妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!(修正前)   作:tom200

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九校戦編

 

 

定期試験が終わった。

結果は原作通りなので割愛。

ただお兄様の転校を進める話はなかった。実力を疑われての尋問もない。

なぜなら先にばらしてますからね。

なので皆がお兄様を心配して集まるというイベントはなく、学校を出て喫茶店で慰労会をしている。

 

「お疲れ様―!」

「成績上位三位まで揃ってるってなんかすごいよね。達也くんも実習以外は一位だし」

 

祝杯としてジュースを飲んで健闘を讃え合う。

本当はこんな時間、生徒会役員の私にはないはずだが、いつも頑張ってくれてるから、とお休みをもらった。

でもホワイトだとは言わない。

昨日も遅くまで働かされていましたからね。

お兄様も図書室で遅くまで時間を潰してもらい付き合わせてしまった。調べられることがたくさんあって良い時間だったって言ってくれたけどね。

 

「それにしても深雪は忙しそうだね」

「九校戦がこんなに準備がかかるものだとは知らなかったわ。それにこれから選手の選別もあるからもっと忙しくなるみたい」

「うわー。生徒会って大変なのね」

「だけどどうなるんだろうな。ほら、生徒会長が言ってただろ?選手に一科も二科も関係ない、実力で選ぶって。実際のとこ達也が選ばれるのか?」

「いや、それはないよ」

 

その質問にお兄様がスパッと否定する。

そう、4月の事件はこういったところにも影響を及ぼした。

本来は一科生からしか選ばれないはずの九校戦だが、魔法力以外でも選考基準があるはずだと見直すことになったのだ。

原因は当然お兄様。

風紀委員ではないのであの事件で一回しか活躍を見せていないが、それだけインパクトのある光景だったのだろう。

すでに生徒会にもお兄様を推す声は上がっている。・・・正確にはお兄様、ではなくナイトを、だけど。どうやらかなりの生徒があの演劇部の舞台内容を知っているらしい。

けれどお兄様は出場しない。

なぜならば、

 

「選手じゃなくエンジニアとして参加することになってる」

「エンジニアって技術班?一年でか!?」

 

それも二科生なのに、だ。快挙というかなんというか、とにかくとんでもないことではある。

だって入学して三か月で、普通はまだ身に付いていないだろう技術力を期待されているのだから。

 

「深雪の調整は達也くんがやってるって言ってたもんね」

「バイト先でもそういうのやってんだったか?だったら妥当か」

 

とはいえすんなり決まったわけではない。

二科生が選ばれることに全く反発がなかったわけではないのだ。

優遇しすぎているのではと見られてもおかしくない。

だから先立って模擬戦を行った。――非公式に。

主要な運動部部長から技術部部長まで呼んでの説得を兼ねた模擬戦をしてみせたのだ。

こういうのは実際見てもらった方が手っ取り早い。

まずは二科生が一科生を本当に負かすことができるのか、服部先輩が相手に選ばれて試合をした。

原作のあのシーンの再現ですね。

中条先輩がシルバーホーンに大興奮してましたけど、子犬がご主人様にじゃれ合っているようで大変可愛らしかったことを報告します。・・・中条先輩がお義姉様になることもあり得る!?と夢想してときめいたのは秘密です。・・・小動物系お義姉様、大いに有りですお兄様。でも妄想はできても現実味が無いのは、彼女にはこのまま純粋でいてほしいと思ってしまうからか。四葉って聞いただけで卒倒しちゃいそうですもんね。可哀想だ。

なんて、妄想する時間の方が長かった。試合は正に瞬殺。

まさか加速を肉体のみでやってのけたとか、とんでもない演算で、少量の魔法力で打ち倒すなんてできると思わないですよねー。

皆、茫然。信じられない光景を見たといった様子で固まっていた。

それもそう。服部先輩の実力は学校内でも有名で、二年生ながら学内でも指折りの生徒だとここにいる全員が知っていたからだ。そんな彼が、瞬殺。

でも一番信じられなかったのは手合わせした服部先輩だ。

警戒もしていたけど、まだ過信が抜け切れていなかったと打ちひしがれていた。

そうよね、好きな人の前で自信満々で倒されちゃあ落ち込みもしますよね。

ドンマイです。

その後の調整についてだけど、実戦の実力は認められても調整は、いくら身内が凄いと伝えても言葉だけでは認められない。

だがこちらは実戦のようにやって見せれば、ともなかなかいかない。踏ん切りがつかない。

信用もないのに調整されたモノを試すのは危険な行為だ。下手をすれば二度と魔法が使えなくなる可能性だってある。それほどCADの調整は慎重にならなければならない程恐ろしいものなのだ。

かといって身内の私がやってもらったところで信用などないし。

そう思っていたら立候補者が現れた。

――可愛い彼女をちゃっかりゲットした桐原先輩である。

久しぶりに姿を拝見しましたよ。学校来てたんですね。いや、来てるでしょうけどなんでか見かけないんだよね。まあ広い学校だしそういうこともあるか、と納得して彼を見る。

すごいチャレンジャーだな、と感心していたら目の前に白いものに視界を遮られた。

お兄様の背中だとすぐにわかったのは愛ゆえです。

なぜ?と思うより早く始まるマニュアル調整。音楽を奏でるがごとくキーボードを打ち込んで入力する姿はいつ見ても見惚れてしまう。

皆も珍しいのだろう、何をしているかわかっていない運動部の人たちも技術部の様子にこの状態が異常だと気づいて黙って見つめていた。

手早くチューニングを済ませたCADを受け取った桐原先輩は何のためらいもなく起動させ、淡々と評価を述べていく。

感情を込めない説明に、部長たちも生徒会の方々も、信じていいのかもしれないと受け入れることにしたようだった。

・・・なんであんなに原作では反感かって認められなかったんだろうねっていうくらい、あっさり認められました。

環境って大事だね。

選手としても欲しいけど、技術者はもっと欲しい。

そういうわけでお兄様は反対の声があげられることもなく、すんなり九校戦のメンバーに内定した。

 

「兄さんの実力なら当然よ」

「でた!深雪のお兄ちゃん自慢!」

「だって誇らしいもの」

 

お兄様は世界一!私はいつだって鼻が高いのです。

しかしお兄様も負けないとばかりに参戦する。

 

「俺は学校で一番の成績を修める優秀な妹で鼻が高いよ」

 

あらあら、私たちったら鼻高兄妹ですね。

 

「でも筆記は兄さんの方が上じゃない」

「すべて負けては兄の尊厳が無くなってしまいそうだからな」

「もう、兄さんのことはいつだって尊敬してるわ。だけど、そういうことにしてあげる」

「それで納得してくれる深雪はいい子だね」

 

頭を撫でるお兄様。嬉しそうに微笑む私。安定です。

 

「コーヒー注文するが俺以外いるか?」

「私も」

「私もお願い」

 

皆コーヒー好きですね。

それから雫ちゃんがモノリスコードのフリークだということが判明したり、選手の予想をしたりと楽しい時間を過ごした。

 

 

 

――

 

 

ある程度わかっていたことではあるが、結局選抜選手にお兄様以外の二科生は現れなかった。

エリカちゃんとか選ばれてもよさそうなのにな、と思っていたけど本人は気にしていないらしい。

むしろ何か企んでそうな、そんな雰囲気だった。

そしてもう一つ、――昼食にまた一人新しいお仲間が加わった。吉田くんである。

ちょっとまだ卑屈さが抜けてないのは、まだ魔法をうまく使えないからか。

もう少しで抜け出せるから頑張って。

私は離れたところで見守っていますとも、と訳知り顔で見守っていたらお兄様の腕が目の前を遮った。

うん?

 

「兄さん?」

「なんだ?」

 

それはこちらのセリフなんだけど・・・まあいいか。

目の端で美月ちゃんが喜んでいるのが映ったけど、私が見てないところで何かあったのかな?

 

 

正式にメンバーが決まった夜、夕食を食べ終えて食器を片付けにキッチンに立ったところで動画電話が鳴った。

お兄様が電話に出ると、相手は風間さんでした。声しか聞こえてないけど隊服かしら。だとしたら少佐ってつけるべき?でも実はそんなに関わってないから気分的には親戚のおじ様って感じなのよね。お兄様に優しくしてくれる頼りになる大人の人。親しみを覚えるのは当然だった。

話は聞かない方がいいかな、と思ったんだけどお兄様は首を振る。その必要はないそうです。

でも邪魔はしたくないのでここでお茶の準備してますね。

 

「久しぶりだな特尉」

「リアルタイムでお話しするのは二か月ぶりですが、その名で呼ぶとは秘匿回線を使っているのですか?よくもまあ、一般家庭の回線に割り込めますね」

「簡単なことではないがな。しかし特尉、君の家はいささかセキュリティが厳しすぎやしないか?」

「うちには可愛い妹がいますからね。どんな見境ないハッカーが覗きに来ないとは限りませんから」

「・・・おかげで今もカウンターでクラッキングを喰らいそうになっているよ」

「それは、随分深層まで潜り込もうとしましたね。ですがまあ、自業自得でしょう」

「手厳しいな。うちの新米オペレーターにはいい薬にはなったか」

 

楽しそうな会話だけど物騒でしかない。

この家のセキュリティ、軍でさえおいそれと侵入できないってすごい要塞っぷり。

そして風間さん、ツッコんでいいですよ。妹バカもほどほどにって。まあ実際は探られたら困るモノがこの家にはたくさんあるということなんですけどね。

それから軍のお話をしてたんだけど・・・本題はそれじゃないらしい。

 

「九校戦に参加するらしいな」

「はい」

「会場は例年通り富士演習場南東エリアだが――気をつけろよ達也。該当エリアに不穏な動きがある。侵入者の痕跡も発見された」

「軍の演習場に、ですか?」

「嘆かわしいことにな。どうも国際犯罪シンジケートの構成員らしき東南アジア人が複数目撃されている。これは去年まではなかったことだ。時期的に見て、九校戦が狙いではないかと見ている」

「・・・大亜連合がらみですか?」

「そういえばお前は壬生に会ったそうだな。内情勤務のアイツに調べてもらった。香港系のシンジケート、無頭竜の下部組織ではないかということだった」

「ではブランシュなどとも関係は」

「ない、と言いたいところだが相手はあの大亜連合だからな」

「・・・尻尾があり過ぎて本体を捕えづらいですか」

「追加情報が入り次第連絡しよう」

「目的がわからないというのが気持ち悪いですが、お願いします。・・・それにしても軍の演習場に侵入って簡単にされるものなのですか?」

「それを言ってくれるな。これから罠を張る予定だ。藤林たちも張り切っていたぞ」

「・・・それはそれは・・・かかる獲物が哀れですね」

「管轄は違うが同じ軍だからな。こちらも多少手出しができる。――と、そろそろ新米がえらいことになってるから切るぞ。ああそうだ。師匠によろしく伝えてくれ。・・・お前と富士で会えるかわからんが、」

「楽しみにしています」

「ではな」

 

切れたタイミングでお茶を運ぶ。

ちょうど飲み頃になっていることだろう。

特別いいお茶というわけではないけれど、しゃべった後の喉を潤すにはちょうどいい。

 

「お疲れ様ですお兄様」

「・・・どうやら九校戦も一筋縄ではいかないようだ」

「なにが目的か不明、とのことでしたね。調べますか?」

「まだそうとは決まってないが・・・警戒程度で」

「大亜連合は本当に余計なことしかしませんね」

 

大人しく自国の発展に精力を注げばいいのに。

 

「深雪が望むなら地図上から消すんだが」

「確かにそれが一番さっぱりするかもしれませんが、戦争始まっちゃうのでだめです」

「ダメか」

「ダメです」

 

いつものお決まりの会話に、お兄様はしょうがないなと笑い、私はすまして返す。

物騒極まりないし、現実味のない会話に聞こえるかもしれないが、これを実行できてしまう力がお兄様にはある。

それをさせないために私は存在しているのだ。

お兄様に幸せになってもらいたい。

その為には絶対彼を破壊神として世界の敵にしてはならない。

 

「ちゃんと止められたお兄様にはご褒美に、私の作ったショートブレッドをプレゼントします」

「なら、仕方ない。諦めてそちらをいただこう。――深雪が食べさせてくれるんだろう?」

「・・・欲張りなお兄様」

「甘やかしてくれる妹がいるからな」

 

急募:お色気魔人から逃げられる方法。

・・・残念ながら急すぎて助けはなかった。

 

 

夜も更ける頃、勉強を終えた私は軽く伸びをして一息つこうとキッチンへと向かうことにした。

とはいえこれは思い付きでもなくルーティーン。決まった流れだ。

紅茶を入れて運んでいけばドアの隙間から明かりが漏れている。

 

「お兄様、一息つきませんか?」

「ちょうどよかった。入って」

 

おや、珍しい。

いつもなら開けて出迎えてくれるお兄様から入室許可が。

ちょっとワクワクしながら部屋に入ると――目がおかしくなったのかと思った。

お兄様は私と同じ視線の高さなのに椅子に座ってい――ない!?え、椅子がない?!

 

(あ、これ!!)

 

足を組み、その膝に肘を乗せ、身を乗り出すような姿勢なのに――どう見ても椅子に座っている姿勢じゃないと成り立たないのに、椅子は無い。

そしてお兄様のこのドヤ顔。

手にお盆持ってなくてよかった!!持ってたら落としてたよ。ワゴンにした私偉い!

妙なところで興奮してるけどいつものようにうまく発散できていない。

 

「深雪にも、このデバイスをテストしてもらいたかったんだ」

 

すー、と滑るように私の方に向かってそのままの姿勢で移動したお兄様は、足を崩して椅子から降りるかのようにゆっくり伸ばすと、その足を地面へと下ろした。

 

「・・・飛行魔法・・・・・・常駐型重力制御魔法が完成したのですね!」

 

私は今!歴史の新たな一ページを、その決定的瞬間を目撃した!!

感動して言葉がうまく出ない。

 

(あ、だめだ。泣きそうっ)

 

お兄様におめでとうと言いたいのに詰まってしまってうまく言葉が出てこない。

そんな私をお兄様は嬉しそうに見つめると笑顔になってそっと包み込むように抱きしめられた。

 

「そんなに喜んでもらえると、作った甲斐があるな」

「おめっ、おめでとうございます!」

「うん」

 

これがどれほどすごいことか、原作を見ている分には「へーすごいことしたんだな」、程度だったけど、この世界で生きていればそのありえなさがわかる。

不可能を可能にするなんて言葉にするのは簡単だけど、それを成しえるのがどれほど大変なことか。

――そして今、お兄様はその偉業を成し遂げたのだ。

そんな大偉業を成し遂げたのに、なぜお兄様はそんなににこにこして妹を撫でてるんですかね?

もっと褒められる、褒めたたえられるべきなんですよ!?あ!させてるの私だった!!

渾身の力でお兄様との間に腕を差し入れて引き離すけど三十センチが限界なんだけど。お兄様ちょっと離して?あ、無理?

そう。なら、と今度はその腕を頭に向けて伸ばしてえいやっ!と引っ捕まえると胸、は届かないので肩に引き寄せた。

そしてその頭を撫でて撫でて、撫でまわす。

 

「すごいです。お兄様は誰よりもすごくて、偉いです。よく頑張りました」

 

母はおらず、父は使えない。ならば妹の私が全力で褒めてあげよう。

偉いね、よくやったね。頑張ってたの知ってるよ。

それを妹なりの言葉に変えて、褒める。

お兄様は突然の私の暴挙に驚いていたけれど、私がしたいことを察したのか力を抜いてもう一度「うん」と頷いた。

年齢より少し幼いようなお兄様の声にちょっぴり胸が疼く。

 

(やだかわいい!これが母性本能)

 

いい子いい子と頭を撫でて、ひとしきり撫でまわした後その頭を開放すると、お兄様は見たこともない優しい表情をしていた。

思わず胸が高鳴る。

いや、というより。

 

(私はいったい何を!?すごい偉業を成し遂げたお兄様になんて暴挙を!っていうかあれよね。お兄様はテストしてほしいって言ってるのに私ったら何してるの!)

 

興奮しすぎておかしな行動ばかり取ってしまった。

 

「し、失礼しました。テストですよね。さっそくさせてもらいます!」

「深雪」

「は、はい!」

 

お兄様はまだあの笑みを浮かべていて、真直ぐ目を合わせることができない。恥ずかしい!

 

「ありがとう。俺は今とても幸せだよ」

「!!」

 

・・・・・・・・・ぐっと来た。

なんだろう、今日は最終巻かな?あれ?九校戦前にストーリーって終わってましたっけ?

んなこたぁない。心の中のグラサンのおじ様が否定している。

なに?お兄様は私の涙腺壊そうとしてる?!

止めて!壊れちゃうから。簡単に決壊しちゃうから!

 

「こんな素敵な妹がいてくれて、俺は世界一幸せな兄だ」

「・・・もったいないお言葉です」

 

それ以外何を言えようか。

もういいよ。これが最終巻だよ。終わろう?お兄様幸せだって。

・・・って駄目だよ。これはせいぜい一部、完!だよ。そしてこれから第二部のお兄様恋愛編が始まるんだから。

しっかりしろ私。こんなところで終わらせようとするんじゃない。これはまだ道半ばだ。

 

「ではお兄様、今度こそ」

「ああ。頼む」

 

そしてテストは何事もなく終了し、お兄様の飛行デバイスはほぼ完成した。

 

「あ。そういえばミラージバットの衣装がありますけれど着てテストしますか?」

「それはぜひ見せて欲しいな」

 

お兄様のリクエストで服を着替えてもう一度飛行テストした。

衣装について褒めたたえてくれたお兄様だけど、上に飛んで見せた時、「これはもっと防御を高めた方がいいのでは?」「むしろ見た男共の目を潰すか記憶を消すか・・・」と呟いていたのが怖かった。

 

 

――

 

 

やってきましたフォア・リーヴス・テクノロジー!略してFLT!

雨のためバイクでツーリングは叶わなかったがお兄様との時間は何をしていても楽しいので問題はない。

たまに困る時があるけど問題はないったらないのだ。

 

「ご機嫌だね、深雪」

「ふふ、はい。とても」

「お前が嬉しいと俺まで嬉しくなるよ」

「そしたらまた私が嬉しくなってしまいますね」

 

にこにこと笑い合いながら慣れた道を歩いていく。

すれ違う大人たち、警備員たちには誰も止められることなく進んでいく。

そして目的地である研究室に到着するとさっそくお兄様に声がかかる。

 

「御曹司!」

 

ここでは私ではなくお兄様に視線が向かう。

ここ、第三ラボの社員は皆お兄様を尊敬し、敬愛しているのだ。

お兄様が愛される世界。ここは私にとって幸せな箱庭のような場所だった。

お兄様は初めこそこの呼び名が嫌いだったが、今では誰も嫌味で呼んでないことを知ると、仕方ないかと受け入れた。

本当、お兄様は優しい。身内になったとたんとんでもなく甘くなる。

血筋ですねぇ、と思わざるを得ない瞬間だ。

 

「お邪魔します。牛山主任はどちらに?」

「お呼びですかい?ミスター」

 

くたびれ研究員、その実態は凄腕の技術者なんてなんて美味しい設定。大好物でしかない。

いいですよね。口調もさることながらお兄様への尊敬は包み隠さないところとかたまらない。

好きです。

これからもお兄様を末永くよろしくお願いします。

 

「・・・なんといいますか、いつもよりお姫様が光って見えるのは気のせいですかい?」

「おそらくこれが理由でしょう」

 

お兄様がデバイスを取り出すと、牛山主任はひょろい姿から想像できない大声をあげて、周囲が一気にざわついた。

そして研究所全体が目まぐるしく動き出した。

すぐに実験が開始され、全員が固唾を飲んで見守り――そして歓声が轟いた。

歓声なんて生易しいものではない。阿鼻叫喚。天変地異が起こったような騒ぎだった。

世紀の瞬間に立ち会ったのだ。これくらい騒がなければおかしいのかもしれない。

お兄様を見ると目が合った。

 

「嬉しいですねお兄様」

「ああ、そうだね」

 

狂った大人たちが踊っている。テストを終えても空を飛び続けるテスターさんたち。

美しい光景とは言えないけれど、それでも彼らが喜んでいるのは分かる。

お兄様の魔法は人を喜ばせる。

それが何より嬉しくて、誰よりもお兄様を評価してくれる仲間たちがいてくれることも嬉しくて。

やっぱりここにはお兄様の幸せが詰まっている。

私のそばにいるよりもここにいることの方がお兄様にとって幸せなのでは、と思ってしまうほどだけど、それはお兄様には言ってはいけない。

お兄様は今はまだ、私のそばでしか生きることが許されていない立場だ。

そのことだけはミストレスの私が忘れてはいけない。

 

 

それからお兄様は修正点を炙り出し、商品化にするための改良点を話し合いながら構想を詰めていく。

完成にはまだかかるらしいけどもう原型はできている。

これから彼らは寝る間を惜しんで頑張るのだろう。

今度お兄様が行くとき手土産でも持って行ってもらおうと頭の中でリストアップしておく。

 

「すみません、本部長には一応連絡しておいたのですが」

 

もう帰る頃、牛山主任が申し訳なさそうに言った。

本部長、つまり何の仕事もできないのに権力だけ与えられし無能の父上様である。

いらないよ、会いたくないし。

とは事情を知らぬ彼には言えぬことで、お兄様も適当に話を合わせている。

 

(だけどこの後会うのよねぇ)

 

テンションはだだ下がりだ。

もちろん面になんて出さないけどね。

牛山主任と別れてからすぐさま出会った。見張ってました?と聞きたくなるほどのタイミング。

歪む表情から違うことはわかるけど。でも、一体何の御用だったんですかねぇ?こんなところで会うなんて。神の采配と言われたらそれまでなのだけど。

さて、目と目があったらバトルの合図ですよね。

帽子を被りなおさず仮面を被ってさあ勝負ですよ!

 

「お久しぶりです深雪お嬢様、ご無沙汰いたしております」

「お久しぶりですね。こちらこそご無沙汰いたしております青木さん。お父様も、この間のお電話ぶりですね。お元気そうで何よりですわ」

 

ええ、ええ。お兄様が無視されていることなんて気にもしていませんよ。むしろ汚いお前らが声を掛けることの方が許さん。

私はお兄様を守る壁であり、槍である。

ツンツン行きますよ、つんつん。

 

「お嬢様は見ない間に大変美しくなられて、この青木、四葉家の執事として鼻が高う御座います」

「あら、お上手ですこと青木さん」

「もちろん本心ですよ。次期当主の座を家中から望まれている深雪様にこのように拝謁できるだけで私は恐悦至極に御座います」

 

本当、口先から生まれた男ってこういうことを言うのねー。

自分からボロを出すってその時点で底が知れるけど。

 

「まあ青木さんったら。――ここが外だとお忘れなのかしら?それとも私を試していらっしゃるの?だとしたらその演技、今すぐおやめになった方がよろしいわ」

「っ、な、にを」

 

ああー。これくらいの揺さぶりで動揺したらだめよ。本当にこれが四葉家四位の執事さん?って思われちゃう。とはいえ執事とは名ばかりの経理担当の事務要員なのだけど。それでも家の人間なのだから隙だらけでいられるのは困るわけで。やっぱり早めに叔母様に言ってテコ入れしてもらわないと。

名前の通り青くなるのは芸なのかしら?たいして面白くもないけれど。

 

「ふふ、それも演技ですか?真に迫っておいでで素晴らしいですわね。それとも私の答え合わせを待っている、ということでしょうか。だとしたら期待に応えませんとね。ねえ、お父様?」

「え、あ、ああ、そうだね」

 

何もわかってないだろう無能な父の相槌の、なんと無駄なことか。

どうでもいいんだけど。

 

「まずここは表向きは四葉と関係のないことになっている施設なのですよ?なのにお嬢様、だなんて。はじめこそお父様の娘、という意味合いに取れましたのに、四葉四葉と連呼して。誰にも聞かれてないなど、貴方は特殊な目や耳をお持ちだったかしら?おかしいわ。そのような有能な人材が四位に甘んじているなんてことないでしょうし」

 

過信してべらべらしゃべってんじゃないよ、厳重に守られてる施設でもいつどうやってスパイが紛れ込むかわからないんだからな、と脅しを一つ。ついでにあんた気配も読めないだろ、とも付け加えておく。ま、誰もいないのはお兄様の態度でわかるのだけどね。

 

「そして、なんでしたかしら?私が次期当主に家中から望まれている?――まあ恐ろしい。そのようなことどなたがおっしゃいましたの?」

「そ、れは!我々使用人が皆思っていることで」

「つまりそれはほかの候補者たちは実力不足だと?使用人たちがそのような不穏当な発言をなさっていると?これは大問題ですわ――四葉全体に粛清が行われる緊急事態と言っても過言ではありませんわね。――至急叔母様に、ご当主に連絡をせねば」

「お、お待ちください!私はただ、」

「――わかっておりますわ青木さん」

「!!」

 

こういう時15歳だと迫力が足らないんだろうな、と思う。切実に扇子が欲しい。できれば金属製が希望です。

にっこりと微笑んで槍を納めて。

 

「演技だったのでしょう?ですから叔母様に連絡することはございません」

 

不問にする、と言えば米つきバッタのように頭を下げる青木さんは実に小物だ。よくぞそんなんでお兄様に楯突けたものだよ。

でも叔母様には連絡しないけど葉山さんにはチクるよ。執事長にはしっかり部下を教育してもらわないといけないからね。

 

「お父様も、あまり無理はなさらないでくださいね。たまにはお仕事を忘れて奥様とゆっくり過ごすことも必要だと思いますわ」

 

要約すればお前会社くんな、引っ込んでろ、なんだけどお父様には通じないのよね。

 

「お前は本当に優しい娘だな。ありがとう、そうさせてもらうよ。そうだ、たまには家族で食事でもどうだい?」

「そうですね、いつか時間ができましたら」

 

来ないよそんな時は。

いつまでも夢見てないで現実見てくださいね。

去っていく二人の背中は対照的で、浮かれポンチのご機嫌お父様と、うまくごまを擦れなかった男の丸い背中。

 

「――葉山執事長へは連絡済みです」

「仕事が早いですね」

「お嬢様を煩わせるものは早く片付けませんと」

「・・・お兄様有能すぎます」

 

本家の執事の方が使えないって大問題よね。

こってり絞ってください葉山さん。

 

「私はお嬢様できてましたか?」

「お嬢様ほどお仕えし甲斐のある方は他におりますまい」

 

おおう、ガーディアンモードのお兄様もカッコいいけど、そろそろいつものお兄様に会いたいです。

 

「・・・お兄様、そろそろ戻ってきてくださいませ。私は今猛烈に、私を甘やかしてくれるお兄様を切望しています」

「求められたなら戻らないわけにはいかないな。どうしてほしい?抱っこでも何でもしてあげるよ」

「ならば手を繋いでくださいませ。帰ったら頭を撫でて欲しいです」

「もちろん。可愛くて頑張り屋さんな妹の願いは全て叶えてやろう」

 

くすくすと笑いながら手を繋いで歩いた。

嫌なことはさっさと忘れて楽しい時間を取り戻そう。

今日は記念すべき、素敵な一日だったのだから。

 

 

――

 

 

さて、今日は正式に九校戦の選手を発表する発足会。

このためにどれほど準備をしたことか。

とっても大変でしたとも。

四時限目を終えて講堂の舞台裏で人数分の服やらバッジやらの数を確認して。

そろそろ来る頃、と振り返ればまさにそのタイミングでお兄様が現れた。

 

「こちらを」

 

そういって渡したのは薄手のブルゾン。

一高生代表の技術者用のユニフォームだった。

今まで二科生がこれを着たことがなかったので一科生のシンボル入りだが、むしろ一人だけ違うのも浮いてしまうのでこれでよかったのだろう。

 

「着せてくれるかい?」

 

耳元で囁くお兄様に、しょうがないですね、と言いながらついにやけてしまう妹です。

うん、かっこいいですお兄様。

そういえば懇親会ではお兄様がサイズの小さい服で困っていた描写があったような。七草会長に言って手直しさせてもらおう。それくらいなら私の裁縫技術で何とかなる。

 

「深雪は先輩たちのように着ないのかい?」

「私は進行役だから」

「そうか、大役だな」

「・・・あまりプレッシャーをかけないで」

 

お兄様にはそんな気はないし、私だってそこまで緊張することではないけれど。

宥めるようにお兄様が頭を撫でると周囲からはきゃーと嬉しそうな悲鳴がちらほら。

いえ、悪意がないのはいいけど、これはこれで大丈夫か?お花畑な思想が広がってそうで怖い。

そして式は始まり――つつがなく進行していき――お兄様の出番になるとなぜか感動したような声とどよめきが起こる。

そうだね、これもまた規模は違えど歴史的瞬間だもんね。

二科生が九校戦の大舞台に選ばれるなんて創立以来、初めての珍事だ。

これがまたお兄様の伝説の一つになるのだ。

そう思えば誇らしいではないか。

発足式は無事何事もなく終わり安堵した。

もう、お兄様に対して悪意ある視線などほとんど無くなっていた。

その事実にやっぱり一つのエンディングを迎えた気分だな、とにこにこ笑みが止まらない。

周囲には本当にお兄ちゃんが好きなんだな、というような目線をビシバシ感じたけど、いいじゃない。私、お兄様、好き!

そんなこんなでそこからは怒涛の日々だった。

練習練習また練習。皆放課後遅くまで残って練習漬けで、たまに生徒会の仕事を挟んでまた練習。

正直、私自身そこまで練習が必要ではない。ちょっと練習しただけで概要を掴み、ほとんど皆の練習に付き合っているような感じだ。

またお兄様も調整と、先輩たちに技術を教えたりとこれまた一年生らしくない活動に勤しんでいた。

僻みなどなく――とまではいかない。やっぱり先輩たちにも意地があるし、プライドは高い。そう易々とお兄様の言葉に耳を傾けられない素直になれないボーイも存在する。

思春期だものしょうがない。

でもすごいようだと認めないでもない、という感じなのでそのあたり刺々しさは少ない。森崎くんは完全この思春期グループだ。一年生筆頭だ。むしろ一年生男子のリーダーだもんで、周囲のお仲間は同じくお兄様に負けてばかりいられるか!言わんばかりに目の敵にしている。

だが一年女子は素直に調整をしてもらってから一層傾倒しているようだった。

お、これは恋の予感?と思ったけど残念。

そこまで行きそうなのは原作通り自分を引き上げてくれた!と感動しているほのかちゃんくらいか。

雫ちゃんはどちらかというとビジネスパートナー色が強めです。

恋でもええんやで?親友が靡いていると難しいとか?あー、女の子の友情は難しい。

お兄様にはぜひ、いろんな恋に触れてほしい。

・・・いえ別にハーレム作れって言うんじゃないよ。とっかえひっかえでもなく。ただ想いに触れるだけでいいの。そこから一つ選んで恋を育み愛にしてもらいたい。

妹はいつでもお兄様を応援しています。ファイト。

 

「深雪、疲れていないかい?」

「ありがとう兄さん。私は大丈夫。兄さんこそどうなの?」

「お前の顔が見られたら疲れなんて吹き飛んださ」

 

きゃー。のBGMは今日も快調のようですね。

もう聞き慣れました。これが日常。

ちなみに、発足式のアレを見た演劇部員が、プリンセスの戴冠式と騎士の叙勲のシーンを作って婚約だ!と訳の分からないことを叫んでその場から走り去ったらしい。続編決まったな。

 

 

――

 

 

そして迎えた8月1日。

予定より遅れてバスは出発する。

七草会長が家の用事で遅れたからだ。

・・・正直、この話を聞いた時もしかしたら無頭竜の情報でも入っていたのでは?と思ったが、それにしてはサマードレスでお兄様にノリノリでちょっかいかけているのを見る限り、そうじゃないんだな、と修正。

お兄様は弄ばれて――ないですね、なんでそんなにいつも通り?美少女のちょっかいですよ、もう少しテンション上げてあげて!

ああ・・・お兄様は技術者メンバーなので後方のバスに行ってしまった。

残念だけど仕方ない。慣習に逆らってはただのわがまま娘になってしまうからね。

遠足気分の盛り上がりでウキウキわくわくのメンバーたち。

バスで移動ってだけでテンション上がりますよね。わかりますよ。

でもね、これからこのバス大変なことになるのですよ。だから――

 

「そういえば渡辺先輩。こういうバスで移動している時、事故とかに巻き込まれた時の対処法とかって何かあったりするんですか?」

「なんだいきなり物騒だな」

「こんな大人数で移動すること初めてに近くて。もしこういう場面で誘拐されたらどうすればいいんだろうって」

「ああ~。流石に九校戦でそんな大それたことをする奴がいるとは思えんが、君はよく狙われてきたと言っていたな」

「私も流石に無いとわかってるんですけどね。いろんなシチュエーションを知っておいて損はないかと思いまして」

 

通る声なので普通に話していても皆が聞き耳を立ててくれている。聞くだけでなく参加してくるメンバーもいた。

 

「闘技場で聞いたけど、まあそれだけ魔法力が高くて可愛ければ変なのに目をつけられてもしょうがないのかもね」

「バスが狙われるって可能性まで考えなきゃいけないって相当やばいの?」

「あまり周囲を巻き込む系は遭遇したことないです。無いに越したことはないんですが、未来は分かりませんから」

 

あくまで可能性としてだと言うと、どう対処するのがいいか話し合いが始まった。

 

「まずはそうだな。ここにバスジャックが現れたら持っている武器が何か、対魔法武装はしているか見極めてから魔法を選ぶか身体能力で取り押さえるかを決めるな。動くのは実働経験のある風紀委員か十師族でも十文字が動くのがベストだろう」

「連携が取れるだけの信頼がある者が動いた方がいい。もしいなければ自身の行動を口に出して周囲に知らせるのも一つの手だ」

「え、でもそれだと犯人にばれませんか?」

「だが無秩序に魔法を発動したりしたらそっちの方が危険だ」

「その通りだ。魔法が相克を起こし、肝心の魔法が使えなくなっては元も子もない。パニックにならないのがベストだが、もし事故や事件が起きた時冷静になるのは難しい」

「そういう時はその場のリーダーを見て、順番を決めたりするのが良い対策だろうな」

「リーダーですか。この場合十文字先輩になるんでしょうか」

「真由美もリーダーだが、今はお疲れのようだからな。十文字だろう」

「渡辺も十分リーダーだと思うが」

「その時は私とお前でアイコンタクトでどう動くかだな。一人ひとり役割を声に出して決めて瞬時に対応できたら完璧だ」

 

ほーほー。聞きました皆さん。頑張りましょうね。

 

「ありがとうございます渡辺先輩、十文字先輩」

 

共に被害を最小限に抑えましょうね。

 

 

 

 

「・・・・・・もしやバスに乗ってすぐの質問はこれを予期していたのか?」

「いえ・・・流石にこんなことになるなんて」

 

はい。知ってました。

対処法話しておいてよかったですね。

おかげさまでバスは傷一つなく、襲い掛かってきた車は爆発しましたがこちらは無事です。

 

「これってまさかホントに深雪を狙った誘拐犯が・・・?」

「それはないんじゃない?巻き込まれ事故っぽいし」

「誘拐にしては手口がおかしい。ただ、事故と判じていいかはまた別だ」

 

一瞬私のせいで、みたいな空気が流れたけれどすぐに七草会長たちが否定してくれた。

流石十師族です。手口に詳しい(偏見)。

 

「深雪、大丈夫か」

「兄さん。ええ、なんともないわ」

 

降りてすぐお兄様が無事を確認に来ましたがなんともないですよとアピールしておく。

そして耳元で短く伝えられた。

 

「痕跡が見えた。あれは事故じゃない」

 

目的は九校戦。そして――一高の、私の乗ったバスが狙われたことでお兄様の怒りのギアが一つ上がった。

 

 

事情聴取やらで時間を取られてからやっと会場へ。

すると会うはずのない顔が見つかる。

エリカちゃんだ。私服かわいいねー。美月ちゃんもグッドグッド。普段見せないような露出多めなお洋服にくぎ付けです!解放的!でもお友達だからちゃんと教えておくね。TPO大事です。お着替えしましょうね。

それから西城くんと吉田くんも合流し、まだここにいる理由は明かさないけど滞在するんだー、と楽しそう。

いいね。青春満喫してるね!でも君たち皆宿題免除じゃないから大変では?と思わなくもないけどお口チャック。

楽しみにしているのに水を差してはいけない。

彼らの移動を見送って、いったん荷物を割り当てられた部屋に置いてきたらいいお時間。

懇親会の移動時間です。

 

「流石深雪、ぴったりだ」

「苦しくない?」

「ああ。まるで初めから誂えたようだな」

「ならよかった」

「・・・深雪さんって女子力高いわね」

 

お兄様の借り物のブレザーはやはり肩回りが窮屈で合っていなかった。

なので前もって七草会長に尋ねておいて正解だった。修正していいって許可を取りました。

 

「え、何々深雪って裁縫もできるの?!」

「ちょっとした手慰み程度よ」

「・・・手慰み程度で手直しなんてできないわよ」

「前時代の花嫁修業でもしてるの?」

 

趣味のため、とは言えないので曖昧に笑っておこう。

 

「花嫁・・・」

 

おっと、隣から低い重低音。

お兄様、私は当分嫁に行く予定無いですよ。

お兄様のお相手を選別するまでは、叔母様に頭下げてでも行かない予定。

 

「兄さん、そんな悲しい声を出さないで」

「すまない。きっと花嫁のお前の姿は世界一美しいだろうが想像すると――嫁入り道具に兄は入るか?」

「うーん、一般では入らないけど、兄さんなら入ってそう」

 

もしもだけど結婚しても、女の子のガーディアンができても、お兄様って何事も無ければガーディアンのままでは?分家が何を言おうと次期当主守るのにお兄様の力ってどうあっても最強ですし。

つまりお兄様は嫁入り道具??

