妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!(修正前)   作:tom200

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番外編の『秋の香り』のネタが含まれています。
読まなくても問題なく読めますが気になる方は是非そちらをお読みいただくことをお勧めします。


来訪者編 前編

 

 

穏やかな学園パートが戻って数日。

私たちは学生にとっての永遠の宿敵と相まみえることとなる。――そう、定期試験だ。

 

 

あの横浜の騒動の後、誰一人私たち兄妹に対して態度を変えた人はいない。

お兄様が軍属だったことも、私が皆の目の前でたくさんの人を凍結――殺しても、誰も何も変わらなかった。

思うところがないわけないだろうに・・・。優しい友人たち。

だから今日は彼らのために、私たちは一肌も二肌も脱ごうではないか!

と、いうことでやってきました雫ちゃん邸!

ヤバいね、豪邸どころじゃない。お屋敷?お城かな?ってくらい広い。大きい。メイドさんいる。

確かにこれを見たらうちは一般的なファミリータイプですよ。普通の一軒家の範疇だよ。

うん、部屋にたどり着くまでの絵画も花瓶も素晴らしいですね。保険は入っていますか?って心配になるくらい。

美術館に来たのかな。じろじろ見るような無作法な真似なんてしないけれど、通り過ぎるだけなんてできないほど、目に留まってしまう素晴らしい作品ばかり展示されている。

・・・その展示品にお花挿さってたりもしますけどね。使っちゃってるんですか。すごい。

長い廊下の先、ようやくたどり着いた部屋は、八人でも余裕で座れる広さで、窓の外はお庭が綺麗に見えるバルコニー付き。

息抜きもできるようにという配慮からかな。雫ちゃんの気遣いが素晴らしい。いい子。

広げた勉強道具は時代だね、端末がメインです。教科書ノート鉛筆なんてありません。ペンはあるけどね。端末用の。

この光景を面白い、と思うのは私だけ。これが今じゃ当たり前だから何も不思議じゃない。

メイドさんが一口サイズのお菓子とお茶を提供して下がると各々勉強開始です。

だけどこの八人ほとんどが成績優秀者で、美月ちゃんもそこそこ上位から数えた方が早く、試験が不安だというエリカちゃんも西城くんも赤点に近くない、平均並みの成績だったりする。必死に詰め込まないと、なんてことはない面子なのだが――。

初めこそ皆黙々とやっていたけど、西城くんとエリカちゃんが頭を掻きだしましたね。タイミングが同じでびっくり。席離れてるのに。

お兄様と目を合わせ、頷き合うと立ち上がって。

 

「エリカ、どこで躓いたの?」

 

覗きこめば、ふむふむ。

 

「ここまで解けてるなら、ここの――」

 

ほとんど解答に近い道筋はできていた。だだちょっと途中で式が違っているだけ。

 

「――解けた!深雪、どう?」

「正解よ」

 

ちょこっとアドバイスしただけですぐに正解を導き出せるなんて。ほぼ自力で解答できてえらい。いい子。

なでなでしちゃう。

 

「この問題は同じ要領で解けるはずだからやってみて」

「、わかった」

 

撫でられて照れちゃってたけど文句を言われる前に次の問題を進める。

いい子は撫でて褒めたいのです。付き合って。

お兄様はその間西城くんに付いて教えている。いい低音が部屋に響きます。・・・ほのかちゃん、順番待ちするのはいいけど手が止まってますよ。

注意しちゃうと私が勉強教えに行くことになっちゃうからしないけどね。

エリカちゃんは次の問題をすらすら正解。すごい。もうモノにしたね。えらいえらい。よくできました。

 

「あ、あの!深雪さん、私も教えてもらってもいいですか?」

 

美月ちゃんからのご指名が。いくよ~。お、理論の方ですね。

 

「うん、よく答えられているけど、ここに――この文言を付け加えると」

「あ、こちらの方が纏まりますね」

「あと、この部分。これだと別解釈してるように取れちゃうから、こっちを引用した方がいいと思うわ」

「なるほど。これなら筋が通ってわかりやすいです!」

「でも伝えたいことはあってたから正解よ」

 

花丸あげちゃう。がんばったね~。

ニコニコ撫でてたら美月ちゃんがあうあう、真っ赤なオットセイになってしまった。オタクによくある現象ですね。

 

「深雪、それ以上はストップだ。勉強の妨げになってしまう」

 

お兄様からのストップがかかった。すまない美月ちゃん。加減を間違えてしまった。

謝ったらぶんぶん頭を振られ、ふらついた美月ちゃんは勉強不能に。

 

「ああ、美月!」

「集中力も切れかかったし、一度ティーブレイクしよう」

 

雫ちゃんの号令に、皆賛成のようで手を止めさせてしまった。・・・反省。

ありがとう雫ちゃん。席に戻る際にそう伝えると、続けられた言葉に不穏な空気。

 

「いいの。皆に伝えたいこともあったし」

 

 

――そして爆弾は投下された。

 

 

「りゅ、留学!?聞いてないよ雫!!」

「ごめん。昨日まで口止めされてた」

 

血相を変えて詰め寄るほのかちゃん。だけど雫ちゃんはいつものクールな表情ではなく申し訳なさが表れていた。

近しい人にも黙ってなきゃいけないのって辛いよね。

でも雫ちゃんが留学・・・わかっていても、知っていたけども、寂しい。

隣のお兄様が私の膝の近くに手を置いた。温かい手は慰めてくれているようだ。嬉しい、でも寂しい。

 

「でもさ、留学なんてできたの?」

 

エリカちゃんの疑問はごもっともだと思う。

本当、どんな密約があれば成立するというのか。

ただでさえこのご時世、魔法師というだけで渡航が制限されているというのに、どんな理由があれば留学が許可されるのか、そう考えるのも無理はない。

更に言えば雫ちゃんはただの魔法師ではなく成績優秀な魔法師。それだけで渡航制限は更に厳しいもののはず。

更に国外に出れば狙われる可能性は格段に上がる。

取り込もうとするだけならまだいい方。いくら表向き同盟国のアメリカだって、最悪叔母様のような事件に巻き込まれたって不思議はないのに。

資産家の令嬢の肩書がどこまで彼女を守れるというのか。当然雫ちゃん一人が行くなんてことはなく、黒沢さん含め護衛は付くんだろうけどね。

・・・まあ私は原作知識によって雫ちゃんが無事に帰ってくることは知ってるんだけど、それでも心配になる。

この世界はすでにいろいろと改変されてしまっているから。強制力が守ってくれるとは限らない、かもしれないのだ。

 

「ん、何でか許可が下りた。お父さんが言うには交換留学だから、らしいけど」

 

交換、つまり人質か、なんて思ってしまう。

あちらの人質が一人で切り抜けられるプロフェッショナルな時点で、人質として釣り合ってないけどね。

任務だし。目的がそもそも違う。

というか本当にどうやってこの話って持ってきたんだろう?雫ちゃんが自ら留学を望んでいたとは思えないし、学校側からの打診だろうか。

成績優秀で家柄も問題なし。留学って何かとお金もかかるから優秀なだけでは難しかったりもする。

そういう基準で考えれば確かに雫ちゃんが妥当なんだろうけどね。・・・学年一優秀な私に話が来なかった理由としては生徒会役員だから、とかかな。一応うちも裕福な部類に入るはずなんだけどね。

そもそも私たちのこと――メインはお兄様だろうけど――を調べに来るのだから本土に送っちゃ調査にならないのかもだけど。

 

(リーナちゃんに会えるのは嬉しいけれど、雫ちゃんがいないのはなぁ・・・)

 

仕方のないこととわかっていても嘆かずにはいられない。でも、雫ちゃんにとってはいい勉強の機会だ。

それを一人の感情で邪魔をしていいものではない。・・・わかってはいるのだ。

 

「交換留学だったら、なぜOKが出るのでしょう?」

「さあ?」

 

美月ちゃんも、雫ちゃん自身も疑問だけど、ここに解答を教えてくれる人がいるわけもなく。

 

(――神の思し召しです、なんて言えないしね)

 

神によるご都合主義に理由なんてないのだ。この後の展開には必要な流れ。理由はあとから辻褄のように出てくるかもしれないけれど、後付けだから。

なんてメタい話は内に秘め。

 

「期間は?いつ出発するんだ?」

 

お兄様からの端的な質問。切り替えが早い。

 

「年が明けてすぐに。期間は三か月」

 

三か月もあるの・・・。ううう・・・三か月も会えない。

 

「三か月なんだ・・・。びっくりさせないでよ」

 

ほのかちゃんは胸を撫でおろしたけど、三か月も、だよ。一週間だって長いのに。

でもしょうがないか、普通留学って言ったら半年から年単位ってなってもおかしくないから。

膝に乗ったままのお兄様の手を掴む。お兄様はちらり、とこちらに視線を向けたけど、何も言わない。拒むことも、ない。

 

「なら送別会をしないとな」

 

お兄様の提案に、皆は賛成の声を上げる。私も、笑顔でお見送りできたらいいなぁ。

 

 

勉強会再開は、少し時間がかかった。

にぎやかで、ちょっぴり騒がしかった勉強会は概ね満足がいく形で終わった。

皆、きっといい点取れるよ。

 

 

――

 

 

と、勉強会をした数日後。

私は今、お兄様と風を感じています。

気持ちいい!バイク最高ー!!

 

「楽しんでくれてるようだね」

「はい!」

 

おそらく皆が試験勉強で必死になっている中、約束していたツーリングにやってまいりました。

こんな日でもないとお兄様の時間はなかなか取れないので。今日はバイトもなく(一応試験期間なので)久々の一日フリー。

天候も良く、絶好のお出かけ日和。試験勉強必死な方々から怨嗟の声が聞こえそうだけど、こんな遠くでは届くことはないだろう。

ヘルメットから直に聞こえるお兄様の声に心揺さぶられながら、短くお返事。長い単語は声が震えそう。

お兄様の低音ヴォイスが耳元で囁かれていると想像してほしい。耐えられないから。身悶えちゃうから。

ただでさえ密着している状態。変に思われないように、心音が聞こえないようにと願いつつ、お兄様のお腹に腕を回して一時間。

今日はライダースーツに身を包んで完全防寒しているおかげで、風が体を冷やすことはないのだけど、お兄様と密着しているとですね、それだけで体が熱くなるのに、熱を冷ましてくれる風も来ないとくれば汗ばんできてしまう。防寒用の為、気密性も高いから余計に熱がこもる。下には吸収性のいいものを身に付けてきたのだけど、間に合ってない気が・・・。

 

「そろそろ休憩しようか」

「いいですね」

 

お兄様タイミングばっちりです。・・・もしやばれてる?なんて、過ったけどお兄様は気遣いの紳士だ。気づいてても悟らせない。・・・おかげでこちらは気が気でないです。

止まったのは無人の休憩所。自販機が各種取り揃えられていて、ちょっとした食べ物と豊富なドリンク。そして四阿のような休憩スペースがあった。

バイクを降りて背伸び。一時間同じ姿勢でしたからね。体も固まっていた。

お兄様も軽く体をほぐしてから自販機へ。

 

「深雪は何がいい?」

「そうですね。スポーツドリンクはありますか?」

「ああ。――先に座って待っててくれ」

 

お兄様の指示通り休憩スペースに行くと、落ち葉がちらほら。でも汚れているほどではないからそれなりに人が来ているのだろう。

バイクを降りる時取り出したタオルで払おうかと思ったが、ここは都心からだいぶ離れた郊外で、市街地監視システムのようなものは途中ぽつぽつあったもののこの場には見当たらない。

お兄様のことだから恐らくそういったルートを選んでいるのかもしれない。

ありがたく魔法を行使する。

ベンチも机もほこりが払われ、次いでに体にまとわりついた汗や汚れもきれいさっぱりさせた。すっきり。

でもこのままじゃまた汗が出そうだったので胸元が見えない程度にチャックを下ろす。

 

(少し風が入るだけで全然違う。きもちい・・・)

 

ライダースーツは防寒には優れているけれど、いったん熱くなると熱がこもるのが難点だ。

座って待っているとほどなくお兄様が戻ってきた。手にはブラックの缶とスポーツドリンク。ライダージャケットの前は開けられ、汗で張り付いていた前髪も、今はいつものサラサラに。

・・・今更だけどお兄様、かっこよすぎない?いつもよりもワイルドな感じでたまらなくかっこいい。黒のパンツも体にフィットしててラインがですね・・・直視しちゃダメだ。お兄様に邪な目なんて向けるんじゃない。えっちぃですね、なんて感想も抱いちゃいけません。

落ち着こう、私。大丈夫。深雪ちゃんのポーカーフェイスを信じて。

お兄様が近づいたので立ち上がると、お兄様は一瞬目を見張り、そして視線をずらした。

 

(んん?横に何か変わったものありました?)

 

視線の先には四阿の柱。あ、ショウリョウバッタが一匹。小さいサイズ。緑の体で茶色い柱だと目立つよ。草むらにお逃げ。

 

「深雪」

 

おっと、虫に念波を送っている場合ではなかった。お兄様からドリンクを受け取って一緒に座る。

キャップを捻ればすでに開けられていた。・・・お兄様、過保護が過ぎる・・・。ありがたいですけどね。

このままじゃ箸より重いものもほとんど持たせてもらえないような・・・。

そこまで深窓のお嬢様じゃないんですけどね。――いや、去年までは深窓の令嬢ではあったのか。ほとんど箱庭暮らし。

一口飲むと、体に染みわたるように冷たい液体が行き渡る。これを欲していたと言わんばかりに体が喜んでいるのがわかる。もう一口。

ほっと、息が漏れる。生き返った心地。

 

「疲れたか?」

「いえ、疲れたというより熱くて」

 

タオルで風を送る動作をすると、お兄様は視線を外して遠くへ。

今度の視線の先には、一羽の鳥が。ピーヒュロロロロ、と鳥の鳴き声。都会では聞くことのない鳴き声。遠くへ来ましたねぇ。

 

「――失敗したな」

「え?」

 

そう言うとお兄様はおもむろに立ち上がって、私の前に立った。

見上げるとお兄様がちょっと困った顔をしている。一体何が失敗だったのだろうか?

 

「防寒ばかりに目をやり過ぎていた。今の時期なら俺と同じジャケットでも十分だったのに」

 

その時、微かにモーター音がお兄様の背後から聞こえた。

交通量は少ないとはいえ車は通る。こちらからは全く見えなかったが、一台車が走り去っていった。

 

「えっと、お兄様?」

「今の深雪を人の目に触れさせられない。魅力的でもあるが刺激が強過ぎる」

 

言われて自身の体を見下ろす。

・・・チャックから白い肌がのぞき、真下を見下ろせばばっちり見えるけど、お兄様の位置からだと谷間が見えるようで見えてはいない、はず。

へそも、その見下ろしてみるのだけど・・・大きさに隠れて見えない。

更に下に見える太ももは座っていることで圧力がかかり、ぴったりスーツが輪郭をなぞって見事な曲線を描き――なるほど、直接見えなくてもこれはアウトか。

 

「俺でさえ理性が危ういのに、人に見せられるわけがない」

 

そう言ったお兄様の表情は困り顔から一転、真剣だった。

一応、家を出る前にチェックしたのですよ?お兄様にはラノベ主人公伝統のラッキースケベの呪いが掛かってますからね。

一番お兄様に近くてその可能性があるのは私だから、おかしなことがあってはお兄様に申し訳ないと上から下までチェックしたはずなのに。

だけど立って姿見で眺めた時はこれなら大丈夫かな、と。余裕があったと思ったんですけどね。

・・・でもそうだった。イメージして比べる相手が悪かったとしか言いようがない。

ライダースーツと言えば峰不〇子。深雪ちゃんはあのようなグラマラスでダイナマイトなボディでないし、若干服との間に少し余裕もあったので、今のようにラインが出ていなかったのだ。

だから安心していたのだけど、しかし座ったことで生地が伸び、隠されていた体の線が浮き彫りになっていた。チャックを中途半端に外していたこともよろしくなかった。

お兄様が時折視線を外したのはそういうことか。申し訳ない。気を付けていたはずなのにまだまだ精進が足りませんでした。今後はもっと気をつけねば。

 

「・・・申し訳ございません」

 

ククク、とチャックを上まで占める。熱さよりもお兄様の心の安寧が大事です。だいぶ涼しくなったしね、うん。

 

「深雪が謝ることじゃないよ」

 

いえ、私にはわかっていたことなのです。もっと注意すべきことでした。

お兄様はもう車が来ないことを確認してから隣に腰を下ろした。

 

「・・・すまない。本当に深雪のせいじゃないんだ。ただ俺が、心配なんだ。こんなに深雪が魅力的だと攫われてしまうんじゃないかって」

「お兄様・・・でもお兄様が守ってくださるのでしょう?」

 

一体私が誰に攫われると?お兄様が傍に居て誘拐される想像がつかない。

だけど心配させた上に守ってくれるよね?なんて押し付けすぎだな、と気づいたけれど今更撤回もできなくて、どうしようか視線をさまよわせていると、お兄様から一言が。

 

「・・・守るよりも、俺が攫ってしまいそうだ」

 

・・・おおっと、お兄様ちょっとお控えになって。色気がね、あの・・・いつもよりもワイルドな恰好も手伝って割増の色気がですね。

そっと頬に触れる手がいつもより熱く感じるのは、私の頬が風で冷えたから。

お兄様の瞳がいつもと違う色を宿しているように見えるのも、場所と光がいつもと違っているから。

・・・そうだよね?

 

「なんて、な。今日は遠出のピクニックだろう?目的地まであと30分くらいだから」

 

するりと離れるお兄様の手が、最後に惜しむように顎の裏を撫でていったのだけど、・・・手癖悪いです?ぞくりとしました。

猫だったらテクニシャンって叫んで擦り寄るところ。・・・恐ろしいお兄様だ。

ほら、とお兄様は何事もなかったかのように先に見える山を指す。

 

「あそこに見える山を越えたあたりが目的地だ」

 

指された山は隣と比べて紅葉真っただ中だ。周りはもう秋よりも冬の様相なのに、日の当たり方や風が違うのだろうか?

 

「あそこだけ地熱が高いらしい。秘湯が近くにあるそうだ」

 

お兄様そんなことまでお調べに!?危険がないようチェックしたってことかな?だとしてもすごい。

キラキラした目で見つめれば、お兄様はちょっぴり居心地が悪そうな?

 

「浮かれ過ぎかなと思ったんだが、せっかく深雪との遠出だからいろいろ調べていたら止まらなくて」

 

居心地悪いんじゃなくて照れてました。

 

(お兄様っ!・・・なんで!ワイルドとキュートが同居するの!?)

 

照れながらも言うお兄様最高過ぎません??え、なんなの?私をどうしたいの??あまりの衝撃に耐え切れずに顔を覆ってしまった。

呼吸も苦しい。どこまで好きにさせる気なのだこのお兄様は!沼か。底なし沼か!!もう頭までずぶずぶですよ。これ以上堕とそうとしないで。

 

「・・・すまない、やっぱり浮かれ過ぎてたか」

「・・・・・・・・・違うんです。でもお兄様のせいで心臓がくるしい・・・」

 

誤解させてしまったらしいけれどごめんなさい。今処理が追いつかないの。待ってほしい。お願い。

 

「深雪?どういう・・・」

「・・・これ以上好きになれないくらい好きなのに、お兄様がまだ沈めようとする・・・」

 

今だけはそっとしておいてほしいです、とんでもないことを口走りそう。

恐ろしい。お兄様が畳みかけてくる。のぞき込んでくる気配がするけど、首傾げるだけで破壊力あることを知ってほしい。

しかも今ライダージャケット前開け状態で、前かがみでのぞき込もうって?なんなの?ワイルドだけじゃなくてセクシーまで追加しようというのですか?

属性盛り過ぎです。情報過多。困る。いつまでも復旧できない。・・・見たいのに。画面越しであればがっつり見たいのに!せめて写真!欲しい。

・・・大変混乱しています。お母様助けて。お兄様に心臓壊されちゃう。

もう手遅れです、って顔をなさらないでアドバイスください、イマジナリーお母様。諦めないで!

処置無しって首振られてます。どうして私の想像するお母様はそんないつもしょうがない子を見るような目をされるのか。

でもそんなお顔でも麗しいなんて本当にずるい。好き。

・・・ちょっと落ち着いてきた。

流石処理の力の速い深雪ちゃんの頭脳。スパコン並みのお兄様には敵わないけれど十分早いですよ。

よしよし、調子を取り戻してきた。これならセクシーなお兄様もワイルドなお兄様も、その上キュートなお兄様だって受け止められる気がしてきた。

大丈夫。たとえ心が荒ぶろうとも、今なら仮面をかぶれる、はず。

よし、と気合を入れなおし、手を恐る恐る外して――あれ?

 

「お兄様?なぜ項垂れてるんです?」

「いや・・・言葉の意味は一部わからなかったが――、・・・俺が沈めるとはどういうことだ?」

 

のぞき込む気配あったと思ったんだけど、いつから項垂れてたんだろう?

そしてなんですか?お兄様が沈める??何のお話です?

 

「無意識か・・・」

 

え、お兄様が頭を押さえて疲れたように呟いた。・・・無意識って、もしかしてまた何か口走りました?!

 

「ご、ごめんなさい。私また変なことを!?」

 

甦る夏休みの悪夢。あの時は死ぬかと思った。というより意識オチたものね。・・・・・・そのレベルです??

・・・思い出せない。思い出さない方がいいかもしれない。

お兄様も口ごもっているし。

 

「・・・あの、お兄様。私記憶が曖昧で・・・」

「そうか」

 

お兄様も私の言いたいことを理解したらしい。お互い流すことになった。よかった。

ドリンクも飲み干したことだし、休憩も終わりということでツーリングに戻ります。

ちょっと乗る時にぎこちなくなったけれど、許してお兄様。

 

 

――

 

 

バイクの振動とお兄様の背中からの熱を感じながら・・・なんとなくだけど思い出してきました。

沈めるってあれか。お兄様沼の話か。お兄様にはわからないよね。ごめんなさい。そして説明できない。するわけにはいかない。

そして思っていたより、前回よりもとんでもないことぺろっとしたね。

・・・好きなのに更に好きにさせようとするとかとんでもない告白だね?信じられない。無かったことにしましょう。

 

「深雪」

「・・・はい」

「お前が覚えてなくても、嬉しかったよ」

「~~~~~~、そうですか」

 

時間差で追い打ちを掛けてくるお兄様。このタイミング、まさか思い出したこと気づかれてる?

・・・抗議の意味も込めてちょっと腕に力を籠める。なにか続けそうだったお兄様のお口チャックすることには成功した。けれど同時に何か失った気もする。

なんだろ?羞恥心が増したから、その分汗かいて体重でも減った?

でもそんなバカなことを考える時間は長くは続かなかった。

トンネルを抜けると、すごい光景が広がっていて目を奪われたからだ。

 

「わぁ!すごいですねお兄様!」

「ああ。見事だな」

 

鮮やかな色彩が目に飛び込んでは流れていく。

そして紅葉の先には目的地の湖が。

 

「綺麗・・・」

 

風が今は止んでいるのか、湖に紅葉が反射して美しい絵画のよう。

こんな素晴らしい光景を今、たった二人だけで独占できるなんて。

 

「気に入ったかい?」

「とても!」

「それはよかった」

 

お兄様も感動しているのか、声が柔らかい。

バイクを止めた先は人の手入れがない、整地されてない湖畔だった。こんなに素敵な場所なのにまるで隠れ里のよう。

それでいて湖は濁ることがないということは、常に湧き出る水源があるからなのか。

私たちが近づいたことで、がさがさと、生き物たちが去っていく音がしたから動物たちの生活圏なんだろうけど、ごめんね、ちょっとだけお邪魔します。

ヘルメットを外してお兄様と顔を見合わせ、私はCADを取り出した。

思い出すのは前世好きだった牧場経営のゲームだ。

荒れた土地を開拓するところから始まるあのゲームは、木の枝や石ころを集めるところから始まる。

だが、ここは魔法のある世界。一つ一つ手や道具を使うことなくかき集め整備する方法があった。

小規模のサイクロンを起こして掃除機のように集めて一か所にまとめ、山を築く。

これを何回か繰り返して。続いてはぼうぼうと生えている草を、下から5センチ残して草刈り機のように刈り取っていく。

魔法はイマジネーション、・・・だけだったらよかったんだけど、ここでは理論も必要なのよね。

そこがちょっぴり不便に思えてしまうのは前世のアニメの影響だ。

風魔法とか精霊にお願いして~、っていうのが定番だよね。異世界魔法あるある。

カットした草もひとまとめにすると、今度はお兄様が魔法を発動。草の山はきれいさっぱり分解、除去されました。

整えられた芝生・・・というにはちょっぴり野性味があるけれど、自然っぽいと言えば自然っぽい。

お兄様はその上に持ってきたシートを敷いて、バスケットを下ろし――今日の目的、ピクニックの準備が整いました。

草を刈ったばかりなので青々とした匂いが残るけど、嫌いじゃない。都会で感じることの少ない緑のいい香りだ。庭の手入れくらいじゃここまで青々とした匂いは感じられないからね。

腰を下ろしたお兄様に手招きされてバスケットを挟んで座る。

いつもと違う環境に、気分も高揚して頬が緩んだ。

お兄様もリラックスできているのか、表情がいつも以上に柔らかい。

無言だけれど、心が通じ合っているような、そんな優しい時間が過ぎる。

遠くで鳴く鳥の声、草木を揺らす風の音、目の前の湖がさざ波を起こし日の光を反射してキラキラと輝く。

最高のリラクゼーションだ。

 

「素敵なところですね・・・」

「ああ」

 

言葉短なお兄様の発言に、お兄様もこの景色に癒されているのかな、と窺い見れば、目が合った。

・・・いつから見られてたのか。それともたまたま偶然今合ったとか?

 

「深雪がこんなに喜んでくれるなんて、たまにはこういう遠出もいいな」

 

・・・ずっと見られていた疑惑が確信に変わる。恥ずかしい・・・。

 

「もう、お兄様ったら。私なんて見ずに景色をご覧になったらいかがです?」

「最高に美しい景色を眺めているんだよ」

 

そう言って手を伸ばし、頬を撫でてくるお兄様。なぜ恥ずかし気もなくそんなことを言えるのか。

立膝で座る珍しいお兄様なんて、雑誌の表紙を飾ってもおかしくないくらいかっこいいのに、私の口からは上手く賛辞の言葉が出てこない。

どうやったらお兄様みたいにするっと言えるようになるんだろう。

 

「・・・お兄様だって、写真に収めてずっと眺めていたいくらい素敵ですよ」

 

自分にはこれくらいが精いっぱいなのに。

 

「深雪に素敵なんて言われると照れるな。だが、お前にならいくらでも構わないぞ。その分俺も深雪を堪能させてもらうから」

 

・・・間に挟んだバスケットが唯一の防波堤。だけどお兄様はそんなもの軽々と乗り越えて身を寄せてくる。

頬を撫でていた手が髪の間を通って後頭部に回された。引き寄せられる頭。触れ合いそうなほど近づく顔。

 

「深雪」

 

甘い声に呼ばれてしまえば、体から力が抜けてしまう。

見つめ合ったのはどれくらいの時間だろうか。一瞬のようでもあり、永遠のような時間。

お兄様のとろりと溶けた瞳が、細められたところで後頭部に回されていた手がするりと髪を撫でおろして離れた。

 

「これ以上見つめてしまうと深雪に吸い込まれてしまいそうだ」

 

 

――

 

 

「・・・それは私のセリフですお兄様」

 

・・・危なかった。よくわからないけどたぶんとっても危なかった気がする。

心臓が動くことを思い出したかのように早鐘を打つ。・・・こんな至近距離でお兄様と見つめ合うなんて!

