこと。

真夜はポーズとして弘一に振り返り、弘一は真夜との視線を交わらせる。

互いの温度差が広がっていくにつれ、増す緊張感に待ったをかけたのは一条剛毅だった。

 

「四葉殿、当家はまだ、貴家からの回答を頂戴していないのだが。先ほどから七草殿が言われていることとも関係なしとはしません。この場でお考えを聞かせていただけないだろうか」

「貴家の将輝殿と当家の深雪の、婚約のお申し込みの件ですか?」

「そうです」

「将輝殿は一条家の次期当主ではなくて?対して深雪も当家の次期当主と定まった身。婚約者が決まったと申し上げたところに別の婚約話を持ち込む非常識についてはとりあえず横に置くとしても、そもそもお話自体が成り立たないと思いますが」

 

剛毅に対して真夜は表向き不機嫌を装っているが、実際のところは逆だった。

報告を聞く限り、一条家長男・将輝は深雪に懸想している。――達也のライバル、対抗馬として立候補すると手を上げた。

これが楽しくないわけがない。思ってもみない障害が現れたのだ。

 

(可愛い息子にはただ与えられた恋よりも、自分で勝ち取って幸福を得てもらいたいものだわ)

 

すでに達也の気持ちが深雪に向いていることは明白。

まだ深雪自身がはっきりとしていないのは、彼女が達也に幸せな結婚をしてもらいたいと無駄な足掻きをしていたから、まだ気持ちの整理がつかず状況を受け入れられないようだ。

早く落ちてしまえばいいのに、と思う反面もっと焦らしても面白いと思うのは彼女も女であるからか。

他人の色恋など興味も無かったが、それが可愛い息子と姪なら話は違ってくるらしい。

だから剛毅が婿にやってもいいとまでの言葉にますます面白くなってきた、と仮面の下でにんまりと嗤った。

弘一とは違う、息子を思う気持ちも伝わってきたからなおさらだ。純粋な恋模様に真夜の心は盛り上がっていた。

 

「そうですか。しかしやはり、お申し出は受けられませんわ」

「……理由をお聞かせいただいても?」

「一条殿が親として子の想いを叶えてやりたいとお考えなのは私にもわかります。しかし一条殿が親としてご子息のお気持ちを思われるなら、私にも親として息子の気持ちを尊重したいという思いがありますの」

「達也殿の気持ち、ですか?」

「ええ。息子の達也は、姪の深雪を好いております。深雪も、達也のことは憎からず思っているようです。私はこの二人の気持ちを尊重してあげたいのですよ」

 

この言葉にこの場の女性陣は大いに頷いた。恋バナはいくつになっても女性の方が共感を得やすいということか。

 

「…達也殿の、ということはまだ深雪殿のお気持ちは定まってはいないのではないですか?それなら息子にもチャンスをいただけないだろうか?」

「チャンス、ですか?」

「深雪殿はまだ将輝のことをほとんどご存じないはずだ」

 

だがこの言葉はブーメランで、そちらのご子息も深雪の表面しか知らぬはず、と真夜によって跳ねのけられ剛毅はぐっとやり込められるが引き下がりはしなかった。

だからこそチャンスが欲しい、と。

息子の良さを知ってから選択してもらいたい、と。

 

「一条殿…先ほどから当家にも深雪にも達也にも、随分と失礼なことを仰られているという自覚はお有りですか?特に私の息子の、達也に対して。一条殿の言われようは、達也が将輝殿に男として劣っていると仰っているとしか解釈できませんが」

 

将輝の参戦に、真夜は大いに歓迎ではあるが、息子に対する発言に大人しく聞き流すことはしない。

真夜の目からはどう見ても達也が将輝に劣っているようなところは無く、そう思われるのは面白くなかった。

 

(うちの達也はお宅のヘタレの息子とは違うわ)

 

多少感情的に反論したところで、会話に割って入り込んできた弘一に今度こそ真夜はイラっとした。話を誘導するつもりだ、と。

その予測通り、弘一は深雪と将輝の交際を推奨し、付き合ってからの相性もあることを提唱した。それに賛同したのは五輪勇海。

自身の息子と七草家長女の婚約が思わしくいかなかったことを例に挙げる。

 

「一条家の将輝殿と、四葉家の深雪殿のご婚約が良き縁だという七草殿のご主張にも道理があります。お二人の婚姻は、日本魔法界にますますの発展をもたらすでしょう。一条殿は将輝殿を四葉の婿に出してもいいと仰っていますし、四葉殿にとっても悪いお話ではないと思いますが」

 

その発言は剛毅と弘一を後押しするものであったが、真夜はバッサリと切り捨てた。

 

「五輪殿。当家は深雪の婚姻で利を得ようなどと考えておりません」

 

真夜が指を滑らせ端末の表面を撫でる。

 

(今日は確率的に低いとは予想されていたけれど)

 

うんともすんとも鳴らない端末に少しだけ物足りなさを覚える真夜は視線をさ迷わせる勇海から視線を外し、話をまとめに入った。

二人の婚約を白紙にすることは無いが、深雪を振り向かせることができたのならば考えを改める、と提案し、即座に剛毅は乗っかり、――手をこまねいていた弘一はようやく己の番だと七草家長女にも挑戦権を貰えないかとの算段を取り付けに掛かった。

が、話は彼の思わぬ方向に転がっていく。

 

「皆様は周公瑾という名の青年をご存じでしょうか?」

 

真夜がゆったりとした笑みを浮かべて放った言葉は真言を一気に緊張させ、弘一を黙らせた。

そこで明かされる、反魔法国際政治団体『ブランシュ』、香港系国際犯罪シンジゲート『無頭竜』、横浜事変を起こした大亜連合軍破壊工作部隊、そして東京を中心に吸血鬼事件で世間を騒がした『パラサイト』。これらを手引きし、援助して我が国に混乱をもたらした黒幕が存在していたこと、その代理人を務めていたのがその青年であったこと。

その衝撃は様々な重責を背負う胆力を持ちこの席についている彼らをも驚愕させるだけの威力があった。

 

「四葉殿」

 

雷蔵が反射的に挙手できたのは大学での習慣によってだった。

 

「今『務めていた』と過去形で話されたのは、周公瑾をすでに処分済みだからですか?それとも海外へ逃亡済みだからですか?」

「周公瑾は昨年十月、一条将輝殿、九島光宣殿の協力を得て、達也が仕留めました」

 

反応は仕留めた達也にではなく聞きなじみのない九島に向かい、優秀な子息への称賛や今後十師族も安泰だという話に流れかけたが、それで終わらせられる話ではない。

戸惑っている真言と違い、ある程度把握していた弘一はひしひしと感じていただろう。

 

「七草殿。貴方は、周公瑾と共謀関係にありましたね?」

 

鋭く切り込まれても、弘一の表情は崩れなかった。

 

「貴方が配下の名倉三郎氏を使い、周公瑾とコンタクトを取り、昨年四月に民権党の神田議員を間接的に使嗾して反魔法師運動を煽っていたことは調べがついています。何か反論がお有りですか?」

 

奇しくも規模は違えど、今回のUSNAがやろうとしていたことと同じ、ヘイトの分散の意味もあったのだが、彼がそれを知る由もない。

根拠を問われた真夜にはいくらでも用意があった。

名倉も周も警戒を怠るような人物ではなかった。互いが互いに腹の探り合いや何時口封じをしてもいい様画策し合っていた。だからこそ、名倉サイドには密会の証拠と呼べるものがあり、それは周サイドにもそれなりの証拠があったことだろう。

弘一はすべて処分したつもりであったようだが――四葉には大変優秀な配下がいる。

特につい最近新たに仕えるようになった男はその中でも優秀な人材であった。

だが、その証拠を出す前に克人が証言したことにより、話はもっと早く進む。

若造の話、と切り捨てるような抵抗を弘一は見せなかった。

それは言い逃れができないとあきらめたわけではなく、実際その共謀は認めても問題が無いと開き直っていたからだ。

弘一の反論はあっさりと真夜に認められたが、そのような大罪人を懐に入れたのは間違いない。

弘一の立場も悪くなってきたところでどこで聞き耳を立てていたのか、会議室に入室してきた九島烈によって空気が変わり、形勢は立て直されることになるのだが、真夜が注目したのはその背後で姿を見せた自身の執事、葉山だった。

深々と頭を下げていた。――本日の可能性は限りなく低い、そう伝えようとしているのだと真夜にはわかった。つまり、今日の仕事はこのつまらない会議だけということが決定した瞬間であった。

烈の話は弘一からその件で相談を受けていたこと、そして息子であり現当主・真言も別件であるが周を招き入れたことで同罪であると告白し、九島家が十師族の座を退くことで場を治めてほしいと頭を下げたことで急展開を迎えていた。

特に荒れたのは真言であったが、烈に失望した、と苛烈な視線で切り捨てたところに真夜が宥めに入る。

いつまでもこの席に居座られて権力を見せつけられても困るからだ。代が変わった――彼の時代は終わったのだと下がらせる必要があった。

 

「九島家が全ての責任を負われるというのであれば、四葉家はそれで納得しましょう。七草家には今後の貢献で不祥事を償っていただければ結構ですわ」

 

ええ、これからたっぷり貢献していただきましょう、とあまり期待せずに心の中だけで呟いた。

烈が真言を連れて退出し、代わりの十師族に誰を据えようか、との話となり、真夜が七宝はどうかと進言する。

それはあっさりと通り、次の議題に移る前に休憩を挟むこととなった。

 

 

――

 

 

深雪視点

 

 

私からしてみれば、警戒する初日より、油断をする2日目を狙うのは定石とも言えた。

王道的展開、鉄板ネタといってもいい。使い古された手法(ネタ)である。

リーナちゃんから連絡を貰った日に連絡して以来、直接的に叔母様たちとの連絡は取っていない。そんなことをすれば黒幕おじさんにもヒーローかぶれの中二病にも筒抜けになる可能性があるからだ。

このネットが当たり前の時代、ネットのやり取りを全て覗き見できるってずるいよね。しかも暗号も一瞬で読み解けちゃうとか。AIの進化は目覚ましいったら。

でもね、それに頼るならば抜け道というものがある。

――その時を虎視眈々と狙っているのは黒幕おじさんだけじゃないのだ。

 

「A組はどうだった?」

「ほのかからはどうして来たのかと驚かれました」

 

明日のこともあるからと今日は早めに水波ちゃんのお仕事は引き上げてもらった。

お兄様も自身の研究を早めに切り上げ、今はリビングで二人コーヒーを飲んでいる。

 

「まあ、事情を知らなければそんな反応になるのか」

「そちらはどうでしたか?」

「エリカはうちのクラスじゃないんだがな」

 

エリカちゃんは予想通り突撃してきたらしい。

西城くんもセットで賑やかだったようで。だけどそこに千秋は参加しなかったらしい。しないでほしいと思っていたがちょっと意外かも。

でもこうなると吉田君が一人ぼっちで可哀想な感じがしてくるね。一人そわそわしていたのかな?お昼の時はそんな素振り見えなかった気がしたからエリカちゃんたちから連絡が行っていたのかも。

 

「まだ動きは無いみたいだが」

「ええ。建物にも周辺にも仕掛けは無いみたいです」

「USNAも間抜けというかなんというか」

 

リーナちゃんは伏せていたけど、四葉の調べでUSNAの軍部で旧式のミサイルが紛失したことが判明。これにはお兄様も呆れが隠せないよう。というより隠す気が無いね。

昨年、京都でも周に操られ戦車を出していたので一方ばかりを責められたものでもないのだけれど、私たちからすればどちらも間抜けだ。

不満のコントロールができなくてよく組織が纏められると思っていたね。

恐怖で締め付けている四葉の言うことじゃない?今は恐怖よりも忠誠心の方が多いと思う。…一旦恐怖で締め上げてることは棚に上げておく。暴れん坊を黙らせるには仕方ないよね。一発おっきいのかまさないと舐められるから。あれです。飴と鞭ってやつです。

ちなみに今チェックしていたのは報告書ではなくとあるネット掲示板。

ゴミ拾い活動部の今日の活動報告という健全っぽく見えるグループ活動の掲示板――は表向き。中身は四葉処理班の報告の場。今日の報告はごみは落ちていなかったという会話が多い。

誰か清掃した?とか駅前チリ一つなかったー、とか本当ごく普通の会話にしか見えないが、これは何か仕掛けられていないことの報告である。すごい偽装。これをネットで拾ってもまさかテロの警備だとは思うまい。

このページ、三年以上前からあるしね。以前からこういう目的で使ってました。黒幕おじさんたちが突然この会話を見つけても怪しいとは思わないだろうね。

こういうところが落とし穴。ログを遡っても突然湧いたものでなければ疑問に思いにくいもの。AIに暗号は解けてもこういう工作は疑うことができない。それがプログラムの穴。機械は指示されたことしかできない。疑念を抱くということができないのだから。

端末をオフにして机に置いて代わりにカップを手にする。丁度いい温度で飲みやすくなっていた。

 

「…明日、本当に深雪が動くのか?」

「お兄様の心臓に悪いかと思いますが」

 

もう何度目かの問答に、私は申し訳なく思いながらも意見を曲げるつもりは無いと返す。

お兄様も分かってはいるのだ。これが意味のある計画であることは。

 

「お兄様の願いを叶えて差し上げられないことは大変心苦しいですが」

「……そんなことしなくとも、俺が何とかする。それでは駄目なのか?」

 

瞳が心配そうに揺らいでいる。葛藤もされているのだろう。

申し訳なく思いながらも作戦は変えられない。

 

「お兄様にはその後とても大変なお仕事が控えておりますので、そちらをお願いします」

「その男は現場には来ない可能性が高いのだろう?」

 

お兄様が言うように黒幕は黒幕気取りだから現場には来ない。おびき出そうにも出てこないことは確実だった。

お兄様の大仕事、それは原作で言うところの十文字、一条、七草合同で行われるであろう捕物帳である。

現在は合同なんて話は出ていないが、黒幕おじさんは捕えないといけないことに変わりはない。

お兄様は追跡が得意ではないが、前回の周の結果が悪くないものだったので駆り出されることになっている。

 

「今までの傾向からも人を使って陰に隠れているタイプの人物だそうですので」

「…因果を追うにも難しそうだな」

 

お兄様の眼でも、追えないかもしれない――ということなのだけど、実際どうなのだろう?