 

「一般で入らないってわかってるのにどうして深雪さんの場合なら入るなんて話になるのよ・・・」

「というか達也くんの場合本当に入りこもうとしそうで怖いな」

 

先輩方―、聞こえてますよ。

冗談、冗談ですから。

 

「そもそも相手もいない想像なんてしても無駄でしょ?」

「お前に惚れない男はいないだろうからな。いつそんな話が起きてもおかしくない」

「・・・高校だってそんなことなかったじゃない」

「それは俺がけん制しているからな」

「え」

「けん制してるぞ。深雪に声を掛けたければ俺を倒してからにしろ、とな」

「・・・・・・お、兄さん、冗談は真顔で言っては分かりづらいわ」

「悪かった」

 

・・・危ない。お兄様の口元の歪みと目じりの一ミリ見逃してたら冗談だってわからなかった!

やってそうだよお兄様!そしてもしそうなら誰も私に話しかけられないね!お兄様倒せる人なんて地球上ほぼいないもの。

師匠とか風間さんレベル?

周囲からは本当に冗談か?との視線を感じますが冗談顔ですからね!お兄様ズジョーク。

 

「もう、兄さんったら」

「お前が可愛すぎて心配なんだよ」

 

さらりと髪を撫でるお兄様に、つい頭を寄せてしまう。条件反射って怖いね。

 

「ちょ、二人とも!ここは学校じゃないんだからあまりいちゃつくのはだめよ!」

 

七草会長、多分だけど学校でもだめだと思う。

っていうか学校でそんなにいちゃついてるつもりないんだけど。・・・何がそう思わせているのだろう?

頭を捻っていると、くるり、と体を一回転させられてお兄様の肩に引き寄せられました。何事?ダンスの練習?

 

「それなんですが会長、深雪には虫が寄り付きやすいです」

「む、虫・・・そうね、それはまあ、想像できるわ」

「真由美自身、毎年群がられてるしな」

「な、摩利だって!」

「私は女子の方が多い」

 

あー、想像できますねお二人とも。

スターに近づける滅多にないチャンスですものね。

 

「なら会長もわかるでしょう。とても疲労することが。おそらくこの懇親会で妹は様々な虫に目をつけられて集られることでしょう。それでは一高の勝利に関わります」

「・・・・・・つまり?」

「虫よけが必要です――深雪」

 

え、私!?

 

「なに?」

「これから俺を兄と呼ぶことを禁止する」

「え」

 

ええ?

 

「ちょ、ちょっとちょっと達也くん??」

「できるな?」

「できるかできないかなら、できるけど・・・必要?」

 

そこまですることって必要ですかねお兄様。

今まで通りじゃ何かいけない理由でもありました?

あの、後方で女子がきゃあきゃあ楽しそうなので私もあそこに行ってきていいですか?あ、でも行ったら餌食にされそう。

 

「達也くん、流石にそこまでするのは」

「一高が勝つためです」

「そ、その心意気は嬉しいのだけど」

「これは一種の心理戦でもあります」

「しんりせん」

「大抵の男子は深雪に見惚れるでしょう。だが恋人がいるとわかれば落ち込みます」

「だがそれならなにくそって立ち上がってこないか?」

「やけくその攻撃など冷静に対処すればただの隙でしかない」

 

・・・思ったより心理戦だった。

え、うそでしょお兄様。そもそも大抵の男子、そんなことで精神乱される??

 

「あいつに心ってもんはないのか」

「なんてひどい作戦」

「俺らの気持ちまで折る気だ」

 

なんか男子は男子サイドで何か言ってる。

おいおい、嘘だろマイケル。まさか本当に作戦として成り立つっていうのかい?

 

「司波」

 

!十文字先輩!!

流石に先輩ならこんなのおかしいって思いますよね。どうぞどうぞ言ってやってください!

 

「やれるだけやってみろ」

「ありがとうございます」

 

まさかのゴーサイン!?なぜ?!

 

「じゅ、十文字君!?」

「一高が勝つためだ。・・・正直その作戦にどれほど価値があるかは知らんが、もし効いたなら儲け、くらいでいいだろ」

「・・・面倒くさくなったのね」

 

収拾付かないから勝手にしろってことだった。

大所帯をまとめるにはこういった決断も必要なのか。大変だな、部活連会頭って。

 

「深雪」

 

お兄様が見つめてくる。

 

「・・・司波くん?」

「お前も司波だな」

「名前で呼ぶ機会あるかな?」

「まあ兄と呼ばなければ大丈夫だろ」

 

無理に名前を呼ばせる気はないらしい。

ただ恋人っぽく振舞えばいいということ。

外出する際よくやる手口ではあるけど、ここはいつもと違って学校の皆がいる。知人の目があるのだ。対応が変わる。

そもそもいつも思うんだけど・・・恋人っぽく振舞えってどうすればいいの?

見本になりそうなのは、千代田先輩と五十里先輩カップルだけど・・・腕に絡みついてますね。

・・・・・・・・・

 

「ああなる必要はないさ。普段通りでいい」

 

その普段は学校の普段?お家の普段??

とりあえず今の肩を抱かれている状態は正解ですか?腕に絡みつくより近いですね。

 

「よし!いいかお前たち。私たちはどんな手を使っても勝ちたい。三連覇がかかっているからな。よって、こういった卑劣な手を使ってでも勝とうではないか!今からこの二人のことを兄妹と漏らすことを禁ずる。無理にカップルとも言う必要も無い。ただ、見た通りです、とか言ってかわせ。それは嘘でも何でもない!そんなことでお前たちが精神を不安定にさせることはない。

――いいか、これは戦いだ。試合はもう始まっていると思え」

「我が一高に勝利を!」

 

おー。

・・・いいのか、これで。

先輩方はもう何を使ってでも勝つ精神で、全体を呷り志気を高めた。

高まってる生徒たちよ、今一度問う。それでいいのか?・・・お祭り騒ぎだからなんだっていい?そんなものですか。

・・・まあそうよね。騒げれば理由なんてなんだっていい。オタクもどうでも語呂合わせの日をネタに原作関係なく盛り上がるしね。

 

「深雪、俺たちが作戦の要だ」

「・・・精いっぱい頑張る」

 

お兄様、随分コメディ路線に突入しましたね。お兄様の新たな一面に私は戸惑いますが――受け入れて見せましょう!

 

「これからよろしくね」

「ああ。これからもずっと一緒だ」

 

(・・・あれ?ちょっと違くない?)

 

何はともあれ一高は懇親会に乗り込んだ。

姑息で卑怯な作戦を引っ提げて。

 

 

――

 

 

会場は学校の講堂より一回り広いだろうか。

選手も裏方も参加なので多いかと思ったが会場が広いのでそこまで多く感じない。

 

「なんか、思ったより豪華かも」

「そう?」

「雫はパーティーとかよく行くかもしれないけど普通はこんなところ来る機会なんてないから」

 

最初からフルスロットルでお兄様とベタベタすると他校生が期待に胸を膨らませる時間がないという理由により今は離れている。

が、ナイトよろしく雫ちゃんとほのかちゃんに挟まれています。

 

「雫はこういうところ慣れてるの?」

「うん。両親の付き添いでしょっちゅう。深雪は?」

「ほのかと一緒よ。こういったところには縁がないわ」

 

基本身内のしか参加したことありませんよ。

しても腹の探り合いだからこうした気楽なものなど初めてだ。

七草会長は九校戦前だからぎすぎすして嫌だと言っていたけれど、これくらいの緊張なら微笑ましいと思う。

周囲を見回すと緊張した顔がちらほら。でも私たちみたいに談笑している人たちもいる。

あ、そうだ。三高の女子は、一色愛梨さんは――いた!すごい。輝いて見える金髪美少女!両端にはお友達の二人が固めてるけど、どう見ても一年生に見えません。貫禄があります。これはきっと縦ロールだけが理由じゃない。

ちらり、と見ただけだけど自信に満ちたその姿、実に美しい。ずっと眺めていたいけど、それじゃ不審者ですからね。我慢です。画面越しならいくら注目してても許されるだろうから。・・・早く試合始まらないかな。

 

「あれ?あそこ、達也さんのところにいるのって」

「あら、エリカだわ。――たしかこういうところのアルバイトって年齢制限があったと思うけど、化粧も大人っぽくしてるし、何かしらの手を使ったわね」

「何かしらの、コネ?」

「何か企んでるようだったからあるんでしょうね」

 

相変わらず人を揶揄うのに余念がない。

全力って感じがしてとってもいいと思いますよ。

こっちに降りかからなければ尚良し!だけどお兄様の近くにいたら無理だろうなぁ。

 

「私たちも彼女からグラスをもらいに行きましょ」

「いいね」

「のども乾いたし」

 

私たちが動くとまるでスポットライトが当てられているのかというくらい視線が付いてくる。

美少女三人ですからね、しょうがない。でも有名税だと言うなら後で美味しい思いはさせて欲しいけど、無理だろうな。

 

「お姉さん、飲み物一つくださいな」

「よろしいですよ、お嬢様」

 

ノリがいいよねエリカちゃん。

そして給仕さんの衣装可愛いね。よく似合ってる。

 

「とってもかわいい衣装ね。エリカが可愛すぎてお持ち帰りされないか不安だわ」

「そういうお客様にはとっておきをお見舞いするから心配無用よ!」

 

パチンとウィンク。

わあ!それって再起不能なとっておきです?戦闘メイドはロマンです。今度先生と語り合いたい。

 

「深雪」

 

お兄様がグラス片手に近づこうとするが、

 

「まだだめ、でしょ」

 

ひらひらと手を振って止める。

先輩方に指示された共に行動する予定時刻はまだ10分もある。

そのやり取りに目を白黒させるエリカちゃんの耳元で事情を説明すると、あとで皆に伝えとく、と作戦に加わる意思を示した。だろうね。こんな面白いこと便乗しないわけがない。

お兄様はちょっぴり悲しそうだけど周囲の視線に気づいてください。

皆ステイ!と言っています。

もう少し視線を集めて来いということですね。お散歩してきます。

 

「じゃあエリカ、お仕事頑張ってね。美月たちにもよろしく」

「ええ。そっちも誘蛾灯頑張って!」

 

蛾はちょっと嫌だなぁ。でも作戦ですからね。頑張りましょう。

希望を持たせて突き落とすその瞬間まで頑張りますとも!

お兄様ともお別れして今度は先輩たちの元へ。

二年三年ともなると知り合いの選手もいるのか囲まれていた。

渡辺先輩には女子が、七草会長には男子が。

わかりやすい。

 

「あら深雪さんたちも楽しんでる?」

「ええ。こういった場所は初めてなので見るところが多くて」

「ふふ、初々しいわね」

 

七草会長も作戦だと腹を決めたら見事女優になっていた。

おかげでこの周辺はとっても大変なことになっておりますね。

注目度が違います。

声を掛けようとする男子もいたけど会長が華麗にかわす。

 

「あっちにちょっと変わった食事が並んでたわ。三人はもう食べた?」

「いいえ。まだ」

「なら――」

「あ、よければ俺たちがとってきましょうか?」

「自分で選びたければ案内するよ」

 

おやまあ。蜘蛛の巣の罠へようこそ。さっそくネットに引っかかってますね。すごい絡めとり方です。

 

「私ももう少し食べたかったからちょうどいい。一緒に行こう」

 

王子様然の渡辺先輩の前では並みの男子では霞む霞む。

 

「「「ありがとうございます」」」

 

渡辺先輩に寄り添うように歩くとすごいね、ほう、と感嘆のため息がいくつも聞こえます。

男装の麗人と美少女ですか?二人ともスカートなんですがね。

 

「君の注目度は本当にすごいな。これは予想以上の成果がありそうだ」

 

態と耳元に顔を寄せての囁きに、会場に聞き覚えのあるBGM、いや効果音かな、がかかる。

学校でよく聞くものですが、ここでも流れるんですねぇ。

あと時折私の名前が聞こえる。情報漏洩―。すごいね。どこで手に入れられるの?あ、選手名簿とか、先輩たちが外部にあの子は誰って聞かれて答えてるのか。ますます情報漏洩~。個人情報なんて選手にあってないものか。

 

「期待に応えられるよう頑張りますね」

 

笑顔付きで囁き返せば今度は男性陣による地響きのような声。

・・・相手は同性の先輩なんですが。あ、一部はそれに対しての狂喜乱舞の声ですか。男性は分かりづらい。

さっそくテーブルでお食事タイム。

他の一年グループとも合流してこれ美味しい、こっちも!と華やぐトークをしていると、周囲にはサークルができていた。女の子たちのキャッキャを前に近づくことなどできまい。ある意味結界です。

残り時間わずかなのでここで時間つぶし。

しかし視線を向ける一部に不穏な流れ。

「おい、お前行けよ」「押すなよ」「行かないんなら俺が行くぜ」「おい抜け駆けすんな」みたいな声がちらりと。

これは危ないですね、と思っていると結界なんてものともしない男子が颯爽と現れた。

――お兄様だ。

 

「深雪、楽しんでるかい?」

「ええ。これは食べた?とっても美味しいの」

「どれ?――ん、うまいな」

「でしょう?」

 

自然に横に並び立ち、肩に触れるお兄様に食べさせてあげてにっこり笑い合う。

たったこれだけ。

それだけで会場は静寂からのどよめきであふれた。

 

(わあ、大惨事だ)

 

皿は割れ、グラスが床を濡らし、崩れ落ちる者まで現れた。

・・・そこまで?仕込みじゃないかってくらいテンプレ事故が起きている。

しかし私たちは素知らぬ顔をして、ちらりとそちらに視線は向けるけど、すぐに二人の世界に戻る。

 

「そろそろ来賓の挨拶が始まるみたいだな。一緒にどうだ?」

「もちろん。でも先輩たちが前だろうから後ろの方がいいかしら」

「後ろの方が都合がいい」

「!もうっ、そういうことは言わないで」

 

流石に後の会話は声を低くしてだけど、まあ聞き耳立てれば聞こえるよね。

意味ありげなお兄様に応えるにはああいう反応の方がいいと返してみたけど、サービスしすぎではないですかね、お兄様。

少女漫画に夢見る女子たちの歓声が上がると同時に男子たちの落ち込み具合の落差がすごい。

一緒にいた女子たちと別れ、お兄様にエスコートされて壁に近い場所に陣取る。

ちらりちらりと視線はあるが、ガン見しようという猛者はいなかったのはありがたい。

 

「深雪はいったいどこでああいったことを覚えてくるんだ?」

「それはブーメランというのでは?」

 

今度の小声は周囲には聞き取れないと思うけど一応念のため兄と呼ばないよう気を付ける。

そしてお兄様、それはこちらのセリフです。

一体どこでそういったことを?やっぱり軍でアレな訓練を?

 

「嘘は言ってない。後方の方がいろいろと見やすいからな。あと話しやすい」

「・・・自分だけ抜け道を作るのは卑怯だわ」

 

まるで私だけがそっち系な想像をしたみたいじゃないか。頑張って合わせたのに。

 

「悪かった。機嫌を直してくれないか?」

「・・・思ったのだけど、ほとんどいつもと会話変わってないけどいいのかしら?」

 

怒ってないから機嫌も何もないのだけど、むしろこっちの方が気になった。

あまり学校でおしゃべりする内容と変わり映えが無い気がするんだけど。いや、周囲の反応見れば作戦はこなせてるんだろうなっていうのは分かるんだけど、なんか釈然としないというか。

 

「あまりいつもと違い過ぎたら身内からボロが出るからいいんじゃないか?」

「それは、確かにそうね」

 

でも普段学校でそんなに話さないから、お兄様にこんなに敬語を使わず話すこと自体が珍しくて、今にも口が引きつりそう。いつもお昼とか皆と話してるし、直接二人きりで話すこと自体がそんなにない。

だからこんなに敬語抜きで長時間お兄様と話すなんてそもそもそこまでないのだ。

うう。知り合いに見られながらのこの状況はちょっときついです。きついですよお兄様。

 

「辛そうだね」

「・・・慣れてないから」

 

お兄様にも伝わったらしい私の辛さ。心配そうに言うけど発案者はお兄様ですからね。

 

「部屋に戻ったらいつも通りでいいよ」

 

つまり部屋で話すことがある、ということですね。・・・ああ、これってそれが目的か。今になってお兄様の意図に気付くなんて――相当テンパっていたらしい。

そうだよね。お兄様が何の目的もなく恋人の振りを切り出すはずがないのだ。

 

「――きたね」

 

そうお兄様が視線を向けると金髪美人のお姉さん。

あれ、確かに今司会者が九島烈の名を呼んだはずだが、と肉眼ではなくエイドスの感覚で知覚しようとするとぞわり、と今まで認識していなかったのが信じられないくらい会場全体にうっすらと魔法が行使されているのがわかった。さっと視線を巡らせるが誰もそのことを気にしているようには見えない。

発生源はどこだと流れをたどると――金髪美人の背後に渦のような・・・。今度は肉眼で確りと見れば、ひとりの老人が。

 

(ああ、これは恐ろしいわ。ぬらりひょんだ)

 

日本古来から伝承される妖怪を彷彿させる人だった。

ちらっと横を見ればお兄様も気づいたのか、口元が上がっている。

己の知らない技術を、技巧を見て喜んでいるらしい。

私には「恐ろしいおじいちゃんだわー」、だけど、お兄様には面白いおじいちゃんに見えるのか。

同じ人を見ても同じに見えない。これも精神干渉魔法による改変なのか――?たぶん違う。

そしておじいちゃんは見られていることに気付いてお兄様を見、次いで私を見た。

――ああ、本当に食えないおじいちゃんだ。

私はすぐに目を外したはずなのに――おそらくその前に気付いていたのだろう、こちらが気付いていたことに。

それからドッキリの種明かしをする九島閣下は、好々爺の顔をしながら平和ボケをしている若者に注意喚起を促す。

 

(・・・っていうか気づいていたほかの5人、いえお兄様を抜いて4人って誰だろう?)

 

十文字先輩とか気づいてそう。七草会長はどうだろ、でも閣下のこと知っていればそういうことしそうってわかりそうだけど。

閣下は言う。

大きな魔法ばかりに目をやると小さな魔法に出し抜かれるぞ、と。小細工、工夫をしろと。

その言葉の意味をすんなり聞き入れられたのはおそらく一高生徒だろう。

皆がちらりとお兄様に視線を向けていた。

魔法力の少ない二科生の魔法が見せた奇跡のような魔法を知ったから、彼らはその意味が分かった。

 

「外に出てみるものだな」

 

お兄様は笑っていた。

 

「ようございましたね、お兄様」

 

拍手で聞き取れない程度の声。それでもお兄様は拾って小さく頷きを返した。

 

 

――

 

 

懇親会も終わり、生徒会長主導の元、ホテルへ戻ることになったのだが。

同室のC組の子に断ってお兄様の部屋に行くことを伝えると、自分も部活の先輩のところに入り浸るつもりだと返ってきて、どうやら私たちの部屋は空き室になるみたいだと笑い合って別れた。

いえ、私の場合ずっとお兄様といるわけじゃないのだけど。だってお兄様は技術班だからね、お仕事がある。雫ちゃんたちの部屋にもお呼ばれしてるので楽しみです。

こんこん、とノックをするとお兄様から「入って」の声。

 

「よかった。一人だね」

「お話があるようでしたから、ほのか達には遠慮してもらいました」

 

ほのかちゃん達が付いてきたそうではあったんだけどね。これからの打ち合わせをしてくると言ったら遠慮してくれました。

ああ、なんだろう。敬語を使っているのに開放感がすごい。とっても落ち着く。

 

「・・・そんなに敬語が恋しかったのかい?」

 

くすくす笑うお兄様だけど、すっごく恋しかったですとも!

 

「そんなにストレスなら、おいで」

 

腕を広げるお兄様。

もうブレザーは脱いでラフ過ぎないが、楽な格好になっていた。

腕の中に入ると閉じ込めるように腕が背に回される。

ほっと落ち着く腕の中。ドキドキでもあるけど安心感が今は勝る。

 

「深雪は老師が怖かったのかい?」

「昔読んだ妖怪ぬらりひょんかと思いました」

「ぬらりひょん・・・」

 

呟いてからお兄様から小刻みに振動が伝わってくる。そんなに面白いですか。私は怖かったです。

 

「いや、いつもながら深雪の表現は素晴らしく的確だな。ぴったりだ」

 

まだまだバイブレーションは続く。そんなにツボに入りました?これは珍しい。

 

「お兄様は嬉しそうでしたね」

「そうだな。ああいう大人がいてくれると日本はまだ捨てたもんじゃないと思える」

「ああいう曲者タイプの大人は性格も曲者ですが、超一流の技巧をお持ちですからね」

 

お兄様の好きなタイプは把握済みです。

好きというより尊敬するタイプ、だけど。

 

「・・・深雪は俺の腹筋を鍛えようとしているのかい?」

「それ以上固くなられたらバイクに乗るとき、お兄様のお腹にタオルを巻くことになりますよ」

「それは・・・気を付けよう」

 

笑わせるつもりはなかったのですけど。今日はツボが浅くない?

 

「さて、このまま笑って終わりたいがそうもいかないからな」

「――無頭竜ですか」

「バスを狙ってきたからな。目的ははっきりとわからないが、とりあえず一高自体が範囲に含まれていることは間違いない」

「『ウチ』というのは気づかれてはいないでしょうけど、だからと言って狙われていない理由にもなりませんしね」

「お前を狙う理由は家以外にもあるからね」

「軍からは何と?」

「それが――おそらく今晩動きがあるのではないか、と」

「お兄様は動かれるのですか?」

「通りすがって見かけたら、ってところだな。罠を張っているということは侵入させたところを捕えるだろうから」

「ではあまりホテル内を動き回らない方がいいでしょうか?」

「中にまで侵入はさせないだろう。――もし内部に潜り込んでいる者がいても大会前に動くにはリスクがある」

 

目的がわからないが、お兄様的にはすでに私に手が出された状態なので、容赦をする気も無ければ積極的に潰していく対象になったようだ。

だからこそ、あの設定になったのだろう。

傍にいてもおかしくない理由を。護衛をしやすくするために。兄妹よりかは恋人の方が寄り添えますからね。二人きりになる理由も作りやすい。

エンジニアなのだから私の調整をする時などは傍にいると思うのだが、それでは足りないのか。

 

「目的がはっきりすればいいのですが」

「わかったところで潰させてもらうが」

 

うぅん、物騒。でもしょうがないね、私はお兄様の逆鱗ですから。大亜連合ってだけでもう嫌悪対象なのに。

 

「あ、そうでした。お兄様、少し作戦を変更しようと思うのですが」

 

ハグしたままだったからちょっと押しのけるような体勢になったけど、相変わらずお兄様は微動だにしない。私だけしなってる。く、悔しくなんてないんだからね!

 

「作戦?どれだ?」

 

そんな常に戦略練ってないですよ。九校戦で作戦と言ったら競技二種とこの恋人ごっこくらいなもの・・・三つあったね。

 

「えっと、アイスピラーズブレイクです。今日の閣下のお言葉に感化されまして――」

 

これこれこうで、こういうことを~、と説明すればお兄様は目を輝かせて。

 

「――ほう?ならCADを一から組み替えるか」

「お願いできますか?」

「もちろん。面白いことになりそうだね」

「あまり小細工というのはしたことがなかったので新鮮な試みです」

「お前にはそんなことをしなくても圧倒的な魔法力があるからね。だけど――だからこそ面白い」

 

お兄様は腕を背中からわきの下に移動させると軽々私を持ち上げる。

 

「深雪、お前が妹であることが俺は誇らしいよ」

 

くるくるその場で回りだした。わーいメリーゴーランドー。お兄様、私いくつ?っていうかお兄様腕力どうなってます?

身体強化使ってないのは分かってますよ。私だって成人女性とほぼ変わらない体重ですよ?どんな筋肉??今度袖無しの服でやってもらえば腕の筋肉どうなってるかわかるかしら?

そろそろ下ろしてと思ったら腕に座らされて天井が近いです。お兄様からして私はいくつと思われてます?そしてお兄様は腕をいたわってあげて!なんで安定感があるの?私が座ってるのは椅子だった??温かい、これは腕!

 

「お兄様―」

「はは、すまない。嬉しくてつい」

 

嬉しいならしょうがないね、とは普通はならないからね。こんな子ども扱いされたら普通怒るところですから。

 

「もう、お兄様ったら」

 

でもそんなに嬉しい顔をされたら許すしかないじゃないですか。

きっと私も笑ってるのだろう、お兄様は更に笑みを深くした。

 

 

――

 

 

時間も遅いということでお兄様は私をほのかちゃん達の部屋まで送ってくれた。

遅いと言ってもまだ九時だけど、一人で出歩かせるのはお兄様的にアウトだったんですね。

移動中いろんな人とすれ違い、いろいろ見られもしたけれど皆いい具合に勘違いしてくれていて、恋人同士だと認定されてるようだった。

良いんですけどね。困ることないので。あ、でもお兄様は困る?学校以外で恋人作れなくなっちゃう?横を見ればお兄様は穏やかな笑みでどうした、と聞いてくるけど言えないよね。

何でもないと返して手を強く握ると、今度はその手で遊ぶことを思いついたのか、ちょっと離すように言われて離せば今度はパーを出してと指示が。なんだ?と思いながら手のひらを差し出すと――おお、これは世にいう恋人繋ぎですね。お兄様芸が細かいね。周囲から歯ぎしりと羨ましいといううめき声が聞こえます。って意外に人いるね。

 

「送ってくれてありがとう」

「ああ。少し早いが、おやすみ」

「うん。おやすみ」

 

中の二人が寝間着だったら問題かなと思ったので扉の前で別れたのだけど、中に入るとまだ寝間着になってない二人がいた。しまった、これなら中に入ってもらえばよかった?

 

「え、いいよ!達也さんも気まずいんじゃない?一応女子だけの部屋だし」

 

言われてみればそうだった。お兄様原作でいつも女子に囲まれてるから、違和感なかったけど普通じゃなかった。

それにお兄様はこれから作業車に向かうと言っていた。邪魔はしてはいけない。

しばらく三人でこれからのこととか競技についてとか、今日の懇親会すごかったという話に花を咲かせているとノック音が。

こんな時間に?と三人顔を見合わせて出てみれば、一年女子が揃っていた。

何でもここには人工温泉があって、お願いしたら使用許可が下りたらしい。

さっそく行こうという話になってきてみれば――貸し切り状態の広い浴場があった。ユニットバスしか使えないと思っていたのでこれは嬉しい誤算だ。

温泉を見つけたエイミィちゃんにお礼を言って、用意されていた湯着とタオルを手に取り皆で着替えだしたんだけど・・・

 

「どうしてこっちを見るの?」

 

いくら視線に慣れていても、裸になるのを人に見られるのは同性であっても恥ずかしい。

顔も赤くなっている気がする。

するとどこからか息をのんだような音が。

というか皆、何か言って。動いて。私のストリップ見てどうする気なの?

 

「ほら、十時までなんでしょう?時間無くなっちゃうわよ」

 

ぱん、と手を叩けば皆夢から覚めたようにはっとして慌てて着替えだした。

 

「深雪~、お願い!先行ってて。深雪がいるとどうしても目が行っちゃう」

「なあに、それ。もう!わかった。先に一人で入っているから皆も早く来てね」

 

せっかく皆できてるのにここでボッチとかひどくない?何か理由があるみたいだけど寂しいじゃないか。

ちょっとむくれながら一人中に入る。

背後でやばい・・・やばい・・・というオタクゾンビの声が聞こえた気がしたが、あれは前世のイキモノだ。ここにいるはずがない。

先に体を洗って――と目の前の鏡を見てハタと気づく。

 

(・・・そうだわ。深雪ちゃんのパーフェクトボディは男女関係なく魅了するんだった。これは未成年には毒だわ)

 

うっかり忘れていたけれどこの体は磨きに磨き、内側からも丹念に、それはもうこれ以上ないほど最高に仕上げている傑作深雪様だった。毎年美の更新をしているこの作品は体の成長と共に色香を放つようになった。それも大人に成りきれていないこの時期限定の妖しさも醸していた。

これを普通の女子高生が見てどうなるか――新たな扉、開いちゃうよね。

まずい。どうしようか。人間洗濯機のブースに入る?でもアレあまり好きじゃないんだよ。体洗った気がしなくて。だけど背に腹は代えられない。皆に変な性癖を植え付けないためにも。

もう一度湯着を脱いで体を見下ろす。・・・うん。これは酷い。死人が出るレベル。

冗談抜きでこの眩い裸体を求めて争いが起こるレベルだ。つまりやばい。

・・・これ、またここを出たらまたやばいのでは?

お兄様が絡まないから安心してたけど、こんなところでお色気話が待っているとは。

気を持ち直してシャワーを浴びる。

――この後温泉に入ったんだけど、全員見てはいけないものといった感じで体ごとそっぽ向かれた。

私って歩く猥褻物になってる!?なんかごめんね!

そのまま女子トークが無理やり始まった。

初めこそたどたどしかったが、そこは女の子。一度テーマが決まれば展開は早い。

どこの誰が格好良かったか、同年代よりおじ様がいいとか。

 

「かっこいいと言えば見た?噂の三高のプリンス」

「ああ、一条君ね。見た見た」

「「深雪に一目惚れしてたよね~」」

 

はい?・・・ああ、そんな話あったね。っていうか一条君見るの忘れてた。

一色さんの近くにいたはずなんだけど、彼女を見るのに必死だったから。

 

「深雪気づいてなかったの?」

「・・・正直兄さんの作戦で頭がいっぱいだった」

「「「「「ああ~」」」」」

 

正確にはお兄様禁止令ね。

呼ばないようにするのって大変。

 

「でもあの作戦なかったらさ、本当に群がられてただろうね」

「思った。いくら私とほのかで守っても全然だめ。移動で何度かかわしたけど、結局無理で先輩たちに頼るしかなかった。一年女子だけで守るには限界がある」

「た、確かに深雪はこんなに美人さんだからしょうがないけど!」

「ほのか・・・そんな真っ赤になってそっぽ向かなくても」

 

見たら一体どうなるっていうの?ほのかちゃんが獣になるとは思えないから、失神?どっちにしろ危ないね。

 

「綺麗ってのも大変だね」

「つまり深雪を恋人にできたら、そういう奴らから深雪を守り抜かなきゃならないのか」

「・・・確かにコレは達也さんを倒せるくらいじゃないとお付き合いできないかもね」

「え、倒してもお話しかさせてもらえないんじゃなかった?」

「皆、あれは兄さんのジョークだから」

「「「えー?」」」

 

もし本当にそんなことになったら一生男子とお話しできない。

 

「ね、ね!深雪はタイプってどんなの?」

「タイプねぇ・・・」

「お兄ちゃんみたいな、とか?」

「ああ、四月のアレ!私見てたけどカッコよかった!」

「ふふ、そうね。兄さんは確かにかっこいいけど、兄さんがタイプって・・・頭がよくて運動ができて、魔法力が弱いけどそれをカバーできる実力があって?その上優しくて気遣いができて、付き合いがよくて――そんな人他にいる?」

 

皆黙った。

私も言ってて思った。

 

「そんな完璧超人いないよ」

「・・・深雪ブラコンフィルター分厚くない?大丈夫??」

 

いえ、いるんですよ我が家に。

信じられない、空想上の生き物だよ、と誰も信じてくれなかった。お兄様やっぱりツチノコ説。

そろそろ上がらねばのぼせちゃう、と皆が上がろうとしたので続こうとしたらストップがかかる。

 

「全員が出てからじゃないと、危ない」

 

・・・くすん。皆がひどいんです。

最後に上がり、そっぽを向かれながら最後に着替え、皆で浴場を後にした。

 

 

 

――

 

 

服部視点

 

 

懇親会後、桐原と二人で部屋に戻ると桐原がどかっとベッドに腰かけた。

 

「おい、埃が舞うだろ」

「へいへい。悪かったな」

 

しかし返ってきた言葉に覇気はない。

どうかしたのだろうかと声を掛けると珍しく言いにくそうに頭をがりがりと掻く。

 

「なんつうか、頭いいやつって変に馬鹿になるよなっつーか」

「・・・?何の話だ?」

「あー?司波の話?」

「・・・あのへんな作戦のことか?やったところで、と思ったが予想以上に効果がありそうな反応が見えていたな」

「んなこたいいんだよ。俺が言いたいのはそうじゃねぇ」

 

本当に珍しい。桐原はどうでもいいことは切り捨てるし、心配なら即行動する、いい意味でも悪い意味でも直情型だ。これが、戦術が絡むと搦め手とかを使ってくる厄介なところもあるのだが、普段であれば人のことで悩むなど見たこともない。

 

「じゃあなんだ?アイツを馬鹿と呼ぶには材料がない」

 

俺はアイツと対戦して自分がどれほど未熟かを実感した。

テストの成績は言わずもがな。筆記は非常に優秀だし、馬鹿と呼べる要素はまるで見当たらない。

唯一知っているプライベートは優秀な妹がいるくらいだが、兄としてもアイツは優秀のように思う。

妹を労い、妹を守り――随分仲は良すぎるようだが、それにしても欠点と呼ぶことでもないだろう。

そう思っていたのだが。

 

「これに関して言えば服部、お前も馬鹿になるよな」

「なんだいきなり」

「――七草会長」

「っ、ぐ、ごほっ!」

「・・・動揺しすぎだろ、本人もいねぇのに」

 

確かに桐原の言う通りではあるのだが、いったい何の話だ。

 

「バスで相当揶揄われてたりとか。普段だったらもうちっとマシなくせに」

「・・・・・・ほっとけ」

「司波はちっと事情が違ぇが」

「!まさか七草会長のことを?!」

「・・・だからお前は馬鹿だってんだよ。会長のことになるとネジ無くす癖何とかしろ」

 

この恋愛ポンコツ野郎、と罵られる。

それは、自覚していてもどうにもならないのだがどうすればいい?