っていうかお兄様破廉恥です!なんか、こう、手つきとか!表情とか!フェロモン垂れ流してましたよ!!えっちぃ!やっぱりお兄様はえっちぃですよ。

どうして妹を誘惑しようとするの!やめて。心はとっくに陥落してるから!

 

「そろそろ美味しそうな匂いのするバスケットを開けようか」

 

どうしてお兄様はそういつも通りでいられるのです!?こっちはまだパニック中なのですが!!

まだピクニックを楽しむ余裕がない!

そんな私の混乱をよそに、お兄様はバスケットから水筒とおしぼりを取り出し、コップの準備まで始めている。

・・・って!お兄様に準備させてる!

 

「あ、ありがとうございます。ごめんなさい、ぼうっとし過ぎですね私」

「いいじゃないか。いつも頑張ってくれている深雪に俺もしてやりたいんだ」

「・・・そんなに甘やかさないでくださいませ」

「もっと甘やかしたいくらいなんだがな」

 

お兄様が、攻撃の手を全然弛めてくれない。何?大自然がお兄様に力を与えているの?いつもよりも開放的な発言が多い。

こんなに甘やかされたらお兄様の傍から離れられなくなってしまうじゃないか。

切実にやめてほしい。箱庭生活は人を堕落させます。

せめて、とお皿とお箸を用意して、お弁当を開く。

途端広がる唐揚げの香り。

明らかにサンドイッチとかが詰まっている!なバスケットに、開けてびっくり和風弁当を敷き詰めてみました。

定番も定番、ド定番を詰め込んだ、ピクニック弁当です。

唐揚げを中心に、俵型のお結び。食べ応えのある肉巻きおにぎり。だし巻き卵にきんぴらごぼう。プチトマトとピーマンの煮びたしは彩として。そして筑前煮ね。お野菜も食べたいので。

デザートには牛乳寒天という、昭和レトロを彷彿させるお弁当のラインナップ!まあ、この時代昭和も平成もまとめて昔懐かしのレトロなのですがね。境界線なんてありません。一緒くたです。

時代変われば見方も変わる、だね。

 

「美味そうだ」

「どうぞ、召しあがってくださいませ」

 

原作の深雪ちゃんなら取り皿にとって上げたりするかもしれないけれど、ここはお兄様の好きに食べてもらいましょう。バランスよく、も大事だけど何が好きかも知りたいところ。

そしてお兄様の一口目は唐揚げ。

流石お兄様、わかってらっしゃる。冷めても美味しい唐揚げはお弁当のザ・王道ですからね。

 

「ん。美味い」

「お口に合ったようでなによりです」

 

お兄様の目元が細くなった。お口に合った模様。内心ガッツポーズです。やったね。

私も続いて食べ始める。うん、卵もいい感じにできてますね。外で食べるとまた一味違うよね。美味しい。

 

「この肉巻き、初めて食べるがいいな。甘辛いのが絶妙だ」

 

あら嬉しい。

気に入ってくださいましたか。

 

「今度朝のお勤めの際包みましょうか」

「ぜひ頼む」

 

まあまあ!思ったよりも高評価。先生とのお弁当と別で包みましょうね。

お兄様の好物リストにまた一つ。この調子でバンバン増やしていきましょう。

お茶も注いで、のども潤しながらまた次のおかずに手を伸ばす。どれもこれもお兄様は美味しいと言ってくださって、なんて作り甲斐のある!と心が喜んでおります。

お兄様ったら褒め上手。

あれだけあったお弁当が見事に空です。残してもいいようにタッパー用意していたんだけど使わずに終わりました。

 

「お兄様苦しくありませんか?」

「問題ないよ」

 

一体このスリムなボディのどこに入っていったのか。後でバイクに乗る時抱きついたらわかるかな。

食後のデザートも平らげて、お茶を啜る。

このまま至福の時を静かに過ごしてもいいのだけれど、これからのことを思うとそうも言ってられない。

――これからまたお兄様は忙しくなるのだから。

 

来訪編が、始まる。

 

お兄様の戦略級魔法の調査と、吸血鬼――パラサイト事件。USNA最強のスターズトップのリーナちゃん襲来。

そして我が四葉の敵である顧傑、ジード・ヘイグ、黒顧大人、呼び名は様々だが迷惑な亡霊の存在を知ることになる。

本来ならば大漢崩壊の際に共に滅びていておかしくない存在。

ただその前に大漢から追放されたことで命が助かったくせに、今は無き大漢を恨み、大漢に復讐を果たす前に潰した四葉を憎んだ、怨念の成れの果て。

自己中心的にしか物事を考えられないくせに、黒幕を気取って世界を操っていると錯覚している哀れな男。

こんな男の撒いた種のせいで、これから魔法師が窮地に追い込まれることになる。

第三次世界大戦が汚染物質塗れにならずに済んだのは、死の星にならずに済んだのは当時の魔法師たちが結束し、終決させたからだというのに。

そのヒーローという存在を悪とし、滅ぼそうというのか――。

 

(なんで、自分勝手で愚かな争いばかりするのだろうね。皆漫画やアニメで学ばないの?日本のロボットアニメで行われている戦争の結末に何も思わない?あれこそ戦争への教訓のちりばめられた教科書でしょうに)

 

上も上だけど、一般の人たちだってそう。

正義が悪落ちする理由の大半は一般市民が原因になるんだってなぜ気づかない?

だけども、ヒーローのピンチを救うのだって同じ一般市民だったりするわけですよ。オラに力を!ってね。皆の応援が力になる、は王道でしょう。

できれば皆さんにはそちらに進んでもらいたい。おすすめですよ。

あの作品もパワーバランスおかしくなってたけど、お兄様自身も一人パワーバランスおかしいからね。つまりお兄様は〇イヤ人?いいえ、私のお兄様です。

話が脱線しまくりましたね。めんどくさい大人の事情なんて考えるから変なことになるのです。一旦置いておこう。

 

「雫の留学ですが、目的は交換留学生という形で怪しまれずに本国の人間を日本に送り込むこと、ですよね」

 

タイミング的に無関係とは思えない、派手ではないが大きな動きだ。

既に四葉から帰ってきたその日のうちに話のすり合わせは済んでいる。

スターズがお兄様を探していて、私たち兄妹が容疑者としてリストアップされていることは共有済みだ。

まああちらの国にして見れば優先事項よね。見知らぬ戦略級魔法師がいるなんて。核爆弾隠し持ってます、なんてレベルじゃないから。

 

「まさか違うとは思うが、アンジー・シリウスは未成年だというのは有名だな」

「・・・流石にそんなビッグネームが一高になんて・・・」

 

いきなり出た名前に動揺してしまうけど、お兄様ビンゴです。大当たり。景品は何がいいかしら。

とりあえずびっくりしながらお茶でも、とお兄様のコップに注いだ。

 

「総隊長、しかも戦闘員が来るなんてことはないだろう。こういったことは普通諜報担当だろうからな」

 

そう思いますよね。本当、ありえないですよね。スターズの総隊長がポンコツ諜報活動させられるなんて。

かわいそうすぎる。その裏では追加で粛清活動させられるんですよ?忙しすぎて精神分離しない??

まだ未成年の少女の背負う運命を憂いてしまう。

 

 

――

 

 

「雫は・・・無事に帰ってこれますよね」

 

分かってはいるんだよ。雫ちゃんはただ本当になんの任務もなく勉強に行くだけだって。

ただ現地の情報をお兄様に流す役割として神に送り込まれるだけだって。

だけどね、心配になるの。吸血鬼事件は彼女のいる土地から離れている場所で起きることも知ってる。雫が狙われることなんてない。

せいぜいレイモンドという胡散臭い学生に絡まれるだけ。・・・この男の子も油断ならない相手なのだけど、キーマンだからどうしようもないしね。

 

「そこまで心配することはないよ」

 

お兄様は空になったバスケットを退かして身を寄せて、安心させるよう頭を撫でる。

 

「雫に何かするはずはない。そんなことをしては国際問題になることは明白だからね。デメリットしかない」

「そう、ですね」

 

お兄様の言葉に安心するように頭だけでなく寄りかかって体ごと預けると、肩を抱き寄せられた。

よりお兄様の体に密着する。・・・少し恥ずかしいけれど、自分から近寄っただけに離れられない。ドキドキとした音がお兄様に聞こえないことを祈りつつ。

 

「ですがどうやって、その諜報員一人送り込んだところでお兄様を特定するつもりなのでしょう?お兄様が優れた魔法師かを調査することは可能かもしれませんが、彼らの調べたい魔法を使うことなんてないでしょうに」

 

そうなのだ。そもそもたった三か月という期間に彼らだけで謎の戦略級魔法師を探し当てることには無理がある。

どうやって彼らはマテリアルバーストをお兄様が使えると調べる気だったのだろう?

ぶっ放させるなんてあり得ないだろうし。

軍からの情報をこじ開けたって大黒竜也は出てくるだろうけど、もしお兄様に繋がったとしても、そこにマテリアルバーストのことなんて出てくるわけがない。

機密情報中の機密情報だ。三か月やそこらで調べ上げられるはずがない。

もしかして相手が高校生男子が対象だからってハニトラするつもりだったとか?篭絡できればお持ち帰りすることも可能とかそんなこと思われていたのかな?

・・・確かにリーナちゃんびっくりするぐらい美少女だものね。見惚れて釣れると思われてたり?

そういえばお正月の邂逅の時だって運命の出会い演出しようとしてたね。なんでその作戦中断されたんだろ。無理だってリーナちゃんが判断したのかな。

実際お兄様相手だと無理だからその決断は間違っちゃいないのだけど。

そもそも優れた魔法師かというのだって、パラサイトの活動無くしてリーナちゃんが見分けられたかも怪しい。

原作の彼女の学校での活動で調べられることと言えば、お兄様の実績として九校戦やコンペの活躍があって、実は陰で実力がある!なんて噂は流れていたかもしれない。そもそも深雪ちゃんをちょっと煽てればペロッとお兄様自慢しただろうから、お兄様の実力に疑念を抱くきっかけはあるかもしれないけれど。

校内で仕掛けても、せいぜい年の割に実戦経験ある動きだってことくらいしかわからない。

疑念は深まったところで確定はしない。

というか高校生が忍びの先生に指導を受けている時点で普通ではないと思われてもしょうがないよね。

・・・たぶんだけどジャパニーズニンジャの幻想ですべて誤魔化されるんじゃないかな。あのリーナちゃんなら。

アメリカ人、いまだにニンジャに夢見てるみたいだし。謎とロマンに包まれてますからね、忍者も忍術使いも。

原作と違ってわが校ではお兄様の実力は魔法力とは違うところにあることは有名だし、異端扱いの風潮がそもそもない。

お兄様の居心地が悪くなければアメリカに誘う理由も無いわけで、学校での彼女の活動はほぼ意味を成さない。

諜報したところで何も出るものはない。お兄様を襲ったところでただの忍びの技に思われておしまいでは?

・・・やっぱりここはその路線でいく?お兄様は特殊な訓練を受けた逸般人だって。

なんかいけそうな気がしてきた。

 

「そもそも俺は叔母上から軍との関わりを絶たれているからな。アレを放つことなどできないし、何より使用する理由もない」

 

調べる為だけに戦争を仕掛けるほど愚かではないだろう、と今度はお兄様が私の頭に重なるように頭を乗せてきた。・・・きゅん、とした。なんだろう、この滅多に懐かない猫が膝に乗ってきてくれたような気持ち。

・・・だめだめ。意識を持ってかれちゃ。撫でたいとかぎゅっとしたいとかいう気持ちは抑えて。真剣なお話してるんだから。

お兄様の言う通りだ。だから正直、そっちの心配はしてないんだよね。

リーナちゃんに調査させたのが運の尽き。素直に粛清とパラサイトの処理だけを彼女に任せていればよかったのに。

おかげで結構な手の内をお兄様にばらしていくことになるからね。

っていうかそもそも彼女の正体自体がトップシークレットなんだよね?結構いろんなところにもろバレになったけれど。

あちらの国も一枚岩じゃないのよね。リーナちゃん気に入らない勢もいるから嫌がらせもかねてたのかな。

戦略級魔法師を見つけられないことで減俸もしくは最悪失脚にでもさせたかった?

だったらまず、同等の戦略級用意してからにしたら?っていうね。力を頼る癖に煙たがるって愚かとしか言いようがない。

まあ、その魔法があるからってだけじゃないけどね、彼女の強さは。

日本人の血が混じっていることも気に入らなかったのかな。面倒くさい大人たちだよ本当。

それに翻弄される子供たちのことも考えてほしい。どこの国もそうだけど。

あと、これは言ってもしょうがないのだろうけどリーナちゃん、というかスターズだけだったらパラサイトの処分なんてできないのだけど、本当あの国は大雑把に力ぶつければ何とかなるでしょう感が酷いよね。

お兄様がいなかったら、吉田くんたち古式魔法師がいなかったらまず解決していない。

・・・それでいいのかUSNA。日本にパラサイトが来なかったらどうなってたんだろうね?国崩壊??

そういう意味では黒幕おじさんのお陰で助かったのか。黒幕おじさん、日本と故郷に迷惑かけられればなんだっていいからね。なんでも利用する。

あちらの国では既にマイクロブラックホール生成・蒸発実験は行われ、パラサイトは地上に上陸、活動を始めているはず。

現段階でお兄様の情報網にも引っかからない。あちらでもまだ軍部で抑え込めているのだろう。

ただ、叔母様は11月初めの時点で既にスターズがお兄様を狙っているという情報を持っていた。これはフリズスキャルヴを使用して得た情報だと思われるが・・・ここも深くはわからないのよね。

吸血鬼に関してはまだ調べられてないのかな。

これは先にUSNAの『都市伝説』集めた方が早いかも?いくらあちらの国が情報規制掛けたところで、ニュースは封じ込められても人の口に戸は立てられないからね。

 

 

――

 

 

熟考しているといつの間にか、シートについたままだった手にお兄様の手が重ねられていた。相変わらず温かい手だ。その重ねられた手が掬い上げられる。

 

「すでに送り込まれている人材がいてもおかしくないと思うが、こちらを調べるような視線は受けてないから、先に地盤固めか、軍関連から探っているのかもな」

「・・・私たちはただ、平穏に暮らしたいだけなのですけどね」

 

ずっと望むのはお兄様の幸せ。そのための平穏な暮らしがしたいだけなのに。

一体全体、どうしてお兄様にちょっかいを掛けるのか?

A.お兄様が主人公だから。・・・ですね。わかってますけどね。

でもいいじゃない。平穏に暮らしたいって願ったって。

なんでそんなに皆争いを好むの?マウント取るの楽しい?

未知のモノを恐れるのもわかるけど、放っておけば怖い思いなんてしなくて済むのに。

 

「皆が皆、深雪みたいに平和主義であれば争いごとなど起きないんだろうがな」

 

握られた手がお兄様の胸に引き寄せられて、手の甲に当たる温かなものは、お兄様の胸板。

とくん、とくん、と正常な心音が伝わってくる。・・・ごめんなさい。私の心臓はその倍のビートを刻んでます。

 

(お兄様の、お胸に、手が!不可抗力なの!!)

 

誰に対してのいいわけなのか。多分自分を落ち着かせたいのだけど、無理!って心の中で叫んでるところですね。

脳内処理頑張って、この前みたいに処理落ちしないで!大丈夫。やればできる子。信じてる。

 

「いっそここから抜け出して、二人でひっそり暮らそうか」

 

優しく囁かれる言葉の誘惑。見つめる先は非日常の美しい景色。隣には熱を分け与え合っているお兄様。

肩を寄せ、頭をくっつけ合っているのでお互い表情を窺い見ることはできない。

いや、お兄様はできるのかもしれない。お兄様の眼は映像を映すものではないけれど、情報を詳細に読み取ることができるから。

だけどそんな気配は感じない。それとも感じすぎて私のアンテナが馬鹿になっているのかもしれない。お兄様に視られていることは常時スキルみたいなものだから。

常に傍で発動しているので感じ過ぎて、気づけない可能性もある、なんて。

 

「――素敵ですね。こうして誰もいないところで静かにお兄様と暮らせたら、きっと幸せでしょう」

 

目を瞑って夢想する。

お兄様と二人きりで暮らす日常。誰にも邪魔をされず、ただ穏やかに過ごす日々。

ありえないとわかっているからこそ浸りたくなる夢の世界だ。

お兄様の言う『ここ』とは、東京とか、日本の話ではなくて、四葉のこと。

四葉本邸から帰った後、叔母様からのちょっかいにお兄様はちょっぴりおかんむりのご様子だった。

元々忠誠心なんてこれっぽっちもないからね。自分を苦しめた場所にどうして縛り付けられなければならないのか。

お兄様だけであればとっくに抜け出していた可能性が高い。

それを打ち破るだけの力を持っているなら、猶更こんな一族とおさらばしようと考えていてもおかしくない。

だが、お兄様が今一人で抜け出すかと問われれば、それはできない。私が――彼にとって一番大切なものがそこにあるから。

だから大人しく鎖につながれている。

嫌々従っている。

でも、あまり嫌わないであげてほしい、と思うのは私が絆されているからか。

原作知識だけではない、生の彼女たちに関わったことによって生まれた情。それがまた色々と考えさせる。

 

「・・・だめだな。帰りたくなくなってきた」

 

ふわり、と包み込むように抱きしめられた。触れているのに、まるで壊れ物に触れるかのような力具合。

先ほどまで直接触れ合っていたのが嘘のような触れ方だった。

触れたら、夢は壊れてしまうだろうか?そんな不安に駆られたのかもしれない。

 

「お兄様ったら」

 

くすくすと笑うと、お兄様も一緒になって笑う。

そして締め付けるような抱きしめ方に戻った。夢の時間は終わったらしい。

 

「またいつか、こうして出かけましょう?お兄様にはこういった息抜きもあった方がいいと思います」

「この間のようになっては困るからな。あの時は本当に思考が鈍っていた」

 

先日の騒動の一件ですね。

あれではいい考えなど思いつくわけがない、とお兄様は反省なさっているけど、反省点そこなんだ。

結構学校では大変なことになったんだけどね。そこは気になりませんか。

一部では疲れ切ったお兄様に近寄ったら孕まされる、なんて過激なジョークまで出回ったのですがね。あと女も男も関係なく喰われる、とか。

いつの間に両刀説が?確か男子は口説いていなかったと思うけど。お兄様のせいで目覚めた人でもいたのだろうか。

 

「一人で走るのもいいですが、偶にはこうして私も連れてきてくださると嬉しいです」

「なぜ一人で?・・・ああ。確かに何も考えずに走るのも気分転換にはなるだろうが、俺はどちらかというと、こうして深雪と誰もいないところでゆっくりした時間を過ごす方がいいな」

 

あら嬉しいことを言ってくださる。

少しだけ体を離してお兄様を仰ぎ見て。

 

「私もまたご一緒したいです」

「なら、またここにも来よう。ここは春には山桜が咲くらしい」

「まあ。それは楽しみですね」

 

来年のその頃は、ここにもう一人増えるのだろうか。バイクは二人乗りだからその時彼女に留守番をさせてしまうことになるのか?

わからない。未来がどうなるかなんて予知能力のない私にはわからないけれど。

 

「お兄様」

「うん?」

「私は今、とても幸せです」

「ああ。俺も、とても幸せだ」

 

こうして二人で肩を並べらて静かに過ごすことなんて、あと何回許されるのだろう?

わからないけれど、今はこの幸せな光景を目に焼き付けておきたい。

 

 

――

 

 

定期試験が終わった。

途端学校中に広がる開放的な空気。クリスマスイブが二学期最後の登校日だなんて、学校がお見合い会場なんて冗談がまことしやかに流れるわけだな、と思わなくもないけれど。

ともかく今は皆が皆、浮足立っていた。こういうお膳立てもあっていいよね。ノるノらないは別にしてもいいきっかけにはなる。

生徒会も、昨日のうちに仕事は終わっている。特に五十里先輩は今日のためにここ数日大変そうだった。

花音先輩の期待に応えたいなんて、可憐な見た目なのに素敵な紳士だよね。

どう見ても健気で可憐なのに行動はしっかり好きな女の子のために張り切る男の子だった。

そんなわけで、私たちは皆揃っていつものたまり場の喫茶店へ。今日は雫ちゃんの送別会がメインのクリスマスパーティーです。

しかもお店貸し切り。・・・マスター本当にいいの?クリスマスイブだよ。かき入れ時じゃないの??お金も、情報も。

今回の情報に限って言えば、どこよりもとんでもない情報ではあると思いますけどね。

留学の話なんて魔法師界にとってもだけど、世界情勢にとっても結構とんでもない話だから。しかも本人の口から聞けるのだからどこよりも情報は正確だし。

各々グラスを持つ中、お兄様はちょっぴり複雑そうなお顔。

その視線の先にはケーキ。しっかりメリークリスマスと書いてありますね。店名がドイツ語だからってこれはドイツ語じゃなくていいのか?なんて思わなくていいと思いますよ。

微笑ましくてつい笑みがこぼれる。

 

「深雪?」

「ううん、何でもないの」

 

お兄様に見られてしまった。ごめんなさい。笑ったつもりはないの。ただお兄様は真面目だなと、そう思っただけ。

首を振ると、お兄様は理由を問いただしたそうではあるけれど、手に盛ったグラスをちょいと持ち上げてみせれば、仕方がないと追及を諦めて皆に向き直って音頭を取った。

掲げられるグラスに、私たちも声を上げて。

 

『メリークリスマス!』

 

こうして宴の幕は上がった。

・・・なんて仰々しく言っているけど、飲んで食べて駄弁っての、いつもよりちょっと豪華版。

飲み物もシャンパンっぽいけど当然ノンアルだ。一応学生服だしね。

マスターもそういうところはきちんとした大人なのだろう。唆すこともしなかった。

雫ちゃんは来月から留学してしまうが、三か月。

新学期までには戻ってくることもあって、皆別れを惜しむというよりも好奇心の方に傾いている。

 

「ね、留学先はアメリカのどこ?」

「バークレー」

 

雫ちゃんが淡々と答えるけれど、皆は慣れているので特に思うところはない。雫ちゃんが気を許しているのを誰もがわかっているからね。

 

「ボストンではないのね」

 

一応私も会話に参加するのだけど、寂しさを出さないようにするのが精いっぱい。

アメリカの現代魔法研究の中心はボストンだけれど、今の東海岸はあまりよろしくない雰囲気が漂っているらしい。

一応あちらのお国にもそういったところは避ける気遣いはあるみたいでほっとした。

 

「ああ、『人間主義者』が騒いでいるんだっけ。最近そういうニュースをよく見るよね」

 

吉田くんの言葉に、私はグラスを傾けて落ち着かせる。

すでにあちらでは吸血鬼が出始めているからだろう。だからこそそこそこ騒ぎを大きくし、魔法師を排斥しようという運動を水面下で助長させる算段なのか。

やだやだあの暗躍おじちゃん嫌い!私の中の心の幼女が拒絶する。

 

「ああ、ニュースって無駄に煽るよねー」

「この間の議員の件で、日本の『人間主義者』の発言力は減ってたのにね」

 

この間の議員とは、横浜騒乱を招く原因となった港の監視を弛める法案を通した議員のことである。

実は裏で大亜連合の人間から裏金を受け取っていたとのスクープが流出したのだ。

魔法師に対して向けられると思われていた悪感情は一気にこの議員と政党に向けられた。本人は否定しているが、政党は早々にこの議員を切り捨てた。

おかげで今、日本政府は他にそういった繋がりがないかと日々マスコミに追われているらしい。人気者ですね。頑張ってください。

・・・でもそのマスコミが今度は平和主義の特殊な一般市民から見張られてることをまだ知らないだろうから、頑張って泳がされてね。

今こそ日本を守るため立ち上がる時ですよムーヴが密かに展開中だったり。

彼らの行動はどう考えても異常なくらい早いし的確だ。実は一般市民の皮を被った忍者、スパイなのでは?と疑うくらい皆隠密が得意。

いえね、アシストはうちの子がしていたりするんだけど、それにしても行動力がすごい。

なんかすでにアメリカの吸血鬼の話がそれとなく流れてきている模様なんだけど。早くない?まあ現段階は眉唾都市伝説でしかないけれど。

 

「『魔女狩り』の次は『魔法師狩り』かよ」

 

とは西城くん。うんざりだよね。勝手に人のこと異物扱いしちゃって排除しようとするんだものね。

そしてお兄様から実態は白人主義と根が一緒の忌避であるらしいと情報は修正されるが、お兄様の情報もすごいよね。

コレ軍からの情報じゃないんだよ。自力で調べてるんだよ。

 

「だがまあ、東海岸は近寄らない方がいいだろうな」

 

荒れているところにわざわざ近寄る必要はない、と付け加えた。

だそうだよ、雫ちゃん。お兄様が言うのだから絶対そっちには近寄らないでね。

傍に居られないから心配でしょうがない。

 

「そうなのね。知らなかった」

「活動団体のメンバーリストを眺めていると結構高い確率で同じ名前が見つかるからね。メンバーのリスト自体表で出回っているものじゃないから知らなくても無理はないよ」

 

・・・おおっと。うっかりお兄様。メンバーリストなんてどうやって一学生が目を通せると?具体的な話が出たことで一気にきな臭い雰囲気に。

というよりお兄様かなりUSNAに神経向けてたのね。そんなところの名簿まで手を伸ばしていたなんて。

エリカちゃんが渋いお顔。確かにこの場に似合わないお話でしたからね。うちのお兄様が空気を読まずに申し訳ない。普段はそんなことないんだけどね。話の流れでつるっと滑ったのだろう。

それだけ話していい相手に認定していると思えばいいのか。そう思うと大分気を許しているんだなと思うけど、この話でそれを読み取るのは難しいね。

 

「そういえば雫、交換留学ってことはこちらに来る留学生のことは何か聞いているの?」

「同い年の女の子らしいよ」

 

話題を逸らすために訊ねればこてん、と首を傾げながら返す雫ちゃんかわいいね。・・・これが三か月も見られないの?私耐えられるかしら?

 

「それ以上のことはわからないか」

 

今度はお兄様が苦笑気味で訊ね、雫ちゃんもこくん、と頷いて答えた。

 

「雫と交換するのだから女の子ってことなのかしら。留学してくるぐらいだからきっと優秀な子よね」

「アメリカの優秀な女の子、ね。深雪と同等くらいだったりして」

「深雪と!?そんな子いるかな??」

「それは・・・たとえもしそんな女子がいたら本国から出さないんじゃないのかい?」

 

吉田くんホントそれね。雫ちゃんレベルだって外に出しちゃいけないと思うのに、スターズの総隊長御自ら来るのですって。

信じられないよね。でも皆、この可能性忘れてない?

 

「私よりも優秀な人が来るかもしれないわよ?」

「「「「「「「それはない」」」」」よ」です」

 

わあ。お兄様含めて全員の否定。でもリーナちゃんは実際私より優秀だと思うのだけど。

全力を出したって私には今のところ戦略級魔法と呼ばれる魔法はないし、そもそも実戦だったら相手にもならないのではないかしら。

もし戦うとなったら全力で抵抗するけどね。私の死はお兄様の不幸に繋がるので。

 

「むう、そんなに否定しなくても」

 

皆の期待が重たいですよ。私そんなにすごい子じゃありません。

もちろん自分磨きとして魔法だって頑張ってますけどね。魔法大好きだから練習も苦にならないし、いろいろできることが増えていくのは楽しいから。

否定の早さと多さにちょっとむくれてみせれば、お兄様がすかさず私の頭を撫でる。

 

「深雪はもう少し己を知るべきだな。お前ほど優秀な魔法師はどこの学校にもいない」

「・・・兄さんがいるじゃない」

 

お兄様の袖を掴んで抗議すれば、お兄様は苦笑して髪を撫でおろしてそのまま腰に手を回して抱き寄せる。

途端ほのかちゃんの悲鳴と美月ちゃんの悲鳴が上がる。

二種類の悲鳴が二人から聞こえたよ。歓喜と絶望。・・・絶望は言いすぎだね。多分混乱、動揺程度だ。

でも安心してほしい。私は彼女でも何でもない。ただの妹です。

他の四人は、と思ったらケーキ取りに行ったり食べたり、コーヒー注文に行ったり。目を外さずにいるのは雫ちゃん。黙々とケーキを食べながらこちらを見てます。

 

「深雪に本気になられたら俺なんて一溜りもないさ」

「それは・・・妹に甘い兄さんだからでしょう?」

「そんなことはない。俺ではお前に近づくことすら叶わないよ」

「嘘ばっかり。・・・こうやって近づくんだわ」

「深雪が許してくれるから、こうして触れられるんだ。もし許しがなければ触れることなんてできるわけがない」

 

・・・お兄様、なんのスイッチ入ったの?そしてほとんど嘘がないように話しているのはなぜ?