これから行われるのは非道なパペットテロだ。

死体を使って爆弾を運ばせ、それを受けて無傷だった十師族を非難させることを目的とした、人を物としか見ない、倫理のかけらもない作戦。

だが、そのパペットを操っているのは黒幕おじさんによる死体操作魔法『僵尸術』(キョンシーを作って操る術、だと解釈してる)であったはず。一人であれだけの数を動かすのって大変だと思うから、やはりそれなりに技術は優れているのだろう。これもソーサリーブースターとやらを使って増幅させているのかもしれないが。

ホテルに向かって歩き、近づいたり、『障害物』に当たったらスイッチを押せ、という単純な命令だとしてもあれだけの数、かなり消耗するはずだ。

一人であれだけの数を動かしていれば、お兄様なら因果を辿れるのでは、と思うのだけどどうだろうね。

原作では事件が終わった後駆けつけているから目立つ行動がとれず、そもそも私たちはパペット本体に近づくこともできなかった。

だが、今回の作戦では――まだこの段階では四葉の調査でもパペットテロだとまで行きついていないのだけど――実行途中に駆けつける予定になっている。その許可は叔母様よりいただいている。

これがどう転ぶのか。

 

(……できればね、あの衝撃的なシーンがなければいいなー、なんて思ったりするんだけど)

 

あの、お兄様のリソースを70%使わなければならなくなったあの場面である。

…できればあんなことしなくても黒幕おじさんの居場所を突き止めることができればいいな、と。

 

「深雪?」

「いえ、現段階まだ仕掛けられていないということは夜のうちに動きがあるのか、と思いまして」

 

黒幕おじさんは街にも爆弾を仕掛けていたような記述があったはずだ。

爆弾を運ばせるだけではなく設置もして街を混乱させていた。

少なくとも前日にはその準備をしていると思ったのだけど、まだ発見に至っていないということは設置されていないのか、それとも見つけられていないのか。

 

「遊園地の実験が役に立つと良いのですが」

 

先日皆で遊園地に行った際、うちの子たちと他の部署が競って実験をしたあの日。

同時進行でいくつか実験が行われていたんだけどそのうちの一つで、ドロケイもどきをしていた、らしい。

片方が攻める側、片方が防衛側で。

攻める側はステルス機能特化の、センサーにいかに感知されずに目標物に接近できるか。

防衛側はそれを発見、回収や処分等に徹して。

結果、6割防衛側が抑え込めたらしいのだが、この結果が大いに不満だったらしく死に物狂いで改善点を見つけ修正しまくったそうな…。栄養ドリンクが山のように積みあがっていたとの報告に、皆に速攻寝るように指示を出したよね。

相当悔しかったらしい。自信作だって言ってたものね。

でも相手も負けたことが悔しかったらしくどうやって目を欺くか研究中だそう。これは有効か?と互いに切磋琢磨したらしいから両者共に技術が向上したと思う。

うんうん、ライバルがいてこそ成長有り、だね。良き哉。

短期間でそれなりに改善できたと思うけれど、これで旧兵器とはいえ軍事国家の兵器を見つけられるかといえば、難しいのかもしれない。原作では包囲網を潜り抜けたそうだから。

警戒していれば多少は防げるかな、と期待していたのだけれど…現段階で何も見つかっていない、ということはもしかしたらそうはうまく事は運んでないのかもしれない。

そう不安になっていると持っていたカップを抜き取られ、肩を抱き寄せられる。

 

「お兄様?」

「心配することは無い。お前が守ってほしいものは、俺が守るから」

 

もちろん、お前もな。との言葉に頬が赤らむのが止められない。

だが、不思議なことにお兄様から特有の危険な雰囲気は見られなかった。

 

「工作も含めて軍並み…いや、タイプが違うが情報収集については軍以上かもしれないな」

 

お兄様は遊園地での一件で初めて四葉にこのような情報部隊がいることを知った。

設立五年、なかなかの成長でしょう?ちょっと自慢です。とはいえ全てがうちの子たちの手柄というわけでもないのだけど。

…謎の一般市民の情報収集能力侮れない。今回もとっても助かりましたとも。そしてそれを収集してくるうちの子も優秀。

 

「お兄様にそう言って頂ければあの者たちも喜ぶことでしょう」

「…つい先日まで四葉の使用人だった俺が褒めたところで喜ぶとも思えないのだが」

 

いいえ、彼らはお兄様のことをただの使用人だなんて思ってませんよ。なんといっても私のお兄様ですからね!

お兄様がいかにすごいか、私がどれだけ尊敬しているかは何度も聞かせておりますから。

耳タコって言われたこともある。…たまにフランクに話しかけられる次期当主です。それだけ親しみやすいということで。

いつかお兄様にも紹介したいと思う。

 

(もう半日もしたら、事件が起こる――)

 

原作通りに事件が起きれば12時間後には爆弾テロでホテルが炎上している頃だ。

温もりに引き寄せられるようお兄様の肩に頭を押し付け、空いている手を握らせてもらう。

お兄様は何も言わずその手を握り返してくれた。

緊張が無いわけではない。

私が何をしたところで、人の心が変わるとも限らない。

それでも、決まったルートから外れる決意をしたから。

 

(これからは積極的に関わって、変えてみせる)

 

お兄様を決して孤立させたりしない。

お兄様には幸せになってもらうのだから――。

 

 

――

 

 

翌日は快晴。いいお天気だ。風も強く吹かないのでフライトにはもってこいの天気かもね。

昨日の会話で皆納得したのか、登校中ちらちらと向けられる視線は通常のモノに戻った。見られることは通常運転です。

今日も真っ直ぐ教室に向かうのではなく生徒会室へ。

ピクシーに挨拶をして昨日の状況を訊けば、生徒の中に不審な動きは無かったものの、システムへのアタックはあったとのこと。でもこれもしょっちゅうあることだから異変とも言えない。

 

「ありがとう。今日も引き続きお願いできるかしら」

「はい――深雪様」

「?どうかした?」

「――本日は何かあるのでしょうか?」

「どうして?」

 

ピクシーはじっと私を見つめ…触手で全身を触診するように這わせているので、何か察したのだろう。私のポーカーフェイスもまだまだだね。

…と素直に感心したいのだけど久しぶりに全身愛撫…じゃなかったチェックは驚くからやめてもらいたい。

ぐわっと来た。あってよかった結界。無ければ青年誌になってた。危険危険。

 

「体が、わずかながら緊張、されています。体温も、わずかですが、低いです」

「今朝から何か良くないことが起こりそうな、そんな気がしているの。ただの勘なのだけどね」

 

違います、今日何かあるってことが確定したのでね。勘ではない。正確な情報による緊張だ。

 

「ふふ、ピクシーには隠し事ができないわね。これもお願いになるのだけど、私のことはここだけの秘密にしてもらいたいの」

「秘密…」

 

四葉がこの段階で何かを察知していたなんて他の生徒にばれて、万が一にも暴露されたら魔法師の印象が悪くなる可能性もある。

知っていたのに動かなかったなんて誤解(・・)がされては困る。

 

「もうこんな時間だわ。ピクシー、貴女もあまり無理はしないで。一人で難しいと判断したら誰かを頼るの。この場合、生徒会役員や吉田君なら事情が分かるだろうし、前会長の中条先輩や五十里先輩もきっと話せば分かると思うから」

 

ピクシーは唐突な言葉に動じることなく、「承知しました」と言わんばかりにスイっと頭を下げた。

 

「いってらっしゃいませ」

「ええ。行ってくるわ」

 

もし私が居なかったら彼らが指揮してくれるはずだ。

そう伝えるだけ伝えて部屋を後にした。

 

 

 

授業を受け始めてしばらくして、机の上に置いた端末が光った。

 

――修学旅行の団体が、箱根に到着したって。関東の学生かな?

――変な人たちを見かけたぞ。今時手で荷物を運んでるんだ

――冬の花火もオツなものだよねー。今度それを見に行かない?

 

それらはバラバラに集まってきた情報の一部。

暗号でも何でもない、日常の雑談にしか見えない会話。

これらの言葉をフリズスキャルヴで拾ったとしても関東で行方不明になっていた人間が爆発物を抱えて運ばれてきているとは読み取らないだろう。

修学旅行生が箱根に来ることも、手で荷物を運んでいるのが珍しいことも、冬にも花火を楽しむこともおかしな会話ではないのだから。

それもすべて別々の掲示板で、なのだから共通点を見つけ出すのも難しい。

唯一あるとすれば投稿時間と位置情報だが、上記に述べたように内容自体不審に思う要素はない。結び付けるのは難しいはず。

机の上を片付け立ち上がる。

 

「深雪?」

「呼ばれているから行ってくるわ」

「生徒会?手伝おうか?」

「大丈夫」

 

職員室に行くと伝えると、雫ちゃんは何も言わず送り出してくれた。

これまでも生徒会役員の仕事として教員に呼ばれることはあったから不審に思われることは無かった。

お兄様と水波ちゃんに連絡し、告げたとおりに職員室へ。

実家から連絡があったこと、早退する旨を伝えると教員はあっさりと受理。四葉の事情には深く突っ込まない姿勢が見えなくもないが、スムーズに手続きが済んで何よりです。

そしてお兄様ともばったり会い、一緒の用件だと気付いた教員からそのまま早退の許可が下りる。

言葉も無く頷き合って校舎を出たところにはすでに車が横付けされていた。

お兄様に先導されて乗り込む。

水波ちゃんはいない。

彼女には別の役割をお願いしている。

 

「状況は」

 

戦況ではなく状況と運転手に訊ねたのはまだ何も事件は起きていないという確認の意味もあった。

 

「設置されていた爆発物は時限式のモノもあれば、遠隔タイプもありました。しかしその発信先は箱根ですが、まだどこか迄絞れておりません」

 

黒幕おじさんはいないはずだからキョンシーにさせているのか。もうね、パペットなんて可愛らしい名称で呼ばない。はっきりキョンシーって言った方がわかりやすい。

 

「それから人に爆発物を運ばせているように肉眼では見えますが、彼らは生者ではありません」

「死体に運ばせる――パペットテロか」

 

この二人の言葉から私への気遣いを感じる。

そのことに心の中で感謝しながら、更に詳しく話を聞く。

向かっているのは会議の行われているホテルと思われるが、中には街中に向かう者もいるそうだ。

数はまだ正確にはつかめないそうだが、いろんな方面からグループに分かれて送り込まれているらしい。

芸が細かいことで。

それから車は止まり、その先には高速ヘリが。四葉所有の比較的一般寄りではあるが、電磁波攻撃への対策の施されたものなので以前のことのようにはならない。

すぐに乗り換えいざ箱根へ。

 

 

――

 

 

「…煙が」

「あれは郊外の方だな」

 

すでに爆弾が爆発した模様。

だが、ホテルの周辺にはまだそれらしい煙は上がっていない。

できるだけホテルの近くに接近し、お兄様と頷き合ってから飛行魔法のデバイスを握り飛び降りる。互いの手をしっかりと握りしめて。

ものすごい風圧を、完全思考操作型CADで緩和させながら急降下。

お兄様と一緒だから何も怖くない。…唯一怖いとすればラキスケの呪いです。スカートはしっかりと捲れ上がらないよう魔法で押さえております。二重展開?これくらいできなくて四葉が名乗れるはずないでしょう。

地表が近づきようやく飛行デバイスを操作。難なく着地できました。

大丈夫だとわかっていても安堵の息が漏れ、お兄様にねぎらいの言葉と共に肩をポン、と叩かれる。

それに笑みで応えてから、

 

「私はこのままホテル側に向かいます」

「…こちらが終わったらすぐ駆けつける」

「はい、お待ちしております」

 

お兄様の眉間に深い皴が刻まれてしまったけれど、作戦通りに動いてくれるようで一安心。

その背を見送る時間が無いのが惜しいが、同時に別方向へと駆け出した。

 

(別れても、離れてもお兄様は視ていてくださっている――)

 

無様な姿など見せられない。

余計な心配をかけるようなことはあってはならない。

そう自分を鼓舞しながら制服の中で揺れるペンダント型のCADを握りしめた。

 

 

 

皆さんはゾンビ映画を見たことはあるだろうか?