見上げただけなのに「知るか」と返ってきた。

人の心を勝手に読むんじゃない。

 

「読みやすいんだよお前は。――逆にアイツは読みづらい。読めない、んだが。・・・アイツ、妹のこと好きだろ」

「・・・それは見ていてわかるが」

「女としてッて意味だよ」

「・・・・・・・・・は」

 

桐原は今、何と言った?

女として?妹を・・・?ありえない。

 

「根拠がなく言ってるわけじゃねぇ。前に妹の方がな、俺をまあ、あれはそんな話でもなかったんだが、容姿を褒めたんだよ。褒めたっていうか認めたっていうか。話の流れでそんな感じになった。そしたらアイツ、俺を睨みやがってな。けん制して学校では妹に会わないように徹底的に妨害行動してくる始末だ。興味ねぇからいいけどよ」

「・・・それは、その。シスコン、と言えるんじゃないか?行き過ぎてるとは思うが」

「行き過ぎたシスコン程度じゃあんな目でけん制してこねぇし、あんな目で妹を見ねぇんだよ」

 

向けられた視線、ありゃ間違いなく殺気だった、と桐原は言う。

桐原は父の仕事の関係で本物の殺気を知っている。だからこそわかるのだと。

 

「ほんの少しだがな。アイツも本気で向けたつもりもないんだろ。・・・下手すりゃ無意識だ。そんで、あの時妹に向けていた目はドロドロとした欲の色だった」

 

そんなものを妹に向ける兄がいるか、と。

 

「だから余計に思うのさ、頭いいくせに馬鹿だって。アイツ、自分を追い詰めてどうすんだ?妹と恋人ごっこ?抜け出せなくなったらどうするつもりだ」

「・・・桐原、やっぱり俺は考えすぎだと思うぞ。だって、・・・だって妹、だぞ?血の繋がった、妹なんだろ?」

「――服部、俺はな、一方的にアイツに、あの兄妹に恩がある。だから手を貸してやってもいいと思ってあの時、調整をして見せる時もCADを渡せた。アイツらが手助け必要になったら手を貸してやろうって決めてんだ。だからそれとなく見てたりすんだが、今回ばっかりはなぁ」

「その話のどこに手を貸せる場所があるというんだ」

「・・・だよなあ。もし無自覚なら気付かせたらやべぇだろうし、妹の方はアレもアレでなんかやべぇし」

「司波さんの方にはなんの問題もないだろう?」

「・・・お前、もうちっと女を見る目を養ったらどうだ?あんな見た目でも兄を守ろうと矢面に立った女だぞ?普通のわけがねぇ。皆あのお涙頂戴に目が曇ってるみたいだがな。バスでお前も見たろ。冷静に燃え盛る火を鎮火したのを。いくら前もって話していたからってあんな行動取れるわけねぇんだよ。普通の一年ならな」

「・・・・・・まさか、そんな」

「まあ信じたくなきゃ別にいいがな。だがあの兄妹は何か企んでやらかそうってんじゃない。お互いにお互いを守ろうとしてるだけだ。アイツらの世界の邪魔さえしなけりゃ害にはならねぇ。俺はそう見えた。だから邪魔はする気はねぇんだが」

「・・・・・・おい、なんでこの話を俺にした?どうにもできないことだろ」

「それはお前が聞いてきたからだろ、と言いたいところだが、ただ単に俺一人で抱えるのが嫌だったからだな」

「俺を巻き込むな!」

「いやあ、持つべきものは優しいトモダチだな」

「お前とは友達じゃない!」

 

翌日寝不足を会長に指摘され、大いに慌てて机にぶつかり転ぶという失態を起こすことになる。

 

 

 

――

 

 

九校戦、開幕。

新人戦は四日目から。

よって応援と観戦するくらいしかすることがない。

一応練習はできるけど軽く、程度だ。誰も実力を見せないからね。手の内は隠さないと。

スポーツだからどれを見ても面白い。高校生が汗水たらして頑張っている姿は青春そのもので、見ているだけで胸が熱くなる。

観戦モードで友達と応援なんて、これただのバケーション、バカンスでは?楽しいね。

お兄様も今日はオフでエリカちゃん達と合流して一緒に観戦。お兄様の解説付きでとってもわかりやすい。

七草会長の正確な射撃に渡辺先輩のボード捌きの凄さよ。なんでも渡辺先輩はボードに体を固定しているようで、お兄様は面白いものを見たと何か思案顔。いいアイデアでも浮かんだかな。

途中先輩の活躍ぶりにエリカちゃんが不機嫌になっちゃったけど大好きなお兄ちゃんのことだからしょうがない。しょうがないったらしょうがない。

と、そんな楽しい時間を過ごしていたけど、端末がメールの着信を伝える。

さて、どうしよう?周囲には友達以外にも人がいる。

 

(やるしかないのよね・・・よし、やってやりますとも!)

 

心の中で気合を入れる。私は女優!といつもの呪文を唱えてから――。

お兄様の服の裾をチョン、と引いて耳元に口を寄せて。

 

「ちょっとだけ、二人になりたい、かも」

「・・・・・・俺もそう思ってたよ」

 

あー、あー、お色気モードはお戻りください。

ちょ、腰を抱かないで逃げないから!笑顔が、笑顔なんだけど怖い!なんか連れてかれそう。魔王様に攫われる!

周囲からの視線がとんでもないですね。たとえ小さな声でも通りますからね。私も顔が赤くなって戻りません。ポーカーフェイスどこかに落ちてませんか!?

だって、他にどう言えば皆と観戦のこの状態から二人きりになれるの?っていうか置いてきちゃった皆も顔真っ赤だったね。ごめんね巻き込んで。

でも時折恋人ごっこやれって十文字先輩も朝言ってたし。

どうやら作戦が成功して、集中しきれない選手の様子を見たらしい。

正々堂々勝負?戦場で甘っちょろいことを言うんじゃない。老師も言っていただろう。工夫をしたのだ我々は。

・・・ってことのようです。

すごいね工夫。魔法も何も使ってないよ。違反にならない。ヤッタネ!

とりあえずたどり着いたのは、近いこともあってお兄様の部屋だった。一人で使っているので誰か入ってくる心配もない。

 

「それで」

「これを」

 

言葉少なに端末を開けば四葉からの報告で。

 

「・・・・・・本当にくだらない理由だな」

 

簡単に言えばどうやら無頭竜は資金繰りに失敗。今期のノルマ達成が間に合わない!ってことで急いでお金が欲しくて闇賭博を主催開催、八百長をして総取りが目的ということらしい。まあその八百長は勝たせるじゃなくて皆が掛けてる一高を負かせられれば、ってことみたいだけど。

ついでに優秀な未来の魔法師をだめにできたら万々歳だね!ってノリらしい。なんてはた迷惑。

 

「一高の優勝妨害のために死者もいとわない、と。相当切羽詰まった状態に追い込まれているということか?」

「ああ、バスの件ではそうでしたね」

 

もしあのまま巻き込まれていたらどうなっていたのか。

魔法が使えなければ大惨事、下手したら最悪生存者も残らないほど大破していたかもしれない。相当な衝突事故になっただろう。

そうなったら大会どころじゃないと思うんだけど・・・もしや大会中止も目的にある?

いや、でも恐らく魔法使うこと前提だろうからやっぱり動揺を誘って、ってことになるのかな。流石に一高が大会不参加の大事故なんて起こしたら大会が続行できたとは思えない。賭けだって大会前にリタイアであれば掛け直しになるだろう。一応死亡事故にまでするつもりは無かった、ということだ。

だとしても雑な作戦だ。大雑把すぎる。

仕掛けたことを気づかれないように動くにしてもやりようは他にあったのでは?

それともばれない秘策が――あったね、そういえば。

CADの小細工――これから渡辺先輩がダメージを受けることになるし、その後の森崎くんたちも重症になる。そしてもう一人、小早川先輩はこの事故がきっかけで――ドロップアウトする。

歴史の生き証人が見ないとわからないほど失われて久しいSB魔法を、現代の魔法師が気付けるわけもない。しかも細工をするのとは別に大会本部内部にも見逃している人がいるみたいだったし。

お兄様が気付けたのも、自身が手掛けた私のCADだったから違和感に気付いたのだ。

・・・お兄様に見つけてもらう?だがそれではお兄様が目立ってしまう。もともと九島閣下には四葉直系の子として目をつけられていて、これ以上四葉に力があり過ぎると思われるのは今後の流れ的によろしくない。

 

「軍の方に知らせて、一高を中心に見張ってもらえば、細工をされる場面を抑えられるでしょうか?」

「目的がわかったからな。ある程度絞り込めるはずだ」

 

(・・・ああ、ままならないな)

 

これは三年前にも思ったことだ。

あの時もこんな気持ちだった。

結局私は見捨てるのだ。大事なものを救うために。

守るためには仕方のない犠牲。しかも前回とは違い死者は出ない。

・・・だけど体に、そして心に傷を負わないわけではない――。

 

「深雪?」

 

私は無力だ。

どれだけ己の力を磨こうとも、知識を蓄えようともすべてを救いきることはできない。

 

(物語は改変できた。お母様とは幸せに暮らせたし、お兄様は学校で蔑まれることは無くなった。なのになぜ、傷つくとわかっている人を救えないのか)

 

わかっている。私は神でも何でもない。

知っていたからといってできることは限られている。

 

「深雪」

「はい、お兄様」

 

お兄様の為に、彼を幸せにするために生きると決めたのだ。その覚悟が揺らいではならない。

 

「大丈夫かい?」

「ええ。ちょっと考え事をしておりました」

 

お兄様が心配そうに顔を覗き込む。

その優しさに私は応えたい、応えなければならない。

 

「こんなくだらない理由に負けてられません。絶対優勝してやりましょう!」

「そうだな。俺も力を尽くそう」

 

証拠がなければ軍も動けない。

ならば証拠が早く見つけられるよう、お膳立てをすればいい。

都合よく四葉からは情報があった。これで一高への妨害理由がわかり、注視すべきところが絞り込みやすくなっただろう。

・・・改めて思うけど四葉の諜報能力やばいね。元々大亜連合の動きは気にかけるように三年前に働きかけてはいたけど。どれだけ網を張り巡らせているんだ。

そろそろ時間だ、とお兄様は軍の皆さんがお待ちの場所へ向かい、私は皆とお昼を食べるため連絡をもらった場所に行ったんだけど。

 

 

「・・・わかってはいるんだけど、何もしてなかったのよね?」

「エリカ・・・。何なら脱ぎましょうか?」

 

揶揄うエリカに私はにっこりお返しすると、悲鳴?怒号?となぜか失神者まで出てエリカちゃんに90度の謝罪をされるというカオスな状態になった。 

――お昼を食べる場所は変更せざるを得なかった。

 

 

――

 

 

「深雪って怒ると怖いのね」

 

午後になり、合流したお兄様にさっそくチクるエリカちゃんは懲りていなかった。

いや、懲りたんだろうけど文句の一つでも保護者に言ってやろうと・・・つまりやっぱり懲りてはないのか?

 

「深雪を怒らせること自体なかなか難しいと思うが」

「あははー」

「いったい深雪に何をした?」

 

やぶへびだった。お兄様はちょっぴりおこです。

搔い摘んで事情を説明すると、お兄様はくるりと私に向き直るとちょっと怖い顔をして。

 

「俺の前以外でそういう冗談はだめだ。変態が湧くだろう?」

 

・・・湧くんですか、変態。

ちょっとしたおちゃめな冗談のつもりだったけど・・・と、ふと思い出したのは温泉の記憶。

そういえば歩く猥褻物扱いだったな。湧くか、変態。

 

「気を付ける」

 

それが正解だ、と頭を撫でるお兄様。

エリカちゃんは自分が怒られるんじゃないとほっとしてるみたいだけど、原因貴女だからね?

 

「エリカも、あまりそっち系で揶揄うと――その内揶揄えなくするぞ」

「え。どういう・・・?」

「揶揄えるのは絶対にないと思っているからだろう?」

「そりゃあ、まあ?・・・え゛!?」

 

え。

 

「お、おい達也その辺にしてやれ!てかその辺で勘弁してくれ!!美月が今にも卒倒しそうだし幹比古は真っ赤になってうろたえてるし、エリカだってそっちの二人の女子だって固まっちまってんだろ。・・・俺だって反応困るわ!」

 

私だって困りますよ。てか困ってるよ。てっきりエリカちゃんにそっち系のネタ注意するだけだと思ってたらこっちに飛び火が!

何?私お兄様に何をされるというの?!だめだからね!お兄様はノーマルなんだからそっちのイメージよくない!!

あ、今恋人設定だから?期間限定ってやつです?!

 

「・・・いつも言ってるでしょ、冗談はちゃんとそれっぽく言ってよね」

「揶揄いすぎたか。悪かった」

 

とりあえず皆、冷たいジュース注文するけどいいよね?冷やそう、頭も顔も。

 

「おい、反省したか?」

「・・・しました。ごめんなさい」

 

西城くんって本当にいい男過ぎない?もうこの二人くっつかないかな。ああでもエリカちゃんがお兄様と、っていうのも捨てがたい。悩ましい問題だ。

 

「深雪も反省したかい?」

「やっぱりそういう意味だったのね・・・はい。しました。ごめんなさい」

 

それからは普通に観戦しました。

あ、でも七草会長の試合は人気がすごすぎて、熱気に中てられてしまった吉田くんがダウンして帰ってしまった。感覚が鋭すぎるっていうのも大変だね。

他を圧倒する会長の力に、本人の美貌も手伝って会場が熱狂していた。

アイドルさながらの盛り上がりだ。

戻ったらサインでも貰おうかしら。なんて。ミーハーな私です。

ともあれ七草会長はぶっちぎりの優勝。ほかの競技も予選を突破しいい滑り出しだ。

男子の方は少し危ない場面があったようで服部先輩がギリギリ優勝。その他も何とか予選は突破したという結果だったので男子は反省会と次に向けての話し合いをしているようだ。

必然的に女子会になった。

まずは景気づけの会長の勝利を祝って乾杯からスタートし、今後の流れを生徒会が中心となって予測する。その間一年生たちは先輩たち凄かったね、と話に花を咲かせていた。次は自分たちの番だと発破もかけている。気合十分だ。・・・一部緊張も十分みたいだけど。

 

「ほのか」

「だ、大丈夫!」

「じゃなくて、はいこれチョコレート。甘めだから力になるわ」

 

口に放り込んであげると、ほのかちゃんは目をぱちくりさせてもごもごと口を動かす。

甘いからと言って何かすごい効果があるわけではないけど、ちょっとしたおまじないだ。

 

「おいひい。元気出る」

「ほのかは単純」

 

雫ちゃんもちょっぴり呆れてるけど口元は笑っている。

作戦会議は終盤で、エンジニアのフォローが必要だという話になり、二日間オフ予定だったお兄様に手伝ってもらうことになったらしい。

 

「達也くんに伝えてくれる?」

 

端末で連絡しないのはなんででしょう?とは聞かなかった。

お兄様に会いに行く理由があるのはありがたかった。

 

 

――

 

 

「・・・それでこんな夜更けに」

 

部屋に招き入れてもらい、ベッドに腰を下ろさせると、お兄様手ずからホットミルクを入れてもらった。

 

「いくらホテルの中とはいえこんな時間に女の子が一人で部屋の外を出歩いてはいけないよ」

 

ここが軍事施設でホテルよりもセキュリティは上だと言ってもすでに敵が潜り込んでいる現状。

守りもへったくれもないけれど、私をどうこうできる人ってそもそもいるのかしら?・・・とは言ってはいけない。

いくら強くなろうとも、何があってもお兄様が駆けつけるから安心と言っても、妹を心配するのはお兄様にとって当然のことなのだ。

 

「申し訳ありません、お兄様」

「いや、お前はただ先輩たちに頼まれただけだろう?」

「メールや電話でもよかったことはわかっていたのですが、お兄様に会えると思ったら、言われたとおりに来てしまいました」

 

本当は来ない方がいいことくらいわかっている。

だが、お兄様の顔を見て、触れて安心感が欲しかったのだろう。

日中、あんなことを考えてしまったから、余計に。

守りたい相手に甘えるなんて、矛盾しているようだけど。

自分の情けなさに内心落ち込む。

 

「・・・仕方ないな」

 

そう言うとお兄様は隣に腰かけ、その反動でスプリングが揺れてたが、カップの中身は零れずに済んだ。――お兄様が取り上げて抱き寄せられたから、なんだけど。

 

「甘やかされておいて言うのもなんですが、お兄様は私に甘すぎます」

「お前を甘やかすことは俺にとって至上の喜びだからな」

「・・・お兄様の迷惑になっていなければいいのですけど」

「迷惑なものか。――もしや机の上のモノを言っているのか?気にすることはない。あれはちょっとしたおもちゃだから」

 

お兄様が作業をしていたスペースにはノート型端末が開かれており、それがCADのプログラムだということは一目見てわかった。

今日の昼間思いついたことを、さっそく形にしようとしていたらしい。

 

「ああ、お前に頼まれたおもちゃは完成しているよ。牛山さんが面白がってた」

「ありがとうございます。あんなその場の思い付きのような案を」

「深雪が考えてやってみたいというものを俺が叶えてあげられるなんて、こんな嬉しいことはないよ」

「・・・あのような子供だましが本当に効くか、わかりませんけれど」

「魔法は工夫次第、老師は深雪に面白い影響を与えてくれた。そのことは感謝しないとな」

 

・・・すみません。ただのオタクの閃きと言うか、不発になってもおかしくはないネタなのですが。

いや、いざとなれば力押しに変更するから、負けはしないと思うんだけど。

 

「一度きりの奇策ですが、お兄様との合作と思うと、なんだかもったいなく思えてきます」

 

二度は使えない策だ。もったいないけどでっかい花火を打ち上げて驚かせたいような気持の方が勝る。

やったことはないけれど黒板消しをドアに挟んで先生に開けてもらう時のような高揚感?

 

「深雪のおかげだな」

 

そんな変なことを考えていたら、ふいにお兄様が呟く。

向けられた視線はどこまでも優しい。

 

「学校生活がこんなに楽しくなるなんて思いもしなかったよ」

 

穏やかな笑みだった。

返してもらったカップを傾けちびちびミルクを飲む。

そうでもしないとこぼれそうになるから。

 

(お兄様こそ、私を喜ばせる)

 

喜びのあまり泣きそうになるのをこらえて飲むミルクは、ほんのり砂糖が入っていて心も体も温まる。

 

「さ、それが飲み終わったら部屋まで送ろう」

 

その言葉にちょっといたずら心が疼く。

 

「そんなことを言われては最後まで飲み干せなくなってしまいます」

「・・・もしかして昼間の仕返しかい?」

「あら、これが最後の一口でした」

 

にっこり笑うとお兄様は悪かったと謝った。

いつまでも負けっぱなしの妹と思われてはいられないからね。

送ってもらう間、遅い時間だというのにちらほらと人とすれ違った。

もしや皆カップルだったり・・・?青春だね。

だけどなんだろう、別に羨ましく思わないのは隣にお兄様がいるからだろうか。

 

「それじゃあおやすみ深雪」

 

よい夢を、と髪にキスを落とされた。

ボンッと音が鳴ったのは私だけじゃなかったと思う。でも周囲を確認なんて余裕はない!

そんなこと今までされたことなんてない。もしかしなくてもコレさっきの仕返しですねお兄様。

・・・お兄様も負けず嫌いでしたね。よく母ともやり合ってましたっけ。

小さく鳴くように「・・・おやすみ」と返すので精いっぱいだった。

 

 

――

 

 

今日のお兄様は大忙しだ。

朝から姿を拝見し、目を合わせるくらいしかできなかった。

挨拶もする間もないのだから相当だろう。

七草会長の試合が終わったら、お兄様と合流して雫ちゃんと三人でアイスピラーズブレイク――ピラーズブレイクを中から見学させてもらうことにはなっているから一日会う機会がないわけではないのだけど。

 

「それにしてもすごいね」

 

雫ちゃんの視線の先は、私に向けられている。

クラウドボールの本選と同時にピラーズブレイクの予選が始まるので、こちらには七草会長を見たいファンたちがいない分人は少ないと思っていたが、そうでもなかった。

というか私の後ろにぞろぞろと人が付いて回っているような・・・。そして視線がたくさん向けられていて、ですね。

 

「・・・達也さんがいないから見放題って思われてない?」

 

チャンスってことですか?ないよ。試合を見ようよ。

 

「鼻眼鏡でもしたら皆見なくなる?」

「それはそれで見たいけど、多分逆効果」

 

だよね。私も深雪ちゃんがそんなことになってたら二度見どころか五度見くらいはする。

 

「精神干渉魔法くらい使っても」

「だめだから。会場でどんな目的でも魔法使ったら捕まる」

 

出場権はく奪ですね。逮捕じゃないです。

閣下の魔法が羨ましい。今すぐ使いたいと思ったけど、それをやったらどんな理由であっても魔法を使用したということで違反者扱いになってしまう。・・・世知辛いね(違う)。

 

「雫、協力してもらって作戦立ててる風を装ってもらってもいい?」

「もちろん」

 

端末を取り出してああだこうだと選手たちを指さしながら観戦に集中した。

遠慮して話しかけてくる人はいなかったけど・・・疲れた。

雫ちゃんもありがとう。

二人してこっそりサムズアップして笑い合った。

いくつか試合を見て、予定通りお兄様との待ち合わせ場所へ向かうと、お兄様は私たちの後ろに気が付いて目がすっと細くなる。

途端ざっ、と背後で立ち止まるか、去っていく気配がするが振り向いてはいけない。私たちは何も気づいていない。

 

「お待たせ」

「やっぱり俺が迎えに行けばよかったな。大丈夫か?」

「雫とずっとおしゃべりしてたから、ね」

「うん、深雪に手出しはさせてないよ」

「ありがとう雫」

 

すごいね。あんなに煩わしかった視線がちょっと離れましたよ。・・・無くなりはしないけどね。

というわけでさくさく移動です。雫ちゃんとお兄様に挟まれて。ちょっと調子に乗って二人と手を繋いじゃったりしましたけど、二人とも優しいので振り払われることはなかった。

 

「深雪って案外パーソナルスペース狭い?」

「あまり気にしたことなかったけどそうかも?」

「深雪は無意識にくっついてくるタイプだな」

「え、そうだった?」

 

自覚はないけれどお兄様が言うのだったらそうなのだろう。

前世はそんなことなかったと思うから、深雪ちゃん生来のものかな。生まれ変わると味覚が変わる的な?

 

「嫌だったら言ってね」

「「嫌じゃないから大丈夫」だ」

 

(・・・この二人ってちょっと似てるよね。並んだところを写真撮りたい)

 

到着したスタッフ席はすでに慌ただしい状態だった。

これから出場する花音先輩にも五十里先輩にも声を掛けられる状態ではなかった。

その間お兄様がピラーズブレイクの説明をしてくれる。贅沢だよね。

私たちもここで試合をするんだ。舞台裏を見て実感する。

選手が櫓に上昇して舞台に上がる。

スタッフは固唾を飲んで見守っている。

見ているだけの私たちに緊張感が走る、のだけど、その櫓に幻影を見る。――そしてこの高揚感は、

 

「深雪も、感じてる?」

 

ぎゅっと握られた手が熱かった。

きっと私も。

 

「雫、負けないわよ」

「私だって、負けない」

 

まだ予選すら勝ち抜いていないけど、戦ってすらいないけど二人して予感した。

きっと私たちは決勝で顔を合わせることになるだろうと。

原作知識じゃない、説明できない不思議な感覚。

 

「盛り上がっているところ悪いが、始まるぞ」

 

お兄様に声を掛けられるまで見つめ合っていた私たちは、慌てて視線を舞台に向けた。

まずは先輩を応援だ。

とはいえ心配などなかった。

圧倒的な試合運びだった。

魔法力が特別強いわけではないが、千代田家の地雷源は見ものだった。

偏に振動と言っても様々だ。だから防御をする側もどういった振動に対抗させるか、魔法を選択することが重要だ。

・・・私の場合、そこに関しては干渉力に物を言わせてしまうのが一番効率的だったりするので、ずるをしているような気分になる。

・・・これも実力のうち、ということなのだけど釈然としないので、こっそり隠れて勉強しているけどね。

相手の手の内の勉強ならやってもいいでしょう?!と無駄じゃない言い訳を自分にして。

・・・器用貧乏だった前世ってこうやって無駄な知識溜めこんでたからそうなったんだなー、と真理にいたる15の夏。

 

「深雪、落ち込んでる?」

「ううん、何でもないの」

 

ちょっと過去に思いを馳せてただけだから。なぞは解けた。成仏してね、過去の私。

天に昇っていく幻影を見送っていると勝利した花音先輩が五十里先輩といちゃついていた。

これが若さか、いいね。青春を謳歌しているって感じ。

因みに千代田先輩を花音先輩と呼んでいるのは、五十里家に嫁ぐんだから変わらない下の名前で呼んでという気遣いからそう呼ぶようにと。将来まで見越して素晴らしいですね。式に呼んでもらえる関係になれるかしら。

 

「お似合い」

「そうね」

 

雫ちゃんも同じ気持ちだったみたい。

お兄様は、苦笑を浮かべている。お兄様も同じ意見だけど口にはしない、ってことですね。

 

(おお、お兄様が他人の恋愛を理解している。これも成長)

 

他人に興味を持てない、感情が向きにくいお兄様だったがこう、感受性が生まれ、周囲に同調する心を持った。

人がどう感じているかを感じ、同調することができるというのは、感情が育たなければできなかったことだ。

私に何かがあれば全て切り捨てて考えてしまうところはおそらく変わっていないけど、こういった日常ではシャットアウトすることない姿が、私にはとても眩しく映る。とても尊い光景だ。

 

「深雪、行こうか」

 

お兄様が手を差し伸べる。

もう次の試合の準備が始まる。私たちは早くその場を譲るため移動した。

 

 

 

天幕に戻ると、そこは悲壮感漂う空間だった。

あらー。男子のクラウドボールはうまく結果が出なかったようだ。

もしや妨害か?とも疑ったがどうも調整がうまくいかなかったらしい。実力は拮抗していたのでそういった差が余計に悔しいのだろう。エンジニアスタッフたちは落ち込んでいる。

こんな空気じゃ勝てるものも勝てなくなりますよ。

調整は心も体もメンテして、ですからね。

だけど無頭竜の被害を出さないためには直前まで点差が離れない方がいいのか?・・・うーん。

 

「皆さん、お疲れ様です。まだこれからがありますからしっかり休息も取りませんと」

 

とりあえず全員にお茶を配るのは無理だから、お菓子の入ったかごを持って、手前にいた服部先輩に手渡す。

別に私が用意した差し入れではなく皆のモノなんだけど、ほら、負けるとこういうのも手を出しにくいだろうから。

 

「あ、ありがとう司波さん」

「悔しいですが、今日の結果を引きずってしまうと明日にも影響してしまいますからね。切り替えていきましょう」

 

そう労うと、俯いていた彼らの顔も上向きに変わる。

うんうん。落ち込んでる暇はないですよ。まだ戦いは始まったばかりなのですから。

 

「・・・深雪さん、すごいわね」

「生徒会長のお仕事を奪って申し訳ありません」

「いいのいいの!むしろ助かったわ。こういうのって若い子に言われた方が嬉しいだろうから」

「若いって、二つしか違わないじゃないですか」

 

くすくすと笑う美少女たちに誘われるように空気が和らいでいった。

 

 

 

その裏でとある男子たちが話しているのを深雪は知らない。

 

「・・・これか、お前が言ってた睨まれるってやつは」

「すげぇだろ。アイツあれで無自覚だぜ?」

 

自分に向けられる視線に鈍い達也も気づかなかった。

 

 

――

 

 

そして夕食前、友人たちとお兄様を迎えに行くと、晴れやかな顔をしたお兄様が。

 

「嬉しそうね。何かあった?」

 

頷くお兄様と驚く周囲。え、何に驚かれた??

 

「・・・嬉しそうだった?今」

「え、ええ。見えなかった?」

「いつもと何か違ったか?」

「ぼ、僕に聞かないでくれ。付き合いはそっちの方が長いだろ」

「たった数か月差だ」

「口角も上がってなかったよね?」

「目なんていつも通り真っ黒だったわよ」

「・・・流石にそれは言い過ぎよエリカちゃん」

 

見えなかったのか。おかしいな。とっても上機嫌だったのに。

 

「深雪はいつも俺を見てくれているからね。気づいてくれて嬉しいよ。――とりあえず入って」

「あ、今のが嬉しそうだってのはわかった」

「今のは誰だってわかるだろ」

 

ふぅむ。日頃の修行の賜物ってやつですねきっと。

そういえば昔、私もわかりづらいって思っていた頃がありましたね。ミリ単位難しいとか。・・・それは今も偶にあるけど、もう慣れましたとも。

そして中に入って見慣れぬものがあり、みんなでわいわい話す。

昨日話していたおもちゃですね。

でも昨日話してシステム構築して研究室送って次の日完成って・・・。私のもそうだったけど無理してない?そんなにすぐ完成するものじゃないよね!?

思わず研究所が心配になってしまったが、その間に西城くんへ使い方についてレクチャーが始まっていた。

とはいっても仮想型の再生機器のマニュアルなので見るだけなのだが。しかしその機械をお兄様が使うことに違和感を覚えた人たちに質問攻めにあっていた。

こうしてお兄様がいろんな人と話しているのは新鮮だ。そしてこれが日常になるんだな、と思うと感慨深い。

私と母と三人しかいなかった頃には起きなかった変化が、立て続けにお兄様に起こっている。

学校に通ってよかった。

お兄様は外の世界に触れられ、狭かった世界が広がる。

友人ができ、きっと恋をして、そして幸せになれる――。そんな未来が待っているのかと思うとたまらなく嬉しい。

だけどまだ先の未来よりも、この現在を喜ぼうじゃないか。

 

(『現在』と書いて『いま』と読む・・・この時代にあったかな・・・?)

 

ただ感傷に浸るだけで終われない私は、どこまでもシリアスには向かないなと思った。

 

 

 

「・・・何を考えてた?」

 

食堂に向かう途中。

まだ試作デバイスのテストはしていない。移動に余裕をもって行ったつもりだったが、説明と解説でその時間までは無かった。

八人と言う大所帯が廊下を歩くとなかなか幅を取るものだが、利用時間が決まっている食堂への道に余分な人はいないのでゆったりと歩くことができた。

前でエリカちゃんと西城くんと話していたお兄様がいつの間にかに隣に来ていて、何を考えていたかと問われるけれど何のことだろう?

 

「さっき部屋で笑ってた」

「ああ」

 

思い当たったけれど、さてどう伝えようか。

 

「幸せだなぁって」

「・・・深雪はよくその言葉を口にするね」

「だって、幸せだもの」

 

お兄様が普通の高校生に見えるなんて、昔を知っているだけに難しいと思っていた。

上っ面だけで感情が伴わないのだと。

でもそうじゃない。

お兄様はちゃんと笑って、怒って、呆れて、そして苦笑して。どこにでもいる男子高校生に見えた。

 

「俺はお前を幸せにしてあげられているか?」

「もちろん」

 

誰よりも私を幸せにしてくれるのはお兄様だ。

断言したのに少しだけ不安そうな顔。

不安なんて思うことないのに。

 

「気づいてないみたいだけど、私が幸せな時、必ず傍にいてくれてるのは――貴方よ」

 

お兄様、と呼べなくてちょっと戸惑ってしまったけれど。

想いよ伝われ、と手を取って握ると、珍しく握り返す際に躊躇ったような感覚があった。

 

「・・・恐ろしいな、深雪は。そんなことを言われると手放せなくなるじゃないか」

「手放すの?」

 

せっかく手を繋いだのに?