私が命令したら確かに触れることさえ許されないし、近づけないね。

でもそんな命令をするとしても本邸の中だけの話でしょう。彼らへのパフォーマンスでもない限りそんな必要ないもの。

そもそも私たち兄妹に対立なんてできっこないから無意味なお話でした。

何も悪戯できないよう裾を掴まれ腕を片方封じられているからといって、妹の腰と背を撫でるのはどうかと思います。

でもこの手を解放したら多分今までの傾向として頬を撫でまわされるんですよね。

どっちが見た目的に問題ない?ちなみに腰は皆から見えてないものとする。・・・うん、どっちもアウトです。お兄様ストップ。

 

「もう。のどが渇いちゃった」

「次は何を飲みたい?」

 

するりと手が離れました。よかった。私も裾を離してほっと一息。――するのはちょっと早かった。お兄様が一瞬身をかがめて耳元で囁く。

 

「続きは家で」

 

・・・拒否権無しです?お兄様は私が飲みたいモノも聞かずに行ってしまった。

まだ何か話すことってあったかな?

途端ほのかちゃんが真っ赤な顔のまま私に駆け寄ってきた。

そして耳に手を当てて内緒話のポーズ。

 

「な、なんて言われたの!?」

 

恋する乙女は気になりますか。

 

「続きは家で、だって。まだ何か話す気なのかしら?」

 

同じポーズで素直に答えればほのかちゃんはぼん、と音が鳴ったように真っ赤になって呆けてしまった。

えっと、何を想像したらそんなことになるの?私にはまだ注意されることがあるんだ、と今から戦々恐々なのだけど。

 

「ほのか大丈夫?冷たい飲み物でも持ってくる?」

「――深雪、ごめん。ほのかは私が引き取るから」

 

あら雫ちゃん。本日のゲストなのに主賓にお任せしていいのかしら。

 

「深雪は慣れてるかもしれないけど、ほのかにはあの達也さん、乱心事件以来の衝撃だから」

「・・・・・・ああ。あの悲惨な事件ね」

 

そうだった。学校では人前で抱き寄せるなんてほとんどしないお兄様でした。

乱心事件と呼ばれるあの期間、何があったかは詳しく知らない。

ほのかちゃんや七草先輩がどんな被害を受けたのかも聞いてない。

けど、私と食堂でやったやり取りだけでも、十分お兄様には夜の帝王味ありましたもんね。

さっきの腰抱きと低めの声はあの時を彷彿とさせてもおかしくない。

どう見てもお兄様そっち系の手練れにしか見えない。

知らないところで特殊な訓練を受けてます(意味深)、だったとしても私はおかしくないと思ってます。お兄様にはけして言えないけど。

そしてほのかちゃんは雫ちゃんに連れられて座らされ、水を貰って一休みさせられていた。

雫ちゃんって面倒見がいいよね。やっぱり下の子がいるお姉さんだからかな。

一人で寂しいので、さっき喜びの悲鳴を上げていた美月ちゃんの元へ。

若干まだ頬が赤くお目目がキラキラしてます。可愛いね。少女漫画好き?私も好き。・・・対象が自分でなければなおのこといいなぁ。

 

「どんな子が来るのかしらね」

「雫さんが知らなければ、私たちには知りようがないですもんね。考えてみたら交換留学だから、二人が会うこと自体ないのかもしれませんよ」

「!それは、そうね。言われてみれば」

 

会うことのない相手を学校側も説明することなんてないだろう。雫ちゃんが聞かない限り教えることもないだろうしね。

女子だって聞けただけ情報を貰った方なのかもしれない。

 

「三か月ですけど、仲良くなれたらいいですね」

「せっかく来るのだから、いい思い出になってくれればいいわね」

 

この時はまだ、スパイだなんだ、という空気は流れていない。いくらタイミング的に疑わしいとはいえ、まだ現実味がないのだ。

・・・エリカちゃん辺りは考えてそうだけどね。

 

「深雪」

 

お兄様が手に持ってきたのはシャンパンゴールド色をした炭酸のりんごジュース。

シードル風に作られてるのか甘みのほとんどない、すっきりとした味わい。に、ちょこっとはちみつの味が。

お兄様が頼んで入れてもらってくれたのかな。

 

「ありがとう」

 

お兄様は微笑んで返し、皆と話に戻っていった。

こうしてクリスマスパーティーは賑やかに過ぎ――夜を前に解散することになった。

エリカちゃんがマスターに悪いし?と揶揄ったのはご愛敬。

クリスマスイブだし、帰り道、送ってくれた男の子と~、なことが起きてもおかしくないのだけれど、皆まだその空気じゃないみたい。

美月ちゃんと吉田くんなんて結構いい雰囲気だと思うんだけどな。エリカちゃんたちも。だけどこういうのは強制でなるものでもないしね。

・・・ほのかちゃんは若干そわそわしてるけど、今日はプレゼント交換しないことをはじめから決めていたから恐らくそういうことじゃないと思う、のだけど。

 

「ほのか達も気を付けて帰れよ」

 

お兄様の声かけに、表情は嬉しそうなのに、見えない尻尾がしぼんでいくのが見えるね。送ってほしかったのかな。

雫ちゃんが一緒だけど、それでももう少し長く一緒に居たかったという複雑な乙女心の模様。

かといってここで私が口出ししても良いもの?と雫ちゃんを見れば小さく首を振られた。しない方がいいそうです。

ありがとう雫ちゃん。以心伝心で嬉しい・・・けど。

 

「雫・・・寂しくなるわ」

「まだ行かないよ。でも、うん。私も深雪と離れるの寂しい。向こうに行っても連絡していい?」

「もちろん!」

 

雫ちゃんが両手を広げてくれたのでぎゅっと抱きつきに行く。

コートに阻まれて着ぐるみに抱き着いているような感覚だけど、ここまで気を許してくれていることが何よりも嬉しい。

 

「・・・深雪」

 

おっと、こんな寒い中二人を放置もよくないね。

お兄様の声が気付かせてくれました。

電話では話すかもしれないけれど、こうしてゆっくり対面で会えるのは多分これが最後だから年末の挨拶をして別れた。

次は空港でのお見送りかな。・・・笑顔で見送れるか今から心配だ。

 

 

――

 

 

家に入るとお兄様は素早くコートを脱いで、私を見る。

・・・コート脱ぐの遅くてごめんなさい?ようやくボタンを外し終え、コートを脱ぎ終えるとシュバっと取られてハンガーにかけられハグされた。

ううん?なにかありましたお兄様?

 

「深雪は随分、雫との三か月の別れが辛そうだな」

「う・・・三か月だとわかってはいるのですが・・・寂しいです」

 

何かあったのは私の方で、お兄様はそれを慰めてくれているらしい。うう・・・流石お兄様、気遣いが手厚い。

 

「雫のいない分、精いっぱいお前を甘やかすとしよう」

「・・・もう十分甘やかされてますのに」

「俺がしたいんだ。お前の寂しさを埋めてやりたい」

 

・・・お兄様、そのセリフ・・・彼氏に振られた女の子に付け入ろうとする片思いの男の手口のようですよ。

お兄様は善意で言ってくれているのだろうけど、誤解を招くね、普通なら。

でもこうして気にかけてくれるのは、嬉しい。

 

「ありがとうございます」

 

お兄様の胸に頬を摺り寄せて抱きしめる。

まだ暖房で温められていない家は閉め切っていても外気に冷やされ寒いもので、コートを脱いだ今、お兄様の腕の中が温かい。

 

「やはり冬はいいな。深雪が自分からすり寄ってきてくれる」

 

くすぐったいのか、お兄様がくすくすと笑いながら言う。

 

「普段懐かない猫ですか、私は」

「俺としてはじゃれついてくれる子犬も嬉しいが、そっと懐に入ってきてくれる子猫も捨てがたい。どちらでも深雪なら大歓迎だよ」

 

じゃれつく私・・・それは内面のオタク部分の私ですかね?

表には出せませんよ。お兄様にぶんぶんしっぽ振ってますし、ぺろぺろ嘗め回してしまいそうなので自重させます。ステイ。お前は絶対に出てきちゃダメな子です。

お兄様も餌のやりすぎには注意してください。すぐお兄様にお腹を見せて餌を催促するタイプの子ですので。

 

「お兄様はどんないたずらも許してしまう、甘やかすダメ飼い主になりそうですね。ペットならちゃんとしつけないと悪さばっかりしますよ」

「・・・それはそれで見てみたいね。一体どんな悪さをするんだい?」

 

・・・なんでダメ飼い主って言われて色男モードになるですかねお兄様?

頬を撫でるからの顎を掬い上げる一連の流れが実にスムーズ。

しかし、悪さ・・・しつけられてないペットのする悪いこと?

 

「噛みついたり、引っかいたり?」

 

初めの頃は手加減もわからず、甘噛み覚えるまでは本気で噛んできますからね。彼らも必死ですから。

 

「深雪が与えてくれるならどんな痛みも享受してしまいそうだな」

 

飼い主あるあるでもある思考だけど、痛いものは痛いのですから我慢しないでちゃんと注意しないと。後々大変なことになりますからね。

助長させないことが肝心ですよ。

 

「お兄様に飼い主の適正はなさそうですね」

「残念だ」

 

言葉の割には嬉しそうなお顔ですね。

私はそろそろ手を離してほしい。顎の下を撫でてもごろごろ鳴いたりしないけど、背中がぞわぞわします。

低い声もおやめください。心臓が悲鳴を上げています。くすくす笑いがいつの間にかくつくつ笑いに。

外が夜に変わったからですかね。お色気魔人のお兄様はおかえりください。

 

「そろそろ上がりましょう?いつまでも制服のままでは寒いです」

「そうだな」

 

離れたことで冬の寒さを思い出すけれど、今は熱を引かせてくれるこの寒さがありがたい。

お互い部屋に戻って着替える。冬の装いはいい。もこもこ系が好きな私は着心地と触り心地優先で好きな服を選べる。

露出なんてほぼない冬の恰好だ。お兄様の目を気にしないで好きな服を着られる。

今日は赤と緑のチェックのロングスカートに白の毛糸の模様の可愛いセーターにしよう。靴下も焦げ茶色。これ以上ないくらいクリスマスカラーのコーデ。今日しか着れない組み合わせだね。

喫茶店でチキンも食べたので夕食は入りそうにない。

けれど軽食なら、と一口サイズのサンドイッチと紅茶を。塩気のある生ハムと、オリーブがいつものサンドイッチとは違うところか。

 

「可愛いクリスマスツリーだね。どんなオーナメントで彩ろうか。飾りつけ甲斐があるね」

 

・・・今日はもうそのモードのままなのです?素敵ではあるんですけどね、落ち着かない。

隣に立ってひと褒めしたお兄様はサンドイッチをテーブルまで運んでくれる。

息を吸うようにお手伝いしてくれるお兄様。助かります。

 

「ありがとうございます」

 

でもお礼は欠かせないので言わせてくださいね。

一通り並べて紅茶も注ぎ終えて座ったところでお兄様が立ち上がり、私の後ろに回る。

 

「お兄様?」

「俺はダメ飼い主らしいから子猫に首輪は付けてあげられないけど、兄としていつもいい子にしている妹にプレゼントを贈るくらいはさせてもらえるかな」

 

そう言って私の首の前に手を回し、ちゃり、と金属の輪をかける。

胸元には、リボンの形をした可愛らしいペンダントトップにひと粒きらりと輝く薄紫色の石・・・アメジストですね、天然物に見えるのは気のせいかな。

石言葉は確か愛情や高貴、誠実、心の平和でしたっけ。効果として心を落ち着かせるとかもあった気がする。・・・荒ぶる心を鎮め給え、ってことでしょうか。流石にそれは穿ち過ぎか。

デザインも可愛らしく、女子高生が普段使いできそうなところもまた気遣いを感じる。

 

「・・・可愛い。嬉しいですお兄様。ありがとうございます」

 

ネックレスに触れながら振り返り、お兄様を見上げれば、お兄様も満足そうに微笑まれた。

 

「喜んでくれてよかった。安心したよ」

「お兄様が選んでくださるものに間違いなどございませんもの。・・・なんて。お兄様が私に選んでくれた、それだけでも十分嬉しいのです。私のためを思って選んでくれたことがわかるから。だから、ありがとうございます」

「・・・うん」

 

お兄様は少し照れくさそうな笑みに変わって年相応の表情を見せた。

瞬間騒ぎ出す心音を聞かれまいと、私も隣の椅子に用意していたプレゼントを差し出す。

 

「お兄様にプレゼントを頂いた後にお渡しするものお恥ずかしいのですが」

 

用意したものは手作りのモノなので、なんというか、恥ずかしいやら申し訳ないやら。

ネックレスに釣り合ってないように思ってしまう。

お兄様は気にしていないと壊れ物を扱うようにそっと受け取ってくれた。

一枚のハンカチに包まれた、この秋摘んだバラで作ったポプリ。サシェの外側のレースの袋も手で編んだモノ。

 

「いいのか、俺が貰っても」

 

お兄様のこの言葉の意味は、毎年母にプレゼントしていたから出たのだろう。自分が貰ってもいいのか、と。

バラを育てていることに意味はなかった。ただ、庭に花が無かったことが寂しくて。それで育てようと思い立ったのだけど、どうせ育てるなら母に似あう花を、と目についたのが可愛らしく咲く四季咲きのバラだった。

香りもいいとあったから、ポプリにしても面白そうだ、と。

母は思いの外そのバラを気に入ってくれて、季節を終えて摘んでおいたバラの花を乾燥させてポプリにし、プレゼントしたのがきっかけで、それから毎年送り続けた。

そんな思い出のあるポプリを今年はお兄様へのクリスマスプレゼントに選んだのは、もちろん代わりに受け取ってもらおうなんてことではない。

本命のプレゼントは他にある。

 

「今年はちょっぴり工夫を凝らしてみました」

 

お兄様が摘まんでいたポプリを裏返して、お兄様に見せたのは精油の入った小瓶。

 

「バラのエキスを抽出したのです。――魔法を使って」

 

知恵を絞りまくりましたとも。

ただポプリを作って渡すだけでは面白味が無いと、何かひと工夫したいと思い立ち、考え付いたのがお兄様に構成してもらっている魔法式を駆使して、蒸留装置も使わずに作るという途方もないプロジェクト。

本当はもっと簡単にできるかな、と軽い気持ちで始めたんだけど・・・自分が凝り性だってこと忘れてた。

香りが思ったより出ない。色が変質してしまう。もう少し甘さを控えめにしたい等など。試行錯誤しまくりましたとも。

そしてようやく納得いくものができたのが二日前。・・・もうね、間に合わないかと思った。

理屈ができたなら、新鮮なものをお渡ししたいから、とお兄様が今朝のお勤めに行った時に作りました。出来立てほやほや。鮮度抜群です。

 

「・・・深雪さん。俺の眼が間違っていないなら、インフェルノを使っていないか?」

「頑張りました!」

 

いやー。インフェルノって案外小規模でやろうとすると大変だった・・・。分離ももっとスムーズにできると思ってたし、香りを定着させるのもお兄様みたいに分子レベルまで分解できればもっと簡単に撹拌できただろうけど、どうあがいても無理でした。難しいね、魔法って。

 

「確かに、これは俺用のプレゼントだな」

 

お兄様がしげしげとポプリを、というより小瓶を見て面白そうに目を輝かせた。

魔法をこんな風に使うなんてお兄様じゃ考えられないだろうからね。謎解きと驚きをプレゼント。

と言ってもお兄様の眼では一発でばれてしまうのだけど。

 

「深雪は俺の予想もつかないことをやってのけるな。この発想はなかった」

「お誉めに預かり光栄です」

 

・・・誉められてるよね?裏ないよね??変人扱いされてない?大丈夫??

でもお兄様笑ってるし、大丈夫だと信じたい。

 

「それにこのハンカチの刺繍も深雪が?」

「はい」

 

ただ包んで渡すのも、と思ったのでくるむハンカチにも刺繍しました。

 

「この花は、よく深雪も育てていたね」

「ペチュニアです。長い間花を楽しむことができますし、色も豊富ですからね」

 

ラッパ型の花が可愛いよね。好きですよ。花言葉は心の安らぎです。お兄様に必要なもの。お守りとして持ち歩いてほしい。

・・・流石に色別はお兄様も調べないと思ってるけど、赤と紫、そしてこっそり白も添えてみたり。

赤は『決して諦めない』。お兄様を絶対に幸せにして見せるという私の決意表明。紫は『追憶』。優しい思い出を時には振り返ってみてほしい。

そして白は――『淡い恋』。・・・これは私がお兄様をお慕いしているという意味ではなくて、お兄様に向けられている恋心に気付いてあげて欲しいという思いを込めました。

 

「お兄様の心の安らぎを祈って一針一針気持ちを込めさせていただきました」

「それは、なんとも効果がありそうなお守りだね」

 

・・・微々たるものだと思います。お兄様のこれからの心労を思えば。焼け石に水?

お兄様頑張って!そんな気持ちの篭ったハンカチです。ぜひ使ってね。

 

「俺の方が釣り合っていないような気がするよ」

「そんなことありません!とても気に入りましたもの」

 

互いが互いを想って贈り合えるって素敵だね。

こうしてプレゼント交換も無事終わり、サンドイッチを摘まみ合う。

 

「雫と交換留学してくる女子生徒ですが、私は仲良くしない方が良いのでしょうか?」

「A組に来て深雪が話さないというのは不自然だからな。普通に接していいと思うぞ」

「そうなるとやはりお兄様のところにも連れて行くのは自然の流れですね」

 

どうあってもお兄様と会わせないルートはない。

兄妹が揃って容疑者にされるなんて、そんなに怪しかっただろうか私たちは。なんて、三年前のこともあるからね。絞られるのもおかしな話ではない。

 

「喫茶店の話の続きだが、工作員ならば実力はほどほどに隠すだろうから、深雪と同等ということにはならないだろう」

「そう、ですか」

 

リーナちゃんは互角だったはず。アメリカは実力を示さないと舐められるから、抜きに出ないくらいであれば隠したことになるのかな。

深雪ちゃんとの校外での一騎打ちの場面では、お兄様が限定解除してくれたからこそ力が拮抗できたわけだし。

 

「あまり納得いっていないようだね」

「雫と交換留学してくるような実力者、という思いが強いのかもしれません」

「随分と雫を評価しているね、深雪は」

 

お兄様はちょっと呆れた表情。・・・雫ちゃん贔屓が凄いとでも思っているのかもしれないけれど、雫ちゃんの急成長っぷりは本当にすごいですからね。

九校戦に出場した後も更に魔法に磨きがかかっている。

きっと今でも同時にCADを使う練習しているんだろうな。

 

「それにお兄様を探りに来るくらいの実力者なら、相当の手練れであってもおかしくありません」

「俺の評価もかなり高くしてくれているようだが、工作員自身は隠密能力の方が高いんじゃないか?学校内で仕掛けてくるとは思えないのだが」

 

防犯カメラもあるし、魔法を使えば記録が残る。

アメリカの学校ではないのかな?そういうシステム。・・・そんなことないと思うけど、お仲間が証拠隠滅してくれるから残すようなことがあっても大丈夫なのか。

 

「そもそも深雪、あの時も言ったけどお前ほど優秀な魔法師は、高校どころか大学でもいない。魔法師全体を括りにしてもお前の実力はトップレベルだ」

「・・・それは、流石に言い過ぎでは・・・?」

 

お兄様の身内贔屓が凄い。

確かに深雪ちゃんのポテンシャルはとっても高いですけどね。

 

「能力の高さ、技の練度、精度。そしてまだ成長できる伸びしろがある。・・・深雪は俺や師匠、あとは四葉くらいしか知らないから勘違いもするのか・・・?だが、九校戦で圧勝していただろう?」

「九校戦はスポーツではないですか」

 

戦場じゃないもの。比べるステージが違います。

 

「まあ、そうなんだが。・・・困ったな。お前が戦場に立つことはないから実感することができないのか」

 

・・・なんか、箱入り娘に思われてますね。でもそうね。事実桐箱とシルクで包まれている箱入り娘ではありますか。お兄様と四葉に守られているという意味では。

そこに否定できる余地はない。

 

「なら、外を知る良い機会かもしれないね。一度全力でぶつかってみればきっとわかるよ。交換留学生には悪いが、深雪の的として頑張ってもらおう」

「的って、お兄様・・・」

 

確かに現在実技で対戦できる相手がおらず、教員も困ってましたけど。

・・・でもリーナちゃんなら問題なく受け止めてくれるだろうし、お兄様が言うようなことにはならないと思うからいいのかな。

 

「逆に私の方がコテンパンにされてしまうかもしれないですよ?」

「それはない。絶対にだ」

 

お兄様の力強い断言。お兄様にここまで言われれば、私も自信に――っていうかやる気を出さないとね。

 

「分かりました。お兄様のご期待に応えてみせます」

 

この冬休み、どこまで鍛えられるかわからないけれど、やってやりますとも!

 

「その意気だ」

「ではさっそく明日から一緒に連れて行ってくださいませね」

 

朝の修練に参加の旨を伝えれば、お兄様は――ん?何故眉をお顰めに?

 

「クリスマスに師匠のところへ行くのか?何か持っていくつもりか?」

「え?ええ。去年はクッキーを持って行って貰いましたが、今年は直接お渡しできるのですね。プチシューをいくつも作ってツリーのようにして渡したら驚かれますでしょうか?」

 

可愛いよね、クロカンブッシュ。皆で分けるにはもってこいだし。積み上げるのが大変?そこは便利な魔法というものがあってだね?

この後から準備すれば間に合うだろうか。

ウキウキして構想を練っていると、お兄様は更に渋いお顔。

 

「去年同様クッキーでいいじゃないか」

「そちらの方がお日持ちはしますけれど、私も行けるのでしたらクリーム系もいけるかと」

 

天然の保冷剤です。季節は冬でも必要だよね。それにお兄様に積み上げさせるのは悪いし。

一体何がご不満です?お兄様。

 

「・・・あまり師匠を喜ばせすぎるのはな」

「喜んでいただけますでしょうか?子供っぽくて呆れられてしまいそうですが」

 

先生は大人ですから笑ってお付き合いしてくれそうではありますが。

最終的に私が楽しそうだからいいか、というお兄様の謎理論が展開され許可が出た。

無理やり納得させる時によくその理論が出ますよね。

 

こうして私たちの夏とあまり代わり映えのないスケジュールの冬休みが始まった。

 

 

――

 

 

ひとりで(着物の着付けが)できるもん!

というわけであっという間に年末通り過ぎて元旦です。

日が昇る前から習慣のストレッチ等を熟してからはお出かけの準備をしつつ、お兄様と初日の出を見て新年の挨拶を交わしてから大急ぎで着替えております。

新年の挨拶は午前零時と共に済ませているけれど、日の出を見たらもう一回言っちゃうよね。

軽く食べた朝食を閉じ込めるように帯を締め、鏡の前でチェック。

髪も自分でまとめ上げているのでちょっと心配なのだけど、うん。おかしなところは無さそう。

項の後れ毛が白い項と相まってとってもセクシー。これが15歳の醸す色気かね?

和装なのにくびれが見える摩訶不思議なボディですね。

昨年よりも育ってますからメリハリが出てしまうのも仕方のないことなのかもしれないけれども、胸元も足首までも布で覆われているのにね、何でこう・・・婀娜っぽくなってしまうのか。

深雪ちゃんってもっとこう、清純に見えなかった?清楚とか。大和撫子の美しさだったと思うのだけど。

いえ、この姿なら楚々とした大和撫子に見えなくない。見えなくないのだけど・・・オタクの目線がよくないの?

腰からヒップラインにかけての曲線とか首元から僅かに覗く白い肌とか、そういうところに目をやってしまうのがよくないのか?