私は怖くてあまり見ない方だったのだけれど、今私が見ている光景は正にそんな感じなのではないだろうか。

ホテルの入り口には人が群がり、続々と周辺からもホテルに向けて何の感情も浮かべず機械的に動く人が至る所から歩いてきた。

向かってくる彼らに対し、盾を持ち、防護服を着た人やスーツ姿の魔法師たちが応戦しているが、数が圧倒的に不利だった。

ひるませるためか、爆炎が何か所からも上がっている。

私は深呼吸を一つして、使い慣れたCADをホテルに向けて――振動減速系広域魔法『ニブルヘイム』を発動。

一瞬にして白銀の世界が広がった。

 

「なっ――」

 

言葉を失い呆然とこちらを見つめるのは応戦していた魔法師たち。

広範囲を一瞬に、それも人ではない者全てを瞬時に凍らせたことへの驚愕、次に私の容姿を見て仰天、硬直、といったところか。

だが、まだ私が凍らせたのは一方向のみ。

私の冷気には液体窒素も含まれており爆発物を起爆させる信管をも凍り付かせ、物理的に爆発させられない状態となった。キョンシーは他の行動も起こせないよう凍らせた。

パラサイトのように内側から爆発することは彼らにはできないだろう。プシオンの塊のようなものは視られなかった。

 

(それにしても嫌な光景だ)

 

表情が曇るのがわかる。

倒れているキョンシーたちの中には腕のない者や足を切り落とされた者、どてっぱらに穴の空いた者と様々。

爆弾が爆発して燃えたモノ()もあった。

焦げた臭いが、人体の焼けた臭いが離れていても微かに香る。

不快感が押し寄せるが、今はこの場を治めることに集中しよう。

くるりと回り、反対側からやってくるキョンシーを凍り付かせる。

木々も燃えさせないために先手を打って樹氷状態にしておく。

みるみる世界が白に染め上げられていった。

吐く息も来た時よりも色が濃くなった。

これにより、周囲に上がっていた火も心なしか小さくなった気がする。

それを駆け付けた消防隊員が消しに走る。

ホテル屋上に到着した軍のヘリから武装した軍人がホテル内に入っていくのが見えた。

もう鎮圧は目前だろう。

振り返り、周囲の警戒を怠らないよう見まわしながら、凄惨な光景に今頃になってCADを持つ手が震える。

このキョンシーたちは、すでに身元が判明しつつあった。

ほとんどが横須賀や、横浜などで行方不明となった人たち。あと、先月箱根で旅行中に行方不明になった人なども含まれていたそうだ。

 

(周が定期的に保管していた分と、足りない分は移動しながら確保し、下見と同時に旅行客も調達していた――)

 

年齢も性別もバラバラで、中には若い女の子の姿もあった。

セーラー服を着た、同年代の女の子――胸が、痛まないわけがなかった。

つぅ、と自然と涙が流れ落ちる。

ポタリ、ポタリと地面に向けて落ちていく。

手の震えも大きくなり始め、堪えるために胸に抱えようとした時だった。

 

「――深雪っ!!」

「あ、」

 

お兄様、と呼ぶはずの口は硬直して動かず、振り返る動きも鈍い。

駆け寄りたいのに、足元が凍り付いたように動かず、もつれて倒れそうになったところを寸でのところで間に合ったお兄様によって抱き留められる。

 

「もう大丈夫だ、もう、お前が頑張らなくていい」

「っ…」

 

ぎゅう、と強い力で抱きしめられることがこれほど安心できるとは。

涙がとめどなくあふれる。

 

「罪のない、人を、攻撃しましたっ」

「彼らはもう亡くなっていた。攻撃したんじゃない、お前は守ったんだ」

「ですがっ!」

「爆発させないよう――彼らの体を傷つけないよう、止めたんだろう?」

「っ……、彼らは、巻き込まれただけの、ただの一般市民です!」

「…そうだな」

「探しているご家族、がいるはずです」

「ああ」

「彼らの帰りを待っている、家族が、いるのです…」

「……だから、綺麗なまま帰してあげたかったんだな」

 

凍らせることで、動けなくさせるだけではなく、傷つけずに済むようにしたのだろう?と優しく声を掛けられ余計に涙が止まらなかった。

それしかできなかったことが悔しくて、悲しくて。

 

「…助けることが、できませんでしたっ」

「……」

「ごめんなさいっ、助け、られなかったっ」

 

どれくらい、そうしていたのか。

お兄様の肩を湿らせ、涙が止まってからも動けなかった。

その間ただ黙って安心させるよう背を撫でられ、落ち着きを取り戻す。

酷く取り乱したことも申し訳なくて、身じろぎをしたが解けない腕に困り、お兄様の背をトン、と叩くとゆっくりと力が弱まり顔を上げれば心配そうに眉を下げられている顔があった。

それに大丈夫、と小さく頷きを返して体が離れた。

本当は離したくないだろうが、状況が状況だ。いつまでもこうしていていいはずも無い。

周囲を見れば遠巻きにこちらを見ていた視線がちらほらとあった。

 

「…入口付近に当主勢が勢ぞろいで事情聴取中だ」

 

ぽそり、と呟かれた言葉に警察官が複数人こちらに向かってくる事情も察した。

 

 

――

 

 

私たちの身元を聞かれ、ここに来た経緯、魔法を行使した理由等々。

自分の名を告げ、次期当主であることも自らの口で説明した上で、四葉の家は数日前からテロがあるのではと警戒していたこと、妙な動きが箱根にある、と情報が入り、居ても立ってもいられず駆けつけたことを一生懸命誠実に答える。

お兄様はこことは離れた場所で爆発物を発見、爆発の阻止に協力していたことを説明。

そしてあらかた説明を終えた後、保護者でもある四葉家当主の下へ警察の方々の案内で向かう途中、彼女たちは現れた。

 

「深雪先輩!」

「泉美ちゃん…水波ちゃんも」

 

駆け寄ってきたのは泉美ちゃんと水波ちゃんだった。その後ろにはちょっと遅れて香澄ちゃん、七宝君が駆け付ける。

気を使ってか、警察の人たちは後でホテルに向かうように告げてこの場から離れていった。…というより他にもお仕事があるからかな、事情を聴く相手はいくらでもいるから。

水波ちゃんがちょこん、と頭を下げる。――彼女は任務を全うしたようだ。ありがとう、と彼女にわかるように微笑んでから皆も来たのね、と声を掛けた。

 

「先輩は先に行かれたと水波ちゃんから聞いて。先輩は緊急信号で知ってきたのではないのですか?」

「四葉は元々、この師族会議中に何か仕掛けられるのではないかと警戒していたの。学校にいた時は私たちも会議を箱根でやっていることは知らなかったのだけど、箱根で妙な集団がいる、という情報があって、もしかしたら、と」

 

それで駆けつけたのだ、と言えば泉美ちゃんは一応納得してくれた。

だが、

 

「深雪様、顔色が…」

 

水波ちゃんが心配そうにこちらを見つめていた。

 

「ええ、少し疲れてしまったみたい…でも大丈夫よ。ありがとう」

 

そう返すと彼女は表情を曇らせたままだが、今度は自分も傍でお守りします、と定位置となっている半歩後ろについた。

私の指示で十師族の子息の護衛をお願いしちゃってましたからね。水波ちゃんのおかげで安心してこちらに集中できた。後でしっかりお礼を言わないと、と思いながら七宝君に何があったのか聞かれたお兄様が質問に答えていた。

泉美ちゃんが聞きながらもきょろきょろと視線をさ迷わせているので、そっとホテルの入り口方向を指をさして伝えると、彼女は私に向けて頭を下げると話の途中で駆け出した。

…うん、娘には良い父親なのかな。あの泉美ちゃんが慕っているのだから。

でもあちらは私たちと違って長く拘束されている。…原作と違うはずだけど、何を話しているのかな。

とはいえ泉美ちゃんと、それを追いかけた香澄ちゃんを放ってはおけない。

お兄様と視線を合わせ、頷いて後を追った。

泉美ちゃんは警官に食って掛かるという表現が合う程、詰め寄っていた。

珍しい彼女の行動に、香澄ちゃんもどうしていいか戸惑っていた。

 

(ここって、お兄様がダンスをリードするように泉美ちゃんを引き寄せるのよね)

 

こんな時だというのにちょっと見たい、と思ってしまうのだけど、お兄様は無表情で見ていた。

あれ、動く気配がない?止めないと上級生として示しが云々で、とかだった気がしたんだけど…、でもこれ以上は泉美ちゃんの印象が悪くなってしまう。

 

「泉美ちゃん」

「っ、深雪、先輩」

「こちらへいらっしゃい」

「は、はい!」

 

素直だね。

対応していた警察の方に頭を下げて引き取る旨を伝えると、一瞬呆けたようにこちらを見つめ慌てて敬礼。うん、まあこんなものです。深雪ちゃんだもの。

しゅたっと私の前に気を付けをした泉美ちゃんに、いい子、と頭を撫でてから。

 

「私たちが警察の方に詰め寄っても事態は好転しないわ。でも、心配だものね。よく我慢したわね」

「……申し訳ありませんでした」

 

頭に血が上っちゃってただけだものね。よかった声が届いて。

とりあえずここに居ても邪魔になるだけ、と皆の元へ戻る。

だけどここから見つめていても、あとどれくらいあの状態なのか見当もつかない。

そんな時だ。

 

「一条」

 

お兄様が声を掛けたのは、つい先ほど到着し、ホテルの方向に歩いていた一条くんだった。

 

「司波」

 

そんなに大きい声ではなかったのだけれど、お兄様の素敵低音ヴォイスは聞き取ってしまうよね。

方向転換してこっちに向かってきたまでは良かったのだけど、視線が私を捉えたら角度を変えて大股になってこちらにまっすぐ近寄ってきた。

さりげなくお兄様が私の横にピタリと身を寄せる。

…こんなに距離を縮める必要がお兄様にはお有りらしい。しっかり腰にも腕が回る。

 

「司波さんもいらっしゃっていたんですか」

 

ここって確か隣に立っているだけで身を寄せたり触れ合ってもいなかったはずなのだけどね。

むしろ距離が空いていることで、一条君には兄妹から恋人への変化と捉えられたはずなのだけど…でも、これも兄妹の距離には見えないね。

何か、喜びと落胆、諦めと渇望だっけ?それが交じり合ったような複雑な表情、を浮かべられる場面だったかと思うのだけど…そこに悔しそうににらみつける、はありましたかね?腰のあたりにちらちらと視線を感じます。

 

「ええ、大変なことになりましたね」

 

とりあえず当たり障りのない答えを。

原作ほど悲惨な状況ではないが、それでもキョンシーの数はかなりの数に上る。負傷者も少なからず出ているが、非魔法師の一般市民は巻き込まれてはいないはずだ。

 

「本当に。――各家の皆様はあちらですか?」

「そのようだ。事情聴取を受けているらしい」

 

答えようとしたらお兄様の方が先に答えていた。

そのことにむっとした一条くんだったけど、彼はどんな時でも判断を損なうことは無いようだ。本当、優秀だよね。

 

「事情聴取?!すみません。少々失礼します」

 

そう言って頭を下げるとホテルに向かって走り出した。身内が事情聴取を受けるとあの反応が当たり前みたい。…私たちが薄情なんだろうかって気がしてくるね。でも事情聴取ってよく受けるものだから。警察もお仕事お疲れ様です、といった感じだ。…だって、あの面子だよ?きっと圧がすごい。警察も早く済ませたいだろうな…。たとえ反魔法主義の警察官だって、彼ら全員を相手にはしたくないと思う。

そして、一条君と入れ替わるように現れたのは十文字先輩。

彼の登場により、七草双子はほっと一安心した様子を見せた。

そうだよね、姉の友人として親戚のお兄さんのように付き合ってきた慣れ親しんだ人が来ると安心もする。

彼がホテル側から歩いてきたことできっと詳しい事情を教えてくれるために来てくれたのだ、と期待の視線を向けていた。

 

 

――

 

 

「司波」

 