するとお兄様は眦を下げて、微笑んだ・・・のだけど、なんか距離がある笑み・・・何かを含んだような笑みだ。

 

「手放したくないな」

「なら放す必要はないんじゃないかしら」

 

放したくないなら放さなければいい。

なんとなくその放すが『離す』なんじゃないかって気づいたけど、お兄様が嫌なら無理に離れる必要なんてない。

離れる時が来たら自然と離れるのだから。

 

「そうか。いいのか」

「難しく考え過ぎよ」

「そうか。・・・そうだな」

 

食堂に着き、席に向かうと自然と手は離れていく。

これでいいのだ。自然に離れ、また繋がったりして。

お兄様と目が合う。さっきとは違ういつもの距離の笑み。

何か悩んでいるのかもしれない。でも悩みもまた成長に必要なものだから。たくさん悩んで、そして自分の道を選んでほしい。

 

 

――

 

 

運命の三日目。

 

「動くなら今日でしょうか」

「今日は予選ではない本選ばかりで、得点が入るものだからな。狙いは絞りづらい」

「誰もが優勝候補ですからね。ですが彼らは十師族である七草会長には何もしかけてませんでした。もしかしたら避けているかもしれません」

「十師族を直接、なんてしたら調べられる可能性が高くなる、か」

「十文字先輩を外してもまだ服部先輩も渡辺先輩もいますものね」

「あと千代田先輩も優勝候補だな――だがピラーズブレイクやバトルボードでどう妨害をする?外部からの攻撃など目に付くようなことはしないだろう」

「すでに内部に入り込んでいるのなら、場所そのものに仕掛けている可能性もありますね」

「場所、か。風間さんたちも罠を仕掛けてると言っていたが、相手が仕掛けないという理由もない。念のため伝えておこう」

 

メールで連絡を終えたお兄様と部屋を出て、向かうはバトルボードの会場、渡辺先輩の試合だ。

 

「お待たせエリカ」

「待ってないよ。席も確保済み」

 

先に座っている皆に挨拶とお礼を言って座る。

まだスタートするには時間があるのでちょっと雑談タイムだ。

 

「そういえば、昨日はここで魔法を使用したいって雫と話していたのよね」

「ええ!?それって妨害するってこと?!」

「違うよほのか。深雪が注目されちゃって大変だったから、気配を消すとか視線をずらすとか、そういう魔法が使えたら楽だって話」

「あ、ああそういうこと。びっくりした!でも、もし妨害じゃなくても魔法使ったら出場停止だもんね」

「だけどそもそも妨害って、いったい何をしたらこの試合の妨害になるのかしら?」

 

水を向けると皆でどう妨害できるかの話になった。

本気でやらないとわかっているからできる雑談だった。

 

「えー?流石に直接的は速攻警備が来るからダメでしょ」

「風を起こすなら目には見えないけど」

「不自然な突風は流石にバレる」

「なら水は?」

「波を起こして乱す?それだと四高が自滅的なのをやってたな。思ったより皆バランス崩さなかったぞ」

「そもそも外部からの魔法干渉による不正を防止するために魔法師を配置しているし、監視装置も大量に配備されている。本来ならそういった問題は起こらないはずだが」

「そこを掻い潜る話でしょ」

「掻い潜るなら、当日こんな場所からやったら目立つんじゃないか。仕込むならその前の方がいい」

「仕込むって、魔法をか?そんなことできるのかよ」

「?ああ、そうか。古式魔法の使い手なら思い当たることだけど精霊魔法――SB魔法ならよくある罠の手口だ。敵を中に誘い込んで罠にかける、とかね」

「それだと監視装置を置いても、すでに仕掛けてあるわけだから反応できない?」

「はじめからあるものを警戒するのは機械には無理だし、SB魔法はそもそも特殊な目じゃないと気づきにくいから」

 

・・・どうしよう。思ったよりすんなり答えが出ました。

お兄様をちらりと見れば鋭い眼差し。可能性見出しましたね。

 

「特殊、ねえ。――だぁめ。私にはなーんにも見えない」

「見えないってエリカちゃん、そもそも仕掛けられてないなら見えるものも見えないよ」

「ほら、自分の知らない才能があるかもしれないじゃん?」

「そ、そう言われたら私もチャレンジしてみよっかな」

「・・・何にも見えない」

 

皆ノリいいね。

 

では私も――おや?・・・えっと、

 

「・・・あの、見間違いならそれでいいのだけど、あの辺り、霊子が固まってない?」

「え、どこどこ?」

 

おかしいな。サイオンとかは知覚しやすいけどプシオンって認知しにくいものじゃなかった?固まってるから感知できるようになってる?

 

「え・・・あれって、以前見た光の玉・・・?でもあの時より青の色が暗い?」

 

眼鏡をはずした美月ちゃんのつぶやきにお兄様は私の陰に隠れて端末を操作していた。おそらく風間さんに連絡しているのだろう。

でもすでにスタート準備は整い――スタートが切られてしまった。

 

「ちょ、ちょっと、まさか本当に妨害があるなんて言わないわよね?」

 

エリカちゃんの動揺した声に、しかし誰も答えられる者はいない。

不安なままレースを見守る。

そしてその不安は現実となった。スピードを出しすぎ曲がり切れない七高生徒と、その先にいる渡辺先輩が試合を放棄して、彼女を助けようと動くがバランスを崩し――奇しくもその場所はプシオンの塊のあった付近だ――二人はフェンスに叩きつけられ、会場からは悲鳴が上がり、レースは中断。

 

「お――、達也さん!」

「行ってくる。お前たちはここで待て」

 

お兄様は人垣をかき分け魔法のようにすり抜けながらステージに走っていった。

私は困惑し怯えるほのかちゃん達を落ち着かせるよう背を撫で、お兄様の指示に従う。

 

「まさか、ほんとに・・・」

「これって一応警備に伝えた方がいいのか?」

「直接私たちが伝えるより先に会長たちに相談した方がいいかもしれない。映像に証拠が残っていればいいけど、なければただの言いがかりになってしまうから」

「・・・そもそも僕たちが気付けたのだって偶然だったしね」

「渡辺先輩ご無事でしょうか・・・」

「心配だね」

 

時は経ち、人も疎らになった頃、お兄様が戻られた。

渡辺先輩は軍の病院に向かったそうだ。

骨は折れているようだが命に別状はないとのこと。七高の生徒も心配はないそうでひとまずは安心だ。

むしろ怪我の状態は渡辺先輩の方がひどいらしい。

 

「これから検証と報告に行く。美月と幹比古も手を貸してほしい」

「わかった」

「わかりました」

 

そしてお兄様の部屋で行われた五十里先輩たちとの検証は、美月ちゃん達の言葉もあり信ぴょう性のある推測はできたが、やはり証拠はない。

見えない敵に一層注意をするという、曖昧な対策を取るしかないという結論になった。

――だがそれは表向きだ。

お兄様はその後軍のところへ向かい、より深い話をしてきたようだった。

 

「連絡が間に合って水精は確認できたらしいが、七高のオーバースピードの方はまだ手口がわかっていない。だがばれないようSB魔法を使っているなら、こっちにも使っているのではと七高生のCADを借りて調べるそうだが、痕跡は見つからないかもと言っていたな。もしかしたら使用後消えるよう設定されているのかもしれん」

「なら使用前に見つけ出さないと、ですか」

「さっきも言ったが七高サイドに裏切り者がいればいいが、メリットがな。――大会側の方が有力だろうな」

 

そしてその夜、明日の新人戦に備え早く就寝をしようとした頃、呼び出し音が響いた。

指示通りミーティングルームへ向かうとお兄様とばったり。

ちょっと目つきが鋭くなったのは一人で出歩いているからですか?

でもお兄様も召喚されたのでしょう?

そう視線を向ければしぶしぶ納得してくれた。心配ありがとうお兄様。

一緒に中に入るとわが校のトップたちが勢ぞろいしていた。

渡辺先輩なんてまだ寝てないといけないだろうに無理をしてきたのだろう。

心配そうに見ればその心配を吹き飛ばすように笑顔で返される。ううん、怪我を防げなかった身としては心苦しいのだけどちょっと安堵もしている。・・・先輩は強い。

夜も更けている。明日のこともあるからと早々に切り出されたのは、ミラージバット新人戦を放棄して本戦に出場してほしいという打診――いや、もう彼らの中では決定していたのだろう。

私の実力であれば本戦であろうとも勝ち上がれるだろうと、優勝を狙えると思ってもらえたのだ。光栄なことだろう。先輩たちを差し置いてというのが申し訳ないが、勝率が高い方を選ぶとまで言われては下がれない。

謹んで受けることにした。

 

「深雪なら優勝できるでしょう」

 

そうお兄様が太鼓判を押してくれたのだから、負けるなんてありえない。

 

 

――

 

 

四日目、新人戦が始まる。

ほのかちゃんは最終レースということで、一緒にスピードシューティングに出場する雫ちゃんの試合を見ようと、エリカちゃん達と合流した。

友達の応援を友達とするっていいね。まさにこれぞ青春だ。

横でほのかちゃんがめっちゃ緊張してるのがわかるけど、こればっかりは成功体験を熟していかないとどうにもできないだろうから午後の試合頑張って。

雫ちゃんの試合は全く危なげなく進み、余裕で勝ち進んでいた。

一応お兄様の代わりに解説をしてみたけど、皆雫ちゃんの攻撃っぷりに驚いている。結構好戦的な戦い方だよね。

友達が褒められて嬉しいです。ほのかちゃんも同じなのかさっきまでと違って胸を張っている。

・・・張ってるんだよね?ただでかい自慢じゃないよね・・・?ワカッテルヨ。

 

「しっかし試合のために能動空中機雷だったか?新しく魔法を作るって・・・達也の頭の中はいったいどうなってんだか」

「この前試してたアレもデバイスも外側は作ってもらったって言ってたけど、中身は彼が考えてるんでしょ。もうそれ高校生レベルじゃないんじゃないの?」

 

お兄様が褒められると嬉しすぎてぴょんぴょんしますね!心が!今にも踊りだしたくなりますよ。

おかしな人になっちゃうからしないけどね。

えへへー。すごいでしょ。私のお兄様なの!

 

「なんでしょう、眼鏡をとっても見えないですけど、深雪さんが尻尾をぶんぶん振ってるような」

「私にも見えるわ。喜んでるわねとっても」

「おー。リード外したらご主人の元に走っていきそうだな―」

「ご、ご主人って」

「ミキはほんとこの手のネタだめねー」

「っだから、僕の名前は幹比古だ!」

 

お兄様がご主人様?わ、想像つくね。お兄様の足元にまとわりつく子犬の私が。わんわん。

 

「ちょっと深雪戻ってらっしゃい。免疫ある私たちはまだ大丈夫だけど、その顔やばいから」

「・・・注目されちゃってますから、落ち着いた方が」

 

おっと。喜びすぎて顔面崩壊してました?それはまずい!・・・って深雪ちゃんの顔で顔面崩壊させたの私?!ギルティでは??

 

「そんなに変な顔だった?」

「変な顔っていうか」

「可愛すぎて周囲が発狂するレベル?」

 

事が起きる前に注意してくれてありがとう。命拾いしました。

私が、ではなく発狂して暴動を起こしそうとした人たちがね。

だがその注目も試合が始まれば、視線は無くなった。

雫ちゃんが見たこともないCADを引っ提げていたからだ。

気付く人は気づく異常な形状。

 

(ふふふ、お兄様のすばらしさに慄くがよい!)

 

気分は悪の幹部だ。・・・すぐやられそうなセリフだけど。

横で吉田くんが異常性を語っているけれどよく勉強してるね。

 

「あれは彼のハンドメイド。汎用型CADで標準補助システムを利用するために作ったの」

「・・・もう驚く気にもなれん」

 

あらま。驚かせすぎてしまいましたね。

お兄様の過剰摂取は思考を鈍らせる。私はまた一つ賢くなりました。

そして一高は新人戦女子スピードシューティングの競技にて、初の表彰台独占という快挙を成し遂げた。

雫ちゃんもすごいし他のチームメイトももちろんすごいけど、調整を担当したお兄様が勝利に貢献したのは間違いない。

きっと今頃お祭り騒ぎだろう。

ちょっとお兄様のハーレムの様子を想像してしまい、これは覗きに行くべきでは?と内なる声が囁きかける。

だがそこまで干渉するのはよくないと自制心を働かせ踏みとどまった。

今の試合の興奮をみんなで分かち合いながら、お昼としゃれこむのも悪くない。

興奮冷めやらぬまま移動して食事を楽しんだ。

ほかの競技を見に行くエリカちゃん達と別れて雫ちゃんと合流。ほのかちゃんはレース前なので行ってしまった、

雫ちゃんに改めて賛辞を送り、周囲の視線を集めながら目的地へ。

優勝者は目立つようで私に集中していた視線は雫ちゃんに分散された。

正直助かります。雫ちゃんは元々お家の関係で注目されることに慣れているようなので罪悪感もない。

大好き雫ちゃん。

 

「ん。私も好き」

 

ん?

 

「声、出てた」

 

あらま。うっかり。

 

「心の中では雫ちゃんで呼んでる?」

「う・・・時折」

 

うそ。本当はいつもちゃん付けです。だって可愛いんだもの。

 

「どっちでもいいよ」

「・・・でも子供っぽく聞こえちゃうのもあれだから雫って呼ばせて」

「ん」

 

えへへ。雫ちゃんに好きって言われちゃった。今日は記念日だね。

 

「深雪、顔」

 

は。また崩壊させた?直します。

 

「私ひとりじゃ守るのにも限界がある」

 

これは注意されてますね。無表情に見えてもわかります。

 

「気を付けます」

 

よろしい、と言わんばかりに頷かれた。

 

 

「・・・お前たち、来るまでに何をしたんだ?」

 

お手手繋いで歩いてただけなんですけど、周囲が微笑ましく見守りながら付いてきたのを、お兄様が呆れた目で見てきた。

さあ?特別なことといったら雫ちゃんと相思相愛なことを確かめ合ったことですかね。

 

「・・・とりあえずこっちに来なさい」

 

珍しく敬語のお兄様です。

呼ばれるままに傍に行き、お兄様にも賛辞を贈る。

お兄様は頑張ったのは選手だと言うけれど、お兄様の腕があってこそだというのは選手たちの総意だろう。

まあ誉め言葉って受け取るのにコツがいりますからね。これからジャンジャン受けて覚えてください。

お兄様が睨んでもさほど視線分散の効果が無くなったのは、どうもお兄様が『腕のいい例のエンジニア』だとばれたらしい。

尊敬の眼差しに嫉妬の眼差し。視線にもいろんな種類がありますね。

どうにも居心地が悪いので、早々にほのかちゃんのいるバトルボードのコースに向かった。

一度仕掛けられた場所だが二度はないのか、仕掛けが無いか入念にチェックしたが見当たらなかったそうだ。

CADの仕掛けについてはお兄様が担当したモノに関しては眼を光らせているので、問題があればすぐにわかるだろう。

中条先輩の小動物感に癒されながら待つにも暇すぎる、ということでお兄様が手伝いを申し出ると、ほのかちゃんは自分を担当してくれている中条先輩の前だというのに、お兄様に調整をお願いしてしまった。

熱いねぇ。いい具合にほのかちゃんはお兄様にホの字のようである。いつの間に育んだんだろうね。

原作では入学前にはすでに、とかなんとか。大事な接触イベントをすっ飛ばしちゃったから心配だったんだけど、無事本筋は外れなかったようで安心です。

それを考えると七草会長とかどうなんだろ?バスに乗る前にはちょっかいは掛けてたけど・・・この度の功績でお兄様すごいってなってのめり込んでいかないかな。

他の人はまだ積極的に見えないし・・・ああでもさっき女子たちに囲まれてたっぽいからバレンタインは期待できそう。半年先だけど。

他校からも絶賛募集中ですよー。

それからも特におかしなことなど起こらず。ほのかちゃんは奇策で勝ち抜き、予選を無事突破した。

 

 

 

ミーティングルームに入ると一部がお通夜のように暗くなっていた。

男子の成績が芳しくないのだ。

森崎くんは準優勝できたのに喜べないようだ。

仲間たちの成績が良くないと喜べないよね。

彼らも渡辺先輩の分までと奮闘したようだが、どうやら気合が入り過ぎてペースが崩れてしまったのだ。

今回もこちらは何かしかけられたわけではないらしい。

よかったんだけどよくない。そんな彼らに余計な言葉を掛けるのは逆効果かもしれないので、今回は何も言わなかった。

先輩たちも頭を悩ませているようだがこういう時一年生は何もできない。

静かに退散した。

自室に戻らず雫ちゃん達の部屋にお邪魔して、聞かされたのはお兄様がインデックスを辞退したという話題。

まあ、そうなりますよね。目立つにも、はっきり名を記される目立ち方は記録に残るのでアウトだ。

原作では悔しがるポイントだったけど、・・・お兄様自身が悔しがってなさそうなんだよね。いや、悔しがる心云々の話もあるんだけど、その名誉今はない方が楽、みたいな。今の立場じゃもらったらどんなお仕置き待ってるかわからないから。下手したらガーディアン解除案件まで発展かな?叔母様はそんなことしないけど煩い奴らは煩い。あ、そういえば青木さん元気かな?生きてる??

雫ちゃんはいいのかな?と思ってるけど、お兄様がいいって言ってるからいいんじゃない?ってことで言いくるめて部屋を後にした。

お兄様はきっと今頃軍の皆さんと擦り合わせ中。

明日はお兄様との秘策を使う、楽しみにしていた試合だ。大人しく自室に戻り眠った。

 

 

――

 

 

予選当日になりました。たっぷり寝たので気合十分です。

お兄様の部屋にお迎えに行くと、少し心配そうな顔。

一人で来ることがそんなに不安ですか?いつ襲われるかわからないこんな状態じゃしょうがないのかな。

むしろしに来てくれた方が早く事が済みそうでいいと思うのだけど、そこまでの愚は起こさないのか。

 

「おはようございます、お兄様」

「おはよう。よく眠れたみたいだね」

「ええ。万全ですとも」

「気合が入り過ぎて空回りしないようにな。まあ、お前にはいらぬ心配だろうけど」

「そんなことありません。ご忠告痛み入ります」

 

ぽんぽんと交わされる会話が小気味よくにこにこしていると頭を撫でられる。

お兄様も嬉しそうで何より。

 

「あれから会場を隈なく捜索したようだが、仕掛けは見つからなかったらしい。いや、正しくは会場内のみで、付近にはいくつかあったようだ。藤林さんも悔しがってたよ。仕掛けた罠より先に仕掛けられてたみたいで気づけなかったと。逃走用に仕掛けられたもののようだから、大会に害はなさそうだ」

「コース上に仕掛けはない・・・つまり残るは」

「CADだな」

「軍はすでに動いているのですね」

「間に合うかは正直ギリギリだそうだ。一応一高をメインに対戦校もチェックが入る予定らしいが、そもそもサンプルが少ない。仕掛けるのは簡単でも異物を見つけるのは難しいからな」

 

お兄様の眼があれば見つけられても、それが他人にわからなければ狂言にされてしまう。

だから検査できる方法を見つける必要がある。

 

「さ、この話はここまでだ。今日はお前の晴れ舞台。しっかりこの目で焼き付けないとな」

「お兄様のご期待に沿えるよう頑張ります」

 

だからちょっと力を分けてね、とハグをお願いすれば、もちろん、と腕を背に回された。

 

 

少し早めについたけれど、すでにエイミィちゃんがスタンバってました。早いね。そしてその恰好かっこかわいい!乗馬スタイル!いいね!似合う。

ピラーズブレイクの楽しみはこれよね!早く雫ちゃんのも見たい!!三人揃って写真撮ろうね。

エイミィちゃんが早かったのは緊張と興奮で寝られなかったからのようだ。

いつもハイテンションだったからね・・・温泉とか。でも寝不足で負けたってなったら皆のオモチャにされちゃうって顔を赤らめて変なところ抑えながら言うのはよくない!よろしくないですよ!!

 

(あああ、横から怪しむ気配!知りません。私は何も知りませんから!)

 

女子だけって結構大胆になるよねって話は雫ちゃん達とは起こりませんから!大丈夫だから。

・・・落ち着け、びーくーる。

とりあえずエイミィちゃんのためにカプセルを借りられるよう手配しに逃げました。

とまあそんな事件はありつつもエイミィちゃんは第一試合を突破し、安眠中。

そして第五試合――我らが雫ちゃんの出番です!

試合前には引っ込む予定だけど挨拶くらいはいいよね。ってことで向かったのだけど。

 

「雫素敵。かわいい。似合ってる」

 

語彙力逃走しました。

横のお兄様は雫ちゃんの恰好に唖然としてたけど、私の様子がおかしいことも気になっているのか、ちらりと視線が向けられている。

でもごめんなさいお兄様。私は今網膜に雫ちゃんの艶姿を焼き付けるのに忙しい。

 

「ありがと」

 

雫ちゃんはそんな私を気持ち悪がることもなく受け止めてくれる。

雫ちゃん好き。

 

「ん、私も」

「・・・深雪?」

 

あらやだ。口元が緩んでしまった。

お兄様から不審なものを見るような目・・・ではないですね、そんな目でお兄様は私を見ない。けどなんだろう疑い?戸惑い??あまり見たことのない目で判断が付きにくい。

 

「どうかした?」

「いや・・・」

 

お兄様は口元を手で覆い、何か思案顔。

はて?なにか思うところでも?

 

「雫、私は見ないけど応援してるわ」

「ん、絶対勝ち抜くから」

 

見た目は可愛いい人形さんみたいなのに、口を開けばハードボイルド系雫ちゃん。かっこいい!

確りと見納めてからお兄様に一礼してからその場を後にした。

お兄様が何か言いたげにその背を見つめていたことに私は気づかず、頭の中で雫ちゃんの可愛さを反芻していた。

 

 

「心配しなくても何もないから」

「・・・別に何も言っていないが」

 

そんなやり取りがあったことも当然知らない。

 

 

――

 

 

適当に時間を潰してやってきました私の番です。

雫ちゃん?当然勝ち抜いたに決まっている。

後は私が勝ち上がるだけ。

荒ぶる気持ちを静めるため、シャワーではあるが水で体を清め、衣装を身に纏うとすっと背筋が伸びた。

 

(形から入るオタクはなりきる大事さを知っています)

 

今の私は巫女さんです。

でもどちらかと言うと神の声を聴く、神託を受ける審神者の気分。この世界の神を知ってますしね。

ああでもその神を裏切ってお兄様を信仰しているから邪信教の巫女になるのかな。・・・それはそれで心をくすぐるモノがある。

 

「深雪、綺麗だよ」

「ありがとうございます」

 

控室に入ると中にはお兄様だけでなく七草会長と花音五十里先輩ペア。そして渡辺先輩の姿まである。

お兄様に皆のいる前で敬語を使うのは初めてだが、今の私は巫女さんなのだ。頭を下げる動作も併せて違和感がない。

 

「先輩、大丈夫なのですか?」

「お前まで心配するか。大丈夫だ。ここで飛んだり跳ねたりしない」

 

面白くなさそうな答えに、ここにいる全員に聞かれたんだなと理解した。

 

「しかし、それにしても――」

「ええ、似合いすぎ、てるわね」

「そう言っていただけると光栄です」

 

深雪ちゃんは何着ても似合うけど、こういう清純な、はっきり言えば禁欲的な衣装は更に魅力を上げる。

 

(シスターでもよかったかもしれないけど、それだとそれっぽい理由が浮かばないのよね)

 

和装じゃなくても絶対似合うけど、和装の雫ちゃんに対するならばやはりこちらが正解だろう。

 

「時間だな」

「はい、行ってまいります」

 

すい、と頭を下げて櫓に向かう。

私は巫女。――信仰している神に仕える者。

右手首には外向きにコンソールのある汎用型CADを。そして左手首には――ブレスレットのようにしか見えない細いシンプルなデザインのCADが嵌められていた。

しかしそれをぱっと見でCADと見抜くのは難しい。なぜならどこにもコンソールが見当たらないのだ。

お兄様曰く、時間があればもう少し凝ったデザインにしたかったと牛山さんが嘆いていたそうだけど、間に合っただけでも十分だ。

二人に感謝を込めて左手首をそっと撫で、櫓がせり上がるのを待った。

徐々に上がり、視界が明るくなってきた。

360度の観客に見つめられるが、今の私の目には映らないし、聞こえない。

今の私は、神の目であり耳であり、我が身は神に捧げるもの――。

溢れそうになる魔力を抑え、心を静める。

四方のランプが赤くなり、始まりを予告する。

 

(――さあ、まずは度肝を抜こうか)

 

頭の中に聞こえた私の神の声はCV中村何某だった。

 

 

――

 

 

達也視点

 

ぱぁん、と音が会場に鳴り響いた。

まるで徒競走の開始を告げるピストルのような音に、誰しもが動かなかった。――動けなくなった。

あまりにも神秘的な光景過ぎて動くことができなかったのだ。

櫓には女性の神職の正装巫女装束を纏った深雪の姿。

深雪の美貌も相まって、その神々しさは姿を見せただけで会場を沈黙させるだけの威力があった。

しかも彼女の周りには白い霧が立ち込めていて、更に厳かで神秘度が上がって見えたことだろう。

相手の選手など姿を見ただけで委縮してしまっているが、今の深雪を前にしたらそうなっても仕方のないことか。

先輩たちが隣で何か言っているがどうでもいい。

この深雪を前にして解説をするなど許されるはずもない。

次に右手CADのコンソールに指を滑らせながら左足を上げ、――垂直に振り下ろす。

するとあの細足からは考えられないほど大きな音が立った。まるで能の舞台を踏み鳴らしたような音。

だがその音がもたらすのはただ鼓膜を震わせるだけの振動に留まらない。

とんでもなく重く、頑丈であるはずの氷柱が、地面から突き上げられたかのように揺らいでいたのだ。

慌てて自陣の氷柱を強化しようとCADを操っているが、もう遅い。

深雪がもう一度手を叩く。

それは姿のせいで拍手(かしわで)のようであるが、手のひらはズレていない。

ぱぁん、とこれまた力強く響く。

すると氷柱の振れ幅が大きくなった。はじめの時より出力を上げたから、より振動が伝わったのだろう。

そしてまただぁん、と腹の底に響き渡るほどの足踏みに、今度こそ氷柱は耐えきれず真ん中より少し上の部分から割れて崩れ落ちたり、倒れたりと――ああ、残り一本は罅が全体に入ってしまったか。

外部を強化したことにより内部からの圧に耐えられなかったようだ。

深雪の陣地の氷柱は倒れることもなく完勝した。

静寂の中一礼した深雪に一拍の静寂ののち大歓声が巻き起こった。

深雪が振り返る。

表情はまだ静謐な巫女のようだが、俺と目が合った途端、目元だけが緩んだ。

――還ってきた。

自分を認識してくれた妹の姿に安堵して、櫓が降りてくるのを待った。

このままどこか消えてしまうのではないかと心配になるほど、彼女はいつもと様子が違っていた。

四葉に行く時も、学校でいる時も、彼女は役になりきるのがうまい。

だがここまで別人のように、深雪ではないように感じるのは初めてだ。

だから早く戻ってほしい、と焦りがあった。

彼女が自分から離れていることが、不安だった。

 

(俺はいつからこんな風になってしまったのだろう)

 

己を律するなんてわけなかった。心が動かなければ当然のこと。

深雪のことは唯一残された感情ということもあって、激情を抑えることはしなかったが、それでも理性は働いていた。

不安になるのは彼女が無理をする時や、自分の行動で彼女が嫌がらないだろうか、と考える時くらいだろうか。

そうだったはずなのに。

 

「!――、達也さん」

 

いつもの兄に向ける全幅の信頼の笑みに添えられたのは敬称ではない、己の名。

自分が禁じたのだから、彼女がそう呼ぶしかないのはこの間の事件の時に呼ばれてわかっていたことなのに。

心臓が跳ねる、という表現はこういう時に使うのか。

どくん、と大きな音を立てて脈を乱した。

 

「おかえり、深雪」

 

おめでとう、とかお疲れ様、とか言うべき言葉はあったはずなのに出てきた言葉はなぜかそれで。

不審に思われるかと思ったが、深雪は何ともなしにただいま、と返した。

いつもなら頭を撫でて労えるのに、どうしてか深雪に触れていいか迷う。

そうこうしているうちに深雪は先輩たちに囲まれ労われていた。

・・・違うな、これは質問攻めだ。

試合中解説をしなかった弊害がこんなところで出るとは。

あれくらいで疲れる深雪じゃないとわかっていても、こんなところで疲れることをする必要はない。

割り込んで簡単に解説をする。

 

(あんたたちは先輩なんだから後輩を労ってやってくれ)

 

「つまり冒頭のアレは拍手(かしわで)ではなく」

「猫だましですね」

「初手でまさか振動系を発動していたとは。だがコンソールに触れてはなかったぞ」

「左手首のCADは音声認証、――正確には音認証ですが――と振動によって発動する仕組みになってますので」

「音声認証とはまた・・・振動もってことは、拍手(はくしゅ)を誤認識しないためか」

「あとは他人の音にも反応したらまずいですからね。流石にパターン認識まではできませんでしたので」

「足を踏み鳴らしたのは四月の達也くんのやった――」

「アレの干渉力の強いバージョン、ですね。ですが、威力が違います。あの時に今日のを喰らったら誰もが立っていられなかったでしょうね」

「そこに畳みかけるように横から波状攻撃のように振動を与えたのが二回目の猫だまし?」

「縦からの振動と横からの振動、しかも方向性も操作していましたから――」

「ええ!?ベクトルも操作していたの?・・・だから強化して揺れを戻そうとしたらそれが過剰になって倒れた!?」

「全部に向けられてではないですが、動揺は誘えますよね」

「あの神秘的に見せていた白い霧は――」

「あれは元々干渉力が強い深雪ならではです。あの振動は奥ほど揺れますが、手前も全く揺れないわけではありません。強化したんですよ。自陣の氷柱を」

 

もういいだろうと目にはありったけの非難を込めて解説すれば、彼女たちはそそくさと退散した。

 

「お兄様」

 

ここには二人きりしかいない。深雪は飛び切りの笑顔で俺を呼ぶ。

 

「改めておめでとう、深雪」

「皆を驚かせて楽しかったです」

「ああ。皆度肝を抜かれていたな」

 

そう笑いかけると深雪は一瞬目を見開いてから、更に笑みを深くした。

 

「作戦大成功!ですね」

 

楽しかったと笑う深雪に俺はようやく祝いの言葉をかけ、頭を撫でた。

今度は迷うことなどなかった。

可愛い妹が俺の元に戻ってきた。それだけで十分だ。

 

 

――

 

 

深雪視点

 

そこからは氷炎地獄(インフェルノ)無双でした。

猫だましはタネがわかれば対策立てられるからね。

今度こそ力ごり押し!これぞ深雪様!!っという感じで周囲を驚かせつつ快勝。

明日の本戦に全員駒を進めた。

その日の夕食の席でお兄様は女子から囲まれ質問攻めにあっていた。

お兄様のおかげで勝てたっていうのは誰の目から見ても明白だったから。

いいね、ちやほやされるお兄様見るのは。素敵なハーレムを築かれてますね、至福。

 

「これが後方彼女面?」

「雫、どこでそんな言葉を・・・?違うからね」

 

恐ろしい。一体誰がそんな言葉を雫ちゃんに教えたんだ。

 

「雫はあの輪に入らないの?」

「一緒にもみくちゃにされるのは嫌」

 

避難してきたんだ。ほのかちゃんは・・・お兄様の横キープしてますね流石です。

それより問題は、

 

「男子はまずいみたいだね」

「皆ももう少し声を抑えられたらいいんだけど・・・」

 

女子の成績は予想していたよりも高く、男子は思ったより成績が振るわなかったこともあって彼らの頭上には暗雲が覆っている。

これはフォローが必要なのでは、と立ち上がろうとしたけれど十文字先輩がこちらに気付いて首を振った。

先輩がフォローを入れるのかと思ったが、それよりも先に森崎くんが爆発して飛び出して行ってしまった。

・・・発破掛けです?ちょっと谷に突き落とすにも、この方法だとお兄様の印象が悪くなってしまうのですが・・・男子には男子のやり方がある?そうですか。口出し気を付けます。

 

「深雪って意外と周囲を見てるんだ」

「・・・私そんなに視野狭そう?」

「そういうわけじゃないけど、他に目がいかないのかと思ってた」

 

他に、とはお兄様にしか目が向いてないと思われてます?原作の深雪ちゃんならそうだっただろうけど、私もそう見えたってことはもしやお兄様に依存しているように見られてるのかしら?

そう思ったけど違うらしい。

 

「こっちの勝手な想像、かな。誰にでも優しいけどその時だけ、みたいな」

「それは・・・随分薄情な人ね」

「たぶん神格化してたんだと思う。殿上人?」

「・・・・・・そんな風に思われてたの?」

「だって同じ人間に見えなかった」

 

ぐさっと言葉が刺さります。

悪気はないんだよね。わかっているけど。そうだよね。深雪ちゃん一人一線を画してるとか言いたいんだよね。

 

「深雪と友達になれてよかった」

「雫・・・。私もよ」

「好きだよ」

 

唐突な真顔の告白。やだ。きゅんとしちゃう。

 

「私からはちゃんと言えてなかったから」

「伝わっていたわ」

「でも言葉にしたかったから」

 

どうしよう。私の友達こんなに可愛い。抱きしめていい?いいよね??

 

「あのね、雫――」

「深雪」

「あ・・・どうしたの?」

 

ハグしていい?と聞こうとしたらお兄様がやってきた。どうやってあの包囲網から脱出を?

いえそれよりもなんだろう?

ちょっと怖い雰囲気?緊張感があるような。

 

「あとで話があるから部屋に来てくれるか?」

「わかった」

 

もしや無頭竜に進展あったのか。

とにかくこの後、部屋にお邪魔することが決まった。

夕食も終わり、明日は決勝ということもありすぐにお開きとなった。

いったん部屋に戻るかとも考えたが、用件は早めに済ませた方がいいとお兄様と共に部屋に向かった。

誰もいない、一人部屋なのに広さのある部屋は二人でも広すぎるほどだった。

どこに座るべきかと見回すと背後からお兄様が抱きしめてきた。

 

「お、兄様?」

「ああ、深雪だ・・・」

 

抱きしめて、と言うより抱き込んで、という感じだ。

しかも何かお疲れの様子。ってそうだよねあんなにたくさん調整して作戦立ててってしてたら疲れるよ。

それにどこから狙われるかわからないから、常に気を張っていなきゃだし。

 

「お疲れ様です、お兄様」

 

しかし悲しいかな。向かい合っていないので抱き返してあげられない。腕を撫でることと手を重ねることしかできない。

温かくて大きな手だ。この手に幾度となく助けられてきた。

 

「いつもありがとうございます」

「・・・それくらいなんともないさ」

 

なんてことないように言うけれど、お兄様でなければできないことだらけだ。

 

「見ていてくださいましたか?」

「もちろん。あの基礎中の基礎の振動系魔法で氷柱を崩すなんて前代未聞だと騒がれていたよ」

 

画面にどんな魔法が使われてるか解析が映りますからね。

まさかあの猫だましが魔法なんて見ただけでは気づきにくいでしょう。いくら魔法の大会とはいえCADを一切触れてなかったから。

 

「だが皆そんなことよりも深雪の美しさに圧倒されていた。もちろん俺もね」

「・・・お兄様ったら」

 

それ以外なんと返せばいいの?身動きもできないし、お兄様の熱を感じる以外何もできない状態です。当然逃げられるわけもない。耳元で囁かないでほしい。切実に。自分のいい声をご存じないのですか?

 

「自慢の妹なのに、こんなに人に見せびらかしてしまうと盗まれてしまいそうで怖くなるよ」

「まあ。お兄様は私が攫われるのを、指を咥えて見ているだけではないのでしょう?」

「ああ。誰にも奪わせやしない」

 

ぎゅっと、盗まれないように強く抱きしめるお兄様だけど、落ち着いてください。ここに怪盗も泥棒もいませんよー。

 

「私も簡単には奪われませんから。安心してください」

 

更にぎゅっと強い力で抱きしめられた。

まだ上がありますか!?内臓が!さっき食べたものが大変なことになっちゃうのでそれ以上は勘弁を!

っていうか信頼無いですね。そんなに簡単に攫われそうですか?