・・・ジャッジはお兄様に任せよう。私の目は濁っている。

というわけで出る前に紅を差して、もう一度鏡で確認をしてからお兄様の待っているだろう玄関へ向かうと、すでにスタンバイしているお兄様がいたのだけど――、

 

「・・・お兄様、素敵です。かっこいい。お似合いです」

 

思わず見とれてしまう格好良さ。ヤバいね。

羽織袴を着こなす上、袂に手を入れて組んでる姿を生で見ると一種の感動すら覚えるものですね。

時代劇大好きだったから余計に心に響く。萌えポイント高いです。現代ではほとんど無いんですよ、時代劇。残念。っと話が逸れた。

口元を覆ったのは、ポロリ予防です。今年の目標は粗相をしないこと。つまり口からポロリを無くそう、です。

昨年はそれでえらい目に遭いましたからね。気を付けていきたいと思います。

ちなみに先ほどのは感想であってポロリじゃないです。ちゃんと自分の意思です。

一部乱れがあっても、自分の意思です。・・・最後で帳尻合わせれば何とかなると信じてる。

でも、口は動いても体はまだ動けずにいた。お兄様から視線が外せず、見惚れて硬直したまま。

それをお兄様は苦笑して私の元までやってきて、

 

「その言葉が聞けるなら、こんな恰好もしてみるものだな」

 

目の前に立つと手を差し出される。

条件反射のようにその手に重ねると、優しく掴んでお兄様の元へ引き寄せられる。

 

「深雪も、あまりにも綺麗で見惚れてしまった。5秒間も動けなくなるなんて、ガーディアンとして失格と言われてしまうな」

 

・・・お兄様が5秒も・・・?それは凄いことだと思うけど、つまり私はそれ以上お兄様に見惚れて動けなかったということですね。恥ずかしい・・・。

 

「ああ、着物の色が映ったのか化粧でもしているのかと思ったが、赤く染まっていたのは俺のせいかい?だとしたら嬉しいね」

 

あああ・・・新年早々お兄様の色男モードが発動してしまった。

心臓に負荷のかかる言動はお控え下さい。ポーカーフェイスの仮面の替えが間に合わない!すぐに剥がれ落ちるか割れてしまう。

 

「その紅も艶やかで、サクランボのようだ。食べてしまいたくなる」

 

ぐっ・・・アウト!その発言はいくらお兄様でもだめですよ。

相手が妹だから耐えられた!でもこれがほのかちゃんや美月ちゃん、おそらくエリカちゃんだって耐えられるわけがない。

前者は溶けるか気を失うかだし、エリカちゃんの場合混乱して斬りかかってきそう。照れ隠しも命懸け、みたいな。勝手な妄想だけど。

 

「・・・もう、お兄様ったら」

 

なんとか言葉を絞り出すも、更に熱くなる顔はもう隠せない。

 

「恥じらう深雪も可愛いが、その姿だとまた違って見えるね。困ったな・・・レオ達に断りを入れようか」

「っお兄様!」

「・・・冗談、でもないんだが、仕方ないか」

 

そこは冗談だ、でしょう。お兄様は新年早々絶好調だね。

ちょっと強めの視線を送って呼べば、お兄様は仕方ない、と肩を落としてエスコートしてくれた。

手を引かれるままに家を出れば、門のところにコミューターが。

中からは手を振る先生がいらっしゃった。奥の女性は小野先生ですね。

 

「明けましておめでとうございます、師匠」

「明けましておめでとうございます、九重先生。本年もよろしくお願いいたします」

 

親し気なお兄様の挨拶に続いて頭を深く下げると、先生は軽やかな口調でこの姿を褒めて下さった。

流石先生。流れるように誉め言葉が出るけれど、先生のは表面上言葉だけの下心とわかるので安心して聞いていられる。

オタクの賛辞と一緒。yesロリショタ!noタッチ!理論ですね。お兄様の視線は厳しいですけれど、先生なら安心でしょうに。

 

「しっかし、達也くん何言ったんだい?深雪くんの表情は僕の言葉で落ち着いていったけど、あのまま外出なんてしようものなら大変なことになってもおかしくないよ?」

 

・・・思い出させないでください先生。せっかく落ち着いてきたのに。

お兄様はさあ?ととぼけていますが、口角が上がってますね。上機嫌ですか。何よりですが反対に私が困っているのを忘れないでほしい。

そして小野先生もげんなり?呆れ気味ですね。挨拶もそこそこに、お兄様が自分たちと一緒に行動して問題ないのか訊ねています。

そうなんだよね。小野先生、本当に何でこちらに?お兄様も疑問に思ったようだけれど、うまい具合にはぐらかされてなあなあに。でも若干嫌々そうでもあるから先生に連れてこられたのかな。そのまま同乗させてもらうことになった。

いえ、乗ろうと提案したの私だけどね。いつまでもあの場で立ち話もなんでしたから。

それから軽く、この状況がおかしくない程度の設定を作り、キャビネットへ移動する待ち時間。

とても視線を感じますね。男女関係なく見られているのがわかる。さりげなくお兄様が視線を遮ってくれるけどあまり効果はない。

電車はすぐ来たし時間としては長くないはずなんだけどね。遠慮のない視線が多くてちょっと疲れる。

そして目的の駅に到着してから目的地までの間の視線の多さよ。仕方ないと割り切るしかないけれどね。

深雪ちゃんが着飾っているんだもの。見ないわけがない。見惚れないわけがないのだ。

よって周りは大渋滞。人流は滞り、立ち止まって惚けている間を私たちはすり抜けて歩く。

 

「・・・すごいわね」

「・・・申し訳ありません」

 

新年の挨拶以外で初めて交わした会話がこちらです。対面したの初めてでした。私たちA組は自主的にカウンセリングに行かない限り関わりないから。

 

「深雪が謝ることは何もないよ」

「そうそう。君が目立つのは必然だからね」

 

先生の言葉って本当、裏が無いように思えないんだよねぇ。

私の出自含め全て知ってる上で言ってるよね、多分。

でもこちらを想って言ってくれているのもわかっている。

 

「ありがとうございます」

 

二人の慰めの言葉に感謝しつつ、待ち合わせ場所に。

皆すでに揃ってました。遅れてはないけれど時間はギリギリ。待たせてごめんね。

さっそく新年の挨拶を、と思ったら美月ちゃんが感激したように声を上げた。

 

「わっ!深雪さん、いつにも増してキレイですねぇ!」

 

お目目輝かせてる美月ちゃんも可愛いよ。ロングワンピースにファー付きのケープコート。ケープコートって大きいと間が開くんだねー。

何がとは言わないけれど、前が開いて寒そう。今度ブローチでもプレゼントしようかな。

・・・はじけ飛ぶ映像が浮かんだ。やめたほうがよさそうだ。

 

「美月も大人っぽいわね。素敵だわ」

 

手を取って褒めると美月ちゃんが真っ赤に。可愛いね。

でも結構待たせちゃったのかな。おてて冷たい。あっためてあげないと。

その間お兄様はほのかちゃんや西城くんに姿を褒められていました。

・・・褒められてたよね?若頭って誉め言葉に思うのはオタクだけ?少女漫画では人気の部類ですよね若頭。女子高生の組み合わせも好きだけど幼女も好き。

先生も参戦して、同心か与力って言ってるけどそっちもわかる~。十手持ってほしい。腰に差していて欲しい。

手に美月ちゃんの手を持ったまま口元へ。でないとポロリしちゃう!との防衛策だったんだけど美月ちゃんがパニックを起こしてしまう。あ、これそういった意図はなくてですね。

 

「深雪」

 

お兄様からの忠告の声。パッと手を離します。

 

「ごめんなさい美月。ついうっかり」

 

ついうっかり、てなんだろうね?でも本当それしか言いようがないの、困らせてごめんね。

美月ちゃんがオットセイになってしまい、ほのかちゃんが介助に入りながら境内に向かう。

小野先生の存在に気付いたり、八雲先生の話に美月ちゃんがびっくりして正気を取り戻したりする場面もあったけど、何よりも西城くんが博識だったことにお兄様は驚いていた。普通知らない知識ですもんね。

ほのかちゃんは美月ちゃんが元気になったことでお兄様の横へ。ほのかちゃんも振り袖姿可愛い。自分で着付けたのかな?

そう思ったらそもそも着物はレンタルだそう。着付けもしてもらったらしい。・・・そうだった。普通家に着物はない。

 

「ほのかもよく似合ってるわね。可愛いわ」

「あ、ありがとう。み、深雪もすっごく綺麗!近くで見れない!」

 

そう言ってお兄様の腕を掴んで隠れちゃいました。・・・寂しい。

ほのかちゃん、そろそろ一年近い付き合いなのだから見慣れてくれてもいいのに。

美月ちゃんはもう順応してるよ。はわはわはしてるけど手繋いでくれる。

その奥では西城くんが苦笑してるけど。今日はエリカちゃんも吉田くんもお家の手伝いで不在なので居心地悪くないかな、と思ってたけど、付き合いがいいね。

頼れる兄貴ポジション。まだ仮、が付くけれど、将来はそんな感じになりそうな有望な男の子です。

 

 

――

 

 

参拝への道中、いい香りが漂う露店がずらりと並ぶ。日本の原風景だよね。お祭りはこう!みないな。

視線だけきょろきょろしていると、ひときわ目立つ金髪の少女を発見!ぺろっ。これは美少女の気配!!

チラリと見ればビンゴです。

リーナちゃんです。顔ちっちゃいね。可愛い。そしてアニマル柄の帽子にショート丈のスカートもタイツもブーツも今の時代からは浮いているけれどコスプレとしてはありありの有りです。有効。可愛い。

 

「ねぇ、美月。あの子――」

「ひゃい!あ、あの深雪さん、耳元でしゃべられるのはちょっと・・・」

 

大きい声だとまずいと思って耳元に手を当ててこそこそ話をしようとしたら美月ちゃんからストップが。

お顔真っ赤に縮こまられてしまった。ご、ごめんなさい?

お兄様の方からも鋭い視線が。離れているのによく気づかれましたね。私のやらかしに敏感なお兄様です。

落ち着いた美月ちゃんに改めまして。

 

「ねえ、美月。見て」

 

指した先に美月ちゃんが視線を向ければ思わず目を剥く可愛らしさ。いいリアクションです。

 

「すごい・・・。深雪さんとはまた違う華やかさのある方ですねぇ!・・・ですがあの恰好は、ちょっと別の意味でも目立っちゃってますよね」

 

どうしてあんな恰好なのでしょう?と美月ちゃん。そうね。なんででしょうね。

でも。

 

「とっても綺麗よね!なんというか、純真そう、というか。あの恰好のせいかしらね?庇護欲を掻き立てられるような可愛さっていうのかしら?それもあって一人で歩いているのが不安になるわ。誰か一緒に来ている人はいないのかしら?」

「・・・深雪さんって綺麗だったり可愛いモノお好きですよね」

 

興奮気味に語ったらなぜかリーナちゃんよりも私の話に。・・・視線も私に向けられていて、なんだかうっとりされてます??

 

「そうね。好きだわ。――だから美月も大好き」

 

なのでちょっぴりいたずら心を出して、また手を取って美月ちゃんを見て告白したらボンっと音を立てて真っ赤になった。

可愛い。

 

「・・・おーい、そこのお二人さん。あんまりいちゃついてっと目立つから移動するぞー」

 

おおっと。西城くんから忠告が。

周囲を見れば皆ちらちら見ちゃいけないものをこそっと見ようとしているような雰囲気。

私たちは別に指定の入るような関係性ではないよ。清く正しく友人です。

西城くんの言葉に従ってこそこそ後に続きます。

その際ちらりと見たらお兄様を見つめるリーナちゃんの姿。そしてお兄様も気づいて先生たちとこそりとお話しています。

視線はほとんど向けないで大人たちとおしゃべりしているお兄様。かっこいい。・・・じゃなかった。自然過ぎて違和感ない。

リーナちゃんも見られたことに気付いただろうけど、まさかすでに正体を疑問視されているとは思わないだろうな。

ただの運命的出会いを演出しようとしただけだものね。

・・・この運命が恋の始まりでもいいのでは?リーナちゃんならどんな時でもお兄様に並び立てそうよね。背中を任せられる関係性も素敵。

手を離したら美月ちゃんがほのかちゃんの元に行ってしまいました。・・・逃げられたんじゃないと信じたい。

ほのかちゃんはちょっと前から頬を冷ますように手で顔を仰いでいたので、お兄様が何か言ったんでしょうね。

小野先生のお兄様を見る目が胡乱気です。多分ほのかちゃんと離れるため何かしらの言動を取ったんだろうけど・・・いったい何を言ったんだろう?

 

「・・・兄さん、いったい何を見てるの?」

「ん?お前が見惚れていた女の子だよ」

 

わあお。ばれてらっしゃる。

ここって確か深雪ちゃんお兄様の浮気を疑う、じゃないけど目移りしているのを、目くじらを立ててお兄様に宥められるシーンだったはずなのに、私が浮気を疑われている気分です。

 

「あの子、綺麗なのに可愛らしくて目立つものね」

 

もう一度見る。うん。綺麗だなぁ。キラキラして目が奪われてしまう。

 

「深雪」

 

見惚れていてもお兄様の呼び声には反応できます。お兄様に視線を戻せば・・・本当に浮気を疑われているような視線が向けられている!?そんなバカな。

内心あわあわしていたらお兄様の動きに反応が遅れた。

頬に手を添えられてお兄様の方に顔を向けさせられる。

 

「あまり俺以外を見られると寂しくなる・・・」

 

そう言ったお兄様の表情は寂しそうに眉を下げていて。

 

(私は!なんてことを!!)

 

よそ見ばかりして一番大切にしたい人を蔑ろにするなんて、なんと愚かしいことをしてしまったのだろう!

でもね、一つ言わせてほしい。今日のお兄様は私にとって劇物なのだ。かっこいい。

和装のお兄様なんて目にしたら他に視線が行かなくなってしまうほど魅力的に映ってしまう。

だから今は皆とわいわい楽しむためにもよそ見をしていないといけないのに・・・それがお兄様を寂しくさせていたなんて。

 

「兄さん・・・、ごめんね」

 

お兄様の手に触れている頬を押し当てる形で謝罪すると、お兄様はうん、と頷いて手を引いた。

・・・まだ何か言いたげだったけれど、ここは外だと思い出してくれたのかな。

切なげな表情の上に和装のコンボに胸が苦しいくらいに騒ぐけど、必死にここは外、ここは外!と言い聞かせる。

人目がある場所でお兄様にときめいて倒れるなんて失態を犯せない。

 

「深雪が綺麗なモノや可愛いモノが好きだと知っているから、目が行ってしまうことはしたかのないことだとわかっているんだが・・・」

 

うう・・・趣味嗜好も駄々洩れです。恥ずかしい。

あ、でもそれだとリーナが可愛いとか綺麗だとか、お兄様も思っているということよね。

 

「綺麗な子ですよね」

 

ちょっと嬉しくなって賛同を得ようとしたのだけれど、お兄様はもう一度リーナちゃんに視線を向けてから私に戻って、

 

「お前ほどではないけどな」

 

バッサリ切り捨てた。あれ?原作と同じセリフだと思うんだけど、ニュアンスが違くない??

 

「え・・・と・・・、」

 

なんだろう?誤魔化されたというよりも戸惑いの方が大きい回答を返された気がします。

 

「俺にとって深雪ほど美しいモノを他に知らない」

 

更に追い打ちがかかる。お兄様ちょっとストップしましょうか。私の心臓がね?

顔はまだ視線を逸らすくらいで済んでいるのだけど、顔を赤くしないようにするので精いっぱいでして。

 

「・・・気になったのではないのですか、彼女が」

 

本筋の話に戻そうとするのだけど、

 

「気になる、ね。あの不審な恰好も気にはなるが、深雪が目を奪われていたことの方が重大だな」

 

・・・しまった。彼女の運命を捻じ曲げてしてしまったらしい。

いや、違う。そうじゃなくて、これは先にじろじろ見られていたリーナちゃんの視線に気づいて不審に思った、というのをお兄様なりに誤魔化している、という場面だ。

ここは誤魔化されるべきなのか、突くべきなのか?

 

「達也くんは自重をしなくなった上で誤魔化そうとする、なんて高等技術を身に付けたのかい?」

 

そこに先生が揶揄い口調で参加してきた。ニュアンスとしてからかい半分、呆れ半分、かな。先生も器用。

そしてはっきり誤魔化したと言うとは。

お兄様は何のことやら、とすっとぼけたけれど、小野先生からの視線が胡乱気から不審者を見る冷たい目に変わってる。いったい何を思ってそうなったのか。

置いてけぼりをくらっている間も話は進み、運命の邂逅を果たすべく、リーナちゃんが横を素通りしようとします。

近くで見ると輝きが違うね。本当、綺麗な子だ。

チラリとお兄様に視線を向けたのも見逃しません。自然な流し目!今日のお兄様はいつもよりもカッコいいので目が行ってもおかしくないしね。印象に残るよ。お互いに。

・・・通り過ぎた後にいい匂いがした。わざわざ香水までつけてくれたんだね。

ここまで頑張って潜入捜査に力を入れていたとは。・・・なんでポンコツ要素を入れたの神様。ただのできる美少女でもよかったはずなのに。

可愛いポイントを更に重ねたかったのか。設定もりもり大好きの神様だからなぁ。私も大好き。

この後、おみくじを引いて最後に甘酒を飲もうというお誘いにお兄様からのストップがかかった。

 

「悪いが深雪に甘酒はNGだ」

 

敏腕マネージャーのように隙のない断り方。

 

「兄さん、だめなの?」

 

でもせっかく皆に誘ってもらったし、私自身も好きなので飲みたいのだけど、お兄様は頑なに飲ませてはくれない。

 

「アルコールの無いモノもありますよ?」

「ちょっとくらいいいんじゃないですか?」

 

美月ちゃん、ほのかちゃんの援護射撃もあったが、それでも首を縦に振らないお兄様。

 

「皆は飲んでもいいが、深雪は体質的に合わないからな。・・・どうしても飲みたければ家で飲みなさい」

 

袖を掴んでいた私の手をそっと外しながらの妥協点を提示するお兄様は、どうしてもここで飲むことの許可をくれないらしい。

お兄様は私に付き合って飲まなかったけれど、皆はあったまるためにも一杯飲んで解散となった。

帰りのキャビネットの中で、どうしても諦められなかった私は少量の酒粕を注文して帰った。

 

 

 

 

久しぶりに飲んだ甘酒は大変美味しかった。

やっぱりお正月には甘酒だよね。

 

「深雪、そろそろその辺で――」

「・・・もうちょっとだけ、だめ?」

「・・・・・・もう一口だけだぞ」

「わぁい。ありがとうおにいさまー」

 

甘くておいしくてふわふわする甘酒サイコー!

 

 

――

 

 

達也視点

 

 

深雪は甘いものを好む。それは菓子の類だけでなく――

 

「ふふ、これを作るとお正月って感じがしますね」

 

家の中に甘い香りとアルコールの香りが立ち込める。

・・・すでに始まっているのか、深雪はふわふわと笑って楽しそうだ。

可愛らしい、と思う。だがこれからのことを思うとそれだけではいられない。

――覚悟を、決めなければ。

 

「二杯分だけだぞ」

「そこまで念を押さなくても、ちゃあんとわかってますよ」

 

くすくすと笑う深雪の後ろ姿と声色に、もうそれの気配は漂っていた。

火を止めて、湯飲みに注いで、お盆に乗せて。

危なげない動きだ。けれどハラハラさせられるのはなぜか。

楽しそうに、幸せそうに微笑んでいるのに素直に喜んであげられないのはなぜか。

 

「はい、お兄様」

「ああ、ありがとう」

 

湯飲みを俺の前と自分の前に置き、お盆を机の端に置いてから俺の横に座るのだが――耳に髪を掛けゆっくりと腰を下ろす姿が、妙に艶めかしく映る。

ぴたりとくっついて座るわけでもないのに居心地の悪さを感じた。

服装は冬らしく長袖のシャツにニットベストにカーディガン。シャツは首元までしっかりとボタンが止められ、ロングスカートも厚めで体のラインが出ることのない、品のいい装いだ。

 

(それなのに――どうしてこうも色気を感じさせるのか)

 

深雪から目を離そうと湯飲みに口付ける。甘いが、俺用に抑えているのだろうな。しょうがも入っているからそこまでしつこい甘さではない。美味いと思う。

アルコールはほとんどとんでいて、普通であれば酔うことなど無いはずなのだが――

 

「ん、おいし」

 

ちら、と視線だけを向ければ一口一口を大事そうに飲んで、頬を赤らめて幸せそうに笑っている。

こくり、と動く白い喉から視線が外せない。

 

「体が温まりますね」

 

ほう、とため息を吐く仕草が、水気を含んでいるように艶めいていて、けっして15歳の醸す雰囲気ではない。

これがもし、幼児退行のような酔い方であればただただ困ったように苦笑しつつ、妹を愛でられただろう。

だが、彼女のアルコールを摂取した時の酔い方は残念ながら違う。

 

「お兄様はどうですか?おいしいですか?」

 

せっかく耳にかけた髪がさらりと流れ落ちる。

窺い見るように傾いた彼女の顔は、いつものあどけなさなど微塵もない、大人びた顔で――何よりも目が違った。

水気の多い瞳に気だるげに瞼が少し下りている。それだけでいつもの黒曜石の輝きを見せる瞳が、色を変えていた。

 

「・・・飲みやすいよ」

「それならよかったです」

 

別にしなだれかかられているわけでもない。それなのに、心臓が落ち着かない。

深雪はまた飲み始めた。こくり、またこくりと飲む姿を眺める。まるで砂時計を見るような気分だ。刻一刻と、その時が迫っているような高揚感と焦燥感。

そして、

 

「ふう・・・終わってしまいました」

 

飲み切った深雪は、惜しむようにそう言って湯飲みをゆっくりテーブルに置く。

寂しそうな声色に、思わず自分の分を差し出しそうになるが、これ以上飲ませるわけには――

 

「ざんねん」

 

湯飲みから視線を外さず唇を尖らせる仕草は子供そのもののはずなのに、火照った頬と潤んだ瞳が切なさに揺れ動いて妖艶さが混じるせいで心をかき乱される。

気付けば、いけないとわかっていても自分の湯飲みを差し出していた。

 

「少しだけならいいぞ」

「ほんとう?ありがとう」

 

いつもなら遠慮するだろうに、今の深雪は本当に欲しいものを手に入れられた喜びを見せる。

これが見られるなら全財産を惜しむことなく捧げる男たちで溢れるだろうな、と思わせる威力だ。恐ろしい。

深雪ならば本当に傾国くらいやってのけるだろう。それほどの魅力があった。

躊躇いなく俺の湯飲みに口付けて、頬を綻ばせて甘酒を飲む姿に、背筋がぞくりと震えた。

唐突にイケナイモノを見ているような気分にさせられる。

さっと顔ごと逸らすと、深雪も不審に思ったのか、湯飲みを置いてこちらに向くのだが、酔っているせいでゆっくりと体をくねらせてソファに手をつき身を寄せる姿は、そんなはずが無いとわかっていても誘惑させられるような錯覚を覚えた。

誘惑、なんて深雪にそんな意図はないのに。わかっていても体が動きそうになるが、思考を切り替えることで抑えつけられた。

カウンセリング教諭や藤林さんの誘惑に耐性があるのは確実に深雪の影響だ。この深雪を知っているからこそ、他の女性の仕掛ける誘惑が見抜けるし、惑うことが無い。

・・・かといって反応しないわけではないのだが、それは体が健康で正常だという証拠だろう。

などと、考えていたせいだろうか、深雪の行動に気付くのが遅れた。

ごそごそと動いている深雪に顔を戻せば、深雪はカーディガンのボタンを外しているところだった。しかも指が思った通りに動かないのか、もどかしそうに指をもたつかせていた。

 

「・・・深雪?」

 

もしやアルコールで熱くなって脱ごうとしているのか?だったら室内温度を変更して――

 

「お兄様、うまく外れないの・・・てつだって?」

 

・・・・・・・・・覚悟していたじゃないか。この深雪に動じないよう努めようと、そう思っていたのに。

 

「深雪、今室内温度を」

「とれないの。うまく指が動かなくて。おねがい」

 

時折舌ったらずな口調が揺さぶりを掛けてくる。そもそも深雪にお願いされたら俺に断る権利などないのだ。

カーディガンのボタンを外してやると、深雪はありがとう、と微笑んでするりと肩から滑らして脱ぎ始める。

目を逸らしたいけれど、それをしてもしまだ下の服のボタンを外そうとするなら今度こそ止めねばならない。

だが、幸いにもその心配は杞憂に終わった。深雪はカーディガンだけを脱ぐと、それを硬直して動けない俺の肩に羽織らせた。

 

「・・・深雪、これは」

「お兄様、寒かったのでしょう?」

 

・・・どうやら俺が深雪の姿にぞくりと体を震わせたのを見て寒がっていると勘違いしたらしい。

こんな時まで優しい深雪に、罪悪感ばかりが募っていく。

 

「・・・ありがとう」

 

寒くないので、というよりむしろ深雪の体温と香りを感じてむしろ自身の熱と心拍が上昇したのだが、ここで返せば深雪の表情を曇らせることは予想できたのでありがたく受け取った。

 

「どーいたしまして」

 

くふくふ笑う深雪は可愛らしいはずなのに、なぜ欲を刺激するような色香があるのか。

また甘酒を口にしようとする深雪を今度こそ止めなければ、と制止の声を掛けるのだが――

 

「・・・もうちょっとだけ、だめ?」

「・・・・・・もう一口だけだぞ」

 

妹のおねだりには勝てなかった。

 

「わぁい。ありがとうおにいさまー」

 

せめて子供らしくいてくれたなら、俺はただ甘やかせてあげられたのに。

とろとろに蕩けた笑みは、どう見ても子供の浮かべるものではなくて。

 

(一口飲んだら止める。これは任務だと思え)

 

任務を遂行するために、俺は体を緊張させその瞬間を待った。

 

 

 

 

結果、無事遂行はできたが、酔いの冷めない深雪からの責め苦に耐えねばならなかった。

 

 

――

 

 

楽しいお正月も終わり、四葉での新年の挨拶も例年通り済ませた後、それは予定通りやってきた。

 

「雫~」

「ほのか、泣かないで」

 

雫ちゃんとのお別れの日である。

空港までお見送りに来た私たちは、笑顔で別れようね、と明るく楽しく空港まで付き合ってきたのだけど――、やっぱりここに来ると実感せずにはいられなくなったんだろうね。

ほのかちゃんは特に昔からずっと一緒だったわけだから、三か月も別れるなんて友達になって初めてのことだろうし。

抱き合う二人に隣の美月ちゃんと一緒に涙ぐんでしまった。お兄様からはハンカチが差し出され、ありがたくお借りする。

その後ろではエリカちゃんや西城くんたちもいるのだけど、彼らはこの状況に苦笑気味だ。

吉田くん?美月ちゃんにハンカチを出すべきか迷っている間に美月ちゃんが自分で出してる姿に落ち込んでるね。これで無自覚?信じられないのだけど。ってそこじゃない。

・・・わかってはいるの。三か月だけの短期留学だしね。反応が大げさだってことは。だけど、だけどね。

 

「さみしい・・・」

「深雪・・・」

 

お兄様が肩を抱いてくれるけど、心は雫ちゃんのことでいっぱいで。

 

「ほら、お前がそんなに寂しそうにしていると雫も行き辛くなってしまうだろう?笑顔で見送るのではなかったのか?」

 

分かってはいるのですけどねお兄様。

 

「深雪」

 

雫ちゃんに声を掛けられ、雫ちゃんを見れば手を広げていた。飛び込んでいっていいの?お兄様の腕からすり抜けるように雫ちゃんに駆け寄って縋りつく。

回される腕はお兄様のようなしっかりしたものではなく、包み込むような繊細な柔らかさで。

 

「気を付けてね。雫はしっかりしているようで、時折大きな隙があるから」

「それは深雪もでしょ。達也さんがいるからって気を抜きすぎちゃダメだから」

「そうね、気を付けるわ」

「・・・ほんとにわかってる?」

「え?ええ」

 

雫ちゃんに疑われている。なんで?お兄様と一緒にいても気を抜くなってことでしょ?もちろん。お兄様を守れるくらい気張りますとも。

 

「・・・深雪だもんね」

 

どういう意味かな雫ちゃん。

でもその疑問が解決する前にお兄様がお別れの挨拶に来た。

 

「雫、あっちでも元気でな」

「・・・ん、深雪に連絡をマメにするから安心して」

 

見つめ合う二人、飛び散る火花。・・・そこに串焼きの具材挟んだら焼けるかな?

険悪そうに見えるけど、実はこのやり取り楽しそうだよね二人とも。

なんか、良きライバル、みたいな?お母様とお兄様の時とは違うライバル関係。

その後もう一度ほのかちゃんと抱き合って雫ちゃんは旅立って行ってしまった。

いってらっしゃい。

 

 

 

 

家に帰ってお兄様の引っ付き虫になったけれど、お兄様は寂しい私を慮ってかずっと傍にいてくれた。

お兄様もお忙しいのにごめんなさい。ありがとうございます。

 

「いいんだよ、これも兄の特権だから」

 

妹に甘えられるのはお兄様にとっては嬉しいことだ、と膝の上に乗せられ抱きかかえられて慰められていたけれど・・・ここまで甘やかす兄というのは珍しいと思う。

 

「お兄様、なにもここまで・・・」

 

珍しい、というか恥ずかしいので下ろしてほしいとお願いするも、お兄様はなかなか下ろしてくれなかった。

 

 

――

 

 

そんなこんながあって数日後、短い冬休みは終わり、新学期。

――彼女はやってきた。

 

(え、顔ちっちゃ!!神社で見た時も思ったけども。え、近くで見るとすごいね。ヤバいね。可愛いね!)

 

いや、綺麗なのよ。綺麗な女の子。だけどあちらの国の人ってこの年齢になると大人っぽい綺麗さじゃない?

なのに彼女の場合日本の血が混じっているせいか私たちとそこまで変わりなく見える。

上級生に交じっても違和感がないくらいではあるのだけど、まだ大人に成りきれていない幼さが残っているのだ。つまり、可愛い。

・・・大丈夫。口元を手で押さえているから漏れてない。今年はその失態はしないのだ。

でも、

 

「綺麗な子ね」

「・・・私、深雪と並ぶ美少女なんていないと思ってた」

 

ほのかちゃんは夢心地のように彼女に釘付けだ。

というか、ほのかちゃん神社で会ってること気づいてなさそう。しょうがないか。あの時ほのかちゃんお兄様のことでいっぱいいっぱいだったものね。

・・・わかりますよ。あのお兄様は本当にかっこよすぎましたからね。

話は戻して、クラスメイトの皆もそんな感じ。私ももちろん一緒に魅入ってるんだけど、うん。目が合いました。

にっこり微笑んで挨拶するとお手振りが付いて返ってきましたよ!ファンサービスが凄い!!流石エンタメ業界最高峰の国の人!