と重低音を響かせて名を呼ぶ先輩。開口一番こちらでいいのだろうか、と思ったが彼女たちはそういう十文字先輩に慣れているのか文句を言うことも突っかかることも無かった。

彼女たちの期待した通り、状況の説明にやってきてくれたらしい。有難い気遣いだ。

そこで七宝君と水波ちゃんの紹介も行われ、お互いの立場を明確にしたところで先輩は各家族の無事を説明。一同予想はしていたがほっと一安心した。

お兄様?だろうな、という感じで目を閉じただけでした。

そしてお兄様に促され、簡単に状況説明をしてくれることに。

 

「会議の途中、九島老師が現れた」

 

昨日、九島家が十師族の座を退いた情報は魔法師界に一気に駆け巡った。十文字家の当主交代こそまだ公表されていないが、九島家の引退については魔法師協会を通じて先んじて公表されていた。

その老師がなぜ、二日目の師族会議に現れたのか。

会議中の乱入者に、誰もが不思議そうに見つめていたが、ただ一人、スッと立ち上がった者がいた。

 

「四葉殿が「来たようですね」と、問いかけるでもなくそう断言し、老師は頷かれた」

 

どういうことか問いかけるより先に口を開いたのは老師だった。

曰く、ここにテロリストが向かっている。恐らく死体操作魔法によって操られた死者たちが爆弾を携えすぐそこまで迫っている、と。

 

「四葉殿からテロの可能性を示唆され伝手を使って警察と軍部に連絡、警戒に当たっていたらしい」

 

それでいち早くテロリストの動きに気付き、初動はほぼ上手くいったことで余裕ができ、知らせに来てくれたのだとか。

九島家はいろんなところと太いパイプを持っている。九島家というより閣下自身、なんだけどね。元当主の息子さんはあまり親のコネクションを維持するくらいしかできていないようだったから。それも閣下が生きている間だけだろうけれど。随分分家に支えられていたみたいだし。

まあ、そのコネを使い、協力を願い出てテロ対策を講じ、厳重警備態勢を敷いていた。

このホテルも当初周囲に感づかれないよう、一般人に紛れて会議を開催しようとしていたようだが、それを止めたのが四葉だった。

 

(一般人を隠れ蓑に会議をしてテロに巻き込まれた方がよっぽど印象悪いことを何故彼らは思いつかなかったのか)

 

それほど見つからない自信があったのか知らないが、どんな場合も最悪の事態を想定して動くことをお勧めしますよ。

もしテロが起きたとしても自分たちなら傷つけられることなく退けられること、カモフラージュをしたいなら自分たちの家の者を配置すればいい、とこのホテルには従業員と宿泊客に扮した魔法師がわんさか居た。

そこに閣下が引き留めていた師補十八家が加われば――私いらなかったんじゃない?というくらい日本最高の戦力が揃った要塞になっていた。

だが、黒幕は目的の一つである十師族暗殺ができなくとも第二第三の悪意を忍ばせていた。

――街の破壊及び一般人を巻き込むテロと、キョンシーにされた一般市民を攻撃する非道な魔法師たちという構図を世に知らしめるつもりでいたのだ。

いくら自衛のためとはいえ、操られている一般人を攻撃するシーンをテレビなどの媒体で放送などされたら、反魔法師運動が過激化することは目に見えている。

そして街の破壊も、ホテルがほぼ無傷の状態で守られたことで、テロが予測できたのに街を守れなかった日本最強の魔法師のレッテルが張られる。

どう転んでも魔法師が悪印象を抱かせる悪辣な作戦。

 

(本当悪知恵がよく働くことで)

 

閣下を動かしたのは叔母様だ。

昨年のパラサイドールの件の借りだけでなく、周の件でも協力どころか借りのできた閣下に叔母様が持ちかけたのだ。

これは九島の家にとっても悪くない話だ、と。

計画を聞いた閣下はその手を取った。

十師族は退いても、彼の功績は家を助けるものになる。

九島が頭を下げて警察と軍の二つの協力を仰ぐことで、彼らの中にある魔法師への傲慢な印象も下げることに成功。

二つの組織の懸け橋となり協力してもらうことで一つの目的を共有させ、テロを防いだ功績もまた印象を変えさせるものになるだろう。これで日本の武力組織の分断は避けられた、と思う。

被害状況は、街の爆発は昨夜深夜頃から仕掛けられたらしく、街中から捜索に当たっていたため、郊外は後回しになっていたとのこと。

そしてホテル内は――

 

「外部からの侵入はほとんど客や従業員に扮した魔法師や十八家が抑え、通気口などからすでに侵入してきた者たちが爆発させたが瞬時に制圧・消火された」

 

うん、十師族当主が揃っていれば数人くらい瞬殺でしょう。

というか内部で爆発あったんだ。あのホテル、頑丈だね。

初動上手くいったのに侵入を許していた、って結構問題では?やっぱり感知センサーの目にも抜け穴がまだあったみたい。

 

(…しばらくうちの子はお仕事禁止にしよう。すぐさま研究に走りそうだから。ただでさえたくさん働いてもらっていたのに、これ以上仕事したら倒れちゃう。うちはブラック企業じゃないのです。魔法使ってでも休ませないと)

 

これが終わったらすぐにお手紙書いて届けてもらおう。

 

「それで司波、妹の――ではないな、次期当主殿に伺いたいのだが」

 

すみませんね、肩書がころころ変わってしまって。

 

「先輩が呼びやすいのでしたら司波妹で結構ですよ」

「だが、実際は従兄妹なのだろう?」

「プライベートな時でしたらどのように呼ばれてもかまいません」

 

十文字先輩の司波妹呼び、嫌いじゃないんだよね。

だけど、それを許さない人が一人。

 

「それは困る」

「…お兄様」

「いくらこれまで兄妹として過ごしてきたから癖が抜けないとはいえ、お前は俺の婚約者だ」

 

……お兄様、皆の前ですっ!そのような、アレはお控え願います!!腰を抱き寄せないで?耳元で囁かないで?!

 

「深雪先輩!」

「達也様!」

 

泉美ちゃんと水波ちゃんが動いた。

水波ちゃんが私を引き寄せ後ろに庇うと、間に泉美ちゃんが入りふしゃーっ!と威嚇する。

 

「先輩はまだ片思い中なんですから!深雪先輩を困らせないでください!!」

「深雪様、あまり達也様を挑発する発言はお控えください」

 

…ごめんなさい。年下に怒られてしまった。ぷりぷりする水波ちゃんも可愛いね。

 

「深雪様?」

「ごめんなさいね、庇ってくれて助かったわ、水波ちゃん。泉美ちゃんも、ありがとう。私の不注意だったわ」

「いいえ!深雪先輩は何も悪くありません!この男が――失礼、先輩が悪いのです。全く!校長も一体何を考えてあのような要望を通したのか!」

 

うーん、収拾がつかなくなってきた。香澄ちゃんは明後日の方向を向いていて、七宝君は蚊帳の外だし、十文字先輩はなんとなく状況を理解したようで瞑目している。いや、単にツッコミを放棄したのかな。落ち着くまで待つ姿勢。

って、先輩、私に何か聞こうとしてたんじゃありませんでした?

 

「十文字先輩、それで質問は何でしょう」

「…そうだった」

 

あら、先輩、治まるのを待っているだけじゃなく忘れてたのですか?今日だけで色々ありましたものね。お疲れ様です。

そして聞かれたのは一帯の白銀世界について。

見れば私がやったことくらいわかりますものね。

ここに来た経緯から掻い摘んで説明して、ホテルに向かう彼らを止める為ニブルヘイムを使ったことを伝えた。

そして最後に、

 

「私には彼らに掛けられているだろう魔法を解くことはできません。ですので凍ってもらいました。死体操作魔法の解除の仕方がわかる方がいらっしゃるのでしたらすぐにでも溶かします」

「それはこちらで確認しよう」

 

本当なら叔母様のところに連れて行かれてそこで一緒に説明することになっていたのだけど、どうやら先輩が請け負ってくださるらしい。

空を見上げると報道のものと思われるヘリが数台飛んでいる。

すでに中継が流れているだろう。…一体この惨状をどう報道されているのか。

 

「大丈夫だ」

「…お兄様」

 

いつの間にか泉美ちゃんと水波ちゃんを掻い潜って隣に立っていた。二人の驚いた顔も可愛い。

香澄ちゃんがまた見てられない、とそっぽを向いたその視線の先に何かを見つけ、兄貴?と声が上がった。

 

「智一さんか」

 

七草家のご長男が到着された。

十文字先輩はこのタイミングで、確認してくる、と戻っていき、香澄ちゃんと泉美ちゃんがこちらに気付いたお兄さんに手を振り返して。

 

「深雪先輩、司波先輩。兄が参ったようですので私たちも失礼します」

 

帰りはご家族で帰るんだそう。仲良いね。…お兄さんとはちょっと余所余所しそうだけど。十文字先輩との方がまだ仲が良さそうな。ま、家庭の事情だから。

残るは七宝君なのだけど、彼も上空が気になったよう。

今後予想されるマスコミの動きについて考えているのかもしれない。

現在のこの映像だけでも魔法師への当たりは十分厳しくなるだろう。

その懸念をお兄様と話し、恒星炉の際に味方してくれたマスコミもいたからきっと大丈夫だろうと楽観的な答えを返して、お兄様も気休め程度にそうだねと答えたところでようやく七宝君にこの後の予定を確認した。

七宝君はしばらく何か考え込んでいたようだが、もうしばらくこの場にとどまる、ということだったので私たち三人は十文字先輩のいる場所へ向かった。

ニブルヘイムって掛けたらそのまま凍りっぱなしだからね。コキュートスと違って自然解凍もできるけど今は冬。なかなか時間がかかりそう。

誰かの魔法でも溶かせるけれど、今はまだ僵尸術が抜けてない可能性があるから。…あれって一度指示出したらずっと完遂するまで動くのかな。動力どうなっているんだろう?ガス欠もあり得るならこのまま放置も有りだと思うけど。

 

「…どうやら深雪の魔法で事象干渉が上書されて術式が解けているようだ」

 

お兄様が眼で見てくださいました。

…ということは?

 

「いつ解凍してもアレはもう動かない。爆発物の方も魔法は解除されているが、遠隔で爆発する可能性もあるからな。

こちらは後で纏めて爆発させてしまえば楽に片が付くが、処理班がいるんだ。そちらで何とかするのだろう」

 

そんなことせず分解ができればもっと楽なんだがな、とお兄様。

流石にこの場で分解は使えないからね。

しかし、そんなあっさり魔法が解けてしまうとは想定外。あれか。量産しすぎて単純な命令しか下せなかったとか?一応十キロ圏内の小田原から遠隔で指示を出していたような描写があったけど…その繋がりも上書して消しちゃったのか。距離の問題もあったのかもしれない。

数体くらいは強力な繋がりを持つキョンシーが居て司令塔的なことを~、という王道パターンがあってもいいと思ったのだけれど、それだと魔法師バトルになってしまうからパニックゾンビ映画風に一般人だけで構成したのか。

やられないと計画に支障が出るものね。粘らずあっさり切り捨てた説も浮上した。直接会ったら聞いてみたいところ。あるかな、機会。

先輩のところに行く前に解決してしまったけれど、せっかく先輩が確認してくれているんだから一応声は掛けなければ。

そう近づいたらご当主たちの視線が一斉に向けられましたね。居心地悪い。

そして一条君はお父様の傍にいるね。一人だけ視線の種類が違う。…さっきまでの複雑さが消えて熱視線になっているということは婚約の件を聞いたのかもしれない。…今はそんな話をする時じゃなかったと思うのだけど。もう事情聴取は終わっていたのか。

十文字先輩から解凍しても問題ないと聞き、警察の方の許可も得て一旦外に出る。

魔法は非常時を除き、勝手に使用してはいけませんから非常時でなければ許可を取らないと。これ一つで印象が変わる。…なので逐一興味深そうにこちらを見ないでいただきたいですねぇ、ご当主の方々。

後ろにはお兄様ではなく水波ちゃんがぴたりとくっつき、いつでも防壁展開できるように控えているのを、少し離れているよう指示をしてから深呼吸をし、ゆっくりとCADを持つ右手を上げて魔法を展開。

横に倒してまとめられていた彼らの体が氷から解放されていく。あとは爆弾処理班のお仕事。よろしくお願いします。

横たわる一団に手を合わせ、動けない私をいつの間にか近くに来ていたお兄様が抱き寄せて向きを変えさせホテル内へと戻った。

沈黙が下りる中、動いたのは叔母様だった。

 

「深雪さん、達也もお疲れ様でしたね。話は聞きました」

「いえ、母上もお疲れ様でした。ご無事で何よりです」

 

…うん、親子の会話に聞こえないなぁ。何故そんなに視線をバチバチさせておられるので?