 

「四月はついていっただろう?」

 

・・・信頼できない理由ありましたね。

お兄様が迎えに来てくれるのがわかってたから、のこのこ付いていってさっさとケリをつけたんだけど、だめでしたか。

 

「お兄様。そろそろ私にもハグさせてくださいませ」

「・・・はぐらかす気か?」

「はぐらかすも何も。だってお兄様が迎えに来てくれるでしょう?」

 

もうここは開き直る。

本当はお兄様に迷惑なんてかけないのが理想なんだけど、それは心配性なお兄様にはできないことだから。

 

「お兄様がいる限り私は無敵です」

 

それはこの世界の真理だ。

深雪はお兄様がいることで成り立ち、お兄様がいるからこそ最強である。

 

「・・・俺が敵に回ったら?」

「お兄様に付いていくので敵側に付くことになりますね」

 

お兄様が敵に回る意味が解らないけれど、そっちサイドに行くなら支援するよ?後衛は任せて。

顔が見えないのでお兄様が何を思っているかわからないけどため息が何度目か、耳をくすぐる。

 

「そんなにため息をこぼされると幸せが逃げて行ってしまいますよ」

「お前がいればすぐ帰ってくるさ」

 

お兄様は幸せを放し飼い派、と。

・・・このメモ必要?

 

「お兄様?」

「・・・わかった」

 

呼べばくるりと反転させられお兄様の胸にダイブ。

相変わらず固い胸板です。おでこで迎えるから顔は守られてますよ。

つかの間の休息。心臓は忙しないですけどね。

 

「おそらくだが仕掛けられるとしたら新人戦でも高得点のモノリスコードではないかという話になった」

「ですがモノリスコードはその・・・上位に食い込めるかは・・・」

「流石に内部戦力まで知っているとは思わない。特に一年のはな。正直ピラーズブレイクを狙うにしても一人くらいだ。三人表彰台に立ちそうなのに一人狙ったところで旨味は少ない。なら同時に三人狙えて、今後まだ活躍する種目の残った一年を潰す方が一度で済む」

「・・・そう、ですか」

「風間さんたちがさりげなくフォローに入る予定だそうだ」

 

よかった。体から力が抜けたが抱き合ったままだったのでお兄様はしっかり支えてくれた。

 

「ここで確実に捕えられるかはわからないが」

「きっと最悪の事態は避けられます」

 

これで解決するかはわからない。まだCADへの細工がわかっていないのだ。

不安は残るが、彼らが動いてくれるなら何も変わらないということはないはずだ。

 

「明日は決勝だな」

「雫との対戦ですね」

 

私の中で雫ちゃんとの頂上決戦は確定事項だ。

お兄様はこのノリが理解できていないのだろう戸惑っている。

でもそれでいい。これは雫ちゃんと私の直感だから。

 

「お兄様は雫に付いていてくださいませね」

「・・・深雪はそれでいいのかい?」

「私、お兄様とも戦ってみたいのです」

 

はっきりとそう言うとお兄様は回していた腕をほどいた。

その胸を押して半歩下がる。

顔を見上げ、挑戦的に笑って。

 

「お兄様、勝負です」

 

人生初の兄妹の本気の試合。

きっとこんな機会でないとできないから。

 

「楽に勝たせないつもりだ」

「もちろん、全力でお願いします」

 

雫ちゃんとお兄様、この二人を相手に私は戦う。

油断なんてしない。大好きな二人相手にそんなことできない。

 

「最善を尽くそう」

 

お兄様も覚悟を決めた顔になる。

 

「送るよ」

 

もう言葉はいらなかった。

部屋を出て、扉の前でおやすみを交わすまで無言で歩いた。

けれどそれはけして嫌なものではない、空気のように自然な無言だった。

 

 

――

 

 

さて、そんなイベントもあったなと。

どこか他人事のように揃った面子を見て思い出した。

目の前に立っているのは一条さんちの将輝くんと吉祥寺さんちの真紅郎くんだった。やあやあ。煌めいてるね。

でもどうして私がいるところで?お兄様を確実に捕まえるにはこれがベストってことだったのかな?

ちらりと視線を向けるとばちっと音が鳴ったかのように一条くんと目が合った。

目力強いの?そして反発力凄いの?勢いよく反らされた。・・・まあ気にしないけど。

そして視界を遮るようにお兄様の大きな背中が目の前に。あら、ごみが付いてますね、と取ったらお兄様が身じろぎした。あ、ごめんなさい。空気読まずに動きました。

 

「深雪、先に準備をしておいで」

 

はーい。わかりました。

あれ、自己紹介聞く前に退場?まあいいけども。

お兄様の意図をしっかり読み取った私は一瞥もくれずに控室へ。

はてさて。果たし状投げつけるのはいいけど、お兄様にははっきり書かないとただの暗号文に思われちゃいますよ。

戻ってきたお兄様は案の定、首を傾げていた。

鈍感系主人公ですもの。

思わず笑ってしまうとお兄様に名を呼ばれた。

 

「彼らはおそらくこの会場で誰よりも早く、お兄様の実力に気付き、警戒しておられるんでしょうね」

 

事実そうだ。彼らはいち早く凄腕エンジニアに気付いたのだ。その上選手でないかと疑いを掛けるほど警戒していた。

 

「知っているのか、二人のことを」

「女子には女子の情報網がありますから」

 

事実その名と姿は皆が教えてくれた。

絶対一目惚れされてるって!の言葉もついていたがこの場では割愛。

 

「そもそも一条ですから顔は資料で。若くして実戦経験があるとか」

 

キャラクターとしては知っているけど、四葉としてはあまり重要資料じゃないからあまり詳しくは書かれていなかった。

・・・むしろまだ出てきたことのないキャラクターの資料にワクワクしてしまった私です。ネタバレはしないよ!守秘義務守秘義務!

 

「・・・気になるか?」

「何がですか?」

 

たまにお兄様主語を抜きすぎますよね。手抜きですよ手抜き。

大抵は分かるんだけど、稀に全く読めない時がある。今がそれ。

 

「あー・・・、彼らが?」

「三高は僅差ですからね。気が抜けません」

 

もしかしなくても気になるかどうかチェックです?ないない。だって叔母様の候補に入って無さそうでしたよ。そもそも次期当主同士なんだから家から送り出すなんて・・・ってあれ?でも叔母様自身もあの事件さえなければ次期当主同士?・・・でもま、ないでしょうね。なんとなくですけど。

 

「そうだな」

 

お兄様はスルーすることにしたようだ。それでいいです。大事な試合前だから。

と、その大事な試合を一瞬で終わらせてしまった深雪ちゃんです。

いえ、いつも通りのつもりだったのだけど、相手が予想以上に委縮しちゃってて。威圧出しちゃった?ごめんね。

今日は謝ってばっかりな気がします。

そして他の二人も勝ち抜いて、天幕はお祭り騒ぎ。女子が皆決勝進出決定したからだそうです。その天幕の前を通り過ぎ、私たちはミーティングルームへやってきた。――そう、ピラーズブレイク決勝リーグに一高の三人が決まったことでもらうポイントも決まったのだ。あとは誰がどの順位でも同じ学校にしかポイントが入らないので試合をしたところでただの消化試合となる。

だからわざわざ試合をする必要性はないのだが――

 

「深雪」

「ええ」

 

私と雫ちゃんは燃えていた。

エイミィちゃんはコンディションが悪いので棄権するとのこと。

七草会長が戸惑っているけど私たちの視界には入らない。

 

「雫が好きよ。だから決着をつけましょう」

「私も深雪が好きだから、負けない」

 

私たちが闘気を燃え上がらせているのを、更に困惑した七草会長がお兄様を物理的に揺さぶっていた。

 

「ねえ!どういうことなの!?え、告白??二人って」

「落ち着いてください会長」

「なんでそんなに冷静なの!?二人の関係はお兄ちゃん公認なの?!」

「公認なんてまずしてませんし冷静に見えるのはただ自分も処理が追いついていないだけです」

「頭のいい達也くんが処理できないって大問題じゃないの!」

「だから落ち着いてください会長。思考がまとまりません」

 

(・・・思ってた仲良しの図とちょっと違うな)

 

頑張ってください七草会長。

 

 

――

 

 

達也視点

 

 

「どうして達也さんがこっちに?」

 

深雪に付きたいんじゃないの?と聞かれたが、付きたいかと聞かれればそうだ。だが、

 

「俺とも戦いたいんだそうだ」

「ふぅん。深雪は罪作り」

 

雫はいつも端的に話すので文脈がわかりづらい。

表情もあまり表に感情を出さないから余計だ。

 

「どういう意味だ?」

「私ひとりじゃ物足りないってこと」

 

・・・物言いは独特で、掴みにくくもあった。

 

「でもこのハンデをもらっても、いい試合ができるか難しいってことは私もわかってる」

 

確かに深雪の力と雫では学校では順位を競えるが、外に出ればプロと素人ほど違う。持って生まれた才能に加え、努力の差というのは互いに努力を続ければ続けるほど埋まらない。

深雪はずっと才能に胡坐をかくことなく努力を続けてきた。――一般で中高とやっているだけでは追いつけるはずもない。

――だが。

 

「達也さん、策を頂戴。私ひとりじゃ勝てないなら何を使っても食らいつく」

「小手先の作戦がどれだけ通用するかはわからないが、俺にできることはやろう。まずは調整だ。――俺も深雪に負けたくないからな」

 

秘策はあった。雫にはまだ隠し玉があったのだ。

深雪は驚いてくれるだろうか。

 

「達也さんって深雪のことになるとわかりやすい」

「・・・気を付けよう」

 

深雪のことを考えていたのが顔に出ていたらしい。

気をつけねばと顔を引き締めると、しかし雫は首を振る。

 

「いいよ。わかりやすい方が深雪も喜ぶ」

「・・・雫は随分深雪と仲良くなったな」

 

二人の距離が近いなと思っていたが、思っている以上に深いところまで深雪のことをわかっているようだ。

妹のことをこんなに理解してくれる人はいなかったから雫の発言に驚きを隠せない。

 

(嬉しく思うんだが、なんだか・・・なんだろう、言葉にするのが難しい。不快感、と言うほどのモノではないし、これは何だろうか)

 

考えながらも手は動く。調整は問題なさそうだ。

――会場は超満員だった。

何でも時間をずらしてまでということだから、相当だろう。

スタッフ席でよかった。もし観客席だったならあの熱気で参っていたかもしれない。

そんな軟ではないからもちろん冗談だが。

おそらく深雪と雫の容姿もあって話題にもなったのだろう。そこには深雪の魔法が高校生級を超えているということも理由の一つだろう。

・・・四葉とばれてはいけない身だが、深雪を隠すなどその方が無理だ。だったら開き直って目立った方がいい。

その方がもし四葉と公表することになっても角が立ちにくいのでは、とは深雪の意見だった。

実力を隠してたら不信感がより上がるのでは、と。四葉という時点で不審に思われると思うのだが、こういったことは深雪の方がよく見えている。四葉からも何も言ってこないし、問題ないと判断されているのか。

 

(まあどちらにしても深雪が傷つかなければそれでいい)

 

傷つかないよう守ればいいのだ、俺が。

これから雫を通して戦うことになっているというのに守るとは、と妙な気分だが、これはこれ。

策は立てた。付け焼刃がどこまで通用するか。

 

「行ってくる」

 

雫が櫓に上がる。

――舞台は整った。

 

 

――

 

 

結果、雫は深雪に傷一つ負わしただけで倒すことができなかった。

だがあの深雪相手に健闘したと思う。

最後まで諦めずに対するだけでも相当な気力が必要だ。

そして深雪にニブルヘイムまで使わせた。

 

「・・・全然、歯が立たなかった、ごめん」

 

降りてきた雫が落ち込んでいるが、深雪の実力を知っているだけに十二分に戦えていたと俺にはわかる。

 

「深雪は喜んでいたぞ」

 

直接深雪と会話などできていない。

だが俺にはちゃんと見えていた。

雫が二つ目のCADを出した時、驚愕の後目が輝いていたのだ。

舞台上で笑うことはなかったが、あれは歓喜の目だった。

 

「だから深雪もニブルヘイムを使った」

 

使わなくても勝てた。

それだけの実力差があったにもかかわらず、彼女はわざわざ見せたのだ。

それは決して実力の差をひけらかしたのではない。

 

「・・・深雪のステージまで、遠いね。――でも、諦めない」

 

落ち込んで暗かった雫の目は、息を吹き返した。

慰めたつもりはない。ただの事実を述べただけだが、雫には深雪の真意が届いたのだろう。

雫の中で一つ完結したように頷くとこちらに顔を向けて・・・理解しがたいことを口にした。

 

「敵に塩を送るなんて余裕だね達也さん」

「・・・敵って、俺たちはいつの間に敵対していたんだ?」

 

さっきまで共闘していた仲じゃなかったのか。

 

「深雪のために共闘したに過ぎない」

 

でしょ、と言われて、まあ確かにそうだなと思ったが、だからといってなぜ敵なんだ?

よくわかってないでいると、まさか無自覚とこれまた意味不明なことを口走る。

 

「・・・敵っていうよりライバル?深雪が好きだから」

「だから、それでなんでライバルに?深雪に友達ができて兄として喜ぶぐらいだが」

 

さっぱり彼女の考えがわからない。

とりあえずこれだけは確認しておこう。

 

「深雪に害をなすことはないんだろ?」

「当然。そんなつもりはない」

「なら問題ない」

 

それだけわかれば十分だ。

 

「これからもアイツと仲良くしてやってくれ」

 

雫はまあいいか、と納得して頷いた。

・・・なんというか一高は癖がある人間ばかりのようだ。深雪に変な影響がなければいいが。

 

「達也さんはこれから深雪のところでしょ。私は・・・まだ悔しくて心の整理がついてないから」

「わかった。伝えておくことはあるか?」

「ん・・・いい。自分で言う」

「そうか」

 

雫とはここで別れて深雪の控室へ向かう。

こちらはお祭り騒ぎだ。会長に渡辺先輩がお祝いに駆けつけていた。しかし深雪は不在。着替え中とのこと。

 

「それにしても深雪さんはとんでもないわね。インフェルノだけでも驚きなのにニブルヘイムなんて」

「それを仕込む達也くんも大概だがな」

「恐縮です」

 

と言うか渡辺先輩は本当に休まなくていいのか?本人がいいならいいのだが。

 

「だが君は、本当は彼女に付きたかったんじゃなかったのか?」

「ええ。ですが深雪本人たっての願いでしたから」

 

その発言は予想外だったのか目を見開く二人。

 

「どういうこと?」

「深雪は俺とも戦いたかったのだそうで」

「・・・なんというか、深雪さんって意外と」

「ああ見えて結構お転婆なんです」

「・・・・・・流石にその言葉じゃないだろう」

「好戦的って言おうとしたんだけど」

「お転婆でおちゃめで、可愛い所があるでしょう」

「おい真由美、コイツとんでもないシスターコンプレックスだぞ」

「ええ。しかもこれ自覚して開き直ってるわね」

「重症だな。完治の見込みゼロじゃないか」

 

随分な言われようである。

ただ事実を述べただけだというのに、なぜそんな非難の目を向けられねばならないのか。

 

「お待たせしました。今戻り――お、にっ、達也さん」

「それだと俺が鬼になってしまうな」

「あ、いえ、そうじゃなくて」

「わかってるよ――深雪、優勝おめでとう」

 

制服姿に戻った深雪が予想していなかった俺の来訪に、驚き惑う姿が可愛くて思わず笑いがこみ上げる。

ここには一高以外の人がいないのに設定を守ろうとするのもまた健気で可愛い。

そして、

 

「ありがとうございます」

 

はにかんで答える深雪は目に入れても痛くないという言葉がぴったりなほど愛らしい。

人目がなければ抱きしめて撫でてやりたいが、この二人の前ですると煩そうだ。

近寄ってくる深雪の頭を撫でるだけで我慢する。

 

「私たちもいるんだから、もうちょっと遠慮してくれてもいいんじゃない?」

 

我慢しているのにこれ以上とは?

深雪がすっ、と離れてしまった。

そんな言葉素直に聞かなくていいのに。

 

「あの、雫の様子は」

「ああ。悔しそうだったが次の目標を見つけたみたいだ」

 

優しい深雪は対戦相手を心配していたが、彼女は思った以上に強かった。

少し時間はかかることを伝えると、堪えるような顔になったがすぐ微笑みに変わった。

 

「手を尽くして戦ってくれてありがとう」

「それがお前の望みだったからね。どうだった?」

「楽しかった!すっごくワクワクして、次に何が来るかわからなくてびっくり箱みたいで」

 

これを撫でるなと言うのかこの先輩方は。

見たくないなら早く出ていけばいいのになぜここに居座るのか。

 

「試験の時とは全然違う雫に驚かされた。CADを同時操作だなんて!それにフォノンメーザーまで使ってくるなんて思わなかった!きっと短期間でも頑張って身に付けたのね。余程訓練したんだわ。すごい努力ね!」

 

自分のことのように喜ぶ姿が微笑ましい。

先輩方も初めは呆気に取られていたが、対戦相手を賛美する深雪に同じように微笑ましさを覚えたのか、二人とも先輩らしく見守っていた。

 

「あ、そういえばほのかも勝ち進んだってさっき先輩たちから教わりました。ほのかも頑張ったんですね!」

 

興奮してか、先輩の話が混じったからか敬語に戻っているが、深雪は気づいていない。

 

「そうだな」

「それも達也くんの功績だな」

「頑張ったのは選手ですよ。特に深雪には俺の調整などなくても勝てたでしょうし」

「「「それは違う」わ」」

 

三人に否定されては何も言えない。

この後こんこんと説明され、無駄に時間を過ごしてしまった。

ついでに愚痴も飛び出てストレス発散に突き合わされ、解放された頃にはのどが渇いていたのでお茶でもするかと深雪とカフェに来たのだが――ほのかと目が合ってしまった。横には当然雫がいる。

深雪が俺の手をそっと放して目礼すると、つかつかと雫に向かって歩き出す。

雫もすっと立ち上がり椅子をどけて向かい合う形で佇む。

その横ではほのかがあたふたしているが、二人の目には互いの姿しか入っていない。

そして二人の距離がどんどん短くなっていき五十センチを切る頃、互いに手を差し出して固く握手をすると互いの手を引くようにして抱き合った。

・・・展開に付いていけないのは俺だけか・・・?ほのかも同じく固まっていたはずなのに、今では胸の前で手を組みうんうんと大きくうなずいている。

 

「雫の想い、伝わったわ」

「今度はもっと深雪を驚かせて見せるから」

「よかった、よかったね雫~」

 

なぜほのかが涙ぐむ?・・・これは女子特有のモノなのだろうか。さっぱりだが、ぎすぎすしているわけでもない。深雪も喜んでいる。ならば何も言うこともない。

 

「よかったな深雪」

「うん」

 

お前が喜んでいるならそれでいい。

 

 

――

 

 

深雪視点

 

 

端末が震えたのは雫ちゃんたちの部屋から自分に割り当てられた部屋に戻り、明かりをつけた時だった。

音声だけの電話だ。

 

「おめでとう深雪さん。活躍を拝見させてもらったわ」

「ありがとうございます叔母様」

「お姉さま、でしょう?」

「失礼しました真夜姉さま」

 

タイミングがあまりに良すぎる。・・・どこで見ているのでしょうね?それともこの端末に何かしかけられてるのかな。

もしや九島閣下だけでなく四葉も観戦に来てました?いや、軍事施設だ。彼女が直接、とは考えにくい。

声だけだけど、怒ってはい無さそう。でもご機嫌、と言うほどの陽気さはない。

 

「誰もが貴女にくぎ付けで、私もあの姿には魅入ってしまいました」

「気に入っていただけたのなら光栄ですわ」

「なら用件もわかっているわね?」

 

ぬいの新コスチュームですね。

それ用の布は用意しておりますとも。ついでに小物は榊。私の分はビーズで鈴に見立てる予定。あの鳴り物なんて名前なんだろう。あとで調べておこう。

もちろん、と答えると叔母様はご満悦にそう、と返した。

 

「そういえば情報は役に立っているのかしら?どうにもトラブルが多いようだけど」

「そちらにつきまして、私共は表立って動けませんので軍の方に一任しておりましたが――どうもなかなか上手くいかないようですね」

「あらそうなの・・・本当に余計なことばかりするお国ね」

「真夜姉さまの憂いを晴らすためにも、少々派手に動かざるを得なくなりそうです。――そうですね、本戦のミラージバットで一回戦に私が出場できれば、大ごとにはならずに済むかもしれません」

「あら。新人戦のモノリスコードで抑え込むのだと聞いていたのだけれど」

 

本当軍の諜報部もそうだけど四葉の諜報部もどうなっているのか。情報を得るのってそんな息を吸うように簡単なことではないでしょうに。

 

「実行犯までたどり着けばいいですが」

「深雪さんは無理だと思うのね。――だけど貴女ばかり巻き込まれるのもね」

「ご心配してくださってありがとうございます。ですが私には兄が付いておりますので」

「ふふ、達也さんも苦労するわね」

 

う、それを言われると心が痛いです。ごめんなさいお兄様。

 

「ああ、そうだわ。ミラージバットも出場するならそちらの衣装もあるわね。楽しみにしているわ」

「兄のエンジニアスタッフジャンパーも素材が用意でき次第頑張りますわ」

 

あと、限定一科生ブレザーは自分用に。

・・・夜なべして頑張れば納期内にできるよ、大丈夫。

 

「きっと深雪さんのことですもの、運よく望み通りの順番で出場するかもしれないわね」

「そう願います」

 

おやすみの挨拶をして電話は終わった。少しして同室の子が戻ってきた。

今日も先輩たちに可愛がられたのか、髪やら服装やらが若干乱れていた。

 

(・・・本当、どこでどう知るんだろうね、こういう情報って)

 

知りたいような知らない方が身のためのような・・・。

明日のためにしっかり寝ましょう。それが今私に必要なことだから。

 

 

――

 

 

お兄様としょっちゅう一緒にいると思われている私だけど、この九校戦はさほど一緒に行動することはない。

今日も別行動でエリカちゃん達と雫ちゃんとミラージバットの応援と、午後からはモノリスコードといろいろ忙しい。

ちらちらと視線は受けるが、友達と仲良くしているのを邪魔しようという輩はほとんどおらず、出てきても西城くんと吉田くん、そしてエリカちゃんが撃退していた。

エリカちゃん強い。

新人戦でも花形のミラージバットは人気が高い。可愛い女の子たちが可愛い恰好をして空を舞うのだ。それは見る。男子だけじゃない、女子だって注目しますよ。

おかげで観客の入りがすごい。

 

「とはいっても雫と深雪の試合はこんなもんじゃなかったけどね」

「そうなの?こっちも随分満員みたいだけど」

「なんて言うか人の質?可愛い子を見たいってだけじゃなくすごい魔法を見たい!って感じ」

「確かに新人戦であんなに観衆多いの初めて見た」

 

過去と比べる雫ちゃんはちょっと眠そうだ。昨日遅くまで家族と電話してたんだって。

一高の選手の応援をしつつ、時間はあっという間に午後になるところだった。

 

「モノリスコードの前にちゃちゃっとご飯食べていきますか!」

 

 

そして午後一番、着いた会場で私たちは目撃する――森崎くんたちのいた建物が見えない力で叩き潰されるのを。

 

 

 

天幕はもう半狂乱だった。

七草会長たちは森崎くんたちに付いていてまだ来ていない。情報としては命に別状はないとのことだったけれど怪我の詳しい様子は入ってこないようだ。

 

(・・・間に合わなかったのか)

 

もしかしたら事前に防げるのでは、と期待をしていただけに落胆する。

勝手だな、と思う。押し付けておいて都合のいいことだけを考える自分に嫌気がさす。

割り切らねばと思うのに、心がそれを拒む。

もっと何かできたのではないか。知っていたのだから人に任せるだけでなく自身も動けばよかったのではないのか。

 

(――私は責められるべきだ)

 

そんな思いに捕らわれる。

だけどそれを表に出すことは許されない。

目的を見失ってはいけない。

 

「皆、遅くなったわ」

「「「会長!!」」」

 

走ってきたのか七草会長の肩は弾んでいた。

 

「思ったよりひどい怪我にならずにすんだわ。軍用の防護服だけなら正直命も危ぶまれただろうけど、ヘルメットと立会人の人が展開した魔法が間に合って、全治一週間、一日は絶対安静だそうよ」

 

ほっと安心した空気が流れる。

 

(・・・風間さんたちが、救ってくれたんだ)

 

原作では重傷で、見るに堪えない怪我だったと言っていた。

だが七草会長の顔を見る限り、そこまでの悲壮感はない。

 

「ですが安心するにはまだ早いです」

「そうね・・・。今十文字君が掛け合いに行ったけど」

「掛け合い、ですか?」

「ええ――」

 

と、そこへ何も知らないお兄様が天幕にやってきた。

疲労の色が薄く見えるのは少し休めたからか。

朝からずっと調整等サポートをしていたのだから疲れているはずなのに、そんな素振りを見せない。

七草会長が事情を説明する間、私はお兄様に近寄るのを避けた。

お兄様は鋭いから、私が情けないことを思っていることに気付けばそちらに集中してしまう恐れがあったから。

モノリスコードフリークの雫ちゃんに寄り添う形で自然を装う。

実際雫ちゃんはかなり興奮している。あんなのは事故じゃない、と四高を非難する口ぶりに七草会長がストップをかける。

――そう、原因は四高ではない。彼らはただ利用されただけ。

だからこそ、ルールすれすれな救済措置が取られるのだ。

私が黙っていても話は滞ることなく進む。

森崎くんの怪我の具合、使われた魔法、――棄権をするか否か。

 

「ねぇ達也くん、少し、相談したいことがあるんだけど」

 

そして七草会長は強請るような甘い声でお兄様を連れ出す。

いつの間にかお兄様は七草会長にあそこまで甘えられる――信頼できると思われるほど親密になったのか。

・・・え、本当いつの間に??

 

(知らないうちに関係が変わってる!流石お兄様!ラノベ主人公!!)

 

さっきまでのマイナスに振り切れていた気持ちがぐん、と一気に逆転した。

思わず見つめてしまったのをお兄様は見咎めていると勘違いしたのか、ちょっとばつの悪い顔。

ああ、そんなつもりはないのに。しかし訂正するのもおかしな場面だ。黙って顔ごと反らした。

そのせいでよりお兄様の表情が曇ったのだけど、背けてしまった私は知る由もない。

 

「深雪、達也さんに不満あった?」

「全くないのだけど、やっぱり何か勘違いさせるようなことしちゃったかしら」

「・・・ないの?」

 

なぜか雫ちゃんにまで、お兄様を七草会長に連れていかれたことに不満を抱くような妹だと思われてた?そんな変な顔してたのか。

 

「不満どころか、・・・ちょっとわくわく?かしら」

 

正直に言ったら目を見開いて驚かれています。

初めて見るお顔ですね。パシャリと心のシャッターを一枚。

 

「でも流石に妹が・・・の色恋沙汰を見守られたりしたらいやじゃない?だから顔を背けたんだけど」

 

兄さん、と呼ぶにも達也さんと呼ぶにもおかしいのでぼやかして言うと、雫はなぜか難しい顔でだんまりしてしまった。

何か言葉を掛けようにも何を考えてるかわからないうちに言ってしまうと拗れる可能性があるので、ここは口を出さないようにします。

他に視線を巡らせると、皆不安そうな表情をしていた。

 

(そうだよね。事故じゃないのでは、なんて考えたら、余計不安になるのは当然だ)

 

狙われている、巻き込まれている、どちらにしても不安でしかない。

お兄様のロマンスの気配にときめいている場合じゃなかった。

さっきまであれだけ森崎くんのことで落ち込んでいたはずなのに、私はなんて薄情なんだろう。

この空気を何とかしよう。それくらいしか私にできることはないから。

 

「これがもし事件であればモノリスコードどころか九校戦自体が中止になるかもしれない。でももし、ならなければ、――今十文字先輩が交渉に行っているけど、これがもし通るなら、大会側のミスということになるのでしょうか?」

 

誰に言うわけでもなくそう口にする。

まるで今考え付いたことをそのまま口に出したように。

そして私は知っている、この後十文字先輩の言い分が通ってモノリスコードが行われることを。

 

「・・・そうね、その可能性はあるわ」

「そうだな。もしこれが妨害だっていうなら、相当危険な行為だから何の罰則もないわけがないもんな」

 

先輩たちはいい感じに誘導に従ってくれたおかげで、ほかのメンバーたちにも伝播して暗い雰囲気が晴れていく。

人間信じたいモノを信じるから、そこに何らかの根拠っぽいものが添えられたら更に乗っかるよね、というあくどい手口です。皆さん注意しましょうね。

いい感じに皆の不安が和らいだところに、お兄様と七草会長が戻ってきた。

お兄様の表情がなぜか釈然としない、といった風なのは気になるが、まあそこは鈍感系主人公様なので。

その後、一年生女子を中心にお兄様の調整参観――ではなく、決勝に向けての調整をしてもらった。

森崎くんの事故もあって、まだ多少の不安はあるみたいだけど、お兄様が黙々と作業をしているのを見て、いつもと何も変わりない姿に安心したのだろう。落ち着きを取り戻していった。

特にほのかちゃんの態度は顕著で、お兄様はちょっと心配するほどだった。

その心配が更に彼女の想いを加速させて、心をがっちり捕えちゃうんだけどねー!いいね、青春!

 

 

――

 

 

次の日のミラージバット新人戦はワンツー独占でお祭り騒ぎ!・・・とは問屋が卸さなかった。

本来はお兄様だけがミーティングルームに呼ばれたのだが、なぜか私も連れて二人で行くことになった。

役員持ちの先輩たちが固い表情で勢ぞろいしているのを見て、独占を喜ぶ空気でないことは分かった。特に十文字先輩の圧はすごがった。

そもそも森崎くんたちが怪我をした時点でそんなに喜べる状態ではなかったのだけど、それにしても重苦しい。

けどそれもこれも、不必要な戦いにお兄様を巻き込もうとする先輩たちの緊張感が原因なのだけどね。

だって新人戦のモノリスコードの試合なんて、放り投げてもギリギリ総合優勝狙える計算ですもんね。

ただ欲を出した、それだけ。

本当なら蹴ってもいいのに、お兄様は十文字先輩の言葉に焚き付けられ、それに見事に乗っかった。

あの、他人に興味もなく、自分の評価など気にしないというお兄様が。

懇願され、発破をかけられ、逃げずに立ち向かうと――お兄様が自身でお決めになったのだ。

それがどれほどの出来事かここにいる誰もが知らない。

これからのことを話し合う十文字先輩とお兄様をじっと見る。

 

(できることならば、この感動を分かち合いたかった)

 

母が恋しい、と初めて純粋に思えた気がした。

お兄様は物事を合理的にしか判断できなかった。

徹底的に無駄を省いていた。

唯一の例外は私に関してだけ。

だけどどうだろう。

お兄様は今こうして不必要と思われる試合に、目立つことを避けようとしていたにもかかわらず、友人たちを巻き込んででも、参加しようとする。

――そこに、私のためにという理由はない。

やはり九校戦に参加したのは正解だった。お兄様の成長に、このルートは必要だったのだ。

 

「――ゆき、深雪」

「ごめん、なにかしら?」

 

お兄様がこちらに向いたのに反応しきれなかったのは、潤む目を見られないよう閉じていたからだ。

ゆっくり開くとうまい具合に涙は引っ込んだ。

超一流の俳優は汗さえコントロールできるというが、深雪ちゃんの体はその才能も持っているようです。

 

「俺はこれからレオ達と作戦会議をするが」

「なら私はほのか達と合流するわ。きっとまだお祝いしていると思うし」

「そうか、ではそこまで送ろう」

「そんな時間はないでしょう?大丈夫よ」

 

送ろう、というお兄様に大丈夫だと断ると、お兄様は複雑な表情と共に何か口を開きかけたが、音を出さずに閉じた。

お兄様の様子がおかしいのは分かったけれど、無頭竜のことではなさそうだし、はっきりとしない。

なぜ無頭竜のことならば場所を変えてでもお兄様は言う。だから違うのだとわかるのだけど、どうしたのだろう。

 

「・・・すまない」

「謝らないで。だいじょうぶだから。・・・大変だろうけど無理はしないで。絶対応援するから」

 

頑張ってとは言わない。

お兄様がやると言ったらやり遂げることはわかっていたから、余計な言葉は言わなかった。

 

「終わったら二人の時間が欲しい」

 

珍しいお兄様からのお願いに私は二つ返事で返した。

 

 

――

 

 

別れて皆の元へ向かう途中、見覚えのある生徒たちが座って項垂れているのを見かけた。――一年生男子だ。

モノリスコードの代理で選ばれてもおかしくなかったのに、お兄様が選ばれたことで漏れてしまった子たちだ。

技術も高いし魔法力もある、将来有望な卵たち。けれど先輩に指名されたのは自分たちに劣っているはずの、心のどこかで落ちこぼれと見下していた二科生で、更に他のメンバー二人も選手候補にも選ばれていない二科生ときた。

不満が爆発するのも無理はないだろう。

まあ落ちこぼれの二科生と言う言葉を、今の彼らは妄信しているわけではない。実力を目撃した生徒も中にいるだろうし、エンジニアとして凄いということも先輩たちの話を聞いているのだが、同じ一年同士、まだ信じたくない気持ちの方が勝ってしまったのだろう。

思春期特有の反抗心、とでも言うべきか。

 

「皆さん、お疲れ様です」

「!司波さん!お疲れ様、――ピラーズブレイク優勝おめでとう」

「ありがとう。応援してくれてたよね」

 

はったりである。正直応援席など見えるわけもない。だが来ていなかったとしても応援はしてくれてたよね、と圧も込めて聞けば皆顔を赤らめてコクコクと頷いた。

もう一度感謝を込めてありがとう、と言えば皆不満でいっぱいだったことも忘れて喜んでいた。

 

「・・・森崎くんのこと、心配ね。私も会場で応援に行ってたから目撃したけど・・・衝撃的だった」

 

そう言うと空気は一変。お通夜モードに。一年生のリーダーみたいなところあったしね。

 

「二科生の彼が、代わりに出るって聞いたけど、もしかして皆は嫌だったんじゃない?」

「っそれは、」

 

一応お兄様とは言わずに態と二科生と強調して言った。

十文字先輩じゃないけどこういう発破の掛け方は時に有効だ。

 

「君の兄ってことはわかってる。新歓の出来事だって俺はその場にいたからすごいのだって知ってる。っだけどこれは!森崎の仇は俺たちが討ちたかった!」

 

一人が叫ぶように言うと、続いてほかの男子も俺も、と続く。

森崎くん思ったより慕われてる!・・・お兄様への反発が仲間意識を強くさせた、なんてことがないことを祈るばかりです。ほぼそれが理由な気がひしひしとしますが。

 

「一緒に頑張ってきた仲間だもの、そう考えるのもわかるわ」

 

ここで否定はしちゃいけないよ。逆上させるだけだから。

 

「渡辺先輩の時も、皆一丸となったものね」

 

はっとしたように顔を上げる。

そう、あの時も皆庇って倒れた先輩の無念を晴らそうと躍起になって――ペースを乱されたのだけど、そこはお口チャックです。わざわざ言わなくても彼らも思い出したようだ。

 

「彼はエンジニアスタッフだからマークもされてない。だからこそダークホースとして十文字先輩は選んだんだと思う。

皆は競技にすでに出ていたから偵察班にチェックされていただろうし。その点も考えるなんて流石連覇を成し遂げた先輩よね」

「・・・そうか、彼は得意魔法が見られてない」

 

一年生に使える魔法は限られる。

まだ入学して4か月。数字持ちでない限り、家の教育として本格的に魔法を教わること自体なかなかないのだ。

つまりほかの競技に出場した場合、対策を立てられている恐れがあった。

 

「そして他の二科生については彼が連携を取れそうな人が他にいなかったから。一緒に授業を受けない限り皆の魔法がどういったものかなんてわからないもの」

 

そのくらいの理由はわかっていただろうが、私に指摘されるとまた違って聞こえたのだろう。

すんなりと聞き入れてくれた。

本当、素直ないい子たちなんですよ。

 

「皆、元気出た?せっかく皆一緒に優勝目指しているんだから、最後まで応援しましょう!そして優勝を森崎くんたちにもプレゼント、なんて」

 

流石に恥ずかしいこと言ったかしら、とおまけで笑えば全員がぶんぶんと横に首を振る。

皆そんなに首振って大丈夫?縦運動と横運動忙しいね。私のせいだけど。

 

「ちょっと早いけど、おやすみなさい。皆もちゃんと休んでね」

 

よい子の皆はおやすみ!と大きな声で返事してくれました。

はい、みんないい子いい子。

こうやって草の根運動はするんですよ。いい子は気づかず眠ってね。

地道な活動が一科と二科の、というかお兄様への悪感情を取り除く一歩に繋がるのです。大抵4月に無くなってはいたんですけどね。この九校戦で女子たちがきゃあきゃあしちゃったから面白くなかっただろうから。嫉妬は悪感情を生みやすい。芽は早いうちに摘んでおきましょう。

私のできる暗躍はこういった地味な活動くらいだ。

四葉の、あんな息を吸うように何でも調べられちゃう諜報活動なんてやり方さえわからない。・・・今度勉強に盛り込んでもらおうかな。

 

「司波い、・・・ってまだ作戦って続いてんのか。もう効果もないだろうからいらないだろ」

「桐原先輩こんばんは。まだ終了の指示がありませんので」

 

誰か見てるなーと思ったら美人彼女ゲットでお馴染み桐原先輩でした。

私もお兄様と恋人設定終わっていいと思うけど、そもそもこの作戦お兄様の虫よけのため――を建前にした秘密会議と護衛のための作戦ですからね。大会終わるまでは無理じゃないですかね。

 

「しかし、あんがとな。アイツらあのまんまじゃただクサるだけだったからな」

「私はただ通りすがっただけですから」

 

特別なことはしていない、と言えば先輩は肩を竦めて何も言わなかった。

うーん。余計なことは言わない、後輩思いのいい先輩ですね。

 

「明日はアイツが出るんだろ?間に合うのか?」

「間に合う、がどの範囲までを指すのかわかりませんが、何とか形にはできるくらいまではいくんじゃないでしょうか」

「・・・それも十分とんでもねぇことだがな」

「そうですね。とんでもねぇことです」

 

先輩の言葉をそっくり繰り返したら虚を突かれた先輩は一拍のち、噴出した。

 

「お前、アイツに似ず面白いな」

「彼は十分面白いですけどね。ちょっとわかりづらいだけで」

「・・・それ絶対ちょっとのレベルじゃないだろ」

 

身内判定ですからね。がばがばです。

ニコニコしていたら、先輩はだんだん顔色を変えていった。

なんだろう、なんか気まずそう。

頭をガリガリ掻きながら、たどたどしく尋ねる。

 

「あー、なんだ、その。・・・兄妹仲はうまくいってんのか?」

「?ケンカしたことは一度もないですね」

「まああんだけ仲良かったらできないか」

「私に甘いのですぐ折れてくれるんです」

 

時折押しが強すぎることもあるけれど、それもじゃれ合いであって喧嘩ではない。

本気で嫌がることをお兄様がすることはないのだ。

・・・・・・めっちゃ困らせてくることはあるけどね!