自己紹介タイムが終わればすぐに授業の時間へ。始業式初日からフルタイムのカリキュラムってなかなかハード。でも社会人になれば当たり前のことなのよね・・・。

休み時間になると教室の外は動物園状態。珍しい動物を一目見ようと押しかける。

 

「なんというか、珍獣になった気分だわ」

「シールズさんが綺麗だと噂が回ってしまったのでしょうね」

 

あまりの視線の多さに驚いている、というか若干呆れてる?彼女に声を掛ければ、彼女は私を見上げて・・・全身を一往復見られてから、視線を顔へ。

 

「すっごく美人。アナタみたいな人のことをヤマトナデシコっていうのかしら?」

「大和撫子には奥ゆかしさの中に強さのある、などの意味もあるけれど、シールズさんは日本語がお上手なのね。お世辞まで使えるなんて」

「お世辞のつもりじゃないのだけど。それにお世辞で言ったらアナタだって私のこと綺麗だって言ってくれたわ」

「それこそお世辞じゃないわ。とっても綺麗で、目を奪われてしまいましたもの」

「ねえ司波さん、ミユキって呼んでもいい?」

「嬉しいわ。私も・・・なんて呼べばいいのかしら?アンジェリーナさん?愛称だと確か、アンジーとかアンジェかしら?」

「私はリーナと呼ばれることが多いからリーナと呼んでくれると嬉しいわ。あと、アンジェだとアンジェリカとかの愛称に多いわね」

 

あら、勉強になります。

アンジェっていうのもいいと思いますけどね。天使のような見た目にぴったり。

 

「改めてよろしくね、リーナ」

「こちらこそよろしく、ミユキ」

 

握手を交わす。――彼女の手はエリカちゃんと少し似た努力を知る手だった。

 

 

 

それからほのかちゃんとも挨拶を交わし、お互い名前で呼べるようになったりと、リーナちゃんは社交的にクラスメイトと仲良くなっていった。

ちょっと羨ましい。私の時は初め皆が遠慮してたから、なかなかうまく近づけなかったのだけど、リーナちゃんには親しみやすさがあるのか、皆初めからフレンドリー。

まあ初々しい入学したての頃の皆と比べても意味はないのかもしれないけれど、リーナちゃん自身の魅力も関係していることはわかるわけで。

 

「リーナは凄いわね」

 

お昼を食べるため食堂への移動中。集中する視線の先にはリーナちゃんだ。

 

「何が?」

 

生徒会役員ということでリーナちゃんの校舎の案内も任されているので、役得とばかりに彼女の横を歩くのだけど(ほのかちゃんは遠慮して一歩後ろに。遠慮しなくてもいいのに)、注目度がいつもより多い。

それはそうよね。こんな美人さん見ないわけにいかないから。

 

「クラスメイトともあっという間に仲良くなったり、今もアイドルさながら手を振って返していたり、余裕が見えるわ」

「確かに、深雪もだけどリーナも堂々としてるよね」

 

おやほのかちゃん、私もです?

 

「深雪も入学当初から堂々としてたじゃない。本当に同じ一年生なのかって驚いたくらい」

 

・・・すまない。それは、うん。心はおばさんだからね、初々しさが・・・。

深雪ちゃん歴は同い年でも前世の分が加算されてると思うと、叔母様と年が近いな・・・・・・。

 

「な、なんか深雪落ち込んでる?!」

「いいの。前に兄さんも七草先輩に10歳くらい年上に見えるって言われてたから、似た者兄妹かなって思えば」

 

お揃いかな、と思い込もうとしたけど、どう考えても種類が違う。落ち込み待ったなし。

 

「兄さんって、ミユキにはお兄さんがいるの?」

 

あれ?ここでこの話していいの?私は構わないけれど。

 

「ええ。同学年に兄がいるわ。双子じゃないからややこしいのだけど、E組にいるの。いつもお昼は兄さんの友人たちと一緒に食べているのだけど、リーナはどうしたい?今日はリーナと三人で食べるのもゆっくりできていいと思うけど」

「私のことは気にしなくていいわ。早く学校に慣れるためにも仲間に入れてくれると嬉しい」

「そう。兄さんたちはたぶん歓迎してくれると思うから、大丈夫よ」

 

 

――

 

 

ということでリーナちゃんを連れて食堂へ。

入った途端すごいね。皆に注目されました。でもリーナちゃんも慣れたもので気にもしない。本当堂々としています。

自信に満ち溢れてるというのかな。自分は間違ってないわ!みたいな。

背後でほのかちゃんがたじろいでる。居心地悪そう。でもすぐお兄様のところに行くから頑張って。

迷うことなくお兄様の席に向かうと、皆ある程度予測してたのか、苦笑を浮かべているメンバーたちが。

ごめんなさいね。皆の元に有名人を連れていって注目されてしまうことを許してね。

何も言っていないのにもう一人分の席も確保されている。

お兄様は私の方をちらりと見つつ、自分に向けられた視線を受け止める為、リーナちゃんと対峙する形になった。

 

「ご同席させてもらっていいかしら?」

 

この時点でかなり日本語流暢だよね。女子高生はなかなか言わないよご同席なんて。

同い年の日本人より日本語知ってるパターンの留学生です。すごい。

お兄様は対外的な笑みを浮かべて歓迎――するわけでもなはないけれど、気負わずフランクに返した。

普通こんな美少女に声を掛けられたら緊張の一つや二つしてもいいと思うのだけど、お兄様だからね。流石です。

周りもお兄様だしな、という空気が流れてます。

とりあえず皆の席にはすでに食事が並んでいるので私たちも急いで取りに行った。

混んでいる配膳カウンターの前に道ができる。・・・いいのかな?と思うのは一瞬だ。

むしろ早くしないと後がいつまでたっても続かない。ありがとう、と感謝を込めて微笑んで頭を下げてからリーナちゃんに使い方を伝授。

とはいっても今はどこでも導入されているシステムだ。食べたいメニューを選んで、あとは受け取り口で待つだけ。しかも時間はほとんどかからない。

自分の食事を持って席へ戻る最中もいつも以上の視線を浴びるけれど、今はそのことよりもどこに座ろうか、と思案する。

いつもならお兄様の隣なのだけど、今日はリーナちゃんを案内する立場にある。二人が話すことをメインにするならお兄様の前の席にリーナちゃんを配置して、運命の後押しをした方がいいかな。

初詣では私のせいで印象が変なことになってしまったから。

ほのかちゃんにはお兄様の隣に行ってもらってその向かいに座ったのだけど、皆なんでそんなに私に注目するの?そこまでおかしい席順?

 

「なに?深雪、達也くんと喧嘩した?」

「喧嘩なんてしてないけど、席のことだったら今日の主役はリーナ、彼女だから、紹介もかねて中央寄りに座ってもらったのよ」

 

お兄様の隣に座らなかっただけで不仲を疑われるとは。そして周囲から安堵の溜息がちらほら。

席が違うだけで不仲を疑われるの?・・・そんなに心配事ですか、私とお兄様の関係。

そう言えば演劇部部長の本は来月発売決定とのことで、校内で予約したか?と聞くだけで本のことだとわかる程度には認知されていた。

公然の秘密・・・秘密にもなっていないけれど、一応架空の設定であり、モデルは伏せられてはいる。緘口令も敷かれたそうだけど、校内ではいいよね、という謎ルールがあるらしい。ばーい美月ちゃん調べ。

この話に関してはエリカちゃんよりも美月ちゃんの方が詳しい。

とまあ、その話は置いておくとして。

ほのかちゃんがお兄様の横で張り切ってリーナちゃんの紹介をするのだけど、舞い上がっているほのかちゃんはお兄様にだけ紹介をするというミスをして、ほのかちゃんだもんね、と皆に温かい目で見られていた。

真っ赤になって困ってるほのかちゃんも可愛い。ほのかちゃんのフォローは雫ちゃんだったけれど、彼女のいない今、その役目は私がしっかり果たさなくてはね。

 

「じゃあ仕切りなおして。アメリカから来たアンジェリーナ=クドウ=シールズさんよ」

 

リーナちゃんは皆を見渡してから座ったまま綺麗な一礼。様になってることからも教養の高さが窺える。

・・・横から見るとすごいね。まつ毛長い!爪楊枝置けそうなレベル。

瞳は空の色をドームに閉じ込めたように澄んだ青。くるくる巻かれた金髪はリボンで両サイドにまとめられていて揺れ動くだけでキラキラ眩しい。

ほどいたらきっといい匂いがする・・・じゃなくて、私と同じくらいの長さかしら?いえ、縦ロールをのばしたらそれ以上長いんじゃないかな。

気付いたけど私の周り縦ロール率高いね。叔母様然り亜夜子ちゃん然り。

珍しい髪形だと思うのだけど。今度私も挑戦してみようかな。外でしたら叔母様たちとの関連を疑われる可能性があるから家で、になるけれど。

 

「リーナと呼んでくださいね」

 

綺麗な笑みに見蕩れちゃってもおかしくないと思うのだけど、正面で食らったはずのお兄様はさらっと自己紹介をしてリーナちゃんと敬語抜きの会話権をさらりと取得。

普通男子高校生はそんな簡単に取れないですからねその権利。

そしてテーブルの上で交わされる握手に内心きゃあきゃあ騒いでしまう。

だって、だってね。ただの握手じゃないのよ。リーナちゃんはただの握手のつもりで差し出した手なんだけどね?

お兄様ったらその手をそっと下から掬い上げるように持ち上げてきゅっと握るのですよ。

所謂貴婦人に接吻の礼を取る様にするっていう!アレです。

隣のほのかちゃんなんてひゃーって顔。わかる。ひゃーっ!だよね。美月ちゃんもきっと、と思って見ると予想に反して複雑そうなお顔。

なんで?いつもなら一緒にひゃーっ!だと思うのだけど?あ、ちらっとこっち向いた。

手を振ってみるとなぜか拳を握って小さく頷いて・・・何か決意でもしました?オタク、勝手に悩んで自己完結するイキモノだから。

 

「タツヤってもしかしてミユキのお兄さん?」

 

名字が一緒だし、さっき来る途中で話題に出したからね。リーナちゃん大正解!

お兄様もニッコリ笑顔・・・は、私の妄想です。対外用の笑みですね。ニコ、くらいかな。笑みを浮かべて頷いて返した。

でもお兄様にしてみれば結構なサービスだと思いますよ。良かったねリーナちゃん。

それからエリカちゃんを筆頭に自己紹介タイム。

こういう時特攻隊長のエリカちゃんがいると本当スムーズだよね。流石。

吉田くんが可哀想にあまり呼ばれたくない愛称で呼ばれることになってしまったけれど、概ね問題なく終わった。

だけどどうしてか神社の話が出ない。リーナちゃんから振ってもおかしくないと思うのだけど、タイミング失ったのかしら。

西城くん言わないの?もしやスパイだって疑ってるから、余計なことを言って探られないように、とかそんな話になってたり??

それとも単に気づいてないのか。よくわからない。

美月ちゃんに至っては私が印象付かせたから気づいていてもおかしくないのだけど。さっきも様子がおかしかったから何かあったのかな。

ともかく自己紹介も終わったしようやくご飯が食べられる。

リーナちゃんはこの時間を見越してかな。短時間で食べられる蕎麦だった。箸の使い方上手。

だけど啜るはまだマスターできてないのね。・・・今度お手本に麺類注文してみようかしら?美少女にはぜひ啜ってもらいたい。

・・・だめだ。心のおじさんはお帰りください。邪なことは考えない。麺を啜る唇ってキスする時の形になるよね、なんて本当によくない。最後のちゅるんが見たいなんてそんな。

 

「深雪」

「・・・なあに、兄さん」

 

そうだ、隣に座ってないのでした。お兄様の方を見れば心配そうな表情。

 

「食べる手が止まっているよ」

 

あらいけない。皆が楽しくおしゃべりしている時に手と口を休ませてしまった。

 

「手伝おうか?」

「・・・兄さんにとって私はいくつなの?一人で食べられるわ」

 

手伝うっていったい何をどうするつもりなのか。もしかして食べ足りないから分けてほしいとか?絶対違うね。

ほのかちゃんは羨ましがらないで。っていうか羨ましいかな?高校生になってまで食事の世話されるのって。

 

「タツヤって面倒見がいいのね」

 

リーナちゃんの発言に皆虚を突かれたように固まった。言われたお兄様も首を捻っている。

 

「あ~、リーナ。早めに知っておいた方がいいと思うから言うけど、達也くんのソレは深雪限定だから」

「その二人は重度のシスコンとブラコンなんだ。この学校では知らない奴がいないくらい有名な、な」

「西城くん、兄さんは重度かもしれないけど、私はそこまでじゃないと思うのだけど」

 

抗議の声を上げると、周りから残念なものを見るような目が向けられた。

な、何で!?そこまで私お兄様お兄様してないと思うのに!べったりくっついたりもしてないし。

 

「あ~、まあ・・・そうなんだけどな?」

「あの、達也さんの行動を受け入れちゃってる時点でその、判定が・・・」

 

美月ちゃん、なぜ照れながら?両頬を押さえて乙女なポーズ。可愛いけれど。

お兄様の行動を受け入れているだけでブラコン判定?

・・・ああ~、普通なら反発するか拒絶するかなのか・・・。エリカちゃんがそのタイプだね。でもエリカちゃんだってブラコンなのに。

私はお兄様が誰と付き合おうが文句を言うつもりはないよ。お兄様を大切にしてくれて、お兄様も受け入れているなら誰でも大歓迎。

 

「俺の行動はそんなにおかしなものか?」

「おかしい」

「過保護すぎる」

「甘いですよねぇ」

「特別なのはわかるけど、態度が違いすぎです!」

「達也は周りの反応を気にすべきだ」

「・・・やっぱり距離を置いた方がいい?」

「「「「「それはやめて」」ろ」あげて」ください」

「それだけはやめてくれ」

 

お兄様は重度のシスコン判定に疑問の様子だけど、それには全員が丁寧に否定。

そして私もついでとばかりにここぞと兄妹離れを提案するのだけど、こちらもリーナちゃん以外からすかさず却下のお言葉。

お兄様もですか。

でもシスコンっていうのはマザコンと並んで恋人出来なくなる要因ですよ。早めに無くした方がいいと思うのだけど、うまくいかないね。

 

「・・・よく、わかったわ」

 

リーナちゃんがちょっぴり胃の辺りを押さえた。胃もたれですか?

それから話の流れを変える為か、お兄様はリーナちゃんの素性、九島家との関わりについて触れる。よどみなく答えるリーナちゃんは、きっとここまでなら想定済みだったんだろうけど、続くエリカちゃんの、自分からの希望ではない留学なのね、とのツッコミに動揺していた。

雫ちゃんは希望してという形だったから、エリカちゃんの質問はおかしな流れではなかったのだけどね。

エリカちゃんの特攻は見えないところからもやってくるから気を付けて。

 

ちなみに、どうして神社の話が出なかったのか後で確認したところ、あの恰好のことに触れるのは悪いかなという気遣いからでした。納得。

 

 

――

 

 

家に帰るとお兄様とのハグタイム。

 

「深雪は彼女を気に入ったのか」

「そうですね。警戒対象とわかっているのですが、どうにも印象がちぐはぐで」

 

優秀なのは座学でもわかった。

日本語の文章も問題なく理解しているし、解答もおかしなところもなく正解していた。

実力を隠して潜り込む、ではなく派手な容姿もあるから、むしろ下手に隠すことなくあえて注目を浴びて疑いの目を逸らそうとする作戦のようだ。

というよりそれしかないよね。彼女の容姿目立つもの。これで実力無いよう振舞ったら嘘に映る。そっちの方が疑ってくれと言っているようなものだ。

そしてこれからは実技の授業も組み込まれる。

きっと容姿に見合っただけの実力があるのだ、とすでに期待もされているから容姿がいいのも大変だ。

 

「ちぐはぐ、か。確かに彼女は隠し事が得意には見えなかったな」

「そういう演技の可能性もありますが、疑われている中ではあまり意味のない演技ですよね。工作が得意か不得意かなんて、結局のところスパイと思われた時点でただの警戒対象ですし、今更素人に見せたとしても、効果があるとも思えません」

「たとえ本人に工作員としての技量が無く、自身で考えるのが苦手であってもサポートがあれば十分使える、か」

 

辛辣なご意見。そこまでポンコツじゃないですけどね、リーナちゃんは。

内心ちょっとだけフォローしてある程度意見の纏まったところで、いくらハグして密着していても玄関では寒いものは寒い。お兄様の背を叩いて中に入りたいのだけど・・・

 

「――初詣の時も思ったが、深雪はあの子に特別な思い入れがありそうだな」

 

ドキィッ!と古典的に心臓がはねた。・・・ええ。白状すると女の子キャラで一、二を争う好きなキャラでした。

可愛いよねリーナちゃん。争っていたのはお気づきの方もいるかもしれないが雫ちゃん。

今ではぶっちぎりで雫ちゃんだけどね。大好き。でもそれとこれとは別と言いますか、浮気じゃなくてね?キャラとしてファンというか。

お兄様が少しだけ体を離して頬に触れる。

 

「何か彼女に感じていると、そういうことかな?」

「そう、ですね。・・・でも彼女は私に、というよりも初めからお兄様を特別視しているような気がして」

 

それは事実。原作抜きにしても彼女の目は初めからお兄様をロックオンしていた。今日のお昼もそうだし、初詣の時にはすでにお兄様しか見えていなかったように思う。

容疑者に私も含まれると言っても九校戦の資料でも見ていたら、あの戦略級魔法は私の魔法の可能性は低くもなるだろうから。

逆にお兄様の魔法は特殊に見えてもおかしくないし、何よりモノリスコードで魅せた動きは訓練をした人間のモノだと気付いてもおかしくない。

 

「お前と俺では未知数な分、俺が怪しまれてもおかしくないからな」

「初詣の際にはお兄様に一目惚れでもされたのかと思ったのですが」

「それはないよ」

 

速攻否定される。けれどね、あの時のお兄様魅力半端なかったですからね?釘付けにならないよう必死だったんですから。

 

「そうでしょうか?あの時のお兄様はとても素敵で、目を奪われても当然かと」

「そう言う口で、俺ではなく彼女を見つめていたのは誰だったかな?」

 

う、藪蛇だった。頬をするりと撫でられる。同時に背筋に何かが通り抜けた気がした。ぶるぶる。

 

「だが、そうだな。そこも引っかかっている。深雪と歩いていて俺だけを見るなど不自然だ。深雪のあの時の美しさは性別問わず皆を魅了していたからな」

 

褒められるのは嬉しいけれど、そうか。気にしてなかったけどリーナちゃんから見られた覚えはちらっとしかない。それは何か目的を持って観察していない限りありえない反応。

深雪ちゃんは視線収拾マシーンだからね。興味ない人間でも一度は目を奪われる。何か任務をしていない限り私に視線が向くのが自然だ。

 

「仕掛けられる相手が俺だけになったと思えば気が楽だな」

「・・・お気を付けくださいませ」

 

もう一度お兄様の体に寄り添うように押し付けてから今度こそ離れる。お兄様もすんなりと離してくれた。

 

「相手がどんな手を使ってくるかわからないからな。深雪も十分気を付けてくれよ。最悪お前が人質になんて取られた日には、俺は何をしでかすか」

「そんなことにならないよう努めます」

 

それだけはダメだ。そんな話はなかったなど考えずに気を引き締めねば。

原作の強制力があるからといって原作からいくつか道を外しているのだから――

 

 

 

 

なんて、まさかそれがフラグになっていたとは、予想もしていなかった。

 

 

――

 

 

「もう一回!もう一回よミユキ!!」

「わかった、わかったから落ち着いてリーナ」

 

実習室で向かい合い、皆が固唾をのんで見守る中、直前の興奮を抑え込んでリーナちゃんはカウントする。

 

「スリー、ツー、ワン」

 

ワン、のカウントで手をパネルに翳す。

 

「「GO!」」

 

私は指だけをそっと。リーナちゃんは手のひらを打ち付けるように。

眩い想子の輝きが二人の中心に押し寄せ、金属球の座標目掛けてぶつかり合う――のだけど、ハレーションが起こるのは一瞬。

リーナちゃんの想子が押し負けて、というより塗りつぶされて?金属球がコロリ、とリーナちゃんの元へ転がっていく。

・・・おかしい。手加減されているのではないかというほど手応えがあまりない。

いえ、生徒の誰よりも、それこそ七草先輩や渡辺先輩たちとも勝負をさせてもらったが、その時よりも抵抗はされた。

だが術式の発動も、お兄様には全力でとは言ったものの、初めは様子見がしたいと考えて、発動速度を抑えめにした状態で試したのだが、先制が取れてしまった時には実習中なのにポケっと気が抜けてしまった。

顔には出さないようにしたけれど、動きは止まっていたと思う。

更に干渉力では、まるで壁があるのではないかというほどリーナちゃんの想子がこちらに浸食することができないでいた。密度が高すぎたのか、押し返すのも難しそうだった。

リーナちゃんの魔法が完成する前に自身の魔法を発動させて主導権を握るか、リーナちゃんの魔法を完成するまで待ってから干渉力を強めて主導権を奪い取るか。

後者は時間が掛かったけれど、それでも余裕があった。

・・・これはもしかして原作がおかしくなってる?何か警戒させるようなことをして、探りを入れるために私に張り合うのではなく、下に見られようと抑えているのだろうか?

 

(だけど、その割には・・・眦上げて躍起になってるリーナちゃん可愛いね)

 

じゃなかった。こんな時でも煩悩が消えないの、本当にどうにかしないといけないと思うのだけど、そうじゃない。

どうにもこの悔しがっている姿に嘘が無いように見えるのだ。

クラスメイト達も、司波さんだからしょうがない空気が漂い始めた。彼らは教員も先輩たちも歯が立たなかったことを知ってるからね。

だけど、これは一体どういうことだろう?なぜここで話が変わったのかさっぱりわからない。

警戒されていたのはお兄様だけだったのではなかったか?

 

「今のは危なかったわ。やっぱり先に発動されてしまうと難しいわね」

「・・・危ないって言うけどミユキはまだ余裕があったじゃない」

 

肩で息をするリーナちゃんの表情は悔しいと書いてある。はっきり。くっきり。

負けず嫌いなのかな。演技も混じっているとは思うけど本心も混ぜ込んでいるような、そんなリアルな表情が私を惑わせる。

 

「それは、この実習はもう一月もやっているのだから作戦くらい練るわ。正攻法で勝てない場合、搦め手くらい使えないと」

「ミユキの魔法力とサイオン量を考えたら正攻法だろうと負けなしよ!」

 

きゃっ、美少女に怒られちゃった。可愛い。じゃなくて、反省。

 

「ちょっとリーナ、深雪に当たらなくても」

「ぐ・・・そ、そうね。冷静さを欠いたわ。ごめんなさい。ワタシ、ステイツのハイスクールレベルでは負け知らずだったから。まさかこんな手も足も出ないだなんて・・・」

「深雪は別格だからね。・・・内緒だけど、実は先輩たちも敵わないの」

「ほのか」

 

それは一応口外禁止の公然の秘密だ。注意するように名前を呼ぶとほのかちゃんは肩を竦めたけれど。

 

「う、だって、このままじゃリーナが自信失っちゃうかもでしょ?先輩たちが敵わないんだもの。まだ一年の私たちが太刀打ちできなくても、しょうがないって思わないと。来年はもっと精進して深雪に追いつけるようにって、私も言い聞かせてるんだから」

「ほのか・・・」

 

やだ。ほのかちゃんが泣かせに来る。ほのかちゃんもこのところぐっと成長してきたモノね。特に精密制御なんて私よりもすごいんじゃないかしら?

横浜の時もすごかったけど、更に磨きがかかったような。努力家だよね。

嬉しくなってほのかちゃんの頭を撫でちゃう。

 

「ちょ、ちょっと深雪!」

「ほのかは本当に頑張り屋さんね」

 

いい子いい子。撫でているとほのかちゃんがどんどん小さくなっていく。

 

「も、もういいよ。ありがと!」

 

顔を真っ赤にしてほのかちゃんは自分の番きたから!と逃げるように実習のテーブルに向かった。

 

「リーナも」

「わ、ワタシは結構よ!」

 

リーナちゃんは慌ててに壁際に行ってしまった。もう一回対戦するか聞こうとしたのだけど、残念。

 

 

――

 

 

そしてお昼。今日は一週間ぶりにリーナちゃんも一緒です。

彼女は本当に社交的に活動していて、クラスメイト達と仲を深めるだけでなく、あちらこちらからかかる誘いにきちんと応え、できる限りたくさんの人と交流していた。

・・・本来総代の私もこうあるべきだったのよね。私はクラスメイトだけで精いっぱいだったけど。それに遠巻きにもされてたからお誘いはあまりなかった。

あの時はちょっとピリピリしてたから近寄りがたかったのかな。4月の事件以降はお兄様と食事することができるようになってからは、誰も誘いに来なくなったけど。

 

「大人気ね、リーナ」

 

エリカちゃんの裏表ない賛辞にリーナは謙遜することなく受け取って返すのが新鮮だった。やっぱり国民性がちがうんだなぁ。

日本人だったら絶対謙遜しちゃうから。でも謙遜もし過ぎれば失礼にもつながるから気を付けないとね。

 

「でもリーナって予想以上に凄かったんだね。そりゃあ選ばれて留学してくるくらいだから、相当な実力者だろうと思っていたけれど、まさか深雪さんの相手が務まるとは」

 

吉田くんが初めて私の名前を呼んでくれた気がする。ちょっと嬉しいけどセリフが変わっちゃってますね。なんですか、私の相手が務まるって。

それに何よりリーナちゃんとおしゃべりする方がフランクってどういうことだろう?私には敬語だったり、ですます口調だったりするのに。

・・・私ってそんなに親しみ難いのかしら。

 

「驚いてるのはワタシの方よ」

 

吉田くんの称賛にリーナちゃんは驚いて見せてからちょっと拗ねたように返した。

 

「これでもステイツのハイスクールでは負け知らずだったんだから。なのにミユキに全く歯が立たなかったのよ?ホノカにも総合力では負けないけど精密制御じゃ負けてるし。さすが魔法技術大国・日本ね」

「リーナ、実習は試合じゃないわ。あまり勝ち負けなんて考えない方がいいと思うけど」

「競い合うことは大切よ。たとえ実習でもせっかくゲーム性の高いカリキュラムなんだから、勝ち負けには拘った方が上達すると思うわ」

 

おおう、これが異国文化交流。ここまで正面切って言葉を返されたのは経験がないので目をぱちくりさせてしまった。

でもそうね。確かにモチベーションのためにも勝ち負けというのはあった方がいいのかもしれない。負けることで成長することは多々あるからね。成長への起爆剤だもの。

 

「やっている最中は競争心を持つのも大事だろう。でも、終わった後まで引きずる必要はないんじゃないか?実習はあくまで練習で、評価に結び付く実技試験とは違うのだから」

 

お兄様の意見に、リーナちゃんは落ち着きを取り戻した。熱くなり過ぎたと反省を見せる。

・・・よかった。リーナちゃんとピリピリしたままは嫌だったから。お兄様ありがとう。

 

「熱くなることは悪いことじゃないさ。深雪も新たなライバル登場でモチベーションを上げているからな。その点、リーナには感謝している」

 

リーナちゃんは前半の言葉には納得したようにうなずいたけれど、後半の言葉には表情を曇らせた。

 

「ライバルって・・・さっきも言ったけど全然歯が立たないのよ?」

 

拗ね拗ねリーナちゃんリターンズ。お口尖らせて可愛いね。

 

「さっき幹比古も言ったが、深雪の相手が務まるだけ十分すごいことだからな。深雪は少し世間知らずなところがあるから、自分がどれだけ能力が高いかイマイチ理解ができていない。だからリーナがいてくれると深雪の勉強になる」

「兄さん!その言い方はリーナに失礼よ。それに私も、・・・そんなに世間知らずじゃない、と思うのだけど」

 

自信が無くなって尻すぼみになったのは、お兄様たちをはじめ、皆が言っていたことが正しかったからだ。

原作に目を曇らせていたのか、はたまた別の作用が働いたのかわからないけれど、あまり認めたくないが私の力がリーナちゃんを現時点で上回っているようなのだ。

原作では拮抗して良きライバルの関係だったけど、ここではリーナちゃんの前にそびえたつ壁になってしまっている。

アンジー・シリウスになった時の実力は不明だから、おかげで先読みが難しくなってしまった。

 

(これから流れがどう変化するのかわからない・・・)

 

どうしようと俯くとすっと横から手が伸びて頭に置かれた。

 

「そうだな。リーナ、悪かった。だが、リーナがいてくれるから深雪が実力を出せるというのは事実だ。これは兄として感謝させてくれ」

「え、ええ。そこはあまり気にしてないから大丈夫、だけど・・・」

 

リーナちゃんの目がね、私の頭の上に注がれている気がする。自分のことよりもこっちが気になりますか。

 

「深雪も、そう落ち込まなくていい」

「兄さん」

 

お兄様の方に顔を向ければちょっと困ったような笑みを浮かべていた。

 

「お前は十分に頑張っている。だからその成果が出ているんだ。誇りこそすれ、落ち込むことなんて何もないよ」

 

・・・お兄様が言うのだからそう、なのだろうけど。だめだ、これからのことを思うと心の整理がつかない。頭を切り替えないと――

 

「困ったな、そんな顔をさせるつもりなんてなかったのに」

 

頭から頬へ手が滑り降りて、また下がってしまった顔を持ち上げられる。

途端周囲からBGMと化した悲鳴が聞こえ、リーナちゃんが驚いてきょろきょろしているのが視界に入り、そちらに目を向けようとしたのだが、もう片方の手も添えられ両手で挟まれてしまえばお兄様にしか見れなくなっていた。

 

「ダメな兄貴だな、俺は。いつだってお前を笑顔でいてもらいたいのにこうして落ち込ませるなんて」

「・・・違うの。兄さんは悪くない。私が、見えていなかったから」

「なら、これから知っていけばいい。お前のペースで、ゆっくりと」

 

・・・そうだ、立ち止まってなどいられない。考えなきゃならないことは増えたけど、その分凝り固まった思考を柔軟にして選択肢を増やせばいい。

目的は最初から変わらない――すべてはお兄様の幸せのため!