まあお兄様が一方的に、なのだけど。叔母様は楽しそうに笑われている。

通常運転。

でもこれって他家からはどう映るのか。とりあえず、微笑んどく。これは彼らなりのコミュニケーションです。

 

「俺たちはこの後学校に戻る予定です」

「そうなの?ああ、生徒会役員だったかしら。大変ね」

「友人たちも心配しているでしょうから」

 

お兄様からさっさと帰りたいという空気がはっきりと読み取れますね。叔母様ったら、肩震えてますよ。

 

「そうね、安心させてあげるためにも戻って上げなさい。私のことは心配いらないわ」

「では失礼します」

 

お兄様、食い気味。叔母様もう、笑い堪えられていません。美女がぷるぷるしてます。そんなに面白いですか、お兄様の反応。

 

「叔母様、お怪我が無くて安心いたしました。失礼いたします」

 

…口を開いたら笑い声が出そうなんですね?手をひらりと振ってお別れ――する前に、当主陣から少し離れたところのソファに座っていた九島閣下にお兄様は頭を下げられた。あれ(・・)は閣下だったのか、と私も倣って感謝の意を伝え、今度こそ立ち去る。

出遅れた一条君に、お父様からの叱咤が飛んでいたが、私たちが振り返ることは無く、お兄様にエスコートされるままに用意された車に乗り込み水波ちゃんと三人で箱根を後にした。

 

 

――

 

 

お兄様と水波ちゃんにサンドイッチされ東京に向かう中、端末をチェックしていたお兄様から、学校がテロと思われる襲撃事件が起きたと発表があった直後休校になったとメールを見せてくれた。

全校生徒に送られた文面には様子見の為明日は休校するとも添えられていた。

これは原作にはなかった流れだ。何かがあったのだ、と文面を読み続けると、生中継のニュース映像に一高のモノと思われる制服を着た生徒が映り込んでいたことが理由とあった。

お兄様がすぐさま映像を拾って車に備え付けられているディスプレイに映す。

 

――見えますでしょうか、ところどころ黒煙が上がる中、人が氷漬けにされています

――これはどう見ても自然現象ではありえません!

――ホテルの入り口には氷像だけでなく倒れた人の姿も見えます!凄惨な現場です!!

 

場面は変わり、

 

――あ、ホテルから誰かが出てきました!少女、でしょうか。魔法科高校の制服を着ています!

――!右腕を上げました!魔法を使う模様です!!一体…え?…!ご覧ください!警察や消防隊員たちが集めて横たえられていた氷漬けされた人たちがみるみる溶かされていきます!彼女が彼らを氷漬けにした張本人でしょうか?!

――一旦中継からスタジオに戻します!

 

手を合わせたところで画面はスタジオに切り替わり、何が起きたのか評論家を交えて推測を始めたが、内容は魔法師間の抗争がこのテロを引き起こしたのではないかという憶測が主に飛び交い、随分偏った内容が流されていた。

 

(…これは、学校側が休校にするわけだ)

 

きっと今頃一高にはすごい数の電話が殺到してきていることだろう。すでに回線がパンクしているかもしれない。

映像を見る限り制服を纏った女子生徒――言わずと知れた私のことだが――は光の加減でぼんやりとしか映っていなかった。はっきりと人物を見ることはできない。

これはテレビ局の配慮によるモザイクではなく、九島閣下によって自然に映りが悪くなるようかけてもらった魔法のおかげだ。

だが、制服の色は誤魔化し様がなかった。魔法師の学校、あの配色となれば絞られるのは必至。

学校は生徒を守る為に早々に帰宅させたのだ。

 

「これは事件直後に駆け付けたテレビ局の映像だな。よくこの近くにたまたま居合わせたものだ」

 

お兄様の言葉は感心ではなく皮肉が混じっていた。

そう都合よく撮影ヘリが確保できたとしても、事件直後に駆け付けられるなど時間的にありえない。もともと何か取材中で近くを飛んでいる、などということも無いだろう。むしろテロ対策で上空は飛べないようにそれとなく許可が下りなかったはずだから。だが、事件が起きれば記者は駆けつける権利を主張するだろう。

となると、師族会議が行われる場所が彼らにはわかっていて、近くを張っていた可能性が浮上する。――もしくは、

 

「――このテレビ局は以前、小和村真紀を襲おうとした者と交戦した時に手を貸していた局だな」

 

ああ、確か周が4月の恒星炉の一件で反魔法師運動としてマスメディアを買収?懐柔?操って?悪印象を流そうとした際、逆らった報復で襲おうとしたアレですね。

 

(…あの時のお兄様の悪役スーツ見られなかったんだよねぇ…見たかった)

 

落ち込む私の頭をするっと撫でて心配させたね、とお兄様。…ごめんなさい、心配はしたけど煩悩の方が割合多くてですね…胸が痛い。

でもこれでその局がどういう思惑でこのニュースを流したのかは判明した。

 

「だが、これは事件直後の話だ」

 

次にお兄様が映したのは、――テロリストの犯行声明と思われる文章を読み上げるアナウンサーの映像だった。

――本日、箱根のホテルを襲ったテロを実行したのは自分たちである。

――自分たちは魔法という悪魔の力をこの大地から一掃するため、聖戦を行うものである。

――今日の攻撃はこの国における魔法師の首魁、十師族を標的としたものだった。

――魔法師はその悪魔的力を行使し、非道極まりない攻撃で制圧した。

――あの恐ろしい力を見ただろう。あれがいつか思い上がっている奴らによって一般市民に向けられるのだ。

――自分たちは今後も魔法師を名乗るミュータントから人類を解放するため、戦い続ける。

――日本人が魔法師を追放しない限り、犠牲者は増え続けるだろう。

 

纏めるとこんな感じだ。

一般市民を盾にして逃げ延びた、という一文が無くなっているのはホテル従業員含め宿泊者にも怪我人が出ていないからだろう(当たり前だ。彼らは偽装した魔法師たちだったから)。

そして一日を待たずして声明を公開したのは、思ったより凄惨な画が撮れなかったからか。

できることならホテルくらい崩落させたかったのだと思う。

だが、死者がいなかったわけではない。

現場で新たに亡くなった人はいなかったものの、キョンシーにされてしまい爆弾を運ばされた人たちはいつ殺されたに関係なく、死者なのだ。

浮浪者含め、行方不明とされていたほとんどの人間と照合した結果、一致した。

死体の損壊がほぼなかったからこそすぐに判明した。

帰りを待っていた家族はさぞ無念だっただろう。

右手をお兄様が、左手を水波ちゃんが握る。

…いけないね。二人を心配させてしまった。

大丈夫、と答えるように笑みで返し、頭を切り替えた。

 

「水波ちゃん、紙とペンを」

「はい」

 

四葉の車にはどの車にも必ずこの二つは常備されている。水波ちゃんは前のボックスから紙とペンを取り出し差し出した。

ネットが普及し当たり前になったこの時代、アナログが一番安全安心のツールとなった。――この認識はけして一般的ではないが、四葉では常識である。

帰宅するまでにいくつか手紙を書いて、封書していく。

この時代には珍しいペンだこでもできそうだ。…そんなもの、深雪ちゃんの白魚のような美しい手に作らせはしませんけどね。それだけ書いたってことです。

それを運転手に託し、車を降りた。

時刻は昼をとっくに超え、日が傾きだしていた。

 

「何をするよりも先に、温かいご飯が食べたいわね」

「すぐにご用意します」

「今日は私も一緒に作るわ。いい気分転換にもなるし」

「…かしこまりました」

 

うーん、しぶしぶって感じ。でもさせてくれるのね。ありがとう。

お兄様からは楽しみだ、の声。がぜんやる気が出てきた。

心も身体も温かくなるものを作りましょうか。

 

 

――

 

 

ちゃーらちゃらちゃっちゃっちゃ~。

朝です。

一通り支度をしていつも通りキッチンに向かい準備をしているとお兄様が下りられて。

 

「おはよう深雪」

「おはようございます、お兄様」

 

いつも通り変わらぬハグと、キスをする。

…そしていつも通り触れるだけのキスすら慣れない私の頭を撫でたお兄様は、今日はできれば傍を離れたくないんだが、と心配そうに見つめるのを、ドリンクを渡して自分は大丈夫だから、と伝える。

昨日の今日だからね。何も仕掛けられないとは思うけれど可能性が無いとは言い切れない。

だけどねぇ、お兄様は妹が心配で仕方がないようですけれど、この妹はお兄様に次ぐ最強チートなのですよ。

この家を襲撃しようとするなら壊す恐れも無い減速魔法で凍らせてしまえばいい。対物理障壁なら水波ちゃんが居るし、家自体も普通を装ってますけど結構な要塞ですからね?

だから安心して鍛錬に行ってほしい。九重寺に行って聞くことがあるのでしょう?

そう見つめればお兄様は折れてくださった。

玄関までしぶしぶ外に出るお兄様を見送って、閉じられた玄関の扉をしっかりと施錠した。

 

 

 

昨日は帰宅後も色々あった。

昨夜の出来事を回想するとこんな感じだ。

夜、ニュースは警察の記者会見によりがらりと差し変わった。

テロ事件について、現在までに分かっていることを公表した内容は以下の通り。

本日箱根のホテルを狙ったテロが発生したこと。

そこではこの国の魔法界トップの会談が行われていたこと。

秘されていたはずの会場を狙われた犯行だったこと。

その犯行が亡くなった人を操ったパペットテロと呼ばれるものであること。

死者を使って爆弾を運ばせ、ホテルだけでなく周辺の街まで標的にしていたこと。

街中にも爆弾が仕掛けられていたこと。

だが、密かに魔法協会を通じて軍と警察に警戒の協力を事前に要請していたこともあり、設置された爆弾はほぼ解体することができたが、パペットまでは予想できず、防ぎきれなかったこと。

そのパペットにされた人の中には昨年から行方不明となっていた人たちも含まれていたこと。

そして、昼にあった人間主義者のテロの犯行声明に大きな矛盾点があることを指摘。

――このパペットテロは薬物によっての洗脳ではなく、死体を動かしての犯行であることから『魔法』が使用されたことは確実だった。

ただ爆弾が使用されたのであれば魔法根絶を謳う彼らの攻撃手段との考えも捨てきれない。

もし運んでいた死体が爆弾により木っ端微塵になっていたら先に亡くなっていたこともわからず、薬物などの検査もできなかっただろうが、形がそっくり残っていたことで死後数日、少なくとも一日、長くとも十日が経っていることが判明した。

魔法を異端と捉えている人間主義者が魔法を使うだろうか?

しかも彼らの犯行声明も怪しい。

魔法師からの人類解放を望むから日本から魔法師を排除しろ、できなければ犠牲者が増えるぞ、との脅しは筋が通っているようではあるが、世界から根絶させろ、なら兎も角、わざわざ日本と限定していることが奇妙だ、と。

よってこのテロ行為に人間主義者が関わっているかは懐疑的で、現在警察は軍と魔法協会と協力して捜査に当たっていることを伝え、記者からの質問に答えていった。

質問の中には、魔法師同士の抗争が今回のテロの原因ではないか、と原因が魔法師にあるのではないかとの指摘もあったが現在調査中、と答え荒れる場面もあったが、これ以上答えは得られず会見は多くの疑問を残して終了した。

警察という組織は基本警察組織のみで事件の捜査に当たる。

今回のように軍と、そして魔法協会と協力をして、等といったケースは聞いたことが無かった、と。

どうやらこの事件の裏には何かある。それも警察が他二つの組織と協力し合わなければならないほどの巨悪がバックに潜んでいるのでは、との見方がその後の記者クラブの方では水面下で広がっていたようだ。これは四葉の出版社勤めのエージェントからの情報。

――だが、言葉にしなかったのは分別があったからというわけではない。情報が足りないということもさることながら、その恐ろしいバックを恐れて口を開くことができなかったのだ。

裏の取れない質問は身を危険にさらす。ここにいた記者たちはその恐ろしさを知っていたベテランばかりだったそうな。

まあ、そんな会見だったから、魔法師を危険視するようなニュースから、方向転換。こぞって「今回の会見は異例尽くしだ」とそっちに注目して報道するようになった。

この事件に隠された謎、と評論家たちがさまざまな憶測を飛び交わせるだけの中身のないものばかり。情報が少なすぎることと、先も述べたように記者たちも背後に潜む闇に対し慎重になっていることもあって、深く追求を避けた形となっていた。

元々私を恐ろしい魔法師、と扱っていた局自体あそこ一社だけであり、他は魔法師と人間主義者の関係や、ここのところの魔法師事件や騒動についてに留めていたくらいだったから、テレビだけのメディアを見ている分には一高への突撃者は減ったと思う。

もちろんネットは無法地帯、とまでは言わないがお祭り騒ぎで沸いていた。この事件をきっかけに魔法師に対しての不満や不安なども当然上がったが、一番盛り上がっているのは陰謀論だ。