目の前の先輩は私の答えに満足していない様子。

 

「先輩は何を心配されてます?」

「んー、仲の良すぎるとこ、か?」

 

原作ほどべたべたしてないはずなのに、なんでそんな心配が?

でも世の兄妹と比べたら確かに仲の良さは異常かもしれないが、事情が事情だし普通の勘定にはもともとは入れない。

 

「もしかして将来を心配されてます?二人ともそんなに仲良くて結婚できるのか、とか」

 

ぐっ、と詰まる先輩。どうやらこれが正解らしい。

まあ女子にそんな質問下手したらセクハラだもんね。

しかし先輩優しすぎない?後輩の、しかも彼女が惚れた相手にそこまで心配します?もしや壬生先輩を救ってもらったとかで恩義感じてる?だとしたら相当面倒見いいですね。一皮むけばモテ要素満載とか。よかったですね壬生先輩。結構お買い得でしたよ。

 

「心配いりませんよ先輩」

「なんで言い切れんだよ」

「だって彼、今空前のモテ期ですから!」

 

そう断言すると先輩はおめめぱちくり。このところ人を驚かせすぎている気がする。

びっくりさせるの好きだから楽しいです。

 

「・・・それで?」

「え?モテ期がきたんですよ?年内か、最悪高校卒業までに彼女ができてもおかしくないですよね」

「・・・お前、それ本気で――本気か」

 

むしろなぜ疑われるの?

 

「お前に取っちゃ兄貴は恋愛対象外か」

「血の繋がった兄とは結婚できないですよね?」

 

おっとここでまさかの原作がぶち込みですか。

だけどねぇ。私はお兄様の幸せは願っているけれどお兄様と結ばれたい、は範疇じゃないんですよ。

お兄様が万が一にも選ぶならまあ?もともとあるルートですし。

けどそんなこと、深雪ちゃんに望まれない限り常識に拘るお兄様が選ぶわけないんですよね。

妹から異性として愛されていると知ってようやく愛に目覚めるお兄様ですから。

自らの選択だけであれば選ばないはずの選択肢なんです。

本人もいたってノーマルみたいだし。

これだけ心を成長させてきたお兄様だから、そろそろ女の子にアタックされたらそういうことだとわかって恋に恋することも可能だと思うんだよね。

確かどこかでそういう想いに気づけないほど枯れてないとか言っていたはず。性欲自体は普通にあるみたいだしね。激しい衝動がないだけで。

だからこちらから動かない限りお兄様にとって私は論外なのだ。

せっかくの桐原先輩の心配は無用、なのだけどなんでそんな困った顔をされてるんです?

 

「あー。お前の考えは分かった」

「はぁ」

 

ぼそっと安心はできねぇけどって聞こえましたけどなんで?

あ、聞こえたって言っても音じゃないです。唇読みました。淑女教育上級編で学んだ。結構便利。

だけどこういう時は不便よね。聞き返したりしたら聞かれないはずの言葉をなぜ知ってるってなるし。

もやもやしますが問いたださず、そのまま先輩ともおやすみを言ってお別れしました。

・・・なんだったんだろ。

ようやく合流したほのかちゃん達はまだ盛り上がっていた。よかった間に合って。

 

 

 

――

 

 

 

そしてついに迎えた大会8日目。

本日は新人戦のモノリスコードのみだ。

今朝はお兄様と挨拶も交わせていない。邪魔をしてはいけないと、姿は見かけたが声を掛けることもなく応援席に向かう。

昨日の説得が効いたのか、一年男子たちは若干まだ蟠りはありそうだが、応援することに決めたみたい。その一年の姿に成績が奮わなかった先輩たちも、二科生と見下す心に蓋をして応援することにしたようだ。

先輩たちの方が、特に運動部は一科生と二科生の溝が深かった。いくら和解したと言っても過去に積み重なった思いは、そう簡単に風化しない。特に面白くないことが続けば、つい愚痴の対象になってしまうこともあるだろう。

それでも一年生の姿を見て応援しようという気になってくれたのだから運動部、義理人情に厚い人が多い。

女子は女子で演劇部のプリンセスとナイトがバイブル的扱いになっているのかナイトがついに見られる!と応援にも力が入っている。

もちろんこの数日で得た信頼関係で応援もしてるんだろうけどね。

なんだか一高がずいぶん愉快な仲間たちになったなぁと他人事のように思った。

そしてその愉快な仲間たちの注目選手三人が姿を現すと、困惑、期待と様々な声が上がる。

 

(お兄様。ワクワクしていますか?どうかこの時間、楽しんでくださいませ)

 

お兄様はこれから苦戦するはずだ。

制約が多すぎて実力などほとんど出せない上に、吉田くんと西城くんと組むのだって授業以外では初めてで、何ができるかなんて口頭のみで打ち合わせをし、動きはほとんど合わせていないぶっつけ本番だ。

そんなボロボロの穴あき状態で作戦を立てるのだから、当然全部がうまくいくはずない。

・・・こんな不利な状況を楽しめだなんてひどい妹だと思う。

けれどこの、共有し、共に築き上げる時間こそ、お兄様の経験してこなかった要素。

軍で似たような状況はあったかもしれない。私の知らないところでお兄様もコミュニティを築いている。

だが、この場は今までお兄様が経験したことのない、同年代しかいない空間。

大人たちしか知らなかったお兄様が同級生と、自分と同じ等身大の彼らと共に行動することがどれほど貴重な経験か。

お兄様は知るといい。同世代が、高校生が何を思い、どう動き、何を語るかを。

友達とはどういうものか――彼らのために何をしたいか。

そこまで行き着いてくれたら最高だ。

お兄様に必要なのは余計、余分、と今まで切り捨ててきたモノ。

それは時にお兄様を迷わせるかもしれない。決断を鈍らせるかもしれない。――苦しませるかもしれない。

 

(だけどそれが人間というもの)

 

兵器として生まれたと、そう育てられたお兄様。

心を奪われ、普通を奪われ、幸せを望むことすら奪われていたお兄様。

世界に呪われたお兄様は、この瞬間にもその殻を破ろうとしている。

残されたなけなしの感情を糧に、喰らい付き、這いつくばってでも生きたお兄様は今、ようやく舞台の上に上がった。

 

(四葉の分家の方々には面白くないでしょうけど、そんなことは些末事)

 

日陰者にして封印したいと願われても、知ったことか。・・・おっと、深雪ちゃんが剥がれてしまった。

目下でお兄様が撤退したのが見えたことに不満を言っているのを聞いてたらついうっかり。

大丈夫、表には一切出てないから。

そろそろ目の前の試合に集中しなきゃね。

でもお兄様が何の考えも無しに撤退などしないことは知っているので周囲を宥める。

言った傍から形勢は逆転。

ほら、ね?やっぱり考えがあってのことでしょう?

皆に倣って応援することに徹していれば、お兄様は何とか勝ち上がった。

即席チームで勝てるなんてまずない競技だが、お兄様たちは勝った。

これで二科生に実力なんて、とわずかに残っていた思想は風化していく。偶然ではないということは、ここにいる経験者たちにはよくわかったのだ。

服部先輩との試合を見た部長たちは、実力を知っていても驚いているのですから、口頭でいくら説明された部員でも理解なんてできなかっただろう。

それだけ、二科生が一科生より優れているなんて話は、実際に目にして結果を見ない限りは信じられないほどのことだったのだ。

 

「深雪!達也さんたちが!!」

「ほのか、わかった、わかったからそんなに揺さぶらないで」

 

いつものほのかちゃんなら絶対こんなことしないけど、お兄様のカッコよさにヤラレてテンションMAXですね?

恋する乙女の暴走は止められるものじゃない。雫ちゃんが力づくで止めなかったら危なかった。

応援席はまるで優勝したかのような喜び様だった。

 

 

――

 

 

せっかくだから、労いに行ってあげなよ、という女子一同の声に押され、お兄様たちが休んでいる控室に向かう。

吉田くんと西城くんのリラックスしていたところに登場したものだから、二人は慌てて立ち上がった。

 

「まずは一勝おめでとう。皆で押しかけたら悪いから、私だけきたの」

 

そう言って座ってもらう。

そして私はお兄様のそばでお話でも、と思ったのだけど。

 

「深雪」

 

椅子に深く腰掛けたお兄様に呼ばれて見れば、とんとんと己の太ももを叩いてます。

・・・え、座れと?

家ではたまに見かける光景だけどここは外。西城くんも吉田くんも居ますよ。

とんとん、とんとん。

催促ですね。え、正気?お兄様疲れすぎて周りが見えなくなってる??

西城くんと吉田くんを見ます。

え、みたいな顔してますね。私も同意見です。

ここは心を鬼にして見なかった振りをするべきところなんだろうけど、・・・なんでそんな目をするの?

捨てられた子犬みたいに、拾ってくれないの?みたいな。

気付いたらお兄様の太ももに腰を下ろしてたよね。

お兄様は魔法を使った。そうに違いない。

 

「にいさ」

「達也」

「・・・達也さん、お疲れ様」

 

その設定でこの姿勢はいけないような気がするのだけど、もういいか。

お兄様相当お疲れだし。

そうだよね。ただでさえ無頭竜で頭悩ませてるのに九校戦では慣れないことばかり起こって、予定になかった選手として出場までさせられて。

おそらく四葉に何言われるかとかも考えて――そうだ、インデックス断ったりとかもあったしね。

この試合も制限だらけで、肉弾戦ができたらもっと早くケリがつけられただろうに魔法攻撃のみの上、得意な魔法は封じられている。奥の手はあってもそれは最終手段であって大っぴらには使えないし――これはストレスが溜まる。

 

「よく頑張ったね。すごかったよ。応援席の皆も、三人の活躍に驚いて盛り上がってた」

 

頭を撫でると、センテンスごとにお兄様がうん、と合の手を入れる。

うーん、お疲れだ。

両頬を手で覆って顔を上げさせると、ちょっと眠たげな顔。

昨日は遅かったもんね。

そのまま手を頭に滑らせてヘッドマッサージもどきを。

お兄様も何をするのかわかって頭を下げる。

腿の上に乗っているので、ほぼ顔の位置がお揃いにあるので下げてもらえると更にやりやすい。

背後ではがたん、という音と共に吉田くんがうろうろと歩き出し、西城くんが宥めようとするも落ち着かないようだ。

これは何か声を掛けるべきかと思ったら、腰にお兄様の腕が巻き付いた。

あ、こっちに専念しろってことですね。気持ちいいですかヘッドマッサージ。

しかし三十分の休憩は長くはなく、先輩たちの来訪でヘッドマッサージは強制ストップに。

中条先輩お顔真っ赤。

七草会長は兄妹と言えど節度を!とお叱りをいただきました。

私は見えてなかったけど、お兄様には先輩の蔑むような視線を向けられたんだとか。

妹に嫉妬することなんてないですよー。

お兄様の負担にならないようゆっくり降りて、お兄様の背後に立つと、お兄様もすっと立ち上がる。・・・よく足しびれないよね、人一人乗せてたのに。

次の試合の説明を受け、軽く打ち合わせをした彼らはすぐにまた戦場へと向かった。

 

 

 

二回戦目は、ようやく連携が取れ始めた動きが見て取れた。

吉田くんのサポートが生きるようになり、西城くんも臨機応変に動けている。

応援席ではそれぞれ固定のファンが付きそうなほどの盛り上がりです。男子の方も感心してるし、悪い空気は一切ない。

ところどころ危うい場面がないわけではなかったが、何とか勝ち進んだ。

次は準決勝。午後からの開始なので時間にはだいぶ余裕がある。

一試合最大20分。準備設営などがあってもステージがバラバラなのでそんなに時間はかからない。

三高は余裕で勝ち進み、一高も時間を巻いたのでその分予定より長く休めるのだ。

お兄様はてっきり作戦会議もかねて西城くんたちと食べるかと思ったら、なぜか二人に遠慮されたらしく、それなら妹と二人でゆっくり食べたいとのリクエストでホテルへ戻ることにした。

ほのかちゃんもきたそうにしてたんだけどね、お兄様が先手を打ってしまったので言うに言えなかったみたい。

すまんほのかちゃん。お兄様はストレスが溜まっているのだ。

 

「ん?」

「まあ」

 

到着したロビーではロマンスが待っていました。

渡辺先輩が、いつもしゃんと立っている先輩が乙女全開で可愛らしくしなを作っているのです!

お相手は、千葉家の麒麟児さんですね。資料でお顔は拝見しています。

エリカちゃんのお兄さん。あ~、優男系で実は実力半端ないってところも少女漫画的ヒーローですね。女子の憧れ。

頬を染めてる先輩のなんと可愛らしいこと。

ここでしか見られない先輩の表情に心のカメラマンがシャッターをバシバシきってます。

私が立ち止まると同時にお兄様も相手を観察していた。

 

「流石は九校戦、あちらこちらで有名人に出会えるな」

「そうですね」

 

うんうん頷いていると、別方向から見慣れた女の子が、見慣れない空気を背負ってやってきた。

お怒りです。うん、めっちゃおこ。

大好きな自慢のお兄様が女の子に現を抜かしてたら、ブラコンエリカちゃんも爆発しちゃうんだね。

あ、離れたところに美月ちゃん発見。お兄様の袖を引く。

お兄様も美月ちゃんの動揺が可哀想になったのか、こっちにおいでと手で招く。

その間、こんな会話に。

 

「恐妻家は聞いたことはあるが、恐妹家と言う言葉は覚えがないな」

「あら、じゃあ私も目指します?」

「お前の尻になら敷かれるのはやぶさかじゃないが、そもそも怒られる前に俺たちの場合解決してしまうからな」

 

そうだね。お兄様が現を抜かして何かをないがしろにするなんてことまず想像できないし、私に甘いお兄様が、たとえ彼女ができたところで私の嫌がることをするとも思えない。

エリカちゃんがなぜ、兄上が渡辺先輩と付き合うようになって堕落したと言うのかわからないけれど、理想の姿から外れちゃったのかな。

理想のお兄様が、お兄様じゃなくなる・・・か。

 

(想像つかないことが起きて、エリカちゃんは癇癪を起しているのか)

 

もしかしたら原作の深雪ちゃんも、理想のお兄様がお兄様じゃなくなりそうで、知らない人になりそうで怖くなったりしたんだろうか。

たまに起こす彼女の、お兄様曰く可愛い癇癪はそういったことが原因で生じていたのかもしれない。

 

「エリカちゃん、どうしちゃったのでしょう?」

「どうしたんだろうな、本当に」

 

まあ外部の人間にはどうしようもないことだけど。

 

「八つ当たりでしょうね」

 

二人が私の言葉に首を傾げるが、果たして説明していいものか。

大爆発を起こしたエリカちゃんがロビーを出ていこうとするのを、慌てて追いかける美月ちゃん――についていく私たち。

何とかエレベーターホール前で捕まえて、一緒にお昼という流れになった。

気まずい場面を見られてばつの悪いエリカちゃんは、それでもただでは起きずにちゃっかりお兄様におごりを要求していた。

 

「まったく、恥ずかしいところ見られちゃったな」

「あそこは別に個室じゃないんだ。まあうちの生徒がいなくてよかったじゃないか」

「君たちに見られるもの十分恥ずかしいんだけど」

「ーー兄上だったな。敬語も使ってたし」

「あ~~~!黙っててよ。特にアイツには!」

 

絶好調でエリカちゃんを揶揄うお兄様。もしやそれがおごりの代金ですか?黙って見ちゃったことへの詫びじゃなく。

西城くんには知られたくないというエリカちゃんだけど、いつか道場通うようになったらばれるのは時間の問題では?

もちろん黙ってはいるつもりだけど。

 

「・・・何か聞きたいことがあるんじゃないの、お三方」

 

そうは言うけど大概事情は分かっているし、ブラコンいじりはおそらく地雷。相手が私なら猶更だ。

 

「さっきにいさ――、達也さんから聞いたけど、お兄さんって有名な方なのね」

「え、ああ達也くんなら知っててもおかしくは、ないのかな。そ。剣術家としてその世界の人間なら知ってるっていう」

「そ、そんなにすごい方なんですか」

 

美月ちゃんは純粋に驚いている。

お家の事情なんてたぶん話してこなかったんだろうな。

でも聞きたいことを聞かれたら応えようとするエリカちゃんは、知られてもいいって思ってるということ。

その変化が嬉しい。

 

「なぁに、深雪、人のこと笑ってるの?」

「違うわ。エリカが話してもいいって思ってくれたのが嬉しかっただけ」

 

正直に言えば、エリカちゃんは怒鳴った時より真っ赤になった。

 

「そ、そういう恥ずかしいことさらっと言うの何とかならないの二人とも!」

 

二人、とはどうやらお兄様と私のことらしい。お兄様も平気で恥ずかしくなるような言葉をストレートに言うからね。

 

「俺は別に何も言ってないだろう」

「いつもの言動顧みて!」

 

横で美月ちゃんが頷いている。美月ちゃんも被害者か。

ごめんねお兄様が。

昼食は終始にぎやかだった。

 

 

――

 

 

・・・お兄様休めたかな?ホテルで少しでも横になれればよかったけど、これはこれで気楽に過ごせた?控室で見せたような疲労感は見当たらなかった。

このまま一般観客席で吉田くんたちと合流し、三高の試合を観戦することになった。

二人は疲れが取れたのか、すっきりした表情。特に気負っている風もない。

――なかったのだが、試合が始まると一条くんの攻撃スタイルに度肝を抜かれていた。

一人、身を晒しながら進軍する姿は堂々としていて、集中砲火を喰らってもものともしない。

動じることなくすべてをさばき、いなし、領域干渉によって封じ、歩みを止めない。

相手も負けじと策を講じるが、無駄な努力と言わんばかりに進んでいく。

恐怖でしかないだろう。魔法が通じず、隙ができるはずだと粘っても、彼の魔法が途切れるタイミングはやってこない。

圧倒的力の差を見せつけられる。

お兄様は逐一彼の動きを解説し、対策を考えているようだが、途中漏れ聞こえた「殺傷性ランクを下げるためにあえてどっちつかずの術式を使っているのか。・・・力があり過ぎるというのもこういう場合は一苦労だな」には思わずお兄様もねー、な視線を向けてしまった。お兄様にはお口チャック、と頭を一撫でされるが、注意されなくても言わないよ。

 

「参ったね、これは」

 

最後まで試合を見たお兄様の感想がこちらです。

ええ、わかりましたよ。最後の方はほぼお兄様への挑発行為でした。

相手の選手がかわいそう。だけど決勝に向けての作戦だからね。なんでも利用しようとする姿勢は悪くない。むしろその作戦は好感が持てる。

吉田くんたちはお兄様の真意を、防御が固いことに頭を悩ませていると勘違いしているようだが、お兄様も訂正しようとしなかった。

そのまま対戦相手の役割や行動予測、使用してくるであろう魔法の解説、カーディナルジョージの基本コードの説明など、お兄様の口は止まらない。思考しているついでに情報共有しているのだろう。

だから基本コードで何気なく言った言葉に、うっかり西城くんが真実に気付いてしまいそうになるアクシデントがあったが、そこは流れをぶった切らせていただきます。

 

「皆、そろそろ移動の時間じゃない?」

 

そう。お兄様たちはまだ準決勝前。三高との決勝を前に九高との重要な一戦が待っていた。

・・・のだけどあっさり完勝でした。

吉田くんの特技が生かされるステージだったことで、すぐに終わってしまったのだ。

ステージって結構大事。

そう思うと一回戦目は相当やりづらかったのだろう。

あのお兄様があそこまで疲労するわけだ。

よって力を温存した状態で、彼らは決勝に駒を進めたのだった。

 

 

 

決勝までは二時間の休憩時間が用意されている。

またも西城くんたちはそそくさとどこかに行ってしまい、私とお兄様は目配せをして一緒に会場を――出るふりをした。

会場ゲートでお兄様が八雲先生に頼んで持ってきてもらったものを、弟子仲間のカウンセラー講師から受け取りに来たのだ。

私は一緒にいる必要も無いので、少し離れたところで待機。お話は一切聞こえないし見えません。

話はすぐ終わったのかお兄様が戻ってきた。

ふわっと香ったのは香水、ではないはずだけど・・・公安が匂いバレするようなものはつけないだろうから。ああでも女を武器にするなら必要なのかな。女スパイも夢いっぱい。

 

「待たせたな」

「無事間に合ってよかったですね」

「デバイスチェックもルール的にも問題ないとは思うが」

「ないでしょうね。大会側は驚くでしょうが」

 

くすくすと笑いを漏らすと、お兄様もリラックスした表情になる。

 

「こうして深雪と話せるのが久しぶりな気がするよ」

「そうですね」

 

話はしていても他に人がいたり、演技をしていたりと、素で話せるのはホテルの部屋だけなのだが、そこで二人きりになっても、話すことは用件がメインになってしまっていた。

 

「こういうイベントごとは楽しいですが、早く家でゆっくりお兄様と過ごしたい気持ちが日に日に増していきます」

「何気ない日常が大事だと、気づかされるよ」

 

お兄様も同じ気持ちらしい。

家がお兄様にとって安心できる、心落ち着ける場所になったのは喜ばしいことだ。

 

「そうだ、お兄様。七草会長にも提案されたのですが、表彰式が終わったらネタバレをしてはどうか、と」

「ネタバレ?・・・もしかしなくても兄妹に戻れ、と?」

「まあ大会が終われば作戦の意味はないですし、何より一高選手たちに無駄な心労を与えたくないとかで」

 

長期にわたり作戦とはいえ周囲を騙すというのは精神上よろしくない、と言うのが会長の主張だ。

 

「・・・深雪に虫が付くことを避けるためなんだがな」

「最終日くらいついたところでまた来年ですから」

「その一瞬でも嫌なんだが」

 

渋るお兄様だが、先輩たちの協力がなければできないことも解っている。

ついでに真の目的たる護衛も、閉幕するころには通常に戻っていいはずだ。

しょうがないか、とため息とともに了承の言葉を漏らした。

男子が好意を寄せてきたところで私が想いを返せることもないし、何より今は友達といることが楽しいですからね。

私のことよりも、お兄様にはモノリスコードで優勝していろんな女性が近寄ってくるでしょう。私が恋人のままだと遠慮するかもだけど、妹なら遠慮はいらないからね。

むしろそっちを期待します。

テントに戻るとさっそく鞄から中身を取り出しスタッフ一同を驚かせるお兄様。

特に五十里先輩は刻印魔法と酷似した魔法と聞いて、目の色を変えてマントとローブをチェックしていた。

研究者とオタクは紙一重だなと失礼なことが頭をよぎる。

・・・探求心があるというのはいいことです。

お兄様が一人テントを出ていくのを目の端で捉え、私は飲み物とタオルを用意してしばらく間隔をあけてから後を追った。

 

 

 

一人黙々と体をほぐすストレッチに余念のないお兄様は覗く首筋から汗が光って見えた。

タイミングを見計らい、冷やしておいたタオルを差し出した。

お兄様は驚くことなくタオルを受け取り体を拭う。

流石にその姿を見ているわけにはいかず視線は空へ。

妹であっても見ていいものといけないものはあるのです。

 

「ありがとう」

「こっちも飲んで」

 

タオルを返却してもらい、代わりにドリンクを渡した。

いくら日差しのピークが過ぎてもまだまだ暑い。

私自身が冷房にでもなろうかしらとも思うが、そこまでしてはやり過ぎだろう。

お兄様の心の負担になることはしません。加減はしないとね。

視線を上げればお兄様とばっちり目が合う。

反らすことなく絡め合う視線に若干気まずさを感じ、だが反らすのもおかしな気がして代わりに、と口を開いた。

 

「いよいよ決勝戦ね。しかも相手はあの因縁の相手」

「因縁、か。一方的に絡まれた、だがな」

「さっきの試合も随分意識されてたみたいだし、人気者ね」

「どっちかと言うと嫌われ者な気がするが」

 

ちょっと迷惑そうな顔に、思わず吹き出してしまう。

 

「迷惑?」

「勝手に燃え上がられてもね」

「ふふ、本当に巻き込まれていくのね」

 

お兄様はどんどん巻き込まれ、渦中の人になってしまった。

お兄様にとっては不本意だろうけど、私はお兄様がこんなにすごいのよ、と自慢できるようで嬉しさがこみ上げる。

でも本人がそれを望んでないことは知っているから心に仕舞わねばならないのだけど。

 

「ひどいな、人の不幸を笑うのか?」

「不幸?きっとこれは不幸じゃないわ。苦労よ」

「・・・どう違うんだ?」

「苦労は楽になるために必要なステップだもの。これを乗り越えたらきっといいことがある」

 

人生楽があれば苦もある。苦労と幸せは人生の中で半分ずつあるとかなんとか。

なら前半苦労しまくったお兄様はこれから苦労があっても、その分幸せなことしか待っていないはずだ。

今までの苦労はちゃんと彼の身の助けになるはずだから。

 

「例えば深雪が、俺を甘やかしてくれるとか?」

「それでいいの?」

 

いいこと、なんだからそんな日常のことじゃなくても、と思ったけどお兄様は首を振る。

 

「それがいいんだ」

 

この言葉がくすぐったくて、頬が緩んでしまう。

立ち上がったお兄様は一瞬だけ、と耳元で囁くと抱きしめてすぐに離した。

触れてすぐ離れる熱に涼しさを感じ、熱が奪われた錯覚に陥る。

 

「おそらく勝つのは難しいだろう」

「そうね」

 

一条くんだけでも大変なのに、その補佐の吉祥寺君は、お兄様を抜きにして高校生ではトップの頭脳を持っている。

いろいろと制限されているお兄様一人ではまず勝てない。

防具を与えた西城くんたちがいてようやくイチかバチかのワンチャンスを期待できるラインに立てるのだ。

 

「こんなに余裕のない達也さんを見るのは初めて」

「俺自身こんな窮地に追い込まれたことはないと思うよ」

 

その割にお兄様は口元が笑っている。人から見たらわからないだろうけど、これは案外――

 

「ワクワクしてる?」

「なんとなく、お前が雫に対峙していた時の気持ちがわかったよ」

 

お兄様の闘争心に火が付いたようだ。

それも私の言葉で強制的に、ではない。自発的にお兄様が自身の感情によって立ち向かおうとしている。

 

「勝っても負けてもどちらでもいいの。楽しんできて」

「勝ってこなくてもいいのか?」

「どちらかといえば、くらいかしら。それよりも一生懸命な貴方を見られることが私は何より嬉しい」

 

その言葉にお兄様はそうか、と目を瞑り、開いた時には挑戦的な色が宿っていた。

 

「お前の期待は裏切らない」

 

まるで誓いを立てるように額に額をくっつけて、すぐに頭を起こしたお兄様はテントに戻ろうと踵を返した。

 

(・・・お兄様のパーソナルスペースもだいぶ狭いわよね)

 

人のこと言えないよねと思いながらお兄様の後に続く。

 

 

――

 

 

テントでは先ほど三位決定戦が終わり、決勝のステージが発表されたところだった。

遮蔽物のない草原ステージに一同暗い影がかかっていた。

――どこでだって不利な状況はかわらない。

お兄様も、西城くんたちも落ち着いていた。

慌てたところで、もう賽は投げられているのだと、本人たちが一番わかっているのだろう。

最後の打ち合わせをして戦場に向かうお兄様にご武運を、と思いを込めて小さく一礼する。

お兄様は振り返ることなく己が拳を握って見せた。

 

「深雪ぃ~」

 

心配そうなほのかちゃんに、私は微笑んで精一杯応援しましょ、とその背を軽く叩いてあげた。

後は見守るだけだ。

お兄様が必死に戦うだろう姿を。

 

 

(・・・なんて余裕でいた私よ、考えが甘いぞ)

 

戦況が悪いなんて初めからわかっていたじゃないか。むしろ私はこの結果さえ知っているのにハラハラとドキドキが止まらない。

何度もお兄様!と叫びそうになる。

ほのかちゃんに言った手前、冷静に観戦しようと思ってたけどこれは無理!!