曇っていた目が晴れたように、今は真直ぐお兄様が見える。・・・見えるね。しっかり見つめ合って微笑まれてるのが。

 

「気分が浮上したかい?」

「も、もう大丈夫だから」

 

離して、と伝わっているはずなのにお兄様は手を離してくれない。

 

「今日も深雪は可愛いな」

「兄さん!」

 

恥ずかしいセリフ禁止!!やめて!いろいろ考えなきゃならないことがあるのに、お兄様でいっぱいになってしまう!

こうなれば実力行使!と挟んでいる手を掴んで引っぺがす。そしてこれ以上悪さしないようにぎゅっと握る。

 

「もう落ち込んでないから意地悪しないで」

「意地悪なんてしてないよ。本心だ」

「その割に笑ってるじゃない」

「お前が可愛くて堪えられないだけなんだがな」

 

だから~!もうやだ。このお兄様誰か止めて。ご飯がいつまで経っても食べられない!

 

「・・・・・・兄妹、じゃないの?」

「兄妹らしいよ」

「嘘でしょう?!兄妹のものじゃないでしょ、今のやり取り!日本じゃ兄妹はこんなことするのが当たり前なの?!」

「「「「それはない」」よ」です」

「達也さんと深雪はちょっと特殊っていうか」

「ちょっとじゃないでしょほのか。留学生に誤解を与えちゃダメよ。はっきり言って異常!最初に言ってたでしょ。この二人は重度のシスコンとブラコンなんだって」

「・・・確認だけど本当に兄妹、なのよね?」

「似てないけど、兄妹なんだって」

「似てないけど、偶にそっくりな時あるよな」

「ああ。わかる気がする」

「達也さんも深雪さんも常識あるようでいて、抜けているところとかも似てますよね」

 

皆楽しそう。私もそっち行きたい。

手を離すと、お兄様はもう何もしないよ、というように両手を振ってから前に向き直って食事を再開した。

・・・今日も命拾いしました。ごはんおいしい。

 

「そういえばリーナ、大したことじゃないんだが」

 

お兄様のセリフに、ここは原作通りだ、とこっそり安堵しつつ見守る。

流れは変わりない。アンジーと呼ばれたリーナちゃんは一瞬動揺したように見えた。微かな反応。気にしていなければ気づかない程度の不自然に見えない反応だった。

お兄様は気付いただろうにそんな素振りも全く見せない。・・・当然リーナちゃんも気づくはずもなかった。

 

 

――

 

 

想子波測定装置内蔵のベッドから起き上がると、無表情を固めたような顔のお兄様がガウンを手に近づいて、ふわりと広げて着せてくれる。

きっちりと前を整えしっかり締めて――・・・一人でできるのだけど、お兄様の方が私より手際が良くてスピーディーなのが不思議です。

慣れてます?ここ以外でお兄様に着替えを手伝ってもらう機会なんてないのだけど。

 

(っていうよりいるかな手伝い?!そんなに私の下着姿は見苦しいですか!?早く隠したいですか?!)

 

ここに引っ越してきた初日のような失敗はせず、背伸びをしていない年相応の下着を身に付けているはずなのに、お兄様は毎度私の下着姿に一瞬警戒する。・・・まあ、私が悪かったんですけどね。初手をミスった私のせいです。反省。

と、そんなことよりお兄様だ。

着せ終えたお兄様の顔には微かな憂慮が浮かんでいる。・・・確かに、何も知らなければ自分が何かやらかしたのではないかと思ってしまうかもしれない。そんな不安を掻き立てられる、お兄様の珍しい表情だ。

 

「・・・何か至らぬ点でもありましたでしょうか?」

 

そっと控えめに訊ねれば、お兄様は安心させるように微笑んでから、落ち着かせるように頭を撫でてくれる。

 

「違うよ。お前に至らぬところなんてあるはずもない。至らないのは俺の方だ」

 

自責の念を抱いたというように、後悔を浮かべる顔にきゅっと胸が締め付けられる。

 

「魔法式構築規模の上限が予想を超えてレベルアップしている。そのせいでCADの処理能力がお前の魔法力についていけてない。余裕を持たせて設定していたつもりだったが、読みが甘かったな」

 

うう・・・お兄様は悪くなんてないのに。でもここで謝るものおかしな話だし・・・。言葉にできないのでお兄様の撫でる手を掴んで下ろし、胸の前で握りしめる。

気持ちがちょっとでも伝わったのか、苦笑に変わった。

 

「冬休み、師匠のところでだいぶ鍛えられた時も格段に上がっていたから、学校では緩やかに上がると思っていたのだが・・・このところの深雪の成長は著しいな。もちろん、魔法力だけじゃなく美しさも磨きがかかって、兄として誇らしいが、同時に目が離せなくて困ってしまうよ」

 

握らせた手をそのままに、空いていたもう片方の手で髪を耳にかけるお兄様はそのままの流れで頬に触れる。

更に近づく顔に、先ほどの言葉もあって赤らむのが止められない。顔が熱い!

 

「お、にいさま」

「俺以外に、そんな無防備な顔を見せてはいけないよ。俺は兄だから耐えられるけど、今の深雪の前ではどんな人間でも勘違いしてしまうから」

 

(無防備って!お兄様相手に何を警戒すればいいの?!というか勘違いって何!?)

 

お兄様の言っていることが何一つ理解できない。おかしい。深雪ちゃんの頭脳は優秀で、お勉強だってたくさんしてきたのに何の役にも立ってない。

脳が沸騰しているから思考なんて纏まるはずもない。冷却すればいい?魔法使えば正常に戻る??

お兄様は謎の忠告をして満足したのか顔を離し、頬の手を滑らせてから離れていった。うーん、お兄様行動や仕草がいちいちえっちくさい。やめて。妹誘惑よくない。

怖くなって掴んだままだった手を離せば、お兄様はその手でもう一度私の頭をぽん、と撫でてから口を開く。

 

「少なからずリーナがクラスに編入したことが刺激になっているのかな」

「そうですね。確かに、彼女は私が関わってきた中で一番強いです」

 

もちろん学内で、とは付くけれど。

冷静さを取り戻して答えると、お兄様は頷いて返した。

正確な数値など原作で出なかったから比べようも無かったのだけれど、どうやら私はリーナちゃんに会う前にレベルを上げ過ぎたらしい。基礎能力が上回ってしまっていた。

てっきりリーナちゃんが手抜きをしたのだとか、何らかの事情で実力を行使できないでいるのかとの可能性さえ考えた。

でも、考えてみたら、原作の深雪ちゃんは箱入りお嬢様で、蝶よ花よを大事にされ、与えられた訓練と、お勉強で己を磨いていたのだ。

私のように、魔法楽しい、面白い、こんなこともできるの!?なんて楽しむことなく、魔法とはこういうもの、と受け入れてお兄様の為だけに実力を磨いていこうと決めて、ただそれだけを目指していた。

そして何より、お兄様より劣っているように、決してお兄様を上回ることのないように。

すべては『お兄様の為に』。

深雪ちゃんの行動原理。これが時に枷になっていたのだ。お兄様より目立たぬように、と。お兄様に嫌われないように、と。

無意識にセーブしてしまっていたのだ。――お兄様は深雪ちゃんが強すぎたって、コンプレックスに感じたとて、嫌うことだけは絶対になかったはずなのにね。

彼女は恐れ過ぎたのだ。お兄様が大好き過ぎて。お兄様よりできることが多ければ多いほど、お兄様が離れていってしまう可能性に怯え、恐れていた。

だとしたら、現状、その深雪ちゃんより基礎能力が上がってしまった私は、彼女よりお兄様を好きではないのだろうか――それは否だ。断じて否。

私だって私なりにお兄様をお慕いしている。幸せになってもらいたいと、心の底から願っている。

その為なら私もどんなことでもするだろう。その覚悟はある。原作の深雪ちゃんにだって負けない強い想いがある。

 

「ところでお兄様、お昼のご質問はやはり」

「そうだ。リーナが『シリウス』だと考えている」

 

・・・まあ、あれだけ動揺されたら気づくか。リーナちゃん可愛いポンコツさんだから。

未成年という情報もあったし、スターツが動いているという叔母様の助言に、このタイミング。ただ――

 

「その、彼女はやっぱり実力を隠して近づいてきたということでしょうか?」

「そんな風には見えなかったぞ。単にお前との差は実力の差だと判断している。彼女も俺と同様制限があるのだろうがな」

 

制限、の言葉にはっとした。

そうだ。リーナちゃんも得意な魔法が使えない上、体に馴染んでいない道具に苦戦を強いられているのかもしれない。アメリカとは当然仕様が違うはずだし。

 

「そう、ですね。全力を出せるはずもないのでした」

 

ちょっと安心。対等とは思えない力量の差について納得できる理由にようやく出会えた。

 

「・・・それでもお前を打ち破るほどの魔法力があるかは別だぞ?」

「お兄様、USNA最強の特殊部隊の総隊長ですよ?お兄様のように特殊な隠し玉がたくさんあるに違いありません」

「それはそうだが」

「何より私は実戦不足です。彼女やお兄様の足元にも及びません」

 

どうやらお兄様は、魔法力も彼女に勝っていると思っているようだが、流石にそれは大国を舐めすぎだと思う。

そもそも平和な日本で大した実績もない箱入りの私と、実戦経験豊富な彼女とでは比べられるわけもない。ステージが違う。

 

「お兄様とて、私相手に戦うことになれば魔法力は敵わずとも倒す術をお持ちでしょう?」

「深雪を倒すことを考えるくらいなら俺は倒そうとするすべてを破壊する」

 

おっと、お兄様の目からハイライトが消えた!例えを間違えたか。えーと、えーと。

 

「・・・だが、言いたいことはわかった。確かに深雪にはまだまだ隙があるからな。そこを突かれればいかな深雪でも押し切ることはできないかもしれない。――そんなことにはさせないが」

 

お兄様、お目目怖いですよ。ちょっと塞いじゃいましょうね。物理で。

 

「深雪?」

「お兄様。居もしない敵を見据えることなどありませんよ」

 

だからそんな目をしないで、とお兄様の目に手を翳す。

 

「大丈夫です。お兄様の守護がどれほどのモノか、私が一番わかっています。私にこれほどの安心を与えて下さるのはお兄様だけなのですから」

 

お兄様が傍に居て、深雪ちゃんが傷つくことなどないのだ。それはこの世界のルール。

・・・絶対とは思わないよう気は引き締めるけどね。今回みたいに、どんなイレギュラーがあるかわからないから。

 

「深雪・・・ありがとう。その言葉があるから俺は報われている」

「お礼を言うのはこちらの方です。いつもありがとうございますお兄様」

 

手を下ろせば、お兄様は穏やかな目に戻っていた。よかった。魔王様は去ったのだ。

 

「深雪が一番わかってくれる、か。シリウスの件もそうだが、深雪に隠し事などできないな」

「それはもう!私は今までずっとお兄様を見てきていましたもの」

 

これからもずっとお兄様を見ていたいけれど、きっとそれは私でない誰かに譲らなければいけないから。

だけど今ならばまだ、私が一番お兄様を見てきたと言える。

たぶんお兄様は私に隠し事なんていくらでもあるだろうけれど、無邪気な妹としてそこは気付いてはいけないところだ。その辺は弁えていないと。

ちょっと原作とは言い回しは違うけど、ここでお兄様は笑い飛ばしてくれるのよねー、とそう思っていたのだが。

 

(・・・んん?あれ?なんで・・・お兄様、どうしてこの場面でそんな婉然と微笑まれるのです?)

 

反応が違いますね。一気にこの暗めの室内が未成年お断りのお店に見えてきましたよ。あれれ?私はクラブに来ていましたっけ?入ったことないけど。

 

「深雪はいつでも俺を喜ばせてくれるな」

 

喜ぶとお兄様は色気が溢れる仕様ですか?危険極まりない。

 

「深雪が俺を見てくれるというのなら、俺はどんなことだってお前の期待に応えるよ」

「お兄様は十分に、応えて下さってます。これ以上望むものなど――」

 

何とか躱そうとするのだけれど、見えないスイッチ押したかな?なんで色気マシマシ??するりと頬を撫でる手が壊れ物を扱うほど丁寧なのだけれど、その触り方は擽ったい。なんかぞわぞわする。

 

「もっと俺を望んでくれ。

 

――俺はすべてを与えてやりたいんだ」

 

・・・・・・お兄様、それ絶対妹に言う言葉じゃないです・・・。一生を掛けて守る相手に言うセリフ・・・。あー、でも現段階で好感度高いのは妹か。そういうこと?困ったね。

 

「・・・お兄様のすべては私には大きすぎて受け止め切れそうにないですね」

 

とりあえず笑って流せないかなー、とくすくす笑ってお兄様の胸に額を押し付ければ、お兄様は頬から手を下ろし、肩をぽんぽんと叩く。

 

「すっかりここに長居してしまったな。体が冷えてないか?」

「!いつまでもこんな恰好で申し訳ありません。着替えてきます」

 

お兄様の言動のせいで寒さなど感じる余裕もなかったけれど(むしろ熱いくらいでしたけど)、意識をすれば途端に寒く感じるのだから現金なものだ、と思いながら急いで着替えに行く。

慌てなくてもいいからね、とお兄様の声。

でも慌てないわけないよね。こんな防御力のない恰好でいつまでもお兄様と同じ空間にいるのは、私の心臓が持たない。

急いでお兄様が着せてくれたガウンを脱いで服を身に付ける。

・・・深雪ちゃんのような攻めた格好じゃないよ。普通の、冬の暖かい普段着です。見える見えないの絶対領域のおみ足なんて出しません。いくら家の中でも寒そうな恰好良くないと思うので。

 

「お待たせしました」

「行こうか」

 

お兄様に手を引かれて階段を上る。お兄様の手はいつも温かい。

 

 

――

 

 

リビングは地下室より幾分暖かく感じた。

広い空間というだけで詰まっていた息が吸いやすくなる。

いつものようにコーヒーを用意してお兄様の前に差し出す。

ここでいつもなら「ありがとう」と微笑むお兄様の横に座るのだが、今日は十分にお兄様成分を浴びたので向かいの席へ。

お兄様は不思議な顔をするけれど、ニコッと微笑んで躱して座る。

これ以上お兄様に中てられては具合が悪くなる可能性が高いからね。

 

「さっきの話だけど、高い確率でリーナは『アンジー・シリウス』だと思う」

 

高い確率、というけれどお兄様の中では断定に近いのだろう。正解です。

普通あり得ないと思うけどね。あんな綺麗なのに可愛くてちょっと抜けてる女の子が、USNAが誇る最強の精鋭部隊の総隊長だなんて。

その彼女が直々に三か月そこそこで正体不明の戦略級魔法師を探し当てろと命令されているなんて、使いどころを間違えたと思わずにいられない人選だ。

・・・もしかしてだけど、これってやっぱりお兄様を対象とした誘惑作戦だったんじゃない?

リーナちゃん本人には知られずに、恋させて連れ去るつもりだったのでは?・・・とは流石に夢見がち過ぎたね。

でも誘惑して聞き出すくらいはあったのかもしれない。それだけ彼女は魅力的だし、彼女の立場が漏れたところで同情を誘うことだってあり得る。

 

(実際お兄様はリーナちゃんの環境と境遇に同情を抱く。優しい彼女には、仲間も冷酷に処刑しなければならない総隊長の役割など似合わない、と)

 

現段階であちら側は日本に吸血鬼が、パラサイトが来ているなんてまだ気づいていないはず。

ならばなぜ、彼女がこうして不得意な任務をさせられているか――上層部からの嫌がらせ、か。

自国がてんてこ舞いだというのに、馬鹿なことだ。これも黒幕の暗躍した結果なのかもしれないね。

確か黒幕はパラサイトを日本に送り込んで場を荒らしつつ、横浜騒乱の際にいくつかつぶれてしまった拠点を置くための工作していたとかなんとか。

七草が周と接触を図るのもそろそろだったはず。・・・どうしようかな、本当に。色々考えることがあり過ぎる。

 

「・・・ショックかい?」

 

気が沈んでいることを見抜かれたのか、お兄様から心配そうな声がかかる。

 

「ショック・・・ええ、それもあるのだと思います。まだ15,6歳です。それなのにリーナも、お兄様も・・・」

 

大人だからって過酷な環境耐えられるってわけでもないけれど、彼らはまだ未成年で、親の保護下にあってもいい年齢だというのに。

ただ魔法が使えるというだけで当然の保護を受けられない人もいる。お兄様たちのように責務を負っている人もいる。

全く。ままならない世の中だ。

 

「優しいね、深雪は。・・・優しすぎて心配になる。想いに潰されてしまうんじゃないかと」

「私はそんなに弱くありませんよ」

「弱くなんて。お前は強いよ。ただ儚く見えるから勝手に俺が支えてやりたくなるんだ」

 

じっと見つめられる瞳には強い思いが込められていて、嬉しい反面、ちょっと落ち着かない。お兄様目力が強い。

離れているのに熱を感じる。

 

「・・・リーナの話に戻るのですが、彼女はあまり自身の素性を隠すのが上手くないですよね」

 

恥ずかしくなる前に話を逸らそうと元の流れに戻す。

リーナちゃん、ごめんね。でも貴女は本当に嘘を吐くことが下手だと思う。

 

「というより隠す気が無いんじゃないか?神社でもあれだけ目立ってこちらを窺っていたわけだし」

 

違うんですお兄様。彼女は自身の行動が裏目に出ているだけで、あえて気付かせての駆け引きなんて考える子じゃないんです。

とは、現段階で言えないのだけど。

 

「俺の正体を探るためだけに切り札ともいえる『シリウス』を投入するなど考えにくい」

「『シリウス』は大物過ぎるということでしょうか」

「そのとおりだ。ただのスパイ活動であれば、彼女ほどの戦力は必要ないはずだからな」

「では何か別の目的がある、と」

「そう考えるのが自然だろう」

 

誰の策だか知らないけれど、すごいよ。お兄様を真の目的から目を逸らさせるなんて芸当なかなかできるものじゃない。

勘違いが勘違いを生じさせている。リーナちゃんのポンコツ力が推理を混乱させるってことか。

総隊長すごい。無意識にすごいことをやってのける。でも風間さんの時みたいにしびあこにはならないなぁ・・・。

 

「今の段階で気にする必要はないだろう。せっかく深雪にとって手応えのある相手を送ってきてくれたんだ。色々試したいことを試せばいい」

「そう、ですね。色々と策を練ってみたいと思います」

 

対等なライバル関係とはならなかったけれど、初めて抵抗力を感じた相手ではある。リーナちゃんもただやられるわけでもなく、きっと策を講じてくるはず。最後の方は攻め方を変えてたしね。臨機応変な対応もできるところは流石だ。

 

「さて、まじめな話も済んだことだし――深雪」

「はい?」

「おいで」

 

ぽんぽん、と隣の席を叩くお兄様。首を傾げる私。

 

「これから恐らくリーナが仕掛けてくるだろう」

「ありえますね」

「その場合、一人で狙われると思われる」

「探るならその方が適していますものね」

「ということでハグの前借りをしたい」

 

あ~、ストレスがこれから来るのか。・・・でもこの前借り、意味あるかなぁ?論文コンペの時あまり役に立っていた気がしないのだけど。それともアレで抑えられていた方だとでも言うのか。

 

「だめか?」

 

・・・首を傾げるお兄様可愛いね。さっきまであんな色気を放出していた人と同じとは思えない可愛さ。

 

「だめじゃないです」

 

しかたないね。私のライフくらい削れたところでお兄様が回復するならいいじゃない。

お兄様の過剰摂取で毒のようにHPが減っていくけど、お兄様の笑みを見れば小回復もするというもの。・・・減る方が多いけど、寝るまでにはわずかに残っている計算だ。大丈夫、問題ない・・・はず。

 

「温かいね、深雪は」

「・・・お兄様は少し薄着なんじゃないですか?」

「もしこれが、深雪に温めてもらうための策だと言ったらどうする?」

「・・・・・・お兄様に服を贈ります」

「それもいいね。でも届くまでは寒いからこのまま湯たんぽでいてくれ」

 

大至急!お兄様に似合う暖かな服を選ばねば。

けれどお兄様の拘束が解けるのは、私がそんなことも考えられなくなるくらい蕩かされた後だった。

 

 

――

 

 

さてさて。そろそろ暗躍のお時間です。

ということでアメリカの噂が日本のオカルト掲示板を俄かに騒がせ、上司に睨まれた記者がうっぷん晴らしで日本の怪事件を載せ始めた頃、すでに四葉は動いていた。

叔母様がやんごとなき方々から依頼を受けた時期とどちらが早いかわからないけれど、と思っていたのだが、ちょっとの差でウチのセクションの情報が早かったらしい。

葉山さんからお褒めの言葉を頂戴したとのこと。すごいね。あの葉山さんから言葉を頂けるなんて相当のことだ。

 

「葉山さんも感心していたわよ。魔法が無くてもこんな戦い方があるなんて、と」

「お褒めに預かり光栄です、皆も喜びますわ」

 

ふふふ、ほほほと叔母と姪の会話とは思えない応酬。秋の一件からお姉さまと呼び辛い空気だったのだけれど、

 

「かわいい妹分が褒められて、私も鼻が高いわ」

「真夜姉さまにも喜んでいただけたのなら幸いです」

 

一応表面上元に戻った。しかしながら以前にはなかった、叔母様からの妙なプレッシャーを感じるようになった。

以前は面白いおもちゃ扱いで、たいして相手にされていたような気はしなかったのに。・・・やっぱり母の置き土産あげたからかなぁ。

でもその話題に触れられてこないんだよね。こっちから聞くこともできないし。どうしたものか。

 

「達也さんの方はどう?うまくやれてるかしら」

「スターズはすでに的を絞って狙いに来ている様子ですが、どうにもあちらに隠す気が無いらしく・・・もしかしたら自分から正体をばらして要求をしてくる作戦なのかもしれませんね」

「正体を見破ったからには、ということかしら。それは・・・あまりにも杜撰な策ではなくて?」

 

私もそう思うのだけど、結果そうとしか思えないんだよね。リーナちゃんの体当たり作戦って。

あちらの国としては日本の優秀な魔法師を潰すことになるのだから、目的の人物じゃなかったとしても利にはなるから。

・・・結構な国際問題だと思うのだけどね。どっかの大国とやってること一緒だよ。大義名分――この場合絶対機密事項のシリウスの正体を知ってしまったため、とかいうふざけた理由だけど――を掲げているだけで。

 

「こちらの件ですが、ただのUSNAだけの案件でもないのかもしれません。――吸血鬼はどのように日本に来たのです?」

「横浜から上陸したようね――やだわ。また彼らが関わっているというの?」

「今や横浜は大亜連合の拠点跡地が残っている状況。すぐにその巣穴を再利用しようとする者が現れてもおかしいことはないでしょう。混乱に乗じて手を広げるのは彼らの手法ですから。姿かたちは違えど、操る人間が同じであれば、癖が出てくるというもの。――横浜から上陸したのは、見つからずに中に招き入れる手段がそこにあったからに他ならないのでは?」

「大亜連合の動きを寛容にも見逃していたUSNAですものね。繋がりがあってもおかしくないということね」

 

その繋がりが一方的な利用だったとしても。

しかし、叔母様の悩まし気な溜息ヤバいね。持てる全てを献上してでも愁いを晴らしてあげたくなる妖艶さ。・・・恐ろしき美魔女です。

 

「深雪さんは人間主義者の動向に注目されているようですし、私の方でも気にしてみようかしら」

 

・・・恐ろしき美魔女は恐ろしき地獄耳もお持ちですね。そちらは水面下で密かに動いていたはずなのに。

でも動いてくださるなら心強い。喜んで献上させていただきます。

淑女モードの私は動揺を見せていなかったと思うのだけど、叔母様はニッコリ笑顔。・・・ばれてる気しかしない。どこでばれたかな。それともハッタリか。

 

「そういえば、お正月はとてもきれいな振り袖衣装を身に纏っていたのだとか」

「全く同じ柄とはいきませんが、羽織袴の方はできるだけ再現するつもりです」

 

手抜きなんてできるわけがない。すでに生地は用意しているので後は縫うだけ。だけど和装っていつもと違うから難しいんだよね。

それっぽく見えるも大事だけどどれだけ本物に近づけるか、も重要視していきたい。・・・こだわるとめんどくさいタイプのオタクです。

いつものように発注を賜って通信を切る。

大きなため息が零れそうになるけれど壁に耳あり障子にメアリー。どこに潜んでいるかわからないので呑み込んで。

お兄様はただ習い事をしているだけだと思っているはず。この建物も四葉の物ではないしね。こんなところでやり取りが行われているなど思わないだろうから。

私も初めて部屋に通された時は何が起こるのかとびくびくしたものだが。隠れ蓑が多すぎるよ四葉。

とはいえほんの10分程度の休憩時間に抜け出しているので実質休憩なしでレッスンに戻らないといけない。

とんでもないスケジュールだね。でもこんなこと前世で履修済みだ。問題ない。・・・別にブラック企業に勤めてたわけじゃない。ただ世の中それが普通だっただけで・・・やめよう。この話は言い訳すればするほど闇が深くなりそうだ。

できるだけ優雅に、それでいて早足で教室(・・)に戻って続きから。お嬢様も楽じゃないね。

 

 

――

 

 