一番ホットな話題だからどこもかしこも賑わっていた。それだけ関心が高い話題ということだ。

正直警察が軍と魔法協会等の名を表に出すとは世間も思っていなかったので意外だという話題も上がっていた。

――もしかしてこれは協力と見せかけて責任の擦り付け合いの意味もあったりするのかな?…ま、大人の事情が絡み合った結果なのかもしれない。

世間一般でも警察内部には魔法師を良く思っていない署員が一定数居ることは知られていることだった。

まあね、彼らにとって魔法師は生きてるだけで武器携帯しているようなものでもあるし、警戒対象になるのも無理もない。

…魔法師の中でも非魔法師を馬鹿にしている、というか見下している人もいるしね。

その二つが協力し、捜査に当たるとなれば異常事態だと捉えられ騒ぐきっかけになっていた。

悪感情が無くなったわけではないが、話題が分散していることも有り、魔法師への恐怖に対し火種が大きく燃え広がることは今のところ無いというのが現状だ。

一通りニュースに目を通した後、お風呂に入って一息ついて、私の部屋にて今日の授業範囲をお兄様と一緒に広げ、勉強しているところに一本の電話が入った。

すぐにディスプレイの表示が通話中になったのは水波ちゃんが出たから。

そしてそのすぐあと、部屋の電話機が再度鳴る。

今度こそ応対すると、

 

「深雪様、ご当主様から達也様にお電話です」

 

お兄様宛のお電話ですね。

 

「わかった。リビングで出る」

 

 

――

 

 

いつもなら着替えるのだが、もう日付が変わる頃である。待たせない方を優先すべきだろう。

お兄様だけリビングに下りるのかと思ったのだが、合わせた視線が「来るだろう?」と言ってますね。…いいのだろうか。

一緒にリビングに下りて並んでヴィジホンに出る。叔母様は一緒に映っていることに驚きもせずにっこり微笑まれていた。

 

(…あれ?この部屋…)

 

いつもお兄様と連絡を取る際に使用している部屋ではない。叔母様のプライベートルームの一つだ。

 

「お待たせしました、…母上」

 

お兄様、声がワントーン下がりましたね。お会いしたときはスムーズに母親呼びをしていたのに。ここには身内しかいないから叔母上呼びだったと記憶していたのだけど、どういった心境です?

 

「こちらこそ、こんな遅い時間にごめんなさいね」

 

叔母様はお兄様の対応にご満悦のように微笑まれて――画面越しでも香りが伝わってきそうなほど蠱惑的でお美しい。プレッシャーが無ければ見惚れていた。

そのプレッシャーがどこからきているのかって?画面越しと横からですね。

お兄様の視線は感じないけれど、何か私に訴えている気配は察知しました。はい、見惚れてうっとりはしていません。淑女の仮面をちゃんと被って大人しく控えております。

 

「いえ、まだ勉強中でしたので」

 

勉強中、といっても今日授業に出られなかった箇所をお互い同じ空間でやっていただけなんだけどね。共通のもの以外授業内容が異なるので全部一緒なわけではない。

学校側から今日の課題と休校の明日の分の課題が端末に送られてきている。

お兄様の回答が面白かったらしく、叔母様は一転少女のように目を輝かせて自然な笑みを浮かべられていた。…ギャップで殺しにかかってきてます?心臓が今直接掴まれた感覚がした。

これでアラフィフは詐欺だわ、可愛すぎだわ、と久々に素の私がひょっこり顔を表す。これまた心の中だけだが。

 

「達也さんでも勉強なんてするのね」

「これでも高校生ですので、勉学は欠かせません」

 

しれっと答えるお兄様は流石何事にも動じない姿勢を維持している。

叔母様の魅了が効かないの?衝動抱けなくてもこう、ドキッとしないのかな。お兄様の女性の好みが知りたいところ。

…じゃなかった。

そんなことに思いを馳せていたらいつの間にかに話は進み、任務を言い渡されるところだった。

 

――テロ首謀者捕縛の任を与えます。

 

これが、お兄様に与えられた任務。

 

「捕縛ですか?抹殺ではなく?」

 

お兄様には暗殺任務が主に回ってくるお仕事でしたからそう違和感を覚えるのもおかしなことじゃない。

叔母様はすぐに訂正し、生死は問わないこと、見つけ次第無害化することを命じた。

 

「了解しました」

 

そう踵を揃えて一礼するお兄様をちらり、と横目に収める。…お兄様の一礼はいつ見ても綺麗だ。ブレがない上角度も何もかも非の打ち所がない。カッコいい。

それからこの捜索は十文字家が責任者として、主力となる実働部隊は七草家が出すこと、お兄様は実働部隊ではあるが十文字の指揮下に入ることを伝えた。

その際十文字家の当主が後退し、先輩が当主になったことを暴露した叔母様だったが、軍からの情報で以前から聞いていたお兄様を驚かすことができなくて肩透かしを食らった。のだが…拗ねた叔母様可愛いですね。今日はいつも以上に表情豊かじゃないですか?ご機嫌かな。リラックスもされてます?

その証拠に頬杖をついたことで見事な曲線を――

 

(って、ちょっとお待ちください叔母様!背後に、背後にぬい様のアフタヌーンティーセットが!)

 

叔母様特注のぬい専用のミニチュアセットが叔母様の背後に映る。

視界に入ったものに驚いてそわ、と動いてしまったことでお兄様からちらり、と視線が向けられ慌てて俯いて再び空気に徹しようとするのだけれど、画面が気になって仕方がない。

位置的にぬいは片付けられていると思うのだけど、あのミニチュアのセットをお兄様が疑問に思ったらと考えるだけで冷や汗が出る。

気付かないで、と祈りながらも耳には二人の会話が入ってくる。

驚かせられなかったのは藤林さんが原因かな?との揺さぶりにもお兄様は動じない。

叔母様もそれ以上の追及はせずに次に進んだ。

一条将輝も捜索に参加する、と。

これにはお兄様もわずかに驚いたようだ。

お兄様と同じ立場、十文字先輩の指揮下で捜索に当たる、と。

 

「関東をメインに捜索するのではなかったのですか?」

「短期決戦が望ましいですから戦力は多い方がいいと、どうやら解決まで関東に来られるようね。でもそれは一条家の問題です。どうにかなさるのでしょう」

 

参加するには一条では遠すぎるのではと指摘するが叔母様は、それは一条の事情だ、と素気無く返した。

 

「短期でケリをつけるなら、」

「達也さん、この協力捜査は十師族の決定です。それに、我々の計画にも利のあるものになる――わかりますね?」

 

我々の計画――四葉の狙いは黒幕の計画をひっくり返すこと。

つまり、反魔法運動の活発化ではなく不活性化、鎮圧を狙っている。そのために魔法師が協力し、さらに警察、軍と共にこの国を守る為に尽力している姿を見せることに意味がある。

だからお兄様一人、または四葉のみで解決してはならないのだ。

 

「不満そうねぇ。貴方のそんな顔が見られるなんて」

「生まれつきこんな顔です」

 

…おっと、なにやらお兄様たちの攻防が始まろうとしてます?お兄様からトゲトゲとした空気が。

 

「一条の狙いは深雪でしょう?何故断らないのです」

 

この質問に叔母様はぷっくり頬を膨らませてみせた。

 

(え、何このイラ。知らない。どこにお布施を払えばこのポストカード封入されてます?)

 

あざと可愛い真夜様最高かな⁇

でも何故そのような反応に?

 

「深雪さんが彼を知ればこの婚約が揺らぐと思われているのよ?」

 

一条は、まだ互いを知らない状態で断られるのは納得できないとやんわり伝えてきたそう。

とってもご不満、とお顔にでかでかと書かれていますね。可愛い。今すぐ傅いて何がお望みでしょう?って言いたくなる。このわがまま女王様のご機嫌を取ってさしあげたい。…叔母様にはこういった精神干渉系はできない筈なのに心が操られている気分。

 

「それってまるでうちの達也が彼に劣っていると言っているようなものじゃない。気に入らないわ」

 

…つまり、うちの子の方が優秀なのに下に見られているようで面白くない!うちの子一番!ってことでFA?

叔母様は親バカタイプの母親でした⁇え、可愛いかな⁇

 

「魔法力で劣っているのは事実でしょう」

「実力で言ったら達也の方が何倍も強いわ」

 

やだ、叔母様の拗ね顔にキュンキュンする。可愛い。可愛いがすぎる。今日のファンサすごくない?何度目か心臓を撃ち抜かれる。

対するお兄様の「何言ってんだコイツ」と温度が下がっていくのがまた何とも言えない。

まって、お兄様。叔母様はただ息子を馬鹿にされて面白くない!うちの子一番!!なだけであって正当な評価云々なんてどうでもいいのです。

いえ、総合的に見て叔母様の言う通りお兄様の方が勝負をしたら圧勝することはわかっておりますけどね。

お兄様は世界一ですから!

叔母様に同調するように頷くと、深雪さんもわかっているわね、と喜ばれた。

もちろんわかっておりますとも。

 

「それで、さっきの質問だけれど、断っても彼は一条家跡取り。仕事はこなすでしょうが、彼はまだ精神が揺らぎやすいみたいね。集中が欠けてしまっては任務に支障が出るかもしれないでしょう?直接見て、まだその辺りが甘いように感じたのよ」

 

…一条君、叔母様の前でどんな様子を見せたの?かもしれない、と言っているけど確信されている。

 

「この件は短期決戦が好ましい。――だから深雪さん」

「はい」

「無理に彼に冷たく接することはありません。いつも通り、普段と変わりなく接しなさい」

 

作戦に参加する理由は私との接触もあることをすでに読んでおられる模様。

一条くんが一高にくる話なんてまだ確定してない筈なのに。…これが四葉の直感だろうか。

 

「そんなことをしては彼が図に乗るのでは?」

「乗ったところでどうなるというの?」

「……」

「これは達也さんも、よ」

 

?お兄様も…?一条君に牽制をするな、ということかな?と思ったのだけど。

 

「この前七草からの婚約横槍の件で連絡を貰ったでしょう?」

 

…いえ、正確にはリーナちゃんから情報貰ったよ、って件で電話して、ついでに七草からお兄様に婚約の申し出があるかも、という話をしたのだけど。

 

「…まさか、その話も通したのですか?」

「ありえないわ。私は一条が振り向かせる努力をすることは許可したけれど、七草からの婚約申し出は無視したの」

 

…でも、無視しただけだから七草は否定ではない、とちょっかいを掛けてくる、と。そういうことか。

 

「それこそはっきり断ったらいかがです?」

「――あちらは相性を見ての結婚をお望みよ。だったら二人の相性を超えられないところを見せつけて自然と立ち消えさせればいい」

 

どうせ、あなた達の間に入ろうなんてできようはずが無いのだから、と叔母様は真っ赤な唇を弓なりにしながら闇を融かしたような瞳に闘志の炎を揺らめかせていた。

あれだね、立ち直れないくらい完膚なきまで叩き潰せ!ってことですね。

美女の怒りは見る者を凍り付かせるね。凄みがある。ガクブル。

 

「…話は分かりました。俺たちは普段通りでいい、ということですね」

「そういうことよ。普段通り仲良く過ごしてちょうだい。ただし、わざと牽制する必要はないわ。事件解決までは皆とも仲良く過ごしてね」

「了解しました」

 

これは任務です?お兄様がもう一度礼をする。うん、カッコいいのですけど心が追い付きませんね。

 

「深雪さん」

 

一通り話は終わった、といち段落ついたところで叔母様の視線がこちらに向く。

先ほどまでと違い、真剣な表情に背筋が伸びる。

 

「ごめんなさいね。被害者をあれ以上増やさぬよう警戒に当たっていたつもりだけれど」

「いえ、叔母様に責はありません。全ては主犯であるあの男がやったこと。むしろ九島経由で警察に警戒してもらえたことで救えた命があったはずです」

 

黒幕おじさんはキョンシーを現地調達して移動していた。

横須賀で周がいつか黒幕おじさんに頼まれる時のためにストックとして誘拐して洗脳、暗示をかけて操り中華街で使用人として使役していたらしく、それをキョンシーに作り替えたようだと知ったのは、以前横浜の中華街に調査に行ったことのある諜報員からの情報だった。

周が亡くなった後も変わらず使用人をしていたということだから、ただの魔法だけでなく千秋ちゃんのように認識改変して心ごと操っていたんだろうと思われる。

それからも移動先で着々と手駒を増やしていった。

横須賀や伊豆、沼津で不審な動きを見つけた時点で警察と連携し警戒を強化してもらっていたのだが、それでも浮浪者や偶然遭って巻き込まれてしまった人もいる。

鬼門遁甲の術を部下が使えて上司が使えないわけがない。それらを駆使すれば人目を掻い潜って調達できただろう。

それでも地域の警察と協力していたからすぐに行方不明者の存在を知ることができ、操られた人の照合も早くできた。それに、相手は慎重に慎重を重ねるタイプだ。いくら鬼門遁甲があったとしても人が警戒しているところに敢えて突っこむことは無いだろうから巡回の全てが無駄ではなかったはずだ。

何もできなかったとは思わない。できることをやってきた。

全ては無理であったが、爆弾も見つけることにも貢献できた。

 