胸の前で握りしめる手は冷たく、口元は叫ばないように固く結んでいる。

何度も訪れるピンチってこんなに恐ろしいものなのね。

息つく瞬間、新たなピンチがやってくる。

大ヒットした映画くらいやってくる。

だんだん一条くんが敵役に思えてきた。

追い詰められるお兄様、じわりじわりと距離を縮める一条くん。

この映画のジャンルはホラー映画だ。

 

(逃げてー、お兄様超にげてー)

 

内心はもう語彙力なんてとっくに溶けてる。

応援もままならない。

でもそんな戦況も一気にクライマックスへ。

吉祥寺くんが西城くんから攻撃を喰らいそうになるのを、気づいた一条くんがすぐさまサポートに入った。

だがそれはつまりお兄様から目を離すということであり、その隙を突いてお兄様が一気に距離を詰める。

追い詰めていた人間から逆に詰められた時、命の危機だと恐怖が生まれ――

それでもとっさに反応した一条くんの動きは流石としか言いようがない。

けれどこれが試合であることを忘れ、反射的に戦場のように動いてしまったことに本人が気付いたのは、殺傷能力の高い魔法を放った後だった。

彼の表情が凍り付いた。

とんでもないことをしてしまったことに気付き、動けなくなってしまったのだ。

対してそんな状況だというのに術式解散を使わず、術式解体を使ったお兄様はすでに自分の身を捨てる選択をしていた。

斃れるお兄様を眺め、私は改めて怖い、と思った。

お兄様は自身の死を撥ね退ける魔法がある。

つまり大抵の致死の攻撃は身に受けたところで修復されるため問題視しない。死への恐怖より任務遂行を選ぶ。

痛みがないわけではない。それでも、ただの一工程として捕え、その性質を最大限利用する。

お兄様にとってそれは当然のこと。

息を吸うくらい自然なことなのだ。

 

(だから怖がるのは、私の弱さ)

 

お兄様は割り切っている。そこに感情の入り込む余地はない。

躊躇わずに済んでいるから、お兄様はこうして生きていられる。

――わかっているのだ。この過酷な運命で生き残るため、狂わずにいるためには必要なことなのだと。

でも悲しまずにはいられない。

苦しまずにはいられない。

お兄様の心が上げられない悲鳴を私は強く受け取ってしまう。

 

(この光景に安心することなど一生来ない)

 

お兄様は立ち上がる。

この好機を逃すまいと奥の手を使って、一条くんを倒した。

それに呼応するように奮起した吉田くんが吉祥寺くんを倒し、最後の一人を西城くんが倒したことで一高の優勝が決まった。

応援席はこの逆転劇に大興奮で、感情が爆発したかのように喜んだ。

私も、よかったとほのかちゃんや雫ちゃんと抱き合う。

でも私の様子があまり嬉しそうに見えなかったようで心配されたけど、あんまりハラハラしすぎて疲れちゃった、と言うと二人は分かる!と納得してくれた。

涙はこぼさない。

それぐらいコントロールできなければと、己を叱咤し戒めた。

 

 

――

 

 

立役者たちがメディカルチェックから戻り、盛大に迎えようとしていた一同だったがお兄様の耳の治療後を見て喜びから一転、心配の嵐になる。

鼓膜が破れたのだと聞くと、激しい戦いぶりを見た彼らはそれを勲章のように憧れの視線を向けていた。

男の子ってそういうところあるよね。

本当なら休ませたいところだろうけど、お兄様が私のCADを調整しないなど彼にとってありえない話で、さらに言えばお兄様のあの包帯の下はすでに治っている。問題などないのだ。

全員分の作業を終え、この日は解散となった。

本当はこの後お兄様のところに話をしに行きたいところだったが、お兄様は試合を終えたばかり。

遠慮して明朝少し早めに向かうことを伝えて就寝した。

 

 

 

そして本番当日。

予告通りお兄様の部屋に向かえば、お兄様はいつものルーティーンを終えているのか、寝起きの様子など見えなかった。

元々寝起きのお兄様など見たことはないのだけど。

挨拶もそこそこに話を切り出す。

 

「おそらく今日、CADに仕込まれるでしょう。全員に点を取らせない――それしか彼らに活路はないでしょうから。さらに言えば、もしそれでも得点を取るようなことがあれば最悪――」

「大会中止になってもおかしくない暴挙に出る、か」

 

お兄様の目は鋭く、何より怒りを湛えていた。

私に言われるまでもなくわかっていただろうが、あえて私から口にした。

お願いを聞いてもらうために。

それはお兄様にとって最悪のお願い事だろうけど、聞いてもらわねばならない。

 

「お兄様、軍の方にお伝え願います」

 

おそらく彼らは彼らなりに策を用意しているはずだ。だがそれでも見つけられない可能性があることはモノリスコードで分かった。

あの時だって仕掛けられる可能性を理解した上で、一高を重点的に四高も見張っていたはずだ。それでもチェックに引っかからなかった。

だったら――絶対に見抜ける眼を置く。

 

「お兄様なら自分の調整したCADに仕掛けられれば、その瞬間がわかりますでしょう?合図を受けたら現行犯で捕えてください、と」

「・・・・・・俺は動くなと?」

「お兄様には他にやることがございます」

「抑えろと、そう言うのか?」

「お兄様には酷なことを言いますが、そうです」

 

お兄様が拳を強く握りしめる。

お兄様にとって私は地雷だ。私を傷つけるとわかっていて動くな、ということがどれほど酷いことか。

あまりに力が入ったために腕全体が強張っているが、我慢してもらわねばならない。

 

「私が勝つまでは傍にいてもらいます」

 

だけどずっと留め置くことはできないのは分かっているから時間制限を提案する。

提案と言ってもほぼ命令になってしまうのだが。

 

「――わかった。深雪が勝つのを傍で見守ろう」

「ありがとうございますお兄様」

 

ごめんなさいと謝ることもできない。

私のために怒り狂うお兄様に動くな、なんてひどい命令だ。

強い衝動を抑え込めなんて、唯一彼に許された感情に目を瞑れなんて。

――神は、私を許すだろうか。

これで九島閣下とお兄様の邂逅は無くなる。

お兄様が恐れられることも怯えられることも無い。

すでに改変しまくっているのにこの先の流れを変えることに、時折躊躇しそうになる。

だけど決めたのだ。運命に抗うと。

母に誓った。お兄様を幸せにすると。

 

「ちょっと待っていてくれるか?」

 

そう断ってお兄様は連絡しに行った。

おそらくいろいろ配置換えなどが生じるのだろう。

計画も恐らく変わることになる。

だが一番確実な方法で捕えるのが彼らの使命だ。反対はないだろう。

これで準備は整った。

戻ってきたお兄様は少し落ち込んだ顔をしていた。

何を言われたのかはわからないが、この作戦は通ったと了承の言をもらったそうだ。

 

「ではお兄様、参りましょう」

「ああ、行こうか」

 

手を握る。

握り返された手は温かく、包み込むように優しい力加減。

大切にされている。

だから私はその思いに報いるためにもお兄様を守りたい。

 

「頑張ってくるわ」

「応援してるよ」

 

到着すると先輩たちが勢ぞろいしていた。

 

「貴女の出番が決まったわ」

 

希望通り――私は第一試合に出場する。

 

 

――

 

 

達也視点

 

何度も訪れた大会委員のテントの中。

いくつか見知った顔が見えるが素知らぬ顔をして深雪と共に入り、CADのチェックのため一機のCADを預けた。

正直俺は全員のCADに細工がされる可能性は低いと考えていた。

全員などリスキーすぎるだろう。そこまで破れかぶれな行動を起こすか?と言うのが本心だ。

だが、CADに細工をすること自体、もう数度行っていることを思えば、ばれないと大胆な行動に出てもおかしくはないのか。

俺にはわからない心理だな、と思いながらもそれとなく注視していたその時だ。

思考がすべて吹き飛んだ。

自然な動きだった。検査機にセットし、コンソールを操作する姿はこの大会中何度も見たものだった。

しかし、されたことはいつもの作業ではない。

 

――アレハ深雪ヲ害スモノダ。

 

無意識だった。今にも飛び掛からんと足に、腕に指示を出すより早く動こうとした瞬間、右腕に小さな違和感。

その小さな違和感が意識を呼び覚ます。

 

「行ってはダメ」

 

その小さな囁きが足をその場に縫い留める。

そして視線の先ではCADに細工をした男が取り押さえられていた。

耳にようやく雑音が入る。

悲鳴や動揺、様々な声が飛び交う中で、捕えられた男が抗おうとしているが、この騒ぎを聞きつけた御仁の一言で動きが止まった。

 

「何事かね」

 

その問いに答えたのは風間少尉だ。こんなところになぜ、と互いが互いに思っているだろうに二人はそんな素振りを微塵も見せない。

大会の事故の多発率に異常性を感じ、監視していたら妙な動きをした男を捕えたのだと。

 

「これがそのCADか、どれ・・・。確かに異物が混入しているな。これには見覚えがある。私が現役だった頃東シナ海諸島部戦域で広東軍の魔法師が使っておった電子金蚕だ」

 

その一言が決定打となり男は自爆覚悟の逃走を試みようとしたが、それも不発に終わり捕えることに成功した。

大会本部に工作員が紛れ込んだと公になれば大会中止は必至だ。

だがここで閣下が動く。

幸いまだこのCADで事故は起きていない。

これからすぐの第一試合に出るには間に合わないだろうから第一と第二を入れ替え、その間に調整してはどうか、と。

事実上大会の続行を指示したのだ。

当然緘口令が敷かれ、この場にいた全員何事もなかったことにして、ささやかな変更だけが告げられた。

 

 

 

「え?チェックしたCADに大会委員がミスをして修正が必要になった?!いったいどんなミスよ!第一試合と第二試合を入れ替えなんて簡単に言ってくれちゃってー!」

 

七草会長は突然の変更劇に頭を抱えたが、当人の小早川先輩はむしろやる気に満ちていた。

 

「ミスだか何だか知ったことじゃないわ。実力を見せてやろうじゃない!やるわよ!!」

 

担当エンジニアに声を掛け調整に入る姿は頼もしいものがある。

深雪はそう感じているのか安心して見ていた。

いつもと変わらない深雪の様子に、安堵する。

もし深雪が止めてくれていなければ、俺は確実にあの男を殺そうとしただろう。風間さんの制止も聞かずに。

朝、深雪からお願いされていたにもかかわらず、俺の思考はあの瞬間蒸発してしまった。

こういうことになることがわかっていたのか、付いてこないで休んでいろと言ったにもかかわらず一緒に行くと付いてきた深雪が俺を止めてくれた。

そう思うと自分が情けなかった。

 

「深雪、すまない」

「何を謝るの?感謝こそすれ謝ることはないわ」

 

あの時俺は合図を出すことさえ忘れていた。俺が出したのは純粋な殺意、殺気だ。

彼らが動いたのは容疑者を、実行犯を死なせないためだったかもしれない。守るために動いたと言われた方が信じられる動きでもあった。

 

「気づいてくれた。それで十分」

 

周囲に人がいるからか、はっきりとした文言は言えないが、それとなく伝わるように言葉を濁して伝えてくる。

深雪は優しすぎる。

慰めるかのように俺の頭を撫でて、予定通り二機目のCADの調整をしよう、と入っているかばんを指さした。

――そう、予定通りに事は進んでいる。いつまでも失敗を引きずるわけにはいかない。

深雪は傷ついても悲しんでもいないのだから。

ほぼ完成している調整を丁寧にチューニングして波立つ心を落ち着かせた。

 

 

 

深雪は次期四葉当主候補としての自覚が強く、勉強をたくさんしていた。

時間は把握しているが、どのような内容を学んでいるかは聞いていない。

だが確実にその勉強は彼女の身になっていた。

 

「いきなりすごい一年生が、って注目を浴びるより、負けそうな一年生が逆境を撥ね退ける方が見物でしょう?」

 

そこに飛行デバイスの宣伝ができたらきっと皆飛びつくわ、と。

つまりプロモーションの一環だという。

人の心を掌握する――というと聞こえが悪いが、心をつかむ術を持っていた。

第一試合も第二クオーターが終わり、一高スタッフの歓声が聞こえる。

小早川先輩が順当に得点を稼いでいるのだろう。

 

「そろそろ行ってくる」

「ああ、着替えておいで」

 

深雪を見送るけれど、正直あの格好でステージに上がるのはいただけない。

できることなら今からでも変更願いたいが、残念ながらそれはできないことくらいは分かっている。

いったいこの衣装でやろうと考えた者は何を考えていたのか、と思わなくないが、初めは純粋に空気抵抗などを考慮したのだろう。そこにどんどんファッション性を加えた結果が現在に繋がるというのだろうが。

彼女にこれから向けられるだろう視線を思うと憂鬱になる。

ため息をついたタイミングで端末に受信を知らせる振動が来た。

 

(――やはり一高全員分に仕掛ける予定だったか。なりふり構わず、か。余程見破られない自信があったと見える)

 

ミシリ、と端末が悲鳴を上げたので力を緩めた。

八つ当たりをしている場合ではない。

移送前に殴らせてもらえないかと『お願い』をしつつ、今後の計画が伝えられる。しばらく大会に集中しろ、とはつまり静観していろと言うこと。

だがしばらく、とつくからには――

 

(終われば参加してもいい、ということだな)

 

大人しくそれまで待つしかない。

もう一度息を吐いて精神を統一する。

間違っても深雪に心配をかけるようなことになってはならない。

兄として、これ以上情けない姿は見せられない。

 

 

――

 

 

深雪視点

 

誰よこの衣装考えたの。

そうも言いたくなりますよね。ぴっちりボディラインの出るコスチュームなんて煩悩の塊でしかない。

メリハリ出まくりである。可愛いよ。確かに女の子の花形競技と言われるだけあってかわいいデザインでもあると思うけどこれはちょっと・・・恥ずかしく思うのは前世があるからなのか。

ベストも羽織るし、レギンスだって履いてる。フィギュアスケーターも似たような格好ではあるが、ひらひらスカートで跳び上がるのだからつまりその、スカートは意味をなさないのだ。

選手はたいして気にしてない。むしろ空気抵抗がなくて魔法を邪魔しない、程度に思ってるみたいだ。たくましい。

だがこれもコスプレだと思えば、と気合を入れて頭にカチューシャの羽をセットして私は妖精!と言い聞かせる。

そうだ、私はどんな衣装も着こなす深雪ちゃんなのだ。

鏡を見る。

うん。超絶可愛い。

これは妖精、ファンタジーのイキモノだ。

そして、と裾をちらっと――うん、お尻の形が超絶えっち。

・・・あかん。これ絶対公然わいせつ罪だ。

ここってもしかして少年誌でなく青年誌でした?

そんなことを考えていたら時間が来てしまいました。

大丈夫、着こなせてはいる。

すれ違う選手の女の子たちも、初日の温泉のような悲劇は起きていない。

・・・起きてはいないけど、頬を赤く染めてため息は漏らしてるけど・・・大丈夫、その程度だ。皆理性をちゃんと持ってる。

 

(・・・皆同じような服着てるんだよね?なんで私だけそんなに見られるの?もしかして着方間違えてた?)

 

おかしい。確か原作の深雪ちゃんはエレガントに見えたはずなのに、どうして私の場合、青年向けに感じるのだろう?

私だけの目がおかしいのか、ちょっと基準がわからない。

とりあえずお兄様の元へ戻る。

ちょうど小早川先輩が勝ち進んだと喜んでいる真っただ中だった。

 

「、達也さん」

 

名前を呼ぶのって本当に慣れない。早く明日になってほしいと思いつつお兄様に声を掛けると、お兄様はこちらを向いて――絶句した。

え、いつなんどきも深雪ちゃんに反応するお兄様が、絶句?

やっぱりどこかおかしいのだろうか。

しかし処理能力の高いお兄様はすぐさま再起動して言った。

 

「妖精姫が現れたのかと思ったよ」

「・・・ありがとう」

 

流石お兄様。私が鏡を見た時思ったことをそのまま口になさる。

可愛いよね。この世のモノとは思えないほどだって気持ち、自分のことだけどよくわかるよ。

自分を磨くため日頃食生活に気を付け、姿勢も乱さず、ヨガやストレッチだって余念なくこなしておりますとも。

その努力が形となって皆を虜にするほど光り輝いています。

それをストレートで言えちゃう当たりお兄様だよね。とっても恥ずかしい!

周囲もしん、となっていたけどお兄様が褒め称えている間に再起動。

あ、お兄様この間もずっと誉め言葉が止まりません。

コスチュームを乱さないためか触れることはないけれど、お兄様饒舌だね。

普通饒舌な時って何か誤魔化す時だけど、お兄様が何か誤魔化すことなんてないと思うし。

 

「そんなに言わないで、恥ずかしくて消えちゃいそう」

「それは困る。わかった、これ以上言わないよ、可愛いプリンセス」

 

言った傍からー!

そろそろ限界―!と心の中で叫んだら、レフェリーストップといった感じに試合で疲れてるだろう小早川先輩が、間に割って入ってくれた。

 

「ちょっと司波くん。彼女を口説くのは試合が終わった後にして。メンテナンスする側が乱してどうするの!」

「すみませんでした」

 

ありがとう小早川先輩!あなたが無事で本当に、本当に良かったです。助かりました。

 

「ありがとうございます小早川先輩。そしておめでとうございます」

「あら、おめでとうは早いんじゃない?あなたとはこれから決勝で戦うんだから」

 

早くも先輩は私が勝つと確信しているようだ。

新人戦に出場する予定だったから練習は一緒にしていたけれど、そんなに確信が持てるほど技を見せていただろうか?

疑問をそのままぶつけてみたら先輩は笑って、だって司波くんの妹でしょ、と言った。

お兄様の担当した選手は皆勝ち抜いている。

唯一は私と対戦した雫ちゃんだけど、対する私も調整したのはお兄様だった。

実力を認められてではなく、実績と結果を残してきたお兄様のエンジニアの腕への信頼の評価だった。

喜びと同時に絶対に負けられないと心に火が付いた。

 

「負けないわよ」

「はい!先輩の期待に応えられるよう頑張ります!」

 

原作ではドロップアウトしてしまう先輩だった。けれど彼女はあんなところで終わっていい人ではない。未来ある若者だ。

改変に後悔はない。

 

 

――

 

 

新たな自信を胸に、私は突き進む。

ステージは曇天のため練習より暗く感じられたが、おかげでその分光球が見やすいだろう。

合図が点灯。皆一斉に飛び上がる。

流石本戦は動きが違う。ほかの新人戦の選手ならこの時点で諦めていたかもしれない。それほど実力差が浮き彫りだった。

 

周囲が狙いそびれた取りこぼしを丁寧に狙っていく。点差はそこまで離れていないが、ちょっと頑張らないと追いつけない、それくらいの点差があった。

観客の反応はそれはもう見事に私に引き込まれていた。解説者の説明も一年生ながら、とかピラーズではその美貌で、とか――美貌は関係ないはずなのだが、ここでも容姿が飛びぬけていたため誰も文句がなかった。

観客の誰もが、一年生だもんな、ここまでよく喰らい付いてるよ。先輩の代打だって?先輩のために頑張るなんて偉いじゃないか、応援してあげよう、なんて。

・・・なんか、知らない間に感動ストーリーが作られてますね。その通りではあるけどちょっと盛ってる感が否めない。

この作戦を知っているのはお兄様だけ。

最終ピリオドに追い上げなるかと不安そうな先輩たちに、私は力強くうなずいて返すが、まだ不安はぬぐい切れない。

勝負とは何があるかわからないのだから、そう思われてもしょうがないけど。

やっぱり作戦を伝えなくてよかったかもしれない。先輩たちにスタートダッシュ遅らせようと思いますなんて、結果も出してないのに言ったところで聞いてもらえるわけがない。

だから――

 

「アレを使おうと思うのだけど」

 

さあ、お兄様のすばらしさを世に知らしめる時が来たのです!

この時の私の目は爛々と輝いていたに違いない。衆人環視の中ストレスも溜まっていたせいもあるだろうが、好戦的になっていた。

お兄様が目を細めて微笑む。

 

「すべてはお前の望むままに」

 

芝居かかったお兄様に差し出されたCADを受け取る。

最終兵器を手にした私は勝利を確信し、笑みを深めた。

 

「世界をひっくり返してくるわ」

 

気分は妖精姫ではなくなった。

いたずら好きの可愛らしい妖精ではない。

世界すら弄ぶ妖精女王――美しいものは毒々しくもあれ。オタクの願望です。

最終ピリオド、最高のオモチャを手にした私は――空を支配した。

誰もが地へと戻らねばならない中、私はいつまでも上空にあり続けた。

 

 

――

 

 

――飛行魔法。

 

誰かの呟きが波を起こし、混乱の嵐を巻き起こす。

会場は、一種の恐慌状態に陥った。

選手たちはそれでも頑張って飛び跳ねるが、空を舞う妖精に敵うはずもなく、絶望の表情を浮かべていた。

ここで高笑いでもできればよかったのかもしれないが、深雪ちゃんの妖精女王は無垢にほほ笑むばかり。それで十分だった。むしろそれがイイ。わざとらしい悪役になどならずとも、妖精に人の理などわからないのだからただ無邪気に笑っていればそれだけで、圧倒される。

点差は見事逆転。どころか差を開いての勝利をおさめフィールドを去ると、背後では爆発が起きたかのような熱狂と興奮状態で、場内アナウンスなど聞くこともできない騒ぎとなっていた。

それは会場のみならずスタッフ席も同様だった。

一応このデバイスのことは中条先輩はじめエンジニアの人は知っていた。

当然大会委員にもチェックを通しているし、使用に問題は無いはずだが、どこからか文句が来たのか大会側からCADをチェックさせてほしいと持っていかれてしまった。

そのことで若干スタッフたちも落ち着いたが、それでもまた興奮は波のように押し寄せる。

お兄様は質問攻めに遭い、私もすごかった、綺麗だったと・・・あれ?容姿を褒められるね。でも囲まれた。

それを解放してくれたのは他ならぬ七草会長だ。

午後には決勝があるのに休ませないつもりかと注意して、そうだった!と慌てて休むように追い出された。

お兄様と目が合って、二人で苦笑する。

 

 

 

どこに行っても煩いだろうから、と逃げるように向かう先はホテルのお兄様の部屋だ。

お弁当もお兄様が受け取ってくれていたのでゆっくりご飯も食べられる。

でもその前にシャワーを浴びたいと、一度私の部屋に寄ることになった。

女子部屋にお兄様を入れることはできないのでドアの前で待ってもらい急いでシャワーを浴びる。

お兄様の部屋でシャワーを浴びるシーンがあったけど、私にはできない。お兄様とドア一つ隔てて入浴なんてできるわけがない。恥ずか死ぬ。・・・いくら意識してほしいからって、深雪ちゃんの行動って時に酷く大胆だよね。ちょっとしたことでも恥じらうくらい乙女なのに。振れ幅が凄い。

恋する乙女の行動力は凄い。私にはそんなエンジンは積んでいないので振り切ることはないのだけど。

魔法で水気を飛ばしたらすぐに着替えてお兄様の元へ。魔法って本当に便利。

 

「おまたせ」

「早いな。もっとゆっくりしててもよかったんだぞ?」

「お腹すいちゃったんだもの」

 

早く食べたいと言えばお兄様はそれならしょうがないな、と部屋までエスコートしてくれた。

ご飯も食べ、部屋の備え付けのお茶を飲んで一息つく。

 

「ふふ、すごい反響でしたね」

「いいデモンストレーションになったよ。きっと今頃会社は大変なことになっているだろうな」

 

九校戦の注目度は高い。

魔法師で興味のない人間はそういない。私たちのように大会を全く見たことのない人間でも、珍しいことがあればニュースとして知っている。

今回はとんでもないニュースとして世間を騒がせることだろう。

先月飛行デバイスを発表したとき並みに話題になるかもしれない。

 

「深雪には特別ボーナスを出さないとな」

 

宣伝に貢献した、という意味だろうけど、特別ボーナスとは?

 

「会社から特別することはないが、俺からのご褒美だな」

 

ご褒美!その言葉のなんと甘美なことか。

 

「何か俺にしてほしいことはないか?」

 

リクエストまで!?なんて豪華なご褒美。でもどうしよう。お兄様にしてほしいこと?

笑って、こっち向いて、ピースして、撃ちぬいて――あ、これ違う。ファンサだ。

えっと、お兄様にしてほしいこと?

健やかであれ?幸せであれ?・・・これも違うね。

ううん、難しい。

 

「そんなに悩むことか?あんまり難しいことはできないぞ」

「あ、違うんです!あの、お兄様はいつも私がしてほしいと思う前にしてもらっているので、なかなか思いつかなくて」

 

えーと、原作ではどんなおねだりしてたっけ?手を繋いで、とか頭撫でで?普段からしてもらってるしなぁ。

・・・そういえば添い寝をお願いとかしてなかった・・・?いやいや!たとえ兄妹でも妙齢の男女がそれしちゃダメだよ。間違い云々じゃなくね。お兄様を疑うわけがない。・・・私が無意識にやらかしたら悪いし・・・いや、何もないはずだけどね?一応お兄様の大ファンではあったからね?無意識だと抱き枕よろしく抱きつく可能性が捨てきれないわけで。

無し無し。

と、頭を振って顔を上げればお兄様は苦笑顔。

 

「お兄様?」

「悩んでる深雪も可愛いな」

「・・・もう、揶揄わないでくださいませ」

「揶揄ってなんていないさ。本心だ」

 

これだから、お兄様は!

 

「・・・では、その一つお願いを」

「言ってごらん」

「後夜祭合同パーティーではダンスがあるとか。よろしければお兄様とも踊れたら、と。あ!もちろんダンスホールでは目立つでしょうからどこかほかの・・・例えば中庭などなら見られることも少ないでしょうし」

 

そう、ご存じラストダンスのあの一コマだ。

あのシーンは月明かりに照らされうっすら微笑むお兄様がとにかく素敵だった。

 

「ダンスか、あまり得意じゃないんだが」

 

残念だがお兄様の声は乗り気ではない。

いくらおねだりであってもお兄様に無理強いはできない。

 

「なら別の――」

「構わないよ。それでもいいと、俺がへたくそでもいいと言うなら」

「もちろんです!嬉しいです!」

 

食い気味の勢いに、お兄様はびっくりしているけど抑えられなかった。

お兄様と踊れるなら何でも構わない。

 

「そんなに喜んでくれるなら、まあ・・・いいのか」

 

諦めたように笑うお兄様に、ごめんなさいと内心謝るけど撤回はしなかった。

 

「じゃあそろそろ寝ようか。次の試合前までゆっくり休むと良い」

「・・・・・・あの、ここで、寝るのですよね?」

「?部屋に戻る必要はないだろう。ベッドならもともとこの部屋はツインだから、壁に収納してあるのを使えばいい」

 

へー、そうなんだー。じゃなくて。

なぜ戻る必要ないのでしょう?

 

(ここお兄様の部屋。私の部屋違う)

 

「えっと、もしかしてお兄様はこの後どこかへ用事が?」

「特に用事はないな。あるとすればお前の安眠を守ることか」

「・・・この部屋で?」

「ここが一番安全だ」

 

窓の位置もドアの位置も離れているし傍にいて守れないわけもない、と言うお兄様。

・・・ま、いいか。

問題なんて全くない。だってお兄様が守ってくれるのだから。

気にするなというのだ。気にしてはいけない。私の羞恥心なんて、お兄様の安寧を守る為なら耐えて見せましょうとも。

備え付けの服をユニットバスで着替えて戻るとベッドがすでに整っていた。

なんでお兄様の部屋にもう一対の服が有ったかは聞かないでおきます。たぶんホテルマンさんがツインだからと置いていったんだね。

 

「さ、横になって。それとも俺が運ぼうか?」

「この距離で運ばれるのはおかしいでしょう」

 

からかいモードのお兄様は苦手だ、色男モードに次いで難敵です。まだ口答えできるからいいけど。

大人しく言われるままにベッドにもぐりこむ。

お兄様は枕元に腰かけて、私の頭を撫でた。うーん、距離が近い。

 

「顔が赤いね。顔も熱を持ってる」

「・・・お兄様は寝かせる気がないのですか?」

 

それは赤くもなるよね。頭だけでなく頬も、耳も撫でられて。

 

(くすぐったい!それに首筋は撫でないでー)

 

「お兄様!」

「悪かった。つい悪戯してしまった。せめてアイマスク役に徹しよう」

 

そう言って目元を覆われる。

温かな手は心地よく、次第に横にお兄様がいるということを忘れていく。

 

「――よい夢を」

 

そこで私の意識は途切れた。

 

 

――

 

 

達也視点

 

眠ったのを確認して手のひらを戻すと、安心しきったように眠る妹の顔があった。

眠って力が抜けているからかいつもより幼く見える表情に、最終ピリオドのステージ上で見せていた妖しげな雰囲気は見当たらない。

深雪はよく雰囲気が変わる。時に可愛らしく、何も知らない無垢の彼女。時に綺麗に、聡明でおしとやかな彼女。時に美しく、世の男を魅了して狂わせる彼女。

今日は可愛らしさと美しさの二面が現れていた。

その熱が今日だけで終わればいいが、もし追いかけてくるような者が現れたら、法的措置と超法的措置の両方を検討しなければならない。

セキュリティ度を検討しようと端末を操作していれば時間はあっという間に過ぎていく。

――よく眠っている。

時折確認しては、その寝顔に笑みを浮かべる自分がいた。

美しくも可愛い、俺の妹。

ガーディアンとしてだけではなく兄妹として暮らして三年の月日が過ぎたが、その三年は本当にあっという間だった。

それ以前が霞むほど濃密な日々。

彼女は幸せになりたいから素直に生きると宣言し、やりたいことをして言いたいことを言うのだと行動を起こした。

それだけ聞けばただの我侭娘だが、彼女の生活は我侭とは無縁の、それまで以上の自由度を失ってまで勉強に勤しんだ。体術にまで手を伸ばし、魔法についても貪欲に技術を磨いていった。――はっきり言って異常なほど知識を欲した。

――なぜそこまでするのか。

彼女は言った。幸せを得るには力がいるのだ、と。

疲労を滲ませながらも、達成感に満ちた笑顔で答えていた。

幸せを得るということはなんて大変なんだと思ったが、深雪は続けて言うのだ。

 

「お兄様はすでに実践しているではないですか」

 

俺が死ぬ思いで必死に足掻き、身に付けたこと全てはそのための力だと。

 

「私はお兄様に救っていただきました。これは幸せなことです。

お兄様が私の安全を保障してくれている。これだって幸せを守ってくれているということ。

お兄様の努力は何一つ無駄なものなどありません。お兄様が生きていて、そして私やお母様がいる。

笑って暮らしている。これは幸せなことでしょう?」

 

――愛おしいと思った。

心の底から。

妹を愛している理由を俺はいくらでも言えるだろう。

妹だから、ではない。深雪が妹だから愛している。

だが時折どうしようもなく妹を愛しているが故に、暴走する自分もいた。

今回のCADの件はそれだ。

漂白されたように思考が消え、体が勝手に動き出そうとしていた。

深雪は気にもしていないようだが、前もって受けていた彼女の命を無視したのだ。これはガーディアンとしては許されることではない。私情に流されるなんてあってはならないことなのに、彼女は俺を許した。

頬を撫でる。

よく眠っているので反応はない。――いや、温かいのがいいのか口元が緩みすり寄ってきた。

可愛い――が、心配になる。

誰にでもこうなってしまっては問題だ。・・・などと彼女の寝室に誰も入れるわけがないので杞憂なのだが。

落ち着こう、と手を離してもう一度端末を開く。

――深雪が寝入った頃、藤林さんから届いた追加の暗号メールには、深雪の試合直後に大量殺戮を目論んだ動きがあったと記されていた。当然そんな騒ぎは起こっていない。速やかに処理したらしい。

だが、深雪を地に堕とすなどの計画を実行する事自体許せるものではなかった。――計画を企てた時点で万死に値するとさえ思う。

 

「ん・・・」

 

ころん、と深雪が俺の方に寝返りを打つ。

乱れた布団を肩にかけてやりながら、少しだけ抱きしめる形で覆いかぶさる。

 

「安心するといい」

 

この瞬間、己の中で判決が下った。

――お前を傷つける者はこの兄が始末をつける。

 

 

――

 

 

深雪視点

 

目が覚めたら微笑む兄の顔がありました。

・・・・・・もしかしてずっと寝顔を見られてた・・・?

いや、それはない。たぶん布団をかけなおそうとかして前かがみになったところで私が目を覚ましたとかだ。

自意識過剰が過ぎた。深雪ちゃんが可愛いせいだ。

落ち着こう、と深呼吸をして目覚めの挨拶を一つ。

 

「おはようございます、お兄様」

「おはよう深雪、よく寝られたかい?」

「ええ。ぐっすりでした」

 

恐ろしいくらいに。

よくお兄様がこんなに近くにいて眠れたね。いや、逆にお兄様だから安心して寝られたのか?

わからない。

 

「さ、白湯を用意したよ。ゆっくり飲んでも余裕で間に合うから慌てずにね」

 

用意が完璧ですお兄様。

こんなに至れり尽くせりでいいのでしょうか?

白湯は程よく飲みやすく、起きる前には用意されていたのだろう。お兄様はこういったことに魔法を使わないから。

手間をかけてもらったことにお礼を言ってカップを戻し、ゆっくり立ち上がって制服に着替えに行く。

鏡でチェックして問題がないことを確認してユニットバスから出ると、座っていた椅子から立ち上がったお兄様が両手を広げた。

 

(・・・ただハグするのも面白くないよね)

 

予備動作なく飛びつくように飛び込めば、お兄様は読んでいた、とばかりに笑って微動だにせず受け止める。

 

「すまないな。驚かせ甲斐がなくて」

「・・・そうやって油断していればいいのです」

 

悔しまぎれに言えば、更に振動が激しくなった。

ツボりましたか。

笑いもストレス軽減に一役買いますからね。どんどん笑ってくださいませ。・・・次こそはびっくりさせて見せますとも。

 

「じゃあ戻ろうか、お前が主役の舞台に」

「お兄様にかけてもらった魔法で、魅了して御覧に入れます」

 

お兄様に差し伸べられた手を取って、会場へと向かう。

 

 

 

着替えを済ませ控室に入れば、堂々とやる気に満ちた小早川先輩とその背後でぐったり疲れている担当エンジニアの平河先輩、更にその手伝いをしたのか並んで同じくぐったりしている中条先輩の姿があった。

 

「待っていたわよ、司波さん」

「先輩の胸、お借りします」

 

バチバチ火花が散ることはない。不思議だが、言葉のわりに互いに頑張りましょうという空気が漂っていた。

 

「二人とも、よくここまで頑張ってくれました。だけどあえて言うわ。一高のことなんて考えないで思いっきりやっちゃって」

 

七草会長なりの激励なのだろう。どちらも入賞間違いないと信じているから出た言葉だということは、誰もがわかっていた。

心を落ち着かせる。

この試合、体力気力がモノを言う試合になる。

負ける気はしなかった。誰よりも飛行練習をして使い方に慣れている私が負けるわけにはいかなかった。

他の選手は力尽き、落ちることになるだろう。けれど安全装置が働き安全性のプロモーションとしては完璧だ。

なら私は何を魅せればいい?――優雅さを、皆に夢を与えよう。

妖精はいるのだと、そう思わせる幻想的な舞を披露しよう。

この競技は別名フェアリーダンス。

 

(胡蝶の夢を、お見せしようではないか)

 

お兄様が言っていた。ここは私が主役の舞台だと。ならば誰よりも、この星が霞むほど煌々と眩い月よりも、輝いて見せようじゃないか。

開幕のランプが点灯する。

ふわり、と舞い上がるのは私だけではない。小早川先輩をはじめ全員が空を舞う。

中に、同じ一年生の一色さん――愛梨ちゃんの姿もある。とても素敵な衣装だけれど、私はもう身も心も妖精になっていて、もう彼女のことも近くを舞う妖精の一人と認識していた。

色とりどりの妖精の舞う空は幻想的な画だが、私はその上をいかせてもらおう。

コスチュームを生かし、ひらり、ひらりと舞い踊るように、ひとつ、またひとつと光球に触れては消していく。

私の動きに観客席から歓声が上がる。

途中選手と鉢合わせれば、私はふわりと避けてその先に浮き上がる光球へと目標を変える。

周囲を見る余裕のある私と、飛ぶので精いっぱいの選手たち。

実力の差がはっきりと表れた。

悲鳴が上がり、見渡せば目の端で力尽き安全装置が働いてゆっくりと降りていく選手の姿があった。

そしてまた一人脱落する選手を見送りながらポイントを重ねていく。

第二ピリオドに残ったのは四人。

二人棄権をしたようだ。

小早川先輩は喰らい付いているが表情に余裕はなかった。

そして最終ピリオドは三人。

小早川先輩と愛梨ちゃんだ。

愛梨ちゃんの表情はすましているが、彼女は飛行魔法と同時に別の魔法も行使しているおかげでかなり疲労しているはずだ。

途中、私の狙う光球を狙いに来る場面があった。闘志を漲らせた目で、私に勝負を挑んできた。けれど残念だ。いくらスピードで貴女が抜きん出ていても、技巧では私も負けない。貴女がその一つを狙うというのなら、私はその先の三つを狙う。内、一つは追いつけるかもしれないが、二つは確実に私のポイント。つまり差が縮まることはない。

徒に彼女は力を消耗していった。

トップはぶっちぎりだが残る二人は接戦で、私はその邪魔をしないよう離れ、広くなった空を独占するように飛び続けた。

結果、小早川先輩は三年生の意地か、一ポイント差という僅差でワンツーフィニッシュは我が校となり、魅了された観客たちは、試合の終了の合図と共に盛大な拍手を惜しみなく送っていた。

大会で見ることのないスタンディングオベーションに、大会主催者側はどうアナウンスすべきか頭を悩ませたという。

そして私たちのもたらした結果により、明日のモノリスコードの試合を前に一高の総合優勝が決まった。

 

 

――

 

 

皆お祭り騒ぎだ。

お兄様もこの試合で仕事が終わり、実質私たちの大会はここで終わった。

もちろんモノリスコードの応援はするけれど。雫ちゃんが大好きだしね。一緒に観戦する約束をしています。

しかし残す競技が一つでそれ以外のメンバーが手空きになっている事実に、プレ祝勝会としてお茶会をすることになった。

明日出場予定の十文字先輩も許可していることもあり、遠慮なく皆カップを掲げた。

そこには怪我をした森崎くんたちもいる。

ばつが悪そうだが、周囲の一年生男子が盛り上げてくれているので居心地はそこまで悪くなさそうだ。

傍にいたほのかちゃん達にちょっと断りを入れて森崎くんのいるテーブルにやってきた。

すぐに周囲の男の子たちが気付いてくれたのでちょっと手を振って挨拶する。

 

「森崎くん、二人も怪我の具合はどう?」

「心配してくれたって聞いたよ、ありがとう。見た目は派手だけど痛みはもうほとんどないんだ」

「そうなの?よかった。あのね、ここの皆と一緒に森崎くんたちに優勝をプレゼントしようねって話してたの。

プレゼントできてよかった」

 

ね、と男子の方を振り返れば皆顔を赤くして縦にぶんぶん振っている。

あれ?あの日の再来です?