お兄様がリーナちゃんから熱烈ラブラブアタックを受けた週明け。

学校内は怪事件で持ち切りだった。

え?熱烈ラブラブアタックとはって?お兄様は詳しく教えてくれなかったけれど、概要をちょこっとだけ。

でもそれだけで何の話かはピンときましたがね。お兄様風紀委員じゃないから花音先輩から案内を頼まれる流れは無かったはずなのに。

放課後リーナちゃんに誘われて校内を案内して回ることになったお兄様。この時点でおかしいね。

私とほのかちゃんで必要個所は案内したのだけど、と思ったらクラブ活動や放課後の活動を見学したかったそうな。

風紀委員の活動とかもその対象らしく、そのため人気のないところまでいろいろ見て回ったんだって。

放課後デート(校内イベント)だね。そして襲われるお兄様。きゃーえっち。

だけど残念、二人の間に流れるのは殺伐とした空気だけ。ま、まだ好感度上がってない状態でデートしても失敗するのはあることだから。・・・とふざけるのもほどほどに。

お兄様から聞いたのは、一科生と二科生の違いを知り、予備としての扱いをされていることに違和感を覚え、どれくらい反応できるか仕掛けられた後、どうして実力があるのにこんなところに燻っているのかという疑問と、不満があれば一緒にアメリカに行こう、とのお誘いがあったのだとか。怒涛の攻めですね。

これはデートじゃなくてその先の未来の話でした?すごいよね。あんな綺麗な女の子にそんなこと言われたらその気になって付いていっちゃってもおかしくない。

普通の男子ならそんな未来もあったかもしれないね。

とまあ、色気のほとんどない――だってどんな形でもお兄様はリーナちゃんを押さえつけたのだから、ボディタッチはあったということよね。それつまりちょびっとはあったと判定しますよ――デートはそのあとすぐに解散してしまったそうな。好感度が無ければそんなものです。

次のデートのお誘いが楽しみですね。・・・次はシリウスと、になるのかな。ヘビーになりそう。

で、だいぶ話が逸れちゃったけど、A組のクラスでも連続猟奇殺人事件の話題をそこかしこでしていた。

センセーショナルなニュースだからね。血液を抜き取られた傷のない死体だなんて。

憶測が飛び交うけれど、ニュースの影響かオカルトチックな話が多い。いくら同じ都内の事件と言っても他人事だからこんなもんです。

 

「深雪はどう思う?」

「そうね、もしオカルトだった場合、古式魔法の家の出番なのかしら?」

「え?」

 

ほのかちゃんの頭にクエスチョンマークが。

わかりづらかったよね。話飛ばしちゃった。

 

「ニュースがどこまで本当のことを言っているのかわからないけれど、人の体に穴をあけずに血だけを抜くなんて、一般の人にはできないと思うの。もしそうなら犯人は道具を使って血を抜き取らない者、未知の魔法か噂のような吸血鬼みたいな架空の存在か、じゃない?できれば魔法じゃないことを願うけどね。また魔法師への当たりが強くなっちゃうかもしれないから」

 

私の発言にクラスは暗い顔になってしまった。皆そんなに私の言葉を真剣に耳を傾けて聞かなくていいと思うのだけど、皆素直だね。

 

「で、架空の存在って言ったけど、吸血鬼じゃなくても日本にだって古くから血を吸う妖怪や妖魔の存在がいるでしょう?実際に見たことも聞いたこともないけれど、吉田くんが精霊魔法を使っているのだから、そういった存在もいるんじゃないかしら。そうしたら古式魔法師の人たちなら対抗策があったりするのかなって思ったの。ほら、魔法がまだ信じられてなかった頃からそういった物語があるのだから」

「ああ、陰陽師とか悪魔祓いとかその典型だよね」

 

具体例が出たからかイメージがしやすくなった。

フィクションの中に真実が紛れ込んでいたのはよくある話だ。

 

「それよりリーナ、遅いわね」

「ああ、今日はお休みなんだって。なんでもお家の事情?とかで」

「あら、そうなの?だから教室がちょっと暗く感じちゃうのかしら。リーナは太陽みたいに明るいから」

「深雪ってリーナのこと好きだよね」

「ええ好きよ。でもほのかも大好き」

 

ほのかちゃんに告白すれば真っ赤になってしまった。・・・というかクラスの皆もね。ニュースの話はどうしたの?もう授業の時間ですか。私たちも着席しましょう。

 

「・・・深雪ってそういうところ達也さんの妹だよね」

「兄さんの無自覚と一緒にしないで」

 

私は意識的にやっている愉快犯です。

 

 

――

 

 

お昼に食堂に行けば、皆すでに揃っていた。私たちも終わってすぐ来ているのだけどね。大抵私たちの方が遅い。

 

「リーナはいないのか」

「お家の事情でお休みなんですって」

 

端的に説明すると不思議そうなお顔がいくつか。まあ気になるよね。留学早々お家の事情とは。でも詳しい理由も聞かされてないので答えようもない。この場はさらっと流れた。

 

「そういえばさ、雫は元気でやってるのかな?」

 

エリカちゃんの視線は私とほのかちゃんに向かった。

ほのかちゃんはしょっちゅう電話しているので詳しく状況を語ってくれた。

ちなみに私は電話ではなくメールをちょいちょい、と。お互い時間を気にせずやり取りをやりたいよね、とこの方式に。

ほのかちゃんとは近況を話しているようだけど、私たちの間では内容のないものしか送り合っていない。

雫ちゃんがいなくて寂しい、とか、こっちは寒いけどそっちはどう?、とか。雫ちゃんからも、私も、とかかなり寒い、とか。内容なんてない、ただお互いを感じたいだけの短い会話文のみ。・・・遠距離恋愛のカップルのやり取りかな?と思わなくもないけど、詳しい話はほのかちゃんとしてるだろうから重複したら大変かな、て。

 

「『吸血鬼事件』のニュースには雫もびっくりしてた。なんかね、アメリカでも似たような事件が起きてるんだって」

 

この話題にはお兄様も驚いた様子だ。目に見えてわかりやすい反応をしたお兄様の様子に、関心が引けたことでほのかちゃんが舞い上がっている。健気だねぇ。恋する乙女って本当に可愛い。

でも残念なことにその可愛い顔を向けられているはずのお兄様の目は強い光を宿していた。

 

(とっかかりを見つけた、というところかな)

 

西城くんを見る。

いつも通りすでに食べ終えてリラックスした状態で皆の話に耳を傾けていた。

――もし、私がここで何かアクションを起こしたら、彼はパラサイトに襲われることはないのだろうか?苦しまずに済むのだろうか?

 

(お兄様の心の成長のために、彼には犠牲になってもらう・・・なんて、そんな酷いことってある?)

 

死なないのはわかっている。これでエリカちゃんとの関係も深くなることも、彼自身の成長にもつながることも知っている。

原作と全く同じ結末になるなんて、ズレが生じている時点で妄信はしてないつもりだけれど、それでもこの世界の神はこの軸をずらすことはない。それだけは確かだ。――確かな、はずだ。

そっと深呼吸して心を落ち着かせる。視線も逸らして食事を再開させるが、先ほどまで感じられていた味がしない。美味しく、ない。

けれど表情におくびにも出さない。それくらいの芸当はできた。――できないといけないと強く思った。

 

 

――

 

 

そしてその朝はきた。

お兄様の端末にエリカちゃんからの連絡がきたのだ。

 

(――お兄様が動揺している。私以外のことで)

 

それは知っていたことだとしても衝撃的なことだった。

お兄様だって成長しているのだから、と当たり前のことだと受け止めていたはずなのに、ここまでの動揺を見たのは初めてで。今のお兄様には私に対する気遣いも忘れるほどに、衝撃を受けている。

胸が締め付けられる思いだった。

こんな時だけれど、喜ばしい。喜ばしいはずなのに、同時に胸が痛むほど――苦しい。

実に複雑怪奇な感情が胸の内で暴れまわっている感覚。

お兄様から、放課後に見舞いに行こうとの提案に頷いて返した。

 

 

 

その後の記憶は曖昧だった。お兄様といつものように学校へ行き、ほのかちゃんに西城くんの話をして一緒にお見舞いに行く話をしたのも覚えている。

けれど、どこか画面越しのような、身が入っていないような感じがした。

昼にお兄様から様子がおかしいと心配されるも、西城くん心配ですね、と返すとお兄様は完全には納得していないようだったけど引いてくれた。こんな時だというのに心配かけて申し訳ない。

そして放課後。

気が付けば中野の病院だった。お兄様の隣にはほのかちゃんがいて、私の後ろには美月ちゃんと吉田くんが並んでいた。まるでトランプの5のような配置だ。お兄様が時折気にしたように私を振り返るのを、安心させるように微笑んで手を振ることで前を向いてもらう、を何回か繰り返して到着した病院にはエリカちゃんが待っていた。

中には西城くん以外にも人の気配があったので、出迎えだけでなくその配慮のためもあるのかな。

・・・というより、西城くんと思われる人物の気配は薄い。――まるで最期の母を思い起こすような儚さを感じる。

エリカちゃんがノックをして室内に入ると出迎えてくれたのはカヤさんという、西城くんのお姉さんで。

うん、美人さんだ。そして西城くんそっくり。髪の色は違うけれど、誰が見ても血縁関係だと疑わないそっくりさ。

でも似ているのは顔のつくりだけで、彼女は優しそうな柔らかい雰囲気のある女性だった。

花瓶を持って席を外してくれたお姉さんはしばらく戻らないだろう。

優しそうなお姉さんだと美月ちゃんが感想を述べると、西城くんはあまり嬉しそうではない顔で。魔法師って大抵複雑な家庭環境抱えてるよね。

お兄様が話を変えるように容態を聞いた。

いつもと変わらぬ態度で西城くんは答えている。だからみんなも一安心して話に加わっていた。

話はこんな状況に追い込んだであろう相対した人物のことで、ようやく話が確信に――パラサイトという存在についにたどり着く。

 

(初めから、知っていたのに)

 

吉田くんが許可を取ってから幽体を調べ、驚愕の声を上げたことで西城くんは一瞬だけ表情を固まらせた。

吉田くんに変な意図がないことはわかっているけれど、彼にとって異常な身体能力については指摘されたくない言葉で。

それなのにそんなことを微塵も感じさせまいと、明るく振舞う彼に心が押しつぶされそうになる。

滲む視界にまずい、と私はコントロールに失敗したことを悔やむよりこの場を離れることを選択した。

 

「、っ」

「深雪!?」

「目にゴミが入ったみたい。・・ちょっと目を洗ってくる」

 

お兄様が動揺の声を上げ皆が振り向いた。

目に見えない敵に攻撃されたような緊張感を出させてしまって、お兄様には本当に申し訳ないけれど大丈夫です。

お兄様ガーディアン務まってます。たとえ本当に目にゴミが入っていたとしてもこればっかりはどんなチート能力を以てしても防ぎようはないのだから。

ちょっと化粧室で洗い流してくる、と言えばお兄様は心配そうについていきたそうな雰囲気だったけれど、これからパラサイトについて色々聞かなければならないのだからここにいてください。

美月ちゃんも付き添おうか、と言ってくれたけど大丈夫。皆優しい。

西城くんまで心配そうな視線をくれて、更に罪悪感が募るばかりだ。

部屋を出て、化粧室の案内に従って向かう途中、待合ソファに座っているお姉さんの姿があった。目元を抑えた状態で出会ったのでこちらも動揺させてしまったけれど、目にゴミが入っただけなのでと説明してようやく誰もいない化粧室に着いた。

お姉さんも優しい。――それなのに、魔法師というだけで優しい姉弟たちがぎくしゃくしなきゃいけないなんて、なんて業が深いのだろうか。

ハンカチを出して手にいっぱい溜めた水を顔に何度も何度もかける。

薄化粧が落ちてもいい。涙の痕だけは残したくなかった。

気丈にふるまう西城くんの姿に打ちのめされた、なんて知られるわけにはいかない。

何度か繰り返し、目元を冷やすことに成功した。少し赤くなっているけれど、目にゴミが入ったならむしろこうなっておかしいことはないだろう。両目とも赤いのは水で洗い流したから。・・・うん。大丈夫。おかしくない。

急いで病室に戻ると話は終わるところだった。よかった、無駄にこの場に居座わらせてなくて。

お大事に、と言ってエリカちゃん以外退室し、安堵の顔で帰宅中、お兄様は吉田くんにパラサイトについてさらに詳しく聞いてから解散となった。

 

(・・・エリカちゃんにも悪いことをした。お兄さんが捜査中巻き込んだことも余計に彼女を苦しめたことだろう。彼女はああ見えて責任感が強いから)

 

帰り際に見せたエリカちゃんの表情はいつも以上に明るく見えた。

 

「深雪、目はもう大丈夫か?」

 

横並びで座るコミューターの中、お兄様が目元をなぞる様に触れる。

 

「ええ。痛みはありません」

 

心配を掛けてしまったお兄様にも罪悪感が――、と思っているとお兄様は視線を鋭くさせて、

 

「――本当に?」

 

と訊ねた。

どきり、と心臓が音を立てる。この、本当に?がどこにかかっているのかと不安になるような、そんな問いかけだった。

そしてその不安は大きくなる。

 

「レオのことが心配か?」

「・・・ええ。お兄様もそうでしょう?」

「そうだな。幹比古の見立てでは意識を失っていてもおかしくない状態と言っていたが、他の犠牲者は精気を吸い尽くされて衰弱死したということになる」

「西城くんはギリギリで助かったのですね」

 

吉田くん曰く、このまま休んでいれば精気は回復するそうなので安静にしていれば問題はないとのこと。

これから何度かお見舞いに行くことになりそうだ。次に行くときは情けない姿を見せないようにしなくては。

 

「メールを貰ってからずっと様子がおかしかったのはレオが心配だったからか」

「そう、ですね。横浜での戦いぶりを見ていたせいか、エリカや西城くんたちは何か事件に巻き込まれても乗り越えられると思っておりました」

「あの二人は特に、並の一般兵より強いからな」

「それが・・・、病室で見た西城くんは元気そうに見えるのに儚くて――お母様を思い出してしまいました」

 

お母様も、最期は気丈にふるまっていた。命の灯が消えるその瞬間まで。

西城くんが死ぬことはないけれど、それでもあの今にも消えそうな気配は心臓に悪かった。

そっとお兄様の手が私の手を握る。それはあの日、母の最期を看取った時のように優しく、それでいて心強くて。

コミューターを降りてからも繋がれた手は、冷えた心も温かくしてくれるようだった。

 

「母さんのことがフラッシュバックしたとなれば、深雪が不安定になるのも仕方ないか。しかもレオの場合は突然だったものな」

 

家に入るとお兄様が頬に手を添えてお兄様の方に向かされる。

 

「言っただろう?お前に泣かれると俺はどうしていいかわからなくなる。――お前に誤魔化されたと思ったら、身動きが取れなくなった」

 

・・・やっぱりバレてました。もしやお兄様の実力をもってすれば目に入りそうなごみも排除対象に?

 

「申し訳ありません。ですが、あの場を誤魔化さねば、と」

「うん。その対応は間違ってなかったよ。だが、」

 

お兄様は壊れそうな繊細なものを扱うようにそっと抱きしめて。

 

「一人でお前が泣いているのかと思うと苦しかった」

「申し訳ありませんでした・・・」

 

お兄様の優しさに胸が苦しくなる。

全てを明かせないことがこんなに苦しいなんて。お兄様の幸せのために頑張ると、ここまで突っ走ってきたけれど、原作軸に到達してからというもの、隠し事が増えて勝手に気まずさを覚えるようになってきた。

暗躍は順調に進み、四葉の方の柵もそれなりにどうにかなりそうな道筋が見え始めてきたというのに。こんなことで躓いている場合ではないのに――こうしてお兄様に甘えてしまうだなんて。

ぎゅっと抱き返す腕は、まるで縋りついているよう。

 

「お前が怖がることはない。俺が絶対に守るから」

 

宥めるように背中を撫でられ、身を委ねるように力を抜く。

 

「大丈夫だよ」

「はい・・・」

 

今だけは、甘えさせてもらおう。この先に控えている未知の戦いに備えるためにも。

 

 

 

 

リーナちゃんは次の日には学校に戻っていた。

普通に挨拶をし、周囲とおしゃべりをして。家の事情にはたいして踏み込ませないよう自分から話題を振ってコントロールする様子は、諜報が苦手とは思えないほど自然に見えた。

これは総隊長の資質なのかな。周囲を心配させないようにって。

授業も変わりなく、実習ではちょっと熱くなる場面もあったけど、それも普段とそこまで変わりはなかった。

ただ、少し戦法は変わっていたので、彼女も引き出しが多いな、と感心した。

お昼に集まった時、リーナちゃんは別のグループと食べに行っていたけれど、私たちはいつも通りのメンバーがそろっていた。しかしながら、エリカちゃんと吉田くんが、その・・・ぐったりしていた。

 

「エリカ、大丈夫?吉田くんも体調が悪そうだけど」

「あーうん、気にしないで。眠いだけだから」

「心配してくれてありがとうございます・・・」

 

吉田くん敬語が完全に戻ってる・・・。少し前まで崩してくれてたのに。疲れてるからかな。

エリカちゃんもだけど、相当お疲れだね。これは、明日は皆で食べられないかも。

こんな状態でもこの場に来てくれたことは嬉しいね。癖で来ちゃっただけかもだけど。

・・・心配だな。明日日持ちする焼き菓子でも用意しよう。私にできることはないけれど、甘いモノは心を落ち着けるにはもってこいだから。

 

 

――

 

 

「お勤めご苦労様ですお兄様」

「甘いいい匂いがするね」

 

次の日の朝、先生の下から帰ってきたお兄様をお出迎えしたら、お兄様が顔を近づけて匂いを嗅いできた。

・・・あまり顔を近づけてそんなことしないでほしい。朝から心臓に悪い。

私に近づかなくても部屋全体に漂ってますよ。

 

「クッキーを焼いておりました。今なら出来立てもございますよ」

「それは魅力的だね。いただこう」

 

いつもならすぐにシャワーを浴びて着替えに行くけれど、出来立ての言葉に誘われて味見をしてくれるらしい。

お兄様を先導するようにキッチンに入って焼き立てを一枚。ほんの数分前に焼きあがったクッキーはまだ温かい。

小皿に乗せて――

 

「深雪」

 

振り返るとうっすら口を開けているお兄様。そこへ入れろと?手ずから入れろとおっしゃる??

でもお兄様の期待の目を裏切ることは・・・できない。

帰ってきたばかりで手も洗ってないしね、そのまま手に取って食べられないのだ、と言い聞かせて。

 

「もう、お兄様ったら」

 

手が震えないようにお兄様の口元にクッキーを運ぶ。

 

「ん、美味いな。いつもよりバターが多めか?」

「ちょっと日持ちをさせたくて」

 

食べさせ終わったらすぐに包装紙に手を伸ばして包み始める。・・・次が食べたければご自分でお願いしますね。

 

「エリカたちはきっと昨日も大変だったでしょうから、少しでも元気になってくれればと」

 

昨日のお昼の様子から、すでに夜中駆けずり回って西城くんの仇を探しているのだろうとお兄様と話していた。

お兄様は、声は掛けられていないのでいつも通り過ごしていた。でもちょっと気もそぞろになっている時があったのできっと気になっているのだろう。

お兄様にとっては高校入って初めての友人だ。しかも、気の許せるようになってきた大事な友人。

 

(心の揺らぎに戸惑っているのかな。色々考えているんだろうけど。他の人をこんなに長い時間心配するなんてお兄様にとって初めてだろうから)

 

「それに、私も何もしていないと不安で」

 

その言葉にお兄様はちょっと目を見開いた。

そしてそうか、と零すように呟いた。・・・なにか思い当たることでもあったかのように。

私も少しずつ事態が動き出したことで冷静さを取り戻してきた。これからの道筋が絞り込めてきたことによって方針が定まったので落ち着いたのだと思う。

西城くんには悪いけれど、やはりこの流れは必要不可欠な流れだ。だけど、ここから先は変えられる。変えていこう、と思う。続く未来をより良くするために。

 

「さ、お兄様。そろそろ準備しませんと遅刻してしまいますよ。お味見していただきありがとうございました」

「美味しかったよ。俺の分もあるのかい?」

「もちろんです」

 

ならよかった、とお兄様は着替えに行った。

E組の分を4つ用意して、もう3つは別の袋に分けて入れ準備を終える頃、お兄様は戻ってきた。

手早く朝食を終えて私も制服に着替えて玄関へ。荷物はすでにお兄様の手の中にあった。

 

「そちらの包みはお兄様から渡していただけますか?」

「構わないよ」

 

登校途中で会えたのはほのかちゃんだけだった。美月ちゃんとも会えないのはいつもはエリカちゃんが私たちを見つけて追いかけてくれていたからか。

ほのかちゃんとお兄様を挟む形で歩く。私はできれば一歩下がって歩きたいのだけれど、お兄様が振り返ってしまうので横になった。

ほのかちゃんごめんね?と見ればほのかちゃんは気にして無さそう。

・・・というよりお兄様しか目に入ってませんね。私の気にしすぎでした。

うむうむ。恋する乙女の前では暴力的な私の容姿も形無しです。・・・これがあえて無視してるとかでないことを願うけど、恋する乙女の思考回路は複雑怪奇だから。友情にひびが入らない程度ならいいのだけど。

せめてここに雫ちゃんがいてくれたなら雫ちゃんと二人でお話しながら通えたんだけどね。

そんなことを考えていたらお兄様の口から雫ちゃんの名前が。昼、都合があれば電話を繋いでほしいという相談だった。当然ほのかちゃんは即OK。

さっそく雫ちゃんにメールをしたためようとしてお兄様に教室でいいと注意が飛んだ。歩きながらだと何かと危ないからね。ほのかちゃんはちょっぴり顔を赤らめて忠告に従った。

ううん、順調にお兄様に依存してきてる?雫ちゃんがいないからストッパーがいないっていうのもあるのか。かといって私にその役割はできない。なぜなら彼女にとって私は友人であると同時に、お兄様との恋の障害であるから。邪魔をする気はないけれど、お兄様はどうあっても私を優先させてしまうから。

今だってそう。できるなら二人きりにさせてあげたいのだけど、そうするたびに「深雪」と声がかかる。

私という存在が悪いのか、それとも振った女の子と二人きりが気まずいのか。

お兄様にとってほのかちゃんはどういった存在なのだろう?お兄様にとって、誰かと付き合うという選択肢自体まだ解放されてないコマンドなのかもしれない。

こうして西城くんに降りかかった災難に思うところができたお兄様だから、その選択肢ももう少ししたら出てくる可能性もある。諦めずに進もう。

 

 

 

教室について皆と挨拶を交わしてリーナちゃんとも交わすのだけど、うーん。ちょっとお疲れ、だよね。

わかりづらいけどお兄様が疲労を隠す時に似ている。お兄様も隠すの上手だけどね。見分けるのは三年で得意になりました。母もわかりづらい人でしたからいい訓練をさせてもらいましたとも。

でもそんなこと正面切って言えないから。

 

「ほのか、コレ。美月たちにも兄さんから渡してもらってるんだけど、クッキー作ったの。良かったら貰ってくれる?リーナも甘いモノ苦手じゃないなら貰ってくれると嬉しいわ。味見は兄さんがしてくれて、大丈夫だって言ってくれたからまずくはないはずよ」

 

そう言って袋を広げる。そこには三つ入っていて選び取ってもらおうというのが伝わったのかほのかちゃんが一つ取ってくれた。

リーナちゃんもいいの?とあっさり取ってくれた。残った分をあえて中身が見えるよう広げてみせる。

 

「定番のアイスボックスクッキーにラングドシャ。それからバタークッキーね」

「もしかして今朝作ったの?!」

「アイスボックスは冷凍保存のだけど。実は昨日ちょっと夢見が悪くて早く起きちゃって。甘いもの作ってると気分も上がるだろうって思って作ったのはいいんだけど、私と兄さんだけじゃ食べきれないくらい作っちゃったの」

 

そう言って一枚手に取って食べてみた。

サクサクのラングドシャはほのかな甘みで軽い触感のため何枚も食べられそうだ。

 

「よかった。思ったよりよくできてる」

「タツヤが味見したんじゃなかったの?」

「・・・兄さんの場合多少焦げていても美味しいって言いそうで」

「ああ・・・目に浮かぶね」

 

とりあえず食べられるものだよーとだけアピールして。後は好きにしてくれていい。手作りが食べられないなら捨ててくれてもいいし、用心に用心を重ねて警戒して食べないのもそれは個人の選択だ。

できれば見えるところに捨てられないことを願うばかりです。

そしてクッキーをしまったほのかちゃんは、雫ちゃんにメールを送っていた。忘れてなくてよかったね。

 

 

――

 

 

お昼になった。向かう先は生徒会室。今や昼に使っている人は繁忙期でもない限りいないので貸し切り状態だ。

ご飯を食べて落ち着いた頃、雫ちゃんからの連絡が。今なら電話ができるらしい。

さっそくほのかちゃんが繋いでくれて、モニターに雫ちゃんが映る。

久しぶりの雫ちゃんの姿はたったひと月だというのにちょっと大人びて見えた。アメリカの風土がそうさせるのか、はたまた誰も知り合いがいない環境がそうさせているのかわからないけれど、そんな彼女がお兄様と私を見てわずかに表情を緩ませた。――可愛い!

久しぶりに顔が見えただけでも嬉しいのに、レアな表情に内心きゃあきゃあ叫んでる。雫ちゃーん!可愛いよー。ファンサありがとー!!

お兄様は時間を無駄にはしないのでさっそく吸血鬼の話を切り出した。アメリカで起きていること、日本で起きたこと、――西城くんの身に何が起きたのかということ。

雫ちゃんもそれには驚いたのか、表情を強張らせた。ただの噂話のつもりがまさかの身内にまで被害があったのだ。驚くなという方が、無理がある。

お兄様もあまりショックを与えないようフォローを入れるけど、雫ちゃんの表情は晴れない。

雫ちゃんは無表情に見えるけど無関心な子じゃない。更にフォローを重ねるお兄様に、雫ちゃんは少しだけ緊張をほどく。

お兄様は不器用だけれど、こうして相手を思いやってくれる優しさがある。それがわかるから雫ちゃんもほのかちゃんもお兄様の言葉に耳を傾けてくれるのだ。

理解の早い雫ちゃんはアメリカで何が起きているのか、何があったのかを調べると気合を入れ、お兄様は反対に慌てたように無理をするなと心配して忠告を。

アメリカの出来事が事の発端だと思っている、との発言がより一層雫ちゃんを駆り立ててしまったのだろう。

もっと真剣に聞いておけば、と後悔しているのかもしれない。雫ちゃんに責任なんてあるはずないのに。

お兄様も雫ちゃんも、そしてその二人をハラハラ見守っているほのかちゃんも、本当に優しい。

優しい人たち。

 

「深雪」

「雫。兄さんも言ったけど、無茶はダメよ。貴女まで倒れたりしたら、私――」

「大丈夫。深雪に心配かけないって約束する」

「ほんと?」

「うん」

「わかった。約束」

 

画面越しに小指を立てて指切りをする。

 

「ところで、ほのかから今日深雪からクッキーを貰ったって」

「ええ」

「なら、約束守ったら私にも作って」

「わかったわ。たくさん焼いてあげる」

「ん。楽しみ」

 

心配だ。心配だけど約束をくれた。だからきっと無事に戻ってきてくれる。

 

「雫、大丈夫かな」

「ほのか。きっと大丈夫。雫は強いもの」

「そうだよね。雫は打倒深雪で頑張ってたもの」

 

ほのかちゃん?それは私に言っていい言葉かな。いいけどね。雫ちゃんの努力は知ってるから。

こうして名残惜しくも電話は終わってしまった。

寂しいな、と思っていたらお兄様が机の下でそっと手を繋いでくれた。こうやってすぐに気づいてくれるお兄様に笑みで応えて残り僅かな昼休憩を過ごした。

 

 

 

 

多少焦げてしまったクッキーを齧りながらのコーヒーブレイク中、端末が震え、お兄様は血相を変えて(と言っても普通なら見逃すほどの変化かもしれないが)、家を出ようとしたので、ブルゾンを羽織るお兄様に念のため、と女性が羽織ればひざ丈くらいになるコートを丸めて手渡した。

 

「これは?」

「使わなければそれはそれでいいのですが」

 

問答する余裕もなくお兄様はとりあえず受け取ってバイクを走らせて行ってしまった。

乗り物を用意はできないけれど、この分なら上着を追いはぎされずに済むだろう。吉田くん、頑張って。強く生きてほしい。

その間に机を片付けて、することを済ませて待っていると、思ったよりも早くお兄様が帰宅した。

 

「おかえりなさいませ」

「深雪、悪いんだが叔母上に連絡を繋いでくれるか?」

「・・・かしこまりました。先に着替えてまいります」

「ああ。そうだな」

 

言葉少なに用件だけを伝えるお兄様に、聞き返すことなく了承を返して用意していた服に袖を通す。

どれだけ早く着替えてもダークスーツを身に纏うお兄様には敵わない。女性の服って大変だね。

なによりお兄様の姿がかっこいい。これで誉め言葉も言う暇がないというのだからひどい話だ。心の中で大声で叫んでおく。

私のお兄様が!世界一カッコいい!!