「出回った映像で貴女を特定する人間は多いわ」

「九校戦に出た時点で、隠すことはできなかったでしょう。――この容姿が役に立つのであれば、それも利用してみせます」

 

凍結系魔法を得意とした第一高校の生徒といえば、一番に名が上がるだろうから。

だが、一応未成年ということも有りメディアに出ることは無い。そういうところのコンプライアンスはしっかりしている。

だから第一報の生放送以外で制服の判別ができるような映像は流れなかった。制服を着ている時点で未成年ってわかるからね。すでに放送したテレビ局には厳重注意と罰則が与えられることだろう。

 

「それに、九島老師が魔法をかけてくださったおかげではっきりカメラに映らずに済んだので、メディアに完全に映ることが無かったことはありがたかったです」

「あちらからはこれくらいしかできなくてすまない、と頭を下げられたわ」

 

いえいえ、十分な支援でしたとも。

 

「と、話が長くなってしまったわね」

 

では達也さん、頼みましたよ、と残して画面はブラックアウトした。

ふう、とどちらともなく息が漏れた。二人して顔を見合わせ苦笑い。お兄様もお疲れ様でした。

 

「…短期で任務を遂行するには今のままでは難しいだろう」

「先生にご助力を願いますか?」

「俺が知っている中で見破れる方法を知っていそうなのは師匠だけだ」

 

お願いしてみるが、教えてもらえるかはわからない、と出たとこ勝負に思っているようだけれど、先生はお兄様を気に入っておられますからね。きっと大丈夫。ヒントはもらえるはずだ。

 

「…できれば明日はずっとお前の傍にいたいんだが」

「この家にいて大人しくしていれば問題は無いかと」

 

自宅を特定されるまではまだ時間があるだろう。

されたとしても突撃するのは今では犯罪だ。通報案件。民事とか関係ない。未成年は法律で守られてます。

 

「水波ちゃんもお疲れ様。もう下がって頂戴」

「はい、おやすみなさいませ、深雪様」

 

水波ちゃんを下がらせて、お兄様とも一旦私の部屋に戻る。勉強途中でしたからね。

 

(…それにしてもどうして叔母様はいつもの部屋で電話しなかったんだろう)

 

変に冷や冷やした。

もしかして緊張を解そうとしてくれていたのかな。…いや、単に揶揄いたかったのかもしれない。

本やぬいは片付けたのにあれだけ仕舞い忘れることなんて無いから。……もしかしたら催促かな、とも考えられる。

このところ忙しかったから新作を作る余裕がなかった。

 

「勉強はまた明日にしよう」

「そうですね」

 

明日はどのみち休校だ。時間はたっぷりある。

片付けて、部屋を出るお兄様を見送ろうとしたのだけれど、

 

「深雪が一条に懸想する心配なんてしていないんだ」

 

くるりと振り向いていつもよりゆっくりと手を伸ばして腕の中に閉じ込める。

まるで逃げるなら逃げていいぞ、と言っているみたいだけれど、大人しくその腕に捕らわれる。

 

「なら、何が心配なのです?」

「…何だろうな。俺にもわからない。だが、一条がお前に近づくと考えると面白くない」

 

嫉妬なのだろうとは思うのだが、とお兄様ははっきりしないご様子。

 

「すぐに答えを出さなくともよろしいのではないでしょうか。心はそれだけ複雑で難しいものです」

「そうか…そうだな」

 

そうだった、と抱きしめる力が強くなる。

 

「お前でさえすぐに答えが出せないのに、俺がすぐに出せるわけも無かった」

 

…しまった、ブーメラン。

一気に心臓が駆け出した。

 

「ふっ、急に緊張しだしたな」

「も、もう!わかっててそう言うのはお止めください」

「さて、俺には何のことかわからないな」

 

じっくり教えてもらえるか?と頬に手を当て顔を近づけられ、ぎゅ、と目を瞑ると柔らかい感触が額に当てられ離れていく。

目を開けると切なそうな顔をされていて、今度はぎゅっと胸が締め付けられる。

 

「…これから、魔法師への当たりが強くなるだろう。その中でも目立ったお前に非難が集中しないとも限らない」

 

いや、むしろするだろう、と心配で瞳を揺らす。

そうだね。ネットではすでに特定されていた。過激な誹謗中傷は優秀なAIによってすぐに削除されるらしいが、どれほどの数だっただろう。深雪ちゃんはその容姿だけでも十分に目立つからね。魔法師としてだけじゃない過激な内容も含まれることは想像に難くない。

お兄様が心配、というより不快に思っているのはそういう注目を感じ取ってしまったからか。

 

「まだ計画の途中です。この計画通りに行けば最終的に解決する問題です」

 

今はまだ魔法師へのヘイトが必要なのだ。黒幕を油断させるために。

まだ一日も経っていないが、原作と違う動きをしたことで魔法師全体へのヘイトの熱は低く感じられる。

だが、彼の一番の目的である四葉を苦しめる――四葉家次期当主にヘイトが集まることは彼には願っても無い結果だろう。

 

「――そのためにも早く首謀者を見つける」

「お兄様にならできますとも。焦らずに着実に行きましょう」

 

しばらく見つめあった後、そうだな、と納得したお兄様は添えていた手をする、と移動させ顎を持ち上げる。

 

「何ごとも焦らずに、だな」

 

…うぅ、またしてもブーメラン。

でもこれでお兄様の心が浮上してくれるならそれもいいかと思える。

これからお兄様には難易度の高い任務が待ち構えているのだから。

その晩のキスは、これまでと違い、長く焦らすようなものだった…。

 

 

――

 

 

と、回想が長くなるくらい、昨晩だけでもいろんなことがあった。

そして今朝はどうなったかと言えば、ニュースはまだ非道なテロの首謀者は不明、と混乱した状態を伝えている。

例のテレビ局ではサブリミナル効果じゃないけれどちょいちょいと凍らされた人が映る場面があった。魔法とは恐ろしいものだ、と刷り込むように。

だが、その局だけが過剰に反応していると感じさせないのは、このテロ自体、十分魔法の恐ろしさを伝えるもので、他の局では人の尊厳を奪った非道な攻撃として魔法の恐ろしさを伝えているものもあった。

仕込みではない魔法師へのヘイトの風が吹いたことで黒幕もさぞ喜んでいることだろう。

起きてきた水波ちゃんはプロのメイド――じゃなかった、ガーディアンとしての意識が強いのかいつもよりピシッとして現れた。気合入っているね。

それからいつも通りにストレッチと花の手入れ、お母様にお供えをして今日も乗り越えられるよう力を貰い、水波ちゃんの朝食を作る間に服を着替えに。

今日は学校が無いので普段着。今朝の天気予報は毎日のように更新される今年一の寒さということなので、もこもこのセーターにしよう。うん、可愛い。深雪ちゃんにふわもこコーデ、似合わないわけがない。

軽く端末チェックをしていると時間があっという間に。お兄様帰宅の気配を察知!

施錠を外して直立待機していたのだけれど――玄関開けたらお兄様の目がかっぴらきましたね(当社比)。

そして素早く施錠して手に持っていた物を雑に放り出すと捕獲されました。…ええ、その表現がぴったり。驚きの素早さ。お兄様、狩りに目覚められたのかと思った。そう感想を抱いたのもあながち間違いではなかったようで。

 

「可愛い白ウサギだな」

 

この恰好、お兄様には小動物に見えた模様。

 

「…目は赤くないですよ」

「その分頬が赤く染まったようだ。それに――」

 

唇が赤に近い桜色だろう?と耳に囁かれ、更に体が熱くなる。

 

「しまったな。俺の体は外気を纏って冷えているからいきなりは気を付けようと思っていたのに」

「そこまで気にされなくて大丈夫ですよ。…それに、今は熱いくらいです」

 

お兄様のせいでね!もう顔から火を噴きそうなくらい。

というかもこもこのセーターのおかげでちっとも冷たさが伝わってこない。ありがとう、とても温かいです。…熱も逃がしてくれないようだけど。

 

「それよりたくさん入っていたようですね」

「危険なものは入っていなかったようだ」

 

先ほど雑に放り投げられたあれらです。

念のため危険物が無いかお兄様が先にチェックしてくれたみたい。

 

「…お兄様」

「あまりにも手触りが良いものでな」

 

うん、ずっと背中を撫でられてました。ようやく離れてお兄様は一旦お風呂へ。私は手紙をもってリビングへ。

四葉からの報告書ですね。部署ごとに色々と違う報告がちらほらと。内容的にかぶるものはしょうがない。同時期に集めるとこうなる。

纏めて報告するよりも今回は最短報告を求めたのでね。

そして改めて思う。

 

(…名倉さん有能すぎでは?)

 

何故これが七草で生かされず使いつぶされてきたのか。もったいない。

ちなみに報告書はそれぞれ四葉とわからないようカモフラージュされている。直接投函されたものがほとんど。

面倒だけれどこれくらい警戒しないと敵を欺くことはできないから。

回線を通じて連絡もする。そこに真実と虚偽を交えることで相手を翻弄するのだ。

虚偽ばかりになれば相手に不信を抱かせることになるのでその辺はさじ加減が難しいけれど、筒抜けてもいい情報は流している。

…昨日の叔母様とのお電話とかね。

十師族が手を組んで捜索に当たる情報は魔法協会を通じて発表がされることになっているから、漏れたところで問題ない。

同様に、警察との協力体制の話も警察側から発表があったのでね。でも、軍との協力の話は一切していない。そういうことだ。

婚約者云々の話はきっと相手の気を削ぐためのモノだったのかもしれない。片手間にそんなことで悩んでますよ、みたいな。

侮ってもらうには良い情報だったんじゃないかな、うん。

 

「四葉は本当に優秀な人材が多いわね」

 

たった一晩でこの働き。有能すぎる。

思わずそうこぼすと、調理を終え片付けていた水波ちゃんが手を止めて振り返る。

 

「それは順調に進んでいる、ということですか?」

「ええ。順調すぎるくらいよ」

 

包囲網が着々と出来ている。

そう答えると、水波ちゃんはホッと肩を下ろした。

 

「安心した?」

「…深雪様が辛い思いをされる時間は短ければ短い方がいいです」

 

ああ、この計画を話した時からずっとそのことを心配していたものね。

 

「無茶なことをする主でごめんなさいね?」

 

こう言うと、水波ちゃんは全くです、とお怒りポーズ。…最近覚えたコミュニケーションの一つです。可愛いしかない。

 

「…冗談ではないですよ。人の悪意とは簡単に生じ、人を傷つけるものですから」

 

そうだね。あちらは正義ぶって、何か被害を受けているわけでもないのに自己防衛だと言葉の刃を振りかざす。

今まで関心も無かったような人たちでも、正当性を掲げて叩いていいと参加する。

集団心理の恐ろしいところだ。

 

「こんな時だけれど、心配してもらえると嬉しいものね」

 

水波ちゃんもだけれど、この手紙からも私を心配する記述が見られた。

中には反論の工作をすぐにでも始めていいか?と許可を求めるものもあったけれど、まだ駄目。もう少し泳がせないといけないから。せめて別の話題に逸らすくらいでお願いします。

早めにお返事書かないと。朝食が終わったらすぐにでも手を付けよう。

そう考えていたタイミングで着替えを済ませたお兄様が現れた。…うん、お兄様の服にはあまり季節感を感じられない。ハイネックのインナーくらい?いつか時間ができたらお兄様の服を選びにショッピングに行きたい。

揃って朝食を終え、ひと休憩。お茶を飲んでいた時だった。

電話を知らせるコール音が響く。

誰だろう?洗い物をしていた水波ちゃんの代わりにお兄様が操作する。

 

「心配させてしまったからな――息子からだ」

 

ナンバーを確認してからヴィジホンに出ると画面いっぱいに美少年の心配顔が。

光宣君だ。

 

「お父さん!お母さんはっ――」

「光宣君、おはよう。そちらは雪が降ると聞いていたけれど、体調は大丈夫なの?」

「お母さん!よかった――ご無事なんですね」

 

ほぅ、と安心したと安堵のため息とともに疲れたような笑みを浮かべられる。相当心配させちゃったみたい。

この時間になるまで電話を控えていたんだろう。

 

「光宣君は学校ではないの?」

「…お母さんの言う通り、学校はあるのですが本日は雪が降っているので体に障ると、休むよう言われています」

 

本人は至って元気なのだけど、大事を取って休むように、ってことだね。仕方ない。

 

「そう。ちゃんと温かくしてる?お父さん並みに薄着に見えるわ」

 

光宣君もお兄様同様ハイネックと上にジャケットを羽織っているだけ。男の人って冬でも厚着しないの?