前を向けば森崎くんたちも真っ赤です。あ~恥ずかしいこと言ってるもんね。素直に受け取りづらいかも、と思ったけど森崎くんはどもりながらもお礼を言ってくれた。

ほんと、皆いい子。

 

「深雪!」

 

ちょっと離れたところでエリカちゃんの呼ぶ声がする。

それじゃあ、と皆に手を振ってエリカちゃんの待つテーブルへ。

 

「ちょっとぉ。いーの?達也くんがいないところでそんなにふらふらしちゃって。てゆーかあいつら顔真っ赤になっちゃってたじゃん。一体何したの?」

 

エリカちゃん達は選手じゃないし本来はここにはいないはずなんだけど、七草会長が無礼講って言って無理に誘い、抵抗するエリカちゃんに食事代も浮くしいいじゃない、と庶民的なお誘いをしたらそれもそうね、と手のひら返してあっさり参加。

お金には困ってないだろうに。でも来てくれて嬉しい。

 

「何したって、ただの退院祝い?」

「ただのって・・・それだけであんなに赤くなる?」

 

怪しいと見られても本当にそれだけです。

きっと思春期なんです。

 

「達也くん寝てる場合じゃないんじゃないの?」

「寝かせてあげて。ここ最近ずっと忙しかったんだから」

「それは分かるよ。達也はモノリスコードでも無茶してたし、耳だって怪我してたのに、そのまま働きっぱなしだったんだから」

「西城くんたちも疲労は取れた?」

「俺たちはほとんど観戦だからな」

「あ、あの!深雪さん優勝おめでとうございます!すごかったです!深雪さんが本物の妖精さんに見えました!」

「あ、ありがとう美月」

 

美月ちゃんの、圧が、すごい!

知ってる。これはオタクの圧。興奮すると止まらない奴です。

 

「ひらりひらりと舞う姿が美しすぎて!まるで夢の中にいるみたいで感動しちゃいました!でも途中あまりに儚すぎてこのまま人間界を去ってしまうんじゃないかって心配になるくらい」

「みーづーきー。ちょっと落ち着きなさい。周囲から見られてるわよ」

「はう!ご、ごめんなさいいい」

 

声がだんだん大きくなっていったからね。注目も浴びます。

それもついさっきの試合だから興奮も冷めやらない状態だものね。

他の人たちも集まって、俺もそう思っただの、綺麗だったよ!だの男女問わずいろんな方から声がかかります。

返事をする前にどんどん声が増えていき、さてどうしようかなというところで救いの女神が。

 

「私なんてその妖精さんの横を飛んだのよ?羨ましいでしょ」

 

小早川先輩だ。

一瞬どう反応するか迷う人たちに、今度は平河先輩も混ざる。

 

「むしろ感心するわ。よく気力だけで飛びきったわね」

「もちろん私だけの力じゃないことくらいわかってるわよ。ありがとう」

「どういたしまして」

 

すると周囲から、――あ、エリカちゃんだ――から拍手が送られ伝播していく。

もちろん私もそれに参加した。

 

「よく間に合わせたね」

「皆飛んだ時やばかった!鳥肌立った!」

「やっぱり最後は根性か、流石小早川」

 

どういう意味よー、と応戦しに行く先輩に陰りはない。

後輩に負けて悔しいだろうに、そんな素振りは一切ない。

 

「悔しいだろうけど、やり切ったからね」

「平河先輩」

「優勝おめでとう。私は司波くんに対して悔しい気持ちは抜けきってないけど、それでもすごいって思う。もちろん貴女も。突然の本選だったのに優勝しちゃうだなんて、すごいわ」

「ありがとうございます」

 

先輩は肩を叩くと小早川先輩の元に行った。

――恵まれてる、なぁ。

優しい人たちに囲まれている自分は本当に恵まれていると思う。

 

「深雪」

「雫、ほのかも」

「すっごい囲まれてたね」

「ほのか達だって」

 

彼女たちも優勝者だ。

見えてはいなかったが囲まれていたのは分かる。話し声は聞こえていた。

 

「達也さんは、部屋で休んでるんだよね・・・」

 

残念そうなほのかちゃんに言える言葉は少ない。

 

「明日はきっとすっきりした顔に戻ってるわ」

「そ、そうだよね!あんなに大変だったんだもん」

「でもその表情の変化気付けるの、どうせ深雪だけでしょ」

「え?わかりやすいでしょ?」

「「「「それはない」よ」」です」

「それはねーよ」

 

あらま。そんなに見分けつきません?つかねーよ、のレスポンスが早くて笑いが起きた。

楽しい夜は早く更けていく。

 

 

――

 

 

ちゃーらーちゃーらーちゃっちゃっちゃー。

昨夜はお楽しみでしたね?なんて聞いてくる宿屋の店主などおらず。

私は雫ちゃん達とホテルを出た。

お兄様はちょっと遅れるとだけ連絡があった。

おそらく後片付けのお話だろう。

ほのかちゃんはご不満そうだけど、私で我慢して、と言えば抱きつかれた。雫ちゃんも便乗。

うん。我らが一年A組は仲良しです。

そしてエリカちゃん達も合流。こうなったら皆揃って応援席で観戦だ!と九校戦メンバーとして一団に加わってもらった。

そろそろかな、と後ろを振り返れば、こちらに真直ぐ向かってくるお兄様の姿が。用事は済んだらしい。

 

「間に合ったか」

「おはよう、兄さん」

「え?深雪もう作戦良いの?」

「今日で大会はお終いだからって先輩方が」

「・・・一人じゃないところに皆の疲労が見えるわね」

「俺は終わるまで必要だと思うんだがな」

 

お兄様の発言に、皆が呆れた視線を向ける。

お兄様はなぜそんな反応を向けられるのか納得がいかないようだ。

しかし誰も説明をすることはない。すでにしても意味はないと悟っている。

皆がお兄様を理解してくれていて妹はとても感謝の気持ちでいっぱいです。

これからもよろしくね。

 

 

 

そして楽しいスポーツ観戦。

わあ。服部先輩がオフェンスで輝いてますね。

魔法が鮮やか。複合魔法も繊細で乱れもない。高校生とは思えない素晴らしい威力。

これだけ使えれば、確かに二科生に勝つことなんて目を瞑っても余裕と思い違いを犯すのも無理はない。

単純な魔法力だけならば、お兄様よりもはるかに上だ。

会長たち十師族ほどとは言わないが。

あれは規格外ですからね。しょうがない。

 

「すごいわね。これが本当のモノリスコード」

「・・・おい、俺たちがどんだけ頑張ったと思ってるんだ」

 

うーん。両者の意見がよくわかる。

確かにこれを見てしまうと、アレがいかに邪道な戦い方だったか。

でも勝負って邪道も王道もないのが現実だ。きっといい勉強になっただろう。

魔法科に通う生徒にとっての理想はこちらの試合だろうけど実戦だとどっちも必要な力。

来年はもっと複雑化するかもしれない。創意工夫が大事って身をもってわかっただろうしね。

閣下じゃないけど楽しみです。

 

「見ごたえあった」

 

試合が終わり、雫ちゃんがぽつり。

静かに大興奮でしたね。可愛かった。

 

「んー、昼までに時間あるしなんか買ってくるか?」

「暑いしアイスでも」

「賛成!」

 

じゃあ皆で、と思ったら人が混雑しているだろうから俺らが買ってくる、と立ち上がったのは西城くん。

やっぱり彼がモテないのはおかしい。

と思っていたら背後で女の子たちがきらりと目を光らせている。やっぱり!?そうだよね。

じゃあ男子だけで行こうとお兄様と吉田くんも立ち上がる。

――本来はここでお兄様は、私とほのかちゃん雫ちゃんと共にアイスを買いに行って非難を浴びるのよね。お兄様ただ妹とその友達に付き添っただけなのに。不憫。

でも西城くんのおかげでその非難は免れました。感謝。

 

「なぁんか、夏を満喫してるって感じするね」

「そうですね」

「帰ったら宿題三昧か~。自業自得だけどしょうがない、よね」

「ああ、エリカたちは免除じゃないものね」

「こっちでも多少は消化してるんでしょ?」

「ちょっとは。でもほとんど残ってる」

「大変ね。特に西城くんたちは出場してるんだから宿題免除されてもいいと思うんだけど」

「正式なメンバーじゃないからね。たぶん認められない」

「ですよね」

「だったら夏休みの宿題手伝う?」

「え!?」

「いいんですか?!」

 

私の提案が意外だったのか。美月ちゃんもエリカちゃんもひどく驚いていた。

横を向けばほのかちゃん達も驚いている。

 

「だって、陰でいっぱい手伝ってくれてたじゃない。それに夏休みだもの、学校以外でもおしゃべりしたいなって」

「!それいい!」

「それだったら私も参加したい!宿題じゃなく勉強道具持ってく!」

「深雪に教われるなら頼もしい」

「いいわね。それも楽しそう。場所はどうしようかしら?」

「ねえ、それなら海水浴も一緒にしない?」

「「「海水浴?」」」

 

話が急に飛び首を捻ると、ほのかちゃんがぽん、と手を叩く。

 

「小笠原の別荘ってこと?」

「うん、そう。まだ父さんと詳しく日程は決めてないんだけど、今年も行くことにはなってるの。友達も呼んでいいって。どうかな?」

「別荘・・・」

「スケールが大きいわね」

「しかもプライベートビーチだよ」

「「「ぷらいべーとびーち」」」

 

聞きなれない言葉だけど、そういう意味、よね。流石お金持ちの社長令嬢。

 

「十人くらい余裕だから皆で行けたらなって思った。達也さんたちも来てくれるかな?」

「兄さんの日程は聞いてみないとわからないけど」

「・・・あ、そっか」

「え?」

「ついうっかり。深雪と達也さんいつも一緒のイメージだったから」

「「「あーたしかに」」」

 

そんなに一緒のイメージだろうか。

今回も学校も一緒にいることってお昼とか登下校くらいなんだけど。

 

「確かに考えてみたらそんなに一緒にいないですね」

「ほんとだ。なんで一緒のイメージなんだろ」

「たぶん四月の件じゃない?ほら、二人を引き裂いちゃってた期間があったから、それを無くしたから一緒にいるんだって錯覚した、みたいな」

「それはある、かも」

「達也さんが過保護のせい、もありますよね」

「あるある」

 

「――何があるんだ?」

 

姦しく女の子同士で話していたらあっという間に時間が経っていたのかお兄様たちが戻ってきた。

アイスをみんなに配っている間に搔い摘んで海に行くことを提案した。

 

「日程か。おそらく二三日くらいなら何とかなると思うが。すまん、帰ったら確認する」

「いいよ。思い付きの話だし。もし達也さんがいけなければ深雪だけでも」

「何が何でも時間は作るからそれは無しだ」

 

ばちばちとなぜか火花を散らす二人。

 

「・・・なんかあったのこの二人?」

「さあ・・・。ピラーズ終わったあたりからなぜかあんなことに」

「雫、深雪とかなり親密になったから、達也さんの気が気じゃないってことかなって思うんだけど」

「えーと、雫ってソッチの趣味があるとか?」

「ちょ、エリカちゃん!」

「そ、そそそれはないんじゃないかな!?」

 

ほのかちゃん、その動揺は誤解を招くよ。

そして男子たちよ。気まずい思いをさせてすまない。

アイスをぱくり。おいしい。

 

「深雪、こっちも食べるか?」

 

流石お兄様、味が違うのを買ってきてくれたのね。しかも両方私の好きな味。好みもしっかり把握されてます。

 

「ありがとう。こっちのも食べて」

「ああ。もらおうか」

 

お家ではないので食べさせ合うのではなく互いのアイスをつつき合います。それくらいのTPOは持ち合わせてますので。

でもこれでも仲良し認定されちゃうの?皆の目が生暖かい。

 

「そういえばさっきまで何話してたかってことだけどさ」

 

エリカちゃんが端折った私たち兄妹のイメージの話を広げる。

閉じたままでよかったんだけど。

ままならない。

 

「あー、確かに達也たちって一緒にいるような気がするな。教室だって違うのに」

「・・・それって達也が原因じゃないか」

「俺が?」

 

お兄様も初耳みたいな顔してます。

しかしお兄様が原因とはこれ如何に?

 

「ほら、クラスでも当然のように彼女の話が出るじゃないか」

「ああ、深雪は~ってやつ?」

「言われてみれば確かに」

 

ちょ、ちょっと待って。クラスでいったい何の話してるの!?

 

「ほら、深雪って有名人じゃない?だから結構クラスでも話題になったりするのよ。そうすると達也くんの深雪自慢が始まるわけ」

「自慢って・・・心当たりがないのだけど」

「こういう謙虚なところは十分可愛いだろう」

「ほら、こういうの」

 

しまった!変な水を向けてしまった。そしてそれにひょいっと乗っかるお兄様。

いたたまれない。・・・あいすおいしい。

 

「こうやって恥ずかしいのを誤魔化そうとするのも可愛いだろう」

 

おっとまずいぞ。これは揶揄いモードが展開されようとしている。

でもね、お兄様すでに周囲はお腹いっぱいの顔してます。まだお昼食べてないのに。

 

「兄さん、それ以上揶揄うなら私にだって考えがあるわ――帰ったら一時間部屋から出ない」

「すまない。俺が悪かったからそれだけはやめてくれ」

 

ハグもお茶も無しと言っているのが言外に伝わったのか、お兄様は速攻で謝った。

 

「やっぱり家ではいつも一緒なんじゃない」

「せいぜい夕食とその前後くらいよ。ずっとじゃないわ」

「それ以外はお互い部屋にいるからな」

 

プライベート空間はきっちり分かれてますと言うとこれまた驚かれる。

だからなんで。

家族ってそんな四六時中一緒にいるものじゃないでしょ。

釈然としないままお弁当を食べ、午後の決勝戦が始まった。

先ほどと似た戦法かと思いきやディフェンスで動かなかった十文字先輩が前進していた。

これは――一条くんと似た圧倒的力でねじ伏せる作戦か。

一条くんと違うのは、息もつかせぬホラー映画じゃなくてタイムアタック系ゲーム。あの壁が迫ってきて何もできなくなる奴。

本来のファランクスとは用途は違うように見えるが絶望を見せるにはいい手法かもしれない。

何をしてもかすり傷一つ付かずに迫ってくるって恐怖よね。

これぞ十文字、これぞ十師族という見せしめの試合だった。

そしてちらりとこちら、――これはお兄様かな?に意味ありげな視線と笑みを浮かべる先輩。

あれ、二人って何かありましたっけ。・・・ああ~、そういえばお兄様この後そういうお話が来るのか。

YOU、十師族の誰かと婚約して十師族になっちゃいなYO、のお誘いですね。

お兄様の強さに気付いたならそう思うのも無理ない話だ。ついでに私の魔法力もそう思われても仕方ない。

婚約者あてがわれる前にまず恋人募集なのでそういうのはちょっと。でもそこから意識するってのもありかしら?

優勝に沸く応援席でぱちぱち手を叩いて友達と喜びを分かち合いながら、大会競技はすべて終わった。

 

 

――

 

 

さて、これから恐怖のストレス確定の合同コンパ・・・じゃなかった。後夜祭合同パーティーである。

制服で参加するのでその分気は楽だけど、囲まれるのは必至。

 

「人目がなければ兄さんに前借りするのに」

「俺はいつでも構わないんだがな。ほら、するか?」

 

お兄様が両手を広げてウエルカムしてくれるけど見て、周囲の目。

いちゃつくんじゃねーよって空気がすごい。

ハグしてストレス軽減を前借りしたいだけなのに。

 

「・・・やめとく」

「先輩方。深雪が委縮するのであまり圧を掛けないでいただけますか?」

「達也くん。ここは公共の場よ。人の目を気にして頂戴」

 

おお。七草会長頑張ってる!ありがとう常識。

お兄様は肩をすくめて手を下ろす。

私が振った話題がいけなかったね。つい口からぽろりと。

 

「それなら私とハグする?」

「雫!」

 

雫ちゃんが立候補してくれたので私は感謝を込めて抱きついた。

途端男子の堪えきれない声が漏れ聞こえたが構ってられない。

っていうかその声が一瞬で収まったのは、もしかして背後でお兄様が威圧したせいです?

 

「大変だけどこれを乗り切ったら祝勝会だからがんばろ」

「そうね」

「安心してください。慣れない貴女を一人にはしませんから」

 

そう言ってくれたのは市原先輩。かっこいい。惚れちゃう。

 

「リンちゃんが一緒なら大丈夫ね。じゃ、皆会場に乗り込むわよ!」

 

会長の号令で会場に入る。

すでにたくさんの大人たちが商品を品定めするように目を走らせている。

・・・ああ、やだなぁ。

お兄様がぽん、と肩を叩いてくれたのでそれを勇気に戦場に足を踏み入れた。

 

 

しんどいです。

おじ様おじ様お姉さまおじ様おじい様おじ様のほぼおじ様ラッシュ。

遠巻きには他校の男子生徒たち。

深雪ちゃんのパーフェクトボディに備わっていた耐久性高いはずの笑顔の仮面が今は剥がれ落ちそうです。

この程度、乗り越えねば、とわかってはいるんですけどね。

なんか言質取られないように、にこやかに交わすって結構疲労が蓄積されてくんですよ。

言葉巧みに息子を勧めてくるのやめて。知らないアイドル俳優並べないで。芸能界興味ないです。

そしてスパッと切りこんでくれる市原先輩のカッコよさ。

これは惚れるしかない。

今度学校始まったらお礼に何か作っていこう。先輩何が好きかな。甘いもの好きだったらいいんだけど。あとでチェックしよう。

多分会場中のおじ様と会話したんじゃないかっていうくらいすごかった。むしろ今見渡すとそんなにおじ様が見当たらないのは私に挨拶して用件済んだとか?いや、きっとどこかにいるよ。雉打ちとかで席外してるだけだよ。

そして怒涛のおじ様ラッシュが抜ければ今度は他校の男子生徒たちだ。

ミラージバットすごかったよ、綺麗だった、他に目がいかないエトセトラ。ピラーズブレイクも神秘的だった、あのCADは、とかとにかく話題が尽きない。

市原先輩が飲み物をくれるタイミングが絶妙です。将来は美人秘書ですか?研究者になりたい?もったいないけど夢を追う先輩かっこいいです。

・・・市原先輩かっこいいbotになってしまった。かっこいい。

にこやかに対応し続けているとちょっと目を引くオーラの持ち主がやってきた。

その奥では女の子たちが残念そうな表情で見守っている。

一条くん高校生ながらファンクラブがあるのかな。あ、愛梨ちゃんもいる。可愛い!あ、目が合った!けど逸らされた・・・。三高の方は、私と目を合わせてはならないというルールでもあるのだろうか。

ってちがうちがう。一条くんがそろそろ目の前に。

まあかっこよくて家柄もよくて更に強ければモテないわけはないのか。

 

(・・・この条件ならお兄様も余裕でモテるな。家柄ばらしてなくてもあの状態なんだから)

 

ちらっと見ればお兄様もモテモテだ。

企業からのあいさつの後は女子に男子に囲まれているのが窺えた。

一高生徒からも遠巻きになんてされてない。

ふと途切れた雑音に、ようやく管楽器のBGMが聞こえた。どうやらダンスが始まっているらしい。だから男子に囲まれていたのか。

見渡せばダンスを踊っている人もちらほらいた。

 

「司波さん、あ、あの」

「一条さん、ですよね。試合を拝見しました。圧倒的な試合運び素晴らしかったです」

 

一度すれ違いはしたけれど正式に挨拶はしていない。

今も交わす名前は名字だけ。

お兄様はフルネームで交わしてたけどね。

試合見たよ、すごかったねと述べれば、一条くんは顔を真っ赤にしてうろたえていた。

いやその見かけで純情とかどうなってるんだろうね。やっぱり十師族意識して遊んでこなかったのかな。十文字先輩もそんなイメージないし。

 

「し、司波さんも、ミラージバット決勝は特に綺麗で、あ、じゃなくて圧巻でした!」

 

私が敬語だったせいかつられて敬語で話す一条くん。同級生なんだしもっと気楽に話してくれてもいいんだけど。

そんなことを思っていたら人の垣根などものともせず颯爽とお兄様が現れた!

 

「久しぶりだな一条将輝」

「むっ、司波達也か」

 

むっ、とは。十文字先輩は似合うけど一条くんはちょっと、まだ貫禄不足?

お兄様たちが挨拶を交わしている間にジュースをひとくち。

ちょっと魔法で冷やしたので冷たさが心地よい。

気が付けば市原先輩がいなくなっていた。え、先輩はくのいちだった!?設定盛り過ぎでは??また一つ先輩の魅力に気づいてしまった。

しかしどうも目の前のお兄様たちの会話は何というか・・・食って掛かる一条くんに反応の薄いお兄様の構図。好きな人は好きよね。私?嫌いじゃないよ。美月ちゃんを見渡せば――あ、こっちに気付かず吉田くんたちと美味しいもの食べてるね。いっぱいお食べ。

 

「深雪、疲れたんじゃないか?何か持ってこようか?」

「大丈夫、ありがとう兄さん」

「・・・ん?兄さん!?!?」

 

あら、おっきいお声。

会場に響いたので全員がこちらを見ている。

元々注目度高かったけどね。

 

「お前に兄さんと呼ばれる筋合いはない」

 

お兄様、呼んだわけじゃないよ。わかってて言ってるだろうけど。

しかしその声は一条くんには届いてないのか大混乱を起こしている。

っていうか周囲もざわめきだしたね。

ちょっと前から兄妹モードだったのに気づかない人結構いたんだね。

 

「し、しば・・・親戚で婚約者じゃなかったのか?!」

「そんな噂になってたのか?」

「ふふ、恋人を通り越して婚約者ですって兄さん」

「どうりで思った以上の虫よけ効果が発揮されていたわけだ」

 

お兄様の虫よけ発言で周囲は何やら活気づいたが、お兄様を超えないと私にはたどり着けないぞ?わかっているか君たち。

 

「そんなに驚かれるなんて。私たちそんなに兄妹に見えなかったのね」

「どこにでもいる普通の兄妹なのにな」

 

それはない、とツッコミが各所から上がった。

一高生徒かな?と思ったけどそうでもない?目の前の一条くんも同じ声を上げた。

 

「ふ、普通の兄妹があんな肩抱いたり、耳元で囁き合ったりするものか!」

 

確か一条家には下に二人妹がいたはずだ。つまり自分の兄妹と比べているのか。

 

「そうなの?」

「他所は他所、うちはうちというヤツだな」

「絶対違う!」

 

珍しい。うちの学校はもうツッコミに疲れてこのような反応を目の前で見せてくれる人はいない。・・・遠くではいるだろうし、心の中では更にいっぱいいるんだろうけどね。

 

「一条さんは面白いですね」

 

そう笑うとまた真っ赤になって固まってしまう一条くん。これ将来十師族として大丈夫?次期当主だよね。ハニトラが心配になるけど。

 

「いつまでもここで固まってるのもなんだし、深雪、一条と踊ってきたらどうだ?」

 

お兄様も心配になったのかな。これは訓練させないとまずいって?

そして一条くんのオーバーリアクションがですね、バレバレだけどいいのかなぁ。

一途ってことならいいのかもだけど、ちょっとおもしろくて笑ってしまった。

 

「よろしければ一曲お願いできますか?」

 

手を差し出せば流石一条家の御曹司、すっと手を取る姿は様になる。顔はまだ赤いけど。

っていうかごめんね。私の方から声を掛けてしまったよ。普通男性の方からなのに。

 

「よろしくお願いします」

 

男女逆転してしまったけど、リードはうまかった。

こういうところはちゃんと教育が行き届いているのだろう。

体は少し離れ気味だけど、そこまで気にするほど踊りづらくもない。

 

「あの・・・本当に兄妹、なんです、よね」

「そうですよ。私の自慢の兄です」

 

強かったでしょう、と自慢げに言えばばつの悪い顔になる。

 

「そうだな。強かった」

「あの試合の対策方法はもう浮かびましたか?」

「・・・あのあとジョージと、あ、吉祥寺っていう俺の相棒なんだけど」

「知ってます。同じチームメイトでしたね」

 

っていうか傍でダンス見守ってくれてるよ。頑張れって握りこぶしまで見える。いいお友達だね。

 

「彼といくつもシミュレートしたよ。あんな真正面からぶつかることはなかった」

「そうですか。一条さんはもう前に進めているのですね。安心しました」

 

そう微笑みかけると一条くんは体が一気に緊張し、強張ったのがわかった。

まだ赤って上があるんだね。こうなると最高値を調べたくなるけどそれはしてはだめだ。弄ぶのはよくない。

 

「次こそは!必ず倒してみせます!!」

 

それ多分お兄様大好きな妹に言っちゃいけないことだと思うけど、こういう真直ぐさは嫌いじゃない。

 

「頑張ってください」

 

来年お兄様が出場する予定は無いですけれど。とは言ってはいけない。凄腕エンジニアだからね。おそらく来年も原作通りにいけば技術スタッフです。

 

「期待に応えてみせます!」

 

・・・なんか面白い具合に変換されてるね。いったい彼にはただの頑張ってがどう聞こえたのか。

 

「ふふ、一条さんは面白いですね」

 

もう一度同じ言葉を口にして笑っていると――!お兄様がほのかちゃんとダンスしてる!

ほのかちゃん顔赤いね!頑張ったんだね!嬉しくて笑みが深くなる。

 

「あ、あああの!深雪さんとお呼びしてもいいですか?!」

 

おっと、しまった。一瞬ラブコメ見て一条くんのことを忘れてた。

お兄様、もうちょっと楽しそうにダンス踊ってあげてください、とかそんなこと考えてる場合じゃなかった。失礼。

 

「それは・・・あそこにいらっしゃる三高の一条さんのファンに悪いですわ」

 

ずっとやきもきして見てる女の子たちの一団に目を向ければ、気づいていなかったのか一条くんも視線を向けてびっくりしてる。

 

「私から誘ってしまったのもよろしくなかったのでしょうね。はしたなく思われたかしら?」

「そ、そんな!それは俺が誘うのが遅かっただけで」

「フォローしてくださってありがとうございます。せっかくのダンスパーティーですもの。一条さんも楽しんでくださいね」

 

その言葉を合図に曲は終わり、手を放す。

ちょっと大げさに一礼をして見せて意味を含ませて微笑みかければ、一条くんは意味を理解したのか惜しむように空中で手を泳がせてから、踊ってくれてありがとう、と返してくれた。

それからたくさんの男子が殺到したが、一条くんの後はなかなか声を掛け辛いみたいで、お兄様はこれも計画していたのかなと勘ぐってしまう。

でもこれ一応踊らないと終わらないよね、と勇気を出して声を掛けてくれた男子の手を取りダンスホールに戻る。

選んだ男子がよかったのか、はたまた気を使える男子だったのか。

深い会話も押し付けることもせず、踊ってくれた。

お礼を述べると、その人はやっぱりこちらに気を使ってくれてたらしい。顔は真っ赤になったけど記念に踊れて嬉しかったと返された。

うん、彼はいい男になる。

それを見習った他の男子たちもこぞってそれを真似てくれたおかげで、ダンスだけを楽しむことができとても気が楽だった。

まあ、一条くんほどうまい人はいなかったけれど。そこは高校生ですからね。

踊った回数がもう両手を超え少し経ったころ、流石に足に疲労が来た。

断りを入れてウェイターからグラスを受け取ってこっそり抜け出し涼みに行く。

目立つ私がこっそり、とは本来難しいことだが、ここは魔法のある世界。

閣下の精神干渉魔法をまねてこっそり展開。

誰もこんなところで魔法を使うなど思っていないだろうから、気づかれることもなく会場を抜け出せた。

 

 

――

 

 

「お疲れ」

「お兄様も」

 

ベンチに腰かけていたお兄様もドリンクを飲んで休憩していたので、グラスを軽くぶつけて互いに労い合った。

 

「いろんな人と踊っていたね」

「お兄様こそ。七草会長とのはちょっぴり笑ってしまいました」

「・・・いいおもちゃにされただけだ」

「可愛い後輩認定されたということですね」

 

そう答えるとむっとした顔になる。

 

「弟、だそうだ」

「弟?つまり私のお姉さまになるってことですか?」

「それはない」

 

スパッと切り捨てるお兄様。切れ味が鋭い。

しかしお兄様を弟扱いとは。素直に認められない複雑な乙女心ってやつですかね。

順当にラブコメフラグは発生しているみたいです。

 

「一条とはどうだった?」

「一条さん、ですか?」

 

突然話題が飛んだので思考が一旦中断。再読み込みをして・・・一条くん?

 

「ファンがついてて凄い?」

「・・・なんだそれは」

 

なんでしょう。たぶん最後の方の印象が残ってるんでしょうね。

 

「来年お兄様にリベンジするそうですよ」

「来年選手になることなんてないだろう」

 

どう俺と戦う気だ?と頭をひねるお兄様。でも今回だって戦うはずないのに戦ってましたからね。二度あることは三度ある?かも?

そんなことを思っていたら会場から十文字先輩の姿が真直ぐこちらに向かってくる。

私が傍にいたことに驚いているということは、お兄様に用事があったのか。

お兄様が立ち上がるので私も続き、グラスを受け取ってその場で一礼、引き止めそうなお兄様の空気に気付かぬふりをしてその場を引いた。

おそらく十文字先輩はあの提案をしに来たのだろう。なら妹は邪魔なはずだ。

グラスもちょうど空になったし片付けるタイミングとしてもちょうどいい。

会場入り口まで行ってグラスを置き、ゆっくりと中庭に戻る。

そんなに話は長くないはず。十文字先輩も雑談に興じるタイプじゃないし。

空には眩い月が星々の輝きを霞ませていた。

空気は澄んでいるけれど、ここに光を届けるにはいたらなかったようだ。

ライトにも照らされている庭園はきちんと整備されていて、軍の設備でもこういった細やかな気遣いはあるのだな、と失礼なことを考えながら戻れば、十文字先輩とすれ違う。

 

「気を遣わせたな」

「グラスが空でしたので」

 

にっこり笑えば先輩はちょっと虚を突かれてから口角を上げてそうか、と言って戻っていく。

 

「深雪」

「お話はお済みのようですね」

「――どうやら先輩は俺を十師族にしたいらしい」

「お兄様の実力を知ればそうなるでしょうね」

「・・・俺には魔法力がないんだが」

「豊富なサイオン量と魔法力を補えるだけの戦闘力はありますから」

 

十文字先輩方はまだすべてを知らないけれど。

するとお兄様から鋭い視線が。

 

「おかしいだろう」

「おかしいことなどありませんとも」

 

お兄様は認めないけど、彼には十分十師族を名乗れるだけの力、魔法がある。

他の追随を許さぬほど強力な奇跡の魔法。

たった二つしか使えない?神のごとき力が揮えるのだ。それが二つもあれば十分だろう。

本人が嫌がろうとも、周囲が隠そうとも、お兄様の力を考えれば世界屈指の十師族といえど相手になどならない。

 

「いえ、おかしなことはありましたね」

 

結婚などせずともお兄様は十師族だ。

いずれ叔母様がまかり通る理由をつけて発表する。

だから婚約者を無理にあてがわれる必要はないのだ。

 

「お兄様が望んでそうなるならまだしも、押し付けられて、というのはおかしな話です」

 

お兄様には自由恋愛推奨派です。押しかけ押し付けお断り。

 

「望むことなどない」

「それは、どうでしょう。選択肢はあるに越したことはありません。ある日急に権力が必要になる時とか」

「・・・あるか、そんな日」

 

あるんですよね、そんな日。

お兄様は眉間に皺をよせ、いやいやなお顔。

権力にいい思い出無いですものね。・・・普通ないか。

 

「あ!お兄様、ラストダンスの曲ですよ」

「・・・精いっぱい相手を務めさせてもらおう。――一曲踊っていただけますか」

「はい、喜んで」

 

芝を踏みながら踊るダンスは先ほどまでと違い、安定しないが身を寄せ合って踊る分には問題ない。

背に手を回すお兄様に引き寄せられて密着してくるりと回れば安定感は抜群で、誰よりも踊りやすかった。

雫ちゃんが確か原作でダンスマシーンと踊ってるみたい、と評していたけど、ステップをリードしてくれるお兄様の動きは洗練された動きのように――思えたけど、時々ちょっとぎこちない?

 

「・・・やっぱり見ただけで身に付けるのは無理だな」

「・・・もしや一条さんのダンスを見て・・・?」

「アレが一番様になっていたからな」

 

お兄様、見稽古して踊っているというのですか!?どこまでチートなの?!

 

「お前の前では格好つけたかったんだ」

 

そう恥ずかし気のない顔で言われても信じがたいと思うけど――密着した体が教えてくれる。お兄様の心音はいつもより早い。

 

「・・・十分かっこいいです。お兄様は私の中でいつまでもかっこいいお兄様です」

 

だからきっと私の早鐘を打つ心音も聞こえているだろう。

お互いポーカーフェイスを保ちながら。

くるくる、くるくると回って。

 

「このまま二人で戻らないか?」

 

この場合、戻るは会場ではなくホテルだろうな、と見当がついた。

お兄様はきっと居心地が悪いのだろう。

人に受け入れられる環境というのに慣れていないから。

だからこそ、私は心を鬼にする。

 

「祝賀会に出ませんと、先輩方のメンツを潰すことになりますから」

 

そう言えばお兄様は残念そうに、でもわかっていたといわんばかりに苦笑してくるり、と私を回す。

 

「どう思われてもかまわないが、お前が悪く言われるのはよくないな」

 

どう思われてもいいのなら好意ある視線も問題ないですね。

音楽が鳴りやむ。

すっと離れてお互いお辞儀をして。

 

「それでは戻るか」

「はい。戻りましょう」

 

その後の祝勝会も大いに盛り上がり、九校戦は幕を閉じた。

 

 

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございました!
感想、評価等もありがとうございます。大変嬉しく思います。
次も頑張ります!
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