ふう、すっきり。

ということで圧迫面接をテレビ電話越しにしましょうかね。

出てもらえるかは確率低いはずなんだけど、深雪ちゃんの幸運が引き寄せてくれるのか結構高い確率ですぐに繋がります。ありがたいような、ちょっと抑えてくれてもいいだよと思わなくもない、ような。

今回に限って言えばお兄様のお役に立てるので繋がってくれたことに感謝だけどね。ホント、現金な私です。

画面に映る美女とその後ろにひっそり控える老執事。もうね、完璧な構図だよね。好き。画面だけ見れば。身内でなければ。圧力が無ければなおのこといいんですがね!

挨拶を交わし、社交辞令のような会話が流れた後、お兄様へとバトンを渡す。

瞬間、叔母様の目が細くなるけど、私知ってる。あの目はぬいの新作をちらっと見せた時の興味津々の表情だ。つまり、好感触。

だけどそれが伝わりづらいのは四葉クオリティ。勘違いを生んでこその四葉。・・・おかしいね。なんでこうなるんだろう?誰か通訳を呼ぶべきでは??

ということで未来の親子の会話を私が通訳するとこうなる。

 

「達也さんが相談したいって?いいよ。聞いてあげる!」

「実は教えてほしいことと、お願いしたいことがあるんだけど」

「遠慮しないで言ってちょうだい」

「九島家の『仮装行列』ってどんな仕組み?」

「それ一応秘術だから知っちゃいけないことになってるの、わかってるよね?」

「でも一時期教え子だったんだから魔法式自体は知らなくてもどんなものかは知ってるでしょ」

 

・・・だめだね。めちゃくちゃ違和感。そしてこんなフレンドリーな会話してないね。もっと薄い氷の上に立って会話してる感じ。

でも実際のところ叔母様お兄様に甘々だよね。お兄様のお願いをできる限り聞いてあげるスタンス。

そうは見せないからこっちとしてはハラハラしてますよ内心。こんなふざけていてもね。

表面上は二人の会話に心配、て感じだけどね。全く表情出さないのもおかしいから。淑女って大変。複雑なことをこともなげにやってのける。

途中、パレードにお兄様のミスト・ディスパージョンの狙いが外されたり、誤魔化されるはずのないお兄様の眼が正体を見破れなかったということに驚愕しつつも、さりげなく叔母様はヒントを与え、お兄様はそれなりに解答を得たところで、手が足りないという訴えに、叔母様は軍との接触を許してくれた。

・・・お兄様はこの要求が通ると思っていたようだけど、お兄様じゃなかったら多分通ってないよね。

表向き叔母様の面白いおもちゃ感覚だからこそ、通った要望。当然別の思惑があったからっていうのが一番の理由だけどね。お兄様たちがかき乱してくれたら裏で動きやすいから。

お兄様は駆け引きが得意というより、引き際も弁えつつ他の案もあるから、もし今回だめでも他の手で、という余裕が自信あるように見えるのかもしれない。

まだ高校一年生ですよ。・・・前世にこんな取引先がいたら何でも要求呑みそうで怖い。

ともあれこうしてお兄様は『耳』を手に入れた。

これで動きやすくなるだろう。

 

 

――

 

 

翌日、お兄様と二人で駅に向かうと、美少女が待っていた。

そっと半身お兄様の陰に隠れる。お兄様はちらり、とこちらを見たけれど特に何も言うことは無く、美少女へと視線を戻した。

注目されてます。七草先輩。恋に新展開?!みたいな?と思っていたのだけど、周囲の空気が思っていたのと違う。

「またナイトにちょっかい掛けてる」「この間返り討ちにあったのに勇者か」「返り討ちはかわいそうだよ、あれは誰でもヤられるよ・・・」「でも今はプリンセスもいるのに」「当て馬になる気か」「三年生だしね。思い出作りかもよ」

 

(・・・なぜこのヒロイン張ってそうな先輩が当て馬扱い?しかもライバルが妹って不毛では??ラノベだったら年上ヒロイン枠だよね?年下に見えなくもないのにお姉さんの魅力を兼ね備えたカリスマ会長)

 

実に美味しいもりもり設定。キャラが立ち過ぎる頼れる先輩なのに、どうして周囲から残念感が向けられているのだろう?

二人の耳には彼らの囁きが入っておらず、待ち合わせを決めて先輩は足早に離れていった。

会話は聞こえていなかったけど視線や雰囲気が居心地悪かったかな。

 

「深雪はどうする?」

「どうする、とは?」

 

お兄様の質問の意図がわからない、と返すとお兄様はちょっと困ったように笑って。

 

「一緒に行くかい?」

「先輩は兄さんだけに用があったみたいだから、私はいつものように生徒会室で待ってる」

「・・・そうか」

 

んん?ここって確か私が無理についてこうとしてお兄様にあしらわれるのよね?ケーキバイキングに付き合う約束を取り付けることで大人しくなるっていう。

・・・お兄様いつケーキバイキングなんて行く暇が?そもそも深雪ちゃんボディがいくら食べても太らない体質であってもそんなに入らないよ。ケーキバイキング行くくらいならカフェで十分なのだけど。

何種類も食べたかったのかな。

じゃなくて。どうしてお兄様はちょっと苦笑気味なの?何かおかしかったかしら。

 

「深雪はいつも聞き分けがよすぎて、な。時折俺だけがお前を好きなんじゃないかと心配になる」

「そっ?!な!?」

 

急に爆弾放り込まないでほしい!何!?お兄様ストレスありましたか??

周りの人たちもきゃあああ!じゃないんですよ。今何が起こってるの?この状態で頭を撫でないで。そのまま背に手を滑らさないで。エスコートするように歩き出さないで?

 

「混乱させてしまったかな?」

「・・・しないわけがないでしょう。もう」

 

わき腹を突いてもお兄様には何のダメージにもならない。悔しい。

 

「好きじゃないわけないじゃない」

 

だから少しひねくれたように、お兄様にだけ聞こえる声で呟けば背中に回っていた手が腰を引き寄せて。

 

「あまり可愛いことを言うものじゃないよ。俺もいつまでも自制できるとはかぎらないからね」

 

・・・腰を抱き寄せている時点で自制とは?なんだけど、お兄様の基準は難しいね。これはお兄様敵にはセーフでも、世間様はそうじゃないようですよ。この悲鳴聞こえませんか?

朝からとんでもない仕打ちを受けて登校したことで、しばらく頭から熱が引かなかった。

 

 

――

 

 

今日は土曜日なので授業はお昼まで。

なので七草先輩の放課後とは正午を回ってすぐにことになる。

 

「リーナ、ちょっといい?生徒会から相談があるから生徒会室まで一緒に来てもらいたいのだけど」

 

昨日も大変な任務だっただろうに、リーナちゃんは笑顔でいいわよ、とついてきてくれた。

・・・なんだろう、社畜の香りがする。心がチクチクしますね。

歩きながら話すのはあげたクッキーの話だ。

 

「あのクッキーとっても美味しかったわ。本当にミユキの手作りなの?お店のモノでなくて?」

「皆のには見栄えのいいものを入れたから。家でちょっと焦げたのもちゃんと食べたわよ。でも嬉しい。ありがとう」

 

お礼を言うとリーナちゃんは笑顔で受け取ってくれた。感想とお礼が言えるなんていい子。優しい。本当に食べたかなんてわからないけど、彼女の心遣いが嬉しい。

そうしてたどり着いた生徒会室で、ほのかちゃんにお茶を頼んで私は鞄から、今朝焼いたドライフルーツのたっぷり入ったパウンドケーキを取り出しひと切れずつ皿に持ってフォークを添えて机に並べた。

 

「え!?もしかしてそれも手作り?」

「ええ。ほら、今日はこれで授業が終わりだから小腹が空くかなって。リーナはそんなに時間もないだろうからひと切れだけ付き合ってくれると嬉しいわ」

「・・・このままミユキに胃袋掴まれそうで怖いワ」

「ふふ、どうぞ。召し上がれ。ほのかも座って。皆で食べながら話しましょう」

 

本当は生クリームも添えたいところだけどね。生は危険です。

先に毒見もかねて一口食べると、うん。食べ応えのある、腹持ちよさそうなケーキです。ハイカロリー。消費カロリー多そうだからね。なんとなくだけどやつれたような感じだし。

少しでも心の栄養になるものを食べてもらいたいと思って作りました。リーナちゃんの口に合うといいんだけど。

 

「「おいしい・・・」」

「よかった」

 

ほのかちゃんとの二重奏のおいしいいただきました!やったね。

 

「それで、生徒会からの話なんだけど。リーナ、今クラブの勧誘が大変でしょう?」

「ありがたいことにいろんなところから声を掛けてもらうわ。でも」

 

困り顔のリーナちゃん。うーん、可愛い。

 

「リーナも留学してきて色々慣れない環境で大変なのに、クラブ活動までするのは難しいだろうからって、学校側から提案があったの。臨時の生徒会役員にならないかって」

「え、でもそれは・・・」

「生徒会に入れば勧誘は無くなるだろうということみたい。優先順位があるから」

 

どっちも放課後に時間取られるから悩んでるのかな。

提案に戸惑っているようだけど、クラブ勧誘よりはマシだと思うよ~、と進めてみる。

 

「そういうこと。それにここならリーナの都合も融通できると思うの。留学生なんだもの。私たちよりも勉強しなきゃならないことも多いだろうから、放課後ずっとここで手伝ってもらうってことはないはずよ。ただ断った生徒たちの手前、生徒会のお仕事を手伝ってもらうことにはなるのだけれど」

 

リーナちゃんは考え込んでしまった。

そうだよね。放課後にそんな時間の余裕はないはずだから。でもこのままクラブの勧誘を断り続けるのも得策じゃない。

すでに火種となって部活連の服部会頭が動くレベルだ。変な暴動が起きてもおかしくない。

 

「今すぐ決めなくていいわ。ただクラブの勧誘がしつこくて躱すのが難しくなったら、こっちに避難してくれたら守るからって提案なの。せっかく留学してくれたのに、嫌な気分にさせたくないから」

「ありがとう。ちょっと考えさせてもらうわ」

 

そう言ってリーナちゃんは綺麗な所作で最後の一口を紅茶で流し込むと微笑んで一言。

 

「おいしいお茶とケーキをありがとう」

 

お茶会慣れしているお嬢様感がある。美人さんだから余計に似合う動作。素敵。

立ち上がる姿も優美で、この時間を楽しんでくれた返礼だろう。上品な一礼。・・・好きになっちゃう。もうすでに好きだけど。

バイバイ、と手を振って彼女が扉から出ていくのを見送ると、一瞬だけお兄様の姿が見えた気がした。っていうか見えたね。ばたんと閉まる直前に見切れてた。間違いない。

ほのかちゃんは、まだ気づいてないね。

 

「リーナ、忙しそうね」

「入ってくれたら守れるのだけど、こればかりは本人次第だから」

 

ちなみに生徒会からの話という割に中条会長たちがいないのは、リーナちゃんを緊張させないためだ。

・・・中条会長に緊張する生徒はなかなかいないと思うのだけどね。仲のいいクラスメートだけの方が気も楽だろうという気遣いです。ありがたく受け取ります。

リーナちゃんとのやり取りを終えたお兄様が入ってきた。すごいね。全力疾走とまではいかなくても結構飛ばしてきたはずなのにもう息が整っている。

ほのかちゃんと一緒に立ち上がってお兄様を出迎えて、お昼の準備。土曜の食堂は数が限られているから、この時間だと混雑している上、食べられない可能性もある。

多分深雪ちゃんのことだから誰かに譲られる可能性もあるけど、そうしたらその誰かは食べられないわけで。それなら大人しくここのダイニングサーバーを利用させてもらう。その方が安全です。

・・・誰が渡すかで争うとかあり得るからね。争いの火種はない方がいい。

 

「今朝のパウンドケーキはリーナのためだったのか」

 

ほのかちゃんと私の席に残っていたケーキを見てお兄様の名推理。ご明察です。

お昼を用意している間、お兄様がリーナのカップを片付けに来てくれた。お兄様に手伝わせてしまった、と後悔するより先にお礼を。

お兄様も手持無沙汰で待つよりも、何かしている方が気がまぎれるのかもしれない。

 

「彼女はきっとこの後すぐ帰宅するだろうから、ちょっと空腹を紛らわせるものを、って。余計なお世話だったかもしれないけど」

「いや、さっきすれ違った時機嫌がよさそうだったから喜んでいたと思うよ」

「だといいのだけど」

 

お茶を用意している間お兄様が横に張り付いてます。もしかして運ぼうとしてくれてるかな?

 

「座って待ってて。すぐに用意できるから」

「わかったよ」

 

すんなり戻ってくれたけど、もしかして七草先輩たちとのやり取りで何かあったのかもしれない。家に帰ったら聞いてみよう。

お茶を淹れ終えて、テーブルに向かうとほのかちゃんも用意ができていた。早いねー。科学の力ってすげー、です。科学っていうより技術だけど、ほら、そこは様式美ってやつです。

 

「それで、リーナは一体何の用だったんだ?」

 

ほのかちゃんと顔を見合わせ、お兄様に説明する。

ただちょっと言いづらいよね。うちのおバカな男子生徒たちがリーナちゃん写真集作ろうとしているなんて。しかも売りさばこうと考える輩までいるとか。

いや、わかるよ。リーナちゃん美人さんで綺麗でかわいいから写真に収めたくなる気持ちは。新体操の服着せて(軽体操部も競技は違えど同じ衣装だ)あのしなやかな肢体を眺めたい欲もわかる。

けどね、本人未承諾でそういったことをやるのはマナー違反だし、そもそもれっきとした部活動のコスチュームをそんな視線で見るものじゃありません。選手に失礼。

ほのかちゃんもご立腹です。

 

「なるほど・・・確かに絵になりそうではあるな」

 

おお。お兄様も男の子ですね。と言いたいけど、多分これただの客観視だよね。美人さんなら男も女も関係なくそう思うし・・・あれ?そういえばお兄様が男の人褒めてるところ、あまり聞いたことないな。

やっぱりリーナちゃんだからそう思った?

でもこのままだとお兄様がスケベ心を持っていると思われてしまうので。

 

「七草先輩とかもそういった話が出たのかしら?」

「え?」

「ああ、今兄さんが言ったようにリーナは美しいから撮影したくなるなら、先輩たちだってそういう話は持ち上がったんじゃないのかなって?」

 

七草先輩、九校戦であれだけの恰好していたのだから、写真集くらい誰か作りそうなものだけど。制服だけでも体のライン出てるしそのままでも、十分映えるんじゃないかな。

勝手だけど先輩の場合、ポーズをやたら取っているイメージあるから写真慣れしてそうだし。

 

「この学校美人の方が多いから、被写体に選ばれる人も多いのかな、と」

 

強い魔法師は美人さん、は定説ですからね。エリートともなれば見目麗しい人もいるわけで。

そうなるとこのトラブルってリーナちゃんの時だけじゃなくて毎年起きていることなんじゃないの?

そういえばエリカちゃんなんてクラブ勧誘凄かったらしいし。そういう目的で入部を頼まれて、もあったんじゃない?

 

「あの人の場合、生徒会を理由にクラブは断れただろう」

「クラブ活動を理由に撮るならそうかもしれないけど、学校一の美少女を撮るのに理由なんていくらでも作れるんじゃないかしら」

「だとしても七草の家が怖くてできないんじゃないか?」

 

そういうものかな。でも先輩が乗り気じゃなかったら断るか。

 

「そういう深雪はそういった話は無かったの?」

「ないわよ。あったらこんな話しないわ」

 

笑って答えるとほのかちゃんはほっとしたようだけど、お兄様の目がちょっと鋭くてですね。

・・・たぶんだけど、そういった視線は感じたことがあるけどそのたびに、次の日には視線が消えてたから・・・お兄様何かしたのかな?お話し合いがあったのかな?とか思っていたり。

真相は闇の中だ。

 

「このまま生徒会に入ってくれたらトラブルは治まると思うけど」

「リーナの意思はどうなんだ?」

「んー、放課後時間を取られるのを嫌がっている感じでしたね。だからクラブ活動を断っているのもそれが理由かなと思いました」

 

時間ないものね。放課後まで学校に通う余裕なんて夜中に駆けずり回っている彼女にはないだろう。

・・・ううう、とんでもない社畜感・・・。かわいそう。

それ以上リーナちゃんの話が広がることもなく、雑談に切り替わってお昼を済ませ、食後のデザートに残ったパウンドケーキもちょこっと食べて帰宅した。残った分はまた後日皆で食べられるとイイな。

 

――

 

 

パラサイトってどうして夜に活発に活動するんだろうね。昼間も動けるのは数日後判明するのだけど、彼らも昼間は動きづらいって認識があるのかな?それとも宿主の記憶がそうさせているのか。

夕食を終えて、お兄様はさっそく独立魔装大隊から共有してもらった情報を大型スクリーンに映して見ていた。

三面フルに使っての監視網だ。どうやってこれだけの情報を盗み見ることができるのかさっぱりわからないけれど、とにかくすごい情報だということはわかる。

・・・小並感しか出せなくて申し訳ない。いつも情報ばかり貰ってる人間です。大変な思いをして探ってくれる皆、ありがとう。感謝してます。

 

「スターズはパラサイトを探知する、我々より優れた技術を持っているようだな」

 

ぽつりとこぼれた言葉には感心したという色が見えた。

それと同時に興味も強く湧いているようだ。出し抜かれている口惜しさと、一体どのように探知しているのか、何が違うのか気になっているのか。

こういう研究気質なところは四葉を思い起こさせる。

お兄様、自身では気づいてないだろうけど、濃く血を継いでますよ。口にしたらなんとなく落ち込みそうなので言えないけど。

 

「だが、今はそんな場合じゃないな」

 

言葉に出さないと切り替えられないほど強い関心を持っていたのね。こういうところを可愛く思えてしまうのは妹の欲目か。

 

「行かれるのですね。お気をつけて」

 

立ち上がるお兄様を見上げてから、続いて立ち上がり頭を下げてから背を伸ばして正面から見ると、お兄様は今朝見せたのと同じ苦笑顔で。

 

「やはり深雪は聞き分けがよすぎる。・・・甘えさせてやれなくてごめんな」

 

すり、と頬を撫でられる。

・・・だから、そんなにキュンキュンさせないでほしい。それに私は我慢なんてしているつもりもないのだけど、何がそう思わせているんだろう。

 

「お兄様は十分甘やかしてくださるじゃないですか。これ以上は望み過ぎというものです」

「・・・もっと欲しがってもらえるよう精進するとしよう」

 

精進って、そんな集中して磨こうとしないで。その技術は十分トップクラスなんだから。お兄様力世界一で満足してください。

CADだけでなくいろいろ装備していくお兄様に、私は用意していたハンカチを左腕に巻き付けさせてもらう。

 

「これは?」

「まだ完成ではないようですが、試供品みたいなものらしいです」

 

さっそく立ち上がったプロジェクトでまず作ったのが、このハンカチ状に編み上げた特殊金属の防護布。

どれだけ効果があるかわからないけれど、とりあえず試作品として届けられた。

ちょっと固めの布地といった触り心地だけど、こうして巻き付ける分には普通のハンカチと変わらなく思えた。

・・・これには期待していたナイフのような切れ味はないらしい。残念。というよりスカーフにナイフの様な切れ味って危険だよね。

確かピアノ線みたいなのが一部に織り込まれているから、その切れ味が生まれるらしいけど。

それはまたの機会に研究してくれるそう。まずは防具を重点的に、とのこと。

プロジェクトの主軸となった男は、ちょっとばかりねじの外れたマッドサイエンティストのようで、与えられたオモチャを寝食忘れて弄っているらしい。

無理やり食べさせたり休ませたりしているみたいだけど、四葉の研究所って施設としては最高峰だからね。

今までできなかったことができてはっちゃけているみたい。楽しそうで何よりだ。これが強制労働だったなら力づくで止めてもらうが、楽しんでいる分には好きにさせてあげよう。

 

「私はいつでもお兄様のお傍に」

 

心だけでも、と思いを込めてそのハンカチに口付けて。・・・恥ずかしいパフォーマンスだけど、お兄様を実験体にしてるみたいでちょっと気が引けたので。

お兄様喜んでくれるかなー、と思って顔を上げるとちょっと驚いた顔の後――わあ、珍しい。少しだけだけど頬が赤い。照れた表情。

すぐに口元を手で覆って隠しちゃったけど、細められた目元も赤みが差している。

 

「・・・お兄様でも照れることがあるのですね」

「俺を何だと思っているんだ。こんなことまでしてもらったら俺だって照れるさ。これでも抑えている方だ」

 

抑えられるってすごい。私なんて今だって頬の緩みが抑えられてない気がするのに。

抑えなかったらどんな表情が見られるのか気になるけれど、今はそんなこと気にしている場合でもなかった。

 

「お兄様、気を付けて」

「行ってくる」

 

玄関まで見送って、いつもより名残惜しそうなお兄様の目に少しだけくすぐったさを覚えつつ、私はリビングに戻る。

だがモニターを起動させるようなことはしなかった。机を片して、部屋に戻って出かけられる服装に。激しく動くことのできる恰好をチョイスしてからあのハンカチと共に届けられたアイテムを吟味する。

持ち運びできるいくつかのモノをポーチに入れて、もう一度リビングへ。

今度は自分の端末にある資料に目を通す。

四葉の動きは叔母様が指揮しているので私は関われない。確かすでに黒羽のおじ様が動いているはず。

この時はまだ排除を急かせるような段階ではないけれど、リーナちゃん自身がすべてを始末せずに済むことはいいことになるのかな。

――彼女に仲間殺しは荷が重すぎる。

 

(・・・リーナちゃんには悪いけれど、私は貴女を――)

 

これからのことを思うと罪悪感が募るけれど、この流れはやはり変えられない。

お兄様の正体についてはぜひ誤魔化されて欲しい。パラサイトの件は収拾付くような流れにはなるはずだから。

総隊長って立場なのに尻拭いに駆り出されて大変だよね。やった本人たちがちゃんと蹴りつけてくれればいいのに。

対抗意識で検証のされてない実験に手を出すからこんなことになるのだ。

 

(あらら。あちらの国の人間主義者が水を得た魚のような動きになってるね)

 

日本で吸血鬼事件が報道されてから、ネット上で噂されていた怪事件が真実味を帯びたようで、日本よりも日付が早かったことから、アメリカの吸血鬼が日本に渡って事件を起こしているのではという話になっていた。

うーん、噂の方が情報正確。一般市民の正義のジャーナリストって損得考えないから真っ当なこと考えてたりするのよね。とはいえ今でも炎上系はいるけれど。

でも吸血鬼と魔法師を同列化して排除しようの動きはおかしい。どのあたりがそれを言ってるのかと探れば、いつかお兄様が言っていたように同じ名前がちらほらと。

・・・これが本人とは限らないけれど、他国をこれ以上探るのも面倒だしね。こういう情報、これから繋ぎができる四葉からスターズへの手土産にならないかな。

と、そんなことを考えていると来客を知らせるチャイムが。――お迎えが来たようだ。

 

「少々お待ちいただけますか、先生」

 

準備万端で待ち構えてました、とは言えないので少しだけ先生に待ってもらいながら気合を入れる。

この後控える戦いは高い集中力を要求されるだろうから。

今まで私が対峙してきた相手は確実に私より劣る相手だけだった。もちろん先生やお兄様たち訓練相手は除く。

横浜の陳の場合は闇討ちだからこれまたノーカンとする・・・けど多分技術は別だけど能力だけで言えばあっちの方が劣っていただろうな。深雪ちゃんはスペックチートだから。

だけど、これから対峙するリーナちゃんは違う。学校では差があったようだけど、制限のない彼女はおそらくだけど、私より強い。

でなければ彼女はもっと私に警戒するはずだから。彼女の中で私はまだどうにかできるレベルなのだ。

 

「お待たせしました」

 

 

 

電動四輪に乗り込んで都心のハイウェイを滑るように走る。この時代の自動車は揺れが無く、外の景色も星の瞬きのように流れていくのが幻想的だ。静かなキャビンの後部座席に並んで座る九重先生に、私は持ってきていた袋を差し出した。

 

「こんな時にですが、こちら焼き菓子の詰め合わせです。よろしければ皆様でお召し上がり下さいませ」

「これはまた。美味しそうだね。ありがたく頂戴するよ」

 

正しく袖の下である。お坊さんによくないけれど、こういった心付けはさせて戴きたい。先生もそれがわかっているのか笑みを浮かべて受け取ってくれた。

 

「しかし、深雪くんは驚かないね」

「そんなこと御座いません。本来でしたら私ひとりで行くつもりでした」

「それはまた、達也くんが怒りそうだね」

「ですので先生の来訪は私にとって渡りに船だったのです。焼き菓子については、近々赴く予定でしたので。焼いた日にお渡しできてよかったです」

 

先生はふぅん、と意味ありげにこちらに視線を向けたまま顎を擦る。

・・・似合いますね、その仕草。ドキドキ胸が高鳴ります。色々バレてるんじゃないかって恐怖で。

 

「あの、先生。どうして今回はお力を貸してくださるのでしょう?俗世間に関わらないことを戒めにされていると記憶していますが」

 

とりあえず原作の流れに戻してみるけれど、先生は面白そうに笑っているばかり。

 

「今回はチョッとばかり事情があってねぇ」

 

わかるだろう?と口元が吊り上がって見えるのは気のせいですかねぇ?!読心術お持ちなの!?最強は持ってるスキルだよね。

でも先生は優しいのでいろいろ事情を搔い摘んで教えてくれました。

リーナちゃんの使っていたパレードは門外不出の秘伝が含まれているので使用するなら釘を刺さないと、ってことらしい。

あのお兄様をも欺く術だからね。相当すごい秘密が隠された術なのは確実だ。

それがアメリカで使用されまくっているとなれば気が気じゃないか。日本に来てくれてよかったね。

これで情報開示なんてされようものなら師匠も渡米しなくちゃならない事態になったりするのかな。門外不出ってそういうことでしょう?お口チャックを物理で的に。

秘術と忍びってそういう怪しさあるよね。それもロマン。

だがら先生が飄々としながらも醸すこわぁい空気に、がたぶるしそうになるのを抑えつつ運転席のお兄さんを見る。

お弟子さんのお兄さんも肩を強張らせてます。ううん、すごいプレッシャー。

この後リーナちゃんもこれを受ける事になるんだよね。

リーナちゃん、頑張って。

 

 

 




中途半端ですがここでぶった切らせてもらいます。
次は中編です。

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ここまでお読みいただきありがとうございました。
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