 

「防寒はちゃんとしていますから温かいですよ。…お母さんが普通で安心しました」

 

それはよかった。ただ大丈夫と伝えるだけじゃ不安を拭えなかっただろうからね。

 

「俺は薄着でもお母さんを抱き込めばいつでも温かいからな」

「…そのために薄着なのだとしたら今すぐこのセーターを注文して着てもらいますよ」

「お揃いか?だが、それは可愛い深雪だから似合うのであって俺ではな。心配するな。俺もこれで十分だ」

 

お兄様ももこもこセーター似合うと思いますよ。というか見たい。

二人で話していたら、くすり、と笑い声が。

 

「お二人が相変わらず仲睦まじくて良かったです。一条家からの刺客が送られてくると伺っていましたが、全く心配いらないですね」

 

元からそちらは心配していませんでしたが、と光宣君。だけど刺客って…。一条家に企みなんてないと思うけどどんな印象なんだろう。一度京都で会ってるよね?

 

「一条さんの印象ですか?…お母さんに懸想をしているのは一目見てわかりましたが、ほとんど関わりませんでしたから。あの後すぐに体調も崩してしましましたし…」

 

ああ、そうだった。

でも魔法師としては尊敬している先輩の一人です、九校戦でも活躍されてましたし、と纏めるあたりいい子だよね。

 

「でもお父さんの方が断然カッコいいと思います」

 

あらぁ。立派なファザコンになってました。

しょうがない。お兄様魅力的だから。お父さんに憧れる息子って良いよね!

 

「ふふ、光宣君もお父さんに似てカッコいいわよ」

「本当ですか!」

「それは嬉しい言葉だが聞き捨てならないね。お母さんにはどちらが格好良く見えるのかな?」

「…もう、お父さんったら。どちらも違ってどちらも良い、という言葉をご存じないのですか?」

 

というか息子と張り合わないでください。どちらを選んでも角が立つ奴。

しばらく家族の温まるお話をしていたのだけれど、話は今後の魔法師界の受ける影響についてになった。

 

「終息させるにはやはり首謀者を捕らえることだろうな」

「僕に、お手伝いをさせてもらえませんか?」

 

役に立ちたい、と気概を感じるが――

ここで私は端末を取り出して画面を見せる。

 

『この会話は盗聴される恐れがある』

 

画面の光宣君が息を飲んだ。まだ可能性だけれどね、一応警戒するに越したことは無い。

そしてこういうこともあるのだと、彼には知っておいてもらいたいから。

お兄様は会話が不自然に途切れないよう続けた。

 

「そうだな、光宣には京都の守護を強化してほしい。そちらにも横浜同様魔法師協会があるだろう?」

「…横浜の二の舞は避けたい、ということですね」

 

ちょっと落ち込んだ声は演技じゃない。

耳が垂れているのが見える(幻覚)。

尻尾もたらん、と動かなくなった(幻覚)。

くぅん、と切ない声も聞こえてくる(幻聴)。

…美少年のしょんぼりは心が痛くなる。胸が締め付けられるよう。

 

「光宣君、貴方には貴方のできることをお願いしたいの」

「僕の、できること、ですか?」

「そう。学校で連絡網を回したけれど、これだけ魔法師への反感が増えると考えられるのは反魔法師の運動だわ」

「!活発化する恐れがあるということですね」

「それを誘発させてしまった私が言うのもなんだけど、その可能性は高いと思うの」

「お母さんは悪くありません!あれはむしろ操られていた人を守った行動です。褒められこそすれ非難されるようなことじゃありません!」

 

…うん、わかってくれる人がいてくれるってとても嬉しいことだよね。

 

「ありがとう。そう言ってもらえると心が軽くなるわ」

 

でもそれは魔法師にはわかる感覚、というものだろう。非魔法師にとってみれば人が凍らされるというショッキングな映像だったのだから。

危険視する声が上がるのは無理からぬこと。反魔法師運動が活発化し、魔法師を育成する機関が狙われるのは時間の問題だ。

 

「わかりました。僕にどこまでできるかわかりませんが微力ながら尽力します」

「光宣の力を微力と言うのは無理があると思うがな」

「ふふ、そうですね。うちの子はとっても賢くて強い子ですから」

 

ここぞとばかり褒めれば光宣君は真っ赤になって照れてしまい、でも嬉しさからか耳がピンと立ちあがり(幻覚)、尻尾もぶんぶん元気を取り戻した(幻覚)。

それからとっくに片づけを終わらせて静かにたたずんでいた水波ちゃんも交えて4人で雑談をし、電話は終わった。

 

「…直に盗聴する技術は無さそうだな」

「魔法の反応も見られませんでしたね」

「巧妙に隠している、ということも無いだろう。水波の障壁も完璧だった」

 

念のため音も電波も遮断してもらっていたが、後でログを拾えるハッキングシステムですからね。いつ連絡を取っていようとも関係ない。

通話記録も盗み聞きできるって恐ろしいよね。道理でリーナちゃんが仲間と連絡する際魔法を経由するわけだ。

せいぜいこの会話で混乱してください。

九島家末っ子と親子ごっこなんて理解不能だろうから。

それから予定通り部屋に戻って手紙を認め、時間ぴったりに宅配業者が荷物を届けに来た。

お兄様がその荷物を受け取り、こっそりと手紙を渡す。

届いた小包には生地や綿、糸などが入っているはず。

私の注文したぬいの材料です。…表向きはクッションや服を作る予定になっています。

お兄様の眼のチェックも問題ないということなので部屋に持って帰る。

専用端末を取り出してオフライン状態にした上でメモリを接続。

…本当スパイ映画見たいなことが当たり前になってきたね。

 

「…フリージャーナリスト、とあるがこれは四葉の手の者じゃないのか?」

「ええ、非魔法師の上、…一般人です」

 

掲示板に偶に顔を出しては真相をリークしてくる人ですね。

前歴は出版社お抱えのジャーナリストだったんだけどね――その前は、問題の局に勤めていた政治部記者だったらしい。…ええ、背景が手に取るように読めるでしょう?

 

「…これが世に出たらなかなか面白いことになるな」

 

ほんとにね。この写真どうやって撮ったんだろう?手元のメモ帳を捉えた画像を拡大すると、金額と思われる数字と、日程、ここに書かれている大物政治家の名前が無関係のはずは無いから、これはビッグスクープになりそう。

今時珍しい紙のメモ帳を使っていることから、すっぱ抜かれることを警戒しているのだろう。ものすごく慎重だが、それくらいでないとこの時代の記者は務まらない。

そして知らなかったが彼には相棒がいたようだ。

 

「…あそこにいたんですか」

「ああ、この人なら見覚えがある。深雪の魔法を撮影していた。興奮状態ではあったが害意は全く感じられなかったのでよく覚えている」

 

お兄様、あれだけ人が注目していた中の一人を瞬時に思い出せるとは…流石お兄様。撮影していた人は珍しいからより記憶に残っていたのか。

しばらく彼らの護衛(・・)をこれからも継続してもらおう。

それから他の情報にも目を通して指示を出す。

これはメールで四葉本邸に。符丁は決めてある。

暗号とはまた違い、通常の会話のように見えるので疑ったところで句読点が少し多いくらいにしか感じないはずだ。

この後は普通に勉強をして、休憩を挟み、今度は予習をして二人の時間を過ごした。

そして夕方が近づいてくると、お兄様が手を止めた。

 

「いかがなさいました?」

「…これから忙しくなるだろう?」

「そうですね」

 

というかこれまでもとても忙しかったと思う。ずっと水面下で動いてましたから。今日は久しぶりにゆっくりした時間を過ごしていた。

 

「少しだけ、甘えたことを言ってもいいかい?」

「……」

 

心に葛藤が生まれた。

お兄様のお願いを聞いて差し上げたい。だが、お兄様が甘える、とは――恐らくそういった意味合いのモノで。

 

(以前だったならどんなことでもどんとこい!と受け入れられたけれど…。でも、これからお兄様には頑張ってもらうのだし…)

 

「…私にできることでしたら」

 

真っ赤になっている顔を俯かせ、何とか声を絞り出す。

椅子の上で硬直している私の横に立ち、少し移動するぞ、とさっと持ち上げられる。…椅子に座っている人間を腕力で持ち上げるのはとっても難しいと思うのですが、お兄様、バランスも崩すことなくやってのけましたね。

 

「ふっ…」

「わ、笑わないでくださいませ…」

「すまない。だが、ここまで緊張されると流石に」

 

笑いが堪えられないお兄様は珍しいけれど、まあ、笑うよね。かっちんこっちんで椅子に座っていた時の姿勢のまま移動されていれば。

緊張で体が硬直しています。動けない。

移動距離は短く、ベッドの上に下ろされる。自分のベッドの上なのに、全く緊張が取れない。

 

「そんなに緊張しなくていい。そういった意味では手を出さないから」

 

……そういった意味ではなくとも手は出すのですね。

何をされるのか、と思わなくも無かったけれど、お兄様がお前に誓うよ、と力強く言われたので蚊の鳴くような声でどうぞ…と答えると、隣に腰を下ろしてそっと抱きしめた。

 

「実はずっと抱きしめたいと思っていたんだ」

「そ、うですか…」

「どうにもそのセーターを見てしまうと、な」

「……セーター?」

 

そういえば以前もこのふわもこのセーターを着た時、お兄様も気に入っておいででしたものね。

理由が分かれば体から力が抜けていく。

 

「気持ちいいですか?」

「うん。これはいい」

 

あら、素直。いえ、お兄様は基本いつも素直でいらっしゃるけれど。

 

「お兄様用に一着如何です?」

「俺が着るより深雪が着ている方が見ていても楽しいから、自分用には良いかな。…いや、自分用で深雪に一着買うのも有りか?」

 

……自分用で妹に一着、とは?着てもらう用に買うってこと?

 

「お兄様は不思議なお考えをお持ちですね」

「そうか?深雪に自分の好みの恰好をしてもらうことはそんなにおかしいことではないと思うが」

 

普通なら買ってプレゼントして着てもらう、だと思いますよ。

 

「…俺のクローゼットに深雪の服があるのはおかしいか」

 

気付いてくださったようだけれど、少し頬が赤い…?

 

(…あ。恋人の家にパートナーの服が置いてある意味に思い至った、と)

 

恋人が着替える理由はただ一つ。共に過ごして着替える理由がある場合、ですからね。

お兄様でも照れるんだ、と驚いて見つめると、そんなつもりで言ったわけじゃないんだ、と一言。

自爆してしまったお兄様にきゅんとする。

 

「ふふ、」

 

笑ってしまった私に抗議するように抱きしめる力を強めるが、それは更に笑いを誘うものだった。

 

「お兄様も、男の子ですね」

「…お前の前だけだ」

 

それ以外なら取り繕えたはずなのに、と悔やむお兄様だけれど、以前七草先輩とご一緒した帰り道の時にも照れてらっしゃいましたし、私の前だけということは無いと思うのだけれど、この手の話題を好きだと自覚する女の子の前で誤爆した、となれば誰でも取り繕えないだろう。

 

「これから十文字先輩のお宅に伺うのですよね。手土産は如何しましょう?」

 

少し話題を逸らすため、この後の予定を振った。

お兄様はこの後、十文字家へ訪問することになっている。

そこでとある策略により七草先輩と三人で打ち合わせをすることになるはずだが、お兄様はまだそのことを知らない。

合同捜索隊の件での打ち合わせだけだと思っている。

 

「…考えていなかったが、必要か?」

「一応、持っていくのが無難かと思います。確かご兄弟がいらっしゃいましたよね。お菓子の詰め合わせでしたら用意があります」

 

手作りではない、有名店の焼き菓子詰め合わせ。お稽古でお嬢さん方と交流した際出てきたお店は一応チェックしている。まだ手を付けていないのがいくつかあるのでそれを選んで持って行ってもらおう。

お嬢さん方は大変口が肥えてらっしゃいますので間違いないはず。

 

「悪い、そこまで気が回らなかった」

 

まあ、持っていかなかったとしても先輩は気にされないだろうけどね。

ということで、二人で選びにダイニングへ行くことにしたのだけれど。

 

「…もう一度だけ抱きしめさせてもらえないか?」

 

二人、部屋の中心で向かい合って抱きしめ合う。

 

「これから二人の時間は今まで以上に減るだろう。だが、お前だけは何があっても守るから」

 

傍にはいられないが、絶対にお前を守る、と。

ええ。お兄様は必ず私を守り抜く。信じている、どころではない。そうなることを知っている。原作知識とか、そう言う問題ではなく、お兄様がそうするだろうことを理解している。

どんな無理、無茶をしても私を守る。私が嫌だと願っても、それだけは叶えてもらえない、お兄様の絶対の誓い。

 

「お帰りを、お待ちしております」

「ああ。必ず戻るよ、お前の下に」

 

今日のことではない。これはこの事件解決への願いを込めて。

抱きしめ合い、約束を交わす。

大丈夫。必ずお兄様は私の下へ帰ってきて下さる。だから、私はお兄様の帰ってくる場所を守る。

 

「では、行こうか」

「はい」

 

二人で部屋を出る。

さて、お菓子はどちらのものにしましょうかね。

 

 

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